自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
⚾今日の和歌山大会新人戦試合結果(6日目 3回戦 紀三井寺球場)
和歌山東14xー4県和歌山(6回)
📝第79回秋季東海地区高等学校野球三重県大会組み合わせ表
https://mie-kouyaren.com/wp-content/uploads/2026/08/9fe754743ed251e7a1917691b86766d2.pdf
まだ一部しか球場と開始時間決まってませんが、、、、、最終日の26日を狙いたいが、27日がさとやくスタジアム8時30分から4試合なんで現実的には準決勝の23日狙いになると思われます。
✌最速151キロ右腕、市和歌山・丹羽涼介が「プロ一本」に絞る 憧れの美容師への道は断念
https://news.yahoo.co.jp/articles/89e78007fb29572e5c957a71554b2975645c4ed8
“紀州の怪腕”市和歌山の最速151キロ右腕・丹羽涼介投手(3年)が進路を「プロ一本」に絞り込んだことが23日、関係者の取材で明らかになった。昨春のセンバツの横浜戦で“全国デビュー”。3回途中から登板し1失点で8奪三振。世代屈指の横浜・織田翔希と互角に投げ合ったことで脚光を浴びた。今春に「プロを目指すか美容師になるか迷っている」と“衝撃発言”でも注目を集めたが、決断を下した。
今春以降、調子を落としていた時期もあった。だが、今夏の和歌山大会準々決勝で智弁和歌山を相手に5回途中まで無安打で7回まで無失点に封じた。2失点完投で敗れはしたが、日本一チームを追い詰めた。最速は150キロをマーク。試合後は「プロ寄りで考えています」と、考えは傾きはじめていた。真剣に悩んだ末に、憧れでもあった美容師への思いは封じ込めた。その後、半田真一監督(46)にもプロ野球を目指す思いを伝えたという。
184センチの長身を生かした角度のある直球と、切れ味鋭いスライダーにフォークの精度も高い。NPB12球団のスカウトが熱視線を送っていた右腕の進路決断は、各球団の“ドラフト戦線”にも大きな影響を与えそうだ。
☝甲子園王者、1か月前あった“敗退危機” 追い詰めた公立校に衝撃「滅茶苦茶強かったのでは」
https://news.yahoo.co.jp/articles/ca546f3f7f30daca784953fe559512a8b4c6189f
智弁和歌山は県大会3回戦で田辺と大接戦…5投手の継投で1点差逆転勝ち
第108回全国高校野球選手権大会は22日に甲子園球場で決勝が行われ、智弁和歌山が健大高崎(群馬)を破り、5年ぶり4度目の優勝を飾った。だが、頂点に達するまでには苦闘もあった。田辺との和歌山大会3回戦では2度リードを奪われるなど、大接戦となった。1か月前に起きたこの激戦にファンも「魔境、和歌山」と驚きの声を上げた。
7月19日に行われた一戦は取りつ取られつのシーソーゲーム。先攻の智弁和歌山が初回に1点先制も、その裏に3点を奪われる。4回に4点を挙げたがその裏に2点、5回に1点失って再びリードを奪われた。7回と9回に1点ずつ加え、7-6で振り切ったものの、安打は同数の14。5投手の継投で準々決勝にコマを進めた。
この試合だけではなかった。市和歌山との準々決勝は2-0、耐久との決勝は4-3。僅差の試合をものにして、智弁和歌山は3年連続29度目の甲子園切符を掴んだ。今夏の和歌山大会に出場したのは39校36チーム。決して多くはないが、智弁和歌山の他にも和歌山中(現・桐蔭)、海草中(現・向陽)、箕島が夏の甲子園で優勝を飾っている“野球どころ”だ。田辺は春に3度、夏に1度甲子園に出場している。
ファンも和歌山県のレベルの高さに注目。「田辺高校って滅茶苦茶強かったのでは?」とXに投稿されると、「この夏一番興奮した試合」「ほんまそう! 14安打打たれてますからね」「和歌山県全体のレベルが上がってるんでしょうね」とコメントが寄せられていた。
📝“強打”だけではなかった智弁和歌山…37年前のスクイズ失敗と「あと1点」の歴史
https://news.yahoo.co.jp/articles/6caceaa55176298ac74ed9b1ee0298db63d2ecee
「強打」の看板とは対照的な攻撃が、智弁和歌山を5年ぶり4度目の夏制覇へ導いた。健大高崎との決勝、2-3と逆転された8回裏。智弁和歌山はこの回、3人続けてバントを絡める攻撃を仕掛けた。
無死一塁で楠本龍生は2球続けてバントがファウルになったが、ヒッティングに切り替えて中前安打。続く負傷明けの主将・松本虎太郎が代打で送りバントを決めると、川原一将は初球からスクイズ。ファウルになっても、もう一度。今度は決まり、同点に追いついた。その後、暴投で勝ち越し、そのまま4-3で逃げ切った。
豪快な打撃で相手をねじ伏せる。そんなイメージの強い智弁和歌山だが、その歴史を振り返ると、勝負どころで「あと1点」に泣いてきた過去があった。筆者の頭に浮かんだのは、37年前の夏だ。
1989年夏、千葉代表・成東との初戦。1-1で迎えた9回裏、智弁和歌山は1死満塁の絶好機をつくった。筆者は当時、塾の夏期講習で生中継を見られず、帰宅してから録画を再生した記憶がある。
