EDIT FORM
💢東洋大姫路のコーチ 引退した3年生への暴言・体罰判明「なめとんか。引退してえらくなったと勘違いしてるんちゃうか、クソガキ」などの発言で謹慎処分
https://news.yahoo.co.jp/articles/7323337c33b8c46cfac21db2107e80bc0d1bb32a
日本学生野球協会の審査室会議が28日、都内で開かれ、高校11件の処分が決定した。
今春センバツ出場が決まっている東洋大姫路で、25歳のコーチが暴言と体罰により昨年9月21日から3カ月の謹慎処分を受けていたことが判明。3年生部員Aのあいさつが雑だと感じたとして指導し、「なめとんか。野球部を引退してえらくなったと勘違いしてるんちゃうか、クソガキ」などと発言。その後、肩を数回押すなどしたという。
また、東京・早大学院は中学生の練習参加規定違反と接触ルール違反で68歳外部指導員の監督が無期謹慎。通常、学校側への通知や、関係者の同意書の提出など手続きを行った上で、学校説明会などと併せて行われる体験練習を独断で実施。禁止されている中学生への家庭訪問も行っていたという。いずれも、高野連が定める規定に違反していることを認識しながら複数年にわたり行っていたことが分かった。
💢信太が部員の競艇場、パチンコ店入場などで対外試合禁止1か月 新潟産大付も危険行為などで対外試合禁止1か月
https://news.yahoo.co.jp/articles/c107abfad4f4717719217ebd158ccb5e17c4d54f
信太(大阪)は複数の部員による競艇、パチンコ店入場と飲酒のため、1月8日から1か月間、対外試合禁止の処分が科された。
昨夏の甲子園に初出場した新潟産大付は、部員の部内いじめとSNS不適切利用、危険行為と喫煙のため、1月8日から1か月間の体外試合禁止となった。ビニールハウスの練習場内で、ライターの火に向かって、滑り止めのスプレー缶から噴射し、その模様をスマホで撮影、SNSに投稿するなどの危険行為があった。
💢日本学生野球協会、高校11件処分 成立学園の監督と助監督 東洋大姫路のコーチなど
https://news.yahoo.co.jp/articles/918961debdbe83eddb932036faf154acbaddc335
日本学生野球協会は28日、都内で審査室会議を開き、高校11件(1件は校名非公表)の処分を決めた。
成立学園(東京)は監督(56歳、事務職員)と助監督(29歳、事務職員)の部内による暴言と不適切指導により、監督は25年1月7日から4カ月、助監督は25年1月7日から3カ月の謹慎処分。
東洋大姫路(兵庫)のコーチ(25歳、非常勤講師)は部内での暴言と体罰により、24年9月21日から3カ月間の謹慎処分。
新潟産大付は野球部部員による、いじめ。また、バットの滑り止めで使うスプレー缶をライターの火に向かって噴射し、部員のお尻に当たるなど、極めて危険な行為。SNSの不適切利用や喫煙により、25年1月8日から1カ月の対外試合禁止。
益田東(島根)はコーチ(30歳、非常勤講師)の部内による体罰により、24年12月20日から1カ月の謹慎処分。
早大学院(東京)の監督(68歳、外部指導員)は中学生の練習参加による規定違反と、中学生との接触ルール違反により24年10月5日から無期謹慎処分。
防府商工(山口)の監督(44歳、教諭)は部内での暴言、体罰、不適切指導と報告義務違反で25年1月9日から4カ月間の謹慎処分。
信太(大阪)は部員10名がボートレース、遊戯場への出入り。また、居酒屋で飲酒していたことがわかり、25年1月8日から1カ月の対外試合禁止。
船橋北(千葉)は監督(57歳、教諭)の部内での体罰、不適切発言と不適切指導、報告義務違反により、24年10月17日から4カ月の謹慎処分。
オイスカ浜松国際(静岡)は、部員6名による、窃盗と飲酒により25年1月23日から1カ月の対外試合禁止。
📝高校野球静岡大会、7月5日から試合、28日決勝 開会式6月29日
https://news.yahoo.co.jp/articles/5c64034fe01cf8def6492c9421adaaa217434eea
静岡県高校野球連盟は27日の理事会で、第107回全国高校野球選手権静岡大会の日程を明らかにした。
大会は県高野連と朝日新聞社の主催で、6月29日に草薙球場で開会式を催す。試合は7月5日から県内10球場で始まる。順調に進めば、決勝は同球場で同28日の予定。
組み合わせ抽選会は6月21日、焼津市の焼津文化会館である。
📝まもなくプロ野球キャンプ!開業15周年・沖縄セルラースタジアム那覇の「土守」
https://news.yahoo.co.jp/articles/540b10b252e49276e76bf77db6c22b39be936e41
完成して今年で15年になる沖縄セルラースタジアム那覇。まもなく行われるプロ野球キャンプを前に、1年に一度行われる「グラウンドメンテナンス」に密着しました。
