自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
⚾今日の熱闘甲子園試合結果(3回戦)
11日目第1試合 天理(奈良)-高川学園(山口) 8:02~10:26
一二三四五六七八九十計HE
天 理000004020 6113
高川学園100110000 352
11日目第2試合 智弁和歌山(和歌山)-敦賀気比(福井) 11:07~13:45
一二三四五六七八九十11121314151617181920計HE
和 智 弁00000002005 790
敦賀気比00002000001 372
11日目第3試合 三重(三重)-履正社(大阪) 14:17~16:12
一二三四五六七八九十計HE
履 正 社000000200 290
三 重32000000X 5110
11日目第4試合 仙台育英(宮城)-拓大紅陵(千葉) 16:48~20:05 17:45点灯 4回表から 中断37分
一二三四五六七八九十計HE
仙台育英310010100 6131
拓大紅陵010002000 3101
⚾今日の和歌山大会新人戦試合結果(初日 1・2回戦)
紀三井寺球場・・・和歌山東5-3日高中津・田 辺4x-3和 高 専・海 南18-1箕 島(5回)
上富田球場・・・・高 野 山7x-0有笠貴志(7回)・近大新宮10-1南 陵(7回)・耐 久11-1南部龍神(5回)
⚾明日の熱闘甲子園組み合わせ(12日目 3回戦)
08:00~ 佐野 日大-健大 高崎
10:30~ 有 明 -東日大昌平
13:00~ 英 明 -花 巻 東
15:30~ 霞 ヶ 浦- 横 浜
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(2日目 2回戦)
紀三井寺球場
09:00~ 日 高 - 新 宮
☆ 11:30~ 星 林 - 向 陽
14:00~ 和歌 山北- 橋 本
上富田球場
09:00~ 神 島 -初芝 橋本
11:30~ 紀 北 工-田 辺 工
☆ 14:00~ 紀 央 館-和歌 山工
マツゲン有田球場
10:00~ 那 賀 - 粉 河
12:30~ 桐 蔭 -和歌 山商
📝逆転呼んだ智弁和歌山・川原の積極性 終盤に好機あり 高嶋仁の目
https://news.yahoo.co.jp/articles/9dbb167b10e0c8cf2bed353d046060d9552fd530
(15日、第108回全国高校野球選手権大会3回戦 智弁和歌山7―3敦賀気比)
監督をしていたころ、「うちは七回から点を取るぞ」と選手によく言っていました。終盤にも必ずチャンスはあります。3イニングあれば5点差まではかえせるとも思ってやっていましたよ。
敦賀気比(福井)との3回戦は、序盤から智弁和歌山らしくない攻撃でした。引っ張りにかかってミートできない。追い込まれては凡打を打たされていました。
結果は逆転勝ちでした。7番打者の川原一将選手(3年)につきます。八回2死二、三塁で中堅方向に打ち返す意識から左中間に同点の2点二塁打。延長十一回タイブレークでも勝ち越し打を放ちました。
逆転するには何が必要か――。それは積極性しかないと思います。川原選手は八回に初球を、十一回は1ボール1ストライクからの3球目を打ちました。長打力のある選手には「引っ張るんだったらスタンドに放り込んでこい! そのために練習してきたんだろ」と励ましたものです。
この試合は和歌山大会でも登板がなかった左腕の米原佑真投手(2年)が先発しました。五回途中まで投げて2失点でしたが、制球よく投げました。
理想は、実際とは逆に2―0でリードして、支えてあげたかった。そのために打線は早くから、狙い球を絞って全員で相手投手に向かっていくような工夫が必要です。
☝智弁和歌山 タイブレークにバントシフト成功で勝利に 延長戦の歴代最多勝利更新
https://news.yahoo.co.jp/articles/dd5f1cfc42066ea796ccab37c93f1b97c1f92c43
智弁和歌山は10回裏の守備が効いた。タイブレークの無死一、二塁、久葉が初球を投げ込む直前に一塁手と三塁手がチャージした。「ブルドック」とも呼ばれるバントシフト。狙い通りバントさせると、三塁手黒川が捕球し、ベースカバーの遊撃手に送球。二塁走者を三塁でアウトにした。このプレーが功を奏し、後続も抑え無失点。11回の5得点につながった。
今回はヒッティングの構えからバントへの切り替えだったが、そのまま打たれると、一、二塁間と三遊間が広く空いている状態。二塁走者を刺せても一塁走者が三塁まで進む可能性もあり、リスクも背負う賭けだった。黒川は「もしバスターやバットを引いてきたらその場で止まって、あとはもう対応っていう感じ。勝負かけてるのでしゃあないなって」。2年前の夏、霞ケ浦(茨城)に延長タイブレークの末敗退してから、勝ち切るために選手の側から練習に組み込むことを提案して実戦を積んできた。初戦の前日練習でも確認しており、大一番で生きた。
◆智弁和歌山が延長戦13勝目 智弁和歌山の甲子園タイブレークは19年夏1-4星稜(延長14回)、24年夏4-5霞ケ浦(延長11回)と連敗していたが、3度目で勝利。延長戦は春夏通算13勝4敗とし、歴代最多勝利を更新した(2位は中京大中京の11勝)。