甲子園初勝利が目前に迫ったところで、智弁和歌山は初球スクイズを選択。しかし、相手バッテリーに外され、スクイズは失敗に終わった。試合は延長11回にもつれ、最後は1-2で敗れた。
今では信じがたいが、当時の智弁和歌山は甲子園でなかなか勝てなかった。1985年春の初出場から5大会連続で初戦敗退。スコアは1-3、1-2、1-2、2-3、3-4。5試合すべて2点差以内で、2戦目以降は4試合連続の1点差負けだった。ようやく壁を破ったのが93年夏だ。甲子園初勝利を挙げると3回戦まで進出し、翌94年春には初の全国制覇97年夏には、現在の中谷仁監督が主将だったチームが初めて夏の頂点に立った。
そして中谷監督が3年生だった97年もまた、「強打」の印象だけでは語れないチームだった。3回戦の福岡工大付戦では中谷自身がスクイズを決めた。決勝の平安戦では大会屈指の左腕・川口知哉を相手に7犠打を記録。4回にはスクイズで追加点を奪い、6得点すべてに犠打が絡んだ。
打てるチームだからといって、打つだけではない。必要なら走者を送り、スクイズまで使って1点を奪う。夏初制覇を果たしたチームにも、そんな一面があった。
そしてそれから29年。かつて高嶋仁元監督の下で主将を務めた中谷は、今度は監督として日本一を懸けた舞台に立った。1点を追う8回に選んだのはスクイズ。一度は決まらなくても、もう一度。今度は同点に追いついた。もちろん、高嶋元監督と中谷監督の采配を単純に同じものとして語ることはできない。それでも智弁和歌山の歩みをたどれば、必要な1点をどう奪うかという問いは、時代をまたいで何度も現れてきた。
「強打の智弁和歌山」が日本一をたぐり寄せた8回の2得点に、タイムリーはなかった。強打だけでは勝ち切れない試合で、「あと1点」をどう奪うか。その答えの一つが、あの8回に凝縮されていたのだ。
📝甲子園予選「私立vs公立」で私学に猛烈逆風 県外出身8人でも“判官びいき”もやむなしか
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391964
「さすがに全国各地から選手を集めている公立校は耳にしませんけど、近隣の都道府県から選手が来ている学校は珍しくありません。正式な寮がなくても関係ない。学校周辺で下宿生活を送っていますから」
こう言うのは今回の甲子園に出場したある私立校の監督。公立校を下して甲子園に駒を進めたとはいえ、地方大会では猛烈な「判官びいき」を経験したという。
「球場の声援ですよ。地方大会の準決勝以降で対戦したときなんて、球場全体が『私立対公立』の構図になって猛烈な逆風が吹き荒れましたから。公立といえども室内練習場やナイター設備を備えるなど、私学顔負けの学校もありますけどね」
ちなみに今回の甲子園に出場した公立は49校中9校。このうち初戦を突破したのは2校で、いずれも1勝しただけで甲子園を後にした。そのうちのひとつである鳴門渦潮(徳島)は県立ながら兵庫出身が3人、京都出身が2人、奈良、福岡、香川出身が1人ずついる。ベンチ入り20人中8人が他の都道府県出身者とはいえ、県外からの生徒を積極的に受け入れる「全国募集」があればこそ。学校の活性化のみならず、地方創生を目指した制度だという。
かつては有望な中学生を3年時にこっそり県内の中学に転校させ、「地元出身者を集めた田舎の県立校」として甲子園で大暴れした学校も中にはあったが、そんな学校と違って制度自体を公表しているし“大義名分”もある。
大学や社会人顔負けの環境を整え、甲子園請負監督を雇い、他の野球学校との争奪戦を制してかき集めた素質ある選手を鍛えている私学に比べたら、どう考えても公立は分が悪い。それは今回の甲子園の結果を見ても明らかだ。「判官びいき」もやむを得ないという気もするのだ。
👣同志社の八田英二理事長が引責辞任へ…運営高校の女子生徒が辺野古沖事故で死亡
https://www.yomiuri.co.jp/national/20260824-GYT1T00400/
沖縄県名護市辺野古沖で3月、研修旅行中だった同志社国際高の女子生徒らが死亡した小型船転覆事故を巡り、同高を運営する学校法人同志社の八田英二理事長(77)が、事故の責任を取って理事長職を辞任する意向を示したことがわかった。同高の西田喜久夫校長は8月末に退任し、後任の校長が就任する見通し。
複数の法人関係者らによると、八田氏は21日に開かれた臨時理事会で辞任の意向を伝えた。事故の対応や安全対策、教職員の処分などにめどをつけた後、遅くとも今年度中に理事長から退くとみられる。
事故は3月16日に発生。小型船2隻が転覆し、同高2年の女子生徒と男性船長が死亡、14人が負傷した。八田氏は読売新聞の取材に対して「法人として責任があり、以前から辞任を熟考してきた」と話した。法人が運営する14校園の教学を統括する総長と、理事の職にはとどまるとした。
八田氏は1998~2013年に同志社大学長、11~13年に1期目の理事長を務めた。17年に理事長に再任され、総長も兼務している。15~21年には日本高野連会長も務めた。
☟なぜ?「どんな基準で選んだか伝わってこない」U-18代表に優勝の智弁和歌山から一人で織田翔希は選出も“BIG4”の高部陸、菰田陽生らプロ注目選手が漏れる異常事態?!
