自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
幻の最高気温46,3度ですが、これは102年前の関東大震災で観測所の建物にも火の粉が移り、火災が起き煙が充満したなどで計測したことで幻の最高気温だったことと新聞の記事でした。
浜松もまだまだど暑いと連絡ありましたが、関西の暑い地域はやはり京都になるのかな?
東京もんのことですが帝京の前田さんは、伏見工ラグビー部元監督山口さんと同じタイプじゃないかな!
監督就任早々に甲子園出場とぶち上げ当時の部員は鼻で笑っている状態であの当時の帝京は八高と同じタイプの学校だったと聞きました。
野球部は結構集まっている時代で、前田さんが、猛練習でクタクタにして夜出歩かないように、本に書いていたんじゃなかったかな?ノックは上手いと思いますね!
最近寮完備したみたいだけど、前田さんの時は通いの子だけで猛練習で叩き上げて上手くするいわゆる昭和の野球でした。私の好きな野球でしたよ!勝負師だなと思いますね。
甲子園で池田高校にコテンパンにやられた事がありましたね。0-11だったかな?蔦さんの野球のように打撃を鍛えるきっかけになったんじゃないかな?
二松学舎は最近よく甲子園出場するけど、それまでは夏の決勝で12回だったかな?敗れているはずです。
早実みたいに1年生を使い活躍してもその後監督の好みか分からないけど、結構干された選手は多い学校ですよ。甲子園で見る都会のチームに見えるかもしれないけど、静岡出身の選手もいたからね。
浜松もまだまだど暑いと連絡ありましたが、関西の暑い地域はやはり京都になるのかな?
東京もんのことですが帝京の前田さんは、伏見工ラグビー部元監督山口さんと同じタイプじゃないかな!
監督就任早々に甲子園出場とぶち上げ当時の部員は鼻で笑っている状態であの当時の帝京は八高と同じタイプの学校だったと聞きました。
野球部は結構集まっている時代で、前田さんが、猛練習でクタクタにして夜出歩かないように、本に書いていたんじゃなかったかな?ノックは上手いと思いますね!
最近寮完備したみたいだけど、前田さんの時は通いの子だけで猛練習で叩き上げて上手くするいわゆる昭和の野球でした。私の好きな野球でしたよ!勝負師だなと思いますね。
甲子園で池田高校にコテンパンにやられた事がありましたね。0-11だったかな?蔦さんの野球のように打撃を鍛えるきっかけになったんじゃないかな?
二松学舎は最近よく甲子園出場するけど、それまでは夏の決勝で12回だったかな?敗れているはずです。
早実みたいに1年生を使い活躍してもその後監督の好みか分からないけど、結構干された選手は多い学校ですよ。甲子園で見る都会のチームに見えるかもしれないけど、静岡出身の選手もいたからね。
📝高校日本代表、沖縄選抜に勝利 雨中断で七回 野球U18W杯壮行試合
https://news.yahoo.co.jp/articles/858546666e4d72f8e08a3715b32f73270dcbb7ce
18歳以下で争う野球のU18ワールドカップに出場する高校日本代表が2日、沖縄セルラースタジアム那覇で壮行試合に臨み、沖縄県高校選抜に4―3で勝利した。
雨で試合開始が遅れ、中断も挟み、試合は七回まで行われた。高校代表は唯一の2年生で左腕の末吉良丞、沖縄選抜は2年生右腕の新垣有絃が先発。今夏の甲子園で初優勝した沖縄尚学の二枚看板が投げ合った。
沖縄選抜は沖縄尚学の比嘉公也監督が率い、同校や今春のセンバツ大会に初出場したエナジックスポーツの選手らで編成した。
U18W杯は5~14日。日本は同スタジアムで5日午後6時半からイタリア代表と1次リーグ初戦を迎える。前回2023年に初優勝した日本は大会連覇が懸かる。W杯の日本開催は10年ぶり。
📣試合5時間前からハプニング 雷雨でもファン動けぬ理由…U18壮行試合に高まる沖縄の熱
https://news.yahoo.co.jp/articles/1a499df4c82111dddebe84b2eee62dad3ef3ccfc
U-18と沖縄選抜の壮行試合前に大雨が降るハプニングがあった
まさかの事態に見舞われた。侍ジャパンU-18日本代表は2日、沖縄セルラースタジアム那覇で沖縄県高校選抜との壮行試合を午後6時プレーボールで予定されていた。しかし、突如雷雨に見舞われ試合は30分遅れでの開始がアナウンスされた。開門時間前から並んでいたファンからは「出来るのかな、大丈夫かな」と心配の声が聞こえている。
甲子園で沖縄尚学が優勝したことで沖縄県内は大いに沸いた。決勝に進んだ際には街から人が“消える”ほどの盛り上がり。球場には大勢の応援団が駆けつけ、スタンドからは指笛が鳴り響いた。その熱は冷めず、U-18と沖縄県高校選抜との壮行試合のチケットは完売。異例の外野自由席の追加販売も決定していた。
午後6時開始予定に合わせ、観客の入場開始は午後4時からだったが、開門時間前から多くの人が集結。特に外野スタンドは自由席とあって、“場所取り”のために早い時間から並ぶファンもおり、長蛇の列ができていた。しかし、午後1時30分頃から突如豪雨に襲われ、雷まで鳴る悪天候に。グラウンドはあっという間に水溜りで覆われてしまった。
外野席の先頭に並んでいた沖縄在住の40代男性に話を聞くと、「13時過ぎ頃に並び始めました」と驚きの告白。開門のおよそ3時間前、試合開始の約5時間前から待機していたという。「高校野球を含め野球が好きで、沖縄尚学の優勝もあって観に来ました。一度はチケットが完売してしまったんですが、外野席が追加されたので良かったです」と期待に胸を躍らせていた。
それだけに豪雨が降っても動けなった。「出来るのかな、大丈夫かなと思っていました。列から動いたらいけないのかなと、ずっと並んでいました」と席確保のために列から抜けることができなかったという。しかし、午後4時に予定通りに開門となると最前列を確保し、安堵の表情をみせていた。
前日には、U-18は2年生で唯一の選出となった左腕の末吉良丞、沖縄県選抜は右腕の新垣有絃が先発することが発表され、さらに注目度は高まった一戦。不安定な天候のなかファンは大きな声援を送る。
🔥甲子園出場11回の名将が“部員9人の野球部”監督に 「エラーしてもいい」指導の新たな境地 金沢龍谷・浅井純哉監督
https://news.yahoo.co.jp/articles/24a757a99f638887a8ac9b94a1932f16c36fecb1?page=1
夏の全国高校野球選手権は、沖縄代表の沖縄尚学が初優勝を果たし幕を閉じた。それぞれの学校では3年生が引退し新チームが始動しているが、石川県では球児たちを春夏通じて甲子園に11度導いた名将が3年ぶりにユニフォームを着ることになった。
3校目のユニフォームに袖を通した「名将」は、新たな境地で選手たちに向き合っている。金沢市にある金沢龍谷高校。甲子園出場はないものの、夏の石川大会では決勝進出の実績もあるチームだ。この夏は3回戦で星稜に敗れ新チームが始動することになったが、波乱の船出となった。
■部員は9人でスタートのなか浅井さんに「白羽の矢」
新チームは、2年生8人、1年生1人の9人でスタートすることに。3年生18人が引退したことで一気に部員は野球をする最低限の人数になった。そんな中、学校が招へいしたのは、金沢高校や七尾市の鵬学園で監督を務めた浅井純哉さん(68)。金沢高校では1993年から2011年まで、鵬学園では2012年から2022年まで監督を務めた。金沢高校時代には春夏通じて11回甲子園出場を果たすなど、石川の高校野球界をリードする指導者として活躍してきた。
金沢龍谷・浅井純哉監督「能登の地震であったりとか、本当に自分が野球をやってきた中でいろんな人に助けられてきて最後にこういう話がきたときに、もう1回チャンスをもらえるならばやってみたいなっていうのが、そういう気持ちになりまして。本当にいくつもが重なって決めましたね」
鵬学園の監督退任後、浅井さんは再び金沢高校に戻り保健体育の授業を受け持つなどする傍ら、野球部でも選手にアドバイスをしていたが、2025年の年明けからオファーを受けるように。
オファーに動いたのは、指導者として切磋琢磨した遊学館高校の山本雅弘元監督だった。山本さんは現在、金沢龍谷のアドバイザーを務めている。浅井さんは、7月下旬に金沢龍谷の監督就任を決断した。
金沢龍谷・浅井純哉監督「野球をやりたい子たちのなかに私を選んでくれたんなら、それはもう感謝をしていこうと。1・2年生9人のメンバーということもあってきっと大変な夏を迎えるだろうと、なら自分が少し力になってやれればいいなっていうふうに思って(金沢龍谷に)来ましたね」
■就任前日に「新監督人事」を聞いた“寝耳に水”の選手たち
8月1日に監督に就任した浅井さんだが、選手たちに知らされたのはその前日だった。
金沢龍谷・山田晟羅主将「7月31日に、その日は練習試合をしていて、試合が終わった後校長先生から「話がある」と聞いて、そこで初めて知りました。もうびっくり。驚いた。「えっ」って。金沢高校を率いていたと聞いていたので、自分たちはうれしくてわくわくした気持ちでみんな迎えました」
とはいえ、9人で始まる新チーム。浅井監督は野球の基本を説くように声をかけながらノックバットを振る。
「雑になってるよー!思い切って思い切って」「ワンバウンドになったら思い切って下がろう」「取ってやろう。相手のミスカバーしよう」
こうした声かけも、今のチームが置かれた状況を考えてのものだと浅井監督は話す。
■指導者が「エラーしていい」って言ったら楽になれる
金沢龍谷・浅井純哉監督「何もエラーをしたことが絶対ダメじゃないんだっていう。その次に頑張れるという意味でもっとエラーしてもいいんじゃないかという意味の声かけですよね。だから指導者が「エラーしていい」って言ったら楽になれると思うので。焦りはないですね」
「ダメだったことをどうするのかの積み重ねが大事」と今の段階での指導の基本を強調する浅井監督だが、野球に向き合う選手の姿勢の変化もすでに感じている。
金沢龍谷・浅井純哉監督「きのうも試合中にエラーをした子が、全部終わってからあえて私は「スイングだけやれ」って言ってスイングさせて守備をしろとは言わなかったんですよ。ただ、黙っていたら終わってからノックを受けていました。これが私にとってはもうやっぱりうれしかったですね」
■たった1人の1年生部員 監督は“リスペクト”し見守る
金沢龍谷高校野球部で唯一の1年生部員、金沢市出身の石本楓人選手。8人の2年生の先輩とともに白球を追いかける。
金沢龍谷・石本楓人選手「やっぱり1年生1人なので、2年生に馴染めるような感じで少しでも役に立てるように頑張っていきたいなと思います。今はこの9人で勝つことだけ考えていきたいと思っているので」
浅井監督も石本選手のことは気にかけているようだ。
金沢龍谷・浅井純哉監督「上級生2年生が8人、1年生が1人っていうことを考えれば、いろいろ悩むだろうし、しゃべりたいっていう自分の愚痴をこぼしたいっていうこともなかなかできない中で、来た時からそういう状況で4月からですから、私は逆にすごいなっていうふうに見えるし、ぜひこの経験はここだけで終わらせるんじゃなくて、いつかその経験が役に立つ日が来ると思うので、そのときにまたこの時代を思い出してほしいなと」
■石川の高校球界の“レジェンド”山下智茂さんは今も現役 「戦ってみたい」
浅井監督にとって、今気になる存在が星稜高校元監督の山下智茂さんだ。山下さんは、80歳の今も故郷、奥能登の輪島市・門前高校でアドバイザーを務めている。山下さんの活躍も、金沢龍谷の監督就任をあと押しした理由のひとつだ。
金沢龍谷・浅井純哉監督「山下先生が高校野球に携わり、なおかつ元気にノックを打っている映像とかを見ながら、(山下さんは)ひと回り上だがやっぱり私も頑張りたいっていう気持ちにもなりましたし、できれば同じその場で監督とアドバイザーでは違いますけども、チームを預かっているということでは戦ってみたいですね」
秋の北信越高校野球石川県大会が新チームとしての初の公式戦になるが、9人での「全員野球」を浅井監督は思案している。
金沢龍谷・浅井純哉監督「すべてが固定されていくっていうふうなわけでもないので、ひょっとしたら動いたりもするし、その9人がどうやったらひとつになれるのかというのは、ぜひ見せたいなと思います」
■感じる指導者としての「アップデート」の必要性
チームのメンバーによる暴力問題などもクローズアップされ、野球部のあり方について議論が沸き起こったこの夏だったが、浅井監督は指導者としての「アップデート」もしながら臨む気持ちでいる。
金沢龍谷・浅井純哉監督「いろんな見方やとらえ方が変わっている時代だということを我々が気づかなきゃいけないし、気づいた中でどれだけ接していくのか。ただ勝ち負けだけで動いていくのじゃなくて、子どもたちの成長を最初に考えれば、この練習の中のミスなんて本当にちっちゃいものなので。それをどうやって次うまくやっていくか、できたときは大喜びしてやろうな、みたいに思っているので」
就任から1か月近くが経ち、監督も選手もともに「素」を出せるようになってきたと話す浅井監督。「情熱は生徒にも負けない」との自負を見せる中、“教師”としての一面ものぞかせながら3度目の監督生活が始まった。
📝監督就任2カ月で部内暴力が発覚…当時25歳の沖縄尚学・比嘉公也は“試練”をどう乗り越えた? 球児の心をつないだ秘策「全員、1冊ずつノートを持ってきてくれ」
https://news.yahoo.co.jp/articles/75a93a93101e50cfd824b9a7cd722827260ba1ca
沖縄県勢として15年ぶりとなる夏の甲子園決勝進出を決めた沖縄尚学。強さの要因はどこにあるのか。2009年、比嘉公也監督を取材したSports Graphic Number736号(同年9月3日売)『沖縄尚学 心をつないだノート』を特別に無料公開する。
3年前の不祥事がきっかけだった。野球部内で起きた暴力事件。監督就任2カ月目、25歳の比嘉公也にとって大きすぎる試練だった。なぜ起きてしまったのか、どうしたら部員達の心の声を聞くことができるのか――。悩み抜いた末に出した答えがノートだった。2008年春、野球部は見事立ち直り2度目の全国制覇を成し遂げる。それから1年半。監督と選手の心をつないだノートを訪ねた。
1時間以上かけて読む52冊のノート
沖縄・八重瀬町にある沖縄尚学高校野球部の専用グラウンドは「尚学ボールパーク」と名付けられている。甲子園で熱戦が続く8月中旬、昨年8月に完成したばかりのグラウンドで新チームの部員52人が準備運動を始めたとき、監督の比嘉公也は一塁側のダッグアウトにいた。目の前の長机には、52冊のノートが4つの山に分かれて積まれている。それぞれのノートの表紙には「野球ノート」や「野球日誌」というタイトルと名前が手書きで書かれている。大きな文字で表紙のほとんどをタイトルで埋める部員もいれば、沖縄尚学の校訓である〈怖れず、侮らず、気負わず〉を表紙に書き込む部員もいる。
ノートを1冊ずつ手に取った比嘉はときおり、右手に持った黒のボールペンを走らせた。全部員のノート52冊をチェックし終えるには、1時間以上はかかる。授業のあるときは休み時間などを利用するが、夏休みの間は練習中に合間を見つけてノートに目を通すのが28歳になる青年監督の日課だ。
「監督の役割というのは技術指導よりも、環境を整え、選手達に気づかせてやることだと思うんです。このノートは僕との言葉のキャッチボールを通じ、選手達にいろんなことを気づかせる重要な役割を持ってるんです」
今夏の地方大会で、沖縄尚学は1回戦で敗退した。その悔しさも背景にあったのか、新チームはノートの提出をそれまでの1週間に1度から、毎日提出するように改めた。
「毎日ノートを通じて交流していれば、わずかな変化にも気づきやすいし、仮に僕との間に意識のずれがあったとしても、すぐに修正できますから」と比嘉は言う。
沖縄の高校球史のなかで、比嘉公也の名は特別な輝きに包まれている。沖縄尚学3年生の春、左腕エースとして選抜大会で優勝し、沖縄に初の優勝旗をもたらした。そして監督就任2年目の2008年春には、母校を再び全国優勝に導いている。
「僕は中学時代まで県大会にさえ出たことのないピッチャーでした。そんな男が、こんな体験をさせてもらっているんですから、運がよかったとしかいいようがないですね」
沖縄尚学に入学する野球少年たちのなかにも、比嘉の成功体験にカリスマ性を感じて入部してくる者は少なくない。だが、その来歴にはただ一点だけ、黒い染みがこびりついている。もし、その染みがなければ、沖縄尚学の野球ノートは、いや2度目の全国制覇はなかったかもしれない。
赴任直後に発覚した暴力事件
2006年の8月だった。愛知学院大で野球を続け、左ひじの故障で選手生命を絶たれた比嘉が母校に社会科教諭として赴任、野球部の指導者として新たな人生のスタートを切った直後にその事件は起こった。野球部内での暴力事件が発覚、翌春の選抜出場権のかかる県の秋季大会には第1シードでありながら出場できなかったのだ。
若さは成功すれば賛美と驚嘆の対象になるが、つまずくと格好の批判対象になる。経験不足、いや、どこかに過信があった――。批判は棘となって胸に刺さり、「正直いって心が折れました」と比嘉は振り返る。母校の教師になってまだ数力月。足りないものがたくさんあるのはわかっていたが、それにしてもなぜ……。自問を繰り返すうち、比嘉は猛省とともに一つの事実を認めざるを得なかった。
「結局、僕は目で見える部分でしか、選手たちのことを見ていなかったんです」
どうすれば、選手たちの見えない部分、心の襞(ひだ)の細部まで把握できるのか。 自らの性格を「究極の負けず嫌い。挫折を味わったら、なんとかしてそれをカバーしないといられないタイプ」と言い切る比嘉は、そのことを考え抜いた。そして、不祥事が発覚したときに1年生だった東浜巨(なお)(亜細亜大)らを中心に新チームがスタートしたとき、比嘉は部員たちに言った。
「全員、1冊ずつノートを持ってきてくれ」
ノートを書かせるアイデアは、以前から考えていた。大会前に提出させるレポートの内容があまりにひどく、漢字の間違いが多いことも遠因にあった。
「ノートだと、直接言えない思いも伝えることができる。そのやりとりを積み重ねていけば、見えない部分のわずかな変化にも気づくんじゃないかと思ったんです」
特に指定していなかったため、部員たちが用意したノートは製造メーカーも大きさもばらばらだった。日々の練習で感じたことを文章に書き残すように求めたが、携帯メールで他人と交流する今の高校生たちの筆はなかなかスムーズに動かない。
〈ランニング、キャッチボール、ベースランニング、フリー打撃……〉
その日の練習メニューだけを書いて提出する部員も少なくなかった。練習メニューを決めたのは俺なんだから、そんなことを俺にわざわざ伝えても意味がないだろ……。比嘉はそう思いながら、ノートの重要性を部員たちに訴え続けた。
「人間は忘れる生き物だ。今日書いたことがいつか必ず、役に立つときがきっと来る」
提出しなかった部員には、1週間練習禁止のペナルティを科すほどの徹底ぶりだった。
〈後編に続く〉
⚾岩手さんへ
46、3度計測ですか・・・。軽く体温を超して標準的な風呂の湯よりもかなり熱いから足首すら湯船につけられませんね・・・・・。
今日は日帰り観光で福井県武生(敦賀と福井市の真ん中あたり)をレンタサイクルで走ってましたが、36度程度で収まりました。。。
2018年の福井国体初日が台風接近で早々に中止発表されたので、6時30分の始発サンダーバードで福井へ行き、福井鉄道が15時台までは運行するとのことで、1日フリーきっぷ買って鯖江と武生の街を足早に歩き、15時過ぎに福井駅に戻り西武百貨店で駅弁食べてアパホテルにすぐ入りやりすごしたと・・・。福井には最接近が日付変わる頃だったので、雨風の音が凄かったけど、翌朝は台風一過で晴れてました。ただ、福井県営は水はけ悪いので3時間30分遅れのプレーボールでした、、、、、
丹南球場には福井球団があった頃2度来場しており、今回は初めてレンタサイクルで足を運びました。今にして思えば、美浜や大飯あたりにも行けばよかったかなと。特に三方五湖近くの球場は・・・。
さて、東京モンのことは甲子園に出てこないと全く分からないので戦力も何も知らないですが・・・・・・。小倉監督の本を読むと関東一高はずいぶんヒドイ学校だなと感じました。
僕は日大三の監督のイメージしかないですが、87年センバツ準優勝監督を短期間で解任なんて有り得ないなと。米澤監督就任まで何人変わったか分かりませんが、結果は残せていないはずで。
日大三高もまたOBがやかましいらしく、スモールベースボールを美徳としていたようで、在りし日の小枝監督も拓大紅陵に追いやられたようで、、、、、結果的に千葉に行って良かった気もします。全日本の監督を最晩年務められたし。
関東一は米澤監督の手腕が大きいんでしょうね。頻繁に甲子園に出てくるし、昨年はセンバツ開幕戦敗退からの夏は準優勝ですから。
帝京は前田監督が勇退する前から長期低迷時代に陥っているし、監督交代して選手が集まっているのかどうか・・・・・。あまり甲子園で勝つイメージもなく、監督の味のある敗戦談話だけが楽しみな二松学舎大付も甲子園でよく見かけますね。
でも日大三は関東だけに、和智弁に比べたらかなりスマートだと思いますよ!あんまりヘタな走塁やしょーもないエラーを序盤から多発して自ら劣勢に追い込みつつ、終盤打線爆発で大逆転勝利というのは記憶にないので。
それに1死2・3塁のピンチで中間シフトを敷いてショートゴロで2塁走者を刺そうと3塁送球するも、サードがなぜかしらベースを踏んで満足してしまいオールセーフなんてことを日大三の選手がするとは思えないし。。。
小倉監督が勇退してもうアカンかと思いきや、教え子の前部長で新監督が上手く引き継ぎ強さを維持しているところはなんだか報徳学園とかぶるかなと僕は思います!
