自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」

ようこそいらっしゃいました。監督(管理人)の宏鈴法師です。当掲示板は全国どこの話題でもOKですのでどうぞ野球談義・よもやま話をお楽しみ下さい!なお、ご意見ご要望はメールでお願いします。悪しからずご了承くださいませ。


紀州レンジャーズ チーム結成以来全成績 175勝187敗35分け 42雨天中止  4新型インフルエンザ発生&流行中止1降雨ノーゲーム(OBチーム1試合)
 広陵から関西とKKコンビから今度は、済美にも飛び火か。空気が表に出しやすくなってきているのかな?
 カメムシ、灯油とかあの代にあったね!その時の注目選手はその後プロ野球で追放?墨リーグで頑張っているようですね。
 
 関東・東海が当確ラインが見えてくるし、近畿もかな!四国も!
中国は今日からだっけ、九州が明日からの予定だったかな?
 心配は天気予報ですね!
島根中央は公立高なのかな?

 花園大学の藤原君は水口高校時代は滋賀学園などに序盤早々敗退してあまり注目されなかったが、大学の名前みたいに花が咲くように注目選手になりましたね!
 亜細亜の斉藤君は宝塚出身みたいですね。
 私には分からないけど宝塚も広いんでしょうね!
2025/10/24(金) 20時39分17秒 No.2086 編集 削除
⚾明日の中国大会岡山県勢組み合わせ(初日 1回戦 UPRスタジアム・西京きずなスタジアム)
西京きずなスタジアム 11:00~  関 西 (岡山3位)-島根 中央(島根1位)
UPRスタジアム   13:30~ 玉 島 商(岡山2位)-石見智翠館(島根2位)

💢十分な調査なく「重大ないじめ」認定され不当に退学処分 松山の済美高を元生徒2人が提訴
https://news.yahoo.co.jp/articles/6111250e444e1e94478664bf6a9909f61f890307

十分な調査がなく「重大ないじめ」と認定され不当に退学処分などを受けたとして、愛媛県松山市にある済美高校の元生徒の2人が、この高校に対し損害賠償などあわせて約2000万円を求める訴えを松山地裁へ23日に起こしました。

訴えを起こしたのは、今年7月まで済美高校に通学していた元生徒2人です。

原告代理人によりますと、元生徒2人は今年4月に済美高校に入学後、今年6月上旬までの間に同級生とトラブルに発展。学校側は6月5日に他の生徒から報告を受けてトラブルを把握し、関係者などから聞き取りを行った結果、「重大ないじめ案件」などと認定し、元生徒2人を今年7月に退学処分や自主退学処分にしました。2人はすでに別の高校へ転学しています。

原告側は学校の対応に対し、当事者間のトラブルがガイドラインなどに沿っていじめと認定できるか十分な調査もしておらず、2人への聞き取りも「言い訳」と決めつけ処分ありきで不適切だったと主張。処分は校長の裁量権の濫用にあたるなどとして、
慰謝料と損害賠償あわせて約2000万円を求める訴えを松山地裁に起こしました。

済美高校は訴えに対し「訴状が届いておらずコメントを差し控える」としています。

🔥川本町の「希望」の星・島根中央 初の「甲子園」かけ中国大会へ 和田毅さん育てた「名伯楽」が指導
https://news.yahoo.co.jp/articles/2155b7c085308b02c5533e8bcee4cbbdbbd3b4f4

2026年春の「センバツ」につながる高校野球中国大会が、10月24日から山口県で開かれます。出場する山陰勢6校のうち、注目は川本町の島根中央高校です。
2007年に川本高校と邑智高校が統合し、学校創立19年目で秋の県大会を初めて制して挑む中国大会、念願の「甲子園」へ約3000人の町民の期待も高まっています。

川本町の町民球場。2026年春のセンバツ大会につながる大一番で、24日から始まる中国大会に向け追い込みをかけるのは、島根中央高校の野球部員。9月の秋の県大会で、学校創立19年目で初めて優勝を果たしました。

島根中央高校野球部・塩崎孔輝主将:夏に初戦敗退という結果で終わってしまって、メンバーの中でも絶対秋取るっていう気持ちが大きかったので、そして今回この秋の大会で優勝できたっていうことは素直に嬉しいです。

秋の県大会では、キャプテンでエースの塩崎孔輝投手を中心に5試合で5失点。切れ目のない打線で1試合平均7得点を挙げるなど、攻守がかみ合い、県内の強豪校を次々と撃破しました。

島根中央高校野球部統括顧問・新田均さん:1試合ずつ上手になったなと思いますよ。試合ごとに上手になった。

こう話すのは「統括顧問」の新田均さん。監督として、浜田、大社を春夏あわせて8回、甲子園に導いた島根の高校野球界きっての名指導者です。7年前に教員を定年退職したあとも、島根中央高校の統括顧問として指導にあたっています。

統括顧問・新田均さん:一戦一戦いいプレーを繰り返してやったり、勝つ喜びを得たりとか、そういうことを繰り返していくうちに、要するに精神的なものが自信につながって、物怖じしなくなるし、緊張もいい緊張になっていくし、パフォーマンスがどんどんどん上がってきますね。

監督を務めるのは和田誉司さん。2024年に現役を引退した元福岡ソフトバンクホークスの和田毅さんの弟です。
新田さんが浜田高校時代に毅さんを指導。島根出身のレジェンドでつながる2人がナインを鍛えています。

島根中央高校・和田誉司監督:一つ優勝できたことによって喜んでくださる声はいただいている。もっと喜べるようにと思っています。

学校がある川本町は人口約2900人。隠岐を除く本土ではもっとも小さな町です。
島根中央高校は2007年に川本・邑智の2校を統合して誕生。町でただ一つの高校の野球部は町民にとっても「希望」の星です。

町民:喜ばしいことですからぜひ頑張っていただきたいですね。
町民:この前強い勝ち方したじゃないですか。たぶんいいところまで行くんじゃないですかね。

島根中央高校野球部・塩崎孔輝主将:野球部としても街に出た時にやっぱり地域の人と距離がかなり距離が近いというのは感じるので、自分たちが結果を残して、地域の人に地域の方々にさらに活気をもたらしたいと思います。

小さな町から初めての甲子園へ。町民の期待を胸に島根中央ナインは大きな舞台に挑みます。

統括顧問・新田均さん:(甲子園は)そんなに簡単にはいかないんですけどね。簡単ではないけども、行けないところではない。

中国大会は山口市で24日開幕、島根中央高校は24日の1回戦、岡山の関西との対戦します。

☟指名漏れ・大阪桐蔭エースは「育成はお断りしている」 会見場に姿見せず…西谷監督が説明
https://news.yahoo.co.jp/articles/4d641bb85bb1068cd266924f6b489b2808cd31ce

プロ野球ドラフト会議が23日に都内で行われた。大阪桐蔭のダブルエース・森陽樹、中野大虎両投手が大阪府大東市の同校で吉報を待ち、森はオリックスから2位指名を受けた。一方の中野は支配下での指名がなく、会見場に姿を見せず。西谷浩一監督は「育成はお断りしている。この先はまだ何も決めていません」と説明した。

1年春の練習試合で149キロをマークし、スーパー1年生として話題となった中野は、森と共に1年秋からベンチ入り。2年夏の甲子園では初戦・興南戦で先発を担い、4安打完封勝利をあげた。今夏は主将兼エースとしてチームを引っ張ったが、府大会決勝の延長10回に2失点し、甲子園出場を逃した。9月には侍ジャパン高校日本代表としてU-18・ワールドカップに出場。準優勝に貢献している。

取材に応じた西谷監督は、中野について「育成はお断りしている。社会人や大学も勧めたが、本人が強い気持ちをもって高校からプロにいきたいと言った」と説明した。支配下の指名が終わった瞬間については「ありがとうございます、としっかりと言っていた。中野のことなので、明日からまたしっかりとやってくれると信じています」と明かし、信頼を寄せていた。

📝大阪桐蔭「藤浪世代」の平尾奎太が語る新たな出発 「ドラフトにかからんほうがよかった」と言える人生を
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/hs_other/2025/10/22/post_109/

指名漏れの憂き目にあった翌年、平尾奎太は25歳となり、Honda鈴鹿の投手陣最年長に。4年目からはポジションも先発からリリーフとなった。
社会人野球は基本的に先発の軸は二枚で構成され、都市対抗や日本選手権といった主要大会をそのふたりで回すことが多い。

この頃の平尾は、主要大会ではロングリリーフを含む中継ぎとして起用され、それ以外の地方大会やオープン戦では3〜4イニングの先発を任されていた。かつてのようなエース格ではなくとも、チームにとって欠かせない投手であり続けた。

【コーチの打診を受けるも...】
 
社会人7年目となった一昨年の6月にも話を聞く機会があった。平尾はちょうど、進退について考える時期に差しかかっており、幼馴染の水本弦が5年で社会人野球を引退した時の話になった。
ある日の練習試合で顔を合わせた時、水本は「オレ、今年でやめるわ」と、まるで今日の天気を話すような調子で口にしたという。そして、淡々とその決断の理由を語った。

「プロを目指して頑張っている後輩を見たり、日本一になったことのないヤツが『日本一になりたい』って必死にやってる姿を見たら、もうオレにはあのモチベーションはないなって思って。プロの可能性もなくなったし、高校でも大学でも日本一になった。じゃあ、もうやる理由はないわ、って」

その言葉を聞きながら、平尾は「高校、大学とやりきれなかった自分には、まだ戦うモチベーションが残っている」と感じた。「もっと投げたい。勝負したい。まだ成長できる。上を目指せる」と、いくつもの思いがあふれてきた。しかし現実は、平尾の思いとは別のところで静かに進んでいた。

水本の話を聞いてからしばらくして、コーチの打診を受けた。平尾は「西谷(浩一)先生にだけは、(意見を)聞きたいなと思って......」と電話をした。「どう思いますか?」と尋ねる平尾に、「オレは決められへんけど」と言ってこう続けた。

「自分で『まだ現役をやれる』『1年でも長くやりたい』って気持ちがあるんなら、選手一本でやらせてください、って言ったらええんとちゃうか。その代わり、来年1年でクビになるかもしれん。そうなったら、それはもうタイミングの問題や。そこでコーチの話はもうなくなると思うけどな」

【現役続行決断で芽生えた2つの目標】
 
どこかで望んでいた答えを信頼する西谷からもらい、迷いは消えた。そして同時に、新たな目標が生まれた。好きな野球を、少しでも長く続けたいと。

「厳しいですけど、藤浪(晋太郎)、澤田(圭佑)のふたりより長く現役をやりたいという気持ちが湧いてきたのと、もうひとつは社会人で11年やった父よりも長くやりたいと。そこが今のモチベーションになっています」

平尾が野球人生の岐路に立っていた頃、藤浪は制球難に苦しみながら活路を求めて海を渡り、澤田もオリックスでの自由契約を経て、ロッテの育成選手として再出発を果たしていた。
ふたりに負けない。父を超える──。そのためにも、もう一度前を向こう。この話を聞いたのは、一昨年の都市対抗予選で敗退してしばらく経った頃だったが、前向きな言葉が次々とこぼれてきた。

「今年は春先から144キロが出たりして、4年目、5年目あたりの頃よりもボール自体はよくなっているんです。リリーフって、明確な数字を残さないと整理対象になりやすいポジションなので、防御率と奪三振率にはこだわっていました。

昨年末に監督と面談した時も、『リリーフでやる以上、奪三振率は9を割らない。防御率も1点台をキープします』って宣言して。いま奪三振率は9.75、公式戦だけなら10.80でチームトップ。防御率も1点台で来ているので、目標はちゃんと達成できているんです。だから、5月から始まる都市対抗予選は本当に楽しみだったんですけど......」

しかし、チームは1勝したあと3連敗で予選敗退。平尾に登板の機会が巡ってくることはなく、戦いは静かに幕を閉じた。結果的に現役最後のシーズンとなった8年目の昨年は、公式戦での登板がわずか4試合。夏に腰を痛めたこともあったが、起用のされ方に、ベンチからの自身への評価が伝わってきた。マウンドを降りる時が、確実に近づいていた。

「社会人は試合数も少ないので、若手を育てるためには、どうしても上の選手を外していかないといけないんです。ウチのチームは新人をけっこう獲ることで知られていて、前の年は左投手を獲ってなかったんですけど、最後の年は練習参加の選手を見ていると左が多くて。 『あっ、これは左を獲る気やな』って。チームには左が4人いたので、たぶんふたり切られて、ふたり獲るなと思っていたら、そのとおりでした」

【野球を引退し社業に専念】
 
予想は的中し、切られるふたりのうちのひとりに自身が入った。

「面談の時に『今年限りで』と言われるんですけど、だいたい察しはつくんです。面談の時間割の並びを見ていたら、僕らと同じくらいの歳の選手が先の時間に固まっていて。『ああ、そういうことか』って」

少しして西谷へ電話を入れると、労いの言葉が続いた。この時のやりとりは、西谷もはっきり覚えていた。

「僕はよく『30歳まで現役でできたら大したもんや』って子どもたちに言うんです。だから平尾に、『西谷先生が言う30までできました』って言われてね。高校時代のことを思えば、ここまでやれるとは思っていなかったので、『ようやった』と伝えました。『社会人は8年です』って言うから、『お父さんは何年や?』って聞いたら、『11年です。父を超えたかったんですが......』と。それを聞いて、『父は偉大ということや』と最後に言ったのを覚えています。ここからは、きっと仕事でも頑張ってくれると思います」

野球のない暮らしも、まもなく1年となる。現役時代のシーズン中は、朝8時から正午まで社業に就き、午後2時から練習というサイクルだった。今は朝からフルタイム勤務。先輩に付きながら仕事を覚え、この4月からは2つ目の部署に異動した。『四輪生産本部 生産統括部 鈴鹿製作所 完成車保証部 製品技術科』。部署名を眺めるだけで、「世界のホンダ」を実感する。

「今の時代、野球でとってくれても、グループ会社採用が多いと思うんですけど、ホンダは正社員としての本社採用なんです。そこから鈴鹿製作所に出向という形になります。中に入って感じるのは、福利厚生や手当が本当に充実していてありがたいということ。そして、これだけの大きな会社だからこそ、いろんな仕事があるということです。僕らの周りを見ていると、独立して個人事業主としてやっていくのもひとつの道ですけど、縁があって入れたこの大企業のありがたさを感じながら、会社のなかでいろんなことに挑戦していきたい。営業もしたいし、海外でも働いてみたい。野球が終わった今、ここからがまた楽しみなんです」

野球一筋で生きてきた選手たちが、現役を終えたあとに生きづらさを感じるケースは少なくない。しかし、平尾の姿からは、その種の心配はまったく伝わってこない。将来的には、自身の病の経験を生かし、それを仕事にもつなげていきたい──そんな静かな思いを胸に、彼は新たな人生を歩み始めている。

【突然見舞いに来てくれた岩田稔】
 
大阪桐蔭時代、病を発症してどん底の気分に落ちていた頃のこと。病室に、大阪桐蔭OBで当時阪神タイガースの主戦投手だった岩田稔が、突然見舞いに訪れた。西谷が岩田に「時間があったら、励ましに行ってやってくれ」と電話を入れたのがきっかけだったが、岩田はその連絡を受けたその夜のうちに病室へ駆けつけてくれた。

