自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
三田学園が地元特権!で1996年夏兵庫県大会で甲子園出場していたんですね! 報徳、関西学院の2校は絶対で、あと対戦は順番かと思っていました!
以前スポニチの我が道で元プロの中尾さんが載っていましたが、高校時代夏の兵庫県大会の開会式も閉会式も甲子園球場だったとありました!
その当時は数日間は使用ていたんですかね。
私は2回だったかな?予選観戦は。その時も報徳、関西学院が出ていました!2002年じゃあなかったな投手大谷、片山、遊撃手尾崎だったと記憶していますが?合っている。
もう一回が思い出せないないな!
母校の件がありましたが、来週の5,6日に岩手県内の公立高校の入試がありますが、私の予選地域に13校あるようですが、全て定員割れでした。
県内でも一部の進学校と体育科、動物関連学科がある高校以外は全て定員割れでした。
私の地域の入試は今のところやる予定だがもしかしたら。
現在BS朝日で甲子園101年を見ている所です。
以前スポニチの我が道で元プロの中尾さんが載っていましたが、高校時代夏の兵庫県大会の開会式も閉会式も甲子園球場だったとありました!
その当時は数日間は使用ていたんですかね。
私は2回だったかな?予選観戦は。その時も報徳、関西学院が出ていました!2002年じゃあなかったな投手大谷、片山、遊撃手尾崎だったと記憶していますが?合っている。
もう一回が思い出せないないな!
母校の件がありましたが、来週の5,6日に岩手県内の公立高校の入試がありますが、私の予選地域に13校あるようですが、全て定員割れでした。
県内でも一部の進学校と体育科、動物関連学科がある高校以外は全て定員割れでした。
私の地域の入試は今のところやる予定だがもしかしたら。
現在BS朝日で甲子園101年を見ている所です。
📣<春への軌跡>センバツ・米子松蔭/1 昨夏の敗北、執着心生む
https://news.yahoo.co.jp/articles/1754bf39d78ddeda9c476b41693e6c2e61d1c45c
ほぼ手中に収めたはずの甲子園切符が土壇場ですり抜け、惣郷峻吏捕手(2年)は本塁で四つんばいになったまま動けなくなった。昨夏の鳥取大会決勝。九回裏に悲劇が待っていた。
4―1のリードで迎えた最終回、「日本一」の目標を掲げるチームは山本裕司主将(3年)の「甲子園は意識するな」の言葉で守備に就いた。だが八回まで6安打と沈黙していた鳥取城北打線が突如目を覚まし、先頭打者からいきなりの4連打で2点差に。さらに2死一、二塁からの長短打などで一気に勝利をもぎ取った。
惣郷捕手はその瞬間、頭の中が真っ白になった。「最終回で甲子園を意識してしまった。そのことが守備の隙につながった」。あの山本主将の言葉が重く響き、悔しさで涙がとまらなかった。
新チームは、この甲子園目前の守備を経験した一塁手の佐谷知輝(2年)、三塁手の久白拓人(同)も加えて始動した。要の主将を誰にするか。何人か想定されたが、チームは信頼が特に厚い惣郷に託した。1年春からレギュラーなだけでなく、先輩の前でも「自分が勝たせます」と口にできる勝利への執着、周りへの気配りができる優しさを持ち合わせていた。
あの夏の痛手から、野球は本当に難しいスポーツだと惣郷は思う。「あと一歩のところで一瞬の油断や隙が生まれる。逆にいうと、最後の最後まで何が起きるか分からない」。このことをチームに伝えてきた。
その意識は昨秋の中国地区大会で形になり始めた。準々決勝の盈進(広島)戦で九回裏に追いつき、延長十一回の試合を制した。惣郷主将はこの試合で、最後まで勝ちに執着する新チームに手応えを感じた。
しかし、昨夏の決勝ドラマは新チームに利点だけをもたらしたわけではない。守備の要は強烈な敗北経験から立ち直れずにいた。(つづく)
📝97回センバツでこども料金を「中学生以下」に適用拡大 外野指定席は100円
https://news.yahoo.co.jp/articles/5a4aff5c3d34894f159af2ab0f5502cc20dc44d3
日本高校野球連盟は3月18日に開幕する今春センバツの入場券について、こども料金の適用を前回までの「小学生以下」から「中学生以下」に変更すると28日、発表した。同日に大阪市内で開かれた運営委員会で承認され、決定した。子どもの野球離れが進む現状もあって「ひとりでも多くの中学生が高校野球を見ることのできる機会をつくりたい」と今夏も同様とすることが決まっている。
今春センバツの入場券は以下の通り。
▽中央指定席 3900円(こども料金の設定なし)
▽一・三塁指定席 一般3400円、こども料金1200円
▽外野指定席 一般700円、こども100円
▽アルプス指定席(学校応援団席を除くエリア) 1200円(こども料金の設定なし)
なお、入場券は6日に発売される。また、今春センバツの組み合わせ抽選会は3月7日午前9時から大阪市内で開かれ、全出場校の甲子園練習は3月13、14日の両日に16校ずつ実施される。この甲子園練習は一般公開されない。
📝センバツ開会式司会は大会史上初の2年連続で諫早・古賀美希さん 閉会式は鞍手の宇土和野子さん
https://news.yahoo.co.jp/articles/727d411b0ee6590661df974b48042421bc5b9bf4
日本高野連は2月28日、第97回選抜高校野球大会の運営委員会を開き、開閉会式の概要や組み合わせ抽選会の詳細を決めた。
開会式の司会は大会史上初の2年連続となる諫早(長崎)3年の古賀美希さんと筑紫女学園(福岡)3年の福島百香さん、閉会式の司会は鞍手(福岡)2年の宇土和野子さんが務める。いずれも第71回NHK全国高校放送コンテストで優秀な成績を収めた顔ぶれで、古賀さんはアナウンス部門で2年連続で優勝した。第78回全日本学生音楽コンクール声楽部門・高校の部で1位になった芸術緑丘(大分)2年の鈴木心毬さんが、開会式で君が代を独唱する。
📝今年の「高校生ドラフト候補」注目は? センバツ不出場組には「5人の上位候補投手」
https://news.yahoo.co.jp/articles/e6ec28a2fee5358363771689be371335867a6d4c?page=1
3月18日に開幕するセンバツ高校野球。アマチュア野球で年に最初の大きな大会であり、ドラフト戦線という意味でもここから本格的にスタートしていくことになる。昨年も今朝丸裕喜(報徳学園→阪神2位)、モイセエフ・ニキータ(豊川→ヤクルト2位)などが見事なプレーを見せて評価を上げた。一方でセンバツ出場を逃した選手も夏にかけて評価を上げるケースは多い。今年の高校生ドラフト候補の現状について探ってみたいと思う(学年は全員新3年)。
まずセンバツに出場する選手で最も注目を集めることになりそうなのが健大高崎のエース、石垣元気だ。昨年のセンバツでは背番号10ながら5試合全てに登板。準決勝と決勝では先発も任されてチームの初優勝に大きく貢献した。同学年で背番号1を背負っていた佐藤龍月が昨年夏に肘を痛めて長期離脱となるとエースに昇格し、チームを3季連続の甲子園出場に導いている。
最大の魅力はストレートの出力の高さだ。体つきはそれほど大きいわけではないものの、無理のないフォームでコンスタントに150キロ前後のストレートを投げ込むことができる。ここ数年の高校生投手の中でも、そのスピードは1、2を争うレベルであることは間違いないだろう。少し投球リズムが単調で、コントロールもアバウトなところがあるため、スピードの割にバットに当てられることは多いが、昨年秋は変化球もレベルアップしたところを見せた。このまま怪我なく順調にいけば、高校生投手の目玉となる可能性も高そうだ。
センバツに出場する他の投手では阪下漣(東洋大姫路)、宮口龍斗(智弁和歌山)、蜂谷逞生(日本航空石川)、行梅直哉(高松商)、長崎蓮汰(滋賀学園)、奥村頼人(横浜)、下重賢慎(健大高崎)、矢吹太寛(東海大札幌)、久高颯(エナジック)などの名前が挙がる。
この中でも安定感でリードしているのが阪下だ。秋の近畿大会、対大阪学院大高戦ではわずか90球で完封の“マダックス”を達成。続く明治神宮大会では準決勝で優勝した横浜に敗れたものの、延長11回を投げ切って自責点1と見事な投球を見せている。ストレートは140キロ台前半が多いが、数字以上に勢いがあり、制球力の高さも抜群だ。センバツでも注目を集めることは間違いない。
センバツに出場するチームの野手では小堀弘晴(健大高崎・捕手)、高橋蓮太郎(花巻東・捕手)、蝦名翔人(青森山田・二塁手)、赤埴幸輝(天理・遊撃手)、阿部葉太(横浜・外野手)、奥駿仁(西日本短大付・外野手)などが候補となる。
現時点でドラフト上位候補と言える選手は不在という印象だが、プロの球団が好みそうな選手としては蝦名と赤埴の内野手2人となりそうだ。ともに大型で選手としてのスケールの大きさがあり、蝦名はボールをとらえる感覚、赤埴は堅実さとスピードを兼ね備えた守備が特に大きな持ち味だ。センバツでのパフォーマンス次第では一気に上位候補に浮上してくることも考えられるだろう。
センバツ出場を逃した投手では芹沢大地(高蔵寺)、森陽樹(大阪桐蔭)、福田拓翔(東海大相模)、宮内渉吾(中京大中京)、藤川敦也(延岡学園)の5人が上位候補と言える存在だ。
この中で昨年の夏から秋にかけて一気に評価を上げてきたのが芹沢である。秋は県大会の初戦で敗れたものの、これはリリーフした投手が打ち込まれたものであり、芹沢自身は6回を投げて被安打1、10奪三振で無失点と快投。まだ細身だがバランスの良いフォームと柔らかく強い腕の振りは一級品で、ストレートはコンスタントに140キロ台中盤をマークする。変化球、コントロールも高校生の左腕としてはかなり高いレベルにあり、スカウトからは2年の段階でもドラフト指名レベルという声も聞かれた。所属するチームは強豪校ではないだけに高校から直接プロ入りせずにワンクッション置く可能性もありそうだが、プロ志望となれば上位指名の可能性は高い。
一方の野手は現時点で上位指名候補と言える選手は不在という印象だが、面白い存在になりそうなのが新井瑛太(滝川・投手兼外野手)だ。150キロを超えるスピードが話題となることが多いが、投手としてはまだ経験が浅いこともあって完成度は低く、むしろ目立つのが野手としての能力の高さだ。
昨年夏の兵庫大会でもチームは強豪の神戸国際大付を相手に敗れたが、新井はタイムリースリーベースを含む3安打3打点の活躍を見せた。長打力と確実性を兼ね備えた打撃は高校生ではトップクラスで、肩の強さと脚力も抜群だ。昨年も森井翔太郎(桐朋→アスレチックスマイナー)、柴田獅子(福岡大大濠→日本ハム1位)と投打両面で高いポテンシャルを見せた選手が話題となっただけに、それに続くことも期待できるだろう。
冒頭でも触れたが、高校生の場合は最終学年に一気に浮上してくるケースも多い。今年もそんな選手が全国各地から続々と飛び出してくることを期待したい。
☝中村「150キロ投手に」 山商右腕は明治大へ 三重の高校球児進路
https://news.yahoo.co.jp/articles/530d2ad57531c95345864f46b08900ea9a9e6779
三重県立宇治山田商高3年の144キロ右腕中村帆高は東京六大学野球の明治大に進学する。身長180センチ後半の均整の取れた体から繰り出す「少しくせのある」ストレートとスライダーが武器。同校が16年ぶりの甲子園1勝を挙げた昨年3月の選抜高校野球大会では抑えとして登板し、2試合で5イニング自責0。高校最後の夏はエースナンバー「1」を背負った。
鳥羽市出身。野球を始めた小学時代からプロ野球選手になることが夢で「現役のプロを多く輩出している大学で野球をやりたい気持ちが強かった」。大舞台で自分の投球ができたセンバツの経験も大きかったという。
2020年当時の宇治山田商のエースだった兄・伊吹さん=中央大4年=の助言も受け、下半身を中心にしたトレーニングで昨夏以降5、6キロ増量するなど準備に余念がない。「持っている球種を生かしつつ球速のアベレージを上げたい。大学4年間で平均球速150キロを投げる投手になりたい」と意気込む。
✌増地「人一倍努力して」 海星2㍍右腕が東北福祉大へ 三重の高校球児進路
https://news.yahoo.co.jp/articles/150a75d45147f5b38b849bd1acb039b9b46985b0
海星高校3年の200センチ右腕・増地咲乃介が今春、仙台六大学野球連盟の東北福祉大(宮城県)に進学する。春夏通算13度の甲子園出場を誇る同校で鍛錬し、昨年7月、自身最初で最後の夏の三重県大会に「エース」として出場。準々決勝で三重高校に敗れ、1998年以来の夏の甲子園出場を逃したが、上から投げ下ろすダイナミックな投球は注目を集めた。本格的な体づくりはこれからで、プロ野球や社会人野球で活躍する人材も多く輩出する強豪野球部でさらなる成長を誓う。
鈴鹿市出身。軟式野球の「清和チャイルダー」で小5から野球を始め、硬式野球の「鈴鹿ヤング」に所属した創徳中時代に投手に転向した。中学入学当時身長は既に185センチ。急成長する体に追いつかずケガにも悩まされ、ひじの神経障害で手術を受けたことも。高校入学後も故障による離脱が続いた。
高2の冬、「最高のコンディションを3年の夏に持って行こう」と一念発起。地道な走り込みに加えて、家族の協力も受けて食生活から見直して、けがに負けない身体作りに励んだ。
3年の春以降、県内外の強豪校が相手の練習試合で好成績を残せるようになり、高校最後の夏の県大会に背番号「1」でベンチ入り。先発、中継ぎ、抑えとフル回転し、シード校の昴学園を下した2回戦は、1点差に迫られた8回2死一塁から救援登板し、無失点で切り抜けて野球ファンに鮮烈な印象を残した。
当初就職を考えていたが、周囲のすすめもあり、大学進学を決めた。甲子園ボーイも多く在籍する東北の名門に、実績のない自分が進むことへの不安もあったが、高校の指導者から「一回は厳しいところに行ってみろ、人生経験が大事や」と励まされ、覚悟を決めた。
大学では登板機会を求めて、最速138キロ(公式)にとどまる球速アップを目指す。「先輩の話も聞きながら身体づくりから始めて150キロくらいは目指したい。可能性を生かすのも潰すのも自分次第。人一倍努力して、まずは大学4年間をやり切りたい」
🔥【密着!東洋大姫路】名将の指導&恵まれた環境で心身強化 初の選抜V狙う新生「TOYO」
https://news.yahoo.co.jp/articles/a2c93897cb0f1651b6424f563412622d1eed3064
訪れたのは、日本列島に寒波が到来中の2月某日だった。兵庫県姫路市内にある東洋大姫路グラウンド。午後4時前になると、自転車に乗った野球部員たちが、続々と集まってきた。1987年に完成した専用グラウンドは、ラッキーゾーン撤去前の甲子園球場と同じサイズ、同じ方角でつくられていることで知られる。内野はもちろん、黒土。05年頃までは、外野に天然芝も敷かれていたという。まさに、「甲子園で勝つ」ために用意された“虎の穴”だ。
すでに学校で練習着への着替えを済ませている選手たちは、グラウンドに到着するや、キビキビと練習開始に向けた準備を始める。昨秋の兵庫大会で17年ぶり6度目の頂点に立ち、近畿大会でも17年ぶり4度目の優勝を飾り、明治神宮大会で4強に入って、今春選抜出場を決めた東洋大姫路。昭和の時代、田中治監督、梅谷馨監督ら闘将に率いられ、血のにじむような猛練習で全国に名をはせた「TOYO」の日常は、存外、静かに始まった。
この日は全体アップを省略。選手たちは学校からグラウンドまで約4キロの道のりを自転車で移動しており、それをアップ代わりとした。グラウンドに入ると即座にペッパーを開始し、そのままキャッチボールへ。そこからボール回し、内外野ノックへ移行し、投手陣も参加したケースノックを終えると、プロでも使用される折りたたみ式打撃ケージ5台が準備された。ケージ自体は計6台所有しているという。この日はフリー打撃と並行してウエートトレーニング、月1回のスイングスピード計測も実施。時間のロスが最小限に抑えられ、きわめて効率良く練習メニューは消化されていった。
恵まれた環境の下、汗を流す。専用グラウンド三塁側後方には、総工費約1億4000万円をかけて22年5月末に完成した室内練習場がそびえ立つ。器具がそろったウエートトレーニングルームも完備する。室内練習場の6レーンを含めると、屋内外で最大12人同時に打撃練習を行うことが可能というから驚きだ。渡辺拓雲主将(2年)は「環境というのはすごく大事と思っていて、ウエートルームであったりとか、雨天練習場であったりというのは雨の日でもできるので、環境というのはすごく大事と思います」と胸を張る。その環境をフル活用するため、グラウンド内の移動は常に駆け足。限られた時間内で、最大限の強化に努める。
19年夏の甲子園を制した“名将の教え”もチーム内に浸透中だ。「強く言うことはありますけど、答えを言わないというか…指導に対しての答えを出さないというのが、岡田先生の指導で一番よくあります。(自分で)深く考えることもできれば、ワンプレー、ワンプレー、何がダメだったのかというのを、自分だけでなく、チームの選手ともコミュニケーションを取って聞けたりするので、そういう点ではすごくいい指導方法と思います」と渡辺主将。“やらされて動く”のではなく、“自分たちで考えて動く”土壌の醸成が、選手個々の内面に根を張る。恵まれた環境に加え、履正社(大阪)前監督で、OB岡田龍生監督の熱心な指導により、心身両面のチーム強化が進む。
勇将の下に弱卒なし――。岡田監督を慕って東洋大姫路への進学を決め、2年秋時点で入学時から最速18キロアップの成長を遂げた最速147キロ右腕・阪下漣(2年)は「結果にもこだわりますけど、まずは楽しんで。甲子園という大きな舞台を盛大に楽しんでいきたいと思います」と頼もしく選抜を見据える。旧チームから主力を担う渡辺主将は「(目標は)選抜優勝です。自分は1番打者なんですけど、1番はチームの流れを呼ぶ打順と思っているので、しっかり出塁してチームの勝利に貢献できるように頑張りたい」と日本一に狙いを定める。チームの屋台骨はいずれも、22年4月に就任した岡田監督から声を掛けられて入学した“岡田チルドレン”1期生だ。
いつの間にやら夜の帳も下りていた。さぞ長いのだろう…と予想していた全体練習は、およそ3時間でスパッと切り上げられた。後片付けも全員で「10分でやるぞ」などと声を掛け合い、テキパキと進められた。そのメリハリが利いた時間の使い方からも、強さの一端が垣間見えた。令和の時代に対応した指導と環境で鍛え抜かれた新生「TOYO」。まだ見ぬ、春の頂点を望む。
⚾岩手さんへ
三田学園は90年センバツを最後に甲子園から遠ざかってますね・・・・・。
あの時は、優勝した広陵相手に近鉄に入った岡本晃投手が好投を続け終盤まで3-1とリードしつつも同点2ランをラッキーゾーンにぶち込まれ9回終了降雨引き分け再試合で翌日2-8だったか?大敗して初戦敗退と。
厳密に言えば、96年夏の兵庫大会3回戦で登場したものの第1試合尼崎工戦で2-3と9回サヨナラ負けが最後の甲子園ですね。
中学校の先生だった穂積監督が20数年監督に君臨し、チーム最長記録だったらしいですが、10年近く前に勇退して近鉄の4番打者だった羽田監督に譲りました・・・・・。
なんとなく、今の岩根監督と穂積監督はソフトモヒカンの髪型と言い小柄な体格と言い似たところはあると思いますが・・・・・。
羽田監督の時もそうでしたが、監督が代わっても先攻を好んでスモールベースボールに徹し、投手を中心にロースコアの接戦を凌ぎきる胃の痛くなるような試合の連続で、特に穂積監督は自分の采配だけで勝ちに行くきらいがありました(兵庫の野球はこういうスタイルが非常に多いですが!!)
あの試合観て、東洋はエース温存に2年生主体のスタメンで余力を残しながら勝ち進んだ感じでした。
三田はもっと足を絡めるなど仕掛けてもいい場面で動かず、淡々と試合が終わってしまった感がありますね。
ただ、約半年後の秋の大会で若干くじ運に恵まれたところがあるにせよ、まさかの3位通過で近畿大会20年ぶり出場という快挙を果たしてくれました!!
