自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
⚾今日の神宮大会試合結果(最終日 決勝戦)
最終日第1試合 九州国際大付(九州)-神戸国際大付(近畿) 10:02~12:23
一二三四五六七八九十計HE
九国大付300004022 11130
神国大付100000000 141
九州国際大付は初優勝🏆
最終日第2試合 立命館大(関西②)-青山学院大(東都) 13:22~15:34
一二三四五六七八九十計HE
青 学 大000003100 460
立命館大000000000 020
青山学院大は2年連続度目の2度目の優勝🏆
📝令和7年度 地区別交流試合
https://www.okayama-hbf.com/information/article/268
11月16日(日)マスカット補助球場で地区別選抜交流試合が開かれました。
東部地区、西部地区、北部地区それぞれ各校の主力を中心に2年生で選抜チームを組み、総当たりで試合を行いました。試合結果と優秀選手は以下の通りです。
【試合結果】
東部選抜 4 - 4 西部選抜
東部選抜 10 - 4 北部選抜
西部選抜 9 - 2 北部選抜
【最優秀選手】
佐藤 直人(倉敷商業)
【優秀選手】
岸本 新大(岡山東商業)
奥 瑞稀 (津山)
☝九州国際大付の元プロ監督「いつか来ると…」 明治神宮大会初V
https://news.yahoo.co.jp/articles/899f1b3f2cbd375679fd385315c5572d81ab86d1
明治神宮野球大会最終日は19日、神宮球場で決勝があり、高校の部は九州国際大付(九州・福岡)が神戸国際大付(近畿・兵庫)に11―1で勝ち、初優勝した。
九州国際大付の楠城祐介監督(41)は福岡・小倉高から青山学院大、社会人野球のパナソニックを経てプロ野球の楽天とヤクルトで外野手としてプレーした。
父徹さんが監督を務めていた九州国際大付で2016年4月からコーチを勤め、23年8月に監督に就任。「素晴らしい選手に恵まれて、夢のような気持ちで采配していた」と感慨深く語った。
楠城監督の試合後の主なコメントは以下の通り。
◇九州国際大付・楠城祐介監督
<優勝に至るまでの出来事に思いをはせているようにも見えた>
それよりも「夢じゃないかな」という感じでした。特に(六回に)7点目を取った後に岩見(輝晟投手)とベンチで「夢みたいだな」と話していました。
ただ、彼が入った時に、いつかはこういう日が来る可能性があると信じて頑張ってきましたので、優勝インタビューの時には「現実なんだな」って感じていました。
<先発の岩見投手は九回2死まで投げて11奪三振、1失点と好投した>
素晴らしいの一言ですね。制球に苦しむことは多いのですが、今日は比較的安定していました。直球、スライダー、フォークと安定して投げてくれていたので、安心して見ていられました。
<何度か得点圏に走者を進めてピンチを背負ったが心配はなかったか>
そうですね。(岩見の)球威が勝っているのは、自分(監督)自身で見て分かっていました。大きな飛球とかもありましたが、やはり球威が勝ったということだと思います。
<打線は活発だった>
出来すぎです。自分はあまり(アドバイスなどを)することがなかったかなという感じでした。どの打順からも攻撃していけますし、足も絡めることができるので、そういう点ではすごく良い打線だと思います。
<来季に向けたチーム作りは>
神宮大会を通して四球やミスが多かったです。その中でも勝ち切れたことは一つ自信にし、足りなかった部分をしっかりと選手たちと修正して春を迎えたいです。
📝来春センバツ「神宮枠」の行方は? 2年生の左右2枚看板で今夏甲子園Vの沖縄尚学が最有力候補に浮上か
https://news.yahoo.co.jp/articles/54067fb0a6dd9e3a3831fe97cdd44c2254804cc2
明治神宮野球大会・高校の部は九州国際大付が神戸国際大付を11―1で破り初優勝を果たした。これにより、明治神宮大会優勝校の地区に与えられる来春選抜大会の「神宮枠」が九州地区となり、九州からの出場校が1枠増える。
九州地区の一般選考枠は4。九州大会で優勝した九州国際大付、準優勝の長崎日大、ベスト4の神村学園と熊本工が有力候補だ。ここに「神宮枠」でさらに1枠追加されるとなると、同大会8強の沖縄尚学が浮上してくる。
優勝した今夏の甲子園に続く2季連続出場を狙っていた沖縄尚学は準々決勝で神村学園に1―4で敗退。来春の選抜大会出場の可能性は遠ざかったが、今回の九州国際大付の優勝により再び可能性が出てきた。昨夏の甲子園で活躍したU18高校日本代表入りした左腕の末吉良丞(2年)と年末の台湾との親善試合で九州選抜入りした右腕の新垣有絃(2年)がそろい実力は上位校と遜色ない。沖縄尚学を破った神村学園は準決勝で九州国際大付に4―5の接戦を演じており、来春の神宮枠の有力候補として挙げられてもおかしくない。
