自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
💢同じ高校野球部で相次ぐ体罰 コーチが1か月の謹慎処分 1年間で2人が処分 コーチは共に自己都合退職 島根県
https://news.yahoo.co.jp/articles/568eba08016ae8c1245eb5e9219ffb998135f2de
日本学生野球協会は1月28日に、11件の処分を発表し、島根県の益田東高校野球部のコーチを体罰で去年12月20日から1か月の謹慎処分としました。このコーチは処分の前に自己都合で退職したということです。
益田東高校野球部では2024年7月にも、別のコーチが部内での暴力・暴言で日本学生野球協会から処分を受けていて、自己都合で退職しています。
1年間に2人の処分を受けたことに対し、益田東高校は「職員に対して体罰防止の研修をしていたが、指導体制が不十分だったと深く受け止めています。今後は再発防止に努めていきたい。」とコメントしています。
🎤興南・我喜屋優監督が危惧する高校野球の未来 「地域の人から愛されるという高校野球の姿が崩れつつある」
https://news.yahoo.co.jp/articles/5af0ea51e02a3542f81f801d7de28c62387febbc
群雄割拠〜沖縄高校野球の現在地(3)興南・我喜屋優監督インタビュー(前編)
2024年夏の高校野球沖縄大会でベスト4にエナジックスポーツ、KBC、日本ウェルネス沖縄と新鋭校が躍進するなか、最後の壁として立ちはだかり、県勢最多の14回目の甲子園に出場したのが興南だった。
2010年には甲子園で史上6校目の春夏連覇、沖縄勢では史上初の夏の全国優勝を達成。現在74歳になった我喜屋優監督に、沖縄の高校野球の現在地はどう映っているのだろうか。
【野球部の進路先を公表すればいい】
── 昨夏の甲子園出場時、ある取材での「野球しかしていない高校生の将来は、誰が保証するのでしょうか」という発言が波紋を呼びました。
我喜屋 エナジックさんには、僕の心が100%伝わっていないような話もあるけど......向こうは向こうのやり方があると思うのですが、なんと言っていましたか?
── 受験科目を学ぶだけでなく、工業高校や商業高校ならではの文武両道の形もあり、エナジックスポーツも体育科としてそれを行なっていると神谷嘉宗監督は話していました。「野球バカをつくる気はない」というのは、我喜屋監督の考えと根底は一緒だろうと思います。
我喜屋 高校野球は3年間で終わりだけど、人生は一生続きます。野球を通してその道をつくっているだけの話なわけです。ただ商業高校や工業高校であっても、(県立なら)6時間目まで授業をしているわけですよね。体育科もそう。それは国から「最低でもこれをやりなさいよ」と定められたカリキュラムがあるから。
僕は6時間目まで授業を受けるのが、高校生の基本だと思っている。興南にもスポーツコースがあった時期もあったんですよ。だけど3年生は夏の大会が終わったら、5、6時間目の時に何もすることがない。ゆるゆると遊んでいる姿を見て、(スポーツコースは)取っ払ったんです。
── それでは高校生の将来に役立たないと?
我喜屋 そう。高校でスポーツばかりやっても、みんなが将来、スポーツをやるわけじゃない。高校で野球を断念する者もいるし、医者になる者、会計士になる者もいる。そういう準備のための高校3年間。野球は、放課後の午後4時半から。短い時間のなかで、野球と将来の準備をする。あまり偏るとね。
文武両道という言葉はすばらしいと思う。それを無視すると、高校生活が終わったあとに「あの子はどうしてんのかな?」となる。そうならないためにも、それぞれの学校が野球部員の進路先を公表すれば一番いいんです。そうすることによって、中学生に「野球バカではダメだな。この学校に行こう」って選択肢ができる。
── 「野球バカではダメ」というのは、多くの指導者に共通しているように感じます。
我喜屋 昔は沖縄も知念や那覇、首里、嘉手納とか、公立校がけっこう甲子園に行きました。あるいは興南みたいに私立でも遜色ない戦いが続いた時代があったけど、今は違う。全国を見ても大阪桐蔭さんには地元の子がほとんどいないし、健大高崎、山梨学院、あるいは敦賀気比もそう。テレビ中継の解説で行ってメンバー表を見た時、「なんだこれは」ってね。これでは地元から愛される"おらがチーム"になってないなと。これが高校野球の衰退につながっているのかなと。
【あの特待生問題は何だったの?】
── 昨今は公立の甲子園出場が難しくなり、部員不足に悩むチームも増えています。
我喜屋 沖縄でも今、公立に選手が足りないとか、特定の学校だけが強くなっている。甲子園も公立の出場校が中心で第1回大会が始まったのに、今は逆転している(※第1回大会は出場10校のうち、私立は早稲田実業のみ)。日本高野連に思うのは、野球界全体の問題に発展してきているよ、と。このままでは本当に人気がなくなるよ、スタンドが埋まらなくなるよ、ということです。
── 2010年代の甲子園大会は80万人台の総観客数をキープしていましたが、昨夏は67万800人でした。
我喜屋 沖縄もそう。高校野球は一般の生徒がたくさん応援に来て、初めて活気あるスタンドの風景になる。それが特別なチームだけ、ましてや生徒数が少なくて野球部ばかりの学校とかスポーツ中心の学校になると、スタンドを見ればわかるんですよ。学校関係者しか来てないな、とか。
── 部員数や観客数の減少、甲子園出場校の固定化など高校野球は課題山積ですが、どうすればいいと思いますか。
我喜屋 昔の佐伯達夫先生(1967年〜80年日本高野連会長)みたいに「学生野球はこうだ」と、野球部は学校の見本にならなきゃダメ。もちろん授業もちゃんと受けて、一般生徒との交流も深めて、地域の人から愛されるという高校野球の姿が崩れつつあるので、(日本高野連は)それを元に戻す努力をしてほしい。
── 日本高野連のあり方に問題があると?
我喜屋 本当の高校野球、学生野球憲章を高野連が見直していかないと、「あの特待生問題は何だったの?」となる(※2007年に授業料免除など、過剰な特典を与えられた特待生が多数いると発覚した問題)。寮費をタダにするのはいいのか? (規定で)いいなら、それでいいんですよ。そうでなければ、守っている学校には不平等じゃないの? あれだけ平等性を求めて、12月から3月まで対外試合禁止とやるけれども、もっと深くちゃんと掘り下げないと、本当に僕は高校野球がダメになると思っています。
── 日本高野連は昨年、学生野球憲章の改正案を策定するとし、意見を公募しました。たとえば、学生の商業利用に関して「考え方が古すぎる」という声もありますが、どう思いますか?
我喜屋 学生野球憲章は、本当は純粋なんですよ。特にお金が動くようなことはいっさいさせない。物品を与えて選手を勧誘したらダメ、とかね。いろんな意味で厳しく、あるいは将来の学生のためにというのが発祥だったはずなのに、オリンピックと一緒で商業ベースになって、全国から選手を集めている。食材で言えば、ウニ、アワビが多くなっちゃって。
つづく>>
🎤興南・我喜屋優監督はなぜ授業の重要性を訴えるのか 「人生のスコアボードには終わりがない」
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/hs_other/2025/01/31/post_5/?cx_refAction=distMediaRecs&utm_campaign=%2Fclm%2Fbaseball%2Fhs_other%2F2025%2F01%2F31%2Fpost_4%2F&utm_source=news.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&cx_refMedia=yahoo
群雄割拠〜沖縄高校野球の現在地(3)興南・我喜屋優監督インタビュー(後編)
【人生のスコアボードには終わりがない】
── 強豪私学は選手を全国から集める一方、公立校は部員不足の影響をモロに受け、二極化が進んでいます。
我喜屋 (2010年に)沖縄の興南が優勝した時は「ゴーヤーチャンプルー軍団」と言われたけど、地産地消が少なくなった。そうすると人気がなくなるのは当たり前のこと。特定のチームが常に勝っているから。興南の春夏連覇は全員が沖縄の人間で、南部のおじいちゃん、おばあちゃん、北部のジジイ、ババアもみんな喜んでくれました。地元に愛されて、感動させるようなチームが高校野球は大事なのです。
その延長で、社会に出てからも「あいつのおかげで助かった」「カバーリングがすごいな、あの子は」とみんなから喜ばれる。高校野球は3年で終わるけど、人生のスコアボードには終わりがないんだから。野球のスコアボードだけで頭がいっぱいの学校があるけど、人生のスコアボードまで指導者は考えてほしい。
── 沖縄ではエナジックスポーツやKBC、日本ウェルネス沖縄など新鋭の私立校が台頭しています。今は「多様性」の時代と言われますが、高校生に新しい選択肢ができるのはいいことだと思いますか。
我喜屋 それはいいことですよ。ただし僕が言っているのは、長い人生を歩むための基本は高校3年までの授業にあるよ、と。大学はそれ以上の専門、その先の社会は専門が重要になる。大学への進学と、社会を生き抜くためには、高校3年間の授業はとても大事だよっていうことなんです。その次に部活があるということを考えないといけない。
── 「文」の次に「武」が来ると。
我喜屋 逆になると、とても心配。人の子どもだから......と、するのではなくてね。親も野球バカには育てたくないと思うし、高校に入れるからには「文武両道の道を歩ませてくれる」っていう期待もある。その期待に応える意味でも、将来に向けて「なぜ授業するの? 将来の選択肢を増やすためだよ」という意味で、ちゃんと理由づけてやってくれれば、こっちが言うのは余計なことです。
── それでも指摘するのはなぜですか?
我喜屋 僕は、沖縄の子はみんなかわいいから。沖縄の子どもたちがディスポートして(楽しんで)、海を越えて頑張ってほしい。やっぱり野球バカは育てられない。先に僕は社会の道を行っているから、「この道ってのはこうだよ」「ここに行ったら危ないぞ」「もっとこっち側を歩け」と、ある程度、右と左を教えなきゃいけないよね。
【条件闘争でウチが負けるのは当たり前】
── 沖縄の高校野球では「打倒・興南&沖縄尚学」と目標にされています。興南はどういう存在としてあり続けたいですか。
我喜屋 ウチが自慢できるのは、本当に授業をちゃんとやってから、野球をやっているということ。高野連のいろんな規定を遵守して、寮費は全部もらう。みんな寮で食事をするんだから、それは平等で当たり前。でも条件という面で、違うところに行く子も多いと思う。もちろん、「学力的に興南に行けない」と最初からあきらめる子もいるけど、そこはもっとチャレンジしてほしい。
もっと自慢するところは、「ウチの子は試合に出られなくてもいいので、3年間お願いします。心を鍛えてください」という親がけっこう多いんです。だから常に部員は(1学年)30人体制で来ている。一番多かったときは(3学年で)150人いたときもあったけど、それでは多すぎて野球どころじゃなかったです。
── 条件をつけなくても、興南で野球をしたいという子はいる、と。
我喜屋 もし興南をはじめ、多くの学校が寮費をタダにするとか、入学条件の競争をするようになったら、高校野球は破滅するよ。いっときの条件より、ウチは将来を約束する。入部希望者が条件闘争をしてきたら、僕は「ほかに行ってください」って言います。条件闘争でウチが負けるのは当たり前。負けるというか、(学生野球憲章を)守っているから。ちゃんと競争のなかから、平等ななかから人生を歩んでほしい。高校3年間は準備期間だからね。
https://news.yahoo.co.jp/articles/568eba08016ae8c1245eb5e9219ffb998135f2de
日本学生野球協会は1月28日に、11件の処分を発表し、島根県の益田東高校野球部のコーチを体罰で去年12月20日から1か月の謹慎処分としました。このコーチは処分の前に自己都合で退職したということです。
益田東高校野球部では2024年7月にも、別のコーチが部内での暴力・暴言で日本学生野球協会から処分を受けていて、自己都合で退職しています。
1年間に2人の処分を受けたことに対し、益田東高校は「職員に対して体罰防止の研修をしていたが、指導体制が不十分だったと深く受け止めています。今後は再発防止に努めていきたい。」とコメントしています。
🎤興南・我喜屋優監督が危惧する高校野球の未来 「地域の人から愛されるという高校野球の姿が崩れつつある」
https://news.yahoo.co.jp/articles/5af0ea51e02a3542f81f801d7de28c62387febbc
群雄割拠〜沖縄高校野球の現在地(3)興南・我喜屋優監督インタビュー(前編)
2024年夏の高校野球沖縄大会でベスト4にエナジックスポーツ、KBC、日本ウェルネス沖縄と新鋭校が躍進するなか、最後の壁として立ちはだかり、県勢最多の14回目の甲子園に出場したのが興南だった。
2010年には甲子園で史上6校目の春夏連覇、沖縄勢では史上初の夏の全国優勝を達成。現在74歳になった我喜屋優監督に、沖縄の高校野球の現在地はどう映っているのだろうか。
【野球部の進路先を公表すればいい】
── 昨夏の甲子園出場時、ある取材での「野球しかしていない高校生の将来は、誰が保証するのでしょうか」という発言が波紋を呼びました。
我喜屋 エナジックさんには、僕の心が100%伝わっていないような話もあるけど......向こうは向こうのやり方があると思うのですが、なんと言っていましたか?
── 受験科目を学ぶだけでなく、工業高校や商業高校ならではの文武両道の形もあり、エナジックスポーツも体育科としてそれを行なっていると神谷嘉宗監督は話していました。「野球バカをつくる気はない」というのは、我喜屋監督の考えと根底は一緒だろうと思います。
我喜屋 高校野球は3年間で終わりだけど、人生は一生続きます。野球を通してその道をつくっているだけの話なわけです。ただ商業高校や工業高校であっても、(県立なら)6時間目まで授業をしているわけですよね。体育科もそう。それは国から「最低でもこれをやりなさいよ」と定められたカリキュラムがあるから。
僕は6時間目まで授業を受けるのが、高校生の基本だと思っている。興南にもスポーツコースがあった時期もあったんですよ。だけど3年生は夏の大会が終わったら、5、6時間目の時に何もすることがない。ゆるゆると遊んでいる姿を見て、(スポーツコースは)取っ払ったんです。
── それでは高校生の将来に役立たないと?
我喜屋 そう。高校でスポーツばかりやっても、みんなが将来、スポーツをやるわけじゃない。高校で野球を断念する者もいるし、医者になる者、会計士になる者もいる。そういう準備のための高校3年間。野球は、放課後の午後4時半から。短い時間のなかで、野球と将来の準備をする。あまり偏るとね。
文武両道という言葉はすばらしいと思う。それを無視すると、高校生活が終わったあとに「あの子はどうしてんのかな?」となる。そうならないためにも、それぞれの学校が野球部員の進路先を公表すれば一番いいんです。そうすることによって、中学生に「野球バカではダメだな。この学校に行こう」って選択肢ができる。
── 「野球バカではダメ」というのは、多くの指導者に共通しているように感じます。
我喜屋 昔は沖縄も知念や那覇、首里、嘉手納とか、公立校がけっこう甲子園に行きました。あるいは興南みたいに私立でも遜色ない戦いが続いた時代があったけど、今は違う。全国を見ても大阪桐蔭さんには地元の子がほとんどいないし、健大高崎、山梨学院、あるいは敦賀気比もそう。テレビ中継の解説で行ってメンバー表を見た時、「なんだこれは」ってね。これでは地元から愛される"おらがチーム"になってないなと。これが高校野球の衰退につながっているのかなと。
【あの特待生問題は何だったの?】
── 昨今は公立の甲子園出場が難しくなり、部員不足に悩むチームも増えています。
我喜屋 沖縄でも今、公立に選手が足りないとか、特定の学校だけが強くなっている。甲子園も公立の出場校が中心で第1回大会が始まったのに、今は逆転している(※第1回大会は出場10校のうち、私立は早稲田実業のみ)。日本高野連に思うのは、野球界全体の問題に発展してきているよ、と。このままでは本当に人気がなくなるよ、スタンドが埋まらなくなるよ、ということです。
── 2010年代の甲子園大会は80万人台の総観客数をキープしていましたが、昨夏は67万800人でした。
我喜屋 沖縄もそう。高校野球は一般の生徒がたくさん応援に来て、初めて活気あるスタンドの風景になる。それが特別なチームだけ、ましてや生徒数が少なくて野球部ばかりの学校とかスポーツ中心の学校になると、スタンドを見ればわかるんですよ。学校関係者しか来てないな、とか。
── 部員数や観客数の減少、甲子園出場校の固定化など高校野球は課題山積ですが、どうすればいいと思いますか。
我喜屋 昔の佐伯達夫先生(1967年〜80年日本高野連会長)みたいに「学生野球はこうだ」と、野球部は学校の見本にならなきゃダメ。もちろん授業もちゃんと受けて、一般生徒との交流も深めて、地域の人から愛されるという高校野球の姿が崩れつつあるので、(日本高野連は)それを元に戻す努力をしてほしい。
── 日本高野連のあり方に問題があると?
我喜屋 本当の高校野球、学生野球憲章を高野連が見直していかないと、「あの特待生問題は何だったの?」となる(※2007年に授業料免除など、過剰な特典を与えられた特待生が多数いると発覚した問題)。寮費をタダにするのはいいのか? (規定で)いいなら、それでいいんですよ。そうでなければ、守っている学校には不平等じゃないの? あれだけ平等性を求めて、12月から3月まで対外試合禁止とやるけれども、もっと深くちゃんと掘り下げないと、本当に僕は高校野球がダメになると思っています。
── 日本高野連は昨年、学生野球憲章の改正案を策定するとし、意見を公募しました。たとえば、学生の商業利用に関して「考え方が古すぎる」という声もありますが、どう思いますか?
我喜屋 学生野球憲章は、本当は純粋なんですよ。特にお金が動くようなことはいっさいさせない。物品を与えて選手を勧誘したらダメ、とかね。いろんな意味で厳しく、あるいは将来の学生のためにというのが発祥だったはずなのに、オリンピックと一緒で商業ベースになって、全国から選手を集めている。食材で言えば、ウニ、アワビが多くなっちゃって。
つづく>>
🎤興南・我喜屋優監督はなぜ授業の重要性を訴えるのか 「人生のスコアボードには終わりがない」
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/hs_other/2025/01/31/post_5/?cx_refAction=distMediaRecs&utm_campaign=%2Fclm%2Fbaseball%2Fhs_other%2F2025%2F01%2F31%2Fpost_4%2F&utm_source=news.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&cx_refMedia=yahoo
群雄割拠〜沖縄高校野球の現在地(3)興南・我喜屋優監督インタビュー(後編)
【人生のスコアボードには終わりがない】
── 強豪私学は選手を全国から集める一方、公立校は部員不足の影響をモロに受け、二極化が進んでいます。
我喜屋 (2010年に)沖縄の興南が優勝した時は「ゴーヤーチャンプルー軍団」と言われたけど、地産地消が少なくなった。そうすると人気がなくなるのは当たり前のこと。特定のチームが常に勝っているから。興南の春夏連覇は全員が沖縄の人間で、南部のおじいちゃん、おばあちゃん、北部のジジイ、ババアもみんな喜んでくれました。地元に愛されて、感動させるようなチームが高校野球は大事なのです。
その延長で、社会に出てからも「あいつのおかげで助かった」「カバーリングがすごいな、あの子は」とみんなから喜ばれる。高校野球は3年で終わるけど、人生のスコアボードには終わりがないんだから。野球のスコアボードだけで頭がいっぱいの学校があるけど、人生のスコアボードまで指導者は考えてほしい。
── 沖縄ではエナジックスポーツやKBC、日本ウェルネス沖縄など新鋭の私立校が台頭しています。今は「多様性」の時代と言われますが、高校生に新しい選択肢ができるのはいいことだと思いますか。
我喜屋 それはいいことですよ。ただし僕が言っているのは、長い人生を歩むための基本は高校3年までの授業にあるよ、と。大学はそれ以上の専門、その先の社会は専門が重要になる。大学への進学と、社会を生き抜くためには、高校3年間の授業はとても大事だよっていうことなんです。その次に部活があるということを考えないといけない。
── 「文」の次に「武」が来ると。
我喜屋 逆になると、とても心配。人の子どもだから......と、するのではなくてね。親も野球バカには育てたくないと思うし、高校に入れるからには「文武両道の道を歩ませてくれる」っていう期待もある。その期待に応える意味でも、将来に向けて「なぜ授業するの? 将来の選択肢を増やすためだよ」という意味で、ちゃんと理由づけてやってくれれば、こっちが言うのは余計なことです。
── それでも指摘するのはなぜですか?
我喜屋 僕は、沖縄の子はみんなかわいいから。沖縄の子どもたちがディスポートして(楽しんで)、海を越えて頑張ってほしい。やっぱり野球バカは育てられない。先に僕は社会の道を行っているから、「この道ってのはこうだよ」「ここに行ったら危ないぞ」「もっとこっち側を歩け」と、ある程度、右と左を教えなきゃいけないよね。
【条件闘争でウチが負けるのは当たり前】
── 沖縄の高校野球では「打倒・興南&沖縄尚学」と目標にされています。興南はどういう存在としてあり続けたいですか。
我喜屋 ウチが自慢できるのは、本当に授業をちゃんとやってから、野球をやっているということ。高野連のいろんな規定を遵守して、寮費は全部もらう。みんな寮で食事をするんだから、それは平等で当たり前。でも条件という面で、違うところに行く子も多いと思う。もちろん、「学力的に興南に行けない」と最初からあきらめる子もいるけど、そこはもっとチャレンジしてほしい。
もっと自慢するところは、「ウチの子は試合に出られなくてもいいので、3年間お願いします。心を鍛えてください」という親がけっこう多いんです。だから常に部員は(1学年)30人体制で来ている。一番多かったときは(3学年で)150人いたときもあったけど、それでは多すぎて野球どころじゃなかったです。
── 条件をつけなくても、興南で野球をしたいという子はいる、と。
我喜屋 もし興南をはじめ、多くの学校が寮費をタダにするとか、入学条件の競争をするようになったら、高校野球は破滅するよ。いっときの条件より、ウチは将来を約束する。入部希望者が条件闘争をしてきたら、僕は「ほかに行ってください」って言います。条件闘争でウチが負けるのは当たり前。負けるというか、(学生野球憲章を)守っているから。ちゃんと競争のなかから、平等ななかから人生を歩んでほしい。高校3年間は準備期間だからね。
📝明豊・山内前主将を表彰 日本学生野球協会
https://news.yahoo.co.jp/articles/59b03ac12ffa10c388f73114edeea9bd737fc972
日本学生野球協会の2024年度表彰選手に、明豊の前主将・山内真南斗さん(3年)が選ばれた。29日、同校で表彰式があり、県高校野球連盟の奥田宏会長から賞状入りの記念盾が贈られた。また、チームメートだった高木真心さん(同)が県高野連の優秀選手に選ばれた。
奥田会長は「明豊高校でやってきたことは、今後の野球人生に糧になる。また、野球を離れても、自分たちの人生を支えていくことになる」と2人に語りかけた。
明豊は昨夏の大分大会で優勝し、4連覇を成し遂げた。山内さんは主将としてチームをまとめて引っ張ったことなどが評価された。「18年間生きてきた中で一番濃く、たくさんの経験ができた3年間だった。春も夏も甲子園に出られたことが一番の思い出」と振り返った。今後は大学に進学し、「野球を見ている人に影響を与えるような選手になり、高校でなれなかった日本一になりたい」と目標を話した。
高木さんは米国の大学に進学して野球を続けるという。「自分の野球スタイルで大学でも活躍できるように頑張りたい」と抱負を語った。
📝埼玉県高野連、16選手を表彰 球児を育てる栄養講座も開催
https://news.yahoo.co.jp/articles/953af430fa1884885b22b82355c16e252f1a8248
埼玉県高校野球連盟は28日、今年度の日本学生野球協会の表彰選手に選ばれた花咲徳栄の生田目奏選手(3年)と、昨夏の第106回全国高校野球選手権埼玉大会の優秀選手16人を表彰した。
合わせて、公認スポーツ栄養士で国立スポーツ科学センターの高井恵理さんを招いて「球児を育てるための栄養講座」を開いた。日本高野連が進める「高校野球200年構想」事業の一環で、高井さんは、球児の成長に必要なエネルギー、栄養補給について講演。筋肉量が増加する大事な時期に食事が足りているかをチェックするほか、睡眠を十分にとり、朝食を食べ、水分補給を積極的にすることの大切さを強調した。
優秀選手は次の通り。(敬称略)
上原堆我、岡山稜、田端太貴、横山翔也、斎藤聖斗(以上花咲徳栄)
山根大翔、大槻真広、古賀直己(以上昌平)
西川歩、田中大貴(以上山村学園)
平尾拓翔、三田村幸輔(以上春日部共栄)
小崎俊介(西武台)
関野暖士(浦和麗明)
長島颯(東京農大三)
三井雄心(浦和学院)
㊗県岐阜商の硬式野球部、創部100周年 卒業生やスタッフら節目祝う
https://news.yahoo.co.jp/articles/895417bfec8c3f2ca31e58c50eccee19c0d92ff2
岐阜県内最多の甲子園出場を誇る県岐阜商高硬式野球部の創部100周年記念式典が26日、岐阜市の岐阜グランドホテルであった。藤井潤作監督らスタッフや卒業生、来賓の古田肇知事や柴橋正直・岐阜市長ら約250人が集まり、節目を祝った。
春夏で60回甲子園に出場し、通算87勝55敗、優勝4回、準優勝6回。名球会入りした故高木守道氏や和田一浩氏らプロも多数輩出している。
冒頭、OBクラブ委員長の石榑淳さんは「100年が過ぎ、新たな100年への第一歩がスタートしました。もう一度一致団結し、一枚岩となって応援していただきたい」とあいさつした。
2009年に夏の甲子園4強や新潟国体優勝に導いた元監督の藤田明宏さんは「OBに夢を見させて下さい。高い目標と高い志を持って次の100周年に向けて頑張ってほしい」と呼びかけた。
会場では吹奏楽部や応援団による応援歌の披露、甲子園での名勝負などを集めた映像放映もあり、拍手や歓声が上がるなど盛り上がっていた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/59b03ac12ffa10c388f73114edeea9bd737fc972
日本学生野球協会の2024年度表彰選手に、明豊の前主将・山内真南斗さん(3年)が選ばれた。29日、同校で表彰式があり、県高校野球連盟の奥田宏会長から賞状入りの記念盾が贈られた。また、チームメートだった高木真心さん(同)が県高野連の優秀選手に選ばれた。
奥田会長は「明豊高校でやってきたことは、今後の野球人生に糧になる。また、野球を離れても、自分たちの人生を支えていくことになる」と2人に語りかけた。
明豊は昨夏の大分大会で優勝し、4連覇を成し遂げた。山内さんは主将としてチームをまとめて引っ張ったことなどが評価された。「18年間生きてきた中で一番濃く、たくさんの経験ができた3年間だった。春も夏も甲子園に出られたことが一番の思い出」と振り返った。今後は大学に進学し、「野球を見ている人に影響を与えるような選手になり、高校でなれなかった日本一になりたい」と目標を話した。
高木さんは米国の大学に進学して野球を続けるという。「自分の野球スタイルで大学でも活躍できるように頑張りたい」と抱負を語った。
📝埼玉県高野連、16選手を表彰 球児を育てる栄養講座も開催
https://news.yahoo.co.jp/articles/953af430fa1884885b22b82355c16e252f1a8248
埼玉県高校野球連盟は28日、今年度の日本学生野球協会の表彰選手に選ばれた花咲徳栄の生田目奏選手(3年)と、昨夏の第106回全国高校野球選手権埼玉大会の優秀選手16人を表彰した。
合わせて、公認スポーツ栄養士で国立スポーツ科学センターの高井恵理さんを招いて「球児を育てるための栄養講座」を開いた。日本高野連が進める「高校野球200年構想」事業の一環で、高井さんは、球児の成長に必要なエネルギー、栄養補給について講演。筋肉量が増加する大事な時期に食事が足りているかをチェックするほか、睡眠を十分にとり、朝食を食べ、水分補給を積極的にすることの大切さを強調した。
優秀選手は次の通り。(敬称略)
上原堆我、岡山稜、田端太貴、横山翔也、斎藤聖斗(以上花咲徳栄)
山根大翔、大槻真広、古賀直己(以上昌平)
西川歩、田中大貴(以上山村学園)
平尾拓翔、三田村幸輔(以上春日部共栄)
小崎俊介(西武台)
関野暖士(浦和麗明)
長島颯(東京農大三)
三井雄心(浦和学院)
㊗県岐阜商の硬式野球部、創部100周年 卒業生やスタッフら節目祝う
https://news.yahoo.co.jp/articles/895417bfec8c3f2ca31e58c50eccee19c0d92ff2
岐阜県内最多の甲子園出場を誇る県岐阜商高硬式野球部の創部100周年記念式典が26日、岐阜市の岐阜グランドホテルであった。藤井潤作監督らスタッフや卒業生、来賓の古田肇知事や柴橋正直・岐阜市長ら約250人が集まり、節目を祝った。
春夏で60回甲子園に出場し、通算87勝55敗、優勝4回、準優勝6回。名球会入りした故高木守道氏や和田一浩氏らプロも多数輩出している。
冒頭、OBクラブ委員長の石榑淳さんは「100年が過ぎ、新たな100年への第一歩がスタートしました。もう一度一致団結し、一枚岩となって応援していただきたい」とあいさつした。
2009年に夏の甲子園4強や新潟国体優勝に導いた元監督の藤田明宏さんは「OBに夢を見させて下さい。高い目標と高い志を持って次の100周年に向けて頑張ってほしい」と呼びかけた。
