自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」

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紀州レンジャーズ チーム結成以来全成績 175勝187敗35分け 42雨天中止  4新型インフルエンザ発生&流行中止1降雨ノーゲーム(OBチーム1試合)
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お知らせ

編集済
⚾明日の熱闘甲子園組み合わせ(14日目 準決勝)
☆☆☆ 08:00~ 智弁和歌山- 横 浜
  ☆ 10:30~  天 理 -健大 高崎

👣岐阜放送の67歳男性アナが大腸がんで死去、生前最後の仕事は今夏高校野球ラジオ
https://news.yahoo.co.jp/articles/93ce69f12052cad0b18fd2d6857a4a4a5074a64a

岐阜放送のアナウンサー、ラジオパーソナリティーとしても活躍した伊藤伸久さんが17日夜、大腸がんにより67歳で死去した。出演していた「ぎふチャンラジオ」の公式Xが発表した。

番組公式Xは18日夜「ご報告 今日の番組内でもご報告しましたが、番組パーソナリティーである伊藤伸久さんが8月17日夜に亡くなられました。心からお悔やみ申し上げます」と発表し、伊藤さんの写真を複数枚アップした。

伊藤さんは岐阜県各務原市出身。明大卒業後の81年、岐阜放送に入社。7月28日の高校野球岐阜大会決勝のラジオ中継が生前最後の仕事となった。

🎤頭一つ抜けた横浜 それでも智弁和歌山打線は脅威 中村順司PL学園元監督が準決勝占う
https://news.yahoo.co.jp/articles/44788c79b0efb8cbea4836da5653c3d1bf0b2930

これは面白い準決勝になりそうだな…。仙台育英(宮城)の好投手を攻略した智弁和歌山の打力を見て、そんな思いがわいてきた。
4強はいずれも甲子園で優勝経験を持ち、攻守にすぐれた好チーム。その中でも横浜(神奈川)は、頭一つ抜けた存在と見ている。力で勝っているのは、やはり横浜。得失点差23も4強でトップ。亡くなられた渡辺元智元監督に優勝をご報告できるように、と選手たちの士気もいっそう高まっていると思う。

大黒柱の織田君は、186センチの長身から投げ下ろす直球に角度があり、微妙な変化で低めに落ちてくる球もある。ワンバウンドするような球でも、打者は空振りしてしまう。速球は甲子園でも156キロをマークし、非常に攻略しづらい投手だ。ただ智弁和歌山は、和歌山大会で市和歌山の丹羽涼介君、甲子園でも社(兵庫)の岩井秀耶君ら好投手を倒してきた。どの打者を見ても、高校野球で最も理想的な、スキのない、いい構え方をしている。他のチームと比べても別格。並み居る好投手を攻略したのは、この構えから繰り出されるコンパクトなスイングがあればこそ。先発メンバーの半数以上が左打者で、織田君ら横浜投手陣をどう攻めるかが見ものだ。

天理(奈良)は勝ち進むたびに、試合展開が理想的な内容になっている。準々決勝では、好投手をそろえた三重を先制、中押し、ダメ押しと圧倒。4番の金本君の先制弾で、一気にチームが勢いづいた。そういう選手がチームにいるのは、本当に心強いとm思う。長尾君、橋本君ら投手陣も好投を続けている。
対する健大高崎(群馬)は、有明(熊本)との緊迫した準々決勝を勝ちきった。有明の機動力を封じた守りが大きかった。初回に永田君に二盗、三盗を許したが、2回は栄井君の二盗を阻止。5回、6回も二塁走者をけん制でアウトにしたバッテリーの守りを見ても、よく鍛えられているなと思った。

健大高崎といえば、機動力を生かした戦いぶりで全国区になったチーム。足攻を得意にしてきただけに、相手の足攻に対する備えを鍛え上げてきているのだろう。バッテリーの高い守備力が、有明の大きな武器を止めた。

関東の強豪と近畿の名門の対決で、熱戦が期待できる組み合わせになった。個人の話をすれば、佐野日大(栃木)の頑張りで、孫(中村盛汰主将=3年)が校歌を歌う姿を2度も見ることができた。思い出に残る夏の、最後の3試合を楽しみにしたい。

👧まるでドラマ たった一人だったチアリーダーが目指した聖地のアルプススタンド
https://news.yahoo.co.jp/articles/fe439b2ebc221fb8ad40d83f3eb7b3effc56ed78