寺崎アナウンサー「天候不良で延期が続いていましたが、きょうは晴天です。いよいよ一年に一度の作業が始まります」
県内で開催されるプロ野球公式戦や、高校野球などの舞台として定着している沖縄セルラースタジアム那覇。
1960年に開業し、かつて「沖縄高校野球の聖地」として知られた奥武山球場がリニューアルオープンして2010年に完成すると、ここで数々のスター選手が生まれ、沖縄県民を興奮の渦に巻き込む名勝負が繰り広げられてきました。
2025年で開場から15年。9月には高校野球U18のワールドカップの舞台となることが発表され、より注目が集まります。
【12月20日 種まき作業】
年内の大会やイベントを一通り終えた12月。先に行われたのは、外野の天然芝の種をまく作業です。
一年間絶え間なく行われてきた試合やイベントを経て、一部が茶色くなった芝。夏芝が枯れ始める中、冬芝を撒く「オーバーシード」という作業を行い、2月に行われるプロ野球・巨人のキャンプに備えます。容器にこぼれないように丁寧に広げられた西洋芝「ペレニアルライグラス」。成長すると、鮮やかな緑が外野に浮かび上がると言います。
比嘉英作さん「幅を決めて、その前に位置出しをやってずれないようにして、ムラの内容にまくのが一番気を付けるポイント。球場に入って見たときに『きれいだな』という思いが、選手の頑張ろうと思うきっかけになれたらいいなと思ってやっている」
専用の機械、ロータリースプレッダーが種を飛ばしながら、芝の上をすべる音がスタジアムに響き渡ります。レフトからライトまで、1人で黙々と作業を続け、およそ5時間。種をまき終えると、午後には、スパイカーシーダーを運転しながら土の中に確実に種を入れ、芽が出てくるまで、毎日散水をしながら待ちます。
【12月23日 耕うん作業】
外野の種まき作業から3日後、本部港から新しい土が到着し、内野のグラウンドに入りました。毎年60~80トンの土を購入し、プレーする選手たちを支えます。
「もうちょいいける?」「Maxで行きます?」「一回Maxにして」
おととし購入したという自前の耕運機を入念にチェックする土守たち。普段は3カ月に一回、5センチほど掘り起こし、新しい土が常に表面に来るようにしていますが、今回は8センチから10センチの深さになるように進めていきます。
「一年間使ってきてへこみが出てくるのをリセットする作業なのでとても重要な作業」
沖縄セルラースタジアム那覇では、鹿児島で生まれた黒土と砂を7:3の割合でブレンド。ほどよい弾力のある黒土に水はけの良い砂が入ることでボールがうまく転がり、雨が降っても短時間で試合が再開できるようになると言います。
スタッフはほとんどが元高校球児。このグラウンドで選手としてプレーした経験を仕事で生かす職人たちが多くいます。
又吉悠斗さん「整備には力を入れてきた学校だったのでこっちを選んで、沖縄一の球場なのでそこに入りたいという思いが少しはあった」
開始からおよそ2時間あまり。夜になるまで作業は続き、土はほろほろになりました。
【12月24日 耕うん作業】
その翌日。3日前に植えた冬芝の芽が一本だけわずかに出ていました。
比嘉英作さん「例年だったら散水し始めて4・5日でこんな感じで出てくるので。きょうで3日目」
一方、内野のグラウンドに登場したのはローラー車。外側から内側に向かい、マウンドの周りを回りながら土をならしていきます。一見平らになったように見えますが、よく見ると、グラウンドには不規則な傾斜が。土の盛り具合をチェックしながら、多めに積まれているところから少ないところへ運び、より正確な均衡を作っていきます。
平仲佑規さん「なんとか天候に恵まれてとりあえず安心」
仲間に指示を送り、ともに汗を流すのは、平仲佑規さん。職員・非常勤合わせてわずか10人ほどのチームを取りまとめます。
豊見城南高校出身の平仲さんもこの球場でプレーした元球児の一人。海上保安官を養成する学校・ライフセーバーを経て、友人の紹介により、2年前に沖縄セルラースタジアム那覇のグラウンドキーパーになりました。
平仲佑規さん「私たちの代の夏の決勝がセルラースタジアムで、その頃から憧れはあった」
この日は「クリスマスイブ」でしたが、関係なし。総出で作業にあたるスタッフたちは、時々談笑も交えながらトラックのハンドルやトンボを握り、年末恒例の一大作業に従事します。
平仲佑規さん「経験が浅いチームなのでこれから経験を積み重ねていければ。みんなで言っている、プロ野球のオールスターをできれば良いなと思っている」
作業には、平仲さんの師匠で、開場した時から去年8月までこの球場でグラウンドキーパーを務めていた、真栄城走さんも様子を見に来ました。
真栄城走さん「(平仲さんは)とても熱心で真面目で、言ってきたことにもついてきてくれて『一緒にやっていこう』とメンバーの中でもとても心強かったし、私も退職はしたけど平仲だったら任せきれると思ったので10自信もってやっていけると思う」