会場では吹奏楽部や応援団による応援歌の披露、甲子園での名勝負などを集めた映像放映もあり、拍手や歓声が上がるなど盛り上がっていた。
☝「大社高校のような『旋風』もあり得る」 センバツに挑む米子松蔭(鳥取) 喜び沸く野球部OB、関係者がエールhttps://news.yahoo.co.jp/articles/45f1e6c554fce033c6ecc37b402ed2e50b3ef870
米子松蔭高校の選抜大会出場決定を受け、野球部OBは喜びをかみしめた。米子市内の競技関係者からは、昨夏の選手権大会で8強入りした大社に続く快進撃を期待する声も聞かれた。
「大社のような『旋風』もあり得る」と話すのは、野球解説者で皆生タクシー社長の杉本真吾さん(59)。明治神宮野球大会で準優勝した広島商と、中国地区大会決勝で対等に戦った点を評価し、キーマンには鋭い状況分析を持ち味とする捕手の惣郷峻吏主将を挙げた。「中国地区大会ではバッテリーをはじめ、守備がしっかりしていた。自分たちの力を信じて戦ってほしい」とエールを送った。
2003年に卒業したOBで、あきたの整体院代表の秋田良輔さん(40)は、「うれしい。しっかりと対策を練って気持ちを高め、勝利を重ねてほしい」と後輩たちに期待した。
秋田さんは1年生だった00年夏の甲子園の試合をスタンドで応援。2年の時は投手としてチームを引っ張り秋の県大会準優勝に導いた。自身の経験を踏まえ「新里希夢投手をはじめ、チーム全体で当時より技術が上がっている。臆することなく甲子園の舞台で戦ってほしい」と話した。
📝沖縄尚学・比嘉公也監督を直撃 「エナジックやKBCといった野球強化に取り組む新鋭校をどう思うか?」
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/hs_other/2025/01/28/_kbc/
沖縄の野球少年が憧れる沖縄尚学のブランドイメージで、代表的なひとつに「文武両道」がある。同県の私立の進学校では、昭和薬科大学附属の次と位置づけられている。
ただし、実情はいわゆる"文武別道"だ。特進クラス(※正式名称は「尚学パイオニアコースα」などだが、通称で表記)は1日7コマの授業を受けるのに対し、野球部の所属するスポーツコース(※正式名称は「尚学パイオニアコースβ」)は5コマ。強化指定部として、部活動に多くの時間を割けるようにカリキュラムが組まれている。
【選択肢が広がるのはいいこと】
平日は那覇市の学校から車で約20分の『尚学ボールパーク』に15時半頃に到着し、18時半まで練習する。バスでグラウンドを後にするのは19時半。全体練習の時間は1日3時間に満たない。強豪校としては決して長くなく、社会科教員で野球部を率いる比嘉公也監督は複雑な思いを抱えている。
「学業は必要なことなので、『疎かにしないでいこうぜ』って話しています。でも、勉強は高校を卒業してからでも、やろうと思えばできるじゃないですか。本当に本人たちが打ち込みたいものの半分の時間を奪っているかもしれない、というものも感じます。でも学生だから、学業もやろうっていう......難しいですね」
昨夏の沖縄大会でベスト4に入ったエナジックスポーツ、KBC、日本ウェルネス沖縄は、野球により多くの割ける時間をカリキュラムが組まれている。もし高校生活の多くを野球に費やしたければ、上記の学校に進む道もあるだろう。
だが、反対の見方も根強い。文武両道こそ、学生の模範とされる価値観だからだ。
「野球しかしていない高校生の将来は、誰が保証するのでしょうか」
昨夏の沖縄大会を制して甲子園に進んだ興南の我喜屋優監督が、直撃取材を受けた際にそう発言して波紋を呼んだが、沖尚の比嘉監督はどう考えているのか。
「本人も親御さんも『この期間は野球に集中できる』と価値を見出していると思うので、いいと思いますけどね。どれくらい勉強しているのか、実際の中身は知らないので。いわゆる新鋭校という学校ができて、沖縄の子たちに選択肢が広がったことはいいことだと思います」
選択肢の多様化が進む現在、沖縄県内の野球少年たちに最も人気なのが沖縄尚学だ。入部を希望する中学生に対し、比嘉監督は必ず伝えることがある。「勉強を疎かにしたら、野球はできないよ」ということだ。
特進クラスのように共通テストで高得点を目指すような授業内容ではないが、スポーツクラスも学業との両立を掲げている。英語検定も最低準二級を目指そうという方針だ。
もしテストで合格点に達しなければ、部活の時間に草抜きをさせる。一緒に行なう比嘉監督が特に何かを言うわけではないが、そうした時間に意味を持たせようとしている。
「周りが声を出して一生懸命練習しているなか、ポツンと草抜きをしている。『なんで自分はこうなっているんだ?』という振り返りというか......自分のとっている行動や授業中のあり方とか、そういった部分を感じてほしい」
大事な野球の時間が削られるのは、部員たちにとって大きな痛手だ。沖尚で野球をする以上、自分でそう気づけることが重要になる。
【勧誘してもレギュラー確定ではない】
一方、「将来、数学の先生になりたいという夢を持っています」という入学希望者には、「ウチじゃないほうがいいよ」と正直に伝える。沖尚に来る選手たちは野球にかける思いが周囲より強く、ミスマッチが起きてほしくないからだ。
「島袋洋奨(興南コーチ)とも『あそこの中学校にいい子がいるらしいよ』と話すんです。隠すとかはありません。県外の子が見学に来たら、『○○君、いいらしいね』とか。声がかかったら、行くのはその子の自由なので。そのなかでウチを選んでくれたらいい。そういう形がお互いにとっていいと思っています」
選手のなかには、「沖尚から声がかかったから、来てやった」という雰囲気を醸し出すケースもあるという。
「だから声をかける時、『僕が声をかけたからといって、レギュラー確定じゃないよ』と必ず伝えます。声がかかったから、試合に出られると思ったら大間違いです。人には成長の差があるので。自分の意思で一般受験を受けて来た子が伸びてくるなんて、ざらにあります。『来てやった』という子は、いろんな面で越されちゃうよと思いますね」
沖縄尚学に憧れる野球少年が多いのは、大きく成長していく先輩が多いからだろう。2008年のセンバツで優勝に導いた東浜巨を筆頭に、嶺井博希、リチャード(いずれもソフトバンク)、與座海人(西武)、岡留英貴(阪神)、仲田侑仁(広島)らがプロの世界に巣立った。
リチャードと仲田を除き、上記の4人は大学経由でプロに進んだ。沖縄尚学にやって来る野球部員の多くは、進学を見据えている。2025年の卒業生は、23人のうち20人が大学、2人が専門学校、1人が就職の道を選んだ。
進学先で人気なのは東都大学リーグだが、昨今、変化が生まれている。比嘉監督が説明する。
「いわゆる名前の通っている大学以外にも目を向けて、そこで試合に出て活躍し、自分の人生につなげていくという子も増えていますよね。そこからプロ、社会人に行ければバンザイだと思うので」
そのモデルケースが、西武で2022年に10勝を挙げた與座だ。沖尚時代は3、4番手の投手で、敗戦が近くなったら投手に代打を送り、「おまえ、行け!」という立ち位置だった。
與座家の3兄弟はいずれも沖尚に来たが、三男の海人は能力的に最も低かった。入学当初は上投げだったが、同タイプばかりいるチームのなかでかすみ、サイドスローに下げることで何とか自分の価値を見出そうとした。
高校時代は花開かなかったものの、岐阜経済大学に進んでアンダースローに下げると、独特の軌道を武器に躍進する。そしてプロへの道を切り開き、2ケタ勝利を飾るまでになった。
「高校時代から、今の姿は全然想像つかないですね。だから子どもたちに言います。『周りよりちょっと成長が遅くて、高校野球では芽が出なかったかもしれないけど、考え方や自分の努力によって、のちにうまくいくこともある』って。阪神にお世話になっている岡留も、高校ではエースではありませんでした。あいつも大学で腕の出どころを変えてから、バッターが嫌がるボールになったんだと思います」
【練習メニューは選手で考える】
どのように與座や岡留のような考え方を養わせていくのか。比嘉監督は24歳で監督就任した頃から「強制」で取り組ませてきたが、思うように結果が残せなかった2018年頃、転機が訪れる。
北海高校の平川敦監督が沖縄県の指導者講習会でやってきた際、経団連に所属する企業が、どんな学生を採用するかという話にヒントを得た。
「10数年連続で変わらない順位が、コミュニケーション能力と主体性、チャレンジ精神だったと思います。そう聞いた時に、そういう学生になればいいんだと単純に考えるようになりました」
具体的には、練習メニューを選手たち自身で考えさせるようにした。ただし、高校生は急に「考えろ」と言われても難しいので、フレームワークを示す。「GROWモデル」と言われるものだ。コーチングに欠かせない4つのプロセスで、「G=Goal(目標)」「R=Reality Check(現実の確認)」「O=Options(選択肢)」「W=Will(意志)」をうまく使い、目標に導いていく手法である。比嘉監督が説明する。
「ゴールを設定し、そのゴールを目指す自分たちの現状をわかったうえで、そのためにどんな練習メニューや方法をとったらいいのか。そこまで行ってから、行動しようと。『はい、練習メニュー。じゃあノック、バッティングします』ではなくて。チーム、個人として現状をちゃんと把握させて、だからこの練習をしていく。そういう考え方を投げかけたうえで、メニュー係を中心に、前日に僕に練習メニューを連絡してくるというパターンです」
24歳から野球部を率い、指導歴20年。選手、監督としてセンバツ優勝を経験し、沖縄尚学を名門として輝かせる比嘉監督の取り組みを視察に来る指導者も多い。
「どうやったら勝てるんですか?」
よく聞かれるというが、「わかんないです」と返している。
「勝ち方って、このグラウンドにしかないと思うんですよね。変な話、僕がほかの学校に行っても、取り組み方も方向性も違うと思うので、そこのやり方を意識してやっても選手は同じように動かないと思いますし」
だからこそ、野球や勉強を通じて伝えるのが主体性だ。
「普段から『ああせい』『こうせい』とやると選手が動かなくなるのは、僕は経験しています。主体性という話をしていると、化学反応が起こるんですよね。極端な話、『ランナーが動いた、ここでボールに合わせたら一、二塁間を抜ける』とか。サインで走るわけじゃないけど、プラスアルファが生まれてくると思うんですよね。むしろそういうのが起こらないと、ウチみたいな県内のちびっこ集団は全国で勝てないと思います」
沖縄の野球少年たちが憧れる沖縄尚学は、センバツでどんな戦いぶりを見せるのか。その勇姿を、多くの者が楽しみにしている。
⚾岩手さんへ
東洋大姫路は甲子園に出てくると好投手がチームを引っ張り報徳と違って出たら下馬評を覆して2つ3つ勝つイメージがありますね。
今回は岡田監督を招聘して打力を強化し、3年計画でじっくり育てた選手が躍進したのでセンバツ兵庫県勢3年連続決勝進出そして今度こそ優勝もありえるかと!
桐蔭は大阪枠の恩恵なく長い冬を過ごしてますが、選手の能力は全国屈指だし普通に力を出し切れば夏は躍進するかと。
健大高崎は関東のチームだし、ちょこまか走って来るので嫌らしいイメージが強いですが・・・・・。
去年、青柳監督の著書を2日間で読破しましたが、北海道や東京など有望選手を乱獲してチームを強化し野球スタイルも少しずつ変えて総合力を上げてきましたね。
ただ、2年生エース・佐藤投手をそこまで酷使していたイメージはないですが、ヒジを手術したと公表して「なんでやねん!?」って思いましたね。
チーム事情のことなんで、別にヒジ痛を隠しても差し支えないし他にも投手は複数揃っているので。
20年ほど前に同好会が発足して1年後に野球部に昇格したようですが、校長が変わったのか???ずいぶん施設も良くなり力を入れているようですね。
応援スタイルもずいぶん変えたようで、以前は黒のTシャツで普通にやってましたが、いつの間にかご当地アイドル動員して着物と袴着せてメガホン振り回してアルプスに華を添えてますから・・・・・。
https://pbs.twimg.com/media/GU9DWpca4AADjyq?format=jpg&name=large
エナジックは甲子園でないと見れないので、06年の八重山商工のような活躍を期待します!!
あと、沖縄は県外に出る選手が多いですね!!
神戸国際大付の津嘉山投手もわざわざ兵庫まで来ましたが、ヒジを痛めて1年間棒に振り結局甲子園には縁がなく・・・なんとソフトバンクの育成下位指名でプロ入りしましたね。
以前から岡山のチームに沖縄の選手は多く進んでいたし、滋賀学園も毎年一定数取ってますね。
東洋大姫路のコーチの暴言は驚きました!引退した勘違い3年生にクソガキとは・・・・・。
今の3年生はほとんどがベンチ外で控えが多かったと思いますが、災難ですね。
オイスカは紫のユニホームが観たいですが・・・・・。
滋賀国体は皇子山開催なんで楽しみですが、チケット争奪戦をなんとかクリアしたいものです!!
米子松蔭高校の選抜大会出場決定を受け、野球部OBは喜びをかみしめた。米子市内の競技関係者からは、昨夏の選手権大会で8強入りした大社に続く快進撃を期待する声も聞かれた。
「大社のような『旋風』もあり得る」と話すのは、野球解説者で皆生タクシー社長の杉本真吾さん(59)。明治神宮野球大会で準優勝した広島商と、中国地区大会決勝で対等に戦った点を評価し、キーマンには鋭い状況分析を持ち味とする捕手の惣郷峻吏主将を挙げた。「中国地区大会ではバッテリーをはじめ、守備がしっかりしていた。自分たちの力を信じて戦ってほしい」とエールを送った。
2003年に卒業したOBで、あきたの整体院代表の秋田良輔さん(40)は、「うれしい。しっかりと対策を練って気持ちを高め、勝利を重ねてほしい」と後輩たちに期待した。
秋田さんは1年生だった00年夏の甲子園の試合をスタンドで応援。2年の時は投手としてチームを引っ張り秋の県大会準優勝に導いた。自身の経験を踏まえ「新里希夢投手をはじめ、チーム全体で当時より技術が上がっている。臆することなく甲子園の舞台で戦ってほしい」と話した。
📝沖縄尚学・比嘉公也監督を直撃 「エナジックやKBCといった野球強化に取り組む新鋭校をどう思うか?」
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/hs_other/2025/01/28/_kbc/
沖縄の野球少年が憧れる沖縄尚学のブランドイメージで、代表的なひとつに「文武両道」がある。同県の私立の進学校では、昭和薬科大学附属の次と位置づけられている。
ただし、実情はいわゆる"文武別道"だ。特進クラス(※正式名称は「尚学パイオニアコースα」などだが、通称で表記)は1日7コマの授業を受けるのに対し、野球部の所属するスポーツコース(※正式名称は「尚学パイオニアコースβ」)は5コマ。強化指定部として、部活動に多くの時間を割けるようにカリキュラムが組まれている。
【選択肢が広がるのはいいこと】
平日は那覇市の学校から車で約20分の『尚学ボールパーク』に15時半頃に到着し、18時半まで練習する。バスでグラウンドを後にするのは19時半。全体練習の時間は1日3時間に満たない。強豪校としては決して長くなく、社会科教員で野球部を率いる比嘉公也監督は複雑な思いを抱えている。
「学業は必要なことなので、『疎かにしないでいこうぜ』って話しています。でも、勉強は高校を卒業してからでも、やろうと思えばできるじゃないですか。本当に本人たちが打ち込みたいものの半分の時間を奪っているかもしれない、というものも感じます。でも学生だから、学業もやろうっていう......難しいですね」
昨夏の沖縄大会でベスト4に入ったエナジックスポーツ、KBC、日本ウェルネス沖縄は、野球により多くの割ける時間をカリキュラムが組まれている。もし高校生活の多くを野球に費やしたければ、上記の学校に進む道もあるだろう。
だが、反対の見方も根強い。文武両道こそ、学生の模範とされる価値観だからだ。
「野球しかしていない高校生の将来は、誰が保証するのでしょうか」
昨夏の沖縄大会を制して甲子園に進んだ興南の我喜屋優監督が、直撃取材を受けた際にそう発言して波紋を呼んだが、沖尚の比嘉監督はどう考えているのか。
「本人も親御さんも『この期間は野球に集中できる』と価値を見出していると思うので、いいと思いますけどね。どれくらい勉強しているのか、実際の中身は知らないので。いわゆる新鋭校という学校ができて、沖縄の子たちに選択肢が広がったことはいいことだと思います」
選択肢の多様化が進む現在、沖縄県内の野球少年たちに最も人気なのが沖縄尚学だ。入部を希望する中学生に対し、比嘉監督は必ず伝えることがある。「勉強を疎かにしたら、野球はできないよ」ということだ。
特進クラスのように共通テストで高得点を目指すような授業内容ではないが、スポーツクラスも学業との両立を掲げている。英語検定も最低準二級を目指そうという方針だ。
もしテストで合格点に達しなければ、部活の時間に草抜きをさせる。一緒に行なう比嘉監督が特に何かを言うわけではないが、そうした時間に意味を持たせようとしている。
「周りが声を出して一生懸命練習しているなか、ポツンと草抜きをしている。『なんで自分はこうなっているんだ?』という振り返りというか......自分のとっている行動や授業中のあり方とか、そういった部分を感じてほしい」
大事な野球の時間が削られるのは、部員たちにとって大きな痛手だ。沖尚で野球をする以上、自分でそう気づけることが重要になる。
【勧誘してもレギュラー確定ではない】
一方、「将来、数学の先生になりたいという夢を持っています」という入学希望者には、「ウチじゃないほうがいいよ」と正直に伝える。沖尚に来る選手たちは野球にかける思いが周囲より強く、ミスマッチが起きてほしくないからだ。
「島袋洋奨(興南コーチ)とも『あそこの中学校にいい子がいるらしいよ』と話すんです。隠すとかはありません。県外の子が見学に来たら、『○○君、いいらしいね』とか。声がかかったら、行くのはその子の自由なので。そのなかでウチを選んでくれたらいい。そういう形がお互いにとっていいと思っています」
選手のなかには、「沖尚から声がかかったから、来てやった」という雰囲気を醸し出すケースもあるという。
「だから声をかける時、『僕が声をかけたからといって、レギュラー確定じゃないよ』と必ず伝えます。声がかかったから、試合に出られると思ったら大間違いです。人には成長の差があるので。自分の意思で一般受験を受けて来た子が伸びてくるなんて、ざらにあります。『来てやった』という子は、いろんな面で越されちゃうよと思いますね」
沖縄尚学に憧れる野球少年が多いのは、大きく成長していく先輩が多いからだろう。2008年のセンバツで優勝に導いた東浜巨を筆頭に、嶺井博希、リチャード(いずれもソフトバンク)、與座海人(西武)、岡留英貴(阪神)、仲田侑仁(広島)らがプロの世界に巣立った。
リチャードと仲田を除き、上記の4人は大学経由でプロに進んだ。沖縄尚学にやって来る野球部員の多くは、進学を見据えている。2025年の卒業生は、23人のうち20人が大学、2人が専門学校、1人が就職の道を選んだ。
進学先で人気なのは東都大学リーグだが、昨今、変化が生まれている。比嘉監督が説明する。
「いわゆる名前の通っている大学以外にも目を向けて、そこで試合に出て活躍し、自分の人生につなげていくという子も増えていますよね。そこからプロ、社会人に行ければバンザイだと思うので」
そのモデルケースが、西武で2022年に10勝を挙げた與座だ。沖尚時代は3、4番手の投手で、敗戦が近くなったら投手に代打を送り、「おまえ、行け!」という立ち位置だった。
與座家の3兄弟はいずれも沖尚に来たが、三男の海人は能力的に最も低かった。入学当初は上投げだったが、同タイプばかりいるチームのなかでかすみ、サイドスローに下げることで何とか自分の価値を見出そうとした。
高校時代は花開かなかったものの、岐阜経済大学に進んでアンダースローに下げると、独特の軌道を武器に躍進する。そしてプロへの道を切り開き、2ケタ勝利を飾るまでになった。
「高校時代から、今の姿は全然想像つかないですね。だから子どもたちに言います。『周りよりちょっと成長が遅くて、高校野球では芽が出なかったかもしれないけど、考え方や自分の努力によって、のちにうまくいくこともある』って。阪神にお世話になっている岡留も、高校ではエースではありませんでした。あいつも大学で腕の出どころを変えてから、バッターが嫌がるボールになったんだと思います」
【練習メニューは選手で考える】
どのように與座や岡留のような考え方を養わせていくのか。比嘉監督は24歳で監督就任した頃から「強制」で取り組ませてきたが、思うように結果が残せなかった2018年頃、転機が訪れる。
北海高校の平川敦監督が沖縄県の指導者講習会でやってきた際、経団連に所属する企業が、どんな学生を採用するかという話にヒントを得た。
「10数年連続で変わらない順位が、コミュニケーション能力と主体性、チャレンジ精神だったと思います。そう聞いた時に、そういう学生になればいいんだと単純に考えるようになりました」
具体的には、練習メニューを選手たち自身で考えさせるようにした。ただし、高校生は急に「考えろ」と言われても難しいので、フレームワークを示す。「GROWモデル」と言われるものだ。コーチングに欠かせない4つのプロセスで、「G=Goal(目標)」「R=Reality Check(現実の確認)」「O=Options(選択肢)」「W=Will(意志)」をうまく使い、目標に導いていく手法である。比嘉監督が説明する。
「ゴールを設定し、そのゴールを目指す自分たちの現状をわかったうえで、そのためにどんな練習メニューや方法をとったらいいのか。そこまで行ってから、行動しようと。『はい、練習メニュー。じゃあノック、バッティングします』ではなくて。チーム、個人として現状をちゃんと把握させて、だからこの練習をしていく。そういう考え方を投げかけたうえで、メニュー係を中心に、前日に僕に練習メニューを連絡してくるというパターンです」
24歳から野球部を率い、指導歴20年。選手、監督としてセンバツ優勝を経験し、沖縄尚学を名門として輝かせる比嘉監督の取り組みを視察に来る指導者も多い。
「どうやったら勝てるんですか?」
よく聞かれるというが、「わかんないです」と返している。
「勝ち方って、このグラウンドにしかないと思うんですよね。変な話、僕がほかの学校に行っても、取り組み方も方向性も違うと思うので、そこのやり方を意識してやっても選手は同じように動かないと思いますし」
だからこそ、野球や勉強を通じて伝えるのが主体性だ。
「普段から『ああせい』『こうせい』とやると選手が動かなくなるのは、僕は経験しています。主体性という話をしていると、化学反応が起こるんですよね。極端な話、『ランナーが動いた、ここでボールに合わせたら一、二塁間を抜ける』とか。サインで走るわけじゃないけど、プラスアルファが生まれてくると思うんですよね。むしろそういうのが起こらないと、ウチみたいな県内のちびっこ集団は全国で勝てないと思います」
沖縄の野球少年たちが憧れる沖縄尚学は、センバツでどんな戦いぶりを見せるのか。その勇姿を、多くの者が楽しみにしている。
⚾岩手さんへ
東洋大姫路は甲子園に出てくると好投手がチームを引っ張り報徳と違って出たら下馬評を覆して2つ3つ勝つイメージがありますね。
今回は岡田監督を招聘して打力を強化し、3年計画でじっくり育てた選手が躍進したのでセンバツ兵庫県勢3年連続決勝進出そして今度こそ優勝もありえるかと!
桐蔭は大阪枠の恩恵なく長い冬を過ごしてますが、選手の能力は全国屈指だし普通に力を出し切れば夏は躍進するかと。
健大高崎は関東のチームだし、ちょこまか走って来るので嫌らしいイメージが強いですが・・・・・。
去年、青柳監督の著書を2日間で読破しましたが、北海道や東京など有望選手を乱獲してチームを強化し野球スタイルも少しずつ変えて総合力を上げてきましたね。
ただ、2年生エース・佐藤投手をそこまで酷使していたイメージはないですが、ヒジを手術したと公表して「なんでやねん!?」って思いましたね。
チーム事情のことなんで、別にヒジ痛を隠しても差し支えないし他にも投手は複数揃っているので。
20年ほど前に同好会が発足して1年後に野球部に昇格したようですが、校長が変わったのか???ずいぶん施設も良くなり力を入れているようですね。
応援スタイルもずいぶん変えたようで、以前は黒のTシャツで普通にやってましたが、いつの間にかご当地アイドル動員して着物と袴着せてメガホン振り回してアルプスに華を添えてますから・・・・・。
https://pbs.twimg.com/media/GU9DWpca4AADjyq?format=jpg&name=large
エナジックは甲子園でないと見れないので、06年の八重山商工のような活躍を期待します!!
あと、沖縄は県外に出る選手が多いですね!!
神戸国際大付の津嘉山投手もわざわざ兵庫まで来ましたが、ヒジを痛めて1年間棒に振り結局甲子園には縁がなく・・・なんとソフトバンクの育成下位指名でプロ入りしましたね。
以前から岡山のチームに沖縄の選手は多く進んでいたし、滋賀学園も毎年一定数取ってますね。
東洋大姫路のコーチの暴言は驚きました!引退した勘違い3年生にクソガキとは・・・・・。
今の3年生はほとんどがベンチ外で控えが多かったと思いますが、災難ですね。
オイスカは紫のユニホームが観たいですが・・・・・。
滋賀国体は皇子山開催なんで楽しみですが、チケット争奪戦をなんとかクリアしたいものです!!
沖縄の高校野球事情がありましたね。
沖縄は中体連の大会が終わった後に地域ごとだったか、学校単位だったかは忘れましたが、9月位までかな?2・3ヶ月シニアチームで硬式ボールに慣れも兼ねてあるが、試合しながらレベルアップさせているようですね。
これは元々中体連を終わり高校入学までに硬式ボールに慣れてもらうための事だったらしいがだいぶ前から、健大、松山聖陵、長崎日大などが顔出ししていると聞きますが、他の沖縄出身者がいる学校も岡山、山口、福岡県の強豪チームに多い気がするな。
後は年明けだったか、野球部対抗の運動会みたい事があるが、これが最近プロ野球のスカウトなどもチェックに来るらしいね。
せっかく選抜大会に選ばれたのに、コーチーが暴言で謹慎3ヶ月していたんですね。
オイスカもいい子来ないしな?
今年は国体が滋賀なんですね!
沖縄は中体連の大会が終わった後に地域ごとだったか、学校単位だったかは忘れましたが、9月位までかな?2・3ヶ月シニアチームで硬式ボールに慣れも兼ねてあるが、試合しながらレベルアップさせているようですね。
これは元々中体連を終わり高校入学までに硬式ボールに慣れてもらうための事だったらしいがだいぶ前から、健大、松山聖陵、長崎日大などが顔出ししていると聞きますが、他の沖縄出身者がいる学校も岡山、山口、福岡県の強豪チームに多い気がするな。
後は年明けだったか、野球部対抗の運動会みたい事があるが、これが最近プロ野球のスカウトなどもチェックに来るらしいね。
せっかく選抜大会に選ばれたのに、コーチーが暴言で謹慎3ヶ月していたんですね。
オイスカもいい子来ないしな?
今年は国体が滋賀なんですね!
日刊現代の選抜大会優勝候補予想を上げていただきありがとうございます。
東洋の目まんざらでもなんと思っています。
兵庫野球のロースコアゲーム展開が低反発バットで凄く活きるのではと私の意見です。
阪下君は細身ですが、軸しっかりしているし、走り込んでいるみたいだし監督は投手を上手くレベルアップさせているイメージかな。
桐蔭は枚数もいるし、低反発バットで苦戦しているけど、打撃陣は全国有数ですからね。
履正社は打撃戦で勝つイメージはないけど、投手戦で勝つイメージです。
そして県内には、滝川の新井などいい投手がいてレベルアップさせてくれると思ってます。
投手は桐蔭、東海のような打撃陣が期待出来るチームより、履正社、平安、広陵で頑張った方が上のレベルで活きるのではと私の意見です。
健大はいい選手が集まって来るね!
桐蔭、智弁和歌山、報徳、東海よりは少し落ちるかもしれないけど、守備力機動力、細かい継投?などチーム力は遜色ないと思ってます。
エナジックスポーツは面白いね!
野球などのスポーツだけで生徒を取っているようですね。
沖縄に根付けば面白いね!
尚学、興南の私学2強が崩していくね!
毎年50-100人の間で本土に渡る選手が残るかもね。
東洋の目まんざらでもなんと思っています。
兵庫野球のロースコアゲーム展開が低反発バットで凄く活きるのではと私の意見です。
阪下君は細身ですが、軸しっかりしているし、走り込んでいるみたいだし監督は投手を上手くレベルアップさせているイメージかな。
桐蔭は枚数もいるし、低反発バットで苦戦しているけど、打撃陣は全国有数ですからね。
履正社は打撃戦で勝つイメージはないけど、投手戦で勝つイメージです。
そして県内には、滝川の新井などいい投手がいてレベルアップさせてくれると思ってます。
投手は桐蔭、東海のような打撃陣が期待出来るチームより、履正社、平安、広陵で頑張った方が上のレベルで活きるのではと私の意見です。
健大はいい選手が集まって来るね!
桐蔭、智弁和歌山、報徳、東海よりは少し落ちるかもしれないけど、守備力機動力、細かい継投?などチーム力は遜色ないと思ってます。
エナジックスポーツは面白いね!
野球などのスポーツだけで生徒を取っているようですね。
沖縄に根付けば面白いね!
尚学、興南の私学2強が崩していくね!
毎年50-100人の間で本土に渡る選手が残るかもね。
3/27 8日目第1試合 宇治山田商(三重)-中央学院(千葉) 8:33~10:42
第7話 0-7からの大逆転勝利なるか???
一二三四五六七八九十計HE
中央学院013300000 791 臼井、颯佐-飯山
山 商000103020 682 加古、長谷川、田中、中村-小泉
第二試合 第三試合 第四試合
広 陵 神村学園 報徳学園
青森山田 大阪桐蔭 常総学院
無事に今年もこの日がやってきた・・・。僕にとって50回目の春となる3・27。運よく前日午前中の大雨から一転して晴れて4年連続29度目のバースデーセンバツ甲子園にたどりつけた。
1993年から毎年バースデーに甲子園に通っているが、98年・2002年は全試合雨天中止。。。そして2020年はコロナ騒動で大会そのものが中止となってしまい、14年連続で更新していたバースデー観戦が感染症の影響で閉ざされ、またイチからコツコツ積み重ねばならなくなったが、、、
バースデー準々決勝は5度目の挑戦も潰えたが、前日の雨の影響でタナボタで21年ぶりの4試合観戦となり、19年ぶり7度目のナイター観戦が濃厚となった!!