「病院の大部屋で、親と一緒にテレビで阪神戦を見ていたんです。そしたら突然カーテンが開いて、『岩田です』って。『えっ......』って、ほんと、びっくりしました。サイン入りのグラブまで持ってきてくださって、そこからいろいろ話もしてもらって。さらに、その3日後の試合で岩田さんが完封して、それを見てまたしびれました。

岩田さんが糖尿病に関する啓蒙活動や、子どもたちの支援活動をされていることも知って、自分ももしプロ野球選手になれたら、経験を生かしてそういう活動をしたいと思っていたんです。プロにはなれなかったですが、これから仕事をしていくなかで、またそうした活動に携わっていけたらと思っています」

社内には、社会貢献につながる部署などもあり、平尾のなかでは未来図がいくつも広がっている。

「そのためにも、まずは一つひとつ仕事を覚えていかないと、です」そう言って笑う表情に、次のステージを歩み始めた男の確かな充実がにじんでいた。

落ち着いた語り口のなかに、聡明さを感じさせる思考がある。あえて「大阪桐蔭っぽくないね」と水を向けると、「昔から言われます」と笑った。「勉強もできそうで......」と続けると、「できます!」と即答。

「大阪桐蔭野球部のなかでの"できます"ですけど(笑)」

中学時代は、学年約300人のなかで3位の成績を取ったこともある。塾に通いながらも、大阪桐蔭での活躍、そしてプロの夢を追いかける、そんな野球少年だった。もし病に見舞われていなければ。もしプロに進んでいたら。振り返ると、いくつもの"もし"の先につながった人生を、平尾は堅実に歩んでいる。

「ここからいろんなことに挑戦して『ドラフトにかからんほうがよかった』と言える人生を目指します」

大阪桐蔭の春夏連覇のメンバーとしての誇りを胸に、平尾は社会人として新たな一歩を踏み出した。

📝【ドラフト】 大阪桐蔭・中野大虎、未来富山・江藤蓮らが無念の指名漏れ
https://news.yahoo.co.jp/articles/3ffd3675c81112ec91d1891b4089e8783d00521d

今年のドラフト会議が全て終了。支配下で73人、育成では43人が指名された。一方で、指名がなかった主な選手は以下の通り。

【投手】

吉川 陽大 仙台育英
黒木 大地 帝京
江藤  蓮 未来富山
鏡  悠斗 滋賀学園
中野 大虎 大阪桐蔭
宇佐見球児 西条

松永 大輝 白鴎大
渡辺 向輝 東大
高須 大雅 明大
バデルナ・フェルガス 青学大
三奈木亜星 中大
篠原 颯斗 日体大
野口  練 近大
由上  慶 京産大
田村 剛平 京産大

瀬崎  絢 日本製鉄かずさM
阿部 雄大 ENEOS
川原 嗣貴 ホンダ鈴鹿
遠藤 慎也 日本新薬
谷脇 弘起 日本生命
岩本龍之介 JFE西日本

【捕手】

小出 望那 大産大

有馬  諒 ENEOS

【内野手】

高田 庵冬 仙台育英

池田 彪我 東洋大

松浦 佑星 ENEOS
熊田 任洋 トヨタ自動車
山田 健太 日本生命

【外野手】

垣内  凌 浦和学院
田島 蓮夢 花咲徳栄

山形 球道 立大
彦坂 藍斗 帝京大
宮崎  海 横浜商大
野間翔一郎 近大

大森 廉也 JFE東日本
村上裕一郎 ENEOS
田中 多聞 JFE西日本

⚾岩手さんへ
啓新は懐かしい名前ですね。あの大八木監督が初代監督になられたので、3年ほどで甲子園に来るかと思いましたが、退任してから19年センバツで1度だけ出てきました。
運よく桐蔭学園・和智弁と2試合スタンドで観戦できましたが、それ以降全く名前を聞かなくなりました。

彦根球場はロケーションがいいですね!国体があるので老朽化していた陸上競技場を思い切って潰して、プールの跡地だったかに移動させ見違えるようなハイカラな競技場になってました。
以前は春季近畿大会で使用されてましたが、最近は皇子山一本化されてしまいなかなか行く機会がないですね・・・・・。皇子山の倍近く時間と交通費がかかるので!
8月に独立リーグ観戦で行く機会があったので良かったかなと。来春のバースデーがまたセンバツ休養日にかち合えば彦根界隈をレンタサイクルで走るつもりでした。

泉大津ですが、、、大阪はなんとなく南下すればするほどガラが悪くなるイメージが強いのですが、、、、、実は内陸部の東大阪・八尾を中心とした河内もたいがいのようだし、大阪を突き抜けるとそこには和歌山市があるので。。。。。たしかに和歌山のおいやんたちも『がらっぱち』が多いですが、根は優しいので和歌山弁さえ慣れればなんとか・・・・・。
僕は魚の中では秋刀魚が一番好きかもしれないですね。寿司ネタだと鯛や鮭・イクラも好きですが。

田端ブラザーズのお兄さんは顔が怖いので、、、20歳くらい年下のはずですが、球場でバッタリ会ってしまったら敬語で話するしかないですね(笑)。
大阪桐蔭野球部に入部するだけでもエリートなんでしょうが、1年秋からベンチ入りして4番打っていたので。。。
いろんなユーチューバーがいますがボクはあんまり好きになれないタイプかなあ。同じ「タバタ」さんでも大阪偕星OBのめっちゃんねるの方がよほど楽しいですが。なぜかしら最近金髪にされてますが、なんとなく憎めない人ですね。

P・S 昨日まで2日間は急激な冷え込みで戸惑いましたが、今日は一転して快晴で陽射しがきつく昼間は熱かったですね。
今日は月に1度の相愛コンサートということで、今年最後になるであろう半袖カッターシャツに紺のジャケット羽織って出かけましたが、阪急・十三駅あたりで熱かったので電車内で上っ張り脱いで16時30分頃まで半袖で歩いておりました。

梅田から本町まで地下鉄2駅分歩いて北御堂に通ってます(かつての職場では交通費浮かすために逆方向の帰り道のみ歩いて帰ってました!)本来、今日は大阪港に行くつもりでおりましたが阪神電車が毎月発行する無料のパンフレット『ホッと!HANSHIN」で千年うどんを見つけたので、、、https://library.hhcross.hankyu-hanshin.jp/library/books/vol221_hot_h_opn/book/#target/page_no=3
九条だったら2駅なんで地下鉄に乗ればすぐ行けると判断して、大阪港を来月に回してうどん食べに行きました。

もう帰りは九条~大阪まで歩きですね。九条駅から約10分ほど歩けば京セラドームに行けるらしいです。道中、靭公園に寄りましたが毎年この時期「花と彫刻展」をやっているのをすっかり失念して、、、公園でオブジェ見て思い出したと。10/14~11/3なんで今日を逃せば来年まで待たねばならなかったと。。。家帰ってすでに購入した来年の手帳にメモ書きしておきました。
https://icchome.goguynet.jp/2025/10/19/osakasinisiku-256/

大阪港に行かなくてよかったなあと。今日・明日は好天のようですが、土日は一転して・・・・・また8時過ぎに球場入りして3塁側上段の屋根下をキープせなアカンかなと。
最悪3日連続橿原に通うことになるかもしれませんが、来週のほうが5日連続雨予報もあるので。。。。。たまには安心して野球観戦したいところです!
2025/10/23(木) 22時14分10秒 No.2085 編集 削除
 彦根東の平尾(記憶では合っていると思う)は春の近畿大会で桐蔭にあと少しで土を付ける所まで行ったと野球仲間から情報を聞き、福井で啓新の牧・気比の杉森を見た次の日に彦根城の城下で見ました。
 さすがにいい選手の印象がありました。
 この野球仲間からは色々情報提供ありましたね。近年は連絡はありませんが、風の噂では色々とあったとか聞ききましたがね?
 祭りの件ですが、泉大津は震災後に復興支援で友好都市のような関係になったみたいです。
 他にも相模原市・佐久市・板橋区など甲子園出場チームがある地域が毎年参加しているようです。
 私も午前だけだった時は参加していました。
 上記の地域の物産展から土産品を購入しました。
 泉大津の方は車で相当時間をかけて来たと言ってたな!関西弁を久しぶりに聞いたなと思ったな!

祭りついでですが、同じ日に浜松では航空祭があります!
 ここは野球の話をする所!なので
田端ブラザーズだっけ?桐蔭4番でプロ野球選手になっていないの。兄貴がやっているユーチューブで近畿地区の強豪相手のあれこれ言っている炎上上等?なっているの。
 社長さんはね!
2025/10/23(木) 21時35分04秒 No.2084 編集 削除
☝「従来の9イニング制を推奨」 宮崎県高野連が日本高野連に意見報告へ
https://news.yahoo.co.jp/articles/ede0e13778f157e595dc25818dad2c55c4f3ea0f

高校野球で導入が検討されている7イニング制について、宮崎県高校野球連盟は、県内各校のアンケート結果から、従来の9イニング制を推奨したいとする意見を日本高校野球連盟に報告する方針であることが分かりました。

高校野球での7イニング制の導入を巡っては、部員数の減少や選手への負担軽減の観点から、今年1月、日本高野連が検討会議を発足し、議論が進められています。
こうした中、県高野連は、8月の県新人大会で全国で初めて公式戦で7イニング制を試験的に導入し試合を実施。大会後に、参加した各校の監督や部長らから、7イニング制についての意見をアンケートで集約しました。

県高野連によりますと、集約した意見のうち、メリットとしては、「試合時間の短縮でゲーム展開がスピーディになる」、「熱中症のリスク軽減やケガ防止につながる」などの意見が寄せられたということです。一方、デメリットとしては、「選手の打席数や控え選手の出場機会が減る」、「終盤の攻防の魅力がなくなる」、「試合を楽しむ時間が短くなる」といった声がメリットよりも多かったということです。

これを受け、県高野連は、7イニング制のメリットはあるものの、「選手の出場機会が減るのは大きな問題であり、9イニング制を推奨したい」とする意見を近く日本高野連に報告するということです。

📝仙台育英が能登半島地震のあった石川県へ 25、26日に珠洲市営野球場改修記念交流試合
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/db126ac5bace0384332176be5f3a5c299107085a

仙台育英(宮城)が今月25、26日に石川県珠洲市の珠洲市営野球場で石川県の高校と試合を行う。

2024年1月1日に能登半島地震が発生。仙台育英はその2ヶ月後に輪島市の輪島と珠洲市の飯田を宮城に招いて交流をはかった。今年3月にも輪島と金沢市の金沢桜丘が仙台育英を訪れ、練習試合で対戦。昨夏の宮城大会や今夏の甲子園では現地で応援を受けるなど、交流が続いている。
そして今回、仙台育英が初めて石川県を訪れる。震災の影響による復旧工事を行っていた珠洲市の市営野球場の完成を記念した交流試合で、星稜、飯田、輪島、門前の4校と対戦。被災地の見学や野球教室も企画されている。

宮城県名取市で育った仙台育英・今野琉成(2年)は「いろんな縁があって石川県で試合をするので、相手選手の名前も覚えるなどして交流を深め、よりよい試合をしたいと思います」と意気込む。東日本大震災の発生当時は2歳で、「うっすらと記憶がある」という。同市の閖上地区は壊滅的な被害を受け、701名が犠牲になった。小、中学校では3月だけでなく、毎月11日に震災の教訓を学んで育ってきた。

「自分が住んでいる地域は津波の被害がなかったのですが、津波で家族や家を失った知り合いがいます。今も3月11日の震災学習で野球ができる有り難さを感じることができています。石川県でも大きな被害を受けた人がいると思うので、勇気や希望、元気を与えられるような試合をしたいと思います」

24年3月に仙台育英で交流をした際、輪島、飯田の選手たちは仙台育英の部員や須江航監督の自宅でホームステイした。「うちに泊まった飯田の子たちが節目で連絡をくれています。彼らが生まれ育った街を見て感じたいですね」と須江監督。今回の遠征について「野球をしに行く遠征ではない」と言い、「東日本大震災から場所と時を変えて、感じたことや学んだことを大切にしてほしい。今後の人生の糧になる遠征にしたいですね」と意義を語る。

日程は下記の通り。場所は珠洲市営野球場。

【10月25日(土)】

9:30 飯田 対 仙台育英
12:30 星稜 対 仙台育英

【10月26日(日)】

8:30 野球教室

10:00 輪島 対 仙台育英
13:00 門前 対 仙台育英

📝藤浪世代の大阪桐蔭に入部した「10年にひとりの逸材」はなぜ甲子園のマウンドに立てなかったのか?
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/hs_other/2025/10/21/10_161/

10月初旬から1カ月、さらに12月にも入院。投薬と食事療法を続ける間に、大阪桐蔭は大阪大会を制し、近畿大会でもベスト8進出を果たし、選抜出場をほぼ確実にした。平尾奎太は取り残されていく焦りを感じながらも、グラウンドへの復帰をあきらめなかった。

【高校野球をやりきって甲子園に出たい】
 
両親の協力を得てセカンドオピニオンを求め、複数の病院を回るなかで、希望を示してくれる医師に出会う。

「薬をきちんと飲み、こまめに検査を受けながら、徐々に体を動かしてみましょう。数値が悪化しなければ......」

そう語る医師の言葉に光を見いだした平尾は、その後、紹介を受けて関西医科大学附属病院へ転院。マウンド復帰を明確な目標に治療を続けるなかで、新たな担当医からひとつの注文が出された

「来年の夏まで高校野球をできたとして、3年の夏が終わったところからは1年、野球はもちろん、運動をストップするように」

医師の言葉は、高校で野球人生が終わる可能性を含んでいた。平尾も、「大学で野球ができなくてもいい。高校野球をやりきって甲子園に出たい」という思いのみだった。

地道な療養生活を重ね、年が明けてからようやく練習に参加できるようになった。とはいえ、ウォーキングやストレッチ、球拾い程度で、短時間で切り上げて寮に戻る。戻るとすぐに入浴、夕食、洗濯を済ませ、ほかの選手が帰ってくる頃には自室にいた。
藤浪晋太郎、澤田圭佑と3人で過ごしていた部屋から、少し離れたひとり部屋へ移動。練習に復帰したとはいえ、選抜を目標に厳しい冬の練習に励む仲間たちとの間には、どこか距離を感じる日々だった漠然とした不安も抱えながら、平尾のなかには日に日にある思いが抑えられなくなっていた。

「これじゃ、なんのために戻ってきたかわからん。大学で野球ができなくてもいい。再発してもいいから、思いきり高校野球をやりたい」

両親、医師にも思いを伝え、練習の強度と量を少しずつ上げていくよう再考。1月末には立ち投げからブルペン入りすると、慎重にペースを上げ、選抜では藤浪、澤田と1年下の網本光佑と共にベンチ入り。念願の甲子園出場を果たしたが、チームが5試合を戦い春の頂点に立ったその大会で、平尾の登板機会はなかった。つづく春の大阪大会、近畿大会でも大阪桐蔭は負けなしの快進撃。だが、平尾の状態はなかなか上がってこなかった。

