自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
⚾今日の和歌山大会新人戦試合結果(7日目 準々決勝 紀三井寺球場)
神 島10-5近大新宮・市和歌山2-0和歌山工
神島・市和歌山は二次予選進出決定!!
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(8日目 準々決勝 紀三井寺球場)
☆☆ 09:00~ 田 辺 - 日 高
☆ 11:30~ 桐 蔭 -和歌 山東
📣2026年最初で最後の紀三井寺ナイター(2026年8月28日)
https://ameblo.jp/hirorinhoushi/entry-12977176365.html
昨夜の紀三井寺ナイター写真5枚ブログに載せておきました。
📝高校野球秋季県大会の出場校決まる 推薦の社を含め54チーム、9月12日開幕
https://www.kobe-np.co.jp/news/sports/koya/news/202608/0020760416.shtml
秋季兵庫県高校野球大会の地区大会は29日、阪神地区の5試合で全日程を終え、5ブロックを勝ち抜いた53チームが出そろった。今夏の甲子園大会に出場した社を推薦校として加えた計54チームが、9月12日に開幕する県大会に出場する。
組み合わせ抽選会は8日に加古川東高で行われる。上位3校は、10月17日から京都市のわかさスタジアム京都で開かれる近畿大会に進む。県大会出場校は次の通り。
【推薦】社
【阪神】(13校)市西宮、報徳、尼崎双星、西宮苦楽園、県伊丹、県尼崎工、市尼崎、関学、雲雀丘、西宮東、川西緑台、武庫荘総合、甲南
【神戸】(13校)須磨学園、神院大付、神戸国際大付、須磨翔風、滝川、神戸弘陵、御影、神港学園、神戸鈴蘭台、滝川第二、彩星工科、星陵、須磨東
【播淡】(12校)小野工、明石北、明石、小野、淡路三原、明石商、加古川西、明石南、高砂南、高砂、洲本、津名
【西播】(9校)赤穂、龍野北、龍野、東洋大姫路、姫路工、飾磨、姫路飾西、姫路西、相生産
【但丹】(6校)篠山鳳鳴・氷上西、篠山産、北摂三田、三田松聖、豊岡総合、三田学園
✌朝明、四日市四郷、南伊勢など5校連合が劇的サヨナラ タイブレークで四日市農芸に10-9
https://article.yahoo.co.jp/detail/d2a1f68eb25206498424c8209e5b4d325d0322a7
8月29日に開かれた秋季東海地区高校野球三重県大会の1回戦で、朝明、四日市四郷、南伊勢、石薬師、鳥羽の5校による連合チームが四日市農芸を10-9で破り、2回戦進出を決めた。9-9で迎えた延長タイブレークの10回裏、四日市四郷の竹内一晴選手(2年)が犠牲フライを放ち、サヨナラ勝ちした。
連合チームは、公式戦への出場に必要な人数がそろわない学校同士で編成する特別チーム。秋季大会でも認められており、この日の先発メンバーは四郷から4人、南伊勢から4人、朝明から1人だった。
先制したのは農芸。初回表に1点を奪われたが、その裏、連合は3点を挙げて逆転した。朝明から唯一先発した濵口晃也選手(1年)は一安打を放ち、「ランナーがいる状態で、いいスイングができ、狙った通りに打てた。練習の成果が出た」と振り返った。
しかし3回、農芸が4点を加えて5-3と逆転。和田明久監督は「失点で守備が崩れた」と振り返る。それでもベンチからは控え選手らの声援が続き、連合はその裏に2点を返して5-5と追いついた。農芸は4回と5回にも計3点を加え、8-5と再びリード。連合は投手を交代した。
試合中には、南伊勢の選手が自打球を顔面に受け、一時中断する場面もあった。控え選手らもベンチを飛び出し、負傷した選手に駆け寄った。
再開後、代打で登場したのは朝明の石本稜磨選手(1年)。「いつでも出られるように準備していた」と話す。三塁走者を置いた場面ではスクイズを仕掛けたが、本塁でアウトとなった。
それでも連合は6回裏に2点を返して8-7。9回には追い上げを見せて同点に追いつき、試合は延長戦へもつれ込んだ。
10回からは、無死一、二塁から攻撃を始めるタイブレーク方式。連合は10回表の農芸の攻撃を無失点に抑えた。
その裏、四郷の竹内選手が中堅へ飛球を放つと、三塁走者の南伊勢の選手が生還。犠牲フライで10点目を挙げ、劇的なサヨナラ勝ちを決めた。
連合チームの主将を務める四郷の川合康惺選手(2年)は「序盤で大量失点し、しんどかった。それでもみんなが頑張ってくれて、サヨナラ勝ちを決めることができて本当に良かった」と喜んだ。
四郷、朝明、石薬師は比較的近く、月に数回の合同練習を行っている。一方、南伊勢と鳥羽は距離があり、5校全員で練習する機会は限られる。それでも試合ではベンチから声援が途切れることなく、5校が一体となって初戦を突破した。
2回戦は9月13日(日)、津球場で津工業と対戦する予定。川合主将は「厳しい戦いになりそうだが、しっかりと自分たちの野球をして、勝利につなげたい」と意気込みを語った。
🔥智弁和歌山の日本一に「次は自分たち」 選抜準Vの智弁学園が新体制
https://news.yahoo.co.jp/articles/46665eee1044c10d2f43c4aa6ca324a99277c77b