まず第1試合で村田監督率いる宇治山田商が登場。できたら耐久との近隣校対決を観たかったが、その後も広陵・大阪桐蔭・報徳学園と出てくるので黄金カードが目白押しだ!!
宇治山田商・中央学院ともに継投が持ち味だし、第1試合からもつれてナイターの可能性を高めて欲しいと!
中央学院はまたもやエース・蔵並を温存し、10番・臼井が先発。山商はこの日も2年生加古が先発を任された。
村田監督はジャンバーを羽織っているが、相馬監督はユニホーム姿で朝の寒さをこらえていた。
運よくこの日は宇治山田商が後攻を取れた。1回戦ではあるいは逆転サヨナラ負けもよぎったがこの日はその心配もない。
しかし、雨で日程が大幅に狂ったとはいえこの試合の観衆4000人と非常に寂しい朝のスタートだった↓↓
試合は1回表1死から2番・小澤がヒットを放つとすかさず盗塁で揺さぶりプレッシャーをかけてきた。耐久の好投手・冷水を攻略しただけに攻撃力は侮れない。3番・水嶋はピッチャーフライに倒れたが、直後に暴投で傷口を広げ3ボールで4番を歩かせてもと思ったが、ここから修正しフルカウントからサードゴロに抑え、村田監督も青メガホン叩いて喜んでいた。
しかし、その裏あっさり三者凡退で攻撃を終えここから中央学院の猛攻が始まった。
2回表内野安打と送りバントでまた1死2塁のピンチを迎え、7番・飯山がレフト前ヒットで1・3塁とピンチ拡大し、8番・臼井投手のセンター犠飛で1点を失った。さらに盗塁でプレッシャーをかけてきたが、9番・上村チェンジアップで三振と最小限に食い止めた。
その裏、2死からセカンドゴロ後逸のエラーとライト前ヒットで1・3塁と同点のチャンスを作ったが、8番・加藤無念のキャッチャーフライで追いつけず。
3回表先頭打者にストレートの四球を出して村田監督は早くも継投に出た。1回戦で出番のなかった19番・長谷川を送り出したが、2番・小澤にカウント1-3と分を悪くし、バントがキャッチャーフライとなり助けられ相馬監督がヤケになったか?盗塁のサインを出すも失敗。ところが3・4番に連続四球で自滅し、5番・颯佐がライト前タイムリーで2塁走者もホーム突入を試みる・・・・・タイミングはアウトと思われたが、不運なことに中継のファーストからのホーム送球が走者に当たりその間に2人ホームインし痛恨の3点目を失い打者走者は一気に3塁到達。ホームで殺せば無失点だったが、6番・森田にも8球粘られライト前タイムリーを許し耐久が中盤以降にやられたような集中打を喰らいあっという間に0-4と差が広がった。ここでようやくエース・田中投入で流れを変えたかったが、、、
抵抗したい山商はその裏9番・山本からの攻撃でいきなり初球セーフティーをかまし揺さぶるがファール。しかし、7球粘ってサード内野安打を放つが4点ビハインドだと上位に回ってもただ来た球を打つしかなく、1番・中川4-6-3ダブルプレーなど結果的に3人で攻撃が終わりワンサイドゲームのムードが漂ってきた・・・。
4回表中央学院は攻撃の手を緩めず、内野安打と繰りバントで1死2塁と形を作り1番・青木が3塁線を破るヒットで1・3塁とチャンス拡大。相馬監督は容赦なく盗塁を仕掛け、2番・小澤2ボールから前進守備のセカンド正面のゴロだったが、これをはじくエラーで致命的な5点目。村田監督は遅まきながらようやく最初のタイムを要求したが時すでに遅しで3・4番に連続長短打を許し0-7と差は広がるばかりで意気消沈するしかなかった・・・・・。
しかし、これで闘将・村田監督の心に火が点き、選手に伝播したようで、その裏3番・郷が意地の左中間ツーベースで反撃開始。4番・小泉はピッチャーゴロに倒れたが1死3塁と最低限の役割を果たし、定石通り中央学院内野陣は深く守っている。なんとか転がせば1点入るシチュエーションで5番・泉は1ボールからサードゴロを放ち待望の1点が入り完封負けは回避できた!!
これで試合が落ち着いたようで5回は両チームともに簡単に三者凡退に終わり1時間14分かけて整備に入った。
しかし、今日の村田監督はどうしたことか???タイムを要求するのが5点取られてからだし、エース投入も0-4からと不可解な采配が目立った。甲子園初勝利で舞い上がってしまい後は選手の好きなようにやらせようという親心なのか???
たしかに、三重も激戦区で古豪・宇治山田商も16年ぶりの甲子園で1勝できたので最低限度の役割を果たしたので攻められないが・・・・・。
中央学院は大会前全く怖さを感じていなかったので、耐久も勝てると予想していたし、宇治山田商が早い段階で0-7になるなんて夢にも思わなかった・・・。
もうこうなったら、開き直って9回裏まで野球ができるし時間を稼いで第4試合早い段階でナイター点灯するように工作を図るしかないのかな??と考えていたが、、、、、
6回表も中央学院は打ち疲れたのか?三者凡退。田中投手がもっと早い段階でリリーフしてこのピッチングができていれば、、、、、と悔やまれるが逆に言えば点差が開いたことで、開き直って好リリーフできたことと中央学院の気の緩みが相乗効果となったかもしれない。
6回裏山商は1番からの好打順。1死から2番・伊藤が四球で出塁しここから何かが変わった!3番・郷が 🎵億千万 のブラスバンドに乗せてレフト前ヒットを放ち、6番から3番に打順を上げたことが功を奏し、4番・小泉もセンター前ヒットで続き2点目。さらにパスボールとレフト犠飛で3-7とジワジワ追い上げてくる山商。さらに6番・阪口がレフト前タイムリーを放ち4-7と射程圏内に入ってきた!!
ここまで辛抱していた相馬監督だが、初戦同様背番号6の颯佐がリリーフし、エース・蔵並がファーストを守る必勝リレーに入り、村田監督もエース・田中に代打・藤田を起用し勝負に出たが無念のキャッチャーフライで3点差で終盤に入った。
代打の関係で4番手・中村投手がリリーフ。守護神だけに期待されたが、ここで神ピッチを見せ三振は1つだけだが、あとはほとんど外野にボールが飛ばず7~9回3イニングパーフェクトピッチングでスタミナがあれば2番手でロングリリーフしていれば・・・と悔やまれた。
完璧に終盤相手を抑えただけに攻撃に専念できる。
7回こそ下位打線元気なく終わったが、8回裏2・3番が連打を放って無死1・2塁。4番・小泉が一発放り込めば一気に7-7同点に持ち込めるが、コワモテの村田監督は高校野球界にまつわる???強面ほどスモールベースボールを好む傾向にある法則?通り送りバントのサインを出し初球ファールでもサインを代えずサード前に転がし1死2・3塁。
5番・泉の初球まさかのワイルドピッチでタナボタの1点が入り2点差に迫り、結果的に送りバントが効いた形となった!さらに四球で1死1・3塁とチャンス拡大し、相馬監督は2度目のタイム要求。6番・阪口1ボールからまさかのスクイズ敢行も外されてしまったが、3塁走者・郷が思い切った走塁でホームを陥れ結果的にダブルスチール成功でまさに“監督の采配ミスを選手が救った”形となった。
それでも中央学院はエース・蔵並をマウンドに上げず辛抱して三振とファーストフライフライに抑えていよいよ9回裏へ。
16年前のこの日・・・21世紀枠の安房相手に9回表まで2-3とリードを許していた山商だが、土壇場9回裏に逆転サヨナラ勝ちしたこともあったので、その再現を期待していた。
先頭の8番・加藤は初球キャッチャーフライに倒れるが、9番・山本が四球を選び同点のランナー出塁。ここで村田監督の采配に注目が集まるが、1番・中川に託し無策。2球で追い込まれ最後は高め137km空振り三振で追い詰められた。。。しかし、2死1塁から2番・伊藤の1ストライク後に盗塁を鮮やかに決めてバクチが成功しミラクルを信じたが、、、、最後は力なくセンターフライに倒れ万事休す。
7点差を1点差にまで詰めたが、逆転サヨナラ劇はならなかった・・・・・。
序盤の大量失点があまりにも痛かったが、3番手・4番手投手が良かっただけに継投の遅れが悔やまれるものの0-7の劣勢から1点差まで猛追した姿勢は今後に生きそうだ!
その後、第2試合は広陵・高尾投手が7回までノーヒットピッチングを続けるも終盤2イニングで大きく崩れ8回2点ずつ9回3点ずつ取り合いまさかの延長タイブレークでサヨナラ負け・・・。
大阪桐蔭は神村学園に苦戦しつつも粘り勝ちで最後は報徳が常総相手に6-1と横綱相撲。17時46分4回裏から点灯し、19時21分試合終了と長すぎる1日を堪能し、甲子園駅前のコメダでケーキとホットコーヒーをつまみ打ち上げし、また翌日も3日連続観戦で連日の4試合観戦で28日の第4試合は雨のナイターで寒いセンバツだった・・・。
結局、報徳が2年連続大阪桐蔭に勝利しつつも最後の決勝戦で関東勢に屈し紫紺の大旗が2年連続関東に流出というそれまで積み重ねてきた4勝の歓びが一気に吹っ飛んでしまう敗戦で口の中に苦さを噛み締めつつの閉会式TV観戦だったが、田辺が優秀賞・耐久が最優秀賞と応援団賞に選出され歓びに満ちた春のスタートとなった。
寒いセンバツが終わると史上最高に熱くて長すぎる夏はすぐそこ・・・まだそんな気配は感じられず、熱い方が好きな僕としては高温を期待しつつの4月戦線。
春季県大会観戦記は僕だけの聖地・紀三井寺球場から始まる。それはまた次回の講釈で。
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 犠飛 四球 三振 暴投 失点 自責
中央学院 臼 井 5 2/3 24 91 6 0 1 1 4 0 4 3
中央学院 颯 佐 3 1/3 14 56 2 1 0 2 3 1 2 2
山 商 加 古 2 0/3 10 39 3 1 1 1 1 1 1 1
山 商 長谷川 2/3 5 25 2 0 0 2 0 0 3 1
山 商 田 中 3 1/3 14 39 4 1 0 0 2 0 3 3
山 商 中 村 3 9 26 0 0 0 0 1 0 0 0
(完)
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R6年度春季近畿地区高校野球大会和歌山予選観戦記
4/14 春季和歌山大会2回戦 紀三井寺球場 田辺-和歌山商
第7話 0-7からの大逆転勝利なるか???
一二三四五六七八九十計HE
中央学院013300000 791 臼井、颯佐-飯山
山 商000103020 682 加古、長谷川、田中、中村-小泉
第二試合 第三試合 第四試合
広 陵 神村学園 報徳学園
青森山田 大阪桐蔭 常総学院
無事に今年もこの日がやってきた・・・。僕にとって50回目の春となる3・27。運よく前日午前中の大雨から一転して晴れて4年連続29度目のバースデーセンバツ甲子園にたどりつけた。
1993年から毎年バースデーに甲子園に通っているが、98年・2002年は全試合雨天中止。。。そして2020年はコロナ騒動で大会そのものが中止となってしまい、14年連続で更新していたバースデー観戦が感染症の影響で閉ざされ、またイチからコツコツ積み重ねばならなくなったが、、、
バースデー準々決勝は5度目の挑戦も潰えたが、前日の雨の影響でタナボタで21年ぶりの4試合観戦となり、19年ぶり7度目のナイター観戦が濃厚となった!!
まず第1試合で村田監督率いる宇治山田商が登場。できたら耐久との近隣校対決を観たかったが、その後も広陵・大阪桐蔭・報徳学園と出てくるので黄金カードが目白押しだ!!
宇治山田商・中央学院ともに継投が持ち味だし、第1試合からもつれてナイターの可能性を高めて欲しいと!
中央学院はまたもやエース・蔵並を温存し、10番・臼井が先発。山商はこの日も2年生加古が先発を任された。
村田監督はジャンバーを羽織っているが、相馬監督はユニホーム姿で朝の寒さをこらえていた。
運よくこの日は宇治山田商が後攻を取れた。1回戦ではあるいは逆転サヨナラ負けもよぎったがこの日はその心配もない。
しかし、雨で日程が大幅に狂ったとはいえこの試合の観衆4000人と非常に寂しい朝のスタートだった↓↓
試合は1回表1死から2番・小澤がヒットを放つとすかさず盗塁で揺さぶりプレッシャーをかけてきた。耐久の好投手・冷水を攻略しただけに攻撃力は侮れない。3番・水嶋はピッチャーフライに倒れたが、直後に暴投で傷口を広げ3ボールで4番を歩かせてもと思ったが、ここから修正しフルカウントからサードゴロに抑え、村田監督も青メガホン叩いて喜んでいた。
しかし、その裏あっさり三者凡退で攻撃を終えここから中央学院の猛攻が始まった。
2回表内野安打と送りバントでまた1死2塁のピンチを迎え、7番・飯山がレフト前ヒットで1・3塁とピンチ拡大し、8番・臼井投手のセンター犠飛で1点を失った。さらに盗塁でプレッシャーをかけてきたが、9番・上村チェンジアップで三振と最小限に食い止めた。
その裏、2死からセカンドゴロ後逸のエラーとライト前ヒットで1・3塁と同点のチャンスを作ったが、8番・加藤無念のキャッチャーフライで追いつけず。
3回表先頭打者にストレートの四球を出して村田監督は早くも継投に出た。1回戦で出番のなかった19番・長谷川を送り出したが、2番・小澤にカウント1-3と分を悪くし、バントがキャッチャーフライとなり助けられ相馬監督がヤケになったか?盗塁のサインを出すも失敗。ところが3・4番に連続四球で自滅し、5番・颯佐がライト前タイムリーで2塁走者もホーム突入を試みる・・・・・タイミングはアウトと思われたが、不運なことに中継のファーストからのホーム送球が走者に当たりその間に2人ホームインし痛恨の3点目を失い打者走者は一気に3塁到達。ホームで殺せば無失点だったが、6番・森田にも8球粘られライト前タイムリーを許し耐久が中盤以降にやられたような集中打を喰らいあっという間に0-4と差が広がった。ここでようやくエース・田中投入で流れを変えたかったが、、、
抵抗したい山商はその裏9番・山本からの攻撃でいきなり初球セーフティーをかまし揺さぶるがファール。しかし、7球粘ってサード内野安打を放つが4点ビハインドだと上位に回ってもただ来た球を打つしかなく、1番・中川4-6-3ダブルプレーなど結果的に3人で攻撃が終わりワンサイドゲームのムードが漂ってきた・・・。
4回表中央学院は攻撃の手を緩めず、内野安打と繰りバントで1死2塁と形を作り1番・青木が3塁線を破るヒットで1・3塁とチャンス拡大。相馬監督は容赦なく盗塁を仕掛け、2番・小澤2ボールから前進守備のセカンド正面のゴロだったが、これをはじくエラーで致命的な5点目。村田監督は遅まきながらようやく最初のタイムを要求したが時すでに遅しで3・4番に連続長短打を許し0-7と差は広がるばかりで意気消沈するしかなかった・・・・・。
しかし、これで闘将・村田監督の心に火が点き、選手に伝播したようで、その裏3番・郷が意地の左中間ツーベースで反撃開始。4番・小泉はピッチャーゴロに倒れたが1死3塁と最低限の役割を果たし、定石通り中央学院内野陣は深く守っている。なんとか転がせば1点入るシチュエーションで5番・泉は1ボールからサードゴロを放ち待望の1点が入り完封負けは回避できた!!
これで試合が落ち着いたようで5回は両チームともに簡単に三者凡退に終わり1時間14分かけて整備に入った。
しかし、今日の村田監督はどうしたことか???タイムを要求するのが5点取られてからだし、エース投入も0-4からと不可解な采配が目立った。甲子園初勝利で舞い上がってしまい後は選手の好きなようにやらせようという親心なのか???
たしかに、三重も激戦区で古豪・宇治山田商も16年ぶりの甲子園で1勝できたので最低限度の役割を果たしたので攻められないが・・・・・。
中央学院は大会前全く怖さを感じていなかったので、耐久も勝てると予想していたし、宇治山田商が早い段階で0-7になるなんて夢にも思わなかった・・・。
もうこうなったら、開き直って9回裏まで野球ができるし時間を稼いで第4試合早い段階でナイター点灯するように工作を図るしかないのかな??と考えていたが、、、、、
6回表も中央学院は打ち疲れたのか?三者凡退。田中投手がもっと早い段階でリリーフしてこのピッチングができていれば、、、、、と悔やまれるが逆に言えば点差が開いたことで、開き直って好リリーフできたことと中央学院の気の緩みが相乗効果となったかもしれない。
6回裏山商は1番からの好打順。1死から2番・伊藤が四球で出塁しここから何かが変わった!3番・郷が 🎵億千万 のブラスバンドに乗せてレフト前ヒットを放ち、6番から3番に打順を上げたことが功を奏し、4番・小泉もセンター前ヒットで続き2点目。さらにパスボールとレフト犠飛で3-7とジワジワ追い上げてくる山商。さらに6番・阪口がレフト前タイムリーを放ち4-7と射程圏内に入ってきた!!
ここまで辛抱していた相馬監督だが、初戦同様背番号6の颯佐がリリーフし、エース・蔵並がファーストを守る必勝リレーに入り、村田監督もエース・田中に代打・藤田を起用し勝負に出たが無念のキャッチャーフライで3点差で終盤に入った。
代打の関係で4番手・中村投手がリリーフ。守護神だけに期待されたが、ここで神ピッチを見せ三振は1つだけだが、あとはほとんど外野にボールが飛ばず7~9回3イニングパーフェクトピッチングでスタミナがあれば2番手でロングリリーフしていれば・・・と悔やまれた。
完璧に終盤相手を抑えただけに攻撃に専念できる。
7回こそ下位打線元気なく終わったが、8回裏2・3番が連打を放って無死1・2塁。4番・小泉が一発放り込めば一気に7-7同点に持ち込めるが、コワモテの村田監督は高校野球界にまつわる???強面ほどスモールベースボールを好む傾向にある法則?通り送りバントのサインを出し初球ファールでもサインを代えずサード前に転がし1死2・3塁。
5番・泉の初球まさかのワイルドピッチでタナボタの1点が入り2点差に迫り、結果的に送りバントが効いた形となった!さらに四球で1死1・3塁とチャンス拡大し、相馬監督は2度目のタイム要求。6番・阪口1ボールからまさかのスクイズ敢行も外されてしまったが、3塁走者・郷が思い切った走塁でホームを陥れ結果的にダブルスチール成功でまさに“監督の采配ミスを選手が救った”形となった。
それでも中央学院はエース・蔵並をマウンドに上げず辛抱して三振とファーストフライフライに抑えていよいよ9回裏へ。
16年前のこの日・・・21世紀枠の安房相手に9回表まで2-3とリードを許していた山商だが、土壇場9回裏に逆転サヨナラ勝ちしたこともあったので、その再現を期待していた。
先頭の8番・加藤は初球キャッチャーフライに倒れるが、9番・山本が四球を選び同点のランナー出塁。ここで村田監督の采配に注目が集まるが、1番・中川に託し無策。2球で追い込まれ最後は高め137km空振り三振で追い詰められた。。。しかし、2死1塁から2番・伊藤の1ストライク後に盗塁を鮮やかに決めてバクチが成功しミラクルを信じたが、、、、最後は力なくセンターフライに倒れ万事休す。
7点差を1点差にまで詰めたが、逆転サヨナラ劇はならなかった・・・・・。
序盤の大量失点があまりにも痛かったが、3番手・4番手投手が良かっただけに継投の遅れが悔やまれるものの0-7の劣勢から1点差まで猛追した姿勢は今後に生きそうだ!
その後、第2試合は広陵・高尾投手が7回までノーヒットピッチングを続けるも終盤2イニングで大きく崩れ8回2点ずつ9回3点ずつ取り合いまさかの延長タイブレークでサヨナラ負け・・・。
大阪桐蔭は神村学園に苦戦しつつも粘り勝ちで最後は報徳が常総相手に6-1と横綱相撲。17時46分4回裏から点灯し、19時21分試合終了と長すぎる1日を堪能し、甲子園駅前のコメダでケーキとホットコーヒーをつまみ打ち上げし、また翌日も3日連続観戦で連日の4試合観戦で28日の第4試合は雨のナイターで寒いセンバツだった・・・。
結局、報徳が2年連続大阪桐蔭に勝利しつつも最後の決勝戦で関東勢に屈し紫紺の大旗が2年連続関東に流出というそれまで積み重ねてきた4勝の歓びが一気に吹っ飛んでしまう敗戦で口の中に苦さを噛み締めつつの閉会式TV観戦だったが、田辺が優秀賞・耐久が最優秀賞と応援団賞に選出され歓びに満ちた春のスタートとなった。
寒いセンバツが終わると史上最高に熱くて長すぎる夏はすぐそこ・・・まだそんな気配は感じられず、熱い方が好きな僕としては高温を期待しつつの4月戦線。
春季県大会観戦記は僕だけの聖地・紀三井寺球場から始まる。それはまた次回の講釈で。
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 犠飛 四球 三振 暴投 失点 自責
中央学院 臼 井 5 2/3 24 91 6 0 1 1 4 0 4 3
中央学院 颯 佐 3 1/3 14 56 2 1 0 2 3 1 2 2
山 商 加 古 2 0/3 10 39 3 1 1 1 1 1 1 1
山 商 長谷川 2/3 5 25 2 0 0 2 0 0 3 1
山 商 田 中 3 1/3 14 39 4 1 0 0 2 0 3 3
山 商 中 村 3 9 26 0 0 0 0 1 0 0 0
(完)
🌟新シリーズのお知らせ🌟
R6年度春季近畿地区高校野球大会和歌山予選観戦記
4/14 春季和歌山大会2回戦 紀三井寺球場 田辺-和歌山商
💢東洋大姫路のコーチ 引退した3年生への暴言・体罰判明「なめとんか。引退してえらくなったと勘違いしてるんちゃうか、クソガキ」などの発言で謹慎処分
https://news.yahoo.co.jp/articles/7323337c33b8c46cfac21db2107e80bc0d1bb32a
日本学生野球協会の審査室会議が28日、都内で開かれ、高校11件の処分が決定した。
今春センバツ出場が決まっている東洋大姫路で、25歳のコーチが暴言と体罰により昨年9月21日から3カ月の謹慎処分を受けていたことが判明。3年生部員Aのあいさつが雑だと感じたとして指導し、「なめとんか。野球部を引退してえらくなったと勘違いしてるんちゃうか、クソガキ」などと発言。その後、肩を数回押すなどしたという。
また、東京・早大学院は中学生の練習参加規定違反と接触ルール違反で68歳外部指導員の監督が無期謹慎。通常、学校側への通知や、関係者の同意書の提出など手続きを行った上で、学校説明会などと併せて行われる体験練習を独断で実施。禁止されている中学生への家庭訪問も行っていたという。いずれも、高野連が定める規定に違反していることを認識しながら複数年にわたり行っていたことが分かった。
💢信太が部員の競艇場、パチンコ店入場などで対外試合禁止1か月 新潟産大付も危険行為などで対外試合禁止1か月
https://news.yahoo.co.jp/articles/c107abfad4f4717719217ebd158ccb5e17c4d54f
信太(大阪)は複数の部員による競艇、パチンコ店入場と飲酒のため、1月8日から1か月間、対外試合禁止の処分が科された。
昨夏の甲子園に初出場した新潟産大付は、部員の部内いじめとSNS不適切利用、危険行為と喫煙のため、1月8日から1か月間の体外試合禁止となった。ビニールハウスの練習場内で、ライターの火に向かって、滑り止めのスプレー缶から噴射し、その模様をスマホで撮影、SNSに投稿するなどの危険行為があった。
💢日本学生野球協会、高校11件処分 成立学園の監督と助監督 東洋大姫路のコーチなど
https://news.yahoo.co.jp/articles/918961debdbe83eddb932036faf154acbaddc335
日本学生野球協会は28日、都内で審査室会議を開き、高校11件(1件は校名非公表)の処分を決めた。
成立学園(東京)は監督(56歳、事務職員)と助監督(29歳、事務職員)の部内による暴言と不適切指導により、監督は25年1月7日から4カ月、助監督は25年1月7日から3カ月の謹慎処分。
東洋大姫路(兵庫)のコーチ(25歳、非常勤講師)は部内での暴言と体罰により、24年9月21日から3カ月間の謹慎処分。
新潟産大付は野球部部員による、いじめ。また、バットの滑り止めで使うスプレー缶をライターの火に向かって噴射し、部員のお尻に当たるなど、極めて危険な行為。SNSの不適切利用や喫煙により、25年1月8日から1カ月の対外試合禁止。
益田東(島根)はコーチ(30歳、非常勤講師)の部内による体罰により、24年12月20日から1カ月の謹慎処分。
早大学院(東京)の監督(68歳、外部指導員)は中学生の練習参加による規定違反と、中学生との接触ルール違反により24年10月5日から無期謹慎処分。
防府商工(山口)の監督(44歳、教諭)は部内での暴言、体罰、不適切指導と報告義務違反で25年1月9日から4カ月間の謹慎処分。
信太(大阪)は部員10名がボートレース、遊戯場への出入り。また、居酒屋で飲酒していたことがわかり、25年1月8日から1カ月の対外試合禁止。
船橋北(千葉)は監督(57歳、教諭)の部内での体罰、不適切発言と不適切指導、報告義務違反により、24年10月17日から4カ月の謹慎処分。
オイスカ浜松国際(静岡)は、部員6名による、窃盗と飲酒により25年1月23日から1カ月の対外試合禁止。
📝高校野球静岡大会、7月5日から試合、28日決勝 開会式6月29日
https://news.yahoo.co.jp/articles/5c64034fe01cf8def6492c9421adaaa217434eea
静岡県高校野球連盟は27日の理事会で、第107回全国高校野球選手権静岡大会の日程を明らかにした。
大会は県高野連と朝日新聞社の主催で、6月29日に草薙球場で開会式を催す。試合は7月5日から県内10球場で始まる。順調に進めば、決勝は同球場で同28日の予定。
組み合わせ抽選会は6月21日、焼津市の焼津文化会館である。
📝まもなくプロ野球キャンプ!開業15周年・沖縄セルラースタジアム那覇の「土守」
https://news.yahoo.co.jp/articles/540b10b252e49276e76bf77db6c22b39be936e41
完成して今年で15年になる沖縄セルラースタジアム那覇。まもなく行われるプロ野球キャンプを前に、1年に一度行われる「グラウンドメンテナンス」に密着しました。
寺崎アナウンサー「天候不良で延期が続いていましたが、きょうは晴天です。いよいよ一年に一度の作業が始まります」
県内で開催されるプロ野球公式戦や、高校野球などの舞台として定着している沖縄セルラースタジアム那覇。
1960年に開業し、かつて「沖縄高校野球の聖地」として知られた奥武山球場がリニューアルオープンして2010年に完成すると、ここで数々のスター選手が生まれ、沖縄県民を興奮の渦に巻き込む名勝負が繰り広げられてきました。
2025年で開場から15年。9月には高校野球U18のワールドカップの舞台となることが発表され、より注目が集まります。
【12月20日 種まき作業】
年内の大会やイベントを一通り終えた12月。先に行われたのは、外野の天然芝の種をまく作業です。
一年間絶え間なく行われてきた試合やイベントを経て、一部が茶色くなった芝。夏芝が枯れ始める中、冬芝を撒く「オーバーシード」という作業を行い、2月に行われるプロ野球・巨人のキャンプに備えます。容器にこぼれないように丁寧に広げられた西洋芝「ペレニアルライグラス」。成長すると、鮮やかな緑が外野に浮かび上がると言います。
比嘉英作さん「幅を決めて、その前に位置出しをやってずれないようにして、ムラの内容にまくのが一番気を付けるポイント。球場に入って見たときに『きれいだな』という思いが、選手の頑張ろうと思うきっかけになれたらいいなと思ってやっている」
専用の機械、ロータリースプレッダーが種を飛ばしながら、芝の上をすべる音がスタジアムに響き渡ります。レフトからライトまで、1人で黙々と作業を続け、およそ5時間。種をまき終えると、午後には、スパイカーシーダーを運転しながら土の中に確実に種を入れ、芽が出てくるまで、毎日散水をしながら待ちます。
【12月23日 耕うん作業】
外野の種まき作業から3日後、本部港から新しい土が到着し、内野のグラウンドに入りました。毎年60~80トンの土を購入し、プレーする選手たちを支えます。
「もうちょいいける?」「Maxで行きます?」「一回Maxにして」
おととし購入したという自前の耕運機を入念にチェックする土守たち。普段は3カ月に一回、5センチほど掘り起こし、新しい土が常に表面に来るようにしていますが、今回は8センチから10センチの深さになるように進めていきます。
「一年間使ってきてへこみが出てくるのをリセットする作業なのでとても重要な作業」