✌阪神園芸登場に拍手と歓声「神業が見れる」「もはや芸術的」ネットも沸騰…仙台育英3点リードの4回に雨天中断
https://news.yahoo.co.jp/articles/5932e36138a57b3b1d5ebb8868c9ea32b8579856
3年ぶりの8強入りを目指す仙台育英(宮城)が初回に3点を奪い、序盤からリードする展開となった。4回表2死一塁、4-1でリードする仙台育英の攻撃中、雨が強まり試合が一時中断。そこで登場した阪神園芸の統率の取れたシート敷きにスタンドからは大きな拍手が沸き起こった。
SNSでは「中断になると大丈夫かなって思うのと同時に阪神園芸さんの神業が見れるたのしみもある」「阪神園芸さん手際良すぎて気持ちいい」「もはや芸術的」などの絶賛の声が続出。試合が中断するなり、阪神園芸のタオルを掲げる観客も多く、Xでもトレンド4位に入るなど盛り上がりを見せた。
阪神園芸に拓大紅陵ナインが会釈をする様子に感動する声も上がり、雨が小康状態となってスムーズなシートの巻き取りが始まると、再び大きな拍手に包まれた。
📝2026年夏の甲子園 監督突撃インタビュー
霞ケ浦“春高バレー指揮官”高橋監督「今から他競技でも県ベスト8は狙えます。部活動の指導は組織づくり」
高橋祐二(霞ケ浦/茨城/67歳)
きょう14日の2回戦で鳴門渦潮(徳島)と対戦する霞ケ浦。9日の初戦では中京(岐阜)を6-3で破り、2024年夏の智弁和歌山戦に続く甲子園2勝目を挙げた。高橋監督は霞ケ浦で4番・投手を務め、日体大では外野手としてプレー。1982年に保健体育教諭として母校へ戻ったが、最初に任されたのは男子バレーボール部。競技経験がない中で19年間指導し、01年に春高バレーへ導いた直後、野球部の立て直しを命じられた。それから25年。夏の甲子園出場は4度を数え、教え子からは9人のプロ野球選手が誕生した。現在は代表業務執行理事を務める異色の指揮官に、投手育成と組織づくり、部活動によって変貌した学校の歩みを聞いた。
──霞ケ浦には毎年のように好投手がいます。スカウティングに力を入れているのですか。
「いや、むしろ他の私立高校に比べても弱いと思います。スタッフが私を含めて4人しかおらず、AチームとBチームに2人ずつ分かれているため、土日は自分たちの大会や練習試合で手いっぱい。中学生を見に行く機会は、なかなかありません。もちろん、コーチが『この子はいい』と見つけて声をかけることはありますが、集めているというより、向こうから来てくれるという感覚です。綾部翔(元DeNA)、根本薫(元オリックス)、遠藤淳志(広島)とプロ入りする投手が続き、インターネットやSNSで『霞ケ浦は投手が育つ』と広まった。有名校から誘われていても、『霞ケ浦で投手をやりたい』と言って、ウチを選んでくれる選手もいるんです」
──入学後はどのように投手を伸ばしているのですか。
「中心となるのは、30メートルの立ち投げです。通常の投球と同じフォームで、低い軌道を保ちながら長い距離を投げる。体重移動や下半身、股関節をうまく使えなければ、途中で球が垂れてしまうので、自然と体全体の使い方が身につきます。そうすると球筋やスピンが良くなり、初速と終速の差も小さくなる。30メートルでしっかり投げられるようになれば、マウンドからの18.44メートルが楽になり、制球力も上がります」
──実際、どのくらい伸びるのですか。
「球速で言うと、卒業までに15~20キロは上がります。もっとも、最初から130キロの選手だと上がり幅は少なくなりますが、目立たなかった投手もある程度のレベルまで成長できるのが、ウチの強みだと思っています」
──もともと野球部の指導を希望していたのに、なぜ男子バレーを19年間も続けたのですか。
「母校に戻った時は野球部の指導者が埋まっていたため、バレー部へ回りました。1年目はコーチで、練習試合中に眠ってしまうこともあった(笑)。ただ、2年目になる時に、『本気でやってくれ』と言われ、どうせなら中途半端ではいけないと、覚悟を決めて監督を引き受けました。30歳になる頃には野球部へ移る話もありましたが、全国を狙えるチームになっていたので、今バレーをやめるわけにはいかないと断った。そうして念願の春高バレーにも出場できました」
──未経験のバレーで全国大会、野球でも甲子園。競技が違っても、強いチームをつくれる理由は。
「学校へ行くのが嫌で嫌で仕方がなかった(笑)」
「部活動の指導は組織づくりです。個人スポーツではありませんから。一番肝心なのは、組織として人間づくりをしていくこと。人間教育をしながら組織をつくり、練習をきちんとやれば、今から他の部活を任されても、県ベスト8くらいまでならチームをつくれると思っています。技術指導については、私はバレーができなかったので、勉強しましたし、いろいろな先生に教えていただきました。言ってしまえば“模倣のバレー”です。でも、野球だって“模倣の野球”ですよ。優れた指導者から学び、自分のチームに取り入れられるものは取り入れ、『これは違うな』と思えば入れない。それを繰り返してきました」
──「人間づくり」は、学校そのものも変えた?
