自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
⚾明日の和歌山大会一次予選組み合わせ(4日目 1・2回戦)
紀三井寺球場
☆☆ 09:00~ 星 林 -日高 中津
☆ 11:30~ 和歌山南陵-和歌 山東
14:00~ 串本 古座- 粉 河
上富田球場
09:00~ 南部 龍神- 熊 野
11:30~ 有笠 紀貴- 新 宮
☆☆ 14:00~ 和歌 山工-智弁和歌山
マツゲン有田球場
☆ 09:00~ 紀 央 館-高 野 山
11:30~ 耐 久 - 橋 本
⚾明日の兵庫大会組み合わせ(初日 1回戦)
明石トーカロ球場
10:00~ 武庫荘総合- 明 石
13:00~ 滝 川 - 高 砂
ウインク球場
10:00~ 龍 野 -姫 路 西
13:00~ 須 磨 東-市 西 宮
G7スタジアム神戸
10:00~ 姫路 飾西-須磨 翔風
13:00~ 尼 崎 工-豊岡 総合
ReFillスタジアム
10:00~ 北摂 三田- 洲 本
13:00~ 川西 緑台-東洋大姫路
ベイコム球場
10:00~ 小 野 工-神戸鈴蘭台
☆☆ 13:00~ 滝 川 二-関西 学院
📣安濃球場の改修を 三重県野球協議会、津市に要望書
https://news.yahoo.co.jp/articles/da6e6a05cb6d8a4bde1415b48d8af4510bdb5ee6
三重県内12の野球団体が加盟する県野球協議会が10日、「津市における野球場などの整備及び持続可能な野球環境の構築」に関する要望書を津市の前葉泰幸市長に提出した。
加盟団体の意見をまとめたもので、施設面では安濃中央総合公園内球場の改修を中心に要望。アクセスの良さなどで学童から社会人まで幅広い層の利用がある一方、令和6年の完成以降ほぼ手つかずで老朽化が著しいという。
市は来年度以降、外野芝生の張り替え、スタンド棟の雨漏り修繕などに取り組む計画だが、「この機会に施設全体の劣化状況を調査し、大規模修繕・改修を求めています」としている。
令和3年に、大規模改修を行った津球場公園内球場も溝蓋の老朽化、観客席の熱中症対策などの課題が残るという。関係者は「華美なものを求めているのではない。最低限のところから」と改善への理解を求めていた。
☟第79回秋季東海地区高等学校野球三重県大会 2試合目の観覧について
https://mie-kouyaren.com/2026/09/11/%e7%ac%ac79%e5%9b%9e%e7%a7%8b%e5%ad%a3%e6%9d%b1%e6%b5%b7%e5%9c%b0%e5%8c%ba%e9%ab%98%e7%ad%89%e5%ad%a6%e6%a0%a1%e9%87%8e%e7%90%83%e4%b8%89%e9%87%8d%e7%9c%8c%e5%a4%a7%e4%bc%9a%e3%80%802%e8%a9%a6/
今大会の秋季県大会は3回戦まで第1試合9時、第2試合15時00分の2部制で行います。
その際、第1試合終了後は一度観客席を空にするため退出していただきます。
再入場は13時30分からとなります。
また、午後の入場券販売は14時00分からとなります。
📣熊本県高等学校野球連盟への支援について
https://www.jhbf.or.jp/topics/detail/620
熊本県高等学校野球連盟に対して、日本高等学校野球連盟と46都道府県高等学校野球連盟は支援金1,000万円を9月8日付で送りました。
これは、令和8年7月28日に発生した熊本地震などで、特に熊本県内の城南地区(八代市、八代郡、宇城市)で甚大な被害が発生し、その影響で、県内各大会で使用している一部の球場の使用が難しく、秋季熊本県大会ならびに本年主管される秋季九州地区大会開催にあたって、追加の経費負担が想定されているからです。
1連盟5万円×46連盟=230万円
日本高等学校野球連盟=770万円 合計1,000万円
📝ドラフト1位候補・菰田陽生の今…山梨学院監督が語る「強豪社会人チームから“メジャーレベルだ”と絶賛された」「菰田級のスケール感ある野手はいない」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8eac62170219fc99218c44bd596f0b7830123432
菰田陽生を初めて見た日
――菰田陽生選手は、昨夏の甲子園で二刀流として大きなインパクトを残しました。身長195センチ、体重100キロ超え。「逸材」との2年4カ月を振り返っていただけますか?