https://news.yahoo.co.jp/articles/858546666e4d72f8e08a3715b32f73270dcbb7ce
18歳以下で争う野球のU18ワールドカップに出場する高校日本代表が2日、沖縄セルラースタジアム那覇で壮行試合に臨み、沖縄県高校選抜に4―3で勝利した。
雨で試合開始が遅れ、中断も挟み、試合は七回まで行われた。高校代表は唯一の2年生で左腕の末吉良丞、沖縄選抜は2年生右腕の新垣有絃が先発。今夏の甲子園で初優勝した沖縄尚学の二枚看板が投げ合った。
沖縄選抜は沖縄尚学の比嘉公也監督が率い、同校や今春のセンバツ大会に初出場したエナジックスポーツの選手らで編成した。
U18W杯は5~14日。日本は同スタジアムで5日午後6時半からイタリア代表と1次リーグ初戦を迎える。前回2023年に初優勝した日本は大会連覇が懸かる。W杯の日本開催は10年ぶり。
📣試合5時間前からハプニング 雷雨でもファン動けぬ理由…U18壮行試合に高まる沖縄の熱
https://news.yahoo.co.jp/articles/1a499df4c82111dddebe84b2eee62dad3ef3ccfc
U-18と沖縄選抜の壮行試合前に大雨が降るハプニングがあった
まさかの事態に見舞われた。侍ジャパンU-18日本代表は2日、沖縄セルラースタジアム那覇で沖縄県高校選抜との壮行試合を午後6時プレーボールで予定されていた。しかし、突如雷雨に見舞われ試合は30分遅れでの開始がアナウンスされた。開門時間前から並んでいたファンからは「出来るのかな、大丈夫かな」と心配の声が聞こえている。
甲子園で沖縄尚学が優勝したことで沖縄県内は大いに沸いた。決勝に進んだ際には街から人が“消える”ほどの盛り上がり。球場には大勢の応援団が駆けつけ、スタンドからは指笛が鳴り響いた。その熱は冷めず、U-18と沖縄県高校選抜との壮行試合のチケットは完売。異例の外野自由席の追加販売も決定していた。
午後6時開始予定に合わせ、観客の入場開始は午後4時からだったが、開門時間前から多くの人が集結。特に外野スタンドは自由席とあって、“場所取り”のために早い時間から並ぶファンもおり、長蛇の列ができていた。しかし、午後1時30分頃から突如豪雨に襲われ、雷まで鳴る悪天候に。グラウンドはあっという間に水溜りで覆われてしまった。
外野席の先頭に並んでいた沖縄在住の40代男性に話を聞くと、「13時過ぎ頃に並び始めました」と驚きの告白。開門のおよそ3時間前、試合開始の約5時間前から待機していたという。「高校野球を含め野球が好きで、沖縄尚学の優勝もあって観に来ました。一度はチケットが完売してしまったんですが、外野席が追加されたので良かったです」と期待に胸を躍らせていた。
それだけに豪雨が降っても動けなった。「出来るのかな、大丈夫かなと思っていました。列から動いたらいけないのかなと、ずっと並んでいました」と席確保のために列から抜けることができなかったという。しかし、午後4時に予定通りに開門となると最前列を確保し、安堵の表情をみせていた。
前日には、U-18は2年生で唯一の選出となった左腕の末吉良丞、沖縄県選抜は右腕の新垣有絃が先発することが発表され、さらに注目度は高まった一戦。不安定な天候のなかファンは大きな声援を送る。
🔥甲子園出場11回の名将が“部員9人の野球部”監督に 「エラーしてもいい」指導の新たな境地 金沢龍谷・浅井純哉監督
https://news.yahoo.co.jp/articles/24a757a99f638887a8ac9b94a1932f16c36fecb1?page=1
夏の全国高校野球選手権は、沖縄代表の沖縄尚学が初優勝を果たし幕を閉じた。それぞれの学校では3年生が引退し新チームが始動しているが、石川県では球児たちを春夏通じて甲子園に11度導いた名将が3年ぶりにユニフォームを着ることになった。
3校目のユニフォームに袖を通した「名将」は、新たな境地で選手たちに向き合っている。金沢市にある金沢龍谷高校。甲子園出場はないものの、夏の石川大会では決勝進出の実績もあるチームだ。この夏は3回戦で星稜に敗れ新チームが始動することになったが、波乱の船出となった。
■部員は9人でスタートのなか浅井さんに「白羽の矢」
新チームは、2年生8人、1年生1人の9人でスタートすることに。3年生18人が引退したことで一気に部員は野球をする最低限の人数になった。そんな中、学校が招へいしたのは、金沢高校や七尾市の鵬学園で監督を務めた浅井純哉さん(68)。金沢高校では1993年から2011年まで、鵬学園では2012年から2022年まで監督を務めた。金沢高校時代には春夏通じて11回甲子園出場を果たすなど、石川の高校野球界をリードする指導者として活躍してきた。
金沢龍谷・浅井純哉監督「能登の地震であったりとか、本当に自分が野球をやってきた中でいろんな人に助けられてきて最後にこういう話がきたときに、もう1回チャンスをもらえるならばやってみたいなっていうのが、そういう気持ちになりまして。本当にいくつもが重なって決めましたね」
鵬学園の監督退任後、浅井さんは再び金沢高校に戻り保健体育の授業を受け持つなどする傍ら、野球部でも選手にアドバイスをしていたが、2025年の年明けからオファーを受けるように。
オファーに動いたのは、指導者として切磋琢磨した遊学館高校の山本雅弘元監督だった。山本さんは現在、金沢龍谷のアドバイザーを務めている。浅井さんは、7月下旬に金沢龍谷の監督就任を決断した。
金沢龍谷・浅井純哉監督「野球をやりたい子たちのなかに私を選んでくれたんなら、それはもう感謝をしていこうと。1・2年生9人のメンバーということもあってきっと大変な夏を迎えるだろうと、なら自分が少し力になってやれればいいなっていうふうに思って(金沢龍谷に)来ましたね」
■就任前日に「新監督人事」を聞いた“寝耳に水”の選手たち
8月1日に監督に就任した浅井さんだが、選手たちに知らされたのはその前日だった。
金沢龍谷・山田晟羅主将「7月31日に、その日は練習試合をしていて、試合が終わった後校長先生から「話がある」と聞いて、そこで初めて知りました。もうびっくり。驚いた。「えっ」って。金沢高校を率いていたと聞いていたので、自分たちはうれしくてわくわくした気持ちでみんな迎えました」
とはいえ、9人で始まる新チーム。浅井監督は野球の基本を説くように声をかけながらノックバットを振る。
「雑になってるよー!思い切って思い切って」「ワンバウンドになったら思い切って下がろう」「取ってやろう。相手のミスカバーしよう」
こうした声かけも、今のチームが置かれた状況を考えてのものだと浅井監督は話す。
■指導者が「エラーしていい」って言ったら楽になれる
金沢龍谷・浅井純哉監督「何もエラーをしたことが絶対ダメじゃないんだっていう。その次に頑張れるという意味でもっとエラーしてもいいんじゃないかという意味の声かけですよね。だから指導者が「エラーしていい」って言ったら楽になれると思うので。焦りはないですね」
「ダメだったことをどうするのかの積み重ねが大事」と今の段階での指導の基本を強調する浅井監督だが、野球に向き合う選手の姿勢の変化もすでに感じている。
金沢龍谷・浅井純哉監督「きのうも試合中にエラーをした子が、全部終わってからあえて私は「スイングだけやれ」って言ってスイングさせて守備をしろとは言わなかったんですよ。ただ、黙っていたら終わってからノックを受けていました。これが私にとってはもうやっぱりうれしかったですね」
■たった1人の1年生部員 監督は“リスペクト”し見守る
金沢龍谷高校野球部で唯一の1年生部員、金沢市出身の石本楓人選手。8人の2年生の先輩とともに白球を追いかける。
金沢龍谷・石本楓人選手「やっぱり1年生1人なので、2年生に馴染めるような感じで少しでも役に立てるように頑張っていきたいなと思います。今はこの9人で勝つことだけ考えていきたいと思っているので」
浅井監督も石本選手のことは気にかけているようだ。
金沢龍谷・浅井純哉監督「上級生2年生が8人、1年生が1人っていうことを考えれば、いろいろ悩むだろうし、しゃべりたいっていう自分の愚痴をこぼしたいっていうこともなかなかできない中で、来た時からそういう状況で4月からですから、私は逆にすごいなっていうふうに見えるし、ぜひこの経験はここだけで終わらせるんじゃなくて、いつかその経験が役に立つ日が来ると思うので、そのときにまたこの時代を思い出してほしいなと」
■石川の高校球界の“レジェンド”山下智茂さんは今も現役 「戦ってみたい」
浅井監督にとって、今気になる存在が星稜高校元監督の山下智茂さんだ。山下さんは、80歳の今も故郷、奥能登の輪島市・門前高校でアドバイザーを務めている。山下さんの活躍も、金沢龍谷の監督就任をあと押しした理由のひとつだ。
金沢龍谷・浅井純哉監督「山下先生が高校野球に携わり、なおかつ元気にノックを打っている映像とかを見ながら、(山下さんは)ひと回り上だがやっぱり私も頑張りたいっていう気持ちにもなりましたし、できれば同じその場で監督とアドバイザーでは違いますけども、チームを預かっているということでは戦ってみたいですね」
秋の北信越高校野球石川県大会が新チームとしての初の公式戦になるが、9人での「全員野球」を浅井監督は思案している。
金沢龍谷・浅井純哉監督「すべてが固定されていくっていうふうなわけでもないので、ひょっとしたら動いたりもするし、その9人がどうやったらひとつになれるのかというのは、ぜひ見せたいなと思います」
■感じる指導者としての「アップデート」の必要性
チームのメンバーによる暴力問題などもクローズアップされ、野球部のあり方について議論が沸き起こったこの夏だったが、浅井監督は指導者としての「アップデート」もしながら臨む気持ちでいる。
金沢龍谷・浅井純哉監督「いろんな見方やとらえ方が変わっている時代だということを我々が気づかなきゃいけないし、気づいた中でどれだけ接していくのか。ただ勝ち負けだけで動いていくのじゃなくて、子どもたちの成長を最初に考えれば、この練習の中のミスなんて本当にちっちゃいものなので。それをどうやって次うまくやっていくか、できたときは大喜びしてやろうな、みたいに思っているので」
就任から1か月近くが経ち、監督も選手もともに「素」を出せるようになってきたと話す浅井監督。「情熱は生徒にも負けない」との自負を見せる中、“教師”としての一面ものぞかせながら3度目の監督生活が始まった。
📝監督就任2カ月で部内暴力が発覚…当時25歳の沖縄尚学・比嘉公也は“試練”をどう乗り越えた? 球児の心をつないだ秘策「全員、1冊ずつノートを持ってきてくれ」
https://news.yahoo.co.jp/articles/75a93a93101e50cfd824b9a7cd722827260ba1ca
沖縄県勢として15年ぶりとなる夏の甲子園決勝進出を決めた沖縄尚学。強さの要因はどこにあるのか。2009年、比嘉公也監督を取材したSports Graphic Number736号(同年9月3日売)『沖縄尚学 心をつないだノート』を特別に無料公開する。
3年前の不祥事がきっかけだった。野球部内で起きた暴力事件。監督就任2カ月目、25歳の比嘉公也にとって大きすぎる試練だった。なぜ起きてしまったのか、どうしたら部員達の心の声を聞くことができるのか――。悩み抜いた末に出した答えがノートだった。2008年春、野球部は見事立ち直り2度目の全国制覇を成し遂げる。それから1年半。監督と選手の心をつないだノートを訪ねた。
1時間以上かけて読む52冊のノート
沖縄・八重瀬町にある沖縄尚学高校野球部の専用グラウンドは「尚学ボールパーク」と名付けられている。甲子園で熱戦が続く8月中旬、昨年8月に完成したばかりのグラウンドで新チームの部員52人が準備運動を始めたとき、監督の比嘉公也は一塁側のダッグアウトにいた。目の前の長机には、52冊のノートが4つの山に分かれて積まれている。それぞれのノートの表紙には「野球ノート」や「野球日誌」というタイトルと名前が手書きで書かれている。大きな文字で表紙のほとんどをタイトルで埋める部員もいれば、沖縄尚学の校訓である〈怖れず、侮らず、気負わず〉を表紙に書き込む部員もいる。
ノートを1冊ずつ手に取った比嘉はときおり、右手に持った黒のボールペンを走らせた。全部員のノート52冊をチェックし終えるには、1時間以上はかかる。授業のあるときは休み時間などを利用するが、夏休みの間は練習中に合間を見つけてノートに目を通すのが28歳になる青年監督の日課だ。
「監督の役割というのは技術指導よりも、環境を整え、選手達に気づかせてやることだと思うんです。このノートは僕との言葉のキャッチボールを通じ、選手達にいろんなことを気づかせる重要な役割を持ってるんです」
今夏の地方大会で、沖縄尚学は1回戦で敗退した。その悔しさも背景にあったのか、新チームはノートの提出をそれまでの1週間に1度から、毎日提出するように改めた。
「毎日ノートを通じて交流していれば、わずかな変化にも気づきやすいし、仮に僕との間に意識のずれがあったとしても、すぐに修正できますから」と比嘉は言う。
沖縄の高校球史のなかで、比嘉公也の名は特別な輝きに包まれている。沖縄尚学3年生の春、左腕エースとして選抜大会で優勝し、沖縄に初の優勝旗をもたらした。そして監督就任2年目の2008年春には、母校を再び全国優勝に導いている。
「僕は中学時代まで県大会にさえ出たことのないピッチャーでした。そんな男が、こんな体験をさせてもらっているんですから、運がよかったとしかいいようがないですね」
沖縄尚学に入学する野球少年たちのなかにも、比嘉の成功体験にカリスマ性を感じて入部してくる者は少なくない。だが、その来歴にはただ一点だけ、黒い染みがこびりついている。もし、その染みがなければ、沖縄尚学の野球ノートは、いや2度目の全国制覇はなかったかもしれない。
赴任直後に発覚した暴力事件
2006年の8月だった。愛知学院大で野球を続け、左ひじの故障で選手生命を絶たれた比嘉が母校に社会科教諭として赴任、野球部の指導者として新たな人生のスタートを切った直後にその事件は起こった。野球部内での暴力事件が発覚、翌春の選抜出場権のかかる県の秋季大会には第1シードでありながら出場できなかったのだ。
若さは成功すれば賛美と驚嘆の対象になるが、つまずくと格好の批判対象になる。経験不足、いや、どこかに過信があった――。批判は棘となって胸に刺さり、「正直いって心が折れました」と比嘉は振り返る。母校の教師になってまだ数力月。足りないものがたくさんあるのはわかっていたが、それにしてもなぜ……。自問を繰り返すうち、比嘉は猛省とともに一つの事実を認めざるを得なかった。
「結局、僕は目で見える部分でしか、選手たちのことを見ていなかったんです」
どうすれば、選手たちの見えない部分、心の襞(ひだ)の細部まで把握できるのか。 自らの性格を「究極の負けず嫌い。挫折を味わったら、なんとかしてそれをカバーしないといられないタイプ」と言い切る比嘉は、そのことを考え抜いた。そして、不祥事が発覚したときに1年生だった東浜巨(なお)(亜細亜大)らを中心に新チームがスタートしたとき、比嘉は部員たちに言った。
「全員、1冊ずつノートを持ってきてくれ」
ノートを書かせるアイデアは、以前から考えていた。大会前に提出させるレポートの内容があまりにひどく、漢字の間違いが多いことも遠因にあった。
「ノートだと、直接言えない思いも伝えることができる。そのやりとりを積み重ねていけば、見えない部分のわずかな変化にも気づくんじゃないかと思ったんです」
特に指定していなかったため、部員たちが用意したノートは製造メーカーも大きさもばらばらだった。日々の練習で感じたことを文章に書き残すように求めたが、携帯メールで他人と交流する今の高校生たちの筆はなかなかスムーズに動かない。
〈ランニング、キャッチボール、ベースランニング、フリー打撃……〉
その日の練習メニューだけを書いて提出する部員も少なくなかった。練習メニューを決めたのは俺なんだから、そんなことを俺にわざわざ伝えても意味がないだろ……。比嘉はそう思いながら、ノートの重要性を部員たちに訴え続けた。
「人間は忘れる生き物だ。今日書いたことがいつか必ず、役に立つときがきっと来る」
提出しなかった部員には、1週間練習禁止のペナルティを科すほどの徹底ぶりだった。
〈後編に続く〉
⚾岩手さんへ
46、3度計測ですか・・・。軽く体温を超して標準的な風呂の湯よりもかなり熱いから足首すら湯船につけられませんね・・・・・。
今日は日帰り観光で福井県武生(敦賀と福井市の真ん中あたり)をレンタサイクルで走ってましたが、36度程度で収まりました。。。
2018年の福井国体初日が台風接近で早々に中止発表されたので、6時30分の始発サンダーバードで福井へ行き、福井鉄道が15時台までは運行するとのことで、1日フリーきっぷ買って鯖江と武生の街を足早に歩き、15時過ぎに福井駅に戻り西武百貨店で駅弁食べてアパホテルにすぐ入りやりすごしたと・・・。福井には最接近が日付変わる頃だったので、雨風の音が凄かったけど、翌朝は台風一過で晴れてました。ただ、福井県営は水はけ悪いので3時間30分遅れのプレーボールでした、、、、、
丹南球場には福井球団があった頃2度来場しており、今回は初めてレンタサイクルで足を運びました。今にして思えば、美浜や大飯あたりにも行けばよかったかなと。特に三方五湖近くの球場は・・・。
さて、東京モンのことは甲子園に出てこないと全く分からないので戦力も何も知らないですが・・・・・・。小倉監督の本を読むと関東一高はずいぶんヒドイ学校だなと感じました。
僕は日大三の監督のイメージしかないですが、87年センバツ準優勝監督を短期間で解任なんて有り得ないなと。米澤監督就任まで何人変わったか分かりませんが、結果は残せていないはずで。
日大三高もまたOBがやかましいらしく、スモールベースボールを美徳としていたようで、在りし日の小枝監督も拓大紅陵に追いやられたようで、、、、、結果的に千葉に行って良かった気もします。全日本の監督を最晩年務められたし。
関東一は米澤監督の手腕が大きいんでしょうね。頻繁に甲子園に出てくるし、昨年はセンバツ開幕戦敗退からの夏は準優勝ですから。
帝京は前田監督が勇退する前から長期低迷時代に陥っているし、監督交代して選手が集まっているのかどうか・・・・・。あまり甲子園で勝つイメージもなく、監督の味のある敗戦談話だけが楽しみな二松学舎大付も甲子園でよく見かけますね。
でも日大三は関東だけに、和智弁に比べたらかなりスマートだと思いますよ!あんまりヘタな走塁やしょーもないエラーを序盤から多発して自ら劣勢に追い込みつつ、終盤打線爆発で大逆転勝利というのは記憶にないので。
それに1死2・3塁のピンチで中間シフトを敷いてショートゴロで2塁走者を刺そうと3塁送球するも、サードがなぜかしらベースを踏んで満足してしまいオールセーフなんてことを日大三の選手がするとは思えないし。。。
小倉監督が勇退してもうアカンかと思いきや、教え子の前部長で新監督が上手く引き継ぎ強さを維持しているところはなんだか報徳学園とかぶるかなと僕は思います!
小倉さんが干されていた時期の事は今のOO高校の元監督ほどじゃないけど、いろいろ悪意感じる噂が流れていたみたいだしね。
三高は小倉さんが勇退したのと、学校方針とか、日大のゴタゴタなども影響もある?人集めにも
カンピンは、準優勝した頃から数年帝京、カンピン時代が続くと思いましたが、カンピンが脱落して帝京時代でしたが、2011年の夏八幡商で8回まで完璧に抑えながら9回まさかの満塁ホームランだったと思いますが逆転負け(投手は静岡出身)以来甲子園出場が出来ずにいるのに、逆にカンピンが4,5回位代表になっているね!
カンピンはいつも投手はそこそこいいしね。
三高は投手より、打撃でカバーし、継投で相手の反撃を最小限に抑えて勝つ感じを受けるが!
私は智弁和歌山高嶋野球に近い感じ受けるけど。優勝した頃などはね!
東京は、グランドが狭いから守備練習があまり出来ないので、打撃戦の試合が多いのではと野球仲間などは言っているね。
逆に千葉、埼玉などはグランドが広く所が多く守備練習が出来るから接戦になり番狂わせが起こるのではと言う人もいるね。
野球仲間の話ですけどね。
幻の最高気温だって理由を聞いて納得ですけどね!
三高は小倉さんが勇退したのと、学校方針とか、日大のゴタゴタなども影響もある?人集めにも
カンピンは、準優勝した頃から数年帝京、カンピン時代が続くと思いましたが、カンピンが脱落して帝京時代でしたが、2011年の夏八幡商で8回まで完璧に抑えながら9回まさかの満塁ホームランだったと思いますが逆転負け(投手は静岡出身)以来甲子園出場が出来ずにいるのに、逆にカンピンが4,5回位代表になっているね!
カンピンはいつも投手はそこそこいいしね。
三高は投手より、打撃でカバーし、継投で相手の反撃を最小限に抑えて勝つ感じを受けるが!
私は智弁和歌山高嶋野球に近い感じ受けるけど。優勝した頃などはね!
東京は、グランドが狭いから守備練習があまり出来ないので、打撃戦の試合が多いのではと野球仲間などは言っているね。
逆に千葉、埼玉などはグランドが広く所が多く守備練習が出来るから接戦になり番狂わせが起こるのではと言う人もいるね。
野球仲間の話ですけどね。
幻の最高気温だって理由を聞いて納得ですけどね!
☟「決勝戦はかなりのカネが動いた」白熱した甲子園の感動の裏で…黒い思惑が蠢く「高校野球賭博」の実態
https://news.yahoo.co.jp/articles/47d5da9393f8cbb71bf24592c8b8cfb13c0816ad
暴力団が絶対に損をしない〝シノギ〟
第107回全国高校野球選手権大会は8月23日に沖縄尚学(沖縄)が日大三高(西東京)を下して初優勝を飾り、熱戦の幕を閉じた。しかし、今回の大会では広陵(広島)の暴行問題などで野球というスポーツの〝健全さ〟への疑問の声も多数あがり、大会としてのあり方も問われた。
高校野球で暴力は許されない。またカネなどのさまざまな大人の思惑が介在することもあってはならない世界だ。しかし、裏社会では高校野球賭場が盛況だという現実がある。プロ野球での野球賭博は、’15~’16年に当時読売ジャイアンツに所属していた笠原将生、松本竜也、福田聡志らが関与した問題が波紋を呼んだ。野球賭博はプロの試合だけでなく、高校野球でも行われており、夏の酷暑さながらの熱気を帯びた鉄火場だという。
取材に応じたのは、野球賭博を行っている胴元から集金を任されているI氏。そこは暴力団組織のシノギとして商売をしており、絶対に損をしないシステムで運営されているという。
「AとBの試合でAチームに100万円、Bチームに20万円の賭金が集まったとします。金額の差はそのままチームの強さに比例することが多いです。胴元は払戻金から1割を手数料として徴収するので絶対に儲けられますが、さらにはオッズも操作しています。
この例だと、そのままの比率だと1対5ですが、それを1対3にするといったように集まった金額に対して倍率を低く見積もることで、利益を出しています。露骨に倍率操作をしたところで、そもそも野球賭博が違法なため誰も文句は言いません」
◆「京都国際と健大高崎の試合は盛り上がった」
野球賭博の運営で問題となるのは、賭金が集まらないことだ。トラブルを避けるために、競馬や競艇といった公営ギャンブルと違い、最低投票金額も高く設定しているとのことだ。それは少額で違法賭博をする人たちは警察に密告をするなどのトラブルが多いからだと話す。
「うちは一口5万円単位で、電話で受け付けています。最低10万円からの賭場もあるので、こういった賭博の中ではそこまで高くはありません。少額で賭ける人に限って、なけなしの金で賭けをしては『違法だから払う必要がない』と難癖をつけてくることが多いですし、集金や分配も面倒になります。お客さんからの集金額に応じてオッズを変えていますが、強豪校が出場する試合では当然のように強いチームに賭ける人が多くなります。明らかに賭けにならない場合でも、オッズは1倍近くに調整するようにして、不毛な勝負にみせないことも運営側に求められます」
最初のオッズは胴元が出場校の下馬評を基に作成し、試合当日の1時間前まで金を賭けることができる。「京都国際と健大高崎の試合は盛り上がりました」という。優勝候補同士の対決では、かなりの人たちが賭けに興じていたという。
「また、強豪校に金が集まりすぎると賭けにならないので、3点差をつけるまではオッズは1倍といった具合に点差で払戻金を調整します。3点差で勝ったとしても、手数料が引かれるので損をするんです。逆に番狂わせが起き、更に点数差が付いていると配当金も高くなるので、あえて弱いチームに賭け続ける人もいるくらいです」
点数差によるオッズの変動は、より賭けをスリリングにするために客からは好評だという。賭けられた金額にもよるが、3点差からオッズが0.2刻みで上がるという。
◆取り立ては昔ながらの暴力団スタイル
野球賭博は全て現金でのやり取りだが、その都度していたら手間がかかる。そのため集金も払い戻しも週に1度、月曜日しか行わないという。集金日までにお金を工面できればよいので、理論上は無一文でもギャンブルができるシステムだ。過去には1週間でゼロから250万円を手にした者もいるそうだ。なかなか危なっかしい運営にも感じるが、3年に1度程度しか金銭トラブルはないとI氏は語る。
「基本金がある人の遊びなので、数十万円で飛んだりすることはありません。過去にあったのは、とある企業の社長からの紹介で、その会社の社員が60万円の負債を抱えることになりました。友人からも金を借りられず、結局社長が立て替えました。紹介者のメンツにも関わりますし、裏社会での出来事なので、表に出ないように内々で隠蔽したようです」
I氏が担当した集金では過去に一度、飛ばれたことがある。その時に胴元による陰湿な嫌がらせが行われた。
「飛ばれたときは胴元が動きます。私が知っているのは、飛んだ人の会社に電話で『おたくのAさんが金を返さない。会社が立て替えてくれ』と連絡したり、家に押しかけて『金を返せ』と騒いだり、昔ながらの暴力団の取り立てみたいでした。3日もやれば払いますね」
時代が変わっても、胴元が暴力団組織である以上、取り立て方法は昔と変わらないのだ。この取り立ては暴力団が雇った街のチンピラに〝外注〟されているという。
沖縄尚学が優勝を決めた決勝戦はかなりの金が動いたようだ。I氏は「400万円くらい投票されているんで分配と集金で週明けは忙しいですね」と残して去っていた。
高校野球を巡る賭博では、’24年の6月にも広島で客に優勝校などを予想させて現金を賭けさせたなどとして、暴力団組員の男が逮捕されている。このような賭博で捕まるとどうなるのか。アトム法律事務所の出口泰我弁護士が次のように解説する。
「賭場を開帳した側は『賭博場開帳等図利罪』の罪に問われ、罰則は3ヵ月以上5年以下の拘禁刑(懲役刑)となります。賭けた客も『賭博罪』で50万円以下の罰金または科料、『常習賭博罪』の場合は3年以下の拘禁刑となる可能性があります。賭場を開帳する側のほうが犯罪行為として悪質と考えられているため、重い罰則となっております。
また、暴力団が開帳していた賭場の場合はより重い処罰になることが考えられます。賭けた客側も、暴力団の資金源を断つという意味で、暴力団だと知って賭けた場合は厳しい処罰となることが考えられます」
高校球児たちの白熱した戦いの裏で行われる大人たちの欲にまみれた違法なギャンブルを許してはならない──。
📝広陵高校・明徳義塾・PL学園…高校野球に蔓延る“暴力体質”が変わらないワケを専門家が分析
https://news.yahoo.co.jp/articles/d37e056219dc424f707d4476976264efd102e9e7
高校野球の名門校といわれる広島県の広陵高校が、試合で負けることなく、甲子園を去った。
高校野球に蔓延る“暴力体質”
「発端となったのは、今年1月に起きた暴力問題がSNSで拡散されたことです。野球部の1年生部員が、寮内で禁止されているというカップラーメンを食べたことを咎められて、複数の2年生部員から暴力行為を受けていました。そのことで3月には、野球部は日本高校野球連盟(高野連)から厳重注意を受けていました」(スポーツ紙記者、以下同)
8月5日に甲子園が開幕すると、SNSでは広陵高校の野球部の監督やコーチからも1年生部員に対する暴力的な行為があったという新情報が拡散する。