「6月に高知での招待試合で、ストレートの球速が128キロの時があって。藤浪は楽々140キロ台半ばを出しているのに。見ていた後輩も『これでメンバー?』って思っていたでしょうね。まだどこかでセーブしながらやっている感じが抜けていないと思って、『病気のことは完全に忘れよう』と気持ちを入れ直したんです。そこから真っすぐだけで200球の投げ込みをしたり......。この夏で野球人生が終わってもいいくらいの気持ちでした」

【甲子園のマウンドに立つことは叶わず】
 
一方、チームでは夏の大会が迫るなか、藤浪の調子が上がってこなかった。股関節を痛め、6月の近畿大会で戦列復帰をするも、その後の練習試合、紅白戦でも打ち込まれた。

「チームが『藤浪、大丈夫か?』っていう空気になっていたのは覚えています。紅白戦で藤浪がメッタ打ちを食らって、3回で10点くらい取られたんです」

その藤浪が、夏の大会に入ると一変。特に甲子園では4試合で完投し、36イニングを投げて自責点2。藤浪の活躍もあって、チームが史上7校目の春夏連覇を達成した。

「大阪大会もほとんど藤浪と澤ちゃんで投げて、甲子園では完全にふたり。特に藤浪は、甲子園準々決勝の天理戦から準決勝の明徳義塾、決勝の光星学院とほんとに打たれなかった。『あの紅白戦はなんやったんかな』と思うくらいすごくて。チームとしても苦しんだのは大阪大会決勝の履正社くらいで、ほんと強かったですね」

平尾は春に続き、夏も甲子園のマウンドに立つことはなかった。夏の登板は、大阪大会2回戦でのリリーフ2イニングと、5回戦の生野工業戦での先発5イニングのみ。振り返れば、その生野工戦が夏のラスト登板となった。平尾は「あれが3年間のベストピッチ......ですかね」と笑みを浮かべた。5回コールド勝ちとなった試合で、平尾は2安打、5奪三振の好投を見せた。

「もちろん、甲子園で一度は投げたかったっていう気持ちはあります。どの試合だったか、西谷先生のところへ行って、『ブルペンで準備したほうがいいですか?』って、普段なら聞かないようなことを聞いてアピールしたこともあったんですけど、ふたりがよすぎましたね」

ひとつ思ったのは、平尾はチームの偉業を心の底から喜べたのだろうかということだった。すると平尾は、少し強い口調で返してきた。

「登板はなくても、自分が戦いに参加していないとは思っていませんでした。あの夏のいつだったか、144キロが出たことがあって、スピードという点では、病気前の自己最速138キロを超えたんです。状態も上がっていたのに、出番はなくてチームは勝った。ということは、単純に自分の力不足だったということです。

自分なりにやれることはすべてやったという思いはありますし、出番はなかったですが、ベンチに座っていただけという気持ちではなかった。いつ声がかかってもいいように、毎試合しっかり準備はしていました。だから勝った時は、心からみんなと喜び合えたんだと思います」

春夏連覇の歓喜が少し落ち着いた10月、岐阜で国体が行なわれたが、平尾は向かわずに医師との約束どおり野球から離れた生活をスタート。来るべき勝負の時に備えた。
「プロ側としたら、『絶対大丈夫』と思えなかったんでしょう」

当日の記憶をたどると、指名が進むなかで苛立ちを募らせていたチーム関係者とは違い、平尾自身は意外に冷静だった。

「あの状態でプロに行くことに不安があったんだと思います」

万全でない状態で、勝負できるほど甘い世界ではない。どこがホッとした気分もあったのだろう。その一方で、「状態を整えて、来年もう一度」という思いも確かにあった。ただ、3年目、4年目とシーズンを重ねても、周囲の目を再び引きつけるような、あの1年目の投球は戻ってこなかった。

            つづく>>

📝大阪桐蔭「藤浪世代」の大型左腕は社会人で覚醒 指名確実と言われ、ドラフト特番にも出演したが...
https://news.yahoo.co.jp/articles/a492745a347a487238fa9d1aca9665f5ba757a3c?page=1

高校卒業後の進路について、平尾奎太は通院のことも考えて関西圏の大学を検討。最終的に同志社大学への進学が決まった。学業面でも優秀だったことから、高校在学中に1型糖尿病を患いながら関西大学へ進学した大阪桐蔭の先輩・岩田稔(元阪神)と同様に、指定校推薦枠を活用しての入学だった。

【大学4年秋にベストナイン】

大阪桐蔭監督の西谷浩一が振り返る。「平尾のご両親にも、岩田の話はしました。僕としては、1年は体を休めて、2年目で戻して、3年で大学デビュー。そして残り2年間でしっかり投げて、うまくいけば社会人までつなげられるかどうか。そんな見立てでした。勉強ができる子だったので、卒業の心配はまったくしていませんでしたし、たとえ野球が思うようにいかなかったとしても、きちんと就職できる。そういう信頼はありました。実際に教員免許も取得して、野球以外のことにも真剣に取り組んでくれました」

医師と相談のうえ、入学後の1年間は運動を控え、その間に数値が安定すれば、2年目からグラウンド復帰を目指すというプランを立てた。大学の野球部関係者も平尾の事情を理解し、1年目はチームの試合時にスタンドから声援を送るのみで、練習には参加しなかった。ただ、本人は自覚症状がなく、漠然とした不安を抱えながらも、次第に「早く体を動かしたい」という衝動を抑えきれなくなっていった。

「いつになったら野球ができるんかなっていう気持ちがどんどん強くなって。だから先生には『まだ歩きしかやっていません』『指示どおりにやっています』って言いながら、実際にはジョギングをしたり、坂道を自転車で上ったりして、指示より一歩先のことをやっていました。

でも、そうした途端にいくつかの数値が下がらなくなってしまって......。通院の回数も増えて、結局、グラウンドに復帰できるまでに、当初の予定の倍、丸2年もかかってしまったんです」
それでも「また投げられる時が来る」と信じて耐え抜き、2年のオフから練習に参加。徐々に感覚を取り戻し、3年春には公式戦で初登板を果たした。リリーフで3試合、計2回1/3を投げ、そして本格復帰した秋には初勝利を挙げた。

4年になると、春に3勝(3敗)、秋は4勝(1敗)をマーク。特に秋は、45回2/3を投げて防御率1.38、43奪三振という堂々たる成績を残し、ベストナインにも輝いた。これが春の活躍であれば、プロのスカウトの目にも留まっていたかもしれない。しかしドラフト候補の絞り込みが進む秋の時期だった。それでも、4年時の結果で自信を取り戻し、一度は遠のいたプロへの夢を再び抱きながら、社会人のホンダ鈴鹿へと進んだ。

「もちろん、ドラフト解禁となる2年後でのプロ入りを目標にしていました。澤ちゃん(澤田圭佑)が高校3年の夏を終えた時に、『いまプロに行けるとしても、藤浪(晋太郎)の2番手と言われて行くより、大学でエースになって、みんなに力を認められてから行きたい』って言ってたんです。そのとおり、立教大でエースになって、しっかり結果(東京六大学通算21勝)を残してプロへ行きましたよね。だから、藤浪が高卒、澤ちゃんが大卒で、自分は社会人からのプロ。そこだけを見ていました」

【充実の社会人野球1年目】

1年目から主戦として起用され、社会人野球の最高峰の大会である都市対抗でも完封勝利を挙げるなど、計14イニングを無失点。上々の滑り出しを見せた。
長身から投げ下ろすストレートは140キロ台半ばを計測し、キレも一段と増していた。そこにチェンジアップ、スライダー、スクリューを織り交ぜたコンビネーションで、社会人の舞台でも堂々たるピッチングを披露した。

そんな教え子の活躍を、西谷もある時、耳にした。「社会人1年目の6月に、ウチが中京大中京(愛知)と練習試合をしたんです。その時、顔なじみのプロのスカウトに会ったんですが、『昨日、平尾が投げた試合を見てきたけど、めちゃくちゃよかった。今年がドラフト解禁なら上位候補になりますよ』って絶賛してくれて。苦労してきたヤツなんで、社会人でいいスタートをきれて本当によかったな、とうれしくなってね。思わず本人に電話したのを覚えています」

10月には台湾で行なわれたBFAアジア選手権に日本代表として出場。リリーフで3試合に登板し、いずれも無失点に抑えて日本の優勝に貢献した。この頃には最速も146キロまで上がり、その年の終わりには6年間続いた服薬も終了。医師からは「寛解」の言葉を告げられた。プロ解禁の2年目を迎えるにあたり、目の前にはいくつもの可能性が広がるはずだった。

【ある球団からの指名内定の知らせ】

しかしドラフト解禁のシーズン、1年目のような投球ができなかった。あの試合が......今も平尾の脳裏に残る一戦がある。
シーズン開幕直後、3月上旬に行なわれたオリックス二軍とのオープン戦。プロへのアピールには絶好の舞台で、平尾は先発を任された。4回まで無失点と完璧な立ち上がりを見せ、自信に満ちた投球は、前年の好調を彷彿とさせるものだった。

しかし5回、二死二塁からセンター前へ打球が抜け、ホームカバーへ走り出した瞬間、軸足の左太腿裏に痛みが走った。走者は三塁でストップ。次打者を一塁ゴロに打ちとり、何とかいい形でこの回を終えた。ベンチ裏に戻り、足の状態を確かめていたその時、「6回もいくぞ」と声がかかった。
まだ社会人2年目。自ら交代を申し出ることは憚(はばか)られ、マウンドへ上がった。だがその6回、満塁から宗佑磨に左中間を破られ、走者一掃の一打を浴びる。結局、この回の途中4失点でマウンドを降りた。

以降2カ月、実戦のマウンドから離れ、コンディション調整に努めた。都市対抗予選で復帰し、初戦と3回戦で先発勝利を挙げるも、第2・第5代表決定戦では勝ちきれず。第6代表決定戦で完封し、チームはようやく本戦出場の切符をつかんだ。しかし、かつてのような球威は戻らなかった。都市対抗本戦では三菱日立パワーシステムズ戦に先発したが、初戦敗退。ストレートの勢いもキレも1年前とは何かが違っていた。

「コーチからは『左足の蹴りが弱い』と言われたこともありました。無意識に左足をかばう投げ方が身についてしまったのか、ボールの勢いが戻ってこなかったんです」

調子が上がらないままシーズンは進み、ドラフトが迫ってきた。それでも「状態さえ戻れば」と期待を込めて、足繁く練習場に姿を見せるスカウトが複数いた。秋口にはホンダ鈴鹿のチーム関係者に対し、NPBのある球団がドラフト指名の意思を伝えてきた。少なくとも、会社側はそう受け取った。その翌日、平尾が練習に顔を出すと、指導者たちが笑顔で声をかけてきた。

「よかったな。厳しい世界だけど頑張れよ」

まるで実感は湧かなかったが、和やかな空気は"プロ入り内定"を伝えていた。しばらくすると、今度はドラフト当日の生放送を恒例としているテレビ番組の制作担当者が訪れ、指名後に生出演することまで決まった。病を乗り越え、社会人で大きなチャンスをつかんだサウスポー。しかも大阪桐蔭出身で、藤浪晋太郎の同期でもある。テレビ関係者が飛びつかない理由はなかった。流れは完全にできあがっていた。

【テレビ番組出演予定もまさかの指名漏れ】

ドラフト当日。午前の練習を終え寮へ帰ると、番組担当者が明るく声をかけてきた。

「4位か5位で指名されるようですね。おめでとうございます。のちほどよろしくお願いします」

会見場にはテレビカメラが2台、新聞記者やカメラマンがずらりと並んでいた。指名が進むにつれ、平尾とチーム関係者も席に着き、その瞬間を静かに待った。
ところが、濃厚と見られていたある球団からの指名がない。なんともいえない重たい空気が流れ、やがて12球団の選手選択が終了。その時、一転して神妙な表情を浮かべた番組担当者が、平尾のもとへ歩み寄ってきた。

「しんどいとは思いますが、1時間後に出演していただきますのでよろしくお願いします」

まじか......。番組恒例の"お母さんへの手紙"も事前に平尾が書き、準備されていた。さすがにこれはカットとなったが、出演は時間を短縮し予定どおり行なわれた。

「たぶん僕の出演時間が減った分、吉田輝星の尺が長くなったと思います(笑)」

まさかの指名漏れ──よく耳にするドラフト話だが、その当事者となってしまったわけだ。

「プロ側としたら、『絶対大丈夫』と思えなかったんでしょう」

当日の記憶をたどると、指名が進むなかで苛立ちを募らせていたチーム関係者とは違い、平尾自身は意外に冷静だった。

「あの状態でプロに行くことに不安があったんだと思います」

万全でない状態で、勝負できるほど甘い世界ではない。どこがホッとした気分もあったのだろう。その一方で、「状態を整えて、来年もう一度」という思いも確かにあった。ただ、3年目、4年目とシーズンを重ねても、周囲の目を再び引きつけるような、あの1年目の投球は戻ってこなかった。

           つづく>>

⚾岩手さんへ
泉大津さんま祭りですか・・・・・お察しの通り全然興味ありませんが、、、、、当掲示板の閲覧者の誰かが興味持って雨が予想される中、サンマを求めて遊びに行かれたら嬉しいですよね!
たしか、かつての職場のすぐ近くにある船場センタービル(大阪市中央区本町)あたりでも同じような祭りをかつてやっていた記憶が・・・・・。

泉大津は南海沿線で紀三井寺球場の帰りに通過してますが、日没後は真っ暗だし、しんどかったら小一時間ほど車内で寝ているので・・・・・。堺より南側はもう地名は分かりますが位置関係が分からないので!!関空よりもかなり北にあると思われます。関空のあるのが泉佐野なんで泉大津と混同しがちですが、だいぶん距離離れているはずで間に岸和田などあったはず。

21世紀枠は趣旨としてはセンバツ特有のものだし、和歌山でも向陽・海南・桐蔭・田辺が救済され全試合観戦に行きました!ただ、ここ10年近く初戦敗退ばかりだし、わざわざ一般枠を削ってまで特別枠をする必要はないかなと・・・・・。
なぜかしら32校に固執するきらいがありますが、最近の記念大会は36校なんで一般枠32校+21世紀枠2校の34校でもエエんちゃうんかなあと思いますね。

あと平尾投手に関しては全く知らなかったですね。。。。。藤浪-森のバッテリーはよく覚えてますが、あとは田端ブラザーズのお兄ちゃんくらいしか思い出せないですね・・・。14年前になりますよね。
彦根東出身の平尾は知りませんが、報徳の主島投手はサウスポーでけん制上手かったですね。1試合で4回ほど1塁けん制死がありました。近畿8強入りして滋賀学園に延長14回の末0-1で負けたのでセンバツ当確と思いきや、明石商に0-7でコールド負けした市和歌山がまさかの選出で甲子園に縁がなかったですね。。。。。

P・S 春と違って秋は橿原にべったり張り付いているので、他地区の動向はまるで興味なしといったきらいですが・・・・・。三重県では久しぶりに三重高がボーダーラインに入ってきましたね。
旧チームから投手陣が全員残留のはずだし、沖田監督が復帰して3~4年経つのでボチボチなんとか。東海の4番目がどこになるか予想困難ですね。

聖隷は高部投手がいるので、負けてもロースコアの接戦で選考委員の顔色を伺いたいですね!
2025/10/22(水) 22時44分26秒 No.2083 編集 削除
 21世紀枠選出に私立を出したらいかん事はない建前でたしかに土佐高校があるが、これは文武両道と攻守交代時ダッシュでいつもやっている事などが評価したと思っているが、私もそうだが野球仲間でも21世紀枠に私学選出はないよねと思っている人がほとんどだけど、地区推薦位は毎年あっていいのにと思っているが、静岡も静清・橘も何年か前に県推薦校なったが東海地区推薦までは中々だし北海道の武修館も何年か地区推薦まで行くがだめだし中々私学にはハードルが高いですかね。
 こちらも破って欲しいね。

藤浪と高校同期の平尾は岡崎で何回か見ていたな!同姓の彦根東出身の平尾もいたし、報徳の主島(あっているかな)などまでまだまだドラ候補の投手がごろごろいたな!今年はトヨタが揃っている!