「そうですね。僕が生徒だった頃とはまったく違います。当時の生徒は、ヤンチャどころじゃなかった。私は高校受験に失敗し、2次試験で入学したのですが、学校へ行くのが嫌で嫌で仕方がなかった(笑)。その後、いろいろな先生が各部活動を頑張り、周囲からの評価を少しずつ高めてきました。霞ケ浦の学校教育は、部活動を抜きにしては考えられません。さらに共学化し、勉強と部活動の両方を伸ばして、昔とはまったく別の学校になりました」
──-現在は代表業務執行理事。甲子園出場で、ご自身の待遇も変わりましたか。
「人との縁で引き上げていただいただけです。甲子園に出ても私個人に特別なボーナスはありません。その代わり、室内練習場を整えてもらうなど、バックアップを強めていただきました。第2寮を造ってもらったことで、野球部が第2寮へ移り、空いた寮にサッカー部が入るなど、他の部活の発展にもつながっています。高校生だった自分に今の霞ケ浦を見せたらビックリするはずです(笑)」
☟《アルプススタンドの生徒に「炎天下で2時間」を強制》高校野球応援を「原則参加」とする学校行事の危うさ「制度設計に危険が伴う」
https://news.yahoo.co.jp/articles/cb95d6be3003ecebf7294d080624bf54e5fc8dd8?page=1
夏の風物詩として親しまれる高校野球。生徒が学校行事として応援に参加するケースもある一方、そのあり方を疑問視する声も上がっている。2022年には、香川県の高校生の相談をきっかけに、「高校野球の強制応援撤廃」を求める署名活動も行われた。
署名活動はオンライン署名サイト「change.org」を中心に行われたが、そこには16歳高校生の声として、こう綴られている。そこには、16歳の高校生の声としてこう綴られている。
〈香川県立〇〇高校では高校1年は野球応援が強制。それもお金は各自の自腹。証拠のURL(年間行事予定表)の7月には野球応援練習(1年)とある。なぜ強制かつお金は自腹なのか? 私は野球に興味関心はない〉
果たして高校野球応援は学校行事として、どこまで"強制"されているのか。その実態とは──。【前後編の前編】
参加して当たり前、いわば「原則参加」
2024年、香川県は市民から寄せられた「高校野球の応援の強制について」という意見に回答している。
「熱中症警戒アラートが続く中でも応援を強制している」との指摘に対し、県教委は、当該校が野球応援を「遠足などと同様、学年全体で参加することを原則とする学校行事」と位置づけていると説明。編集部が問い合わせたところ、2026年7月現在も、その原則に変更はないと回答した。
香川県以外でも、高校によっては、野球応援を「学校行事」として位置づけるケースもある。その場合、生徒は参加しなければならないのだろうか。学校問題に詳しく『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)等の著書を持つ名古屋大学教授の内田良氏は、学校行事の位置づけについてこう説明する。
「学校行事は、国語や数学などの"教科"と同じで、『参加する』という点では位置づけは同じです。参加して当たり前で、いわば『原則参加』です。自由参加ではありません。自分の気持ち次第で行かないという事態は想定されておらず、『好き嫌いにかかわらず、来てください』というものです。ただし、数学の授業を欠席するのと同じように、健康上の理由などで休むことはできます」
この「学校行事」が夏休み期間中か学期中かで見方は変わるという。「学習指導要領上の位置づけとして」と前置きして、内田氏は続ける。
「通常、夏休みに"教科"が設定されることはありません。どうしても国語をやりたい場合には、"補習"という形で行います。ただし、"補習"は正規の活動ではないので、原理的には参加は自由です。
『学校行事』を夏休み中に設定する例はあまりないものの、学校として本気でそれに取り組むのであれば、学校行事として設定することは可能です。その場合は基本的に生徒は参加する前提になります」これらは私立、公立問わず同じであるという。なお、7月の夏休み前に学校行事として「野球応援」を設けるケースもあるが、「その場合も、学校行事として実施されれば、基本は参加してくださいという前提です」。
「炎天下に2時間いろ」と強制する学校行事
一方で内田氏は、「そもそも炎天下での応援に参加させること自体」が問われるべきだと指摘する。
「最近でこそ甲子園大会で選手の熱中症対策は進んでいますが、アルプススタンドの観客は自分でなんとかするしかありません。地方大会になると選手も応援団も、さらに過酷な状況に置かれていることでしょう。学校行事に設定するということは、生徒に対して、『炎天下に2時間いろ』と強制することになります。これは、どんな教育的意義があるとしても危うい。せめて自主的な参加にするというのが、この炎天下ではもっとも適当ではないかと思います。参加が前提の学校行事としてしまうことは、制度設計に危険が伴います」
2026年、年々夏の厳しさが増す現状を受けて、気象庁が予報用語として新たに「酷暑日」を追加した。炎天下での応援の過酷さは想像するにあまりある。しかしそれも昔は違ったはずだ。行事としての高校野球応援は一体いつからはじまり、なぜ現代まで続いてきたのだろうか。