特に準決勝で神戸学院大付にサヨナラ負けで3位決定戦は神戸国際大付が相手ゆえに完全に諦めて他県に視察に行ってましたが、まさか5-1で完勝するとは!!!
近畿大会でも市和歌山相手に0-1と大健闘。ただ1死1・3塁だったかな?数少ないチャンスでスクイズせずに痛烈なライナーがサード正面に飛びまさかのダブルプレーが非常に悔やまれますね・・・・・。
日刊スポーツは図書館で読みました!呉 承達は蔣 一傑投手と日南学園でバッテリー組んでましたね。
非常に残念ですが、彼が紀州Rに在籍していたことを僕は知らなかったですね・・・・・。
アマ1年プロ5年で計6年間のべ100人以上選手が入れ替わっていたので・・・・・。
ごく一部の選手とは親しくお話させていただきましたが、元来社交性が全くないのでアレが限界ですね。。。
P・S 兵庫県高野連によると今年の軟式近畿大会は春秋ともにウインク球場開催とのことです。
硬式と1週間ずれるはずなんで1日くらいは観戦可能ですね。
それから、紀三井寺公園の4月予定表を観ましたが・・・
何と今年の春の和歌山大会は準々決勝26日・27日と2日間に分散するようで、、、、、
逆にカンドクが頑張って2日間(19日・25日)も抑えてますね。
2代目となってから田辺SPを中心に紀南に固執していたきらいはありましたが、2年前に紀三井寺進出して去年は7試合組んだはず。
和歌山が主催なら分かりますが、なぜか堺もホームゲームを組んでますね。
センバツ終了後の予定(特に4月)がまだ経たないので・・・三重大会(松阪)中国大学野球(岡山県営)をどこにブチこむか検討中ですが、もし4/25金曜日がナイターだったら紀三井寺も視野に入れたいですね。
豊中ローズのリニューアル姿も見たいし、球春目前の今が一番楽しい時かもしれません!
https://news.yahoo.co.jp/articles/1754bf39d78ddeda9c476b41693e6c2e61d1c45c
ほぼ手中に収めたはずの甲子園切符が土壇場ですり抜け、惣郷峻吏捕手(2年)は本塁で四つんばいになったまま動けなくなった。昨夏の鳥取大会決勝。九回裏に悲劇が待っていた。
4―1のリードで迎えた最終回、「日本一」の目標を掲げるチームは山本裕司主将(3年)の「甲子園は意識するな」の言葉で守備に就いた。だが八回まで6安打と沈黙していた鳥取城北打線が突如目を覚まし、先頭打者からいきなりの4連打で2点差に。さらに2死一、二塁からの長短打などで一気に勝利をもぎ取った。
惣郷捕手はその瞬間、頭の中が真っ白になった。「最終回で甲子園を意識してしまった。そのことが守備の隙につながった」。あの山本主将の言葉が重く響き、悔しさで涙がとまらなかった。
新チームは、この甲子園目前の守備を経験した一塁手の佐谷知輝(2年)、三塁手の久白拓人(同)も加えて始動した。要の主将を誰にするか。何人か想定されたが、チームは信頼が特に厚い惣郷に託した。1年春からレギュラーなだけでなく、先輩の前でも「自分が勝たせます」と口にできる勝利への執着、周りへの気配りができる優しさを持ち合わせていた。
あの夏の痛手から、野球は本当に難しいスポーツだと惣郷は思う。「あと一歩のところで一瞬の油断や隙が生まれる。逆にいうと、最後の最後まで何が起きるか分からない」。このことをチームに伝えてきた。
その意識は昨秋の中国地区大会で形になり始めた。準々決勝の盈進(広島)戦で九回裏に追いつき、延長十一回の試合を制した。惣郷主将はこの試合で、最後まで勝ちに執着する新チームに手応えを感じた。
しかし、昨夏の決勝ドラマは新チームに利点だけをもたらしたわけではない。守備の要は強烈な敗北経験から立ち直れずにいた。(つづく)
📝97回センバツでこども料金を「中学生以下」に適用拡大 外野指定席は100円
https://news.yahoo.co.jp/articles/5a4aff5c3d34894f159af2ab0f5502cc20dc44d3
日本高校野球連盟は3月18日に開幕する今春センバツの入場券について、こども料金の適用を前回までの「小学生以下」から「中学生以下」に変更すると28日、発表した。同日に大阪市内で開かれた運営委員会で承認され、決定した。子どもの野球離れが進む現状もあって「ひとりでも多くの中学生が高校野球を見ることのできる機会をつくりたい」と今夏も同様とすることが決まっている。
今春センバツの入場券は以下の通り。
▽中央指定席 3900円(こども料金の設定なし)
▽一・三塁指定席 一般3400円、こども料金1200円
▽外野指定席 一般700円、こども100円
▽アルプス指定席(学校応援団席を除くエリア) 1200円(こども料金の設定なし)
なお、入場券は6日に発売される。また、今春センバツの組み合わせ抽選会は3月7日午前9時から大阪市内で開かれ、全出場校の甲子園練習は3月13、14日の両日に16校ずつ実施される。この甲子園練習は一般公開されない。
📝センバツ開会式司会は大会史上初の2年連続で諫早・古賀美希さん 閉会式は鞍手の宇土和野子さん
https://news.yahoo.co.jp/articles/727d411b0ee6590661df974b48042421bc5b9bf4
日本高野連は2月28日、第97回選抜高校野球大会の運営委員会を開き、開閉会式の概要や組み合わせ抽選会の詳細を決めた。
開会式の司会は大会史上初の2年連続となる諫早(長崎)3年の古賀美希さんと筑紫女学園(福岡)3年の福島百香さん、閉会式の司会は鞍手(福岡)2年の宇土和野子さんが務める。いずれも第71回NHK全国高校放送コンテストで優秀な成績を収めた顔ぶれで、古賀さんはアナウンス部門で2年連続で優勝した。第78回全日本学生音楽コンクール声楽部門・高校の部で1位になった芸術緑丘(大分)2年の鈴木心毬さんが、開会式で君が代を独唱する。
📝今年の「高校生ドラフト候補」注目は? センバツ不出場組には「5人の上位候補投手」
https://news.yahoo.co.jp/articles/e6ec28a2fee5358363771689be371335867a6d4c?page=1
3月18日に開幕するセンバツ高校野球。アマチュア野球で年に最初の大きな大会であり、ドラフト戦線という意味でもここから本格的にスタートしていくことになる。昨年も今朝丸裕喜(報徳学園→阪神2位)、モイセエフ・ニキータ(豊川→ヤクルト2位)などが見事なプレーを見せて評価を上げた。一方でセンバツ出場を逃した選手も夏にかけて評価を上げるケースは多い。今年の高校生ドラフト候補の現状について探ってみたいと思う(学年は全員新3年)。
まずセンバツに出場する選手で最も注目を集めることになりそうなのが健大高崎のエース、石垣元気だ。昨年のセンバツでは背番号10ながら5試合全てに登板。準決勝と決勝では先発も任されてチームの初優勝に大きく貢献した。同学年で背番号1を背負っていた佐藤龍月が昨年夏に肘を痛めて長期離脱となるとエースに昇格し、チームを3季連続の甲子園出場に導いている。
最大の魅力はストレートの出力の高さだ。体つきはそれほど大きいわけではないものの、無理のないフォームでコンスタントに150キロ前後のストレートを投げ込むことができる。ここ数年の高校生投手の中でも、そのスピードは1、2を争うレベルであることは間違いないだろう。少し投球リズムが単調で、コントロールもアバウトなところがあるため、スピードの割にバットに当てられることは多いが、昨年秋は変化球もレベルアップしたところを見せた。このまま怪我なく順調にいけば、高校生投手の目玉となる可能性も高そうだ。
センバツに出場する他の投手では阪下漣(東洋大姫路)、宮口龍斗(智弁和歌山)、蜂谷逞生(日本航空石川)、行梅直哉(高松商)、長崎蓮汰(滋賀学園)、奥村頼人(横浜)、下重賢慎(健大高崎)、矢吹太寛(東海大札幌)、久高颯(エナジック)などの名前が挙がる。
この中でも安定感でリードしているのが阪下だ。秋の近畿大会、対大阪学院大高戦ではわずか90球で完封の“マダックス”を達成。続く明治神宮大会では準決勝で優勝した横浜に敗れたものの、延長11回を投げ切って自責点1と見事な投球を見せている。ストレートは140キロ台前半が多いが、数字以上に勢いがあり、制球力の高さも抜群だ。センバツでも注目を集めることは間違いない。
センバツに出場するチームの野手では小堀弘晴(健大高崎・捕手)、高橋蓮太郎(花巻東・捕手)、蝦名翔人(青森山田・二塁手)、赤埴幸輝(天理・遊撃手)、阿部葉太(横浜・外野手)、奥駿仁(西日本短大付・外野手)などが候補となる。
現時点でドラフト上位候補と言える選手は不在という印象だが、プロの球団が好みそうな選手としては蝦名と赤埴の内野手2人となりそうだ。ともに大型で選手としてのスケールの大きさがあり、蝦名はボールをとらえる感覚、赤埴は堅実さとスピードを兼ね備えた守備が特に大きな持ち味だ。センバツでのパフォーマンス次第では一気に上位候補に浮上してくることも考えられるだろう。
センバツ出場を逃した投手では芹沢大地(高蔵寺)、森陽樹(大阪桐蔭)、福田拓翔(東海大相模)、宮内渉吾(中京大中京)、藤川敦也(延岡学園)の5人が上位候補と言える存在だ。
この中で昨年の夏から秋にかけて一気に評価を上げてきたのが芹沢である。秋は県大会の初戦で敗れたものの、これはリリーフした投手が打ち込まれたものであり、芹沢自身は6回を投げて被安打1、10奪三振で無失点と快投。まだ細身だがバランスの良いフォームと柔らかく強い腕の振りは一級品で、ストレートはコンスタントに140キロ台中盤をマークする。変化球、コントロールも高校生の左腕としてはかなり高いレベルにあり、スカウトからは2年の段階でもドラフト指名レベルという声も聞かれた。所属するチームは強豪校ではないだけに高校から直接プロ入りせずにワンクッション置く可能性もありそうだが、プロ志望となれば上位指名の可能性は高い。
一方の野手は現時点で上位指名候補と言える選手は不在という印象だが、面白い存在になりそうなのが新井瑛太(滝川・投手兼外野手)だ。150キロを超えるスピードが話題となることが多いが、投手としてはまだ経験が浅いこともあって完成度は低く、むしろ目立つのが野手としての能力の高さだ。
昨年夏の兵庫大会でもチームは強豪の神戸国際大付を相手に敗れたが、新井はタイムリースリーベースを含む3安打3打点の活躍を見せた。長打力と確実性を兼ね備えた打撃は高校生ではトップクラスで、肩の強さと脚力も抜群だ。昨年も森井翔太郎(桐朋→アスレチックスマイナー)、柴田獅子(福岡大大濠→日本ハム1位)と投打両面で高いポテンシャルを見せた選手が話題となっただけに、それに続くことも期待できるだろう。
冒頭でも触れたが、高校生の場合は最終学年に一気に浮上してくるケースも多い。今年もそんな選手が全国各地から続々と飛び出してくることを期待したい。
☝中村「150キロ投手に」 山商右腕は明治大へ 三重の高校球児進路
https://news.yahoo.co.jp/articles/530d2ad57531c95345864f46b08900ea9a9e6779
三重県立宇治山田商高3年の144キロ右腕中村帆高は東京六大学野球の明治大に進学する。身長180センチ後半の均整の取れた体から繰り出す「少しくせのある」ストレートとスライダーが武器。同校が16年ぶりの甲子園1勝を挙げた昨年3月の選抜高校野球大会では抑えとして登板し、2試合で5イニング自責0。高校最後の夏はエースナンバー「1」を背負った。
鳥羽市出身。野球を始めた小学時代からプロ野球選手になることが夢で「現役のプロを多く輩出している大学で野球をやりたい気持ちが強かった」。大舞台で自分の投球ができたセンバツの経験も大きかったという。
2020年当時の宇治山田商のエースだった兄・伊吹さん=中央大4年=の助言も受け、下半身を中心にしたトレーニングで昨夏以降5、6キロ増量するなど準備に余念がない。「持っている球種を生かしつつ球速のアベレージを上げたい。大学4年間で平均球速150キロを投げる投手になりたい」と意気込む。
✌増地「人一倍努力して」 海星2㍍右腕が東北福祉大へ 三重の高校球児進路
https://news.yahoo.co.jp/articles/150a75d45147f5b38b849bd1acb039b9b46985b0
海星高校3年の200センチ右腕・増地咲乃介が今春、仙台六大学野球連盟の東北福祉大(宮城県)に進学する。春夏通算13度の甲子園出場を誇る同校で鍛錬し、昨年7月、自身最初で最後の夏の三重県大会に「エース」として出場。準々決勝で三重高校に敗れ、1998年以来の夏の甲子園出場を逃したが、上から投げ下ろすダイナミックな投球は注目を集めた。本格的な体づくりはこれからで、プロ野球や社会人野球で活躍する人材も多く輩出する強豪野球部でさらなる成長を誓う。
鈴鹿市出身。軟式野球の「清和チャイルダー」で小5から野球を始め、硬式野球の「鈴鹿ヤング」に所属した創徳中時代に投手に転向した。中学入学当時身長は既に185センチ。急成長する体に追いつかずケガにも悩まされ、ひじの神経障害で手術を受けたことも。高校入学後も故障による離脱が続いた。
高2の冬、「最高のコンディションを3年の夏に持って行こう」と一念発起。地道な走り込みに加えて、家族の協力も受けて食生活から見直して、けがに負けない身体作りに励んだ。
3年の春以降、県内外の強豪校が相手の練習試合で好成績を残せるようになり、高校最後の夏の県大会に背番号「1」でベンチ入り。先発、中継ぎ、抑えとフル回転し、シード校の昴学園を下した2回戦は、1点差に迫られた8回2死一塁から救援登板し、無失点で切り抜けて野球ファンに鮮烈な印象を残した。
当初就職を考えていたが、周囲のすすめもあり、大学進学を決めた。甲子園ボーイも多く在籍する東北の名門に、実績のない自分が進むことへの不安もあったが、高校の指導者から「一回は厳しいところに行ってみろ、人生経験が大事や」と励まされ、覚悟を決めた。
大学では登板機会を求めて、最速138キロ(公式)にとどまる球速アップを目指す。「先輩の話も聞きながら身体づくりから始めて150キロくらいは目指したい。可能性を生かすのも潰すのも自分次第。人一倍努力して、まずは大学4年間をやり切りたい」
🔥【密着!東洋大姫路】名将の指導&恵まれた環境で心身強化 初の選抜V狙う新生「TOYO」
https://news.yahoo.co.jp/articles/a2c93897cb0f1651b6424f563412622d1eed3064
訪れたのは、日本列島に寒波が到来中の2月某日だった。兵庫県姫路市内にある東洋大姫路グラウンド。午後4時前になると、自転車に乗った野球部員たちが、続々と集まってきた。1987年に完成した専用グラウンドは、ラッキーゾーン撤去前の甲子園球場と同じサイズ、同じ方角でつくられていることで知られる。内野はもちろん、黒土。05年頃までは、外野に天然芝も敷かれていたという。まさに、「甲子園で勝つ」ために用意された“虎の穴”だ。
すでに学校で練習着への着替えを済ませている選手たちは、グラウンドに到着するや、キビキビと練習開始に向けた準備を始める。昨秋の兵庫大会で17年ぶり6度目の頂点に立ち、近畿大会でも17年ぶり4度目の優勝を飾り、明治神宮大会で4強に入って、今春選抜出場を決めた東洋大姫路。昭和の時代、田中治監督、梅谷馨監督ら闘将に率いられ、血のにじむような猛練習で全国に名をはせた「TOYO」の日常は、存外、静かに始まった。
この日は全体アップを省略。選手たちは学校からグラウンドまで約4キロの道のりを自転車で移動しており、それをアップ代わりとした。グラウンドに入ると即座にペッパーを開始し、そのままキャッチボールへ。そこからボール回し、内外野ノックへ移行し、投手陣も参加したケースノックを終えると、プロでも使用される折りたたみ式打撃ケージ5台が準備された。ケージ自体は計6台所有しているという。この日はフリー打撃と並行してウエートトレーニング、月1回のスイングスピード計測も実施。時間のロスが最小限に抑えられ、きわめて効率良く練習メニューは消化されていった。
恵まれた環境の下、汗を流す。専用グラウンド三塁側後方には、総工費約1億4000万円をかけて22年5月末に完成した室内練習場がそびえ立つ。器具がそろったウエートトレーニングルームも完備する。室内練習場の6レーンを含めると、屋内外で最大12人同時に打撃練習を行うことが可能というから驚きだ。渡辺拓雲主将(2年)は「環境というのはすごく大事と思っていて、ウエートルームであったりとか、雨天練習場であったりというのは雨の日でもできるので、環境というのはすごく大事と思います」と胸を張る。その環境をフル活用するため、グラウンド内の移動は常に駆け足。限られた時間内で、最大限の強化に努める。
19年夏の甲子園を制した“名将の教え”もチーム内に浸透中だ。「強く言うことはありますけど、答えを言わないというか…指導に対しての答えを出さないというのが、岡田先生の指導で一番よくあります。(自分で)深く考えることもできれば、ワンプレー、ワンプレー、何がダメだったのかというのを、自分だけでなく、チームの選手ともコミュニケーションを取って聞けたりするので、そういう点ではすごくいい指導方法と思います」と渡辺主将。“やらされて動く”のではなく、“自分たちで考えて動く”土壌の醸成が、選手個々の内面に根を張る。恵まれた環境に加え、履正社(大阪)前監督で、OB岡田龍生監督の熱心な指導により、心身両面のチーム強化が進む。
勇将の下に弱卒なし――。岡田監督を慕って東洋大姫路への進学を決め、2年秋時点で入学時から最速18キロアップの成長を遂げた最速147キロ右腕・阪下漣(2年)は「結果にもこだわりますけど、まずは楽しんで。甲子園という大きな舞台を盛大に楽しんでいきたいと思います」と頼もしく選抜を見据える。旧チームから主力を担う渡辺主将は「(目標は)選抜優勝です。自分は1番打者なんですけど、1番はチームの流れを呼ぶ打順と思っているので、しっかり出塁してチームの勝利に貢献できるように頑張りたい」と日本一に狙いを定める。チームの屋台骨はいずれも、22年4月に就任した岡田監督から声を掛けられて入学した“岡田チルドレン”1期生だ。
いつの間にやら夜の帳も下りていた。さぞ長いのだろう…と予想していた全体練習は、およそ3時間でスパッと切り上げられた。後片付けも全員で「10分でやるぞ」などと声を掛け合い、テキパキと進められた。そのメリハリが利いた時間の使い方からも、強さの一端が垣間見えた。令和の時代に対応した指導と環境で鍛え抜かれた新生「TOYO」。まだ見ぬ、春の頂点を望む。
⚾岩手さんへ
三田学園は90年センバツを最後に甲子園から遠ざかってますね・・・・・。
あの時は、優勝した広陵相手に近鉄に入った岡本晃投手が好投を続け終盤まで3-1とリードしつつも同点2ランをラッキーゾーンにぶち込まれ9回終了降雨引き分け再試合で翌日2-8だったか?大敗して初戦敗退と。
厳密に言えば、96年夏の兵庫大会3回戦で登場したものの第1試合尼崎工戦で2-3と9回サヨナラ負けが最後の甲子園ですね。
中学校の先生だった穂積監督が20数年監督に君臨し、チーム最長記録だったらしいですが、10年近く前に勇退して近鉄の4番打者だった羽田監督に譲りました・・・・・。
なんとなく、今の岩根監督と穂積監督はソフトモヒカンの髪型と言い小柄な体格と言い似たところはあると思いますが・・・・・。
羽田監督の時もそうでしたが、監督が代わっても先攻を好んでスモールベースボールに徹し、投手を中心にロースコアの接戦を凌ぎきる胃の痛くなるような試合の連続で、特に穂積監督は自分の采配だけで勝ちに行くきらいがありました(兵庫の野球はこういうスタイルが非常に多いですが!!)
あの試合観て、東洋はエース温存に2年生主体のスタメンで余力を残しながら勝ち進んだ感じでした。
三田はもっと足を絡めるなど仕掛けてもいい場面で動かず、淡々と試合が終わってしまった感がありますね。
ただ、約半年後の秋の大会で若干くじ運に恵まれたところがあるにせよ、まさかの3位通過で近畿大会20年ぶり出場という快挙を果たしてくれました!!