(29日、秋季近畿地区高校野球大会奈良県予選1回戦 智弁学園17―0王寺工)
今春の選抜大会で準優勝した智弁学園にとって、いろんな意味で悔しい夏となった。夏こそ甲子園の頂点に期待がかかっていたが、奈良大会3回戦で奈良大付に6―9で敗れた。
下級生の頃から主力の逢坂悠誠(2年)は「まさか負けるとは思っていなかった」と振り返る。一方、奈良代表として今夏の甲子園に出場した天理は大活躍し、ベスト4まで勝ち上がった。
「見ていました。悔しかった」
奈良大会で敗れた翌日の練習前、逢坂は小坂将商監督から主将に指名された。また、新チーム発足と同時に捕手に転向した。入学時は捕手だったが、これまで1学年上でU18日本代表にも選ばれた捕手の角谷哲人(3年)がいたため、中軸を打つ逢坂は一塁を守っていた。
逢坂は「角谷さんという見本がいたので、いろいろ聞いてよくなってきた。伸びしろはある」と手応えを口にする。
夏の甲子園では、兄弟校の智弁和歌山が全国制覇を果たした。智弁学園にとっては、2021年夏の甲子園決勝で対戦して敗れた相手だ。
小坂監督は「智弁和歌山に落ちて、奈良(の智弁学園)に入らせてもらった」と自身の高校時代を振り返り、「ハングリー精神は持っているし、刺激を受けている」
近年の甲子園での結果についても、「うちは準優勝止まりで、智弁和歌山さんは優勝した。追い越さないといけない」と対抗心を燃やす。
さらに逢坂も「智弁学園には(智弁)和歌山とは違う良さがあると思う。次は自分たちの番だ、という気持ち」と決意を新たにした。
2年生の主力が多く残った新チームは、秋の初戦を大勝でスタートした。味わった悔しさを、強さに変えてみせる。
☝中京が茗渓学園を破り、史上初の5連覇 全国高校軟式野球
https://news.yahoo.co.jp/articles/d095a15f9f9161c7f3f884b19c2eee1bf5bedf52
第71回全国高校軟式野球選手権大会(日本高校野球連盟主催、朝日新聞社、毎日新聞社など後援)の決勝が29日、兵庫県明石市の明石トーカロ球場であり、中京(東海・岐阜)が茗渓学園(北関東・茨城)を7―0で破り、大会史上初となる5連覇を達成した。
中京の後藤敦也監督は試合後、「5連覇とはいえ、彼らにとっては初優勝。しっかりと地に足をつけて、やってくれた」と選手たちをたたえた。中京は通算優勝回数も15に伸ばし、自らが持つ最多記録を更新した。茗渓学園は9年ぶりの決勝へ進んだが、初優勝はならなかった。
💢BCリーグ・埼玉武蔵の清田育宏監督が活動自粛 一部報道を受け球団が声明 本人は報道内容を否定
https://news.yahoo.co.jp/articles/405071d9242603e3070945f435f819fae939eb7c
独立リーグ、ルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズは27日、清田育宏監督(40)が監督としての活動を当面自粛すると声明を発表した。
元ロッテ外野手の清田監督は2021年にロッテを退団し、2023年に埼玉武蔵に入団。同年限りで現役を引退し、2024年にコーチ、2025年に監督に就任した。球団の発表は以下の通り。
株式会社埼玉武蔵ヒートベアーズは、このたび、弊球団監督の清田育宏に関する一部報道を受け、本人への事実確認を行いました。
本人からは、報道内容について否定する説明を受けております。球団といたしましては、現時点において報道内容の詳細およびその真偽について断定するものではございませんが、監督という立場にある者として、今回の報道が球団およびファンの皆様、関係者の皆様にご心配とご迷惑をおかけする事態となったことを重く受け止めております。
これを踏まえ、球団として総合的に判断し、事実関係が確認されるまでの当面の間、清田育宏監督について監督としての活動を控えることといたしました
なお、本件に関する記者会見の実施予定はございません。また、電話でのお問い合わせは受け付けておりませんので、あらかじめご了承ください。
📣智弁和歌山を甲子園優勝に導いた中谷仁監督が駆使する“野村式ID野球” 横浜・織田翔希投手も徹底解析「ボール2つの後の3球目は必ずストレート」と狙い打ち
https://news.yahoo.co.jp/articles/c25aa95b46fefcbb2d0dbbb4ccde156b6043a613
夏の甲子園で、中谷仁監督が率いる智弁和歌山が4度目の日本一に輝いた。大会を沸かせた横浜(神奈川)の156キロ右腕・織田翔希を準決勝で攻略した強力打線はどのようにして育まれたのか。ノンフィクションライターの柳川悠二氏が迫った。
試合中の配球指示をやめた
甲子園制覇の2日後――中谷の姿は和歌山の紀三井寺球場にあった。歓喜から一息つく暇もなく新チームがスタートし、新人戦に臨んでいたのだ。ところが、和歌山東に2対5と敗れてしまう。
「(過密日程は)1カ月半前から決まっていたこと。言い訳にはできません。僕らは"準備野球"という言葉をスローガンとして掲げてきましたが、準備不足だとこういう結果になってしまう……」
秋季大会のシードを決する新人戦に敗れたからといって、来春のセンバツへの道が絶たれたわけではない。無論、2018年秋に監督となった中谷が2021年に続いて手にした日本一監督の栄誉が損なわれるわけでもない。
