自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
📝大阪偕星学園の新監督に仲辻宏之氏が就任へ 教え子に巨人・今村ら
https://news.yahoo.co.jp/articles/8393a0ca9abab929a3a54e3f7576da180b009ad3
15年夏の甲子園大会に初出場した大阪偕星学園の新監督に仲辻宏之氏(57)が就任することが24日、分かった。樋口一紀監督(57)は退任し、仲辻氏が来年1月1日付で就任する。
仲辻氏は太成高(現太成学院大高)、大商大の出身。卒業後は社会人野球の田村コピーで3年間プレーし、引退後は家業を継いだ。02年8月に太成学院大高の監督に就任。23年3月まで母校を20年以上率いた。教え子に巨人・今村信貴投手(30)、元中日捕手で、日立製作所の桂依央利コーチ(33)らがいる。
大阪偕星学園は今夏の大阪大会で2回戦敗退。今秋は5回戦で敗れた。23年4月から24年8月まで精華でコーチを務めるなど、大阪の高校野球に長く携わってきた仲辻氏の手腕に期待は膨らむ。
📝全国の佐藤さんと鈴木さんが草野球で対決、佐藤姓「発祥の地」が企画
https://news.yahoo.co.jp/articles/a50b6f8b13d77a108846a2f6b2023e74e1cc17b3
佐藤姓の発祥の地を掲げる栃木県佐野市が全国の「佐藤さん」を11人集めてチームをつくり、全国の「鈴木さん」のチームと対戦する草野球大会を来年3月に開く。名字で最も多い「佐藤さん」と、2番目に多い「鈴木さん」の激突となる「名字のプライドをかけた頂上決戦」(同市)で、出場する佐藤さんと鈴木さんを全国から募集している。
市は語呂合わせで決めた3月10日の「佐藤の日」に合わせ、毎年イベントを開いてきた。野球大会は軟式の7回制で、3月9日の日曜日にエイジェック佐野野球場で午後0時45分から開催する。
佐藤チームの監督は、元プロ野球選手で埼玉西武ライオンズなどで活躍したG・G・佐藤(本名・佐藤隆彦)さん。鈴木チームは、元大リーグ選手のイチロー(鈴木一朗)さんのものまねで知られる芸人・ニッチローさんが監督として率いる。
佐野市は、平安時代に地元に城を構え、平将門の乱を平定したと伝えられる藤原秀郷の子孫が「佐野の藤原」の意味で佐藤と名乗ったという説から、佐藤姓の「聖地」をアピールしている。全国に200万人いるといわれる佐藤さんの来訪を呼びかけ、会員になれば割引などが受けられる「佐藤の会」も作った。
市は鈴木姓発祥の地を名乗る和歌山県海南市と交流してきたことから、鈴木さんとの新たな交流を、多くの人が経験のある野球を通して実現したいと考えたという。
参加資格は名字が「佐藤」または「鈴木」で「野球ができるまたは経験者」の18歳以上。性別は問わない。両チーム11人ずつを応募内容からポジション別に選抜する。参加費はユニホーム代を含めて7千円。野球用具は各自で持参し、交通費や宿泊代などは自己負担となる。来年1月19日までに応募フォーム=QRコード=から申し込む。
大会観戦は入場無料。担当者は「佐藤さん、鈴木さんでなくても応援にご来場いただきたいです」と話している。詳細は佐藤の会ホームページ(https://satonokai.jp/)、問い合わせは佐藤の会事務局(とちぎテレビ内028・678・5676)で。
☝“高くてうまい店”で大慌て…大食漢の96年中日1位・小山伸一郎 近藤真市スカウトを成長させた「和田金事件」
https://news.yahoo.co.jp/articles/9fd499e3382dbca616692cf082bf8d2a5d93fd3c
スカウト歴38年、元中日の中田宗男さん(67)が今回のテーマに選んだのは「思い出のグルメ」だ。師走の声を聞くと、スカウトは入団交渉などの会食が増える。全国各地の「三つ星グルメ」を食してきた中田さんが、最も記憶に残っている会食の席とは…。
ドラフト会議を終えた晩秋から初冬にかけて、スカウトは指名した選手との入団交渉や、一堂に会しての新人入団発表など、晴れの席が続きます。日ごろは全国を飛び回り「早い、安い、うまい」のご当地B級グルメに精通しているスカウトですが、この時期は「高くてうまい」店で舌鼓を打てるのです。
「仮契約の日取りが決まったら、その街で恥ずかしくない店を予約しておけ」。駆け出しのころ、先輩にこう教わりました。契約内容に合意した後で、関係者や家族とともに祝宴を催すのです。ステーキ、フグ、カニ…。日本中でおいしい物を食べました。味はどこも甲乙つけがたいですが、思い出という点では1996年ドラフト1位の小山伸一郎です。
あの年は逆指名制度を使い、井口資仁(青学大→ダイエー)に猛アタックをかけていました。「逆指名は最後まで諦めない。ダメだった時は高校生に切り替える」が当時の中日の大原則。三重県明野高では甲子園とは無縁でしたが、最後の夏は決勝で敗れ、号泣する姿をよく覚えています。闘争心あふれる投球スタイルで、地元の逸材。すんなり1位が決まり、指名当日にはまだ夢の数字だった「100マイル(160キロ)を出したい」と高い志も披露しました。
仮契約の祝宴は「和田金」。言わずと知れた松阪牛の老舗です。私たちは選手や関係者の喜ぶ顔を見たいのはもちろんですが、食べっぷりもひそかに観察します。もう指名してしまった後とはいえ、モジモジと遠慮するのではなくこちらの目が丸くなるほど豪快に食べる選手は、性格的にも体つくりの意味でもプロ向きです。例えば入団発表の前夜には名古屋市内のホテルでステーキを食べるのが慣例でしたが、スタートは500グラム。そこから「2枚目」つまり計1キロを平らげる選手はざらにいたものです。
小山は歴代ナンバーワンとは言い切れませんが、よく食べました。次々と追加のすき焼き肉が運ばれてきました。さて満腹し、会計。その時、事件が起きたのです。担当の近藤真市スカウトがなぜか慌てています。「僕の持ち合わせじゃ足りません!」。今は球団支給のクレジットカードを持たされていますが、当時は現金払いが基本でした。小山家に悟られるわけにはいきません。さりげなく私も退室し、もうひとりのスカウトともに3人の財布から現金をかき集め、何とか支払いを済ませたのです。
近藤はスカウト1年目。「ささいなことでも電話で済まさず、足を運べ」と教えたら、汗だくで駆け回っていた勤勉で優秀なスカウトでした。この「和田金事件」で成長し、2年後には岩瀬仁紀を担当します。
小山も楽天移籍後にリリーフとして花を咲かせました。典型的な大器晩成。実に21年ぶりに復帰する古巣で、ファンに喜んでもらえる選手を育ててもらいたいと思っています。(中日ドラゴンズ・元スカウト)
⚾岩手さんへ
柳川は以前に元阪神の林 威助がいましたが、未だに留学生がいるんですね!!
地域的に外国に近い九州は日南学園・日章学園など甲子園球児にも台湾人など外国留学生いましたから。
産経新聞は購読しているのでラジオ欄に掲載されているので、ちょいちょい読んでますね。
張本さんの現役時代は全く知りませんが、広島から浪商に来た話などはものの本で読んだことがあるので、少しだけ知識あります。
昔は不祥事が多数あり、連帯責任が厳しかったので辛い思いをされたようですね。それにあの頃は高校中退して即プロ野球選手になった方々も多数いるようだし。
山本 集監督はその通りです。藤田 照清理事長の覚えもめでたかったようで、、、高嶋先生は負けた次の日の朝には理事長室に呼び出され1時間説教喰らっていたらしいですが。
夢グループ石田社長は先月まで存在すら知らなかったですが、東北高校野球部出身で中退されたようですね。
竹田監督は仙台育英のイメージが強いですが、佐々木 主浩投手までは東北の監督されてましたね。
それから、ようやく・・・2023年シーズン終わらせました。
今春のセンバツですが、近畿勢がふがいない成績に終わり、最後の最後に報徳学園が2年連続大阪桐蔭に勝利しながら関東の新興私学に優勝旗をかっさらわれた悪夢があるので・・・。
当初は5話で終わらせようと思ってましたが、7話にしようかなと・・・。
田辺&耐久は外せないし、近江も応援していたので・・・。
宇治山田商も応援していたのでここで2つ書けます。
あとは長澤監督が退任したけれど、創志学園も入れたら7話になってしまうと。
P・S もう数年前にラジオDJ勇退されましたが、関西の重鎮・ヒロ寺平さんが毎朝担当するFM802の番組で、お気に入りの歌手の一人である平井 堅の曲を平日毎朝6時~10時のどこかでかけていた 🎵キャッチボール を観戦記の最後に使用させてもらいました。
さすがにここで便乗して毎日紹介するつもりはないですが、あの曲は僕も通勤時の阪急電車でよく聴いてました!
観戦記を見逃した閲覧者の方にも届けたい!?
平井堅 🎵キャッチボール
https://www.youtube.com/watch?v=JV31PUZkSoI
https://news.yahoo.co.jp/articles/8393a0ca9abab929a3a54e3f7576da180b009ad3
15年夏の甲子園大会に初出場した大阪偕星学園の新監督に仲辻宏之氏(57)が就任することが24日、分かった。樋口一紀監督(57)は退任し、仲辻氏が来年1月1日付で就任する。
仲辻氏は太成高(現太成学院大高)、大商大の出身。卒業後は社会人野球の田村コピーで3年間プレーし、引退後は家業を継いだ。02年8月に太成学院大高の監督に就任。23年3月まで母校を20年以上率いた。教え子に巨人・今村信貴投手(30)、元中日捕手で、日立製作所の桂依央利コーチ(33)らがいる。
大阪偕星学園は今夏の大阪大会で2回戦敗退。今秋は5回戦で敗れた。23年4月から24年8月まで精華でコーチを務めるなど、大阪の高校野球に長く携わってきた仲辻氏の手腕に期待は膨らむ。
📝全国の佐藤さんと鈴木さんが草野球で対決、佐藤姓「発祥の地」が企画
https://news.yahoo.co.jp/articles/a50b6f8b13d77a108846a2f6b2023e74e1cc17b3
佐藤姓の発祥の地を掲げる栃木県佐野市が全国の「佐藤さん」を11人集めてチームをつくり、全国の「鈴木さん」のチームと対戦する草野球大会を来年3月に開く。名字で最も多い「佐藤さん」と、2番目に多い「鈴木さん」の激突となる「名字のプライドをかけた頂上決戦」(同市)で、出場する佐藤さんと鈴木さんを全国から募集している。
市は語呂合わせで決めた3月10日の「佐藤の日」に合わせ、毎年イベントを開いてきた。野球大会は軟式の7回制で、3月9日の日曜日にエイジェック佐野野球場で午後0時45分から開催する。
佐藤チームの監督は、元プロ野球選手で埼玉西武ライオンズなどで活躍したG・G・佐藤(本名・佐藤隆彦)さん。鈴木チームは、元大リーグ選手のイチロー(鈴木一朗)さんのものまねで知られる芸人・ニッチローさんが監督として率いる。
佐野市は、平安時代に地元に城を構え、平将門の乱を平定したと伝えられる藤原秀郷の子孫が「佐野の藤原」の意味で佐藤と名乗ったという説から、佐藤姓の「聖地」をアピールしている。全国に200万人いるといわれる佐藤さんの来訪を呼びかけ、会員になれば割引などが受けられる「佐藤の会」も作った。
市は鈴木姓発祥の地を名乗る和歌山県海南市と交流してきたことから、鈴木さんとの新たな交流を、多くの人が経験のある野球を通して実現したいと考えたという。
参加資格は名字が「佐藤」または「鈴木」で「野球ができるまたは経験者」の18歳以上。性別は問わない。両チーム11人ずつを応募内容からポジション別に選抜する。参加費はユニホーム代を含めて7千円。野球用具は各自で持参し、交通費や宿泊代などは自己負担となる。来年1月19日までに応募フォーム=QRコード=から申し込む。
大会観戦は入場無料。担当者は「佐藤さん、鈴木さんでなくても応援にご来場いただきたいです」と話している。詳細は佐藤の会ホームページ(https://satonokai.jp/)、問い合わせは佐藤の会事務局(とちぎテレビ内028・678・5676)で。
☝“高くてうまい店”で大慌て…大食漢の96年中日1位・小山伸一郎 近藤真市スカウトを成長させた「和田金事件」
https://news.yahoo.co.jp/articles/9fd499e3382dbca616692cf082bf8d2a5d93fd3c
スカウト歴38年、元中日の中田宗男さん(67)が今回のテーマに選んだのは「思い出のグルメ」だ。師走の声を聞くと、スカウトは入団交渉などの会食が増える。全国各地の「三つ星グルメ」を食してきた中田さんが、最も記憶に残っている会食の席とは…。
ドラフト会議を終えた晩秋から初冬にかけて、スカウトは指名した選手との入団交渉や、一堂に会しての新人入団発表など、晴れの席が続きます。日ごろは全国を飛び回り「早い、安い、うまい」のご当地B級グルメに精通しているスカウトですが、この時期は「高くてうまい」店で舌鼓を打てるのです。
「仮契約の日取りが決まったら、その街で恥ずかしくない店を予約しておけ」。駆け出しのころ、先輩にこう教わりました。契約内容に合意した後で、関係者や家族とともに祝宴を催すのです。ステーキ、フグ、カニ…。日本中でおいしい物を食べました。味はどこも甲乙つけがたいですが、思い出という点では1996年ドラフト1位の小山伸一郎です。
あの年は逆指名制度を使い、井口資仁(青学大→ダイエー)に猛アタックをかけていました。「逆指名は最後まで諦めない。ダメだった時は高校生に切り替える」が当時の中日の大原則。三重県明野高では甲子園とは無縁でしたが、最後の夏は決勝で敗れ、号泣する姿をよく覚えています。闘争心あふれる投球スタイルで、地元の逸材。すんなり1位が決まり、指名当日にはまだ夢の数字だった「100マイル(160キロ)を出したい」と高い志も披露しました。
仮契約の祝宴は「和田金」。言わずと知れた松阪牛の老舗です。私たちは選手や関係者の喜ぶ顔を見たいのはもちろんですが、食べっぷりもひそかに観察します。もう指名してしまった後とはいえ、モジモジと遠慮するのではなくこちらの目が丸くなるほど豪快に食べる選手は、性格的にも体つくりの意味でもプロ向きです。例えば入団発表の前夜には名古屋市内のホテルでステーキを食べるのが慣例でしたが、スタートは500グラム。そこから「2枚目」つまり計1キロを平らげる選手はざらにいたものです。
小山は歴代ナンバーワンとは言い切れませんが、よく食べました。次々と追加のすき焼き肉が運ばれてきました。さて満腹し、会計。その時、事件が起きたのです。担当の近藤真市スカウトがなぜか慌てています。「僕の持ち合わせじゃ足りません!」。今は球団支給のクレジットカードを持たされていますが、当時は現金払いが基本でした。小山家に悟られるわけにはいきません。さりげなく私も退室し、もうひとりのスカウトともに3人の財布から現金をかき集め、何とか支払いを済ませたのです。
近藤はスカウト1年目。「ささいなことでも電話で済まさず、足を運べ」と教えたら、汗だくで駆け回っていた勤勉で優秀なスカウトでした。この「和田金事件」で成長し、2年後には岩瀬仁紀を担当します。
小山も楽天移籍後にリリーフとして花を咲かせました。典型的な大器晩成。実に21年ぶりに復帰する古巣で、ファンに喜んでもらえる選手を育ててもらいたいと思っています。(中日ドラゴンズ・元スカウト)
⚾岩手さんへ
柳川は以前に元阪神の林 威助がいましたが、未だに留学生がいるんですね!!
地域的に外国に近い九州は日南学園・日章学園など甲子園球児にも台湾人など外国留学生いましたから。
産経新聞は購読しているのでラジオ欄に掲載されているので、ちょいちょい読んでますね。
張本さんの現役時代は全く知りませんが、広島から浪商に来た話などはものの本で読んだことがあるので、少しだけ知識あります。
昔は不祥事が多数あり、連帯責任が厳しかったので辛い思いをされたようですね。それにあの頃は高校中退して即プロ野球選手になった方々も多数いるようだし。
山本 集監督はその通りです。藤田 照清理事長の覚えもめでたかったようで、、、高嶋先生は負けた次の日の朝には理事長室に呼び出され1時間説教喰らっていたらしいですが。
夢グループ石田社長は先月まで存在すら知らなかったですが、東北高校野球部出身で中退されたようですね。
竹田監督は仙台育英のイメージが強いですが、佐々木 主浩投手までは東北の監督されてましたね。
それから、ようやく・・・2023年シーズン終わらせました。
今春のセンバツですが、近畿勢がふがいない成績に終わり、最後の最後に報徳学園が2年連続大阪桐蔭に勝利しながら関東の新興私学に優勝旗をかっさらわれた悪夢があるので・・・。
当初は5話で終わらせようと思ってましたが、7話にしようかなと・・・。
田辺&耐久は外せないし、近江も応援していたので・・・。
宇治山田商も応援していたのでここで2つ書けます。
あとは長澤監督が退任したけれど、創志学園も入れたら7話になってしまうと。
P・S もう数年前にラジオDJ勇退されましたが、関西の重鎮・ヒロ寺平さんが毎朝担当するFM802の番組で、お気に入りの歌手の一人である平井 堅の曲を平日毎朝6時~10時のどこかでかけていた 🎵キャッチボール を観戦記の最後に使用させてもらいました。
さすがにここで便乗して毎日紹介するつもりはないですが、あの曲は僕も通勤時の阪急電車でよく聴いてました!
観戦記を見逃した閲覧者の方にも届けたい!?
平井堅 🎵キャッチボール
https://www.youtube.com/watch?v=JV31PUZkSoI
柳川高野球部のインドネシア人留学生ゲルハルド君ですが、今日の朝日新聞に斉藤佑樹未来へのメッセージと言う地域総合欄に載っていました。
新聞記事で言うと産経新聞にも話の肖像画と言う欄に現在は張本勲の事が載っています。
広島の旧名松本商から浪商に転校してからなど高校時代の事が載っていました。大体はVシネマで見ているので知っていました。
智弁学園の初代監督は浪商の同級生ですよね。
張本勲の前の連載は夢グループ石田社長でした。
CMでよく見る人ですが、東北高校に投手で確か特待生だったと思うけど、肩を壊し野球断念したようです。
これもスポーツ紙で見ました。
バント編は凄く興味深いです。
2日前に書き込んだがまたまた操作ミスで抹消したみたい!
年内に能書きを書き込んでいきたい!
2023秋季近畿大会記終わりましたね。
年内にスタートか2024春編!!
花巻の施設 夏の甲子園優勝投手が利用するらしい。
新聞記事で言うと産経新聞にも話の肖像画と言う欄に現在は張本勲の事が載っています。
広島の旧名松本商から浪商に転校してからなど高校時代の事が載っていました。大体はVシネマで見ているので知っていました。
智弁学園の初代監督は浪商の同級生ですよね。
張本勲の前の連載は夢グループ石田社長でした。
CMでよく見る人ですが、東北高校に投手で確か特待生だったと思うけど、肩を壊し野球断念したようです。
これもスポーツ紙で見ました。
バント編は凄く興味深いです。
2日前に書き込んだがまたまた操作ミスで抹消したみたい!
年内に能書きを書き込んでいきたい!
2023秋季近畿大会記終わりましたね。
年内にスタートか2024春編!!
花巻の施設 夏の甲子園優勝投手が利用するらしい。
📝「弱気は最大の敵」 インドネシアからの留学生が挑んだ甲子園への夢
https://news.yahoo.co.jp/articles/87d65b7eca569466b9b9fa85ab0ca00a18693d80
ウン・ゲルハルド投手(3年)。日本語がとても上手だったので、びっくりしました。野球人気は高くないインドネシアで小学校1年から野球を始めました。現地では珍しく小学校に「野球部」があり、母親がユニホームをみて「かっこいい」と思い、ゲルハルド選手に「やってみたら」と勧めたのがきっかけだそうです。
そこで日本人コーチに出会い、日本の高校野球の魅力や甲子園の存在を知りました。「中学生になると『日本に行きたい。日本で高校野球がやりたい』と思いました」と振り返ります。インターネットなどで調べてみると、インドネシアから留学生を受け入れている日本の高校は少ない中、柳川を見つけました。「野球も強いし、行ってみたいと思った」
柳川には国際科があり、10の国と地域から約80人の留学生を受け入れ、タイに中学校を開校するなど、海外に目を向けています。また、野球部は2005年夏以降、甲子園から遠ざかっていますが、春夏合わせて16回の甲子園出場(柳川商時代を含む)を誇る強豪です。
卒業生にはプロ野球・阪神タイガースで活躍した真弓明信さん(71)らがいます。
入学後、野球部に入部しましたが、やはり、壁にぶつかります。言葉の違いはもちろん、インドネシアにはない先輩・後輩の上下関係にも戸惑いました。特に上下関係は「恐ろしかった」と笑います。また、野球部の厳しい練習についていくのも苦労しました。当初はランニングなどでも、吐いてしまうこともあったそうです。
それでも、母国のコーチに教えてもらった「弱気は最大の敵」という言葉を胸に「気持ちだけは負けないようにって、それだけで食らいついていった。限界を超えるためにやり続けて、どんどん体力がついていった」と話します。
しかし、「このままやっていけるだろうか」という不安はぬぐえず、1年の冬にインドネシアに帰省した際、両親に相談します。両親は「ここまで頑張ったし、やめても悪いとは思わない」と言ってくれたそうです。でも、つらい練習に食らいついた日々が、ゲルハルド選手に「親にお金を出してもらって日本に行って、最後までやり切らないともったいない」と思わせていました。
同学年の甲斐田朋毅・前主将は「練習で何度吐いても弱音ははかなかった。がむしゃらでまじめ」と話します。「粘り強く、本当に頑張ったから、みんなが彼に声をかけ出した」と御所豊治監督(63)。「一生懸命さを前に出し、とにかくがむしゃらにやる」とも。
一方で「野球をやりたい」と思い、柳川に来たゲルハルド選手は、グラウンドに掲げられた「すべては甲子園にために」と書かれた横断幕を見て「本気で甲子園を目指そう」と気持ちを新たに。彼らの代では「チーム一丸」をスローガンに臨みました。練習の成果もあり、投手としてベンチ入りまであと一歩だった最後の夏。チームは福岡大会5回戦で惜しくも敗れました。
野球に打ち込んだ高校生活を「一生懸命、毎日を過ごし良い経験になった」と振り返ります。今の夢は、大学に行き、通訳として野球界で働くこと。「インドネシア野球の力になれたらいいな、と思います」と話してくれました。
彼の思いを受け継ぐように、1年生に2人のインドネシア留学生が入部しました。ゲルハルド選手も「毎日毎日、時間を無駄にせずに甲子園を目指して頑張って欲しい」とエールを送ります。
彼らがインドネシアに野球を持ち帰り、アジア全体に野球の輪が広がってくれれば。いろんな国と、野球を通じてつながっていく可能性を感じました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/87d65b7eca569466b9b9fa85ab0ca00a18693d80
ウン・ゲルハルド投手(3年)。日本語がとても上手だったので、びっくりしました。野球人気は高くないインドネシアで小学校1年から野球を始めました。現地では珍しく小学校に「野球部」があり、母親がユニホームをみて「かっこいい」と思い、ゲルハルド選手に「やってみたら」と勧めたのがきっかけだそうです。
そこで日本人コーチに出会い、日本の高校野球の魅力や甲子園の存在を知りました。「中学生になると『日本に行きたい。日本で高校野球がやりたい』と思いました」と振り返ります。インターネットなどで調べてみると、インドネシアから留学生を受け入れている日本の高校は少ない中、柳川を見つけました。「野球も強いし、行ってみたいと思った」
柳川には国際科があり、10の国と地域から約80人の留学生を受け入れ、タイに中学校を開校するなど、海外に目を向けています。また、野球部は2005年夏以降、甲子園から遠ざかっていますが、春夏合わせて16回の甲子園出場(柳川商時代を含む)を誇る強豪です。
卒業生にはプロ野球・阪神タイガースで活躍した真弓明信さん(71)らがいます。
入学後、野球部に入部しましたが、やはり、壁にぶつかります。言葉の違いはもちろん、インドネシアにはない先輩・後輩の上下関係にも戸惑いました。特に上下関係は「恐ろしかった」と笑います。また、野球部の厳しい練習についていくのも苦労しました。当初はランニングなどでも、吐いてしまうこともあったそうです。
それでも、母国のコーチに教えてもらった「弱気は最大の敵」という言葉を胸に「気持ちだけは負けないようにって、それだけで食らいついていった。限界を超えるためにやり続けて、どんどん体力がついていった」と話します。
しかし、「このままやっていけるだろうか」という不安はぬぐえず、1年の冬にインドネシアに帰省した際、両親に相談します。両親は「ここまで頑張ったし、やめても悪いとは思わない」と言ってくれたそうです。でも、つらい練習に食らいついた日々が、ゲルハルド選手に「親にお金を出してもらって日本に行って、最後までやり切らないともったいない」と思わせていました。
同学年の甲斐田朋毅・前主将は「練習で何度吐いても弱音ははかなかった。がむしゃらでまじめ」と話します。「粘り強く、本当に頑張ったから、みんなが彼に声をかけ出した」と御所豊治監督(63)。「一生懸命さを前に出し、とにかくがむしゃらにやる」とも。
一方で「野球をやりたい」と思い、柳川に来たゲルハルド選手は、グラウンドに掲げられた「すべては甲子園にために」と書かれた横断幕を見て「本気で甲子園を目指そう」と気持ちを新たに。彼らの代では「チーム一丸」をスローガンに臨みました。練習の成果もあり、投手としてベンチ入りまであと一歩だった最後の夏。チームは福岡大会5回戦で惜しくも敗れました。
野球に打ち込んだ高校生活を「一生懸命、毎日を過ごし良い経験になった」と振り返ります。今の夢は、大学に行き、通訳として野球界で働くこと。「インドネシア野球の力になれたらいいな、と思います」と話してくれました。
彼の思いを受け継ぐように、1年生に2人のインドネシア留学生が入部しました。ゲルハルド選手も「毎日毎日、時間を無駄にせずに甲子園を目指して頑張って欲しい」とエールを送ります。
彼らがインドネシアに野球を持ち帰り、アジア全体に野球の輪が広がってくれれば。いろんな国と、野球を通じてつながっていく可能性を感じました。
11/4 秋季近畿大会最終日決勝戦 大阪シティ信用金庫スタジアム 大阪桐蔭(大阪①)-京都外大西(京都①) 13:01~15:00
第9話 ありがとう舞洲 さよならするのはつらいけど・・・
一二三四五六七八九十計HE
京 外 西000000010 152 相馬、田中、相馬、田中-下曽山
大 桐 蔭01001000X 270 森、平嶋-増田
長かった2023年シーズンもこの1試合で終わる。
この日も半袖日和で西九条からレンタサイクルで舞洲入りする前に、、、あえて新大阪に寄り道して駅弁購入してからいつもの景色を見て常吉大橋を渡った。
とりあえず先に荷物を置いてネット裏中段席をキープして、弁当片手にセンターバックスクリーン奥の海岸線あずまやで駅弁食べてラジオ聞いてから再び球場入り。
スタンドを見れば外大西は今日もブラスバンドが来ていたが、桐蔭は録音応援だった・・・。
すでにセンバツ確定しているのでこの1試合だけのために舞洲まで足を運ぶ客は少数で広大なスタンドがいささか寂しい。11月四日でも夏のような陽射しのためにたっぷりと散水されていた。
両チームともにエース温存で外大西は昨日田中が完封していたのでファースト出場も仕方ないが、桐蔭はこの日も1年生・森が先発でエース平嶋は出てこない。
試合は1回表5球でツーアウトとなったが、3番・杉浦がセンター前ヒットを放ちすかさず盗塁と揺さぶってきたが、4番・杉浦3ボールから2球見逃し最後は空振り三振。
その裏、桐蔭は1番・境がレフトへツーベース。昔の桐蔭なら手堅くバントして1点を取りに来るが、甲子園優勝回数が多くなるにつれ、初回から力でねじ伏せようとエンドランなど強攻策が目立つ。2番・吉田が3球三振。3番・徳丸もセンターフライで走者が2塁釘付け。4番・ラマルには7球粘られ四球となったが、5番・吉野をセンターフライで抑え相馬投手もしっかり踏ん張り大事な立ち上がりを0点で抑えた。
しかし2回表あっさり3人で終わるとその裏、四球とバントで1死2塁とされ、8番・賀川が1-3からセンター前タイムリーヒットで初回の教訓を活かして1ヒットで先制。さらに森投手もバントして2死2塁で上位に回しここで1本出たらワンサイドになりかねなかったが、1番・境はスライダーに三振で最小限のダメージで食い止めた。
早く活路を開きたい外大西打線だが3回下位打線が連続三振。1番・西川がセーフティーを試みるもピッチャーゴロでキリキリ舞いだった。
その裏、ヒットと四球で無死1・2塁。上羽監督がタイムを要求して序盤の勝負所をどう抑えるか?と見ていたが、西谷監督は初回の強引さを引っ込めて4番・ラマルにも送りバントのサインを出したが3塁封殺。そして5番・吉野はピッチャーゴロゲッツーとこれでロースコアの接戦に終盤まで持ち込めば外大西にも勝機が出てくる予感がした!