 昨日施設で東海大会の試合をちょっととだけみました。高部君相変わらずひいき目で見ているからかよく見えた。
 帰りしなに駅の待合室にパンフレットがありました。
 今週末の10月26日9:30~16:00で場所が大阪の泉大津さんま祭りが開催のチラシがあり家に持って帰りました。
近畿大会がありますので行かないと思ってますが、大船渡の物産ブースもあるみたいです。
 今月11,12日に産業祭りでも泉大津のブースがあると聞いているが、現地には仕事の為行けませんでしたが2年前の時にお菓子を購入しました。
 興味ないと思いますがお知らせでした。
2025/10/22(水) 21時39分19秒 No.2082 編集 削除
8/15 9日目第2試合 岡山学芸館(岡山)-掛川西(静岡) 11:11~13:10
第9話 岡山理想論復活! 山陽に続き学芸館も連続完封で2年連続県勢夏2勝!!

         一二三四五六七八九十計HE
     掛 川 西000000000 060 高橋、増井-堀口
     学 芸 館01000010X 270 丹羽-佐藤

        第一試合  第三試合  第四試合   
        神村学園4 早稲田実  大  社
         中  京3  鶴 岡 東  創 成 館

🎵君よ八月に熱くなれ https://www.youtube.com/watch?v=qC502ydVOQ8

 8月15日は終戦記念日で基本的に正午になると30秒程度黙とうをささげるが、僕は特にこの行事に昔から関心がなかったので、、、戦争体験者ではないし・・・。あえて今回は14日の次は17日のチケットを取り体力の回復を最優先にしていたが、この日は好ゲーム続出で可能なら顔を出すべきだったかなあと・・・。大社高校が報徳に勝ち2回戦進出したし、2試合連続延長タイブレークでナイター観戦もできたので。。。

この日の第2試合で初戦、聖カタリナに1-0と辛勝した岡山学芸館が登場。決して岡山らしく投打で圧倒したわけではないし、相手のミスに助けられ勝ちを拾った感もあった。
今日の相手は日本航空に打ち勝った静岡代表・掛川西。掛川から大応援団を連れてきて久しぶりに古豪復活し、相手の大石監督は若いながらも熱血漢で将来名称になりそうな風格を漂わせていた。
甲子園はマグレで2勝できるほど甘くはない。学芸館にとってこの2戦目こそが真価を問われる戦いとなる。

運よく今日も後攻を取ることができ、先取点を取り試合を優位に運びたいところ。前の試合が2時間26分と長かったこともあるが、第2試合は黙とうの時間と重なるので選手たちにとってはこれもいい思い出かと。
先発は掛川西はエース・高橋先発で1回戦同様継投して来るものと思われる。学芸館は11番・丹羽だった。なぜかしら初戦で先発8イニング無失点のエース・沖田を温存して大丈夫だろうか???前日、菰野がエース・栄田を温存して10点取られてから登板させた二の舞だけは勘弁と。

試合は掛川西打線がさっそく襲い掛かり1死から連打で1・2塁と早々に先制のチャンス。佐藤監督はタイムを取らず静観し4番・堀口は6球粘るも最後は外135kmの直球を見逃して三振。5番・山下もサードゴロに倒れ掛川西はここで先取点を取れなかったことが最後まで響いた・・・。
その裏、学芸館も先頭の1番・古謝がセンター前ヒット。これを送って1死2塁と形を作るも、期待の1年生・繁光はセンターフライ。4番・坂本はスライダーに三振とやはりこの日もホームは遠い。

2回甲子園のマウンドにもこ慣れてきたようで丹羽投手は下位打線を3人で退け、守りからリズムを作った学芸館はその裏1死から6・7番の連続長短打で1死1・3塁のチャンス。といいつつ、7番・佐藤の打球はサードゴロで記録員の優しさヒットにしてもらったようなものだが、大石監督はすかさず守備のタイムを取りここが佐藤監督と違った。
内野は中間守備でセカンドゲッツーを狙うが、8番・田中はカウント2-1からショートゴロで1点先制とシブい攻撃だった。

これで丹羽投手はエンジン全開となり3回は内野ゴロ3つで三者凡退と球数少なく抑え流れがこっちに来ている。攻めても2死から期待の3番・繁光が1年生らしからぬ打球をセンター前に飛ばし得点にはならなかったが、三者凡退で終わらないしぶとさをみせつけいい流れで序盤が終わった。

学芸館の丹羽投手の神ピッチは中盤以降も続き、1回戦で日本航空投手陣を粉砕した掛川西打線を全く寄せ付けず、4回・5回とともに3者凡退で4イニング連続パーフェクトピッチング。
5回2死から初回以来ようやく外野に打球が飛んだがレフト繁光がスライディングキャッチ!ナイスプレーを見せつけ1年生とは思えない大活躍。
しかし、掛川西のエース・高橋も3回まで苦しいピッチングだったが、同じように4・5回は三者凡退で抑え込みちょうど試合開始1時間で整備に入った。

学芸館は聖カタリナ戦でも1-0で辛くも勝利し、相手のおとなしい攻撃に相手監督も素直な采配であっさり負けてくれたというか勝ちを譲ってくれたような試合だったので、この2戦目に真価が問われると思ったが、、、、、結局マスカットでは打てても甲子園で打てないことが露呈し、投手におんぶにだっこの状況が続き今日も1-0。全く打たれる気配はないが、1点差ゆえに継投のタイミングも難しくなるし佐藤監督の投手起用が最大の焦点。このままエース温存で9回まで行くか?あるいはどこかのタイミングでエース投入するのか?
6回は打順3回り目となるので素直にクニに帰ってくれるとは思えないし、まだ波乱に匂いは消えていない。

6回表やはり掛川西は反撃してきた。1死後1・2番の連打で1・2塁に走者を置き初回以来の得点圏の走者。佐藤監督はすかさずタイムを要求して間を取り丹羽投手続投でクリーンアップに対峙。
3番・佐藤はフォークに三振。4番・堀口はセカンドゴロと事なきを得た。
その裏、ヒットと送りバントで1死2塁と追加点のチャンスを作り上位打線に期待するも4番・坂本は8球粘りながらも最後はスライダーに手が出ず見逃しの三振。5番・竹下はショートゴロに倒れどうしても追加点が奪えないまま終盤に突入。。。

反撃を試みたい掛川西だが7回の攻撃も簡単に三者凡退。とにかく凡打が内野の頭を越えないのでエラーさえなければ大丈夫と。その裏、学芸館は先頭の6番・小田が1-2からセーフティーをかましキャッチャーゴロに倒れるが、7番・佐藤が目の覚めるような打球をレフトに放ちこれがスリーベースで追加点のチャンス到来!8番・田中は無策でまさかの3球三振に倒れたが、ここまで完封ペースの丹羽が自分を助けるレフト前タイムリーヒットで大きな2点目を奪った!!

こうなると掛川西ナインに焦りが助長し、先頭打者が初球ライトフライ。エース・高橋に代打を出すもキャッチャーフライと淡白な攻撃でツーアウト。2死から1番・田中がマルチヒットとなるライト前ヒットを放ち一人気を吐き、丹羽投手の動揺を誘い2番・鈴木3ボールで同点の走者が出る寸前まで行ったが、1-3からセンターフライともう1球待って四球狙いもなく終わった。
代打の関係で背番号10の増井がリリーフ。ここで一気に畳みかけて3回戦以降の展望を明るくしたいところ。まず先頭が四球で出塁し、佐藤監督は最後まで手堅く3番・繁光に送りバントさせ1死2塁。しかし4・5番がともに内野ゴロに倒れあっという間に攻撃終了。

学芸館サイドは最後まで丹羽投手に託し、9回1死から4番・堀口にツーベースを打たれ一抹の不安を感じたが、5番・山下初球キャッチャーフライ。この場面でキャッチャーとファーストが交錯しファーストが2分ほど手当てを受けて中断したが、最後はピッチャーゴロで試合終了。この試合も1時間59分と岡山県勢らしからぬハイペースでサクっと試合が終わった。

これで昨夏のおかやま山陽に続き岡山県勢2年連続夏の甲子園2勝を挙げたが、山陽は豪快に力でねじ伏せにかかり大垣日大とのナイターでは延長タイブレーク逆転サヨナラ勝ちとドラマチックな試合を見せてくれたが、学芸館は1-0・2-0とシブい試合を凌ぎきった格好だった。
たしかに派手さもなく面白みに欠けるが、安定感抜群の投手2枚看板を擁して手堅く勝ち進んでいるので岡山代表にふさわしいチームなのかもしれない。次が強力打線の神村学園相手なんで、、、同じようにロースコアの接戦に持ち込んで数少ないチャンスをものにして逃げ切りたかったが、、、、、、

この日は朝から晴天で全く問題なかったが、第3試合の4回から急に雨が降りだし、雷雲接近で10分間の中断もあり波乱含みの展開に。。。そして0-0のまま延長タイブレークに突入し、鶴岡東がワセダに苦杯をなめた。。。
続く第4試合ではあの報徳学園に3-1で快勝した大社が登場。あと1つ勝てば17日第4試合で早稲田実との試合を生観戦できるのだが、、、、、そこに立ちはだかるのは創成館。地味に強いチームなんで報徳に勝ったことで燃え尽きていたらまた大社高校を生観戦する機会を逸するが・・・それはまた、次回の講釈で。

チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 犠飛 四球 三振 失点 自責
掛 川 西 高 橋  7  28 101  7  2  0  0   3  2  2  
掛 川 西 増 井  1   4   9  0  1  0  1   0  0  0

学 芸 館 丹 羽  9   33 117  6  0  1  0   7  0  0   

                      (完)  
                      
                   🌟次回予告🌟
       8/15 9日目第4試合 大社(島根)-創成館(長崎)
2025/10/21(火) 23時03分58秒 No.2081 編集 削除
☟弘前学院聖愛野球部・原田監督が謝罪 3年生3人が飲酒で補導「すでに再発防止と全部員への指導徹底」
https://news.yahoo.co.jp/articles/93cb6415d84582dcf88f2a0af030c0a368ded9a9

弘前学院聖愛(青森)の野球部・原田一範監督が21日までに同部のインスタグラムで3年生3人が飲酒で補導されたことについて謝罪した。

文書の画像で「皆様へのお詫びと、SNS再開のお知らせ」として「監督の原田です。日頃より、温かいご声援を賜り、心より感謝申し上げます。この度、3年生の一部部員の不祥事により、応援してくださる皆様の期待と信頼を裏切る事態を招きました。誠に申し訳ございませんでした」と、謝罪した。

この3年生の行為について「私たちは、この事態を重く受け止め、すでに再発防止と全部員への指導徹底を講じております」としつつ「今回の不祥事は、チームの活動全体とは無関係であり、日々の活動に真摯に取り組んでいる多くの部員には一切責任はございません。また日々後輩たちの指導やチームへの貢献を続けてくれている3年生の努力も、決して無駄にできるものではありません」と伝えた。

また「そして、現役部員たちの一生に一度の高校野球を止めるわけにはいきません。現役部員たちは、この困難な状況の中でも、目標に向かって真剣に活動を続けております」と現状を記した。
そして「つきましては、SNS投稿を自粛しておりましたが、努力と成長を続けている部員たちの姿を、以前と同様に皆様にご報告させていただくことにしました。彼らの未来のためにも、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。今後とも聖愛高校野球部をよろしくお願い致します。弘前学院聖愛高等学校 野球部監督 原田一範」と呼び掛けた。

📝興南・我喜屋監督が新著「人生のスコアボード」 甲子園優勝メンバーの「その後」も
https://news.yahoo.co.jp/articles/849780d21654dadcf8a0f8ed02e27647b74bf95e

2010年に興南高校を甲子園で春夏連覇に導いた我喜屋優監督の人生訓が詰まった書籍「人生のスコアボード」が11月7日に出版される。興南学園同窓会が、出版記念祝賀会を同日午後6時から那覇市古島のマリエールオークパイン那覇で開催する。同会の識名安信会長=写真中央=は「逆境に向き合い、いかに道を切り開いていくのか。生きる上での参考書になる」と語った。

祝賀会は会費5千円。事前予約制で定員は先着順に350人。第1部は我喜屋監督を囲んでトークセッション、第2部は懇親会を行う。

第1部では、エースとして連覇を率いた島袋洋奨さんや、1番バッターで現在は公認会計士の国吉大陸さんら4人の元興南球児を招き、スポーツを通して何を学んだかを語り合う。

祝賀会への申し込みは興南学園同窓会、電話098(882)5775。平日、午前10時から午後4時まで。

💢アメリカでも部活内いじめが起きていた 広陵野球部に類似、告発→批判受け自粛…巻き込まれる部員の現実
https://news.yahoo.co.jp/articles/e8841c27a912e60d1e403d332153223183176922?page=1

「広陵高校とアメリカの運動部内いじめに共通する問題点」

今年の全国高校野球選手権大会で、広陵高校(広島)は1月の野球部内暴行事件が明るみに出た後、1回戦勝利後に残りの大会の出場を辞退した。1回戦を行う前に、学校は事件について日本高野連に報告しており、加害した部員を指導したうえで、一時公式戦出場を停止していたと説明し、事態収拾を図った。しかし、2023年に元部員が監督やコーチ、部員から暴力・暴言を受けたとの情報がSNSで拡散されたこともあり、2回戦への出場を辞退することに至った。現在は第三者調査委員会が事実解明を進めている。

この広陵高校野球部の暴行に関する続報が続いていた9月、アメリカでも同じような事件が発覚した。
9月2日、米オハイオ州ヤングスタウンの私立アーサリン高校のアメリカンフットボール部で、部員による暴行、性的にはずかしめる行為があったとして、元部員とその家族が学校側(校長らの管理職とアメリカンフットボール部のコーチ)を訴えた。

訴状によると、2025年6月の合宿中に、複数の部員が新入生部員に対して性的な暴行を含むいじめをし、その様子をスマートフォンで撮影し、部内で共有した。被害を受けた生徒の母親がアシスタントコーチに相談したところ、「男子同士のふざけあい」と表現して、対応しなかったという。母親は校長にも動画を見せ、校長は暴行行為の重大さは認めた。しかし、十分な調査は行われず、アメリカンフットボール部では、部員に暴行事件について口外しないように伝えたという。
そして、何事もなかったかのように、シーズン初戦の8月22日、第2戦の8月29日の試合を行った。第2戦の後の9月2日に被害者側の弁護士から裁判所に訴状が提出された。訴状が提出されると、隠ぺいはできない。ここで、学校はアメリカンフットボール部のヘッドコーチを無期限資格停止処分とし、2名のアシスタントコーチを休職とした。9月5日に予定していた試合は行わなかった。

