自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」

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紀州レンジャーズ チーム結成以来全成績 175勝187敗35分け 42雨天中止  4新型インフルエンザ発生&流行中止1降雨ノーゲーム(OBチーム1試合)
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お知らせ

編集済
⚾今日の兵庫大会試合結果(6日目 3回戦)
明石トーカロ球場・・・須磨学園8-1高  砂(7回)・明 石 商12-0武庫総合(5回)
ウインク球場・・・・・東洋姫路5-1尼 崎 工・ 社  6-0洲  本 
  
⚾今日の滋賀大会試合結果(7日目 準々決勝)
マイネットスタジアム皇子山・・・八 幡 商4-2光  泉・近  江17-0甲  西(5回)
HPLベースボールパーク・・・・彦根総合1-0綾  羽・八日市南8-6北 大 津

⚾明日の兵庫大会組み合わせ(7日目 3回戦)
明石トーカロ球場
    10:00~ 報徳 学園-西宮苦楽園
    13:00~ 市 尼 崎-淡路 三原          

ウインク球場
 ☆☆ 10:00~ 神戸 弘陵-神戸学院付
  ☆ 13:00~ 神戸国際付-彩星 工科

⚾明日の三重大会組み合わせ(9日目 準決勝 津市営球場)
  ☆ 10:00~ 宇治山田商-近大 高専
  ☆ 14:00~  津 西 - 三 重

📝持丸修一 78歳名将の高校野球論
千葉秋季大会開幕も専大松戸が「来春センバツを狙う」と宣言できない切実なチーム事情
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/393233

台湾で行われたU18アジア選手権が閉幕しました。日本は13日の決勝で韓国に0-2で敗れ、準優勝に終わりました。結果は残念でしたが、私にとってうれしい収穫もありました。代表には、我が専大松戸の3年生右腕・門倉昂大が選ばれ、香港戦とフィリピン戦に登板。計5回を投げ、一人の走者も許しませんでした。

実は、私の教え子がU18日本代表に選ばれたのは今回が初。代表に選手を送り出せたことに、特別な達成感があるわけではありません。ただ、大会を通じて何を得たのかを尋ねると、こう返ってきました。

「全国レベルの選手たちに囲まれてすごく刺激を受けました。野球への取り組みやひたむきさなど、周囲の意識の高さにびっくりした。とてもいい経験、勉強になりました」

そんな言葉が聞けて本当によかった。門倉は卒業後、専大松戸の捕手・吉岡とともに専大へ進みます。あちらは東都2部で苦しい戦いが続いていますが、2人は「投打で1部昇格の力になりたい」と意気込んでいます。専大松戸から先に進学している先輩たちと切磋琢磨してほしいと思います。

さて、19日に来春のセンバツ出場につながる秋季千葉大会が開幕。専大松戸は台風で順延の結果、23日に初戦で木更津総合と対戦します。
 正直に言うと、新チームの状況は極めてまずい。5月の時点で、「うっすらと危機感を抱いている」と書きましたが、その不安が現実のものになってしまった。今夏の千葉大会で背番号1~9をつけた選手のうち、1、2年生はたったの1人。決勝でスタメン出場したのも、3人だけでした。

門倉の代は実力ある選手がそろっていたとはいえ、下級生にはもう少し奮起してもらいたかった。主力がごっそり去った今の専大松戸は「芯が抜けた状態」ですし、実戦不足からくる物足りないプレーが目立っています。厳しい言い方をすれば、とても「センバツを狙いに行く」と言えるようなレベルに至っていないのが実情です。
それなら、目標をどこに置くか。ずばり、来年の夏です。今秋は大会を通じて、少しでも選手に経験を積ませたい。まぐれで勝つくらいなら、収穫のある負けの方がいいとさえ思っています。

好材料を挙げるなら、1年生投手2人の存在です。すでに130キロ台後半の球を投げる身長187センチ右腕と、制球力のいい184センチの左腕です。この2人に見通しが立てば、来年の夏が俄然面白くなるはずです。