吉田洸二監督(以下、吉田) 出会いは、幕張総合(千葉)の監督だった柳田大輔さんからの紹介でした。私が清峰(長崎)にいるころから交流がありまして。かつて私が彼に「監督を辞める前にもう一度、今村(猛/元広島)級のピッチャーに出会ってやりたいんだよね」と漏らしていたようで。それを覚えていた柳田さんから「自分の出身シニアにいい選手がいる」と連絡をもらったんです。それが菰田でした。
――それはいつ頃ですか?
吉田 中学2年の11月くらい。すでに身長が193センチあって、体重は90キロ前後でバランスはよかった。そこから、何度か会っていくうちに菰田自身が山梨学院で頑張りたいと。縁があったんでしょうね。
――他校からの誘いも多かった?
吉田 いや、少なかったと思いますよ。何校か熱心に声をかけた学校はあったようですけど。というのも、初めて私が見た後、肘を剥離骨折して、その後手術までしてる。だから菰田は中3のほとんどをプレーできなかったんです。
1年夏はベンチ外…能力の開花
――世にバレずにいた「隠し球」ともいえた。
吉田 「隠し球」だったら良かったんですけど、入学してきた時は別の意味で驚きました。体重が108キロまで増えていて、しかも上半身が細いのに、下半身に肉がついていた。見るからにアンバランスな体形で、「これは時間がかかるな」と。とりあえずケガをしないように、ベンチの横にエアロバイクを購入して置いたんです。毎日1時間半漕がせてから練習に参加させていました。
――最初から戦力だったわけではなかったんですね。
吉田 たまに練習試合で打席だけは立たせると、場外ホームラン打ったりとか、すごいところは見せていたんですけど、当時はまだDH制もなかったし、守備のレベルも低く、そもそも体が動かない。1年夏も当然ベンチを外れていました。つづく秋もほぼ守るところはなかったと思います。
――でも、1年秋の関東大会で登板していますよね。東海大相模戦でした。
吉田 ピッチャーがいなかっただけなんです。それに、菰田は打席に立ったら、ドラフト候補だった福田(拓翔)君の147キロをセンターへバーンと打ったりもする。まだ菰田の能力を測りきれていなかったのが正直なところでした。
2年夏の甲子園でブレイク、8者連続三振…
――そうして2年春のセンバツ甲子園で存在感を発揮しました。
吉田 あの時も、まだ主力ピッチャーではありませんでした。でも、菰田が報道陣の前で「150キロ投げたいです」と言ったことで少し注目を集めてしまって。そのとき菰田を呼んで説教したんです。「150キロとか160キロとか、まだ投げもしない野球選手が言っちゃいけないよ」と。で、甲子園で経験だけでも積ませようかとマウンドに送ったら、いきなり152キロを出した。おいおいって(笑)。試合終わった後に「やるな」と声をかけたら、菰田は何て言ったと思います? 「室内で156キロ出てたんで。150はいけるかなと思いました」と言うんです。
――すでに150キロを超えていたのですね。
吉田 練習では投げさせてなかったので、自分で夜に測っていたのでしょうね。そこから春の関東大会では8者連続三振もあった。その後は肘に張りがあって休ませてたので、あまり投げてないんですよ。でも、甲子園に入ると県大会で奮闘した檜垣の疲労が出て、逆に菰田の調子がグッと上がった。それで全試合先発となりました。
――それが菰田選手の2年夏の甲子園。豪快な打撃も相まって、大会の顔の一人になりました。「NEXT大谷翔平」という見出しも躍りました。
吉田 でも、不思議なもんで「菰田がいるからチームが勝てる」と思ったことは一回もないんです。「あいつを気持ちよく投げさせれば絶対負けない」というタイプだった今村(猛)とは対照的で。ピッチャーとしては変化球を上手に操れなかったという部分があるからかな。ただ、とにかくすごいプロ野球選手になるだろうなという思いだけは、今でも1ミリも揺るがないんですよね。
「プロ野球を通り越してメジャーレベル」
――何がそう思わせるのですか?