特に準決勝で神戸学院大付にサヨナラ負けで3位決定戦は神戸国際大付が相手ゆえに完全に諦めて他県に視察に行ってましたが、まさか5-1で完勝するとは!!!
近畿大会でも市和歌山相手に0-1と大健闘。ただ1死1・3塁だったかな?数少ないチャンスでスクイズせずに痛烈なライナーがサード正面に飛びまさかのダブルプレーが非常に悔やまれますね・・・・・。
日刊スポーツは図書館で読みました!呉 承達は蔣 一傑投手と日南学園でバッテリー組んでましたね。
非常に残念ですが、彼が紀州Rに在籍していたことを僕は知らなかったですね・・・・・。
アマ1年プロ5年で計6年間のべ100人以上選手が入れ替わっていたので・・・・・。
ごく一部の選手とは親しくお話させていただきましたが、元来社交性が全くないのでアレが限界ですね。。。
P・S 兵庫県高野連によると今年の軟式近畿大会は春秋ともにウインク球場開催とのことです。
硬式と1週間ずれるはずなんで1日くらいは観戦可能ですね。
それから、紀三井寺公園の4月予定表を観ましたが・・・
何と今年の春の和歌山大会は準々決勝26日・27日と2日間に分散するようで、、、、、
逆にカンドクが頑張って2日間(19日・25日)も抑えてますね。
2代目となってから田辺SPを中心に紀南に固執していたきらいはありましたが、2年前に紀三井寺進出して去年は7試合組んだはず。
和歌山が主催なら分かりますが、なぜか堺もホームゲームを組んでますね。
センバツ終了後の予定(特に4月)がまだ経たないので・・・三重大会(松阪)中国大学野球(岡山県営)をどこにブチこむか検討中ですが、もし4/25金曜日がナイターだったら紀三井寺も視野に入れたいですね。
豊中ローズのリニューアル姿も見たいし、球春目前の今が一番楽しい時かもしれません!
令和6年春季近畿大会兵庫県大会観戦記。三田学園―東洋大姫路戦ですね!
共に甲子園出場経験校ですが、三田学園は元プロOBなどに監督を託す時期もあったが、中々上位進出ならずに何度か監督交代があったようですね。
東洋大姫路は2011年の臨時代走交代の原くんの時までは毎年とはいかないけど聖地に足を運んでいたのに。
戦力は悪くないはずだが段々上位進出が無くなってきた感を受けました。
OBの前履正社監督の岡田さんを招いてすぐ聖地かと思いましたが、他の県内チームの頑張りもありやっと今年の選抜大会に戻って来ますね!
投手育成は上手だしね。能書きが過ぎました。
三田学園は再三好機を作るもあと1本が出ない感じでしたが、相手投手に上手く打たされたのか、打者が長打狙っての三振、飛球で好機を潰す感じですかな。確かにスクイズなど犠打を嫌う監督さんですかね!
逆に岡田さんの野球でしょうね。
少ない好機を確実に得点にし、しっかり相手の好機は再三潰し終わってみれば得点差以上に完勝した印象ですね!
今日の日刊スポーツの記事から。
台湾出身で戦後初の甲子園球児の呉承達さんの事がありました。
経歴は宮崎の日南学園―鈴鹿国際大(鈴鹿大)ー紀州レンジャーズとありました!プレー期間は短い期間みたいですね。
早いもので今年も2ヶ月が過ぎましたね! いよいよ選抜大会に、対外試合も解禁するね!
共に甲子園出場経験校ですが、三田学園は元プロOBなどに監督を託す時期もあったが、中々上位進出ならずに何度か監督交代があったようですね。
東洋大姫路は2011年の臨時代走交代の原くんの時までは毎年とはいかないけど聖地に足を運んでいたのに。
戦力は悪くないはずだが段々上位進出が無くなってきた感を受けました。
OBの前履正社監督の岡田さんを招いてすぐ聖地かと思いましたが、他の県内チームの頑張りもありやっと今年の選抜大会に戻って来ますね!
投手育成は上手だしね。能書きが過ぎました。
三田学園は再三好機を作るもあと1本が出ない感じでしたが、相手投手に上手く打たされたのか、打者が長打狙っての三振、飛球で好機を潰す感じですかな。確かにスクイズなど犠打を嫌う監督さんですかね!
逆に岡田さんの野球でしょうね。
少ない好機を確実に得点にし、しっかり相手の好機は再三潰し終わってみれば得点差以上に完勝した印象ですね!
今日の日刊スポーツの記事から。
台湾出身で戦後初の甲子園球児の呉承達さんの事がありました。
経歴は宮崎の日南学園―鈴鹿国際大(鈴鹿大)ー紀州レンジャーズとありました!プレー期間は短い期間みたいですね。
早いもので今年も2ヶ月が過ぎましたね! いよいよ選抜大会に、対外試合も解禁するね!
4/20 春季兵庫大会2回戦 ウインク球場 三田学園-東洋大姫路 9:59~11:56
一二三四五六七八九十計HE
三田学園000000000 060 山田、都倉、田口-明山
東洋姫路10100010X 372 中島、木下-桒原
第二試合
津 名
神国大付
4月13日開幕の春季兵庫大会。初日の明石トーカロのみ3試合が組まれてたが、球場正面にはバリケードとブルーシートが多々ありまだ工事は続いているようだった・・・・・。
近畿大会が明石開催ということで一抹の不安を感じていたが、2年ほど閉ざされた内野上段席に座れるようになりホッと一息でスコアボードもずいぶんハイカラな仕様に変わっていた!
そして翌週にナイター照明塔設置された姫路のウインク球場へ・・・6基の照明塔がバスの車窓から見え、縦4X横10のLED照明が新設された。兵庫大会では2~3試合しか行わないのでまずナイターになることはないだろうが、6月にリニューアル記念イベントが開催されるのでその時までナイター点灯を待ち、梅雨の晴れ間に無事に見届けることができた!
さて、この日の第1試合では三田学園が登場!相手は地元の東洋大姫路だけに勝機は限りなく薄いと思われるが、穂積監督が退任し近鉄の4番打者・羽田監督を招聘し、その後に岩根監督と若返りを図り古豪復活を目指しているが、穂積監督のスモールベースボールのチームカラーは不変のままだった。
スタンドでは太鼓1つに録音応援というスタイルだった。
東洋大姫路は岡田監督を招聘して2年目。昨春(2023年)は就任即春準優勝しただけに今回も上位進出が見込まれる。
三田学園はレギュラー4人が2年生。東洋は1年1人2年5人でエースを温存して10番・中島が先発。早い段階で先取点を奪いそのまま逃げ切りたかったが・・・・・。
1回表いつも先攻の三田学園は先頭の田口が見逃しの三振に倒れるも2番・音松がライト後方のフライを落球というエラーで1死3塁と願ってもないチャンス!!
穂積監督だったら初回からでもスクイズを仕掛けても不思議ではなかったが、岩根監督は2年生の3番・熊野の打力に自信があったのか?あるいはスクイズのタイミングを探っている間に初球から手を出してしまったのか???セカンドフライ。4番・清水も初球レフトフライと惜しいチャンスを逃し後手に回るハメに。
その裏、三田のエース・山田は1死から四球を与え盗塁で揺さぶられフルカウントから暴投で1・3塁の大ピンチ!!
特にタイムも取られないまま、4番・見村の1-2からまた盗塁を仕掛けられフルカウントからセカンドゴロでシブく1点奪われた。5番・白鳥もレフトへ痛恨の一撃を放ったが、三田らしくレフト・清水が前進前進・・・最後は勇気をもってダイビングしこれを好捕。大ピンチを最少失点で切り抜けた。
2回表内野安打と送りバントで1死2塁と形を作り、下位打線の奮起を期待したが、スライダーや内ストレートに力負けして連続三振。
3回は2死から2番・音松がヒットを放つも打線がつながらず初回から重苦しい雰囲気に。。
守っては2回裏2死から四球と暴投そして9番・中島投手にレフト前ヒットを浴び1・3塁のピンチ。1番・渡辺拓の強烈なサードゴロを上手くさばいてアウトにしたが、これで岩根監督も決断。
3回から早くもエースをベンチに下げて2番手・都倉にスイッチ。
しかし都倉は先頭の2番・大村に左中間ツーベースを喰らい3番・露本のバントで1死3塁と傷口を広げ、ここで岡田監督は4番でも関係なしにダイスキなスクイズを選択するかと思われたが、2年生見村にフリーに打たせて1-3からサードゴロ。しかし、5番・白鳥がきっちりセンター前タイムリーヒットを放つ勝負強さを見せ2-0と差を広げる。
昨春もそうだったが、履正社時代はベンチ前列ホーム寄りに座って、常にイライラしているしぐさを見せていた岡田監督だったが、地元の姫路に帰ってきて母校のユニホームを着てなんだか笑顔が増えて楽しそうに采配している!
4回表三田は先頭の4番・清水がショートのグラブをはじく内野安打で出塁すると岩根監督はやはり送りバントのサインで1死2塁と形を作るが、東洋の10番・中島の速球が冴え三振で2アウト。しかし7番・沖がセンター前ヒットでつないで1・3塁。ここで幸か不幸かリリーフ・都倉投手の打席。さすがに早すぎる代打投入もできず、投手は打撃も良いと聴くが、、、穂積監督だったら2004年秋に社の剛腕・大前投手を崩すべく1試合3度もランナー1・3塁からのダブルスチールを仕掛けて3度目でようやく決まり4-3と競り勝った経験もあるが、岩根監督は何も動かず、、、フルカウントからサードゴロで万事休す。
惜しいチャンスを逃して直後の守りで先頭打者に四球を与えイヤな予感しかなかったが、素直にバントで1死2塁。ここから連続フライアウトでピンチ脱出とまだ三田ペースなのかもしれない。
5回表の三田はおとなしく3連続外野フライで終わりイニングだけが進んでいく・・・。
その裏、東洋は試合巧者らしく先頭の2番・大村が初球バントヒットで出塁と揺さぶってきた。さらに四球と4番・見村のバントで1死2・3塁となりここでの失点は致命的だったが、岡田監督はスクイズを封印しショートフライトセカンドゴロに倒れ整備に入った。
やはり打線が非力な三田にとっては東洋の10番でも得点できない・・・・・。いつも通りといえばそれまでだが、数少ないチャンスで得点してそのまま逃げ切るのが勝ちパターンなだけに初回の1失点が大きくのしかかり点差以上に重苦し雰囲気を感じる。。。
2回でエース降板しただけに厳しい試合だが、岡田監督が手加減してくれているのか?スコアはまだ0-2なだけに1点でも返して盛り上がりたい。
6回表4番・清水が期待に応えてライト線の上に落ちるツーベースで1死2塁。さらに四球で1・2塁と同点の走者が出て岡田監督はここでエースではなく11番の2年生・木下にスイッチ。セーフティーバントやエンドランなど足を絡めて打開したかったが、岩根監督ここも動かず6番・高山1-2からまさかの6-4-3ダブルプレー・・・・・。
それでも2番手・都倉投手は気持ちを切らさずその裏下位打線を3人で抑えコールド回避はできそうだ!
7回表1点でも返したい三田だが、7・8番が相次ぎ凡退し、9番・栗栖がショートのエラーで出塁するも1番・田口の1ボールからようやく岩根監督がエンドランのサインを出し仕掛けたが、ファールで結局空振り三振。
その裏の東洋も同じく2死ランナーなしとなったが、3番・露本が試合を決定づけるレフトへのソロホームランで3-0と差を広げ、なおも4・5番の連打と死球で満塁。
7番・桒原に一発でも出ようものなら一気にサヨナラコールド負けまで追いつめられ岩根監督はショートの田口をマウンドに上げて背水の陣を敷いた。
果たして初球ストライクは入ったが、1-3と分が悪くなり、藤田前監督だったら『1球待て!』のサインが出たかもしれないが、岡田監督はフリーに打たせてライトフライで助かった!!
なんとかしたい三田だが、8回2番からの好打順も3番・熊野が内野安打を放つも4・5番が連続三振。。。
その裏の守りを3人で抑えてさあ、最後の猛追と言いたかったが、木下投手の前に内野の頭を越すことすら叶わず代打攻勢もなく3人で攻撃を終えてしまった・・・・・。
点差は0-3だが、それ以上の力の差を感じさせられた試合だった。
予想以上に攻撃面で岩根監督が動かなかった、、、夏を見据えてあえて手の内を隠していたのか???
やはり、数少ないチャンスをものにしてそのまま逃げ切るしか勝ちパターンがないので苦しいところだが、、、、、
春は4度出場している甲子園も夏は縁がないので今年もしんどいかと。
ただ、レギュラー4人が2年生で3番・ライトの熊野が新チームでエースナンバーを背負い獅子奮迅の大活躍!
背番号12の8番センター沖は正捕手となり、秋には20年ぶりとなる大躍進を果たすことになるとは思いもよらぬ嬉しい大誤算だった!!
さて、続く第2試合は淡路島の津名が神戸国際にボコボコに打たれて2-13 7回コールド負けで虚しく球場を後にした。
その翌週、紀三井寺で悲願の春・準々決勝4試合を観戦して中1日。もう1回ウインク球場に戻ってきた!
この日は東洋大姫路ー報徳学園の黄金カードが組まれており、ワクワクしていたがその前の試合もまさかまさかの延長11回の死闘が待っていた!!それはまた次回の講釈で。
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 四球 死球 三振 暴投 失点 自責
三田学園 山 田 2 10 45 1 0 3 0 0 2 1 1
三田学園 都 倉 4 2/3 23 80 6 3 2 1 1 0 2 2
三田学園 田 口 1 1/3 4 13 0 0 0 0 1 0 0 0
東洋姫路 中 島 5 1/3 23 76 5 2 1 0 4 0 0 0
東洋姫路 木 下 3 2/3 12 47 1 0 0 0 4 0 0 0
(完)
🌟次回予告🌟
R6年度春季近畿地区高校野球大会兵庫予選観戦記② 耐雪梅花麗 神戸学院大付観戦記
4/29 春季兵庫大会準々決勝第1試合 ウインク球場 神戸学院大付-須磨翔風
一二三四五六七八九十計HE
三田学園000000000 060 山田、都倉、田口-明山
東洋姫路10100010X 372 中島、木下-桒原
第二試合
津 名
神国大付
4月13日開幕の春季兵庫大会。初日の明石トーカロのみ3試合が組まれてたが、球場正面にはバリケードとブルーシートが多々ありまだ工事は続いているようだった・・・・・。
近畿大会が明石開催ということで一抹の不安を感じていたが、2年ほど閉ざされた内野上段席に座れるようになりホッと一息でスコアボードもずいぶんハイカラな仕様に変わっていた!
そして翌週にナイター照明塔設置された姫路のウインク球場へ・・・6基の照明塔がバスの車窓から見え、縦4X横10のLED照明が新設された。兵庫大会では2~3試合しか行わないのでまずナイターになることはないだろうが、6月にリニューアル記念イベントが開催されるのでその時までナイター点灯を待ち、梅雨の晴れ間に無事に見届けることができた!
さて、この日の第1試合では三田学園が登場!相手は地元の東洋大姫路だけに勝機は限りなく薄いと思われるが、穂積監督が退任し近鉄の4番打者・羽田監督を招聘し、その後に岩根監督と若返りを図り古豪復活を目指しているが、穂積監督のスモールベースボールのチームカラーは不変のままだった。
スタンドでは太鼓1つに録音応援というスタイルだった。
東洋大姫路は岡田監督を招聘して2年目。昨春(2023年)は就任即春準優勝しただけに今回も上位進出が見込まれる。
三田学園はレギュラー4人が2年生。東洋は1年1人2年5人でエースを温存して10番・中島が先発。早い段階で先取点を奪いそのまま逃げ切りたかったが・・・・・。
1回表いつも先攻の三田学園は先頭の田口が見逃しの三振に倒れるも2番・音松がライト後方のフライを落球というエラーで1死3塁と願ってもないチャンス!!
穂積監督だったら初回からでもスクイズを仕掛けても不思議ではなかったが、岩根監督は2年生の3番・熊野の打力に自信があったのか?あるいはスクイズのタイミングを探っている間に初球から手を出してしまったのか???セカンドフライ。4番・清水も初球レフトフライと惜しいチャンスを逃し後手に回るハメに。
その裏、三田のエース・山田は1死から四球を与え盗塁で揺さぶられフルカウントから暴投で1・3塁の大ピンチ!!
特にタイムも取られないまま、4番・見村の1-2からまた盗塁を仕掛けられフルカウントからセカンドゴロでシブく1点奪われた。5番・白鳥もレフトへ痛恨の一撃を放ったが、三田らしくレフト・清水が前進前進・・・最後は勇気をもってダイビングしこれを好捕。大ピンチを最少失点で切り抜けた。
2回表内野安打と送りバントで1死2塁と形を作り、下位打線の奮起を期待したが、スライダーや内ストレートに力負けして連続三振。
3回は2死から2番・音松がヒットを放つも打線がつながらず初回から重苦しい雰囲気に。。
守っては2回裏2死から四球と暴投そして9番・中島投手にレフト前ヒットを浴び1・3塁のピンチ。1番・渡辺拓の強烈なサードゴロを上手くさばいてアウトにしたが、これで岩根監督も決断。
3回から早くもエースをベンチに下げて2番手・都倉にスイッチ。
しかし都倉は先頭の2番・大村に左中間ツーベースを喰らい3番・露本のバントで1死3塁と傷口を広げ、ここで岡田監督は4番でも関係なしにダイスキなスクイズを選択するかと思われたが、2年生見村にフリーに打たせて1-3からサードゴロ。しかし、5番・白鳥がきっちりセンター前タイムリーヒットを放つ勝負強さを見せ2-0と差を広げる。
昨春もそうだったが、履正社時代はベンチ前列ホーム寄りに座って、常にイライラしているしぐさを見せていた岡田監督だったが、地元の姫路に帰ってきて母校のユニホームを着てなんだか笑顔が増えて楽しそうに采配している!
4回表三田は先頭の4番・清水がショートのグラブをはじく内野安打で出塁すると岩根監督はやはり送りバントのサインで1死2塁と形を作るが、東洋の10番・中島の速球が冴え三振で2アウト。しかし7番・沖がセンター前ヒットでつないで1・3塁。ここで幸か不幸かリリーフ・都倉投手の打席。さすがに早すぎる代打投入もできず、投手は打撃も良いと聴くが、、、穂積監督だったら2004年秋に社の剛腕・大前投手を崩すべく1試合3度もランナー1・3塁からのダブルスチールを仕掛けて3度目でようやく決まり4-3と競り勝った経験もあるが、岩根監督は何も動かず、、、フルカウントからサードゴロで万事休す。
惜しいチャンスを逃して直後の守りで先頭打者に四球を与えイヤな予感しかなかったが、素直にバントで1死2塁。ここから連続フライアウトでピンチ脱出とまだ三田ペースなのかもしれない。
5回表の三田はおとなしく3連続外野フライで終わりイニングだけが進んでいく・・・。
その裏、東洋は試合巧者らしく先頭の2番・大村が初球バントヒットで出塁と揺さぶってきた。さらに四球と4番・見村のバントで1死2・3塁となりここでの失点は致命的だったが、岡田監督はスクイズを封印しショートフライトセカンドゴロに倒れ整備に入った。
やはり打線が非力な三田にとっては東洋の10番でも得点できない・・・・・。いつも通りといえばそれまでだが、数少ないチャンスで得点してそのまま逃げ切るのが勝ちパターンなだけに初回の1失点が大きくのしかかり点差以上に重苦し雰囲気を感じる。。。
2回でエース降板しただけに厳しい試合だが、岡田監督が手加減してくれているのか?スコアはまだ0-2なだけに1点でも返して盛り上がりたい。
6回表4番・清水が期待に応えてライト線の上に落ちるツーベースで1死2塁。さらに四球で1・2塁と同点の走者が出て岡田監督はここでエースではなく11番の2年生・木下にスイッチ。セーフティーバントやエンドランなど足を絡めて打開したかったが、岩根監督ここも動かず6番・高山1-2からまさかの6-4-3ダブルプレー・・・・・。
それでも2番手・都倉投手は気持ちを切らさずその裏下位打線を3人で抑えコールド回避はできそうだ!
