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📝「荒れた男子校」負のイメージ消えず…甲子園出場も“閉校決定”「校舎も建て替えて…潰れる学校に見えなかった」東大阪大柏原37歳監督が明かすウラ側
https://news.yahoo.co.jp/articles/16041cdce9c1a71003b9afebccf4043dd017675e?page=1

高校野球の激戦区・大阪大会を制して昨夏の甲子園に出場、さらにはPL学園硬式野球部にとって事実上の廃部となる最後の対戦相手でもあった東大阪大柏原。3年後の2029年春に閉校するという電撃発表に、いかにして至ったのか。ノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。

2025年(昨年)の夏、私立の男子校である東大阪大柏原を14年ぶりに夏の甲子園に導いた土井健大監督(37歳)にとって、その話はまさに寝耳に水だった。
昨秋の大阪大会を終えたあと、学校法人村上学園の村上靖平理事長に呼ばれた土井監督は、2027年度より学校の生徒募集が停止され、(今春に入学予定の生徒が卒業する)2029年3月をもって同じ村上学園が運営する東大阪大敬愛に吸収されることを聞かされたのだ。つまり、東大阪大柏原は3年後に閉校になることが決定した。校名もそこで消えることになる。

「潰れる学校には見えなかった」
 
土井監督は言う。「そりゃあ、驚きました。確かに生徒数は少ないかもしれませんが、校舎も2016年に建て替えたばかりで新しく、潰れる学校には見えなかった。ただ、スポーツの強い学校としてアピールしていくのか、男子校としての魅力をアピールしていくのか、そのあたりがはっきりしていなかったのかもしれません。柏原がなくなることを聞いて、僕自身が考えたのは、とにかく預かっている生徒のメンタルケアですね。不確定なことを伝えて不安をあおるのではなく、確定していることだけ伝えて、動揺がないようにしていました。生徒も僕に『ついていく』と言ってくれた。ありがたかったですね」

1963年に柏原女子高校として創立された同校は、1970年から男子校に転じ、2006年に東大阪大柏原となった。全国の男子校や女子校が共学化して門戸を広げる潮流のなか、男子校であることを貫いてきた。硬式野球部は2011年の夏、そして昨年と、いずれも大阪大会の決勝で大阪桐蔭を破って甲子園に出場した。それだけでなく東大阪大柏原は、2016年に事実上の廃部を決めていたあのPL学園の最後の対戦相手としても記憶されている。

「荒れた男子校」イメージの苦悩
 
まだ柏原高校の校名だった時代は興國、此花学院と共に「K」のイニシャルから大阪私学の「3K」とひとくくりにされ、府内における荒れた男子校の象徴のように位置づけられていた。そうした負のイメージを払拭すべく、此花学院は1995年に共学化し、2013年には大阪偕星学園と名称を変更。興國はアスリートアドバンスコースを設置してサッカーや野球、駅伝に力を入れて強化し、いまでは一学年22クラスのマンモス校となっている。

一方で、東大阪大柏原は校名変更等の学校改革も実を結ばず、少子化の波が押し寄せ苦しい運営が続き、さらには大阪府が導入した高校の授業料無償化もまた同校にとっては向かい風となった。というのも、年間63万円までの授業料は国と府が負担するものの、世帯年収が目安800万円以内の場合、それを超える分に関しては学校が負担しなければならない。それが足枷となり、人材や設備に投資できない状況が生まれてしまうのだ。無論、それは東大阪大柏原ばかりが直面する問題ではないものの、同校は昨年度、1学年300人の定員に対し、入学者は半数以下となる125人だった。土井監督が続ける。

「3Kと呼ばれた時代の高校生がちょうど現在の親世代となり、かつてのイメージから抜け出せないからその子どもたちが入学を希望してくれない。理事長からはっきりと本心を聞いたわけではないですが、3Kのイメージを払拭するためにも柏原をなくして敬愛に一本化することを決断されたのではないでしょうか」

なぜ甲子園出場直後に決まった?
 