吉田 何だろうなあ……打者としては、木製バットとの相性がいい。なんで木のバットで打たせなかったのか後悔してるくらい。
――木製バットへの順応は高校生野手の多くが苦労する部分ですよね。
吉田 実はこの前、菰田がある強豪の社会人チームの練習に参加したんですよ。(3年夏の)甲子園に出られませんでしたし、実戦感覚を戻したいと思って。そしたら、チームの方々から、プロ野球を通り越してメジャーレベルだと絶賛されました。甲子園の打席には立てなかったけど、入部以来、今が一番絶好調。今大会を見ていても、菰田級のスケール感のある野手はさすがにいなかったと思いますよ。
――なんだか、ずっと吉田監督を“裏切り”続けていますよね。いい意味で。
吉田 おっしゃる通り。毎日4打席に立たせてもらえる世界に入った時の彼の成長はすごいと思う。本当に末恐ろしいですよ。
――吉田監督は打者でいったほうがいいと。
〈つづく/第4回へ〉
📝「メジャーはすべてお断りしている」山梨学院・菰田陽生、じつはメジャー20球団以上が興味…吉田洸二監督が語る“逸材の進路”「本人の意思を尊重」
https://news.yahoo.co.jp/articles/88acf675eec2c3fea1455ed5d76b6de02ad4bfd7
菰田は投手か、打者か?
――菰田陽生選手について吉田監督は打者でいったほうがいいと。
吉田洸二監督(以下、吉田) いや、それはわからないです。今でもわからない。打者かなと思うと、ブルペンですごい球投げるし、ブルペンを終わるとグラウンドでバッカバカ飛ばす。あれ、やっぱピッチャーだよな、バッターだよな、と揺れる。
――吉田監督はU18日本代表のコーチとして大谷翔平選手を指導されていますよね。菰田選手も二刀流に挑戦すべきか、あるいはどちらかに専念すべきなのでしょうか。
吉田 菰田本人はピッチャーが楽しいみたいですね。自分主導でやれるから。まあでも、大谷選手はMLBを含めて100年に一人、まさにベーブ・ルース級の選手なので、さすがに菰田と比べるのは避けた方がいいのかなと思っています。だけど、今の日本人野手で、投打で両方点数をつけられるとしたら、二刀流で成功する可能性が高いのは菰田だと思う。あくまで、点数化して考えた時の場合ですけど。
――プロ注目の逸材を育てるプレッシャーみたいなものはありましたか?
吉田 いやいや、入学時は大した選手ではなかったので、そこの苦しさは私は感じませんでした。1年生からバリバリのレギュラーだったらあったかもしれないけど。途中、私も「球界の宝になる」と言ってしまったくらいですからね。それくらい、将来性というかロマンの塊だと思ってますよ。私がプロ野球の球団社長だったら絶対に取っておいてと言います。
「メジャー20球団以上が視察していた」
――MLBの数球団が熱視線を送っていると聞きますが。
吉田 数球団レベルじゃないですよ。20球団以上。本当に多くの関係者が視察に来られてて。でも、メジャーはすべてお断りしてるんで。
――吉田監督としては、プロ野球のほうがいい?
吉田 私の意思よりもまずは菰田の意思を尊重しました。私もそれがいいと思ったのは、メジャーだと這い上がっていかないといけないじゃないですか。その力は菰田にはあまりないと思う。しっかり育ててもらわないと、伸びない選手なんで。メジャーと天秤にかけるのではなく、育ててください、よろしくお願いしますという気持ちで日本球界に行った方が彼にとってはいいと思った。菰田自身もそう思っているなら、しっかりと日本球界一本と言いなさい、と言いました。そこは菰田を2年4カ月見てきて確信があったんです。いずれメジャーのレベルに到達しないといけない選手だけども、まずは日本球界で勉強した方が伸びる。シンプルにそう思っているだけです。
甲子園の変化「絶対王者は出にくくなる」
――菰田選手らがいて、チームに手応えを感じながらも、今夏は県大会で敗退となりました。これを契機に、山梨学院も練習スタイルを大きく変えたというお話がありました。
吉田 ずっと勝利を優先してきた山梨学院がいま、どこを目指すかというところが大事です。ある程度のレベルの選手を絞って鍛えてきましたが、おかげさまで少しずついい選手が来てくれるようになった。育成力と、いい選手が集まる仕組み。その両方のバランスを意識しています。
――これからは、育成力がないと勝てない時代になっていく?