4回表2番からの攻撃で期待したが、簡単にツーアウト。4番・松岡はライト前に微妙な打球を放ったが・・・ライト・境が中途半端に突っ込みこれを後逸してラッキーなツーベースとなりチャンス到来だったが、5番・相馬投手はファーストゴロに倒れ自分を助けられなかった。
その裏、桐蔭も簡単にツーアウトとなり、8番・賀川は初球ショートゴロだったがこれをショート・持田が悪送球。リズムを崩した相馬投手が相手投手の9番・森にストレートの四球を与え1・2塁と流れが悪くなったところで上羽監督はエース・田中と相馬の守備位置を代え最善尽くして1番・境はショートゴロに倒れ継投成功!
流れを変えるべく外大西は5回執拗なバント攻めに出てきた。先頭の田中が初球いきなりセーフティーをかましてファールの後に2球目ライト前ヒット。7番・中辻も初球バントファールの後2球目もバントしたがまさかのサードゴロ・・・。8番・下曽山はランナーなしの場面でもバントするケースが見受けられたが、ここは1死1塁なんで手堅くバントし2死2塁。9番・持田に期待がかかったが、投球前のけん制でセンターに悪送球を投げるもきっちりバックアップして3塁手前タッチアウトとトリックプレーに泣かされた↓↓
その裏、上羽監督はまたピッチャーとファーストの守備位置を代えて背番号3の相馬が再登板。しかし2番・吉田にセンター前ヒットと盗塁を許し、3番・徳丸のセカンド内野安打にエラーが絡み2点目を失うと、またまたピッチャーとファーストの守備位置交代。そのままエース・田中続投の方が良かったのだが、、、なおも続く無死2塁のピンチを4番・ラマルはチェンジアップで三振。直後にデッドボールをぶつけたものの、1・2塁と守りやすくなり注文通り6番・岡江を5-4-3ダブルプレーに仕留め2-0と桐蔭リードで折り返した。
やはり桐蔭はエース温存と余力を残して戦い総合力の高さをみせつけこの試合も優位に運んでいる。
外大西はトリッキーな継投で目先を交わそうとしているが、、、なんとか5回2失点と一応踏ん張ってはいるものの後手に回って反撃の糸口が見いだせない感は否めない。
1年生・森にてこづっているし、まだ後ろに複数投手控えているので残り4イニング2点以上返すのは難しそうに思えた・・・。
整備明けの6回連続三振などで森投手を捉えられないしまだ64球しか投げさせていないのでこのまま完封負けも考えられる局面だ。
それでものべ4番手となるエース・田中が打たせて取るピッチングで試合を壊さず、6回2死から森投手にヒットを浴びるも1番・境をピッチャーゴロに抑えまだ諦めていない姿勢は垣間見えた。
7回表1死から4番・松岡が四球で出塁。ホームランが出ればたちまち同点というシーンだが、外大西にそれだけの打力はないのでつないでつないで得点に結びつけるしかない。
やはり上羽監督はエンドランを多用して打者もファールでカットし粘りまくっていたが、10球目ボール球に手を出さず盗塁失敗・・・相馬も12球粘ったが最後はスプリットで三振とホームが遠かった。
その裏、桐蔭は2番からの攻撃で一気に突き放されるのでは?と警戒したが、内野ゴロ3つであえなく凡退。
8回表満を持して桐蔭はエース・平嶋投入。いきなり空振り三振を奪い剛速球がうなりを上げた。しかし、1死後2ストライクから四球を出しやや不安定なところも覗かせた。
代走・小世起用で上羽監督はまた足を絡めていくかと思いきや、8番・下曽山におとなしくバントのサインを出し2死2塁で9番・持田に回した。持田はショートゴロに倒れたと思われたが、ベースカバーがおらずラッキーな内野安打!このスキをついて代走・小世が長躯ホームインとスキのなさを見せ1点差に詰め寄った!
さらに1番・西川に代打・清水を起用して最後の勝負に出たが、2球で追い込まれ最後はスライダーで3球三振。
その裏、エース・田中が最後まで続投。先頭に代打を出しショート内野安打を喰らい、これを送って1死2塁。7番・増田は初球サードゴロで2死2塁となったところで、上羽監督は最後まで勝ちに行く姿勢を見せるべく8番・賀川を申告敬遠して9番・平嶋との勝負を選択し、レフトフライ。
いよいよ2023年最後のイニングとなった。2番からの攻撃で意地を見たかったが、あっさりツーアウト・・・4番・松岡は何とか四球をもぎとり、5番・相馬は初球レフト前ヒットで1・2塁となったところで2塁走者に代走・高島投入。さらに6番・田中もストレートの四球をもらって2死満塁。差はわずか1点なだけに押し出しでもエラーでも同点に追いつき9回裏を作れることも可能となる。ここで代打・鈴木が起用されベンチ20人中15人目の選手が出て来ての総力戦。2球で追い込まれるが粘ってフルカウントまで持ち込み。押し出しを願っていた8球目を打ち上げてしまいサードゴロで万事休す・・・。
結局、大阪桐蔭が今年も神宮行きを決める形となった。
終わってみれば2-1とロースコアの接戦となり、外大西も終盤見せ場を作ったがいかんせんこの1点の重みがズシリとのしかかった試合だった。
15時ちょうどに試合終了し、閉会式を最後まで見届け舞洲~西九条までのレンタサイクルラストラン!
ゆっくり名残惜しそうに漕いでいたのだが、それが災いし・・・なんと環状線全線ストップしており、駅周辺はごったがえしており、しゃーなしに市バスで福島方面を目指し、福島駅近くの喫茶店で打ち上げし、阪急・庄内駅近くの銭湯で1年の汗を流し、先頭から出た時にはもう漆黒の闇で秋風が身に染みた。
また次のシーズン2024年までかなり間があるが、あるいは5年ぶりに和歌山県勢センバツアベック出場の夢も耐久のお陰でちょっぴり出てきたし・・・・・。
~夢はでっかく和歌山県勢同士のセンバツ決勝戦~
の希望を胸に長い長い冬眠に入った。
平井堅 🎵キャッチボール
https://www.youtube.com/watch?v=JV31PUZkSoI
⚾今日の投手陣
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 四球 死球 三振 暴投 失点 自責
京外大西 相 馬 3 2/3 18 66 3 2 4 0 2 1 1 1
京外大西 田 中 1/3 1 2 0 0 0 0 0 0 0 0
京外大西 相 馬 0/3 2 7 2 0 0 0 0 0 1 0
京外大西 田 中 4 15 36 2 1 1 1 1 0 0 0
大阪桐蔭 森 7 24 85 3 1 1 0 8 0 0 0
大阪桐蔭 平 嶋 2 11 47 2 1 3 0 2 0 1 1
(完)
🌟新シリーズのお知らせ🌟
生誕50周年記念祭の春 96回記念センバツ観戦記
3/18 初日第2試合 田辺(和歌山)-星稜(石川)
第9話 ありがとう舞洲 さよならするのはつらいけど・・・
一二三四五六七八九十計HE
京 外 西000000010 152 相馬、田中、相馬、田中-下曽山
大 桐 蔭01001000X 270 森、平嶋-増田
長かった2023年シーズンもこの1試合で終わる。
この日も半袖日和で西九条からレンタサイクルで舞洲入りする前に、、、あえて新大阪に寄り道して駅弁購入してからいつもの景色を見て常吉大橋を渡った。
とりあえず先に荷物を置いてネット裏中段席をキープして、弁当片手にセンターバックスクリーン奥の海岸線あずまやで駅弁食べてラジオ聞いてから再び球場入り。
スタンドを見れば外大西は今日もブラスバンドが来ていたが、桐蔭は録音応援だった・・・。
すでにセンバツ確定しているのでこの1試合だけのために舞洲まで足を運ぶ客は少数で広大なスタンドがいささか寂しい。11月四日でも夏のような陽射しのためにたっぷりと散水されていた。
両チームともにエース温存で外大西は昨日田中が完封していたのでファースト出場も仕方ないが、桐蔭はこの日も1年生・森が先発でエース平嶋は出てこない。
試合は1回表5球でツーアウトとなったが、3番・杉浦がセンター前ヒットを放ちすかさず盗塁と揺さぶってきたが、4番・杉浦3ボールから2球見逃し最後は空振り三振。
その裏、桐蔭は1番・境がレフトへツーベース。昔の桐蔭なら手堅くバントして1点を取りに来るが、甲子園優勝回数が多くなるにつれ、初回から力でねじ伏せようとエンドランなど強攻策が目立つ。2番・吉田が3球三振。3番・徳丸もセンターフライで走者が2塁釘付け。4番・ラマルには7球粘られ四球となったが、5番・吉野をセンターフライで抑え相馬投手もしっかり踏ん張り大事な立ち上がりを0点で抑えた。
しかし2回表あっさり3人で終わるとその裏、四球とバントで1死2塁とされ、8番・賀川が1-3からセンター前タイムリーヒットで初回の教訓を活かして1ヒットで先制。さらに森投手もバントして2死2塁で上位に回しここで1本出たらワンサイドになりかねなかったが、1番・境はスライダーに三振で最小限のダメージで食い止めた。
早く活路を開きたい外大西打線だが3回下位打線が連続三振。1番・西川がセーフティーを試みるもピッチャーゴロでキリキリ舞いだった。
その裏、ヒットと四球で無死1・2塁。上羽監督がタイムを要求して序盤の勝負所をどう抑えるか?と見ていたが、西谷監督は初回の強引さを引っ込めて4番・ラマルにも送りバントのサインを出したが3塁封殺。そして5番・吉野はピッチャーゴロゲッツーとこれでロースコアの接戦に終盤まで持ち込めば外大西にも勝機が出てくる予感がした!
4回表2番からの攻撃で期待したが、簡単にツーアウト。4番・松岡はライト前に微妙な打球を放ったが・・・ライト・境が中途半端に突っ込みこれを後逸してラッキーなツーベースとなりチャンス到来だったが、5番・相馬投手はファーストゴロに倒れ自分を助けられなかった。
その裏、桐蔭も簡単にツーアウトとなり、8番・賀川は初球ショートゴロだったがこれをショート・持田が悪送球。リズムを崩した相馬投手が相手投手の9番・森にストレートの四球を与え1・2塁と流れが悪くなったところで上羽監督はエース・田中と相馬の守備位置を代え最善尽くして1番・境はショートゴロに倒れ継投成功!
流れを変えるべく外大西は5回執拗なバント攻めに出てきた。先頭の田中が初球いきなりセーフティーをかましてファールの後に2球目ライト前ヒット。7番・中辻も初球バントファールの後2球目もバントしたがまさかのサードゴロ・・・。8番・下曽山はランナーなしの場面でもバントするケースが見受けられたが、ここは1死1塁なんで手堅くバントし2死2塁。9番・持田に期待がかかったが、投球前のけん制でセンターに悪送球を投げるもきっちりバックアップして3塁手前タッチアウトとトリックプレーに泣かされた↓↓
その裏、上羽監督はまたピッチャーとファーストの守備位置を代えて背番号3の相馬が再登板。しかし2番・吉田にセンター前ヒットと盗塁を許し、3番・徳丸のセカンド内野安打にエラーが絡み2点目を失うと、またまたピッチャーとファーストの守備位置交代。そのままエース・田中続投の方が良かったのだが、、、なおも続く無死2塁のピンチを4番・ラマルはチェンジアップで三振。直後にデッドボールをぶつけたものの、1・2塁と守りやすくなり注文通り6番・岡江を5-4-3ダブルプレーに仕留め2-0と桐蔭リードで折り返した。
やはり桐蔭はエース温存と余力を残して戦い総合力の高さをみせつけこの試合も優位に運んでいる。
外大西はトリッキーな継投で目先を交わそうとしているが、、、なんとか5回2失点と一応踏ん張ってはいるものの後手に回って反撃の糸口が見いだせない感は否めない。
1年生・森にてこづっているし、まだ後ろに複数投手控えているので残り4イニング2点以上返すのは難しそうに思えた・・・。
整備明けの6回連続三振などで森投手を捉えられないしまだ64球しか投げさせていないのでこのまま完封負けも考えられる局面だ。
それでものべ4番手となるエース・田中が打たせて取るピッチングで試合を壊さず、6回2死から森投手にヒットを浴びるも1番・境をピッチャーゴロに抑えまだ諦めていない姿勢は垣間見えた。
7回表1死から4番・松岡が四球で出塁。ホームランが出ればたちまち同点というシーンだが、外大西にそれだけの打力はないのでつないでつないで得点に結びつけるしかない。
やはり上羽監督はエンドランを多用して打者もファールでカットし粘りまくっていたが、10球目ボール球に手を出さず盗塁失敗・・・相馬も12球粘ったが最後はスプリットで三振とホームが遠かった。
その裏、桐蔭は2番からの攻撃で一気に突き放されるのでは?と警戒したが、内野ゴロ3つであえなく凡退。
8回表満を持して桐蔭はエース・平嶋投入。いきなり空振り三振を奪い剛速球がうなりを上げた。しかし、1死後2ストライクから四球を出しやや不安定なところも覗かせた。
代走・小世起用で上羽監督はまた足を絡めていくかと思いきや、8番・下曽山におとなしくバントのサインを出し2死2塁で9番・持田に回した。持田はショートゴロに倒れたと思われたが、ベースカバーがおらずラッキーな内野安打!このスキをついて代走・小世が長躯ホームインとスキのなさを見せ1点差に詰め寄った!
さらに1番・西川に代打・清水を起用して最後の勝負に出たが、2球で追い込まれ最後はスライダーで3球三振。
その裏、エース・田中が最後まで続投。先頭に代打を出しショート内野安打を喰らい、これを送って1死2塁。7番・増田は初球サードゴロで2死2塁となったところで、上羽監督は最後まで勝ちに行く姿勢を見せるべく8番・賀川を申告敬遠して9番・平嶋との勝負を選択し、レフトフライ。
いよいよ2023年最後のイニングとなった。2番からの攻撃で意地を見たかったが、あっさりツーアウト・・・4番・松岡は何とか四球をもぎとり、5番・相馬は初球レフト前ヒットで1・2塁となったところで2塁走者に代走・高島投入。さらに6番・田中もストレートの四球をもらって2死満塁。差はわずか1点なだけに押し出しでもエラーでも同点に追いつき9回裏を作れることも可能となる。ここで代打・鈴木が起用されベンチ20人中15人目の選手が出て来ての総力戦。2球で追い込まれるが粘ってフルカウントまで持ち込み。押し出しを願っていた8球目を打ち上げてしまいサードゴロで万事休す・・・。
結局、大阪桐蔭が今年も神宮行きを決める形となった。
終わってみれば2-1とロースコアの接戦となり、外大西も終盤見せ場を作ったがいかんせんこの1点の重みがズシリとのしかかった試合だった。
15時ちょうどに試合終了し、閉会式を最後まで見届け舞洲~西九条までのレンタサイクルラストラン!
ゆっくり名残惜しそうに漕いでいたのだが、それが災いし・・・なんと環状線全線ストップしており、駅周辺はごったがえしており、しゃーなしに市バスで福島方面を目指し、福島駅近くの喫茶店で打ち上げし、阪急・庄内駅近くの銭湯で1年の汗を流し、先頭から出た時にはもう漆黒の闇で秋風が身に染みた。
また次のシーズン2024年までかなり間があるが、あるいは5年ぶりに和歌山県勢センバツアベック出場の夢も耐久のお陰でちょっぴり出てきたし・・・・・。
~夢はでっかく和歌山県勢同士のセンバツ決勝戦~
の希望を胸に長い長い冬眠に入った。
平井堅 🎵キャッチボール
https://www.youtube.com/watch?v=JV31PUZkSoI
⚾今日の投手陣
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 四球 死球 三振 暴投 失点 自責
京外大西 相 馬 3 2/3 18 66 3 2 4 0 2 1 1 1
京外大西 田 中 1/3 1 2 0 0 0 0 0 0 0 0
京外大西 相 馬 0/3 2 7 2 0 0 0 0 0 1 0
京外大西 田 中 4 15 36 2 1 1 1 1 0 0 0
大阪桐蔭 森 7 24 85 3 1 1 0 8 0 0 0
大阪桐蔭 平 嶋 2 11 47 2 1 3 0 2 0 1 1
(完)
🌟新シリーズのお知らせ🌟
生誕50周年記念祭の春 96回記念センバツ観戦記
3/18 初日第2試合 田辺(和歌山)-星稜(石川)
👣部員5人の南陵は善戦も16点差で敗れる ファウルアウトで終盤は4人の戦い
https://news.yahoo.co.jp/articles/dc43c28bcb082698dc35c3605eb9d159bac0e637
◇バスケットボール全国高校選手権第1日(2024年12月23日 東京体育館など)
開幕して男女の1回戦が行われ、男子は4大会連続4度目出場の和歌山南陵(和歌山)が長崎工(長崎)に64―80で敗れた。学校が深刻な経営難に陥った影響で今大会のメンバーは3年生の5人だけ。苦境を乗り越えて全国の舞台に立ったが、前代未聞の挑戦は1回戦で幕を閉じた。
メンバー5人の南陵は14人が出場した長崎工に善戦したが、16点差で敗戦。2点差に迫った第4Q残り6分42秒でファウルによる退場者が出て4人での戦いを余儀なくされると、終盤に突き放された。二宮主将は「3年間の集大成。南陵らしい、走らないバスケを40分間継続して、目の前の試合に勝ちたい」と一戦必勝を期していたが、白星は遠かった。
学校が深刻な経営難に陥り、現3年生が1年生だった22年に教員への給料未払いや公共料金の滞納など問題が多発。教員が授業をボイコットするなど混乱し、不安を抱いた生徒が大量に転向した。行政に新入生募集も禁止され、40人以上いたバスケ部員が今季は6人。寮の朝食が菓子パン1個だけの生活が約2カ月続いた時期もある。家族からの食事支援や、チーム運営費をクラウドファンディングで募るなどして苦境を乗り越えてきた。
紅白戦もできない状況で、8月の全国総体では1回戦を突破。今大会の県予選も勝ち抜いたが、その後、身長2メートル5の留学生が一時帰国して今大会は5人での戦い。消耗を抑えるため、時間をかけて攻める“走らないバスケ”を掲げるが、和中監督は「6人と5人では天と地の差。1人休めていたのが、全員がコートに立ち続けないといけない」と厳しい戦いを覚悟していた。
校歌はレゲエ。型破りな学校法人は校名変更前の09年にも不明瞭会計が問題化し一時休校している。大人の事情に振り回されながら、3年間戦い抜いた5人の高校生活は勝利に劣らない価値がある。試合終了間際に藤山がブザービータで決めた3点シュートはバスケの神様からの贈り物のように感じられた。
◆和歌山南陵高 元衆議院議員の井脇ノブ子氏が理事長を務める南陵学園が1990年に和歌山国際海洋高の校名で設立。09年に不明瞭な会計が発覚し、井脇氏は10年に多額の負債を残して校長と法人の理事長を辞職した。一時休校し、16年に現在の校名で再開校。22年には教員への給料未払いなどの問題が多発。教員が授業を行わないストライキを実施した。行政から生徒の募集や入学を停止する措置を命じられたが、今年4月に新理事長が就任して11月に解除された。
☝高校野球「弱小県」の名を返上せよ…夏の甲子園9大会連続初戦敗退の鳥取県が選手強化に本腰、元プロ招き「小さな県でもキラリと光る力を」
https://news.yahoo.co.jp/articles/2e49756e31b18622816b705fcf648528aa64b171
夏の甲子園大会9大会連続初戦敗退、70年近く8強入りなし――。高校野球「弱小県」の汚名を返上し、県民を勇気づけようと、鳥取県が選手強化に本腰を入れている。独自予算を計上し、Uターンした元読売巨人軍投手、川口和久さん(65)ら元プロに実技指導を依頼し、県外強豪校の招待試合を開催。甲子園準優勝など成果を上げた他県の先例もあり、再現を狙う。
鳥取は戦前の全国大会で4強入り4回を誇り、戦後も1960年春に米子東が準優勝した。夏はこの30年間でわずか3勝と、勝率は0割9分4厘で全国最下位。直近3年は零封負けが続く。
野球人気低下や人材流出を懸念する県高校野球連盟は2022年、県側に対策を相談。前年に古里の鳥取市に戻って就農していた川口さんに指導を仰いだ。
川口さんはアマチュアを指導できる学生野球資格を回復しており、県は翌年、スポーツ特別アドバイザーを委嘱。謝礼や交通費などに充てる年100万円の予算を確保した。川口さんは月1回ペースで県大会上位校への訪問指導を実践中で、制球力の高め方などを伝授された球児たちは「各自に合った的確なアドバイスをくれる。狙った所に強い球を投げられるようになった」と喜んでいる。
川口さんの人脈を生かし、広島東洋カープ時代の元同僚も講師に招いている。先月24日には、バッテリーを組んだ達川光男さん(69)、首位打者2回の内野手の正田耕三さん(62)らが各校合同の講習会に参加。倉吉東高(倉吉市)に集まった県内23校の指導者や選手約100人が、体の使い方や技術論の講義を受け、捕球方法や打撃フォームなどを学んだ。
10月13、14日には、県高野連が、県から一部費用の補助を受けながら鳥取市内で智弁和歌山(和歌山)との招待試合を開催。県秋季大会上位4校が全国レベルの強豪の胸を借りて経験を積んだ。
指導の成果で明るい兆しも見える。招待試合に参加した米子松蔭は、秋の中国大会で準優勝。 惣郷峻吏主将は「智弁和歌山は走塁意識が高く、自分たちも次の塁を狙う意識が高まった」と手応えを語る。
川口さんは「プロのノウハウを学び、甲子園で活躍を」と期待し、田中将・県スポーツ課長は「今夏の甲子園で8強入りした島根・大社高のように、小さな県でもキラリと光る力を発揮してほしい。県が活気づくきっかけとなれば」と願う。
秋田は強化プロジェクトを始め金足農が準優勝、佐賀も県が支援
近年、行政による高校野球強化で成果を上げたのは秋田県だ。夏の甲子園13年連続初戦敗退が2010年の県議会で取り上げられ、知事が「勝つための戦略を練る」と答弁。翌年から県教委と県高野連が「強化プロジェクト」を始めた。
甲子園優勝経験がある元監督やスポーツ科学の専門家による講習会を開き、投球、打撃動作の測定を通じた技術指導も実施。18年夏の 金足農準優勝につなげた。
佐賀県では現在、県出身の社会人野球選手を招いた指導や、県外強豪校の視察成果の共有などを県が支援している。
📝賛否両論!春のセンバツ「21世紀枠」に思うこと…来春は“快進撃”に密かに期待をしています(持丸修一/専修大松戸 野球部監督)
https://news.yahoo.co.jp/articles/58144aed0b51b0d739bf1cd69338cf5043455f53
【持丸修一 76歳名将の高校野球論】#53
先日、来春のセンバツの21世紀枠候補校9校が発表されました。どこも魅力的な学校ですが、その中でも壱岐(長崎)は部員21人全員が壱岐島出身ということもあり、話題をさらっています。
さて、この「21世紀枠」ですが……。存在意義がネット上では毎年のように議論になっていると聞きます。《野球振興のために欠かせない》《門戸を開くことも重要だ》といった声や、《本当に必要なのか》《実力で決めるべきではないか》といった否定的な意見もあるそうです。私は2つの側面で捉えています。
甲子園を目指して勝利を追求する「勝負師」として見れば、純粋に地方大会を勝ち上がった“野球の強い学校”が全国大会に出るべきでしょう。過去には秋の地方大会の準優勝校ではなく、日頃からボランティアに精を出すなど特色のある学校が甲子園切符を掴むこともあった。そんな現状を素直に受け入れられるかと問われたら、正直、複雑なところはあります。
一方、「教育の一環である高校野球」という面から見ると、重要な要素だとも考えられます。21世紀枠は心から野球が好きで一生懸命に取り組んでいる選手たちにとって希望でもあるのです。かつての出場校の選手たちを思い出してください。誰もが生き生きとした顔で、真剣にプレーしていました。その姿を見たら簡単に否定してしまうのも、いかがなものかと思ってしまいます。
総合すると、「春ぐらい、あってもいいのでは」と考えます。そもそも、本当の王者を決めるのは、夏の甲子園ですからね。
指導者として21世紀枠の出場校の戦い方は参考になる点も多々あります。最初に制度が導入された2001年は宜野座(沖縄)が準決勝進出の大躍進でした。当時、私は藤代(茨城)から同大会に臨んでいたため、現地で彼らの戦いぶりを目の当たりにし、レベルの高さに驚いたものです。
21世紀枠の出場校は大舞台に慣れていないせいか、本番では実力を発揮できないようなケースが目立ちます。それでも、来春のセンバツは前述のような“快進撃”が見られるのではと密かに期待を寄せています。今季から低反発バットが導入されたからです。
今夏の甲子園では下馬評をことごとく覆すようなジャイアントキリングが続出しました。21世紀枠の学校も、戦い方によってはひょっとしたら、ひょっとするかもしれません。
まずはどこの学校が来春の21世紀枠に選ばれるのか。選考委員会は1月24日。結果を楽しみに見守ります。
(持丸修一/専修大松戸 野球部監督)
https://news.yahoo.co.jp/articles/dc43c28bcb082698dc35c3605eb9d159bac0e637
◇バスケットボール全国高校選手権第1日(2024年12月23日 東京体育館など)
開幕して男女の1回戦が行われ、男子は4大会連続4度目出場の和歌山南陵(和歌山)が長崎工(長崎)に64―80で敗れた。学校が深刻な経営難に陥った影響で今大会のメンバーは3年生の5人だけ。苦境を乗り越えて全国の舞台に立ったが、前代未聞の挑戦は1回戦で幕を閉じた。
メンバー5人の南陵は14人が出場した長崎工に善戦したが、16点差で敗戦。2点差に迫った第4Q残り6分42秒でファウルによる退場者が出て4人での戦いを余儀なくされると、終盤に突き放された。二宮主将は「3年間の集大成。南陵らしい、走らないバスケを40分間継続して、目の前の試合に勝ちたい」と一戦必勝を期していたが、白星は遠かった。
学校が深刻な経営難に陥り、現3年生が1年生だった22年に教員への給料未払いや公共料金の滞納など問題が多発。教員が授業をボイコットするなど混乱し、不安を抱いた生徒が大量に転向した。行政に新入生募集も禁止され、40人以上いたバスケ部員が今季は6人。寮の朝食が菓子パン1個だけの生活が約2カ月続いた時期もある。家族からの食事支援や、チーム運営費をクラウドファンディングで募るなどして苦境を乗り越えてきた。
紅白戦もできない状況で、8月の全国総体では1回戦を突破。今大会の県予選も勝ち抜いたが、その後、身長2メートル5の留学生が一時帰国して今大会は5人での戦い。消耗を抑えるため、時間をかけて攻める“走らないバスケ”を掲げるが、和中監督は「6人と5人では天と地の差。1人休めていたのが、全員がコートに立ち続けないといけない」と厳しい戦いを覚悟していた。
校歌はレゲエ。型破りな学校法人は校名変更前の09年にも不明瞭会計が問題化し一時休校している。大人の事情に振り回されながら、3年間戦い抜いた5人の高校生活は勝利に劣らない価値がある。試合終了間際に藤山がブザービータで決めた3点シュートはバスケの神様からの贈り物のように感じられた。
◆和歌山南陵高 元衆議院議員の井脇ノブ子氏が理事長を務める南陵学園が1990年に和歌山国際海洋高の校名で設立。09年に不明瞭な会計が発覚し、井脇氏は10年に多額の負債を残して校長と法人の理事長を辞職した。一時休校し、16年に現在の校名で再開校。22年には教員への給料未払いなどの問題が多発。教員が授業を行わないストライキを実施した。行政から生徒の募集や入学を停止する措置を命じられたが、今年4月に新理事長が就任して11月に解除された。
☝高校野球「弱小県」の名を返上せよ…夏の甲子園9大会連続初戦敗退の鳥取県が選手強化に本腰、元プロ招き「小さな県でもキラリと光る力を」
https://news.yahoo.co.jp/articles/2e49756e31b18622816b705fcf648528aa64b171