翌週にはこの高校に在籍していた元生徒が、2023年にアメリカンフットボール部の部員に性的いやがらせ、暴行をされたとしたと告発した。学校側に報告したにもかかわらず、学校側は措置を講じなかったと別の訴訟を起こした。これを受けて、学校はシーズンの続行は困難と判断し、9月12日に残りのシーズンはアメリカンフットボール部は試合を行わないと発表した。対戦相手校から試合は行わないという通告もされてもいた。

広陵野球部と3つの共通項 転校を決断した生徒も厳しい現実が…
 
アーサリン高校のアメリカンフットボール部は裁判に訴えられて、いじめを隠ぺいできなくなったのだか、広陵高校野球部の暴行事件とはいくつか共通している点も見てとれる。ひとつは、深刻ないじめがあっても、そのまま試合を行おうとしていたこと。ふたつめは、すぐに過去の別の事件が明らかになったことで、その運動部に暴行を黙認するカルチャーがあったのではと疑いを持たれたことである。3点目は、学校は外側からの批判の大きさによって、試合をしないという選択をせざるを得なかったということだ。さらに、真偽不明のさまざまな情報と意見がSNSで飛び交うことも共通していた。

このアメリカンフットボール部は、残りのシーズンは試合を行わないという活動停止となったのだが、いじめや暴行に関与していない部員のプレーする権利はどうなるのだろうか。関与していないとする部員の親たちとコーチの1人が集会を開いて、救済措置を求めた。この集会を取材した地元の複数のニュース局の報道によると、ある母親は「うちの子どもはそもそも事件のあった合宿に参加していない。息子はプレーするチャンスを失い、大学のアメリカンフットボール部から奨学金をオファーされるチャンスを失った」と話したという。スポーツする権利だけでなく、大学進学という問題も絡む。
すでに転校した生徒も少なくない。しかし、転校すれば別の学校のアメリカンフットボール部でプレーできるかというと、そうではない。アメリカの多くの州の高校体育協会では、学校間での激しい選手の引き抜き合戦を防ぐために転校してすぐには試合に出場できない規則になっている。部員たちが住むオハイオ州高校体育協会にも転校に関する規則がある。  

9月23日には、アーサリン高校からすでに転校したり、転校手続きをしている生徒たち6人がオハイオ州高校体育協会を相手どって、転校に関する規則の適用を一時的に差し止めるように訴えた。選手の保護者は「不当に、自らの意思に反して、高校フットボールの試合に参加する権利を奪われた。それはアーサリン高校の一員としてであれ、オハイオ州高校体育協会の加盟校の一員としてであれ同じである」と主張した。しかし、マホニング郡裁判所はこれを却下した。2度目の仮処分申立ても再度却下された。

一方、前述した訴えとは別にアーサリン高校からジラルド高校に転校した2名もトランブル裁判所に訴えていた。これに関しては10月に入ってからオハイオ州高校協会に対して出場不適格とすることを一時的に差し止めるよう命令が出た。「本件はOHSAA(オハイオ州高校体育協会)の細則が想定するようなシーズン途中の転校という典型的なケースではない。これは原告の意思ではどうしようもなかった、非常に不運な事態である」と判断された。シーズンの半分以上が過ぎた時点で、ようやく転校先でのプレーが認められたことになる。

部内の暴力問題が後手を取る原因…最大の悪手は「いじめ軽視」
 
アメリカンフットボール部の活動停止は、試合が発表の場になっているマーチングバンド部やチアリーダー部の活動機会がなくなることも意味する。アメリカの運動部には違反した選手だけでなく、チーム全体で責任を負う「連帯責任」は管見の限りないようだ。しかし、いじめや暴行を隠ぺいしたという学校側の対応が明らかになれば、当然ながら激しく批判され、調査のためにシーズン途中で活動を停止しなければいけない状況に追い込まれる。そうなれば、いじめに関与していない他の生徒も活動機会を失うことになる。連帯して責任を負うことは求められないが、巻き込まれて「活動機会を奪われる」ことは似ている。

アメリカでもいじめを撲滅するのは難しいが、運動部内にはびこるいじめや暴行を「以前からある」としたり「そういうことは珍しくない」と軽視するのは悪手中の悪手だ。対応が遅れれば遅れるほど、被害にあった生徒はもちろんのこと、関与していない生徒も巻き込んで、大きな傷を残すことになる。対応が遅れるのはいじめを軽視し、競技を継続するほうがはるかに重要であると考えているからだろう。いじめや暴行が発生したときにすぐに対応できるかどうかは、普段から、いじめや暴行を許さないことを学校、運動部でしっかり共有できているかということにかかっているのだと思う。

📝藤浪晋太郎、澤田圭佑と強力三本柱を組むはずが... 大阪桐蔭の大型左腕を襲った病との闘い
https://news.yahoo.co.jp/articles/f881a0c46834860fcb0bc115865d186ddea48b49?page=1

大阪桐蔭初の春夏連覇「藤浪世代」のそれから〜平尾奎太

「これから先は1年1年、悔いのないようにしたい。連覇の代でまだ現役をやっているのは自分も澤田(圭佑/ロッテ)、大西(友也/ミキハウス)だけになりましたし......」

今年1月に藤浪晋太郎(現・DeNA)に話を聞いた際、何度も「悔いのないように」と口にしていた。そのなかで、ふと同級生たちの名前を挙げて語る場面があった。昨年限りで、ホンダ鈴鹿の長身左腕・平尾奎太がユニフォームを脱ぎ、現役で野球を続けている同級生は自身を含め3人となった。
その平尾は、順調にいけば藤浪、澤田とともに大阪桐蔭の「三本柱」として注目を集め、ふたりと同じプロの舞台に立っていたかもしれない。そんな彼の数奇な野球人生をたどる。

【軟式ながら約30校から勧誘】

平尾奎太──。大阪桐蔭が藤浪、澤田の両輪で春夏連覇を達成した2012年、彼らと同級生のサウスポーである。高校卒業後は同志社大を経て、社会人のHonda鈴鹿でプレーを続け、昨年秋、30歳でユニフォームを脱いだ。引退から半年あまりが過ぎた頃、野球のない生活について尋ねると、その精悍な顔がふっと柔らかくなった。

「土日の休みがうれしすぎて、野球をやめてからの週末はほとんど鈴鹿にいないんです。嫁さんと近場へ旅行に出かけたり、これまでなかなか会えなかったお互いの友人のところに会いに行ったり。3カ月先まで予定がびっしり埋まっている感じで、いちばん喜んでいるのは嫁さんですね」

子どもの頃から、生活のすべてが野球だった。土日も夏休みも、ゴールデンウィークも、いつもグラウンドで汗を流していた。ただ平尾の場合、野球一色となるはずだった高校時代に病を発症し、長くグラウンドを離れることになった。もし順調に歩めていたなら......藤浪や澤田と同じプロの世界で投げていたかもしれない。そんな想像を抱かせる逸材だった。
 平尾の野球人生を振り返ると、あらためて大阪桐蔭と縁があったと思わせる。

「弦と幼馴染だったところが始まりですからね。5歳まで同じ社宅に住んでいて、よく一緒に壁当てをしていました。その弦と大阪桐蔭でまた一緒になって、向こうはキャプテンとしてチームを引っ張り、僕も一緒に甲子園に出て春夏連覇ですからね。縁というか、運命というか......なかなかこんなこと、ないですよね」

平尾が言う「弦」とは、2012年の連覇時の主将である水本弦だ。水本と平尾の父がNTT北陸のチームメイトで、当時は両家族とも石川県の社宅で暮らしていた。平尾が5歳の時に父は現役を引退。一家は父の実家のある大阪に移り、やがて平尾は学童野球を始めることになる。父の遺伝子をしっかりと受け継いだのだろう。身長にも恵まれ、投手としても順調に成長していった。中学では、軟式野球部から東北高(宮城)に進み甲子園出場を果たした父に倣い、地元の軟式野球部に所属。

すると、2年の頃から「大型左腕がいる」との評判が高校野球関係者の間に伝わり、3年時のある練習試合では145キロを計測したという噂が一気に広まり、その名は瞬く間に知られる存在となった。平尾自身は「さすがに145キロはスピードガンがおかしかったと思います」と笑い飛ばしたが、身長185センチの大型サウスポーは大きな魅力を秘めていた。全国から30校ほどの誘いを受けたが、平尾の気持ちは固まっていた。

「やっぱり、僕たちの時代は大阪桐蔭でした。小学生の時に辻内崇伸さん(元巨人)、平田良介さん(元中日)、1年に中田翔(元日本ハムほか)さんがいて、あの甲子園の夏はとにかく強烈で。さらに中田さんの代のあと、浅村栄斗さん(現・楽天)たちが全国制覇。僕が中学2年の時ですね。自分もこのレベルの高いチームでエースを張って、日本一になりたい。単純にそう思ったんです」

【西谷監督が思い描いた強力三本柱】

大阪桐蔭に入学し、幼馴染の弦との再会を果たすも、周りのレベルの高さに圧倒された。監督の西谷浩一は、平尾についてこう語った。

「噂を聞いて見に行くと、ふつうの中学生ではまともに前に飛ばない。だから、誰が見てもいいのはわかったんですけど、軟式の子はそれほど見ていなかったので、どれくらいいいのかがわからなかった。それで知り合いの軟式関係者の人に聞くと、『間違いない。10年にひとりの逸材や』と言われて、『エースにせなあかん器か』と。あの時の投手陣については、四国からくる澤ちゃん(澤田)は使えるのはわかっていたんですけど、最終的には澤ちゃんと平尾、そして藤浪が化けてくれれば......。僕のなかではそんなイメージでした」

ただチーム状況もあり、3人のなかからまず藤浪が1年夏からベンチ入り。秋からは澤田が加わり、平尾は2年春になってようやくベンチ入りを果たした。
2年夏は大阪大会決勝で敗れ甲子園出場を果たせず、彼らの代となった新チームがスタートした。その秋の大阪大会の投手登録は藤浪、澤田、平尾の3人のみ。今とは時代が違うとはいえ、投手を兼任できる野手もおらず、彼らへの信頼の高さが伝わってくる。その初戦(阿武野)、先発の気配を感じたという平尾は、試合に向けて調整を続けていた。ところが、想像もしていなかった出来事が起きた。

「野球部の平尾、すぐ職員室へ来るように」

休み時間の校内放送で、監督の西谷浩一から呼びがかかった。「おまえ、なにやったんや?」と、クラスメイトの野球部員から冷やかされながら職員室へ急ぐと、思いもよらぬひと言が待っていた。

【選手をあきらめてマネージャーなら】

「なんかおまえな、入院せなあかんみたいやぞ」

じつは、春先の健康診断で平尾は尿検査に引っかかり、6月に再検査を受けていた。そこでも「要検査」の判定が出た、本来ならその時点で詳しく調べるべきところ、夏の大会が目前に迫っていたため、気になりながらも通院を後回しにし、決勝で敗れて夏が終わったところで、2度目の再検査を受けた。その結果が学校を通じて届いたのだった。母に付き添われて病院へ向かうと、担当の女性医師から「腎臓に気になる点がある」と告げられ、検査入院を勧められた。

「でも、全然ピンとこなかったんです。『疲れやすいとか、なにか症状はありませんか?』って聞かれても、夏の大会前で毎日あれだけ練習していたので、みんな疲れはあるはずじゃないですか。だから、自分でもまさか病気からくるものだなんて、まったく思っていなかったです」

チームが翌春の選抜を目指して秋の大会を戦うなか、平尾は1週間の検査入院を余儀なくされた。背中から針を刺して腎臓の一部組織を採取する「腎生検」の結果、血尿やたんぱく尿が現れる慢性糸球体腎炎の一種「IgA腎症」と判明。放置すれば、将来的に透析が必要となる腎不全へ移行する可能性があると説明を受けた。これまでのやり取りのなかで、平尾が甲子園を目指す高校球児であることを理解していた女性医師は、静かにこう告げた。

「今後、激しい運動は禁物です。場合によっては、命に関わることもありますから」

頭がついていかなかったが、不安に締めつけられながら医師に聞いた。

「高校野球はもうできないってことですか?」

すると、医師は静かに言った。

「選手をあきらめてマネージャーなら」

そんなわけには......。先の見えない、孤独な戦いが始まった。

          つづく>>

⚾岩手さんへ
21世紀枠が登場してはや四半世紀になりますが、初年度は宜野座のベスト4で盛り上がりましたが、ここ10年近くは直接対決以外では勝利なく20連敗以上しているはずです。。。
かつて土佐高校が選出されたので私学は対象外という決まりはないので、、、、、和智弁・市和歌山を連破して創部約20年目にして公式戦初優勝の戦力と新宮という土地柄、困難な環境ということで他に近畿で強力な対抗馬がいないので、まず和歌山県高野連が推薦してくれたらと。。。あるいは日高中津・日高あたりを推すかもしれませんが、だとすると近畿の他のチームが推薦されると思うので。

近大といえばやはり90年センバツを制した近大付が真っ先に思い浮かびますが、近大福山も89年夏に甲子園出場したが開幕試合で敗退したので印象に残ってないですね。
近大福岡はたぶん甲子園に出ていないのでは?と。近大和歌山は野球部がないので、、、近大豊岡も同じですね。
近大高専はごくたまに三重大会で観戦してますが、上宮OBで近大新宮2代目監督の重阪が監督してますね。その前の高原監督は口ひげ生やしてかなり怖い風貌でしたね。

柏原は「かいばら」と読みます。篠山の近くにあると思いますが、兵庫県の中央部よりもやや北側かな?社や西脇よりも少し東側にあるので微妙に離れているかなと。
内陸部なんでこれから先はかなり冷え込むでしょうね・・・・・。元近鉄バファローズの佐々木恭介監督の母校だったのではないかと。
兵庫では六甲アイランドあたりも奮闘していたので、候補はいくつかありますね。

昨秋は大阪2強が滋賀代表にまさかの連敗で大波乱でしたが、今秋は大方の予想通りといった風情ですね。和歌山県勢は組み合わせ決まった瞬間に「こりゃ、アカン・・・」と思ったし、案の定完全な力負けで・・・・・。弱そうなチームに惜敗するよりもダメージは小さいですが、、、、、
意外と彦根東以外の滋賀県勢が強かったなあと思いました!一番、驚いたのはここ数年打力を中心に弱体化していた大阪がずいぶん強力打線になってかつての強さを取り戻してきたことですね。

嫌いな学校ランキングは数が多すぎて3番手以降は優劣が付けられないですね・・・・・。相対的に東日本(特に関東)の強豪が入って来るし、応援していたチームが煮え湯を飲まされたらすぐに入ってきますね。あとは野球が汚いチームもそうなりますね。試合時間がやたらに短いところも!