「この騒動に便乗して、広陵高校では野球部の寮が爆破予告をされるという事件まで発生しました。甲子園での1回戦は勝ちましたが、事態を重く見た広陵高校は、8月10日に途中辞退を発表しました」
高校野球の不祥事といえば、2005年に高知県の明徳義塾高校が甲子園への出場決定後、部員の暴力行為や喫煙などが発覚。大会直前に出場を辞退した。2013年には大阪府のPL学園で、複数人の2年生部員が1人明徳義塾高校の部員に対して集団で殴る蹴るなどの暴行問題が発生。その後、6か月間の対外試合の禁止処分を受けた。なぜ野球部の不祥事がなくならないのか。
スポーツライターの小林信也氏に聞くと、「一番の問題は、野球部に暴力的な体質があるということ。これは広陵高校に限らず“甲子園に出る”という大きな目標のために、いまだに暴力的で支配的な構造があるからです。なぜ、このような構造があるかというと、厳しい指導を受けたチームのほうが甲子園に出場できる確率が圧倒的に高いという動かせない事実があるからです」
この根深い構造にメスを入れることができなかったのは、当事者たちだけでなく、メディアの責任もあるという。
「世間を含め、甲子園で勝てば称賛されて美化されるという構造が100年以上も続いています。なぜ今回のような暴力問題に目を向けてこなかったかというと、甲子園の主催である朝日新聞社と、大会を中継する放送権を持つNHKが、高校野球の課題を“封殺”してきたからです。
この2社は、よほど何かの機会がなければ高校野球が抱える多くの課題を報道しません。メディアが高校野球を美化するという“メディアスクラム”が成立しているのです」(小林氏)
求められる体制変化
今回、暴行の被害に遭った1年生部員は、別の学校に転校することに。なぜ被害者が転校せざるを得ないのか。日本大学文理学部で教育行政学、教育財政学を専門にしている末冨芳教授に聞くと、
「日本の場合、いじめによって転校をしたり、いじめの後遺症による不登校で教育支援センターに行くのは被害者です。それは加害者側への強制措置や罰則が“いじめ防止対策推進法”などの法律で明確化されていないからです」
末冨教授は、日本の法制度の不備を指摘する。
「イギリスの場合だと、深刻ないじめや隠蔽事案が発生した場合、政府から改善勧告が出されて、大々的に報道もされます。学校が実際に改善に取り組んだのかの確認も政府が行っています。今回の件に置き換えると、広陵高校を監督する権限を持つ広島県が、改善勧告や改善状況の確認をしなければならないということ。こうした手続きがまったく不明確なのが、いじめ防止対策推進法なのです」
広陵高校の責任も指摘する。「一義的な責任は、いじめを隠蔽した広陵高校にあります。今後は、高野連にどのように事実関係を報告していたのか、高野連がいじめを重大事態だと認識できなかった経緯の解明が重要です」(末冨教授、以下同)
私立校の場合、生徒がいじめや暴力の被害に遭っても外部に申し立てをする窓口がないことが多いという。
「これを機に、高野連は相談窓口を設けるべきです。被害相談や調査を行って対応する“子どものための権利擁護機関”を少なくとも都道府県の単位で設けることが必要だと考えます」
前出の小林氏は「高校野球という長い歴史の中で、高野連が“独裁的”な権限を持っている時代が長すぎる」といった指摘もする。そうした高野連の仕組みも変えるべきだと、末冨教授は唱える。
「高野連の側もルール改正が必要です。いじめを隠蔽した場合には学校ごと出場停止、いじめや不祥事の早期報告の場合は加害者の出場停止といったルールを公表して運用することで、かなりの防止ができるはずです。高野連が、高校野球における暴力根絶の宣言を示す必要があります」
SNSでしか声をあげる手段がない
今回SNSの告発投稿では、部員の保護者が実名を公表して、被害を訴えた。それが拡散されて、問題が明るみに出たものの、被害者家族に対する誹謗中傷のコメントも散見された。
SNSによる誹謗中傷は、どんな罪になるのか。ITジャーナリストの井上トシユキ氏に聞くと、「SNSなどのインターネットによる誹謗中傷でも、名誉毀損や侮辱罪といった刑事責任を問われる可能性があります。誹謗中傷した投稿者を特定することを“発信者情報開示請求”といい、現在は手続きの時間が短縮されて、手続きの方法自体も簡単になるなど進歩しています」
前出の末冨教授は、今回の騒動で浮き彫りになった問題点を力説する。
「被害者がSNSでしか声をあげる手段がなかった。広陵高校のいじめ事案に際し、高野連や広島県に相談できる、しかるべき窓口がなかったので、告発をする方法がSNSでの実名投稿しかないというところまで追い詰められていた。これは、わが国のいじめ防止対策推進法や“こども基本法”という法制における深刻な不備です。被害者が声をあげる方法がSNSしかなかったという点に注目をしてほしいです」
SNSの炎上であぶり出された今回の暴力問題。適切な調査の先に高校野球における不祥事の根絶はあるのか。
📝高校野球のいじめ、しごきは「監督である大人の責任」。日大三の小倉前監督が“某名門校の生徒”に感じた違和感とは
https://news.yahoo.co.jp/articles/35a11b70d3f81c021d8e8a7723647839cbed46e2
連日熱戦が繰り広げられている第107回全国高等学校野球選手権大会。広島県代表の広陵高校が、部内の暴力事案が発覚したのを機に、1回戦を勝って2回戦にコマを進めながら出場を辞退したのは、周知の通りである。全国の高校野球ファンにとどまらず、世間を驚かせたこの騒動はまだまだ収束しないままでいるが、「広陵に限らず、全国の多くの野球部で起きていることに違いない」と言い出す人物まで現れた。だが、「大きな誤解である」と声を大にして言いたい。
「野球部の悪しき慣習を変えるのは、監督である大人の責任なんです」
こう話していたのは、当時、日大三の監督を務めていた小倉全由氏である。現在、侍ジャパンU-18代表の監督を務める同氏であるが、関東一、日大三の監督を通じて実践したことの一つに、「子どもたちの間にはびこっている、間違ったルールにメスを入れる」ことを挙げていた。
「上級生と下級生の仲がいい」ことに驚かれる
筆者が小倉にインタビューを申し込んだのが、2020年12月のこと。このとき東京都町田市にある合宿所内で小倉から長時間にわたって話を聞き、その後、グラウンド上の練習を見学させていただいたのだが、上級生と下級生の垣根がなく、フレンドリーに話し合っている姿が印象的だった。
「『ウチは上級生と下級生の仲がいいんですよ』と話すと、『本当ですか?』って驚く人がいるんです。そうした人たちの話をよくよく聞いてみると、
『自分たちは上級生とは口を聞いてはいけない、厳しい上下関係でいるのが当たり前』という環境で高校野球をやっていました。それだけに、三高さんのように“上級生と下級生が和やかな雰囲気で練習している”のは、衝撃を受けているんです』って言うんですよ。でもね、上級生と下級生の関係が良好じゃないという野球部は、こうはいきません。よく見ていると、どこかに歪みが生じていることがわかるんですよね」(小倉全由氏、以下同じ)
名門校の生徒を見て、覚えた違和感とは
小倉が日大三の監督を務めていた20年近く前のこと。ある野球名門校と日大三のグラウンドで練習試合を行った。その名門校は日大三に一泊することが決まっていたのだが、食堂に上級生と下級生が一堂に集合して着席した直後、小倉は違和感を覚えた。上級生が携帯電話をいじったり、談笑したりするのに対して、下級生である1年生は背筋をピンと伸ばしたまま、目の前を直視したままでいる。このときの1年生のなかには、後にプロ野球で活躍する選手も含まれていた。
1年後、“有望な1年生”はどうなっていたのか
翌年も再びこの学校と練習試合を行った。小倉が前年に見た、件の有望な1年生がどれだけ成長したのかを注目していたのだが、1年前に見た上級生と同じ振る舞いをしていたのだ。この光景を見て、日大三の選手たちにこう伝えた。
「上級生と下級生の振る舞いをよく見ておくんだ。あの学校の野球部は、今でもいじめやしごきが残っているぞ」
それから数年もしないうちに、この学校の野球部は、「上級生による暴力行為が発覚し、数ヵ月に及ぶ対外試合禁止処分となった」と報道された。小倉はこのような話を聞くたびに、やりきれない思いにかられる。同時に、プロ野球のOBたちにも苦言を呈したいという。
「『あのしごきに耐えたからこそ、今がある』『厳しさを乗り越えたからこそ、プロ野球選手になれた』こう誇らしげに答えているOBたちの考えが間違っているんです。
『しごきに耐える=プロの世界で成功する』という価値観が美談として受け継がれていき、その結果、しごきを根絶できなかった。これではいつまで経っても、しごきは根絶できません」
不祥事を起こす野球部を反面教師に
高校野球絡みの不祥事があると、部員たちと議論を交わす。すると部員たちからは、以下のような意見が出る。
「そういうことをやって、誰が幸せになるんでしょうか?」
「卒業後にその先輩と街でパッタリ会っても、素通りしてしまいたくなりますね」
このときはこう返した。「みんなは上級生、下級生関係なく仲良くやるんだぞ。下級生はわからないことがあれば上級生に聞けばいいし、上級生はそれに対して丁寧に教えてあげるようでなければダメだ。不祥事を起こすような野球部は、いずれ廃れてしまうんだから、こうした問題を起こした野球部を反面教師にしていこうな」
小倉がここまで部員たちのことを思いやるようになったのは、関東一に在籍していたときまでさかのぼる。このとき小倉の指導に影響を与えたのは、野球部の監督時代に選手を指導していたときではなく、一教師として一般生徒に指導していたときだったという。
“不良生徒と接する機会”がキャリアの転機に
小倉は1988年夏の東東京大会でベスト8で帝京に1対8で敗れた直後、監督を解任させられた。前年の春のセンバツでは決勝でPL学園に1対7で敗れたものの、準優勝に導くという実績を残していただけに、小倉自身は内心、相当なショックを受けていた。だが、「野球とはキッパリ縁を切って、一教師として生徒たちと向き合おう」と考え、教壇に立つ道を選んだ。
そうして翌年はクラス担任を受け持ち、さらにその翌年は学年主任も任せれ、初めて野球部以外の生徒と深く接することになった。このとき、世間で言うところの落ちこぼれ、俗にいう「ワル」と呼ばれる不良生徒と接する機会があったことが、小倉の転機となった。野球部の部員たちには「甲子園出場」という目標がある。そのために毎日厳しい練習を積み重ねていくことができるのだが、不良の生徒たちは、将来に対する目標もなければ、学校にまともに来ようとさえしない者もいた。
不良生徒を自宅に連れて行き、話を聞いてみると…
当時は今と違って、不良生徒たちに厳しく当たることが許された時代ではあったものの、「なぜ不良と呼ばれるような生徒になってしまったのか。その原因は何なのか」とまでは深く問い詰めて考えられることはあまりなかった。そこで不良の生徒たちが問題を起こしたり、停学になった際には、週末に小倉の千葉の自宅まで連れて行き、寝食を共にして勉強を見たりいろいろな話をする機会を多く持った。すると彼らのほうから、なぜ学校に来たくないのか、学校が終わったらどんなことをしているのか、家族間の仲はどうなのか、彼女がいるのかどうかなど、多岐にわたって話をしてくれたという。このとき小倉は、「世間でワルと言われているけれども、心の根っこにはいいところがたくさんあるじゃないか」ということに気がつき、彼らが卒業するまで面倒を見ることを決めた。
「『卒業式はお前さんたちが主役なんだから、いい卒業式をしような』と言って送り出してあげたのは、今でもいい思い出ですね」
教師として過ごした時間が財産になった
その後、92年12月に小倉は再び硬式野球部の監督に復帰したのだが、およそ4年間にわたって一教師として過ごした時間が財産になったと話す。
「あの4年の時間は、野球部の監督としてのキャリアを積み上げることができなかったことは事実ですが、それ以上に不遇な立場にいる生徒たちと接したことで、私自身の人間としての幅を広げていったことのほうが大きかったですね。
野球部ではレギュラーよりも、ベンチ入りできない選手たちに多くの時間を割いて話をしましたし、ノックもレギュラーよりも倍以上の本数を打ってあげたりもしました。
それでも3年生最後の夏にベンチ入りできないと、『ごめんな。もう少し時間があれば、ベンチ入りさせるくらいまでにはできたかもしれないな』と私が謝って、監督と選手という立場を忘れて、監督室でアイスを食べながらいろんな話をしていたことも、毎年のようにありました。
それまでの監督時代は、私主導で物事を決めて、ときには強引に推し進めてしまうこともありました。けれども野球部以外の生徒と接したことで、相手を思いやる考えができるようになって、柔軟な発想を取り入れながら選手の指導にあたることができたのです。
もし私が野球部の監督を一度も辞めることなくずっと続けていたら、何かの拍子に部員に手を上げてしまい、それが引き金となって学校全体で話し合われる問題になってしまって、野球部を追われていた、なんてことも起こり得たかもしれません」
いじめやしごきの類の話は存在しない両校が激突
今年の甲子園大会のベスト8では日大三と関東一が激突した。
日大三は小倉の下で長く野球部部長を務め、小倉が退任した23年4月から監督に就任した三木有造が、関東一は小倉が監督に復帰した92年12月から翌93年夏の東東京大会の決勝で修徳に敗れるまでの間に指導していた米澤貴光が監督を務めている。
小倉イズムを受け継いだ両校には、いじめやしごきの類の話は存在しない。これも小倉の指導の賜物であると見ていい。
全国の高校野球の現場で、小倉のような指導を推し進め、先輩と後輩の関係が良好な野球部が1校でも多く存在していてほしいーー心からそう願うばかりだ。
⚾岩手さんへ
1-8といえば・・・コールドスコアですが、9回まで試合ができたのは収穫ですね。東北地区で考えると、まず県大会3位以内に入り、18校参加の東北大会で3枠に入るためには最低2勝しなければならず、近畿と違って夏よりも出場が難しいセンバツですよね・・・・・。
仙台育英・聖光学院・青森山田・八学光星その他モロモロ・・・県大会勝ち上がってもそこから先が本当に厳しい。東北大会観戦者は楽しいと思いますが!
広陵は1・2年生が100人近くいるので新チームは困らないと思いますが、来春の入部者は激減するでしょうね・・・。こうなると谷間の世代ができて、長期低迷時代の入口となりかねないです。
そういう危機を何度も脱した天理や仙台育英は凄いんでしょうね!
やはり広島県内だと広島商は公立でちょっとカラーが違うので、、、広島新庄は結構北部にあるらしく迫田監督の弟さんが退任し、宇多村新監督が暴力で謹慎喰らったこともあり・・・。そうなると、崇徳・盈進あたりに流れるかと。
開星は県内中心で運営するようなんで、そう考えたら智翠館もそうですが、部員全員県外???の益田東あたりも流入するのかなと。
国際は結構ありそうですね。神戸にもあるし。。。あと関西の伝統校と言われてすぐ頭に浮かんだのは東洋大姫路ですね!天理や和智弁は人数制限あるので、今からの進路変更は難しそうですが、東洋ならありえるかなと。広島から近畿で一番近いし姫路は西よりなんで。
https://news.yahoo.co.jp/articles/47d5da9393f8cbb71bf24592c8b8cfb13c0816ad
暴力団が絶対に損をしない〝シノギ〟
第107回全国高校野球選手権大会は8月23日に沖縄尚学(沖縄)が日大三高(西東京)を下して初優勝を飾り、熱戦の幕を閉じた。しかし、今回の大会では広陵(広島)の暴行問題などで野球というスポーツの〝健全さ〟への疑問の声も多数あがり、大会としてのあり方も問われた。
高校野球で暴力は許されない。またカネなどのさまざまな大人の思惑が介在することもあってはならない世界だ。しかし、裏社会では高校野球賭場が盛況だという現実がある。プロ野球での野球賭博は、’15~’16年に当時読売ジャイアンツに所属していた笠原将生、松本竜也、福田聡志らが関与した問題が波紋を呼んだ。野球賭博はプロの試合だけでなく、高校野球でも行われており、夏の酷暑さながらの熱気を帯びた鉄火場だという。
取材に応じたのは、野球賭博を行っている胴元から集金を任されているI氏。そこは暴力団組織のシノギとして商売をしており、絶対に損をしないシステムで運営されているという。
「AとBの試合でAチームに100万円、Bチームに20万円の賭金が集まったとします。金額の差はそのままチームの強さに比例することが多いです。胴元は払戻金から1割を手数料として徴収するので絶対に儲けられますが、さらにはオッズも操作しています。
この例だと、そのままの比率だと1対5ですが、それを1対3にするといったように集まった金額に対して倍率を低く見積もることで、利益を出しています。露骨に倍率操作をしたところで、そもそも野球賭博が違法なため誰も文句は言いません」
◆「京都国際と健大高崎の試合は盛り上がった」
野球賭博の運営で問題となるのは、賭金が集まらないことだ。トラブルを避けるために、競馬や競艇といった公営ギャンブルと違い、最低投票金額も高く設定しているとのことだ。それは少額で違法賭博をする人たちは警察に密告をするなどのトラブルが多いからだと話す。
「うちは一口5万円単位で、電話で受け付けています。最低10万円からの賭場もあるので、こういった賭博の中ではそこまで高くはありません。少額で賭ける人に限って、なけなしの金で賭けをしては『違法だから払う必要がない』と難癖をつけてくることが多いですし、集金や分配も面倒になります。お客さんからの集金額に応じてオッズを変えていますが、強豪校が出場する試合では当然のように強いチームに賭ける人が多くなります。明らかに賭けにならない場合でも、オッズは1倍近くに調整するようにして、不毛な勝負にみせないことも運営側に求められます」
最初のオッズは胴元が出場校の下馬評を基に作成し、試合当日の1時間前まで金を賭けることができる。「京都国際と健大高崎の試合は盛り上がりました」という。優勝候補同士の対決では、かなりの人たちが賭けに興じていたという。
「また、強豪校に金が集まりすぎると賭けにならないので、3点差をつけるまではオッズは1倍といった具合に点差で払戻金を調整します。3点差で勝ったとしても、手数料が引かれるので損をするんです。逆に番狂わせが起き、更に点数差が付いていると配当金も高くなるので、あえて弱いチームに賭け続ける人もいるくらいです」
点数差によるオッズの変動は、より賭けをスリリングにするために客からは好評だという。賭けられた金額にもよるが、3点差からオッズが0.2刻みで上がるという。
◆取り立ては昔ながらの暴力団スタイル
野球賭博は全て現金でのやり取りだが、その都度していたら手間がかかる。そのため集金も払い戻しも週に1度、月曜日しか行わないという。集金日までにお金を工面できればよいので、理論上は無一文でもギャンブルができるシステムだ。過去には1週間でゼロから250万円を手にした者もいるそうだ。なかなか危なっかしい運営にも感じるが、3年に1度程度しか金銭トラブルはないとI氏は語る。
「基本金がある人の遊びなので、数十万円で飛んだりすることはありません。過去にあったのは、とある企業の社長からの紹介で、その会社の社員が60万円の負債を抱えることになりました。友人からも金を借りられず、結局社長が立て替えました。紹介者のメンツにも関わりますし、裏社会での出来事なので、表に出ないように内々で隠蔽したようです」
I氏が担当した集金では過去に一度、飛ばれたことがある。その時に胴元による陰湿な嫌がらせが行われた。
「飛ばれたときは胴元が動きます。私が知っているのは、飛んだ人の会社に電話で『おたくのAさんが金を返さない。会社が立て替えてくれ』と連絡したり、家に押しかけて『金を返せ』と騒いだり、昔ながらの暴力団の取り立てみたいでした。3日もやれば払いますね」
時代が変わっても、胴元が暴力団組織である以上、取り立て方法は昔と変わらないのだ。この取り立ては暴力団が雇った街のチンピラに〝外注〟されているという。
沖縄尚学が優勝を決めた決勝戦はかなりの金が動いたようだ。I氏は「400万円くらい投票されているんで分配と集金で週明けは忙しいですね」と残して去っていた。
高校野球を巡る賭博では、’24年の6月にも広島で客に優勝校などを予想させて現金を賭けさせたなどとして、暴力団組員の男が逮捕されている。このような賭博で捕まるとどうなるのか。アトム法律事務所の出口泰我弁護士が次のように解説する。
「賭場を開帳した側は『賭博場開帳等図利罪』の罪に問われ、罰則は3ヵ月以上5年以下の拘禁刑(懲役刑)となります。賭けた客も『賭博罪』で50万円以下の罰金または科料、『常習賭博罪』の場合は3年以下の拘禁刑となる可能性があります。賭場を開帳する側のほうが犯罪行為として悪質と考えられているため、重い罰則となっております。
また、暴力団が開帳していた賭場の場合はより重い処罰になることが考えられます。賭けた客側も、暴力団の資金源を断つという意味で、暴力団だと知って賭けた場合は厳しい処罰となることが考えられます」
高校球児たちの白熱した戦いの裏で行われる大人たちの欲にまみれた違法なギャンブルを許してはならない──。
📝広陵高校・明徳義塾・PL学園…高校野球に蔓延る“暴力体質”が変わらないワケを専門家が分析
https://news.yahoo.co.jp/articles/d37e056219dc424f707d4476976264efd102e9e7
高校野球の名門校といわれる広島県の広陵高校が、試合で負けることなく、甲子園を去った。
高校野球に蔓延る“暴力体質”
「発端となったのは、今年1月に起きた暴力問題がSNSで拡散されたことです。野球部の1年生部員が、寮内で禁止されているというカップラーメンを食べたことを咎められて、複数の2年生部員から暴力行為を受けていました。そのことで3月には、野球部は日本高校野球連盟(高野連)から厳重注意を受けていました」(スポーツ紙記者、以下同)
8月5日に甲子園が開幕すると、SNSでは広陵高校の野球部の監督やコーチからも1年生部員に対する暴力的な行為があったという新情報が拡散する。
「この騒動に便乗して、広陵高校では野球部の寮が爆破予告をされるという事件まで発生しました。甲子園での1回戦は勝ちましたが、事態を重く見た広陵高校は、8月10日に途中辞退を発表しました」
高校野球の不祥事といえば、2005年に高知県の明徳義塾高校が甲子園への出場決定後、部員の暴力行為や喫煙などが発覚。大会直前に出場を辞退した。2013年には大阪府のPL学園で、複数人の2年生部員が1人明徳義塾高校の部員に対して集団で殴る蹴るなどの暴行問題が発生。その後、6か月間の対外試合の禁止処分を受けた。なぜ野球部の不祥事がなくならないのか。
スポーツライターの小林信也氏に聞くと、「一番の問題は、野球部に暴力的な体質があるということ。これは広陵高校に限らず“甲子園に出る”という大きな目標のために、いまだに暴力的で支配的な構造があるからです。なぜ、このような構造があるかというと、厳しい指導を受けたチームのほうが甲子園に出場できる確率が圧倒的に高いという動かせない事実があるからです」
この根深い構造にメスを入れることができなかったのは、当事者たちだけでなく、メディアの責任もあるという。
「世間を含め、甲子園で勝てば称賛されて美化されるという構造が100年以上も続いています。なぜ今回のような暴力問題に目を向けてこなかったかというと、甲子園の主催である朝日新聞社と、大会を中継する放送権を持つNHKが、高校野球の課題を“封殺”してきたからです。
この2社は、よほど何かの機会がなければ高校野球が抱える多くの課題を報道しません。メディアが高校野球を美化するという“メディアスクラム”が成立しているのです」(小林氏)
求められる体制変化
今回、暴行の被害に遭った1年生部員は、別の学校に転校することに。なぜ被害者が転校せざるを得ないのか。日本大学文理学部で教育行政学、教育財政学を専門にしている末冨芳教授に聞くと、
「日本の場合、いじめによって転校をしたり、いじめの後遺症による不登校で教育支援センターに行くのは被害者です。それは加害者側への強制措置や罰則が“いじめ防止対策推進法”などの法律で明確化されていないからです」
末冨教授は、日本の法制度の不備を指摘する。
「イギリスの場合だと、深刻ないじめや隠蔽事案が発生した場合、政府から改善勧告が出されて、大々的に報道もされます。学校が実際に改善に取り組んだのかの確認も政府が行っています。今回の件に置き換えると、広陵高校を監督する権限を持つ広島県が、改善勧告や改善状況の確認をしなければならないということ。こうした手続きがまったく不明確なのが、いじめ防止対策推進法なのです」
広陵高校の責任も指摘する。「一義的な責任は、いじめを隠蔽した広陵高校にあります。今後は、高野連にどのように事実関係を報告していたのか、高野連がいじめを重大事態だと認識できなかった経緯の解明が重要です」(末冨教授、以下同)
私立校の場合、生徒がいじめや暴力の被害に遭っても外部に申し立てをする窓口がないことが多いという。
「これを機に、高野連は相談窓口を設けるべきです。被害相談や調査を行って対応する“子どものための権利擁護機関”を少なくとも都道府県の単位で設けることが必要だと考えます」
前出の小林氏は「高校野球という長い歴史の中で、高野連が“独裁的”な権限を持っている時代が長すぎる」といった指摘もする。そうした高野連の仕組みも変えるべきだと、末冨教授は唱える。
「高野連の側もルール改正が必要です。いじめを隠蔽した場合には学校ごと出場停止、いじめや不祥事の早期報告の場合は加害者の出場停止といったルールを公表して運用することで、かなりの防止ができるはずです。高野連が、高校野球における暴力根絶の宣言を示す必要があります」
SNSでしか声をあげる手段がない
今回SNSの告発投稿では、部員の保護者が実名を公表して、被害を訴えた。それが拡散されて、問題が明るみに出たものの、被害者家族に対する誹謗中傷のコメントも散見された。
SNSによる誹謗中傷は、どんな罪になるのか。ITジャーナリストの井上トシユキ氏に聞くと、「SNSなどのインターネットによる誹謗中傷でも、名誉毀損や侮辱罪といった刑事責任を問われる可能性があります。誹謗中傷した投稿者を特定することを“発信者情報開示請求”といい、現在は手続きの時間が短縮されて、手続きの方法自体も簡単になるなど進歩しています」
前出の末冨教授は、今回の騒動で浮き彫りになった問題点を力説する。
「被害者がSNSでしか声をあげる手段がなかった。広陵高校のいじめ事案に際し、高野連や広島県に相談できる、しかるべき窓口がなかったので、告発をする方法がSNSでの実名投稿しかないというところまで追い詰められていた。これは、わが国のいじめ防止対策推進法や“こども基本法”という法制における深刻な不備です。被害者が声をあげる方法がSNSしかなかったという点に注目をしてほしいです」
SNSの炎上であぶり出された今回の暴力問題。適切な調査の先に高校野球における不祥事の根絶はあるのか。
📝高校野球のいじめ、しごきは「監督である大人の責任」。日大三の小倉前監督が“某名門校の生徒”に感じた違和感とは
https://news.yahoo.co.jp/articles/35a11b70d3f81c021d8e8a7723647839cbed46e2
連日熱戦が繰り広げられている第107回全国高等学校野球選手権大会。広島県代表の広陵高校が、部内の暴力事案が発覚したのを機に、1回戦を勝って2回戦にコマを進めながら出場を辞退したのは、周知の通りである。全国の高校野球ファンにとどまらず、世間を驚かせたこの騒動はまだまだ収束しないままでいるが、「広陵に限らず、全国の多くの野球部で起きていることに違いない」と言い出す人物まで現れた。だが、「大きな誤解である」と声を大にして言いたい。
「野球部の悪しき慣習を変えるのは、監督である大人の責任なんです」
こう話していたのは、当時、日大三の監督を務めていた小倉全由氏である。現在、侍ジャパンU-18代表の監督を務める同氏であるが、関東一、日大三の監督を通じて実践したことの一つに、「子どもたちの間にはびこっている、間違ったルールにメスを入れる」ことを挙げていた。
「上級生と下級生の仲がいい」ことに驚かれる