夏の甲子園大会9大会連続初戦敗退、70年近く8強入りなし――。高校野球「弱小県」の汚名を返上し、県民を勇気づけようと、鳥取県が選手強化に本腰を入れている。独自予算を計上し、Uターンした元読売巨人軍投手、川口和久さん(65)ら元プロに実技指導を依頼し、県外強豪校の招待試合を開催。甲子園準優勝など成果を上げた他県の先例もあり、再現を狙う。
鳥取は戦前の全国大会で4強入り4回を誇り、戦後も1960年春に米子東が準優勝した。夏はこの30年間でわずか3勝と、勝率は0割9分4厘で全国最下位。直近3年は零封負けが続く。
野球人気低下や人材流出を懸念する県高校野球連盟は2022年、県側に対策を相談。前年に古里の鳥取市に戻って就農していた川口さんに指導を仰いだ。
川口さんはアマチュアを指導できる学生野球資格を回復しており、県は翌年、スポーツ特別アドバイザーを委嘱。謝礼や交通費などに充てる年100万円の予算を確保した。川口さんは月1回ペースで県大会上位校への訪問指導を実践中で、制球力の高め方などを伝授された球児たちは「各自に合った的確なアドバイスをくれる。狙った所に強い球を投げられるようになった」と喜んでいる。
川口さんの人脈を生かし、広島東洋カープ時代の元同僚も講師に招いている。先月24日には、バッテリーを組んだ達川光男さん(69)、首位打者2回の内野手の正田耕三さん(62)らが各校合同の講習会に参加。倉吉東高(倉吉市)に集まった県内23校の指導者や選手約100人が、体の使い方や技術論の講義を受け、捕球方法や打撃フォームなどを学んだ。
10月13、14日には、県高野連が、県から一部費用の補助を受けながら鳥取市内で智弁和歌山(和歌山)との招待試合を開催。県秋季大会上位4校が全国レベルの強豪の胸を借りて経験を積んだ。
指導の成果で明るい兆しも見える。招待試合に参加した米子松蔭は、秋の中国大会で準優勝。 惣郷峻吏主将は「智弁和歌山は走塁意識が高く、自分たちも次の塁を狙う意識が高まった」と手応えを語る。
川口さんは「プロのノウハウを学び、甲子園で活躍を」と期待し、田中将・県スポーツ課長は「今夏の甲子園で8強入りした島根・大社高のように、小さな県でもキラリと光る力を発揮してほしい。県が活気づくきっかけとなれば」と願う。
秋田は強化プロジェクトを始め金足農が準優勝、佐賀も県が支援
近年、行政による高校野球強化で成果を上げたのは秋田県だ。夏の甲子園13年連続初戦敗退が2010年の県議会で取り上げられ、知事が「勝つための戦略を練る」と答弁。翌年から県教委と県高野連が「強化プロジェクト」を始めた。
甲子園優勝経験がある元監督やスポーツ科学の専門家による講習会を開き、投球、打撃動作の測定を通じた技術指導も実施。18年夏の 金足農準優勝につなげた。
佐賀県では現在、県出身の社会人野球選手を招いた指導や、県外強豪校の視察成果の共有などを県が支援している。
📝賛否両論!春のセンバツ「21世紀枠」に思うこと…来春は“快進撃”に密かに期待をしています(持丸修一/専修大松戸 野球部監督)
https://news.yahoo.co.jp/articles/58144aed0b51b0d739bf1cd69338cf5043455f53
【持丸修一 76歳名将の高校野球論】#53
先日、来春のセンバツの21世紀枠候補校9校が発表されました。どこも魅力的な学校ですが、その中でも壱岐(長崎)は部員21人全員が壱岐島出身ということもあり、話題をさらっています。
さて、この「21世紀枠」ですが……。存在意義がネット上では毎年のように議論になっていると聞きます。《野球振興のために欠かせない》《門戸を開くことも重要だ》といった声や、《本当に必要なのか》《実力で決めるべきではないか》といった否定的な意見もあるそうです。私は2つの側面で捉えています。
甲子園を目指して勝利を追求する「勝負師」として見れば、純粋に地方大会を勝ち上がった“野球の強い学校”が全国大会に出るべきでしょう。過去には秋の地方大会の準優勝校ではなく、日頃からボランティアに精を出すなど特色のある学校が甲子園切符を掴むこともあった。そんな現状を素直に受け入れられるかと問われたら、正直、複雑なところはあります。
一方、「教育の一環である高校野球」という面から見ると、重要な要素だとも考えられます。21世紀枠は心から野球が好きで一生懸命に取り組んでいる選手たちにとって希望でもあるのです。かつての出場校の選手たちを思い出してください。誰もが生き生きとした顔で、真剣にプレーしていました。その姿を見たら簡単に否定してしまうのも、いかがなものかと思ってしまいます。
総合すると、「春ぐらい、あってもいいのでは」と考えます。そもそも、本当の王者を決めるのは、夏の甲子園ですからね。
指導者として21世紀枠の出場校の戦い方は参考になる点も多々あります。最初に制度が導入された2001年は宜野座(沖縄)が準決勝進出の大躍進でした。当時、私は藤代(茨城)から同大会に臨んでいたため、現地で彼らの戦いぶりを目の当たりにし、レベルの高さに驚いたものです。
21世紀枠の出場校は大舞台に慣れていないせいか、本番では実力を発揮できないようなケースが目立ちます。それでも、来春のセンバツは前述のような“快進撃”が見られるのではと密かに期待を寄せています。今季から低反発バットが導入されたからです。
今夏の甲子園では下馬評をことごとく覆すようなジャイアントキリングが続出しました。21世紀枠の学校も、戦い方によってはひょっとしたら、ひょっとするかもしれません。
まずはどこの学校が来春の21世紀枠に選ばれるのか。選考委員会は1月24日。結果を楽しみに見守ります。
(持丸修一/専修大松戸 野球部監督)
🔥「レゲエ校歌」で話題の和歌山南陵、廃校寸前から再建への道 バスケ部はウインターカップに出場
https://news.yahoo.co.jp/articles/5163b4e9bc0ceeb4863bdd2da7e97f662d6c2c8c
和歌山南陵高校が挑む再建への道(前編)
11月29日、その報せは唐突にもたらされた。
和歌山南陵高校、生徒募集停止の措置命令解除──。
和歌山南陵は今夏、「レゲエ校歌」で話題になった高校だ。「イェイイェイイェ~イ」のイントロで始まる、レゲエ調の校歌を夏の高校野球・和歌山大会で歌い上げた。その珍妙なニュースはスポーツ媒体のみならず、テレビのワイドショーでも大々的に取り上げられた。
【2億7000万円の滞納金】
レゲエ校歌をきっかけに多くの人間が和歌山南陵の「惨状」を知り、言葉を失ったに違いない。
全校生徒18名。その内訳は野球部10名、バスケットボール部6名、吹奏楽部2名。運動部の16名が暮らす寮は老朽化が進み、トイレは雨漏りのため寮生は傘を差して用を足すありさま。経営難のために各方面の支払いが滞り、寮の食事が菓子パン1個という時期もあった。
ほかにも給与未払に端を発した教職員のストライキ、元生徒による理事長(当時)へのパワハラ提訴など、和歌山南陵を取り巻くネガティブなニュースは枚挙にいとまがなかった。学校法人の南陵学園は相次ぐ行政指導の末に、2022年には生徒募集停止という重い措置命令を受けた。生徒はどんどん転校していき、最後まで残ったのが現3年生の18人だったのだ。
旧経営陣が総退陣し、4月に新たな理事長に就任したのが甲斐三樹彦だった。甲斐は大分県で経営コンサルタントをしており、かつては南陵学園の営業部長を務めた経緯もある。
火中の栗を拾う覚悟で理事長になった甲斐だったが、その再建へのハードルは想像以上に険しいものだった。
「直近の経理状態を調べようとしたら、決算書が2期分もない。行政から届いた指導書はすべてスルーしている。教員の不当解雇など裁判を50件以上も抱えている......。聞いていた話と全然違うやん、と頭を抱えました」
そもそも生徒募集停止という重い処分を受けた学校自体、前代未聞だった。甲斐は自身の人脈を頼りに学校の滞納金を完済すべく奔走する。その総額は約2億7000万円までふくらんでいた。
一方で老朽化が進む学校施設を修繕するため、クラウドファンディングも始めた。教職員もフル稼働し、たまりにたまった行政指導の書類や決算書の問題も、過去にさかのぼって片づけていった。
旧経営陣とそりが合わず離職した教員のなかには、甲斐から声をかけられて復職した者もいる。そのひとりである教員の古川彰弘は、こんなエピソードを明かした。
「学校現場には生徒ひとりひとりの小学校・中学校・高校の履歴を記録した『指導要録』という書類があるんですけど、見当たらないものもあって......。過去の在校生をさかのぼって、関連する学校に1件1件『指導要録をもう一度発行してください』と電話して回りました。『それは大変ですね、わかりました』という反応の方もいれば、『指導要録がないってどういうことですか? 経緯を説明する書類を送ってください』という方もいて。本来学校になければおかしい書類ですから、それも当然の反応なんですけどね。とにかく書類を集めるのは大変な作業でした」
全校生徒18名の学校では、毎日を過ごすだけで赤字がふくらんでいく。甲斐は明るく笑いながらも、「毎月1500万円の赤字です」と実情を明かした。
【発信力のある学校にしたい】
現代の日本社会は、少子高齢化の波が押し寄せている。経営不振で淘汰される学校は今後も増えていくに違いない。それでも、甲斐はなぜ和歌山南陵の再建を引き受けたのだろうか。率直に尋ねると、甲斐はこう答えた。
「日本を立て直すための人材を育てたいという思いが第一にあります。きれいごとではなく、生きるための力を持って、助け合える生徒を育てて、発信力のある学校にしたいんです。たしかにこんなにズタボロの学校ですから、『よう引き受けましたね』と言われます。でも、私はいろんな事業を見てきましたけど、学校経営で潰れるなんて考えられないんですよ。学校法人は税制上優遇されていますし、国からは補助金が出て、保護者からは学費を納めてもらえる。学校に魅力さえあれば、人もお金も集まるんですよ」
荒れ果てていた寮も、着実に改善に向かっている。水漏れを修理し、掃除中に発見したポリッシャーを使って床を磨き上げた。夏場には和歌山南陵のOBが志願して大掃除にやってきてくれた。業者への支払いができるようになったため、寮の食事も改善されている。雑草が伸び放題だったグラウンドも野球部部長の小林祐哉が地道に芝刈りをして回り、ようやく野球場らしくなってきた。
旧経営陣はメディアが学校内に立ち入ることすらシャットアウトしていたというが、甲斐の理事長就任後は「いい部分も悪い部分もすべて隠さずオープンにする」という方針に180度転換した。甲斐は噛み締めるように言った。
「一歩一歩、前に進んでいくしかないんです。ウチの校歌の歌詞のように」
【全国大会直前で非常事態発生】
こうして難局を乗り越え、なんとか生徒募集停止の措置命令が解けた。甲斐は「史上初の快挙です」と笑顔を見せつつ、早くも次のフェーズを見据えている。来年度の入試は2月に迫っており、生徒募集をするにはあまりに時間がなさすぎるのだ。
既存の野球部、バスケットボール部、吹奏楽部の生徒を募集しつつ、剣道部、サッカー部、バレーボール部、ラグビー部といった運動部も立ち上げる構想があるという。
教員の古川は、和歌山南陵が置かれた現状を独特な言葉で表現した。
「富士山を登る前に、とりあえず樹海を抜けたような感じですね。どこを見てもうっそうとした木々に囲まれていたのが、ようやく山の全容が見えて登山を始められる段階にきました」
経営陣も一新しているだけに、当初は学校名を変える方針だった。だが、甲斐にとって想定外だったのは、「レゲエ校歌」が想像以上にメディアに取り上げられ、話題になったことだった。
「とりあえず今年のために間に合わせでつくった校歌でしたが、あれだけ話題になってしまって......。多くの方から『学校名を変えないで』という言葉もいただきました。いつか『あんなボロボロの学校が、ここまでよくなったんだよ』と言われる学校にしていくために、和歌山南陵の名前はそのままにしたいと考えています」
新生・和歌山南陵の名前を世間に知らしめるイベントも間近に迫っている。部員わずか6人のバスケットボール部が夏のインターハイに続き、冬の全国大会・ウインターカップへの出場を決めたのだ。12月23日には長崎工業との初戦が組まれている。
ところが、大舞台を前に和歌山南陵バスケ部は非常事態に見舞われている。部員が1名欠け、なんと5選手でウインターカップを戦わなければならないのだ。
つづく>>
🔥たった5人でウインターカップに挑む和歌山南陵バスケ部 身長205センチの留学生がまさかの......
https://news.nifty.com/article/sports/athletic/12291-3677907/
和歌山南陵高校が挑む再建への道(後編)
和歌山南陵高校の体育館は、いつも静かだ。部員同士で必要最低限の声をかけ合う以外は、ボールが弾む音やバスケットシューズが擦れる音ばかりが響いている。
和歌山南陵バスケットボール部ヘッドコーチの和中裕輔は、「必要な声があればいい」という方針だ。
「練習を声で盛り上げて雰囲気をつくるのも大事ですけど、それでやる気を出しているようでは試合会場の雰囲気にのまれてしまうイメージがあるんです。私は選手自身のなかでモチベーションを持って、必要な時に『こっちやで!』とか声を出せることを大切にしたいんです」
【5人で戦うウインターカップ】
部員わずか6人のバスケ部は、今夏に快進撃を見せた。体力の消耗を避けるため、「走らないバスケ」を標榜。高校バスケにありがちな「走り合い」を避け、ゆっくりと時間を使う戦術に徹した。
一定の結果も出た。近畿大会でベスト4に進出し、インターハイに出場。初戦の延岡学園(宮崎)戦は75対67で勝利し、2回戦に関東大会王者・八王子学園八王子(東京)に54対96と敗れている。
冬のウインターカップでは、6人で日本一を狙う──。
そう力強く宣言していた和歌山南陵バスケ部だったが、ウインターカップを前に大きなアクシデントに見舞われた。
いつもは部員6人が動き回る練習風景のはずが、今は5人しかいない。主将を務める二宮有志は言う。
「イドリスがいなくなって、最初の頃は『しんどいな』と思っていました。でも、今はもうしょうがないと切り替えて、前を向いて練習しています」
ナイジェリアからの留学生であるアリュー・イドリス・アブバカが、進路の都合で帰国。当初はウインターカップまでに日本に戻ってくる予定だったが、11月下旬にアブバカから和中のもとに「やっぱり無理です」と連絡が入ったという。
和中は達観した表情で「今はなんとか5人で1回戦を勝ちたい、というモチベーションでやっています」と語った。
アブバカは身長205センチのセンターで、攻守の大黒柱だ。インサイドに強いだけでなく、ドライブで切り込むスピードや3ポイントシュートを放つ器用さも兼ね備えるオールラウンダー。アブバカを欠き、しかも残された選手全員がフルタイム出場しなければならない。その厳しさを誰もが痛感していた。実際に試合を戦ってみて、二宮はこんな実感を語っている。
「6人だと1人はまだ休めるのでラクでしたけど、5人になると想像以上にきつかったです。今のところケガ人はいませんが、多少の痛みは我慢してやるしかないんで。みんなでカバーし合ってやるしかないです」
【763万4000円の支援金】
これまで何度も逆境を乗り越えてきた。学校の経営難もあり、入学当初に14人いた同期生は6人まで減った。寮生活は過酷を極め、食事が菓子パン1個になった日もあれば、料金未納のためガスが止まった日もあった。トイレの天井から大量の水が漏れ、傘を差して用を足さなければならない時期もあった。そんな苦しい日々を過ごしてきた二宮であっても、ウインターカップを前にこんな弱音が口をついた。
「バスケをするためにこの学校に来たので、ある程度のことは我慢できたんです。でも、ここにきて5人で戦うっていうのは......一番しんどいですね」
アブバカを欠いても「走らないバスケ」をすることは変わらない。ただし、ヘッドコーチの和中は細部で戦術が変わることを示唆する。
「ゴール下の仕事は酒井(珀/178センチ)や紺野(翔太/181センチ)にやってもらいます。また、今までなら必ず足を止めるようなところでも、子どもたちの判断で走れるところは走ることになると思います」
高校生活最後にして、最大の逆境。それでも、和歌山南陵バスケ部には勝利をあきらめない理由がある。今年の5月にバスケ部員の保護者を中心に支援金を募るクラウドファンディングを展開。和歌山南陵の実態が広く報道された影響もあって、目標金額の80万円を大きく上回る763万4000円が集まった。
和中はこんな感謝の言葉を口にする。「クラファンでの支援金は遠征など活動費に使わせてもらって、ものすごくありがたかったです。6人だけだったら、絶対にやっていけなかったはずですから」
自分たちのやってきたバスケを全国に知らしめるとともに、サポートしてくれた人々への感謝の思いを形にしたい。その思いが、和歌山南陵バスケ部の5人を支えている。
二宮はこんな決意を口にした。「まだ緊張感が足りないところもあるので、試合までに突き詰めていきます。上を見ることなく、目の前の1試合1試合を戦っていくだけです」
選手5人──。本来なら「絶体絶命」というべき剣が峰に立たされた和歌山南陵バスケ部は、どんな戦いを見せられるか。ブザーが鳴る瞬間は、刻一刻と迫っている。
📝都道府県別 検索ランキング 今年山陰で注目されたワードは? 島根・鳥取で共通点も!?
https://news.yahoo.co.jp/articles/a957d970fcc087908085fc1921e7c21e89dd4210
今年も残すところ、あとわずか。そこで今回のテーマは、2024年を振り返るデータ「都道府県名と一緒に検索された言葉ランキング」。Googleが毎年発表しているもので、「島根県」「鳥取県」と一緒に、どんな言葉が検索されたのか、紹介します。
■ 島根県では 夏の熱狂!
第3位「鳥インフルエンザ」10月、大田市の農場で確認されました。
第2位「岸田文雄」4月に、当時総理大臣だった岸田氏が島根入り。
第1位「大社高等学校」この夏、“大社旋風”を巻き起こしました。
32年ぶりに出場した夏の甲子園で旋風を巻き起こした、大社高校。兵庫の報徳学園、長崎の創成館、西東京の早稲田実業と強豪を次々と倒し、ベスト8に進みました。
出雲市ではパブリックビューイングが行われ、大勢の人が見守ったほか、選手の父親が経営するスーパーには、野球部の活躍に期待する人が連日訪れるなど、地元が熱狂しました。
■ 鳥取県でも 躍進の高校が
第3位「メルキュール鳥取大山リゾート&スパ」4月に開業したリゾートホテルです。
第2位「鳥取1区」10月の衆議院選挙を受け、石破首相の選挙区が注目されました。
第1位「鳥取城北高等学校」スポーツや文化で躍進した1年となりました。
2024年3月の大相撲春場所。鳥取城北出身・尊富士が、新入幕で優勝し、110年ぶりの快挙を成し遂げました。一方、現役の相撲部員たちも、3月と5月の全国大会や、10月の国スポで団体優勝を果たすなど、躍動した1年となりました。
スポーツだけではありません。全国の高校生が、字の美しさやメッセージ性で競い合う、書道パフォーマンス甲子園。その全国大会で2連覇を達成したのです。
鳥取城北高校 書道部 小林 愛音 部長「支えてくださったすべての方々、2連覇とりました。ありがとうございました」
■ 高校生の活躍が目立った1年
ということで、山陰両県ともに、高校が注目される異例の結果となりました。来年はどんな1年になるでしょうか。
☝野球の楽しさ知って 未経験の児童らに体験イベント 高知
https://news.yahoo.co.jp/articles/5e6cf334ebc8e5549d7b2782cd7b518beabdfc9e
子どもたちが野球を始めるきっかけを作ろうと、バットやボールを使って遊ぶ体験イベント「キッズ・ベースボールフェスタin高知」が22日、高知市の県立春野運動公園野球場で開かれた。
高知県高野連が子ども向け野球体験イベントを実施するのは今回が初めて。①未就学児(年長と年中)、②野球未体験の小学1年生と2年生の2部に分かれて計80人ほどが参加し、県内の高校野球部員やプロ野球アカデミーのコーチらが講師を務めた。野球のルールを簡単にしたゲーム「BTボール」やホームラン競争、ボール投げ競争などを通して、子どもたちに野球の楽しさを感じてもらった。
日本高野連の集計によると、2024年度(5月末現在)の高知県の高校硬式野球部員は862人。全国最少の鳥取県(736人)に次いで少ない。都道府県別では徳島県(926人)を含めた3県が1000人未満だ。24年度の全国の高校の硬式野球部員数は12万7031人で、過去最多だった14年度(17万312人)より4万人以上少なく、10年連続で減少している。
高知県高野連は野球人口を増やすため、今後も毎年1回、体験イベントを続ける方針だ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/5163b4e9bc0ceeb4863bdd2da7e97f662d6c2c8c
和歌山南陵高校が挑む再建への道(前編)
11月29日、その報せは唐突にもたらされた。
和歌山南陵高校、生徒募集停止の措置命令解除──。
和歌山南陵は今夏、「レゲエ校歌」で話題になった高校だ。「イェイイェイイェ~イ」のイントロで始まる、レゲエ調の校歌を夏の高校野球・和歌山大会で歌い上げた。その珍妙なニュースはスポーツ媒体のみならず、テレビのワイドショーでも大々的に取り上げられた。
【2億7000万円の滞納金】
レゲエ校歌をきっかけに多くの人間が和歌山南陵の「惨状」を知り、言葉を失ったに違いない。
全校生徒18名。その内訳は野球部10名、バスケットボール部6名、吹奏楽部2名。運動部の16名が暮らす寮は老朽化が進み、トイレは雨漏りのため寮生は傘を差して用を足すありさま。経営難のために各方面の支払いが滞り、寮の食事が菓子パン1個という時期もあった。
ほかにも給与未払に端を発した教職員のストライキ、元生徒による理事長(当時)へのパワハラ提訴など、和歌山南陵を取り巻くネガティブなニュースは枚挙にいとまがなかった。学校法人の南陵学園は相次ぐ行政指導の末に、2022年には生徒募集停止という重い措置命令を受けた。生徒はどんどん転校していき、最後まで残ったのが現3年生の18人だったのだ。
旧経営陣が総退陣し、4月に新たな理事長に就任したのが甲斐三樹彦だった。甲斐は大分県で経営コンサルタントをしており、かつては南陵学園の営業部長を務めた経緯もある。
火中の栗を拾う覚悟で理事長になった甲斐だったが、その再建へのハードルは想像以上に険しいものだった。
「直近の経理状態を調べようとしたら、決算書が2期分もない。行政から届いた指導書はすべてスルーしている。教員の不当解雇など裁判を50件以上も抱えている......。聞いていた話と全然違うやん、と頭を抱えました」
そもそも生徒募集停止という重い処分を受けた学校自体、前代未聞だった。甲斐は自身の人脈を頼りに学校の滞納金を完済すべく奔走する。その総額は約2億7000万円までふくらんでいた。
一方で老朽化が進む学校施設を修繕するため、クラウドファンディングも始めた。教職員もフル稼働し、たまりにたまった行政指導の書類や決算書の問題も、過去にさかのぼって片づけていった。
旧経営陣とそりが合わず離職した教員のなかには、甲斐から声をかけられて復職した者もいる。そのひとりである教員の古川彰弘は、こんなエピソードを明かした。
「学校現場には生徒ひとりひとりの小学校・中学校・高校の履歴を記録した『指導要録』という書類があるんですけど、見当たらないものもあって......。過去の在校生をさかのぼって、関連する学校に1件1件『指導要録をもう一度発行してください』と電話して回りました。『それは大変ですね、わかりました』という反応の方もいれば、『指導要録がないってどういうことですか? 経緯を説明する書類を送ってください』という方もいて。本来学校になければおかしい書類ですから、それも当然の反応なんですけどね。とにかく書類を集めるのは大変な作業でした」
全校生徒18名の学校では、毎日を過ごすだけで赤字がふくらんでいく。甲斐は明るく笑いながらも、「毎月1500万円の赤字です」と実情を明かした。
【発信力のある学校にしたい】
現代の日本社会は、少子高齢化の波が押し寄せている。経営不振で淘汰される学校は今後も増えていくに違いない。それでも、甲斐はなぜ和歌山南陵の再建を引き受けたのだろうか。率直に尋ねると、甲斐はこう答えた。
「日本を立て直すための人材を育てたいという思いが第一にあります。きれいごとではなく、生きるための力を持って、助け合える生徒を育てて、発信力のある学校にしたいんです。たしかにこんなにズタボロの学校ですから、『よう引き受けましたね』と言われます。でも、私はいろんな事業を見てきましたけど、学校経営で潰れるなんて考えられないんですよ。学校法人は税制上優遇されていますし、国からは補助金が出て、保護者からは学費を納めてもらえる。学校に魅力さえあれば、人もお金も集まるんですよ」
荒れ果てていた寮も、着実に改善に向かっている。水漏れを修理し、掃除中に発見したポリッシャーを使って床を磨き上げた。夏場には和歌山南陵のOBが志願して大掃除にやってきてくれた。業者への支払いができるようになったため、寮の食事も改善されている。雑草が伸び放題だったグラウンドも野球部部長の小林祐哉が地道に芝刈りをして回り、ようやく野球場らしくなってきた。
旧経営陣はメディアが学校内に立ち入ることすらシャットアウトしていたというが、甲斐の理事長就任後は「いい部分も悪い部分もすべて隠さずオープンにする」という方針に180度転換した。甲斐は噛み締めるように言った。
「一歩一歩、前に進んでいくしかないんです。ウチの校歌の歌詞のように」
【全国大会直前で非常事態発生】
こうして難局を乗り越え、なんとか生徒募集停止の措置命令が解けた。甲斐は「史上初の快挙です」と笑顔を見せつつ、早くも次のフェーズを見据えている。来年度の入試は2月に迫っており、生徒募集をするにはあまりに時間がなさすぎるのだ。
既存の野球部、バスケットボール部、吹奏楽部の生徒を募集しつつ、剣道部、サッカー部、バレーボール部、ラグビー部といった運動部も立ち上げる構想があるという。
教員の古川は、和歌山南陵が置かれた現状を独特な言葉で表現した。
「富士山を登る前に、とりあえず樹海を抜けたような感じですね。どこを見てもうっそうとした木々に囲まれていたのが、ようやく山の全容が見えて登山を始められる段階にきました」
経営陣も一新しているだけに、当初は学校名を変える方針だった。だが、甲斐にとって想定外だったのは、「レゲエ校歌」が想像以上にメディアに取り上げられ、話題になったことだった。
「とりあえず今年のために間に合わせでつくった校歌でしたが、あれだけ話題になってしまって......。多くの方から『学校名を変えないで』という言葉もいただきました。いつか『あんなボロボロの学校が、ここまでよくなったんだよ』と言われる学校にしていくために、和歌山南陵の名前はそのままにしたいと考えています」
新生・和歌山南陵の名前を世間に知らしめるイベントも間近に迫っている。部員わずか6人のバスケットボール部が夏のインターハイに続き、冬の全国大会・ウインターカップへの出場を決めたのだ。12月23日には長崎工業との初戦が組まれている。
ところが、大舞台を前に和歌山南陵バスケ部は非常事態に見舞われている。部員が1名欠け、なんと5選手でウインターカップを戦わなければならないのだ。
つづく>>
🔥たった5人でウインターカップに挑む和歌山南陵バスケ部 身長205センチの留学生がまさかの......