長崎日大に1―4で敗れた小林西、長崎県トップの進学校で47季ぶりの九州大会に出場し、準々決勝で九州国際大付に敗れた長崎西も候補に入りそうだが、実力や実績を考慮すると沖縄尚学がリードしているとみられる。
📝「やはり、何かが足りない」“2度目の指名漏れ”に納得も…15キロ増量で「大阪桐蔭で全国制覇」元エースが感じる伸びしろ「全てがまだまだ発展途上」
https://news.yahoo.co.jp/articles/692d7401094da8f58bae696cb172de5d998e798e
大阪桐蔭高時代にはセンバツで全国制覇も達成するなど、全国的に名を知られた存在だった川原嗣貴。だが3年前、高校3年時のドラフトでは指名されることはなかった。結果的に高校卒業後は社会人野球の強豪・Honda鈴鹿に入社。
社会人野球で出会った「新たな感覚」
そこでは高校時代には感じたことのなかった「新たな感覚」にも出会ったという。
「高校の時は投げた試合はほぼ勝ち続けてきていて、自分を客観的に見ることがほとんどなかったんです。もちろん試合の振り返りはしましたけど、負けた試合が少なかった分、反省した試合はあまりなかったと思います。でも、社会人になってからは2年目から先発で投げさせてもらうことが多い中で負ける試合もあって。そこで反省する機会があったのも自分の引き出しが増えたきっかけになりました。そういう経験は自分を成長させてくれたと思います」
社会人野球はリーグ戦形式の大会もあり、「負けても次へ」という試合もある。高校野球の公式戦は全てがトーナメントで、秋、春の3位決定戦を除けば負ければ大会はそこで終わりとなる。
負けても次へ……といかに切り替えられるか。特に東海地区は社会人野球のレベルは全国屈指だ。そんな世界に身を置いて3年目。高校時代に比べて体重は15キロ増え、球速は5キロ上がった。それ以上に成長したと自負できる要素がある。
「精神力ですかね。どんな場面でも動じない。味方がエラーをしても、したくてエラーをしている訳ではないですし、そこで一喜一憂していてもしょうがない。自分もミスをすることはありますし、ミスしてしまった先輩にも自分から声を掛ける。どんな状況でも冷静に前を見られるようにはなったと思います」
「全てにおいて、まだまだ発展途上」の本音
それでも結果的に今秋のドラフトで2度目の“指名見送り”になった。だが、それに関しても自己を冷静にこう分析していた。
「全てにおいて、まだまだ発展途上です。マウンドでもそうですし、普段からの立ち振る舞いも。今年はドラフト解禁の年ですけれど、焦って今年(プロに)行く必要もないと思いました。自分としては結果をまだちゃんと残せていないので(今年は)どうかなというのが正直な気持ちでした。プロに行くならばチームに恩返ししていかないといけないです。まずはそこが一番だと思っています」
「来年こそプロに行くために…恩返しを」
ドラフト後、初の公式戦となった日本選手権大会。準々決勝のヤマハ戦で川原は先発マウンドを任されたが、初回から長打を浴びるなど相手打線につかまり、3回途中に7安打4失点で降板。チームも2-4で敗れ、準決勝進出はならなかった。要所で良いボールはあったものの、ここ一番の場面では精彩を欠き、今年最後の公式戦は苦い思いを残し終幕した。
やはり、何かが足りない――。そう痛感したマウンドだっただろう。だからこそ来年への思いは一層強くなる。
「精神面でもっと強いピッチャーになって、来年こそプロに行くためにチームに最高の恩返しをしたい。来年は1位で行ってやろうという気持ちです。やっぱり評価されてプロに行きたい。今はそんな思いしかないです」
そしてこう付け加えた。「大学に行くより社会人で野球をして本当に良かったと思っています。これだけのレベルの中で投げさせてもらって、自分を成長させてもらえたので」
来年は社会人4年目。つまり大学に進んだ同級生と共に評価されることになる。2度の苦い経験、そして今秋のマウンドが川原をどう変えるのか。進化した姿を披露することが、チームへの最大の恩返しとなる。
🎤“才能ゼロ”からセンバツ優勝 唯一の武器に異変で崩れ落ちたキャリア 「試合が怖い」
https://article.yahoo.co.jp/detail/c6b9ec676dfc1d298d7a36f7e76d7f65737571f8
■常葉大菊川・石岡諒哉監督 小学4年生で野球人生最初の挫折
