自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」

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紀州レンジャーズ チーム結成以来全成績 175勝187敗35分け 42雨天中止  4新型インフルエンザ発生&流行中止1降雨ノーゲーム(OBチーム1試合)
☟弘前学院聖愛野球部・原田監督が謝罪 3年生3人が飲酒で補導「すでに再発防止と全部員への指導徹底」
https://news.yahoo.co.jp/articles/93cb6415d84582dcf88f2a0af030c0a368ded9a9

弘前学院聖愛(青森)の野球部・原田一範監督が21日までに同部のインスタグラムで3年生3人が飲酒で補導されたことについて謝罪した。

文書の画像で「皆様へのお詫びと、SNS再開のお知らせ」として「監督の原田です。日頃より、温かいご声援を賜り、心より感謝申し上げます。この度、3年生の一部部員の不祥事により、応援してくださる皆様の期待と信頼を裏切る事態を招きました。誠に申し訳ございませんでした」と、謝罪した。

この3年生の行為について「私たちは、この事態を重く受け止め、すでに再発防止と全部員への指導徹底を講じております」としつつ「今回の不祥事は、チームの活動全体とは無関係であり、日々の活動に真摯に取り組んでいる多くの部員には一切責任はございません。また日々後輩たちの指導やチームへの貢献を続けてくれている3年生の努力も、決して無駄にできるものではありません」と伝えた。

また「そして、現役部員たちの一生に一度の高校野球を止めるわけにはいきません。現役部員たちは、この困難な状況の中でも、目標に向かって真剣に活動を続けております」と現状を記した。
そして「つきましては、SNS投稿を自粛しておりましたが、努力と成長を続けている部員たちの姿を、以前と同様に皆様にご報告させていただくことにしました。彼らの未来のためにも、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。今後とも聖愛高校野球部をよろしくお願い致します。弘前学院聖愛高等学校 野球部監督 原田一範」と呼び掛けた。

📝興南・我喜屋監督が新著「人生のスコアボード」 甲子園優勝メンバーの「その後」も
https://news.yahoo.co.jp/articles/849780d21654dadcf8a0f8ed02e27647b74bf95e

2010年に興南高校を甲子園で春夏連覇に導いた我喜屋優監督の人生訓が詰まった書籍「人生のスコアボード」が11月7日に出版される。興南学園同窓会が、出版記念祝賀会を同日午後6時から那覇市古島のマリエールオークパイン那覇で開催する。同会の識名安信会長=写真中央=は「逆境に向き合い、いかに道を切り開いていくのか。生きる上での参考書になる」と語った。

祝賀会は会費5千円。事前予約制で定員は先着順に350人。第1部は我喜屋監督を囲んでトークセッション、第2部は懇親会を行う。

第1部では、エースとして連覇を率いた島袋洋奨さんや、1番バッターで現在は公認会計士の国吉大陸さんら4人の元興南球児を招き、スポーツを通して何を学んだかを語り合う。

祝賀会への申し込みは興南学園同窓会、電話098(882)5775。平日、午前10時から午後4時まで。

💢アメリカでも部活内いじめが起きていた 広陵野球部に類似、告発→批判受け自粛…巻き込まれる部員の現実
https://news.yahoo.co.jp/articles/e8841c27a912e60d1e403d332153223183176922?page=1

「広陵高校とアメリカの運動部内いじめに共通する問題点」

今年の全国高校野球選手権大会で、広陵高校(広島)は1月の野球部内暴行事件が明るみに出た後、1回戦勝利後に残りの大会の出場を辞退した。1回戦を行う前に、学校は事件について日本高野連に報告しており、加害した部員を指導したうえで、一時公式戦出場を停止していたと説明し、事態収拾を図った。しかし、2023年に元部員が監督やコーチ、部員から暴力・暴言を受けたとの情報がSNSで拡散されたこともあり、2回戦への出場を辞退することに至った。現在は第三者調査委員会が事実解明を進めている。

この広陵高校野球部の暴行に関する続報が続いていた9月、アメリカでも同じような事件が発覚した。
9月2日、米オハイオ州ヤングスタウンの私立アーサリン高校のアメリカンフットボール部で、部員による暴行、性的にはずかしめる行為があったとして、元部員とその家族が学校側(校長らの管理職とアメリカンフットボール部のコーチ)を訴えた。