吉田 中学生もそこを重視して選びますからね。甲子園だけでなく、その先も見据えて。ネームバリューだけでは人が集まらなくなってきた。
――甲子園の絶対王者が生まれにくくなってきた、ともいえるのでしょうか。
吉田 そうでしょうね。突出した高校が出にくい環境になってくると思う。敗戦を受け入れて新チームが始まったとき、もうタレントが集まるだけの学校に対してビビる必要はないなと思いました。それが一番の収穫です。
7回制はどう思う?
――最後の質問です。甲子園の7回制についてはどう思いますか。
吉田 仮に採用されたら、野球はずいぶん変わるでしょうね。それぞれの監督の考え方になるけれど、7回制だったら最初からバンバン投げさせないと勝てなくなる。戦い方がまったく違ってくる。かえってピッチャーを酷使する可能性だってあります。新しい施策はどんどん取り入れていいと思います。リプレー検証だって地方大会でもやってほしいですし、猛暑対策するんだから監督だってサングラスをしていいでしょう。でも野球そのものが変わってしまうルール変更はすべきではないと思いますね。
――今夏の敗戦を受けて、考え方が大きく変わった。吉田監督にとっても転機だったというのが、すごく伝わってきました。
吉田 この転機がいいほうに向かえばいいなと思います。
⚾岩手さんへ
山梨学院は県大会で負ける要素がなかっただけに関係者は大ショックだったでしょうね。ましてや勝った帝京三が決勝で負けて山梨代表・東海大甲府も鶴岡東には勝てたものの2戦目で健大高崎にエース温存で0-1と無抵抗主義で最後は1死1・3塁のチャンス作るも初球サードゴロゲッツーと。。。。。1試合限定で甲府を甲子園球場1塁内野席で熱烈応援していたボクはいたたまれなかったですね。
やはり菰田の骨折が尾を引いただろうし、選手層も厚いはずが。。。誰が投げても他校では充分エースが務まる逸材揃いの投手陣だったと思いますが。
智弁学園は熱中症で3人ほど途中離脱したらしいですね。橿原はあまり風が吹かないし、試合当日は相当熱かったらしいし、直射日光が当たる3塁側ベンチでしんどかったと。一応、ベンチには扇風機くらいあると思われますが、松阪のドリームオーシャンスタジアムのベンチはもっと熱いはずだし・・・・・。
あの敗退で近畿は京都・滋賀に続き奈良も期待できないと思いましたが、天理が上手くカバーしてくれたので助かったと。
桐蔭は2年生川本投手がベンチから外れたのが全てではなかったかと。エース・吉岡はセンバツもかなり苦しかったし大阪大会7試合勝ち抜ける力はなかったのかもしれません。
センバツでは西谷監督がエンドランかけまくって相手を揺さぶり、川本投手の好投にサヨナラ負けのピンチでレフトのバックホームなど守備で助けてどうにかこうにか面目を保ちましたが、メッキが外れたのかなと。ただ、思ったよりもかなり早く川本が戦列復帰したのでセンバツ連覇の可能性もあるし対戦相手にとって一番やりにくい相手ではないかと。
京都国際は最近秋が弱いですね。小牧監督いわく「野球のやの字も知らない」選手らしいし、平安は監督交代が相当痛いですね・・・。原田監督が復帰すればすぐに再建できるとは思いますが。
滋賀も多賀監督の勇退が本当に痛いですね!滋賀学園は早くもセンバツ絶望だし、近畿2~3校出てもあまり期待できないかと。
P・S 昨日は雨をかいくぐってどうにかこうにか奈良・平城宮跡をJR郡山駅前でレンタサイクル借りて散策しました。昼過ぎから雨降りましたが適当に雨宿りしつつ、間隙を縫って自転車返却しその役3分後から本降りの雨が・・・甲子園の阪神-広島も中止になったが、阪急電車で最寄り駅着いたら雨やんでいたので自転車で家まで帰れたと。
本来、火曜日に行きたかったが雨天順延したけど、昨日行かなければ2週間連続ほぼほぼ雨予報に週末は野球観戦あるので・・・ここしか行くタイミングがなかったと。
道中、大和郡山城に寄り道して時間の都合上すぐ横の郡山高校は横目で見ただけですが、大和郡山市から奈良市へ行く道中あの「森本バッティングセンター」の横を通りました。
私学全盛の昨今ですが、平成初期まで郡山も天理・智弁を倒して幾度も甲子園出てましたね。
紀三井寺球場
☆☆ 09:00~ 星 林 -日高 中津
☆ 11:30~ 和歌山南陵-和歌 山東