和歌山市出身の中谷は中学時代に軟式野球に励み、智弁和歌山に進学すると3度の甲子園に出場。主将として挑んだ最後の夏(1997年)は同校として初の日本一に輝いた。同年秋のドラフトで阪神に1位指名されて入団。その後、楽天、巨人と渡り歩いた自身のプロ野球人生を中谷はこう総括する。
「15年間の現役生活の半分は野村克也監督のもとで野球を勉強させてもらいました。(キャンプイン前日の)1月31日からミーティングが始まり、その内容をノートに書き写して翌日の練習、その後の試合に備えていく。自分自身、技術に長けた捕手ではなく、投手の良いところを活かす配球で存在感を発揮し、勝利を導くことで評価されるタイプだったと思う」
2012年に現役を引退すると、2017年に母校へ戻り、コーチに就任。翌年の甲子園100回大会をもって勇退した前監督・高嶋仁の後任に指名された。当初、中谷は星野仙一や原辰徳ら、プロの世界で接したカリスマ監督の立ち居振る舞いを真似ようとしたこともあった。
「普通の監督ではなく、偉大な監督だなと思わせるような表現を子どもたちの前でしなければいけないと錯覚していた時期もあった。だけどそれが難しくて、しんどくて、勘違いされることの方が多かった。素の自分で接しようと思うようになってから選手との関係もうまくいくようになった」
歴代2位となる通算68勝の高嶋体制下の智弁和歌山は学校の意向もあって、基本的には和歌山の球児ばかりで一学年10人という少数精鋭だった。しかし、中谷は就任直後に「智翔館」という寮を建てて県外選手にも門戸を開放し、一学年13人前後に拡大。この夏の甲子園に臨んだ20人のメンバーのうち、12人が県外出身者だった。寮の食事は中谷の妻である千保子さんが任され、平均体重が出場49校中最重量となる83.05キロという強靱な肉体作りを夫婦でサポートしてきた。
「来年からもう少し受け入れが増えますが、みんなに目を行き届かせるという意味では、これくらいの人数が限度だと思う。自分も子どもたちと一緒に栄養のある食事について勉強してきました」
3年前の夏、逸材が集まっていた東海中央ボーイズの中に、強肩強打の捕手・山田凜虎がいた。山田は中谷に憧れていて、智弁和歌山に進学すると打ち明けてくれた。その山田は現役時代に捕手だった中谷から帝王学を学んで1年秋より正捕手を務め、昨春のセンバツでは準優勝に輝く。だが、昨秋は和歌山大会の準々決勝で近大新宮に敗れ、センバツには出場できなかった。
「今だから言えることですが、昨年の夏まで試合中の重要な局面では、僕が山田に球種などをサインで指示していたんです。でもそれでは彼の成長にはならない。独り立ちさせるためにも、昨秋からすべて山田に配球を任せるようにしたんです」
ところがその直後の和歌山大会で敗れたわけだ。ショックに打ちひしがれた山田に中谷は自身の高校時代を重ね合わせた。
「自分も最上級生の時に(日高)中津分校に6対16で敗れてセンバツ出場がなくなった。責任を感じて精神的に追い込まれましたが、その時に野球のすべての責任はキャッチャーにあると自覚することで物事が好転したし、それを山田にも伝えました」
日本一以外認められない
中谷が教え子たちと共有しているのは、師である野村克也の教えだ。
「僕らが掲げる"準備野球"というのはつまり、野村監督のデータを駆使したID野球です。試合の前に相手校を分析してデータを作り、勝負の仕掛けどころを探っていく。特に捕手には打者を4つのタイプに分別する野村監督の教えを学ばせ、『野村ノート』などの著書も必ず読ませて、最低限、僕との会話が成立するようにしています」
横浜戦を前に、智弁和歌山のデータ班は令和の大怪物こと織田の投球を徹底して分析した。豪速球に目を奪われがちだが、織田の投球が変化球主体であることに気付く。一方で、初球からボールが2つ続いたら3球目は必ずストレートを投げてくることがはっきりとデータに表れていた。1点を先制された智弁和歌山が同点に追いついた3回裏、無死二、三塁のチャンスで打席に立った楠本龍生は、2ボールからの3球目、甘く入った真っ直ぐを狙い打ち、3点本塁打を右翼席に叩き込む。いわば野村の教えが智弁和歌山の勝利をたぐり寄せたのだった。
今夏の甲子園期間中、中谷の本音が垣間見えたのが、横浜との試合に勝利した日の宿舎だった。常勝軍団を率いる重圧について初めて吐露した。
「去年なんか、センバツで準優勝したのに、和歌山に戻った時には"また負けて帰ってきたな"という空気感だった。日本一以外、認められないって……けっこう、しんどいですよ。オトナもしんどいですけど、子どもらにそれを背負わすのはもっとしんどいと思う」
一方で、「野球人・中谷仁は死んでいる」とも口にした。優勝直後に、その発言の真意を訊ねた。
「僕はプロ野球で花を咲かせられなかった。そういう人間が今度は高校野球に舞台を移すと、アマチュアの指導者として名前を売って自分の人生を豊かにしようとしていると思われがちですが、そんなつもりは微塵もない。後輩たちのあくまでサポート役に徹して、裏方であり亡霊のような存在でいい。そういう意味で、野球人としての自分は死んでいると思っている」
もちろん、日本一という監督としてこれ以上ない結果には達成感がある。だからといってこれからもやることは変わらない。栄光に浸る間もなく中谷は来春、来夏に向けたチーム作りを開始している。