訴状によると、2025年6月の合宿中に、複数の部員が新入生部員に対して性的な暴行を含むいじめをし、その様子をスマートフォンで撮影し、部内で共有した。被害を受けた生徒の母親がアシスタントコーチに相談したところ、「男子同士のふざけあい」と表現して、対応しなかったという。母親は校長にも動画を見せ、校長は暴行行為の重大さは認めた。しかし、十分な調査は行われず、アメリカンフットボール部では、部員に暴行事件について口外しないように伝えたという。
そして、何事もなかったかのように、シーズン初戦の8月22日、第2戦の8月29日の試合を行った。第2戦の後の9月2日に被害者側の弁護士から裁判所に訴状が提出された。訴状が提出されると、隠ぺいはできない。ここで、学校はアメリカンフットボール部のヘッドコーチを無期限資格停止処分とし、2名のアシスタントコーチを休職とした。9月5日に予定していた試合は行わなかった。

翌週にはこの高校に在籍していた元生徒が、2023年にアメリカンフットボール部の部員に性的いやがらせ、暴行をされたとしたと告発した。学校側に報告したにもかかわらず、学校側は措置を講じなかったと別の訴訟を起こした。これを受けて、学校はシーズンの続行は困難と判断し、9月12日に残りのシーズンはアメリカンフットボール部は試合を行わないと発表した。対戦相手校から試合は行わないという通告もされてもいた。

広陵野球部と3つの共通項 転校を決断した生徒も厳しい現実が…
 
アーサリン高校のアメリカンフットボール部は裁判に訴えられて、いじめを隠ぺいできなくなったのだか、広陵高校野球部の暴行事件とはいくつか共通している点も見てとれる。ひとつは、深刻ないじめがあっても、そのまま試合を行おうとしていたこと。ふたつめは、すぐに過去の別の事件が明らかになったことで、その運動部に暴行を黙認するカルチャーがあったのではと疑いを持たれたことである。3点目は、学校は外側からの批判の大きさによって、試合をしないという選択をせざるを得なかったということだ。さらに、真偽不明のさまざまな情報と意見がSNSで飛び交うことも共通していた。

このアメリカンフットボール部は、残りのシーズンは試合を行わないという活動停止となったのだが、いじめや暴行に関与していない部員のプレーする権利はどうなるのだろうか。関与していないとする部員の親たちとコーチの1人が集会を開いて、救済措置を求めた。この集会を取材した地元の複数のニュース局の報道によると、ある母親は「うちの子どもはそもそも事件のあった合宿に参加していない。息子はプレーするチャンスを失い、大学のアメリカンフットボール部から奨学金をオファーされるチャンスを失った」と話したという。スポーツする権利だけでなく、大学進学という問題も絡む。
すでに転校した生徒も少なくない。しかし、転校すれば別の学校のアメリカンフットボール部でプレーできるかというと、そうではない。アメリカの多くの州の高校体育協会では、学校間での激しい選手の引き抜き合戦を防ぐために転校してすぐには試合に出場できない規則になっている。部員たちが住むオハイオ州高校体育協会にも転校に関する規則がある。  

9月23日には、アーサリン高校からすでに転校したり、転校手続きをしている生徒たち6人がオハイオ州高校体育協会を相手どって、転校に関する規則の適用を一時的に差し止めるように訴えた。選手の保護者は「不当に、自らの意思に反して、高校フットボールの試合に参加する権利を奪われた。それはアーサリン高校の一員としてであれ、オハイオ州高校体育協会の加盟校の一員としてであれ同じである」と主張した。しかし、マホニング郡裁判所はこれを却下した。2度目の仮処分申立ても再度却下された。

一方、前述した訴えとは別にアーサリン高校からジラルド高校に転校した2名もトランブル裁判所に訴えていた。これに関しては10月に入ってからオハイオ州高校協会に対して出場不適格とすることを一時的に差し止めるよう命令が出た。「本件はOHSAA(オハイオ州高校体育協会)の細則が想定するようなシーズン途中の転校という典型的なケースではない。これは原告の意思ではどうしようもなかった、非常に不運な事態である」と判断された。シーズンの半分以上が過ぎた時点で、ようやく転校先でのプレーが認められたことになる。