14:00~ 串本 古座- 粉 河
上富田球場
09:00~ 南部 龍神- 熊 野
11:30~ 有笠 紀貴- 新 宮
☆☆ 14:00~ 和歌 山工-智弁和歌山
マツゲン有田球場
☆ 09:00~ 紀 央 館-高 野 山
11:30~ 耐 久 - 橋 本
⚾明日の兵庫大会組み合わせ(初日 1回戦)
明石トーカロ球場
10:00~ 武庫荘総合- 明 石
13:00~ 滝 川 - 高 砂
ウインク球場
10:00~ 龍 野 -姫 路 西
13:00~ 須 磨 東-市 西 宮
G7スタジアム神戸
10:00~ 姫路 飾西-須磨 翔風
13:00~ 尼 崎 工-豊岡 総合
ReFillスタジアム
10:00~ 北摂 三田- 洲 本
13:00~ 川西 緑台-東洋大姫路
ベイコム球場
10:00~ 小 野 工-神戸鈴蘭台
☆☆ 13:00~ 滝 川 二-関西 学院
📣安濃球場の改修を 三重県野球協議会、津市に要望書
https://news.yahoo.co.jp/articles/da6e6a05cb6d8a4bde1415b48d8af4510bdb5ee6
三重県内12の野球団体が加盟する県野球協議会が10日、「津市における野球場などの整備及び持続可能な野球環境の構築」に関する要望書を津市の前葉泰幸市長に提出した。
加盟団体の意見をまとめたもので、施設面では安濃中央総合公園内球場の改修を中心に要望。アクセスの良さなどで学童から社会人まで幅広い層の利用がある一方、令和6年の完成以降ほぼ手つかずで老朽化が著しいという。
市は来年度以降、外野芝生の張り替え、スタンド棟の雨漏り修繕などに取り組む計画だが、「この機会に施設全体の劣化状況を調査し、大規模修繕・改修を求めています」としている。
令和3年に、大規模改修を行った津球場公園内球場も溝蓋の老朽化、観客席の熱中症対策などの課題が残るという。関係者は「華美なものを求めているのではない。最低限のところから」と改善への理解を求めていた。
☟第79回秋季東海地区高等学校野球三重県大会 2試合目の観覧について
https://mie-kouyaren.com/2026/09/11/%e7%ac%ac79%e5%9b%9e%e7%a7%8b%e5%ad%a3%e6%9d%b1%e6%b5%b7%e5%9c%b0%e5%8c%ba%e9%ab%98%e7%ad%89%e5%ad%a6%e6%a0%a1%e9%87%8e%e7%90%83%e4%b8%89%e9%87%8d%e7%9c%8c%e5%a4%a7%e4%bc%9a%e3%80%802%e8%a9%a6/
今大会の秋季県大会は3回戦まで第1試合9時、第2試合15時00分の2部制で行います。
その際、第1試合終了後は一度観客席を空にするため退出していただきます。
再入場は13時30分からとなります。
また、午後の入場券販売は14時00分からとなります。
📣熊本県高等学校野球連盟への支援について
https://www.jhbf.or.jp/topics/detail/620
熊本県高等学校野球連盟に対して、日本高等学校野球連盟と46都道府県高等学校野球連盟は支援金1,000万円を9月8日付で送りました。
これは、令和8年7月28日に発生した熊本地震などで、特に熊本県内の城南地区(八代市、八代郡、宇城市)で甚大な被害が発生し、その影響で、県内各大会で使用している一部の球場の使用が難しく、秋季熊本県大会ならびに本年主管される秋季九州地区大会開催にあたって、追加の経費負担が想定されているからです。
1連盟5万円×46連盟=230万円
日本高等学校野球連盟=770万円 合計1,000万円
📝ドラフト1位候補・菰田陽生の今…山梨学院監督が語る「強豪社会人チームから“メジャーレベルだ”と絶賛された」「菰田級のスケール感ある野手はいない」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8eac62170219fc99218c44bd596f0b7830123432
菰田陽生を初めて見た日
――菰田陽生選手は、昨夏の甲子園で二刀流として大きなインパクトを残しました。身長195センチ、体重100キロ超え。「逸材」との2年4カ月を振り返っていただけますか?