筆者が小倉にインタビューを申し込んだのが、2020年12月のこと。このとき東京都町田市にある合宿所内で小倉から長時間にわたって話を聞き、その後、グラウンド上の練習を見学させていただいたのだが、上級生と下級生の垣根がなく、フレンドリーに話し合っている姿が印象的だった。
「『ウチは上級生と下級生の仲がいいんですよ』と話すと、『本当ですか?』って驚く人がいるんです。そうした人たちの話をよくよく聞いてみると、
『自分たちは上級生とは口を聞いてはいけない、厳しい上下関係でいるのが当たり前』という環境で高校野球をやっていました。それだけに、三高さんのように“上級生と下級生が和やかな雰囲気で練習している”のは、衝撃を受けているんです』って言うんですよ。でもね、上級生と下級生の関係が良好じゃないという野球部は、こうはいきません。よく見ていると、どこかに歪みが生じていることがわかるんですよね」(小倉全由氏、以下同じ)
名門校の生徒を見て、覚えた違和感とは
小倉が日大三の監督を務めていた20年近く前のこと。ある野球名門校と日大三のグラウンドで練習試合を行った。その名門校は日大三に一泊することが決まっていたのだが、食堂に上級生と下級生が一堂に集合して着席した直後、小倉は違和感を覚えた。上級生が携帯電話をいじったり、談笑したりするのに対して、下級生である1年生は背筋をピンと伸ばしたまま、目の前を直視したままでいる。このときの1年生のなかには、後にプロ野球で活躍する選手も含まれていた。
1年後、“有望な1年生”はどうなっていたのか
翌年も再びこの学校と練習試合を行った。小倉が前年に見た、件の有望な1年生がどれだけ成長したのかを注目していたのだが、1年前に見た上級生と同じ振る舞いをしていたのだ。この光景を見て、日大三の選手たちにこう伝えた。
「上級生と下級生の振る舞いをよく見ておくんだ。あの学校の野球部は、今でもいじめやしごきが残っているぞ」
それから数年もしないうちに、この学校の野球部は、「上級生による暴力行為が発覚し、数ヵ月に及ぶ対外試合禁止処分となった」と報道された。小倉はこのような話を聞くたびに、やりきれない思いにかられる。同時に、プロ野球のOBたちにも苦言を呈したいという。
「『あのしごきに耐えたからこそ、今がある』『厳しさを乗り越えたからこそ、プロ野球選手になれた』こう誇らしげに答えているOBたちの考えが間違っているんです。
『しごきに耐える=プロの世界で成功する』という価値観が美談として受け継がれていき、その結果、しごきを根絶できなかった。これではいつまで経っても、しごきは根絶できません」
不祥事を起こす野球部を反面教師に
高校野球絡みの不祥事があると、部員たちと議論を交わす。すると部員たちからは、以下のような意見が出る。
「そういうことをやって、誰が幸せになるんでしょうか?」
「卒業後にその先輩と街でパッタリ会っても、素通りしてしまいたくなりますね」
このときはこう返した。「みんなは上級生、下級生関係なく仲良くやるんだぞ。下級生はわからないことがあれば上級生に聞けばいいし、上級生はそれに対して丁寧に教えてあげるようでなければダメだ。不祥事を起こすような野球部は、いずれ廃れてしまうんだから、こうした問題を起こした野球部を反面教師にしていこうな」
小倉がここまで部員たちのことを思いやるようになったのは、関東一に在籍していたときまでさかのぼる。このとき小倉の指導に影響を与えたのは、野球部の監督時代に選手を指導していたときではなく、一教師として一般生徒に指導していたときだったという。
“不良生徒と接する機会”がキャリアの転機に
小倉は1988年夏の東東京大会でベスト8で帝京に1対8で敗れた直後、監督を解任させられた。前年の春のセンバツでは決勝でPL学園に1対7で敗れたものの、準優勝に導くという実績を残していただけに、小倉自身は内心、相当なショックを受けていた。だが、「野球とはキッパリ縁を切って、一教師として生徒たちと向き合おう」と考え、教壇に立つ道を選んだ。
そうして翌年はクラス担任を受け持ち、さらにその翌年は学年主任も任せれ、初めて野球部以外の生徒と深く接することになった。このとき、世間で言うところの落ちこぼれ、俗にいう「ワル」と呼ばれる不良生徒と接する機会があったことが、小倉の転機となった。野球部の部員たちには「甲子園出場」という目標がある。そのために毎日厳しい練習を積み重ねていくことができるのだが、不良の生徒たちは、将来に対する目標もなければ、学校にまともに来ようとさえしない者もいた。
不良生徒を自宅に連れて行き、話を聞いてみると…
当時は今と違って、不良生徒たちに厳しく当たることが許された時代ではあったものの、「なぜ不良と呼ばれるような生徒になってしまったのか。その原因は何なのか」とまでは深く問い詰めて考えられることはあまりなかった。そこで不良の生徒たちが問題を起こしたり、停学になった際には、週末に小倉の千葉の自宅まで連れて行き、寝食を共にして勉強を見たりいろいろな話をする機会を多く持った。すると彼らのほうから、なぜ学校に来たくないのか、学校が終わったらどんなことをしているのか、家族間の仲はどうなのか、彼女がいるのかどうかなど、多岐にわたって話をしてくれたという。このとき小倉は、「世間でワルと言われているけれども、心の根っこにはいいところがたくさんあるじゃないか」ということに気がつき、彼らが卒業するまで面倒を見ることを決めた。
「『卒業式はお前さんたちが主役なんだから、いい卒業式をしような』と言って送り出してあげたのは、今でもいい思い出ですね」
教師として過ごした時間が財産になった
その後、92年12月に小倉は再び硬式野球部の監督に復帰したのだが、およそ4年間にわたって一教師として過ごした時間が財産になったと話す。
「あの4年の時間は、野球部の監督としてのキャリアを積み上げることができなかったことは事実ですが、それ以上に不遇な立場にいる生徒たちと接したことで、私自身の人間としての幅を広げていったことのほうが大きかったですね。
野球部ではレギュラーよりも、ベンチ入りできない選手たちに多くの時間を割いて話をしましたし、ノックもレギュラーよりも倍以上の本数を打ってあげたりもしました。
それでも3年生最後の夏にベンチ入りできないと、『ごめんな。もう少し時間があれば、ベンチ入りさせるくらいまでにはできたかもしれないな』と私が謝って、監督と選手という立場を忘れて、監督室でアイスを食べながらいろんな話をしていたことも、毎年のようにありました。
それまでの監督時代は、私主導で物事を決めて、ときには強引に推し進めてしまうこともありました。けれども野球部以外の生徒と接したことで、相手を思いやる考えができるようになって、柔軟な発想を取り入れながら選手の指導にあたることができたのです。
もし私が野球部の監督を一度も辞めることなくずっと続けていたら、何かの拍子に部員に手を上げてしまい、それが引き金となって学校全体で話し合われる問題になってしまって、野球部を追われていた、なんてことも起こり得たかもしれません」
いじめやしごきの類の話は存在しない両校が激突
今年の甲子園大会のベスト8では日大三と関東一が激突した。
日大三は小倉の下で長く野球部部長を務め、小倉が退任した23年4月から監督に就任した三木有造が、関東一は小倉が監督に復帰した92年12月から翌93年夏の東東京大会の決勝で修徳に敗れるまでの間に指導していた米澤貴光が監督を務めている。
小倉イズムを受け継いだ両校には、いじめやしごきの類の話は存在しない。これも小倉の指導の賜物であると見ていい。
全国の高校野球の現場で、小倉のような指導を推し進め、先輩と後輩の関係が良好な野球部が1校でも多く存在していてほしいーー心からそう願うばかりだ。
⚾岩手さんへ
1-8といえば・・・コールドスコアですが、9回まで試合ができたのは収穫ですね。東北地区で考えると、まず県大会3位以内に入り、18校参加の東北大会で3枠に入るためには最低2勝しなければならず、近畿と違って夏よりも出場が難しいセンバツですよね・・・・・。
仙台育英・聖光学院・青森山田・八学光星その他モロモロ・・・県大会勝ち上がってもそこから先が本当に厳しい。東北大会観戦者は楽しいと思いますが!
広陵は1・2年生が100人近くいるので新チームは困らないと思いますが、来春の入部者は激減するでしょうね・・・。こうなると谷間の世代ができて、長期低迷時代の入口となりかねないです。
そういう危機を何度も脱した天理や仙台育英は凄いんでしょうね!
やはり広島県内だと広島商は公立でちょっとカラーが違うので、、、広島新庄は結構北部にあるらしく迫田監督の弟さんが退任し、宇多村新監督が暴力で謹慎喰らったこともあり・・・。そうなると、崇徳・盈進あたりに流れるかと。
開星は県内中心で運営するようなんで、そう考えたら智翠館もそうですが、部員全員県外???の益田東あたりも流入するのかなと。
国際は結構ありそうですね。神戸にもあるし。。。あと関西の伝統校と言われてすぐ頭に浮かんだのは東洋大姫路ですね!天理や和智弁は人数制限あるので、今からの進路変更は難しそうですが、東洋ならありえるかなと。広島から近畿で一番近いし姫路は西よりなんで。
広陵に来春入学予定者が進路変更先に広島商、崇徳、新庄などの県内勢に隣県の強豪校にとありましたが、島根県勢にも流れているのかな?
開星、智翠館(いろいろあったね)、淞南あたりも強豪校だよね。
下関国際も、隣県だけどね!
国際とゆうと、京都国際が今は名前が出るが、各地にも何々国際高校あるな!なんか気になるの!
広陵の火種は、中〃消えないね。
このまま勝ち上がって、県、中国大会、神宮大会優勝して選抜推薦出来ずなんてあったりしてね?
関西の伝統校は、天理、智弁和歌山のことでしょうか!
開星、智翠館(いろいろあったね)、淞南あたりも強豪校だよね。
下関国際も、隣県だけどね!
国際とゆうと、京都国際が今は名前が出るが、各地にも何々国際高校あるな!なんか気になるの!
広陵の火種は、中〃消えないね。
このまま勝ち上がって、県、中国大会、神宮大会優勝して選抜推薦出来ずなんてあったりしてね?
関西の伝統校は、天理、智弁和歌山のことでしょうか!
先ほど近所の公共施設で、地元紙岩手日報で確認。
1-8で県大会出場ならず!
試合は9回までしたみたい、良く頑張ってくれた。
春の地区予選まで試合はないけどね!
1-8で県大会出場ならず!
試合は9回までしたみたい、良く頑張ってくれた。
春の地区予選まで試合はないけどね!
⚾今日の和歌山大会会新人戦試合結果(7日目 準々決勝 紀三井寺球場)
日高中津6ー1和歌山東・和 智 弁4-2向 陽
日高中津・智弁和歌山は二次予選出場決定!!
✌カトリーナこと加藤里奈、豊橋中央高の『アントニオ大喜地』実家すし店を訪問! 野球談議に花を咲かせる
https://news.yahoo.co.jp/articles/c5b27068f92fc681fde8e3c6990d2b5d2964b0d4
NHK名古屋放送局などと契約しているフリーのキャスターで、プロ野球・中日ドラゴンズとの関係も深い、愛称「カトリーナ」こと、加藤里奈キャスター(34)が31日までにインスタグラムを更新。今年の高校野球・夏の甲子園大会で話題となった豊橋中央高(愛知)の高橋大喜地投手(3年)の実家であるすし店「すし龍」を訪ね、同投手やその父親と野球談議に花を咲かせたことを明かした。
◆加藤里奈、豊橋中央高の『アントニオ大喜地』実家すし店を訪問【写真】
高橋投手はピンチになると、緊張を解きほぐすためアントニオ猪木の顔まねをすることで話題となった。加藤はこの日、ファイティングポーズで”猪木顔”の同投手と、その父親・勝由さんとの3ショットなどを載せ「生”アントニオ”見られて嬉しかったです 笑 大将(お父さん)とダブル」などと記した。
父・勝由さんも元高校球児。同県の強豪・愛工大名電高でプレーした。2学年上に米大リーグ・マリナーズなどで活躍し、殿堂入りもしたイチローさんがいる。話ははずみ、食事をしながらの滞在時間は2時間にも及んだという。大喜地投手には「猪木」の他にもベンチ内でやっているレパートリーがあることが発覚したという。
フォロワーからは「凄い行動力」「神出鬼没」などと”仕込み取材”がてらとはいえ豊橋まで遠征した加藤のフットワークの軽さを称賛する書き込みなどとともに、写真が1人だけ”猪木顔”になっていないことに触れ「顎できてないな」「恥ずかしがっていては駄目」「猪木になってないし(笑)」とのツッコミも多数あった。
この時の様子はCBCラジオ「カトリーナの全部全力!」でも放送。同番組は「RADIKO」(スマホやパソコンで番組が視聴できる無料サービス)でまだ視聴可能。
📝高校野球秋季県地区大会が閉幕 県大会は9月13日開幕、東洋大姫路など56校出場
https://www.kobe-np.co.jp/news/sports/koya/news/202508/0019411359.shtml
秋季兵庫県高校野球大会の地区大会は29日、阪神地区の2試合で全日程を終え、5ブロックを勝ち抜いた55校が出そろった。今夏の甲子園大会を戦った東洋大姫路を推薦校として加えた計56校が9月13日に開幕する県大会に出場する。
組み合わせ抽選は5日に加古川東高で行われる。上位3校は10月18日から、奈良県橿原市のさとやくスタジアムで開かれる近畿大会に進む。
💢“謝罪なし対応”の広陵高校野球部、推薦で入学予定だった有力選手たちが進路変更で大流出の危機 保護者は「力のある同級生が広陵への進学をやめると聞き、うちも…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/b11bf2c285158ca54178a1f0a29393ceab324e71
部員による暴力問題が発覚した広陵高校は8月21日、甲子園通算41勝を誇る中井哲之監督の交代を発表した。ただ、同校副校長で理事でもある中井氏は学校に籍を置き続けるかたちだ。
「学校として、とりあえず中井監督に責任を取らせました、という事態を収束させるための一時的措置のような気がしてしまいます。引責辞任だという発表もしなかったため、理事や副校長の立場で野球部に影響力を持ち続けるのでは……」
そう語るのは、集団暴行に遭ったA君の父親だ。A君をはじめ教え子に対する暴言やパワハラの疑いが持ち上がっている中井監督は謝罪の言葉を一言も発せず、ひとまず表舞台から姿を消した。こうした対応に、来春以降の入学予定者にも影響が出ているという。広陵OBのある中学野球指導者が話す。
「中井監督が今年の中学3年生世代で有望視していた選手が、今回の事件を受けて、広陵ではなく、隣県の強豪私学に進路を変更するようです。広島県内では、公立なら伝統校の広島商業、私立なら広島新庄や盈進、崇徳などが進学先に選ばれるケースが増えるでしょう」
今夏はベンチ入り20人のうち半数の10人が県外出身。「野球留学」の生徒は珍しくなかった。前出のOBが続ける。
「中国地方のある県では、広陵に推薦入試で入学する予定だった複数の現中学3年生が断わりの連絡を入れる意向のようです。別の強豪私立やこの夏の甲子園にも出場した関西の伝統校に進路を変更すると聞いています」
そのうちの1人の保護者は「力のある同級生が広陵への進学をやめる意向と聞き、戦力が心許なくなるので息子も進路変更すると思う」と語った。
広陵に尋ねると、「個別の進学や進路に関するご質問でもありますので、お答えしかねます。なお、誤解に基づく評価を受けている点については、正しくご理解をいただく努力をしてまいります。また、これまで及び今後の本校の取り組みについてもお知らせしてまいります」と回答した。
まだ幕引きではない。
📝バスケ部顧問から転身の滝口新部長「頑張れる状況を自分でつくる」「環境があることに感謝する」チームに 広陵が再始動 ベンチ入りは初めて
https://news.yahoo.co.jp/articles/2d71fd7091d5906818c42dc870b648502204de28
「秋季高校野球・広島大会地区予選2回戦、広陵23-0油木」(30日、広陵グラウンド)
広陵が油木に大勝。五回コールドで31日の地区予選決勝に進出した。
広陵は全国高校野球選手権大会を暴力事案により、大会途中で出場辞退。その後、部員間の暴力行為、学校側の対応などに批判が相次いでいることを受け、中井哲之監督から34歳の松本健吾新監督に交代。部長もバスケットボール部顧問だった滝口貴夫氏が新たに就任した。
試合後、滝口新部長は「初めてベンチで野球を見ましたのでいろいろ感心させられることばかりでした」と感想。部長就任については「これはもう学校の運営方針ですので。それを受けたということです」と説明した。
新体制、新チームの初戦はテレビ局4社を含む、約20社の報道陣が集まるなど高い注目を集める中で迎えた。「それは昔から感じています。改めて野球の注目度の高さを感じました」とし、どんなチームにしたいかと問われると「種目を頑張れる状況を自分でつくるということに力を注ぐと。あとは環境があることに感謝することですね」と話した。
☟甲子園で注目された「誤審」問題に“現役審判”は何を思うのか…「一生懸命頑張っても、たたかれてしまう」
https://news.yahoo.co.jp/articles/0ed2037e6b8140e0ea4134d59d635fcff9091a4c?page=1
地方大会から甲子園まで盛り上がる夏の高校野球だが、近年、たびたび焦点が当たるのが審判の「誤審」問題だ。今夏の甲子園でも、注目を浴びた県岐阜商の試合などで物議をかもす判定があった。SNSで映像が拡散されさまざまな意見が飛び交い、果てには審判に中傷まがいの言葉まで投稿される「誤審」問題の根は深い。現役の審判はこの現状をどう感じているのか。“本音”を聞いた。
沖縄尚学の初優勝に沸いた今大会でも「誤審」騒動が起きた。準々決勝の県岐阜商業対横浜の一戦。まずは6回表の横浜の攻撃、一死満塁の場面。横浜の5番打者のセカンドゴロは、4-6-3の併殺が成立したかに見えたが、ファーストの足がベースから離れたと判定されセーフに。塁審のジャッジが遅く、ファーストが慌てて誰もいない本塁に送球するミスをおかし、2点を失った。
次は延長タイブレークとなった10回裏、県岐阜商の攻撃の場面だ。3点差を追いついて、なお一死一・三塁の場面。県岐阜商の代打が放った打球はライナーでライト線へ。ライトが打球に飛びついたが、捕球できず、打球はフェアーかファウルがギリギリの位置に落下。ファウルと判定され、サヨナラ勝ちとはならなかった。
筆者は偶然、ライトスタンド上段で観戦しており、6回の場面では「ジャッジが遅すぎる」とは感じた。周囲の観客も同じ声を上げる人はいたが、足が離れたかどうかは遠すぎて肉眼では確認できなかった。10回の場面も肉眼ではボールが落ちた位置は見えず、ジャッジに大きくどよめいただけで、「誤審」を疑う声は聞こえてこなかった。だが、試合直後から、この2つのプレーについて、判定を疑問視する映像がネットに多数投稿された。中には「ひどすぎる誤審」とタイトルがつけられた動画も。確かに6回はファーストの足が離れていないように見え、10回の場面でも、打球が落ちた直後に、ライン上に落ちたことを示す白い粉が舞っているように見える。この“疑惑”にコメントが殺到した。
《審判クソだな》
《小学生レベル》
などという、誤審と断定した手厳しいものから、
《そんなに横浜を勝たせたいのか》
《買収されてる》
という、あからさまな中傷もあった。
■高校野球の審判は「ボランティア」
地方大会から甲子園まで、こうした誤審騒動が起きるたびに、審判が心無い言葉にさらされる現実がある。
「われわれへの風当たりが厳しくなってきているとは感じています」そう本音を漏らすのは、関東のある県での大会や、甲子園大会で審判を長く務めている男性だ。
男性も、誤審だったかもしれない判定をした経験があるといい、「ジャッジした当人が誰よりも正しかったのかどうかを振り返っているはず。他の試合のジャッジを批評するつもりはありません」と前置きしつつ、こう話す。
「昔から、審判へのヤジはあったんです。審判になりたてのころは『どこ見てんだバカヤロー』なんて日常茶飯事でね。先輩から『自信を持ってジャッジしなさい。一番近くで見ているのは観客じゃなくて僕らなんだから』と言われていました。ただ、今は映像が発達した上に、そのプレーを切り取った動画がSNS一瞬で拡散されますから、『一番近く』にいるのは審判だけじゃなくなったような感覚にもなります。全国の観戦者やファンからなんでも言われてしまう厳しい時代になったなと思います」
高校野球の審判は、別に仕事を持っている事実上のボランティアが担っている。大きな大会ではわずかな日当や宿泊費が出ることもあるが、基本は交通費の支給だけ。有給休暇を使ってまで自分の時間をささげる審判もいるが、それも職場や家族の理解がなければ成り立たない話だ。近年は審判の減少に直面しており、特に20~30代で審判をやる人がどんどん少なくなってきている。さらに、何かあればSNSで批評にさらされるというリスクまで加わっている。前出の審判の男性はこう話す。
「審判たちはみんな高校野球が心から好きで、真摯に向き合っています。私自身、やってみた人にしか分からない、かけがえのない経験をしていると思っています。ですが、一生懸命頑張っても、『たたかれてしまうかもしれないボランティア』だというのも事実。SNSを気にしがちな若い世代に、『やりがい』だけでこの役目を引き継ぐのは、とても難しいことだと感じています」
大会を守っていくためには、審判の存在は欠かせない。負けたら終わりの夏の地方大会や甲子園で、誤審疑惑にファンが熱くなるのは分かるが、SNSで誹謗中傷が続けば、なり手がさらに減り審判の確保は難しくなってしまうだろう。投稿する前に、ちょっとだけ頭を冷やして考えてほしい問題である。
📝「甲子園より山梨、京都の方が」酷暑だが…34度台気温の対策は「採尿検査、処方された漢方」「練習はTシャツ+ハーパン」各校に聞いた実態
https://news.yahoo.co.jp/articles/79138b50691612b749c1565d5d7e802b130ead88
酷暑の中で行われた夏の甲子園。各校はどんな対策を施し、プロ野球のスカウトは有望選手をどう見つめたのか。現場取材記者がそれぞれの視点から聞いた。
“34度台の最高気温”もあった中で
聖地には魔物がいると言われる。夏の甲子園では、もう1つの見えない敵と戦わなければならない。それは、暑さだ。この難敵は年々、強烈さを増している。10年前、20年前とは比較にならないほどの酷暑は近年、議論を巻き起こしている。
1日4試合の開催もあった8月15日から21日にかけて、甲子園に近い兵庫県西宮市(西宮市役所)での最高気温は以下の通りで、いわゆる35度超の「猛暑日」に近い気温となる日もあった。
15日:34.1度
16日:32.9度
17日:32.8度
19日:33.0度
21日:34.0度
「夏の甲子園は開催方法を見直した方が良いのではないか」
開催時期を最も暑くなる8月からずらす案や会場をドーム球場にする案などが、高校野球ファンを中心に提案されている。真夏に屋外で試合をする競技は野球に限らない。屋内であっても風の影響を避ける競技では、サウナ状態でプレーせざるを得ないケースも少なくない。それでも、これほどまでに甲子園ばかり物議を醸すのは注目度の高さを表していると言える。
実際に甲子園でプレーする選手たちに話を聞くと、“外野”が騒ぐほど暑さは気にならないという。攻守が分かれている野球では攻撃中、打者や走者を除いて屋根のあるベンチで過ごす。氷嚢で体を冷やすことも、水分を補給することも自由にできる。学校のグラウンドで練習する普段の練習の方が、よほど暑さはきついと選手たちは口をそろえる。
採尿…水分量を数値化して感覚だけに頼らない
そうは言っても、甲子園出場校は大会期間中を含めて、熱中症対策を徹底した。こまめな水分や塩分の補給、首の後ろや手のひらの冷却といった一般的な方法はもちろん、各校はグラウンド内外で策を講じる。
甲子園を地元とする兵庫・東洋大姫路は今夏の兵庫大会前から、脱水状態を調べる検査を取り入れた。練習や食事のタイミングなどに採尿し、専用の機械で計測すると体内の水分量が数値化され、脱水の危険があるか分かるという。脱水のリスクが高まっていると判明した際は、水分や塩分を多めに取るように指導者が選手に促す。平野真吾部長は「数値を参考の1つとしながら、選手の表情や動きに普段と違いがないか観察しています」と説明する。東洋大姫路では体重やスイングスピードなど様々な要素を数値化する習慣がついており、暑さ対策でも感覚だけに頼らない。
試合中はアンダーシャツを頻繁に着替えたり、5回終了時に設けられるクーリングタイムで体を冷やし過ぎたりしないようにチームで共有した。今夏の甲子園では4試合を戦って、足をつる選手は1人もいなかった。
「たんぱく質」「Tシャツにハーパンで練習」
優勝した沖縄尚学は栄養面を重視している。基本的な熱中症対策は大前提として、伊志嶺大吾部長は「暑い場所で何か対策をするよりも、体に取り入れる普段の栄養を大事にしています」と話す。
特に大切にしているのは「たんぱく質」。日頃から、たんぱく質が多く含まれる食材を積極的に摂取する。甲子園入りしてからは滞在するホテルの協力を得て、たんぱく質が多く含まれている鶏ささみを補食として取っている。伊志嶺部長が語る。
「たんぱく質は水分を体に取り込んでおける性質があると聞いています。鶏ささみは体づくりの面でも筋肥大につながります。筋肉量を増やせば疲労を軽減できますし、効率良く出力して体への負担も小さくできます。体づくりが暑さ対策につながると考えています」
ベスト4入りした山梨学院は暑さで体調を崩す要因がコンディション不良にあると考え、夏場は疲れを蓄積させない工夫を凝らしている。練習の休養日をつくったり、Tシャツとハーフパンツ姿で打撃練習だけに限定したりする。山梨大会や甲子園に入るまでの期間は、夕方の練習を増やしたという。吉田健人部長は、こう話す。
「山梨は甲子園より暑いです。朝から丸一日使える日でも、気温が下がる時間帯から練習して選手への負担を軽減しました。疲労の蓄積によって熱中症にならないように心がけています」
処方された漢方を飲む学校も
甲子園に入ってからはホテル生活になる。涼しさに体が慣れるのを避けるため、部屋の空調は設定温度を下げ過ぎないように徹底した。朝食では味噌汁で塩分を補うなど、グラウンド外の過ごし方にも気を配った。
連覇を目指して準々決勝で敗退した京都国際は試合前、マグネシウムのサプリメントを摂取している。マグネシウムは足のつりに対する予防効果があると言われている。試合が午後の時間帯にかかる時は、高野連が準備しているおにぎりやゼリーなどを補食に活用する。中でも、シャーベット状の飲料「アイススラリー」は各校から好評だった。
京都国際は暑さの面で甲子園に問題を感じていない。今大会は初戦の健大高崎戦で足をつる選手が出たが、緊張が要因と捉えている。宮村貴大部長は「京都の方が暑いので、甲子園は風もあって動きやすいです。昨夏も初戦だけ足をつる選手がいました。しかも、ナイターだったので、暑さより緊張が原因だったと思っています」と話した。
初戦の中越戦で複数の選手が足をつった関東一は、選手が診療を受けた病院で処方された漢方を飲んだ。2回戦以降は普段通り選手はプレーした。初戦の緊張感が影響したとみられる。準々決勝で関東一との東京対決を制した日大三も以前から漢方を取り入れている(※編集注:トレーナーの方からの指摘があり、修正しました)。外部トレーナーの薦めで始めたもので、「他のチームより足をつる選手が少ない」と効果を感じていたという。
特に負担が大きい投手…仙台育英監督が語ったこと
大会終了後、大会本部は熱中症疑いの症状などについて、昨夏の106回大会と比較して「2025年夏=24件、2024年夏=58件」と発表した。地球温暖化の影響で、今後も夏の甲子園は暑さが厳しくなると予想される。選手の体への負担と憧れの甲子園でプレーする思い。2つを両立する道を模索することになる。そんな酷暑の環境下で特に負担が大きくなるのは、投手である。継投か続投かの判断を迫られる監督の立場では頭を悩ませることになるが――。
「(投手の健康状態を)かなり細かく管理しながらやっています」 こう語ったのは、仙台育英の須江航監督だった。
⚾岩手さんへ
なかなか地方の地区予選レベルでは速報はしてもらえないですね・・・。県高野連のHPで素早く結果を教えてくれると良いのですが。
広陵はきっちり2連勝しましたね。相手の力量が分かりませんが、普通に考えたら負ける要素のないレベルだったのかも?