(後編につづく)
☟《なぜ高校野球だけが「特別」なのか》応援制度を支えるのは学校現場が実感する“教育的効果”と“最近の変化”「応援のお返しに野球部が吹奏楽部定期演奏会へ」
https://www.news-postseven.com/archives/20260814_2125219.html?DETAIL&utm_source=news.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&utm_campaign=related_link
連続で点を取ると本当につらい。席を走り回って踊る
2026年7月、学校行事として行われた野球応援に参加した、ある私立高校の生徒がこう話す。同校では、学校公式サイトの年間行事に「野球応援」が記載されている。
「午前10時に現地集合と連絡がありましたが、解散時間は知らされませんでした。友人と『3時間くらいかな』と話して、持ち物にお弁当の記載もなかったので持って行かなかった。結局、午後2時ごろまで何も食べられず、すごくおなかが空きました。でも、暑いのが一番しんどい。点が入るとメガホンを持って席を走り回る踊りがあるので、連続で点を取ると本当につらい。楽しいとかないです。試合もあまりわからないので、みんなが立ち上がったら立ってました」
生徒への連絡は、学習支援サービス「Classi(クラッシー)」を通じて行われ、応援Tシャツや帽子が配布された。当日は学校行事として実施され、教科と同様に出欠がとられた。
「全校応援のほかに希望者だけの自主応援もありますが、参加人数は全体の10分の1くらい。参加して成績が上がるわけじゃないし、メリットないです」
なぜ高校野球は「特別な存在」になったのか
数ある部活動の中で、なぜ野球部だけが学校を上げて応援される存在になったのか。『文化系のための野球入門』(光文社新書)の著者・中野慧氏は、「メディアの影響が大きい」と話す。
「1915年、朝日新聞が現在の『全国高校野球選手権大会』の前身となる全国大会を創設すると、新聞報道を通じて全国へ広まり、1927年からはラジオ中継も始まりました。以降100年も中高生の部活をコンテンツ化し続けているのは、ほかに例がありません。
対象が高校生になったのは単純で、全国大会を開催できるほど競技人口があった学生スポーツは当時、中等学校野球だけだったからです。中等学校とは、戦前の学校制度の呼び名で、現在の中学生、高校生にあたる年代を対象にした教育機関です。高校野球の応援を学校全体で行い始めた時期は明確にはわかりませんが、大学野球では1890年代から行われていたという記録があります」
「教育効果」が応援制度を支えてきた
野球応援を学校行事として位置付けるには、「教育の目的を設定し、その目的に沿った活動として位置付ける必要がある」と、名古屋大学大学院教授で『ブラック部活動』(東洋館出版社)等の著作を持つ内田良氏は話す。
「例えば、生徒同士の協働や一体感、主体性などを育むことが教育目標として設定されます」
実際、中野氏は、その教育効果を現場で実感してきた学校現場が、応援制度を支えてきたと分析する。
「先生方は、学校生活に前向きになれない生徒のことを気にかけています。全校応援はその点で非常に“効果”が高いとされています。あいさつをするようになった、教科に意欲的に取り組むようになった、という実感を現場は持っている。また保護者も、同じように感じているといいます。そういった教育的効果を、『愛校心が高まった』といいます」
一方で、野球部だけが応援の対象となる制度に不満を持つ生徒もいる。SNSでは、かつて応援に参加した生徒たちが、当時の本音を語る投稿も目立つ。
「批判的にとらえ、声を上げることは重要です。そうした声を受けて、現場レベルで変わっている部分もある。たとえば、『吹奏楽部は野球部の応援で重要な役割を担っているのに、野球部は吹奏楽部の応援になかなか来ない』ということが、2000年代後半からSNSで指摘されるようになりました。現在は、野球部が吹奏楽部の定期演奏会へ行くケースもあるといいます。批判の声が可視化されたからこそ、学校側や生徒の間での意識もアップデートされています」
転換点にある高校野球応援
高校野球をめぐる応援制度は、今後どうなっていくのか。
「転換点に来ていますが、今後も続いていくでしょう。マスコミ側は、『チアリーダーもがんばってる』『吹奏楽部もがんばってる』『応援席の子たちもがんばってる』といわんばかりにフォーカスを当てていますが、根本となる価値観自体があまり問われていない。ただ、地域ぐるみで高校野球を支える文化が根付いている地域もあります。鹿児島県・奄美大島にある大島高校野球部は、島をあげて応援されています。応援が島のアイデンティティーとなり、地域の活力にもなっている。そういった価値も認めつつ、この応援文化について、野球部以外の生徒や市民が気軽に意見できることが大切なんです。それが、高野連やマスコミ、学校や指導者の意識を変えるきっかけになります」