新しい芝と土を入れ、一年の基盤を作る「グラウンドメンテナンス」。まずは2月のプロ野球キャンプに向けて、最高のグラウンドを作る準備は直前まで続きます。
平仲佑規さん「一番は選手が使いやすいグラウンド、プロ野球キャンプはたくさんのお客さんもいるので見栄えの良いグラウンドを作れれば。まだほかの甲子園とかと比べると15年は短く見えるけど、どんどん20年30年続いていくグラウンドだと思うので、少しでもその力になれれば」
リニューアル開業から今年で15年を迎える沖縄セルラースタジアム那覇。高校野球の歴史を刻む、新たな1年が始まります。
良いグラウンドの条件は「弾力があり、地がしっかりしていて、表面に上砂があり、水はけがよく、水持ちもよい」ことだそうです。
この「土守」さんたちは、試合が行われる前後の天気に応じて水分量を調整したり、雨が降った時には1時間以内に試合を再開できるようにして、野球に適したグラウンドを作るべくほぼ毎日手入れを行っています。
選手たちを陰で支えている存在があるこそ、プロ野球や高校野球が盛り上がっていると分かりました。ぜひ大会の時に注目していただきたいと思います。
📝沖縄の高校野球が抱える県外流出問題に沖縄尚学・比嘉監督は「本音は残ってほしいなと思うけど...」
https://news.yahoo.co.jp/articles/1d48a551e124fb15e63771aa8f7154dc59536dc8
群雄割拠〜沖縄高校野球の現在地(2)県内屈指の人気校・沖縄尚学(前編)
1月24日に発表された2025年のセンバツ出場校で、九州王者・沖縄尚学も順当に選出された。
「やっぱり沖尚っていうブランドがあります。2024年に入学した1年生(新2年生)のピッチャーも、沖縄県のトップ5がみんな行っています。2年生(=新3年生)の野手にもすごい連中がいる」
そう話したのは、九州大会準優勝校で同じくセンバツ出場を果たしたエナジックスポーツの神谷嘉宗監督だ。
昨年夏、そのエナジックスポーツをはじめ、KBC、日本ウェルネス沖縄というカタカナ、アルファベット表記の高校が大躍進し、「沖縄高校球界の異変」という切り口の記事があふれた。
だが結局、頂点を極めたのは老将・我喜屋優の率いる興南だった。県内最多の14回目となる甲子園に駒を進めている。
一方、沖尚は夏の3回戦でエナジックスポーツにコールド負けを喫したが、秋は県大会、九州大会ともに決勝で同校に雪辱を果たした。
はたして、沖縄球界に変化は生じているのか。昨年末、沖尚の比嘉公也監督に尋ねると、真っ先に口にしたのは、ある違和感だった。
【伝統校って呼ばれることに違和感】
「なぜか知らないけど、急に僕らが『伝統校』って言われるようになったと感じています。新鋭校という表現に対する、たとえだと思うんですけど......伝統校なのかな?」
沖縄には、もっと由緒ある高校がある。1999年春、沖尚の背番号1をつけて県勢初の甲子園優勝を果たした比嘉監督はそう感じている。
「僕らが学生の頃って、沖縄水産がブランドでした。僕の1個上が新垣渚(元ソフトバンクなど)さんの時で、本当に強かったんですよ」
当時、沖縄の高校野球をリードしていたのは、栽弘義監督の沖水だった。1990年夏に甲子園で県勢初の決勝に進出し、翌年夏も決勝進出を果たすなど、「沖縄高校野球の水準を飛躍的に高めた名将」と名を残している。
それから数十年が経ち、高校野球は全国的に私立優位だ。沖縄も例に漏れない。
比嘉監督は2006年に24歳で沖尚の監督に就任すると、2年後の2008年、エース東浜巨(現・ソフトバンク)を中心にセンバツ優勝に導いた。
対して、我喜屋監督は56歳となった2007年から興南を率い、3年後の2010年にはトルネード左腕・島袋洋奨(現・興南コーチ)を擁し史上6校目の春夏連覇を飾っている。
以降、沖縄の高校野球は二強がリードしてきた。少なくとも周囲がそう考えるなか、当人たちは互いをどう見ているのだろうか。
「最近の(いい)選手は沖尚に行くからね......」
興南の我喜屋優監督はそう漏らした。沖尚は2024年秋の沖縄大会で150キロを計測した左腕・末吉良丞を筆頭に、田場典斗、大城諄來、新垣有絃と4人の1年生投手がベンチ入りした。周囲がうらやむのも当然だろう。
【周りの評価と現実とのギャップ】
しかし、内実は周囲の見方と異なる場合も珍しくない。沖尚を率いる比嘉監督は反論する。
「2024年に入学した1年生が中学生の時、『今年は沖縄尚学に集まっている』って例年以上に言われていたんですよ。でも僕が見たら、正直『ん?』というレベルでした」
たとえば、末吉は浦添市立仲西中学時代から「球の速いピッチャー」として知られたが、沖縄尚学は三顧の礼で迎えたわけではない。比嘉監督が続ける。
「中学時代に投げているのを、一度も見たことがないんです。『球の速いピッチャーが興南高校の近くの中学にいる』と聞いて、『左なら興南だろう』って勝手に思っていました。向こうが声をかけているだろうし、どのみちウチに来る可能性は低いだろうと思って見に行ってないんです(苦笑)。そうしたら本人が『沖縄尚学でやりたい』と希望しているということで、『ぜひ来てよ』と」