https://news.yahoo.co.jp/articles/d47accb2b99f3b51657cbd16d5218d0a9ccfaa4b?page=1
第108回全国高校野球選手権大会の決勝が22日、甲子園で行われ逆転に次ぐ逆転の熱戦の末に智弁和歌山が健大高崎を4-3で下して5年ぶり4度目の優勝を果たした。試合後、9月7日から台湾・台北市で開催される「第14回BFA U18アジア野球選手権」に出場する侍ジャパンU-18日本代表18名が発表された。
横浜の156キロ右腕の織田翔希は選ばれたが、優勝した智弁和歌山からは一人だけ。またプロが注目している中ではBIG4と評価された聖隷クリストファーの150キロ左腕、高部陸、今大会に出場できなかった山梨学院の二刀流の菰田陽生らが漏れた。元ヤクルト編成部長でコーチとしてヤクルト、阪神、楽天で“名将”故・野村克也氏を支えた松井優典氏は「どんな基準で選んだかが伝わってこない」とメンバー選出に疑念を投じた。
「細かいミスの積み重ねが僅差のゲームの勝敗を分けた」
元ヤクルト編成部長で、コーチとしても、長年ノムさんの野球をサポートしてきた松井氏が智弁和歌山が頂点に立った決勝戦をそう総括した。
智弁和歌山は、1点を追う8回一死二、三塁から同点スクイズを決めたが、投手のグラブトスを健大高崎の大岩翔斗がポロ。このミスで打者走者を生かしたことで、さらに一死一、三塁とピンチを残したのだ。代わった石田将大は山下晃平をカウント1-2と追いこみ、外角スライダーで空振りを奪い、三振に仕留めたものの、その外角の低めのスライダーに大岩のミットが届かずに後逸。その間に智弁和歌山の走者が勝ち越しホームを踏んだ。
「大岩は上体だけでボールを追い足が動いていなかった。バットスイングに重なり対応が遅れたのかもしれない」と松井氏は分析した。
そして試合後に侍ジャパンU-18日本代表のメンバー18人が発表された。詳しくは表を参考にしてもらいたいが、投手8人、捕手3人、内野手5人、外野手2人。投手の中京大の鈴木悠悟と、花巻東の萬谷堅心が外野もできるため、外野手は2人に留まったとみられる。
投手では甲子園最速となる156キロを連発したドラフト1位での競合が予想される横浜の織田、その横浜に1回戦で敗れたものの“高校BIG4”の一人として評価されている沖縄尚学の150キロ左腕、末吉良丞、今大会に出場できなかったが、プロがドラフト上位候補として注目している151キロ左腕の高岡第一の前田侑大、センバツで存在感を示した智弁学園の149キロ左腕、杉本真滉も選ばれた。
また野手では、横浜の一塁、小野舜友、プロが守備力を評価、本人も「プロ1本」を表明している遊撃の池田聖摩、2年ながら選ばれた「4番・三塁」の川上慧のトリオ。今大会は出場できなかったが、プロが高評価している東海大熊本星翔の遊撃手、福島陽奈汰も名を連ねた。外野手では、走攻守が揃い、今大会で打率.444を残した大型外野手の梶山侑孜、決勝で8回に一度はゲームをひっくり返す2ランを放った健大高崎の石田雄星が入った。
だが一方で優勝した智弁和歌山からは、捕手の山田凜虎一人しか選ばれなかった。準決勝で織田から3ランを放ち、決勝でも8回に見送ればボールの変化球に抜群のバットコントロールで合わせ、逆転劇につなげるセンター前ヒットを放ち、大会打率.355を残した二塁手、楠本龍馬も、打率.611の「3番・ライト」の2年生、井本陽太も選から漏れた。またプロが注目している逸材の“落選”も目立った。松井氏が、今大会で選んだドラフト候補「ベスト10」のうち、7人が選ばれなかった。
「どんな基準で選んだのかが伝わってこない。もちろんプロの目から見る基準と台湾でのU18アジア野球選手権大会で勝ちにいく岡田監督(履正社から現在は東洋大姫路監督)の判断基準は違っていて当然。15人がU-18の代表合宿に呼ばれているメンバーなのでそこである程度固まっていたのかもしれない。もしかすると私たちの知らない怪我などがあるのかもしれないので、あくまでも推測の域は出ないが、ただ同じ左腕ならば、故障の影響からか成長の姿が見れなかった沖縄尚学の末吉よりも、完成度が高く先発だけでなくブルペンでも起用のできる聖隷クリストファーの高部を選ぶべきだろう。また二刀流の菰田も怪我が大丈夫なら代表に選ばれてしかるべき選手。勝利ということに基準を置くなら、足があり投手もできて相手の隙をついてディレードタッチアップや三盗を決めてムードメーカーにもなった花巻東の外野手の赤間史弥は入れるべきだったと思う」
松井氏は、特にBIG4のうちの高部と菰田の落選、そして外野の枠に限りがあったとはいえ、打率.357、4盗塁、出塁率.457の成績を残した花巻東の赤間、仙台育英の通算25本塁打を誇る外野手の田山纏のメンバー漏れに疑問を呈した。
センバツで手首を骨折した超大型二刀流の菰田は、山梨大会の1回戦で豪快な一発を放ったものの投手としては、2試合に1イニングずつを投げたただけで、準決勝では、菰田が延長戦に決勝点を奪われ甲子園切符を逃した。まだ万全な状態ではないのかもしれない。