価値観や気候の変化により、行事としての高校野球応援には弊害も生まれている。一方で、昔から変わらぬ“良い側面”があることも確かなようだ。
11日目第1試合 天理(奈良)-高川学園(山口) 8:02~10:26
一二三四五六七八九十計HE
天 理000004020 6113
高川学園100110000 352
11日目第2試合 智弁和歌山(和歌山)-敦賀気比(福井) 11:07~13:45
一二三四五六七八九十11121314151617181920計HE
和 智 弁00000002005 790
敦賀気比00002000001 372
11日目第3試合 三重(三重)-履正社(大阪) 14:17~16:12
一二三四五六七八九十計HE
履 正 社000000200 290
三 重32000000X 5110
11日目第4試合 仙台育英(宮城)-拓大紅陵(千葉) 16:48~20:05 17:45点灯 4回表から 中断37分
一二三四五六七八九十計HE
仙台育英310010100 6131
拓大紅陵010002000 3101
⚾今日の和歌山大会新人戦試合結果(初日 1・2回戦)
紀三井寺球場・・・和歌山東5-3日高中津・田 辺4x-3和 高 専・海 南18-1箕 島(5回)
上富田球場・・・・高 野 山7x-0有笠貴志(7回)・近大新宮10-1南 陵(7回)・耐 久11-1南部龍神(5回)
⚾明日の熱闘甲子園組み合わせ(12日目 3回戦)
08:00~ 佐野 日大-健大 高崎
10:30~ 有 明 -東日大昌平
13:00~ 英 明 -花 巻 東
15:30~ 霞 ヶ 浦- 横 浜
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(2日目 2回戦)
紀三井寺球場
09:00~ 日 高 - 新 宮
☆ 11:30~ 星 林 - 向 陽
14:00~ 和歌 山北- 橋 本
上富田球場
09:00~ 神 島 -初芝 橋本
11:30~ 紀 北 工-田 辺 工
☆ 14:00~ 紀 央 館-和歌 山工
マツゲン有田球場
10:00~ 那 賀 - 粉 河
12:30~ 桐 蔭 -和歌 山商
📝逆転呼んだ智弁和歌山・川原の積極性 終盤に好機あり 高嶋仁の目
https://news.yahoo.co.jp/articles/9dbb167b10e0c8cf2bed353d046060d9552fd530
(15日、第108回全国高校野球選手権大会3回戦 智弁和歌山7―3敦賀気比)
監督をしていたころ、「うちは七回から点を取るぞ」と選手によく言っていました。終盤にも必ずチャンスはあります。3イニングあれば5点差まではかえせるとも思ってやっていましたよ。
敦賀気比(福井)との3回戦は、序盤から智弁和歌山らしくない攻撃でした。引っ張りにかかってミートできない。追い込まれては凡打を打たされていました。
結果は逆転勝ちでした。7番打者の川原一将選手(3年)につきます。八回2死二、三塁で中堅方向に打ち返す意識から左中間に同点の2点二塁打。延長十一回タイブレークでも勝ち越し打を放ちました。
逆転するには何が必要か――。それは積極性しかないと思います。川原選手は八回に初球を、十一回は1ボール1ストライクからの3球目を打ちました。長打力のある選手には「引っ張るんだったらスタンドに放り込んでこい! そのために練習してきたんだろ」と励ましたものです。
この試合は和歌山大会でも登板がなかった左腕の米原佑真投手(2年)が先発しました。五回途中まで投げて2失点でしたが、制球よく投げました。
理想は、実際とは逆に2―0でリードして、支えてあげたかった。そのために打線は早くから、狙い球を絞って全員で相手投手に向かっていくような工夫が必要です。
☝智弁和歌山 タイブレークにバントシフト成功で勝利に 延長戦の歴代最多勝利更新
https://news.yahoo.co.jp/articles/dd5f1cfc42066ea796ccab37c93f1b97c1f92c43
智弁和歌山は10回裏の守備が効いた。タイブレークの無死一、二塁、久葉が初球を投げ込む直前に一塁手と三塁手がチャージした。「ブルドック」とも呼ばれるバントシフト。狙い通りバントさせると、三塁手黒川が捕球し、ベースカバーの遊撃手に送球。二塁走者を三塁でアウトにした。このプレーが功を奏し、後続も抑え無失点。11回の5得点につながった。
今回はヒッティングの構えからバントへの切り替えだったが、そのまま打たれると、一、二塁間と三遊間が広く空いている状態。二塁走者を刺せても一塁走者が三塁まで進む可能性もあり、リスクも背負う賭けだった。黒川は「もしバスターやバットを引いてきたらその場で止まって、あとはもう対応っていう感じ。勝負かけてるのでしゃあないなって」。2年前の夏、霞ケ浦(茨城)に延長タイブレークの末敗退してから、勝ち切るために選手の側から練習に組み込むことを提案して実戦を積んできた。初戦の前日練習でも確認しており、大一番で生きた。
◆智弁和歌山が延長戦13勝目 智弁和歌山の甲子園タイブレークは19年夏1-4星稜(延長14回)、24年夏4-5霞ケ浦(延長11回)と連敗していたが、3度目で勝利。延長戦は春夏通算13勝4敗とし、歴代最多勝利を更新した(2位は中京大中京の11勝)。