基本的に近畿中心で観戦しているから、足が届かない九州や東日本は甲子園に出てこないと好き嫌いの判断できないので・・・・・。
最後にゴゴスマは最近天気の話題がめっきり減ったので見ていないですね・・・澤さんの仕事が、、、、、
こっちは2日前まで半袖で1日過ごせるくらいの蒸し暑さでしたが、今日は一転してヒンヤリした空気に包まれ冬の気配を感じました↓↓今日が観戦日でなくてよかったと!8時から17時ナイターまで座って観戦していたらかなり辛かったかなと。カイロ背中に貼り付けてもおかしくないような感じだったし・・・・・。

次の週末も天気悪そうだし、最悪降るなら深夜から1日中雨予報で月曜日に延期してくれたら客も激減するだろうし、試合のインターバルにはCBCラジオで北野誠のダミ声を聴けますが。
一応、中止に備えて近鉄吉野線・福神駅付近の散策も視野に入れてますが・・・・・。運を天に任せたいです。
2025/10/21(火) 22時07分53秒 No.2080 編集 削除
 近大新宮を21世紀枠で選出したら確かに英断ですね!
 付属、福山、福岡は甲子園出場しているだったかな?
 高専、新宮、和歌山がいい所まで行くが甲子園出場が届かないけど上位進出はキープしているじゃない!
 柏原(読み方が?)は確か元プロ野球選手がいたじゃないの?
 関西地区の21世紀枠代表かもね。
関西地区は順当に常連校が勝ち上がっているじゃないの。

 大阪市長杯の組み合わせを見たが、残念藤原君は先週の滋賀・八幡球場が最後だったのか、的場君も系列大進学しないで天理大学で頑張っているね。
 
 嫌いな学校ランキング1,2は近畿だけど3位からは東北地区関東地区の甲子園出場チームが目白押しですね!
都から見たら上越、中越、下越のように関東、東北だしな!その昔道の奥で陸奥となったとか諸説あるが!

最後はほのぼのした事で、先週のゴゴスマで道端にメロンが出来てそれをスタジオに持ってくれて中身確認する所を放送していましたよ!
 去年はスイカ🍉がなった事があったね!
 岩手山で初冠雪らしい!
2025/10/21(火) 21時45分42秒 No.2079 編集 削除
📝第3回三重県・愛知県ピックアップチーム交流試合
https://www.aichi-kouyaren.com/topics/exchange_match/entry-3811.html

要項
主催
一般財団法人三重県高等学校野球連盟(第3回主管)
一般財団法人愛知県高等学校野球連盟

後援
三重県野球協議会
愛知県野球協議会

目的
両県のピックアップチームを結成することにより、両県選手との親善・交流をはかるとともに、技術力向上および選手・チームのモチベーションアップを目指す。また、適切な広報活動や未就学児、小学生との交流の時間を設けるなどして底辺拡大の機会とする。

日時
令和7年11月22日(土)予備日:24日(祝月)
第一試合 10:00 開始予定 (一塁側)三重県 (三塁側)愛知県
第二試合 13:30 開始予定 (一塁側)三重県 (三塁側)愛知県

会場
ダイムスタジアム伊勢(伊勢市楠部町159-1)

JR・近鉄伊勢市駅、近鉄宇治山田駅より三重交通バス(伊勢市駅7番のりば、宇治山田駅1番または4番のりば)
イオン伊勢店行き
内宮前(山商口経由)行き
伊勢病院前行き
浦田町(山商口経由または松尾観音経由)行き
「河口外科前」または「松尾観音」下車、徒歩5分

選考

選手は二年生が対象。秋季の地区予選・県大会の結果を参考としながら地域性等も考慮し、全加盟校から選考する。登録25名とし、原則各校1名を選抜する。
監督は経験者(現役を含む)から選抜する。

特別ルール

① 試合は9回までとし延長戦は行わない
② 投手の登板は最大3イニングまでとする
③ DH制を採用することができる
④ ユニフォームは自校チームのものを着用。背番号、帽子は各県で統一したものを着用する

☝三重が準決勝進出 常葉大菊川(静岡3位)を8─4で下す 秋季東海高校野球
https://news.yahoo.co.jp/articles/ccee8ba9bbb42f84640985c53a982089157dd089

来春の「センバツ」第98回選抜高校野球につながる第78回秋季東海地区高校野球大会の準々決勝が19日、名古屋市のパロマ瑞穂野球場などであり、三重県1位の三重が常葉大菊川(静岡3位)に8─4で勝利し、準決勝へ駒を進めた。三重は25日午前10時から、刈谷市の刈谷球場で決勝進出を懸けて聖隷クリストファー(静岡1位)と対戦する。

大会は26日までの4日間で、東海4県各上位3校の計12校がトーナメント戦で優勝を争う。優勝校は11月14日開幕の第56回明治神宮野球大会(明治神宮球場)に出場する。東海大会の結果はセンバツの東海地区代表の重要な選考材料となる。県からは秋季県大会で3年ぶり23回目の優勝を果たし3年ぶり37回目の出場を決めた三重と、2位の津田学園、3位の津商業が出場している。
 
県1位の三重はシードで準々決勝から登場。三重は2回の大量リードから5回までに8点を挙げ、後半追い上げる常葉菊川を振り切り4強進出を決めた。
三重は0─0の2回裏、先頭の5番・立松宗馬選手(2年)が四球を選び出塁。8番・前野元佑選手(1年)の右中間への当たりで無死一、三塁の好機に、7番・大西新史主将(2年)の適時内野安打で先制。なおも1死満塁と続く好機に1番・水野央清選手(1年)の中への2点適時打、2死二、三塁から3番・秋山隼人選手(2年)の右越えの適時2点三塁打でこの回一気に5点を奪った。
 
3回表に右柵越えの本塁打で1点を返されるも5─1で迎えた4回裏、1死一塁から2番・福田篤史選手(同)の右中間への適時三塁打、3番・秋山選手の中への適時打で2点。5回裏には2死二塁から8番・猿木爽太選手(1年)の右越えの適時三塁打で8─1とした。
投げては、先発左腕・上田晴優投手(2年)が序盤に満塁のピンチを抱えるも併殺で無失点に抑えた。3回から8回までを吉井海翔投手(同)、最終回を古川稟久投手(同)が継投。後半追い上げる相手打線から逃げ切り8─4で勝利した。
 
沖田監督は「東海大会では一番打つ打線で投手も良い相手の中、先制点を取って相手が焦った展開にもっていくことができた。次の相手も投手が良いので点が取れない分しっかり守って好機を狙いたい」と話した。

💢上級生から「死ね、消えろ」空気入れを肛門に…甲子園出場経験のある私立高校野球部でいじめ 加害者側は「僕がやりましょうか、と自ら」食い違う認識
https://news.yahoo.co.jp/articles/09f366e6bf6c0da47c4392795832f83cfbf214b3

甲子園出場経験もある、岡山県の私立高校野球部で起きた、上級生によるいじめ問題。被害を受けた当時1年生のAさん(現在17歳)は適応障害と診断され、自主退学を余儀なくされました。

今年9月に学校側や加害生徒らとの和解が成立しましたが、Aさんは「自らの経験を社会に伝え、同じような苦しみをなくしたい」との思いから、母親と代理人弁護士と共に記者会見に臨みました。会見で語られた、事件の経緯と彼の切実な思いとは…。

■甲子園出場経験のある高校で何が起きたのか

会見の冒頭、代理人の今西雄介弁護士は事件の概要を次のように説明しました。

(今西弁護士)「本日は皆様お集まりいただきましてありがとうございます。私立高校野球部いじめ事件に関する報告です」
「事案の概要ですが、去年4月に私立高校に入学したAさん(当時15歳)が、学生寮で生活し野球部に励む中で、当時高校2年生であった加害部員ら5名から継続的ないじめ、嫌がらせ行為を受け、同年9月に寮を出て自宅に戻り、適応障害との診断を受け、その後自主退学を余儀なくされたという事案であります」

■「死ね」「消えろ」日常的な暴言

(今西弁護士)「Aさん側が受けたと主張するいじめ・嫌がらせ行為です。Aさんは、昨年5月から9月頃にかけて『死ね』『消えろ』などの暴言を日常的に浴びせられ、深夜1時まで立たされることもありました」

さらに、8月中旬ごろ、部活動の自主練習中には、加害部員の一人から空気入れの先端部を肛門に3度ほど挿入され空気を入れられました。
また、別の部員からはバットのグリップエンドで頭を叩かれる「コンバット」と呼ばれる行為を受けたりしたと訴えています。

■加害者側の主張「僕がやりましょうか、と自ら」

一方で、これらの行為に対する加害者側の認識は、Aさん側の主張とは大きく異なっています。
暴言については「ふざけていたから注意をした。口調がきつくなったかもしれない」と指導の一環であったと主張。
最も悪質ともいえる空気入れの件については、「Aさんが『僕がやりましょうか』と言って自らやった」と述べ、Aさんの同意があったかのような説明をしています。
その他の多くの行為についても「事実はない」と否認しており、双方の認識には大きな隔たりがありました。

💢上級生が肛門に「空気入れ」を 甲子園出場経験もある私立高校でいじめ受け「悪しき伝統で色々な高校生が苦しんでいる」
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2236505?display=1

代理人の今西雄介弁護士は、今回の問題の経緯を以下のように説明しました。

「去年4月10日 Aさんが私立高校に入学、野球部に入部」
「4月~9月 2年生部員らによるいじめ行為」
「9月13日 Aさんがいじめに耐え切れず、寮を出て自宅に戻る」 
「9月20日 野球部長である教諭がAさんの家庭を訪問した際、A君がいじめを報告し、事実調査を求める」
「9月27日 Aさんと母親が私立高校に行き、いじめ行為を報告し、事実調査を求める」
「9月30日~10月2日 私立高校が事実調査のうえ、加害部員らの一部に対して停学処分。加害部員らの一部は1か月の対外試合出場停止になったと聞いているが時期等は不明」
「10月8日 Aさんがいじめ行為を誘引とする適応障害と診断される」
「11月30日 加害部員らの謝罪の場が設けられ、Aさんの母親と代理人弁護士が出席し、加害部員らから自身の認識に基づく謝罪の手紙を受領。この日、Aさんが私立高校の自主退学を余儀なくされた」

「今年2月7日 Aさんが代理人を通じて、加害部員と私立高校などに対して謝罪と高野連への報告、再発防止策、加害部員らへの厳重な処分と損害賠償を求める通知を発送」
「4月14日 私立高校と加害部員らにより兵庫県弁護士会紛争解決センターに和解あっせん申立」
「9月5日 兵庫県弁護士会紛争解決センターで加害部員ら・私立高校などとの和解が成立」

続いて、マイクの前に立ったAさんは、時折言葉を詰まらせながらも、自身の思いをはっきりと語りました。

(Aさん)「僕がこの会見で一番伝えたいことは、世間から言われる強豪校、古豪といったような高校での、悪しき伝統などによって色々な高校生が苦しんでいるということを、この会見を持って伝えられたらな、というふうに思います」

Aさんは、いじめに関わった当時の2年生が、何事もなかったかのように3年間高校野球をやり遂げたことについて、「自分の中で認めがたくて許せない」と悔しさをにじませました。さらにAさんは語りました。

(Aさん)「受けた行為などによって一時期は野球を見ることすら嫌になるほどでした」
「ただ地元の同級生や、今野球部で頑張っている同級生たちの姿を見て、やっぱり自分は野球が好きだなと思って今、野球をできるようになりました」

現在は別の場所で野球を続けているものの、断ち切られた夢への後悔は、今も強く残っていると語ります。

(Aさん)「やっぱり甲子園という目標を追いかけて、高校生活3年間を過ごしたかったっていう強い後悔は、自分の中で今でもずっとあります」
「これから高校野球に限らず、高校でスポーツに挑戦する中学生たちが同じ思いをしてほしくない。この気持ちでいっぱいです」

💢「(息子は)何度か線路に飛び込もうとした、と」甲子園出場経験もある私立高校で上級生からいじめ受け「息子を守って欲しかった」
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2236506

上級生からのいじめを受けたAさんの母親【画像②】は、当時の状況と現在の心境を涙ながらに訴えました。

(母親)「去年9月13日に息子から『帰ってもいいか』ってLINEが来ました。『もう無理、帰りたい』と。自宅に帰ってきた時は笑顔もなく、私に『ごめん』って、その一言だけ言ってくるっていう状況で」

その後、Aさんの口から語られたのは、想像を絶する苦しみでした。

(母親)「落ち着いた時に、寮から高校に行く通学路の最中に線路があります」
「そこに何度か飛び込もうとしたと。親としては耐えがたかったです、その言葉を聞いた時。でも、生きて帰ってきてくれたっていう、そこが一番私の中で嬉しくて良かったと」

母親は学校側に何度も調査と対応を求めましたが、その過程で不信感が募っていったといいます。

(母親)「学校側は初めは『戻って来れるように配慮します』と言ってはくれていました。ただ、安心して任せられるとは思えなかった」

そして、最も理不尽に感じている点を、声を震わせながら語りました。

(母親)「人をいじめる人間がなぜ罰せられず、いじめられた人間が逃げるように去らないといけないのか」
「その子たちも高校野球をするために来てると思うんです。でも、その子たちは3年間やりきって、なぜうちの息子はやめざるを得なかったのかっていうのが、すごい私の中でずっと疑問です」
「もうちょっと被害者である息子のことを守って欲しかったですし、考えて欲しかったな、というのが私の思いです」

会見の後半で行われた質疑応答では、事件の背景にある問題点が浮き彫りになりました。

―なぜ自主退学を選んだのでしょうか?

(今西雄介弁護士)「元々は復学を考えておりました。しかし、その間のいじめの調査やこちらに対する対応という点に、ご本人さん、及びお母様が、戻ってからの生活に安心を持てなかった」
「本当にこれで大丈夫なのかと。もうこれでは戻れませんという形で自主退学を余儀なくされたという事情です」

―学校側はどの範囲でいじめを認めたのですか?

(木田弁護士)「学校側が作成した報告書では『加害者の証言内容の範囲でA君に対するいじめ行為があったものと判断した』とあります」
「例えば、空気入れを入れたことについては認めておらず、強い口調で言った、というような範囲でいじめがあったと認定しています」

―なぜ訴訟ではなく和解を選んだのですか?

(今西弁護士)「訴訟ももちろん検討はいたしました。ただ、やはりご本人さんの状態が、今日ここに来られるのも非常に勇気がいった状態でして、訴訟になった時の尋問等に耐えられるのかというところはこちらも考えざるを得なかった。そういったところで、一定の和解をさせていただくという話になりました」

―この会見を開くことを決めたのはどなたですか?