また投手では、大分商の152キロ右腕で二刀流の平田玲翔、社の150キロ右腕の岩井秀耶、3試合で防御率1.71と抜群の安定感を示した有明の左腕、冨岡琥希らも選から漏れた。ただ一方で大砲タイプである花巻東の古城大翔、履正社の辻竜太郎ら大型内野手が選ばれなかったことに対しては松井氏は理解を示した。2人ともに父が元プロ野球選手のサラブレッドだ。
「古城も辻も、パワーとバットスイングスピードを含めて素材的には将来性を感じさせるが、対応力という点では物足りない。今流行のバレルゾーンを意識した打法から一皮むけていく成長は感じられなかった。彼らの一発に期待するよりも、全員で得点を奪い、勝ちにいく野球にシフトするのは当然の選択だったのかもしれない」
各チームの主将が6人も入った。
「U18アジア野球選手権大会」は9月7日から13日まで台湾の台北市で開催され、地元のチャイニーズ・タイペイ、韓国など、8か国によって争われる。まずグループ戦が行われ、日本はフィリピン、香港、スリランカと同組に入った。また8月29日に神宮球場で大学日本代表との壮行試合が行われる。
📝軍隊式はもう古い 智弁和歌山が示した「新しい高校野球」のかたち
https://news.yahoo.co.jp/articles/960fb1059f6302663098b61e1980b291da02d06b?page=1
智弁和歌山の優勝で幕を閉じた今大会は、今後の高校野球における指導を一変させるきっかけになるかもしれない。
智弁和歌山は今回、3年生部員を全員ベンチに入れ、記録員以外の全員をグラウンドでプレーさせた。部員数が少ないから可能だったとはいえ(総部員数40人、なんと半分の部員がベンチ入りだ!)、やはり「教育的配慮」がないとできなかったと思う。
私が注目したのは、仙台育英(宮城)戦で登板した背番号20番の朝来友翔(あさき・ゆうと)選手だ。190センチ97キロという堂々とした体躯で、中学時代からストレートのMAXは140キロ越え、「スーパー中学生」と呼ばれていた。ところが和歌山大会ではベンチ外。この夏、初めての投球が甲子園だった。
「とくにケガをしたというわけではないんですが、練習しても球速も制球力も身につかず、これまで思うようなピッチングができませんでした」(朝来選手)
一度野手に転向してバッティングで試合に出られるようにしようと考えたが、投手への未練が捨てきれなかった。
「それで中谷(仁)監督に『また投手をやりたいです』とお願いしたら、監督が笑いながら『俺には、お前が投げている姿しか想像出来ないんだよ』と受け入れてくれました」(朝来選手)
■「大切にされてると思いました」
登板は大量リードした8回裏。最初の打者に不運なヒットを許すと、次打者にはストレートの四球でお役御免の降板となった。ベンチに戻る際、笑顔の拍手で迎える中谷監督の姿があった。
「試合中は気づかなかったんですが、あとで録画を見直したら監督が拍手してくれてて……とても嬉しかった。大切にされてると思いました。みんなも『(投球内容について)オッケーオッケー』と声をかけてくれました。それから少しでも試合に貢献しようと、攻守交代のときのグラブ渡しとか、バットの整理とかしていました」(朝来選手)
190センチの巨漢がベンチの中をちょこまかと雑用に動き回っている姿を想像すると微笑ましく、「ああ、この子は本当に良い選手なんだな」と思わされる。
「朝来のベンチ入りと登板はチーム全体の誇り。3年生みんながグラウンドの土を踏めて良かったですよ」というのは、塩健一郎部長。
「うちはほんと、ファミリーなんですよ」
智弁和歌山で気になった選手がもうひとり、サードのランナーコーチをしていた背番号16の久米悠二朗選手(2年生)。一塁コーチの松本虎太郎主将とともに、好守交代時に自チームの野手が守りやすいようにグラウンドの土を手でならす姿がSNSで話題になった。
「君の姿、ネットで話題になっているよ。知ってる?」と久米選手に伝えると、「うっすら知ってます」と笑った。
「グラウンドをならすように監督から言われています。過去にイレギュラーヒットで決まった試合があって、やはりグラウンドコンディションも重要なことだから。手でならすのは監督から『イレギュラーしないように気持ち込めてやれ』と言われているから(笑)」(久米選手)
■グラウンドにかがんで地面をならす
グラウンドにかがんで地面をならす姿は、私にはかつて智弁和歌山のグラウンドでそうやってならしていた高嶋仁前監督の姿とかぶる。高嶋さんは授業の休憩時間など合間をみては、グラウンドをならしていた。
「こうやって私が整備しといたら、選手がきたらすぐ練習に入れるやないですか」
高校時代の中谷さんは、廊下の窓からふと高嶋さんのその姿を見て、「俺らはただこの人についていったらええんや」と決意を固めたという。智弁和歌山が野球ではまだ無名で、強豪校に練習試合を断られていた時代の話である。
一方の健大高崎(群馬)も、部屋割りは自分たちで決める、食事・入浴の順番は上級生・下級生関係なし、9時半までの門限までは外出自由という「自由すぎる寮生活」と話題になった。
毎年のように高校野球部の暴力事件がニュースになる。今年も名門校であった。だが軍隊のような規律、暴力をともなった「指導」で人は鍛えられるというのは、もはや過去の妄想でしかない。両校のようにグラウンドでは厳しい練習でも、いったん離れればお互いを尊重し合い、助け合うチームが決勝で好勝負を披露したことは、これからの野球指導について大きな示唆を与えてくれた。