吉田洸二監督(以下、吉田) 出会いは、幕張総合(千葉)の監督だった柳田大輔さんからの紹介でした。私が清峰(長崎)にいるころから交流がありまして。かつて私が彼に「監督を辞める前にもう一度、今村(猛/元広島)級のピッチャーに出会ってやりたいんだよね」と漏らしていたようで。それを覚えていた柳田さんから「自分の出身シニアにいい選手がいる」と連絡をもらったんです。それが菰田でした。
――それはいつ頃ですか?
吉田 中学2年の11月くらい。すでに身長が193センチあって、体重は90キロ前後でバランスはよかった。そこから、何度か会っていくうちに菰田自身が山梨学院で頑張りたいと。縁があったんでしょうね。
――他校からの誘いも多かった?
吉田 いや、少なかったと思いますよ。何校か熱心に声をかけた学校はあったようですけど。というのも、初めて私が見た後、肘を剥離骨折して、その後手術までしてる。だから菰田は中3のほとんどをプレーできなかったんです。
1年夏はベンチ外…能力の開花
――世にバレずにいた「隠し球」ともいえた。
吉田 「隠し球」だったら良かったんですけど、入学してきた時は別の意味で驚きました。体重が108キロまで増えていて、しかも上半身が細いのに、下半身に肉がついていた。見るからにアンバランスな体形で、「これは時間がかかるな」と。とりあえずケガをしないように、ベンチの横にエアロバイクを購入して置いたんです。毎日1時間半漕がせてから練習に参加させていました。
――最初から戦力だったわけではなかったんですね。
吉田 たまに練習試合で打席だけは立たせると、場外ホームラン打ったりとか、すごいところは見せていたんですけど、当時はまだDH制もなかったし、守備のレベルも低く、そもそも体が動かない。1年夏も当然ベンチを外れていました。つづく秋もほぼ守るところはなかったと思います。
――でも、1年秋の関東大会で登板していますよね。東海大相模戦でした。
吉田 ピッチャーがいなかっただけなんです。それに、菰田は打席に立ったら、ドラフト候補だった福田(拓翔)君の147キロをセンターへバーンと打ったりもする。まだ菰田の能力を測りきれていなかったのが正直なところでした。
2年夏の甲子園でブレイク、8者連続三振…
――そうして2年春のセンバツ甲子園で存在感を発揮しました。
吉田 あの時も、まだ主力ピッチャーではありませんでした。でも、菰田が報道陣の前で「150キロ投げたいです」と言ったことで少し注目を集めてしまって。そのとき菰田を呼んで説教したんです。「150キロとか160キロとか、まだ投げもしない野球選手が言っちゃいけないよ」と。で、甲子園で経験だけでも積ませようかとマウンドに送ったら、いきなり152キロを出した。おいおいって(笑)。試合終わった後に「やるな」と声をかけたら、菰田は何て言ったと思います? 「室内で156キロ出てたんで。150はいけるかなと思いました」と言うんです。
――すでに150キロを超えていたのですね。
吉田 練習では投げさせてなかったので、自分で夜に測っていたのでしょうね。そこから春の関東大会では8者連続三振もあった。その後は肘に張りがあって休ませてたので、あまり投げてないんですよ。でも、甲子園に入ると県大会で奮闘した檜垣の疲労が出て、逆に菰田の調子がグッと上がった。それで全試合先発となりました。
――それが菰田選手の2年夏の甲子園。豪快な打撃も相まって、大会の顔の一人になりました。「NEXT大谷翔平」という見出しも躍りました。
吉田 でも、不思議なもんで「菰田がいるからチームが勝てる」と思ったことは一回もないんです。「あいつを気持ちよく投げさせれば絶対負けない」というタイプだった今村(猛)とは対照的で。ピッチャーとしては変化球を上手に操れなかったという部分があるからかな。ただ、とにかくすごいプロ野球選手になるだろうなという思いだけは、今でも1ミリも揺るがないんですよね。
「プロ野球を通り越してメジャーレベル」
――何がそう思わせるのですか?