しかし、なぜ甲子園に出場したタイミングでの閉校決定だったのだろうか。

「甲子園に出場できたから、理事長も決断を思い切れたのかなとも思うんです。(柏原を閉校して)一度縮小し、統合後、拡大していく。決して、後ろ向きではないと思います」

元プロ野球選手である土井監督を招聘し、大阪桐蔭や履正社に次ぐ第2勢力ともいえるところまで強化を進めてきた野球部は今後、どうなってしまうのか。土井監督が声をかけ、4月の入学を心待ちにしている球児だっているはずだ。土井監督が学校の閉校と野球部の今後について明かした――。

             〈つづく〉

📝PL学園も廃校危機…高校野球の名門校“なぜ経営難”? PL学園を“最後に倒した”東大阪大柏原の閉校「現在の部員はどうなる?」37歳監督が明かす今後
https://news.yahoo.co.jp/articles/d83b8015355fa90092461019c40be91b11f4316a?page=1

東大阪大柏原は、2027年度より学校の生徒募集が停止され、(今春に入学予定の生徒が卒業する)2029年3月をもって同じ村上学園が運営する東大阪大敬愛に吸収される。野球部は今後、どうなってしまうのか。土井健大監督(37歳)が声をかけ、今春4月の入学を心待ちにしている球児だっているはずだ。

3年後に閉校…現在の野球部員はどうなる?
 
土井監督が明かす。「彼らが卒業するまで指導しますが、新入生が入って来なくなる来年4月からは、(現在は硬式野球部のない)敬愛にも野球部を創部し、合同練習する形をとり、2029年4月からは敬愛の監督として指揮を執ります。この(柏原高校のキャンパス内にある)グラウンドも3年後には使用できなくなり、新たなグラウンドで練習することになります」

現状の規約では、東大阪大柏原と東大阪大敬愛の連合チームとして大阪大会に出場することは許されないというが、今後、大阪府高野連と相談しながら、閉校する学校と新しく野球部が誕生する学校との連合チームとして大会に出場する道を模索していくという。そして敬愛の単独チームとなる2029年以降も土井監督が指揮することが決まっている。

PL学園、大阪桐蔭を倒した“名門”だった
 
土井監督の出身校は、岡田龍生監督(当時。現・東洋大姫路監督)が率いていた履正社だ。1学年上にはオリックスで活躍した岡田貴弘(T-岡田)がいたものの、大阪桐蔭と並ぶ大阪の強豪私学に位置づけられる現在とは違い、決して甲子園の常連校ではなかった。

「履正社に通っていた6歳上の兄がPL学園に負けて甲子園に行けなかったこともあり、僕はPLを倒して甲子園に行くことしか考えていませんでした。だから、PL以外の高校ってあまり知らなくて……中学時代に大阪桐蔭にも声をかけていただきましたが、最終的には兄と同じ履正社を選択しました」

既にPLの全盛期は過ぎていたものの、兵庫県に生まれた土井にとっては高校野球に一時代を築いたPLを倒すことが一番の目標だった。強打の捕手として高校通算43本塁打を放ち、2005年秋に同校史上初めて近畿大会を制して明治神宮大会に出場し、2006年春のセンバツに出場した。
そして2006年の高校生ドラフト5位でオリックスに入団し、巨人を経て2011年に戦力外通告を受けたあとも社会人チームで野球を続けた土井監督が東大阪大柏原の事務員となったのは2017年だ。硬式野球部のコーチを務め、翌2018年には指揮官に就任した。

土井監督が直接、選手の勧誘に動くこともある。しかし、「3K」時代の印象はいまだ根強く残る。

「選手勧誘の際には、『柏原高校に預けるのではなく、土井健大に預けてください。土井健大を信用できなければ、来ていただいても良い答えは出ません』ということは親御さんに伝えてきました」

昨夏は甲子園出場…大阪桐蔭を撃破
 
昨夏、東大阪大柏原は大阪大会で快進撃をみせ、決勝で大阪桐蔭と対決した。試合前、土井監督はナインにこう告げた。

「おそらく全国民が大阪の決勝には注目している。恥ずかしい試合はできひん。ただ、僕が選手時代、決勝まで勝ち上がって、優勝しなかったことは一度もないんや。どんな点差になろうが、2時間、2時間半、3時間と、気持ちを切らさなければ、最後の最後まで可能性はつながっていく。守備位置に関しても、オレを信じてくれ」