(Aさん)「僕が最初にお話しさせて頂いたように、和解で終わった後に、どこかで同じ気持ちをしている子がいるんじゃないかと思った時に『やっぱり同じような思いを一番はして欲しくない』と」
「こういう場でお伝えするのが自分の中ではいいかなと思って、(弁護士に)したいという風にお伝えして、こういう場を開いていただきました」

会見は、Aさんの「同じ思いをしてほしくない」という強い意志によって開かれました。
一方で高校側は「和解内容に触れるため、コメントはできない」としています。

事実認定において双方の主張には大きな隔たりが残る中、彼は法廷での対決ではなく、自らの声で社会に問いかける道を選びました。この訴えが、スポーツ界に残る「悪しき伝統」を断ち切る一歩となることが望まれます。

🔥初優勝の島根中央高、秋季中国地区高校野球大会へ練習に熱 監督はソフトバンクを昨年引退した和田毅さんの弟
https://news.yahoo.co.jp/articles/06551124f4ef31794a326bf00a8a9d85a95c28b7

島根県高校秋季野球大会で初優勝した川本町の島根中央の選手たちが、24日に山口県宇部市で開幕する秋季中国地区高校野球大会に出場する。来春の選抜大会出場を狙う強豪校との対戦を前に「県代表としてベストを尽くす」と練習に熱を入れている。

2年生10人、1年生10人のチーム。プロ野球ソフトバンクを昨年引退した和田毅さんの弟、誉司監督(42)が率いる。9月の県大会では準々決勝まで3試合をコールドゲームで快勝。準決勝、決勝は私立の強豪、立正大淞南、石見智翠館を撃破して13年ぶり2度目の中国大会出場を決めた。

エースの塩崎孔耀主将(17)=安芸高田市・甲田中出身=を中心に、県大会5試合で5失点、4失策の堅守が持ち味。打線は切れ目がなく1試合平均7点を挙げた。大会後は内外野の連係プレーに磨きをかける。町民球場で照明をともし、暗くなるまで練習に打ち込む日も。塩崎主将は「仲間を信じて思い切り投げたい。1戦ずつ思い切りプレーする」と意気込む。

川本高と邑智高の統合で2007年に誕生した県立校。県大会制覇は春、夏、秋を通じて初めて。19年創部の女子硬式野球部が全国舞台で活躍する中、初の甲子園へ、町の期待も高まる。
選手たちは6日、和田監督たちと町役場を訪れ、優勝を報告した。野坂一弥町長は「勇気をもらった。町を挙げて応援する」。勝ち進めば応援バスを仕立てるという。

⚾岩手さんへ
以前はそんなことなかったですが、コロナ騒動で大会中止~無観客開催が続き、ようやく有観客開催に踏み切った頃から流れが変わりましたね。
近畿6府県の中で唯一、当日券販売をやめて、セブンイレブンで前売り券購入のみの販売に切り替えたし、昨年から当日券売機が導入されました。

僕が上手い具合に鳥取遠征で回避した6年前の秋の準々決勝3試合日には橿原神宮前駅付近まで大行列ができたそうで・・・・・。スタンドの狭さはどうすることもできないので、イロイロ考えたんでしょうね。僕は後列に座っていたのでそこまで監視員は来なかったですが、特に前列そして中段は厳しかったですね。数年前の県大会では名前が荷物に書いていたら名前連呼して返事なかったら撤去してましたから・・・・・。

2019年までは奈良のおばちゃんたちがボランティアで切符のもぎりから試合後の場内清掃までやってましたが。今は券売機前に可愛らしい女学生が愛想振りまいて案内してくれるのでスムーズに買えましたが去年は皆さん慣れない券売機になじめず混乱して中々行列がはけないと・・・・・。

大仏商売というのは、、、スカウトなどわざわざヨソに出向いて営業活動せずに自分たちが動かなくても客が自ら足を運んでやってくるので自分のホームグラウンドで商売に徹するという具合のニュアンスで合っているかなと。
ちなみに僕は奈良の野球を見ていたら(特に天理)思わず『大仏野球』と言ってしまいがちです!何度も天理の試合を観戦してますが、監督が良く交代しますが昔から「2死満塁フルカウントで3人のランナーが打者が打つまで誰一人走らない光景」を3回以上は目撃してますから!!思わず、『アカン、大仏野球や!!』と呻いてますね(笑)
在りし日の橋本監督や同年代の森田元部長はメタボ体格だったので余計に大仏を彷彿とさせてましたね。ノーサインではないけれど、あまり動かず大仏よろしく微動だにしないので。

高嶋先生時代の和智弁も「ヒットしほん(4本)打たな点が入らへん・・・」とボヤいていたし、打線が爆発するのはいつも7回以降なんで天理と共通点は多いですが、天理が右の長身本格派投手が頼もしかったのであとは打つだけという感じでしたが。

ところで、今年はなぜかしら11月1日土曜日を日程から外しているのが??????でしたが。。。。。昨日朝に神武天皇陵お参りする最中に看板をみつけ、どうやら橿原公苑界隈が奈良県高校駅伝のルートに選定されているようで、この重複を避けて2日・3日とした模様です。
西京極も毎年11月3日はスポーツイベントしているので文化の日は高校野球していないし。。。

それから、近畿公立枠ですが・・・・・昭和の頃は和歌山でも和歌山中・海草中・箕島に海南・和歌山工・和歌山商などなど強かったし、滋賀も八幡商を筆頭に甲西・伊香・長浜・堅田・野洲などなど今では甲子園に縁遠いチームが甲子園出ていたしどこかしら近畿7枠に必然的に入ってましたよね。
いつだったか?21世紀枠で公立高校をぶちこんで歴史をつなぎましたが。。。。。

今春やっとこさ大阪枠撤廃する英断を下した令和の良識ある選考委員に変わりつつあるので、21世紀枠のゴリ押しはどうなんでしょうね???僕は徳之島が最有力候補で残り1枠がどこになるのか?と。近畿で出すんだったら、近大新宮にして欲しいですね!和歌山1位だし、一般枠では和歌山0は確定だし、和智弁・市和歌山に勝って優勝したので実力はあるだろうし、新宮ー紀三井寺まで片道3時間程度かかるようで、紀三井寺での試合はいつも前泊というハンディーがあるので・・・・・。

無理して兵庫から柏原高校を選出したら、滋賀短大付と同等以上の惨敗を喫する可能性もあるので。来年無理してゴリ押ししたら再来年以降もっとゴリ押しせなアカンようになるので、大阪枠撤廃と同じ英断を僕は望みます!

P・S 花咲徳栄はずいぶん神がかった試合したんですね!関東では数少ないお気に入りチームの1つなんで、センバツで久しぶりに🎵サスケの生演奏を聴きたいですね。
最近は創価高校も出てこないし、幸福の科学学園(栃木)もまだ早いのかなあ・・・・・。
あの持丸監督の専大松戸が横浜に公式戦連勝したのは痛快ですが、悲しいかな関東5枠目で横浜選出の可能性が非常に高いですよね・・・・・。

先日、明石トーカロのスタンド上段でおじさんたちが雑談しており「オレは健大高崎が嫌いや。監督がな・・・でも一番嫌いなんは仙台育英や!!」という会話を小耳に挟みました。
たしかに僕もどっちも嫌いやなあと妙に納得しつつ、、、、、心の中で『僕自身は一番嫌いなんが履正社でその次が神戸国際大付・・・3番目はどこになるんやろうなあ・・・ワセダ・横浜・サガミ・仙台育英・花巻東・駒大苫小牧・金足農・常総学院・東海大甲府・・・・・・』同率3位が無数にあってランキング付けられへんなあと思いましたね。
2025/10/20(月) 22時07分06秒 No.2078 編集 削除
 奈良の球場では荷物を長時間(20分~30分)でもかな?おっきぱすると撤去する!役員さんの監視厳しいだね!
試合終了後に忘れ物を探しに戻ったが処分されていた事は甲子園観戦時は数度ありましたが、試合中でも撤去するとは。やはり球場で入場券販売をしない事の余裕で監視の目がスタンドに行くのか!!!☆
大仏商売とか聞いた事がありますがこう言う事なの?
近畿地区に不思議な事がある。
今度総理大臣なるかも(ほぼ確実)の先生は畝傍高校出身みたいね!
 
 奈良判定☆もある
 センター返しの前例もある
 公立高校選出は継続は力成りと言われますよね!
 富士山の麓では0-9から逆転勝利もあったとか聞きましたよ!
 密室の協議?

観戦予定がないのでへそ曲がり的展望でした。
2025/10/20(月) 18時19分59秒 No.2077 編集 削除
 近畿大会に出場の公立高校はきれいさっぱり?強豪相手に敗退して一般選考で選出が難しくなった。
 奥の手を使う?秘伝!
伝統が97年で途切れるか、続か選考委員にかかっている!
2025/10/20(月) 5時06分13秒 No.2076 編集 削除
⚾今日の近畿大会試合結果(2日目 1回戦 さとやくスタジアム)
2日目第1試合 近江(滋賀①)ー市尼崎(兵庫②) 9:30~11:21
         一二三四五六七八九十計HE
     近  江2000430   9100
     市 尼 崎1000000   111

2日目第2試合 天理(奈良②)ー彦根東(滋賀②) 12:06~13:58
         一二三四五六七八九十計HE
     天  理1002103   7100
     彦 根 東0000000   031

2日目第3試合 市和歌山(和歌山②)-大阪桐蔭(大阪①) 14:40~17:03 16:36点灯 8回表から
         一二三四五六七八九十計HE
     大阪桐蔭201000202 7131
     市和歌山000010000 132

⚾今日の東海大会三重県勢試合結果(2日目 準々決勝 刈谷球場・パロマ瑞穂球場)
三  重8ー4常葉菊川・聖  隷5-3津  商

📣約100年続く「近畿公立枠」がセンバツ選出ゼロの危機、公立勢4校が近畿大会初戦で全滅
https://news.yahoo.co.jp/articles/699d8e605cadc6ab43072e51bb0548124b3b4091

市和歌山(和歌山2位)が初戦で敗退し、近畿大会に出場している公立校は全4校が初戦で散った。
今大会には市和歌山のほかに乙訓(京都2位)、市尼崎(兵庫2位)、彦根東(滋賀2位)の4校が出場したがいずれも1勝もできずに去った。

26年で98回目を迎えるセンバツだが、近畿からは1924年(大13)の第1回大会から公立校が必ず出場してきた。現在は一般選考が6枠あるが、今年は一般選考からの公立校の選出は厳しい状況となった。
これまで不思議と100年もの間、途切れることがなかった「近畿公立枠」がついに出場の危機を迎えた。

21世紀枠の選考を含めて、来春センバツの選考委員会は26年1月30日に開催される。

👣市和歌山センバツ絶望的「まだまだ力不足」プロ注目の丹羽涼介8回5失点
https://news.yahoo.co.jp/articles/872e4176c0829e1c44b5a9ef9ac564a8d599a10a

<高校野球秋季近畿大会:大阪桐蔭7-1市和歌山>◇19日◇1回戦◇さとやくスタジアム

市和歌山の2年連続のセンバツ出場は絶望的となった。

阪神を含む複数球団が視察する中、エース丹羽涼介が8回10安打7四球5失点と力を発揮できなかった。「直球が浮いて、変化球が打たれてしまった」。自慢のスライダーを狙われ「大阪桐蔭さんが格上で合わされた。まだまだ(自分は)力不足」とくちびるをかんだ。打線も3安打1得点に抑え込まれた。丹羽は「線が細い」と課題を挙げ、食事面の改善やウエートトレーニングでのパワーアップを目指して最後の夏に臨む。

📝1回戦屈指の好カードは大阪桐蔭の勝ち!「速いとは感じず…」最速151キロ右腕攻略で8強
https://news.yahoo.co.jp/articles/10cbcddbe25edbfaf8aefd019e63cad821274a0f

高校野球の秋季近畿大会は19日に1回戦が行われ、大阪桐蔭(大阪)が市和歌山を7―1で下して初戦を突破した。

「4番・三塁」の谷渕瑛仁(2年)がサイクル安打を達成し、来秋ドラフト候補に挙がる最速151キロ右腕・丹羽涼介(2年)の攻略に貢献。3回1死一塁で放った左中間への適時二塁打を皮切りに、5回に右前打、7回には右越えの適時三塁打、9回先頭では2番手の変則右腕から公式戦2本目となるソロを右翼席に着弾させた。最後は一発でサイクル安打を達成させるも、「(サイクル安打と)気付いていなかったです」と笑った。

大会屈指の本格派右腕である丹羽の対策として、1学年上で最速150キロを超える森陽樹、中野大虎(ともに3年)の両右腕と真剣勝負を繰り返してきた。その成果もあり、「めちゃくちゃ速いとは感じなかった」と先輩投手陣に感謝した。

☝近江センバツ前進 打線爆発9得点 最速148キロ上田健介は7回1失点
https://news.yahoo.co.jp/articles/47bcaf357b60c279db1ced6d0323dcda75055e70

<高校野球秋季近畿大会:近江9-1市尼崎>◇19日◇1回戦◇さとやくスタジアム

滋賀王者の近江が2年ぶりのセンバツ出場に前進した。秋の県大会1試合平均9・4得点の打線が、この日も10安打9得点と爆発。プロ注目の最速148キロ右腕、上田健介投手(2年)も7回を1安打1失点にまとめた。

小森博之監督(41)は「エースに制球難があるので、点を取らないといけない気持ちが相乗効果につながっている」と分析。26日の準々決勝では、県準決勝で延長の末8-6で破った滋賀学園と対戦する。

👣「完敗です」 20年ぶり出場の市尼崎、初戦敗退 
https://news.yahoo.co.jp/articles/b5ca3dda40d83f3b6fb33d92e055a65eaa07939b

高校野球の秋季近畿大会は19日、奈良県のさとやくスタジアムで1回戦があり、20年ぶり出場の市尼崎(兵庫2位)は1―9で近江(滋賀1位)に七回コールド負けした。
近江に10安打を許し、打線も1安打に抑え込まれた。市尼崎の椎江博監督の試合後の主なコメントは以下の通り。

◇市尼崎・椎江博監督

完敗です。守りからリズムを作るはずのチームが作りきれなかった。近江さんは四死球を生かしたが、うちは生かすことができなかった。
(近江の先発)上田投手は直球が走っていたが、変化球についてはボール球が多かった。でも、うちのバッターは手を出してしまった。
敗因は監督じゃないでしょうか。そこまできちっと指導していなかった自分の責任です。監督が悪いです。

<一回から試合が動いた>

(先攻後攻を決める)じゃんけんに勝ったんですが、裏を取りました。しまったなと……。本当は先攻を取ってほしかった。上田投手を先に投げさせたかった。力んでほしかったが、うちが逆にそれをやってしまいました。仕方ないですね。

<投打ともに課題が見えた>

力がない中でここまで上がってきたことは自分自身は分かっていました。生徒らも分かっていたはずです。経験を積む中で成長したのは認めますが、本当の力はないです。

<20年ぶりの出場だった>

難しさはあったと思う。こういう舞台は彼らは初めてで慣れていない。近江さんは間接的でも、大きな舞台で戦う先輩の姿を見て経験している。大きな違いがある。
練習試合でなく、強豪と観客の前で戦うという大きなプレッシャーがあったと思う。夏になんとしても頑張って、頂点に立ち、甲子園に行こうという気持ちになってくれたらありがたいですね。

☝天理・長尾亮大、七回途中0封 藤原監督「僕が見た30年間で上位に入る」コールド勝ちで8強入り
https://news.yahoo.co.jp/articles/ac0f6911627d79cc839902a6f6d02e2cbc03ec41

高校野球秋季近畿大会第2日1回戦第2試合(19日、彦根東0-7天理=規定により七回コールド、さとやくスタジアム)

天理(奈良2位)が彦根東(滋賀2位)を七回コールドで下し、ベスト8進出を決めた。

先発したエース右腕・長尾亮大投手(2年)は七回途中3安打無失点と好投。最速144キロの直球に縦スライダー、横スライダー、カーブ、チェンジアップを巧みに織り交ぜて、彦根東打線に的を絞らせなかった。5―0の七回には左前に2点打をマーク。頼れる背番号1が投打で大勝に貢献した。