部内の暴力問題が後手を取る原因…最大の悪手は「いじめ軽視」
 
アメリカンフットボール部の活動停止は、試合が発表の場になっているマーチングバンド部やチアリーダー部の活動機会がなくなることも意味する。アメリカの運動部には違反した選手だけでなく、チーム全体で責任を負う「連帯責任」は管見の限りないようだ。しかし、いじめや暴行を隠ぺいしたという学校側の対応が明らかになれば、当然ながら激しく批判され、調査のためにシーズン途中で活動を停止しなければいけない状況に追い込まれる。そうなれば、いじめに関与していない他の生徒も活動機会を失うことになる。連帯して責任を負うことは求められないが、巻き込まれて「活動機会を奪われる」ことは似ている。

アメリカでもいじめを撲滅するのは難しいが、運動部内にはびこるいじめや暴行を「以前からある」としたり「そういうことは珍しくない」と軽視するのは悪手中の悪手だ。対応が遅れれば遅れるほど、被害にあった生徒はもちろんのこと、関与していない生徒も巻き込んで、大きな傷を残すことになる。対応が遅れるのはいじめを軽視し、競技を継続するほうがはるかに重要であると考えているからだろう。いじめや暴行が発生したときにすぐに対応できるかどうかは、普段から、いじめや暴行を許さないことを学校、運動部でしっかり共有できているかということにかかっているのだと思う。

📝藤浪晋太郎、澤田圭佑と強力三本柱を組むはずが... 大阪桐蔭の大型左腕を襲った病との闘い
https://news.yahoo.co.jp/articles/f881a0c46834860fcb0bc115865d186ddea48b49?page=1

大阪桐蔭初の春夏連覇「藤浪世代」のそれから〜平尾奎太

「これから先は1年1年、悔いのないようにしたい。連覇の代でまだ現役をやっているのは自分も澤田(圭佑/ロッテ)、大西(友也/ミキハウス)だけになりましたし......」

今年1月に藤浪晋太郎(現・DeNA)に話を聞いた際、何度も「悔いのないように」と口にしていた。そのなかで、ふと同級生たちの名前を挙げて語る場面があった。昨年限りで、ホンダ鈴鹿の長身左腕・平尾奎太がユニフォームを脱ぎ、現役で野球を続けている同級生は自身を含め3人となった。
その平尾は、順調にいけば藤浪、澤田とともに大阪桐蔭の「三本柱」として注目を集め、ふたりと同じプロの舞台に立っていたかもしれない。そんな彼の数奇な野球人生をたどる。

【軟式ながら約30校から勧誘】

平尾奎太──。大阪桐蔭が藤浪、澤田の両輪で春夏連覇を達成した2012年、彼らと同級生のサウスポーである。高校卒業後は同志社大を経て、社会人のHonda鈴鹿でプレーを続け、昨年秋、30歳でユニフォームを脱いだ。引退から半年あまりが過ぎた頃、野球のない生活について尋ねると、その精悍な顔がふっと柔らかくなった。

「土日の休みがうれしすぎて、野球をやめてからの週末はほとんど鈴鹿にいないんです。嫁さんと近場へ旅行に出かけたり、これまでなかなか会えなかったお互いの友人のところに会いに行ったり。3カ月先まで予定がびっしり埋まっている感じで、いちばん喜んでいるのは嫁さんですね」

子どもの頃から、生活のすべてが野球だった。土日も夏休みも、ゴールデンウィークも、いつもグラウンドで汗を流していた。ただ平尾の場合、野球一色となるはずだった高校時代に病を発症し、長くグラウンドを離れることになった。もし順調に歩めていたなら......藤浪や澤田と同じプロの世界で投げていたかもしれない。そんな想像を抱かせる逸材だった。
 平尾の野球人生を振り返ると、あらためて大阪桐蔭と縁があったと思わせる。

「弦と幼馴染だったところが始まりですからね。5歳まで同じ社宅に住んでいて、よく一緒に壁当てをしていました。その弦と大阪桐蔭でまた一緒になって、向こうはキャプテンとしてチームを引っ張り、僕も一緒に甲子園に出て春夏連覇ですからね。縁というか、運命というか......なかなかこんなこと、ないですよね」