1年生の夏から公式戦で活躍、昨年の明治神宮大会初戦で先発して才能の片鱗を見せた末吉は、センバツでも注目投手のひとりに挙げられるはずだ。
球速の高速化が著しく進む昨今だが、1年生左腕が150キロを計測したインパクトは強い。その事実だけでも、周囲は「怪物」というイメージを浮かべるものだ。
だが、比嘉監督は「その数字だけが先行している」と語る。
「速いと言えば速いけど、何とかなるボールだと思います。今はただ『ブン!』って投げているので、バッターは『このくらいのボールが来そう』と読めると思う。本人的にも、空振りがとれていないのは自覚しています」
ラプソードでストレートを測ると、回転軸が10時の方向に傾いている。回転効率を高めるには、12時に近づけたほうがいい。末吉は腕の位置をトレーナーと試行錯誤しているが、比嘉監督は「しばらく見守る」という姿勢を貫いてきた。高校生には成長の波があり、現状の末吉は「停滞期」のなかで必死にもがいているように映るからだ。
「本人が『変わりたい、変わっていきたい』っていうのは伝わってきます。でも、変えなくていい部分もあると思うけど、人生って難しいじゃないですか。主体性が大事だけど、高校生たちには『とりあえず、これやっておいて』という強制の部分も必要だと思うんですね。でも、それをやりすぎて、『どうせ自分が考えたことは否定されて、これをさせられている』という印象にもなってほしくない。ちょうどいい、中間が難しいです」
【多くのプロ選手を輩出】
沖縄の野球少年たちは、なぜ沖尚に憧れるのか。大きな理由のひとつは、選手が育っているからだろう。現役では東浜をはじめ、嶺井博希、リチャード(ともにソフトバンク)、與座海人(西武)、岡留英貴(阪神)らがプロの世界に羽ばたいている。
2008年には、那覇市内の学校から車で約20分の八重瀬町に『尚学ボールパーク』が完成。以前は学校の狭いグラウンドで練習していたが、恵まれた環境で取り組めるようになった。
文武両道を掲げる進学校というブランドイメージもあり、県内で沖尚の人気は根強い。それでも、有望な中学生の県外流出は増えるばかりだ。比嘉監督がその傾向を強く感じ始めたのは15年ほど前だった。
「興南の島袋洋奨たちが春夏連覇したあとから、県外に進む中学生が一気に増えたような印象があって......それまでもいたとは思うけど、『なんか、あれ?』みたいな感じですね。沖縄が注目されたのもあると思います」
2008年春に沖縄尚学が9年ぶりのセンバツ優勝を飾ると、同年夏には現エナジックスポーツの神谷監督率いる浦添商業がベスト4進出。そして2010年には興南が春夏連覇を達成した。
沖縄の子は運動能力に優れている──。巷でよく言われ、そう明言する学者もいる。県内出身の比嘉監督は懐疑的だが、プロ野球に目を向ければ山川穂高(ソフトバンク)や平良海馬(西武)、宮城大弥(オリックス)らが球界を代表する選手に成り上がった。
反面、興南が2010年に春夏連覇を達成して以降、甲子園ではどこもベスト8の先に進めていない。2023年夏、優勝した慶應義塾に準々決勝で敗れた沖縄尚学の比嘉監督は吐露する。
「県全体のレベルが落ちている感じは正直します。東浜とか島袋がいた時の5年間ぐらいって、沖縄県は強かったと思います。県外に出ているのを言い訳にしたくないですけど、ちょっと落ちているのかなと思いますね」
今や越境入学は当たり前だ。沖縄に限った話ではない。野球留学の是非は賛否両論あるなか、比嘉監督は複雑な思いを抱いている。
「本音は残ってほしいなと思うけど、進路選択はその子の自由なんで......。もっと言うと、僕ができたかっていうと、できないんで。本島に残ることはできたとしても、外に出て勝負しようなんて思わないし。出ていく子たちはそれなりの覚悟を持って行っていると思うので、それはすごいなと感じます。ただ本音としては、この小さい島に残ってやりたいなと思いますけどね」
本州の最南・鹿児島県から約660キロ。沖縄はその文化だけでなく、野球の環境も独特だ。
12月でも20度に達する日もあるくらい温暖で、キャンプ地に選ぶプロ球団が増えている。その恩恵で設備も整えられたことが、選手輩出につながっているという見方もある。だが冬の間は芝生の養生のため、球場を借りるのは難しい。
本土の強豪校はライバルに手の内を隠すべく、同県との練習試合を避ける傾向にあるが、沖縄では県内同士でなければ実戦機会を設けるのは難しい。沖縄ならではのハンデがさまざまあるが、なんとか乗り越えたいと比嘉監督は工夫を凝らしている。
「そういう制約がある県だからこそ、『意識だけは全国に置こうぜ』っていう話はよくしますね。体つきや動きとかを見ることはできないけど、意識だけはしっかり持たないと行動が変わらないと思うので。『仮想全国』と、僕らはやっている。だから沖縄のチームが勝つって、すごく価値があることだと思うんですよね」