長尾は「3イニング終えたあたりから変化球でカウントが取れたことは自分の中で評価できる」とうなずいた。今年のセンバツ前から投手に本格転向。藤原忠理監督は「まだ経験を積む途中である中で、どんどん吸収していっている。コントロール、指先のよさは僕が30年間見た中で上位に入るくらい」とたたえた。天理大監督時代にリーグ優勝11回に導いた名将が期待を寄せる右腕を軸に、センバツ切符まで勝ち進む。

👣滋賀屈指の進学校・彦根東が初戦敗退「ミスでやられて…」小島義博監督
https://news.yahoo.co.jp/articles/6b5b8587612eb98e954838715563b0cb2a24ddb0滋賀屈指の進学校・彦根東は初戦で散った。

県2位で出場したが、8四球1失策と乱れ、7失点で天理にコールド負けした。
小島義博監督(39)は「相手を大きく見過ぎていた。エラーや四球を気にしていたが、見えないエラーも多々あった。上位大会ではミスは許されない。ミスでやられてしまった。だいぶもったいなかった」と悔やんだ。

🎤逆転4強の明徳義塾 監督「勝つなら苦しんで」
https://news.yahoo.co.jp/articles/174602c1e610d2752d84964aa9a715d3cc717b45

高校野球の秋季四国大会は19日、愛媛県の今治市営球場などで準々決勝があり、明徳義塾(高知1位)は徳島商(徳島2位)に3―1で逆転勝ちし、4強入りした。
明徳義塾の馬淵史郎監督の試合後の主なコメントは次の通り。

◇「2番が良いと勝てる」

もう1点ぐらい欲しいけどね。(相手先発の森野快心投手に)粘り強く投げられてね。
(六回表に5本の長短打を集めて逆転し)やっぱり六回表っていうのは試合が動くじゃないですか、高校野球は。
(五回終了後の)休憩の後でね。しかも3番からの攻撃で、うちはものすごく(打線の巡りが)良い感じだった。
(それまでは)ちょっと当たっていない選手の時に、ランナーがセカンドにいるっていうね。打順の巡りが良かったのが六回だけでね。

今日は(左翼から右翼方向への)風が強くて、(自チームの投手陣に)「右中間に伸びるような打球だけは絶対打たすな」言うて。逆に風がなかったら、うちは1本ぐらい(左翼フェンスを)超えていましたよ。
僕は「2番(打者)が良い時には甲子園に行ける」っていう持論なんですよね。キャッチャーと2番が良い時は勝てる。
1番が打てなかったら2番が1番の役目をできるような、そういうバッターがいないと。(2番が)ただつなぎのバッター言うだけじゃ、今の野球は勝てない。

(この試合で2番を打った田内望夢選手は)センスあります。ホームランも打てますからね。腕っぷしが強いから。足もある。選球眼も良い。それと、動じないですね、ゲームの中で。
勝つなら苦しみながら勝った方が良いね。楽に勝っとったらろくなことがない。(準決勝までの)1週間、また引き締めて練習ができるから。

📝国スポ高校野球で初採用の7回制、「公立校でも勝ち上がれる」反面…終盤の逆転劇はレアケースに
https://news.yahoo.co.jp/articles/e9c86453fa23f1a98a7cd95a4c07a5d9d7908890

甲子園大会での導入も検討
 
8日に閉幕した国民スポーツ大会(国スポ)では、高校野球の硬式、軟式両方の部で7イニング(回)制が採用された。日本高校野球連盟は、選手や運営スタッフの負担軽減につながるとして春夏の甲子園大会での導入を検討しており、国スポでのデータも検証材料に議論を進める。

◆「疲れは一度も感じなかった」

7回制は今夏に宮崎県の新人大会で実施された例はあるが、主要な公式戦では初の試み。日本高野連は昨年6月から本格的に7回制についての議論を始めており、実際に公式戦で導入して課題を検証しようと国スポで実施した。

2日、大津市のマイネットスタジアム皇子山で行われた決勝は、高川学園(山口)を破った山梨学院(山梨)が初優勝を飾った。試合時間は1時間41分。全7試合の平均と同じで、前回大会より27分短かった。投球数も1試合当たり133球から102球に減少。決勝に進んだ両校は4日間で3試合を戦ったが、山梨学院の梅村団主将は「大会を通して『疲れている』とは一度も感じなかった」と話した。

◆四回で「終盤というイメージ」
 
作戦面にも変化が見えた。1回戦で山梨学院と対戦した尽誠学園(香川)は四回のピンチで申告敬遠をした。西村太監督は「(四回でも)終盤というイメージ。九回ならやっていない」と話す。一回から盗塁を試みた沖縄尚学(沖縄)のように序盤から仕掛ける学校もあった。比嘉公也監督は「(私立よりも部員数が少なくなりがちな)公立校でも良い投手がいれば十分、勝ち上がれる」と感想を語った。

逆転勝ちは4試合あったが、全て三回までに追いついており、終盤の逆転劇はなかった。高川学園の遠矢文太主将は「野球の面白さは9回制(の終盤)で何が起こるか分からないところだと改めて知れた。選手の活躍の場も減るので一打席、一打席を意味のあるものにしないといけない」と実感していた。

◆運営側の働き方改革
 
7回制導入の背景には大会運営に関わる教員らの働き方改革もある。1日に4試合あった9月29日は、第1試合の開始から第4試合の終了までの時間(試合間を含む)が、前年より2時間短い8時間19分だった。滋賀県高野連の関係者らは「運営側の負担が軽くなるのは間違いない」と話した。

日本高野連は出場校や、県高野連から意見を聞き、検討会議での議論の参考にするとしている。

💢「空気入れを肛門に…」高校野球いじめ被害生徒が“退学”、凄惨な内容と学校の対応に猛批判
https://news.yahoo.co.jp/articles/c39fc674015dcdf28a5f638c8fbc6c0cb6b7b0ae

今年の夏、世間を大きく騒がせた広島県・広陵高校野球部の暴力問題。行為の中身や加害者と思われる生徒の顔と名前がSNS上で拡散されるなど、事態は混乱を極めた。
同校は夏の甲子園2回戦を辞退したが、被害者側の話と関係者の証言に食い違いがあり、9月9日には加害生徒とされている1人が“名誉棄損”の罪で被害者側を告訴した。

岡山県・関西高校で“いじめ”発覚
 
そんな騒動の余波が残る中、高校野球における新たな“事件”が明るみに――。

「甲子園大会21回の出場を誇る岡山県の強豪・関西高校の野球部で、昨年“いじめ”に該当する行為があり、当時1年生だった部員が適応障害と診断されて自主退学していたことが判明。10月16日、いじめ被害者で現在は通信制高校に通う男子生徒が、代理人弁護士ともに記者会見を開きました。被害生徒側は、当時2年生だった先輩部員5人と学校側に、処分と損害賠償を請求。今年9月5日に和解が成立したといいますが、詳しい和解内容は非公表となっています」(スポーツ紙記者)

会見によると、いじめは入学直後の2024年5月ごろに開始。先輩部員から「帰れや」「死ね」「消えろ」などの暴言を吐かれたり、バットの柄で身体を叩かれるなどの行為があったという。さらに……。

「空気入れ用具の先端部分を肛門に挿入され、空気を入れられたこともあったそう。被害生徒は昨年10月に適応障害の診断を受け、翌月に自主退学を決断。先輩部員らは、暴言に関して“注意の口調がきつくなったかもしれない”と説明し、バットで叩いたことは事実ではないと否定。空気入れの挿入については“被害生徒が自らやった”と主張しています」(前出・スポーツ紙記者)

「捜査するべき」学校にも追及の声
 
被害生徒は会見で、「学校の対応が不誠実で退学せざるを得なかったが、今も悔しさを感じている。同じような思いをする人が二度と出ないような学校になってほしい」とコメント。一方、関西高校は、いじめによって生徒が退学し和解が成立したことは事実としながらも、詳しい明言は避けている。
いじめ行為の当事者とされる一部生徒は停学処分を受けたというが、ネット上では、

《なんで被害者側が去らなきゃいけないの?加害者が除籍でいいでしょ》
《犯罪じゃん、傷害事件として捜査するべき》
《隠蔽するなら廃部にしてください》
《被害者の自主退学が「学校側にとって最も都合のよい解決」だったんでしょ。逃げざるを得ない状況だったんだろうな…》

などの声が。

「広陵高校の問題が大きく取り上げられたように、関西高校のいじめについても、学校や高野連に対して世間から懐疑的な意見が多数寄せられています。学校側に記者会見を開くよう望む声も多く、和解したからといって“一件落着”とすることはまず受け入れられないでしょう」(前出・スポーツ紙記者)

ネット上では、ここから“芋づる式”に問題が発覚していくのでは、と予見する声も。どのような背景があっても、いじめ行為は許されるものではない。

⚾岩手さんへ
そうですか・・・奈良は選手権大会は「さとやくスタジアム」が一本化されてますが、以前は「奈良市鴻ノ池球場(ロートスタジアム奈良)」「大和郡山球場(ならっきー球場)」も夏は使っており、僕が高2の夏は大阪大会でも西宮スタジアムと鴻ノ池球場使用してました。

ただ、両翼が91・92・93Mと狭いしフェンスもかなり低いので他府県の球場と比べたらどうでしょうか?僕は環境が良いので橿原は紀三井寺の次にダイスキですが。
近畿の目の肥えた高校野球ファンにはずいぶん不評のようです、、、、、昨日・今日と内野は超満員で外野スタンドもかなり埋まりましたね。皇子山やわかさS京都レベルのスタンドだとまた違った印象かと思いますが。

駅から徒歩5分という立地と裏手に橿原神宮・神武天皇陵があり大和三山の一角・畝傍山が見えるのがエエ感じですね。

中国地区にも3Kなるものがあるらしいですが、全部不祥事がつきまとってますよね・・・・・。
関西は岡山唯一の男子校だったと思いますが、あまりお行儀の良い校風ではないらしいですね。。。。。またそうでないと野球は勝てませんから?!

広陵は中井監督の人格者っぷりが長年高い評価を受けてきましたが、、、、、07年夏の球審・桂への猛抗議などありつつ広陵野球部の本が数冊あったはずで(僕は読んでませんが)。
補欠のチカラを大切にするとか大義名分あったかと思いますがすべて瓦解しましたね。あの出場辞退の折に監督と息子さんが記者会見で謝罪すればまた違った世論・風向きになったかもしれませんが。
しかし、監督が学校の理事も兼任しているとは初耳でした!!

関西は教育者・江浦先生が表舞台を去り、その後甲子園で見かけないですね・・・・・。いとこの浜田コーチが監督を継いで、いつの間にか藤井コーチだったかに禅譲し、昨夏か2年前の夏に観た折にはメイデンよろしくチマチマしたコスい野球にカラーが変貌して驚きました!一時期真っ黒なユニホームだったこともあるし。

開星はやくざ監督の切腹騒動というか末代までの恥をさらしてしまいましたが・・・・・1年後には定年直前で監督復帰され甲子園1勝し花道を飾り、教育評論家に転身しワイドショー番組にも多数出演されてましたが、、、、、教え子で後釜の山内監督が部費300万をスタッフとともに焼肉パーティーなど私的流用が明るみとなり、これはこれで問題が大いにあったかと。
そのおかげでまたまた「やくざ監督」が復活してついにこの夏甲子園に帰ってきたと!

桐蔭は人気があるのかどうか判断難しいですが、、、、、全盛期のPL学園とはまた違った印象がありますね。西谷監督はもうノックを打てないのか???今日はブルペンでずっと先発投手を見てましたね。普段一人で7分間打ち続ける半田監督も同じようなことしてましたが、、、、、

P・S 奈良は盆地で朝晩はよく冷えることで知られてますが、、、、、昨日は半袖で充分過ごせたし、今日は気温が下がるとのことで警戒して七分袖にパーカー用意してましたが大失敗。湿度がかなり高かったようで昨日以上に汗かきましたね。何度も通り雨があったし、夜になっても寒くなかったと。

ワンパクな西谷監督はもちろんですが、半田監督・椎江監督・小森監督・岡田監督あたりは半袖アンダーシャツで采配されてました。昔はこの時期、普通にグラウンドコートやウインドブレーカー着る監督も多かったですが、、、、、

2日間観戦してイロイロ思いましたが・・・・・。まず通常試合開始1時間前が開門時間ですが、ずいぶん早く開けてくれているので待ち時間なく3塁側の上段屋根下キープでき雨の心配が消えたと。
奈良は高野連役員の監視の目が光り、長時間荷物放置したまま離席したら撤去されるので、、、昨日は役員さんの目が厳しかった!

あとはナイター点灯するのはいいけど、試合終了後5分ほどしたら半分ほど電気消されて急に暗くなると!!少しでも橿原ナイター観たい僕にとってはちとつらいですね!紀三井寺は試合終わっても長い間電気付けており、緑道の帰り道何度も振り返っておりますが!!
昨日は駅に向かう途中レフトスタンドに入って写真1枚撮影。今日は意味もなく無人の外野席を遠回りしてライト~レフト方向に歩いて帰りました。めったに外野席開放しないので。

野球に関しては、ここ数年地盤沈下していた大阪の野球が盛り返してきたなと。最近は2強以外は「ただ来た球を打つだけの淡白な野球で試合時間1時間30分程度の貧打戦」が目立ってましたが、近大付・大阪桐蔭ともに長打攻勢が目立ち試合時間も2時間20分・2時間23分と往年の大阪らしさを取り戻してきました!

逆に和歌山はくじ運の悪さもありますが、近大新宮のストライクが来ればなんでもかんでも手を出していくスタイルが僕は気に食わなかったですね。相手投手を楽させてしまい100球程度で1失点完投と。しかも9回2死まで完封だったし。1時間38分で瞬殺は痛いですね。
市和歌山も打てないのは分かっていたので0-0で食らいつき、鍛治舎監督がいた県岐阜商に1-0でサヨナラ勝ちしたイメージで勝ちたかったですが、、、、、無死1・2塁で送りバントを間に合わない3塁へ大暴投して1塁走者まで余裕で生還を許したのは・・・・・それでも9回裏まで野球できたので。

滋賀野球が本当に強くなり、近江ー滋賀学園がまた来週再戦と。皇子山で3時間ナイターしたので同じ展開を熱望ですね。ただ、彦根東がかつての滋賀らしい野球を展開したので近江兄弟社が準決勝で勝てていたらなあとため息。。。

あとは北原監督のお父さんがサンテレビの解説で何度も公立の市尼崎に頑張って欲しいと熱いエールを送ってましたが、、、、、まさかの7回コールド負けでしたね。昨秋は準々決勝で神戸国際大付に1-8だったか7回コールド負けを見ましたが、秋の県大会で1度も見なかったので。東洋大姫路に5-1で勝っとるし椎江監督が率いているので多賀監督なきあとの近江だったら互角以上の展開で・・・と思いましたが。

兵庫2位・3位が1勝すれば神戸国際は負けたら即センバツ絶望でしたが、、、、、1勝で当確ランプが点りそうな気配が↓↓大会3日目は金光マーチでも口ずさみながら1級下の監督・横井くんを応援します!
2025/10/19(日) 23時49分15秒 No.2075 編集 削除