沖縄セルラースタジアム那覇では、鹿児島で生まれた黒土と砂を7:3の割合でブレンド。ほどよい弾力のある黒土に水はけの良い砂が入ることでボールがうまく転がり、雨が降っても短時間で試合が再開できるようになると言います。
スタッフはほとんどが元高校球児。このグラウンドで選手としてプレーした経験を仕事で生かす職人たちが多くいます。
又吉悠斗さん「整備には力を入れてきた学校だったのでこっちを選んで、沖縄一の球場なのでそこに入りたいという思いが少しはあった」
開始からおよそ2時間あまり。夜になるまで作業は続き、土はほろほろになりました。
【12月24日 耕うん作業】
その翌日。3日前に植えた冬芝の芽が一本だけわずかに出ていました。
比嘉英作さん「例年だったら散水し始めて4・5日でこんな感じで出てくるので。きょうで3日目」
一方、内野のグラウンドに登場したのはローラー車。外側から内側に向かい、マウンドの周りを回りながら土をならしていきます。一見平らになったように見えますが、よく見ると、グラウンドには不規則な傾斜が。土の盛り具合をチェックしながら、多めに積まれているところから少ないところへ運び、より正確な均衡を作っていきます。
平仲佑規さん「なんとか天候に恵まれてとりあえず安心」
仲間に指示を送り、ともに汗を流すのは、平仲佑規さん。職員・非常勤合わせてわずか10人ほどのチームを取りまとめます。
豊見城南高校出身の平仲さんもこの球場でプレーした元球児の一人。海上保安官を養成する学校・ライフセーバーを経て、友人の紹介により、2年前に沖縄セルラースタジアム那覇のグラウンドキーパーになりました。
平仲佑規さん「私たちの代の夏の決勝がセルラースタジアムで、その頃から憧れはあった」
この日は「クリスマスイブ」でしたが、関係なし。総出で作業にあたるスタッフたちは、時々談笑も交えながらトラックのハンドルやトンボを握り、年末恒例の一大作業に従事します。
平仲佑規さん「経験が浅いチームなのでこれから経験を積み重ねていければ。みんなで言っている、プロ野球のオールスターをできれば良いなと思っている」
作業には、平仲さんの師匠で、開場した時から去年8月までこの球場でグラウンドキーパーを務めていた、真栄城走さんも様子を見に来ました。
真栄城走さん「(平仲さんは)とても熱心で真面目で、言ってきたことにもついてきてくれて『一緒にやっていこう』とメンバーの中でもとても心強かったし、私も退職はしたけど平仲だったら任せきれると思ったので10自信もってやっていけると思う」
新しい芝と土を入れ、一年の基盤を作る「グラウンドメンテナンス」。まずは2月のプロ野球キャンプに向けて、最高のグラウンドを作る準備は直前まで続きます。
平仲佑規さん「一番は選手が使いやすいグラウンド、プロ野球キャンプはたくさんのお客さんもいるので見栄えの良いグラウンドを作れれば。まだほかの甲子園とかと比べると15年は短く見えるけど、どんどん20年30年続いていくグラウンドだと思うので、少しでもその力になれれば」
リニューアル開業から今年で15年を迎える沖縄セルラースタジアム那覇。高校野球の歴史を刻む、新たな1年が始まります。
良いグラウンドの条件は「弾力があり、地がしっかりしていて、表面に上砂があり、水はけがよく、水持ちもよい」ことだそうです。
この「土守」さんたちは、試合が行われる前後の天気に応じて水分量を調整したり、雨が降った時には1時間以内に試合を再開できるようにして、野球に適したグラウンドを作るべくほぼ毎日手入れを行っています。
選手たちを陰で支えている存在があるこそ、プロ野球や高校野球が盛り上がっていると分かりました。ぜひ大会の時に注目していただきたいと思います。
📝沖縄の高校野球が抱える県外流出問題に沖縄尚学・比嘉監督は「本音は残ってほしいなと思うけど...」
https://news.yahoo.co.jp/articles/1d48a551e124fb15e63771aa8f7154dc59536dc8
群雄割拠〜沖縄高校野球の現在地(2)県内屈指の人気校・沖縄尚学(前編)
1月24日に発表された2025年のセンバツ出場校で、九州王者・沖縄尚学も順当に選出された。
「やっぱり沖尚っていうブランドがあります。2024年に入学した1年生(新2年生)のピッチャーも、沖縄県のトップ5がみんな行っています。2年生(=新3年生)の野手にもすごい連中がいる」
そう話したのは、九州大会準優勝校で同じくセンバツ出場を果たしたエナジックスポーツの神谷嘉宗監督だ。
昨年夏、そのエナジックスポーツをはじめ、KBC、日本ウェルネス沖縄というカタカナ、アルファベット表記の高校が大躍進し、「沖縄高校球界の異変」という切り口の記事があふれた。
だが結局、頂点を極めたのは老将・我喜屋優の率いる興南だった。県内最多の14回目となる甲子園に駒を進めている。
一方、沖尚は夏の3回戦でエナジックスポーツにコールド負けを喫したが、秋は県大会、九州大会ともに決勝で同校に雪辱を果たした。
はたして、沖縄球界に変化は生じているのか。昨年末、沖尚の比嘉公也監督に尋ねると、真っ先に口にしたのは、ある違和感だった。
【伝統校って呼ばれることに違和感】
「なぜか知らないけど、急に僕らが『伝統校』って言われるようになったと感じています。新鋭校という表現に対する、たとえだと思うんですけど......伝統校なのかな?」
沖縄には、もっと由緒ある高校がある。1999年春、沖尚の背番号1をつけて県勢初の甲子園優勝を果たした比嘉監督はそう感じている。
「僕らが学生の頃って、沖縄水産がブランドでした。僕の1個上が新垣渚(元ソフトバンクなど)さんの時で、本当に強かったんですよ」
当時、沖縄の高校野球をリードしていたのは、栽弘義監督の沖水だった。1990年夏に甲子園で県勢初の決勝に進出し、翌年夏も決勝進出を果たすなど、「沖縄高校野球の水準を飛躍的に高めた名将」と名を残している。
それから数十年が経ち、高校野球は全国的に私立優位だ。沖縄も例に漏れない。
比嘉監督は2006年に24歳で沖尚の監督に就任すると、2年後の2008年、エース東浜巨(現・ソフトバンク)を中心にセンバツ優勝に導いた。
対して、我喜屋監督は56歳となった2007年から興南を率い、3年後の2010年にはトルネード左腕・島袋洋奨(現・興南コーチ)を擁し史上6校目の春夏連覇を飾っている。
以降、沖縄の高校野球は二強がリードしてきた。少なくとも周囲がそう考えるなか、当人たちは互いをどう見ているのだろうか。
「最近の(いい)選手は沖尚に行くからね......」
興南の我喜屋優監督はそう漏らした。沖尚は2024年秋の沖縄大会で150キロを計測した左腕・末吉良丞を筆頭に、田場典斗、大城諄來、新垣有絃と4人の1年生投手がベンチ入りした。周囲がうらやむのも当然だろう。
【周りの評価と現実とのギャップ】
しかし、内実は周囲の見方と異なる場合も珍しくない。沖尚を率いる比嘉監督は反論する。
「2024年に入学した1年生が中学生の時、『今年は沖縄尚学に集まっている』って例年以上に言われていたんですよ。でも僕が見たら、正直『ん?』というレベルでした」
たとえば、末吉は浦添市立仲西中学時代から「球の速いピッチャー」として知られたが、沖縄尚学は三顧の礼で迎えたわけではない。比嘉監督が続ける。
「中学時代に投げているのを、一度も見たことがないんです。『球の速いピッチャーが興南高校の近くの中学にいる』と聞いて、『左なら興南だろう』って勝手に思っていました。向こうが声をかけているだろうし、どのみちウチに来る可能性は低いだろうと思って見に行ってないんです(苦笑)。そうしたら本人が『沖縄尚学でやりたい』と希望しているということで、『ぜひ来てよ』と」
1年生の夏から公式戦で活躍、昨年の明治神宮大会初戦で先発して才能の片鱗を見せた末吉は、センバツでも注目投手のひとりに挙げられるはずだ。
球速の高速化が著しく進む昨今だが、1年生左腕が150キロを計測したインパクトは強い。その事実だけでも、周囲は「怪物」というイメージを浮かべるものだ。
だが、比嘉監督は「その数字だけが先行している」と語る。
「速いと言えば速いけど、何とかなるボールだと思います。今はただ『ブン!』って投げているので、バッターは『このくらいのボールが来そう』と読めると思う。本人的にも、空振りがとれていないのは自覚しています」
ラプソードでストレートを測ると、回転軸が10時の方向に傾いている。回転効率を高めるには、12時に近づけたほうがいい。末吉は腕の位置をトレーナーと試行錯誤しているが、比嘉監督は「しばらく見守る」という姿勢を貫いてきた。高校生には成長の波があり、現状の末吉は「停滞期」のなかで必死にもがいているように映るからだ。
「本人が『変わりたい、変わっていきたい』っていうのは伝わってきます。でも、変えなくていい部分もあると思うけど、人生って難しいじゃないですか。主体性が大事だけど、高校生たちには『とりあえず、これやっておいて』という強制の部分も必要だと思うんですね。でも、それをやりすぎて、『どうせ自分が考えたことは否定されて、これをさせられている』という印象にもなってほしくない。ちょうどいい、中間が難しいです」
【多くのプロ選手を輩出】
沖縄の野球少年たちは、なぜ沖尚に憧れるのか。大きな理由のひとつは、選手が育っているからだろう。現役では東浜をはじめ、嶺井博希、リチャード(ともにソフトバンク)、與座海人(西武)、岡留英貴(阪神)らがプロの世界に羽ばたいている。
2008年には、那覇市内の学校から車で約20分の八重瀬町に『尚学ボールパーク』が完成。以前は学校の狭いグラウンドで練習していたが、恵まれた環境で取り組めるようになった。
文武両道を掲げる進学校というブランドイメージもあり、県内で沖尚の人気は根強い。それでも、有望な中学生の県外流出は増えるばかりだ。比嘉監督がその傾向を強く感じ始めたのは15年ほど前だった。
「興南の島袋洋奨たちが春夏連覇したあとから、県外に進む中学生が一気に増えたような印象があって......それまでもいたとは思うけど、『なんか、あれ?』みたいな感じですね。沖縄が注目されたのもあると思います」
2008年春に沖縄尚学が9年ぶりのセンバツ優勝を飾ると、同年夏には現エナジックスポーツの神谷監督率いる浦添商業がベスト4進出。そして2010年には興南が春夏連覇を達成した。
沖縄の子は運動能力に優れている──。巷でよく言われ、そう明言する学者もいる。県内出身の比嘉監督は懐疑的だが、プロ野球に目を向ければ山川穂高(ソフトバンク)や平良海馬(西武)、宮城大弥(オリックス)らが球界を代表する選手に成り上がった。
反面、興南が2010年に春夏連覇を達成して以降、甲子園ではどこもベスト8の先に進めていない。2023年夏、優勝した慶應義塾に準々決勝で敗れた沖縄尚学の比嘉監督は吐露する。
「県全体のレベルが落ちている感じは正直します。東浜とか島袋がいた時の5年間ぐらいって、沖縄県は強かったと思います。県外に出ているのを言い訳にしたくないですけど、ちょっと落ちているのかなと思いますね」
今や越境入学は当たり前だ。沖縄に限った話ではない。野球留学の是非は賛否両論あるなか、比嘉監督は複雑な思いを抱いている。
「本音は残ってほしいなと思うけど、進路選択はその子の自由なんで......。もっと言うと、僕ができたかっていうと、できないんで。本島に残ることはできたとしても、外に出て勝負しようなんて思わないし。出ていく子たちはそれなりの覚悟を持って行っていると思うので、それはすごいなと感じます。ただ本音としては、この小さい島に残ってやりたいなと思いますけどね」
本州の最南・鹿児島県から約660キロ。沖縄はその文化だけでなく、野球の環境も独特だ。
12月でも20度に達する日もあるくらい温暖で、キャンプ地に選ぶプロ球団が増えている。その恩恵で設備も整えられたことが、選手輩出につながっているという見方もある。だが冬の間は芝生の養生のため、球場を借りるのは難しい。
本土の強豪校はライバルに手の内を隠すべく、同県との練習試合を避ける傾向にあるが、沖縄では県内同士でなければ実戦機会を設けるのは難しい。沖縄ならではのハンデがさまざまあるが、なんとか乗り越えたいと比嘉監督は工夫を凝らしている。
「そういう制約がある県だからこそ、『意識だけは全国に置こうぜ』っていう話はよくしますね。体つきや動きとかを見ることはできないけど、意識だけはしっかり持たないと行動が変わらないと思うので。『仮想全国』と、僕らはやっている。だから沖縄のチームが勝つって、すごく価値があることだと思うんですよね」
2年ぶり8回目のセンバツへ。九州王者は郷土の誇りを胸に、全国の舞台で高みを目指す。
つづく>>
https://news.yahoo.co.jp/articles/7323337c33b8c46cfac21db2107e80bc0d1bb32a
日本学生野球協会の審査室会議が28日、都内で開かれ、高校11件の処分が決定した。
今春センバツ出場が決まっている東洋大姫路で、25歳のコーチが暴言と体罰により昨年9月21日から3カ月の謹慎処分を受けていたことが判明。3年生部員Aのあいさつが雑だと感じたとして指導し、「なめとんか。野球部を引退してえらくなったと勘違いしてるんちゃうか、クソガキ」などと発言。その後、肩を数回押すなどしたという。
また、東京・早大学院は中学生の練習参加規定違反と接触ルール違反で68歳外部指導員の監督が無期謹慎。通常、学校側への通知や、関係者の同意書の提出など手続きを行った上で、学校説明会などと併せて行われる体験練習を独断で実施。禁止されている中学生への家庭訪問も行っていたという。いずれも、高野連が定める規定に違反していることを認識しながら複数年にわたり行っていたことが分かった。
💢信太が部員の競艇場、パチンコ店入場などで対外試合禁止1か月 新潟産大付も危険行為などで対外試合禁止1か月
https://news.yahoo.co.jp/articles/c107abfad4f4717719217ebd158ccb5e17c4d54f
信太(大阪)は複数の部員による競艇、パチンコ店入場と飲酒のため、1月8日から1か月間、対外試合禁止の処分が科された。
昨夏の甲子園に初出場した新潟産大付は、部員の部内いじめとSNS不適切利用、危険行為と喫煙のため、1月8日から1か月間の体外試合禁止となった。ビニールハウスの練習場内で、ライターの火に向かって、滑り止めのスプレー缶から噴射し、その模様をスマホで撮影、SNSに投稿するなどの危険行為があった。
💢日本学生野球協会、高校11件処分 成立学園の監督と助監督 東洋大姫路のコーチなど
https://news.yahoo.co.jp/articles/918961debdbe83eddb932036faf154acbaddc335
日本学生野球協会は28日、都内で審査室会議を開き、高校11件(1件は校名非公表)の処分を決めた。
成立学園(東京)は監督(56歳、事務職員)と助監督(29歳、事務職員)の部内による暴言と不適切指導により、監督は25年1月7日から4カ月、助監督は25年1月7日から3カ月の謹慎処分。
東洋大姫路(兵庫)のコーチ(25歳、非常勤講師)は部内での暴言と体罰により、24年9月21日から3カ月間の謹慎処分。
新潟産大付は野球部部員による、いじめ。また、バットの滑り止めで使うスプレー缶をライターの火に向かって噴射し、部員のお尻に当たるなど、極めて危険な行為。SNSの不適切利用や喫煙により、25年1月8日から1カ月の対外試合禁止。
益田東(島根)はコーチ(30歳、非常勤講師)の部内による体罰により、24年12月20日から1カ月の謹慎処分。
早大学院(東京)の監督(68歳、外部指導員)は中学生の練習参加による規定違反と、中学生との接触ルール違反により24年10月5日から無期謹慎処分。
防府商工(山口)の監督(44歳、教諭)は部内での暴言、体罰、不適切指導と報告義務違反で25年1月9日から4カ月間の謹慎処分。
信太(大阪)は部員10名がボートレース、遊戯場への出入り。また、居酒屋で飲酒していたことがわかり、25年1月8日から1カ月の対外試合禁止。
船橋北(千葉)は監督(57歳、教諭)の部内での体罰、不適切発言と不適切指導、報告義務違反により、24年10月17日から4カ月の謹慎処分。
オイスカ浜松国際(静岡)は、部員6名による、窃盗と飲酒により25年1月23日から1カ月の対外試合禁止。
📝高校野球静岡大会、7月5日から試合、28日決勝 開会式6月29日
https://news.yahoo.co.jp/articles/5c64034fe01cf8def6492c9421adaaa217434eea
静岡県高校野球連盟は27日の理事会で、第107回全国高校野球選手権静岡大会の日程を明らかにした。
大会は県高野連と朝日新聞社の主催で、6月29日に草薙球場で開会式を催す。試合は7月5日から県内10球場で始まる。順調に進めば、決勝は同球場で同28日の予定。
組み合わせ抽選会は6月21日、焼津市の焼津文化会館である。
📝まもなくプロ野球キャンプ!開業15周年・沖縄セルラースタジアム那覇の「土守」
https://news.yahoo.co.jp/articles/540b10b252e49276e76bf77db6c22b39be936e41
完成して今年で15年になる沖縄セルラースタジアム那覇。まもなく行われるプロ野球キャンプを前に、1年に一度行われる「グラウンドメンテナンス」に密着しました。
寺崎アナウンサー「天候不良で延期が続いていましたが、きょうは晴天です。いよいよ一年に一度の作業が始まります」
県内で開催されるプロ野球公式戦や、高校野球などの舞台として定着している沖縄セルラースタジアム那覇。
1960年に開業し、かつて「沖縄高校野球の聖地」として知られた奥武山球場がリニューアルオープンして2010年に完成すると、ここで数々のスター選手が生まれ、沖縄県民を興奮の渦に巻き込む名勝負が繰り広げられてきました。
2025年で開場から15年。9月には高校野球U18のワールドカップの舞台となることが発表され、より注目が集まります。
【12月20日 種まき作業】
年内の大会やイベントを一通り終えた12月。先に行われたのは、外野の天然芝の種をまく作業です。
一年間絶え間なく行われてきた試合やイベントを経て、一部が茶色くなった芝。夏芝が枯れ始める中、冬芝を撒く「オーバーシード」という作業を行い、2月に行われるプロ野球・巨人のキャンプに備えます。容器にこぼれないように丁寧に広げられた西洋芝「ペレニアルライグラス」。成長すると、鮮やかな緑が外野に浮かび上がると言います。
比嘉英作さん「幅を決めて、その前に位置出しをやってずれないようにして、ムラの内容にまくのが一番気を付けるポイント。球場に入って見たときに『きれいだな』という思いが、選手の頑張ろうと思うきっかけになれたらいいなと思ってやっている」
専用の機械、ロータリースプレッダーが種を飛ばしながら、芝の上をすべる音がスタジアムに響き渡ります。レフトからライトまで、1人で黙々と作業を続け、およそ5時間。種をまき終えると、午後には、スパイカーシーダーを運転しながら土の中に確実に種を入れ、芽が出てくるまで、毎日散水をしながら待ちます。
【12月23日 耕うん作業】
外野の種まき作業から3日後、本部港から新しい土が到着し、内野のグラウンドに入りました。毎年60~80トンの土を購入し、プレーする選手たちを支えます。
「もうちょいいける?」「Maxで行きます?」「一回Maxにして」
おととし購入したという自前の耕運機を入念にチェックする土守たち。普段は3カ月に一回、5センチほど掘り起こし、新しい土が常に表面に来るようにしていますが、今回は8センチから10センチの深さになるように進めていきます。
「一年間使ってきてへこみが出てくるのをリセットする作業なのでとても重要な作業」
沖縄セルラースタジアム那覇では、鹿児島で生まれた黒土と砂を7:3の割合でブレンド。ほどよい弾力のある黒土に水はけの良い砂が入ることでボールがうまく転がり、雨が降っても短時間で試合が再開できるようになると言います。
スタッフはほとんどが元高校球児。このグラウンドで選手としてプレーした経験を仕事で生かす職人たちが多くいます。
又吉悠斗さん「整備には力を入れてきた学校だったのでこっちを選んで、沖縄一の球場なのでそこに入りたいという思いが少しはあった」
開始からおよそ2時間あまり。夜になるまで作業は続き、土はほろほろになりました。
【12月24日 耕うん作業】
その翌日。3日前に植えた冬芝の芽が一本だけわずかに出ていました。
比嘉英作さん「例年だったら散水し始めて4・5日でこんな感じで出てくるので。きょうで3日目」
一方、内野のグラウンドに登場したのはローラー車。外側から内側に向かい、マウンドの周りを回りながら土をならしていきます。一見平らになったように見えますが、よく見ると、グラウンドには不規則な傾斜が。土の盛り具合をチェックしながら、多めに積まれているところから少ないところへ運び、より正確な均衡を作っていきます。
平仲佑規さん「なんとか天候に恵まれてとりあえず安心」
仲間に指示を送り、ともに汗を流すのは、平仲佑規さん。職員・非常勤合わせてわずか10人ほどのチームを取りまとめます。
豊見城南高校出身の平仲さんもこの球場でプレーした元球児の一人。海上保安官を養成する学校・ライフセーバーを経て、友人の紹介により、2年前に沖縄セルラースタジアム那覇のグラウンドキーパーになりました。
平仲佑規さん「私たちの代の夏の決勝がセルラースタジアムで、その頃から憧れはあった」
この日は「クリスマスイブ」でしたが、関係なし。総出で作業にあたるスタッフたちは、時々談笑も交えながらトラックのハンドルやトンボを握り、年末恒例の一大作業に従事します。
平仲佑規さん「経験が浅いチームなのでこれから経験を積み重ねていければ。みんなで言っている、プロ野球のオールスターをできれば良いなと思っている」
作業には、平仲さんの師匠で、開場した時から去年8月までこの球場でグラウンドキーパーを務めていた、真栄城走さんも様子を見に来ました。
真栄城走さん「(平仲さんは)とても熱心で真面目で、言ってきたことにもついてきてくれて『一緒にやっていこう』とメンバーの中でもとても心強かったし、私も退職はしたけど平仲だったら任せきれると思ったので10自信もってやっていけると思う」
新しい芝と土を入れ、一年の基盤を作る「グラウンドメンテナンス」。まずは2月のプロ野球キャンプに向けて、最高のグラウンドを作る準備は直前まで続きます。
平仲佑規さん「一番は選手が使いやすいグラウンド、プロ野球キャンプはたくさんのお客さんもいるので見栄えの良いグラウンドを作れれば。まだほかの甲子園とかと比べると15年は短く見えるけど、どんどん20年30年続いていくグラウンドだと思うので、少しでもその力になれれば」
リニューアル開業から今年で15年を迎える沖縄セルラースタジアム那覇。高校野球の歴史を刻む、新たな1年が始まります。
良いグラウンドの条件は「弾力があり、地がしっかりしていて、表面に上砂があり、水はけがよく、水持ちもよい」ことだそうです。
この「土守」さんたちは、試合が行われる前後の天気に応じて水分量を調整したり、雨が降った時には1時間以内に試合を再開できるようにして、野球に適したグラウンドを作るべくほぼ毎日手入れを行っています。
選手たちを陰で支えている存在があるこそ、プロ野球や高校野球が盛り上がっていると分かりました。ぜひ大会の時に注目していただきたいと思います。
📝沖縄の高校野球が抱える県外流出問題に沖縄尚学・比嘉監督は「本音は残ってほしいなと思うけど...」
https://news.yahoo.co.jp/articles/1d48a551e124fb15e63771aa8f7154dc59536dc8
群雄割拠〜沖縄高校野球の現在地(2)県内屈指の人気校・沖縄尚学(前編)
1月24日に発表された2025年のセンバツ出場校で、九州王者・沖縄尚学も順当に選出された。
「やっぱり沖尚っていうブランドがあります。2024年に入学した1年生(新2年生)のピッチャーも、沖縄県のトップ5がみんな行っています。2年生(=新3年生)の野手にもすごい連中がいる」
そう話したのは、九州大会準優勝校で同じくセンバツ出場を果たしたエナジックスポーツの神谷嘉宗監督だ。
昨年夏、そのエナジックスポーツをはじめ、KBC、日本ウェルネス沖縄というカタカナ、アルファベット表記の高校が大躍進し、「沖縄高校球界の異変」という切り口の記事があふれた。
だが結局、頂点を極めたのは老将・我喜屋優の率いる興南だった。県内最多の14回目となる甲子園に駒を進めている。
一方、沖尚は夏の3回戦でエナジックスポーツにコールド負けを喫したが、秋は県大会、九州大会ともに決勝で同校に雪辱を果たした。
はたして、沖縄球界に変化は生じているのか。昨年末、沖尚の比嘉公也監督に尋ねると、真っ先に口にしたのは、ある違和感だった。
【伝統校って呼ばれることに違和感】
「なぜか知らないけど、急に僕らが『伝統校』って言われるようになったと感じています。新鋭校という表現に対する、たとえだと思うんですけど......伝統校なのかな?」
沖縄には、もっと由緒ある高校がある。1999年春、沖尚の背番号1をつけて県勢初の甲子園優勝を果たした比嘉監督はそう感じている。
「僕らが学生の頃って、沖縄水産がブランドでした。僕の1個上が新垣渚(元ソフトバンクなど)さんの時で、本当に強かったんですよ」
当時、沖縄の高校野球をリードしていたのは、栽弘義監督の沖水だった。1990年夏に甲子園で県勢初の決勝に進出し、翌年夏も決勝進出を果たすなど、「沖縄高校野球の水準を飛躍的に高めた名将」と名を残している。
それから数十年が経ち、高校野球は全国的に私立優位だ。沖縄も例に漏れない。
比嘉監督は2006年に24歳で沖尚の監督に就任すると、2年後の2008年、エース東浜巨(現・ソフトバンク)を中心にセンバツ優勝に導いた。
対して、我喜屋監督は56歳となった2007年から興南を率い、3年後の2010年にはトルネード左腕・島袋洋奨(現・興南コーチ)を擁し史上6校目の春夏連覇を飾っている。
以降、沖縄の高校野球は二強がリードしてきた。少なくとも周囲がそう考えるなか、当人たちは互いをどう見ているのだろうか。
「最近の(いい)選手は沖尚に行くからね......」
興南の我喜屋優監督はそう漏らした。沖尚は2024年秋の沖縄大会で150キロを計測した左腕・末吉良丞を筆頭に、田場典斗、大城諄來、新垣有絃と4人の1年生投手がベンチ入りした。周囲がうらやむのも当然だろう。
【周りの評価と現実とのギャップ】
しかし、内実は周囲の見方と異なる場合も珍しくない。沖尚を率いる比嘉監督は反論する。
「2024年に入学した1年生が中学生の時、『今年は沖縄尚学に集まっている』って例年以上に言われていたんですよ。でも僕が見たら、正直『ん?』というレベルでした」
たとえば、末吉は浦添市立仲西中学時代から「球の速いピッチャー」として知られたが、沖縄尚学は三顧の礼で迎えたわけではない。比嘉監督が続ける。
「中学時代に投げているのを、一度も見たことがないんです。『球の速いピッチャーが興南高校の近くの中学にいる』と聞いて、『左なら興南だろう』って勝手に思っていました。向こうが声をかけているだろうし、どのみちウチに来る可能性は低いだろうと思って見に行ってないんです(苦笑)。そうしたら本人が『沖縄尚学でやりたい』と希望しているということで、『ぜひ来てよ』と」
1年生の夏から公式戦で活躍、昨年の明治神宮大会初戦で先発して才能の片鱗を見せた末吉は、センバツでも注目投手のひとりに挙げられるはずだ。
球速の高速化が著しく進む昨今だが、1年生左腕が150キロを計測したインパクトは強い。その事実だけでも、周囲は「怪物」というイメージを浮かべるものだ。
だが、比嘉監督は「その数字だけが先行している」と語る。
「速いと言えば速いけど、何とかなるボールだと思います。今はただ『ブン!』って投げているので、バッターは『このくらいのボールが来そう』と読めると思う。本人的にも、空振りがとれていないのは自覚しています」
ラプソードでストレートを測ると、回転軸が10時の方向に傾いている。回転効率を高めるには、12時に近づけたほうがいい。末吉は腕の位置をトレーナーと試行錯誤しているが、比嘉監督は「しばらく見守る」という姿勢を貫いてきた。高校生には成長の波があり、現状の末吉は「停滞期」のなかで必死にもがいているように映るからだ。