📝《失明寸前の事故、イチローに臨時コーチを要請…》智弁和歌山を5年ぶり夏制覇へ導いた中谷仁監督(47)の“壮絶すぎる逆転人生”
https://news.yahoo.co.jp/articles/282055bd11b5fef08fe71e1167cb8d5d1ac6cd3f
日本中を熱くさせた第108回全国高校野球選手権大会(甲子園)は智弁和歌山が健大高崎に逆転勝ち。5年ぶりの優勝で幕を閉じた。同校に4度目の栄冠をもたらしたのは、プロ野球の阪神、楽天、巨人でもプレーした中谷仁監督(47)。同校OBで自身も1997年の夏の大会を主将、正捕手、クリーンアップとして活躍し、初制覇に貢献した。
一時は失明寸前まで陥る災難に
「中谷さんは高校当時から『髙嶋仁監督の後継者』と目されるほど高いキャプテンシーを誇っていた」(当時を知るOB)
その年のドラフトで阪神に1位指名されたが、2年目、休日にバーベキューをしていたところ先輩から投げ渡された携帯電話が左目に当たり、一時は失明寸前まで陥る災難に遭った。
「中谷は携帯を投げた先輩への恨み言は一切口に出さなかった。そのことで人格面の評価は確かなものになった」(スポーツ紙デスク)
しかし、苦難は続く。
「2005年に楽天に移籍も11年限りで戦力外に。トライアウトを経て移籍した巨人では一軍戦力としては扱われず、12年に現役引退。しかし、若手への指導力を当時の原辰徳監督から高く評価され、球団スタッフとして残った」(同前)
17年に髙嶋前監督に請われて母校にコーチとして戻り、翌年、監督に。伝統校に改革をもたらした。
周囲の反対を押し切って選手寮を新設
19年には、それまで選手寮がなく、選手集めで後れを取っていたが、私財と各方面から苦心して集めた資金を投じ智翔館を新設。
「監督は『寮があることで選手を受け入れやすくなるし、何よりも食事面で体づくりができる。強い智弁を取り戻すには絶対に必要』とメリットを強調し、周囲の反対を押し切った。この夏のベンチ入りメンバーには愛知や中国地方出身者も含まれています」(前出・OB)
アマ野球担当記者の談。「寮生活では食事は朝昼晩に加えて、補食と夜食の1日5回。寮費は1人部屋で1カ月あたり14万円と高額ですが、入部希望者が後を絶たない。食事は寮母の千保子夫人が主に作りますが、中谷監督も率先して作っています。メンバーの平均体重は今大会最も重い83キロ。大会ナンバーワン右腕の横浜高の織田翔希を打ち崩せた打力は体作りの賜物です」
20年12月には特例で学生野球資格を回復したイチロー氏を全国に先駆けて臨時コーチとして迎え、翌年の夏の甲子園優勝につなげた。中谷監督はその時にイチロー氏から送られた言葉「ちゃんとやってよ。」が記されたTシャツを今大会の決勝前日に着用した。
プロ出身者で、夏の甲子園を2度制覇した監督は史上初。見事な「逆転人生」を歩んでいる。
📝球界ここだけの話 智弁和歌山も負けた 今や夏の甲子園最大の不公平感「しんがり」登場校の通算勝率.234
https://news.yahoo.co.jp/articles/b7ed92cee17032cb77a5817e784150fa55dc61be
今夏もその呪縛は解けなかった。代表49校目で登場する「しんがり」校の勝敗のことだ。今夏の甲子園では2017年優勝校の花咲徳栄(埼玉)が0-1で仙台育英(宮城)に敗れた。これで19年から「しんがり」校は7連敗(20年はコロナ禍で大会中止)で、しかも4年連続の零敗。7連敗の中に智弁学園、浦和学院、智弁和歌山、九州国際大付、花巻東、神村学園など名だたる強豪校が名を連ねており、単なる「くじ運」では片づけられない。
今夏の花咲徳栄でいえば、7月26日の埼玉大会決勝から中16日で甲子園初戦を迎えた。実戦形式の1カ所打撃を増やすなどの工夫を凝らしてきたが、同校・岩井隆監督は戦前「試合がうまいチームなので、実戦から離れている不安はある。前半は打線が止まるだろうなと思っている」と吐露。不安は的中し、試合後の指揮官は「後半4イニングだけ試合をした感じ」と首をかしげ、選手も「バットが出てこなかった」と振り返った。
相手の仙台育英・須江航監督は埼玉出身で埼玉県大会も好きでよく見る中、「思いのほか、徳栄さんが県大会で見せたようなリズム感のある攻撃、狙い球の絞り方がうまくハマっていなかった。その辺は初戦ということで、甲子園での成功体験のなさでしょうね。うちは2戦目で集中力が散漫になる要素もなく、(攻守)全部で先手を取っているような感じだった」と指摘した。
これで「しんがり」校の通算成績は11勝36敗、勝率.234。過去の取材から「地方大会を勝ち抜いた勢いや緊張感がリセットされてしまう」との声も多く聞かれる。
そこでの提案だ。従来の大会規定では「出場チームは代表決定以降、甲子園滞在中はもちろん、大会に参加する往復の途中でも試合をすることはできない」としているが、「しんがり」校には特例として練習試合の機会を与えてはどうか。もしくは、各地方大会の準優勝校の名から抽選で1校を「ワイルドカード」として出場させ、計50代表の〝偶数〟で大会を運営するのはどうだろう。それほどに不公平感が高まっている。
神 島10-5近大新宮・市和歌山2-0和歌山工
神島・市和歌山は二次予選進出決定!!