2年ぶり8回目のセンバツへ。九州王者は郷土の誇りを胸に、全国の舞台で高みを目指す。
つづく>>
https://news.yahoo.co.jp/articles/7323337c33b8c46cfac21db2107e80bc0d1bb32a
日本学生野球協会の審査室会議が28日、都内で開かれ、高校11件の処分が決定した。
今春センバツ出場が決まっている東洋大姫路で、25歳のコーチが暴言と体罰により昨年9月21日から3カ月の謹慎処分を受けていたことが判明。3年生部員Aのあいさつが雑だと感じたとして指導し、「なめとんか。野球部を引退してえらくなったと勘違いしてるんちゃうか、クソガキ」などと発言。その後、肩を数回押すなどしたという。
また、東京・早大学院は中学生の練習参加規定違反と接触ルール違反で68歳外部指導員の監督が無期謹慎。通常、学校側への通知や、関係者の同意書の提出など手続きを行った上で、学校説明会などと併せて行われる体験練習を独断で実施。禁止されている中学生への家庭訪問も行っていたという。いずれも、高野連が定める規定に違反していることを認識しながら複数年にわたり行っていたことが分かった。
💢信太が部員の競艇場、パチンコ店入場などで対外試合禁止1か月 新潟産大付も危険行為などで対外試合禁止1か月
https://news.yahoo.co.jp/articles/c107abfad4f4717719217ebd158ccb5e17c4d54f
信太(大阪)は複数の部員による競艇、パチンコ店入場と飲酒のため、1月8日から1か月間、対外試合禁止の処分が科された。
昨夏の甲子園に初出場した新潟産大付は、部員の部内いじめとSNS不適切利用、危険行為と喫煙のため、1月8日から1か月間の体外試合禁止となった。ビニールハウスの練習場内で、ライターの火に向かって、滑り止めのスプレー缶から噴射し、その模様をスマホで撮影、SNSに投稿するなどの危険行為があった。
💢日本学生野球協会、高校11件処分 成立学園の監督と助監督 東洋大姫路のコーチなど
https://news.yahoo.co.jp/articles/918961debdbe83eddb932036faf154acbaddc335
日本学生野球協会は28日、都内で審査室会議を開き、高校11件(1件は校名非公表)の処分を決めた。
成立学園(東京)は監督(56歳、事務職員)と助監督(29歳、事務職員)の部内による暴言と不適切指導により、監督は25年1月7日から4カ月、助監督は25年1月7日から3カ月の謹慎処分。
東洋大姫路(兵庫)のコーチ(25歳、非常勤講師)は部内での暴言と体罰により、24年9月21日から3カ月間の謹慎処分。
新潟産大付は野球部部員による、いじめ。また、バットの滑り止めで使うスプレー缶をライターの火に向かって噴射し、部員のお尻に当たるなど、極めて危険な行為。SNSの不適切利用や喫煙により、25年1月8日から1カ月の対外試合禁止。
益田東(島根)はコーチ(30歳、非常勤講師)の部内による体罰により、24年12月20日から1カ月の謹慎処分。
早大学院(東京)の監督(68歳、外部指導員)は中学生の練習参加による規定違反と、中学生との接触ルール違反により24年10月5日から無期謹慎処分。
防府商工(山口)の監督(44歳、教諭)は部内での暴言、体罰、不適切指導と報告義務違反で25年1月9日から4カ月間の謹慎処分。
信太(大阪)は部員10名がボートレース、遊戯場への出入り。また、居酒屋で飲酒していたことがわかり、25年1月8日から1カ月の対外試合禁止。
船橋北(千葉)は監督(57歳、教諭)の部内での体罰、不適切発言と不適切指導、報告義務違反により、24年10月17日から4カ月の謹慎処分。
オイスカ浜松国際(静岡)は、部員6名による、窃盗と飲酒により25年1月23日から1カ月の対外試合禁止。
📝高校野球静岡大会、7月5日から試合、28日決勝 開会式6月29日
https://news.yahoo.co.jp/articles/5c64034fe01cf8def6492c9421adaaa217434eea
静岡県高校野球連盟は27日の理事会で、第107回全国高校野球選手権静岡大会の日程を明らかにした。
大会は県高野連と朝日新聞社の主催で、6月29日に草薙球場で開会式を催す。試合は7月5日から県内10球場で始まる。順調に進めば、決勝は同球場で同28日の予定。
組み合わせ抽選会は6月21日、焼津市の焼津文化会館である。
📝まもなくプロ野球キャンプ!開業15周年・沖縄セルラースタジアム那覇の「土守」
https://news.yahoo.co.jp/articles/540b10b252e49276e76bf77db6c22b39be936e41
完成して今年で15年になる沖縄セルラースタジアム那覇。まもなく行われるプロ野球キャンプを前に、1年に一度行われる「グラウンドメンテナンス」に密着しました。