和歌山東14xー4県和歌山(6回)
📝第79回秋季東海地区高等学校野球三重県大会組み合わせ表
https://mie-kouyaren.com/wp-content/uploads/2026/08/9fe754743ed251e7a1917691b86766d2.pdf
まだ一部しか球場と開始時間決まってませんが、、、、、最終日の26日を狙いたいが、27日がさとやくスタジアム8時30分から4試合なんで現実的には準決勝の23日狙いになると思われます。
✌最速151キロ右腕、市和歌山・丹羽涼介が「プロ一本」に絞る 憧れの美容師への道は断念
https://news.yahoo.co.jp/articles/89e78007fb29572e5c957a71554b2975645c4ed8
“紀州の怪腕”市和歌山の最速151キロ右腕・丹羽涼介投手(3年)が進路を「プロ一本」に絞り込んだことが23日、関係者の取材で明らかになった。昨春のセンバツの横浜戦で“全国デビュー”。3回途中から登板し1失点で8奪三振。世代屈指の横浜・織田翔希と互角に投げ合ったことで脚光を浴びた。今春に「プロを目指すか美容師になるか迷っている」と“衝撃発言”でも注目を集めたが、決断を下した。
今春以降、調子を落としていた時期もあった。だが、今夏の和歌山大会準々決勝で智弁和歌山を相手に5回途中まで無安打で7回まで無失点に封じた。2失点完投で敗れはしたが、日本一チームを追い詰めた。最速は150キロをマーク。試合後は「プロ寄りで考えています」と、考えは傾きはじめていた。真剣に悩んだ末に、憧れでもあった美容師への思いは封じ込めた。その後、半田真一監督(46)にもプロ野球を目指す思いを伝えたという。
184センチの長身を生かした角度のある直球と、切れ味鋭いスライダーにフォークの精度も高い。NPB12球団のスカウトが熱視線を送っていた右腕の進路決断は、各球団の“ドラフト戦線”にも大きな影響を与えそうだ。
☝甲子園王者、1か月前あった“敗退危機” 追い詰めた公立校に衝撃「滅茶苦茶強かったのでは」
https://news.yahoo.co.jp/articles/ca546f3f7f30daca784953fe559512a8b4c6189f
智弁和歌山は県大会3回戦で田辺と大接戦…5投手の継投で1点差逆転勝ち
第108回全国高校野球選手権大会は22日に甲子園球場で決勝が行われ、智弁和歌山が健大高崎(群馬)を破り、5年ぶり4度目の優勝を飾った。だが、頂点に達するまでには苦闘もあった。田辺との和歌山大会3回戦では2度リードを奪われるなど、大接戦となった。1か月前に起きたこの激戦にファンも「魔境、和歌山」と驚きの声を上げた。
7月19日に行われた一戦は取りつ取られつのシーソーゲーム。先攻の智弁和歌山が初回に1点先制も、その裏に3点を奪われる。4回に4点を挙げたがその裏に2点、5回に1点失って再びリードを奪われた。7回と9回に1点ずつ加え、7-6で振り切ったものの、安打は同数の14。5投手の継投で準々決勝にコマを進めた。
この試合だけではなかった。市和歌山との準々決勝は2-0、耐久との決勝は4-3。僅差の試合をものにして、智弁和歌山は3年連続29度目の甲子園切符を掴んだ。今夏の和歌山大会に出場したのは39校36チーム。決して多くはないが、智弁和歌山の他にも和歌山中(現・桐蔭)、海草中(現・向陽)、箕島が夏の甲子園で優勝を飾っている“野球どころ”だ。田辺は春に3度、夏に1度甲子園に出場している。
ファンも和歌山県のレベルの高さに注目。「田辺高校って滅茶苦茶強かったのでは?」とXに投稿されると、「この夏一番興奮した試合」「ほんまそう! 14安打打たれてますからね」「和歌山県全体のレベルが上がってるんでしょうね」とコメントが寄せられていた。
📝“強打”だけではなかった智弁和歌山…37年前のスクイズ失敗と「あと1点」の歴史
https://news.yahoo.co.jp/articles/6caceaa55176298ac74ed9b1ee0298db63d2ecee
「強打」の看板とは対照的な攻撃が、智弁和歌山を5年ぶり4度目の夏制覇へ導いた。健大高崎との決勝、2-3と逆転された8回裏。智弁和歌山はこの回、3人続けてバントを絡める攻撃を仕掛けた。
無死一塁で楠本龍生は2球続けてバントがファウルになったが、ヒッティングに切り替えて中前安打。続く負傷明けの主将・松本虎太郎が代打で送りバントを決めると、川原一将は初球からスクイズ。ファウルになっても、もう一度。今度は決まり、同点に追いついた。その後、暴投で勝ち越し、そのまま4-3で逃げ切った。
豪快な打撃で相手をねじ伏せる。そんなイメージの強い智弁和歌山だが、その歴史を振り返ると、勝負どころで「あと1点」に泣いてきた過去があった。筆者の頭に浮かんだのは、37年前の夏だ。
1989年夏、千葉代表・成東との初戦。1-1で迎えた9回裏、智弁和歌山は1死満塁の絶好機をつくった。筆者は当時、塾の夏期講習で生中継を見られず、帰宅してから録画を再生した記憶がある。