吉田 何だろうなあ……打者としては、木製バットとの相性がいい。なんで木のバットで打たせなかったのか後悔してるくらい。
――木製バットへの順応は高校生野手の多くが苦労する部分ですよね。
吉田 実はこの前、菰田がある強豪の社会人チームの練習に参加したんですよ。(3年夏の)甲子園に出られませんでしたし、実戦感覚を戻したいと思って。そしたら、チームの方々から、プロ野球を通り越してメジャーレベルだと絶賛されました。甲子園の打席には立てなかったけど、入部以来、今が一番絶好調。今大会を見ていても、菰田級のスケール感のある野手はさすがにいなかったと思いますよ。
――なんだか、ずっと吉田監督を“裏切り”続けていますよね。いい意味で。
吉田 おっしゃる通り。毎日4打席に立たせてもらえる世界に入った時の彼の成長はすごいと思う。本当に末恐ろしいですよ。
――吉田監督は打者でいったほうがいいと。
〈つづく/第4回へ〉
📝「メジャーはすべてお断りしている」山梨学院・菰田陽生、じつはメジャー20球団以上が興味…吉田洸二監督が語る“逸材の進路”「本人の意思を尊重」
https://news.yahoo.co.jp/articles/88acf675eec2c3fea1455ed5d76b6de02ad4bfd7
菰田は投手か、打者か?
――菰田陽生選手について吉田監督は打者でいったほうがいいと。
吉田洸二監督(以下、吉田) いや、それはわからないです。今でもわからない。打者かなと思うと、ブルペンですごい球投げるし、ブルペンを終わるとグラウンドでバッカバカ飛ばす。あれ、やっぱピッチャーだよな、バッターだよな、と揺れる。
――吉田監督はU18日本代表のコーチとして大谷翔平選手を指導されていますよね。菰田選手も二刀流に挑戦すべきか、あるいはどちらかに専念すべきなのでしょうか。
吉田 菰田本人はピッチャーが楽しいみたいですね。自分主導でやれるから。まあでも、大谷選手はMLBを含めて100年に一人、まさにベーブ・ルース級の選手なので、さすがに菰田と比べるのは避けた方がいいのかなと思っています。だけど、今の日本人野手で、投打で両方点数をつけられるとしたら、二刀流で成功する可能性が高いのは菰田だと思う。あくまで、点数化して考えた時の場合ですけど。
――プロ注目の逸材を育てるプレッシャーみたいなものはありましたか?
吉田 いやいや、入学時は大した選手ではなかったので、そこの苦しさは私は感じませんでした。1年生からバリバリのレギュラーだったらあったかもしれないけど。途中、私も「球界の宝になる」と言ってしまったくらいですからね。それくらい、将来性というかロマンの塊だと思ってますよ。私がプロ野球の球団社長だったら絶対に取っておいてと言います。
「メジャー20球団以上が視察していた」
――MLBの数球団が熱視線を送っていると聞きますが。
吉田 数球団レベルじゃないですよ。20球団以上。本当に多くの関係者が視察に来られてて。でも、メジャーはすべてお断りしてるんで。
――吉田監督としては、プロ野球のほうがいい?
吉田 私の意思よりもまずは菰田の意思を尊重しました。私もそれがいいと思ったのは、メジャーだと這い上がっていかないといけないじゃないですか。その力は菰田にはあまりないと思う。しっかり育ててもらわないと、伸びない選手なんで。メジャーと天秤にかけるのではなく、育ててください、よろしくお願いしますという気持ちで日本球界に行った方が彼にとってはいいと思った。菰田自身もそう思っているなら、しっかりと日本球界一本と言いなさい、と言いました。そこは菰田を2年4カ月見てきて確信があったんです。いずれメジャーのレベルに到達しないといけない選手だけども、まずは日本球界で勉強した方が伸びる。シンプルにそう思っているだけです。
甲子園の変化「絶対王者は出にくくなる」
――菰田選手らがいて、チームに手応えを感じながらも、今夏は県大会で敗退となりました。これを契機に、山梨学院も練習スタイルを大きく変えたというお話がありました。
吉田 ずっと勝利を優先してきた山梨学院がいま、どこを目指すかというところが大事です。ある程度のレベルの選手を絞って鍛えてきましたが、おかげさまで少しずついい選手が来てくれるようになった。育成力と、いい選手が集まる仕組み。その両方のバランスを意識しています。
――これからは、育成力がないと勝てない時代になっていく?