三重のアルプススタンドには、たった一人で苦境を乗り越えた女性がいた。バトントワリング部・平田菜々部長(3年)。同校のチアリーダーは同部が務めるのが恒例だが、昨年9月に3年生が引退すると、部員は平田さんだけになった。親からも心配され、「すごく心細かった」。不安な日々を乗り越えられた原動力は「甲子園で応援したい」という思いだった。

思いが通じ、同校は春夏連続の甲子園出場を果たした。今春センバツでは助っ人を加えた3人での応援だったが、その姿に憧れた下級生らが入部。この夏は部員10人で聖地に戻ってきた。「本当にうれしい! やめなくてよかった。夢の舞台です」。青空の下で笑顔が光った。

チームは惜しくもベスト8で敗れたが、「ここまで連れてきてくれた選手にありがとうを伝えたい」と感謝。将来はアスリートを支える仕事に就くことを夢見ている。「応援で支えることができたことは、絶対に将来のためになった」。甲子園が、夢を諦めない大切さを教えてくれた。

🔥天理・藤原忠理監督61歳バースデー勝利へ「ピッチャー全員使ってでも勝ち取りたい」
https://news.yahoo.co.jp/articles/18fdd60b646d372051e869c9b4010f8f4ee6ce6c

天理(奈良)は、90年優勝以来36年ぶりの決勝進出を目指す。藤原忠理監督はキーマンに「やっぱり金本。彼が変えてくれると信じてますね」と準々決勝でも先制弾で勢いをつけた頼もしい4番主将・金本相有内野手(3年)に引き続き期待する。勝てば指揮官にとって自身61歳となるバースデー星となる。「ピッチャー全員使ってでも次の1勝は勝ち取りたい」と一戦必勝で臨む。

📝「聖光はレベルが高くて行けない」からのスタートも…「高校で球速15キロアップ」福島の絶対王者を封じた「ソフトボール出身」“背番号17”の正体
https://news.yahoo.co.jp/articles/3455979f2f48da2831094eb40ac06f8833574925?page=1

「福島の王者」相手に…2安打完投
 
東日本国際大昌平の背番号「17」照沼佑崇は、福島大会の準決勝で聖光学院を封じ込めた。この試合で自己最速を更新した148キロのストレートという持ち味に依存せず、スライダー、フォークと変化球を織り交ぜながら丁寧に打たせて取るスタイルが奏功した。王者を相手に許したヒットはわずかに2本。94球での完投劇。相手監督である斎藤智也が脱帽するのもわかる。それだけ照沼のピッチングは冴えていた。福島の絶対王者を封じた立役者が誇る。

「『歴史を変えるぞ』とみんなで話し合って臨んだ試合で、自分勝手なピッチングをしてしまっては聖光さんに勝てないと思っていました。なので、欲を出さず、しっかり変化球をコントロールしながら、速い球を活かせたのがよかったのかなって思います」

最速148キロの剛腕でありながら、照沼はこれまで無名の存在だった。球歴を紐解いても取り立てて目立った実績もない。

白球との出会いは…まさかのソフトボール!?
 
いわき市で育った少年の白球との出会いは、野球ではなくソフトボールだった。地元の泉スポーツ少年団でキャリアをスタートさせ、中学では地元硬式チームのいわきシニアに入団するも、右ひじを故障し半年で退団。泉中の軟式野球部でプレーした。エリートではない、昔ながらの球歴をたどる少年は、福島で野球する者の多くがそうであるように最初は「聖光学院で野球をしたい」と、ささやかな願望があった。しかし、100人以上もの部員がしのぎを削る強豪で成り上がる姿が想像できなかったという。

「やっぱり、聖光さんはレベルが高くて行けないだろうってなって。そこから『他の高校に行って倒したい』という気持ちになって、地元の昌平に行くことになりました」

高校に入学当時の照沼の最速は132キロだった。そこから、初めてベンチ入りした1年生の秋に136キロ、2年生の秋には140キロと、段階的に球速を上げられていった背景に、計画的なウエートトレーニングがあった。体幹をはじめとするインナーマッスルや下半身を中心に、定期的に鍛える部位を変えていく。筋肉の成長はすぐに実感を得られないが、照沼は焦らずに自分と向き合った。

「ウエートって成果が出るのが2カ月くらいなんで、そこを目指して一つずつ目的意識を持って鍛えていきましたね」

ストレートの速さや体の大きさといった、目に見える形での成長は感じられていく。だが、ピッチングの成熟は程遠かった。照沼には「ダメだった自分」を刻む試合がある。2年秋の県大会である。日大東北との初戦で2番手としてマウンドに上がったが、リードを守り切れず5回2/3を投げ7失点。敗因の一端を招いてしまった。当時のピッチングについて、照沼は自戒するようにこう振り返っている。