甲子園初勝利が目前に迫ったところで、智弁和歌山は初球スクイズを選択。しかし、相手バッテリーに外され、スクイズは失敗に終わった。試合は延長11回にもつれ、最後は1-2で敗れた。
今では信じがたいが、当時の智弁和歌山は甲子園でなかなか勝てなかった。1985年春の初出場から5大会連続で初戦敗退。スコアは1-3、1-2、1-2、2-3、3-4。5試合すべて2点差以内で、2戦目以降は4試合連続の1点差負けだった。ようやく壁を破ったのが93年夏だ。甲子園初勝利を挙げると3回戦まで進出し、翌94年春には初の全国制覇97年夏には、現在の中谷仁監督が主将だったチームが初めて夏の頂点に立った。
そして中谷監督が3年生だった97年もまた、「強打」の印象だけでは語れないチームだった。3回戦の福岡工大付戦では中谷自身がスクイズを決めた。決勝の平安戦では大会屈指の左腕・川口知哉を相手に7犠打を記録。4回にはスクイズで追加点を奪い、6得点すべてに犠打が絡んだ。
打てるチームだからといって、打つだけではない。必要なら走者を送り、スクイズまで使って1点を奪う。夏初制覇を果たしたチームにも、そんな一面があった。
そしてそれから29年。かつて高嶋仁元監督の下で主将を務めた中谷は、今度は監督として日本一を懸けた舞台に立った。1点を追う8回に選んだのはスクイズ。一度は決まらなくても、もう一度。今度は同点に追いついた。もちろん、高嶋元監督と中谷監督の采配を単純に同じものとして語ることはできない。それでも智弁和歌山の歩みをたどれば、必要な1点をどう奪うかという問いは、時代をまたいで何度も現れてきた。
「強打の智弁和歌山」が日本一をたぐり寄せた8回の2得点に、タイムリーはなかった。強打だけでは勝ち切れない試合で、「あと1点」をどう奪うか。その答えの一つが、あの8回に凝縮されていたのだ。
📝甲子園予選「私立vs公立」で私学に猛烈逆風 県外出身8人でも“判官びいき”もやむなしか
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391964
「さすがに全国各地から選手を集めている公立校は耳にしませんけど、近隣の都道府県から選手が来ている学校は珍しくありません。正式な寮がなくても関係ない。学校周辺で下宿生活を送っていますから」
こう言うのは今回の甲子園に出場したある私立校の監督。公立校を下して甲子園に駒を進めたとはいえ、地方大会では猛烈な「判官びいき」を経験したという。
「球場の声援ですよ。地方大会の準決勝以降で対戦したときなんて、球場全体が『私立対公立』の構図になって猛烈な逆風が吹き荒れましたから。公立といえども室内練習場やナイター設備を備えるなど、私学顔負けの学校もありますけどね」
ちなみに今回の甲子園に出場した公立は49校中9校。このうち初戦を突破したのは2校で、いずれも1勝しただけで甲子園を後にした。そのうちのひとつである鳴門渦潮(徳島)は県立ながら兵庫出身が3人、京都出身が2人、奈良、福岡、香川出身が1人ずついる。ベンチ入り20人中8人が他の都道府県出身者とはいえ、県外からの生徒を積極的に受け入れる「全国募集」があればこそ。学校の活性化のみならず、地方創生を目指した制度だという。
かつては有望な中学生を3年時にこっそり県内の中学に転校させ、「地元出身者を集めた田舎の県立校」として甲子園で大暴れした学校も中にはあったが、そんな学校と違って制度自体を公表しているし“大義名分”もある。
大学や社会人顔負けの環境を整え、甲子園請負監督を雇い、他の野球学校との争奪戦を制してかき集めた素質ある選手を鍛えている私学に比べたら、どう考えても公立は分が悪い。それは今回の甲子園の結果を見ても明らかだ。「判官びいき」もやむを得ないという気もするのだ。
👣同志社の八田英二理事長が引責辞任へ…運営高校の女子生徒が辺野古沖事故で死亡
https://www.yomiuri.co.jp/national/20260824-GYT1T00400/
沖縄県名護市辺野古沖で3月、研修旅行中だった同志社国際高の女子生徒らが死亡した小型船転覆事故を巡り、同高を運営する学校法人同志社の八田英二理事長(77)が、事故の責任を取って理事長職を辞任する意向を示したことがわかった。同高の西田喜久夫校長は8月末に退任し、後任の校長が就任する見通し。
複数の法人関係者らによると、八田氏は21日に開かれた臨時理事会で辞任の意向を伝えた。事故の対応や安全対策、教職員の処分などにめどをつけた後、遅くとも今年度中に理事長から退くとみられる。
事故は3月16日に発生。小型船2隻が転覆し、同高2年の女子生徒と男性船長が死亡、14人が負傷した。八田氏は読売新聞の取材に対して「法人として責任があり、以前から辞任を熟考してきた」と話した。法人が運営する14校園の教学を統括する総長と、理事の職にはとどまるとした。
八田氏は1998~2013年に同志社大学長、11~13年に1期目の理事長を務めた。17年に理事長に再任され、総長も兼務している。15~21年には日本高野連会長も務めた。
☟なぜ?「どんな基準で選んだか伝わってこない」U-18代表に優勝の智弁和歌山から一人で織田翔希は選出も“BIG4”の高部陸、菰田陽生らプロ注目選手が漏れる異常事態?!