「本人が『変わりたい、変わっていきたい』っていうのは伝わってきます。でも、変えなくていい部分もあると思うけど、人生って難しいじゃないですか。主体性が大事だけど、高校生たちには『とりあえず、これやっておいて』という強制の部分も必要だと思うんですね。でも、それをやりすぎて、『どうせ自分が考えたことは否定されて、これをさせられている』という印象にもなってほしくない。ちょうどいい、中間が難しいです」
【多くのプロ選手を輩出】
沖縄の野球少年たちは、なぜ沖尚に憧れるのか。大きな理由のひとつは、選手が育っているからだろう。現役では東浜をはじめ、嶺井博希、リチャード(ともにソフトバンク)、與座海人(西武)、岡留英貴(阪神)らがプロの世界に羽ばたいている。
2008年には、那覇市内の学校から車で約20分の八重瀬町に『尚学ボールパーク』が完成。以前は学校の狭いグラウンドで練習していたが、恵まれた環境で取り組めるようになった。
文武両道を掲げる進学校というブランドイメージもあり、県内で沖尚の人気は根強い。それでも、有望な中学生の県外流出は増えるばかりだ。比嘉監督がその傾向を強く感じ始めたのは15年ほど前だった。
「興南の島袋洋奨たちが春夏連覇したあとから、県外に進む中学生が一気に増えたような印象があって......それまでもいたとは思うけど、『なんか、あれ?』みたいな感じですね。沖縄が注目されたのもあると思います」
2008年春に沖縄尚学が9年ぶりのセンバツ優勝を飾ると、同年夏には現エナジックスポーツの神谷監督率いる浦添商業がベスト4進出。そして2010年には興南が春夏連覇を達成した。
沖縄の子は運動能力に優れている──。巷でよく言われ、そう明言する学者もいる。県内出身の比嘉監督は懐疑的だが、プロ野球に目を向ければ山川穂高(ソフトバンク)や平良海馬(西武)、宮城大弥(オリックス)らが球界を代表する選手に成り上がった。
反面、興南が2010年に春夏連覇を達成して以降、甲子園ではどこもベスト8の先に進めていない。2023年夏、優勝した慶應義塾に準々決勝で敗れた沖縄尚学の比嘉監督は吐露する。
「県全体のレベルが落ちている感じは正直します。東浜とか島袋がいた時の5年間ぐらいって、沖縄県は強かったと思います。県外に出ているのを言い訳にしたくないですけど、ちょっと落ちているのかなと思いますね」
今や越境入学は当たり前だ。沖縄に限った話ではない。野球留学の是非は賛否両論あるなか、比嘉監督は複雑な思いを抱いている。
「本音は残ってほしいなと思うけど、進路選択はその子の自由なんで......。もっと言うと、僕ができたかっていうと、できないんで。本島に残ることはできたとしても、外に出て勝負しようなんて思わないし。出ていく子たちはそれなりの覚悟を持って行っていると思うので、それはすごいなと感じます。ただ本音としては、この小さい島に残ってやりたいなと思いますけどね」
本州の最南・鹿児島県から約660キロ。沖縄はその文化だけでなく、野球の環境も独特だ。
12月でも20度に達する日もあるくらい温暖で、キャンプ地に選ぶプロ球団が増えている。その恩恵で設備も整えられたことが、選手輩出につながっているという見方もある。だが冬の間は芝生の養生のため、球場を借りるのは難しい。
本土の強豪校はライバルに手の内を隠すべく、同県との練習試合を避ける傾向にあるが、沖縄では県内同士でなければ実戦機会を設けるのは難しい。沖縄ならではのハンデがさまざまあるが、なんとか乗り越えたいと比嘉監督は工夫を凝らしている。
「そういう制約がある県だからこそ、『意識だけは全国に置こうぜ』っていう話はよくしますね。体つきや動きとかを見ることはできないけど、意識だけはしっかり持たないと行動が変わらないと思うので。『仮想全国』と、僕らはやっている。だから沖縄のチームが勝つって、すごく価値があることだと思うんですよね」
2年ぶり8回目のセンバツへ。九州王者は郷土の誇りを胸に、全国の舞台で高みを目指す。
つづく>>
📝どこよりも早いセンバツ予想! 日刊ゲンダイと専門家が占う優勝候補、ダークホース、大穴
https://news.yahoo.co.jp/articles/3f7b3e1e543046c57faa88e6fa1e4ac93c413c7f
24日、第97回センバツ高校野球の出場32校が決まった。大阪勢の出場がないのは、1927年の第4回大会以来98年ぶりとなったが、昨秋の明治神宮大会を制した横浜(神奈川)や同準優勝の広島商(広島)、4強の東洋大姫路(兵庫)と敦賀気比(福井)は順当に選出された。高校野球に詳しい専門家2氏と日刊ゲンダイが優勝校を予想した。
■本命は東洋大姫路、智弁和歌山、健大高崎
高校野球雑誌「ホームラン」の元編集長・戸田道男氏は「スポーツ紙は明治神宮大会を制した横浜を大本命としていますが……」とこう続ける。
「私が推すのは、その横浜との準決勝で延長十一回タイブレークの末に敗れましたが、互角の戦いを演じた東洋大姫路です。これまでは伝統的に線が細い選手が多かったものの、大阪の強豪・履正社を35年間率いた岡田監督が2022年4月に就任し、効率的で継続的なトレーニングを積み重ねたことで筋力アップに成功。岡田監督を慕って入学したプロ注目のエース阪下らが中心となり、19年夏に全国制覇を達成した履正社のようなパワフルなチームが出来上がった。岡田監督も手応えを感じているでしょう」
アマチュア野球に詳しいスポーツライターの美山和也氏は「同じ近畿の智弁和歌山を推します」とこう続ける。
「昨夏の甲子園のベンチ入りメンバー9人が残っていて経験豊富。エース渡辺と最速152キロの宮口の2枚看板は強力で、1年生捕手の山田は5番打者として近畿大会5割以上と打ちまくった。中学時代にU15日本代表だった藤田や昨秋の近畿大会準決勝で2打席連続本塁打の福元ら、タレントの数は横浜に負けていません。最近は甲子園で勝ち切れない試合が続いていますが、機は熟したと見ています」
日刊ゲンダイはセンバツ連覇を狙う健大高崎を推す。関東大会の決勝で延長十回の末に3-4とサヨナラ負けを喫したものの、「健大高崎が継投のタイミングを間違えなければ、負けてもおかしくなかった」と横浜陣営が認める高いチーム力を誇る。158キロをマークしたエース石垣と下重の左右2枚の大黒柱を擁し、打線も得点力は高い。史上4校目の春連覇の可能性は十分ある。
台風の目はエナジックスポーツ、山梨学院、千葉黎明
ダークホースは「春夏通じて初出場のエナジックスポーツです」と前出の戸田氏がこう言った。
「神谷監督は08年夏に浦添商を甲子園4強、14年には美里工を甲子園に導いた名将で、選手の育成に長けています。昨秋のドラフトで捕手の龍山が西武に6位指名され、創部3年目ながら『プロに行ける学校』と口コミで広がっている。昨夏の甲子園を制した京都国際も、甲子園の常連校になる前にプロ野球に指名される選手を輩出したことで、いい選手が集まるようになった。エナジックの投手陣は強力で、昨秋8試合に登板して防御率0点台だったエース久高ら140キロを超える投手が3人。上位進出の可能性を秘めています」
前出の美山氏も「同じくエナジックです」と言った。「持ち味の機動力を生かすノーサイン野球で、盗塁やスクイズも選手の判断で実行しているそうです。昨秋の公式戦は9試合で10盗塁。練習試合は17試合で37盗塁と走りまくっていて、九州大会では本盗もやった。強豪校が嫌がる野球をやります。野球部は廃校になった小学校の跡地でスタートし、今では立派な室内練習場や寮が完成。設備も選手も強豪校に引けをとりません」
日刊ゲンダイは台風の目に「山梨学院」を挙げる。関東大会8強で関東・東京地区のラスト1枠に滑り込んだ。「194センチ、97キロの大型1年生投手の菰田ら将来楽しみな選手が多い」(プロ球団スカウト)と23年センバツVの再現を狙う。
大穴は「千葉黎明」と前出の美山氏がこう続ける。「遊撃で主将の山本が引っ張っています。昨年の灼熱の夏休みに、朝8時から夕方まで振り込み、守備練習、トレーニングといった冬の練習を繰り返した。さらに秋の大会前に練習試合を30~40試合も行った。冬練と試合数をこなした体力は強豪校以上。甲子園でも旋風が期待できます」
センバツは3月7日に組み合わせ抽選会が行われ、同18日に開幕する。
☟今のままでは「第2の大谷翔平」が生まれるわけがない…「飛ばない金属バット」で激変した高校野球に抱く危機感
https://news.yahoo.co.jp/articles/07a4d6d3dd43e287c054799968975c2553837cc6?page=1
野球の競技人口が減っている。ライターの広尾晃さんは「2024年から導入した新規格の金属バットによって、甲子園ではスモールベースボール化が進んだ。これで子供たちの『野球離れ』をとめることは難しい」という――。
■甲子園を国民的行事にした「画期的な道具」
2024年の高校野球は、変革の年だったと言える。夏の大会での「試合時間の変更」や「クーリングタイムの導入」など「酷暑対策」が大きな話題となったが、2024年春に導入された「新規格の金属バット」も、高校野球を大きく変えた。
高校野球が金属バットを導入した経緯について振り返る。
高校野球で金属バットの使用が認められたのは、1974年のことだ。
木製バットは原材料を自然乾燥させたものを使用する。だが、木材の資源枯渇や需要の拡大に伴って、メーカーは納期を短縮するために人工乾燥したバットを発売していた。こうしたバットは折れやすく、野球部、選手にとって用具代の負担増につながっていた。
金属バット導入について多くの議論があったが、当時の日本高野連の佐伯達夫会長は「高校野球は限られた部費で日々活動をしており、経費がかかり過ぎることで将来の発展に問題がある。木製バットは今後も値上がりが予想されるため、ここで思い切った措置が必要」と導入を決めた。
金属バットの導入は、高校野球を劇的に変えたと言ってよい。
1982年夏、春の甲子園を制した徳島県立池田高校はウエイトトレーニングをするなど「当たれば飛ぶ」金属バットの特性を生かした野球に徹して一時代を築いた。
そして池田の「夏春夏」の3連覇を阻止したPL学園高校は、桑田、清原のKKコンビで一世を風靡。清原和博は甲子園最多の13本塁打を打っている。
本塁打が飛び交う派手な試合が多くなった甲子園大会は大人気となり、プロ野球に肩を並べるようなスポーツイベントになった。
■金属バットの弊害
飛びすぎる金属バットによって、野球が大味になり、打球速度も上がりすぎるなど弊害も目立つようになり、2001年に日本高野連は社会人野球と連携して以下の新規格を満たす金属バットを導入した。
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① 最大径の制限――バットの最大直径は67mm未満とする。
② 質量の制限――バットの質量は900g以上とする。
③ 形状の制限――金属製バットの形状は、先端からグリップ部までは、なだらかな傾斜でなければならない。
----------
しかし、この新規格は全く効果がなかった。そもそも高校野球選手の体格は年々向上しており、さらには筋トレやプロテインの摂取など、選手がパワーアップに励んだこともあり、本塁打数はまったく減らなかった。
反発係数の規定がなかったので、金属バットメーカーもその規格内で「よく飛ぶバット」の開発を行った。
2010年頃から高校野球は競技人口が減少に転じた。プロや大学を目指す中学生は一部の強豪校に集中し、強豪校と普通の高校との格差が広がった。
トーナメント制の高校野球では、プロを目指すような強豪校と、9人のメンバーを揃えるのが精いっぱいの学校が顔を合わせることもある。
審判たちからは「強豪校の打者の猛打球が、相手校の選手の身体を直撃しないか、怖い」という声があがるようになった。事実、甲子園でも選手が打球で負傷する事件が起きている。
また、芯に当たらなくても振り回せば飛ぶ金属バットを使い慣れた選手は、木製バットを使う国際大会では十分な結果を出せないことが多くなった。
■なぜか国際大会で勝てない日本の高校生
例年、高校野球世代は夏の甲子園が終わると選抜チームを作ってU-18ワールドカップやU-18アジア選手権に出場する。日本代表はU-18ワールドカップの前身のAAA世界大会に1980年代から参加しているが、2023年まで一度も優勝できなかった。
アマチュアの強豪国キューバが11回、アメリカが10回優勝しているのは良いとしても、韓国が5回、台湾も3回優勝している。
高校野球部の数で言えば、4000校近い日本に対して韓国は80校、台湾は200校と言われる。国際大会では金属バットは使えず木製バットに持ち替える。日本が国際大会で勝てないのは「飛びすぎる金属バットのせいではないか」と言われてきた。
さらに金属バットに慣れた高校生が卒業後、木製バットを使う大学、社会人、プロ野球で適応できずに戸惑う例も指摘されていた。
こうした状況から、2021年頃から金属バットを再び見直す動きが出てきた。2024年春からは、高校野球の金属バットは規格が改定された。
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① バットの最大直径をこれまでの67mm未満から64mm未満と変更する。
② 打球部の肉厚を従来の約3mmから約4mmとする。
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以前のバットは「羽子板」と揶揄されたように、芯を外しても強く振りさえすれば飛距離が出た。また肉厚の薄いバットは、ボールが当たると凹んでその反発で飛ぶ「トランポリン効果」で打球を飛ばしていた。それが、打球部をわずか1ミリとはいえ肉厚にすることで、打球速度、飛距離は一挙に下がると期待された。
■新規格の金属バットのすさまじい効果
新規格の金属バットは、予想以上の効果を生んだ。
高校野球(中等学校野球)の草創以来の本塁打の推移を図表1にまとめた。
戦前の甲子園球場は両翼が110メートルもあり(現在は95メートル)、日米野球でプレーしたベーブ・ルースが「Too large!(でかすぎる!)」と言ったとされるが、この時期の本塁打の大半はランニングホームランだったと言われる。
しかし、再改定された金属バットになってからの本塁打数は戦前、そして戦後の木製バットの時代よりも減っている。野球は一変したと言ってよい。
高校野球の指導者は、口をそろえて「新しい金属バットは芯を食わない(芯で打たないと)と飛ばない」と言う。また、さる内野手は「打球速度が落ちたので、思い切りダッシュして守ることができる」と言った。
選手の中には「どうせ飛ばないのなら、金属を使う必要はない」と木製バットやラミーバット(竹の集成バット)を使う例も出てきた。「上のレベルで野球をするためにはそのほうがいい」という理由からだ。
■野球がまったく変わった
図表2では、再改定された金属バット導入以前の2023年と2024年の春、夏の甲子園の打撃成績を比較した。
2023年春は記念大会で参加校が多く、試合数も多かった。また例年、高校野球は春よりも夏が打力はアップする。
2024年は2023年と比較して、春も夏も本塁打が激減しただけでなく、1試合当たりの得点、打率、長打率も大きく下落した。犠打数は、明らかに増加。盗塁数を見ると春は増加し、夏は減少した。
ざっくりいって、高校野球の打撃は「小型化した」のは間違いないだろう。
ただ、それ以外の傾向は、まだはっきりしない。各校の監督は「飛ばないバット」が基本になって、今後、どのような戦術、戦略をとるのか、また選手育成をどのように変えていくのか、模索中ということだろう。
2024年12月に宮城県仙台市で日本野球学会が行われた。毎年、この学会では大学、研究機関、高校などから最近の野球の様々な課題についての研究発表が行われるが、今回は、2つの高校によって新規格の金属バットを導入したことによる試合内容の変化などの研究発表が行われた。
和歌山県立桐蔭高校によると、金属バットの規格変更によって「試合の中でチャンスの場面が減少」「昨年まで二塁打になっていたフライが凡打になっていること」が報告された。
また新潟県立塩沢商工高校は、新潟県大会でのデータをもとに「試合の得点差が縮まり」、「長打率が大きく減少した」とし、新時代を勝ち抜くには「長打率を上げること」「盗塁を有効に使うこと」「走者二塁からの得点をいかに上げるかを考える」ことが重要だとしている。
■スモールベースボールの名手に未来はない
ベテランの野球指導者の中には「スモールボールに戻るべき」と主張する人がいる。
彼によれば「やっと昔ながらの高校野球のあるべき姿が、戻ってきた印象です。バットをぶんぶん振り回すのではなく、ボールをよく見極めて出塁し、その走者を丁寧に送っていく。チームの勝利のために1点を大事に取っていく。それがこれからの高校野球の姿です」というのだ。
しかしながら、金属バットの基準改定に伴うこうした「スモールボール化」に対しては、疑問視する声もある。
ある野球指導者は、「今、本気で野球で食っていこうと思っている高校生の目標は、甲子園ではなく、プロでさえもない。みんなMLBを目標に置いている。MLBではバントなんか滅多にやらない。それよりも、来た球をしっかりコンタクトして、速いスイングスピードで振り抜く方が大事だ。それに、バントなんか、大学やプロなど上のレベルに行っても習得できる。それよりも速い球に振りまけない鋭い振りを身に付ける方がずっと重要だ」と話す。
今、プロ野球で「バントの名手」と言われる選手の多くは、プロ入り前は中軸打者だった。プロには入って役割が変わって、そこから犠打の技術を習得したのだ。
高校時代からバントの練習をして「スモールボールの名手」になっても、そこからの発展性はない。まして今は、日本野球とフライボール革命全盛のMLBとは地続きになりつつある。
■日本野球の未来のためにやるべきこと
飛ばない金属バットの導入は、木製バットとの違和感を是正する意味で、大事な改革ではあった。打撃技術の向上のためにも有益ではあるだろう。
しかし、それによって昔の野球に「先祖返り」するのでは、あまりにも魅力に欠ける。若者世代を野球に惹きつけることはできないのではないか。
木製バット同様の飛ばない金属バットでも、長打、本塁打を連発してこそ、野球の未来は拓けるのではないか。多くの野球選手の目標になっている大谷翔平は、いつでも、どんなバットでもフルスイングして、夢を掴んできたのだ。
打球速度が高まることによる怪我のリスクを回避するためには、選手を集めるのが精いっぱいのチームや、連合チームなどと、私学の強豪チームが対戦しないようにするために、高校野球のカテゴリーを「一部、二部」に分ける措置が必要ではないか。さらに二部はリーグ戦にして試合数を増やすなどして、すそ野部分の底上げを図る必要があるだろう。
新しい金属バットの導入を「野球の明るい未来」につなげるため、さらに踏み込んだ取り組みをしてほしい。
☝山商高3年、OBと野球交流戦 後輩らを〝勝利〟で送り出す 三重
https://news.yahoo.co.jp/articles/dcd1631383c9b739e9b80c11eda44051d2d61b87
昨年3月の第96回選抜高校野球大会で16年ぶり2度目の出場を果たした宇治山田商業高校で26日、硬式野球部3年生と同部OBの交流試合が行われた。
卒業を控えた3年生を同部OB会に迎える前の恒例行事。3年生は、昨春のセンバツに登板した中村帆高、田中燿太両投手、内野の要を務めた伊藤大惺前主将らが勢揃いした。
試合は3年生チームの9―8のサヨナラ勝ち。OBらが、センバツで1勝し甲子園で16年ぶりの校歌を響かせた後輩らを“勝利”で送り出した。
春からは同志社大(京都)で硬式野球を続ける前主将の伊藤内野手は「先輩方を始め、周りの方に支えられて野球も勉強も100%打ち込めた高校3年間だった」と話し、改めて周囲に感謝した。
硬式野球部は昨年秋、2年連続で東海大会に進出したが、初戦で敗退し2年連続のセンバツ出場を逃している。
旧チーム副主将の泉亮汰内野手は「(後輩には)夏に甲子園行ってもらい、自分たちがスタンドから応援したい」。藤田怜捕手も「甲子園に出て自分たちの記録を抜いてほしい」と話した。
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3年生で硬式野球を続けるのは中村帆高投手(明治大へ)、田中燿太投手(愛知学院大へ)、伊藤大惺内野手(同志社大へ)、泉亮汰内野手(名城大へ)、藤田怜捕手(びわこ成蹊スポーツ大へ)、神生兼心捕手(岐阜協立大へ)、藤田大輝捕手(南山大へ)の7人。
大学野球の聖地・明治神宮球場を目指して新しい環境に飛び込む。田中投手は「高校の最後は自分の力を出し切れずに終わった。大学では後悔のないようやりきりたい」。神生捕手は「持ち味の打撃を生かして、レギュラーをとってチームを神宮出場に導く」と話した。
将来の夢にも近づきたい。140キロ超のストレートと縦と横のスライダーを交えた投球で高校最後の夏、背番号1を背負った中村は「自分の目標はプロに行くこと。現役のプロを一番多く輩出している大学で夢に挑戦したい」。
野球部の森山拓磨部長の出身大に進む藤田大捕手は「甲子園でプレーできなかった分、指導者として甲子園に出られたら」と夢を描いた。
✌興国高の佐伯知哉選手、日本学生野球協会表彰者に 学校生活も評価
https://vk.sportsbull.jp/koshien/articles/AST1W0TBNT1WOXIE019M.html
日本学生野球協会の2024年度の表彰者に、興国高硬式野球部の佐伯知哉選手(3年)が選ばれた。高校野球は各都道府県、大学野球は各リーグから年に1人選ばれる表彰制度で、学生野球の名誉とされる。佐伯選手は「本当に自分かと驚いた。うれしい」と喜びを語った。
佐伯選手は大阪市城東区出身。市立菫中から興国高に進み、一昨年8月から昨夏まで主将を務めた。身長155センチと小柄で、控えの二塁手だったが、チームをまとめあげ、一昨年秋には大阪3位で近畿大会に出場した。昨春の近畿大会府予選でも準優勝に輝いた。
高校の表彰者はプロ野球阪神にドラフト2位で入団した今朝丸裕喜投手(兵庫・報徳学園高)や、昨夏の全国選手権で選手宣誓役を務めた智弁和歌山高の辻旭陽主将ら、甲子園で活躍した選手が選ばれることが多い。佐伯選手は甲子園出場こそないものの、勉強でもクラス上位の成績を残すなど、学校生活の頑張りも評価され、府高校野球連盟から推薦された。
佐伯選手は「120人以上の野球部員の意見をまとめていくのは難しかったが、練習態度や声など、普段の姿勢で引っ張っていくことを心がけた」と話す。テスト前は練習グラウンドへ移動するバスの中でも教科書を開くなど、時間の使い方を工夫していたという。
喜多隆志監督は「私が伝えたいことを全て先に選手へ伝え、体現してくれた。率先して嫌われ役をした佐伯主将を他の部員も理解し、チームが結束した」とたたえる。
高校卒業後は関西大学に進み、硬式野球部に入る予定。佐伯選手は「この3年間で学んだことを生かし、大学で勉強を重ねたい。興国でチームに貢献する喜びを知ったので、将来は人のために尽くす仕事がしたい」と抱負を語った。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3f7b3e1e543046c57faa88e6fa1e4ac93c413c7f
24日、第97回センバツ高校野球の出場32校が決まった。大阪勢の出場がないのは、1927年の第4回大会以来98年ぶりとなったが、昨秋の明治神宮大会を制した横浜(神奈川)や同準優勝の広島商(広島)、4強の東洋大姫路(兵庫)と敦賀気比(福井)は順当に選出された。高校野球に詳しい専門家2氏と日刊ゲンダイが優勝校を予想した。
■本命は東洋大姫路、智弁和歌山、健大高崎
高校野球雑誌「ホームラン」の元編集長・戸田道男氏は「スポーツ紙は明治神宮大会を制した横浜を大本命としていますが……」とこう続ける。
「私が推すのは、その横浜との準決勝で延長十一回タイブレークの末に敗れましたが、互角の戦いを演じた東洋大姫路です。これまでは伝統的に線が細い選手が多かったものの、大阪の強豪・履正社を35年間率いた岡田監督が2022年4月に就任し、効率的で継続的なトレーニングを積み重ねたことで筋力アップに成功。岡田監督を慕って入学したプロ注目のエース阪下らが中心となり、19年夏に全国制覇を達成した履正社のようなパワフルなチームが出来上がった。岡田監督も手応えを感じているでしょう」
アマチュア野球に詳しいスポーツライターの美山和也氏は「同じ近畿の智弁和歌山を推します」とこう続ける。
「昨夏の甲子園のベンチ入りメンバー9人が残っていて経験豊富。エース渡辺と最速152キロの宮口の2枚看板は強力で、1年生捕手の山田は5番打者として近畿大会5割以上と打ちまくった。中学時代にU15日本代表だった藤田や昨秋の近畿大会準決勝で2打席連続本塁打の福元ら、タレントの数は横浜に負けていません。最近は甲子園で勝ち切れない試合が続いていますが、機は熟したと見ています」
日刊ゲンダイはセンバツ連覇を狙う健大高崎を推す。関東大会の決勝で延長十回の末に3-4とサヨナラ負けを喫したものの、「健大高崎が継投のタイミングを間違えなければ、負けてもおかしくなかった」と横浜陣営が認める高いチーム力を誇る。158キロをマークしたエース石垣と下重の左右2枚の大黒柱を擁し、打線も得点力は高い。史上4校目の春連覇の可能性は十分ある。
台風の目はエナジックスポーツ、山梨学院、千葉黎明
ダークホースは「春夏通じて初出場のエナジックスポーツです」と前出の戸田氏がこう言った。
「神谷監督は08年夏に浦添商を甲子園4強、14年には美里工を甲子園に導いた名将で、選手の育成に長けています。昨秋のドラフトで捕手の龍山が西武に6位指名され、創部3年目ながら『プロに行ける学校』と口コミで広がっている。昨夏の甲子園を制した京都国際も、甲子園の常連校になる前にプロ野球に指名される選手を輩出したことで、いい選手が集まるようになった。エナジックの投手陣は強力で、昨秋8試合に登板して防御率0点台だったエース久高ら140キロを超える投手が3人。上位進出の可能性を秘めています」
前出の美山氏も「同じくエナジックです」と言った。「持ち味の機動力を生かすノーサイン野球で、盗塁やスクイズも選手の判断で実行しているそうです。昨秋の公式戦は9試合で10盗塁。練習試合は17試合で37盗塁と走りまくっていて、九州大会では本盗もやった。強豪校が嫌がる野球をやります。野球部は廃校になった小学校の跡地でスタートし、今では立派な室内練習場や寮が完成。設備も選手も強豪校に引けをとりません」
日刊ゲンダイは台風の目に「山梨学院」を挙げる。関東大会8強で関東・東京地区のラスト1枠に滑り込んだ。「194センチ、97キロの大型1年生投手の菰田ら将来楽しみな選手が多い」(プロ球団スカウト)と23年センバツVの再現を狙う。
大穴は「千葉黎明」と前出の美山氏がこう続ける。「遊撃で主将の山本が引っ張っています。昨年の灼熱の夏休みに、朝8時から夕方まで振り込み、守備練習、トレーニングといった冬の練習を繰り返した。さらに秋の大会前に練習試合を30~40試合も行った。冬練と試合数をこなした体力は強豪校以上。甲子園でも旋風が期待できます」
センバツは3月7日に組み合わせ抽選会が行われ、同18日に開幕する。
☟今のままでは「第2の大谷翔平」が生まれるわけがない…「飛ばない金属バット」で激変した高校野球に抱く危機感
https://news.yahoo.co.jp/articles/07a4d6d3dd43e287c054799968975c2553837cc6?page=1
野球の競技人口が減っている。ライターの広尾晃さんは「2024年から導入した新規格の金属バットによって、甲子園ではスモールベースボール化が進んだ。これで子供たちの『野球離れ』をとめることは難しい」という――。
■甲子園を国民的行事にした「画期的な道具」
2024年の高校野球は、変革の年だったと言える。夏の大会での「試合時間の変更」や「クーリングタイムの導入」など「酷暑対策」が大きな話題となったが、2024年春に導入された「新規格の金属バット」も、高校野球を大きく変えた。