7回表1点でも返したい三田だが、7・8番が相次ぎ凡退し、9番・栗栖がショートのエラーで出塁するも1番・田口の1ボールからようやく岩根監督がエンドランのサインを出し仕掛けたが、ファールで結局空振り三振。
その裏の東洋も同じく2死ランナーなしとなったが、3番・露本が試合を決定づけるレフトへのソロホームランで3-0と差を広げ、なおも4・5番の連打と死球で満塁。
7番・桒原に一発でも出ようものなら一気にサヨナラコールド負けまで追いつめられ岩根監督はショートの田口をマウンドに上げて背水の陣を敷いた。
果たして初球ストライクは入ったが、1-3と分が悪くなり、藤田前監督だったら『1球待て!』のサインが出たかもしれないが、岡田監督はフリーに打たせてライトフライで助かった!!
なんとかしたい三田だが、8回2番からの好打順も3番・熊野が内野安打を放つも4・5番が連続三振。。。
その裏の守りを3人で抑えてさあ、最後の猛追と言いたかったが、木下投手の前に内野の頭を越すことすら叶わず代打攻勢もなく3人で攻撃を終えてしまった・・・・・。
点差は0-3だが、それ以上の力の差を感じさせられた試合だった。
予想以上に攻撃面で岩根監督が動かなかった、、、夏を見据えてあえて手の内を隠していたのか???
やはり、数少ないチャンスをものにしてそのまま逃げ切るしか勝ちパターンがないので苦しいところだが、、、、、
春は4度出場している甲子園も夏は縁がないので今年もしんどいかと。
ただ、レギュラー4人が2年生で3番・ライトの熊野が新チームでエースナンバーを背負い獅子奮迅の大活躍!
背番号12の8番センター沖は正捕手となり、秋には20年ぶりとなる大躍進を果たすことになるとは思いもよらぬ嬉しい大誤算だった!!
さて、続く第2試合は淡路島の津名が神戸国際にボコボコに打たれて2-13 7回コールド負けで虚しく球場を後にした。
その翌週、紀三井寺で悲願の春・準々決勝4試合を観戦して中1日。もう1回ウインク球場に戻ってきた!
この日は東洋大姫路ー報徳学園の黄金カードが組まれており、ワクワクしていたがその前の試合もまさかまさかの延長11回の死闘が待っていた!!それはまた次回の講釈で。
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 四球 死球 三振 暴投 失点 自責
三田学園 山 田 2 10 45 1 0 3 0 0 2 1 1
三田学園 都 倉 4 2/3 23 80 6 3 2 1 1 0 2 2
三田学園 田 口 1 1/3 4 13 0 0 0 0 1 0 0 0
東洋姫路 中 島 5 1/3 23 76 5 2 1 0 4 0 0 0
東洋姫路 木 下 3 2/3 12 47 1 0 0 0 4 0 0 0
(完)
🌟次回予告🌟
R6年度春季近畿地区高校野球大会兵庫予選観戦記② 耐雪梅花麗 神戸学院大付観戦記
4/29 春季兵庫大会準々決勝第1試合 ウインク球場 神戸学院大付-須磨翔風
☟【大阪-兵庫】オープン戦試合開始時刻変更について
https://kandok.jp/archives/9147/
【開催日時】3月4日(火)
【対戦カード】大阪ゼロロクブルズ 対 兵庫ブレイバーズ
【試合開始時刻】11:00
【球場】豊中ローズ球場
【備考】12時から変更
✌<下克上・25センバツ市和歌山>指導者紹介
https://news.yahoo.co.jp/articles/4369a915040c9eaf518e6f80cb6ffe678698b116
◇選手らの主体性重視 半田真一監督(44)
「甲子園という場所で自分たちをしっかりと表現できるように準備させてやりたい」と指導者としての思いを語る。
高校時代は市和歌山商(現・市和歌山)で副主将を務めた。愛知学院大を卒業後、コーチとして母校に戻り、2012年秋から監督に就任。自身が率いてチームを聖地に導くのは今回が8回目だ。
練習では、選手自らに目指す姿をイメージしてもらい、頭ごなしに否定しない。「考えを認めたり、軌道修正したり」と主体性を重視。「モチベーションの高いチーム。うまく力に変えたい」とナインらに信頼を寄せる。
◇共に成長が生きがい 岩本悠部長(40)
「選手が野球に専念できるようにするのが仕事」。練習場のネットを張り替えるなど裏方仕事が山積みだが、練習で打撃投手やノッカーも務める。高校時代は桐蔭(和歌山市)で二塁手で、3年時には主将で県春季大会優勝。「なるべくグラウンドで選手に関わりたい」と話す。
日体大卒業後、甲子園は母校・桐蔭のコーチ時代に1回経験。市和歌山では2016年に部長になって以降、春夏6回出場。「甲子園は一番野球を楽しめる場所」と選手には言う。「生徒と一緒に自分も成長できればいい。選手が伸びていくことが生きがいです」
◇「対話」で投手判断理解 舩津直也副部長(32)
主にバッテリーコーチを務め、信条は「失敗しても最後は投手の味方でいること」。那賀で捕手として活躍し、大阪体育大卒業後、2017年4月に赴任した。投手の判断を理解するため、「『会話』より『対話』」と密なコミュニケーションを大切にしている。
エースの土井源二郎(2年)と捕手で主将の川辺謙信(同)のバッテリーを「常に最善を尽くしてくれる」と評価。チームとしては昨夏の県新人戦で初戦敗退後に変化が見えたという。「追い込まれても前向きで、チームが勝つことを考えて変なプライドが消えた」と成長を実感している。
💢オンラインカジノ利用を7球団14人が申告も“名前公表されず”…今後もNPBは「自主申告を受け付ける」
https://news.yahoo.co.jp/articles/d61606661ce4e9362479b3bf7d0eb8d59540513d
日本野球機構は2月27日、オリックスの山岡泰輔投手のオンラインカジノ利用発覚を受けて、全12球団の選手、スタッフなど関係者らのオンラインカジノ利用について自主申告を求めた結果を発表。全7球団14人の利用が報告されたことを明らかにしたが、利用者の名前は公表しなかった。
NPBは公式サイトに「2/26(水)までに複数球団から報告がありましたので公表いたします」と綴りはじめ、続けて「全12球団のうち、所属選手、監督・コーチ、スタッフなど球団関係者から、オンラインカジノ利用の自主申告があった球団は、計7球団で、オンラインカジノの利用を申告した者は計14人でした」と記し、調査結果を明かした。
また、オンラインカジノ利用が明らかになった14人は「いずれも刑法の単純賭博罪の公訴時効(3年)にかからない2022年2月以降の案件です。公訴時効が過ぎた自主申告は、公表の対象としていませんが、必要に応じて調査することにいたします。今回の公表の対象とした自主申告をした者については、各球団において、申告内容を精査・確認した上で、適切に対応してまいります」と説明した。
さらにNPBは「日本プロ野球選手会とも協議しながら、当面の間、自主申告を受け付けることといたします」とも綴り、今後も同問題に向き合う姿勢をみせている。
オンラインカジノの問題に関しては、オリックスが山岡泰輔投手のオンラインカジノ利用と今後の活動自粛を発表。これを受けてNPBは12球団に対して自主申告を求めていた。今後も大きな波紋を広げそうだ。
☝甲子園スコアボードに伝統を踏襲した新フォント誕生 「永遠の生命得た」新たな歴史刻む
https://news.yahoo.co.jp/articles/b7dbaaa9063d6baea04ba944f68b1ce052b59254
阪神甲子園球場で27日、かつて職人がスコアボードに選手名を手書きしていた伝統の「甲子園文字」を受け継いだ、新しい「甲子園フォント」が披露された。3月4日のオープン戦から使用される。
昨年、甲子園球場が開場100周年を迎えたのを記念誌、阪神電気鉄道と、大手フォントメーカーのモリサワが共同でプロジェクトを進めてきた。
甲子園文字の研究を重ねて完成した約3800字の甲子園フォントは、明朝体を基本に、毛筆の勢いを残した「はね」や「はらい」に太い縦線、端々には丸みなども持たせた。また、平成31年に大型ビジョンが1画面化されるまで使用されていた、ひらがなの「ろ」のような字形の「3」の文字も復活した。深い緑色のスコアボードになめらかさと白さが際立った新フォントで「甲子園」と表示されると、関係者からは拍手が送られた。
球場名物スコアボードの初代は簡素で右中間席にあったが、昭和9年、今と同じ中堅後方に本格的なものが登場した。58年まで職人が手書きしていた独特の書体は、ファンに親しまれてきた。
阪神電鉄の谷本修取締役は「完成形として受け継ぐことが可能となり、永遠の生命を得たと感じている」、モリサワの森沢彰彦社長は「長く愛され、ご覧いただけるよう願っている」と話していた。
⚾岩手さんへ
今日は毎月恒例、北御堂での相愛コンサートのために大阪に出かけておりましたが、ラジオでよく山火事のニュースを取り上げてましたよ。
やはり冬の乾燥及び少雨の影響で燃えやすいとか・・・・・。
関西では日曜日くらいから長雨が続くらしく、3/4に我が母校から徒歩10分程度の豊中ローズ球場のリニューアルした姿を観ようと思ってましたが、、、、、
試合開始を12時から11時に繰り上げで食事の調整も難しくなってきたし、スコアつけないので屋根もあるし雨露凌げて寒さ対策さえすれば・・・試合後には記念館見学と久しぶりに母校の外周歩いて運動場の全面人工芝姿を見て、服部天満宮参拝と考えてましたが・・・・・このままだと前日中止発表もあり得そうで、、、その雨を全部大船渡に譲りたいです!!
さて、原田監督ですが現役時代の高嶋先生ほどではないですが感情的になる一面はたしかに・・・・・。紀三井寺ほど足しげくわかさS京都に通っていないので細かくは分かりませんが、たいがいベンチ奥に鎮座されているのでネット裏からその姿は見えないのが常ですが。。。
高嶋先生が甲子園全盛期の頃は紀三井寺で1試合2回は怒号が飛んでいたし、バットケースあたりを蹴るような爆音もありましたよ!
攻守交代時に冷静な時はベンチ前に出て指示されてますが、劣勢になったり怠慢プレーが出るとベンチ奥から凄まじい怒号が観客席に響いてました。
聴いた話ですが、奈良・智弁時代はもっと激しいスパルタ指導だったようだし、三重遠征で海星グラウンドで練習試合した折には選手に先生の手からボールが飛んでいったとか・・・・・。
それでも芯の強いファンは動じず温かく見守っていた模様で、若き日の高嶋先生の教え子もそれを受け入れて歯を食いしばって練習に着いて行ってましたし、そういう事例は高野連の耳に届かなかったものですが・・・・・。
某サイトを見ると、賛否両論ありますが、否定派が8割ほどでしょうか?中には東の若林監督(元中日ドラゴンズ・東海大菅生監督)西の原田監督とスパルタ指導の両雄扱いされているし、OBで原田監督よりも1つ年上で3月末に勇退する近江・多賀監督が後任になればいいという案も!?
数年前に森村部長も同じような案件で謹慎喰らいつつもシレっと復帰してバインダー片手に最前列の外野寄りで戦況を見つめているし、2003年のエースでダルビッシュと投げ合って延長戦で競り負けた服部投手も滝川二の監督就任から1年ほどで暴言がもとで解任されたし、ある程度は表に出てくるんでしょうね。
代理監督が誰かは分かりませんが、どうも97年甲子園準優勝投手で元オリックスの川口コーチがいずれ原田監督の後継ぎという説が有力視されてます。
これを機に、龍谷大学が学校の宣伝のためにユニホームを近大ヨロシク大学と同じものにするか?そのままか?ちと気になります。
https://kandok.jp/archives/9147/
【開催日時】3月4日(火)
【対戦カード】大阪ゼロロクブルズ 対 兵庫ブレイバーズ
【試合開始時刻】11:00
【球場】豊中ローズ球場
【備考】12時から変更
✌<下克上・25センバツ市和歌山>指導者紹介
https://news.yahoo.co.jp/articles/4369a915040c9eaf518e6f80cb6ffe678698b116
◇選手らの主体性重視 半田真一監督(44)
「甲子園という場所で自分たちをしっかりと表現できるように準備させてやりたい」と指導者としての思いを語る。
高校時代は市和歌山商(現・市和歌山)で副主将を務めた。愛知学院大を卒業後、コーチとして母校に戻り、2012年秋から監督に就任。自身が率いてチームを聖地に導くのは今回が8回目だ。
練習では、選手自らに目指す姿をイメージしてもらい、頭ごなしに否定しない。「考えを認めたり、軌道修正したり」と主体性を重視。「モチベーションの高いチーム。うまく力に変えたい」とナインらに信頼を寄せる。
◇共に成長が生きがい 岩本悠部長(40)
「選手が野球に専念できるようにするのが仕事」。練習場のネットを張り替えるなど裏方仕事が山積みだが、練習で打撃投手やノッカーも務める。高校時代は桐蔭(和歌山市)で二塁手で、3年時には主将で県春季大会優勝。「なるべくグラウンドで選手に関わりたい」と話す。
日体大卒業後、甲子園は母校・桐蔭のコーチ時代に1回経験。市和歌山では2016年に部長になって以降、春夏6回出場。「甲子園は一番野球を楽しめる場所」と選手には言う。「生徒と一緒に自分も成長できればいい。選手が伸びていくことが生きがいです」
◇「対話」で投手判断理解 舩津直也副部長(32)
主にバッテリーコーチを務め、信条は「失敗しても最後は投手の味方でいること」。那賀で捕手として活躍し、大阪体育大卒業後、2017年4月に赴任した。投手の判断を理解するため、「『会話』より『対話』」と密なコミュニケーションを大切にしている。
エースの土井源二郎(2年)と捕手で主将の川辺謙信(同)のバッテリーを「常に最善を尽くしてくれる」と評価。チームとしては昨夏の県新人戦で初戦敗退後に変化が見えたという。「追い込まれても前向きで、チームが勝つことを考えて変なプライドが消えた」と成長を実感している。
💢オンラインカジノ利用を7球団14人が申告も“名前公表されず”…今後もNPBは「自主申告を受け付ける」
https://news.yahoo.co.jp/articles/d61606661ce4e9362479b3bf7d0eb8d59540513d
日本野球機構は2月27日、オリックスの山岡泰輔投手のオンラインカジノ利用発覚を受けて、全12球団の選手、スタッフなど関係者らのオンラインカジノ利用について自主申告を求めた結果を発表。全7球団14人の利用が報告されたことを明らかにしたが、利用者の名前は公表しなかった。
NPBは公式サイトに「2/26(水)までに複数球団から報告がありましたので公表いたします」と綴りはじめ、続けて「全12球団のうち、所属選手、監督・コーチ、スタッフなど球団関係者から、オンラインカジノ利用の自主申告があった球団は、計7球団で、オンラインカジノの利用を申告した者は計14人でした」と記し、調査結果を明かした。
また、オンラインカジノ利用が明らかになった14人は「いずれも刑法の単純賭博罪の公訴時効(3年)にかからない2022年2月以降の案件です。公訴時効が過ぎた自主申告は、公表の対象としていませんが、必要に応じて調査することにいたします。今回の公表の対象とした自主申告をした者については、各球団において、申告内容を精査・確認した上で、適切に対応してまいります」と説明した。
さらにNPBは「日本プロ野球選手会とも協議しながら、当面の間、自主申告を受け付けることといたします」とも綴り、今後も同問題に向き合う姿勢をみせている。
オンラインカジノの問題に関しては、オリックスが山岡泰輔投手のオンラインカジノ利用と今後の活動自粛を発表。これを受けてNPBは12球団に対して自主申告を求めていた。今後も大きな波紋を広げそうだ。
☝甲子園スコアボードに伝統を踏襲した新フォント誕生 「永遠の生命得た」新たな歴史刻む
https://news.yahoo.co.jp/articles/b7dbaaa9063d6baea04ba944f68b1ce052b59254
阪神甲子園球場で27日、かつて職人がスコアボードに選手名を手書きしていた伝統の「甲子園文字」を受け継いだ、新しい「甲子園フォント」が披露された。3月4日のオープン戦から使用される。
昨年、甲子園球場が開場100周年を迎えたのを記念誌、阪神電気鉄道と、大手フォントメーカーのモリサワが共同でプロジェクトを進めてきた。
甲子園文字の研究を重ねて完成した約3800字の甲子園フォントは、明朝体を基本に、毛筆の勢いを残した「はね」や「はらい」に太い縦線、端々には丸みなども持たせた。また、平成31年に大型ビジョンが1画面化されるまで使用されていた、ひらがなの「ろ」のような字形の「3」の文字も復活した。深い緑色のスコアボードになめらかさと白さが際立った新フォントで「甲子園」と表示されると、関係者からは拍手が送られた。
球場名物スコアボードの初代は簡素で右中間席にあったが、昭和9年、今と同じ中堅後方に本格的なものが登場した。58年まで職人が手書きしていた独特の書体は、ファンに親しまれてきた。
阪神電鉄の谷本修取締役は「完成形として受け継ぐことが可能となり、永遠の生命を得たと感じている」、モリサワの森沢彰彦社長は「長く愛され、ご覧いただけるよう願っている」と話していた。
⚾岩手さんへ
今日は毎月恒例、北御堂での相愛コンサートのために大阪に出かけておりましたが、ラジオでよく山火事のニュースを取り上げてましたよ。
やはり冬の乾燥及び少雨の影響で燃えやすいとか・・・・・。
関西では日曜日くらいから長雨が続くらしく、3/4に我が母校から徒歩10分程度の豊中ローズ球場のリニューアルした姿を観ようと思ってましたが、、、、、
試合開始を12時から11時に繰り上げで食事の調整も難しくなってきたし、スコアつけないので屋根もあるし雨露凌げて寒さ対策さえすれば・・・試合後には記念館見学と久しぶりに母校の外周歩いて運動場の全面人工芝姿を見て、服部天満宮参拝と考えてましたが・・・・・このままだと前日中止発表もあり得そうで、、、その雨を全部大船渡に譲りたいです!!
さて、原田監督ですが現役時代の高嶋先生ほどではないですが感情的になる一面はたしかに・・・・・。紀三井寺ほど足しげくわかさS京都に通っていないので細かくは分かりませんが、たいがいベンチ奥に鎮座されているのでネット裏からその姿は見えないのが常ですが。。。
高嶋先生が甲子園全盛期の頃は紀三井寺で1試合2回は怒号が飛んでいたし、バットケースあたりを蹴るような爆音もありましたよ!
攻守交代時に冷静な時はベンチ前に出て指示されてますが、劣勢になったり怠慢プレーが出るとベンチ奥から凄まじい怒号が観客席に響いてました。
聴いた話ですが、奈良・智弁時代はもっと激しいスパルタ指導だったようだし、三重遠征で海星グラウンドで練習試合した折には選手に先生の手からボールが飛んでいったとか・・・・・。
それでも芯の強いファンは動じず温かく見守っていた模様で、若き日の高嶋先生の教え子もそれを受け入れて歯を食いしばって練習に着いて行ってましたし、そういう事例は高野連の耳に届かなかったものですが・・・・・。
某サイトを見ると、賛否両論ありますが、否定派が8割ほどでしょうか?中には東の若林監督(元中日ドラゴンズ・東海大菅生監督)西の原田監督とスパルタ指導の両雄扱いされているし、OBで原田監督よりも1つ年上で3月末に勇退する近江・多賀監督が後任になればいいという案も!?
数年前に森村部長も同じような案件で謹慎喰らいつつもシレっと復帰してバインダー片手に最前列の外野寄りで戦況を見つめているし、2003年のエースでダルビッシュと投げ合って延長戦で競り負けた服部投手も滝川二の監督就任から1年ほどで暴言がもとで解任されたし、ある程度は表に出てくるんでしょうね。
代理監督が誰かは分かりませんが、どうも97年甲子園準優勝投手で元オリックスの川口コーチがいずれ原田監督の後継ぎという説が有力視されてます。
これを機に、龍谷大学が学校の宣伝のためにユニホームを近大ヨロシク大学と同じものにするか?そのままか?ちと気になります。
平安原田監督が体罰で自宅待機中か熱心なイメージだったけど、感情的になってしまったのかな?
関西地区の監督交代はこちら時々載っているけど。
原田監督は平安の低迷中に監督を引き受け名門校のプレッシャーもあったと思います。
わかさスタジアムだったかで初戦敗退かコールド負けで罵声、卵が飛んできたとか聞きました!
甲子園優勝チームに作りましたね!
私の年代だったら当たり前だったのが今は規制強化だしね。
熱血、猛練習、朝練、坊主まだまだあるけど!どんどん昭和的が無くなり
昭和も36年前になるのか。歳を重ね、平成の甲子園がつくづく懐かしい今日この頃です!