https://news.yahoo.co.jp/articles/d47accb2b99f3b51657cbd16d5218d0a9ccfaa4b?page=1
第108回全国高校野球選手権大会の決勝が22日、甲子園で行われ逆転に次ぐ逆転の熱戦の末に智弁和歌山が健大高崎を4-3で下して5年ぶり4度目の優勝を果たした。試合後、9月7日から台湾・台北市で開催される「第14回BFA U18アジア野球選手権」に出場する侍ジャパンU-18日本代表18名が発表された。
横浜の156キロ右腕の織田翔希は選ばれたが、優勝した智弁和歌山からは一人だけ。またプロが注目している中ではBIG4と評価された聖隷クリストファーの150キロ左腕、高部陸、今大会に出場できなかった山梨学院の二刀流の菰田陽生らが漏れた。元ヤクルト編成部長でコーチとしてヤクルト、阪神、楽天で“名将”故・野村克也氏を支えた松井優典氏は「どんな基準で選んだかが伝わってこない」とメンバー選出に疑念を投じた。
「細かいミスの積み重ねが僅差のゲームの勝敗を分けた」
元ヤクルト編成部長で、コーチとしても、長年ノムさんの野球をサポートしてきた松井氏が智弁和歌山が頂点に立った決勝戦をそう総括した。
智弁和歌山は、1点を追う8回一死二、三塁から同点スクイズを決めたが、投手のグラブトスを健大高崎の大岩翔斗がポロ。このミスで打者走者を生かしたことで、さらに一死一、三塁とピンチを残したのだ。代わった石田将大は山下晃平をカウント1-2と追いこみ、外角スライダーで空振りを奪い、三振に仕留めたものの、その外角の低めのスライダーに大岩のミットが届かずに後逸。その間に智弁和歌山の走者が勝ち越しホームを踏んだ。
「大岩は上体だけでボールを追い足が動いていなかった。バットスイングに重なり対応が遅れたのかもしれない」と松井氏は分析した。
そして試合後に侍ジャパンU-18日本代表のメンバー18人が発表された。詳しくは表を参考にしてもらいたいが、投手8人、捕手3人、内野手5人、外野手2人。投手の中京大の鈴木悠悟と、花巻東の萬谷堅心が外野もできるため、外野手は2人に留まったとみられる。
投手では甲子園最速となる156キロを連発したドラフト1位での競合が予想される横浜の織田、その横浜に1回戦で敗れたものの“高校BIG4”の一人として評価されている沖縄尚学の150キロ左腕、末吉良丞、今大会に出場できなかったが、プロがドラフト上位候補として注目している151キロ左腕の高岡第一の前田侑大、センバツで存在感を示した智弁学園の149キロ左腕、杉本真滉も選ばれた。
また野手では、横浜の一塁、小野舜友、プロが守備力を評価、本人も「プロ1本」を表明している遊撃の池田聖摩、2年ながら選ばれた「4番・三塁」の川上慧のトリオ。今大会は出場できなかったが、プロが高評価している東海大熊本星翔の遊撃手、福島陽奈汰も名を連ねた。外野手では、走攻守が揃い、今大会で打率.444を残した大型外野手の梶山侑孜、決勝で8回に一度はゲームをひっくり返す2ランを放った健大高崎の石田雄星が入った。
だが一方で優勝した智弁和歌山からは、捕手の山田凜虎一人しか選ばれなかった。準決勝で織田から3ランを放ち、決勝でも8回に見送ればボールの変化球に抜群のバットコントロールで合わせ、逆転劇につなげるセンター前ヒットを放ち、大会打率.355を残した二塁手、楠本龍馬も、打率.611の「3番・ライト」の2年生、井本陽太も選から漏れた。またプロが注目している逸材の“落選”も目立った。松井氏が、今大会で選んだドラフト候補「ベスト10」のうち、7人が選ばれなかった。
「どんな基準で選んだのかが伝わってこない。もちろんプロの目から見る基準と台湾でのU18アジア野球選手権大会で勝ちにいく岡田監督(履正社から現在は東洋大姫路監督)の判断基準は違っていて当然。15人がU-18の代表合宿に呼ばれているメンバーなのでそこである程度固まっていたのかもしれない。もしかすると私たちの知らない怪我などがあるのかもしれないので、あくまでも推測の域は出ないが、ただ同じ左腕ならば、故障の影響からか成長の姿が見れなかった沖縄尚学の末吉よりも、完成度が高く先発だけでなくブルペンでも起用のできる聖隷クリストファーの高部を選ぶべきだろう。また二刀流の菰田も怪我が大丈夫なら代表に選ばれてしかるべき選手。勝利ということに基準を置くなら、足があり投手もできて相手の隙をついてディレードタッチアップや三盗を決めてムードメーカーにもなった花巻東の外野手の赤間史弥は入れるべきだったと思う」
松井氏は、特にBIG4のうちの高部と菰田の落選、そして外野の枠に限りがあったとはいえ、打率.357、4盗塁、出塁率.457の成績を残した花巻東の赤間、仙台育英の通算25本塁打を誇る外野手の田山纏のメンバー漏れに疑問を呈した。
センバツで手首を骨折した超大型二刀流の菰田は、山梨大会の1回戦で豪快な一発を放ったものの投手としては、2試合に1イニングずつを投げたただけで、準決勝では、菰田が延長戦に決勝点を奪われ甲子園切符を逃した。まだ万全な状態ではないのかもしれない。
また投手では、大分商の152キロ右腕で二刀流の平田玲翔、社の150キロ右腕の岩井秀耶、3試合で防御率1.71と抜群の安定感を示した有明の左腕、冨岡琥希らも選から漏れた。ただ一方で大砲タイプである花巻東の古城大翔、履正社の辻竜太郎ら大型内野手が選ばれなかったことに対しては松井氏は理解を示した。2人ともに父が元プロ野球選手のサラブレッドだ。