✌阪神園芸登場に拍手と歓声「神業が見れる」「もはや芸術的」ネットも沸騰…仙台育英3点リードの4回に雨天中断
https://news.yahoo.co.jp/articles/5932e36138a57b3b1d5ebb8868c9ea32b8579856
3年ぶりの8強入りを目指す仙台育英(宮城)が初回に3点を奪い、序盤からリードする展開となった。4回表2死一塁、4-1でリードする仙台育英の攻撃中、雨が強まり試合が一時中断。そこで登場した阪神園芸の統率の取れたシート敷きにスタンドからは大きな拍手が沸き起こった。
SNSでは「中断になると大丈夫かなって思うのと同時に阪神園芸さんの神業が見れるたのしみもある」「阪神園芸さん手際良すぎて気持ちいい」「もはや芸術的」などの絶賛の声が続出。試合が中断するなり、阪神園芸のタオルを掲げる観客も多く、Xでもトレンド4位に入るなど盛り上がりを見せた。
阪神園芸に拓大紅陵ナインが会釈をする様子に感動する声も上がり、雨が小康状態となってスムーズなシートの巻き取りが始まると、再び大きな拍手に包まれた。
📝2026年夏の甲子園 監督突撃インタビュー
霞ケ浦“春高バレー指揮官”高橋監督「今から他競技でも県ベスト8は狙えます。部活動の指導は組織づくり」
高橋祐二(霞ケ浦/茨城/67歳)
きょう14日の2回戦で鳴門渦潮(徳島)と対戦する霞ケ浦。9日の初戦では中京(岐阜)を6-3で破り、2024年夏の智弁和歌山戦に続く甲子園2勝目を挙げた。高橋監督は霞ケ浦で4番・投手を務め、日体大では外野手としてプレー。1982年に保健体育教諭として母校へ戻ったが、最初に任されたのは男子バレーボール部。競技経験がない中で19年間指導し、01年に春高バレーへ導いた直後、野球部の立て直しを命じられた。それから25年。夏の甲子園出場は4度を数え、教え子からは9人のプロ野球選手が誕生した。現在は代表業務執行理事を務める異色の指揮官に、投手育成と組織づくり、部活動によって変貌した学校の歩みを聞いた。
──霞ケ浦には毎年のように好投手がいます。スカウティングに力を入れているのですか。
「いや、むしろ他の私立高校に比べても弱いと思います。スタッフが私を含めて4人しかおらず、AチームとBチームに2人ずつ分かれているため、土日は自分たちの大会や練習試合で手いっぱい。中学生を見に行く機会は、なかなかありません。もちろん、コーチが『この子はいい』と見つけて声をかけることはありますが、集めているというより、向こうから来てくれるという感覚です。綾部翔(元DeNA)、根本薫(元オリックス)、遠藤淳志(広島)とプロ入りする投手が続き、インターネットやSNSで『霞ケ浦は投手が育つ』と広まった。有名校から誘われていても、『霞ケ浦で投手をやりたい』と言って、ウチを選んでくれる選手もいるんです」
──入学後はどのように投手を伸ばしているのですか。
「中心となるのは、30メートルの立ち投げです。通常の投球と同じフォームで、低い軌道を保ちながら長い距離を投げる。体重移動や下半身、股関節をうまく使えなければ、途中で球が垂れてしまうので、自然と体全体の使い方が身につきます。そうすると球筋やスピンが良くなり、初速と終速の差も小さくなる。30メートルでしっかり投げられるようになれば、マウンドからの18.44メートルが楽になり、制球力も上がります」
──実際、どのくらい伸びるのですか。
「球速で言うと、卒業までに15~20キロは上がります。もっとも、最初から130キロの選手だと上がり幅は少なくなりますが、目立たなかった投手もある程度のレベルまで成長できるのが、ウチの強みだと思っています」
──もともと野球部の指導を希望していたのに、なぜ男子バレーを19年間も続けたのですか。
「母校に戻った時は野球部の指導者が埋まっていたため、バレー部へ回りました。1年目はコーチで、練習試合中に眠ってしまうこともあった(笑)。ただ、2年目になる時に、『本気でやってくれ』と言われ、どうせなら中途半端ではいけないと、覚悟を決めて監督を引き受けました。30歳になる頃には野球部へ移る話もありましたが、全国を狙えるチームになっていたので、今バレーをやめるわけにはいかないと断った。そうして念願の春高バレーにも出場できました」
──未経験のバレーで全国大会、野球でも甲子園。競技が違っても、強いチームをつくれる理由は。
「学校へ行くのが嫌で嫌で仕方がなかった(笑)」
「部活動の指導は組織づくりです。個人スポーツではありませんから。一番肝心なのは、組織として人間づくりをしていくこと。人間教育をしながら組織をつくり、練習をきちんとやれば、今から他の部活を任されても、県ベスト8くらいまでならチームをつくれると思っています。技術指導については、私はバレーができなかったので、勉強しましたし、いろいろな先生に教えていただきました。言ってしまえば“模倣のバレー”です。でも、野球だって“模倣の野球”ですよ。優れた指導者から学び、自分のチームに取り入れられるものは取り入れ、『これは違うな』と思えば入れない。それを繰り返してきました」
──「人間づくり」は、学校そのものも変えた?