高校野球が金属バットを導入した経緯について振り返る。
高校野球で金属バットの使用が認められたのは、1974年のことだ。
木製バットは原材料を自然乾燥させたものを使用する。だが、木材の資源枯渇や需要の拡大に伴って、メーカーは納期を短縮するために人工乾燥したバットを発売していた。こうしたバットは折れやすく、野球部、選手にとって用具代の負担増につながっていた。
金属バット導入について多くの議論があったが、当時の日本高野連の佐伯達夫会長は「高校野球は限られた部費で日々活動をしており、経費がかかり過ぎることで将来の発展に問題がある。木製バットは今後も値上がりが予想されるため、ここで思い切った措置が必要」と導入を決めた。
金属バットの導入は、高校野球を劇的に変えたと言ってよい。
1982年夏、春の甲子園を制した徳島県立池田高校はウエイトトレーニングをするなど「当たれば飛ぶ」金属バットの特性を生かした野球に徹して一時代を築いた。
そして池田の「夏春夏」の3連覇を阻止したPL学園高校は、桑田、清原のKKコンビで一世を風靡。清原和博は甲子園最多の13本塁打を打っている。
本塁打が飛び交う派手な試合が多くなった甲子園大会は大人気となり、プロ野球に肩を並べるようなスポーツイベントになった。
■金属バットの弊害
飛びすぎる金属バットによって、野球が大味になり、打球速度も上がりすぎるなど弊害も目立つようになり、2001年に日本高野連は社会人野球と連携して以下の新規格を満たす金属バットを導入した。
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① 最大径の制限――バットの最大直径は67mm未満とする。
② 質量の制限――バットの質量は900g以上とする。
③ 形状の制限――金属製バットの形状は、先端からグリップ部までは、なだらかな傾斜でなければならない。
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しかし、この新規格は全く効果がなかった。そもそも高校野球選手の体格は年々向上しており、さらには筋トレやプロテインの摂取など、選手がパワーアップに励んだこともあり、本塁打数はまったく減らなかった。
反発係数の規定がなかったので、金属バットメーカーもその規格内で「よく飛ぶバット」の開発を行った。
2010年頃から高校野球は競技人口が減少に転じた。プロや大学を目指す中学生は一部の強豪校に集中し、強豪校と普通の高校との格差が広がった。
トーナメント制の高校野球では、プロを目指すような強豪校と、9人のメンバーを揃えるのが精いっぱいの学校が顔を合わせることもある。
審判たちからは「強豪校の打者の猛打球が、相手校の選手の身体を直撃しないか、怖い」という声があがるようになった。事実、甲子園でも選手が打球で負傷する事件が起きている。
また、芯に当たらなくても振り回せば飛ぶ金属バットを使い慣れた選手は、木製バットを使う国際大会では十分な結果を出せないことが多くなった。
■なぜか国際大会で勝てない日本の高校生
例年、高校野球世代は夏の甲子園が終わると選抜チームを作ってU-18ワールドカップやU-18アジア選手権に出場する。日本代表はU-18ワールドカップの前身のAAA世界大会に1980年代から参加しているが、2023年まで一度も優勝できなかった。
アマチュアの強豪国キューバが11回、アメリカが10回優勝しているのは良いとしても、韓国が5回、台湾も3回優勝している。
高校野球部の数で言えば、4000校近い日本に対して韓国は80校、台湾は200校と言われる。国際大会では金属バットは使えず木製バットに持ち替える。日本が国際大会で勝てないのは「飛びすぎる金属バットのせいではないか」と言われてきた。
さらに金属バットに慣れた高校生が卒業後、木製バットを使う大学、社会人、プロ野球で適応できずに戸惑う例も指摘されていた。
こうした状況から、2021年頃から金属バットを再び見直す動きが出てきた。2024年春からは、高校野球の金属バットは規格が改定された。
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① バットの最大直径をこれまでの67mm未満から64mm未満と変更する。
② 打球部の肉厚を従来の約3mmから約4mmとする。
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以前のバットは「羽子板」と揶揄されたように、芯を外しても強く振りさえすれば飛距離が出た。また肉厚の薄いバットは、ボールが当たると凹んでその反発で飛ぶ「トランポリン効果」で打球を飛ばしていた。それが、打球部をわずか1ミリとはいえ肉厚にすることで、打球速度、飛距離は一挙に下がると期待された。
■新規格の金属バットのすさまじい効果
新規格の金属バットは、予想以上の効果を生んだ。
高校野球(中等学校野球)の草創以来の本塁打の推移を図表1にまとめた。
戦前の甲子園球場は両翼が110メートルもあり(現在は95メートル)、日米野球でプレーしたベーブ・ルースが「Too large!(でかすぎる!)」と言ったとされるが、この時期の本塁打の大半はランニングホームランだったと言われる。
しかし、再改定された金属バットになってからの本塁打数は戦前、そして戦後の木製バットの時代よりも減っている。野球は一変したと言ってよい。
高校野球の指導者は、口をそろえて「新しい金属バットは芯を食わない(芯で打たないと)と飛ばない」と言う。また、さる内野手は「打球速度が落ちたので、思い切りダッシュして守ることができる」と言った。
選手の中には「どうせ飛ばないのなら、金属を使う必要はない」と木製バットやラミーバット(竹の集成バット)を使う例も出てきた。「上のレベルで野球をするためにはそのほうがいい」という理由からだ。
■野球がまったく変わった
図表2では、再改定された金属バット導入以前の2023年と2024年の春、夏の甲子園の打撃成績を比較した。
2023年春は記念大会で参加校が多く、試合数も多かった。また例年、高校野球は春よりも夏が打力はアップする。
2024年は2023年と比較して、春も夏も本塁打が激減しただけでなく、1試合当たりの得点、打率、長打率も大きく下落した。犠打数は、明らかに増加。盗塁数を見ると春は増加し、夏は減少した。
ざっくりいって、高校野球の打撃は「小型化した」のは間違いないだろう。
ただ、それ以外の傾向は、まだはっきりしない。各校の監督は「飛ばないバット」が基本になって、今後、どのような戦術、戦略をとるのか、また選手育成をどのように変えていくのか、模索中ということだろう。
2024年12月に宮城県仙台市で日本野球学会が行われた。毎年、この学会では大学、研究機関、高校などから最近の野球の様々な課題についての研究発表が行われるが、今回は、2つの高校によって新規格の金属バットを導入したことによる試合内容の変化などの研究発表が行われた。
和歌山県立桐蔭高校によると、金属バットの規格変更によって「試合の中でチャンスの場面が減少」「昨年まで二塁打になっていたフライが凡打になっていること」が報告された。
また新潟県立塩沢商工高校は、新潟県大会でのデータをもとに「試合の得点差が縮まり」、「長打率が大きく減少した」とし、新時代を勝ち抜くには「長打率を上げること」「盗塁を有効に使うこと」「走者二塁からの得点をいかに上げるかを考える」ことが重要だとしている。
■スモールベースボールの名手に未来はない
ベテランの野球指導者の中には「スモールボールに戻るべき」と主張する人がいる。
彼によれば「やっと昔ながらの高校野球のあるべき姿が、戻ってきた印象です。バットをぶんぶん振り回すのではなく、ボールをよく見極めて出塁し、その走者を丁寧に送っていく。チームの勝利のために1点を大事に取っていく。それがこれからの高校野球の姿です」というのだ。
しかしながら、金属バットの基準改定に伴うこうした「スモールボール化」に対しては、疑問視する声もある。
ある野球指導者は、「今、本気で野球で食っていこうと思っている高校生の目標は、甲子園ではなく、プロでさえもない。みんなMLBを目標に置いている。MLBではバントなんか滅多にやらない。それよりも、来た球をしっかりコンタクトして、速いスイングスピードで振り抜く方が大事だ。それに、バントなんか、大学やプロなど上のレベルに行っても習得できる。それよりも速い球に振りまけない鋭い振りを身に付ける方がずっと重要だ」と話す。
今、プロ野球で「バントの名手」と言われる選手の多くは、プロ入り前は中軸打者だった。プロには入って役割が変わって、そこから犠打の技術を習得したのだ。
高校時代からバントの練習をして「スモールボールの名手」になっても、そこからの発展性はない。まして今は、日本野球とフライボール革命全盛のMLBとは地続きになりつつある。
■日本野球の未来のためにやるべきこと
飛ばない金属バットの導入は、木製バットとの違和感を是正する意味で、大事な改革ではあった。打撃技術の向上のためにも有益ではあるだろう。
しかし、それによって昔の野球に「先祖返り」するのでは、あまりにも魅力に欠ける。若者世代を野球に惹きつけることはできないのではないか。
木製バット同様の飛ばない金属バットでも、長打、本塁打を連発してこそ、野球の未来は拓けるのではないか。多くの野球選手の目標になっている大谷翔平は、いつでも、どんなバットでもフルスイングして、夢を掴んできたのだ。
打球速度が高まることによる怪我のリスクを回避するためには、選手を集めるのが精いっぱいのチームや、連合チームなどと、私学の強豪チームが対戦しないようにするために、高校野球のカテゴリーを「一部、二部」に分ける措置が必要ではないか。さらに二部はリーグ戦にして試合数を増やすなどして、すそ野部分の底上げを図る必要があるだろう。
新しい金属バットの導入を「野球の明るい未来」につなげるため、さらに踏み込んだ取り組みをしてほしい。
☝山商高3年、OBと野球交流戦 後輩らを〝勝利〟で送り出す 三重
https://news.yahoo.co.jp/articles/dcd1631383c9b739e9b80c11eda44051d2d61b87
昨年3月の第96回選抜高校野球大会で16年ぶり2度目の出場を果たした宇治山田商業高校で26日、硬式野球部3年生と同部OBの交流試合が行われた。
卒業を控えた3年生を同部OB会に迎える前の恒例行事。3年生は、昨春のセンバツに登板した中村帆高、田中燿太両投手、内野の要を務めた伊藤大惺前主将らが勢揃いした。
試合は3年生チームの9―8のサヨナラ勝ち。OBらが、センバツで1勝し甲子園で16年ぶりの校歌を響かせた後輩らを“勝利”で送り出した。
春からは同志社大(京都)で硬式野球を続ける前主将の伊藤内野手は「先輩方を始め、周りの方に支えられて野球も勉強も100%打ち込めた高校3年間だった」と話し、改めて周囲に感謝した。
硬式野球部は昨年秋、2年連続で東海大会に進出したが、初戦で敗退し2年連続のセンバツ出場を逃している。
旧チーム副主将の泉亮汰内野手は「(後輩には)夏に甲子園行ってもらい、自分たちがスタンドから応援したい」。藤田怜捕手も「甲子園に出て自分たちの記録を抜いてほしい」と話した。
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3年生で硬式野球を続けるのは中村帆高投手(明治大へ)、田中燿太投手(愛知学院大へ)、伊藤大惺内野手(同志社大へ)、泉亮汰内野手(名城大へ)、藤田怜捕手(びわこ成蹊スポーツ大へ)、神生兼心捕手(岐阜協立大へ)、藤田大輝捕手(南山大へ)の7人。
大学野球の聖地・明治神宮球場を目指して新しい環境に飛び込む。田中投手は「高校の最後は自分の力を出し切れずに終わった。大学では後悔のないようやりきりたい」。神生捕手は「持ち味の打撃を生かして、レギュラーをとってチームを神宮出場に導く」と話した。
将来の夢にも近づきたい。140キロ超のストレートと縦と横のスライダーを交えた投球で高校最後の夏、背番号1を背負った中村は「自分の目標はプロに行くこと。現役のプロを一番多く輩出している大学で夢に挑戦したい」。
野球部の森山拓磨部長の出身大に進む藤田大捕手は「甲子園でプレーできなかった分、指導者として甲子園に出られたら」と夢を描いた。
✌興国高の佐伯知哉選手、日本学生野球協会表彰者に 学校生活も評価
https://vk.sportsbull.jp/koshien/articles/AST1W0TBNT1WOXIE019M.html
日本学生野球協会の2024年度の表彰者に、興国高硬式野球部の佐伯知哉選手(3年)が選ばれた。高校野球は各都道府県、大学野球は各リーグから年に1人選ばれる表彰制度で、学生野球の名誉とされる。佐伯選手は「本当に自分かと驚いた。うれしい」と喜びを語った。
佐伯選手は大阪市城東区出身。市立菫中から興国高に進み、一昨年8月から昨夏まで主将を務めた。身長155センチと小柄で、控えの二塁手だったが、チームをまとめあげ、一昨年秋には大阪3位で近畿大会に出場した。昨春の近畿大会府予選でも準優勝に輝いた。
高校の表彰者はプロ野球阪神にドラフト2位で入団した今朝丸裕喜投手(兵庫・報徳学園高)や、昨夏の全国選手権で選手宣誓役を務めた智弁和歌山高の辻旭陽主将ら、甲子園で活躍した選手が選ばれることが多い。佐伯選手は甲子園出場こそないものの、勉強でもクラス上位の成績を残すなど、学校生活の頑張りも評価され、府高校野球連盟から推薦された。
佐伯選手は「120人以上の野球部員の意見をまとめていくのは難しかったが、練習態度や声など、普段の姿勢で引っ張っていくことを心がけた」と話す。テスト前は練習グラウンドへ移動するバスの中でも教科書を開くなど、時間の使い方を工夫していたという。
喜多隆志監督は「私が伝えたいことを全て先に選手へ伝え、体現してくれた。率先して嫌われ役をした佐伯主将を他の部員も理解し、チームが結束した」とたたえる。
高校卒業後は関西大学に進み、硬式野球部に入る予定。佐伯選手は「この3年間で学んだことを生かし、大学で勉強を重ねたい。興国でチームに貢献する喜びを知ったので、将来は人のために尽くす仕事がしたい」と抱負を語った。
☝宮本慎也氏、高校野球7イニング制は「反対です」その理由は DH制導入は?
https://news.yahoo.co.jp/articles/364f15b13baa0976f7ebab7e8075c7739d370b2a
元ヤクルトの宮本慎也氏(54)が公式YouTube「解体慎書」を更新。7イニング制やDH制の導入を検討している高校野球について語った。
日本高野連は昨年12月に「7イニング制等高校野球の諸課題検討会議」を設置すると発表。リプレー検証導入やDH制など、さまざまなルール変更の検討を行っている。
宮本氏は「7回制はやっぱり反対です。クラブ活動っていうなら、たくさんの人が試合に出た方がいいわけじゃないですか。7イニングになったら、明らかに試合に出る人数が減ります」と語った。
昨夏まで長男恭佑投手がプレーした東海大菅生(東京)で臨時コーチを務めてきた。「先輩の桑田さんもコメントで出してましたけど、暑さ対策だけの話であれば、高校野球はゲーム自体は速いので。神宮が朝やって夜やっているわけです」と説明。ヤクルトの本拠地の神宮球場は春秋の週末など東京6大学リーグを2試合やってから、ナイターでヤクルト戦を開催している。甲子園も「土の球場と人工芝の違いはあるけど、おそらくできるんです。当然ちょっとグラウンドも荒れちゃいますけど。(大会の)期間を長くする」と代替案を語った。
高校野球は日本を代表するコンテンツになっている。「学生だからお金をもうけたらダメとかではなくて、甲子園の期間を延ばすにはお金が必要だったら、お金が集まる仕組みをつくって、野球振興に使っていけばいいと思うんです。暑さで大変だったらメンバー入り20人を25人にすればいい。そこはいろいろお金がかかるので、お金が集まる仕組みをみんなで考えてやらないといけないと思ってます」と語った。
「プロ野球も大学野球も全部7回制になるならいいですよ。野球のゲームは7回なら、それはそれでいいですけど。何のメリットがあるか分からない」とした一方で、「DH制は、僕は賛成です」と話した。「大谷みたいな選手が出てこないっていいますけど、あれぐらい打ったらDH使わなければいいんです。ピッチャーで打たないとか、打つ方にはあまり興味がないとか、ケガさせたくないとか色々あるんだったら、1人余分に試合出られるわけですから。DH制はいいんじゃないかと思います」とメリットを感じていた。
📝弱小校と新設校で…超難題「3年で甲子園出場」2度達成 センバツ話題校・エナジック監督の信条は「時にはホラ吹きも…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/b209e6ff40cf4ed61626ecbdb9e164112a0117fd?page=1
エナジックスポーツの神谷嘉宗監督の歩みと手腕に迫る
3年で甲子園に出場する――。弱小校や新設校において、新監督が着任早々にそんな目標を掲げたとして、どれだけの選手が真に受けるだろうか。絵空事のように感じる人も少なくないだろう。しかし、この「超」が付くほどの難題を2度に渡ってクリアしてしまった指揮官がいる。1月24日に開かれた第97回選抜高校野球の選考委員会で、九州地区から選出された私立エナジックスポーツ(沖縄)の神谷嘉宗監督だ。
24日夕、エナジックの室内練習場。センバツ出場の吉報を受け、選手たちと向かい合った神谷氏の頬を涙がつたった。挨拶の声が詰まる。「創部3年でここまで来られたのも、1期生が素地を築いてくれたからです。感謝の気持ちを忘れず、頑張って行きましょう」。2期生となる2年生を中心とした選手たちの表情が、弾ける笑顔から一転、ぐっと引き締まった。
エナジックは2022年4月に創部した。「個々の能力が高い強豪に勝つにはこれしかない」(神谷氏)と、当初から取り組んだのは選手同士のアイコンタクトや機動力を駆使したノーサイン野球。ゼロからのスタートとなった1期生15人は実戦練習を繰り返して意思疎通の度合いを少しずつ深めていき、相手の隙を突いて一気に畳み掛けるような攻撃力を身に付けた。
結果、2024年の県春季大会で甲子園優勝経験のある沖縄尚学と興南を倒し、県大会で初の頂点に。1期生にとって最後の舞台となった夏の沖縄大会は、決勝で延長10回にもつれこむ接戦の末、興南に3-4で敗れたが、沖縄が3強時代に突入したことを印象付けた。新チームとなって迎えた秋、初出場の秋季九州大会で準優勝を果たし、春夏を通じて初の甲子園出場を決めた。飛ぶ鳥を落とす勢いで聖地へと駆け上がったが、当初から順風満帆だった訳ではない。
エナジックは創部から1年前の2021年4月、「世界に翔く、トップアスリートの育成」を掲げ、開校した。活用したのは、学校の統廃合により10年ほど放置されていた名護市瀬嵩の旧久志小学校跡地。グラウンドは荒れ果て、もちろん練習道具もない。神谷氏は「ボロボロで何もない場所だった」と振り返る。本島北部の東海岸沿いに位置する学校は、県内で最も人口が多い那覇市から車で2時間近くかかる。野球どころの沖縄では県外の強豪校からスカウトを受け、進学と同時に海を渡る有望な中学生も多く、リクルートが容易ではないことは明らかだった。
にも関わらず、神谷氏はまだ部自体が立ち上がっていなかった2021年8月の監督就任会見で「3年以内に甲子園に出場したい」と明言している。見事、期間内でのラストチャンスだった今回のセンバツで目標を成就させ、全国の高校野球ファンを驚かせた。
出場決定直後の囲み取材で聞いてみた。「達成できる確信があったんですか?」。少し苦笑いを浮かべて「確信はないですよね…」と答えた。ただ、根拠が全くなかったかというと、そうでもない。実は、神谷氏には過去に成功体験があったのだ。
「ホラを吹かないと…」美里工で得た成功体験
その舞台は2011年に赴任した美里工だ。本島中部の沖縄市に立地する。当時、同校は県大会で1、2回戦負けが当たり前のような弱小チームで、過去10年を振り返ってみても春夏秋の三つの県大会でベスト8入りは一度もなかった。2008年に浦添商を夏の甲子園ベスト4に導き、さらなる高みを目指していた神谷氏にとっては、また一からのスタートを意味していた。
1979年に高校野球の指導者となり、それが6校目の勤務先だった。公立の教員である限り、転勤は付きもの。「やるしかない」。覚悟を決め、再び聖地に立つための挑戦に足を踏み出した。
「低迷が続き、練習施設もあまり整っていない状態だったので、まずは学校関係者やOB会、地域の皆さんを巻き込まないといけない。だから、強い意志を示す必要がありました。『3年以内に甲子園に行くので、協力してください』と言ってまわったんです」
中でも敏感に反応してくれたのは、OB会だった。沖縄が本土復帰する前の1967年に琉球政府中部産業技術学校として設置された同校は、それまで甲子園の土を踏んだことはなかった。夏の全国選手権沖縄大会で唯一決勝に進んだ1994年も、その後の甲子園2回戦で強豪の横浜に4ー2で勝利して番狂せを起こすことになる那覇商に1-7で敗れた。
夢の舞台に届かない悔しさを長年積み重ねてきたからこそ、悲願達成に挑む現役生を応援したいという想いは強かった。
「OB会が相当資金集めに奔走してくれて、校庭に大きなネットを張ってくれたり、バットやボールを寄付してくれたりしました。とても心強かったです」。電気関係に強いOBがグラウンドに照明を設置し、用具をしまうコンテナも持ち込んだ。
甲子園ベスト4の経歴を持つ監督が就任し、練習環境も整っていけば、選手も集まってくるのは自然な流れだろう。弱小校が一転、部員100人を超える大所帯のチームに。活気が出てくるに連れ、荒唐無稽にも思えた「3年以内に甲子園出場」という目標が、選手たちの中でも現実味を帯び始め、練習に取り組む姿勢がさらに上向いていくという好循環が生まれた。
そして、神谷氏が赴任してから3年目の2013年夏の沖縄大会で1994年以来となる準優勝を達成。またもあと一歩のところで甲子園出場は阻まれたが、その年の県秋季大会で頂点に立ち、迎えた九州大会で準優勝を飾って初の甲子園出場を決めた。「確信」をもって、神谷氏が言う。
「強い気持ちを持って、自分を鼓舞するためにも、時にはホラを吹くことも必要です。もちろん、その結果として達成できないことはありますが、それに向けて本気で頑張る姿は見てくれる人がいます。目標は口にすることで、多くの人がついて来てくれるようになる。夢は言葉にすることが非常に大事なんです」
選手たちに伝染 エナジックでも好循環生まれる
美里工を最後に、40年以上に渡る公立校勤務を終えた神谷氏。「転勤がなく、自分の色を出しやすいから」という理由で、2022年4月に創部したエナジックの監督に就いた。
ここでも「3年以内に甲子園に出場する」という高い目標を掲げたが、美里工の時との明確な違いは、頭に「創部から」という一言が加わることだ。一から、どころか、ゼロからのスタートである。OBもいない。「地域の人たちも当初は『学校ができるのか』くらいの受け止めで、初めの頃は『少し騒がしくなったね』という声もありました」と振り返る。
それでも、動かないと人は着いて来ない。まずは選手を集めるため、スカウトで全県をまわった。「新しい学校でノーサイン野球をやる」「一緒にチャレンジしよう」。志に共感してくれる選手がチラホラと出始め、自然に囲まれた田舎の新設校に1期生16人が入学し、15人が野球部に入部した。その中には、2024年のプロ野球ドラフト会議で西武から6位指名を受けた、本島中部の読谷村出身の龍山暖捕手もいた。
学校を運営する大城学園は、医療・健康機器の開発メーカー「エナジックグループ」の創業者で、瀬嵩地区が生まれ故郷である大城博成氏が理事長を務める。これまでも沖縄で社会人野球チームやゴルフアカデミーなどを運営し、沖縄のスポーツ発展に尽力してきた実績がある。神谷氏の志に応え、開設したエナジックでも室内練習場や栄養管理の行き届いた学生寮を作るなどして環境を整えていった。
ノーサイン野球を形にするのには2年近くを要したが、1期生が中心となり、沖縄球界で急速に台頭し始めると、周囲の反応も変わっていった。「少しずつ地域の方たちも応援してくれるようになり、今では『甲子園まで応援に行くぞ』と声を掛けてくれます」。過疎化が進む場所なだけに、夢に向かって一生懸命に汗を流す学生の姿は、地域に元気を与えているのだろう。
改めて「創部から」という、より難易度が高いエナジックでも「3年以内に甲子園出場」を掲げた理由を聞いた。
「美里工の時もそうでしたが、監督自らが強い気持ちで先頭に立ってやらないと、まわりは応援してくれません。そうじゃないと、甲子園には絶対に届かない。自分に言い聞かせ、発破をかける意味でも言葉にし続けました」
その気概は選手にも伝染した。砂川誠吾主将に「創部から3年以内の甲子園出場という目標は、いつ頃から実現できると感じたか」と問うと、こう答えた。
「入学した頃はノーサイン野球のやり方が全く分かりませんでした。でも、だんだん自分たちの形ができてきて、準優勝した夏の2回戦で沖縄尚学にコールド勝ちしたあたりから、目標達成に向けた強みになると感じました」
美里工の時と同様に、環境と実力が伴い、そこに以前から掲げていた高い目標が合致した時、選手たちはより明確に達成までの道筋を描くことができるようになる。だから、本番で臆することなく力を発揮することができる。エナジックでも好循環が生まれ、全く同じ3年目というタイミングでセンバツ出場を決めた。
神谷氏にとっては、まだ学校ができたばかりで、部も立ち上がっていない状態から共に歴史の一歩目を踏み出してくれた1期生15人に対しては、より特別な想いがある。
「何もない状態の時に1期生が来てくれて、いろんな面で頑張ってくれました。大会で好成績を残しただけでなく、勉強面でも資格をいっぱい取って、生活態度も良く、後輩たちの模範になってくれました。その後ろ姿を見て、今の最上級生である2期生が大きく成長してここまで来ることができました」
冒頭で記した「涙」には、そんな想いが込められていた。
エナジックにとって初の甲子園となるセンバツまで、あと2か月弱。神谷氏は「まずは初戦突破。一戦一戦を全力で」と言うが、選手たちの口からは「目標は全国制覇」という言葉が多く聞かれる。夢は、言葉にするからこそ実現する。指揮官と共に、その格言を体現して見せた選手たちは、自分たちの可能性に制限をかけることはない。
⚾岩手さんへ
球場改修は21世紀に入って非常に目立ちますね!!
甲子園を筆頭に紀三井寺・皇子山・ウインク(姫路)・明石トーカロ・わかさS京都・佐藤薬品S(橿原)・ダイムS伊勢・津・福井県営そして豊中ローズその他もろもろ・・・。
マスカットは昨夜初めて知ったので驚きましたが、、、、、見た目全然悪くないですが芝と土の切れ目に段差があったとは・・・・・。
浜山は僕が初来場する2020年秋までに大規模工事を行いネット裏に屋根を付け、それまで石段の座席で古風な作りの球場を斬新に変えて、アルプスと外野は昭和の原風景を残しましたが、もう1回工事とは・・・短期間で2度目ですね。
地味に どら焼きドラマチックパーク米子球場も工事を終えただろうし、四日市市営霞ヶ浦&鳴門オロナミンC球場も長期工事中で完成が待ち遠しいですね。
ちなみにHMF神戸も現在2か月ほど工事しているらしいです・・・https://www.kobe-np.co.jp/news/society/202401/0017222622.shtml
各所で劣化が目立ち、観戦環境、利用環境ともに改善が必要に。市は24年度から数年程度をかけて、約6億円規模で改修を予定し、ふるさと納税のほか、国の交付金や市債を活用する考えだ。
担当の市建設局公園部整備課によると、プロ野球で中継ぎ投手らが準備をするブルペンは、扉が「がたついている」といい、改修が急務。さらに、監督や選手らが試合中に座るベンチのいすが固いのも課題で「クッション性のあるものにしたい」という。
観客席は、ファウルボールが当たってひびが入ったり、塗装がはげたりしており、新しいものに順次更新していきたい考えだ。
しかし、岩手県では財政のこともありますが、盛岡に新球場作ったし、青森のように弘前や青森に立派な球場を作る野球熱がないのか???