もちろん、一試合ずつ勝ちに行くことに変わりはありません。その上で、育成と発掘に重きを置いた戦いをしたい。やっぱり高校野球は春より夏。今チームは最初から夏の「本番」を見据えてつくり上げていくつもりです。

📝準決勝で「送りバントのサインに知らんぷりして」あの池田に敗れるも…浪商・牛島和彦が甲子園に感じていた“使命”「それでも、責任は果たしたぞと」
https://news.yahoo.co.jp/articles/b485fc8124c3aa1dca12445ac820f392ebc58476

1979(昭和54)年春のセンバツで準優勝した浪商は、大阪大会決勝でPL学園を下して甲子園に乗り込んだ。和歌山大会を勝ち上がった箕島とともに優勝候補と考えられていた。

「センバツで準優勝したし、大阪大会でPL学園に勝ったんだから、当然、日本一を期待されました。僕たちは『甲子園で優勝しないと』と思っていましたし、まわりの人は『浪商の優勝で決まりや』という雰囲気でしたね」(牛島)

8月9日、浪商は1回戦で上尾(埼玉)と対戦することになった。

初戦で思わぬ大苦戦

「上尾のエースの仁村徹(中日ドラゴンズなど)はアンダースローでした。昔は今ほど相手チームのデータが揃っていたわけじゃないけど、嫌な予感がしました。仁村は埼玉大会でほとんど点を取られていないし、もともと浪商はアンダースローに弱いんですよね。試合が始まってみたら、仁村はものすごくコントロールがいい。手も足も出ないくらいに抑えられました。130キロ程度のストレートが速く感じました」

3度目の甲子園出場となる牛島だが、この日は体調がすぐれなかった。

「実は『勝たないと』と思って緊張していて、前夜はあまり眠れなかったんです。朝起きたらお腹が痛くて、コンディションはよくなかったですね」

1回裏に上尾に1点を奪われ、浪商は劣勢を強いられた。0対2で迎えた9回表ワンアウト一塁の場面、牛島は「これはもう無理かな……負けるのか……」と思いながら打席に入った。

「それまでの3打席は、ストレートで攻められ、変化球で泳がされていました。アウトコースの球を打ってもヒットになりそうにない。狙うとしたらカーブ。インコースに来たボールを打つしかないと決めました。それで打ち取られたら仕方がないと腹をくくりました」

1年生の春から試合に出場し続けた牛島の経験が生きた瞬間だった。

「おそらく高校時代には練習試合、公式戦を含めて150試合くらいに出ています。だから、あの苦しい場面で、『イチかバチかでカーブを狙う』という決断ができたんだと思います。『1球だけカーブを待とう』と思ったところに、狙い通りのボールが来ました」

土壇場で出た一撃
 
牛島がバットを振り抜いた瞬間、ボールはレフトスタンドに向かって飛んでいった。

「高校時代、公式戦で打ったホームランはこれだけなんですよ。一塁に向かって走りながら『もしかしたらファウルになるかも』と思いましたが、審判が手を回すのが見えて、『ホームランや』とわかりました」

土壇場でエースが放ったホームランによって試合は振り出しに戻り、延長に突入。浪商が11回表に1点を取り、勝利をおさめた。

「あの日は体調が悪かったんだけど、自分が同点ホームランを打って延長戦になってマウンドに上がったら、スタンドの盛り上がりがすごかった。1球ストライクを取っただけでワーッとなる。上尾の応援が1割、浪商が9割くらい。疲れてたけど、プラスアルファの力が出ました。高校時代のストレートのマックスが出たのはこの延長戦でした。あの時は、不思議な体験をしました。センバツで準優勝したとはいえ、夏の甲子園はまた別の戦いです。苦しい試合に勝ったことで、2回戦以降はリラックスして臨むことができました」