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(8日目 準々決勝 紀三井寺球場)
☆☆ 09:00~ 田 辺 - 日 高
☆ 11:30~ 桐 蔭 -和歌 山東
📣2026年最初で最後の紀三井寺ナイター(2026年8月28日)
https://ameblo.jp/hirorinhoushi/entry-12977176365.html
昨夜の紀三井寺ナイター写真5枚ブログに載せておきました。
📝高校野球秋季県大会の出場校決まる 推薦の社を含め54チーム、9月12日開幕
https://www.kobe-np.co.jp/news/sports/koya/news/202608/0020760416.shtml
秋季兵庫県高校野球大会の地区大会は29日、阪神地区の5試合で全日程を終え、5ブロックを勝ち抜いた53チームが出そろった。今夏の甲子園大会に出場した社を推薦校として加えた計54チームが、9月12日に開幕する県大会に出場する。
組み合わせ抽選会は8日に加古川東高で行われる。上位3校は、10月17日から京都市のわかさスタジアム京都で開かれる近畿大会に進む。県大会出場校は次の通り。
【推薦】社
【阪神】(13校)市西宮、報徳、尼崎双星、西宮苦楽園、県伊丹、県尼崎工、市尼崎、関学、雲雀丘、西宮東、川西緑台、武庫荘総合、甲南
【神戸】(13校)須磨学園、神院大付、神戸国際大付、須磨翔風、滝川、神戸弘陵、御影、神港学園、神戸鈴蘭台、滝川第二、彩星工科、星陵、須磨東
【播淡】(12校)小野工、明石北、明石、小野、淡路三原、明石商、加古川西、明石南、高砂南、高砂、洲本、津名
【西播】(9校)赤穂、龍野北、龍野、東洋大姫路、姫路工、飾磨、姫路飾西、姫路西、相生産
【但丹】(6校)篠山鳳鳴・氷上西、篠山産、北摂三田、三田松聖、豊岡総合、三田学園
✌朝明、四日市四郷、南伊勢など5校連合が劇的サヨナラ タイブレークで四日市農芸に10-9
https://article.yahoo.co.jp/detail/d2a1f68eb25206498424c8209e5b4d325d0322a7
8月29日に開かれた秋季東海地区高校野球三重県大会の1回戦で、朝明、四日市四郷、南伊勢、石薬師、鳥羽の5校による連合チームが四日市農芸を10-9で破り、2回戦進出を決めた。9-9で迎えた延長タイブレークの10回裏、四日市四郷の竹内一晴選手(2年)が犠牲フライを放ち、サヨナラ勝ちした。
連合チームは、公式戦への出場に必要な人数がそろわない学校同士で編成する特別チーム。秋季大会でも認められており、この日の先発メンバーは四郷から4人、南伊勢から4人、朝明から1人だった。
先制したのは農芸。初回表に1点を奪われたが、その裏、連合は3点を挙げて逆転した。朝明から唯一先発した濵口晃也選手(1年)は一安打を放ち、「ランナーがいる状態で、いいスイングができ、狙った通りに打てた。練習の成果が出た」と振り返った。
しかし3回、農芸が4点を加えて5-3と逆転。和田明久監督は「失点で守備が崩れた」と振り返る。それでもベンチからは控え選手らの声援が続き、連合はその裏に2点を返して5-5と追いついた。農芸は4回と5回にも計3点を加え、8-5と再びリード。連合は投手を交代した。
試合中には、南伊勢の選手が自打球を顔面に受け、一時中断する場面もあった。控え選手らもベンチを飛び出し、負傷した選手に駆け寄った。
再開後、代打で登場したのは朝明の石本稜磨選手(1年)。「いつでも出られるように準備していた」と話す。三塁走者を置いた場面ではスクイズを仕掛けたが、本塁でアウトとなった。
それでも連合は6回裏に2点を返して8-7。9回には追い上げを見せて同点に追いつき、試合は延長戦へもつれ込んだ。
10回からは、無死一、二塁から攻撃を始めるタイブレーク方式。連合は10回表の農芸の攻撃を無失点に抑えた。
その裏、四郷の竹内選手が中堅へ飛球を放つと、三塁走者の南伊勢の選手が生還。犠牲フライで10点目を挙げ、劇的なサヨナラ勝ちを決めた。
連合チームの主将を務める四郷の川合康惺選手(2年)は「序盤で大量失点し、しんどかった。それでもみんなが頑張ってくれて、サヨナラ勝ちを決めることができて本当に良かった」と喜んだ。
四郷、朝明、石薬師は比較的近く、月に数回の合同練習を行っている。一方、南伊勢と鳥羽は距離があり、5校全員で練習する機会は限られる。それでも試合ではベンチから声援が途切れることなく、5校が一体となって初戦を突破した。
2回戦は9月13日(日)、津球場で津工業と対戦する予定。川合主将は「厳しい戦いになりそうだが、しっかりと自分たちの野球をして、勝利につなげたい」と意気込みを語った。
🔥智弁和歌山の日本一に「次は自分たち」 選抜準Vの智弁学園が新体制
https://news.yahoo.co.jp/articles/46665eee1044c10d2f43c4aa6ca324a99277c77b
(29日、秋季近畿地区高校野球大会奈良県予選1回戦 智弁学園17―0王寺工)
今春の選抜大会で準優勝した智弁学園にとって、いろんな意味で悔しい夏となった。夏こそ甲子園の頂点に期待がかかっていたが、奈良大会3回戦で奈良大付に6―9で敗れた。