吉田 中学生もそこを重視して選びますからね。甲子園だけでなく、その先も見据えて。ネームバリューだけでは人が集まらなくなってきた。
――甲子園の絶対王者が生まれにくくなってきた、ともいえるのでしょうか。
吉田 そうでしょうね。突出した高校が出にくい環境になってくると思う。敗戦を受け入れて新チームが始まったとき、もうタレントが集まるだけの学校に対してビビる必要はないなと思いました。それが一番の収穫です。
7回制はどう思う?
――最後の質問です。甲子園の7回制についてはどう思いますか。
吉田 仮に採用されたら、野球はずいぶん変わるでしょうね。それぞれの監督の考え方になるけれど、7回制だったら最初からバンバン投げさせないと勝てなくなる。戦い方がまったく違ってくる。かえってピッチャーを酷使する可能性だってあります。新しい施策はどんどん取り入れていいと思います。リプレー検証だって地方大会でもやってほしいですし、猛暑対策するんだから監督だってサングラスをしていいでしょう。でも野球そのものが変わってしまうルール変更はすべきではないと思いますね。
――今夏の敗戦を受けて、考え方が大きく変わった。吉田監督にとっても転機だったというのが、すごく伝わってきました。
吉田 この転機がいいほうに向かえばいいなと思います。
⚾岩手さんへ
山梨学院は県大会で負ける要素がなかっただけに関係者は大ショックだったでしょうね。ましてや勝った帝京三が決勝で負けて山梨代表・東海大甲府も鶴岡東には勝てたものの2戦目で健大高崎にエース温存で0-1と無抵抗主義で最後は1死1・3塁のチャンス作るも初球サードゴロゲッツーと。。。。。1試合限定で甲府を甲子園球場1塁内野席で熱烈応援していたボクはいたたまれなかったですね。
やはり菰田の骨折が尾を引いただろうし、選手層も厚いはずが。。。誰が投げても他校では充分エースが務まる逸材揃いの投手陣だったと思いますが。
智弁学園は熱中症で3人ほど途中離脱したらしいですね。橿原はあまり風が吹かないし、試合当日は相当熱かったらしいし、直射日光が当たる3塁側ベンチでしんどかったと。一応、ベンチには扇風機くらいあると思われますが、松阪のドリームオーシャンスタジアムのベンチはもっと熱いはずだし・・・・・。
あの敗退で近畿は京都・滋賀に続き奈良も期待できないと思いましたが、天理が上手くカバーしてくれたので助かったと。
桐蔭は2年生川本投手がベンチから外れたのが全てではなかったかと。エース・吉岡はセンバツもかなり苦しかったし大阪大会7試合勝ち抜ける力はなかったのかもしれません。
センバツでは西谷監督がエンドランかけまくって相手を揺さぶり、川本投手の好投にサヨナラ負けのピンチでレフトのバックホームなど守備で助けてどうにかこうにか面目を保ちましたが、メッキが外れたのかなと。ただ、思ったよりもかなり早く川本が戦列復帰したのでセンバツ連覇の可能性もあるし対戦相手にとって一番やりにくい相手ではないかと。
京都国際は最近秋が弱いですね。小牧監督いわく「野球のやの字も知らない」選手らしいし、平安は監督交代が相当痛いですね・・・。原田監督が復帰すればすぐに再建できるとは思いますが。
滋賀も多賀監督の勇退が本当に痛いですね!滋賀学園は早くもセンバツ絶望だし、近畿2~3校出てもあまり期待できないかと。
P・S 昨日は雨をかいくぐってどうにかこうにか奈良・平城宮跡をJR郡山駅前でレンタサイクル借りて散策しました。昼過ぎから雨降りましたが適当に雨宿りしつつ、間隙を縫って自転車返却しその役3分後から本降りの雨が・・・甲子園の阪神-広島も中止になったが、阪急電車で最寄り駅着いたら雨やんでいたので自転車で家まで帰れたと。
本来、火曜日に行きたかったが雨天順延したけど、昨日行かなければ2週間連続ほぼほぼ雨予報に週末は野球観戦あるので・・・ここしか行くタイミングがなかったと。
道中、大和郡山城に寄り道して時間の都合上すぐ横の郡山高校は横目で見ただけですが、大和郡山市から奈良市へ行く道中あの「森本バッティングセンター」の横を通りました。
私学全盛の昨今ですが、平成初期まで郡山も天理・智弁を倒して幾度も甲子園出てましたね。