県大会は有観客だろうし、完全アウエーの雰囲気かもしれないですね。その他の有力校の頑張りを見たい気もしますが、松本新監督の手腕が試されますね!
仮に来春センバツ出たらシレっと中井親子がベンチ入りしているかもしれませんが・・・・・。
ところで、三重県高野連HPみたら即日県大会の結果だけ書いてましたね。なぜかしら津東3-1津工の試合が四日市霞ヶ浦第3球場で開催と。僕の自宅からは霞ヶ浦まで片道4時間強かかりますが、津からだと1時間程度で行けるのかも!?
名張青峰は紀南高Gまで遠征して連合チームに6-7で競り負けて長い冬に突入ですか・・・。
和歌山では新人戦4強が決まり、それ以外は一次予選から這い上がるしかないですね。僕は行きませんが、和智弁も不在で負けたらセンバツ絶望なんで秋季一次予選は面白いですよ!昨秋は代表決定戦8時30分から4試合まとめて紀三井寺で開催したので19時30分頃まで堪能しました。
兵庫は13日開幕と少し遅いですが、鳥取遠征のために最短で20日からの観戦となります。
日高中津6ー1和歌山東・和 智 弁4-2向 陽
日高中津・智弁和歌山は二次予選出場決定!!
✌カトリーナこと加藤里奈、豊橋中央高の『アントニオ大喜地』実家すし店を訪問! 野球談議に花を咲かせる
https://news.yahoo.co.jp/articles/c5b27068f92fc681fde8e3c6990d2b5d2964b0d4
NHK名古屋放送局などと契約しているフリーのキャスターで、プロ野球・中日ドラゴンズとの関係も深い、愛称「カトリーナ」こと、加藤里奈キャスター(34)が31日までにインスタグラムを更新。今年の高校野球・夏の甲子園大会で話題となった豊橋中央高(愛知)の高橋大喜地投手(3年)の実家であるすし店「すし龍」を訪ね、同投手やその父親と野球談議に花を咲かせたことを明かした。
◆加藤里奈、豊橋中央高の『アントニオ大喜地』実家すし店を訪問【写真】
高橋投手はピンチになると、緊張を解きほぐすためアントニオ猪木の顔まねをすることで話題となった。加藤はこの日、ファイティングポーズで”猪木顔”の同投手と、その父親・勝由さんとの3ショットなどを載せ「生”アントニオ”見られて嬉しかったです 笑 大将(お父さん)とダブル」などと記した。
父・勝由さんも元高校球児。同県の強豪・愛工大名電高でプレーした。2学年上に米大リーグ・マリナーズなどで活躍し、殿堂入りもしたイチローさんがいる。話ははずみ、食事をしながらの滞在時間は2時間にも及んだという。大喜地投手には「猪木」の他にもベンチ内でやっているレパートリーがあることが発覚したという。
フォロワーからは「凄い行動力」「神出鬼没」などと”仕込み取材”がてらとはいえ豊橋まで遠征した加藤のフットワークの軽さを称賛する書き込みなどとともに、写真が1人だけ”猪木顔”になっていないことに触れ「顎できてないな」「恥ずかしがっていては駄目」「猪木になってないし(笑)」とのツッコミも多数あった。
この時の様子はCBCラジオ「カトリーナの全部全力!」でも放送。同番組は「RADIKO」(スマホやパソコンで番組が視聴できる無料サービス)でまだ視聴可能。
📝高校野球秋季県地区大会が閉幕 県大会は9月13日開幕、東洋大姫路など56校出場
https://www.kobe-np.co.jp/news/sports/koya/news/202508/0019411359.shtml
秋季兵庫県高校野球大会の地区大会は29日、阪神地区の2試合で全日程を終え、5ブロックを勝ち抜いた55校が出そろった。今夏の甲子園大会を戦った東洋大姫路を推薦校として加えた計56校が9月13日に開幕する県大会に出場する。
組み合わせ抽選は5日に加古川東高で行われる。上位3校は10月18日から、奈良県橿原市のさとやくスタジアムで開かれる近畿大会に進む。
💢“謝罪なし対応”の広陵高校野球部、推薦で入学予定だった有力選手たちが進路変更で大流出の危機 保護者は「力のある同級生が広陵への進学をやめると聞き、うちも…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/b11bf2c285158ca54178a1f0a29393ceab324e71
部員による暴力問題が発覚した広陵高校は8月21日、甲子園通算41勝を誇る中井哲之監督の交代を発表した。ただ、同校副校長で理事でもある中井氏は学校に籍を置き続けるかたちだ。
「学校として、とりあえず中井監督に責任を取らせました、という事態を収束させるための一時的措置のような気がしてしまいます。引責辞任だという発表もしなかったため、理事や副校長の立場で野球部に影響力を持ち続けるのでは……」
そう語るのは、集団暴行に遭ったA君の父親だ。A君をはじめ教え子に対する暴言やパワハラの疑いが持ち上がっている中井監督は謝罪の言葉を一言も発せず、ひとまず表舞台から姿を消した。こうした対応に、来春以降の入学予定者にも影響が出ているという。広陵OBのある中学野球指導者が話す。
「中井監督が今年の中学3年生世代で有望視していた選手が、今回の事件を受けて、広陵ではなく、隣県の強豪私学に進路を変更するようです。広島県内では、公立なら伝統校の広島商業、私立なら広島新庄や盈進、崇徳などが進学先に選ばれるケースが増えるでしょう」
今夏はベンチ入り20人のうち半数の10人が県外出身。「野球留学」の生徒は珍しくなかった。前出のOBが続ける。
「中国地方のある県では、広陵に推薦入試で入学する予定だった複数の現中学3年生が断わりの連絡を入れる意向のようです。別の強豪私立やこの夏の甲子園にも出場した関西の伝統校に進路を変更すると聞いています」
そのうちの1人の保護者は「力のある同級生が広陵への進学をやめる意向と聞き、戦力が心許なくなるので息子も進路変更すると思う」と語った。
広陵に尋ねると、「個別の進学や進路に関するご質問でもありますので、お答えしかねます。なお、誤解に基づく評価を受けている点については、正しくご理解をいただく努力をしてまいります。また、これまで及び今後の本校の取り組みについてもお知らせしてまいります」と回答した。
まだ幕引きではない。
📝バスケ部顧問から転身の滝口新部長「頑張れる状況を自分でつくる」「環境があることに感謝する」チームに 広陵が再始動 ベンチ入りは初めて
https://news.yahoo.co.jp/articles/2d71fd7091d5906818c42dc870b648502204de28
「秋季高校野球・広島大会地区予選2回戦、広陵23-0油木」(30日、広陵グラウンド)
広陵が油木に大勝。五回コールドで31日の地区予選決勝に進出した。
広陵は全国高校野球選手権大会を暴力事案により、大会途中で出場辞退。その後、部員間の暴力行為、学校側の対応などに批判が相次いでいることを受け、中井哲之監督から34歳の松本健吾新監督に交代。部長もバスケットボール部顧問だった滝口貴夫氏が新たに就任した。
試合後、滝口新部長は「初めてベンチで野球を見ましたのでいろいろ感心させられることばかりでした」と感想。部長就任については「これはもう学校の運営方針ですので。それを受けたということです」と説明した。
新体制、新チームの初戦はテレビ局4社を含む、約20社の報道陣が集まるなど高い注目を集める中で迎えた。「それは昔から感じています。改めて野球の注目度の高さを感じました」とし、どんなチームにしたいかと問われると「種目を頑張れる状況を自分でつくるということに力を注ぐと。あとは環境があることに感謝することですね」と話した。
☟甲子園で注目された「誤審」問題に“現役審判”は何を思うのか…「一生懸命頑張っても、たたかれてしまう」
https://news.yahoo.co.jp/articles/0ed2037e6b8140e0ea4134d59d635fcff9091a4c?page=1
地方大会から甲子園まで盛り上がる夏の高校野球だが、近年、たびたび焦点が当たるのが審判の「誤審」問題だ。今夏の甲子園でも、注目を浴びた県岐阜商の試合などで物議をかもす判定があった。SNSで映像が拡散されさまざまな意見が飛び交い、果てには審判に中傷まがいの言葉まで投稿される「誤審」問題の根は深い。現役の審判はこの現状をどう感じているのか。“本音”を聞いた。
沖縄尚学の初優勝に沸いた今大会でも「誤審」騒動が起きた。準々決勝の県岐阜商業対横浜の一戦。まずは6回表の横浜の攻撃、一死満塁の場面。横浜の5番打者のセカンドゴロは、4-6-3の併殺が成立したかに見えたが、ファーストの足がベースから離れたと判定されセーフに。塁審のジャッジが遅く、ファーストが慌てて誰もいない本塁に送球するミスをおかし、2点を失った。
次は延長タイブレークとなった10回裏、県岐阜商の攻撃の場面だ。3点差を追いついて、なお一死一・三塁の場面。県岐阜商の代打が放った打球はライナーでライト線へ。ライトが打球に飛びついたが、捕球できず、打球はフェアーかファウルがギリギリの位置に落下。ファウルと判定され、サヨナラ勝ちとはならなかった。
筆者は偶然、ライトスタンド上段で観戦しており、6回の場面では「ジャッジが遅すぎる」とは感じた。周囲の観客も同じ声を上げる人はいたが、足が離れたかどうかは遠すぎて肉眼では確認できなかった。10回の場面も肉眼ではボールが落ちた位置は見えず、ジャッジに大きくどよめいただけで、「誤審」を疑う声は聞こえてこなかった。だが、試合直後から、この2つのプレーについて、判定を疑問視する映像がネットに多数投稿された。中には「ひどすぎる誤審」とタイトルがつけられた動画も。確かに6回はファーストの足が離れていないように見え、10回の場面でも、打球が落ちた直後に、ライン上に落ちたことを示す白い粉が舞っているように見える。この“疑惑”にコメントが殺到した。
《審判クソだな》
《小学生レベル》
などという、誤審と断定した手厳しいものから、
《そんなに横浜を勝たせたいのか》
《買収されてる》
という、あからさまな中傷もあった。
■高校野球の審判は「ボランティア」
地方大会から甲子園まで、こうした誤審騒動が起きるたびに、審判が心無い言葉にさらされる現実がある。
「われわれへの風当たりが厳しくなってきているとは感じています」そう本音を漏らすのは、関東のある県での大会や、甲子園大会で審判を長く務めている男性だ。
男性も、誤審だったかもしれない判定をした経験があるといい、「ジャッジした当人が誰よりも正しかったのかどうかを振り返っているはず。他の試合のジャッジを批評するつもりはありません」と前置きしつつ、こう話す。
「昔から、審判へのヤジはあったんです。審判になりたてのころは『どこ見てんだバカヤロー』なんて日常茶飯事でね。先輩から『自信を持ってジャッジしなさい。一番近くで見ているのは観客じゃなくて僕らなんだから』と言われていました。ただ、今は映像が発達した上に、そのプレーを切り取った動画がSNS一瞬で拡散されますから、『一番近く』にいるのは審判だけじゃなくなったような感覚にもなります。全国の観戦者やファンからなんでも言われてしまう厳しい時代になったなと思います」
高校野球の審判は、別に仕事を持っている事実上のボランティアが担っている。大きな大会ではわずかな日当や宿泊費が出ることもあるが、基本は交通費の支給だけ。有給休暇を使ってまで自分の時間をささげる審判もいるが、それも職場や家族の理解がなければ成り立たない話だ。近年は審判の減少に直面しており、特に20~30代で審判をやる人がどんどん少なくなってきている。さらに、何かあればSNSで批評にさらされるというリスクまで加わっている。前出の審判の男性はこう話す。
「審判たちはみんな高校野球が心から好きで、真摯に向き合っています。私自身、やってみた人にしか分からない、かけがえのない経験をしていると思っています。ですが、一生懸命頑張っても、『たたかれてしまうかもしれないボランティア』だというのも事実。SNSを気にしがちな若い世代に、『やりがい』だけでこの役目を引き継ぐのは、とても難しいことだと感じています」
大会を守っていくためには、審判の存在は欠かせない。負けたら終わりの夏の地方大会や甲子園で、誤審疑惑にファンが熱くなるのは分かるが、SNSで誹謗中傷が続けば、なり手がさらに減り審判の確保は難しくなってしまうだろう。投稿する前に、ちょっとだけ頭を冷やして考えてほしい問題である。
📝「甲子園より山梨、京都の方が」酷暑だが…34度台気温の対策は「採尿検査、処方された漢方」「練習はTシャツ+ハーパン」各校に聞いた実態
https://news.yahoo.co.jp/articles/79138b50691612b749c1565d5d7e802b130ead88
酷暑の中で行われた夏の甲子園。各校はどんな対策を施し、プロ野球のスカウトは有望選手をどう見つめたのか。現場取材記者がそれぞれの視点から聞いた。
“34度台の最高気温”もあった中で
聖地には魔物がいると言われる。夏の甲子園では、もう1つの見えない敵と戦わなければならない。それは、暑さだ。この難敵は年々、強烈さを増している。10年前、20年前とは比較にならないほどの酷暑は近年、議論を巻き起こしている。
1日4試合の開催もあった8月15日から21日にかけて、甲子園に近い兵庫県西宮市(西宮市役所)での最高気温は以下の通りで、いわゆる35度超の「猛暑日」に近い気温となる日もあった。
15日:34.1度
16日:32.9度
17日:32.8度
19日:33.0度
21日:34.0度
「夏の甲子園は開催方法を見直した方が良いのではないか」
開催時期を最も暑くなる8月からずらす案や会場をドーム球場にする案などが、高校野球ファンを中心に提案されている。真夏に屋外で試合をする競技は野球に限らない。屋内であっても風の影響を避ける競技では、サウナ状態でプレーせざるを得ないケースも少なくない。それでも、これほどまでに甲子園ばかり物議を醸すのは注目度の高さを表していると言える。
実際に甲子園でプレーする選手たちに話を聞くと、“外野”が騒ぐほど暑さは気にならないという。攻守が分かれている野球では攻撃中、打者や走者を除いて屋根のあるベンチで過ごす。氷嚢で体を冷やすことも、水分を補給することも自由にできる。学校のグラウンドで練習する普段の練習の方が、よほど暑さはきついと選手たちは口をそろえる。
採尿…水分量を数値化して感覚だけに頼らない
そうは言っても、甲子園出場校は大会期間中を含めて、熱中症対策を徹底した。こまめな水分や塩分の補給、首の後ろや手のひらの冷却といった一般的な方法はもちろん、各校はグラウンド内外で策を講じる。
甲子園を地元とする兵庫・東洋大姫路は今夏の兵庫大会前から、脱水状態を調べる検査を取り入れた。練習や食事のタイミングなどに採尿し、専用の機械で計測すると体内の水分量が数値化され、脱水の危険があるか分かるという。脱水のリスクが高まっていると判明した際は、水分や塩分を多めに取るように指導者が選手に促す。平野真吾部長は「数値を参考の1つとしながら、選手の表情や動きに普段と違いがないか観察しています」と説明する。東洋大姫路では体重やスイングスピードなど様々な要素を数値化する習慣がついており、暑さ対策でも感覚だけに頼らない。
試合中はアンダーシャツを頻繁に着替えたり、5回終了時に設けられるクーリングタイムで体を冷やし過ぎたりしないようにチームで共有した。今夏の甲子園では4試合を戦って、足をつる選手は1人もいなかった。
「たんぱく質」「Tシャツにハーパンで練習」
優勝した沖縄尚学は栄養面を重視している。基本的な熱中症対策は大前提として、伊志嶺大吾部長は「暑い場所で何か対策をするよりも、体に取り入れる普段の栄養を大事にしています」と話す。
特に大切にしているのは「たんぱく質」。日頃から、たんぱく質が多く含まれる食材を積極的に摂取する。甲子園入りしてからは滞在するホテルの協力を得て、たんぱく質が多く含まれている鶏ささみを補食として取っている。伊志嶺部長が語る。
「たんぱく質は水分を体に取り込んでおける性質があると聞いています。鶏ささみは体づくりの面でも筋肥大につながります。筋肉量を増やせば疲労を軽減できますし、効率良く出力して体への負担も小さくできます。体づくりが暑さ対策につながると考えています」
ベスト4入りした山梨学院は暑さで体調を崩す要因がコンディション不良にあると考え、夏場は疲れを蓄積させない工夫を凝らしている。練習の休養日をつくったり、Tシャツとハーフパンツ姿で打撃練習だけに限定したりする。山梨大会や甲子園に入るまでの期間は、夕方の練習を増やしたという。吉田健人部長は、こう話す。
「山梨は甲子園より暑いです。朝から丸一日使える日でも、気温が下がる時間帯から練習して選手への負担を軽減しました。疲労の蓄積によって熱中症にならないように心がけています」
処方された漢方を飲む学校も
甲子園に入ってからはホテル生活になる。涼しさに体が慣れるのを避けるため、部屋の空調は設定温度を下げ過ぎないように徹底した。朝食では味噌汁で塩分を補うなど、グラウンド外の過ごし方にも気を配った。
連覇を目指して準々決勝で敗退した京都国際は試合前、マグネシウムのサプリメントを摂取している。マグネシウムは足のつりに対する予防効果があると言われている。試合が午後の時間帯にかかる時は、高野連が準備しているおにぎりやゼリーなどを補食に活用する。中でも、シャーベット状の飲料「アイススラリー」は各校から好評だった。
京都国際は暑さの面で甲子園に問題を感じていない。今大会は初戦の健大高崎戦で足をつる選手が出たが、緊張が要因と捉えている。宮村貴大部長は「京都の方が暑いので、甲子園は風もあって動きやすいです。昨夏も初戦だけ足をつる選手がいました。しかも、ナイターだったので、暑さより緊張が原因だったと思っています」と話した。
初戦の中越戦で複数の選手が足をつった関東一は、選手が診療を受けた病院で処方された漢方を飲んだ。2回戦以降は普段通り選手はプレーした。初戦の緊張感が影響したとみられる。準々決勝で関東一との東京対決を制した日大三も以前から漢方を取り入れている(※編集注:トレーナーの方からの指摘があり、修正しました)。外部トレーナーの薦めで始めたもので、「他のチームより足をつる選手が少ない」と効果を感じていたという。
特に負担が大きい投手…仙台育英監督が語ったこと
大会終了後、大会本部は熱中症疑いの症状などについて、昨夏の106回大会と比較して「2025年夏=24件、2024年夏=58件」と発表した。地球温暖化の影響で、今後も夏の甲子園は暑さが厳しくなると予想される。選手の体への負担と憧れの甲子園でプレーする思い。2つを両立する道を模索することになる。そんな酷暑の環境下で特に負担が大きくなるのは、投手である。継投か続投かの判断を迫られる監督の立場では頭を悩ませることになるが――。
「(投手の健康状態を)かなり細かく管理しながらやっています」 こう語ったのは、仙台育英の須江航監督だった。
⚾岩手さんへ
なかなか地方の地区予選レベルでは速報はしてもらえないですね・・・。県高野連のHPで素早く結果を教えてくれると良いのですが。
広陵はきっちり2連勝しましたね。相手の力量が分かりませんが、普通に考えたら負ける要素のないレベルだったのかも?
県大会は有観客だろうし、完全アウエーの雰囲気かもしれないですね。その他の有力校の頑張りを見たい気もしますが、松本新監督の手腕が試されますね!
仮に来春センバツ出たらシレっと中井親子がベンチ入りしているかもしれませんが・・・・・。
ところで、三重県高野連HPみたら即日県大会の結果だけ書いてましたね。なぜかしら津東3-1津工の試合が四日市霞ヶ浦第3球場で開催と。僕の自宅からは霞ヶ浦まで片道4時間強かかりますが、津からだと1時間程度で行けるのかも!?
名張青峰は紀南高Gまで遠征して連合チームに6-7で競り負けて長い冬に突入ですか・・・。
和歌山では新人戦4強が決まり、それ以外は一次予選から這い上がるしかないですね。僕は行きませんが、和智弁も不在で負けたらセンバツ絶望なんで秋季一次予選は面白いですよ!昨秋は代表決定戦8時30分から4試合まとめて紀三井寺で開催したので19時30分頃まで堪能しました。
兵庫は13日開幕と少し遅いですが、鳥取遠征のために最短で20日からの観戦となります。
一球速報で秋季岩手県地区予選の試合結果はやはり分からないな?
岩手県内の試合結果はね?
山形、秋田は出ているのに、明日地域新聞は休みなので、公共施設の岩手日報で確認してみる。
勝つ確率は限りなくゼロですが、万が一を信じて眠ります!
岩手県内の試合結果はね?
山形、秋田は出ているのに、明日地域新聞は休みなので、公共施設の岩手日報で確認してみる。
勝つ確率は限りなくゼロですが、万が一を信じて眠ります!
⚾今日の和歌山大会会新人戦試合結果(6日目 準々決勝 紀三井寺球場)
市和歌山5-2耐 久・高 野 山4-2田 辺(11回タイブレーク)
市和歌山・高野山は二次予選出場決定!!