山林火災は延焼拡大中で、避難所開設場所も追加しています。
天気予報では、来週の火曜日辺りまで雨が降らないらしい。
野球観戦の時は雨を嫌うのに、今回のような時は雨が降らないか思う気持ちズルいよね。
関西地区の監督交代はこちら時々載っているけど。
原田監督は平安の低迷中に監督を引き受け名門校のプレッシャーもあったと思います。
わかさスタジアムだったかで初戦敗退かコールド負けで罵声、卵が飛んできたとか聞きました!
甲子園優勝チームに作りましたね!
私の年代だったら当たり前だったのが今は規制強化だしね。
熱血、猛練習、朝練、坊主まだまだあるけど!どんどん昭和的が無くなり
昭和も36年前になるのか。歳を重ね、平成の甲子園がつくづく懐かしい今日この頃です!
山林火災は延焼拡大中で、避難所開設場所も追加しています。
天気予報では、来週の火曜日辺りまで雨が降らないらしい。
野球観戦の時は雨を嫌うのに、今回のような時は雨が降らないか思う気持ちズルいよね。
💢龍谷大平安高の野球部監督が部員に暴行 本人も認める 自宅待機に
https://news.yahoo.co.jp/articles/97276d9d7a53896c0a5c5c7c76cb5a926949f012
龍谷大平安高校野球部の原田英彦監督(64)が2月中旬から、部員に暴行したとして、自宅待機を命じられていることが学校への取材で明らかになった。原田監督は暴行を認めているといい、学校側は調査委員会を設置して経緯を調べている。
同校によると、部員1人から被害の申し出があった。原田監督に事実関係を確認するとともに、自宅待機を命じた。部員はけがをしたという。日本高校野球連盟に報告し、日本学生野球協会の審査室会議に諮られ、3月上旬に処分が決まる見込み。同校はその後に記者会見を開く予定。
龍谷大平安は、センバツに全国最多の42回出場を誇る高校野球の名門。原田監督は同校OBで1993年に監督に就任。97年夏に準優勝、2014年にはセンバツ初優勝に導いた。
📝「体は大きくなってしまいましたが」消えた“甲子園史上最高のセカンド”町田友潤34歳の児童福祉改革「髪型、服装、ネイル自由。残業ほぼなし」
https://news.yahoo.co.jp/articles/7ff6899b35841c72aa480e19ab4c474b651a382b?page=1
野球の学びを児童福祉に
常葉菊川高校で「甲子園史上最高のセカンド」と呼ばれた町田友潤さんは現在、起業して8年目を迎え、放課後等デイサービスと児童発達支援の事業所を計5か所運営している。スタッフは40人近くまで増え、事業所を利用する子どもたちは小学生から高校生まで計100人を超える。
大半の子どもたちは朝から学校へ行った後に、町田さんが運営する事業所に来る。春休みや夏休みといった長期休みは、朝から夕方まで事業所で過ごす子どもも多い。こうした児童福祉施設は、利用者が社会生活に必要となる食事や排泄、集団での生活などを身に付けられるようにサポートする役割を担う。ただ、町田さんは子どもたちに何かを教えるよりも、「心地良い居場所づくり」を大切にしている。
「子どもたちが毎日来たい、あすも来たいと思える事業所にすることが一番大事だと思っています。その上で、子どもたちが課題を克服するサポートをしていきます。私たちは魔法使いではないので、急激に何かを変えられるわけではありません。それぞれの子どもに合ったペースや方法で、少しずつ着実に前進する考え方で運営しています」
子どもたちは、きょうできていたことが翌日にはできなくなるケースが珍しくない。だが、町田さんは決して焦らない。そこには、野球からの学びがある。
「子どもたちは失敗と成功を繰り返して、できることを増やしていきます。苦手なことを簡単にできるようにならないのは、障害のない子どもも大人の私たちも同じです。この考え方は野球ともつながっています。いきなり技術を習得できませんから」
福祉のネガティブなイメージを変えるために
スタッフや保護者と一丸となって子どもたちをサポートする体制を築いているところも、チームワークが重要な野球と通じる。町田さんの事業所では数か月に1回の頻度で保護者と面談の場を設け、それ以外にも家庭と密に連絡を取る。保護者の依頼を受けて学校に行くこともあり、事業所での子どもたちの様子を学校側と共有する時もある。町田さんは家庭、学校、児童福祉施設の連携が子どもたちの支援に不可欠と考えている。
一緒に働くスタッフとの関係性も深めてチーム力を高めている。町田さんが重点を置くのは「スタッフ満足度」。スタッフが仕事に充実感や達成感を抱けなければ、子どもたちや保護者を満たせない。スタッフ満足度は事業所を利用する親子の満足度に直結するのだ。
働きやすい環境を整えるため、町田さんは福祉のネガティブなイメージを変えている。
事業所はモデルハウスのようにきれいで居心地が良い。事業所の利益は給料アップに反映し、残業もほとんどない。ワーク・ライフ・バランスを大切にし、スタッフが熱中する趣味や職場以外の活動もサポートする。例えば、男性スタッフがウエイトトレーニングにハマってボディメイクの大会に出場した際は、町田さんをはじめとする経営陣が大会の会場まで応援に行った。
「どんなにやりがいのある仕事でも職場環境や待遇に満足できなければ、スタッフは離れてしまいます。給料はどんどん上げていきたいと思っていますし、働きやすい環境を整えて福祉のネガティブなイメージを変えていきたいです」
髪型、服装にネイルも自由にしたワケ
スタッフの髪形や髪色、服装やネイルを常識の範囲内で自由にしているのも、働きやすさの一環だ。仕事に支障をきたさなければ、服や髪形を好きに選べた方が前向きに働けると町田さんは考えている。必要以上に制限をかけて福祉に興味のある人材が離れてしまったら、結果的に業界の損失となる。
服装や髪形を自由にしたことで思わぬメリットもあったという。事業所に来る女の子たちと女性スタッフの距離が、今まで以上に近くなったのだ。町田さんは「女性スタッフがかわいいネイルをしたり、髪の色を変えたりすると、小、中学生の女の子が『大きくなったら私もやりたい』と興味や憧れを持ちます。良い影響が出ています」と語る。知識やサービスの面ではスタッフに高いハードルを課し、それ以外の面は大らかにするメリハリでスタッフのモチベーションを高めている。
「私たちの事業所の利用者さんが増えているのは、スタッフの質が高いところが最大の理由です。自分1人では到底できません。若手、ベテラン、未経験者あらゆるスタッフが自分の役割を果たして、良いチームになっていると感じます。未経験者は福祉の経験が長くなると気付かなくなる視点を持っているので貴重な存在です。色んな視点や考え方があると、改善や成長につながります」
日曜夜が全然憂鬱じゃないんです
2017年に起業した当初、事業所の利用者は定員10人に対して3人しか集まらなかった。そこから口コミを中心に子どもたちが増え、今は5つの事業所で100人を超える。定員はいっぱいで、新規の受け入れができないほどになった。野球を辞めるまでは勉強の習慣がなかったという町田さんは福祉やビジネスについて学び、今では経営者としてスタッフの生活や子どもたちの未来を支えている。周囲が想像する以上の努力を継続しなければ、現在の姿はないだろう。だが、「しんどい、つらいとは思わなかったですね」と笑顔で言い切る。
「今も変わりませんが、日曜の夜が全然憂鬱ではないんです。あすは仕事で嫌だなという気持ちがありません。子どもたちができなかったことをできるようになった時を見られた瞬間のうれしさは、この仕事に携わった時からずっと変わりません。幸せですね」
野球教室も並行して手がけている
町田さんが子どもたちと接する場は事業所の他にもある。それは、野球教室である。経済的に恵まれない子どもをサポートする一般社団法人「日本未来スポーツ振興協会」の静岡支部長を務め、活動の一環として小、中学生に野球を教えている。さらに、3年前には常葉菊川時代にチームメートだった野島大介さんとともに草野球チームを立ち上げた。メンバーは高校時代の後輩や、他の高校出身の同世代が集まった。町田さんは監督に就いている。
「単に自分たち、おじさんが野球をやって楽しむだけではダメだと思って、依頼を受けたチームを訪れて野球教室を開催しています。昔の仲間たちと体を動かすのも楽しいですし、自分は野球に育ててもらった思いが強いので、できることを返していきたいと思っています」
小・中学生のチームに行くと、子どもたちよりも保護者が喜ぶケースもある。町田さんと同世代で、「伝説のセカンド」をリアルタイムで見ていた人は多い。町田さんは「保護者の方がリアクションは良いですね」と笑う。そして、野球教室で出会った同世代の人や草野球のチームメートからは、ある期待を寄せられていると感じている。
「自分は監督、野島はコーチの立場なので試合には出ていません。2人とも現役時代と比べて、かなり体が大きくなってしまいました。体をしぼって、今年は何試合か出場できたら良いなと思っています。周りの人たちも、プレーするところを見たいはずなので。もちろん、高校時代のようには動けませんよ。無理したら、けがをしてしまいますから」
甲子園史上最高のセカンドと呼ばれたからこそ
実質2年半しかない高校野球。その短い期間で、町田さんは児童福祉の道へ進むきっかけとなる出会いに恵まれ、「甲子園史上最高のセカンド」と評される有名選手となった。
「色々な人たちのおかげで楽しい野球人生を送ることができました」
感謝の気持ちを忘れず、第2の人生で福祉業界や野球界に恩返しを続けている。
📝高校、大学の野球部の処分基準を明確化 日本学生野球協会、新基準は4月1日から施行
https://news.yahoo.co.jp/articles/707425b910fbc405ce03ddf6d1681bfe52df60b6
日本学生野球協会は25日、高校、大学の野球部の対外試合禁止、その指導者の謹慎・除名についての処分基準を明確にして、協会のホームページで公表した。処分基準制定委員会が一昨年秋から議論を重ねて、つくった基準を、この日、都内で開かれた評議員会が了承した。新基準は4月1日から施行される。
日本学生野球審査室が決める処分は、これまで過去の処分例に照らして決めていたが、処分基準を具体化。対外試合禁止は、違反行為に関係した部員が「10人以上または部員総数の50パーセント以上」を判断基準とした。対外試合禁止期間は、これまで、アウト・オブ・シーズン(たとえば1月)のような対外試合ができない期間も含めていたが、今後は「含めない」と改善した。指導者の処分も類型別の基準を決めたうえで、部員への暴力なら「野球の用具を使った」など加重要因を定めた。
☝米子松蔭高を懸垂幕で激励 センバツ出場で米子市役所に掲出
https://news.yahoo.co.jp/articles/84ef53773b6ec13cb198b62e7abf0d1a204252b6
米子松蔭高野球部が選抜高校野球大会に33年ぶり2度目の出場を決めたことを受け、同市は25日、市役所本庁舎に選手たちを激励する懸垂幕を掲出した。
縦18メートル、幅1・8メートルで、国道9号に面した市役所西側に設置。同部のチームカラーである紫色の幕に「祝甲子園出場 米子松蔭高等学校」と書かれている。
3月6日まで掲げた後、開幕前の同14日から再度掲出。勝ち上がる限り掲げ続ける。市スポーツ振興課は「古里を活気づけるプレーを期待したい」とエールを送る。
⚾岩手さんへ
やはり火事の連鎖反応は続いてしまいますね・・・・・。
しかし、2度目のゴミ焼きによる飛び火は不可抗力ですよね・・・・・。
悲しいかな3度目の火事は建物にも延焼していて、しかも延焼拡大中・・・とのことで、鎮火まで相当時間がかかりかねないですね。
対外試合禁止の処分基準緩和は徐々に広まりつつありましたが、明文化されて良かったですね。
我が母校も平成以降では2度対外試合禁止処分を喰らい、1度は夏の大会を棒に振りましたから・・・・・。
P・S 平安・原田監督の暴力が明るみになりました・・・。
現在、自宅謹慎中とのことですが、99年センバツ直前でも罰走5時間させた件で10日間指導禁止処分を受けていたので、3月に2度目の処分が下されるんでしょうね。
おそらく3か月程度の指導禁止と思われますが、高嶋先生や北原監督も同じ処分を喰らいながらも復帰されたので、夏には間に合うと信じたいですね。
https://news.yahoo.co.jp/articles/97276d9d7a53896c0a5c5c7c76cb5a926949f012
龍谷大平安高校野球部の原田英彦監督(64)が2月中旬から、部員に暴行したとして、自宅待機を命じられていることが学校への取材で明らかになった。原田監督は暴行を認めているといい、学校側は調査委員会を設置して経緯を調べている。
同校によると、部員1人から被害の申し出があった。原田監督に事実関係を確認するとともに、自宅待機を命じた。部員はけがをしたという。日本高校野球連盟に報告し、日本学生野球協会の審査室会議に諮られ、3月上旬に処分が決まる見込み。同校はその後に記者会見を開く予定。
龍谷大平安は、センバツに全国最多の42回出場を誇る高校野球の名門。原田監督は同校OBで1993年に監督に就任。97年夏に準優勝、2014年にはセンバツ初優勝に導いた。
📝「体は大きくなってしまいましたが」消えた“甲子園史上最高のセカンド”町田友潤34歳の児童福祉改革「髪型、服装、ネイル自由。残業ほぼなし」
https://news.yahoo.co.jp/articles/7ff6899b35841c72aa480e19ab4c474b651a382b?page=1
野球の学びを児童福祉に
常葉菊川高校で「甲子園史上最高のセカンド」と呼ばれた町田友潤さんは現在、起業して8年目を迎え、放課後等デイサービスと児童発達支援の事業所を計5か所運営している。スタッフは40人近くまで増え、事業所を利用する子どもたちは小学生から高校生まで計100人を超える。
大半の子どもたちは朝から学校へ行った後に、町田さんが運営する事業所に来る。春休みや夏休みといった長期休みは、朝から夕方まで事業所で過ごす子どもも多い。こうした児童福祉施設は、利用者が社会生活に必要となる食事や排泄、集団での生活などを身に付けられるようにサポートする役割を担う。ただ、町田さんは子どもたちに何かを教えるよりも、「心地良い居場所づくり」を大切にしている。
「子どもたちが毎日来たい、あすも来たいと思える事業所にすることが一番大事だと思っています。その上で、子どもたちが課題を克服するサポートをしていきます。私たちは魔法使いではないので、急激に何かを変えられるわけではありません。それぞれの子どもに合ったペースや方法で、少しずつ着実に前進する考え方で運営しています」
子どもたちは、きょうできていたことが翌日にはできなくなるケースが珍しくない。だが、町田さんは決して焦らない。そこには、野球からの学びがある。
「子どもたちは失敗と成功を繰り返して、できることを増やしていきます。苦手なことを簡単にできるようにならないのは、障害のない子どもも大人の私たちも同じです。この考え方は野球ともつながっています。いきなり技術を習得できませんから」
福祉のネガティブなイメージを変えるために
スタッフや保護者と一丸となって子どもたちをサポートする体制を築いているところも、チームワークが重要な野球と通じる。町田さんの事業所では数か月に1回の頻度で保護者と面談の場を設け、それ以外にも家庭と密に連絡を取る。保護者の依頼を受けて学校に行くこともあり、事業所での子どもたちの様子を学校側と共有する時もある。町田さんは家庭、学校、児童福祉施設の連携が子どもたちの支援に不可欠と考えている。
一緒に働くスタッフとの関係性も深めてチーム力を高めている。町田さんが重点を置くのは「スタッフ満足度」。スタッフが仕事に充実感や達成感を抱けなければ、子どもたちや保護者を満たせない。スタッフ満足度は事業所を利用する親子の満足度に直結するのだ。
働きやすい環境を整えるため、町田さんは福祉のネガティブなイメージを変えている。
事業所はモデルハウスのようにきれいで居心地が良い。事業所の利益は給料アップに反映し、残業もほとんどない。ワーク・ライフ・バランスを大切にし、スタッフが熱中する趣味や職場以外の活動もサポートする。例えば、男性スタッフがウエイトトレーニングにハマってボディメイクの大会に出場した際は、町田さんをはじめとする経営陣が大会の会場まで応援に行った。
「どんなにやりがいのある仕事でも職場環境や待遇に満足できなければ、スタッフは離れてしまいます。給料はどんどん上げていきたいと思っていますし、働きやすい環境を整えて福祉のネガティブなイメージを変えていきたいです」
髪型、服装にネイルも自由にしたワケ
スタッフの髪形や髪色、服装やネイルを常識の範囲内で自由にしているのも、働きやすさの一環だ。仕事に支障をきたさなければ、服や髪形を好きに選べた方が前向きに働けると町田さんは考えている。必要以上に制限をかけて福祉に興味のある人材が離れてしまったら、結果的に業界の損失となる。
服装や髪形を自由にしたことで思わぬメリットもあったという。事業所に来る女の子たちと女性スタッフの距離が、今まで以上に近くなったのだ。町田さんは「女性スタッフがかわいいネイルをしたり、髪の色を変えたりすると、小、中学生の女の子が『大きくなったら私もやりたい』と興味や憧れを持ちます。良い影響が出ています」と語る。知識やサービスの面ではスタッフに高いハードルを課し、それ以外の面は大らかにするメリハリでスタッフのモチベーションを高めている。
「私たちの事業所の利用者さんが増えているのは、スタッフの質が高いところが最大の理由です。自分1人では到底できません。若手、ベテラン、未経験者あらゆるスタッフが自分の役割を果たして、良いチームになっていると感じます。未経験者は福祉の経験が長くなると気付かなくなる視点を持っているので貴重な存在です。色んな視点や考え方があると、改善や成長につながります」
日曜夜が全然憂鬱じゃないんです
2017年に起業した当初、事業所の利用者は定員10人に対して3人しか集まらなかった。そこから口コミを中心に子どもたちが増え、今は5つの事業所で100人を超える。定員はいっぱいで、新規の受け入れができないほどになった。野球を辞めるまでは勉強の習慣がなかったという町田さんは福祉やビジネスについて学び、今では経営者としてスタッフの生活や子どもたちの未来を支えている。周囲が想像する以上の努力を継続しなければ、現在の姿はないだろう。だが、「しんどい、つらいとは思わなかったですね」と笑顔で言い切る。
「今も変わりませんが、日曜の夜が全然憂鬱ではないんです。あすは仕事で嫌だなという気持ちがありません。子どもたちができなかったことをできるようになった時を見られた瞬間のうれしさは、この仕事に携わった時からずっと変わりません。幸せですね」
野球教室も並行して手がけている
町田さんが子どもたちと接する場は事業所の他にもある。それは、野球教室である。経済的に恵まれない子どもをサポートする一般社団法人「日本未来スポーツ振興協会」の静岡支部長を務め、活動の一環として小、中学生に野球を教えている。さらに、3年前には常葉菊川時代にチームメートだった野島大介さんとともに草野球チームを立ち上げた。メンバーは高校時代の後輩や、他の高校出身の同世代が集まった。町田さんは監督に就いている。
「単に自分たち、おじさんが野球をやって楽しむだけではダメだと思って、依頼を受けたチームを訪れて野球教室を開催しています。昔の仲間たちと体を動かすのも楽しいですし、自分は野球に育ててもらった思いが強いので、できることを返していきたいと思っています」
小・中学生のチームに行くと、子どもたちよりも保護者が喜ぶケースもある。町田さんと同世代で、「伝説のセカンド」をリアルタイムで見ていた人は多い。町田さんは「保護者の方がリアクションは良いですね」と笑う。そして、野球教室で出会った同世代の人や草野球のチームメートからは、ある期待を寄せられていると感じている。
「自分は監督、野島はコーチの立場なので試合には出ていません。2人とも現役時代と比べて、かなり体が大きくなってしまいました。体をしぼって、今年は何試合か出場できたら良いなと思っています。周りの人たちも、プレーするところを見たいはずなので。もちろん、高校時代のようには動けませんよ。無理したら、けがをしてしまいますから」
甲子園史上最高のセカンドと呼ばれたからこそ
実質2年半しかない高校野球。その短い期間で、町田さんは児童福祉の道へ進むきっかけとなる出会いに恵まれ、「甲子園史上最高のセカンド」と評される有名選手となった。
「色々な人たちのおかげで楽しい野球人生を送ることができました」
感謝の気持ちを忘れず、第2の人生で福祉業界や野球界に恩返しを続けている。
📝高校、大学の野球部の処分基準を明確化 日本学生野球協会、新基準は4月1日から施行
https://news.yahoo.co.jp/articles/707425b910fbc405ce03ddf6d1681bfe52df60b6
日本学生野球協会は25日、高校、大学の野球部の対外試合禁止、その指導者の謹慎・除名についての処分基準を明確にして、協会のホームページで公表した。処分基準制定委員会が一昨年秋から議論を重ねて、つくった基準を、この日、都内で開かれた評議員会が了承した。新基準は4月1日から施行される。
日本学生野球審査室が決める処分は、これまで過去の処分例に照らして決めていたが、処分基準を具体化。対外試合禁止は、違反行為に関係した部員が「10人以上または部員総数の50パーセント以上」を判断基準とした。対外試合禁止期間は、これまで、アウト・オブ・シーズン(たとえば1月)のような対外試合ができない期間も含めていたが、今後は「含めない」と改善した。指導者の処分も類型別の基準を決めたうえで、部員への暴力なら「野球の用具を使った」など加重要因を定めた。
☝米子松蔭高を懸垂幕で激励 センバツ出場で米子市役所に掲出
https://news.yahoo.co.jp/articles/84ef53773b6ec13cb198b62e7abf0d1a204252b6
米子松蔭高野球部が選抜高校野球大会に33年ぶり2度目の出場を決めたことを受け、同市は25日、市役所本庁舎に選手たちを激励する懸垂幕を掲出した。
縦18メートル、幅1・8メートルで、国道9号に面した市役所西側に設置。同部のチームカラーである紫色の幕に「祝甲子園出場 米子松蔭高等学校」と書かれている。
3月6日まで掲げた後、開幕前の同14日から再度掲出。勝ち上がる限り掲げ続ける。市スポーツ振興課は「古里を活気づけるプレーを期待したい」とエールを送る。
⚾岩手さんへ
やはり火事の連鎖反応は続いてしまいますね・・・・・。
しかし、2度目のゴミ焼きによる飛び火は不可抗力ですよね・・・・・。
悲しいかな3度目の火事は建物にも延焼していて、しかも延焼拡大中・・・とのことで、鎮火まで相当時間がかかりかねないですね。
対外試合禁止の処分基準緩和は徐々に広まりつつありましたが、明文化されて良かったですね。
我が母校も平成以降では2度対外試合禁止処分を喰らい、1度は夏の大会を棒に振りましたから・・・・・。
P・S 平安・原田監督の暴力が明るみになりました・・・。
現在、自宅謹慎中とのことですが、99年センバツ直前でも罰走5時間させた件で10日間指導禁止処分を受けていたので、3月に2度目の処分が下されるんでしょうね。
おそらく3か月程度の指導禁止と思われますが、高嶋先生や北原監督も同じ処分を喰らいながらも復帰されたので、夏には間に合うと信じたいですね。
昨日の山林火災は懸命消火活動で午後12時過ぎに鎮圧と防災無線で放送がありました。
原因はごみ焼きの🔥が山林に移ったらしいようです。
2度あることは3度あるなんてゆうけど本当になってしまいました。
今度は以前テレビ番組でセメント工場の件があったと思いますが、そこから車で10分弱位の場所で山林火災が発生しました。
建物にも延焼していて、しかも延焼拡大中で前回の地域の方もまた避難勧告と計画停電もしているようです。
私の地域の学校体育館も避難所になっているようです。
避難所開設で食事の配布準備のためか近所のコンビニに弁当を買いに行ったらおにぎり、パン、弁当など全てなかった・・・しょうがないですね。
今日もサイレン🚨がやみません!