平尾が言う「弦」とは、2012年の連覇時の主将である水本弦だ。水本と平尾の父がNTT北陸のチームメイトで、当時は両家族とも石川県の社宅で暮らしていた。平尾が5歳の時に父は現役を引退。一家は父の実家のある大阪に移り、やがて平尾は学童野球を始めることになる。父の遺伝子をしっかりと受け継いだのだろう。身長にも恵まれ、投手としても順調に成長していった。中学では、軟式野球部から東北高(宮城)に進み甲子園出場を果たした父に倣い、地元の軟式野球部に所属。

すると、2年の頃から「大型左腕がいる」との評判が高校野球関係者の間に伝わり、3年時のある練習試合では145キロを計測したという噂が一気に広まり、その名は瞬く間に知られる存在となった。平尾自身は「さすがに145キロはスピードガンがおかしかったと思います」と笑い飛ばしたが、身長185センチの大型サウスポーは大きな魅力を秘めていた。全国から30校ほどの誘いを受けたが、平尾の気持ちは固まっていた。

「やっぱり、僕たちの時代は大阪桐蔭でした。小学生の時に辻内崇伸さん(元巨人)、平田良介さん(元中日)、1年に中田翔(元日本ハムほか)さんがいて、あの甲子園の夏はとにかく強烈で。さらに中田さんの代のあと、浅村栄斗さん(現・楽天)たちが全国制覇。僕が中学2年の時ですね。自分もこのレベルの高いチームでエースを張って、日本一になりたい。単純にそう思ったんです」

【西谷監督が思い描いた強力三本柱】

大阪桐蔭に入学し、幼馴染の弦との再会を果たすも、周りのレベルの高さに圧倒された。監督の西谷浩一は、平尾についてこう語った。

「噂を聞いて見に行くと、ふつうの中学生ではまともに前に飛ばない。だから、誰が見てもいいのはわかったんですけど、軟式の子はそれほど見ていなかったので、どれくらいいいのかがわからなかった。それで知り合いの軟式関係者の人に聞くと、『間違いない。10年にひとりの逸材や』と言われて、『エースにせなあかん器か』と。あの時の投手陣については、四国からくる澤ちゃん(澤田)は使えるのはわかっていたんですけど、最終的には澤ちゃんと平尾、そして藤浪が化けてくれれば......。僕のなかではそんなイメージでした」

ただチーム状況もあり、3人のなかからまず藤浪が1年夏からベンチ入り。秋からは澤田が加わり、平尾は2年春になってようやくベンチ入りを果たした。
2年夏は大阪大会決勝で敗れ甲子園出場を果たせず、彼らの代となった新チームがスタートした。その秋の大阪大会の投手登録は藤浪、澤田、平尾の3人のみ。今とは時代が違うとはいえ、投手を兼任できる野手もおらず、彼らへの信頼の高さが伝わってくる。その初戦(阿武野)、先発の気配を感じたという平尾は、試合に向けて調整を続けていた。ところが、想像もしていなかった出来事が起きた。

「野球部の平尾、すぐ職員室へ来るように」

休み時間の校内放送で、監督の西谷浩一から呼びがかかった。「おまえ、なにやったんや?」と、クラスメイトの野球部員から冷やかされながら職員室へ急ぐと、思いもよらぬひと言が待っていた。

【選手をあきらめてマネージャーなら】

「なんかおまえな、入院せなあかんみたいやぞ」

じつは、春先の健康診断で平尾は尿検査に引っかかり、6月に再検査を受けていた。そこでも「要検査」の判定が出た、本来ならその時点で詳しく調べるべきところ、夏の大会が目前に迫っていたため、気になりながらも通院を後回しにし、決勝で敗れて夏が終わったところで、2度目の再検査を受けた。その結果が学校を通じて届いたのだった。母に付き添われて病院へ向かうと、担当の女性医師から「腎臓に気になる点がある」と告げられ、検査入院を勧められた。

「でも、全然ピンとこなかったんです。『疲れやすいとか、なにか症状はありませんか?』って聞かれても、夏の大会前で毎日あれだけ練習していたので、みんな疲れはあるはずじゃないですか。だから、自分でもまさか病気からくるものだなんて、まったく思っていなかったです」