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(7日目 準々決勝 紀三井寺球場)
09:00~ 日高 中津ー和歌 山東
☆ 11:30~ 向 陽 -智弁和歌山
💢「複数箇所を叩打され、意識消失…」広陵野球部のウソを暴く“暴行診断書”「右半身麻痺・感覚障害で入院と書かれ…」《広陵暴力問題の闇》
https://news.yahoo.co.jp/articles/ae93a30e4a39a43addc571c0220f8e514ea05437?page=1
「広陵が文春に対して出した声明は、僕が告発した野球部での暴力事案が、いかにも“でっちあげ”であるかのように思わせる内容でした。でも本当は違う。今回、この『診断書』を公開することにしたのも、僕の告発が実体験に基づくものだと証明するためです」
こう話すのは、かつて同校野球部で暴行の被害に遭い、右半身麻痺に陥ったAさんだ。「週刊文春」は8月16日、「 広陵高校野球部・元部員の衝撃告白 」と題した記事(第1弾)を電子版で公開。2015年9月に同校野球部の1年生だったAさんが複数の上級生部員から暴力を振るわれ、意識を失って搬送された末に右半身麻痺に陥り、一時的に車椅子生活を余儀なくされた――という凄惨な体験の告発だった。Aさんは2016年1月にも部内での集団暴行に遭い、その後、同校から転校した。2016年1月の件は当時も表沙汰となり、広陵は高野連から「対外試合禁止1カ月」の処分を受けていた。
広陵は“右半身麻痺事案”を完全否定
同記事が公開された直後、広陵高校は公式ホームページを更新。「A氏が怪我をされた事象に関する本校から文藝春秋社への回答の概要を別紙のとおり公表させていただきます」として、声明を発表した。スポーツ紙記者が語る。
「広陵は冒頭で『A氏が「2015年秋頃に野球部内での集団暴行に遭った」という事実はありません』と言い切り、文春が指摘した“右半身麻痺事案”を完全否定しました。広陵の説明によると、A氏は夜間の自主練習中に部室の鉄製の重いドアで頭を打ち、救急車で搬送されたとのこと。あくまで『偶発的な事故』であると結論づけ、そのため高野連にも報告していないと明かしました」
同校の声明は、強い言葉でAさんの告発を否定するものだった。声明文には以下のような一文も含まれている。
〈今般貴誌からこの件についてお問い合わせをいただいたこともあり、当時在職していたコーチら、当時の外部トレーナー及び連絡をとることができる当時の部員らに再度確認を行いましたが、上記のとおり当時把握した事実経過に間違いありません〉
あらためて記事掲載までの経緯を振り返ると、「週刊文春」が広陵に質問状を送付したのは8月9日のこと。その翌日、同校が夏の甲子園からの辞退を発表。そして同月12日、代理人弁護士を通じて、同校からの回答があった。
当事者であるAさんには一切問い合わせず
その後、「週刊文春」はAさんの父や当時を知る教員らに追加取材を重ね、同月16日に記事を公開。広陵は即座に「声明」を発表して火消しを図ったが、この間、当事者であるAさんらには一切の問い合わせがなかったという。
「広陵野球部の隠蔽体質を象徴するかのような声明文でした。近しい人たちの間で口裏を合わせ、暴力事件は『なかったこと』として処理されるんです。でも、2015年のケースは僕が被害者なわけだから、僕に一切問い合わせもしないで、周りのスタッフの証言から『暴力はなかった』と断言するのは、明らかにおかしい。僕としては、告発記事が出た直後に完全否定されたことで、自分が嘘つき呼ばわりされた気分だった。そこで今回、僕が入院した時の診断書をお見せすることにしたのです」(Aさん)
広陵の否定声明を受け、Aさんは当時入院していた「県立広島病院」が持つ当時の記録を確認すべく、診断書の再発行を依頼していた。8月21日付で再発行された医師の診断書には、次のような文言が記されている。
〈2015年9月19日複数箇所を叩打された後に意識消失、右半身麻痺・感覚障害を呈し入院。検査上は異常所見はないが症状は残存しており、精神的な要因により生じた解離性運動障害・感覚障害と診断した。2015年9月19日から2015年10月6日までの入院加療を行った〉
「隠蔽体質とも言える部内での調査には限界が」
この内容を踏まえて、Aさんが憤る。「診断書に『複数箇所を叩打された』と書いてある通り、広陵が主張する『部室のドアで頭を打った』という言い分は、全くのデタラメです。しかし、野球部内ではあたかもそれが“事実”であるかのように処理されているのでしょう。現在も複数の元部員が暴力被害を告発していますが、隠蔽体質とも言える部内での調査には限界があるのでは」
広陵高校は8月27日、元部員のBくんが被害を告発して“広陵大炎上”の発火点となった 今年1月の暴力事案 (第4弾)について、第三者委員会を設置して再調査することを決めた。同校では別の元部員Cくんからも昨年の被害の申告があり、6月にも第三者委が設置されている。そのため、今後は計2件について、警察や第三者による調査が実施される運びだ。
今回新たに判明した診断書の内容を踏まえると、少なくとも10年前にAさんが経験した事案について、同校内での調査・報告に疑義があることは明らか。第三者の視点によって、野球部の“悪しき伝統”が一掃されることを願いたい。
📝《夏の甲子園》低反発バット=飛ばないは幻想か「芯に当たれば飛ぶ」「振り切る選手が多くなった」取材記者が聞いた球児と監督のホンネ
https://news.yahoo.co.jp/articles/f23d550eed6b8f798bdb8049b27c64ad1fec9103
2025年夏の甲子園は「飛ばない」と言われる新基準バット2年目に対応した球児の姿が多く見受けられる。選手・監督は実際にどう感じているか、現場の声を聴いてみた。
「数年あれば新しいバットに順応」予想を上回った
1年半前に聞いた言葉が現実になっている。しかも、高校球児の対応力は予測を上回った。
「2、3年後にはバットに慣れて、以前のような打球に戻ると思いますよ」
新基準の低反発バットが導入された昨春のセンバツ、選手たちの打球は明らかに飛距離が落ちていた。ボテボテの内野ゴロが急増し、外野の頭を越える打球は激減した。ただ、センバツに出場した複数の監督たちは「数年あれば選手が新しいバットに順応する」と予想していた。球児たちが低反発バットを操れるようになるまで、3年も必要なかった。今夏の甲子園では、大会第9日の第1試合で仙台育英の高田庵冬が大会第7号の本塁打を記録し、早くも昨夏の通算本数に並んだ。
日大三と高川学園の3回戦は、“飛ばないバット”を使っていることを忘れさせる打球が飛び交った。1回表1死一、三塁から高川学園の4番・遠矢文太が放った鋭いライナーは、あっという間に外野に達した。深い守備位置を取っていた中堅手の前で弾む先制打となる。
その裏、日大三は1点を勝ち越して、さらに2死一塁で6番・竹中秀明が打席に入る。カウント2ボール2ストライクから左翼線への二塁打でチャンスを広げる。続く安部翔夢は初球を捉えると、左翼手の頭を越える三塁打。スコアボード上の旗はなびいていない。風の力を借りることなく、フェンス手前まで打球を運んだ。
芯に当たれば以前と同じように飛ぶ
安部が会心の一打を振り返る。「甘い球は初球から狙っていました。しっかりとバットを振り抜けたので、外野手の頭を越える打球を打つことができました」
強打と評される日大三ではスイングスピードの向上をテーマに、冬場はバットを振り込んできたという。スイングが速くなれば、より長く投球を見ることができるため、バットの芯に当てる確率を高められる考え方だ。冬の苦労は春に成果として表れた。昨秋と比べて、バットの芯で捉える確率が上がった。そして、「低反発バットは打球が飛ばない」というイメージが払拭された。安部は言う。
「バットの芯に当たれば、以前のバットと同じように打球が飛ぶと実感しました。低反発バットに慣れて、飛ばないバットを使っている意識はなくなりました」
安部は自身やチームメートだけではなく、他の高校も低反発バットへの対応力が上がってきたと感じている。三塁の守備をしていてもボテボテの打球が減り、速い打球が増えたと話す。各打者のスイングについても、「バットに当てにくるのではなく、振り切る選手が多くなったと感じています」と口にする。
「低反発バット=飛ばない」という意識に変化が
低反発バットが導入されたばかりの頃と比べ、打者の技術がレベルアップしていることから、今夏の甲子園では各校の守備位置も昨年の春や夏から変化している。内野手や外野手が定位置より極端に前を守る場面は、ほとんどない。
特に、昨年は2死二塁の守備で外野手が大幅に前進するケースが頻繁に見られた。外野手の頭の上を越えられる可能性は低いと考え、右翼手はライトゴロを狙える位置まで前に出るチームも多かった。今大会は低反発バット採用前の前進守備と変わらなくなり、2死二塁からの安打で1点入るシーンが増えている。
この試合は日大三、高川学園ともに2桁安打を記録した。両校の4番は初戦で本塁打を放っている。高川学園も「低反発バット=飛ばない」という意識に変化が生まれているという。
〈つづく〉
📝体重50~60キロ台でも“飛ばないバット”でも甲子園優勝校と打ち合える…「なでるスイングではなく」「つないでいけば」胸を張った敗戦校
https://news.yahoo.co.jp/articles/8116f9e27538d57070ec7f2be50c75fe452208d0?page=1
当てに行く、なでるスイングでは飛びません
低反発バットが導入されて2年目、夏の甲子園は昨年よりも強い打球が飛んでいる印象がある。高川学園は甲子園優勝経験校である日大三との3回戦で4-9と敗れたとはいえ、10安打を放った。松本祐一郎監督は、このように語っている。
「選手が低反発バットに慣れてきた部分もありますし、低反発バットのおかげで打撃の技術が向上してきたと感じています。力任せに振っても安打は出ない。バットの芯に当てないと打球が飛ばないと分かったので、取り組み方や考え方は変わりました」
高川学園では冬の期間、バットを強く振る意識を徹底してスイングを重ねた。春になってからはスイングの軌道やタイミングの取り方に重点を置き、打球の強さを磨いてきた。松本監督は、こう話す。
「当てに行くスイング、なでるスイングでは打球が飛びません。野球は道具を操作するスポーツなので、そのために必要な技術を選手それぞれの特徴に合わせて指導していく必要があると考えています。その部分では結果を出せたので、継続していきたいです」
高川学園は今大会初戦の未来富山戦で13安打8得点を記録。2試合で計23安打をマークした。それでも全国的な強豪に対して、松本監督はこんな印象を抱いていた。
「相手は強打の日大三だったので1イニングで一気に得点する作戦に出ましたが、点数を取り切れませんでした。日大三の打線には、どの打順からでも点が取れる脅威を感じました」
打ち合いを制することはできなかったとはいえ、聖地で低反発バットへの対応に確かな手応えを得た。
昨夏優勝校に肉薄した尽誠学園の場合は…
甲子園優勝経験校に敗れながらも、「飛ばない」とされる新規格バットでの打撃に一定の手ごたえを得たチームはほかにもある。9年ぶりに夏の甲子園に帰ってきた尽誠学園は、チャンスで一気に畳みかける攻撃スタイルを最後まで貫き、昨夏の優勝校・京都国際をあと一歩のところまで追いつめた。チームを指揮する西村太監督は、勝負には敗れても誇らしげだった。
「選手たちは、よくやってくれました。ナイスゲームで感謝しかありません。リードを守りきれなかった悔しさはありますが、相手の粘りが上でした」
1点を追う5回、尽誠学園は単打と2つの四球で2死満塁のチャンスをつくる。打席には、エースで4番の広瀬賢汰。カウント2ボール1ストライクから、速球を右翼前に運ぶ。走者2人が還って逆転に成功した。しかし、8回に試合をひっくり返されると、6回から2番手で登板した京都国際のエース・西村一毅投手を攻略できずに2-3で敗れた。連覇を狙う相手からの“金星”は逃したとはいえ、尽誠学園は目指す方向性が正しかったと証明した。
2アウトからでも得点できる雰囲気が
尽誠学園は今大会、初戦で東大阪大柏原に3-0で勝利した。決勝で大阪桐蔭を破るなど激戦の大阪を勝ち抜いた強豪相手に、数少ないチャンスを得点につなげた。この試合が動いたのは5回裏だった。尽誠学園は2死から9番・奥一真が二塁打を放つと、1番打者は申告敬遠で一塁に歩く。続く木下立晴が、左翼手の前にしぶとく打球を落として先制した。さらに四球を挟んで、広瀬の適時打で2点を追加。この回に挙げた3点を守り切った。
尽誠学園は香川大会でも、少ないチャンスを得点につなげてきた。甲子園切符をつかむまでの5試合で計38安打、35得点。いかに効率良く得点しているかが分かる。決勝の英明戦では、1回に2死から3番・生田大悟が安打で出塁し、そこから一挙5点を奪った。準決勝の観音寺一との一戦でも、5回に3点、6回に2点と1イニング複数得点で勝利した。生田はこう話す。
「チームには2アウトからでも得点できる雰囲気があります。1年を通して、2アウトからでもつなぐ意識を徹底してきました」
そのつなぐ意識が文字通り「打線」となり、複数得点のイニングをつくり出している。打線を途切れさせないため、尽誠学園の選手たちが心掛けるのは「役割」と「粘り」。例えば、2番の木下は自身の役割について、こう自覚している。
「自分は足が武器なので、足を生かせるように逆方向へ強い打球を意識しています。クリーンアップに回せば、自分をホームに還してくれると信頼しています」
つないでつないでいくことが大きな得点に
クリーンアップの一角を担う3番・生田は状況に応じて、チャンスメーカーとポイントゲッターの役割を使い分ける。走者がいない場面で打席に立った時は出塁にこだわり、走者がいれば「自分が決めるつもりで打席に入る」という。
「ランナーがいない時は狙い球を絞って投球を見極め、チャンスでは球種を問わず初球から振っていきます。ただ、後ろに(広瀬)賢汰がいるので、冷静さは失わずに大振りせず、次につなぐ打撃は忘れないようにしています。賢汰に回せば、複数得点のチャンスが広がりますから」
木下が犠打、生田が四球でつないで広瀬が走者を還した京都国際戦の得点シーンは、まさに理想の攻撃だった。この得点を呼び込んだのは、各打者の打席での粘りだ。低めのボール球に手を出さないように見極め、厳しい球はファウルにして四球を選んだり、安打にできる球を待ったりする。
1回の攻撃は無得点に終わったものの、京都国際の先発・酒谷佳紀投手に27球を投げさせた。簡単にはアウトにならない攻撃が相手に少しずつダメージを与え、チャンスと見たら一気に襲いかかる。生田は「チームとして、1点だけで終わらずに残りのランナーを還す意識を強く持っています。つないでつないでいくことで、結果的に大きな得点になっていきます」と語る。
体重50~60キロ台が多い打線でも戦える
この攻撃スタイルは、選手の体が決して大きくなくても全国トップレベルのチームと対等に戦えることを示した。尽誠学園のスタメンで身長が180センチを超えているのは、1番打者の金丸淳哉選手しかいない。しかも、金丸は186センチ、71キロと線は細い。体重が最も重いのは投打の要・広瀬の78キロで、50キロ台または60キロ台の選手が数多かった。強豪校にパワーでは劣る分、小技を絡めながら「つなぎの徹底」に活路を見出した。
優勝候補の撃破は達成できなかった。それでも、西村監督の表情は充実感に満ちていた。
「きょうも2アウトで1本出て得点につなげられました。取り組んできたことは間違っていなかったと思います」
選手たちも指揮官と思いは同じ。試合後の取材に応じるナインに涙はなく、真っすぐ前を向いていた。
💢決勝戦でも疑惑が… 夏の甲子園“誤審”でSNS炎上も「情実判定は消えない」と言われるワケ
https://news.yahoo.co.jp/articles/008623e38476920bf408dffb1eb7387dd703416e
ことごとく横浜びいきの判定
広島・広陵高校の出場辞退という不祥事に揺れた甲子園は、地元出身選手が躍動する沖縄尚学の優勝でハッピーエンドと相成った。
だが一方で、これほど誤審が話題となった大会もなかったのではないか。「特に、準々決勝の県岐阜商対横浜戦はひどかった」とスポーツライターが首をすくめる。
「当ててないのにデッドボールにされたり、併殺のはずが打者走者セーフとなって2者が生還したり、ライト線上に落ちたヒットがファウルとされたり、ことごとく横浜びいきの判定で、“そこまで横浜に勝たせたいか”とあきれました」
県岐阜商が勝利したから大きな騒ぎにならなかったものの、ネット上では検証動画が出回り、批判の声も上がった。
「高校野球の審判の技術がプロと比べて拙いことは確かですが、アマ野球は想像以上にしがらみでがんじがらめになっている。まして、選手や監督の人生が決まる甲子園の大舞台。情実判定が消えることはないですよ」
決勝戦でも“疑惑”が
西東京・日大三高との決勝戦でも物議をかもした判定があった。7回表、沖尚打者がいったんは三振と判定されるも、アピールして死球に覆った。が、巷に出回る動画ではグリップエンドに当たったようにも見える。つまり“誤審”が疑われるわけだ。
球審は、日大三高監督にこそ伝令を通じて説明したが、観衆のことは放ったらかし。“審判の判定は絶対”と教育しているであろう監督や選手たちは矛を収めたが、あらゆる角度から動画を撮影しているのは観衆だ。彼らの一部が納得しなければ、動画が拡散され炎上するのは必定である。
「この回、日大三高の投手が踏ん張って零封したから大事に至らなかったものの、これが勝敗を左右していたら、たたかれるのは審判団。監督に説明が必要なほど微妙な判定なら、入場料を払っている観衆に向けても場内アナウンスすべきではないでしょうか」
ビデオ判定導入は「今すぐ可能」
課題は他にもある。「MLBやプロ野球のように、高校野球もビデオ判定を導入すべきでは。少なくとも甲子園は技術的に今すぐ可能です。審判の威厳を損なうものでないどころか、むしろ審判を誹謗中傷から守ってくれます」
昔から誤審はあり、多くは忘れ去られてきた。だが、SNSが浸透した現代では、消えるどころか拡散される。隠蔽しても白日の下にさらされる部内暴力事件と同様、誤審問題もまた時代に見合った対策が求められよう。
⚾岩手さんへ
そうなんですね。春や秋は県に違ってトーナメント一本化や地区でリーグ戦を行った後に県大会など方針が違いますね。
特に新チームは連合チームが増加する傾向にあると思いますが、来春入部する選手が1人でも多く入って単独で試合が出れるチームが増えると良いのですが、、、
さて、環太平洋大ですが野村監督が今も采配してましたね。3塁コーチャーズボックスに入ってましたが、ずいぶん腹回りが大きかった印象を受けました。
校旗は創志学園と同じでしたね。長澤監督が神村を解任されてから環太平洋大の監督をされていたようだし、スタンドでは第2試合の両チームのみ太鼓1つの口ラッパ応援でしたが、ブラスバンドが来たらかなり上手いですよ!!
東亜大は下関国際の近所にあるらしいですね。広島文化学園大は尾道商や市立呉で甲子園に出た中村監督が当時80歳だった三原監督が選手に暴力を奮って解任された後釜に据えられましたが、ここも以前の明豊よろしくおじいちゃん監督が好みのようで、、、、、4点目をスクイズで取りに行ったり果敢に盗塁を仕掛け、最後は6点差で迎えた8回表2死無走者から8番が四球で出塁すると、追い込まれてから9番にエンドランを仕掛け鮮やかに1・2塁間をゴロで突破しランナー1・3塁と好機を広げコールドを決定づける采配でしたね。
全国の大学野球レベルは全く分からないのでなんともですが、とにかく守備のレベルは相対的に高いですね。外野手が長打コースの打球を何度もダイビングキャッチしていたし、内野手の肩が強くなおかつスローイングも正確なんで高校時代は完全に無名選手でも迫力はありました。
甲子園の3塁内野席で4試合3900円+手数料165円を考えたら、マスカット自由席500円で再入場可能を考えると交通費は高いですが、お得感ありましたね!!
市和歌山5-2耐 久・高 野 山4-2田 辺(11回タイブレーク)
市和歌山・高野山は二次予選出場決定!!
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(7日目 準々決勝 紀三井寺球場)
09:00~ 日高 中津ー和歌 山東
☆ 11:30~ 向 陽 -智弁和歌山
💢「複数箇所を叩打され、意識消失…」広陵野球部のウソを暴く“暴行診断書”「右半身麻痺・感覚障害で入院と書かれ…」《広陵暴力問題の闇》
https://news.yahoo.co.jp/articles/ae93a30e4a39a43addc571c0220f8e514ea05437?page=1
「広陵が文春に対して出した声明は、僕が告発した野球部での暴力事案が、いかにも“でっちあげ”であるかのように思わせる内容でした。でも本当は違う。今回、この『診断書』を公開することにしたのも、僕の告発が実体験に基づくものだと証明するためです」
こう話すのは、かつて同校野球部で暴行の被害に遭い、右半身麻痺に陥ったAさんだ。「週刊文春」は8月16日、「 広陵高校野球部・元部員の衝撃告白 」と題した記事(第1弾)を電子版で公開。2015年9月に同校野球部の1年生だったAさんが複数の上級生部員から暴力を振るわれ、意識を失って搬送された末に右半身麻痺に陥り、一時的に車椅子生活を余儀なくされた――という凄惨な体験の告発だった。Aさんは2016年1月にも部内での集団暴行に遭い、その後、同校から転校した。2016年1月の件は当時も表沙汰となり、広陵は高野連から「対外試合禁止1カ月」の処分を受けていた。
広陵は“右半身麻痺事案”を完全否定
同記事が公開された直後、広陵高校は公式ホームページを更新。「A氏が怪我をされた事象に関する本校から文藝春秋社への回答の概要を別紙のとおり公表させていただきます」として、声明を発表した。スポーツ紙記者が語る。
「広陵は冒頭で『A氏が「2015年秋頃に野球部内での集団暴行に遭った」という事実はありません』と言い切り、文春が指摘した“右半身麻痺事案”を完全否定しました。広陵の説明によると、A氏は夜間の自主練習中に部室の鉄製の重いドアで頭を打ち、救急車で搬送されたとのこと。あくまで『偶発的な事故』であると結論づけ、そのため高野連にも報告していないと明かしました」
同校の声明は、強い言葉でAさんの告発を否定するものだった。声明文には以下のような一文も含まれている。
〈今般貴誌からこの件についてお問い合わせをいただいたこともあり、当時在職していたコーチら、当時の外部トレーナー及び連絡をとることができる当時の部員らに再度確認を行いましたが、上記のとおり当時把握した事実経過に間違いありません〉
あらためて記事掲載までの経緯を振り返ると、「週刊文春」が広陵に質問状を送付したのは8月9日のこと。その翌日、同校が夏の甲子園からの辞退を発表。そして同月12日、代理人弁護士を通じて、同校からの回答があった。
当事者であるAさんには一切問い合わせず
その後、「週刊文春」はAさんの父や当時を知る教員らに追加取材を重ね、同月16日に記事を公開。広陵は即座に「声明」を発表して火消しを図ったが、この間、当事者であるAさんらには一切の問い合わせがなかったという。
「広陵野球部の隠蔽体質を象徴するかのような声明文でした。近しい人たちの間で口裏を合わせ、暴力事件は『なかったこと』として処理されるんです。でも、2015年のケースは僕が被害者なわけだから、僕に一切問い合わせもしないで、周りのスタッフの証言から『暴力はなかった』と断言するのは、明らかにおかしい。僕としては、告発記事が出た直後に完全否定されたことで、自分が嘘つき呼ばわりされた気分だった。そこで今回、僕が入院した時の診断書をお見せすることにしたのです」(Aさん)
広陵の否定声明を受け、Aさんは当時入院していた「県立広島病院」が持つ当時の記録を確認すべく、診断書の再発行を依頼していた。8月21日付で再発行された医師の診断書には、次のような文言が記されている。
〈2015年9月19日複数箇所を叩打された後に意識消失、右半身麻痺・感覚障害を呈し入院。検査上は異常所見はないが症状は残存しており、精神的な要因により生じた解離性運動障害・感覚障害と診断した。2015年9月19日から2015年10月6日までの入院加療を行った〉
「隠蔽体質とも言える部内での調査には限界が」
この内容を踏まえて、Aさんが憤る。「診断書に『複数箇所を叩打された』と書いてある通り、広陵が主張する『部室のドアで頭を打った』という言い分は、全くのデタラメです。しかし、野球部内ではあたかもそれが“事実”であるかのように処理されているのでしょう。現在も複数の元部員が暴力被害を告発していますが、隠蔽体質とも言える部内での調査には限界があるのでは」
広陵高校は8月27日、元部員のBくんが被害を告発して“広陵大炎上”の発火点となった 今年1月の暴力事案 (第4弾)について、第三者委員会を設置して再調査することを決めた。同校では別の元部員Cくんからも昨年の被害の申告があり、6月にも第三者委が設置されている。そのため、今後は計2件について、警察や第三者による調査が実施される運びだ。
今回新たに判明した診断書の内容を踏まえると、少なくとも10年前にAさんが経験した事案について、同校内での調査・報告に疑義があることは明らか。第三者の視点によって、野球部の“悪しき伝統”が一掃されることを願いたい。
📝《夏の甲子園》低反発バット=飛ばないは幻想か「芯に当たれば飛ぶ」「振り切る選手が多くなった」取材記者が聞いた球児と監督のホンネ
https://news.yahoo.co.jp/articles/f23d550eed6b8f798bdb8049b27c64ad1fec9103
2025年夏の甲子園は「飛ばない」と言われる新基準バット2年目に対応した球児の姿が多く見受けられる。選手・監督は実際にどう感じているか、現場の声を聴いてみた。
「数年あれば新しいバットに順応」予想を上回った
1年半前に聞いた言葉が現実になっている。しかも、高校球児の対応力は予測を上回った。
「2、3年後にはバットに慣れて、以前のような打球に戻ると思いますよ」
新基準の低反発バットが導入された昨春のセンバツ、選手たちの打球は明らかに飛距離が落ちていた。ボテボテの内野ゴロが急増し、外野の頭を越える打球は激減した。ただ、センバツに出場した複数の監督たちは「数年あれば選手が新しいバットに順応する」と予想していた。球児たちが低反発バットを操れるようになるまで、3年も必要なかった。今夏の甲子園では、大会第9日の第1試合で仙台育英の高田庵冬が大会第7号の本塁打を記録し、早くも昨夏の通算本数に並んだ。
日大三と高川学園の3回戦は、“飛ばないバット”を使っていることを忘れさせる打球が飛び交った。1回表1死一、三塁から高川学園の4番・遠矢文太が放った鋭いライナーは、あっという間に外野に達した。深い守備位置を取っていた中堅手の前で弾む先制打となる。
その裏、日大三は1点を勝ち越して、さらに2死一塁で6番・竹中秀明が打席に入る。カウント2ボール2ストライクから左翼線への二塁打でチャンスを広げる。続く安部翔夢は初球を捉えると、左翼手の頭を越える三塁打。スコアボード上の旗はなびいていない。風の力を借りることなく、フェンス手前まで打球を運んだ。
芯に当たれば以前と同じように飛ぶ
安部が会心の一打を振り返る。「甘い球は初球から狙っていました。しっかりとバットを振り抜けたので、外野手の頭を越える打球を打つことができました」
強打と評される日大三ではスイングスピードの向上をテーマに、冬場はバットを振り込んできたという。スイングが速くなれば、より長く投球を見ることができるため、バットの芯に当てる確率を高められる考え方だ。冬の苦労は春に成果として表れた。昨秋と比べて、バットの芯で捉える確率が上がった。そして、「低反発バットは打球が飛ばない」というイメージが払拭された。安部は言う。
「バットの芯に当たれば、以前のバットと同じように打球が飛ぶと実感しました。低反発バットに慣れて、飛ばないバットを使っている意識はなくなりました」
安部は自身やチームメートだけではなく、他の高校も低反発バットへの対応力が上がってきたと感じている。三塁の守備をしていてもボテボテの打球が減り、速い打球が増えたと話す。各打者のスイングについても、「バットに当てにくるのではなく、振り切る選手が多くなったと感じています」と口にする。
「低反発バット=飛ばない」という意識に変化が
低反発バットが導入されたばかりの頃と比べ、打者の技術がレベルアップしていることから、今夏の甲子園では各校の守備位置も昨年の春や夏から変化している。内野手や外野手が定位置より極端に前を守る場面は、ほとんどない。
特に、昨年は2死二塁の守備で外野手が大幅に前進するケースが頻繁に見られた。外野手の頭の上を越えられる可能性は低いと考え、右翼手はライトゴロを狙える位置まで前に出るチームも多かった。今大会は低反発バット採用前の前進守備と変わらなくなり、2死二塁からの安打で1点入るシーンが増えている。