センバツに関しては大阪枠はゴリ押ししてくるものと思われましたが・・・・・東海は一貫して地域性重視で4県中3県出すように努力してますが、近畿はこれまで8強止まりで大阪・兵庫以外の県がアベック出場なんて考えられなかったですが。。。
大阪学院が甲子園に出ても29年前のように8強入りするとは思えないし、過去に何度か兵庫ゼロもあったし、センバツにでても開幕試合で敗退したら2回戦以降は開幕試合敗退校の話題は出てこないだろうし、もともとセンバツは客が入りにくいので大勢に影響はないだろうし、例年以上に空席の目立つ外野&アルプスになると思われます。
P・S フジテレビがどれだけ悪さしたのか分かりませんが、、、松本といい中居といい・・・どうしようもないなあと。知名度が高いので相当モテるとは思いますが、トラブルはいただけないですね。
それはともかく、岡山県営球場のスケジュール見ていたら、春季中国大学野球の2部で4/19・20・26・27(予備日21・28)使用するようです。
https://www.okayama-momo.jp/monthlyevent-in-three-months/
昨春雨の中、初めて岡山県営球場に足を運びましたが山陰対決がなく全試合コールドゲームで8時30分過ぎに始まり15時前に終わり屋根のない球場で何度も通り雨が来て散々な目に遭いましたが、山陰対決や1位ー2位など拮抗した組み合わせで高校野球で目ぼしいカードがなければまた足を運べたらと。
https://news.yahoo.co.jp/articles/364f15b13baa0976f7ebab7e8075c7739d370b2a
元ヤクルトの宮本慎也氏(54)が公式YouTube「解体慎書」を更新。7イニング制やDH制の導入を検討している高校野球について語った。
日本高野連は昨年12月に「7イニング制等高校野球の諸課題検討会議」を設置すると発表。リプレー検証導入やDH制など、さまざまなルール変更の検討を行っている。
宮本氏は「7回制はやっぱり反対です。クラブ活動っていうなら、たくさんの人が試合に出た方がいいわけじゃないですか。7イニングになったら、明らかに試合に出る人数が減ります」と語った。
昨夏まで長男恭佑投手がプレーした東海大菅生(東京)で臨時コーチを務めてきた。「先輩の桑田さんもコメントで出してましたけど、暑さ対策だけの話であれば、高校野球はゲーム自体は速いので。神宮が朝やって夜やっているわけです」と説明。ヤクルトの本拠地の神宮球場は春秋の週末など東京6大学リーグを2試合やってから、ナイターでヤクルト戦を開催している。甲子園も「土の球場と人工芝の違いはあるけど、おそらくできるんです。当然ちょっとグラウンドも荒れちゃいますけど。(大会の)期間を長くする」と代替案を語った。
高校野球は日本を代表するコンテンツになっている。「学生だからお金をもうけたらダメとかではなくて、甲子園の期間を延ばすにはお金が必要だったら、お金が集まる仕組みをつくって、野球振興に使っていけばいいと思うんです。暑さで大変だったらメンバー入り20人を25人にすればいい。そこはいろいろお金がかかるので、お金が集まる仕組みをみんなで考えてやらないといけないと思ってます」と語った。
「プロ野球も大学野球も全部7回制になるならいいですよ。野球のゲームは7回なら、それはそれでいいですけど。何のメリットがあるか分からない」とした一方で、「DH制は、僕は賛成です」と話した。「大谷みたいな選手が出てこないっていいますけど、あれぐらい打ったらDH使わなければいいんです。ピッチャーで打たないとか、打つ方にはあまり興味がないとか、ケガさせたくないとか色々あるんだったら、1人余分に試合出られるわけですから。DH制はいいんじゃないかと思います」とメリットを感じていた。
📝弱小校と新設校で…超難題「3年で甲子園出場」2度達成 センバツ話題校・エナジック監督の信条は「時にはホラ吹きも…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/b209e6ff40cf4ed61626ecbdb9e164112a0117fd?page=1
エナジックスポーツの神谷嘉宗監督の歩みと手腕に迫る
3年で甲子園に出場する――。弱小校や新設校において、新監督が着任早々にそんな目標を掲げたとして、どれだけの選手が真に受けるだろうか。絵空事のように感じる人も少なくないだろう。しかし、この「超」が付くほどの難題を2度に渡ってクリアしてしまった指揮官がいる。1月24日に開かれた第97回選抜高校野球の選考委員会で、九州地区から選出された私立エナジックスポーツ(沖縄)の神谷嘉宗監督だ。
24日夕、エナジックの室内練習場。センバツ出場の吉報を受け、選手たちと向かい合った神谷氏の頬を涙がつたった。挨拶の声が詰まる。「創部3年でここまで来られたのも、1期生が素地を築いてくれたからです。感謝の気持ちを忘れず、頑張って行きましょう」。2期生となる2年生を中心とした選手たちの表情が、弾ける笑顔から一転、ぐっと引き締まった。
エナジックは2022年4月に創部した。「個々の能力が高い強豪に勝つにはこれしかない」(神谷氏)と、当初から取り組んだのは選手同士のアイコンタクトや機動力を駆使したノーサイン野球。ゼロからのスタートとなった1期生15人は実戦練習を繰り返して意思疎通の度合いを少しずつ深めていき、相手の隙を突いて一気に畳み掛けるような攻撃力を身に付けた。
結果、2024年の県春季大会で甲子園優勝経験のある沖縄尚学と興南を倒し、県大会で初の頂点に。1期生にとって最後の舞台となった夏の沖縄大会は、決勝で延長10回にもつれこむ接戦の末、興南に3-4で敗れたが、沖縄が3強時代に突入したことを印象付けた。新チームとなって迎えた秋、初出場の秋季九州大会で準優勝を果たし、春夏を通じて初の甲子園出場を決めた。飛ぶ鳥を落とす勢いで聖地へと駆け上がったが、当初から順風満帆だった訳ではない。
エナジックは創部から1年前の2021年4月、「世界に翔く、トップアスリートの育成」を掲げ、開校した。活用したのは、学校の統廃合により10年ほど放置されていた名護市瀬嵩の旧久志小学校跡地。グラウンドは荒れ果て、もちろん練習道具もない。神谷氏は「ボロボロで何もない場所だった」と振り返る。本島北部の東海岸沿いに位置する学校は、県内で最も人口が多い那覇市から車で2時間近くかかる。野球どころの沖縄では県外の強豪校からスカウトを受け、進学と同時に海を渡る有望な中学生も多く、リクルートが容易ではないことは明らかだった。
にも関わらず、神谷氏はまだ部自体が立ち上がっていなかった2021年8月の監督就任会見で「3年以内に甲子園に出場したい」と明言している。見事、期間内でのラストチャンスだった今回のセンバツで目標を成就させ、全国の高校野球ファンを驚かせた。
出場決定直後の囲み取材で聞いてみた。「達成できる確信があったんですか?」。少し苦笑いを浮かべて「確信はないですよね…」と答えた。ただ、根拠が全くなかったかというと、そうでもない。実は、神谷氏には過去に成功体験があったのだ。
「ホラを吹かないと…」美里工で得た成功体験
その舞台は2011年に赴任した美里工だ。本島中部の沖縄市に立地する。当時、同校は県大会で1、2回戦負けが当たり前のような弱小チームで、過去10年を振り返ってみても春夏秋の三つの県大会でベスト8入りは一度もなかった。2008年に浦添商を夏の甲子園ベスト4に導き、さらなる高みを目指していた神谷氏にとっては、また一からのスタートを意味していた。
1979年に高校野球の指導者となり、それが6校目の勤務先だった。公立の教員である限り、転勤は付きもの。「やるしかない」。覚悟を決め、再び聖地に立つための挑戦に足を踏み出した。
「低迷が続き、練習施設もあまり整っていない状態だったので、まずは学校関係者やOB会、地域の皆さんを巻き込まないといけない。だから、強い意志を示す必要がありました。『3年以内に甲子園に行くので、協力してください』と言ってまわったんです」
中でも敏感に反応してくれたのは、OB会だった。沖縄が本土復帰する前の1967年に琉球政府中部産業技術学校として設置された同校は、それまで甲子園の土を踏んだことはなかった。夏の全国選手権沖縄大会で唯一決勝に進んだ1994年も、その後の甲子園2回戦で強豪の横浜に4ー2で勝利して番狂せを起こすことになる那覇商に1-7で敗れた。
夢の舞台に届かない悔しさを長年積み重ねてきたからこそ、悲願達成に挑む現役生を応援したいという想いは強かった。
「OB会が相当資金集めに奔走してくれて、校庭に大きなネットを張ってくれたり、バットやボールを寄付してくれたりしました。とても心強かったです」。電気関係に強いOBがグラウンドに照明を設置し、用具をしまうコンテナも持ち込んだ。
甲子園ベスト4の経歴を持つ監督が就任し、練習環境も整っていけば、選手も集まってくるのは自然な流れだろう。弱小校が一転、部員100人を超える大所帯のチームに。活気が出てくるに連れ、荒唐無稽にも思えた「3年以内に甲子園出場」という目標が、選手たちの中でも現実味を帯び始め、練習に取り組む姿勢がさらに上向いていくという好循環が生まれた。
そして、神谷氏が赴任してから3年目の2013年夏の沖縄大会で1994年以来となる準優勝を達成。またもあと一歩のところで甲子園出場は阻まれたが、その年の県秋季大会で頂点に立ち、迎えた九州大会で準優勝を飾って初の甲子園出場を決めた。「確信」をもって、神谷氏が言う。
「強い気持ちを持って、自分を鼓舞するためにも、時にはホラを吹くことも必要です。もちろん、その結果として達成できないことはありますが、それに向けて本気で頑張る姿は見てくれる人がいます。目標は口にすることで、多くの人がついて来てくれるようになる。夢は言葉にすることが非常に大事なんです」
選手たちに伝染 エナジックでも好循環生まれる
美里工を最後に、40年以上に渡る公立校勤務を終えた神谷氏。「転勤がなく、自分の色を出しやすいから」という理由で、2022年4月に創部したエナジックの監督に就いた。
ここでも「3年以内に甲子園に出場する」という高い目標を掲げたが、美里工の時との明確な違いは、頭に「創部から」という一言が加わることだ。一から、どころか、ゼロからのスタートである。OBもいない。「地域の人たちも当初は『学校ができるのか』くらいの受け止めで、初めの頃は『少し騒がしくなったね』という声もありました」と振り返る。
それでも、動かないと人は着いて来ない。まずは選手を集めるため、スカウトで全県をまわった。「新しい学校でノーサイン野球をやる」「一緒にチャレンジしよう」。志に共感してくれる選手がチラホラと出始め、自然に囲まれた田舎の新設校に1期生16人が入学し、15人が野球部に入部した。その中には、2024年のプロ野球ドラフト会議で西武から6位指名を受けた、本島中部の読谷村出身の龍山暖捕手もいた。
学校を運営する大城学園は、医療・健康機器の開発メーカー「エナジックグループ」の創業者で、瀬嵩地区が生まれ故郷である大城博成氏が理事長を務める。これまでも沖縄で社会人野球チームやゴルフアカデミーなどを運営し、沖縄のスポーツ発展に尽力してきた実績がある。神谷氏の志に応え、開設したエナジックでも室内練習場や栄養管理の行き届いた学生寮を作るなどして環境を整えていった。
ノーサイン野球を形にするのには2年近くを要したが、1期生が中心となり、沖縄球界で急速に台頭し始めると、周囲の反応も変わっていった。「少しずつ地域の方たちも応援してくれるようになり、今では『甲子園まで応援に行くぞ』と声を掛けてくれます」。過疎化が進む場所なだけに、夢に向かって一生懸命に汗を流す学生の姿は、地域に元気を与えているのだろう。
改めて「創部から」という、より難易度が高いエナジックでも「3年以内に甲子園出場」を掲げた理由を聞いた。
「美里工の時もそうでしたが、監督自らが強い気持ちで先頭に立ってやらないと、まわりは応援してくれません。そうじゃないと、甲子園には絶対に届かない。自分に言い聞かせ、発破をかける意味でも言葉にし続けました」
その気概は選手にも伝染した。砂川誠吾主将に「創部から3年以内の甲子園出場という目標は、いつ頃から実現できると感じたか」と問うと、こう答えた。
「入学した頃はノーサイン野球のやり方が全く分かりませんでした。でも、だんだん自分たちの形ができてきて、準優勝した夏の2回戦で沖縄尚学にコールド勝ちしたあたりから、目標達成に向けた強みになると感じました」
美里工の時と同様に、環境と実力が伴い、そこに以前から掲げていた高い目標が合致した時、選手たちはより明確に達成までの道筋を描くことができるようになる。だから、本番で臆することなく力を発揮することができる。エナジックでも好循環が生まれ、全く同じ3年目というタイミングでセンバツ出場を決めた。
神谷氏にとっては、まだ学校ができたばかりで、部も立ち上がっていない状態から共に歴史の一歩目を踏み出してくれた1期生15人に対しては、より特別な想いがある。
「何もない状態の時に1期生が来てくれて、いろんな面で頑張ってくれました。大会で好成績を残しただけでなく、勉強面でも資格をいっぱい取って、生活態度も良く、後輩たちの模範になってくれました。その後ろ姿を見て、今の最上級生である2期生が大きく成長してここまで来ることができました」
冒頭で記した「涙」には、そんな想いが込められていた。
エナジックにとって初の甲子園となるセンバツまで、あと2か月弱。神谷氏は「まずは初戦突破。一戦一戦を全力で」と言うが、選手たちの口からは「目標は全国制覇」という言葉が多く聞かれる。夢は、言葉にするからこそ実現する。指揮官と共に、その格言を体現して見せた選手たちは、自分たちの可能性に制限をかけることはない。
⚾岩手さんへ
球場改修は21世紀に入って非常に目立ちますね!!
甲子園を筆頭に紀三井寺・皇子山・ウインク(姫路)・明石トーカロ・わかさS京都・佐藤薬品S(橿原)・ダイムS伊勢・津・福井県営そして豊中ローズその他もろもろ・・・。
マスカットは昨夜初めて知ったので驚きましたが、、、、、見た目全然悪くないですが芝と土の切れ目に段差があったとは・・・・・。
浜山は僕が初来場する2020年秋までに大規模工事を行いネット裏に屋根を付け、それまで石段の座席で古風な作りの球場を斬新に変えて、アルプスと外野は昭和の原風景を残しましたが、もう1回工事とは・・・短期間で2度目ですね。
地味に どら焼きドラマチックパーク米子球場も工事を終えただろうし、四日市市営霞ヶ浦&鳴門オロナミンC球場も長期工事中で完成が待ち遠しいですね。
ちなみにHMF神戸も現在2か月ほど工事しているらしいです・・・https://www.kobe-np.co.jp/news/society/202401/0017222622.shtml
各所で劣化が目立ち、観戦環境、利用環境ともに改善が必要に。市は24年度から数年程度をかけて、約6億円規模で改修を予定し、ふるさと納税のほか、国の交付金や市債を活用する考えだ。
担当の市建設局公園部整備課によると、プロ野球で中継ぎ投手らが準備をするブルペンは、扉が「がたついている」といい、改修が急務。さらに、監督や選手らが試合中に座るベンチのいすが固いのも課題で「クッション性のあるものにしたい」という。
観客席は、ファウルボールが当たってひびが入ったり、塗装がはげたりしており、新しいものに順次更新していきたい考えだ。
しかし、岩手県では財政のこともありますが、盛岡に新球場作ったし、青森のように弘前や青森に立派な球場を作る野球熱がないのか???
センバツに関しては大阪枠はゴリ押ししてくるものと思われましたが・・・・・東海は一貫して地域性重視で4県中3県出すように努力してますが、近畿はこれまで8強止まりで大阪・兵庫以外の県がアベック出場なんて考えられなかったですが。。。
大阪学院が甲子園に出ても29年前のように8強入りするとは思えないし、過去に何度か兵庫ゼロもあったし、センバツにでても開幕試合で敗退したら2回戦以降は開幕試合敗退校の話題は出てこないだろうし、もともとセンバツは客が入りにくいので大勢に影響はないだろうし、例年以上に空席の目立つ外野&アルプスになると思われます。
P・S フジテレビがどれだけ悪さしたのか分かりませんが、、、松本といい中居といい・・・どうしようもないなあと。知名度が高いので相当モテるとは思いますが、トラブルはいただけないですね。
それはともかく、岡山県営球場のスケジュール見ていたら、春季中国大学野球の2部で4/19・20・26・27(予備日21・28)使用するようです。
https://www.okayama-momo.jp/monthlyevent-in-three-months/
昨春雨の中、初めて岡山県営球場に足を運びましたが山陰対決がなく全試合コールドゲームで8時30分過ぎに始まり15時前に終わり屋根のない球場で何度も通り雨が来て散々な目に遭いましたが、山陰対決や1位ー2位など拮抗した組み合わせで高校野球で目ぼしいカードがなければまた足を運べたらと。
球場の改修工事の事がありましたが、マスカットはプロ野球も年間数試合する場所だし、予算要求も耐久年数から通り易かったのかな?
島根の浜山公園野球場も改修工事中ですか!
国体が控えていることもあるんですね!羨ましいですね。
私の地元の市営球場は開場50年以上経過していて、高校野球の地区予選も震災の数年前位からやってないらしいし、震災後は応急仮設住宅があり、球場がその間は当然使用不可能でしたし、その後撤去後中学、小学生の大会はしていますが、高校、クラブチームなど硬式野球の大会するには、防球ネットやスタンドなどの改修しないと駄目なんですけど、ここ数年予算要求はしているけど、お金がないの一言ですね。
球場改修工事実現より7回制が先に実現するかもね。
次は選抜大会選出ですが、大阪学院はまだまだなのかな、桐蔭か履正社が1勝してベスト8でコールド負けしなかったら地域性で選んだのかな?
でもやはり聖隷クリストファーの事が効いているじゃないかと私だけでしょうかね!!
ラジオ放送から
昨今の話題から
富士は日本一の山(童謡)
フジは日本一の闇(動揺)
サムライジャパンの応援サポーターも空席なったな!
島根の浜山公園野球場も改修工事中ですか!
国体が控えていることもあるんですね!羨ましいですね。
私の地元の市営球場は開場50年以上経過していて、高校野球の地区予選も震災の数年前位からやってないらしいし、震災後は応急仮設住宅があり、球場がその間は当然使用不可能でしたし、その後撤去後中学、小学生の大会はしていますが、高校、クラブチームなど硬式野球の大会するには、防球ネットやスタンドなどの改修しないと駄目なんですけど、ここ数年予算要求はしているけど、お金がないの一言ですね。
球場改修工事実現より7回制が先に実現するかもね。
次は選抜大会選出ですが、大阪学院はまだまだなのかな、桐蔭か履正社が1勝してベスト8でコールド負けしなかったら地域性で選んだのかな?
でもやはり聖隷クリストファーの事が効いているじゃないかと私だけでしょうかね!!
ラジオ放送から
昨今の話題から
富士は日本一の山(童謡)
フジは日本一の闇(動揺)
サムライジャパンの応援サポーターも空席なったな!
📣マスカットスタジアム 岡山県が全面改修へ 天然芝張り替えや観客席一新
https://news.yahoo.co.jp/articles/23bb47b1ad395e05d117acd45cade3d574a4e1ad
甲子園出場を懸けた高校球児が躍動し、プロ野球公式戦も行われるマスカットスタジアム(岡山県倉敷市中庄)について、岡山県が2025年度、天然芝の張り替えを含めた全面的な改修に乗り出す方針を固めたことが24日、同県などへの取材で分かった。芝の劣化や施設の老朽化に伴う対応で、3万席を超える観客席も一新する。1995年のオープン以降初の大規模改修で、県野球界の聖地は開場30年の節目に生まれ変わる。
県などによると、天然芝は外野部分の約8800平方メートルに整備され、クッション性が高く、傷みからの回復に優れた品種を採用している。開場翌年からグラウンドキーパーを務める田中隆志さん(56)は「芝がはげるのは絶対に防ごうという気概で手入れをしている」と説明。実際、プロ球団がキャンプに訪れた際には「見た目が奇麗」「手入れが行き届いている」と高い評価を得ていたという。
それでも、手入れの一環で土を敷きならす「目土」が繰り返されたことで、近年は芝の高さが増し、ファウルゾーンの人工芝(約2700平方メートル)との段差が最大10センチ程度発生。天然芝を緩やかにならすなどして影響を最小限に抑えているものの、県は安全面や景観の観点から改修が必要と判断した。
計画では、野球シーズンを考慮して25年の秋以降に天然芝の張り替えに着手。例年は12月上旬までとしている球場の利用期間を8月末までに短縮して工期を確保し、プロ野球オープン戦などが見込まれる26年春までに完了させたいとする。
県は加えて、型式が古く交換が難しくなっている観客席(3万494席)の更新を進める考えで、より快適性の高い座席の採用などを含めて手法を検討。施設内の自家発電設備や球場の水はけに寄与してきた地下排水溝にも不具合が出てきており、併せて改修に取りかかる。
総事業費は約6億3900万円と見積もっており、県は25年度の当初予算で措置し、国の交付金で半額を賄う方針だ。県都市計画課は「美しく更新された施設をアピールしてプロ野球のゲーム誘致につなげ、県民に喜んでもらう機会を増やしたい。高校球児らにも気持ちよく、安全にプレーしてもらえれば」としている。
マスカットスタジアム 岡山県が所有する倉敷スポーツ公園の中核施設として1995年3月にオープン。公益財団法人倉敷スポーツ公園が管理運営する。両翼99・5メートル、中堅122メートル。グラウンド面積はプロ野球全12球団のどの本拠地よりも広く、収容人数は中四国ではマツダスタジアムに次ぐ規模を誇る。99年7月にはオリックス時代のイチローさんらが出場したオールスターゲームが開かれた。
📝「全国規模」へ生まれ変わる球場 本塁打量産した先輩からのエール
https://news.yahoo.co.jp/articles/5356ddb0c2eb1d789c2d7880d07bdc9adf9ba85c
島根の球児の戦いを見守り続けてきた球場が、より大きな舞台へと進化する。
県立浜山公園野球場。山陰地方では初となる「全国規模」の広さへ、この冬から改修中だ。
両翼91メートル、中堅120メートルだった球場は1974年に誕生した。ここでもっとも本塁打を放っているのは、江の川(現・石見智翠館)の中心打者だった谷繁元信(54)=元中日など=だろう。
88年夏の島根大会。初戦となった2回戦で大会第1号を放ち、3回戦では3打席連続本塁打。その後も準々決勝、準決勝、決勝と1発ずつ快音を響かせた。この球場で戦った全5試合でアーチを描き、計7本塁打でチームを2年連続の甲子園へと導いた。
「ポール際は少し近いかなと思ったけれど、当時は高校生だったし、狭いという感じはしなかった」と谷繁。当時を振り返りながら語った球場の一番の思い出は、「何よりもグラウンド整備がしっかりとされていた印象が強く残っているんですよ。選手にとって、すごくいい球場だなと思いながらプレーさせてもらった」と語る。
初戦からコールド勝ちを重ねた江の川だったが、準決勝の平田戦では冷や汗をかいた。四回にリードを許すなど緊迫した競り合い。七回表には、4―4に追いつかれた。その裏、打席に立ったのが主将の谷繁だった。
「ちょっとまずいな、という雰囲気を感じていた。とにかく自分のスイングをしよう」。そう振り抜いた一打は中堅へ伸び、決勝の2点本塁打になった。
ベースを駆け抜ける谷繁を平田の監督としてベンチから見つめていたのは、後に県高野連理事長も務める錦織正実(76)だった。「谷繁さんは、とにかく肩が強い鉄砲肩でね。一塁への牽制も鋭くて、走者は大きなリードが取れなかった。どう攻めようか……」。終盤での失点。思わず天を仰いだと振り返る。
現在も古希野球でプレーする錦織は学生時代から捕手だ。昨夏、松江市営野球場であった島根大会の開幕試合では、中学時代にバッテリーを組んでいた同級生投手の西治(おさむ)と始球式をするという縁に恵まれた。61年ぶりのことだったという。
■2024年は大社が旋風
こうして幕を開けた昨夏の島根大会を制したのは大社だった。大社は甲子園で63年ぶりに夏の勝利を挙げ、93年ぶりの8強入りを果たした。秋の県大会を制したのは出雲商で、62年ぶりの優勝だった。
「自分たちの始球式が、『何十年ぶり』という久々の出来事が起きるということに火をつけるきっかけになったんじゃないかって、笑い話になったんですよ」。錦織は目を細めた。
浜山公園野球場は24年秋にあった中国大会のあと、改修工事に入った。30年の「島根かみあり国スポ」の会場になったことが改修の決め手となった。26年には、公認野球規則にある広さを満たす両翼98メートル、中堅122メートルの球場として、新たなスタートを切る。
錦織は言う。「浜山公園野球場は、日本海からの風に影響されてフェンスをギリギリで越えるホームランもある。でも、球場が広くなるし、バットも低反発のものになった。県内での野球も変わっていくでしょう」
これから羽ばたいていく球児へ、谷繁は、こんなメッセージをくれた。
「目標を持つことが大事。こうしたい、こうなりたいんだという狙いを定める。そして、そこへ向かって行く。目標へ、頑張って進んでいって欲しい」
その強い思いが、快打にもつながるだろう。
島根県立浜山公園野球場
1974年完成。県立浜山公園内にあり、一畑電車大社線の浜山公園北口駅から徒歩10分。老朽化に伴い、2020年までにバックネット裏の観客席などの改修工事も行われた。
📝センバツ選考の明暗 「地域性」で落選となった岐阜第一 98年ぶり選出ゼロの大阪 選抜ガイドラインとは
https://news.yahoo.co.jp/articles/ba278848115fe4cad8463f1a204a2e82110ca719
第97回選抜高校野球の選考委員会が24日に開かれ、21世紀枠2校、一般枠30校が決定した。
注目だったのは東海地区の3枠目。東海大会を制した大垣日大(岐阜)と準優勝の常葉大菊川(静岡)は順当に選出されたが、最後の1枠はベスト4の至学館(愛知)と岐阜第一の比較となり、至学館が3校目に選出された。選考委員の説明によると、試合内容、戦力、試合時のマナーなどが全てにおいて拮抗していたといい、最終的に「複数の学校の評価が並んだ場合、できるだけ多くの都道府県から出場できるよう地域性も考慮するという評価ポイントに沿う」とした選抜ガイドラインに従い、大垣日大が選出されていた同一県の岐阜第一ではなく、愛知の至学館が選出された。
ただ、選出決定直後には、この「地域性」という理由に疑問符が投げかけられた。「プレーヤーに地域性で落ちたと面と向かって言える?」「全く同じ評価だったと言わなきゃいいのに。なにか理由を付けてくれた方が落ちた方は納得できるんじゃないか」「選抜選考には曖昧さが今も残るから、いっそのこと夏と同じような選び方にすれば不平不満も出ないんじゃないかな」といった声もあった。
一方、関西地区からは近畿大会を制した東洋大姫路(兵庫)をはじめ、準優勝の智弁和歌山、ベスト4の市和歌山、天理(奈良)が選出され、5、6校目を近畿大会8強で大院大高(大阪)、滋賀学園、滋賀短大付、立命館宇治(京都)が争い、滋賀学園と滋賀短大付が選ばれた。「地域性」という観点に立てば、滋賀2校ではなく、大阪、京都のどちらかから1校を選出するのが妥当に思われるが、宝選考委員長は「京都、大阪から選考がないのは、人口が多い地域で残念だが致し方ない。98年ぶりに大阪から出場校がなく、大阪の人はショックを受けているかも。でもそれが選考、それがセンバツということ」と説明した。つまりは東海地区と異なり、複数の学校の評価が並ばなかったため、地域性を考慮することはなかったということなのだろう。
夏の甲子園大会と同様のシステムを採用すれば、各都道府県から最低1校は甲子園の土を踏める。ただ選抜においては、横浜と横浜清陵が選ばれた神奈川、二松学舎大付(東東京)と早実(西東京)が選出された東京、智弁和歌山と市和歌山、滋賀学園と滋賀短大付の滋賀、沖縄尚学とエナジックスポーツの沖縄と、記念大会などを除いては夏では実現できない各府県から2校が選ばれるという事象が発生する可能性があることも魅力のひとつではある。
ネットでも「これが選抜の醍醐味」「同じとこから2つ出られることの意味が選抜にはある」「春と夏を一緒にする必要はない」といった反応が見受けられた。
選ばれたチームは喜び、惜しくも出場を逃したチームは涙する。惜しくも朗報が届かなかったチームに、この悔しさをバネに-とたやすく声はかけられない。明確であるようで、明確でない線引き。これまでにも数々の選考ドラマがあったが、そのたびに高校生が受け止めるには重すぎる判断なのかもしれないと思ってしまう。
👣21世紀枠候補の釧路江南は“三度目の正直”ならず
https://news.yahoo.co.jp/articles/159c730f0567ee9e35e48ab9363208183fd68685
21世紀枠候補だった北海道・釧路江南のセンバツ初出場はならなかった。21世紀枠の地区候補は06、07年に続き3度目。過去4校(栃木・石橋、愛知・成章、徳島・富岡西、島根・平田)が3度候補校に選出され、いずれも3度目でセンバツ出場を果たしていたが、釧路江南は“三度目の正直”が実現しなかった。
同校で会見した楓川卓也監督(50)は「残念だが、この1か月、高い意識を持ち、甲子園を身近に感じて練習できた。必ず春、夏につながってくれると信じている」と前向きに話した。
楓川監督は昨年11月に明治神宮大会を視察。出場選手たちの「体の厚み」「打球の速さ」などに違いを感じ、この冬の課題として取り組んできた。この日を境に気持ちはリセット。「いいコンディションで春の大会を迎えたい」と力を入れ直した。
昨秋の道大会は準々決勝で北海に0―1と惜敗したが、選手18人で8強まで勝ち進む大健闘。宍戸瑛太主将(2年)は「自分たちは打てなくて負けた。まだ未熟なところがある」と寒さ厳しい雪上トレで弱点克服に励んできた。初のセンバツは逃しても「頑張れば手が届く」と実感できたのは収穫。「夏に甲子園に行くという気持ちが強くなった」と目を輝かせた。
👣【センバツ】じぇじぇじぇ!と歓喜ならず… あまちゃんロケ地・久慈は21世紀枠から落選
https://news.yahoo.co.jp/articles/fed850ba076b86110ab6a3a86bfa1ebdd32861a8
第97回センバツ高校野球大会の選考委員会が24日、大阪市内で行われ、出場32校が決まった。21世紀枠の東北地区候補だった久慈(岩手)は、全国9地区の中から選ばれる2校に入ることはできなかった。学校所在地の久慈市は13年のNHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」のロケ地として有名。春初出場で応援してくれる方々に「じぇじぇじぇ!」と言わせたかったが、吉報は届かなかった。
「悔しい思いもあるけど、下を向かずにやっていきたい」と宇部智也主将(2年)。昨秋県大会準決勝で戦い0―3で敗れた花巻東が、一般枠でセンバツ出場を決めた。宇部智主将は「僅差と言われるけど、遠い3点だなとミーティングで話していた」と力の差を痛感したと話し、「甲子園に出て成長すると思うけど、自分たちもここで練習して負けないくらい成長していきたい」と力強く宣言。惜しくも選ばれなかったがセンバツを念頭に置いて練習できたことに、「全員の熱量がいつも以上にあった。選考されたことをプラスにやってこれた」と振り返った。
チームは出場校発表が終わった後、すぐにユニホームに着替えて練習を実施。「夏にチャンスが残っている。チーム全体で戦っていきたい」と、宇部智主将の視線もすでに前を向いていた。夏こそみんなに「じぇじぇじぇ!」と言わせるため、久慈の選手たちが早くも再スタートを切った。
👣センバツ高校野球 名古屋たちばな「またあすから」 21世紀枠逃す
https://news.yahoo.co.jp/articles/555f803ee71dcfa026801c7e2943397033ee82d1
21世紀枠の候補9校に残っていた名古屋たちばなの部員、保護者らは同校体育館に設置されたスクリーンに映し出される選考委員会の中継を見守った。
午後3時半すぎ、21世紀枠で壱岐(長崎)、横浜清陵(神奈川)の2校が発表され、部員たちは硬い表情のままでスクリーンを見つめた。
鈴木将吾監督(48)は生徒たちに「すごく今日までドキドキしたと思う。たちばなの名前は呼ばれなかったけど、またあしたから頑張ろう」と声をかけた。浅井太介主将(2年)は「(校名が呼ばれず)自分たちに足りないものを探す気持ちになった。春の大会で勝ち上がり、夏のシード権を取りたい」と話した。
👣センバツ2025 山城、21世紀枠選ばれず 「冬の頑張り夏につながる」
https://news.yahoo.co.jp/articles/692c2162ab1d958afa0feff8b08d799d5dbbfb02
第97回選抜高校野球大会の選考委員会が24日開かれ、「21世紀枠」の近畿地区候補校となっていた山城は、惜しくも出場校に選ばれず、補欠校に回った。