野球の話題を一つ!
4月1日から学生野球の対外試合禁止の処分基準を緩和すると今日の読売新聞に載っていました。朝日新聞にはなかったけど。
理由は一部の部員の為、いわゆる連帯責任だったのを、対外試合禁止処分を科す基準を関わった部員が10人以上又は部員総数の50%以上に定めることするとありました。
7イニング制、甲子園の入場券の値上げも野球ファンの50%以上の賛成意見して欲しいです!
ファンの気持ちがわかる会長はいないかな!
もうじき3・11がくるのにね🚨がね。
原因はごみ焼きの🔥が山林に移ったらしいようです。
2度あることは3度あるなんてゆうけど本当になってしまいました。
今度は以前テレビ番組でセメント工場の件があったと思いますが、そこから車で10分弱位の場所で山林火災が発生しました。
建物にも延焼していて、しかも延焼拡大中で前回の地域の方もまた避難勧告と計画停電もしているようです。
私の地域の学校体育館も避難所になっているようです。
避難所開設で食事の配布準備のためか近所のコンビニに弁当を買いに行ったらおにぎり、パン、弁当など全てなかった・・・しょうがないですね。
今日もサイレン🚨がやみません!
野球の話題を一つ!
4月1日から学生野球の対外試合禁止の処分基準を緩和すると今日の読売新聞に載っていました。朝日新聞にはなかったけど。
理由は一部の部員の為、いわゆる連帯責任だったのを、対外試合禁止処分を科す基準を関わった部員が10人以上又は部員総数の50%以上に定めることするとありました。
7イニング制、甲子園の入場券の値上げも野球ファンの50%以上の賛成意見して欲しいです!
ファンの気持ちがわかる会長はいないかな!
もうじき3・11がくるのにね🚨がね。
📝「高校側と中学生の接触は禁止にしては…」高校野球の名門校監督が「規定違反で無期謹慎」の衝撃…過熱する青田買いにベテラン記者が考える“解決策”
https://news.yahoo.co.jp/articles/ec59bcb8903d7fe9d3ddaa748b81e5bf76322fdd
今年1月、高校野球の名門である早大学院の野球部監督に無期謹慎処分が下った。中学生のリクルートに関する規定違反が理由とされる。なぜ、このような事態が起こってしまったのか。同校OBのベテラン野球記者が提言する解決策とは?
「早大学院野球部監督、中学生の練習参加規定違反などで無期謹慎処分」
1月下旬にあったこの報道には驚いた。
報道によれば、高野連の規定を認識していたにもかかわらず、手続きを経ずに中学生を練習に呼んでいたのだという。さらには規定で禁止されていることを知りながら、中学生への家庭訪問も長年にわたって行っていた。
昨秋のドラフト会議で、早大学院OBの早稲田大・山縣秀内野手が日本ハムに5位指名され、66年ぶりのプロ入りと祝賀ムードの年の暮れだったが、そこから1カ月もたたないうちに、今度は真逆の残念なニュースとして再び「早大学院野球部」の文字が流れたから、余計にショックが大きかった。
私はその早大学院、つまり早稲田大学高等学院・野球部のOBである。無期謹慎……わかりやすく言い換えれば、実態は「追放」であろう。
中学生の“青田買い”を巡る事件は過去にも…
チームを強くしようと考えた指導者が、しかるべき申請と許可がないままに、有望な中学生を練習に参加させたり、ご家族にお願いをしに家庭訪問をするというルール違反は、高校球界にはこれまでも何度もあった。
そのたび数カ月や1年程度の謹慎というペナルティが科せられたが、それが今回、無期という「重罪」になったのは、それが何年にもわたって常態化していたのが、高野連の逆鱗に触れたからではないか。
つまり、ルールを「無視」していたと解釈されても仕方ない行為を長く続けていたことへの重いペナルティと考えれば、なるほど……と思える。
この報道に接しながら、ハッとしたことがある。
こういう仕事をしているから、高校野球関係者の方から、特定の中学チームの関係者を紹介してほしいと頼まれることがあった。最近でも、昨年の秋あたりから、何度か間に入ったことがある。
皆さん、甲子園にも出場している高校のベテランばかりなので、当然それなりの手続きを踏んだ上での接触であろうと、ご縁をつないできた。そうは言っても、いちいち確認もできないから、もしルールを「スルー」して中学生に接触した方がおられたら、こちらもその「ルール違反」の片棒を担いだことになるのではないか。漠然とした不安感がいつも残る。
中学野球の現場で、こんなシーンを見ることがよくある。
練習や試合を見に訪れた高校野球関係者が、「これは!」という選手を見つけ、中学チーム指導者にそれを伝える。
「せっかく遠くから来てくれたのだから」と指導者が選手を呼んで、高校関係者との間で、ちょっとした会話がなされる。
今は中学野球の現場にも試合・練習を問わず親御さんがいらっしゃっていることが珍しくない。
「あ、そういえば、今日はお父さんが来ていますね」と中学指導者が気を利かせ、親御さんにも引き合わせる。すると選手、親御さん、高校関係者の「三者面談」みたいなことになる。
これ、行われている場所はグラウンドでも、行われていることは禁止されている「家庭訪問」とどこが違うのだろうか。
「ルール違反」をなくすためにはどうすればいいのか
車のスピード違反も警察に発見されなければ、おとがめなし。不公平感なしにするには、「手続きをしてお許しをいただければ」などとハンパなことを言っていては仕方ない。取り締まるのが事実上不可能なのだから、ちょっと極論にはなるがここは思いきって、高校側と中学生との接触は全て禁止にしてはいかがだろうか。
一方で、中学生と接触したい高校側に「接触禁止」という大きな不便を課すのだから、高野連も組織として骨を折る。ルールを作って、作りっぱなしじゃ、大人の組織として芸がないだろう。
ここに、1つのつたない「私案」を挙げてみたい。
<次回へつづく>
📝高校野球の名門校監督が規定違反で無期謹慎…「有望な中学生を探すことにエネルギーを割かれて…」激化する“勧誘合戦”に疲弊する現場のホンネ
https://news.yahoo.co.jp/articles/c2677b8a71f982147a54510082b2dcf54277074f
今年1月、高校野球の名門である早大学院の野球部監督に無期謹慎処分が下った。中学生のリクルートに関する規定違反が理由とされる。なぜ、このような事態が起こってしまったのか。同校OBのベテラン野球記者が提言する解決策とは?
高校側からの有望な中学生選手のリクルート活動は、もちろん高野連の規定はあるといえど、現実的にはなかなか規制が難しい。ここに1つ「私案」を挙げてみたい。
中学生に高校野球関係者がプレゼン大会?
都道府県単位の高野連が主催して、高校野球を志す中学生を大きなホールに集めて、高校野球関係者に「我がチーム」のプレゼンを行ってもらうのだ。それを中学-高校の限られた接触の場とする。時期は、中学3年夏の大会が終わったあたりの夏休みではどうか。
中学球児へのプレゼンを希望する高校チームは、興味を持つ都道府県の「プレゼン集会」へ出かけて行って、「おらがチーム」の有りようを伝える。
たとえば、東京都高野連主催の「プレゼン集会」の会場に、北海道の高校の監督さんがやって来る。東北の高校からは野球部長がやって来る。名古屋からも、関西からもやって来るかもしれない。
1日に10校でも20校でもよい。エントリーしたすべての高校野球部の関係者たちがプレゼンを行い、中学球児たちは、興味を持つ高校を選んでプレゼンを拝聴すればよい。すでに、志望校を心に決めている生徒さんは参加しなくてもよい。そのへんは、本人の「判断」である。
説明者は誰なのか、グラウンドで実際に自分たちと接してくれる人なのか、それとも「スカウト」みたいな人なのか、プレゼン上手な「専門家」なのか。どんな言葉を持っている大人なのか、熱は伝わってくるのか。そんなところから、中学生たちの感性が働くはずだ。
「有望な中学生を探し、誘うことに時間とエネルギーを割かれてグラウンドに立つ時間が減ってしまう」
以前、そう嘆いていた高校指導者の方がおられたが、プレゼンできる都道府県の数を限定したり、同じような時期にわざと重なるように行うことで、高校指導者たちがグラウンドに立てる時間を増やしてあげることもできよう。
高校側が中学選手を知る機会も、そりゃあ大切かもしれない。だが、それ以上に大切なのは、中学選手の高校野球や高校チームを知ろうとする努力のほうであろう。
中学選手が自ら高校野球と高校チームを知ろうとし、興味を抱いた高校があればちょっと遠くても、自ら試合や練習に足を運んで、自ら感じ、考え、確かめて決める。
自分の目で見て、考えて、自分で決めて、この高校に来ました。これ以上に健全なモチベーションが、ほかにあろうか。選手たちが、前向きなメンタルで高校野球を続けていく上で、これほどに頼もしい「動機」は他にない。
どうすれば中学生が能動的に進路を選べるか
高校側からのアプローチによって決まる進路の多くは、残念ながら「大人が決めた進路」であることが多い。高校野球生活がなかなか思い通りにいかなくなった時、人のせいにして逃げたくなるのは、その多くがこのパターンではないだろうか。
高野連主催の「プレゼン集会」。
粗けずりで、未完成で、難点だらけ、アラだらけのアイディアと承知で挙げてみた。この手の提言は、読み手の方たちにボコボコに叩かれるのが昨今のお約束。だが、私はその「ボコボコ」を期待している。
コテンパンに叩かれる中で、もしかしたらとんでもない妙案が発信されるかもしれない。それが新しく、健康的で合理的な中学生と高校球界との付き合い方を追求する突破口になってくれれば良い。そのための、文字通りの「叩き台」になれたら本望だ。
コロナ禍真っ最中の2020年。甲子園大会が中止になってアピールの場を失ったプロ志望の高校球児たちのために、甲子園球場と東京ドームを会場にして日本高野連とNPBが開催した「プロ志望高校生合同練習会」。日本高野連とNPBが垣根を越えて実施したあの催しは、高野連の「快挙」だと考えている。
あれだけ、莫大なエネルギーを必要とする催しを成し遂げた高野連なのだから、「プレゼン集会らしきもの」なんて実現できないわけがない。むしろ、長年培った「腕」の見せどころがやってきたというものであろう。
「早大学院のような“名門”でも…」
「早大学院のような“名門”でも練習参加やら、家庭訪問やらいろいろやらないといけないんですか? 選手なんて、黙っていても集まって来るんじゃありませんか?」
今回の騒動が起こってから、こんな素朴な疑問をいただいた。確かに、「生徒」は集まってくる。毎年、募集人数の5倍も6倍もの受験生がやって来るが、だからこそ「選手」は集まりにくい。受けたって、受かりっこないと思われてしまう。だから監督は「ぜひ受験してください」と、頭を下げねばならなかったのではないか。
15年も高校野球の指導の現場にいた以上、ルールを知らないわけはないだろう。旺盛な意欲と情熱も、ちょっと過ぎると「ひとりよがり」になってしまう。特に指導者であればこそ、その線引きは常に意識しておかねばならない。
昨年の交通事故で負った頭の傷の回復が思うにまかせず、結局、これから先の現場復帰は難しいと、監督続行を断念したのが、暮れに近い頃だったと聞いている。名門校で高校野球の経験のある若い先生が指導を引き継ぐことも決まり、OBの間では慰労会も企画されていた矢先の処分だった。
最後は幸薄い結末になってしまった。「高校野球」と「甲子園」に魅入られることの怖さを、垣間見たような気がした。
📝〈消えた天才〉大阪桐蔭・中田翔を泣かせた「甲子園史上最高のセカンド」地獄の時間で守備職人→センバツ優勝も…1年経たず早大中退していた
https://news.yahoo.co.jp/articles/64a7e44859b85d75ea46d17f35d2f7d01e3e0607
センバツ優勝を経験した「甲子園史上最高のセカンド」と呼ばれた名手は今、児童福祉の道へ……23歳で野球を引退した町田友潤さん(34歳)に話を聞いた。
美しい守備…しかし自己評価は高くなかった
観客の視線を集めた夏から17年の時が経った。だが、高校野球ファンの記憶には今も深く刻まれている。
「甲子園史上最高のセカンド」その称号にふさわしい美しい守備だった。
2008年夏の甲子園で、静岡県代表の常葉菊川(現:常葉大菊川)は準優勝を果たした。1983年創部と歴史の浅い常葉菊川の名前はこの夏、一気に全国区となった。常葉菊川が注目された理由は決勝に進出したチームの強さに加えて、ある選手の存在が大きい。セカンドを守っていた町田友潤さん。「セカンドに打ってしまえば望みはありません」の名実況が生まれたほどの守備だった。
町田さんが野球を引退してから10年以上経っているにもかかわらず、その名前や甲子園でのプレーは語り継がれている。ただ、本人は当時も今も「甲子園史上最高のセカンド」の評価に恐縮する。
「同世代でも上手いセカンドは他のチームにいたので、自分が一番と思ったことはなかったですね。横浜の松本幸一郎選手(現:東芝コーチ)や大阪桐蔭の森川真雄選手の方が上手かったですから。最近の選手たちを見ていても、守備位置を後ろに取れるだけの肩の強さを持っています。当時の自分よりも明らかに守備力は上だと感じています」
町田さんは謙遜するが、その守備はチームの窮地を何度も救った。外野に抜けそうな打球をグラブに収め、難しいバウンドも柔らかくさばく。常葉菊川応援席の悲鳴を大歓声に変えた。
大阪桐蔭相手に出た「最高の守備」
ファンの記憶に最も強く残っているのは、浦添商との準決勝だろう。5点リードの6回、常葉菊川は1死満塁のピンチを招く。浦添商の打者が放った強烈なライナーは二塁ベース上を襲う。センターへ抜けると思われた打球を町田さんがダイビングキャッチして、そのまま二塁ベースにタッチ。試合の流れを奪われかねない場面を併殺で切り抜け、チームを勝利に導いた。
町田さん自身が「最高の守備」と振り返るのは、試合には敗れた決勝の大阪桐蔭戦で処理したゴロだった。
2回1死一、二塁から大きく弾んだ打球をショートバウンドで合わせて、体を反転させて素早く二塁に送球してアウトにした。反転した時はセカンドベースの位置が全く分からなかったが、これまで練習してきた感覚を信じて送球したという。
町田さんが聖地に立つと、不思議と大事な場面で打球が飛んできた。そして、相手のチャンスの芽を摘む守備で球場を沸かせた。だが、周囲の驚きとは対照的に町田さんやチームメートは冷静だったという。
「難しい打球が多いなとは感じていましたし、結果的には自分が持っている力以上を甲子園で出せたと思っています。ただ、普段通りのプレーができているという気持ちでした。日頃の練習で同じような守備をしてきたので、チームメートも特別びっくりしていなかったです」
もともとは打撃がウリ…中田翔から殊勲打も
神懸かっているように見えた町田さんの守備は常葉菊川にとって、いつもと変わらない光景だった。決して特別ではなく、普段通りのプレーを大舞台でも披露しただけだったのだ。中には、高校を卒業して初めて、自分たちの守備力の高さを知る選手もいたという。町田さんは「大学や社会人の野球部に進んでから、菊川の内野陣は上手かったんだなと実感したチームメートもいました」と話す。
実は常葉菊川入学当時、町田さんは打撃をウリにする選手だった。例えば07年のセンバツ準々決勝、大阪桐蔭戦の8回に同点タイムリーを放ち、2-1の勝利に貢献した。なお町田が対戦した投手の名は、中田翔。試合後、中田が涙にくれる姿も話題となった。
その一方、守備では中学時代からショートを守っていたが、苦手意識があったという。小学生の頃はソフトボールとサッカーの“二刀流”で、中学生で所属していたシニアのチームも強豪ではなかった。
「常葉菊川に入学していなかったら、間違いなく守備で注目される選手にはなっていなかったですね。あのノックが全てでした。中学生の頃は自分には無縁と思っていたので、テレビで甲子園もほとんど見たことがないくらいの選手でしたから」
あのノック――。町田さんが充実感としんどさの交錯した表情で振り返ったのは、当時監督を務めていた森下知幸さんのノックだった。そのノックは「芸術」とも言われ、森下さんのノック目当てに球場やグラウンドを訪れる指導者もいたほどだ。
地獄の時間から「守備に自信が持てるように」
町田さんが常葉菊川に入学した年の夏、チームは静岡大会で初戦敗退した。このタイミングで新チームがスタートし、町田さんはセカンドでレギュラーとなる。公式戦は秋季大会までない。長い夏休みは守備を強化する“地獄の時間”となった。
町田さんを含む内野陣は午後からの全体メニュー前に、朝から昼までノックを受ける。ノッカーの森下さんがバットを置く時間はない。選手の力を試すように、グラブが届くか届かないかの絶妙な場所へ打球を飛ばす。町田さんが回想する。
「ギリギリのところに打つ森下監督の技術はすごかったです。あのノックで球際の強さが鍛えられました。ノックが上手い人はグラブに吸い付くような質の打球を打ってくるので、捕る方も気持ち良さがあります。全体練習前にクタクタになりましたが、守備に自信が持てるようになりました」
中学時代のショートからセカンドに転向したこともあり、最初はエラーする試合も少なくなかった。だが、森下さんは町田さんに実戦の経験を積ませるために起用を続けた。町田さんは「試合で打球を捕る経験は練習では補えない重要な要素があります。1年生の秋から使い続けてもらったことが、甲子園という舞台でも不安なくプレーできた理由だと思っています」と語る。
センバツ優勝…早大は1年足らずで中退
町田さんはレギュラーとして2年春にセンバツで優勝し、3年夏は甲子園で準優勝した。常葉菊川での実績をひっさげ、早稲田大学に進学。このまま順調にアマチュア野球界の中心を歩んでいくと予想された。ところが、1年も経たずに大学を中退した――。
〈つづく〉
📝消えた天才〉「理由は…いじめではないです」なぜ甲子園史上最高のセカンドは早大中退→23歳引退の半年後ヤマハ退職→福祉の道に進んだか
https://news.yahoo.co.jp/articles/38fea899454a6c3033766bd5dddfd6558b1dcf2e
早大を1年足らずで退学…なぜ?