この試合は日大三、高川学園ともに2桁安打を記録した。両校の4番は初戦で本塁打を放っている。高川学園も「低反発バット=飛ばない」という意識に変化が生まれているという。
〈つづく〉
📝体重50~60キロ台でも“飛ばないバット”でも甲子園優勝校と打ち合える…「なでるスイングではなく」「つないでいけば」胸を張った敗戦校
https://news.yahoo.co.jp/articles/8116f9e27538d57070ec7f2be50c75fe452208d0?page=1
当てに行く、なでるスイングでは飛びません
低反発バットが導入されて2年目、夏の甲子園は昨年よりも強い打球が飛んでいる印象がある。高川学園は甲子園優勝経験校である日大三との3回戦で4-9と敗れたとはいえ、10安打を放った。松本祐一郎監督は、このように語っている。
「選手が低反発バットに慣れてきた部分もありますし、低反発バットのおかげで打撃の技術が向上してきたと感じています。力任せに振っても安打は出ない。バットの芯に当てないと打球が飛ばないと分かったので、取り組み方や考え方は変わりました」
高川学園では冬の期間、バットを強く振る意識を徹底してスイングを重ねた。春になってからはスイングの軌道やタイミングの取り方に重点を置き、打球の強さを磨いてきた。松本監督は、こう話す。
「当てに行くスイング、なでるスイングでは打球が飛びません。野球は道具を操作するスポーツなので、そのために必要な技術を選手それぞれの特徴に合わせて指導していく必要があると考えています。その部分では結果を出せたので、継続していきたいです」
高川学園は今大会初戦の未来富山戦で13安打8得点を記録。2試合で計23安打をマークした。それでも全国的な強豪に対して、松本監督はこんな印象を抱いていた。
「相手は強打の日大三だったので1イニングで一気に得点する作戦に出ましたが、点数を取り切れませんでした。日大三の打線には、どの打順からでも点が取れる脅威を感じました」
打ち合いを制することはできなかったとはいえ、聖地で低反発バットへの対応に確かな手応えを得た。
昨夏優勝校に肉薄した尽誠学園の場合は…
甲子園優勝経験校に敗れながらも、「飛ばない」とされる新規格バットでの打撃に一定の手ごたえを得たチームはほかにもある。9年ぶりに夏の甲子園に帰ってきた尽誠学園は、チャンスで一気に畳みかける攻撃スタイルを最後まで貫き、昨夏の優勝校・京都国際をあと一歩のところまで追いつめた。チームを指揮する西村太監督は、勝負には敗れても誇らしげだった。
「選手たちは、よくやってくれました。ナイスゲームで感謝しかありません。リードを守りきれなかった悔しさはありますが、相手の粘りが上でした」
1点を追う5回、尽誠学園は単打と2つの四球で2死満塁のチャンスをつくる。打席には、エースで4番の広瀬賢汰。カウント2ボール1ストライクから、速球を右翼前に運ぶ。走者2人が還って逆転に成功した。しかし、8回に試合をひっくり返されると、6回から2番手で登板した京都国際のエース・西村一毅投手を攻略できずに2-3で敗れた。連覇を狙う相手からの“金星”は逃したとはいえ、尽誠学園は目指す方向性が正しかったと証明した。
2アウトからでも得点できる雰囲気が
尽誠学園は今大会、初戦で東大阪大柏原に3-0で勝利した。決勝で大阪桐蔭を破るなど激戦の大阪を勝ち抜いた強豪相手に、数少ないチャンスを得点につなげた。この試合が動いたのは5回裏だった。尽誠学園は2死から9番・奥一真が二塁打を放つと、1番打者は申告敬遠で一塁に歩く。続く木下立晴が、左翼手の前にしぶとく打球を落として先制した。さらに四球を挟んで、広瀬の適時打で2点を追加。この回に挙げた3点を守り切った。
尽誠学園は香川大会でも、少ないチャンスを得点につなげてきた。甲子園切符をつかむまでの5試合で計38安打、35得点。いかに効率良く得点しているかが分かる。決勝の英明戦では、1回に2死から3番・生田大悟が安打で出塁し、そこから一挙5点を奪った。準決勝の観音寺一との一戦でも、5回に3点、6回に2点と1イニング複数得点で勝利した。生田はこう話す。
「チームには2アウトからでも得点できる雰囲気があります。1年を通して、2アウトからでもつなぐ意識を徹底してきました」
そのつなぐ意識が文字通り「打線」となり、複数得点のイニングをつくり出している。打線を途切れさせないため、尽誠学園の選手たちが心掛けるのは「役割」と「粘り」。例えば、2番の木下は自身の役割について、こう自覚している。
「自分は足が武器なので、足を生かせるように逆方向へ強い打球を意識しています。クリーンアップに回せば、自分をホームに還してくれると信頼しています」
つないでつないでいくことが大きな得点に
クリーンアップの一角を担う3番・生田は状況に応じて、チャンスメーカーとポイントゲッターの役割を使い分ける。走者がいない場面で打席に立った時は出塁にこだわり、走者がいれば「自分が決めるつもりで打席に入る」という。
「ランナーがいない時は狙い球を絞って投球を見極め、チャンスでは球種を問わず初球から振っていきます。ただ、後ろに(広瀬)賢汰がいるので、冷静さは失わずに大振りせず、次につなぐ打撃は忘れないようにしています。賢汰に回せば、複数得点のチャンスが広がりますから」
木下が犠打、生田が四球でつないで広瀬が走者を還した京都国際戦の得点シーンは、まさに理想の攻撃だった。この得点を呼び込んだのは、各打者の打席での粘りだ。低めのボール球に手を出さないように見極め、厳しい球はファウルにして四球を選んだり、安打にできる球を待ったりする。
1回の攻撃は無得点に終わったものの、京都国際の先発・酒谷佳紀投手に27球を投げさせた。簡単にはアウトにならない攻撃が相手に少しずつダメージを与え、チャンスと見たら一気に襲いかかる。生田は「チームとして、1点だけで終わらずに残りのランナーを還す意識を強く持っています。つないでつないでいくことで、結果的に大きな得点になっていきます」と語る。
体重50~60キロ台が多い打線でも戦える
この攻撃スタイルは、選手の体が決して大きくなくても全国トップレベルのチームと対等に戦えることを示した。尽誠学園のスタメンで身長が180センチを超えているのは、1番打者の金丸淳哉選手しかいない。しかも、金丸は186センチ、71キロと線は細い。体重が最も重いのは投打の要・広瀬の78キロで、50キロ台または60キロ台の選手が数多かった。強豪校にパワーでは劣る分、小技を絡めながら「つなぎの徹底」に活路を見出した。
優勝候補の撃破は達成できなかった。それでも、西村監督の表情は充実感に満ちていた。
「きょうも2アウトで1本出て得点につなげられました。取り組んできたことは間違っていなかったと思います」
選手たちも指揮官と思いは同じ。試合後の取材に応じるナインに涙はなく、真っすぐ前を向いていた。
💢決勝戦でも疑惑が… 夏の甲子園“誤審”でSNS炎上も「情実判定は消えない」と言われるワケ
https://news.yahoo.co.jp/articles/008623e38476920bf408dffb1eb7387dd703416e
ことごとく横浜びいきの判定
広島・広陵高校の出場辞退という不祥事に揺れた甲子園は、地元出身選手が躍動する沖縄尚学の優勝でハッピーエンドと相成った。
だが一方で、これほど誤審が話題となった大会もなかったのではないか。「特に、準々決勝の県岐阜商対横浜戦はひどかった」とスポーツライターが首をすくめる。
「当ててないのにデッドボールにされたり、併殺のはずが打者走者セーフとなって2者が生還したり、ライト線上に落ちたヒットがファウルとされたり、ことごとく横浜びいきの判定で、“そこまで横浜に勝たせたいか”とあきれました」
県岐阜商が勝利したから大きな騒ぎにならなかったものの、ネット上では検証動画が出回り、批判の声も上がった。
「高校野球の審判の技術がプロと比べて拙いことは確かですが、アマ野球は想像以上にしがらみでがんじがらめになっている。まして、選手や監督の人生が決まる甲子園の大舞台。情実判定が消えることはないですよ」
決勝戦でも“疑惑”が
西東京・日大三高との決勝戦でも物議をかもした判定があった。7回表、沖尚打者がいったんは三振と判定されるも、アピールして死球に覆った。が、巷に出回る動画ではグリップエンドに当たったようにも見える。つまり“誤審”が疑われるわけだ。
球審は、日大三高監督にこそ伝令を通じて説明したが、観衆のことは放ったらかし。“審判の判定は絶対”と教育しているであろう監督や選手たちは矛を収めたが、あらゆる角度から動画を撮影しているのは観衆だ。彼らの一部が納得しなければ、動画が拡散され炎上するのは必定である。
「この回、日大三高の投手が踏ん張って零封したから大事に至らなかったものの、これが勝敗を左右していたら、たたかれるのは審判団。監督に説明が必要なほど微妙な判定なら、入場料を払っている観衆に向けても場内アナウンスすべきではないでしょうか」
ビデオ判定導入は「今すぐ可能」
課題は他にもある。「MLBやプロ野球のように、高校野球もビデオ判定を導入すべきでは。少なくとも甲子園は技術的に今すぐ可能です。審判の威厳を損なうものでないどころか、むしろ審判を誹謗中傷から守ってくれます」
昔から誤審はあり、多くは忘れ去られてきた。だが、SNSが浸透した現代では、消えるどころか拡散される。隠蔽しても白日の下にさらされる部内暴力事件と同様、誤審問題もまた時代に見合った対策が求められよう。
⚾岩手さんへ
そうなんですね。春や秋は県に違ってトーナメント一本化や地区でリーグ戦を行った後に県大会など方針が違いますね。
特に新チームは連合チームが増加する傾向にあると思いますが、来春入部する選手が1人でも多く入って単独で試合が出れるチームが増えると良いのですが、、、
さて、環太平洋大ですが野村監督が今も采配してましたね。3塁コーチャーズボックスに入ってましたが、ずいぶん腹回りが大きかった印象を受けました。
校旗は創志学園と同じでしたね。長澤監督が神村を解任されてから環太平洋大の監督をされていたようだし、スタンドでは第2試合の両チームのみ太鼓1つの口ラッパ応援でしたが、ブラスバンドが来たらかなり上手いですよ!!
東亜大は下関国際の近所にあるらしいですね。広島文化学園大は尾道商や市立呉で甲子園に出た中村監督が当時80歳だった三原監督が選手に暴力を奮って解任された後釜に据えられましたが、ここも以前の明豊よろしくおじいちゃん監督が好みのようで、、、、、4点目をスクイズで取りに行ったり果敢に盗塁を仕掛け、最後は6点差で迎えた8回表2死無走者から8番が四球で出塁すると、追い込まれてから9番にエンドランを仕掛け鮮やかに1・2塁間をゴロで突破しランナー1・3塁と好機を広げコールドを決定づける采配でしたね。
全国の大学野球レベルは全く分からないのでなんともですが、とにかく守備のレベルは相対的に高いですね。外野手が長打コースの打球を何度もダイビングキャッチしていたし、内野手の肩が強くなおかつスローイングも正確なんで高校時代は完全に無名選手でも迫力はありました。
甲子園の3塁内野席で4試合3900円+手数料165円を考えたら、マスカット自由席500円で再入場可能を考えると交通費は高いですが、お得感ありましたね!!
第3,4代表決定戦が今日だと思っていましたが、今日は準決勝で勝ち上がりが明日第1,2決定戦(決勝)で、負けたチームと敗者復活戦の勝ち上がりと戦うみたいで母校の試合は明日でした。
訂正します
中国大学リーグ戦ですが、環太平洋大は監督はまだ野村さんかな?創志学園の系列だっけ。
東亜大学は、早鞆元監督の大越が通った大学じゃないないか位の知識しかないけど、レベル的には静岡や三重リーグあたりなのかな?
訂正します
中国大学リーグ戦ですが、環太平洋大は監督はまだ野村さんかな?創志学園の系列だっけ。
東亜大学は、早鞆元監督の大越が通った大学じゃないないか位の知識しかないけど、レベル的には静岡や三重リーグあたりなのかな?
⚾今日の中国大学野球試合結果(倉敷マスカットスタジアム)
①東 亜 大6-5周南公立大 8:53~11:27
②吉備国際大4-3環太平洋大 12:13~14:53
③広島文化大13-1至誠 館大 15:38~17:55 8回コールド
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(6日目 準々決勝 紀三井寺球場)
☆☆ 09:00~ 市和 歌山- 耐 久
☆☆☆ 11:30~ 田 辺 -高 野 山
💢広陵に見る禁欲的環境が生み出す暴力…スポーツ推薦入学者ゼロで全日本大学初出場・8強に導いた監督に聞く野球改革
https://gendai.media/articles/-/156785
広陵高校の暴力問題。10年前の2015年に同校野球部に所属していた男性を取材すると、上級生からの制裁は「雨天」という隠語が使われていたことを明かした。さらに携帯の使用禁止、テレビ視聴や外出の制限などが伴う寮生活を「刑務所」と表現した。
「成長率ナンバーワン」を掲げる取り組み
藤井監督は2023年全日本大学野球選手権大会において、創部41年で初出場ながらベスト8に導き、しかもこの快挙を「スポーツ推薦入学者ゼロ」で成し遂げている。この「成長率ナンバーワン」を掲げる取り組みを、先ごろ刊行した拙書『叱らない時代の指導術 主体性を伸ばすスポーツ現場の実践』(NHK出版新書)で書かせてもらった。
今夏、被害者の保護者がSNSで伝えたのをきっかけに高校野球の闇があぶり出されたかたちだが、その課題解決の方法をスポーツ指導の現場や暴力について取材してきたジャーナリストの島沢優子さんが、鹿屋体育大学野球部の藤井雅文監督に取材した。
――さまざまなことが制限された禁欲的な環境がチーム内にストレスを生み、それが上級生による下級生いじめなどの問題行動につながるのではないかと考えます。いかがでしょうか。
藤井:まさに共感します。野球に集中させるという名目で制限をつけるのでしょうが、そうやって閉じ込められた環境にしてしまうがゆえに生徒が暴走してしまう可能性はあると思います。
――いまだに携帯禁止の野球部は他にもあるのでしょうか?
藤井:大学生は聞きませんが、高校生は聞いたことがありますね。規制すれば、隠れて使いがちです。そうなれば、指導する側はまたそこに目くじら立てて怒らなくてはならない。怒られるから隠そうとします。本来なら、携帯を使って情報をうまく処理するリテラシーを高校生から身につけなければいけないのですが。
「自分の求心力がなくなる」
――本当ですね。18歳選挙権は2016年からスタートしています。社会を知るためにも情報入手の手段でもあるスマホは必要なはずです。過度に管理してしまうのは、指導者が生徒を信用していないからでしょうか?
藤井:以前講演で指導者の方と話をさせていただいたとき、皆さん言われたのは「藤井さんの考えとかやり方はすごく共感できる。けれど、それをやってしまうと自分の求心力がなくなる」とおっしゃっていました。
――求心力がほしいのですね。ミニバスケットボールの監督さんが「子どもに主体性や自由を与えたら、自分がなめられるんじゃないか、言うことを聞かなくなるんじゃないか」と迷ってらっしゃいました。自分が生徒のこころを引き寄せられる、常に求められる存在でありたいということですね。
藤井:そういうことですね。したがって、選手が指導者の意見を聞かなくなることを恐れて情報を遮断する傾向があるのではないでしょうか。ネットやSNSからは、いろんな指導法や練習法を入手できます。それを生徒が勝手に自分でやってしまうとか、こうやれって言ったことを「いや、監督は間違ってます」と言われたり、「監督、アップデートできてないな」と思われることを恐れているような気がします。
野球に暴力が多い理由は
――高校生くらいなら自立を促さなくてはいけないし、指導者と意見交換できるコーチアビリティ【注1】を生徒が植え付けられる環境にしてほしいです。「閉じた環境」から、もっと「開いた環境」にしなくてはいけませんね。広陵でもそうでしたが、多くの競技の中でも野球は下級生いじめが目立つような気がします。なぜだと思われますか?
【注1】「コーチアビリティ」指導者の説明がすべて理解できなければ「ここがわかりません」と正直に言える。自分の考えを表現し、指導者と建設的な対話ができる選手の能力を指す。
藤井:日本の野球はその競技特性上、指導者が一球一球介入する側面があります。右向け右という軍隊みたいな文化です。昔は教育的にそういう人材を作ろうという社会の流れが野球とマッチングしていたと思うんです。ところが今はそういう学生を育てても社会で活躍できません。であれば、私たち指導者は育成方法を時代に合わせなければなりません。昔ながらのやり方の人もいる一方でそこから脱却した指導者もいるので、最近は昔に比べると自分で動けるような学生が増えてきたと感じます。
チーム内で理不尽な不平等をつくらないこと
――大学には、高校で下級生いじめなどの厳しい環境にいた学生も入ってきますよね?監督の大学でそういったトラブルはないですか?
藤井:まったくないですね。やはり、人間、置かれた環境によって変わっていくので。うちの大学は上級生がチーム運営のための仕事を率先して行います。準備したり片付けしたりとか、いろんなイベントを企画したり。基本的に上級生が動きます。そうすると、上級生は「今年の下級生の動きは良くないです」と言う。これ、毎年なんです。毎年言うのが恒例で(笑)。そこで「いや、あなたたちもそうだったよ。先輩にそう言われてたよ」って話すんです。
――下級生は上級生の姿を見て学んで動けるようになっていくんですね。それが野球部の伝統というか文化になるんですね。大学選手権で常に優勝争いをしている帝京大学ラグビー部と同じですね。上級生が雑用などを率先してやっていました。
藤井:そんなイメージですね。つまり、そういった環境に入ってしまうと、別にルールを破ったから痛めつけようみたいなそんな発想は一切ない。上級生は「僕らの背中を見て学んで」と伝えます。とにかくチーム内で理不尽な不平等をつくらないこと。そうすれば選手が成長し続ける環境をつくることができます。
「部員の人数過多」になる背景
――「不平等」から「対等な関係性」へ、人的環境を変えることが重要ですね。もうひとつ、部員の過多問題があります。これは野球に限りませんが、チームに150人から200人近い部員が在籍する高校が少なくありません。まるで学校から決められているかのように毎年人数が同じだったりします。私立の高校では運動部活動が”定員を埋めるため”のひとつの仕掛けになっています。これは大学でも同じことが言えます。
藤井:人数問題はさまざまな問題の根源だと感じます。大学も同じ課題があります。ただ、高校や大学が人数を絞るとなれば、つぶれる学校が出てきます。まずはそこの環境整備というか、私たちの手でできることがあると思っています。
――鹿屋体育大学野球部も年々入部希望者が増加して、部員が101人になったと聞きます。どのような環境整備でしょうか?
藤井:全部で3つあるのですが、1つは人数制限です。例えば、球場(練習場)1つにつき、練習できるのは30人まで、そこには必ず指導者1人以上みたいな規制をする。2つめは、1校から複数のチームを出場させる制度をつくることです。
学生野球に登録したら社会人リーグに参加できない
――例えばサッカーは中学生、高校生、大学生のすべてのカテゴリーの選手が社会人リーグに参加できます。でも、野球は学生野球に登録した選手は社会人クラブのリーグに参入できません。
藤井:そうなんです。そこを変えられないかと思って動いてはいます。例えば、うちであれば1年生を中心とした下級生チーム、神宮で勝利を目指す大学野球チーム、クラブ選手権出場を狙うクラブチームの3チーム作れたら、それぞれに試合の出場機会も生まれます。そうなれば、個々が成長できる環境になるはずです。
――3つめは?
藤井:ディビジョン制の導入です。リーグ戦にして、それぞれの力に合ったリーグを戦う。1校から何チーム出てもいい。そうすれば公式戦を経験できない選手はいなくなります。みんなに出場機会があって充実した野球生活を送れる仕組みをつくれたらと考えています。
――素晴らしいですね。数的環境を変えるわけですね。チームを複数にすれば、全員が公式戦を目標にして野球生活を送れます。そうするなかで、遅咲きの高校生や大学生が生まれる可能性は高くなります。
藤井:そういうことです。昔と違って、今は甲子園やNPBだけでなくMLB(メジャーリーグ・ベースボール)を目指している子どもたちもいます。活躍する日本人選手が増えつつある今、その傾向はさらに進むはずです。
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環境を整えれば、もっと多くの人材を育成できるはずだ。そこに広陵高校も注目してほしい。また同校は出場辞退の理由に、SNSで脅かされた「生徒の安全確保」を挙げた。その点を本当に重視するのであれば、野球部員らに対しても安心安全で豊かなプレー環境を提供するべきだし、過去はどうだったのかを真摯に追及すべきではないか。
広陵問題が、高校野球が変わるターニングポイントになることをこころから祈りたい。
📝甲子園が面白くなくなるピンチ!? 優勝校は関東と関西の「寡占状態」 沖縄尚学と県岐阜商が明けた“風穴”は広がるか?
https://news.yahoo.co.jp/articles/8a9280704cf2164a6001e055bc5f4f51b235259a?page=1
沖縄尚学の初優勝で幕を閉じた夏の甲子園。決勝戦に4万5600人もの大観衆が詰めかけるなど、今年も“夏の風物詩”としての注目度は絶大だった。そんな甲子園大会だが、近年の結果を見ると、優勝校の地域的な偏りが浮き彫りになっている。優勝を狙える高校が関東と近畿に集中しているためだ。
“二極化”と情報化
2011年以降の夏の甲子園優勝校(※2020年は新型コロナウイルス感染症の感染拡大により大会中止)は、関東と関西で拮抗している。それ以外の地域では、2022年の仙台育英(宮城)と今年の沖縄尚学に限られる。
春の選抜高校野球の優勝校(※=前同)も、関東と関西が拮抗。それ以外では、2015年の敦賀気比(福井)と2019年の東邦(愛知)のみである。比較するために、2010年以前の20年間も見てみよう。夏は 九州や四国、北海道など多彩な地域から優勝校が出ており、春も幅広い地域で優勝が見られた。つまり、この15年間で、優勝校は関東と近畿への“二極集中”が強くなったといえるだろう。
1990年代や2000年代には、九州や四国の公立高が奮闘していた。歴代優勝校には、1994年夏の佐賀商や1995年春の観音寺中央(香川)、2007年夏の佐賀北、2009年春の清峰(長崎)が名を連ねている。
近年、こうした例は長らく見られていない。2018年夏の準優勝校である金足農(秋田)は、深紅の大優勝旗に手が届きそうだったが、大阪桐蔭に夢を打ち砕かれた。今大会でベスト8に進出したチームのうち7校は、春夏どちらかの甲子園で優勝を経験している強豪校ばかりだ。唯一優勝経験がない関東第一(東東京)でさえも、春夏一度ずつ準優勝の経験がある。
強豪校による“甲子園ジャック”が進んでいる理由について、甲子園出場経験を持つ関東地区の高校の監督は、以下のように話している。
「やはり大きな理由は、選手のスカウティングでしょうね。昔もいわゆる“野球留学”はありましたが、中学時代から実力のある選手がより強豪校へ行く割合が多くなっています。背景としては、中学のチームの“二極化”と情報化が進んだ影響が大きいですね」
“二極化”とはどういうことか。
「甲子園出場やプロを目指す有望な選手は、小学生の頃から有名なクラブチームを探しますね。クラブチーム側も強豪校への進学実績を積極的にアピールし、選手を集めています。これもクラブチームから高校の強豪チームへ進む場合ですが、中高一貫の強豪校は、将来性がある小学生を同じようにスカウトしています。有力なクラブチームや中高一貫の強豪校は、SNSで積極的に情報を発信しています。有望選手を持つ熱心な保護者は早い段階から情報を集めているため、実力や将来性がある選手はチームに集中し、高校は強豪校に進みます。その一方、中学校の部活動で何気なく野球をする子どもは減少傾向にあります。チーム力や練習環境の差は広がる一方です。高校野球も似たような傾向が顕著になってきたと思いますね」(前出の監督)
県内の有望選手をしっかりと集めた2校
筆者は、今年6月4日配信のデイリー新潮に寄稿した記事のなかで、小中学生のスカウト合戦が過熱化している事例を紹介したが、高校野球でもスカウト合戦に勝利しなければ、甲子園大会での上位進出は厳しくなっている。ある球団のベテランスカウトは、「こうした傾向に球数制限の導入と近年の猛暑が拍車をかけた」と指摘する。
「『1週間で500球以内』という球数制限が、今春の選抜から正式に導入されたため、一人のスーパーエースがいるだけでは、甲子園で勝ち進めなくなりました。さらに、夏の甲子園は、猛暑の影響で何試合も完投することが難しくなっています。甲子園で勝ち進むチームは、どこも力のある投手を複数揃えています。しかも、継投を前提とした投手起用をするチームが増えましたね。そうなると、“普通の公立高校”が複数の強豪校を倒して、トーナメントを勝ち上がるのは、かなり難しい。(球数制限のなかった2018年夏の甲子園で快進撃を見せた)吉田輝星の金足農のようなチームは、もう出てこないでしょうね。スカウトの立場で言えば、高校で投げ過ぎて潰れる投手が減るので良いことだと思いますが、毎年同じような高校が、優勝を争うような展開になれば、高校野球人気に影響が出るかもしれません」
その一方で、今大会では、関東と関西勢の“寡占化”と強豪私学の“独占状態”に風穴を開けるチームが現れた。15年ぶりの優勝を果たした沖縄尚学と、公立高校で唯一ベスト4に進出した県岐阜商である。沖縄尚学は1999年と2008年に選抜優勝を果たしている強豪私学だ。県岐阜商も、春夏合わせて61回の甲子園出場と4回の優勝を誇る岐阜県ナンバーワンの伝統校であり、いわゆる“普通の公立高校”ではない。ただ、両チームともベンチ入りメンバーの20人のうち18人が県内出身の選手で占められていた。
筆者は、いわゆる“野球留学”について全く否定的に捉えておらず、選手が望んでその環境を選ぶことはむしろ望ましいと考えている。そのように前置きした上で、沖縄尚学と県岐阜商は、ベスト8に進出した他のチームほど、全国規模で熱心なスカウティング活動を展開していない点を指摘しておきたい。両校は、県内の有望選手をしっかりと集めたことが、甲子園で勝ち抜く原動力になった。
例えば、沖縄尚学の2年生エース、末吉良丞は浦添市立仲西中学時代(軟式野球部)から140キロを超えるスピードをマークしていた。センターの宮城泰成とセカンドの比嘉大登は、中学時代に浦添ボーイズで、レフトの阿波根裕(いずれも3年)は那覇ボーイズでそれぞれプレー。いずれも沖縄県のボーイズリーグ選抜に選ばれていた。
“新たな風”に期待
県岐阜商もレギュラーメンバー全員が中学時代は硬式のクラブチームでプレーしていた。その多くが岐阜県や中日本エリアの選抜チームに選ばれた実績がある。なぜ、県内の有望選手を集めることに成功したのか。沖縄尚学は1999年春、2000年春と甲子園で優勝したことに加えて、多くの主力選手が東京六大学や東都大学に所属する大学に進学し、東浜巨(ソフトバンク)やリチャード(巨人)らプロ野球選手を輩出している。沖縄県内でライバルの興南に並ぶトップチームとしての地位を確立した。
一方、県岐阜商は低迷期を経て、岐阜県内でナンバーワンの伝統校としての人脈を生かした。社会人野球をはじめ、中学野球、高校野球でも実績があるOBの鍛治舎巧氏を2018年から監督に招聘し“名門復活”を目指して、チームの強化に取り組んだ。鍛治舎氏は昨年8月末に監督を退任したが、学校やOBが一丸となって、甲子園で勝てるチーム作りを進めてきた。それが今大会で実を結んだ形だ。
それに加えて、今年の甲子園には“新興戦力”が登場した。春の選抜では、沖縄のエナジックスポーツが創部3年で甲子園初勝利を飾ったほか、夏の甲子園では、プロ注目のエース、江藤蓮(3年)が率いる未来富山が初出場を果たした。
関東や関西を除く地方の私学や名門公立高、そして新興校が甲子園大会で勝ち抜けるか。関東と関西の強豪校がひしめく甲子園に“新たな風”を吹き込んでくれるチームが登場することを期待したい。
⚾岩手さんへ
岡山はずいぶん群雄割拠になってきました。昔は岡山東商・倉敷工・倉敷商あたりがトップ争いをしていたはずですが、関西・理大付の2強になりましたね。
理大付は長い間早川監督がずっと率いてますが、99年夏の甲子園準優勝をピークに衰退してますね。関西は服部監督~角田監督~江浦監督とうまく引き継がれてきましたが、江浦監督が隠居してから「サッパリわや」ですよね・・・・・。
あとは忘れてならないのは、おかやま山陽あたりでしょうか?堤監督がアフリカのチームを指導しておりますが、東京出身のシティーボーイで著書も楽しく読ませていただきました!