https://news.nifty.com/article/sports/athletic/12291-3677907/
和歌山南陵高校が挑む再建への道(後編)
和歌山南陵高校の体育館は、いつも静かだ。部員同士で必要最低限の声をかけ合う以外は、ボールが弾む音やバスケットシューズが擦れる音ばかりが響いている。
和歌山南陵バスケットボール部ヘッドコーチの和中裕輔は、「必要な声があればいい」という方針だ。
「練習を声で盛り上げて雰囲気をつくるのも大事ですけど、それでやる気を出しているようでは試合会場の雰囲気にのまれてしまうイメージがあるんです。私は選手自身のなかでモチベーションを持って、必要な時に『こっちやで!』とか声を出せることを大切にしたいんです」
【5人で戦うウインターカップ】
部員わずか6人のバスケ部は、今夏に快進撃を見せた。体力の消耗を避けるため、「走らないバスケ」を標榜。高校バスケにありがちな「走り合い」を避け、ゆっくりと時間を使う戦術に徹した。
一定の結果も出た。近畿大会でベスト4に進出し、インターハイに出場。初戦の延岡学園(宮崎)戦は75対67で勝利し、2回戦に関東大会王者・八王子学園八王子(東京)に54対96と敗れている。
冬のウインターカップでは、6人で日本一を狙う──。
そう力強く宣言していた和歌山南陵バスケ部だったが、ウインターカップを前に大きなアクシデントに見舞われた。
いつもは部員6人が動き回る練習風景のはずが、今は5人しかいない。主将を務める二宮有志は言う。
「イドリスがいなくなって、最初の頃は『しんどいな』と思っていました。でも、今はもうしょうがないと切り替えて、前を向いて練習しています」
ナイジェリアからの留学生であるアリュー・イドリス・アブバカが、進路の都合で帰国。当初はウインターカップまでに日本に戻ってくる予定だったが、11月下旬にアブバカから和中のもとに「やっぱり無理です」と連絡が入ったという。
和中は達観した表情で「今はなんとか5人で1回戦を勝ちたい、というモチベーションでやっています」と語った。
アブバカは身長205センチのセンターで、攻守の大黒柱だ。インサイドに強いだけでなく、ドライブで切り込むスピードや3ポイントシュートを放つ器用さも兼ね備えるオールラウンダー。アブバカを欠き、しかも残された選手全員がフルタイム出場しなければならない。その厳しさを誰もが痛感していた。実際に試合を戦ってみて、二宮はこんな実感を語っている。
「6人だと1人はまだ休めるのでラクでしたけど、5人になると想像以上にきつかったです。今のところケガ人はいませんが、多少の痛みは我慢してやるしかないんで。みんなでカバーし合ってやるしかないです」
【763万4000円の支援金】
これまで何度も逆境を乗り越えてきた。学校の経営難もあり、入学当初に14人いた同期生は6人まで減った。寮生活は過酷を極め、食事が菓子パン1個になった日もあれば、料金未納のためガスが止まった日もあった。トイレの天井から大量の水が漏れ、傘を差して用を足さなければならない時期もあった。そんな苦しい日々を過ごしてきた二宮であっても、ウインターカップを前にこんな弱音が口をついた。
「バスケをするためにこの学校に来たので、ある程度のことは我慢できたんです。でも、ここにきて5人で戦うっていうのは......一番しんどいですね」
アブバカを欠いても「走らないバスケ」をすることは変わらない。ただし、ヘッドコーチの和中は細部で戦術が変わることを示唆する。
「ゴール下の仕事は酒井(珀/178センチ)や紺野(翔太/181センチ)にやってもらいます。また、今までなら必ず足を止めるようなところでも、子どもたちの判断で走れるところは走ることになると思います」
高校生活最後にして、最大の逆境。それでも、和歌山南陵バスケ部には勝利をあきらめない理由がある。今年の5月にバスケ部員の保護者を中心に支援金を募るクラウドファンディングを展開。和歌山南陵の実態が広く報道された影響もあって、目標金額の80万円を大きく上回る763万4000円が集まった。
和中はこんな感謝の言葉を口にする。「クラファンでの支援金は遠征など活動費に使わせてもらって、ものすごくありがたかったです。6人だけだったら、絶対にやっていけなかったはずですから」
自分たちのやってきたバスケを全国に知らしめるとともに、サポートしてくれた人々への感謝の思いを形にしたい。その思いが、和歌山南陵バスケ部の5人を支えている。
二宮はこんな決意を口にした。「まだ緊張感が足りないところもあるので、試合までに突き詰めていきます。上を見ることなく、目の前の1試合1試合を戦っていくだけです」
選手5人──。本来なら「絶体絶命」というべき剣が峰に立たされた和歌山南陵バスケ部は、どんな戦いを見せられるか。ブザーが鳴る瞬間は、刻一刻と迫っている。
📝都道府県別 検索ランキング 今年山陰で注目されたワードは? 島根・鳥取で共通点も!?
https://news.yahoo.co.jp/articles/a957d970fcc087908085fc1921e7c21e89dd4210
今年も残すところ、あとわずか。そこで今回のテーマは、2024年を振り返るデータ「都道府県名と一緒に検索された言葉ランキング」。Googleが毎年発表しているもので、「島根県」「鳥取県」と一緒に、どんな言葉が検索されたのか、紹介します。
■ 島根県では 夏の熱狂!
第3位「鳥インフルエンザ」10月、大田市の農場で確認されました。
第2位「岸田文雄」4月に、当時総理大臣だった岸田氏が島根入り。
第1位「大社高等学校」この夏、“大社旋風”を巻き起こしました。
32年ぶりに出場した夏の甲子園で旋風を巻き起こした、大社高校。兵庫の報徳学園、長崎の創成館、西東京の早稲田実業と強豪を次々と倒し、ベスト8に進みました。
出雲市ではパブリックビューイングが行われ、大勢の人が見守ったほか、選手の父親が経営するスーパーには、野球部の活躍に期待する人が連日訪れるなど、地元が熱狂しました。
■ 鳥取県でも 躍進の高校が
第3位「メルキュール鳥取大山リゾート&スパ」4月に開業したリゾートホテルです。
第2位「鳥取1区」10月の衆議院選挙を受け、石破首相の選挙区が注目されました。
第1位「鳥取城北高等学校」スポーツや文化で躍進した1年となりました。
2024年3月の大相撲春場所。鳥取城北出身・尊富士が、新入幕で優勝し、110年ぶりの快挙を成し遂げました。一方、現役の相撲部員たちも、3月と5月の全国大会や、10月の国スポで団体優勝を果たすなど、躍動した1年となりました。
スポーツだけではありません。全国の高校生が、字の美しさやメッセージ性で競い合う、書道パフォーマンス甲子園。その全国大会で2連覇を達成したのです。
鳥取城北高校 書道部 小林 愛音 部長「支えてくださったすべての方々、2連覇とりました。ありがとうございました」
■ 高校生の活躍が目立った1年
ということで、山陰両県ともに、高校が注目される異例の結果となりました。来年はどんな1年になるでしょうか。
☝野球の楽しさ知って 未経験の児童らに体験イベント 高知
https://news.yahoo.co.jp/articles/5e6cf334ebc8e5549d7b2782cd7b518beabdfc9e
子どもたちが野球を始めるきっかけを作ろうと、バットやボールを使って遊ぶ体験イベント「キッズ・ベースボールフェスタin高知」が22日、高知市の県立春野運動公園野球場で開かれた。
高知県高野連が子ども向け野球体験イベントを実施するのは今回が初めて。①未就学児(年長と年中)、②野球未体験の小学1年生と2年生の2部に分かれて計80人ほどが参加し、県内の高校野球部員やプロ野球アカデミーのコーチらが講師を務めた。野球のルールを簡単にしたゲーム「BTボール」やホームラン競争、ボール投げ競争などを通して、子どもたちに野球の楽しさを感じてもらった。
日本高野連の集計によると、2024年度(5月末現在)の高知県の高校硬式野球部員は862人。全国最少の鳥取県(736人)に次いで少ない。都道府県別では徳島県(926人)を含めた3県が1000人未満だ。24年度の全国の高校の硬式野球部員数は12万7031人で、過去最多だった14年度(17万312人)より4万人以上少なく、10年連続で減少している。
高知県高野連は野球人口を増やすため、今後も毎年1回、体験イベントを続ける方針だ。
📝【なぜ日本野球はバントを“乱用”するのか?:第3回】ビッグボールの方が実は「手堅い」? セイバーメトリクスの専門家が“送りバント信仰”を斬る
https://news.yahoo.co.jp/articles/7b87a3a548b8e283e685022db0063deaf9d5efb3
――「送りバントが効率的な作戦でない」ということは、ファンの間でもかなり浸透してきていると思います。にもかかわらず、プロ野球の現場でいまだに送りバントが多用されているのはなぜだと思われますか?
岡田友輔 球団もある程度は分かってきているとは思います。どちらかというと、現場の指導者がまだアップデートできていないというのが一点。もう一点は、我々も含めて「バントが非効率な作戦である」と伝える側の力不足もあるかな、と思います。プロ野球中継などではいまだに「走者が出たらバントがセオリー」という伝え方がされていますから。選手の側も「アウトを取らせてランナーを進塁させる」という感覚がずっと継承されているのかなと思います。
どうしてもゲッツーのマイナス面の大きさが強調されているので、だったら「最低限送った」「仕事をした」ということが重視されるのではないかと思います。得点を最大化するより「最低限の仕事をする」という日本人的な考え方が大きいのかな、と思います。
宮下博志 バントという作戦の成功体験が語られているのも大きいんじゃないかと思いますね。過去の蓄積に基づいて、バントそのものがプラスに評価されること自体が大きいと思います。「あのバントで勝った」というのはイメージできても、「あのバントで負けた」というのはなかなか突き詰められて分析されないですからね。
――成功体験という意味で言うと、「打率はどんなに頑張ってもシーズン4割はいかない。一方バントは多くの場合、成功率が6割を下回ることはない」というのが、バント多用の根拠としてよく引き合いに出されますが……。
岡田 それは「成功」の定義がまず間違ってるんですよね。まず、ヒットの3割は出塁を伴うので。それに対して、バントの成功率は90%くらいあるとしても、それはもうアウトを伴った進塁でしかないので。両者の価値が同等ではないんです。
日本の野球は「イニングごとに得点を取ること」が目的になっているんですよ。でも、野球というのは本来、9イニングの中で得点を最大化して、相手より1点でも多く取るのが攻撃の目的のはずなんです。でも、日本では送りバントでアウトになっても「やることはやった」とみなされてしまうわけですよね。その繰り返しが非効率な作戦の選択を続けてしまう要因なのではないかなと思います。
――1イニング3アウトしかないのに、自ら貴重な1アウトを差し出してまで進塁させるのは非効率だということは、別にセイバーメトリクスの専門家でなくともよく考えたら分かると思うのですが……。
岡田 そう。なので、僕は意外と日本人はデータ好きじゃないんじゃないかな、と思えてきたんですよ。アメリカ人は本当に合理的に「このような数字が出てるからこういう攻め方やりましょう、そうやって得点を最大化しましょう」とPDCAサイクルを回すことができるのに対して、日本はどうしても「これまで勝ってきたチームがこういうことやってきたから、それに倣ってやりましょう」となるのが大きく違うのかなと思いますね。
――日本は「得点圏にランナーを進めるメリット」を過大評価しているのに加えて、「強攻してゲッツーになるリスク」も過大評価していて、この2点が相まって「とりあえず送ろう」というメンタリティになっているような気がします。
岡田 おっしゃる通りですね。プロ野球でも、たまにバントをしない監督が出てくるんですが、だんだん元に戻ってしまうんですよね。やっぱり、選手も含めた周りの環境から、そういう方針を続けられなくなるようなプレッシャーがあるんじゃないかなと思うんですよね。
――ゲッツーになるリスクも当然込みでの強攻策のはずなんですが、いわゆる「手堅い野球支持派」の人たちは、強攻してゲッツーになった瞬間に「それ見たことか」となりますよね。
宮下 「手堅い」というのが本当はどういうことなのか、その考え方を変えなければいけないと思います。実際にはバントなどを多用する、いわゆるスモールボールよりも、長打で点を取るビッグボールの方が手堅く得点を取りやすいんですよ。ホームランであれば必ず1点は取れるので。塁を進めることが目的であるなら確かにバントは手堅いんですが、得点を取る上では長打の方が手堅いプレーだという発想が、共通認識としてまだ定着してないんですよね。
――そもそも強攻しても、ゴロアウトでランナーが進めば送りバントと同じ形になるわけですよね。振ってさえいれば、いい当たりでなくてもヒットになる確率だって十分あるわけで、強攻に対してあまりにもネガティブすぎる気がします。
岡田 根底には日本人の「その都度その都度、最適と思われる選択をし続けたい」という考え方がある気がしますね。アメリカの場合は、どちらかというと「勝つためにどのような戦い方が最適なのか」を考えるので。
――日本では送りバントで得点圏にランナーを進めて点が入らなかった場合、監督が「あと1本が出なかった」と、あたかも自分としては最善を尽くしたようなコメントを出しますよね。「そもそもバント自体が間違っているのでは?」という発想にはなかなかならない。
岡田 どちらかというと、「チャンスは作ったからあとは任せた」という感じになってますよね。でもこれは見る側の問題で、特に解説者がずっとアップデートされてないまま解説をしているのが問題だと思います。MLBの中継では新しいデータや戦術をかみ砕いて解説者が伝えてくれますが、日本の場合は技術論やメンタル面の話が主で、中継の内容も昔からそれほどアップデートされていないと思います。若い解説者の中には最新のデータに触れた話ができる人もいますが、その割合があまりにも小さいというのが問題でしょうね。
【第4回に続く】
📝【なぜ日本野球はバントを“乱用”するのか?:第4回】「バント=非効率」の根拠を説明できる解説者、メディアの重要性
https://news.yahoo.co.jp/articles/c81397b04e090b5a0836c4261d41b9bca0872dd4
――セイバーメトリクスでは「送りバントは非効率的で得点効率をむしろ下げる」という考え方が定着していますが、逆に送りバントが有効な局面というのはどのようなケースでしょうか?
宮下 プロレベルの成功率の高いバント、という条件であれば、投手の打席においては有効になる可能性が高いですね。打てない、出塁できない打者のバントが有効だというのはプロ野球でもよく言われますし、それは間違っていませんが、ただしその上限はかなり低いです。それこそ、OPSが.400にも届かないくらいの選手ですね。小林誠司(巨人)であっても、通算成績で見れば打った方が良いということになります(編集部注:2024年シーズン終了時点の通算OPSは.537)。
岡田 9回、クローザーに対して小林が打席に立って、かつサヨナラのランナーが二塁にいるようなケースであれば、バントをしてもいいかなという感じではありますね。つまり、本当に限られたケースでしかバントは有効ではないということですね。
――逆に、山﨑福也(日本ハム/通算OPS.562)のような選手であれば、バントするよりも打たせた方がいいということになりますね。たとえピッチャーであっても。
岡田 とにかく、バントした方がいいケースは思われている以上に少ないということなんです。我々アナリストも「バントを完全にやめるべきだ」とまでは言いませんが、少なくともランナーが一塁にいるケースで最初にバントが選択肢に上がるというのは、健全ではないということです。
――たとえば0対0の9回表無死一塁、あるいは二塁で、ピッチャーが全盛期の2011年ダルビッシュ有(当時日本ハム)というような状況であれば、バントはありですか?
宮下 バントが100%成功するのであれば、ランナー二塁ならもしかしたらありかもしれないですね。ランナー一塁だと微妙です。ランナーを三塁に進めると得点確率自体が上がるので、サヨナラの場面で、高い確率で成功できるという自信があるのなら、それはそれで一つの手段かなという気がしますね。
――「一つの手段」ということは、たとえ一打サヨナラの場面になるとしても、バントが強攻よりも有効性が上回ることはない、ということですか?
宮下 そもそもランナーが出ている時点で、たとえ全盛期のダルビッシュが相手でも得点には近づいているということですから。基本的にどの投手でもランナーを背負った場面ではパフォーマンスが若干下がりますよね。また、出塁を許している時点で万全のパフォーマンスではない可能性もあります。なので、あくまで選択肢の一つとしてバントはありだと思いますが、直前の打者が打っているんだから、打てないと決めつけるのは合理的ではないですよね。
岡田 DELTAでも、すごい投手と打てないバッターの組み合わせの場合を検証したことがありますが、そういった状況でもバントが有効になるケースはあまり増えなかったですね。そう考えると、今のプロ野球はみんなが思っている以上にバントをしすぎていると感じますね。
宮下 先ほども言った通り、打力が極端に低い投手が打席に立っているケース以外では、バントより打った方がいいということになりますね。マクロに見れば、バントの有効性はほとんどないと言えます。
岡田 もちろん、三塁手が極端に後ろに守っている場合などに奇襲としてバントを選択肢から外す必要はないと思いますが、少なくともランナーが出た時にファーストチョイスでバントするくらいなら、ヒットを打てばいい、ホームランを打てばいいということになります。攻撃としては当たり前の話ですよね。
――バントを多用することで、シーズン換算でどれくらい得点を損していることになるのでしょうか?
宮下 以前、計算したことがありますが、143試合換算で10点ほどマイナスになっています。勝利数換算で言うと1勝分くらいです。
――CS争いが1勝の差で決まるシーズンが少なくないことを考えると、1勝分と言っても無視できない差ですよね。
岡田 そうです。
――ということは、セイバーメトリクスに明るく、バントをほとんどしないMLBの監督が日本に来たら、大きなアドバンテージを得る可能性もありますね。
岡田 あると思います。ただ、後は選手にどうやって信じさせるかが大きいと思うんですよね。
――トレイ・ヒルマンが日本ハムの監督を務めていた頃、当初はバントをさせずにいたら選手からの抵抗が強くて、安心させるためにバントのサインを出していた……という逸話がありましたね。
岡田 先ほども宮下が言ったように、バントとヒッティングの差は年間で10点くらいなので、選手が平常心でプレーできないんだったらバントをする選択もありなのかなとは思います。ただ、近年はMLBで大谷翔平(ドジャース)が2番を打ったりしているのを見ているので、選手の側にも「2番にバントをさせる」以外の選択肢を浸透させられる可能性は高まっていると思いますけどね。
――日本にも今や各球団にデータスタッフがいますよね? そういった人たちがいろいろやっていると思いますが、彼らの知見が現場に伝わるまでにもう少し段階を踏まなければいけないのしょうか?
岡田 昔に比べて、フロント側の認識が変わっているのは間違いありません。後は現場の監督や選手にどう伝えるかだと思うんです。ただ、各チームのラインナップを見ていても、バントより打っていこうというチームはだいぶ増えてきたと思いますね。
――高校野球はプロ野球以上にバントを多用するわけですが、データ的には正当化されるんでしょうか?
宮下 難しいところですね。強豪校と違って、有力選手を多く集められないチームであれば、下位打線のオプションとしてバントはありかなと思います。ただ、甲子園に出てくるような強豪校は打てる選手も多いので、その場合は下位打線であってもあまりバントをする必要はないと思いますね。
――特に高校野球はプロ野球以上にバントが多くて、相手の守備陣もバントさせまいとするので、その中でやり抜くのはむしろ難しいですよね。
岡田 技術が未熟な中でお互いやっているので、どこに比重をかけるかはもう少し再検討していただきたいですね。
――今年の夏の甲子園でも、早稲田実業対大社の試合で、延長タイブレークで両軍が執拗にバントを繰り返したケースがありました。この場合、表側のチームは1点のみではセーフティリードと言えないはずですが、バントするのは最善の選択とは言るのでしょうか?
岡田 本当にあれは顕著なケースだと思いますね。日本はタイブレークになるとほとんどまずバントです。まずは一、二塁を二、三塁の形にしてヒットで2点と考えているのかもしれませんが、得点期待値から考えれば1点取れてまあまあ、2点以上取るのは難しいです。しかもあの試合では、表裏とも両チームが同じことをして4回失敗しましたからね。日本の作戦への意識が本当によく出ているなと感じました。
――改めて、過度な送りバント信仰が薄れるためには、何が必要だと思われますか?
宮下 それこそマネーボールのような、「NOバント」を打ち出して快進撃を続けるチームの登場。あるいは、メディアの側から「そのバントは有効だったのか?」という疑問が投げかけられる環境になれば、おそらく変わってくるのかなと。バントすることで批判される可能性が出てくるというだけで、監督の采配も変わってくると思いますね。
岡田 「バントが非効率である」という根拠をきちんと理解して、ファンに説明できる解説者が出現することですね。MLBでは新しいデータをかみくだいて視聴者に説明できなければ解説者が務まりませんが、日本の場合はそうではないですから。また我々としては、野球の作戦の形がどんどん変わっているということを踏まえて、バントについての説明をメディア側から建設的にしていただけるとありがたいですね。
✌野球できる喜び胸に「夏」へ 岡山学芸館・国近泰獅選手
https://news.yahoo.co.jp/articles/60d9572530e13dba6f5f8035a638b29e0b35f819
11月16日に岡山県倉敷市のマスカットスタジアムで開かれた県高野連の地区別選抜交流試合。第2試合の東部地区選抜のオーダー表を見て、思わず「おっ」と声が出た。
1番DH・国近泰獅(岡山学芸館、2年)。夏から十数試合見てきて、初めてスコアブックに名前が書けるぞ、と。
「国近ですか? 選手としては何もできませんよ。守れないし投げられないし打てない」。夏の甲子園を前に、佐藤貴博監督はあっさりと言い切った。4月に肩を手術し、全治6カ月。夏のベンチ入りはあきらめていたが、三塁コーチとして背番号15を与えられた。佐藤監督は「むちゃくちゃいいやつで人として信用できる」と理由を語る。
ただ、国近は「全力でプレーできるのにベンチを外れた3年生がいる。複雑な心境だった」と振り返る。
今、自分にできることを全力でやると心に決めた。練習ではサポートメンバーとして率先して動き、試合ではベンチワークの中心になった。
だが、記者としては事情を書けなかった。佐藤監督から「タイブレークやスクイズの機会にはピンチバンターに使いますよ」と聞いていたからだ。実際、国近は打撃練習ではケージに入り、バントだけしていた。「強打は無い」と相手に伝わっていては切り札にならない。自重するしかなかった。
国近は新チームで主将になったが、公式戦では三塁コーチと伝令に専念。11月になってようやく打席に立ったという。
交流試合では3打席で内野ゴロ二つと死球。それでも「久しぶりの試合だったので楽しかった。野球ができる喜びを感じました」。凡打でも笑顔で一塁へ走る姿が印象的だった。
とはいえまだ再起したばかり。新入生が入ってくれば100人近い大所帯をまとめる大役もある。「自分は技術で引っ張るキャプテンではない。プレーができなかった時期の経験をいかして、もう一度甲子園に戻り、目標のベスト8の壁を越えたいです」
https://news.yahoo.co.jp/articles/7b87a3a548b8e283e685022db0063deaf9d5efb3
――「送りバントが効率的な作戦でない」ということは、ファンの間でもかなり浸透してきていると思います。にもかかわらず、プロ野球の現場でいまだに送りバントが多用されているのはなぜだと思われますか?
岡田友輔 球団もある程度は分かってきているとは思います。どちらかというと、現場の指導者がまだアップデートできていないというのが一点。もう一点は、我々も含めて「バントが非効率な作戦である」と伝える側の力不足もあるかな、と思います。プロ野球中継などではいまだに「走者が出たらバントがセオリー」という伝え方がされていますから。選手の側も「アウトを取らせてランナーを進塁させる」という感覚がずっと継承されているのかなと思います。
どうしてもゲッツーのマイナス面の大きさが強調されているので、だったら「最低限送った」「仕事をした」ということが重視されるのではないかと思います。得点を最大化するより「最低限の仕事をする」という日本人的な考え方が大きいのかな、と思います。
宮下博志 バントという作戦の成功体験が語られているのも大きいんじゃないかと思いますね。過去の蓄積に基づいて、バントそのものがプラスに評価されること自体が大きいと思います。「あのバントで勝った」というのはイメージできても、「あのバントで負けた」というのはなかなか突き詰められて分析されないですからね。
――成功体験という意味で言うと、「打率はどんなに頑張ってもシーズン4割はいかない。一方バントは多くの場合、成功率が6割を下回ることはない」というのが、バント多用の根拠としてよく引き合いに出されますが……。
岡田 それは「成功」の定義がまず間違ってるんですよね。まず、ヒットの3割は出塁を伴うので。それに対して、バントの成功率は90%くらいあるとしても、それはもうアウトを伴った進塁でしかないので。両者の価値が同等ではないんです。
日本の野球は「イニングごとに得点を取ること」が目的になっているんですよ。でも、野球というのは本来、9イニングの中で得点を最大化して、相手より1点でも多く取るのが攻撃の目的のはずなんです。でも、日本では送りバントでアウトになっても「やることはやった」とみなされてしまうわけですよね。その繰り返しが非効率な作戦の選択を続けてしまう要因なのではないかなと思います。
――1イニング3アウトしかないのに、自ら貴重な1アウトを差し出してまで進塁させるのは非効率だということは、別にセイバーメトリクスの専門家でなくともよく考えたら分かると思うのですが……。
岡田 そう。なので、僕は意外と日本人はデータ好きじゃないんじゃないかな、と思えてきたんですよ。アメリカ人は本当に合理的に「このような数字が出てるからこういう攻め方やりましょう、そうやって得点を最大化しましょう」とPDCAサイクルを回すことができるのに対して、日本はどうしても「これまで勝ってきたチームがこういうことやってきたから、それに倣ってやりましょう」となるのが大きく違うのかなと思いますね。
――日本は「得点圏にランナーを進めるメリット」を過大評価しているのに加えて、「強攻してゲッツーになるリスク」も過大評価していて、この2点が相まって「とりあえず送ろう」というメンタリティになっているような気がします。
岡田 おっしゃる通りですね。プロ野球でも、たまにバントをしない監督が出てくるんですが、だんだん元に戻ってしまうんですよね。やっぱり、選手も含めた周りの環境から、そういう方針を続けられなくなるようなプレッシャーがあるんじゃないかなと思うんですよね。
――ゲッツーになるリスクも当然込みでの強攻策のはずなんですが、いわゆる「手堅い野球支持派」の人たちは、強攻してゲッツーになった瞬間に「それ見たことか」となりますよね。
宮下 「手堅い」というのが本当はどういうことなのか、その考え方を変えなければいけないと思います。実際にはバントなどを多用する、いわゆるスモールボールよりも、長打で点を取るビッグボールの方が手堅く得点を取りやすいんですよ。ホームランであれば必ず1点は取れるので。塁を進めることが目的であるなら確かにバントは手堅いんですが、得点を取る上では長打の方が手堅いプレーだという発想が、共通認識としてまだ定着してないんですよね。
――そもそも強攻しても、ゴロアウトでランナーが進めば送りバントと同じ形になるわけですよね。振ってさえいれば、いい当たりでなくてもヒットになる確率だって十分あるわけで、強攻に対してあまりにもネガティブすぎる気がします。
岡田 根底には日本人の「その都度その都度、最適と思われる選択をし続けたい」という考え方がある気がしますね。アメリカの場合は、どちらかというと「勝つためにどのような戦い方が最適なのか」を考えるので。
――日本では送りバントで得点圏にランナーを進めて点が入らなかった場合、監督が「あと1本が出なかった」と、あたかも自分としては最善を尽くしたようなコメントを出しますよね。「そもそもバント自体が間違っているのでは?」という発想にはなかなかならない。
岡田 どちらかというと、「チャンスは作ったからあとは任せた」という感じになってますよね。でもこれは見る側の問題で、特に解説者がずっとアップデートされてないまま解説をしているのが問題だと思います。MLBの中継では新しいデータや戦術をかみ砕いて解説者が伝えてくれますが、日本の場合は技術論やメンタル面の話が主で、中継の内容も昔からそれほどアップデートされていないと思います。若い解説者の中には最新のデータに触れた話ができる人もいますが、その割合があまりにも小さいというのが問題でしょうね。
【第4回に続く】
📝【なぜ日本野球はバントを“乱用”するのか?:第4回】「バント=非効率」の根拠を説明できる解説者、メディアの重要性
https://news.yahoo.co.jp/articles/c81397b04e090b5a0836c4261d41b9bca0872dd4
――セイバーメトリクスでは「送りバントは非効率的で得点効率をむしろ下げる」という考え方が定着していますが、逆に送りバントが有効な局面というのはどのようなケースでしょうか?