センバツ優勝、夏の甲子園準優勝を果たした中で、町田友潤さんは守備力に優れた二塁手として大きく注目された。しかし進学先の早稲田大学を、1年も経たずに中退した。一体、なぜか――。
新しい環境に適応できなかった最大の理由は“文化の違い”だった。
ノーサイン野球やフルスイング打線で知られる常葉菊川野球部は、選手に一定の自由度を与えるスタイルを特徴としていた。一方、伝統のある早大は厳格なスタイルだった。町田さんは環境の大きな変化に戸惑いや息苦しさを感じていた。
「あらゆることを真正面から捉え過ぎました。何でも取り入れようとしたり、自分で処理しようとしたりしてしまい上手く順応できませんでした。ある程度は聞き流す器用さが必要でしたね。精神的に未熟だったと思っています」
一部では先輩からのいじめが中退の原因と噂されたが、町田さんは「それは全くないです」と否定する。大学を離れてからも連絡を取っている先輩も多いという。
プレーする場所を失った町田さんの頭の中には、野球を辞める選択肢も浮かんでいた。しかし、常葉菊川時代のチームメートから声をかけられたこともあり、浜松市を本拠地とする社会人野球のヤマハへ進んだ。
名門ヤマハではケガ、そして23歳での引退
ヤマハでは怪我に苦しんだ。そして、自らの限界も感じていた。聖地で見せた捕球に陰りはなかったものの、社会人、さらにプロを目指すには致命的な弱点があった。
「上のレベルでプレーするには肩の強さが足りませんでした」
カテゴリーが上がっていくほど、アウトを取るハードルは高くなる。高校時代はアウトにできていた打球も、社会人の試合ではセーフになってしまう。捕球から送球までの動きで無駄を省くために試行錯誤を重ねたが、弱点を補うまでには至らなかった。
「社会人野球のレベルの高さを感じました。最後の1年くらいは持病の腰痛の影響もあって全体練習さえできない状況で苦しかったですね」
ヤマハは毎年のように“大人の甲子園”とも言われる都市対抗野球に出場し、プロも輩出している社会人野球の強豪だ。レギュラーをつかむのは簡単ではない。競争に勝てないと悟った町田さんは潔くユニホームを脱ぐ覚悟を決めた。23歳だった。
周囲からは引退には早すぎると言われる年齢にも「自分にできることはやり切りました」と後悔や未練はなかった。
経理担当したが周囲との能力差は歴然
社会人の選手は野球部を退くと、他の社員と同じように社業に専念する形となる。それまでの午前中は仕事、午後から野球の練習という生活サイクルは大きく変わり、会社側から求められる業務も当然増える。町田さんは本社で経理を担当した。
野球一筋の人生を歩んできた町田さんには簿記や会計の知識はない。高校も大学も勉強に時間を割き、就職活動にも力を注いできた周囲の社員と能力差は歴然。町田さんは会社の戦力になれない心苦しさでいっぱいだった。
「ヤマハは海外とも取引のある企業なので、社内では日常的に英語が飛び交っていました。自分が働く場所ではないと、すぐに分かりました。私は野球で貢献しようと思ってヤマハに入社したので、引退と同時に『自分は何のためにヤマハに残るのか』とも感じていました」
町田さんの決断は早かった。半年ほどで退職し、次の道へ進んだ。第2の人生で挑戦したい仕事は決まっていた。ヤマハでサラリーマン生活を送る中、胸の中にあった思いが、どんどん膨らんでいた。
思い出したのは高校時代、ある子どもとの触れ合い
時は2007年、町田さんが高校1年生から2年生になる春、センバツで優勝を果たした時に戻る。
地元に戻った常葉菊川は、学校で開いた報告会で市民から祝福を受けた。「おめでとう」という声に加えて、多くの人たちから「ありがとう」と感謝された。報告会を終えて寮に戻ろうとした町田さんは、男の子を連れた母親に声をかけられた。
「町田さんのプレーに勇気をもらいました。息子と一緒にテレビで試合を見て、応援していました。ありがとうございました」
男の子には知的障害があった。町田さんの姿に喜ぶ息子の姿は母親を幸せにし、息子と一緒に野球を見る時間が子育ての息抜きや活力となったのだろう。本人に直接お礼を伝えずにはいられなかった。町田さんには、この時の記憶がずっと残っていたという。
「一緒に写真を撮って、男の子もすごく喜んでくれました。自分たちが応援してくれる方たちに力をもらって感謝する立場なのに、勇気をもらったと言ってもらえてうれしかったですね。いつか、児童福祉の分野で恩返ししたいと思いました」
秘めていた思いを形にする時が来た。
ヤマハ退社後、児童福祉を学び起業を
ヤマハを退社した町田さんは知人を通じて、浜松市の企業で児童福祉を学んだ。発達障害の子どもたちと毎日コミュニケーションを取って、着替えや排泄などを教えた。約2年間、福祉や経営について勉強しながら現場でスキルを磨き、2017年に浜松市で放課後等デイサービス「グリーピース」を立ち上げたのだ。
〈つづく〉
⚾岩手さんへ
1週間連続山が燃えていたんですね!!
鎮圧と聞けば、完全に消化できたと思いきやそうではなく鎮火でないと解決したことにはならないようですね・・・。
一難去ってまた一難とはよく言ったもので、連鎖反応的に火事が起きますね。まだ少し乾燥は続くだろうからこれ以上の被害が広がらないことを信じたいですね。
https://news.yahoo.co.jp/articles/ec59bcb8903d7fe9d3ddaa748b81e5bf76322fdd
今年1月、高校野球の名門である早大学院の野球部監督に無期謹慎処分が下った。中学生のリクルートに関する規定違反が理由とされる。なぜ、このような事態が起こってしまったのか。同校OBのベテラン野球記者が提言する解決策とは?
「早大学院野球部監督、中学生の練習参加規定違反などで無期謹慎処分」
1月下旬にあったこの報道には驚いた。
報道によれば、高野連の規定を認識していたにもかかわらず、手続きを経ずに中学生を練習に呼んでいたのだという。さらには規定で禁止されていることを知りながら、中学生への家庭訪問も長年にわたって行っていた。
昨秋のドラフト会議で、早大学院OBの早稲田大・山縣秀内野手が日本ハムに5位指名され、66年ぶりのプロ入りと祝賀ムードの年の暮れだったが、そこから1カ月もたたないうちに、今度は真逆の残念なニュースとして再び「早大学院野球部」の文字が流れたから、余計にショックが大きかった。
私はその早大学院、つまり早稲田大学高等学院・野球部のOBである。無期謹慎……わかりやすく言い換えれば、実態は「追放」であろう。
中学生の“青田買い”を巡る事件は過去にも…
チームを強くしようと考えた指導者が、しかるべき申請と許可がないままに、有望な中学生を練習に参加させたり、ご家族にお願いをしに家庭訪問をするというルール違反は、高校球界にはこれまでも何度もあった。
そのたび数カ月や1年程度の謹慎というペナルティが科せられたが、それが今回、無期という「重罪」になったのは、それが何年にもわたって常態化していたのが、高野連の逆鱗に触れたからではないか。
つまり、ルールを「無視」していたと解釈されても仕方ない行為を長く続けていたことへの重いペナルティと考えれば、なるほど……と思える。
この報道に接しながら、ハッとしたことがある。
こういう仕事をしているから、高校野球関係者の方から、特定の中学チームの関係者を紹介してほしいと頼まれることがあった。最近でも、昨年の秋あたりから、何度か間に入ったことがある。
皆さん、甲子園にも出場している高校のベテランばかりなので、当然それなりの手続きを踏んだ上での接触であろうと、ご縁をつないできた。そうは言っても、いちいち確認もできないから、もしルールを「スルー」して中学生に接触した方がおられたら、こちらもその「ルール違反」の片棒を担いだことになるのではないか。漠然とした不安感がいつも残る。
中学野球の現場で、こんなシーンを見ることがよくある。
練習や試合を見に訪れた高校野球関係者が、「これは!」という選手を見つけ、中学チーム指導者にそれを伝える。
「せっかく遠くから来てくれたのだから」と指導者が選手を呼んで、高校関係者との間で、ちょっとした会話がなされる。
今は中学野球の現場にも試合・練習を問わず親御さんがいらっしゃっていることが珍しくない。
「あ、そういえば、今日はお父さんが来ていますね」と中学指導者が気を利かせ、親御さんにも引き合わせる。すると選手、親御さん、高校関係者の「三者面談」みたいなことになる。
これ、行われている場所はグラウンドでも、行われていることは禁止されている「家庭訪問」とどこが違うのだろうか。
「ルール違反」をなくすためにはどうすればいいのか
車のスピード違反も警察に発見されなければ、おとがめなし。不公平感なしにするには、「手続きをしてお許しをいただければ」などとハンパなことを言っていては仕方ない。取り締まるのが事実上不可能なのだから、ちょっと極論にはなるがここは思いきって、高校側と中学生との接触は全て禁止にしてはいかがだろうか。
一方で、中学生と接触したい高校側に「接触禁止」という大きな不便を課すのだから、高野連も組織として骨を折る。ルールを作って、作りっぱなしじゃ、大人の組織として芸がないだろう。
ここに、1つのつたない「私案」を挙げてみたい。
<次回へつづく>
📝高校野球の名門校監督が規定違反で無期謹慎…「有望な中学生を探すことにエネルギーを割かれて…」激化する“勧誘合戦”に疲弊する現場のホンネ
https://news.yahoo.co.jp/articles/c2677b8a71f982147a54510082b2dcf54277074f
今年1月、高校野球の名門である早大学院の野球部監督に無期謹慎処分が下った。中学生のリクルートに関する規定違反が理由とされる。なぜ、このような事態が起こってしまったのか。同校OBのベテラン野球記者が提言する解決策とは?
高校側からの有望な中学生選手のリクルート活動は、もちろん高野連の規定はあるといえど、現実的にはなかなか規制が難しい。ここに1つ「私案」を挙げてみたい。
中学生に高校野球関係者がプレゼン大会?
都道府県単位の高野連が主催して、高校野球を志す中学生を大きなホールに集めて、高校野球関係者に「我がチーム」のプレゼンを行ってもらうのだ。それを中学-高校の限られた接触の場とする。時期は、中学3年夏の大会が終わったあたりの夏休みではどうか。
中学球児へのプレゼンを希望する高校チームは、興味を持つ都道府県の「プレゼン集会」へ出かけて行って、「おらがチーム」の有りようを伝える。
たとえば、東京都高野連主催の「プレゼン集会」の会場に、北海道の高校の監督さんがやって来る。東北の高校からは野球部長がやって来る。名古屋からも、関西からもやって来るかもしれない。
1日に10校でも20校でもよい。エントリーしたすべての高校野球部の関係者たちがプレゼンを行い、中学球児たちは、興味を持つ高校を選んでプレゼンを拝聴すればよい。すでに、志望校を心に決めている生徒さんは参加しなくてもよい。そのへんは、本人の「判断」である。
説明者は誰なのか、グラウンドで実際に自分たちと接してくれる人なのか、それとも「スカウト」みたいな人なのか、プレゼン上手な「専門家」なのか。どんな言葉を持っている大人なのか、熱は伝わってくるのか。そんなところから、中学生たちの感性が働くはずだ。
「有望な中学生を探し、誘うことに時間とエネルギーを割かれてグラウンドに立つ時間が減ってしまう」
以前、そう嘆いていた高校指導者の方がおられたが、プレゼンできる都道府県の数を限定したり、同じような時期にわざと重なるように行うことで、高校指導者たちがグラウンドに立てる時間を増やしてあげることもできよう。
高校側が中学選手を知る機会も、そりゃあ大切かもしれない。だが、それ以上に大切なのは、中学選手の高校野球や高校チームを知ろうとする努力のほうであろう。
中学選手が自ら高校野球と高校チームを知ろうとし、興味を抱いた高校があればちょっと遠くても、自ら試合や練習に足を運んで、自ら感じ、考え、確かめて決める。
自分の目で見て、考えて、自分で決めて、この高校に来ました。これ以上に健全なモチベーションが、ほかにあろうか。選手たちが、前向きなメンタルで高校野球を続けていく上で、これほどに頼もしい「動機」は他にない。
どうすれば中学生が能動的に進路を選べるか
高校側からのアプローチによって決まる進路の多くは、残念ながら「大人が決めた進路」であることが多い。高校野球生活がなかなか思い通りにいかなくなった時、人のせいにして逃げたくなるのは、その多くがこのパターンではないだろうか。
高野連主催の「プレゼン集会」。
粗けずりで、未完成で、難点だらけ、アラだらけのアイディアと承知で挙げてみた。この手の提言は、読み手の方たちにボコボコに叩かれるのが昨今のお約束。だが、私はその「ボコボコ」を期待している。
コテンパンに叩かれる中で、もしかしたらとんでもない妙案が発信されるかもしれない。それが新しく、健康的で合理的な中学生と高校球界との付き合い方を追求する突破口になってくれれば良い。そのための、文字通りの「叩き台」になれたら本望だ。
コロナ禍真っ最中の2020年。甲子園大会が中止になってアピールの場を失ったプロ志望の高校球児たちのために、甲子園球場と東京ドームを会場にして日本高野連とNPBが開催した「プロ志望高校生合同練習会」。日本高野連とNPBが垣根を越えて実施したあの催しは、高野連の「快挙」だと考えている。
あれだけ、莫大なエネルギーを必要とする催しを成し遂げた高野連なのだから、「プレゼン集会らしきもの」なんて実現できないわけがない。むしろ、長年培った「腕」の見せどころがやってきたというものであろう。
「早大学院のような“名門”でも…」
「早大学院のような“名門”でも練習参加やら、家庭訪問やらいろいろやらないといけないんですか? 選手なんて、黙っていても集まって来るんじゃありませんか?」
今回の騒動が起こってから、こんな素朴な疑問をいただいた。確かに、「生徒」は集まってくる。毎年、募集人数の5倍も6倍もの受験生がやって来るが、だからこそ「選手」は集まりにくい。受けたって、受かりっこないと思われてしまう。だから監督は「ぜひ受験してください」と、頭を下げねばならなかったのではないか。
15年も高校野球の指導の現場にいた以上、ルールを知らないわけはないだろう。旺盛な意欲と情熱も、ちょっと過ぎると「ひとりよがり」になってしまう。特に指導者であればこそ、その線引きは常に意識しておかねばならない。
昨年の交通事故で負った頭の傷の回復が思うにまかせず、結局、これから先の現場復帰は難しいと、監督続行を断念したのが、暮れに近い頃だったと聞いている。名門校で高校野球の経験のある若い先生が指導を引き継ぐことも決まり、OBの間では慰労会も企画されていた矢先の処分だった。
最後は幸薄い結末になってしまった。「高校野球」と「甲子園」に魅入られることの怖さを、垣間見たような気がした。
📝〈消えた天才〉大阪桐蔭・中田翔を泣かせた「甲子園史上最高のセカンド」地獄の時間で守備職人→センバツ優勝も…1年経たず早大中退していた
https://news.yahoo.co.jp/articles/64a7e44859b85d75ea46d17f35d2f7d01e3e0607
センバツ優勝を経験した「甲子園史上最高のセカンド」と呼ばれた名手は今、児童福祉の道へ……23歳で野球を引退した町田友潤さん(34歳)に話を聞いた。
美しい守備…しかし自己評価は高くなかった
観客の視線を集めた夏から17年の時が経った。だが、高校野球ファンの記憶には今も深く刻まれている。
「甲子園史上最高のセカンド」その称号にふさわしい美しい守備だった。
2008年夏の甲子園で、静岡県代表の常葉菊川(現:常葉大菊川)は準優勝を果たした。1983年創部と歴史の浅い常葉菊川の名前はこの夏、一気に全国区となった。常葉菊川が注目された理由は決勝に進出したチームの強さに加えて、ある選手の存在が大きい。セカンドを守っていた町田友潤さん。「セカンドに打ってしまえば望みはありません」の名実況が生まれたほどの守備だった。
町田さんが野球を引退してから10年以上経っているにもかかわらず、その名前や甲子園でのプレーは語り継がれている。ただ、本人は当時も今も「甲子園史上最高のセカンド」の評価に恐縮する。
「同世代でも上手いセカンドは他のチームにいたので、自分が一番と思ったことはなかったですね。横浜の松本幸一郎選手(現:東芝コーチ)や大阪桐蔭の森川真雄選手の方が上手かったですから。最近の選手たちを見ていても、守備位置を後ろに取れるだけの肩の強さを持っています。当時の自分よりも明らかに守備力は上だと感じています」
町田さんは謙遜するが、その守備はチームの窮地を何度も救った。外野に抜けそうな打球をグラブに収め、難しいバウンドも柔らかくさばく。常葉菊川応援席の悲鳴を大歓声に変えた。
大阪桐蔭相手に出た「最高の守備」
ファンの記憶に最も強く残っているのは、浦添商との準決勝だろう。5点リードの6回、常葉菊川は1死満塁のピンチを招く。浦添商の打者が放った強烈なライナーは二塁ベース上を襲う。センターへ抜けると思われた打球を町田さんがダイビングキャッチして、そのまま二塁ベースにタッチ。試合の流れを奪われかねない場面を併殺で切り抜け、チームを勝利に導いた。
町田さん自身が「最高の守備」と振り返るのは、試合には敗れた決勝の大阪桐蔭戦で処理したゴロだった。
2回1死一、二塁から大きく弾んだ打球をショートバウンドで合わせて、体を反転させて素早く二塁に送球してアウトにした。反転した時はセカンドベースの位置が全く分からなかったが、これまで練習してきた感覚を信じて送球したという。
町田さんが聖地に立つと、不思議と大事な場面で打球が飛んできた。そして、相手のチャンスの芽を摘む守備で球場を沸かせた。だが、周囲の驚きとは対照的に町田さんやチームメートは冷静だったという。
「難しい打球が多いなとは感じていましたし、結果的には自分が持っている力以上を甲子園で出せたと思っています。ただ、普段通りのプレーができているという気持ちでした。日頃の練習で同じような守備をしてきたので、チームメートも特別びっくりしていなかったです」
もともとは打撃がウリ…中田翔から殊勲打も
神懸かっているように見えた町田さんの守備は常葉菊川にとって、いつもと変わらない光景だった。決して特別ではなく、普段通りのプレーを大舞台でも披露しただけだったのだ。中には、高校を卒業して初めて、自分たちの守備力の高さを知る選手もいたという。町田さんは「大学や社会人の野球部に進んでから、菊川の内野陣は上手かったんだなと実感したチームメートもいました」と話す。
実は常葉菊川入学当時、町田さんは打撃をウリにする選手だった。例えば07年のセンバツ準々決勝、大阪桐蔭戦の8回に同点タイムリーを放ち、2-1の勝利に貢献した。なお町田が対戦した投手の名は、中田翔。試合後、中田が涙にくれる姿も話題となった。
その一方、守備では中学時代からショートを守っていたが、苦手意識があったという。小学生の頃はソフトボールとサッカーの“二刀流”で、中学生で所属していたシニアのチームも強豪ではなかった。
「常葉菊川に入学していなかったら、間違いなく守備で注目される選手にはなっていなかったですね。あのノックが全てでした。中学生の頃は自分には無縁と思っていたので、テレビで甲子園もほとんど見たことがないくらいの選手でしたから」
あのノック――。町田さんが充実感としんどさの交錯した表情で振り返ったのは、当時監督を務めていた森下知幸さんのノックだった。そのノックは「芸術」とも言われ、森下さんのノック目当てに球場やグラウンドを訪れる指導者もいたほどだ。
地獄の時間から「守備に自信が持てるように」
町田さんが常葉菊川に入学した年の夏、チームは静岡大会で初戦敗退した。このタイミングで新チームがスタートし、町田さんはセカンドでレギュラーとなる。公式戦は秋季大会までない。長い夏休みは守備を強化する“地獄の時間”となった。
町田さんを含む内野陣は午後からの全体メニュー前に、朝から昼までノックを受ける。ノッカーの森下さんがバットを置く時間はない。選手の力を試すように、グラブが届くか届かないかの絶妙な場所へ打球を飛ばす。町田さんが回想する。
「ギリギリのところに打つ森下監督の技術はすごかったです。あのノックで球際の強さが鍛えられました。ノックが上手い人はグラブに吸い付くような質の打球を打ってくるので、捕る方も気持ち良さがあります。全体練習前にクタクタになりましたが、守備に自信が持てるようになりました」
中学時代のショートからセカンドに転向したこともあり、最初はエラーする試合も少なくなかった。だが、森下さんは町田さんに実戦の経験を積ませるために起用を続けた。町田さんは「試合で打球を捕る経験は練習では補えない重要な要素があります。1年生の秋から使い続けてもらったことが、甲子園という舞台でも不安なくプレーできた理由だと思っています」と語る。
センバツ優勝…早大は1年足らずで中退
町田さんはレギュラーとして2年春にセンバツで優勝し、3年夏は甲子園で準優勝した。常葉菊川での実績をひっさげ、早稲田大学に進学。このまま順調にアマチュア野球界の中心を歩んでいくと予想された。ところが、1年も経たずに大学を中退した――。
〈つづく〉
📝消えた天才〉「理由は…いじめではないです」なぜ甲子園史上最高のセカンドは早大中退→23歳引退の半年後ヤマハ退職→福祉の道に進んだか
https://news.yahoo.co.jp/articles/38fea899454a6c3033766bd5dddfd6558b1dcf2e
早大を1年足らずで退学…なぜ?