学芸館は佐藤監督が就任してからすっかりトップ争いに入ってきましたね。軍隊野球というか選手の返事や全球サインなどなど管理が厳しそうです。
逆に創志は女子校から共学化され創部1年で長澤監督が甲子園に導いたものの初戦敗退か1勝どまりが続き、満を持して門馬監督を招聘したものの・・・・・余計に悪くなりましたね。特に夏は!
願わくば岡山南あたりにも頑張って欲しいですが、、、
ちなみに今日はリニューアル工事直前のマスカットに出かけてきました。かなり熱いので屋根下の日陰で佇んでおり、インターバルも長いので5回終了時を中心に4F席最上段をライト~レフトまで歩いたり、中抜けして右中間後方の中華レストランで昼ご飯食べたりときままに過ごして試合間インターバルは倉敷スポーツ公園散策してました!
願わくば第3試合8回表2死ランナーなしで6点差。あと1つだけアウト取れたらコールド回避でしたが、四球をきっかけにまさかの6失点で無念のコールドゲーム成立と・・・・・。
甲子園ではコールドがないので気楽に見てましたが、、、、、帰りの電車18時18分に乗りたかったので17時55分終了は理想的ですが、9回まで観たかった!!
岡山県は岡山市・倉敷市が軸になると思いますが、観光ブックなど見ていると他にも魅力的な都市がたくさんありそうで、、、山陰に行っても備中高梁や津山・新見は単なる通過点になっておりますね↓↓
しかし、東北は移動が大変そうですね・・・。こっちは京阪神が電車が複数つながり移動が楽だし、姫路に行くよりも皇子山(滋賀県大津市)の方が早く着ける利点もあるので。
松阪もたいがいですが、敦賀も最後は心臓破りの坂でもっときつそうですね(バスかレンタサイクル移動なんで歩いたことはないですが・・・)
岩手県はたしか日本の県(北海道を除く)で一番面積が広いので、たしかに移動は大変かもしれない・・・。バスは最近本数げ減っているのでこれも苦しい。
とりあえず、明日の連合チームの健闘を祈ります!!
①東 亜 大6-5周南公立大 8:53~11:27
②吉備国際大4-3環太平洋大 12:13~14:53
③広島文化大13-1至誠 館大 15:38~17:55 8回コールド
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(6日目 準々決勝 紀三井寺球場)
☆☆ 09:00~ 市和 歌山- 耐 久
☆☆☆ 11:30~ 田 辺 -高 野 山
💢広陵に見る禁欲的環境が生み出す暴力…スポーツ推薦入学者ゼロで全日本大学初出場・8強に導いた監督に聞く野球改革
https://gendai.media/articles/-/156785
広陵高校の暴力問題。10年前の2015年に同校野球部に所属していた男性を取材すると、上級生からの制裁は「雨天」という隠語が使われていたことを明かした。さらに携帯の使用禁止、テレビ視聴や外出の制限などが伴う寮生活を「刑務所」と表現した。
「成長率ナンバーワン」を掲げる取り組み
藤井監督は2023年全日本大学野球選手権大会において、創部41年で初出場ながらベスト8に導き、しかもこの快挙を「スポーツ推薦入学者ゼロ」で成し遂げている。この「成長率ナンバーワン」を掲げる取り組みを、先ごろ刊行した拙書『叱らない時代の指導術 主体性を伸ばすスポーツ現場の実践』(NHK出版新書)で書かせてもらった。
今夏、被害者の保護者がSNSで伝えたのをきっかけに高校野球の闇があぶり出されたかたちだが、その課題解決の方法をスポーツ指導の現場や暴力について取材してきたジャーナリストの島沢優子さんが、鹿屋体育大学野球部の藤井雅文監督に取材した。
――さまざまなことが制限された禁欲的な環境がチーム内にストレスを生み、それが上級生による下級生いじめなどの問題行動につながるのではないかと考えます。いかがでしょうか。
藤井:まさに共感します。野球に集中させるという名目で制限をつけるのでしょうが、そうやって閉じ込められた環境にしてしまうがゆえに生徒が暴走してしまう可能性はあると思います。
――いまだに携帯禁止の野球部は他にもあるのでしょうか?
藤井:大学生は聞きませんが、高校生は聞いたことがありますね。規制すれば、隠れて使いがちです。そうなれば、指導する側はまたそこに目くじら立てて怒らなくてはならない。怒られるから隠そうとします。本来なら、携帯を使って情報をうまく処理するリテラシーを高校生から身につけなければいけないのですが。
「自分の求心力がなくなる」
――本当ですね。18歳選挙権は2016年からスタートしています。社会を知るためにも情報入手の手段でもあるスマホは必要なはずです。過度に管理してしまうのは、指導者が生徒を信用していないからでしょうか?
藤井:以前講演で指導者の方と話をさせていただいたとき、皆さん言われたのは「藤井さんの考えとかやり方はすごく共感できる。けれど、それをやってしまうと自分の求心力がなくなる」とおっしゃっていました。
――求心力がほしいのですね。ミニバスケットボールの監督さんが「子どもに主体性や自由を与えたら、自分がなめられるんじゃないか、言うことを聞かなくなるんじゃないか」と迷ってらっしゃいました。自分が生徒のこころを引き寄せられる、常に求められる存在でありたいということですね。
藤井:そういうことですね。したがって、選手が指導者の意見を聞かなくなることを恐れて情報を遮断する傾向があるのではないでしょうか。ネットやSNSからは、いろんな指導法や練習法を入手できます。それを生徒が勝手に自分でやってしまうとか、こうやれって言ったことを「いや、監督は間違ってます」と言われたり、「監督、アップデートできてないな」と思われることを恐れているような気がします。
野球に暴力が多い理由は
――高校生くらいなら自立を促さなくてはいけないし、指導者と意見交換できるコーチアビリティ【注1】を生徒が植え付けられる環境にしてほしいです。「閉じた環境」から、もっと「開いた環境」にしなくてはいけませんね。広陵でもそうでしたが、多くの競技の中でも野球は下級生いじめが目立つような気がします。なぜだと思われますか?
【注1】「コーチアビリティ」指導者の説明がすべて理解できなければ「ここがわかりません」と正直に言える。自分の考えを表現し、指導者と建設的な対話ができる選手の能力を指す。
藤井:日本の野球はその競技特性上、指導者が一球一球介入する側面があります。右向け右という軍隊みたいな文化です。昔は教育的にそういう人材を作ろうという社会の流れが野球とマッチングしていたと思うんです。ところが今はそういう学生を育てても社会で活躍できません。であれば、私たち指導者は育成方法を時代に合わせなければなりません。昔ながらのやり方の人もいる一方でそこから脱却した指導者もいるので、最近は昔に比べると自分で動けるような学生が増えてきたと感じます。
チーム内で理不尽な不平等をつくらないこと
――大学には、高校で下級生いじめなどの厳しい環境にいた学生も入ってきますよね?監督の大学でそういったトラブルはないですか?
藤井:まったくないですね。やはり、人間、置かれた環境によって変わっていくので。うちの大学は上級生がチーム運営のための仕事を率先して行います。準備したり片付けしたりとか、いろんなイベントを企画したり。基本的に上級生が動きます。そうすると、上級生は「今年の下級生の動きは良くないです」と言う。これ、毎年なんです。毎年言うのが恒例で(笑)。そこで「いや、あなたたちもそうだったよ。先輩にそう言われてたよ」って話すんです。
――下級生は上級生の姿を見て学んで動けるようになっていくんですね。それが野球部の伝統というか文化になるんですね。大学選手権で常に優勝争いをしている帝京大学ラグビー部と同じですね。上級生が雑用などを率先してやっていました。
藤井:そんなイメージですね。つまり、そういった環境に入ってしまうと、別にルールを破ったから痛めつけようみたいなそんな発想は一切ない。上級生は「僕らの背中を見て学んで」と伝えます。とにかくチーム内で理不尽な不平等をつくらないこと。そうすれば選手が成長し続ける環境をつくることができます。
「部員の人数過多」になる背景
――「不平等」から「対等な関係性」へ、人的環境を変えることが重要ですね。もうひとつ、部員の過多問題があります。これは野球に限りませんが、チームに150人から200人近い部員が在籍する高校が少なくありません。まるで学校から決められているかのように毎年人数が同じだったりします。私立の高校では運動部活動が”定員を埋めるため”のひとつの仕掛けになっています。これは大学でも同じことが言えます。
藤井:人数問題はさまざまな問題の根源だと感じます。大学も同じ課題があります。ただ、高校や大学が人数を絞るとなれば、つぶれる学校が出てきます。まずはそこの環境整備というか、私たちの手でできることがあると思っています。
――鹿屋体育大学野球部も年々入部希望者が増加して、部員が101人になったと聞きます。どのような環境整備でしょうか?
藤井:全部で3つあるのですが、1つは人数制限です。例えば、球場(練習場)1つにつき、練習できるのは30人まで、そこには必ず指導者1人以上みたいな規制をする。2つめは、1校から複数のチームを出場させる制度をつくることです。
学生野球に登録したら社会人リーグに参加できない
――例えばサッカーは中学生、高校生、大学生のすべてのカテゴリーの選手が社会人リーグに参加できます。でも、野球は学生野球に登録した選手は社会人クラブのリーグに参入できません。
藤井:そうなんです。そこを変えられないかと思って動いてはいます。例えば、うちであれば1年生を中心とした下級生チーム、神宮で勝利を目指す大学野球チーム、クラブ選手権出場を狙うクラブチームの3チーム作れたら、それぞれに試合の出場機会も生まれます。そうなれば、個々が成長できる環境になるはずです。
――3つめは?
藤井:ディビジョン制の導入です。リーグ戦にして、それぞれの力に合ったリーグを戦う。1校から何チーム出てもいい。そうすれば公式戦を経験できない選手はいなくなります。みんなに出場機会があって充実した野球生活を送れる仕組みをつくれたらと考えています。
――素晴らしいですね。数的環境を変えるわけですね。チームを複数にすれば、全員が公式戦を目標にして野球生活を送れます。そうするなかで、遅咲きの高校生や大学生が生まれる可能性は高くなります。
藤井:そういうことです。昔と違って、今は甲子園やNPBだけでなくMLB(メジャーリーグ・ベースボール)を目指している子どもたちもいます。活躍する日本人選手が増えつつある今、その傾向はさらに進むはずです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
環境を整えれば、もっと多くの人材を育成できるはずだ。そこに広陵高校も注目してほしい。また同校は出場辞退の理由に、SNSで脅かされた「生徒の安全確保」を挙げた。その点を本当に重視するのであれば、野球部員らに対しても安心安全で豊かなプレー環境を提供するべきだし、過去はどうだったのかを真摯に追及すべきではないか。
広陵問題が、高校野球が変わるターニングポイントになることをこころから祈りたい。
📝甲子園が面白くなくなるピンチ!? 優勝校は関東と関西の「寡占状態」 沖縄尚学と県岐阜商が明けた“風穴”は広がるか?
https://news.yahoo.co.jp/articles/8a9280704cf2164a6001e055bc5f4f51b235259a?page=1
沖縄尚学の初優勝で幕を閉じた夏の甲子園。決勝戦に4万5600人もの大観衆が詰めかけるなど、今年も“夏の風物詩”としての注目度は絶大だった。そんな甲子園大会だが、近年の結果を見ると、優勝校の地域的な偏りが浮き彫りになっている。優勝を狙える高校が関東と近畿に集中しているためだ。
“二極化”と情報化
2011年以降の夏の甲子園優勝校(※2020年は新型コロナウイルス感染症の感染拡大により大会中止)は、関東と関西で拮抗している。それ以外の地域では、2022年の仙台育英(宮城)と今年の沖縄尚学に限られる。
春の選抜高校野球の優勝校(※=前同)も、関東と関西が拮抗。それ以外では、2015年の敦賀気比(福井)と2019年の東邦(愛知)のみである。比較するために、2010年以前の20年間も見てみよう。夏は 九州や四国、北海道など多彩な地域から優勝校が出ており、春も幅広い地域で優勝が見られた。つまり、この15年間で、優勝校は関東と近畿への“二極集中”が強くなったといえるだろう。
1990年代や2000年代には、九州や四国の公立高が奮闘していた。歴代優勝校には、1994年夏の佐賀商や1995年春の観音寺中央(香川)、2007年夏の佐賀北、2009年春の清峰(長崎)が名を連ねている。
近年、こうした例は長らく見られていない。2018年夏の準優勝校である金足農(秋田)は、深紅の大優勝旗に手が届きそうだったが、大阪桐蔭に夢を打ち砕かれた。今大会でベスト8に進出したチームのうち7校は、春夏どちらかの甲子園で優勝を経験している強豪校ばかりだ。唯一優勝経験がない関東第一(東東京)でさえも、春夏一度ずつ準優勝の経験がある。
強豪校による“甲子園ジャック”が進んでいる理由について、甲子園出場経験を持つ関東地区の高校の監督は、以下のように話している。
「やはり大きな理由は、選手のスカウティングでしょうね。昔もいわゆる“野球留学”はありましたが、中学時代から実力のある選手がより強豪校へ行く割合が多くなっています。背景としては、中学のチームの“二極化”と情報化が進んだ影響が大きいですね」
“二極化”とはどういうことか。
「甲子園出場やプロを目指す有望な選手は、小学生の頃から有名なクラブチームを探しますね。クラブチーム側も強豪校への進学実績を積極的にアピールし、選手を集めています。これもクラブチームから高校の強豪チームへ進む場合ですが、中高一貫の強豪校は、将来性がある小学生を同じようにスカウトしています。有力なクラブチームや中高一貫の強豪校は、SNSで積極的に情報を発信しています。有望選手を持つ熱心な保護者は早い段階から情報を集めているため、実力や将来性がある選手はチームに集中し、高校は強豪校に進みます。その一方、中学校の部活動で何気なく野球をする子どもは減少傾向にあります。チーム力や練習環境の差は広がる一方です。高校野球も似たような傾向が顕著になってきたと思いますね」(前出の監督)
県内の有望選手をしっかりと集めた2校
筆者は、今年6月4日配信のデイリー新潮に寄稿した記事のなかで、小中学生のスカウト合戦が過熱化している事例を紹介したが、高校野球でもスカウト合戦に勝利しなければ、甲子園大会での上位進出は厳しくなっている。ある球団のベテランスカウトは、「こうした傾向に球数制限の導入と近年の猛暑が拍車をかけた」と指摘する。
「『1週間で500球以内』という球数制限が、今春の選抜から正式に導入されたため、一人のスーパーエースがいるだけでは、甲子園で勝ち進めなくなりました。さらに、夏の甲子園は、猛暑の影響で何試合も完投することが難しくなっています。甲子園で勝ち進むチームは、どこも力のある投手を複数揃えています。しかも、継投を前提とした投手起用をするチームが増えましたね。そうなると、“普通の公立高校”が複数の強豪校を倒して、トーナメントを勝ち上がるのは、かなり難しい。(球数制限のなかった2018年夏の甲子園で快進撃を見せた)吉田輝星の金足農のようなチームは、もう出てこないでしょうね。スカウトの立場で言えば、高校で投げ過ぎて潰れる投手が減るので良いことだと思いますが、毎年同じような高校が、優勝を争うような展開になれば、高校野球人気に影響が出るかもしれません」
その一方で、今大会では、関東と関西勢の“寡占化”と強豪私学の“独占状態”に風穴を開けるチームが現れた。15年ぶりの優勝を果たした沖縄尚学と、公立高校で唯一ベスト4に進出した県岐阜商である。沖縄尚学は1999年と2008年に選抜優勝を果たしている強豪私学だ。県岐阜商も、春夏合わせて61回の甲子園出場と4回の優勝を誇る岐阜県ナンバーワンの伝統校であり、いわゆる“普通の公立高校”ではない。ただ、両チームともベンチ入りメンバーの20人のうち18人が県内出身の選手で占められていた。
筆者は、いわゆる“野球留学”について全く否定的に捉えておらず、選手が望んでその環境を選ぶことはむしろ望ましいと考えている。そのように前置きした上で、沖縄尚学と県岐阜商は、ベスト8に進出した他のチームほど、全国規模で熱心なスカウティング活動を展開していない点を指摘しておきたい。両校は、県内の有望選手をしっかりと集めたことが、甲子園で勝ち抜く原動力になった。
例えば、沖縄尚学の2年生エース、末吉良丞は浦添市立仲西中学時代(軟式野球部)から140キロを超えるスピードをマークしていた。センターの宮城泰成とセカンドの比嘉大登は、中学時代に浦添ボーイズで、レフトの阿波根裕(いずれも3年)は那覇ボーイズでそれぞれプレー。いずれも沖縄県のボーイズリーグ選抜に選ばれていた。
“新たな風”に期待
県岐阜商もレギュラーメンバー全員が中学時代は硬式のクラブチームでプレーしていた。その多くが岐阜県や中日本エリアの選抜チームに選ばれた実績がある。なぜ、県内の有望選手を集めることに成功したのか。沖縄尚学は1999年春、2000年春と甲子園で優勝したことに加えて、多くの主力選手が東京六大学や東都大学に所属する大学に進学し、東浜巨(ソフトバンク)やリチャード(巨人)らプロ野球選手を輩出している。沖縄県内でライバルの興南に並ぶトップチームとしての地位を確立した。
一方、県岐阜商は低迷期を経て、岐阜県内でナンバーワンの伝統校としての人脈を生かした。社会人野球をはじめ、中学野球、高校野球でも実績があるOBの鍛治舎巧氏を2018年から監督に招聘し“名門復活”を目指して、チームの強化に取り組んだ。鍛治舎氏は昨年8月末に監督を退任したが、学校やOBが一丸となって、甲子園で勝てるチーム作りを進めてきた。それが今大会で実を結んだ形だ。
それに加えて、今年の甲子園には“新興戦力”が登場した。春の選抜では、沖縄のエナジックスポーツが創部3年で甲子園初勝利を飾ったほか、夏の甲子園では、プロ注目のエース、江藤蓮(3年)が率いる未来富山が初出場を果たした。
関東や関西を除く地方の私学や名門公立高、そして新興校が甲子園大会で勝ち抜けるか。関東と関西の強豪校がひしめく甲子園に“新たな風”を吹き込んでくれるチームが登場することを期待したい。
⚾岩手さんへ
岡山はずいぶん群雄割拠になってきました。昔は岡山東商・倉敷工・倉敷商あたりがトップ争いをしていたはずですが、関西・理大付の2強になりましたね。
理大付は長い間早川監督がずっと率いてますが、99年夏の甲子園準優勝をピークに衰退してますね。関西は服部監督~角田監督~江浦監督とうまく引き継がれてきましたが、江浦監督が隠居してから「サッパリわや」ですよね・・・・・。
あとは忘れてならないのは、おかやま山陽あたりでしょうか?堤監督がアフリカのチームを指導しておりますが、東京出身のシティーボーイで著書も楽しく読ませていただきました!
学芸館は佐藤監督が就任してからすっかりトップ争いに入ってきましたね。軍隊野球というか選手の返事や全球サインなどなど管理が厳しそうです。
逆に創志は女子校から共学化され創部1年で長澤監督が甲子園に導いたものの初戦敗退か1勝どまりが続き、満を持して門馬監督を招聘したものの・・・・・余計に悪くなりましたね。特に夏は!
願わくば岡山南あたりにも頑張って欲しいですが、、、
ちなみに今日はリニューアル工事直前のマスカットに出かけてきました。かなり熱いので屋根下の日陰で佇んでおり、インターバルも長いので5回終了時を中心に4F席最上段をライト~レフトまで歩いたり、中抜けして右中間後方の中華レストランで昼ご飯食べたりときままに過ごして試合間インターバルは倉敷スポーツ公園散策してました!
願わくば第3試合8回表2死ランナーなしで6点差。あと1つだけアウト取れたらコールド回避でしたが、四球をきっかけにまさかの6失点で無念のコールドゲーム成立と・・・・・。
甲子園ではコールドがないので気楽に見てましたが、、、、、帰りの電車18時18分に乗りたかったので17時55分終了は理想的ですが、9回まで観たかった!!
岡山県は岡山市・倉敷市が軸になると思いますが、観光ブックなど見ていると他にも魅力的な都市がたくさんありそうで、、、山陰に行っても備中高梁や津山・新見は単なる通過点になっておりますね↓↓
しかし、東北は移動が大変そうですね・・・。こっちは京阪神が電車が複数つながり移動が楽だし、姫路に行くよりも皇子山(滋賀県大津市)の方が早く着ける利点もあるので。
松阪もたいがいですが、敦賀も最後は心臓破りの坂でもっときつそうですね(バスかレンタサイクル移動なんで歩いたことはないですが・・・)
岩手県はたしか日本の県(北海道を除く)で一番面積が広いので、たしかに移動は大変かもしれない・・・。バスは最近本数げ減っているのでこれも苦しい。
とりあえず、明日の連合チームの健闘を祈ります!!
岡山ゆうたらな私立は関西しかあらへんのじゃ!(仁義なき戦いの文太兄)
関西はやっとでてへんじゃね。
岡山も公立王国から、関西・理大付が代表を競っていたのに、理大付と入れ替わり創志学園が常連に成り代わると思いきや、学芸館も代表になったりと連続出場は難しい県じゃないないかな!
岡山は秋季中国大会2回に夏予選が4回位かな?後は児島ボートに1回と浜松の工場勤務時代に慰安旅行1回訪れただけでした。
今にして思うのは、管理人さんのように観光名所に足を運んでいればねと思う今日この頃ですかね。
水曜日の野球観戦ですが、結構大変苦労するですよ!
駅ホームから75段降りて、距離は紀三井寺位かな?ただずっと上り坂です。例えるなら、松阪球場のバス停留所からの上りをもう少し急にした感じかな?始めての時は40分程度かかりましたが、今回は30分前半で球場に到着しました。
ただ疲労感はキタギンパーク・仙台市民と比べ物にならないね!
野球観戦するのはこちらでは時間もかかるし、公共交通機関も内陸部はあるけど沿岸部は三鉄だけでバスは一部で車を持っていない私などは困ってしまいますね!
明日は第3,4位決定戦です。
密かに万が一のあることを!
関西はやっとでてへんじゃね。
岡山も公立王国から、関西・理大付が代表を競っていたのに、理大付と入れ替わり創志学園が常連に成り代わると思いきや、学芸館も代表になったりと連続出場は難しい県じゃないないかな!
岡山は秋季中国大会2回に夏予選が4回位かな?後は児島ボートに1回と浜松の工場勤務時代に慰安旅行1回訪れただけでした。
今にして思うのは、管理人さんのように観光名所に足を運んでいればねと思う今日この頃ですかね。
水曜日の野球観戦ですが、結構大変苦労するですよ!
駅ホームから75段降りて、距離は紀三井寺位かな?ただずっと上り坂です。例えるなら、松阪球場のバス停留所からの上りをもう少し急にした感じかな?始めての時は40分程度かかりましたが、今回は30分前半で球場に到着しました。
ただ疲労感はキタギンパーク・仙台市民と比べ物にならないね!
野球観戦するのはこちらでは時間もかかるし、公共交通機関も内陸部はあるけど沿岸部は三鉄だけでバスは一部で車を持っていない私などは困ってしまいますね!
明日は第3,4位決定戦です。
密かに万が一のあることを!