宮下 プロレベルの成功率の高いバント、という条件であれば、投手の打席においては有効になる可能性が高いですね。打てない、出塁できない打者のバントが有効だというのはプロ野球でもよく言われますし、それは間違っていませんが、ただしその上限はかなり低いです。それこそ、OPSが.400にも届かないくらいの選手ですね。小林誠司(巨人)であっても、通算成績で見れば打った方が良いということになります(編集部注:2024年シーズン終了時点の通算OPSは.537)。
岡田 9回、クローザーに対して小林が打席に立って、かつサヨナラのランナーが二塁にいるようなケースであれば、バントをしてもいいかなという感じではありますね。つまり、本当に限られたケースでしかバントは有効ではないということですね。
――逆に、山﨑福也(日本ハム/通算OPS.562)のような選手であれば、バントするよりも打たせた方がいいということになりますね。たとえピッチャーであっても。
岡田 とにかく、バントした方がいいケースは思われている以上に少ないということなんです。我々アナリストも「バントを完全にやめるべきだ」とまでは言いませんが、少なくともランナーが一塁にいるケースで最初にバントが選択肢に上がるというのは、健全ではないということです。
――たとえば0対0の9回表無死一塁、あるいは二塁で、ピッチャーが全盛期の2011年ダルビッシュ有(当時日本ハム)というような状況であれば、バントはありですか?
宮下 バントが100%成功するのであれば、ランナー二塁ならもしかしたらありかもしれないですね。ランナー一塁だと微妙です。ランナーを三塁に進めると得点確率自体が上がるので、サヨナラの場面で、高い確率で成功できるという自信があるのなら、それはそれで一つの手段かなという気がしますね。
――「一つの手段」ということは、たとえ一打サヨナラの場面になるとしても、バントが強攻よりも有効性が上回ることはない、ということですか?
宮下 そもそもランナーが出ている時点で、たとえ全盛期のダルビッシュが相手でも得点には近づいているということですから。基本的にどの投手でもランナーを背負った場面ではパフォーマンスが若干下がりますよね。また、出塁を許している時点で万全のパフォーマンスではない可能性もあります。なので、あくまで選択肢の一つとしてバントはありだと思いますが、直前の打者が打っているんだから、打てないと決めつけるのは合理的ではないですよね。
岡田 DELTAでも、すごい投手と打てないバッターの組み合わせの場合を検証したことがありますが、そういった状況でもバントが有効になるケースはあまり増えなかったですね。そう考えると、今のプロ野球はみんなが思っている以上にバントをしすぎていると感じますね。
宮下 先ほども言った通り、打力が極端に低い投手が打席に立っているケース以外では、バントより打った方がいいということになりますね。マクロに見れば、バントの有効性はほとんどないと言えます。
岡田 もちろん、三塁手が極端に後ろに守っている場合などに奇襲としてバントを選択肢から外す必要はないと思いますが、少なくともランナーが出た時にファーストチョイスでバントするくらいなら、ヒットを打てばいい、ホームランを打てばいいということになります。攻撃としては当たり前の話ですよね。
――バントを多用することで、シーズン換算でどれくらい得点を損していることになるのでしょうか?
宮下 以前、計算したことがありますが、143試合換算で10点ほどマイナスになっています。勝利数換算で言うと1勝分くらいです。
――CS争いが1勝の差で決まるシーズンが少なくないことを考えると、1勝分と言っても無視できない差ですよね。
岡田 そうです。
――ということは、セイバーメトリクスに明るく、バントをほとんどしないMLBの監督が日本に来たら、大きなアドバンテージを得る可能性もありますね。
岡田 あると思います。ただ、後は選手にどうやって信じさせるかが大きいと思うんですよね。
――トレイ・ヒルマンが日本ハムの監督を務めていた頃、当初はバントをさせずにいたら選手からの抵抗が強くて、安心させるためにバントのサインを出していた……という逸話がありましたね。
岡田 先ほども宮下が言ったように、バントとヒッティングの差は年間で10点くらいなので、選手が平常心でプレーできないんだったらバントをする選択もありなのかなとは思います。ただ、近年はMLBで大谷翔平(ドジャース)が2番を打ったりしているのを見ているので、選手の側にも「2番にバントをさせる」以外の選択肢を浸透させられる可能性は高まっていると思いますけどね。
――日本にも今や各球団にデータスタッフがいますよね? そういった人たちがいろいろやっていると思いますが、彼らの知見が現場に伝わるまでにもう少し段階を踏まなければいけないのしょうか?
岡田 昔に比べて、フロント側の認識が変わっているのは間違いありません。後は現場の監督や選手にどう伝えるかだと思うんです。ただ、各チームのラインナップを見ていても、バントより打っていこうというチームはだいぶ増えてきたと思いますね。
――高校野球はプロ野球以上にバントを多用するわけですが、データ的には正当化されるんでしょうか?
宮下 難しいところですね。強豪校と違って、有力選手を多く集められないチームであれば、下位打線のオプションとしてバントはありかなと思います。ただ、甲子園に出てくるような強豪校は打てる選手も多いので、その場合は下位打線であってもあまりバントをする必要はないと思いますね。
――特に高校野球はプロ野球以上にバントが多くて、相手の守備陣もバントさせまいとするので、その中でやり抜くのはむしろ難しいですよね。
岡田 技術が未熟な中でお互いやっているので、どこに比重をかけるかはもう少し再検討していただきたいですね。
――今年の夏の甲子園でも、早稲田実業対大社の試合で、延長タイブレークで両軍が執拗にバントを繰り返したケースがありました。この場合、表側のチームは1点のみではセーフティリードと言えないはずですが、バントするのは最善の選択とは言るのでしょうか?
岡田 本当にあれは顕著なケースだと思いますね。日本はタイブレークになるとほとんどまずバントです。まずは一、二塁を二、三塁の形にしてヒットで2点と考えているのかもしれませんが、得点期待値から考えれば1点取れてまあまあ、2点以上取るのは難しいです。しかもあの試合では、表裏とも両チームが同じことをして4回失敗しましたからね。日本の作戦への意識が本当によく出ているなと感じました。
――改めて、過度な送りバント信仰が薄れるためには、何が必要だと思われますか?
宮下 それこそマネーボールのような、「NOバント」を打ち出して快進撃を続けるチームの登場。あるいは、メディアの側から「そのバントは有効だったのか?」という疑問が投げかけられる環境になれば、おそらく変わってくるのかなと。バントすることで批判される可能性が出てくるというだけで、監督の采配も変わってくると思いますね。
岡田 「バントが非効率である」という根拠をきちんと理解して、ファンに説明できる解説者が出現することですね。MLBでは新しいデータをかみくだいて視聴者に説明できなければ解説者が務まりませんが、日本の場合はそうではないですから。また我々としては、野球の作戦の形がどんどん変わっているということを踏まえて、バントについての説明をメディア側から建設的にしていただけるとありがたいですね。
✌野球できる喜び胸に「夏」へ 岡山学芸館・国近泰獅選手
https://news.yahoo.co.jp/articles/60d9572530e13dba6f5f8035a638b29e0b35f819
11月16日に岡山県倉敷市のマスカットスタジアムで開かれた県高野連の地区別選抜交流試合。第2試合の東部地区選抜のオーダー表を見て、思わず「おっ」と声が出た。
1番DH・国近泰獅(岡山学芸館、2年)。夏から十数試合見てきて、初めてスコアブックに名前が書けるぞ、と。
「国近ですか? 選手としては何もできませんよ。守れないし投げられないし打てない」。夏の甲子園を前に、佐藤貴博監督はあっさりと言い切った。4月に肩を手術し、全治6カ月。夏のベンチ入りはあきらめていたが、三塁コーチとして背番号15を与えられた。佐藤監督は「むちゃくちゃいいやつで人として信用できる」と理由を語る。
ただ、国近は「全力でプレーできるのにベンチを外れた3年生がいる。複雑な心境だった」と振り返る。
今、自分にできることを全力でやると心に決めた。練習ではサポートメンバーとして率先して動き、試合ではベンチワークの中心になった。
だが、記者としては事情を書けなかった。佐藤監督から「タイブレークやスクイズの機会にはピンチバンターに使いますよ」と聞いていたからだ。実際、国近は打撃練習ではケージに入り、バントだけしていた。「強打は無い」と相手に伝わっていては切り札にならない。自重するしかなかった。
国近は新チームで主将になったが、公式戦では三塁コーチと伝令に専念。11月になってようやく打席に立ったという。
交流試合では3打席で内野ゴロ二つと死球。それでも「久しぶりの試合だったので楽しかった。野球ができる喜びを感じました」。凡打でも笑顔で一塁へ走る姿が印象的だった。
とはいえまだ再起したばかり。新入生が入ってくれば100人近い大所帯をまとめる大役もある。「自分は技術で引っ張るキャプテンではない。プレーができなかった時期の経験をいかして、もう一度甲子園に戻り、目標のベスト8の壁を越えたいです」
💢国宝・松江城と並び立つ「ほぼ天守」並みマンション建設へ…市の対応は迷走、市長の直談判も不発
https://news.yahoo.co.jp/articles/3231e53952c71916c75ca51dd246d71fbe5111f9?page=1
松江市の国宝・松江城近くで建設が進むマンションを巡り、市の対応が揺れている。いったんは景観基準に抵触しないと判断したが、お墨付きを与えた審議会の委員から「誤りだった」との声が噴出。市は事業者に高さを下げるよう要請したものの実現の見通しは立たず、市民から批判が出ている。
◆一度は「基準を満たしている」
マンションは19階建てで106戸の分譲を予定。高さ57・03メートルは、約200メートル北側にある松江城の天守(海抜56・72メートル)とほぼ同じで、マンションとしては市内で最も高くなる。
市の景観計画では、松江城など3か所を眺望保全の重点区域に指定し、松江城については「天守から見える東西南北の山の稜線の眺望を妨げない」との基準を設けている。
市は昨年10月、施主の京阪電鉄不動産(大阪市)から建設の届け出を受け、建築の専門家らで構成する市景観審議会に諮問した。審議会は、眺望を妨げないとの市の見解も踏まえて審議し、同年11月2日、上定昭仁市長に「基準を満たしている」と答申した。
◆やり直し意見書
しかし、市民団体「まつえ/風景会議」は今年1月、「城下町の景観が大きく損なわれる」として、建設予定地の購入を求める要望書を市に提出。さらに2月には、審議会委員12人中9人が「街並みとの調和も一体として審議すべきだった」として、審議のやり直しを求める意見書を市に出した。
ある委員は「市が景観を妨げないと言う以上、反対しづらい空気だった。恥をさらすようだが、看過できなかった」と話した。
上定市長は「答申を反故にすることはできない」として審議会に再び諮問はしなかったが、「松江らしい景観を保全する観点から望ましくない」と表明。京阪電鉄不動産に高さを低くするよう申し入れたが、採算面から断られたという。
マンションは3月末に着工。8月には、城周辺の町内会が建設反対の陳情書を市議会に提出した。上定市長は10月、親会社の京阪ホールディングス(同)にも高さの引き下げを直談判したものの、受け入れられなかったという。
マンションは2026年11月に完成予定だ。京阪電鉄不動産は「法令に基づいて手続きを進めており、計画通りに建設する」としている。
市は景観基準の見直しや、建物の高さを法的に規制できる「高度地区」への指定の検討を始めたが、既に着工したこのマンションには適用できない。土地の購入については「事業目的のない土地を買い取ることはできない」と否定している。
◆「甘えあった」
建築家で市民団体事務局の寺本和雄さん(79)は「松江城は市民にとってのシンボルで、城の高さを超える建物ができるなんて思ってもみなかった。市はもっと早く高度地区の指定や景観計画の見直しをすべきだった」と憤る。市が目指す松江城の世界遺産登録についても「障害になる」と懸念する。上定市長は「これまで高層マンションがなかったところに甘えていた部分があった」と認めつつ、「新たな活路を見いだす状況にはなりにくい」と語った。
◆松江城=関ヶ原の戦いで功を上げ、出雲・隠岐の領主となった堀尾吉晴が松江市中心部の亀田山に築き、天守は1611年に完成した。築城当時のまま残る全国12の天守のうち5番目に古く、2015年に国宝に指定された。
松本市・姫路市は城周辺を「高度地区」指定
城周辺の景観保護を巡っては、対策に動いた自治体もある。
長野県松本市では1999年11月、国宝・松本城近くの商業区域に、高さ29・4メートルの天守を上回るマンション(9階建て、31・5メートル)の建設計画が浮上。翌年に建設反対の住民運動が起こり、市は市営住宅の用地として土地を購入する形で建設を止めた。さらに2001年3月、32・6ヘクタールの城周辺を高度地区に指定し、高さを15~20メートルに制限した。
兵庫県姫路市も21年4月、世界遺産・姫路城周辺の大手前通り地区について、同様に高度地区に指定し、地上から石垣までの高さと同じ50メートルなどに規制している。
市によると、大手前通りに面した百貨店跡地に高層マンションなどが建つ可能性があったことなどから判断したという。
💢三重・木本高校教諭を懲戒免職 野球部遠征費など計77万円を私的流用
https://www.chunichi.co.jp/article/1002552
三重県立木本高校の野球部の遠征費などを私的流用した上、同僚教員の金を盗んだ同校の男性教諭(27)について、県教委は20日、懲戒免職処分とした。
県教委によると、当時野球部の監督だった教諭は、8~9月にかけて部員から集めた遠征費や部費のうち、計約77万円を私的に流用。9~10月には同僚教員4人の机の引き出しから計約12万円を盗んだ。いずれも競馬などのオンラインギャンブルでつくった借金の返済や生活費に充てていた。これまでに全額を弁済した。
野球部の活動への影響を懸念する保護者らの意向もあり、学校側は刑事告発しない方針。
📝県立社高校のグラウンドが人工芝に 斎藤知事が式典に参列
https://news.yahoo.co.jp/articles/03f6edc93add0bc5d2e3d145df9d1087d0c78670
兵庫県が取り組んでいる「グラウンドの芝生化」のモデル事業として県立社高校の芝生化が完成し、20日完成記念式が行われました。
加東市の県立社高校に整備された人工芝のサッカーグラウンドの面積はおよそ8200平方メートルで2024年5月から半年ほどかけて整備されました。
県は教育投資への予算として6年間でおよそ300億円をかけエアコンの設置や部活動備品の購入など県立学校の環境整備に取り組むことを発表していて、今回、「グラウンドの芝生化」として社高校など県内3校が人工芝グラウンドに整備されます。
この人工芝グラウンドには地下に貯め込んだ雨水を蒸発させることでグラウンドの高温化を防ぐ環境に配慮した工夫が施されています。
このシステムの導入は全国の県立学校で初めてだということです。
20日に開かれた完成記念式には、斎藤知事が参加。参列した生徒らに「勉強やスポーツに目標を持って取り組んでほしい」と激励しました。
この人工芝グラウンドはサッカーの試合や体育の授業、部活動などで使用されるということです。
📝なぜ日本野球はバントを“乱用”するのか?:第1回】「V9巨人起源説」も「高校野球の影響説」も無理がある?――犠打信仰の“起源”への疑問
https://news.yahoo.co.jp/articles/4bee247d3049b01a008fc2ff58ac69a3922a4dd8
海の向こうのMLBでは、今や2番打者と言えばスラッガーだ。大谷翔平(ドジャース)も、今季開幕当初は2番を打っていた。当然、彼らはバントなどしない。そもそも、今やメジャーリーグでは送りバントという作戦自体がほとんど見られない。もともとMLBではバントは少なかったのに加え、近年は「送りバントはかえって得点期待値を下げる非効率な作戦である」という考え方が現場に浸透していることが大きい。
だが、日本ではいまだに2番と言えば「小技」の印象が強い、さらに言えば、2番打者に限らず犠牲バントが多用される傾向にある。2024年シーズンの数字を見ると、MLBでは1チームの1試合平均犠打数がたった0.1個だったが、NPBは0.8個。ざっくり言えば、MLBは10試合に1犠打ペースなのに対し、日本はほぼ1試合1個に近い割合で送りバントを記録していることになる。
日本でも、セイバーメトリクスの考えが徐々に浸透し、「犠打非効率論」は若いファンを中心に広く知られつつある。だが、「現場」ではいまだにバントが多用されている状況は変わらない。
それにしても、日本球界はなぜこれほどまでにバントを多用するのだろうか? その理由については、これまで主に2つの説があった。一つは「V9巨人起源説」だ。1965~73年に巨人が達成した空前絶後の日本シリーズ9連覇(V9)は、送りバントなどの小技を多用するスモールボール戦法を効果的に活用したことによってもたらされたものであり、そこから犠打の重要性が球界に広まったという説である。加えて、当時の監督だった川上哲治がバイブルとしていた『ドジャースの戦法』という教則本にバントの重要性が記されている、と唱える人もいる。
だが、データを見てみると、実はV9巨人の犠打はそれほど多くない。65~73年の1シーズン平均は81個で、2024年の水準ではむしろ少ない部類に入る。また、当時の巨人打線には王貞治&長嶋茂雄の”ON砲”が君臨していて、そもそもスモールボール頼みのチームでもなかった。『ドジャースの戦法』も、実際に読んでみるとせいぜい「バントは僅差の試合の勝敗を左右し得る重要な要素」と書かれているにすぎない。
さらに言えば、V9直後に球界全体で犠打が急増した、といった事実もない。送りバントが増え始めるのは80年代に入ってからであり、V9巨人が球界を席巻した時期からするとタイムラグがある。
V9起源説と並んで有力とされているのが、「高校野球の影響説」だ。トーナメント方式で行われる日本の高校野球では、目先の1点をがむしゃらに取りにいくことを重要する指導者が多く、プロ野球以上に送りバントが多用されている。この精神性がプロにも影響している、というものだ。
だが、この説にも疑義がある。夏の甲子園大会が始まったのは1915年で、高校野球はプロ野球誕生のはるか以前から人気コンテンツだった。だが、前述したようにプロ野球で犠打が増え始めるのは80年代に入ってから。もし高校野球の影響なのだとしたら、プロ野球創設直後には、すでに送りバントが多用されていなければおかしい。
となれば、犠打が増え始めた本当の理由は一体何なのだろうか? また、作戦として効率的ではないこと証明されているにもかかわらず、今に至るまでバントが多用されているのはなぜなのだろうか? 有識者へのインタビューなどを通じ、これらの疑問についてさまざまな角度で解き明かしてみたい。【第2回に続く】
📝【なぜ日本野球はバントを“乱用”するのか?:第2回】「監督の保身」と「球団のノウハウ蓄積不足」スポーツ評論家・玉木正之が考えるバント依存の背景
https://news.yahoo.co.jp/articles/ab9d590847bd47483608584755843e28d7801baf
まず前置きしておきたいのは、実は日本のバント批判は大正時代からあるということです。明治時代の終わり頃から、早稲田大、慶応大、明治大などが盛んにアメリカ遠征をして、そこからバントの概念が輸入されました。また、ほぼ同時期の1915年に全国中等学校優勝野球大会(夏の甲子園の前身)が始まり、トーナメントで何とか勝ちたいとバントが多用されるようになった。当時の日本人は非力でしたから、ヒットがなかなか打てず、出塁した走者を何とか進塁させて本塁に近づけ、とにかく点を取りたいという思いが強かったんですね。
このような経緯から、1925年に当時の慶応大監督だった三宅大輔(編集部注:34年にベーブ・ルースらが来日した日米野球で日本代表の監督を務めた人物。36~37年は阪急、44年には中日の前身である産業軍の監督も務めた)が、「必要以上にバントが乱用されている」とすでに言っているんです。文脈は違いますが、バントばかりの野球が面白くないと感じる人は当時からいたわけです。
ただ、この当時の精神性が、今もバントが多用されている原因につながっているとは必ずしも限りません。一般的には「ドジャースの戦法」を取り入れた65~73年のV9巨人が起源という説が有力になっていますが、当時の巨人は一番多い年(66年)でもバントは1シーズン100個で、今の水準からすれば多いとは言えない。ましてや一番少ない年(70年)は65個でしかない。ほぼ2試合に1回しかバントしていないんですよ。だから、「V9起源説」も必ずしも正しくないわけです。
むしろ私は、NPBのバントブームの発端は85年の阪神だと思っています。この年のタイガースと言えば、バース、掛布雅之、岡田彰布を中心に当時のセ・リーグ記録となる219本塁打を放ちながらも、141犠打は12球団最多。非力と言われていた日本人が本塁打を打てるようになってもいまだにバントを多用する精神性は、この阪神が始まりのような気がしてならないんですよね。
では、もう40年近くも前の精神性をいまだに引きずっているのはどうしてかというと、これはもう「監督の保身」が第一でしょう。「自分としては点を取る作戦を目指しているけど、選手が打てないからバントのサインを出さざるを得ない」――そういう論法ですよ。
ただ、保身といっても今と昔では文脈が違います。セイバーメトリクスが普及する前は、まだファンにも解説者にも「バントは有効な戦術だ」という根拠のない認識が広がっていた。だから、バントが必要とされる場面でそれ以外の戦法を取ってしまうと、ファンや解説者の反発が大きかったというのはあると思います。ファンが納得しないから、というのは興行であるプロ野球においては存外に大きなファクターになるんですよ。
実際にこれはV9巨人の参謀だった牧野茂さんが話していたんですが、当時すでに王貞治を2番に置くプランを考えたことがあったそうです。今で言う「2番最強打者説」ですね。というのも、1番・柴田勲が出塁して、2番の土井正三が送りバントをすると、3番の王は敬遠されてしまう。もちろん後ろに長嶋茂雄が控えているけど、それでも打つ確率は3割ほど(編集部注:王敬遠後の長嶋の通算打率は.277)。だったら、王を2番に置いた方がいいんじゃないか、という話が出たそうなんです。実際にオープン戦で確か2回試して、牧野さんと川上哲治監督は「これはいいんじゃないか」という話になったそうです。
「じゃあ、何で使わなかったんですか?」と聞いたら、牧野さんは「いや、周囲が納得しないからだ」と言ってました。当時、バントを支持していた世論もそれと同じで、確率の高い/低いをきちんと考えないで、間違った先入観でしかない考え方がセオリーのようにされて全部正しいという論調で話されてしまう。今も野球中継を見ていて、解説者やアナウンサーが「ここはバントですね」という話し方をしているのと同じです。
でも現在は、少なくともファンのレベルでは「バントが有効ではない」という概念はかなり一般的になってきました。少なくともバントをしないことに対してファンの反発は少ないと思うんだけど、それでもプロ野球の監督がバントのサインを出し続けるのは「昔から正しいと言われている戦術をきちんとやってますよ」という意味での保身ですね。
でも、考えてみればこれはおかしな話なんです。昔ながらの戦法が必ずしも正しいとは限らないというのは、MLBを見ても明らかですよね。たとえば2002~03年のアスレティックスは、これまで軽視されていた出塁率を重視する“マネーボール戦法”で、低予算ながらも地区優勝を成し遂げた。今ではそれが球界の常識にまでなっている。何でああいうチームがアメリカでは出てきて、日本では出ないのか? それはNPB各球団の内部に、そして球界全体に、強くなるためのノウハウがほとんど蓄積されていないということが大きいんじゃないかと思います。
MLBの場合、オーナーがゼネラルマネジャーを採用して、そのGMが監督を採用する形式を取っている。これにはメリットが2つあって、まず野球を理解している人が監督人事を決められること。もう一つは、組織内に勝てる野球のノウハウが蓄積されていくことです。だから監督が代わっても、組織としての強さがそこまで影響を受けることは少ない。
でも、NPBの監督人事は、はっきり言って選手時代の功績が高い人に与えられるものです。またGMという地位にしても、MLBのそれとは悪い意味でまったく異なるもので、チームを強くするためにどうすればいいかということを、監督やコーチの人事と選手の構成に基づいてきちんと分かっている人はほとんどいないんじゃないかと思います。
これがどのような弊害を生むかと言えば、ある監督の導入した良い施策が、まったく組織として引き継がれていかないわけですよ。監督が代われば全部白紙になってしまうんです。
これは僕が広岡達朗監督の就任1年目、82年の西武のキャンプの取材に行った時のことです。管理野球の広岡さんだから、紅白戦を見ると前任の根本陸夫監督の時からサインプレーがすごく増えていて、選手が戸惑っていた。なので、広岡監督に取材した時に「サインがかなり増えたみたいですが、それは自覚してやっておられるんですか?」と聞いたら、「そんなものは知らない」と言われた。「(根本さんから)引き継ぎしてないんですか?」とさらに聞いたら、「出ていけ」って言われてしまったんですよ。つまり、球団単位でノウハウの引継ぎはまったくされていなくて、監督の手腕に任せっきりになっていたということです。
広岡さんはそれでも勝てる監督でしたが、同様に彼のノウハウもチーム内にはほとんど蓄積されていないと思います。これは他のチームでも同じでしょう。もし引き継がれていれば、野村克也監督時代の“再生工場”のノウハウが、今のヤクルトで実践されていてもおかしくないはずですよ。
日本の“バント信仰”の解消にあたっては、これは存外に大きな問題ですよ。仮にどこかの監督が今後、MLBに倣ってほとんどバントをしない野球をしたとしても、またそれで勝てたとしても、その監督が辞めてしまったら元の木阿弥になる可能性がある。そうならないためには、MLBのように球団がちゃんとしたGMを採用して、そのGMが主導となって球団組織を改革していくくらいじゃないとダメでしょうね。でも、親会社の宣伝になればいいという感じの今のプロ野球を見ていると、それは望み薄でしょう。NPBからバントが主流でなくなる日は、まだまだ遠い……と思わざるを得ないですね。【第3回に続く】
⚾岩手さんへ
なんとか2023年観戦記は年内に認めるメドが経ちました!
コロナ騒動で中止や無観客になった時に差を全部詰めましたが、本格再開してまた周回遅れですね・・・・・。
中国と近畿の順番を入れ替えたりやりくりしましたが、とりあえず年内に去年の分は片付きそうでほっと一息。
今春のセンバツ観戦記はあえて5話に絞って先に進めようとしております。
さて、今日は外出していたのでTVをほとんど見てませんが、ゴゴスマは結構気に入ってますね!
特にダンディーな石塚さんと澤さんの天気予報!!
石塚さんはCBCラジオ土曜朝7時から2時間レギュラー放送を担当されており、三重遠征の折には途中から近鉄特急でラジオ聞いてますね。
ところで、学校に下駄箱が無いところなんて本当にあるんですか???