8月15日に行われた倉敷商業(岡山)戦は4対0で完投勝ち。

「100球くらいしか投げていないと思います。1時間半くらいで試合は終わりましたね」

「延長18回」に釘付けに
 
8月16日の第4試合に組まれた星稜(石川)と箕島(和歌山)との一戦。浪商の選手たちは練習を終えて、宿舎でくつろいでいた。プレイボールは16時06分だった。

「おそらく、宿舎のテレビで見ていたんだと思います。夕飯を食べて風呂から出てきてもまだ試合が続いていた。対戦することが決まっていたわけでもないし、直接的には関係のない試合だったんですけど、後半からはもう釘付けになりましたね。『これはすごい試合やなあ』と」

9回終わって1対1、両チームともに譲らず。延長戦に突入する時に甲子園球場の照明が点灯された。

「星稜が点を取ったら箕島が追いつくというすごい展開でした。同点ホームランがあったり、ファウルフライを取り損なったり、星稜のサードが隠し玉でアウトにしたり。同じ大会に出ている選手である僕たちも完全に、イチ野球ファンとしてテレビを見ていました」

浪商の選手たちは野球少年に戻っていた。

「僕たちからすれば、センバツの決勝で負けているので『箕島、勝ち上がってこい』『箕島に勝ってこそ』という思いがありました。でも、最後のほうは『すごい! 』ということしかありません。星稜の選手と面識はないけど、箕島とは何度も対戦しているから、試合が終わった瞬間には『やっぱり箕島が勝ったかあ』と思いました」

星稜のエース・堅田外司昭も箕島の石井毅も18回を投げ切った。

「ふたりとも最後までマウンドに立ち続けました。僕らの時代、エースと呼ばれるピッチャーはみんな、『全部、ひとりで投げ切ろう』と当たり前のように思っていたはずです。しんどいから誰かに代わってほしいという気持ちはあるけど、もしそういう場面になれば『自分が投げます』『なんで俺に投げさせへんねん』というピッチャーばかりでした。そうでないと、強豪校のエースはつとまりません」

ゲームセットは19時56分。3時間50分の激闘だった。

準決勝であの池田と激突
 
星稜-箕島戦の翌日。3回戦で広島商業(広島)と対戦した浪商は香川伸行、山本昭良のホームランで9対1の圧勝。ベスト8進出を決めた。
準々決勝の比叡山(滋賀)も序盤から大量得点を奪い、10対0で勝利。この試合でも香川と山本のホームランが飛び出した。

「はじめの3試合はすべて、二ケタ三振を奪いました。比叡山との試合でも6回くらいまで8個くらい三振を取っていたんですけど、広瀬吉治監督が後輩のピッチャーを投げさせたいというので降板しました。センバツで監督の敬遠策を断った時の借りを返した形ですね。本心では4試合連続の二ケタ奪三振を目指していたんですけど」

準決勝で対戦したのは、のちに“攻めだるま”と呼ばれ高校野球に革命を起こす名将・蔦文也が監督をつとめる池田(徳島)だった。

「あの蔦さんに鍛えられて、しぶといチームでした。でも、爆発的な強さは感じません。スター選手もいませんでした。でも、エースの橋川正人が軟投派だったんですよね、浪商が苦手とする。池田のバッターはストレートに遅れ気味なんだけど、スライダーやカーブ、フォークがとらえられる。嫌な打線でしたね」

両校のエースの好投で緊迫した試合が続く。均衡を破ったのは池田だった。7回に1点、9回にエラー絡みで1失点。0対2で最終回を迎えた。

送りバントのサインに知らんぷり
 
先頭の三番・香川がフォアボール、四番の山本がレフト前ヒットでチャンスを広げた。

「ベンチから送りバントのサインが出たけど、僕は知らんぷりをしました。監督に対する春の借りは、比叡山戦で返してますからね。ベンチ前に呼ばれて監督に『打ちたいか』と聞かれたので『打ちたいです』と答えました」