チームが翌春の選抜を目指して秋の大会を戦うなか、平尾は1週間の検査入院を余儀なくされた。背中から針を刺して腎臓の一部組織を採取する「腎生検」の結果、血尿やたんぱく尿が現れる慢性糸球体腎炎の一種「IgA腎症」と判明。放置すれば、将来的に透析が必要となる腎不全へ移行する可能性があると説明を受けた。これまでのやり取りのなかで、平尾が甲子園を目指す高校球児であることを理解していた女性医師は、静かにこう告げた。

「今後、激しい運動は禁物です。場合によっては、命に関わることもありますから」

頭がついていかなかったが、不安に締めつけられながら医師に聞いた。

「高校野球はもうできないってことですか?」

すると、医師は静かに言った。

「選手をあきらめてマネージャーなら」

そんなわけには......。先の見えない、孤独な戦いが始まった。

          つづく>>

⚾岩手さんへ
21世紀枠が登場してはや四半世紀になりますが、初年度は宜野座のベスト4で盛り上がりましたが、ここ10年近くは直接対決以外では勝利なく20連敗以上しているはずです。。。
かつて土佐高校が選出されたので私学は対象外という決まりはないので、、、、、和智弁・市和歌山を連破して創部約20年目にして公式戦初優勝の戦力と新宮という土地柄、困難な環境ということで他に近畿で強力な対抗馬がいないので、まず和歌山県高野連が推薦してくれたらと。。。あるいは日高中津・日高あたりを推すかもしれませんが、だとすると近畿の他のチームが推薦されると思うので。

近大といえばやはり90年センバツを制した近大付が真っ先に思い浮かびますが、近大福山も89年夏に甲子園出場したが開幕試合で敗退したので印象に残ってないですね。
近大福岡はたぶん甲子園に出ていないのでは?と。近大和歌山は野球部がないので、、、近大豊岡も同じですね。
近大高専はごくたまに三重大会で観戦してますが、上宮OBで近大新宮2代目監督の重阪が監督してますね。その前の高原監督は口ひげ生やしてかなり怖い風貌でしたね。

柏原は「かいばら」と読みます。篠山の近くにあると思いますが、兵庫県の中央部よりもやや北側かな?社や西脇よりも少し東側にあるので微妙に離れているかなと。
内陸部なんでこれから先はかなり冷え込むでしょうね・・・・・。元近鉄バファローズの佐々木恭介監督の母校だったのではないかと。
兵庫では六甲アイランドあたりも奮闘していたので、候補はいくつかありますね。

昨秋は大阪2強が滋賀代表にまさかの連敗で大波乱でしたが、今秋は大方の予想通りといった風情ですね。和歌山県勢は組み合わせ決まった瞬間に「こりゃ、アカン・・・」と思ったし、案の定完全な力負けで・・・・・。弱そうなチームに惜敗するよりもダメージは小さいですが、、、、、
意外と彦根東以外の滋賀県勢が強かったなあと思いました!一番、驚いたのはここ数年打力を中心に弱体化していた大阪がずいぶん強力打線になってかつての強さを取り戻してきたことですね。

嫌いな学校ランキングは数が多すぎて3番手以降は優劣が付けられないですね・・・・・。相対的に東日本(特に関東)の強豪が入って来るし、応援していたチームが煮え湯を飲まされたらすぐに入ってきますね。あとは野球が汚いチームもそうなりますね。試合時間がやたらに短いところも!

基本的に近畿中心で観戦しているから、足が届かない九州や東日本は甲子園に出てこないと好き嫌いの判断できないので・・・・・。
最後にゴゴスマは最近天気の話題がめっきり減ったので見ていないですね・・・澤さんの仕事が、、、、、
こっちは2日前まで半袖で1日過ごせるくらいの蒸し暑さでしたが、今日は一転してヒンヤリした空気に包まれ冬の気配を感じました↓↓今日が観戦日でなくてよかったと!8時から17時ナイターまで座って観戦していたらかなり辛かったかなと。カイロ背中に貼り付けてもおかしくないような感じだったし・・・・・。

次の週末も天気悪そうだし、最悪降るなら深夜から1日中雨予報で月曜日に延期してくれたら客も激減するだろうし、試合のインターバルにはCBCラジオで北野誠のダミ声を聴けますが。
一応、中止に備えて近鉄吉野線・福神駅付近の散策も視野に入れてますが・・・・・。運を天に任せたいです。
2025/10/21(火) 22時07分53秒 No.2080 編集 削除