捕手としてプロの世界に飛び込んだ経験をもとに、大阪桐蔭の打者タイプによって土井監督は細かく守備位置を指示した。

「試合では良い当たりが野手の正面にいったり、長打性の当たりを単打にとどめたり、偶然にも指示が的確だったことが続いた。すると、高校生というのは不思議なもので、『監督の言うことを聞いていたら勝てる』みたいな感覚に陥るんですよ」 

森陽樹、中野大虎という150キロを超える両右腕の対策はシンプルだった。

「ワングリップ以上バットを短く持って打席に入れ」

攻守の指示が功を奏し、東大阪大柏原は6回までに4点をリード。7回に同点に追いつかれたが、タイブレークに突入した10回表に2点を奪い、逃げ切った。僅差ではあったものの、東大阪大柏原の11安打に対し、大阪桐蔭は5安打。内容は東大阪大柏原の完勝であった。

同じ大阪私学…PL学園は経営危機
 
いま、大阪には廃校の危機にある学校がもうひとつある。高校野球で絶大な人気と実績を誇ったPL学園だ。2016年7月、PL学園は大阪大会の初戦で東大阪大柏原に敗れ、現在まで休部——事実上の廃部となっている。PL学園も厳格な上下関係によって頻繁に起こった不祥事(暴力事件)によってマイナスの印象が定着し、それが野球部の廃部の引き金となった。

そしてKK(桑田真澄、清原和博)の時代のように母体であるパーフェクトリバティー教団の信者以外の生徒を受け入れることはなくなり、現在は3学年あわせても39人の生徒しかいない。学校の校舎は耐震に問題があるものばかりで、改築も新築もできないほど学校運営は逼迫する。
そういうPL学園の惨状を鑑みれば、「柏原」の校名はなくなってしまうものの、東大阪大敬愛に一本化され、新たに創部される敬愛野球部のユニフォームも柏原時代のデザインのまま受け継がれる東大阪大柏原には希望が持てるだろう。

黒歴史から脱却した高校も…取材へ

「子どもを頑張らせるためには周りの支えが絶対に必要ですよね。しっかりした指導者がいて、人を集められる能力があれば、素直な子どもたちは必ず期待に応えてくれると思うし、たとえば態度が悪くても教員が実の子どもに対するぐらいの熱量でぶつかっていけば、良い方向に向かうと思う。僕は教員ではないですけど、大事にしているところですね」

黒歴史からの脱却——。PL学園や東大阪大柏原がそれに四苦八苦するなか、成功した学校もある。かつての3Kの一角、興國高校だ。同校の敏腕理事長に独占で話を聞くことができた。

             〈つづく〉 

⚾岩手さんへ
岐阜に独立リーグ設立というのは寝耳に水だったので非常に嬉しいですね!!やたら球場数は多いので、やり易いとは思いますね。
使用料が高額でなければ長良川をメインにできるだろうし、他にも大垣・カヤバ・プリニーの・大野町レインボーあたりは結構空いている気もしますね。

ただ、岐阜へは片道約4時間かかるのがネックですね・・・・・。いちばん近いのが大垣ですが、あそこは屋根がないし5月でも熱かったですね・・・。
プリニーの球場は駅から遠いけど、なんとか日帰りで行けることは分かったので、近所に飲食店もあるしナイター設備がないので12時開始だったら昼ご飯を早く設定すればなんとかなるかも。
大野町レインボーはバスの本数が非常に少ないし、最寄りのバス停から2、5kmほど歩かなければならないし、カヤバも名古屋経由で行かなアカンから新幹線代がかかりますね・・・。

地元の住民には受けると思いますよ!ただ、三重球団は2年で解散したのでその二の舞は勘弁してほしいし、できたら福井球団も復活してくれたらと。
とりあえず日本海リーグは4球団になる見込みなんで来年以降が楽しみですね!
2026/01/15(木) 22時06分50秒 No.2246 編集 削除