「そうですね。僕が生徒だった頃とはまったく違います。当時の生徒は、ヤンチャどころじゃなかった。私は高校受験に失敗し、2次試験で入学したのですが、学校へ行くのが嫌で嫌で仕方がなかった(笑)。その後、いろいろな先生が各部活動を頑張り、周囲からの評価を少しずつ高めてきました。霞ケ浦の学校教育は、部活動を抜きにしては考えられません。さらに共学化し、勉強と部活動の両方を伸ばして、昔とはまったく別の学校になりました」
──-現在は代表業務執行理事。甲子園出場で、ご自身の待遇も変わりましたか。
「人との縁で引き上げていただいただけです。甲子園に出ても私個人に特別なボーナスはありません。その代わり、室内練習場を整えてもらうなど、バックアップを強めていただきました。第2寮を造ってもらったことで、野球部が第2寮へ移り、空いた寮にサッカー部が入るなど、他の部活の発展にもつながっています。高校生だった自分に今の霞ケ浦を見せたらビックリするはずです(笑)」
☟《アルプススタンドの生徒に「炎天下で2時間」を強制》高校野球応援を「原則参加」とする学校行事の危うさ「制度設計に危険が伴う」
https://news.yahoo.co.jp/articles/cb95d6be3003ecebf7294d080624bf54e5fc8dd8?page=1
夏の風物詩として親しまれる高校野球。生徒が学校行事として応援に参加するケースもある一方、そのあり方を疑問視する声も上がっている。2022年には、香川県の高校生の相談をきっかけに、「高校野球の強制応援撤廃」を求める署名活動も行われた。
署名活動はオンライン署名サイト「change.org」を中心に行われたが、そこには16歳高校生の声として、こう綴られている。そこには、16歳の高校生の声としてこう綴られている。
〈香川県立〇〇高校では高校1年は野球応援が強制。それもお金は各自の自腹。証拠のURL(年間行事予定表)の7月には野球応援練習(1年)とある。なぜ強制かつお金は自腹なのか? 私は野球に興味関心はない〉
果たして高校野球応援は学校行事として、どこまで"強制"されているのか。その実態とは──。【前後編の前編】
参加して当たり前、いわば「原則参加」
2024年、香川県は市民から寄せられた「高校野球の応援の強制について」という意見に回答している。
「熱中症警戒アラートが続く中でも応援を強制している」との指摘に対し、県教委は、当該校が野球応援を「遠足などと同様、学年全体で参加することを原則とする学校行事」と位置づけていると説明。編集部が問い合わせたところ、2026年7月現在も、その原則に変更はないと回答した。
香川県以外でも、高校によっては、野球応援を「学校行事」として位置づけるケースもある。その場合、生徒は参加しなければならないのだろうか。学校問題に詳しく『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)等の著書を持つ名古屋大学教授の内田良氏は、学校行事の位置づけについてこう説明する。
「学校行事は、国語や数学などの"教科"と同じで、『参加する』という点では位置づけは同じです。参加して当たり前で、いわば『原則参加』です。自由参加ではありません。自分の気持ち次第で行かないという事態は想定されておらず、『好き嫌いにかかわらず、来てください』というものです。ただし、数学の授業を欠席するのと同じように、健康上の理由などで休むことはできます」
この「学校行事」が夏休み期間中か学期中かで見方は変わるという。「学習指導要領上の位置づけとして」と前置きして、内田氏は続ける。
「通常、夏休みに"教科"が設定されることはありません。どうしても国語をやりたい場合には、"補習"という形で行います。ただし、"補習"は正規の活動ではないので、原理的には参加は自由です。
『学校行事』を夏休み中に設定する例はあまりないものの、学校として本気でそれに取り組むのであれば、学校行事として設定することは可能です。その場合は基本的に生徒は参加する前提になります」これらは私立、公立問わず同じであるという。なお、7月の夏休み前に学校行事として「野球応援」を設けるケースもあるが、「その場合も、学校行事として実施されれば、基本は参加してくださいという前提です」。
「炎天下に2時間いろ」と強制する学校行事
一方で内田氏は、「そもそも炎天下での応援に参加させること自体」が問われるべきだと指摘する。
「最近でこそ甲子園大会で選手の熱中症対策は進んでいますが、アルプススタンドの観客は自分でなんとかするしかありません。地方大会になると選手も応援団も、さらに過酷な状況に置かれていることでしょう。学校行事に設定するということは、生徒に対して、『炎天下に2時間いろ』と強制することになります。これは、どんな教育的意義があるとしても危うい。せめて自主的な参加にするというのが、この炎天下ではもっとも適当ではないかと思います。参加が前提の学校行事としてしまうことは、制度設計に危険が伴います」
2026年、年々夏の厳しさが増す現状を受けて、気象庁が予報用語として新たに「酷暑日」を追加した。炎天下での応援の過酷さは想像するにあまりある。しかしそれも昔は違ったはずだ。行事としての高校野球応援は一体いつからはじまり、なぜ現代まで続いてきたのだろうか。