「古城も辻も、パワーとバットスイングスピードを含めて素材的には将来性を感じさせるが、対応力という点では物足りない。今流行のバレルゾーンを意識した打法から一皮むけていく成長は感じられなかった。彼らの一発に期待するよりも、全員で得点を奪い、勝ちにいく野球にシフトするのは当然の選択だったのかもしれない」
各チームの主将が6人も入った。
「U18アジア野球選手権大会」は9月7日から13日まで台湾の台北市で開催され、地元のチャイニーズ・タイペイ、韓国など、8か国によって争われる。まずグループ戦が行われ、日本はフィリピン、香港、スリランカと同組に入った。また8月29日に神宮球場で大学日本代表との壮行試合が行われる。
📝軍隊式はもう古い 智弁和歌山が示した「新しい高校野球」のかたち
https://news.yahoo.co.jp/articles/960fb1059f6302663098b61e1980b291da02d06b?page=1
智弁和歌山の優勝で幕を閉じた今大会は、今後の高校野球における指導を一変させるきっかけになるかもしれない。
智弁和歌山は今回、3年生部員を全員ベンチに入れ、記録員以外の全員をグラウンドでプレーさせた。部員数が少ないから可能だったとはいえ(総部員数40人、なんと半分の部員がベンチ入りだ!)、やはり「教育的配慮」がないとできなかったと思う。
私が注目したのは、仙台育英(宮城)戦で登板した背番号20番の朝来友翔(あさき・ゆうと)選手だ。190センチ97キロという堂々とした体躯で、中学時代からストレートのMAXは140キロ越え、「スーパー中学生」と呼ばれていた。ところが和歌山大会ではベンチ外。この夏、初めての投球が甲子園だった。
「とくにケガをしたというわけではないんですが、練習しても球速も制球力も身につかず、これまで思うようなピッチングができませんでした」(朝来選手)
一度野手に転向してバッティングで試合に出られるようにしようと考えたが、投手への未練が捨てきれなかった。
「それで中谷(仁)監督に『また投手をやりたいです』とお願いしたら、監督が笑いながら『俺には、お前が投げている姿しか想像出来ないんだよ』と受け入れてくれました」(朝来選手)
■「大切にされてると思いました」
登板は大量リードした8回裏。最初の打者に不運なヒットを許すと、次打者にはストレートの四球でお役御免の降板となった。ベンチに戻る際、笑顔の拍手で迎える中谷監督の姿があった。
「試合中は気づかなかったんですが、あとで録画を見直したら監督が拍手してくれてて……とても嬉しかった。大切にされてると思いました。みんなも『(投球内容について)オッケーオッケー』と声をかけてくれました。それから少しでも試合に貢献しようと、攻守交代のときのグラブ渡しとか、バットの整理とかしていました」(朝来選手)
190センチの巨漢がベンチの中をちょこまかと雑用に動き回っている姿を想像すると微笑ましく、「ああ、この子は本当に良い選手なんだな」と思わされる。
「朝来のベンチ入りと登板はチーム全体の誇り。3年生みんながグラウンドの土を踏めて良かったですよ」というのは、塩健一郎部長。
「うちはほんと、ファミリーなんですよ」
智弁和歌山で気になった選手がもうひとり、サードのランナーコーチをしていた背番号16の久米悠二朗選手(2年生)。一塁コーチの松本虎太郎主将とともに、好守交代時に自チームの野手が守りやすいようにグラウンドの土を手でならす姿がSNSで話題になった。
「君の姿、ネットで話題になっているよ。知ってる?」と久米選手に伝えると、「うっすら知ってます」と笑った。
「グラウンドをならすように監督から言われています。過去にイレギュラーヒットで決まった試合があって、やはりグラウンドコンディションも重要なことだから。手でならすのは監督から『イレギュラーしないように気持ち込めてやれ』と言われているから(笑)」(久米選手)
■グラウンドにかがんで地面をならす
グラウンドにかがんで地面をならす姿は、私にはかつて智弁和歌山のグラウンドでそうやってならしていた高嶋仁前監督の姿とかぶる。高嶋さんは授業の休憩時間など合間をみては、グラウンドをならしていた。
「こうやって私が整備しといたら、選手がきたらすぐ練習に入れるやないですか」
高校時代の中谷さんは、廊下の窓からふと高嶋さんのその姿を見て、「俺らはただこの人についていったらええんや」と決意を固めたという。智弁和歌山が野球ではまだ無名で、強豪校に練習試合を断られていた時代の話である。
一方の健大高崎(群馬)も、部屋割りは自分たちで決める、食事・入浴の順番は上級生・下級生関係なし、9時半までの門限までは外出自由という「自由すぎる寮生活」と話題になった。
毎年のように高校野球部の暴力事件がニュースになる。今年も名門校であった。だが軍隊のような規律、暴力をともなった「指導」で人は鍛えられるというのは、もはや過去の妄想でしかない。両校のようにグラウンドでは厳しい練習でも、いったん離れればお互いを尊重し合い、助け合うチームが決勝で好勝負を披露したことは、これからの野球指導について大きな示唆を与えてくれた。