少なくとも僕の小中学校は普通にあったし、大阪に越境入学した高校でもありましたが・・・・・。
不祥事は毎月報告されてますよね、、、大阪偕星は3代連続監督が不祥事で処分されているらしいです。
倉吉北は久しぶりに名前を聴きましたが、かつては鳥取城北がこういうたぐいの話に絡むイメージありました。
木本は公立ゆえに人事異動でどこかから優秀な監督が来ればまた変わるかもしれません。
しかし、野球人は常日頃から人格教育を受けており、礼節正しいイメージが強いのですが、いじめや飲酒喫煙・暴力に盗撮などなど枚挙に暇がないのが心苦しいですね。
ストレスのたまりやすい環境にあると思いますが、そのはけ口がこれでは寂しいです。。。
P・S 僕は関西人ですが、話にオチをつけるのはできないですね・・・・・。
大阪を中心にみんなお笑いタレントのように話し上手と思われたら困りますね(笑)
とりあえずマイペースでやっていきます。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3231e53952c71916c75ca51dd246d71fbe5111f9?page=1
松江市の国宝・松江城近くで建設が進むマンションを巡り、市の対応が揺れている。いったんは景観基準に抵触しないと判断したが、お墨付きを与えた審議会の委員から「誤りだった」との声が噴出。市は事業者に高さを下げるよう要請したものの実現の見通しは立たず、市民から批判が出ている。
◆一度は「基準を満たしている」
マンションは19階建てで106戸の分譲を予定。高さ57・03メートルは、約200メートル北側にある松江城の天守(海抜56・72メートル)とほぼ同じで、マンションとしては市内で最も高くなる。
市の景観計画では、松江城など3か所を眺望保全の重点区域に指定し、松江城については「天守から見える東西南北の山の稜線の眺望を妨げない」との基準を設けている。
市は昨年10月、施主の京阪電鉄不動産(大阪市)から建設の届け出を受け、建築の専門家らで構成する市景観審議会に諮問した。審議会は、眺望を妨げないとの市の見解も踏まえて審議し、同年11月2日、上定昭仁市長に「基準を満たしている」と答申した。
◆やり直し意見書
しかし、市民団体「まつえ/風景会議」は今年1月、「城下町の景観が大きく損なわれる」として、建設予定地の購入を求める要望書を市に提出。さらに2月には、審議会委員12人中9人が「街並みとの調和も一体として審議すべきだった」として、審議のやり直しを求める意見書を市に出した。
ある委員は「市が景観を妨げないと言う以上、反対しづらい空気だった。恥をさらすようだが、看過できなかった」と話した。
上定市長は「答申を反故にすることはできない」として審議会に再び諮問はしなかったが、「松江らしい景観を保全する観点から望ましくない」と表明。京阪電鉄不動産に高さを低くするよう申し入れたが、採算面から断られたという。
マンションは3月末に着工。8月には、城周辺の町内会が建設反対の陳情書を市議会に提出した。上定市長は10月、親会社の京阪ホールディングス(同)にも高さの引き下げを直談判したものの、受け入れられなかったという。
マンションは2026年11月に完成予定だ。京阪電鉄不動産は「法令に基づいて手続きを進めており、計画通りに建設する」としている。
市は景観基準の見直しや、建物の高さを法的に規制できる「高度地区」への指定の検討を始めたが、既に着工したこのマンションには適用できない。土地の購入については「事業目的のない土地を買い取ることはできない」と否定している。
◆「甘えあった」
建築家で市民団体事務局の寺本和雄さん(79)は「松江城は市民にとってのシンボルで、城の高さを超える建物ができるなんて思ってもみなかった。市はもっと早く高度地区の指定や景観計画の見直しをすべきだった」と憤る。市が目指す松江城の世界遺産登録についても「障害になる」と懸念する。上定市長は「これまで高層マンションがなかったところに甘えていた部分があった」と認めつつ、「新たな活路を見いだす状況にはなりにくい」と語った。
◆松江城=関ヶ原の戦いで功を上げ、出雲・隠岐の領主となった堀尾吉晴が松江市中心部の亀田山に築き、天守は1611年に完成した。築城当時のまま残る全国12の天守のうち5番目に古く、2015年に国宝に指定された。
松本市・姫路市は城周辺を「高度地区」指定
城周辺の景観保護を巡っては、対策に動いた自治体もある。
長野県松本市では1999年11月、国宝・松本城近くの商業区域に、高さ29・4メートルの天守を上回るマンション(9階建て、31・5メートル)の建設計画が浮上。翌年に建設反対の住民運動が起こり、市は市営住宅の用地として土地を購入する形で建設を止めた。さらに2001年3月、32・6ヘクタールの城周辺を高度地区に指定し、高さを15~20メートルに制限した。
兵庫県姫路市も21年4月、世界遺産・姫路城周辺の大手前通り地区について、同様に高度地区に指定し、地上から石垣までの高さと同じ50メートルなどに規制している。
市によると、大手前通りに面した百貨店跡地に高層マンションなどが建つ可能性があったことなどから判断したという。
💢三重・木本高校教諭を懲戒免職 野球部遠征費など計77万円を私的流用
https://www.chunichi.co.jp/article/1002552
三重県立木本高校の野球部の遠征費などを私的流用した上、同僚教員の金を盗んだ同校の男性教諭(27)について、県教委は20日、懲戒免職処分とした。
県教委によると、当時野球部の監督だった教諭は、8~9月にかけて部員から集めた遠征費や部費のうち、計約77万円を私的に流用。9~10月には同僚教員4人の机の引き出しから計約12万円を盗んだ。いずれも競馬などのオンラインギャンブルでつくった借金の返済や生活費に充てていた。これまでに全額を弁済した。
野球部の活動への影響を懸念する保護者らの意向もあり、学校側は刑事告発しない方針。
📝県立社高校のグラウンドが人工芝に 斎藤知事が式典に参列
https://news.yahoo.co.jp/articles/03f6edc93add0bc5d2e3d145df9d1087d0c78670
兵庫県が取り組んでいる「グラウンドの芝生化」のモデル事業として県立社高校の芝生化が完成し、20日完成記念式が行われました。
加東市の県立社高校に整備された人工芝のサッカーグラウンドの面積はおよそ8200平方メートルで2024年5月から半年ほどかけて整備されました。
県は教育投資への予算として6年間でおよそ300億円をかけエアコンの設置や部活動備品の購入など県立学校の環境整備に取り組むことを発表していて、今回、「グラウンドの芝生化」として社高校など県内3校が人工芝グラウンドに整備されます。
この人工芝グラウンドには地下に貯め込んだ雨水を蒸発させることでグラウンドの高温化を防ぐ環境に配慮した工夫が施されています。
このシステムの導入は全国の県立学校で初めてだということです。
20日に開かれた完成記念式には、斎藤知事が参加。参列した生徒らに「勉強やスポーツに目標を持って取り組んでほしい」と激励しました。
この人工芝グラウンドはサッカーの試合や体育の授業、部活動などで使用されるということです。
📝なぜ日本野球はバントを“乱用”するのか?:第1回】「V9巨人起源説」も「高校野球の影響説」も無理がある?――犠打信仰の“起源”への疑問
https://news.yahoo.co.jp/articles/4bee247d3049b01a008fc2ff58ac69a3922a4dd8
海の向こうのMLBでは、今や2番打者と言えばスラッガーだ。大谷翔平(ドジャース)も、今季開幕当初は2番を打っていた。当然、彼らはバントなどしない。そもそも、今やメジャーリーグでは送りバントという作戦自体がほとんど見られない。もともとMLBではバントは少なかったのに加え、近年は「送りバントはかえって得点期待値を下げる非効率な作戦である」という考え方が現場に浸透していることが大きい。
だが、日本ではいまだに2番と言えば「小技」の印象が強い、さらに言えば、2番打者に限らず犠牲バントが多用される傾向にある。2024年シーズンの数字を見ると、MLBでは1チームの1試合平均犠打数がたった0.1個だったが、NPBは0.8個。ざっくり言えば、MLBは10試合に1犠打ペースなのに対し、日本はほぼ1試合1個に近い割合で送りバントを記録していることになる。
日本でも、セイバーメトリクスの考えが徐々に浸透し、「犠打非効率論」は若いファンを中心に広く知られつつある。だが、「現場」ではいまだにバントが多用されている状況は変わらない。
それにしても、日本球界はなぜこれほどまでにバントを多用するのだろうか? その理由については、これまで主に2つの説があった。一つは「V9巨人起源説」だ。1965~73年に巨人が達成した空前絶後の日本シリーズ9連覇(V9)は、送りバントなどの小技を多用するスモールボール戦法を効果的に活用したことによってもたらされたものであり、そこから犠打の重要性が球界に広まったという説である。加えて、当時の監督だった川上哲治がバイブルとしていた『ドジャースの戦法』という教則本にバントの重要性が記されている、と唱える人もいる。
だが、データを見てみると、実はV9巨人の犠打はそれほど多くない。65~73年の1シーズン平均は81個で、2024年の水準ではむしろ少ない部類に入る。また、当時の巨人打線には王貞治&長嶋茂雄の”ON砲”が君臨していて、そもそもスモールボール頼みのチームでもなかった。『ドジャースの戦法』も、実際に読んでみるとせいぜい「バントは僅差の試合の勝敗を左右し得る重要な要素」と書かれているにすぎない。
さらに言えば、V9直後に球界全体で犠打が急増した、といった事実もない。送りバントが増え始めるのは80年代に入ってからであり、V9巨人が球界を席巻した時期からするとタイムラグがある。
V9起源説と並んで有力とされているのが、「高校野球の影響説」だ。トーナメント方式で行われる日本の高校野球では、目先の1点をがむしゃらに取りにいくことを重要する指導者が多く、プロ野球以上に送りバントが多用されている。この精神性がプロにも影響している、というものだ。
だが、この説にも疑義がある。夏の甲子園大会が始まったのは1915年で、高校野球はプロ野球誕生のはるか以前から人気コンテンツだった。だが、前述したようにプロ野球で犠打が増え始めるのは80年代に入ってから。もし高校野球の影響なのだとしたら、プロ野球創設直後には、すでに送りバントが多用されていなければおかしい。
となれば、犠打が増え始めた本当の理由は一体何なのだろうか? また、作戦として効率的ではないこと証明されているにもかかわらず、今に至るまでバントが多用されているのはなぜなのだろうか? 有識者へのインタビューなどを通じ、これらの疑問についてさまざまな角度で解き明かしてみたい。【第2回に続く】
📝【なぜ日本野球はバントを“乱用”するのか?:第2回】「監督の保身」と「球団のノウハウ蓄積不足」スポーツ評論家・玉木正之が考えるバント依存の背景
https://news.yahoo.co.jp/articles/ab9d590847bd47483608584755843e28d7801baf
まず前置きしておきたいのは、実は日本のバント批判は大正時代からあるということです。明治時代の終わり頃から、早稲田大、慶応大、明治大などが盛んにアメリカ遠征をして、そこからバントの概念が輸入されました。また、ほぼ同時期の1915年に全国中等学校優勝野球大会(夏の甲子園の前身)が始まり、トーナメントで何とか勝ちたいとバントが多用されるようになった。当時の日本人は非力でしたから、ヒットがなかなか打てず、出塁した走者を何とか進塁させて本塁に近づけ、とにかく点を取りたいという思いが強かったんですね。
このような経緯から、1925年に当時の慶応大監督だった三宅大輔(編集部注:34年にベーブ・ルースらが来日した日米野球で日本代表の監督を務めた人物。36~37年は阪急、44年には中日の前身である産業軍の監督も務めた)が、「必要以上にバントが乱用されている」とすでに言っているんです。文脈は違いますが、バントばかりの野球が面白くないと感じる人は当時からいたわけです。
ただ、この当時の精神性が、今もバントが多用されている原因につながっているとは必ずしも限りません。一般的には「ドジャースの戦法」を取り入れた65~73年のV9巨人が起源という説が有力になっていますが、当時の巨人は一番多い年(66年)でもバントは1シーズン100個で、今の水準からすれば多いとは言えない。ましてや一番少ない年(70年)は65個でしかない。ほぼ2試合に1回しかバントしていないんですよ。だから、「V9起源説」も必ずしも正しくないわけです。
むしろ私は、NPBのバントブームの発端は85年の阪神だと思っています。この年のタイガースと言えば、バース、掛布雅之、岡田彰布を中心に当時のセ・リーグ記録となる219本塁打を放ちながらも、141犠打は12球団最多。非力と言われていた日本人が本塁打を打てるようになってもいまだにバントを多用する精神性は、この阪神が始まりのような気がしてならないんですよね。
では、もう40年近くも前の精神性をいまだに引きずっているのはどうしてかというと、これはもう「監督の保身」が第一でしょう。「自分としては点を取る作戦を目指しているけど、選手が打てないからバントのサインを出さざるを得ない」――そういう論法ですよ。
ただ、保身といっても今と昔では文脈が違います。セイバーメトリクスが普及する前は、まだファンにも解説者にも「バントは有効な戦術だ」という根拠のない認識が広がっていた。だから、バントが必要とされる場面でそれ以外の戦法を取ってしまうと、ファンや解説者の反発が大きかったというのはあると思います。ファンが納得しないから、というのは興行であるプロ野球においては存外に大きなファクターになるんですよ。
実際にこれはV9巨人の参謀だった牧野茂さんが話していたんですが、当時すでに王貞治を2番に置くプランを考えたことがあったそうです。今で言う「2番最強打者説」ですね。というのも、1番・柴田勲が出塁して、2番の土井正三が送りバントをすると、3番の王は敬遠されてしまう。もちろん後ろに長嶋茂雄が控えているけど、それでも打つ確率は3割ほど(編集部注:王敬遠後の長嶋の通算打率は.277)。だったら、王を2番に置いた方がいいんじゃないか、という話が出たそうなんです。実際にオープン戦で確か2回試して、牧野さんと川上哲治監督は「これはいいんじゃないか」という話になったそうです。
「じゃあ、何で使わなかったんですか?」と聞いたら、牧野さんは「いや、周囲が納得しないからだ」と言ってました。当時、バントを支持していた世論もそれと同じで、確率の高い/低いをきちんと考えないで、間違った先入観でしかない考え方がセオリーのようにされて全部正しいという論調で話されてしまう。今も野球中継を見ていて、解説者やアナウンサーが「ここはバントですね」という話し方をしているのと同じです。
でも現在は、少なくともファンのレベルでは「バントが有効ではない」という概念はかなり一般的になってきました。少なくともバントをしないことに対してファンの反発は少ないと思うんだけど、それでもプロ野球の監督がバントのサインを出し続けるのは「昔から正しいと言われている戦術をきちんとやってますよ」という意味での保身ですね。
でも、考えてみればこれはおかしな話なんです。昔ながらの戦法が必ずしも正しいとは限らないというのは、MLBを見ても明らかですよね。たとえば2002~03年のアスレティックスは、これまで軽視されていた出塁率を重視する“マネーボール戦法”で、低予算ながらも地区優勝を成し遂げた。今ではそれが球界の常識にまでなっている。何でああいうチームがアメリカでは出てきて、日本では出ないのか? それはNPB各球団の内部に、そして球界全体に、強くなるためのノウハウがほとんど蓄積されていないということが大きいんじゃないかと思います。
MLBの場合、オーナーがゼネラルマネジャーを採用して、そのGMが監督を採用する形式を取っている。これにはメリットが2つあって、まず野球を理解している人が監督人事を決められること。もう一つは、組織内に勝てる野球のノウハウが蓄積されていくことです。だから監督が代わっても、組織としての強さがそこまで影響を受けることは少ない。
でも、NPBの監督人事は、はっきり言って選手時代の功績が高い人に与えられるものです。またGMという地位にしても、MLBのそれとは悪い意味でまったく異なるもので、チームを強くするためにどうすればいいかということを、監督やコーチの人事と選手の構成に基づいてきちんと分かっている人はほとんどいないんじゃないかと思います。
これがどのような弊害を生むかと言えば、ある監督の導入した良い施策が、まったく組織として引き継がれていかないわけですよ。監督が代われば全部白紙になってしまうんです。
これは僕が広岡達朗監督の就任1年目、82年の西武のキャンプの取材に行った時のことです。管理野球の広岡さんだから、紅白戦を見ると前任の根本陸夫監督の時からサインプレーがすごく増えていて、選手が戸惑っていた。なので、広岡監督に取材した時に「サインがかなり増えたみたいですが、それは自覚してやっておられるんですか?」と聞いたら、「そんなものは知らない」と言われた。「(根本さんから)引き継ぎしてないんですか?」とさらに聞いたら、「出ていけ」って言われてしまったんですよ。つまり、球団単位でノウハウの引継ぎはまったくされていなくて、監督の手腕に任せっきりになっていたということです。
広岡さんはそれでも勝てる監督でしたが、同様に彼のノウハウもチーム内にはほとんど蓄積されていないと思います。これは他のチームでも同じでしょう。もし引き継がれていれば、野村克也監督時代の“再生工場”のノウハウが、今のヤクルトで実践されていてもおかしくないはずですよ。
日本の“バント信仰”の解消にあたっては、これは存外に大きな問題ですよ。仮にどこかの監督が今後、MLBに倣ってほとんどバントをしない野球をしたとしても、またそれで勝てたとしても、その監督が辞めてしまったら元の木阿弥になる可能性がある。そうならないためには、MLBのように球団がちゃんとしたGMを採用して、そのGMが主導となって球団組織を改革していくくらいじゃないとダメでしょうね。でも、親会社の宣伝になればいいという感じの今のプロ野球を見ていると、それは望み薄でしょう。NPBからバントが主流でなくなる日は、まだまだ遠い……と思わざるを得ないですね。【第3回に続く】
⚾岩手さんへ
なんとか2023年観戦記は年内に認めるメドが経ちました!
コロナ騒動で中止や無観客になった時に差を全部詰めましたが、本格再開してまた周回遅れですね・・・・・。
中国と近畿の順番を入れ替えたりやりくりしましたが、とりあえず年内に去年の分は片付きそうでほっと一息。
今春のセンバツ観戦記はあえて5話に絞って先に進めようとしております。
さて、今日は外出していたのでTVをほとんど見てませんが、ゴゴスマは結構気に入ってますね!
特にダンディーな石塚さんと澤さんの天気予報!!
石塚さんはCBCラジオ土曜朝7時から2時間レギュラー放送を担当されており、三重遠征の折には途中から近鉄特急でラジオ聞いてますね。
ところで、学校に下駄箱が無いところなんて本当にあるんですか???
少なくとも僕の小中学校は普通にあったし、大阪に越境入学した高校でもありましたが・・・・・。
不祥事は毎月報告されてますよね、、、大阪偕星は3代連続監督が不祥事で処分されているらしいです。
倉吉北は久しぶりに名前を聴きましたが、かつては鳥取城北がこういうたぐいの話に絡むイメージありました。
木本は公立ゆえに人事異動でどこかから優秀な監督が来ればまた変わるかもしれません。
しかし、野球人は常日頃から人格教育を受けており、礼節正しいイメージが強いのですが、いじめや飲酒喫煙・暴力に盗撮などなど枚挙に暇がないのが心苦しいですね。
ストレスのたまりやすい環境にあると思いますが、そのはけ口がこれでは寂しいです。。。
P・S 僕は関西人ですが、話にオチをつけるのはできないですね・・・・・。
大阪を中心にみんなお笑いタレントのように話し上手と思われたら困りますね(笑)
とりあえずマイペースでやっていきます。
岩手県の高校野球記を上げていただきありがとうございます。
ゴゴスマを見ていたら47都道府県内の風習や呼び名など、他県と違う事を特集していました。
東日本地区は見逃してしまったが、東海地区、近畿地区から西日本地区は見ました。
岐阜はケッタマシンだったかな?
兵庫県は一部だと思うけど、学校に下駄箱が無いの?上履きに履き替える事が無いことはそのまま教室に!
宝塚市内の小中はどうでしたか!
相変わらず不祥事の報告がありますね。
三重、長崎でもなく大阪の3Kの1校と鳥取のkは常連だけど、木本はがっかりだな、熊野リーグで力つけきていたしね、21世紀枠に選ばれてもいいなといつも思う1校ですよ。東海地区にね!
先生は指導に
選手は練習に ねをあげる
私 は仕事に
落ちはどうですか?
私 は仕事に
ゴゴスマを見ていたら47都道府県内の風習や呼び名など、他県と違う事を特集していました。
東日本地区は見逃してしまったが、東海地区、近畿地区から西日本地区は見ました。
岐阜はケッタマシンだったかな?
兵庫県は一部だと思うけど、学校に下駄箱が無いの?上履きに履き替える事が無いことはそのまま教室に!
宝塚市内の小中はどうでしたか!
相変わらず不祥事の報告がありますね。
三重、長崎でもなく大阪の3Kの1校と鳥取のkは常連だけど、木本はがっかりだな、熊野リーグで力つけきていたしね、21世紀枠に選ばれてもいいなといつも思う1校ですよ。東海地区にね!
先生は指導に
選手は練習に ねをあげる
私 は仕事に
落ちはどうですか?
私 は仕事に
11/3 秋季近畿大会5日目第2試合 大阪シティ信用金庫スタジアム 耐久(和歌山①)-京都外大西(京都①) 12:50~14:33
第8話 絶えて久しい 創部119年目の春を待つ 野球王国・和歌山の古豪
一二三四五六七八九十計HE
耐 久000000000 042 冷水-川合
京 外 西00000100X 141 田中-下曽山
第一試合
大 桐 蔭4
京 国 際0
大阪桐蔭がまず決勝進出を果たし、明日挑戦権を得るのは・・・・・。
大阪桐蔭・京都国際はある程度有力視されていたので不思議に思わなかったが、第2試合の京都外大西-耐久の組み合わせは驚いた!!
履正社があのブロックでは総合力でリードしていると思われたし、1回戦の内容を見る限りにおいて外大西が序盤で圧倒してコールド寸前のスコアまで追いつめたとは!もっとも9回裏猛追を受け終わってみれば10-7と1回戦に続いてストイックな野球をしたようだが。
もっと驚いたのは初出場の耐久が社・須磨翔風と兵庫の公立2校を連戦で下したのはビックリした。
社はここ最近、甲子園によく顔を出しており今回もくじ運に恵まれスルスルと上がって来ると思っていたし、須磨翔風には剛腕・槙野がいるので厳しいと思ったが、、、嬉しい大誤算が生じて舞洲で田辺に次いで観戦できる運びとなった。
やはり両チームともに必勝態勢でエース投入して勝ちに来た。アルプスもブラスバンドの応援団が駆け付け試合を盛り上げてくれるのだが、なぜかしら耐久はあの盆踊りチャンステーマを封印してしまった・・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=loE7HAwLMxM
和歌山のチームはとかく先攻がダイスキなようで、、、耐久は3戦連続先攻となった。勝てば9回裏まで見れるので良いのだが、田辺のように延長サヨナラ負けを喰らったら精神的ダメージが大きすぎるので、、、
試合は1回表いきなり先頭の堀端がセンター前ヒットを放ち井原監督はオーソドックスにバントにサインで1死2塁。
先に点を取って勢いで決勝進出し桐蔭の胸を借りたいところだが、そうはさせじと田中投手は外ストレートで空振り三振。4番・岡川はセカンドゴロと力でねじ伏せてきた。
その裏、冷水投手は内ストレートで三振という最高の立ち上がり。2死から四球とヒットでピンチを招きエースで5番の田中にセンターへ快心の打球を運ばれたが正面に飛んで事なきを得た。
お互い投手を中心に守りの野球と似た者同士の対戦ゆえか?立ち上がりこそ得点圏に走者を置いたが、両投手のエンジンがかかるとなかなか打てない。
耐久は2回はバットにボールが当たる凡打の積み重ねだったが、3回チェンジアップ・スライダーを有効に使われ三者連続三振と手も足も出なくなった。
一方の冷水投手も負けじと飛ばしてカーブ・ストレートを自在に操り2回1死から三者連続三振などバットに当たっても外野まで飛ばずフライアウトが目立ち0-0の緊迫の投手戦の様相を呈してきた。
4回表2番からの好打順。ここまで田中投手は1安打ピッチングで完璧だったが、先頭打者に3ボールと制球乱しフルカウントまで行くが粘られても四球。井原監督はサウスポー相手でもバントではなく果敢に1-2からの4球目盗塁を狙い見事に成功。3番・澤も四球を選び無死1・2塁。バッター4番だがさすがにここは送りバントのサインを出して1死2・3塁。5番・白井を迎えて外大西内野手は深く守っていたのでスクイズも考えられる場面だが、全くその気配もなく6球目にサードゴロを放ちホーム封殺・・・。
なおも続く2死1・3塁のチャンスで再び盗塁を決めたが、6番・川合はチェンジアップに空振り三振と数少ないチャンスを逸してしまった・・・。
その裏2死からセカンド正面のゴロを弾くエラーと盗塁で2塁まで進塁を許したが、冷水投手が外ストレート見逃しの三振で3球で決めてくれた!
5回表の耐久も緩いサードライナーをはじくエラーでチャンスをもらい送りバントで1死2塁。9番・岩﨑の場面で攻撃のタイムを取って秘策を伝授したはずだが、チェンジアップで2者連続三振とあまりにもホームが遠い・・・・・。
その裏、外大西も先頭打者がヒットを放ち下位打線ということもあってか?足を絡めた攻撃が多く見受けられエンドランを仕掛けるもファール。盗塁は失敗と空回りしてお互い決め手を欠いたまま整備に入った。
5回までヒット数が1-2と完全なる投手戦だった。外大西は田中投手が履正社に7失点していたし、彦根総合の試合を見てもツケいるスキは少しはあると見ていたがこの試合では調子良さそうだ。
冷水投手も履正社投手陣から10点奪った外大西打線をほぼ完ぺきに封じ込め互角の展開に持ち込んでいるが、先攻だけに先取点が取れないとどこかで緊張の糸が切れないか不安を抱えての後半戦。
6回表2番からの攻撃で4回の再来を期待したが、外角のボールを有効に使って2三振など三者凡退。
その裏、先頭打者の1番・谷のショートゴロ悪送球が痛かった・・・。これを送って1死2塁とされ、3番・松岡初球セーフティーをかますがこれがファール・・・。皮肉なもんで普通に処理して2死3塁となった方が結果的に良かったが1-2からの4球目ライト線いいところにポトリと落ちるタイムリースリーベースで痛恨の1点を奪われてしまった!!
しかしなおも続く1死3塁のピンチで清水投手は真っ向勝負を挑み4番・相馬はストライクを1球も振らず見逃しの三振。5番・田中は初球ピッチャーゴロで首の皮一枚残って終盤に入る。
1点を先に失い後がなくなった耐久は7回表簡単に2死となったが、7番・原野のセンター前に上がった微妙な打球をセンター谷がダイビングキャッチを試みるもこれを後逸し、ツーベースとなった。2死2塁で打席はエース冷水投手。
ここで追いつきたいところだが、2球で追い込まれ最後はスライダー見逃しの三振で惜しいチャンスを逸した。
それでもすぐに切り替えて7回裏三者凡退で抑え守りからリズムを作り、8回表先頭の9番・岩﨑がレフト前ヒット。普通にバントすると思われたが、井原監督は1番・堀端のカウント1-1からエンドランのサインでも出したのか??外ボール球を空振りし、1塁走者走って盗塁成功!スリーバントするかと思いきや強攻で三振。さらにファーストゴロと3番・澤もレフトフライに倒れ5度目の得点圏の走者も残塁。。。。。
8回裏外大西もダメを押すべく、先頭の9番・冷水がライト前ヒットを放ち、1番・谷が犠打野選で無死1・2塁と大ピンチ!!普通に考えたら100%送りバントの場面だが、三原監督の教え子である上羽監督は意表を突いて2番・杉浦に1ボールからバスターのサインを出しファールになると送りバントに切り替えたがこれもファール・・・。万策尽きて打たせたらライトフライ。3番・松岡は2球で追い込まれカウント2-1からエンドランをかけるもファーストライナーゲッツーで耐久に流れが来る予感!