「気負ってしまったのが一番なんですけど、ストレートを打たれて点を取られてしまっても、そこに頼ってしまった自分がいました」

敗戦を糧にシーズンオフの期間も継続的にウエートトレーニングに励み、3年の4月には球速が147キロまでアップした。変化球は空振りが奪えるほど切れ味が鋭いわけではなかったが、持ち味のストレートを活かす術として有効活用できるようになった。

身長は173センチと小柄ながら、体重は77キロと重厚感のある体を手に入れた右腕は、コントロールにも安定感が生まれた。左足を上げてから踏み出すまでの並進運動の際、力むのではなくスムーズな重心移動を心掛ける。春の実戦を通じてフォームを形作っていけたことが、夏に生きたのである。これら照沼の歩みが結実した試合こそが、聖光学院戦だったのだ。

2回に自己最速の148キロもマーク
 
2回に自己最速を更新する148キロをマークしたことからもわかるように、2点を取られた4回まではストレート主体だった。その生命線を「狙われている」と察知した5回以降は変化球中心のピッチングに切り替え、聖光学院の手練れたちに的を絞らせなかった。春の東北をも制した打線を相手に、わずか94球で抑えられたのも、秋にはなかったマネジメント能力が備わったからでもあった。

「ピッチャーの自分だけが守っているわけじゃないんで。野手のみんなが『うしろには俺たちがいるぞ』って言ってくれているし、そこを頼れて投げられたのが一番だと思います」

チームで勝ち取った“金星”。グラウンドで仲間たちにもみくちゃにされながら、照沼は涙を流していた。中1日で臨んだ学法石川との決勝戦。準決勝の疲労が残っていたこともあり、先発ながら3回2失点で降板となった。照沼は「悪いなりにもっと抑えられる方法があった」と悔やんだが、その一方で「見えざる要素」とも戦っていることにも気づいていた。

「自分に対する周りの基準が高くなったというか、『求められているんじゃないか? 』みたいなものは感じるようになりましたね」

もう、照沼はノーマークの存在ではない。聖光学院を抑え、甲子園に出る「最速148キロ右腕」――そのように全国から注視されるピッチャーになりつつあるのだ。

甲子園ではエースナンバーを背に…

夏の好投を評価され、東日本国際大昌平にとって初となる甲子園で背番号「1」を託されたエースは、怖気ずくことなく言ってのける。

「期待もされるし、警戒もされると思いますけど、そのなかで上を行けるピッチングをできるように、しっかり調整したいですね」

8月8日、大会4日目の白樺学園との第2試合。名門・聖光学院を退けた噂の右腕が、全国の舞台でベールを脱ぐ。

☟甲子園の誹謗中傷対策に潜む矛盾。「怪物」「○○王子」と高校生を“スター化”する大人たちの責任
https://news.yahoo.co.jp/articles/669099446ce2549f9dbe4c654590eaa11eadde34

8月22日に閉幕する全国高等学校野球選手権大会では、日本高校野球連盟と朝日新聞社により、インターネット上の誹謗中傷を把握するモニタリングが初めて実施された。対象はXやヤフーニュースのコメント欄。投稿が確認された場合、プラットフォームへの削除要請が行われた。
ジャーナリストの森田浩之氏は、選手への誹謗中傷対策は必要だとしたうえで、甲子園を巨大な人気コンテンツに仕立て、高校生をスターとして消費してきた主催者やメディア側にも責任があるとみる。

10代の高校生にプロ並みの注目

甲子園で続いた熱戦の裏側で、もう一つの戦いが繰り広げられていた。舞台はグラウンドではなく、SNSだ。

今大会では、選手や審判に対するネット上の誹謗中傷について、投稿の削除要請などの対策が実施されている。すでに今春のセンバツで、一足早く本格的なモニタリングを導入。AIを活用したシステムでネットを24時間監視したところ、13日間の大会期間中に問題のある投稿が1096件見つかり、そのうち713件について削除を要請した。出場校や選手を「ザコ」「カス」などとする「侮辱型」が7割以上を占めたという。

いまやSNSでの誹謗中傷は、ほとんどのスポーツで問題になっている。だが高校野球には、ほかの競技とは少し違う問題がある。甲子園でプレーするのは、まだ10代の高校生だ。それなのに、プロ選手にも負けない注目を浴びる。テレビは選手の表情をアップで映し、新聞は彼らの一言一言を伝える。「怪物」「○○王子」といった呼び名が生まれ、家族や生い立ちまでが物語になる。甲子園が巨大な人気イベントになったのは、メディアが高校生をただの部活動の選手としてではなく、ドラマの主人公として見せてきたからだ。