(後編につづく)
☟《なぜ高校野球だけが「特別」なのか》応援制度を支えるのは学校現場が実感する“教育的効果”と“最近の変化”「応援のお返しに野球部が吹奏楽部定期演奏会へ」
https://www.news-postseven.com/archives/20260814_2125219.html?DETAIL&utm_source=news.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&utm_campaign=related_link
連続で点を取ると本当につらい。席を走り回って踊る
2026年7月、学校行事として行われた野球応援に参加した、ある私立高校の生徒がこう話す。同校では、学校公式サイトの年間行事に「野球応援」が記載されている。
「午前10時に現地集合と連絡がありましたが、解散時間は知らされませんでした。友人と『3時間くらいかな』と話して、持ち物にお弁当の記載もなかったので持って行かなかった。結局、午後2時ごろまで何も食べられず、すごくおなかが空きました。でも、暑いのが一番しんどい。点が入るとメガホンを持って席を走り回る踊りがあるので、連続で点を取ると本当につらい。楽しいとかないです。試合もあまりわからないので、みんなが立ち上がったら立ってました」
生徒への連絡は、学習支援サービス「Classi(クラッシー)」を通じて行われ、応援Tシャツや帽子が配布された。当日は学校行事として実施され、教科と同様に出欠がとられた。
「全校応援のほかに希望者だけの自主応援もありますが、参加人数は全体の10分の1くらい。参加して成績が上がるわけじゃないし、メリットないです」
なぜ高校野球は「特別な存在」になったのか
数ある部活動の中で、なぜ野球部だけが学校を上げて応援される存在になったのか。『文化系のための野球入門』(光文社新書)の著者・中野慧氏は、「メディアの影響が大きい」と話す。
「1915年、朝日新聞が現在の『全国高校野球選手権大会』の前身となる全国大会を創設すると、新聞報道を通じて全国へ広まり、1927年からはラジオ中継も始まりました。以降100年も中高生の部活をコンテンツ化し続けているのは、ほかに例がありません。
対象が高校生になったのは単純で、全国大会を開催できるほど競技人口があった学生スポーツは当時、中等学校野球だけだったからです。中等学校とは、戦前の学校制度の呼び名で、現在の中学生、高校生にあたる年代を対象にした教育機関です。高校野球の応援を学校全体で行い始めた時期は明確にはわかりませんが、大学野球では1890年代から行われていたという記録があります」
「教育効果」が応援制度を支えてきた
野球応援を学校行事として位置付けるには、「教育の目的を設定し、その目的に沿った活動として位置付ける必要がある」と、名古屋大学大学院教授で『ブラック部活動』(東洋館出版社)等の著作を持つ内田良氏は話す。
「例えば、生徒同士の協働や一体感、主体性などを育むことが教育目標として設定されます」
実際、中野氏は、その教育効果を現場で実感してきた学校現場が、応援制度を支えてきたと分析する。
「先生方は、学校生活に前向きになれない生徒のことを気にかけています。全校応援はその点で非常に“効果”が高いとされています。あいさつをするようになった、教科に意欲的に取り組むようになった、という実感を現場は持っている。また保護者も、同じように感じているといいます。そういった教育的効果を、『愛校心が高まった』といいます」
一方で、野球部だけが応援の対象となる制度に不満を持つ生徒もいる。SNSでは、かつて応援に参加した生徒たちが、当時の本音を語る投稿も目立つ。
「批判的にとらえ、声を上げることは重要です。そうした声を受けて、現場レベルで変わっている部分もある。たとえば、『吹奏楽部は野球部の応援で重要な役割を担っているのに、野球部は吹奏楽部の応援になかなか来ない』ということが、2000年代後半からSNSで指摘されるようになりました。現在は、野球部が吹奏楽部の定期演奏会へ行くケースもあるといいます。批判の声が可視化されたからこそ、学校側や生徒の間での意識もアップデートされています」
転換点にある高校野球応援
高校野球をめぐる応援制度は、今後どうなっていくのか。
「転換点に来ていますが、今後も続いていくでしょう。マスコミ側は、『チアリーダーもがんばってる』『吹奏楽部もがんばってる』『応援席の子たちもがんばってる』といわんばかりにフォーカスを当てていますが、根本となる価値観自体があまり問われていない。ただ、地域ぐるみで高校野球を支える文化が根付いている地域もあります。鹿児島県・奄美大島にある大島高校野球部は、島をあげて応援されています。応援が島のアイデンティティーとなり、地域の活力にもなっている。そういった価値も認めつつ、この応援文化について、野球部以外の生徒や市民が気軽に意見できることが大切なんです。それが、高野連やマスコミ、学校や指導者の意識を変えるきっかけになります」
価値観や気候の変化により、行事としての高校野球応援には弊害も生まれている。一方で、昔から変わらぬ“良い側面”があることも確かなようだ。