やはり9回表先頭の4番・岡川が追い込まれながらもファーストのグラブをはじくライト前ヒットで出塁し、送りバントで1死2塁。怒涛の猛追を見せたいところだが、相手エース・田中は過去2戦と違い付け入るスキなく完封ペース。
6番・川合はノーヒットだっただけにセーフティーバントなどなにかしら策があるかと思ったが、和歌山らしく真っ向勝負でぶつかりショートフライ。2死2塁から代打・上野山が起用され初球からフルスイングするも無念のレフトフライで試合終了。
結局1点に泣いた格好で耐久のいちばん長い秋は終わった。
できれば観戦試合で勝利の校歌を聞きたかったが、倉敷遠征している間に2勝して自力でセンバツ初出場を決め、そればかりではなく田辺の21世紀枠までもアシストしてくれエース・冷水はセンバツでも大活躍してくれるであろうという期待が膨らんだ。
明日の決勝は大阪桐蔭-京都外大西の組み合わせとなった。
どう考えても総合力で桐蔭の優位は動かないだろうが、上羽監督の采配でどこまで差を詰められるだろうか?
2023年高校野球シーズンラスト1試合、、、また舞洲までサイクリング。そして試合後は庄内駅近くの先頭で打ち上げ。
長かったシーズンを回顧しながら西九条まで小一時間レンタサイクルで東進。翌日は新大阪駅で駅弁仕入れて海辺のあずまやで昼ご飯食べてから球場入り。それは次回の講釈で。
⚾今日の投手陣
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 四球 三振 失点 自責
耐 久 冷 水 8 30 111 4 2 1 7 1 1
京外大西 田 中 9 34 134 4 4 2 11 0 0
(完)
🌟次回予告🌟
11/4 秋季近畿大会最終日決勝戦 大阪シティ信用金庫スタジアム 大阪桐蔭(大阪①)-京都外大西(京都①)
第8話 絶えて久しい 創部119年目の春を待つ 野球王国・和歌山の古豪
一二三四五六七八九十計HE
耐 久000000000 042 冷水-川合
京 外 西00000100X 141 田中-下曽山
第一試合
大 桐 蔭4
京 国 際0
大阪桐蔭がまず決勝進出を果たし、明日挑戦権を得るのは・・・・・。
大阪桐蔭・京都国際はある程度有力視されていたので不思議に思わなかったが、第2試合の京都外大西-耐久の組み合わせは驚いた!!
履正社があのブロックでは総合力でリードしていると思われたし、1回戦の内容を見る限りにおいて外大西が序盤で圧倒してコールド寸前のスコアまで追いつめたとは!もっとも9回裏猛追を受け終わってみれば10-7と1回戦に続いてストイックな野球をしたようだが。
もっと驚いたのは初出場の耐久が社・須磨翔風と兵庫の公立2校を連戦で下したのはビックリした。
社はここ最近、甲子園によく顔を出しており今回もくじ運に恵まれスルスルと上がって来ると思っていたし、須磨翔風には剛腕・槙野がいるので厳しいと思ったが、、、嬉しい大誤算が生じて舞洲で田辺に次いで観戦できる運びとなった。
やはり両チームともに必勝態勢でエース投入して勝ちに来た。アルプスもブラスバンドの応援団が駆け付け試合を盛り上げてくれるのだが、なぜかしら耐久はあの盆踊りチャンステーマを封印してしまった・・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=loE7HAwLMxM
和歌山のチームはとかく先攻がダイスキなようで、、、耐久は3戦連続先攻となった。勝てば9回裏まで見れるので良いのだが、田辺のように延長サヨナラ負けを喰らったら精神的ダメージが大きすぎるので、、、
試合は1回表いきなり先頭の堀端がセンター前ヒットを放ち井原監督はオーソドックスにバントにサインで1死2塁。
先に点を取って勢いで決勝進出し桐蔭の胸を借りたいところだが、そうはさせじと田中投手は外ストレートで空振り三振。4番・岡川はセカンドゴロと力でねじ伏せてきた。
その裏、冷水投手は内ストレートで三振という最高の立ち上がり。2死から四球とヒットでピンチを招きエースで5番の田中にセンターへ快心の打球を運ばれたが正面に飛んで事なきを得た。
お互い投手を中心に守りの野球と似た者同士の対戦ゆえか?立ち上がりこそ得点圏に走者を置いたが、両投手のエンジンがかかるとなかなか打てない。
耐久は2回はバットにボールが当たる凡打の積み重ねだったが、3回チェンジアップ・スライダーを有効に使われ三者連続三振と手も足も出なくなった。
一方の冷水投手も負けじと飛ばしてカーブ・ストレートを自在に操り2回1死から三者連続三振などバットに当たっても外野まで飛ばずフライアウトが目立ち0-0の緊迫の投手戦の様相を呈してきた。
4回表2番からの好打順。ここまで田中投手は1安打ピッチングで完璧だったが、先頭打者に3ボールと制球乱しフルカウントまで行くが粘られても四球。井原監督はサウスポー相手でもバントではなく果敢に1-2からの4球目盗塁を狙い見事に成功。3番・澤も四球を選び無死1・2塁。バッター4番だがさすがにここは送りバントのサインを出して1死2・3塁。5番・白井を迎えて外大西内野手は深く守っていたのでスクイズも考えられる場面だが、全くその気配もなく6球目にサードゴロを放ちホーム封殺・・・。
なおも続く2死1・3塁のチャンスで再び盗塁を決めたが、6番・川合はチェンジアップに空振り三振と数少ないチャンスを逸してしまった・・・。
その裏2死からセカンド正面のゴロを弾くエラーと盗塁で2塁まで進塁を許したが、冷水投手が外ストレート見逃しの三振で3球で決めてくれた!
5回表の耐久も緩いサードライナーをはじくエラーでチャンスをもらい送りバントで1死2塁。9番・岩﨑の場面で攻撃のタイムを取って秘策を伝授したはずだが、チェンジアップで2者連続三振とあまりにもホームが遠い・・・・・。
その裏、外大西も先頭打者がヒットを放ち下位打線ということもあってか?足を絡めた攻撃が多く見受けられエンドランを仕掛けるもファール。盗塁は失敗と空回りしてお互い決め手を欠いたまま整備に入った。
5回までヒット数が1-2と完全なる投手戦だった。外大西は田中投手が履正社に7失点していたし、彦根総合の試合を見てもツケいるスキは少しはあると見ていたがこの試合では調子良さそうだ。
冷水投手も履正社投手陣から10点奪った外大西打線をほぼ完ぺきに封じ込め互角の展開に持ち込んでいるが、先攻だけに先取点が取れないとどこかで緊張の糸が切れないか不安を抱えての後半戦。
6回表2番からの攻撃で4回の再来を期待したが、外角のボールを有効に使って2三振など三者凡退。
その裏、先頭打者の1番・谷のショートゴロ悪送球が痛かった・・・。これを送って1死2塁とされ、3番・松岡初球セーフティーをかますがこれがファール・・・。皮肉なもんで普通に処理して2死3塁となった方が結果的に良かったが1-2からの4球目ライト線いいところにポトリと落ちるタイムリースリーベースで痛恨の1点を奪われてしまった!!
しかしなおも続く1死3塁のピンチで清水投手は真っ向勝負を挑み4番・相馬はストライクを1球も振らず見逃しの三振。5番・田中は初球ピッチャーゴロで首の皮一枚残って終盤に入る。
1点を先に失い後がなくなった耐久は7回表簡単に2死となったが、7番・原野のセンター前に上がった微妙な打球をセンター谷がダイビングキャッチを試みるもこれを後逸し、ツーベースとなった。2死2塁で打席はエース冷水投手。
ここで追いつきたいところだが、2球で追い込まれ最後はスライダー見逃しの三振で惜しいチャンスを逸した。
それでもすぐに切り替えて7回裏三者凡退で抑え守りからリズムを作り、8回表先頭の9番・岩﨑がレフト前ヒット。普通にバントすると思われたが、井原監督は1番・堀端のカウント1-1からエンドランのサインでも出したのか??外ボール球を空振りし、1塁走者走って盗塁成功!スリーバントするかと思いきや強攻で三振。さらにファーストゴロと3番・澤もレフトフライに倒れ5度目の得点圏の走者も残塁。。。。。
8回裏外大西もダメを押すべく、先頭の9番・冷水がライト前ヒットを放ち、1番・谷が犠打野選で無死1・2塁と大ピンチ!!普通に考えたら100%送りバントの場面だが、三原監督の教え子である上羽監督は意表を突いて2番・杉浦に1ボールからバスターのサインを出しファールになると送りバントに切り替えたがこれもファール・・・。万策尽きて打たせたらライトフライ。3番・松岡は2球で追い込まれカウント2-1からエンドランをかけるもファーストライナーゲッツーで耐久に流れが来る予感!
やはり9回表先頭の4番・岡川が追い込まれながらもファーストのグラブをはじくライト前ヒットで出塁し、送りバントで1死2塁。怒涛の猛追を見せたいところだが、相手エース・田中は過去2戦と違い付け入るスキなく完封ペース。
6番・川合はノーヒットだっただけにセーフティーバントなどなにかしら策があるかと思ったが、和歌山らしく真っ向勝負でぶつかりショートフライ。2死2塁から代打・上野山が起用され初球からフルスイングするも無念のレフトフライで試合終了。
結局1点に泣いた格好で耐久のいちばん長い秋は終わった。
できれば観戦試合で勝利の校歌を聞きたかったが、倉敷遠征している間に2勝して自力でセンバツ初出場を決め、そればかりではなく田辺の21世紀枠までもアシストしてくれエース・冷水はセンバツでも大活躍してくれるであろうという期待が膨らんだ。
明日の決勝は大阪桐蔭-京都外大西の組み合わせとなった。
どう考えても総合力で桐蔭の優位は動かないだろうが、上羽監督の采配でどこまで差を詰められるだろうか?
2023年高校野球シーズンラスト1試合、、、また舞洲までサイクリング。そして試合後は庄内駅近くの先頭で打ち上げ。
長かったシーズンを回顧しながら西九条まで小一時間レンタサイクルで東進。翌日は新大阪駅で駅弁仕入れて海辺のあずまやで昼ご飯食べてから球場入り。それは次回の講釈で。
⚾今日の投手陣
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 四球 三振 失点 自責
耐 久 冷 水 8 30 111 4 2 1 7 1 1
京外大西 田 中 9 34 134 4 4 2 11 0 0
(完)
🌟次回予告🌟
11/4 秋季近畿大会最終日決勝戦 大阪シティ信用金庫スタジアム 大阪桐蔭(大阪①)-京都外大西(京都①)
☝センバツ21世紀枠 大田に表彰盾 中国地区候補校 /島根
https://news.yahoo.co.jp/articles/4ad02cfd6bb8c56c1b8ca6300dc4c36481a8b0f0
来春の第97回選抜高校野球大会の「21世紀枠」の中国地区候補校に選ばれた島根県立大田高校に18日、大会を主催する毎日新聞社と日本高野連から表彰盾が贈呈された。
大田は選手11人ながら、堅い守りを武器に秋季県大会で4強、中国地区大会では38年ぶりに勝利し8強入りした。県高野連の水津則義会長から盾を受け取った安井熙一主将は「人数が少ないからこそ練習の量をこなせるし、監督や部長のアドバイスをしっかり聞ける。モチベーションを持って精進したい」と気を引き締めた。水津会長は「地区の代表になることは大変な栄誉。一喜一憂することなく、甲子園に出るイメージを持ちながら厳しい練習に臨んでほしい」とエールを送った。
21世紀枠は2025年1月24日の選考委員会で、全国9校の候補校から2校が選ばれる。
💢倉吉北高校の野球部監督が生徒に体罰 10月29日から4か月間の謹慎処分 生徒にけがはなし 学校は監督に指導を行い再発防止策の策定を進める
https://news.yahoo.co.jp/articles/cb6334f47bcdc16d7a0e4e6321f95fa097019a55
鳥取県倉吉市の私立高校・倉吉北高校の野球部で監督が体罰を行っていたことが分かりました。体罰を受けた生徒にけがはなく、学校は監督に指導を行うとともに再発防止策の策定を進めています。
12月17日、東京で開かれた日本学生野球協会の審査室会議で倉吉北高校の野球部の監督が、今年10月下旬に体罰を行っていたことが明らかになりました。この監督は、日本学生野球協会から体罰と報告義務違反で、10月29日から4か月間の謹慎処分を受けています。
倉吉北高校は体罰の発覚後、監督に指導を行うとともに、11月上旬に野球部の保護者に状況を説明。さらに、野球部の部員にもアンケートを行い、再発防止策の策定を進めています。
体罰を受けた生徒にけがはなく、野球部の代理の監督の下で、現在も活動を続けているということです。
倉吉北高校は「関係者の皆さまにご迷惑、ご心配をおかけし申し訳ない」とコメントし、再発防止に努める考えを示しました。
📝元巨人・柴田章吾氏がアジア初の「甲子園大会」を開催 前例がない大会への意気込み
https://news.yahoo.co.jp/articles/b78d2e226a2b4ab81cda9963b67e7d56495707c6?page=1
気が付けば12月中旬にさしかかり、2024年も残りわずか。25年春のセンバツ大会でどこの高校が出るのか、すでに予想を楽しんでいる人もいるだろう。そんな人々を魅了する甲子園を日本から約5700キロ離れたインドネシアの首都・ジャカルタで再現しようと12月17~21日の5日間で大会を開催している元甲子園球児がいる。ジャカルタの気温は30度と日本の夏と変わらぬ暑さの中、それ以上に大会を熱いものにしようと奮闘している。大会1カ月前に始めたクラウドファンディング(実施期間は12月26日まで)にかける思いと共に大会への意気込みを主催者の柴田章吾氏に話を聞いた。
やってみて分かる甲子園の偉大さ
――12月10日(取材日)ということで大会1週間前になりました。今の気持ちを教えてください。
柴田 想像以上に“甲子園のような大会を開催する”ことは大変なのだと痛感すると同時に、大会1週間前とは思えないほどバタバタしております。
――ちょうど先日、Instagramのストーリーで「人生、ほんとうにうまくいかない」と載せているのを見ました。画面越しでしたが、苦労が伝わりました。
柴田 初めてのことばかりで、毎日心労が絶えません……。
――想像よりもうまくいったこと、うまくいかなかったことがあると思います。まず、うまくいったことを教えてください。
柴田 思った以上に注目をいただけたことかなと思います。最初のころは“野球関係者”しか記事を見ていないことが多かったと思いますが、大会が近づくにつれて、普段野球と接点のない方からも「アジアで甲子園大会を開催しようとしているんだね」と言われることが増えました。
――“野球関係者”以外に広がったなというのは、日常ではどんなときに感じますか?
柴田 今年からシンガポールに移住していることもあり、新しい出会いが増えています。その際に「こういう活動をしていることを周りの人から聞いたよ」と言われたり、「知り合いが大会のスポンサーをしている会社に勤めているよ」といった声をいただきます。また、地元三重県の小学校、中学校から「プロ野球選手を引退後、海外起業しているOBがいることを知ってほしい」という講演依頼をいただけたりもしています。
――地元まで活動が届いているのはすごいですね! では、逆に想像よりうまくいかなかったことは何でしょうか?
柴田 野球大会を開催するだけでしたら、現地の人の協力があればそこまで難しくはないかもしれません。ただ、日本の甲子園を再現しようとインドネシア人と企画を進めているので……。例えば、開会式の入場行進を真似したり、負けたチームは砂を集めたり、大会のルール、ガイドラインをどうするか。甲子園特有の動きって、日本人はなんとなく流れを把握していますよね。ただ、現地の人たちは、「アジア甲子園はいつもの野球大会と何が違うの?」というところから始まり、子どもたちだけでなく、現地の運営の人たちにも伝えないといけない。また僕ら運営も日本の甲子園を主催したことがないので、細かい動きは内部で話し合いながら見よう見まねで準備をしているような状況です。
――たしかに甲子園を見ていたら、だいたいの動きは分かりますよね。見ていない人に伝えるのは難しそうです。ほかに大変なことはありますか?
柴田 準備と資金の工面です。当初試算はインドネシア渡航前のものでして、例えばAという項目は100万円ぐらいでできるだろうと思っていたのが、200万円になったり、規模が変わると1000万円まで膨らんだり、直面しないと分からないことがいくつもありました。また、ありがたいことに国内外、協力いただく方々が増えたことで人件費や経費をどう配分するか、という部分も難しかったです。
――関係者が増えるたびに決めるのは難しくなりますよね。比べるものではないと思いますが、甲子園に出ることとつくること、甲子園に対する熱量は変わらないでしょうか?
柴田 変わります。出るには選ばれないといけないですが、細かい準備は大人がやってくれました。つくる人は責任がありますし、「こうすればいい」という前例がないことが難しいですね。
――前例がないとは具体的にはどんなことがありますか?
柴田 甲子園出場が決まったら、バスの手配をしてくれて、ホテルも予約してくれるので、選手は試合に出るだけですけど、つくる側はそういった裏方的な仕事も含めて全部把握しないといけない。運営側ってこんなにも大変なんだなと思います。我々がやっていることは、朝日新聞さん、阪神電鉄さん、高野連さん、また各出場校が準備していることを全部しているようなイメージです。甲子園という文化を知らない人たちに教えることもしないといけないですし……。ある程度大枠は決まっているのですが、細かいところは現場に入って一緒に決めないといけません。みんなも初めてのことですので、不安なことはまだいっぱいあるかなという感じです。
――不安が多いと思いますが、甲子園を再現するために、大会期間中はどんなことをしますか?
柴田 甲子園の雰囲気をつくるために、毎日審判や共催団体と僕ら運営はミーティングをします。どこが甲子園らしくて、どこを意識してほしいいかみたいな話をしながらブラッシュアップをしていく。最終日にある程度の動きが分かってくれるかなという感じですね。
多くの人に知ってもらいたい
――なぜアジア甲子園1カ月前にクラウドファンディングを始めたのでしょうか? 始める前の軍資金集めとしてやっている団体が多いイメージですが……。
柴田 これまで地道な広報活動をしてきましたが、より認知を広めたいという想いが一番です。私のことを知らない人たちに向けて、様々な方に応援コメントをいただくことで知ってほしいと思いました。特に、プロ野球選手を通じたアプローチはこのような機会がないとなかなかチャンスはありません。母校の大先輩である工藤公康(元西武ほか)さん、坂本勇人(巨人)選手、山川穂高(ソフトバンク)選手、藤浪晋太郎(メッツFA)選手、森友哉(オリックス)選手、山岡泰輔(オリックス)選手、明治大学時代の同級生3人である野村祐輔選手(元広島)、島内宏明選手(楽天)、阿部寿樹選手(楽天)などなど、アジアで開催される甲子園を自分事のように考えてくださるうれしいコメントを多数いただきました。そのような賛同者がいることを世間の方々に知ってもらう機会は、クラウドファンディングと相性がいいと思い決意しました。
――たしかにそうですよね。柴田さんのSNSを普段から見ている私からしても、携わっている人たち全員を知りませんでした。
柴田 ですよね。クラウドファンディングのサイトをつくったことで、これだけ多くの人たちがいることがすぐに分かるので。
――前回もクラウドファンディングをやっていましたが、その違いはなんですか?
柴田 前回は会社を辞めた直後でしたので、活動費という意味合いも大きかったですが、今回はどれだけの人に知ってもらえるかを重要視して、その結果、多くの支援者を募りたい、というクラウドファンディングになっています。
――ありがとうございます。最後にクラウドファンディングを通じて、大会をどうしていきたいか教えてください。
柴田 今年だけでなく、継続的なプロジェクトにするために沢山の方々に知っていただき、ご支援いただける大会を作っていきたいので、ぜひ皆さんも一緒になって盛り上げていただけるとうれしいです。
📝花巻の高校野球史・昭和のレジェンド 花巻北の甲子園
https://article.yahoo.co.jp/detail/08a18c500ca5ca4d0e2462b06d79fa1c0023161c
令和6年は花巻東高野球部が夏の甲子園に出場し、東高出身の大谷翔平選手がメジャーリーグで3度目の最優秀選手賞を授賞し、菊池雄星選手は花巻に複合野球施設を設立するなど、花巻の野球の話題が注目されています。この15年間で花巻東高校野球部は春夏合わせて甲子園に12回出場する強豪校に躍進しました。花巻の高校野球史をたどると半世紀前の昭和40年前後に、花巻北高校が岩手県の高校野球を牽引し、甲子園に3回出場した黄金期がありました。先日、当時の花巻北高の主将や選手の方々が集結、座談会を開催。懐かしいお話を伺いました。
花巻の高校野球のあゆみ
花巻勢の甲子園での成績(春・夏合わせて)
花巻東(花巻商) :通算19勝16敗(勝率54%)
花巻北 :通算 3敗(勝率 0%)
花北青雲(花北商):通算 1敗(勝率 0%)
1960〜70年代は盛岡一高、一関一、福岡、遠野、黒沢尻北などの古豪が県大会の上位にいた頃、花巻勢も躍進しました。花巻北高が3回、花北商(現・花北青雲)が1回甲子園出場をしています。昭和38年は花巻北、39年は花巻商業(現・花巻東)と花巻勢は2年連続甲子園出場をしています。
昭和30年〜40年代の強豪校 花巻北高校 座談会 花巻北の甲子園球児が当時を語る
全部員数が17人〜19人、ピッチャーが一人しかいないなど、練習が不自由な面がありました。上級生のスパルタ式の指導のため、入学時に15人前後入部しても卒業時には5、6名しか残らなかったです。当時は、練習中の水分補給禁止、うさぎ飛び、ノックバットでのお仕置き指導など、今の時代には見られない練習風景がありました。
練習時間は午後4時から7時、遅くなると8時に。石鳥谷や東和の自宅から国鉄で通う日々。夏の大会が近づくと監督宅に下宿する選手もいました。
(1)昭和38(1963)年夏出場(初)
創部30年目で悲願の甲子園初出場を果たします。甲子園の初戦は強豪広陵高(広島)に善戦するも3対1で敗れました。
●小原千秋さん(79歳)昭和38年夏の甲子園初出場、主将で4番打者、捕手
「岩手県勢の中で唯一、開会式で選手宣誓をしています。宣誓をする学校は運営側があらかじめ東日本と西日本から一校ずつ選び(東は花巻北、西は宮崎商業)2校の主将が くじ引きをして決まりました。宣誓文は既に用意されていました。前日の予行練習では大会役員から何度も指導を受けましたが、当日の本番では緊張の中、平常心で 臨むことができました。」
(2)昭和41(1966)年夏出場(2回目)
3年生が3人だけの2年生が主力の守り主体のチームで岩手大会、北奥羽大会(岩手代表と青森代表による2次予選)を勝ち抜いて2度目の夏の甲子園出場を決めました。全国大会は、1回戦で古豪平安高校に0対9で敗れました。
●姉帯昇次さん(76歳)昭和41年の甲子園に出場、主将で5番打者、二塁手
姉帯さんは高校卒業後、花丘圭二という芸名で歌手デビューしています。花巻出身の日本初のフリーアナウンサーの高橋圭三さんから芸名に圭をもらいました。「1年生のときは部員が8人しかいなくて、同級生を必死に勧誘して新人戦に出場。2年生のときは、夏の岩手県大会の一回戦で敗退し、”水一滴も飲むな”の猛練習の結果、3年生のときは2年生中心のチームで夏の県大会と北奥羽大会を勝ち抜きました。」
(3)昭和46(1971)年夏出場(3回目)
岩手として3年ぶり、花巻北としては5年ぶり出場。
甲子園の1回戦は敗退し、三たび初戦の壁を破ることができませんでした。
●立川目和義さん (70歳)昭和46年夏の甲子園に出場、主将で2番打者、内野手
「県大会での盛岡一高戦。お互いの応援団のエキサイトや野次の応酬に、主審がベンチに来て「あの応援をやめさせないと没収試合にする」と注意されました。大会抽選会の日は、送迎車が道を間違えて時間に遅れてしまい皆さんを待たせてしまい大会会長から前代未聞と言われたそうです。」
●三井 信義 さん(71歳)昭和46年出場、5番打者、投手・一塁手・外野手
現在、光林寺理事長。るんびにい美術館建設など障がい者に尽力し今年度、市勢功労者表彰されました。
「岩手県大会の3回戦、古豪同士の盛岡一高戦。延長10回でサヨナラタイムリーを打って勝利したことが最大の思い出。練習のとき、水分補給ができないことや冬期間にボールを握れなかったことがつらかったです。」
●伊藤新也さん(71歳)3回目の甲子園出場、4番打者、捕手
「県大会3回戦の対盛岡一高と、北奥羽大会決勝の弘前高校に延長10回のサヨナラ勝ちが思い出に残る試合です。〝高校野球は人間教育の一環〝であり、“甲子園は人との出会いの場〝でした。」
桜雲野球の精神
部員数が少なく練習環境も不自由な中、野球に没頭して忍耐力や自信、集中力や団結力が養われました。 最後の甲子園出場から半世紀以上も経たが、後輩には4度目の出場と初の1勝をあきらめず期待しているレジェンド達でした。
昭和50年に設立し50周年を迎えました。花巻の郷土史の研究と普及を通じて、地域文化の保存と向上を目指しています。花巻のまちづくりを考える上でも、郷土の歴史や風土を学び知ることが大事です。中世や近代の学術的な歴史探求に加えて「花巻の高校野球史」のような昭和・平成の現代史の掘り起こしや、郷土の歴史を知る方の記憶や証言を記録に残すことにも活動を広げたいと思います。年配の方、若い世代の方の参加、入会を募っています。
花巻・岩手の高校野球史第2段や詳細詳は花巻史談会会報・史談会ホームページに掲載していきます。
https://news.yahoo.co.jp/articles/4ad02cfd6bb8c56c1b8ca6300dc4c36481a8b0f0
来春の第97回選抜高校野球大会の「21世紀枠」の中国地区候補校に選ばれた島根県立大田高校に18日、大会を主催する毎日新聞社と日本高野連から表彰盾が贈呈された。
大田は選手11人ながら、堅い守りを武器に秋季県大会で4強、中国地区大会では38年ぶりに勝利し8強入りした。県高野連の水津則義会長から盾を受け取った安井熙一主将は「人数が少ないからこそ練習の量をこなせるし、監督や部長のアドバイスをしっかり聞ける。モチベーションを持って精進したい」と気を引き締めた。水津会長は「地区の代表になることは大変な栄誉。一喜一憂することなく、甲子園に出るイメージを持ちながら厳しい練習に臨んでほしい」とエールを送った。
21世紀枠は2025年1月24日の選考委員会で、全国9校の候補校から2校が選ばれる。
💢倉吉北高校の野球部監督が生徒に体罰 10月29日から4か月間の謹慎処分 生徒にけがはなし 学校は監督に指導を行い再発防止策の策定を進める
https://news.yahoo.co.jp/articles/cb6334f47bcdc16d7a0e4e6321f95fa097019a55
鳥取県倉吉市の私立高校・倉吉北高校の野球部で監督が体罰を行っていたことが分かりました。体罰を受けた生徒にけがはなく、学校は監督に指導を行うとともに再発防止策の策定を進めています。
12月17日、東京で開かれた日本学生野球協会の審査室会議で倉吉北高校の野球部の監督が、今年10月下旬に体罰を行っていたことが明らかになりました。この監督は、日本学生野球協会から体罰と報告義務違反で、10月29日から4か月間の謹慎処分を受けています。
倉吉北高校は体罰の発覚後、監督に指導を行うとともに、11月上旬に野球部の保護者に状況を説明。さらに、野球部の部員にもアンケートを行い、再発防止策の策定を進めています。
体罰を受けた生徒にけがはなく、野球部の代理の監督の下で、現在も活動を続けているということです。
倉吉北高校は「関係者の皆さまにご迷惑、ご心配をおかけし申し訳ない」とコメントし、再発防止に努める考えを示しました。
📝元巨人・柴田章吾氏がアジア初の「甲子園大会」を開催 前例がない大会への意気込み
https://news.yahoo.co.jp/articles/b78d2e226a2b4ab81cda9963b67e7d56495707c6?page=1
気が付けば12月中旬にさしかかり、2024年も残りわずか。25年春のセンバツ大会でどこの高校が出るのか、すでに予想を楽しんでいる人もいるだろう。そんな人々を魅了する甲子園を日本から約5700キロ離れたインドネシアの首都・ジャカルタで再現しようと12月17~21日の5日間で大会を開催している元甲子園球児がいる。ジャカルタの気温は30度と日本の夏と変わらぬ暑さの中、それ以上に大会を熱いものにしようと奮闘している。大会1カ月前に始めたクラウドファンディング(実施期間は12月26日まで)にかける思いと共に大会への意気込みを主催者の柴田章吾氏に話を聞いた。
やってみて分かる甲子園の偉大さ
――12月10日(取材日)ということで大会1週間前になりました。今の気持ちを教えてください。
柴田 想像以上に“甲子園のような大会を開催する”ことは大変なのだと痛感すると同時に、大会1週間前とは思えないほどバタバタしております。
――ちょうど先日、Instagramのストーリーで「人生、ほんとうにうまくいかない」と載せているのを見ました。画面越しでしたが、苦労が伝わりました。
柴田 初めてのことばかりで、毎日心労が絶えません……。
――想像よりもうまくいったこと、うまくいかなかったことがあると思います。まず、うまくいったことを教えてください。
柴田 思った以上に注目をいただけたことかなと思います。最初のころは“野球関係者”しか記事を見ていないことが多かったと思いますが、大会が近づくにつれて、普段野球と接点のない方からも「アジアで甲子園大会を開催しようとしているんだね」と言われることが増えました。
――“野球関係者”以外に広がったなというのは、日常ではどんなときに感じますか?