ここで1回戦の上尾戦のようにホームランが飛び出せばよかったのだが、浪商に勝利の女神は微笑まなかった。

「もしバントをして同点に追いついたら、延長戦になる。延長になればもっと球数が増えます。その試合に勝ったら、決勝でまた投げなあかんでしょう。センバツの決勝ではボロボロの状態で箕島に打ち込まれたので、そうなるのが嫌だった。自分が打って、9回で決着をつけたいという気持ちがありました。それで『打ちたい』と言ったんです。結果は内野ゴロでダブルプレー。0対2で負けました」

センバツは決勝で箕島に敗れ、夏はベスト4で涙を飲んだ。ドカベン香川とのバッテリーで古豪復活を目指した高校野球はここで幕を閉じた。

「18歳の時の僕はちょっと冷めた子でしたね。『甲子園に出て優勝するぞ』と言うような選手ではなかった」

高校に進学する時に『3年後に強いチームをつくる』と言われて牛島は浪商に入った。彼の使命は、チームを強くすることと浪商の名前を上げることだった。

「日本一にはなれなかったけど、使命は果たせたと思います。もちろん、甲子園で優勝できればよかったですけど。バッテリーを組んだ香川は中学生の時からスーパースターでものすごく人気があったけど、僕は体重が65キロくらいしかないわけですから。ストレートのマックスも140キロ出るか出ないかくらいのピッチャーでした。ドカベンが甲子園で騒がれて、センバツで準優勝、夏はベスト4まで勝ち上がってほっとした部分がありました。優勝こそできなかったけど、責任は果たしたぞという誇らしい気持ちでしたね」

最後に箕島を激励して帰った
 
敗戦後に解散となった浪商の選手たちは自宅に帰る前に、決勝で対戦する箕島と池田の宿舎に向かった。

「僕は池田のことはあんまり知らんから、箕島に行って選手を激励して。香川は子どもの頃に徳島に住んでいたそうで、池田の宿舎に行って『頑張れよ』と言ったという。だいぶんあとになってそれがわかりました。バッテリーが別々にというのが僕たちらしいかもしれないですね(笑)」

夏の甲子園が終わったあと、日本選抜が構成され、牛島-香川、箕島の石井-嶋田宗彦のバッテリーが名を連ねた。指揮を取るのは箕島の尾藤公監督だった。

「ハワイに遠征したんですけど、監督の尾藤さんがプールサイドにいたんですよ。そんな時でも箕島の選手たちは尾藤さんの前でピリッとしてる。僕はそんなことがないから、そっと近づいていって抱き着いたんですよ。箕島の選手たちに『監督はカナヅチだからプールに落としてくれ』と言われたから(笑)。そうしたら、尾藤さんが『牛島、それだけはやめてくれ』と言って真剣に怒られました。尾藤さんは『俺は教員じゃないからこんなことを考えているんだよ』などと、いろいろなことを話してくれました。あの遠征はいい思い出になっています」

その秋、11月27日に行われたドラフト会議で牛島が中日ドラゴンズの1位指名、香川は南海ホークスから2位指名を受けた。箕島とのリベンジ戦は実現しなかったが、牛島と香川が率いる浪商がいたから、1979年夏の甲子園も盛り上がった。彼らもやはり、キャラクターと実力を兼ね備えたスター軍団だったのだ。

☝連合チーム経験の四西高野球部、練習試合で甲子園出場校破り県8強狙う
https://article.yahoo.co.jp/detail/b46302aa538a713ac4dc8b0500e723b8ba534684

三重県立四日市西高校野球部は、2年前まで部員不足のため連合チームとして公式戦に出場していた。しかし入部者が増え、昨年から単独チームとして活動を再開。甲子園に出場した強豪校に練習試合で勝利するなど着実に力をつけており、さらなる飛躍を目指している。

桑名西高戦で自滅 悔しさを糧に守備を立て直す
 
夏の三重県大会1回戦では桑名西高校と対戦。2年生の守備ミスが続き、3対8で敗れた。試合後、2年生は「自分たちのミスで3年生を引退させてしまった」と悔しさを口にし、学校に戻るとすぐに練習とミーティングを実施。「負けた悔しさを力に変え、守備を鍛え直そう」と気持ちを引き締めた。