下級生の頃から主力の逢坂悠誠(2年)は「まさか負けるとは思っていなかった」と振り返る。一方、奈良代表として今夏の甲子園に出場した天理は大活躍し、ベスト4まで勝ち上がった。
「見ていました。悔しかった」
奈良大会で敗れた翌日の練習前、逢坂は小坂将商監督から主将に指名された。また、新チーム発足と同時に捕手に転向した。入学時は捕手だったが、これまで1学年上でU18日本代表にも選ばれた捕手の角谷哲人(3年)がいたため、中軸を打つ逢坂は一塁を守っていた。
逢坂は「角谷さんという見本がいたので、いろいろ聞いてよくなってきた。伸びしろはある」と手応えを口にする。
夏の甲子園では、兄弟校の智弁和歌山が全国制覇を果たした。智弁学園にとっては、2021年夏の甲子園決勝で対戦して敗れた相手だ。
小坂監督は「智弁和歌山に落ちて、奈良(の智弁学園)に入らせてもらった」と自身の高校時代を振り返り、「ハングリー精神は持っているし、刺激を受けている」
近年の甲子園での結果についても、「うちは準優勝止まりで、智弁和歌山さんは優勝した。追い越さないといけない」と対抗心を燃やす。
さらに逢坂も「智弁学園には(智弁)和歌山とは違う良さがあると思う。次は自分たちの番だ、という気持ち」と決意を新たにした。
2年生の主力が多く残った新チームは、秋の初戦を大勝でスタートした。味わった悔しさを、強さに変えてみせる。
☝中京が茗渓学園を破り、史上初の5連覇 全国高校軟式野球
https://news.yahoo.co.jp/articles/d095a15f9f9161c7f3f884b19c2eee1bf5bedf52
第71回全国高校軟式野球選手権大会(日本高校野球連盟主催、朝日新聞社、毎日新聞社など後援)の決勝が29日、兵庫県明石市の明石トーカロ球場であり、中京(東海・岐阜)が茗渓学園(北関東・茨城)を7―0で破り、大会史上初となる5連覇を達成した。
中京の後藤敦也監督は試合後、「5連覇とはいえ、彼らにとっては初優勝。しっかりと地に足をつけて、やってくれた」と選手たちをたたえた。中京は通算優勝回数も15に伸ばし、自らが持つ最多記録を更新した。茗渓学園は9年ぶりの決勝へ進んだが、初優勝はならなかった。
💢BCリーグ・埼玉武蔵の清田育宏監督が活動自粛 一部報道を受け球団が声明 本人は報道内容を否定
https://news.yahoo.co.jp/articles/405071d9242603e3070945f435f819fae939eb7c
独立リーグ、ルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズは27日、清田育宏監督(40)が監督としての活動を当面自粛すると声明を発表した。
元ロッテ外野手の清田監督は2021年にロッテを退団し、2023年に埼玉武蔵に入団。同年限りで現役を引退し、2024年にコーチ、2025年に監督に就任した。球団の発表は以下の通り。
株式会社埼玉武蔵ヒートベアーズは、このたび、弊球団監督の清田育宏に関する一部報道を受け、本人への事実確認を行いました。
本人からは、報道内容について否定する説明を受けております。球団といたしましては、現時点において報道内容の詳細およびその真偽について断定するものではございませんが、監督という立場にある者として、今回の報道が球団およびファンの皆様、関係者の皆様にご心配とご迷惑をおかけする事態となったことを重く受け止めております。
これを踏まえ、球団として総合的に判断し、事実関係が確認されるまでの当面の間、清田育宏監督について監督としての活動を控えることといたしました
なお、本件に関する記者会見の実施予定はございません。また、電話でのお問い合わせは受け付けておりませんので、あらかじめご了承ください。
📣智弁和歌山を甲子園優勝に導いた中谷仁監督が駆使する“野村式ID野球” 横浜・織田翔希投手も徹底解析「ボール2つの後の3球目は必ずストレート」と狙い打ち
https://news.yahoo.co.jp/articles/c25aa95b46fefcbb2d0dbbb4ccde156b6043a613
夏の甲子園で、中谷仁監督が率いる智弁和歌山が4度目の日本一に輝いた。大会を沸かせた横浜(神奈川)の156キロ右腕・織田翔希を準決勝で攻略した強力打線はどのようにして育まれたのか。ノンフィクションライターの柳川悠二氏が迫った。
試合中の配球指示をやめた
甲子園制覇の2日後――中谷の姿は和歌山の紀三井寺球場にあった。歓喜から一息つく暇もなく新チームがスタートし、新人戦に臨んでいたのだ。ところが、和歌山東に2対5と敗れてしまう。
「(過密日程は)1カ月半前から決まっていたこと。言い訳にはできません。僕らは"準備野球"という言葉をスローガンとして掲げてきましたが、準備不足だとこういう結果になってしまう……」
秋季大会のシードを決する新人戦に敗れたからといって、来春のセンバツへの道が絶たれたわけではない。無論、2018年秋に監督となった中谷が2021年に続いて手にした日本一監督の栄誉が損なわれるわけでもない。