柴田 今年からシンガポールに移住していることもあり、新しい出会いが増えています。その際に「こういう活動をしていることを周りの人から聞いたよ」と言われたり、「知り合いが大会のスポンサーをしている会社に勤めているよ」といった声をいただきます。また、地元三重県の小学校、中学校から「プロ野球選手を引退後、海外起業しているOBがいることを知ってほしい」という講演依頼をいただけたりもしています。
――地元まで活動が届いているのはすごいですね! では、逆に想像よりうまくいかなかったことは何でしょうか?
柴田 野球大会を開催するだけでしたら、現地の人の協力があればそこまで難しくはないかもしれません。ただ、日本の甲子園を再現しようとインドネシア人と企画を進めているので……。例えば、開会式の入場行進を真似したり、負けたチームは砂を集めたり、大会のルール、ガイドラインをどうするか。甲子園特有の動きって、日本人はなんとなく流れを把握していますよね。ただ、現地の人たちは、「アジア甲子園はいつもの野球大会と何が違うの?」というところから始まり、子どもたちだけでなく、現地の運営の人たちにも伝えないといけない。また僕ら運営も日本の甲子園を主催したことがないので、細かい動きは内部で話し合いながら見よう見まねで準備をしているような状況です。
――たしかに甲子園を見ていたら、だいたいの動きは分かりますよね。見ていない人に伝えるのは難しそうです。ほかに大変なことはありますか?
柴田 準備と資金の工面です。当初試算はインドネシア渡航前のものでして、例えばAという項目は100万円ぐらいでできるだろうと思っていたのが、200万円になったり、規模が変わると1000万円まで膨らんだり、直面しないと分からないことがいくつもありました。また、ありがたいことに国内外、協力いただく方々が増えたことで人件費や経費をどう配分するか、という部分も難しかったです。
――関係者が増えるたびに決めるのは難しくなりますよね。比べるものではないと思いますが、甲子園に出ることとつくること、甲子園に対する熱量は変わらないでしょうか?
柴田 変わります。出るには選ばれないといけないですが、細かい準備は大人がやってくれました。つくる人は責任がありますし、「こうすればいい」という前例がないことが難しいですね。
――前例がないとは具体的にはどんなことがありますか?
柴田 甲子園出場が決まったら、バスの手配をしてくれて、ホテルも予約してくれるので、選手は試合に出るだけですけど、つくる側はそういった裏方的な仕事も含めて全部把握しないといけない。運営側ってこんなにも大変なんだなと思います。我々がやっていることは、朝日新聞さん、阪神電鉄さん、高野連さん、また各出場校が準備していることを全部しているようなイメージです。甲子園という文化を知らない人たちに教えることもしないといけないですし……。ある程度大枠は決まっているのですが、細かいところは現場に入って一緒に決めないといけません。みんなも初めてのことですので、不安なことはまだいっぱいあるかなという感じです。
――不安が多いと思いますが、甲子園を再現するために、大会期間中はどんなことをしますか?
柴田 甲子園の雰囲気をつくるために、毎日審判や共催団体と僕ら運営はミーティングをします。どこが甲子園らしくて、どこを意識してほしいいかみたいな話をしながらブラッシュアップをしていく。最終日にある程度の動きが分かってくれるかなという感じですね。
多くの人に知ってもらいたい
――なぜアジア甲子園1カ月前にクラウドファンディングを始めたのでしょうか? 始める前の軍資金集めとしてやっている団体が多いイメージですが……。
柴田 これまで地道な広報活動をしてきましたが、より認知を広めたいという想いが一番です。私のことを知らない人たちに向けて、様々な方に応援コメントをいただくことで知ってほしいと思いました。特に、プロ野球選手を通じたアプローチはこのような機会がないとなかなかチャンスはありません。母校の大先輩である工藤公康(元西武ほか)さん、坂本勇人(巨人)選手、山川穂高(ソフトバンク)選手、藤浪晋太郎(メッツFA)選手、森友哉(オリックス)選手、山岡泰輔(オリックス)選手、明治大学時代の同級生3人である野村祐輔選手(元広島)、島内宏明選手(楽天)、阿部寿樹選手(楽天)などなど、アジアで開催される甲子園を自分事のように考えてくださるうれしいコメントを多数いただきました。そのような賛同者がいることを世間の方々に知ってもらう機会は、クラウドファンディングと相性がいいと思い決意しました。
――たしかにそうですよね。柴田さんのSNSを普段から見ている私からしても、携わっている人たち全員を知りませんでした。
柴田 ですよね。クラウドファンディングのサイトをつくったことで、これだけ多くの人たちがいることがすぐに分かるので。
――前回もクラウドファンディングをやっていましたが、その違いはなんですか?
柴田 前回は会社を辞めた直後でしたので、活動費という意味合いも大きかったですが、今回はどれだけの人に知ってもらえるかを重要視して、その結果、多くの支援者を募りたい、というクラウドファンディングになっています。
――ありがとうございます。最後にクラウドファンディングを通じて、大会をどうしていきたいか教えてください。
柴田 今年だけでなく、継続的なプロジェクトにするために沢山の方々に知っていただき、ご支援いただける大会を作っていきたいので、ぜひ皆さんも一緒になって盛り上げていただけるとうれしいです。
📝花巻の高校野球史・昭和のレジェンド 花巻北の甲子園
https://article.yahoo.co.jp/detail/08a18c500ca5ca4d0e2462b06d79fa1c0023161c
令和6年は花巻東高野球部が夏の甲子園に出場し、東高出身の大谷翔平選手がメジャーリーグで3度目の最優秀選手賞を授賞し、菊池雄星選手は花巻に複合野球施設を設立するなど、花巻の野球の話題が注目されています。この15年間で花巻東高校野球部は春夏合わせて甲子園に12回出場する強豪校に躍進しました。花巻の高校野球史をたどると半世紀前の昭和40年前後に、花巻北高校が岩手県の高校野球を牽引し、甲子園に3回出場した黄金期がありました。先日、当時の花巻北高の主将や選手の方々が集結、座談会を開催。懐かしいお話を伺いました。
花巻の高校野球のあゆみ
花巻勢の甲子園での成績(春・夏合わせて)
花巻東(花巻商) :通算19勝16敗(勝率54%)
花巻北 :通算 3敗(勝率 0%)
花北青雲(花北商):通算 1敗(勝率 0%)
1960〜70年代は盛岡一高、一関一、福岡、遠野、黒沢尻北などの古豪が県大会の上位にいた頃、花巻勢も躍進しました。花巻北高が3回、花北商(現・花北青雲)が1回甲子園出場をしています。昭和38年は花巻北、39年は花巻商業(現・花巻東)と花巻勢は2年連続甲子園出場をしています。
昭和30年〜40年代の強豪校 花巻北高校 座談会 花巻北の甲子園球児が当時を語る
全部員数が17人〜19人、ピッチャーが一人しかいないなど、練習が不自由な面がありました。上級生のスパルタ式の指導のため、入学時に15人前後入部しても卒業時には5、6名しか残らなかったです。当時は、練習中の水分補給禁止、うさぎ飛び、ノックバットでのお仕置き指導など、今の時代には見られない練習風景がありました。
練習時間は午後4時から7時、遅くなると8時に。石鳥谷や東和の自宅から国鉄で通う日々。夏の大会が近づくと監督宅に下宿する選手もいました。
(1)昭和38(1963)年夏出場(初)
創部30年目で悲願の甲子園初出場を果たします。甲子園の初戦は強豪広陵高(広島)に善戦するも3対1で敗れました。
●小原千秋さん(79歳)昭和38年夏の甲子園初出場、主将で4番打者、捕手
「岩手県勢の中で唯一、開会式で選手宣誓をしています。宣誓をする学校は運営側があらかじめ東日本と西日本から一校ずつ選び(東は花巻北、西は宮崎商業)2校の主将が くじ引きをして決まりました。宣誓文は既に用意されていました。前日の予行練習では大会役員から何度も指導を受けましたが、当日の本番では緊張の中、平常心で 臨むことができました。」
(2)昭和41(1966)年夏出場(2回目)
3年生が3人だけの2年生が主力の守り主体のチームで岩手大会、北奥羽大会(岩手代表と青森代表による2次予選)を勝ち抜いて2度目の夏の甲子園出場を決めました。全国大会は、1回戦で古豪平安高校に0対9で敗れました。
●姉帯昇次さん(76歳)昭和41年の甲子園に出場、主将で5番打者、二塁手
姉帯さんは高校卒業後、花丘圭二という芸名で歌手デビューしています。花巻出身の日本初のフリーアナウンサーの高橋圭三さんから芸名に圭をもらいました。「1年生のときは部員が8人しかいなくて、同級生を必死に勧誘して新人戦に出場。2年生のときは、夏の岩手県大会の一回戦で敗退し、”水一滴も飲むな”の猛練習の結果、3年生のときは2年生中心のチームで夏の県大会と北奥羽大会を勝ち抜きました。」
(3)昭和46(1971)年夏出場(3回目)
岩手として3年ぶり、花巻北としては5年ぶり出場。
甲子園の1回戦は敗退し、三たび初戦の壁を破ることができませんでした。
●立川目和義さん (70歳)昭和46年夏の甲子園に出場、主将で2番打者、内野手
「県大会での盛岡一高戦。お互いの応援団のエキサイトや野次の応酬に、主審がベンチに来て「あの応援をやめさせないと没収試合にする」と注意されました。大会抽選会の日は、送迎車が道を間違えて時間に遅れてしまい皆さんを待たせてしまい大会会長から前代未聞と言われたそうです。」
●三井 信義 さん(71歳)昭和46年出場、5番打者、投手・一塁手・外野手
現在、光林寺理事長。るんびにい美術館建設など障がい者に尽力し今年度、市勢功労者表彰されました。
「岩手県大会の3回戦、古豪同士の盛岡一高戦。延長10回でサヨナラタイムリーを打って勝利したことが最大の思い出。練習のとき、水分補給ができないことや冬期間にボールを握れなかったことがつらかったです。」
●伊藤新也さん(71歳)3回目の甲子園出場、4番打者、捕手
「県大会3回戦の対盛岡一高と、北奥羽大会決勝の弘前高校に延長10回のサヨナラ勝ちが思い出に残る試合です。〝高校野球は人間教育の一環〝であり、“甲子園は人との出会いの場〝でした。」
桜雲野球の精神
部員数が少なく練習環境も不自由な中、野球に没頭して忍耐力や自信、集中力や団結力が養われました。 最後の甲子園出場から半世紀以上も経たが、後輩には4度目の出場と初の1勝をあきらめず期待しているレジェンド達でした。
昭和50年に設立し50周年を迎えました。花巻の郷土史の研究と普及を通じて、地域文化の保存と向上を目指しています。花巻のまちづくりを考える上でも、郷土の歴史や風土を学び知ることが大事です。中世や近代の学術的な歴史探求に加えて「花巻の高校野球史」のような昭和・平成の現代史の掘り起こしや、郷土の歴史を知る方の記憶や証言を記録に残すことにも活動を広げたいと思います。年配の方、若い世代の方の参加、入会を募っています。
花巻・岩手の高校野球史第2段や詳細詳は花巻史談会会報・史談会ホームページに掲載していきます。
☝甲子園のヒーロー20歳が異国で進化の“美直球”「これは打てない」 圧倒0.82にX熱狂「たまらん」
https://news.yahoo.co.jp/articles/e8b0606ba6dd84d832d4144136ddc8ca5fb8025b
近江高から西武入りの山田陽翔、プロ2年目のオフに進化を証明
日本のプロ野球からも若手選手が参加し腕を磨いた「2024アジア・ウインターリーグ・ベースボール(AWB)」が閉幕した。この中で、高校時代に甲子園で大活躍した20歳右腕が見せつけた復活の“美直球”に、ファンからの賛辞が集まっている。
西武の山田陽翔投手は、近江高(滋賀)時代に春夏の甲子園で大活躍。2年夏には4強進出、3年春には大阪桐蔭と決勝を戦い準優勝した。3年夏にも4強進出し、U-18日本代表の主将も務めた世代を代表する右腕だ。2022年のドラフトで5位指名を受けてプロ入りしたが、ここまで2年間1軍での登板はない。今季は2軍でも防御率6.75だった。
ただ、このオフは台湾で行われたAWBに派遣されると、9試合にリリーフし防御率0.82と圧倒。
11イニングで19三振を奪った。スポーツチャンネル「DAZN」がXに動画を公開したのは、山田が伸びのある美しいストレートで空振り三振を奪った場面だ。外角への直球は球速表示こそ144キロだが、打者は思わず手を出してしまったといった様子で振り遅れ、首をかしげながらベンチに戻っている。
山本由伸投手似のフォームから投じる“美直球”に、ファンからは期待の声が殺到。
「来季の一軍ブルペンを支えて欲しい」
「しばらく見ないうちにストレートが良くなってる」
「おほーたまらん」
「このストレートは打てない」
と、今季91敗を喫しパ・リーグ最下位に終わったチームの救世主として見るような声もあった。
📝【東近江市】西武、中日、オリの現役選手も来場! 観覧無料の野球教室が12月22日・29日に開催予定
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/d5adb1080b3b2272a2a0347308569e236a063ce1
「わたSHIGA輝く国スポ・障スポ」こと第79回国民スポーツ大会・第24回全国障害者スポーツ大会が、滋賀県内の各地を会場として来年2025年(令和7年)に開催されます。
国スポの開催までは既に300日を切っており、東近江市は44年ぶりとなる地元開催を記念して様々なイベントを実施しています。
その一環として、2024年12月中に野球教室が催されます。
2024年12月22日に、第1弾「プロに学ぶ!野球教室」が。そして2024年12月29日に、第2弾「東近江市開催記念野球教室」が催される予定です。
どちらのイベントもひばり公園内にある湖東スタジアムが会場となり、入場・観覧は無料です。
実際にプロから学びを得られるのは市内の小学生たちですが、スタンドからであれば保護者や一般来場者も自由に観覧することができます。
少々距離はあるものの、プロ野球選手をディスプレイ越しではなく、ご自身の目で見つめられる貴重な機会であり、野球ファンにはたまらないイベントであるかと思われます。
西武ライオンズの山田陽翔選手が第1弾に、中日ドラゴンズの福永裕基選手とオリックス・バファローズの茶野篤政選手が第2弾の野球教室に来場予定です。ファンの方々はひばり公園まで足を延ばしてみてはいかがでしょうか。
開催当日が晴天に恵まれることをお祈り申し上げます。
【わたSHIGA輝く国スポ・障スポ開催記念野球教室】
開催地 滋賀県東近江市池庄町610番地
開催日 第1弾:2024年12月22日の13時~16時
第2弾:2024年12月29日の12時30分~16時30分
観覧無料(※保護者ならびに一般観覧者はスタンドにて観覧)
電話番号 0749-45-3363
📝岡山県総合グラウンド陸上競技場の愛称が2025年2月から「JFE晴れの国スタジアム」に!
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/a10176cb8b0db9f79e775414665e4cd71f514db1
北区いずみ町にある「岡山県総合グラウンド陸上競技場」の愛称が2025年2月1日から「JFE晴れの国スタジアム」になると、2024年11月15日岡山県が発表しました。
岡山県総合グラウンド陸上競技場はネーミングライツの導入で、現在「シティライトスタジアム」の愛称で親しまれています。県では今年8月23日から10月7日までの期間で新たな命名権者を募集したところ、6者から応募があり、その中からJFEスチールが権利を獲得しました。
ネーミングライツとは?
ネーミングライツとは、公共施設などの名称に、企業の社名やブランド名などを付与する権利のことで、「命名権」とも言います。
ネーミングライツによる収入は、施設の整備等に要する経費の一部に充当することとしています。岡山県立都市公園(岡山県総合グラウンド陸上競技場)では、平成22年3月よりネーミングライツを導入しています。
▼総合グラウンド陸上競技場の愛称の変遷
平成15年5月~平成22年2月 桃太郎スタジアム(一般公募)
平成22年3月~平成27年2月kankoスタジアム(命名者: 菅公学生服株式会社)
平成27年3月~令和7年1月31日シティライトスタジアム(命名者: 株式会社シティライト)
令和7年2月1日~令和12年7月31日(予定)JFE晴れの国スタジアム(命名者: JFEスチール株式会社)
岡山のスポーツの拠点として市民に愛されている「シティライトスタジアム」は来年2月から「JFE晴れの国スタジアム」として新たな歴史をスタートさせることになります。
2月1日からは「JFE晴れの国スタジアム」、お間違いなく!
岡山県総合グラウンド陸上競技場
愛称: JFE晴れの国スタジアム(2025年2月1日~)
住所: 岡山市北区いずみ町2-1-11
📝なぜ暴力的な指導はなくならないか 高校野球の若手監督らが真剣討論
https://news.yahoo.co.jp/articles/de4fa6406c8203f0e3a41b0b14d6920ab2ae1ab0
高校野球の若手指導者を育成する日本高校野球連盟の「甲子園塾」が17年目を迎えた。今年も11~12月に2回に分けて、指導歴が原則10年未満の監督ら計54人が技術の指導法などを教わった。
甲子園塾はその名の通り、ひとりでも多くの指導者が甲子園に出場してほしいという思いが込められている。ただ、日本高野連がそれ以上に重きを置くのが、指導者による暴力の撲滅だ。2008年の第1回から班別討論や座学で解決策を探ってきた。
塾生たちに聞くと、今回の討論では班別で「何がきっかけで暴力が起こるのか」「どうすればなくすことができるか」という二つの視点から考えたという。
自身が学生時代に暴力を受けた指導者もいた。挙がった意見の一つは、「理想と現実のギャップ」だ。指導者が思い描く選手像と、実際の子どもたちの能力との違いを受け入れられない。広島県立高の男性監督(35)は「焦りで感情をコントロールできない人がいるのでは」。兵庫県立高の男性責任教師(31)は「言葉の引き出しを作ることが大切だ」。複数の指導者を置き、他者の目が届きやすくなることで防げるという声もあった。
記者は以前、複数回の体罰で処分を受けた指導者がいる学校を取材した。当時管理職だった男性によると、その指導者に部活を全て任せっきりだったという。他の教諭も声をかけづらい雰囲気があり、いわば「独裁状態だった」と振り返る。
今夏の甲子園に初出場し、甲子園塾の特別講師を務めた石橋(栃木)の福田博之監督(59)は「指導者は生徒のおかげで野球をやらせてもらっている。選手がミスをする要因の一つは、自分たちがうまくさせてあげられなかったから」と語る。
同じく特別講師でU18日本代表の小倉全由監督(67)は、「生徒が人として間違ったことをしたら、厳しくしかる大人にならないといけない。先生たちは自信を持って指導してほしい」と話す一方で、「『あの痛みがあったから今がある』なんて言う人もいるが、どんなときも暴力は絶対ダメだ」と強調した。
暴力は犯罪である。甲子園塾に参加した未来ある指導者たちは、そんな当たり前の訴えを地元でも広めてほしい。
https://news.yahoo.co.jp/articles/e8b0606ba6dd84d832d4144136ddc8ca5fb8025b
近江高から西武入りの山田陽翔、プロ2年目のオフに進化を証明
日本のプロ野球からも若手選手が参加し腕を磨いた「2024アジア・ウインターリーグ・ベースボール(AWB)」が閉幕した。この中で、高校時代に甲子園で大活躍した20歳右腕が見せつけた復活の“美直球”に、ファンからの賛辞が集まっている。
西武の山田陽翔投手は、近江高(滋賀)時代に春夏の甲子園で大活躍。2年夏には4強進出、3年春には大阪桐蔭と決勝を戦い準優勝した。3年夏にも4強進出し、U-18日本代表の主将も務めた世代を代表する右腕だ。2022年のドラフトで5位指名を受けてプロ入りしたが、ここまで2年間1軍での登板はない。今季は2軍でも防御率6.75だった。
ただ、このオフは台湾で行われたAWBに派遣されると、9試合にリリーフし防御率0.82と圧倒。
11イニングで19三振を奪った。スポーツチャンネル「DAZN」がXに動画を公開したのは、山田が伸びのある美しいストレートで空振り三振を奪った場面だ。外角への直球は球速表示こそ144キロだが、打者は思わず手を出してしまったといった様子で振り遅れ、首をかしげながらベンチに戻っている。
山本由伸投手似のフォームから投じる“美直球”に、ファンからは期待の声が殺到。
「来季の一軍ブルペンを支えて欲しい」
「しばらく見ないうちにストレートが良くなってる」
「おほーたまらん」
「このストレートは打てない」
と、今季91敗を喫しパ・リーグ最下位に終わったチームの救世主として見るような声もあった。
📝【東近江市】西武、中日、オリの現役選手も来場! 観覧無料の野球教室が12月22日・29日に開催予定
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/d5adb1080b3b2272a2a0347308569e236a063ce1
「わたSHIGA輝く国スポ・障スポ」こと第79回国民スポーツ大会・第24回全国障害者スポーツ大会が、滋賀県内の各地を会場として来年2025年(令和7年)に開催されます。
国スポの開催までは既に300日を切っており、東近江市は44年ぶりとなる地元開催を記念して様々なイベントを実施しています。
その一環として、2024年12月中に野球教室が催されます。
2024年12月22日に、第1弾「プロに学ぶ!野球教室」が。そして2024年12月29日に、第2弾「東近江市開催記念野球教室」が催される予定です。
どちらのイベントもひばり公園内にある湖東スタジアムが会場となり、入場・観覧は無料です。
実際にプロから学びを得られるのは市内の小学生たちですが、スタンドからであれば保護者や一般来場者も自由に観覧することができます。
少々距離はあるものの、プロ野球選手をディスプレイ越しではなく、ご自身の目で見つめられる貴重な機会であり、野球ファンにはたまらないイベントであるかと思われます。
西武ライオンズの山田陽翔選手が第1弾に、中日ドラゴンズの福永裕基選手とオリックス・バファローズの茶野篤政選手が第2弾の野球教室に来場予定です。ファンの方々はひばり公園まで足を延ばしてみてはいかがでしょうか。
開催当日が晴天に恵まれることをお祈り申し上げます。
【わたSHIGA輝く国スポ・障スポ開催記念野球教室】
開催地 滋賀県東近江市池庄町610番地
開催日 第1弾:2024年12月22日の13時~16時
第2弾:2024年12月29日の12時30分~16時30分
観覧無料(※保護者ならびに一般観覧者はスタンドにて観覧)
電話番号 0749-45-3363
📝岡山県総合グラウンド陸上競技場の愛称が2025年2月から「JFE晴れの国スタジアム」に!
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/a10176cb8b0db9f79e775414665e4cd71f514db1
北区いずみ町にある「岡山県総合グラウンド陸上競技場」の愛称が2025年2月1日から「JFE晴れの国スタジアム」になると、2024年11月15日岡山県が発表しました。
岡山県総合グラウンド陸上競技場はネーミングライツの導入で、現在「シティライトスタジアム」の愛称で親しまれています。県では今年8月23日から10月7日までの期間で新たな命名権者を募集したところ、6者から応募があり、その中からJFEスチールが権利を獲得しました。
ネーミングライツとは?
ネーミングライツとは、公共施設などの名称に、企業の社名やブランド名などを付与する権利のことで、「命名権」とも言います。
ネーミングライツによる収入は、施設の整備等に要する経費の一部に充当することとしています。岡山県立都市公園(岡山県総合グラウンド陸上競技場)では、平成22年3月よりネーミングライツを導入しています。
▼総合グラウンド陸上競技場の愛称の変遷
平成15年5月~平成22年2月 桃太郎スタジアム(一般公募)
平成22年3月~平成27年2月kankoスタジアム(命名者: 菅公学生服株式会社)
平成27年3月~令和7年1月31日シティライトスタジアム(命名者: 株式会社シティライト)
令和7年2月1日~令和12年7月31日(予定)JFE晴れの国スタジアム(命名者: JFEスチール株式会社)
岡山のスポーツの拠点として市民に愛されている「シティライトスタジアム」は来年2月から「JFE晴れの国スタジアム」として新たな歴史をスタートさせることになります。
2月1日からは「JFE晴れの国スタジアム」、お間違いなく!
岡山県総合グラウンド陸上競技場
愛称: JFE晴れの国スタジアム(2025年2月1日~)
住所: 岡山市北区いずみ町2-1-11
📝なぜ暴力的な指導はなくならないか 高校野球の若手監督らが真剣討論
https://news.yahoo.co.jp/articles/de4fa6406c8203f0e3a41b0b14d6920ab2ae1ab0
高校野球の若手指導者を育成する日本高校野球連盟の「甲子園塾」が17年目を迎えた。今年も11~12月に2回に分けて、指導歴が原則10年未満の監督ら計54人が技術の指導法などを教わった。
甲子園塾はその名の通り、ひとりでも多くの指導者が甲子園に出場してほしいという思いが込められている。ただ、日本高野連がそれ以上に重きを置くのが、指導者による暴力の撲滅だ。2008年の第1回から班別討論や座学で解決策を探ってきた。
塾生たちに聞くと、今回の討論では班別で「何がきっかけで暴力が起こるのか」「どうすればなくすことができるか」という二つの視点から考えたという。
自身が学生時代に暴力を受けた指導者もいた。挙がった意見の一つは、「理想と現実のギャップ」だ。指導者が思い描く選手像と、実際の子どもたちの能力との違いを受け入れられない。広島県立高の男性監督(35)は「焦りで感情をコントロールできない人がいるのでは」。兵庫県立高の男性責任教師(31)は「言葉の引き出しを作ることが大切だ」。複数の指導者を置き、他者の目が届きやすくなることで防げるという声もあった。
記者は以前、複数回の体罰で処分を受けた指導者がいる学校を取材した。当時管理職だった男性によると、その指導者に部活を全て任せっきりだったという。他の教諭も声をかけづらい雰囲気があり、いわば「独裁状態だった」と振り返る。
今夏の甲子園に初出場し、甲子園塾の特別講師を務めた石橋(栃木)の福田博之監督(59)は「指導者は生徒のおかげで野球をやらせてもらっている。選手がミスをする要因の一つは、自分たちがうまくさせてあげられなかったから」と語る。
同じく特別講師でU18日本代表の小倉全由監督(67)は、「生徒が人として間違ったことをしたら、厳しくしかる大人にならないといけない。先生たちは自信を持って指導してほしい」と話す一方で、「『あの痛みがあったから今がある』なんて言う人もいるが、どんなときも暴力は絶対ダメだ」と強調した。
暴力は犯罪である。甲子園塾に参加した未来ある指導者たちは、そんな当たり前の訴えを地元でも広めてほしい。