寺崎アナウンサー「天候不良で延期が続いていましたが、きょうは晴天です。いよいよ一年に一度の作業が始まります」
県内で開催されるプロ野球公式戦や、高校野球などの舞台として定着している沖縄セルラースタジアム那覇。
1960年に開業し、かつて「沖縄高校野球の聖地」として知られた奥武山球場がリニューアルオープンして2010年に完成すると、ここで数々のスター選手が生まれ、沖縄県民を興奮の渦に巻き込む名勝負が繰り広げられてきました。
2025年で開場から15年。9月には高校野球U18のワールドカップの舞台となることが発表され、より注目が集まります。
【12月20日 種まき作業】
年内の大会やイベントを一通り終えた12月。先に行われたのは、外野の天然芝の種をまく作業です。
一年間絶え間なく行われてきた試合やイベントを経て、一部が茶色くなった芝。夏芝が枯れ始める中、冬芝を撒く「オーバーシード」という作業を行い、2月に行われるプロ野球・巨人のキャンプに備えます。容器にこぼれないように丁寧に広げられた西洋芝「ペレニアルライグラス」。成長すると、鮮やかな緑が外野に浮かび上がると言います。
比嘉英作さん「幅を決めて、その前に位置出しをやってずれないようにして、ムラの内容にまくのが一番気を付けるポイント。球場に入って見たときに『きれいだな』という思いが、選手の頑張ろうと思うきっかけになれたらいいなと思ってやっている」
専用の機械、ロータリースプレッダーが種を飛ばしながら、芝の上をすべる音がスタジアムに響き渡ります。レフトからライトまで、1人で黙々と作業を続け、およそ5時間。種をまき終えると、午後には、スパイカーシーダーを運転しながら土の中に確実に種を入れ、芽が出てくるまで、毎日散水をしながら待ちます。
【12月23日 耕うん作業】
外野の種まき作業から3日後、本部港から新しい土が到着し、内野のグラウンドに入りました。毎年60~80トンの土を購入し、プレーする選手たちを支えます。
「もうちょいいける?」「Maxで行きます?」「一回Maxにして」
おととし購入したという自前の耕運機を入念にチェックする土守たち。普段は3カ月に一回、5センチほど掘り起こし、新しい土が常に表面に来るようにしていますが、今回は8センチから10センチの深さになるように進めていきます。
「一年間使ってきてへこみが出てくるのをリセットする作業なのでとても重要な作業」
沖縄セルラースタジアム那覇では、鹿児島で生まれた黒土と砂を7:3の割合でブレンド。ほどよい弾力のある黒土に水はけの良い砂が入ることでボールがうまく転がり、雨が降っても短時間で試合が再開できるようになると言います。
スタッフはほとんどが元高校球児。このグラウンドで選手としてプレーした経験を仕事で生かす職人たちが多くいます。
又吉悠斗さん「整備には力を入れてきた学校だったのでこっちを選んで、沖縄一の球場なのでそこに入りたいという思いが少しはあった」
開始からおよそ2時間あまり。夜になるまで作業は続き、土はほろほろになりました。
【12月24日 耕うん作業】
その翌日。3日前に植えた冬芝の芽が一本だけわずかに出ていました。
比嘉英作さん「例年だったら散水し始めて4・5日でこんな感じで出てくるので。きょうで3日目」
一方、内野のグラウンドに登場したのはローラー車。外側から内側に向かい、マウンドの周りを回りながら土をならしていきます。一見平らになったように見えますが、よく見ると、グラウンドには不規則な傾斜が。土の盛り具合をチェックしながら、多めに積まれているところから少ないところへ運び、より正確な均衡を作っていきます。
平仲佑規さん「なんとか天候に恵まれてとりあえず安心」
仲間に指示を送り、ともに汗を流すのは、平仲佑規さん。職員・非常勤合わせてわずか10人ほどのチームを取りまとめます。
豊見城南高校出身の平仲さんもこの球場でプレーした元球児の一人。海上保安官を養成する学校・ライフセーバーを経て、友人の紹介により、2年前に沖縄セルラースタジアム那覇のグラウンドキーパーになりました。
平仲佑規さん「私たちの代の夏の決勝がセルラースタジアムで、その頃から憧れはあった」
この日は「クリスマスイブ」でしたが、関係なし。総出で作業にあたるスタッフたちは、時々談笑も交えながらトラックのハンドルやトンボを握り、年末恒例の一大作業に従事します。
平仲佑規さん「経験が浅いチームなのでこれから経験を積み重ねていければ。みんなで言っている、プロ野球のオールスターをできれば良いなと思っている」
作業には、平仲さんの師匠で、開場した時から去年8月までこの球場でグラウンドキーパーを務めていた、真栄城走さんも様子を見に来ました。
真栄城走さん「(平仲さんは)とても熱心で真面目で、言ってきたことにもついてきてくれて『一緒にやっていこう』とメンバーの中でもとても心強かったし、私も退職はしたけど平仲だったら任せきれると思ったので10自信もってやっていけると思う」
新しい芝と土を入れ、一年の基盤を作る「グラウンドメンテナンス」。まずは2月のプロ野球キャンプに向けて、最高のグラウンドを作る準備は直前まで続きます。