選手たちは大阪市内であった出場校の発表をインターネット中継で見守った。発表された瞬間は動じることなく、静かに真っすぐ前を見据えていた。藤浦和之校長は「次を目指して、また精進して力量のアップに努めてください。これからの活躍に期待しています」と選手たちに声をかけた。
選手と発表を見届けた岸本馨一郎監督は「センバツを目指して良い冬を過ごせた。ここまで頑張ったことは間違いなく夏につながる。悔しい思いを胸にしまい、また明日から京都国際を倒すという目標をしっかり持って頑張ってやっていきましょう」と思いを伝え、前を向いた。
発表後、岸本監督は取材に「近畿の候補校に選出された日から選手たちの意識ががらりと変わり、緊張感をもって高いレベルで練習してくれた。冬をわくわくしながら過ごせたのは初めて。いろんな方々へ感謝の気持ちでいっぱい」と答えた。補欠校に選ばれており「これからも緊張感をもって練習に取り組める。何があるか分からないので、しっかり準備したいと思う」と気を引き締めた。
また一般選考では、立命館宇治が近畿地区の補欠校に選ばれた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/23bb47b1ad395e05d117acd45cade3d574a4e1ad
甲子園出場を懸けた高校球児が躍動し、プロ野球公式戦も行われるマスカットスタジアム(岡山県倉敷市中庄)について、岡山県が2025年度、天然芝の張り替えを含めた全面的な改修に乗り出す方針を固めたことが24日、同県などへの取材で分かった。芝の劣化や施設の老朽化に伴う対応で、3万席を超える観客席も一新する。1995年のオープン以降初の大規模改修で、県野球界の聖地は開場30年の節目に生まれ変わる。
県などによると、天然芝は外野部分の約8800平方メートルに整備され、クッション性が高く、傷みからの回復に優れた品種を採用している。開場翌年からグラウンドキーパーを務める田中隆志さん(56)は「芝がはげるのは絶対に防ごうという気概で手入れをしている」と説明。実際、プロ球団がキャンプに訪れた際には「見た目が奇麗」「手入れが行き届いている」と高い評価を得ていたという。
それでも、手入れの一環で土を敷きならす「目土」が繰り返されたことで、近年は芝の高さが増し、ファウルゾーンの人工芝(約2700平方メートル)との段差が最大10センチ程度発生。天然芝を緩やかにならすなどして影響を最小限に抑えているものの、県は安全面や景観の観点から改修が必要と判断した。
計画では、野球シーズンを考慮して25年の秋以降に天然芝の張り替えに着手。例年は12月上旬までとしている球場の利用期間を8月末までに短縮して工期を確保し、プロ野球オープン戦などが見込まれる26年春までに完了させたいとする。
県は加えて、型式が古く交換が難しくなっている観客席(3万494席)の更新を進める考えで、より快適性の高い座席の採用などを含めて手法を検討。施設内の自家発電設備や球場の水はけに寄与してきた地下排水溝にも不具合が出てきており、併せて改修に取りかかる。
総事業費は約6億3900万円と見積もっており、県は25年度の当初予算で措置し、国の交付金で半額を賄う方針だ。県都市計画課は「美しく更新された施設をアピールしてプロ野球のゲーム誘致につなげ、県民に喜んでもらう機会を増やしたい。高校球児らにも気持ちよく、安全にプレーしてもらえれば」としている。
マスカットスタジアム 岡山県が所有する倉敷スポーツ公園の中核施設として1995年3月にオープン。公益財団法人倉敷スポーツ公園が管理運営する。両翼99・5メートル、中堅122メートル。グラウンド面積はプロ野球全12球団のどの本拠地よりも広く、収容人数は中四国ではマツダスタジアムに次ぐ規模を誇る。99年7月にはオリックス時代のイチローさんらが出場したオールスターゲームが開かれた。
📝「全国規模」へ生まれ変わる球場 本塁打量産した先輩からのエール
https://news.yahoo.co.jp/articles/5356ddb0c2eb1d789c2d7880d07bdc9adf9ba85c
島根の球児の戦いを見守り続けてきた球場が、より大きな舞台へと進化する。
県立浜山公園野球場。山陰地方では初となる「全国規模」の広さへ、この冬から改修中だ。
両翼91メートル、中堅120メートルだった球場は1974年に誕生した。ここでもっとも本塁打を放っているのは、江の川(現・石見智翠館)の中心打者だった谷繁元信(54)=元中日など=だろう。
88年夏の島根大会。初戦となった2回戦で大会第1号を放ち、3回戦では3打席連続本塁打。その後も準々決勝、準決勝、決勝と1発ずつ快音を響かせた。この球場で戦った全5試合でアーチを描き、計7本塁打でチームを2年連続の甲子園へと導いた。
「ポール際は少し近いかなと思ったけれど、当時は高校生だったし、狭いという感じはしなかった」と谷繁。当時を振り返りながら語った球場の一番の思い出は、「何よりもグラウンド整備がしっかりとされていた印象が強く残っているんですよ。選手にとって、すごくいい球場だなと思いながらプレーさせてもらった」と語る。
初戦からコールド勝ちを重ねた江の川だったが、準決勝の平田戦では冷や汗をかいた。四回にリードを許すなど緊迫した競り合い。七回表には、4―4に追いつかれた。その裏、打席に立ったのが主将の谷繁だった。
「ちょっとまずいな、という雰囲気を感じていた。とにかく自分のスイングをしよう」。そう振り抜いた一打は中堅へ伸び、決勝の2点本塁打になった。
ベースを駆け抜ける谷繁を平田の監督としてベンチから見つめていたのは、後に県高野連理事長も務める錦織正実(76)だった。「谷繁さんは、とにかく肩が強い鉄砲肩でね。一塁への牽制も鋭くて、走者は大きなリードが取れなかった。どう攻めようか……」。終盤での失点。思わず天を仰いだと振り返る。
現在も古希野球でプレーする錦織は学生時代から捕手だ。昨夏、松江市営野球場であった島根大会の開幕試合では、中学時代にバッテリーを組んでいた同級生投手の西治(おさむ)と始球式をするという縁に恵まれた。61年ぶりのことだったという。
■2024年は大社が旋風
こうして幕を開けた昨夏の島根大会を制したのは大社だった。大社は甲子園で63年ぶりに夏の勝利を挙げ、93年ぶりの8強入りを果たした。秋の県大会を制したのは出雲商で、62年ぶりの優勝だった。
「自分たちの始球式が、『何十年ぶり』という久々の出来事が起きるということに火をつけるきっかけになったんじゃないかって、笑い話になったんですよ」。錦織は目を細めた。
浜山公園野球場は24年秋にあった中国大会のあと、改修工事に入った。30年の「島根かみあり国スポ」の会場になったことが改修の決め手となった。26年には、公認野球規則にある広さを満たす両翼98メートル、中堅122メートルの球場として、新たなスタートを切る。
錦織は言う。「浜山公園野球場は、日本海からの風に影響されてフェンスをギリギリで越えるホームランもある。でも、球場が広くなるし、バットも低反発のものになった。県内での野球も変わっていくでしょう」
これから羽ばたいていく球児へ、谷繁は、こんなメッセージをくれた。
「目標を持つことが大事。こうしたい、こうなりたいんだという狙いを定める。そして、そこへ向かって行く。目標へ、頑張って進んでいって欲しい」
その強い思いが、快打にもつながるだろう。
島根県立浜山公園野球場
1974年完成。県立浜山公園内にあり、一畑電車大社線の浜山公園北口駅から徒歩10分。老朽化に伴い、2020年までにバックネット裏の観客席などの改修工事も行われた。
📝センバツ選考の明暗 「地域性」で落選となった岐阜第一 98年ぶり選出ゼロの大阪 選抜ガイドラインとは
https://news.yahoo.co.jp/articles/ba278848115fe4cad8463f1a204a2e82110ca719
第97回選抜高校野球の選考委員会が24日に開かれ、21世紀枠2校、一般枠30校が決定した。
注目だったのは東海地区の3枠目。東海大会を制した大垣日大(岐阜)と準優勝の常葉大菊川(静岡)は順当に選出されたが、最後の1枠はベスト4の至学館(愛知)と岐阜第一の比較となり、至学館が3校目に選出された。選考委員の説明によると、試合内容、戦力、試合時のマナーなどが全てにおいて拮抗していたといい、最終的に「複数の学校の評価が並んだ場合、できるだけ多くの都道府県から出場できるよう地域性も考慮するという評価ポイントに沿う」とした選抜ガイドラインに従い、大垣日大が選出されていた同一県の岐阜第一ではなく、愛知の至学館が選出された。
ただ、選出決定直後には、この「地域性」という理由に疑問符が投げかけられた。「プレーヤーに地域性で落ちたと面と向かって言える?」「全く同じ評価だったと言わなきゃいいのに。なにか理由を付けてくれた方が落ちた方は納得できるんじゃないか」「選抜選考には曖昧さが今も残るから、いっそのこと夏と同じような選び方にすれば不平不満も出ないんじゃないかな」といった声もあった。
一方、関西地区からは近畿大会を制した東洋大姫路(兵庫)をはじめ、準優勝の智弁和歌山、ベスト4の市和歌山、天理(奈良)が選出され、5、6校目を近畿大会8強で大院大高(大阪)、滋賀学園、滋賀短大付、立命館宇治(京都)が争い、滋賀学園と滋賀短大付が選ばれた。「地域性」という観点に立てば、滋賀2校ではなく、大阪、京都のどちらかから1校を選出するのが妥当に思われるが、宝選考委員長は「京都、大阪から選考がないのは、人口が多い地域で残念だが致し方ない。98年ぶりに大阪から出場校がなく、大阪の人はショックを受けているかも。でもそれが選考、それがセンバツということ」と説明した。つまりは東海地区と異なり、複数の学校の評価が並ばなかったため、地域性を考慮することはなかったということなのだろう。
夏の甲子園大会と同様のシステムを採用すれば、各都道府県から最低1校は甲子園の土を踏める。ただ選抜においては、横浜と横浜清陵が選ばれた神奈川、二松学舎大付(東東京)と早実(西東京)が選出された東京、智弁和歌山と市和歌山、滋賀学園と滋賀短大付の滋賀、沖縄尚学とエナジックスポーツの沖縄と、記念大会などを除いては夏では実現できない各府県から2校が選ばれるという事象が発生する可能性があることも魅力のひとつではある。
ネットでも「これが選抜の醍醐味」「同じとこから2つ出られることの意味が選抜にはある」「春と夏を一緒にする必要はない」といった反応が見受けられた。
選ばれたチームは喜び、惜しくも出場を逃したチームは涙する。惜しくも朗報が届かなかったチームに、この悔しさをバネに-とたやすく声はかけられない。明確であるようで、明確でない線引き。これまでにも数々の選考ドラマがあったが、そのたびに高校生が受け止めるには重すぎる判断なのかもしれないと思ってしまう。
👣21世紀枠候補の釧路江南は“三度目の正直”ならず
https://news.yahoo.co.jp/articles/159c730f0567ee9e35e48ab9363208183fd68685
21世紀枠候補だった北海道・釧路江南のセンバツ初出場はならなかった。21世紀枠の地区候補は06、07年に続き3度目。過去4校(栃木・石橋、愛知・成章、徳島・富岡西、島根・平田)が3度候補校に選出され、いずれも3度目でセンバツ出場を果たしていたが、釧路江南は“三度目の正直”が実現しなかった。
同校で会見した楓川卓也監督(50)は「残念だが、この1か月、高い意識を持ち、甲子園を身近に感じて練習できた。必ず春、夏につながってくれると信じている」と前向きに話した。
楓川監督は昨年11月に明治神宮大会を視察。出場選手たちの「体の厚み」「打球の速さ」などに違いを感じ、この冬の課題として取り組んできた。この日を境に気持ちはリセット。「いいコンディションで春の大会を迎えたい」と力を入れ直した。
昨秋の道大会は準々決勝で北海に0―1と惜敗したが、選手18人で8強まで勝ち進む大健闘。宍戸瑛太主将(2年)は「自分たちは打てなくて負けた。まだ未熟なところがある」と寒さ厳しい雪上トレで弱点克服に励んできた。初のセンバツは逃しても「頑張れば手が届く」と実感できたのは収穫。「夏に甲子園に行くという気持ちが強くなった」と目を輝かせた。
👣【センバツ】じぇじぇじぇ!と歓喜ならず… あまちゃんロケ地・久慈は21世紀枠から落選
https://news.yahoo.co.jp/articles/fed850ba076b86110ab6a3a86bfa1ebdd32861a8
第97回センバツ高校野球大会の選考委員会が24日、大阪市内で行われ、出場32校が決まった。21世紀枠の東北地区候補だった久慈(岩手)は、全国9地区の中から選ばれる2校に入ることはできなかった。学校所在地の久慈市は13年のNHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」のロケ地として有名。春初出場で応援してくれる方々に「じぇじぇじぇ!」と言わせたかったが、吉報は届かなかった。
「悔しい思いもあるけど、下を向かずにやっていきたい」と宇部智也主将(2年)。昨秋県大会準決勝で戦い0―3で敗れた花巻東が、一般枠でセンバツ出場を決めた。宇部智主将は「僅差と言われるけど、遠い3点だなとミーティングで話していた」と力の差を痛感したと話し、「甲子園に出て成長すると思うけど、自分たちもここで練習して負けないくらい成長していきたい」と力強く宣言。惜しくも選ばれなかったがセンバツを念頭に置いて練習できたことに、「全員の熱量がいつも以上にあった。選考されたことをプラスにやってこれた」と振り返った。
チームは出場校発表が終わった後、すぐにユニホームに着替えて練習を実施。「夏にチャンスが残っている。チーム全体で戦っていきたい」と、宇部智主将の視線もすでに前を向いていた。夏こそみんなに「じぇじぇじぇ!」と言わせるため、久慈の選手たちが早くも再スタートを切った。
👣センバツ高校野球 名古屋たちばな「またあすから」 21世紀枠逃す
https://news.yahoo.co.jp/articles/555f803ee71dcfa026801c7e2943397033ee82d1
21世紀枠の候補9校に残っていた名古屋たちばなの部員、保護者らは同校体育館に設置されたスクリーンに映し出される選考委員会の中継を見守った。
午後3時半すぎ、21世紀枠で壱岐(長崎)、横浜清陵(神奈川)の2校が発表され、部員たちは硬い表情のままでスクリーンを見つめた。
鈴木将吾監督(48)は生徒たちに「すごく今日までドキドキしたと思う。たちばなの名前は呼ばれなかったけど、またあしたから頑張ろう」と声をかけた。浅井太介主将(2年)は「(校名が呼ばれず)自分たちに足りないものを探す気持ちになった。春の大会で勝ち上がり、夏のシード権を取りたい」と話した。
👣センバツ2025 山城、21世紀枠選ばれず 「冬の頑張り夏につながる」
https://news.yahoo.co.jp/articles/692c2162ab1d958afa0feff8b08d799d5dbbfb02
第97回選抜高校野球大会の選考委員会が24日開かれ、「21世紀枠」の近畿地区候補校となっていた山城は、惜しくも出場校に選ばれず、補欠校に回った。
選手たちは大阪市内であった出場校の発表をインターネット中継で見守った。発表された瞬間は動じることなく、静かに真っすぐ前を見据えていた。藤浦和之校長は「次を目指して、また精進して力量のアップに努めてください。これからの活躍に期待しています」と選手たちに声をかけた。
選手と発表を見届けた岸本馨一郎監督は「センバツを目指して良い冬を過ごせた。ここまで頑張ったことは間違いなく夏につながる。悔しい思いを胸にしまい、また明日から京都国際を倒すという目標をしっかり持って頑張ってやっていきましょう」と思いを伝え、前を向いた。
発表後、岸本監督は取材に「近畿の候補校に選出された日から選手たちの意識ががらりと変わり、緊張感をもって高いレベルで練習してくれた。冬をわくわくしながら過ごせたのは初めて。いろんな方々へ感謝の気持ちでいっぱい」と答えた。補欠校に選ばれており「これからも緊張感をもって練習に取り組める。何があるか分からないので、しっかり準備したいと思う」と気を引き締めた。
また一般選考では、立命館宇治が近畿地区の補欠校に選ばれた。
3/26 7日目第2試合 創志学園(岡山)-山梨学院(山梨) 15:53~17:48 17:08点灯 6回表から
第6話 創志学園の限界?!監督交代しても甲子園2勝のカベは破れず
一二三四五六七八九十計HE
創志学園000000000 060 明星、中野、山口-小西
山梨学院01300000X 490 津島、櫻田-横山
第一試合
健大高崎4
明 豊0
順当に行けば、バースデーイブのこの日が準々決勝4試合日で早くも3塁側内野席のチケットを購入していたのだが・・・・・。23日・24日と相次いで雨天中止となり、1日だけ中止となれば史上初のバースデー準々決勝4試合観戦だったがまたしてもフイとなってしまった↓↓
そしてこの日も朝から本降りの雨でまた中止かと思われたが、さすがにこれ以上日程を繰り下げられないと高野連が奮起しなんと4時間30分開始時間を遅らせて1試合中止にして13時30分から2試合消化する運びとなった。
これで、明日のバースデーは21年ぶりに4試合観戦が叶う運びとなった。結果的に準々決勝よりも試合内容が良く19時21分まで粘ってくれたので大満足して甲子園駅前のコメダで打ち上げして3日連続甲子園通いを堪能できた!!
試合開始が大幅に遅れ、そもそもこの日も中止だろうと決めつけていたのか???第1試合は観衆8000人と非常に寂しかった・・・。敦賀気比に1-0でサヨナラ勝ちした明豊が健大高崎に無抵抗で0-4と完封負け、、、、、
わずか1時間48分で終わり、開始が遅れた分だけ帳尻を合わせろと打合せでもあったのか?と思うくらいの淡白な試合だった。
第2試合は門馬監督が率いる創志学園がセンバツ2連覇を狙う山梨学院に挑む。門馬監督が相模時代に何度か山梨学院と対戦する機会があったかもしれないが、初戦は21世紀枠野別海に7-0と完勝したが、この試合で真価が問われる。
門馬監督は相模時代もエースを隠して公式戦であまり投げていない投手を甲子園で先発する奇策を何度も仕掛けてきたが、この日も初戦完封したエース・山口を温存して2年生・明星を先発のマウンドへ送り込んだ。最初から決勝までの5試合ローテーションを組んでいるのだろうか?山梨学院は初戦と同じく11番・津島が先発してエース・櫻田の継投が基本線のようだ。
試合は1回表ストレートの四球で先頭打者出塁。相模時代ならすかさずエンドランで相手を圧倒しにかかるはずだが、ここはスリーバントでおとなしく攻め1死2塁。先取点が欲しいところだが、セカンドゴロにピッチャーフライで無得点。
立ち上がり心配な明星投手だったが、いきなり先頭打者をカーブで三振!2番・萬場にセンター前ヒットを喰らったが、すかさずけん制タッチアウト!など3人で抑え上場の立ち上がりだった。
2回表創志は1死から死球で出塁するとすかさず盗塁を試みるがタッチアウト!しかしこの時ショートが交錯して手の治療で8分間の中断・・・・・・・・ベンチを見ると吉田監督はジャンバー羽織っているが、門馬監督はこの日もユニホーム姿で寒さにはかなり強いようだ!
長い中断の後あっさり攻撃を終えると、2回裏簡単にツーアウトまで取るも6番・横山に左中間ツーベースを許し、四球で1・2塁とピンチを広げ、ショートの負傷交代でセカンドに入った岩城がまさかのセンター前タイムリーで先制点を献上。
これで流れは山梨学院に傾き、3回までノーヒットの創志を横目に3回裏山梨学院は1死から四球で出塁すると3番・河内にしつこくエンドランのサインを送る吉田監督。ライトフライで不発に終わったが、相手のお株を奪い、4・5番の連続長短打で2点を追加して明星投手をKO。しかし門馬監督はまだ辛抱してエース・山口温存で2番手は11番・中野投手がリリーフ。いきなり暴投~四球と不安定な立ち上がりで7番・二村にレフト前ヒットを許し4-0と差が広がり序盤が終わった。
なんとか突破口を開きたい創志は4回先頭の2番・杉山が内野安打を放ち暴投で無死2塁と願ってもないチャンスをもらったが、4点ビハインドではただ来た球を打つしかなすすべないのか???3番・朝野は見逃しの三振。4番・豊島3ボールで四球を期待したが、フルカウントまで持ち込まれ8球目センター犠飛で2死3塁。ここで1点でも返したかったが、5番・賀陽2球で追い込まれショートフライと無得点。
その裏、中野投手はツーベースに死球など2死1・2塁とピンチを招き防戦一方。4番・梅村を迎えこれ以上の失点は許せないところでまだエース・山口の出番なくサードフライでピンチ脱出。
5回表先頭の秦がレフト前ヒットで出塁すると、門馬監督が積極的にエンドランを仕掛けるもファールやライトフライで不発。2死1塁で中野投手に回ったがそのまま打たせてここもエンドランをかけるがショートゴロで0行進は続く・・・。
その裏、センター賀陽のダイビングキャッチなど好プレーも光ったが、2死から内野安打と盗塁で揺さぶられなんとか無失点に抑えているものの防戦一方で整備に入った。
門馬監督は最初からサジを投げていたわけではないと思うが、初戦完封したエースを温存して0-4と劣勢に立たされてしまった・・・・・。まだ春の段階だし、甲子園1勝を挙げて夏に向けて再挑戦という気構えだろうか???
6回表1番からの好打順で期待された。4回表から点灯されていたが、整備が明けて外野も点灯された!!
雨で4時間30分遅れが功を奏し、明日・明後日と4試合日ゆえに3日連続ナイター観戦の目も出てきた!!
しかし、創志の攻撃はあっという間に終わってしまい、その裏なぜかしらサードが手当てで1分間中断。。。山梨学院もナイター点灯で満足したのか?5点目を取りに行く気迫を感じさせずアッサリ攻撃終了で淡々と試合は進んでいった。
完封負けは阻止したいところで7回表先頭打者が3ボールと願ってもないチャンスだったが、待球作戦もフルカウントに持ち込まれセカンドゴロ。1死から5番・賀陽がセンター前ヒットを打ったところで吉田監督は早くも決断し、エース・櫻田を投入し、盗塁を決めたもののレフトフライで2塁走者飛び出しダブルプレーと最悪の空回り・・・・・。
創志もその裏ヒットと4番に送りバントで1死2塁とピンチを迎えようやくエース・山口遅すぎる投入。エースらしく打たせて取るピッチングで要所を締めただけにもっと早いリリーフをしていればと悔やまれる。
8回は2死から9番・山口投手が四球を選ぶとすかさず山梨学院ベンチからタイムが取られ直後にファースト・梅村の美技が飛び出し厳しくなった。
8回裏2死から四球を与えるも盗塁を刺し、最後の猛追に期待したい創志学園。
9回先頭の2番・杉山がライト前ヒットを放ち反撃のノロシを挙げるも直後にショートゴロゲッツーと水を差し、2死から4・5番の長短打で1・3塁と詰め寄るも焼け石に水で最後はピッチャーゴロで試合終了。。。
わずか1時間55分で終わってしまい17時48分ゲームセットと13時30分から2試合にしては味気ない1日だった・・・・・。
仮に雨天中止となっていればまた違った展開になっていたかもしれないが、なぜ1回戦で14奪三振4安打完封のエースを出し惜しみしたのか???ここが一番悔やまれる敗戦だった。
あの長澤監督が創部当初から10年近く率いても甲子園で2勝できなかった創志学園だが、門馬監督を招聘しても同じ具合で、夏は早い段階で取りこぼし敗戦するし、秋は米子松蔭にまさかの完封コールド負けとむしろ戦績は下がっているのは否めない。。。。。
篠山産で指揮を執る長澤監督をもう1回連れ戻すわけにも行かないのだろうが、このままだと関西や岡山理大付のように長期低迷時代に陥るかもしれない予感がしてきた。
さて、長雨の影響でタナボタのバースデー4試合観戦となり、宇治山田商・広陵・大阪桐蔭・報徳学園といったメンバーが登場する最高の1日となった。
結果的に準々決勝よりも試合は長く延長有りでスリリングな1日となったが、センバツ観戦記の最後は宇治山田商が登場。東海大福岡をなんとか振り切り村田監督初采配で初勝利となったが、中央学院にもなんとか・・・それはまた次回の講釈で。
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 四球 死球 三振 暴投 失点 自責
創志学園 明 星 2 2/3 14 57 4 0 2 0 3 0 4 4
創志学園 中 野 3 2/3 17 59 5 1 2 0 3 1 0 0
創志学園 山 口 1 2/3 7 22 0 0 2 0 0 0 0 0
山梨学院 津 島 6 1/3 23 85 3 1 1 1 2 1 0 0
山梨学院 櫻 田 2 2/3 10 42 3 1 1 0 1 0 0 0
(完)
🌟次回予告🌟
3/27 8日目第1試合 宇治山田商(三重)-中央学院(千葉)
第6話 創志学園の限界?!監督交代しても甲子園2勝のカベは破れず
一二三四五六七八九十計HE
創志学園000000000 060 明星、中野、山口-小西
山梨学院01300000X 490 津島、櫻田-横山
第一試合
健大高崎4
明 豊0
順当に行けば、バースデーイブのこの日が準々決勝4試合日で早くも3塁側内野席のチケットを購入していたのだが・・・・・。23日・24日と相次いで雨天中止となり、1日だけ中止となれば史上初のバースデー準々決勝4試合観戦だったがまたしてもフイとなってしまった↓↓
そしてこの日も朝から本降りの雨でまた中止かと思われたが、さすがにこれ以上日程を繰り下げられないと高野連が奮起しなんと4時間30分開始時間を遅らせて1試合中止にして13時30分から2試合消化する運びとなった。
これで、明日のバースデーは21年ぶりに4試合観戦が叶う運びとなった。結果的に準々決勝よりも試合内容が良く19時21分まで粘ってくれたので大満足して甲子園駅前のコメダで打ち上げして3日連続甲子園通いを堪能できた!!
試合開始が大幅に遅れ、そもそもこの日も中止だろうと決めつけていたのか???第1試合は観衆8000人と非常に寂しかった・・・。敦賀気比に1-0でサヨナラ勝ちした明豊が健大高崎に無抵抗で0-4と完封負け、、、、、
わずか1時間48分で終わり、開始が遅れた分だけ帳尻を合わせろと打合せでもあったのか?と思うくらいの淡白な試合だった。
第2試合は門馬監督が率いる創志学園がセンバツ2連覇を狙う山梨学院に挑む。門馬監督が相模時代に何度か山梨学院と対戦する機会があったかもしれないが、初戦は21世紀枠野別海に7-0と完勝したが、この試合で真価が問われる。
門馬監督は相模時代もエースを隠して公式戦であまり投げていない投手を甲子園で先発する奇策を何度も仕掛けてきたが、この日も初戦完封したエース・山口を温存して2年生・明星を先発のマウンドへ送り込んだ。最初から決勝までの5試合ローテーションを組んでいるのだろうか?山梨学院は初戦と同じく11番・津島が先発してエース・櫻田の継投が基本線のようだ。
試合は1回表ストレートの四球で先頭打者出塁。相模時代ならすかさずエンドランで相手を圧倒しにかかるはずだが、ここはスリーバントでおとなしく攻め1死2塁。先取点が欲しいところだが、セカンドゴロにピッチャーフライで無得点。
立ち上がり心配な明星投手だったが、いきなり先頭打者をカーブで三振!2番・萬場にセンター前ヒットを喰らったが、すかさずけん制タッチアウト!など3人で抑え上場の立ち上がりだった。
2回表創志は1死から死球で出塁するとすかさず盗塁を試みるがタッチアウト!しかしこの時ショートが交錯して手の治療で8分間の中断・・・・・・・・ベンチを見ると吉田監督はジャンバー羽織っているが、門馬監督はこの日もユニホーム姿で寒さにはかなり強いようだ!
長い中断の後あっさり攻撃を終えると、2回裏簡単にツーアウトまで取るも6番・横山に左中間ツーベースを許し、四球で1・2塁とピンチを広げ、ショートの負傷交代でセカンドに入った岩城がまさかのセンター前タイムリーで先制点を献上。
これで流れは山梨学院に傾き、3回までノーヒットの創志を横目に3回裏山梨学院は1死から四球で出塁すると3番・河内にしつこくエンドランのサインを送る吉田監督。ライトフライで不発に終わったが、相手のお株を奪い、4・5番の連続長短打で2点を追加して明星投手をKO。しかし門馬監督はまだ辛抱してエース・山口温存で2番手は11番・中野投手がリリーフ。いきなり暴投~四球と不安定な立ち上がりで7番・二村にレフト前ヒットを許し4-0と差が広がり序盤が終わった。
なんとか突破口を開きたい創志は4回先頭の2番・杉山が内野安打を放ち暴投で無死2塁と願ってもないチャンスをもらったが、4点ビハインドではただ来た球を打つしかなすすべないのか???3番・朝野は見逃しの三振。4番・豊島3ボールで四球を期待したが、フルカウントまで持ち込まれ8球目センター犠飛で2死3塁。ここで1点でも返したかったが、5番・賀陽2球で追い込まれショートフライと無得点。
その裏、中野投手はツーベースに死球など2死1・2塁とピンチを招き防戦一方。4番・梅村を迎えこれ以上の失点は許せないところでまだエース・山口の出番なくサードフライでピンチ脱出。
5回表先頭の秦がレフト前ヒットで出塁すると、門馬監督が積極的にエンドランを仕掛けるもファールやライトフライで不発。2死1塁で中野投手に回ったがそのまま打たせてここもエンドランをかけるがショートゴロで0行進は続く・・・。
その裏、センター賀陽のダイビングキャッチなど好プレーも光ったが、2死から内野安打と盗塁で揺さぶられなんとか無失点に抑えているものの防戦一方で整備に入った。
門馬監督は最初からサジを投げていたわけではないと思うが、初戦完封したエースを温存して0-4と劣勢に立たされてしまった・・・・・。まだ春の段階だし、甲子園1勝を挙げて夏に向けて再挑戦という気構えだろうか???
6回表1番からの好打順で期待された。4回表から点灯されていたが、整備が明けて外野も点灯された!!
雨で4時間30分遅れが功を奏し、明日・明後日と4試合日ゆえに3日連続ナイター観戦の目も出てきた!!
しかし、創志の攻撃はあっという間に終わってしまい、その裏なぜかしらサードが手当てで1分間中断。。。山梨学院もナイター点灯で満足したのか?5点目を取りに行く気迫を感じさせずアッサリ攻撃終了で淡々と試合は進んでいった。
完封負けは阻止したいところで7回表先頭打者が3ボールと願ってもないチャンスだったが、待球作戦もフルカウントに持ち込まれセカンドゴロ。1死から5番・賀陽がセンター前ヒットを打ったところで吉田監督は早くも決断し、エース・櫻田を投入し、盗塁を決めたもののレフトフライで2塁走者飛び出しダブルプレーと最悪の空回り・・・・・。
創志もその裏ヒットと4番に送りバントで1死2塁とピンチを迎えようやくエース・山口遅すぎる投入。エースらしく打たせて取るピッチングで要所を締めただけにもっと早いリリーフをしていればと悔やまれる。
8回は2死から9番・山口投手が四球を選ぶとすかさず山梨学院ベンチからタイムが取られ直後にファースト・梅村の美技が飛び出し厳しくなった。
8回裏2死から四球を与えるも盗塁を刺し、最後の猛追に期待したい創志学園。
9回先頭の2番・杉山がライト前ヒットを放ち反撃のノロシを挙げるも直後にショートゴロゲッツーと水を差し、2死から4・5番の長短打で1・3塁と詰め寄るも焼け石に水で最後はピッチャーゴロで試合終了。。。
わずか1時間55分で終わってしまい17時48分ゲームセットと13時30分から2試合にしては味気ない1日だった・・・・・。
仮に雨天中止となっていればまた違った展開になっていたかもしれないが、なぜ1回戦で14奪三振4安打完封のエースを出し惜しみしたのか???ここが一番悔やまれる敗戦だった。
あの長澤監督が創部当初から10年近く率いても甲子園で2勝できなかった創志学園だが、門馬監督を招聘しても同じ具合で、夏は早い段階で取りこぼし敗戦するし、秋は米子松蔭にまさかの完封コールド負けとむしろ戦績は下がっているのは否めない。。。。。
篠山産で指揮を執る長澤監督をもう1回連れ戻すわけにも行かないのだろうが、このままだと関西や岡山理大付のように長期低迷時代に陥るかもしれない予感がしてきた。
さて、長雨の影響でタナボタのバースデー4試合観戦となり、宇治山田商・広陵・大阪桐蔭・報徳学園といったメンバーが登場する最高の1日となった。
結果的に準々決勝よりも試合は長く延長有りでスリリングな1日となったが、センバツ観戦記の最後は宇治山田商が登場。東海大福岡をなんとか振り切り村田監督初采配で初勝利となったが、中央学院にもなんとか・・・それはまた次回の講釈で。
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 四球 死球 三振 暴投 失点 自責
創志学園 明 星 2 2/3 14 57 4 0 2 0 3 0 4 4
創志学園 中 野 3 2/3 17 59 5 1 2 0 3 1 0 0
創志学園 山 口 1 2/3 7 22 0 0 2 0 0 0 0 0
山梨学院 津 島 6 1/3 23 85 3 1 1 1 2 1 0 0
山梨学院 櫻 田 2 2/3 10 42 3 1 1 0 1 0 0 0
(完)
🌟次回予告🌟
3/27 8日目第1試合 宇治山田商(三重)-中央学院(千葉)