問われる“高校生のスター化”

ここに、甲子園が長年抱えてきた矛盾がある。日本高野連は高校野球を、学校教育の一環と位置づけている。選手はあくまで生徒であり、勝利や興行を第一とするプロとは違うという。ところが大会が始まれば、試合は全国中継され、物語がつくられ、スターが製造され、全国的な注目を集める。テレビと新聞だけの時代には、この矛盾はさほど表面化しなかった。だがSNSの普及によって、観客までが選手を評価し、物語る側に回った。

もちろん、「ザコ」「カス」などと書き込むことは決して正当化されない。さらにここで押さえておきたいのは、甲子園を人気コンテンツに仕立て上げたのは主催者とメディアだということだ。高校生への過剰な注目を生産するシステムをつくっておきながら、その結果としてネット上に噴き出した悪意だけを取り除こうというのでは、問題の半分しか見ていない。

甲子園が高校生をスターにする装置であり続ける以上、SNSでの誹謗中傷をその装置の外側で起きた問題と片付けることはできない。高校生を誹謗中傷から守りたいのなら、まず大人の側が、彼らをどこまでスターとして消費していいのかを考えるべき時だ。

📝「イジメとかは絶対に許さない」と言い続けた日大三高・前監督が突きつけられた時代の変化と”知識不足”「自分がちゃんと指導できていたら…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/fc52a4f8d139c1594bc043aeff770077e63c29a1?page=1

昨年、夏の甲子園準優勝を果たすも、今年2月、野球部員が女子生徒に不適切な動画を送らせたとして書類送検されるという不祥事に揺れた日大三高。対外試合禁止処分を受けたあと、今年はノーシードで西東京大会に臨んだものの、準決勝で敗退した。1997年から同部を率いた小倉全由氏は、3年前に監督を退き、事件に関わった生徒を直接は指導してはいないが、深い落胆と責任を感じているという。不祥事をどのように受け止めているのか。保護者説明会でも謝罪したという小倉氏に話を聞いた。

「イジメとかは絶対に許さない」

――日大三高は2025年8月に全国準優勝を遂げたあと、翌年2月に野球部内の不祥事(わいせつ動画拡散問題)が発覚しました。小倉さんは2023年に監督を退任されていますが、すぐに学校へ足を運ばれたそうですね。

小倉 ニュースを見て、「とんでもないことが起きてしまった」と思い駆けつけました。長くこの部に関わってきた者として、被害に遭われた方がいるという事実を重く受け止めています。

――監督の三木(有造)さんはどんな様子だったのですか? 

小倉 職員室へ行ったら、自分の席で小さくなって座っていました。目の周りに真っ黒なクマを作って。なかなか眠れなかったんでしょうね。周りの先生方も、どう声をかけていいかわかんない感じで。授業で教室へ行っても、針のむしろだったそうです。生徒たちが、みんな嫌な目で自分のことを見ているみたいで。中には「元気だしてくださいよ」って言ってくれる生徒もいたみたいですけど。

――小倉さん自身、3年前に監督を退いているとはいえ、この事件のことを聞いたときは相当ショックだったのではないですか。

小倉 「うちの選手に限って……」って思いがいちばん強かったですね。自分は監督時代から「イジメとかは絶対に許さない、大嫌いだ」ってずっと言い続けてきたんです。他校の暴力事件とかが新聞に載るたびに、朝のミーティングで部員たちに見せて「まだこんなバカなことをやってる学校があるぞ」って言っていましたし。三木に監督を譲ってからも、その精神は引き継がれていたと思います。だけど、今回の事件は、そういうこととはまた違った。責任逃れをするつもりはさらさらないんですけど、自分たちが時代の変化についていけてなかったんだろうなということを痛感しましたね。

――「時代の変化」とは、具体的にどういうことですか。

小倉 携帯の使い方ですよね。高校生が携帯を持っていたら、どんなことをしたくなるのか、どんなことができるのかという想像力が足りていませんでした。言い訳がましく聞こえるかもしれませんが、自分のイメージの中にある性の問題とは次元が違いました。昔、よく言っていたんですよ。「お前らが部屋で隠れてエロ本を見てるのはわかってる。それはいいんだよ、男なんだから。でもな、学校に行くときにそれをベッドの上に出しっぱなしで行ったら俺は絶対に許さない」って。それは、集団生活のマナーじゃないですか。自分も、布団の下のエロ本を探し出してまで、叱りつけるようなことはしませんでした。でも、今回の事件は、もはやそういう時代ではないということを突きつけられた感じがします。子供たちを守るためには、こちら側が知識を持たないとダメなんですね。ただ「おまえらを信用しているからな」という言葉だけじゃ何の防御にもならない。