平仲佑規さん「一番は選手が使いやすいグラウンド、プロ野球キャンプはたくさんのお客さんもいるので見栄えの良いグラウンドを作れれば。まだほかの甲子園とかと比べると15年は短く見えるけど、どんどん20年30年続いていくグラウンドだと思うので、少しでもその力になれれば」
リニューアル開業から今年で15年を迎える沖縄セルラースタジアム那覇。高校野球の歴史を刻む、新たな1年が始まります。
良いグラウンドの条件は「弾力があり、地がしっかりしていて、表面に上砂があり、水はけがよく、水持ちもよい」ことだそうです。
この「土守」さんたちは、試合が行われる前後の天気に応じて水分量を調整したり、雨が降った時には1時間以内に試合を再開できるようにして、野球に適したグラウンドを作るべくほぼ毎日手入れを行っています。
選手たちを陰で支えている存在があるこそ、プロ野球や高校野球が盛り上がっていると分かりました。ぜひ大会の時に注目していただきたいと思います。
📝沖縄の高校野球が抱える県外流出問題に沖縄尚学・比嘉監督は「本音は残ってほしいなと思うけど...」
https://news.yahoo.co.jp/articles/1d48a551e124fb15e63771aa8f7154dc59536dc8
群雄割拠〜沖縄高校野球の現在地(2)県内屈指の人気校・沖縄尚学(前編)
1月24日に発表された2025年のセンバツ出場校で、九州王者・沖縄尚学も順当に選出された。
「やっぱり沖尚っていうブランドがあります。2024年に入学した1年生(新2年生)のピッチャーも、沖縄県のトップ5がみんな行っています。2年生(=新3年生)の野手にもすごい連中がいる」
そう話したのは、九州大会準優勝校で同じくセンバツ出場を果たしたエナジックスポーツの神谷嘉宗監督だ。
昨年夏、そのエナジックスポーツをはじめ、KBC、日本ウェルネス沖縄というカタカナ、アルファベット表記の高校が大躍進し、「沖縄高校球界の異変」という切り口の記事があふれた。
だが結局、頂点を極めたのは老将・我喜屋優の率いる興南だった。県内最多の14回目となる甲子園に駒を進めている。
一方、沖尚は夏の3回戦でエナジックスポーツにコールド負けを喫したが、秋は県大会、九州大会ともに決勝で同校に雪辱を果たした。
はたして、沖縄球界に変化は生じているのか。昨年末、沖尚の比嘉公也監督に尋ねると、真っ先に口にしたのは、ある違和感だった。
【伝統校って呼ばれることに違和感】
「なぜか知らないけど、急に僕らが『伝統校』って言われるようになったと感じています。新鋭校という表現に対する、たとえだと思うんですけど......伝統校なのかな?」
沖縄には、もっと由緒ある高校がある。1999年春、沖尚の背番号1をつけて県勢初の甲子園優勝を果たした比嘉監督はそう感じている。
「僕らが学生の頃って、沖縄水産がブランドでした。僕の1個上が新垣渚(元ソフトバンクなど)さんの時で、本当に強かったんですよ」
当時、沖縄の高校野球をリードしていたのは、栽弘義監督の沖水だった。1990年夏に甲子園で県勢初の決勝に進出し、翌年夏も決勝進出を果たすなど、「沖縄高校野球の水準を飛躍的に高めた名将」と名を残している。
それから数十年が経ち、高校野球は全国的に私立優位だ。沖縄も例に漏れない。
比嘉監督は2006年に24歳で沖尚の監督に就任すると、2年後の2008年、エース東浜巨(現・ソフトバンク)を中心にセンバツ優勝に導いた。
対して、我喜屋監督は56歳となった2007年から興南を率い、3年後の2010年にはトルネード左腕・島袋洋奨(現・興南コーチ)を擁し史上6校目の春夏連覇を飾っている。
以降、沖縄の高校野球は二強がリードしてきた。少なくとも周囲がそう考えるなか、当人たちは互いをどう見ているのだろうか。
「最近の(いい)選手は沖尚に行くからね......」
興南の我喜屋優監督はそう漏らした。沖尚は2024年秋の沖縄大会で150キロを計測した左腕・末吉良丞を筆頭に、田場典斗、大城諄來、新垣有絃と4人の1年生投手がベンチ入りした。周囲がうらやむのも当然だろう。
【周りの評価と現実とのギャップ】
しかし、内実は周囲の見方と異なる場合も珍しくない。沖尚を率いる比嘉監督は反論する。
「2024年に入学した1年生が中学生の時、『今年は沖縄尚学に集まっている』って例年以上に言われていたんですよ。でも僕が見たら、正直『ん?』というレベルでした」
たとえば、末吉は浦添市立仲西中学時代から「球の速いピッチャー」として知られたが、沖縄尚学は三顧の礼で迎えたわけではない。比嘉監督が続ける。
「中学時代に投げているのを、一度も見たことがないんです。『球の速いピッチャーが興南高校の近くの中学にいる』と聞いて、『左なら興南だろう』って勝手に思っていました。向こうが声をかけているだろうし、どのみちウチに来る可能性は低いだろうと思って見に行ってないんです(苦笑)。そうしたら本人が『沖縄尚学でやりたい』と希望しているということで、『ぜひ来てよ』と」