和歌山市出身の中谷は中学時代に軟式野球に励み、智弁和歌山に進学すると3度の甲子園に出場。主将として挑んだ最後の夏(1997年)は同校として初の日本一に輝いた。同年秋のドラフトで阪神に1位指名されて入団。その後、楽天、巨人と渡り歩いた自身のプロ野球人生を中谷はこう総括する。
「15年間の現役生活の半分は野村克也監督のもとで野球を勉強させてもらいました。(キャンプイン前日の)1月31日からミーティングが始まり、その内容をノートに書き写して翌日の練習、その後の試合に備えていく。自分自身、技術に長けた捕手ではなく、投手の良いところを活かす配球で存在感を発揮し、勝利を導くことで評価されるタイプだったと思う」
2012年に現役を引退すると、2017年に母校へ戻り、コーチに就任。翌年の甲子園100回大会をもって勇退した前監督・高嶋仁の後任に指名された。当初、中谷は星野仙一や原辰徳ら、プロの世界で接したカリスマ監督の立ち居振る舞いを真似ようとしたこともあった。
「普通の監督ではなく、偉大な監督だなと思わせるような表現を子どもたちの前でしなければいけないと錯覚していた時期もあった。だけどそれが難しくて、しんどくて、勘違いされることの方が多かった。素の自分で接しようと思うようになってから選手との関係もうまくいくようになった」
歴代2位となる通算68勝の高嶋体制下の智弁和歌山は学校の意向もあって、基本的には和歌山の球児ばかりで一学年10人という少数精鋭だった。しかし、中谷は就任直後に「智翔館」という寮を建てて県外選手にも門戸を開放し、一学年13人前後に拡大。この夏の甲子園に臨んだ20人のメンバーのうち、12人が県外出身者だった。寮の食事は中谷の妻である千保子さんが任され、平均体重が出場49校中最重量となる83.05キロという強靱な肉体作りを夫婦でサポートしてきた。
「来年からもう少し受け入れが増えますが、みんなに目を行き届かせるという意味では、これくらいの人数が限度だと思う。自分も子どもたちと一緒に栄養のある食事について勉強してきました」
3年前の夏、逸材が集まっていた東海中央ボーイズの中に、強肩強打の捕手・山田凜虎がいた。山田は中谷に憧れていて、智弁和歌山に進学すると打ち明けてくれた。その山田は現役時代に捕手だった中谷から帝王学を学んで1年秋より正捕手を務め、昨春のセンバツでは準優勝に輝く。だが、昨秋は和歌山大会の準々決勝で近大新宮に敗れ、センバツには出場できなかった。
「今だから言えることですが、昨年の夏まで試合中の重要な局面では、僕が山田に球種などをサインで指示していたんです。でもそれでは彼の成長にはならない。独り立ちさせるためにも、昨秋からすべて山田に配球を任せるようにしたんです」
ところがその直後の和歌山大会で敗れたわけだ。ショックに打ちひしがれた山田に中谷は自身の高校時代を重ね合わせた。
「自分も最上級生の時に(日高)中津分校に6対16で敗れてセンバツ出場がなくなった。責任を感じて精神的に追い込まれましたが、その時に野球のすべての責任はキャッチャーにあると自覚することで物事が好転したし、それを山田にも伝えました」
日本一以外認められない
中谷が教え子たちと共有しているのは、師である野村克也の教えだ。
「僕らが掲げる"準備野球"というのはつまり、野村監督のデータを駆使したID野球です。試合の前に相手校を分析してデータを作り、勝負の仕掛けどころを探っていく。特に捕手には打者を4つのタイプに分別する野村監督の教えを学ばせ、『野村ノート』などの著書も必ず読ませて、最低限、僕との会話が成立するようにしています」
横浜戦を前に、智弁和歌山のデータ班は令和の大怪物こと織田の投球を徹底して分析した。豪速球に目を奪われがちだが、織田の投球が変化球主体であることに気付く。一方で、初球からボールが2つ続いたら3球目は必ずストレートを投げてくることがはっきりとデータに表れていた。1点を先制された智弁和歌山が同点に追いついた3回裏、無死二、三塁のチャンスで打席に立った楠本龍生は、2ボールからの3球目、甘く入った真っ直ぐを狙い打ち、3点本塁打を右翼席に叩き込む。いわば野村の教えが智弁和歌山の勝利をたぐり寄せたのだった。
今夏の甲子園期間中、中谷の本音が垣間見えたのが、横浜との試合に勝利した日の宿舎だった。常勝軍団を率いる重圧について初めて吐露した。
「去年なんか、センバツで準優勝したのに、和歌山に戻った時には"また負けて帰ってきたな"という空気感だった。日本一以外、認められないって……けっこう、しんどいですよ。オトナもしんどいですけど、子どもらにそれを背負わすのはもっとしんどいと思う」
一方で、「野球人・中谷仁は死んでいる」とも口にした。優勝直後に、その発言の真意を訊ねた。
「僕はプロ野球で花を咲かせられなかった。そういう人間が今度は高校野球に舞台を移すと、アマチュアの指導者として名前を売って自分の人生を豊かにしようとしていると思われがちですが、そんなつもりは微塵もない。後輩たちのあくまでサポート役に徹して、裏方であり亡霊のような存在でいい。そういう意味で、野球人としての自分は死んでいると思っている」
もちろん、日本一という監督としてこれ以上ない結果には達成感がある。だからといってこれからもやることは変わらない。栄光に浸る間もなく中谷は来春、来夏に向けたチーム作りを開始している。