夏休みには、豊橋中央高校、聖隷クリストファー高校、八幡商業高校など甲子園出場校と、練習試合を重ねた。力の差は大きかったものの、守備のミスが減ったことで大差の敗戦がなくなり、終盤に追い上げる展開も増え、接戦の末、1点差で勝った試合もあった。夏からの取り組みが成果として表れ、選手たちは「やってきたことは間違っていなかった」と自信を深めた。 

主将・副主将が支える“守備のチーム”
 
投手で主将の清水絢斗さん(2年)は、入学後に球速が15キロ伸びた。高橋賢監督は「ボールに力を伝えるのがうまく、全身を使えている。体づくりが進めばさらに10キロ伸びる可能性もある」と期待を寄せる。清水さん自身もそれを自覚し、食事量を増やし筋力トレーニングに励んでいる。

センターの奥野蒼甫副主将、セカンドの森野颯太副主将は守備の要としてチームを支える。試合中は2人で全体を俯瞰し、仲間に指示を出しながら守備を安定させている。

秋季大会で昴学園相手に1点差の粘り
 
秋季大会県シード権を争う北地区予選1回戦では四日市中央工業高校と対戦し、3対0で完封勝利。公式戦初勝利に沸いた一方、四中工の投球に押されて三振が多く、バッティングの強化という新たな課題も見つかった。

2日後の試合では、県ベスト8入りした実績があり、過去にコールド負けした川越高校と対戦。5点を先制されたものの守備のミスはなく、8回に2点、9回に4点を返して6対5で逆転勝ち。手堅い守備で粘り、最後まで諦めず勝ち切る“四西スタイル”を見せた。

9月12日の秋季大会初戦では、春季大会優勝校の昴学園と対戦。初回に先制し、6回に逆転された。7回表に同点に追いついたが、その裏に勝ち越しを許し、3対2で敗れた。それでも強豪相手に最後まで食らいつく戦いを見せた。

守備力向上、打撃も進化 次のステージへ
 
新チームは守備力を大きく向上させ、打撃もストレートへの対応力が上がった。今後は変化球への対応を強化し、さらなる打力向上を目指す。清水主将は「春・夏の大会で手堅い守備で自滅を防ぎ、ベスト8を狙いたい」と意気込みを語った。

高橋監督は「今の2年生は、連合チーム時代を見て、それでも四西で野球がしたいと入部してきた世代。入学時には想像もつかなかった景色を見せてやりたい」と思いを口にした。 

四西野球部は公式インスタグラム(https://www.instagram.com/y.west_baseball24/#)で、試合の様子など、情報を発信している。

🎤元ヤクルト監督古田敦也氏が講演会&トークセッション 高校野球「7回制」問題は「反対」と断言
https://news.yahoo.co.jp/articles/15e3a580032ae750cfb0ced7eeaa89e0c6f6f56f

元ヤクルト監督の古田敦也氏(61)が21日、群馬県桐生市内で行われた野球振興プロジェクト「球都桐生から野球の未来を考える」イベントの講演会とトークセッションを行った。

中学野球の地域移行に伴う環境整備や指導者不足といった喫緊の課題に対し、学校単位を越えた地域一体での指導者育成システムの必要性を強く訴えた。「学校の先生にすべてを任せるのではなく、地域の元野球経験者や元プロなどの力を借り、行政が主導して街全体のスポーツ環境をつくるべきだ」と提言した。「地方には場所もあり大きなチャンスがある」とし、地域の大人たちが食事や環境面も含めて子どもたちをサポートするコミュニティー型の育成モデルの可能性を強調した。

また高校野球の「7回制」問題については、「終盤のドラマチック性と選手の出場機会を確保するためにも反対です」と断言した。
2026/09/22(火) 21時36分08秒 No.2632 編集 削除