1年生の夏から公式戦で活躍、昨年の明治神宮大会初戦で先発して才能の片鱗を見せた末吉は、センバツでも注目投手のひとりに挙げられるはずだ。
球速の高速化が著しく進む昨今だが、1年生左腕が150キロを計測したインパクトは強い。その事実だけでも、周囲は「怪物」というイメージを浮かべるものだ。
だが、比嘉監督は「その数字だけが先行している」と語る。
「速いと言えば速いけど、何とかなるボールだと思います。今はただ『ブン!』って投げているので、バッターは『このくらいのボールが来そう』と読めると思う。本人的にも、空振りがとれていないのは自覚しています」
ラプソードでストレートを測ると、回転軸が10時の方向に傾いている。回転効率を高めるには、12時に近づけたほうがいい。末吉は腕の位置をトレーナーと試行錯誤しているが、比嘉監督は「しばらく見守る」という姿勢を貫いてきた。高校生には成長の波があり、現状の末吉は「停滞期」のなかで必死にもがいているように映るからだ。
「本人が『変わりたい、変わっていきたい』っていうのは伝わってきます。でも、変えなくていい部分もあると思うけど、人生って難しいじゃないですか。主体性が大事だけど、高校生たちには『とりあえず、これやっておいて』という強制の部分も必要だと思うんですね。でも、それをやりすぎて、『どうせ自分が考えたことは否定されて、これをさせられている』という印象にもなってほしくない。ちょうどいい、中間が難しいです」
【多くのプロ選手を輩出】
沖縄の野球少年たちは、なぜ沖尚に憧れるのか。大きな理由のひとつは、選手が育っているからだろう。現役では東浜をはじめ、嶺井博希、リチャード(ともにソフトバンク)、與座海人(西武)、岡留英貴(阪神)らがプロの世界に羽ばたいている。
2008年には、那覇市内の学校から車で約20分の八重瀬町に『尚学ボールパーク』が完成。以前は学校の狭いグラウンドで練習していたが、恵まれた環境で取り組めるようになった。
文武両道を掲げる進学校というブランドイメージもあり、県内で沖尚の人気は根強い。それでも、有望な中学生の県外流出は増えるばかりだ。比嘉監督がその傾向を強く感じ始めたのは15年ほど前だった。
「興南の島袋洋奨たちが春夏連覇したあとから、県外に進む中学生が一気に増えたような印象があって......それまでもいたとは思うけど、『なんか、あれ?』みたいな感じですね。沖縄が注目されたのもあると思います」
2008年春に沖縄尚学が9年ぶりのセンバツ優勝を飾ると、同年夏には現エナジックスポーツの神谷監督率いる浦添商業がベスト4進出。そして2010年には興南が春夏連覇を達成した。
沖縄の子は運動能力に優れている──。巷でよく言われ、そう明言する学者もいる。県内出身の比嘉監督は懐疑的だが、プロ野球に目を向ければ山川穂高(ソフトバンク)や平良海馬(西武)、宮城大弥(オリックス)らが球界を代表する選手に成り上がった。
反面、興南が2010年に春夏連覇を達成して以降、甲子園ではどこもベスト8の先に進めていない。2023年夏、優勝した慶應義塾に準々決勝で敗れた沖縄尚学の比嘉監督は吐露する。
「県全体のレベルが落ちている感じは正直します。東浜とか島袋がいた時の5年間ぐらいって、沖縄県は強かったと思います。県外に出ているのを言い訳にしたくないですけど、ちょっと落ちているのかなと思いますね」
今や越境入学は当たり前だ。沖縄に限った話ではない。野球留学の是非は賛否両論あるなか、比嘉監督は複雑な思いを抱いている。
「本音は残ってほしいなと思うけど、進路選択はその子の自由なんで......。もっと言うと、僕ができたかっていうと、できないんで。本島に残ることはできたとしても、外に出て勝負しようなんて思わないし。出ていく子たちはそれなりの覚悟を持って行っていると思うので、それはすごいなと感じます。ただ本音としては、この小さい島に残ってやりたいなと思いますけどね」
本州の最南・鹿児島県から約660キロ。沖縄はその文化だけでなく、野球の環境も独特だ。
12月でも20度に達する日もあるくらい温暖で、キャンプ地に選ぶプロ球団が増えている。その恩恵で設備も整えられたことが、選手輩出につながっているという見方もある。だが冬の間は芝生の養生のため、球場を借りるのは難しい。
本土の強豪校はライバルに手の内を隠すべく、同県との練習試合を避ける傾向にあるが、沖縄では県内同士でなければ実戦機会を設けるのは難しい。沖縄ならではのハンデがさまざまあるが、なんとか乗り越えたいと比嘉監督は工夫を凝らしている。
「そういう制約がある県だからこそ、『意識だけは全国に置こうぜ』っていう話はよくしますね。体つきや動きとかを見ることはできないけど、意識だけはしっかり持たないと行動が変わらないと思うので。『仮想全国』と、僕らはやっている。だから沖縄のチームが勝つって、すごく価値があることだと思うんですよね」
2年ぶり8回目のセンバツへ。九州王者は郷土の誇りを胸に、全国の舞台で高みを目指す。
つづく>>