携帯電話は禁止していた

――ネット社会は、いとも簡単に犯罪に結びついてしまう気がしますよね。

小倉 画面の向こうから無限に情報が流れ込んでくるわけですからね。しかも、それをボタンひとつで、世界中に拡散できる。あまりに手軽なものだから、子どもたちも実はそれが法律に触れる犯罪で人生がひっくり返るような大ごとになるかなんてわかっていない。もちろん、自分たちもその実態や怖さを把握できていなかった。

――日大三高の野球部は、携帯電話は禁止していなかったわけですね。

小倉 いや、禁止していたんですよ。だけど、学校が授業用に全員にタブレット端末を支給しているんです。夜、自室でそれを開けば、なんでもできちゃうわけです。そこまでの制限はしていなかった。そこは学校が悪いわけじゃなくて、こちら側のミスです。自分が監督のときも隠れて携帯を持ってるやつはいたんです。そのときにスマホの怖さについて自分がちゃんと指導できていたら、こんなことにはならなかったと思うんです。

「これは家庭の問題でもある」

――事件が発覚した後、保護者説明会が開かれ、小倉さんも頭を下げたと聞きました。

小倉 自分が悪かったと、保護者の前で謝罪しました。責められることは覚悟していました。でもね、会が終わったら、お母さんたちが「私たちが頭を下げなきゃいけないことでもあるんです」って涙を流しながら言ってくれてね。

――保護者の方々は自分たちにも責任はあるんだ、と。

小倉 保護者会の幹部の方が、皆の前で言ってくれたらしいんです。「野球部に預けたからといって、学校側に全部問題があるわけではない。これは家庭の問題でもある」って。その言葉を聞いて、三木は楽になったそうです。日大三高は、ほんと、温かい親御さんたちに恵まれていると思うんです。それだけにこんなことになってしまって申し訳ないという思いが強いですよね。

おふくろの教え

――何かが起きたとき、保護者も指導者も互いに「こちらにも責任はある」と思える関係性を築いておくことは難しいんでしょうけど大事ですよね。

小倉 自分は最初の保護者会で、必ずする話があったんです。自分は20歳のときに父親を交通事故で亡くしているんです。センターラインを越えて走ってきた若い運転手の車と正面衝突して。お通夜の日に、その親が線香を上げに来たもんだから、自分ら男の3人兄弟なんですけど、みんなで「せがれ呼んでこい!」って。自分も相当、乱暴なセリフを言っちゃったんです。そうしたら、おふくろが怒ってね。「線上げに来てくれた人になんてことを言うんだ。もし反対の立場だったら、私が線香を上げに行かなきゃならなかったんだよ」って。そう言われたら、自分も兄貴たちも何も言えなくなっちゃって。自分はそういう母親に育ててもらったことを誇りに思っていると話すんです。人を許す心を教えてもらったんだ、と。だから、先輩後輩で嫌なことがあったりしたときも、やられた方の保護者は一方的に相手を責めるんじゃなくて、少しでもいいから、うちの子どもにも悪いところがあったんじゃないかって考えてみませんか、って。「うちの子どもも悪かったんです」と言えれば、問題はそうそう起きないと思うんですよ。そうやって、みんなで一緒になって子どもたちを育てていきましょうよって言っていたんです。

日常生活からの見直し

――ただ、今回の事件は、その範疇を超えてしまった、という印象があります。

小倉 警察の方に「ネットのこういう問題はエスカレートすると、子どもを追い込んでしまう。だから、絶対にあっちゃいけないんです」と言われました。ネットがからむと、もう学校の生活指導だけで何とかできるものではなくなってしまう。事件に関わった部員は処分を受け、部としても3カ月間の対外試合禁止処分を受けました。ただ、被害に遭われた方が受けた苦痛を思えば、私たちの側が簡単に区切りをつけてよいことではないと思っています。三木からは、合宿所に教頭先生にも泊まってもらうなど、日常生活から見直していると聞いています。今回のことを深く反省し、二度と同じようなことを起こさないために何が必要なのか、我々も考え続けていかなければいけません。

               《続く》
2026/08/19(水) 23時25分37秒 No.2578 編集 削除