📝《失明寸前の事故、イチローに臨時コーチを要請…》智弁和歌山を5年ぶり夏制覇へ導いた中谷仁監督(47)の“壮絶すぎる逆転人生”
https://news.yahoo.co.jp/articles/282055bd11b5fef08fe71e1167cb8d5d1ac6cd3f
日本中を熱くさせた第108回全国高校野球選手権大会(甲子園)は智弁和歌山が健大高崎に逆転勝ち。5年ぶりの優勝で幕を閉じた。同校に4度目の栄冠をもたらしたのは、プロ野球の阪神、楽天、巨人でもプレーした中谷仁監督(47)。同校OBで自身も1997年の夏の大会を主将、正捕手、クリーンアップとして活躍し、初制覇に貢献した。
一時は失明寸前まで陥る災難に
「中谷さんは高校当時から『髙嶋仁監督の後継者』と目されるほど高いキャプテンシーを誇っていた」(当時を知るOB)
その年のドラフトで阪神に1位指名されたが、2年目、休日にバーベキューをしていたところ先輩から投げ渡された携帯電話が左目に当たり、一時は失明寸前まで陥る災難に遭った。
「中谷は携帯を投げた先輩への恨み言は一切口に出さなかった。そのことで人格面の評価は確かなものになった」(スポーツ紙デスク)
しかし、苦難は続く。
「2005年に楽天に移籍も11年限りで戦力外に。トライアウトを経て移籍した巨人では一軍戦力としては扱われず、12年に現役引退。しかし、若手への指導力を当時の原辰徳監督から高く評価され、球団スタッフとして残った」(同前)
17年に髙嶋前監督に請われて母校にコーチとして戻り、翌年、監督に。伝統校に改革をもたらした。
周囲の反対を押し切って選手寮を新設
19年には、それまで選手寮がなく、選手集めで後れを取っていたが、私財と各方面から苦心して集めた資金を投じ智翔館を新設。
「監督は『寮があることで選手を受け入れやすくなるし、何よりも食事面で体づくりができる。強い智弁を取り戻すには絶対に必要』とメリットを強調し、周囲の反対を押し切った。この夏のベンチ入りメンバーには愛知や中国地方出身者も含まれています」(前出・OB)
アマ野球担当記者の談。「寮生活では食事は朝昼晩に加えて、補食と夜食の1日5回。寮費は1人部屋で1カ月あたり14万円と高額ですが、入部希望者が後を絶たない。食事は寮母の千保子夫人が主に作りますが、中谷監督も率先して作っています。メンバーの平均体重は今大会最も重い83キロ。大会ナンバーワン右腕の横浜高の織田翔希を打ち崩せた打力は体作りの賜物です」
20年12月には特例で学生野球資格を回復したイチロー氏を全国に先駆けて臨時コーチとして迎え、翌年の夏の甲子園優勝につなげた。中谷監督はその時にイチロー氏から送られた言葉「ちゃんとやってよ。」が記されたTシャツを今大会の決勝前日に着用した。
プロ出身者で、夏の甲子園を2度制覇した監督は史上初。見事な「逆転人生」を歩んでいる。
📝球界ここだけの話 智弁和歌山も負けた 今や夏の甲子園最大の不公平感「しんがり」登場校の通算勝率.234
https://news.yahoo.co.jp/articles/b7ed92cee17032cb77a5817e784150fa55dc61be
今夏もその呪縛は解けなかった。代表49校目で登場する「しんがり」校の勝敗のことだ。今夏の甲子園では2017年優勝校の花咲徳栄(埼玉)が0-1で仙台育英(宮城)に敗れた。これで19年から「しんがり」校は7連敗(20年はコロナ禍で大会中止)で、しかも4年連続の零敗。7連敗の中に智弁学園、浦和学院、智弁和歌山、九州国際大付、花巻東、神村学園など名だたる強豪校が名を連ねており、単なる「くじ運」では片づけられない。
今夏の花咲徳栄でいえば、7月26日の埼玉大会決勝から中16日で甲子園初戦を迎えた。実戦形式の1カ所打撃を増やすなどの工夫を凝らしてきたが、同校・岩井隆監督は戦前「試合がうまいチームなので、実戦から離れている不安はある。前半は打線が止まるだろうなと思っている」と吐露。不安は的中し、試合後の指揮官は「後半4イニングだけ試合をした感じ」と首をかしげ、選手も「バットが出てこなかった」と振り返った。
相手の仙台育英・須江航監督は埼玉出身で埼玉県大会も好きでよく見る中、「思いのほか、徳栄さんが県大会で見せたようなリズム感のある攻撃、狙い球の絞り方がうまくハマっていなかった。その辺は初戦ということで、甲子園での成功体験のなさでしょうね。うちは2戦目で集中力が散漫になる要素もなく、(攻守)全部で先手を取っているような感じだった」と指摘した。
これで「しんがり」校の通算成績は11勝36敗、勝率.234。過去の取材から「地方大会を勝ち抜いた勢いや緊張感がリセットされてしまう」との声も多く聞かれる。
そこでの提案だ。従来の大会規定では「出場チームは代表決定以降、甲子園滞在中はもちろん、大会に参加する往復の途中でも試合をすることはできない」としているが、「しんがり」校には特例として練習試合の機会を与えてはどうか。もしくは、各地方大会の準優勝校の名から抽選で1校を「ワイルドカード」として出場させ、計50代表の〝偶数〟で大会を運営するのはどうだろう。それほどに不公平感が高まっている。