センバツ優勝、夏の甲子園準優勝を果たした中で、町田友潤さんは守備力に優れた二塁手として大きく注目された。しかし進学先の早稲田大学を、1年も経たずに中退した。一体、なぜか――。
新しい環境に適応できなかった最大の理由は“文化の違い”だった。
ノーサイン野球やフルスイング打線で知られる常葉菊川野球部は、選手に一定の自由度を与えるスタイルを特徴としていた。一方、伝統のある早大は厳格なスタイルだった。町田さんは環境の大きな変化に戸惑いや息苦しさを感じていた。
「あらゆることを真正面から捉え過ぎました。何でも取り入れようとしたり、自分で処理しようとしたりしてしまい上手く順応できませんでした。ある程度は聞き流す器用さが必要でしたね。精神的に未熟だったと思っています」
一部では先輩からのいじめが中退の原因と噂されたが、町田さんは「それは全くないです」と否定する。大学を離れてからも連絡を取っている先輩も多いという。
プレーする場所を失った町田さんの頭の中には、野球を辞める選択肢も浮かんでいた。しかし、常葉菊川時代のチームメートから声をかけられたこともあり、浜松市を本拠地とする社会人野球のヤマハへ進んだ。
名門ヤマハではケガ、そして23歳での引退
ヤマハでは怪我に苦しんだ。そして、自らの限界も感じていた。聖地で見せた捕球に陰りはなかったものの、社会人、さらにプロを目指すには致命的な弱点があった。
「上のレベルでプレーするには肩の強さが足りませんでした」
カテゴリーが上がっていくほど、アウトを取るハードルは高くなる。高校時代はアウトにできていた打球も、社会人の試合ではセーフになってしまう。捕球から送球までの動きで無駄を省くために試行錯誤を重ねたが、弱点を補うまでには至らなかった。
「社会人野球のレベルの高さを感じました。最後の1年くらいは持病の腰痛の影響もあって全体練習さえできない状況で苦しかったですね」
ヤマハは毎年のように“大人の甲子園”とも言われる都市対抗野球に出場し、プロも輩出している社会人野球の強豪だ。レギュラーをつかむのは簡単ではない。競争に勝てないと悟った町田さんは潔くユニホームを脱ぐ覚悟を決めた。23歳だった。
周囲からは引退には早すぎると言われる年齢にも「自分にできることはやり切りました」と後悔や未練はなかった。
経理担当したが周囲との能力差は歴然
社会人の選手は野球部を退くと、他の社員と同じように社業に専念する形となる。それまでの午前中は仕事、午後から野球の練習という生活サイクルは大きく変わり、会社側から求められる業務も当然増える。町田さんは本社で経理を担当した。
野球一筋の人生を歩んできた町田さんには簿記や会計の知識はない。高校も大学も勉強に時間を割き、就職活動にも力を注いできた周囲の社員と能力差は歴然。町田さんは会社の戦力になれない心苦しさでいっぱいだった。
「ヤマハは海外とも取引のある企業なので、社内では日常的に英語が飛び交っていました。自分が働く場所ではないと、すぐに分かりました。私は野球で貢献しようと思ってヤマハに入社したので、引退と同時に『自分は何のためにヤマハに残るのか』とも感じていました」
町田さんの決断は早かった。半年ほどで退職し、次の道へ進んだ。第2の人生で挑戦したい仕事は決まっていた。ヤマハでサラリーマン生活を送る中、胸の中にあった思いが、どんどん膨らんでいた。
思い出したのは高校時代、ある子どもとの触れ合い
時は2007年、町田さんが高校1年生から2年生になる春、センバツで優勝を果たした時に戻る。
地元に戻った常葉菊川は、学校で開いた報告会で市民から祝福を受けた。「おめでとう」という声に加えて、多くの人たちから「ありがとう」と感謝された。報告会を終えて寮に戻ろうとした町田さんは、男の子を連れた母親に声をかけられた。
「町田さんのプレーに勇気をもらいました。息子と一緒にテレビで試合を見て、応援していました。ありがとうございました」
男の子には知的障害があった。町田さんの姿に喜ぶ息子の姿は母親を幸せにし、息子と一緒に野球を見る時間が子育ての息抜きや活力となったのだろう。本人に直接お礼を伝えずにはいられなかった。町田さんには、この時の記憶がずっと残っていたという。
「一緒に写真を撮って、男の子もすごく喜んでくれました。自分たちが応援してくれる方たちに力をもらって感謝する立場なのに、勇気をもらったと言ってもらえてうれしかったですね。いつか、児童福祉の分野で恩返ししたいと思いました」
秘めていた思いを形にする時が来た。
ヤマハ退社後、児童福祉を学び起業を
ヤマハを退社した町田さんは知人を通じて、浜松市の企業で児童福祉を学んだ。発達障害の子どもたちと毎日コミュニケーションを取って、着替えや排泄などを教えた。約2年間、福祉や経営について勉強しながら現場でスキルを磨き、2017年に浜松市で放課後等デイサービス「グリーピース」を立ち上げたのだ。
〈つづく〉
⚾岩手さんへ
1週間連続山が燃えていたんですね!!
鎮圧と聞けば、完全に消化できたと思いきやそうではなく鎮火でないと解決したことにはならないようですね・・・。
一難去ってまた一難とはよく言ったもので、連鎖反応的に火事が起きますね。まだ少し乾燥は続くだろうからこれ以上の被害が広がらないことを信じたいですね。
2月19日に発生した山林火災ですが、午後3時過ぎに防災無線で鎮圧状態になりましたと放送あり。
避難勧告解除なりました。
ちなみに鎮圧は完全に火は消えていないがこれ以上延焼しない状態らしい。
鎮火は消防団などが全ての個所を確認作業して完全に火種が無い状態みたいです。
ただ鎮圧発表の約20分後に陸前高田市小友町で山林火災が発生して隣接する大船渡市末崎町にも延焼して避難勧告が発令ありました。
山火事がやっと落ち着いたと思いきやまだまだ続くとは。
市営球場からそう遠くないかもしれないな。
避難勧告解除なりました。
ちなみに鎮圧は完全に火は消えていないがこれ以上延焼しない状態らしい。
鎮火は消防団などが全ての個所を確認作業して完全に火種が無い状態みたいです。
ただ鎮圧発表の約20分後に陸前高田市小友町で山林火災が発生して隣接する大船渡市末崎町にも延焼して避難勧告が発令ありました。
山火事がやっと落ち着いたと思いきやまだまだ続くとは。
市営球場からそう遠くないかもしれないな。
📝春合宿はデメリットの方が大きいと感じる理由...だからセンバツ出場時もしなかった(持丸修一/専修大松戸 野球部監督)
https://news.yahoo.co.jp/articles/6276d8c154cf7b4e0ff886cf05f3a01c60db106c
【持丸修一 76歳名将の高校野球論】#57
春のセンバツに21世紀枠で初出場する壱岐(長崎)に対し、早くも1000万円超の寄付金が集まっているそうです。ふるさと納税を活用し、全国からお金が寄せられているとの報道がありました。島の内外からの期待を背負い、大舞台での活躍が注目されています。全出場チームが確定したことで、各校も甲子園に向けて本格的な準備に入っていることでしょう。
プロや大学がこの時期に春季キャンプを行うのと同様に、高校野球でも強化合宿を実施するチームは少なくありません。さすがに1カ月間とはいかないものの、1週間程度の合宿を行うのは珍しくなく、特に春のセンバツを控えた学校ではその傾向が顕著です。
では、専大松戸はどうか。答えは、「まったくやりません」です。
かつて竜ケ崎一(茨城)で指揮を執っていた頃は、春には千葉の勝浦や鴨川の施設にお世話になっていました。同じ施設を使い続けているうちにオーナーとも親しくなり、最終的には3食付きの1泊5000円ほどで面倒を見ていただけるようになっていました。
それくらい当たり前のように春に合宿を実施していましたが、ある時ふと気づいたのです。「これはデメリットの方が大きいのでは」と。
雪が降る地域の学校にとっては、全力で白球を追える環境を整えるために、春合宿は欠かせないイベントかもしれません。しかし、私たちの拠点は雪がほとんど降らない南関東です。春の合宿のメリットといえば、選手の気分転換になることくらいでしょうか。
夏合宿であれば、遠方の学校と練習試合を組める上に、新入生の普段の様子を知ることができ、彼らに集団行動を教えたり、環境の変化への適応力を学ばせたりする良い機会になります。しかし、春は対外試合の制限があり、新入生はいません。
ただでさえ用具代などが年々高くなっている中、前述のように相場よりも格安で実施できたとしても、選手の親御さんにこれ以上の負担をかけるわけにはいきません。しかも、今の子どもたちは昔のように長時間練習するとすぐに故障してしまいます。集中力も長く続きません。全体練習の時間はせいぜい3時間が限界です。遠征先でグラウンドを確保するにも手間がかかります。
自前のグラウンドがある専大松戸の場合、やはり春合宿を行わない方が合理的なのです。2023年春にセンバツ出場が決まった際も、特別な合宿はしませんでした。
それにしても、私たちと似たような環境にある学校が、毎年のように春合宿を行うのは、どこにメリットを感じているのか、気になるところではあります。今度、機会があったら尋ねてみようと思います。
⚾岩手さんへ
広島大会のことは高野連HPや朝日新聞の報道でしか情報を得られないので、分かりませんが・・・普通に考えたらただ入場行進するだけの為に1日マツダスタジアムを貸切ることはもったいないので1試合くらいするのでは?と察しております。
あの当時の広島商-崇徳だったら、圧倒的に広島商が優位だったかと思いますが、崇徳も頑張ったんですね。
コロナ前の時期に早稲田大学の應武監督が崇徳の監督になり19年秋に鳥取での秋季中国大会に出場していたと思いますが、サングラス姿の監督さんはずいぶん貫禄がありましたね!!
ただ、病気で他界されたのでまた低迷期に入ったのか?分かりませんが、代わりに盈進が復活してきました。
2年前の夏に甲子園出場して鶴岡東と乱打戦を展開していたし(7-12)昨秋、島根で米子松蔭と延長11回の死闘を繰り広げて負けました。
広島と岡山は似て非なるもので、よくよく聞いてみたら微妙に方言は違うし隣県ですが仲が悪いらしいですよ!
広島県民はカープ一色のようですが、岡山の方々は結構阪神ファンが多いらしいし、どうやら広島は自分たちが中国地方の盟主だと自認しているらしくそれが岡山の方々の逆鱗に触れるとか!?
広島弁はなんだか威圧感を感じて怖いですが、岡山弁はスローな語り口でそのぶん怖さはないですが、女学生もみな同じ語り草なんで自分のことを『ワシ』と称するのは違和感感じまくっているし、「そうじゃろう!」「~~じゃ」「~~が」その他モロモロの言葉を岡山駅や倉敷マスカットスタジアムなどで聴くたびに笑いをこらえるのに必死ですね・・・。
和歌山工は春5回・夏2回甲子園出場して74年春4強・81年夏8強入りしてますね。それ以外は初戦敗退で最後は85年夏なんで40年ほど遠ざかってますね・・・・・。
和工といえば、硬派な応援団で夏の紀三井寺で学ラン着た応援団にコンバットマーチが思い浮かびます。
長年チームを率いた岡田監督がここ数年、夏の紀三井寺のラジオ解説されてますね。
今の監督さんは元プロなんで指導力はあると思われますが、真夏でも絶えず不織布マスクを外さないですね・・・。
たしか今のバッテリーは旧チームの主力がそのまま残っているはずだし、和智弁や日高を終盤まで苦しめてました。
打線の援護があれば、秋の二次予選に進めた力はあると思うので、なにかのきっかけがあれば昨春の田辺&耐久のように浮上する可能性はありますね!
P・S 今日は甲子園サイクリングに出かけましたが、球場の1・3塁側そしてセンターバックスクリーン当たりの外周は2月27日まで通行止めでアルプス銀傘拡張工事をしているようですが。。。。。外観を見た感じではどこを工事しているのか分からないですね。4年くらいかけてオフの間に工事するらしいですが、まだまだ完成図が見えてこないです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/6276d8c154cf7b4e0ff886cf05f3a01c60db106c
【持丸修一 76歳名将の高校野球論】#57
春のセンバツに21世紀枠で初出場する壱岐(長崎)に対し、早くも1000万円超の寄付金が集まっているそうです。ふるさと納税を活用し、全国からお金が寄せられているとの報道がありました。島の内外からの期待を背負い、大舞台での活躍が注目されています。全出場チームが確定したことで、各校も甲子園に向けて本格的な準備に入っていることでしょう。
プロや大学がこの時期に春季キャンプを行うのと同様に、高校野球でも強化合宿を実施するチームは少なくありません。さすがに1カ月間とはいかないものの、1週間程度の合宿を行うのは珍しくなく、特に春のセンバツを控えた学校ではその傾向が顕著です。
では、専大松戸はどうか。答えは、「まったくやりません」です。
かつて竜ケ崎一(茨城)で指揮を執っていた頃は、春には千葉の勝浦や鴨川の施設にお世話になっていました。同じ施設を使い続けているうちにオーナーとも親しくなり、最終的には3食付きの1泊5000円ほどで面倒を見ていただけるようになっていました。
それくらい当たり前のように春に合宿を実施していましたが、ある時ふと気づいたのです。「これはデメリットの方が大きいのでは」と。
雪が降る地域の学校にとっては、全力で白球を追える環境を整えるために、春合宿は欠かせないイベントかもしれません。しかし、私たちの拠点は雪がほとんど降らない南関東です。春の合宿のメリットといえば、選手の気分転換になることくらいでしょうか。
夏合宿であれば、遠方の学校と練習試合を組める上に、新入生の普段の様子を知ることができ、彼らに集団行動を教えたり、環境の変化への適応力を学ばせたりする良い機会になります。しかし、春は対外試合の制限があり、新入生はいません。
ただでさえ用具代などが年々高くなっている中、前述のように相場よりも格安で実施できたとしても、選手の親御さんにこれ以上の負担をかけるわけにはいきません。しかも、今の子どもたちは昔のように長時間練習するとすぐに故障してしまいます。集中力も長く続きません。全体練習の時間はせいぜい3時間が限界です。遠征先でグラウンドを確保するにも手間がかかります。
自前のグラウンドがある専大松戸の場合、やはり春合宿を行わない方が合理的なのです。2023年春にセンバツ出場が決まった際も、特別な合宿はしませんでした。
それにしても、私たちと似たような環境にある学校が、毎年のように春合宿を行うのは、どこにメリットを感じているのか、気になるところではあります。今度、機会があったら尋ねてみようと思います。
⚾岩手さんへ
広島大会のことは高野連HPや朝日新聞の報道でしか情報を得られないので、分かりませんが・・・普通に考えたらただ入場行進するだけの為に1日マツダスタジアムを貸切ることはもったいないので1試合くらいするのでは?と察しております。
あの当時の広島商-崇徳だったら、圧倒的に広島商が優位だったかと思いますが、崇徳も頑張ったんですね。
コロナ前の時期に早稲田大学の應武監督が崇徳の監督になり19年秋に鳥取での秋季中国大会に出場していたと思いますが、サングラス姿の監督さんはずいぶん貫禄がありましたね!!
ただ、病気で他界されたのでまた低迷期に入ったのか?分かりませんが、代わりに盈進が復活してきました。
2年前の夏に甲子園出場して鶴岡東と乱打戦を展開していたし(7-12)昨秋、島根で米子松蔭と延長11回の死闘を繰り広げて負けました。
広島と岡山は似て非なるもので、よくよく聞いてみたら微妙に方言は違うし隣県ですが仲が悪いらしいですよ!
広島県民はカープ一色のようですが、岡山の方々は結構阪神ファンが多いらしいし、どうやら広島は自分たちが中国地方の盟主だと自認しているらしくそれが岡山の方々の逆鱗に触れるとか!?
広島弁はなんだか威圧感を感じて怖いですが、岡山弁はスローな語り口でそのぶん怖さはないですが、女学生もみな同じ語り草なんで自分のことを『ワシ』と称するのは違和感感じまくっているし、「そうじゃろう!」「~~じゃ」「~~が」その他モロモロの言葉を岡山駅や倉敷マスカットスタジアムなどで聴くたびに笑いをこらえるのに必死ですね・・・。
和歌山工は春5回・夏2回甲子園出場して74年春4強・81年夏8強入りしてますね。それ以外は初戦敗退で最後は85年夏なんで40年ほど遠ざかってますね・・・・・。
和工といえば、硬派な応援団で夏の紀三井寺で学ラン着た応援団にコンバットマーチが思い浮かびます。
長年チームを率いた岡田監督がここ数年、夏の紀三井寺のラジオ解説されてますね。
今の監督さんは元プロなんで指導力はあると思われますが、真夏でも絶えず不織布マスクを外さないですね・・・。
たしか今のバッテリーは旧チームの主力がそのまま残っているはずだし、和智弁や日高を終盤まで苦しめてました。
打線の援護があれば、秋の二次予選に進めた力はあると思うので、なにかのきっかけがあれば昨春の田辺&耐久のように浮上する可能性はありますね!
P・S 今日は甲子園サイクリングに出かけましたが、球場の1・3塁側そしてセンターバックスクリーン当たりの外周は2月27日まで通行止めでアルプス銀傘拡張工事をしているようですが。。。。。外観を見た感じではどこを工事しているのか分からないですね。4年くらいかけてオフの間に工事するらしいですが、まだまだ完成図が見えてこないです。
広島大会、開会式はマツダスタジアムですが、試合はあるのかな?
私は一度だけですが、開会式と開幕戦の広島商-崇徳戦を観戦しました。
試合は広島商リードで9回で終わると思ったら、8回だったか9回に追いつき延長になり広島商が守備でピンチを2度防ぐも13回サヨナラで崇徳が4-3じゃあなかったかな?
試合時間は3時間42分だったと思います。
こちらにも名前でている瀬戸内の山岡、新庄の田口が決勝戦で延長15回引き分け再試合した年じゃあないかな?
広島、岡山はまた行きたいですが!
仁義なき戦いファンなので!ん
広島弁、岡山弁が好きです
和歌山工が昭和の時代は何度か聖地に出場しているんですね!
私のイメージは智弁和歌山を一回戦で負かしたりして番狂わせをおこすチームかなって思っているんですが、監督もいい人来ているんですね!
夏は大変だけど秋は頑張れば21世紀枠もあるから観たいですね。
私は一度だけですが、開会式と開幕戦の広島商-崇徳戦を観戦しました。
試合は広島商リードで9回で終わると思ったら、8回だったか9回に追いつき延長になり広島商が守備でピンチを2度防ぐも13回サヨナラで崇徳が4-3じゃあなかったかな?
試合時間は3時間42分だったと思います。
こちらにも名前でている瀬戸内の山岡、新庄の田口が決勝戦で延長15回引き分け再試合した年じゃあないかな?
広島、岡山はまた行きたいですが!
仁義なき戦いファンなので!ん
広島弁、岡山弁が好きです
和歌山工が昭和の時代は何度か聖地に出場しているんですね!
私のイメージは智弁和歌山を一回戦で負かしたりして番狂わせをおこすチームかなって思っているんですが、監督もいい人来ているんですね!
夏は大変だけど秋は頑張れば21世紀枠もあるから観たいですね。