華やかな経歴は、才能に恵まれたエリートと同義とは限らない。静岡県ゆかりの人たちが歩んできた人生をたどる特集「My Life」、第21回は常葉大菊川高校野球部の石岡諒哉監督。小学4年生で野球センスのなさを思い知らされ、社会人では努力で越えられない壁に直面した。今も夢に見るほどの苦しさから一度は野球が嫌になったが、選手の成長を間近に見られる指導者の喜びも実感している。
アマチュア野球界のど真ん中を歩いてきた。母校を指揮する石岡諒哉監督は、現役時代に常葉菊川(現:常葉大菊川)で正捕手として2007年にセンバツで優勝。卒業後は社会人野球の強豪・ENEOSに進んだ。その後は新日鉄住金東海REX(現:日本製紙東海REX)でプレーし、現役引退後は指導者の道を選んだ。浜松開誠館のコーチを経て、常葉大菊川では2020年に監督就任。チームを甲子園に2度導いている。野球経験者はもちろん、野球に詳しくない人でも分かる輝かしい経歴。だが、石岡監督は「エリートとは程遠い野球人生」と振り返る。
「運動神経が悪くて、小学生の時から自分には野球センスがないと分かっていました。小学4年生で最初の挫折を味わいましたから」
■「野球センスがないから仕方ない」 忘れられない父親の一言
石岡監督は自身の運動能力を「平均以下」と評価する。鉄棒では逆上がりができずに猛練習し、なわとびは二重跳びの習得にも苦労した。足も遅かったという。野球で最初の挫折を経験したのは小学4年生の時だった。父親からの一言が忘れられない。
「お前には野球センスがないから仕方ない」
石岡監督は小学1年生で野球を始めた。チームに同級生はおらず、2学年上の選手たちと一緒に練習していた。小学生の2歳差は大きい。石岡監督は周りよりも自分が上手くできないのは当然だと思っていた。ところが、その認識が一転する。
「小学4年生から野球を始める子どもが多く、チームに同級生が増えました。自分の方が何年も前から野球をやっているのに、始めたばかりの同級生の方が上手いんです。ショックでしたね。ただ、父親の言葉があったから、その後に努力できたと思っています」
■強肩を武器にセンバツ優勝 社会人の名門ENEOS入社
石岡監督は、同級生に運動能力やセンスの差を見せつけられた。自分の方が経験は圧倒的に長いのに、打力も守備力も走力も負けてしまう。父親の言葉で厳しい現実を知り、「周りに勝つには人一倍努力するしかない」と悟った。
センスには恵まれていなかったかもしれない。だが、石岡監督には「努力を続ける才能」があった。父親が自宅に手作りしたネットに向かって、毎日ティー打撃を繰り返した。そして、他の選手より突出した能力もあった。それは、「肩の強さ」だった。
「理由は分かりませんが、投げることだけは最初から得意でした。肩の強さがあったから、社会人まで野球を続けられたと思っています」
強肩を武器に、石岡監督は捕手として存在感を示した。常葉菊川でも扇の要として自慢の肩で何度もチームのピンチを救い、センバツで優勝を果たした。
全国制覇を果たした石岡監督は、大学や社会人チームからも注目される選手となった。その1つが、社会人野球の頂点を決める都市対抗野球で最多12回の優勝を誇るENEOS。高校に続いて、社会人でも日本一に貢献する決意で入社した。しかし、これが苦しみの始まりとなった。
「社会人1年目から送球する際に違和感がありました。2年目になると状態は悪化し、思ったように投げられなくなりました。イップスでした」
■イップス発症 4年目のシーズンオフに“戦力外”
イップスは今までできていた動作が思い通りできなくなる現象で、精神面や心理面に要因があると言われている。プロ野球選手でも、イップスになる選手は少なくない。石岡監督のプレーに狂いが生じた原因は明確ではない。ただ、高校から格段にレベルが上がった社会人野球で、より精度の高い送球を求められる重圧が影響した可能性もある。
キャッチボールではイップスは表れなかった。だが、ノックになると送球は乱れ、試合になると一層状態が悪くなる。相手走者に二塁へ盗塁された際、送球がセンターの定位置まですっぽ抜けたりすることもあった。
当時は今ほど、イップスが一般的ではなかった。石岡監督は「どうすれば治るのか分かりませんでした。練習で改善が見られると試合で使ってもらいましたが、試合に出るのが怖かったです」と明かす。
ENEOS入社4年目のシーズンオフ、チームから来シーズンの構想から外れていると告げられた。チームの戦力になれていない以上、覚悟はしていた。もう野球を辞めるしかないのか。それとも、環境を変えれば状況は変わるのか。石岡監督は悩んだ末、東海REXへの移籍を決めた。
■移籍後も治らないイップス 過度な練習で右肘が限界
移籍1年目、練習では送球が安定していた。東海地区を中心に社会人チームが優勝を争うJABA静岡大会では、スタメン出場のチャンスを得た。しかし、悪夢に襲われる。石岡監督が記憶をたどる。
「地元の静岡で開催される大会でスタメン起用されてうれしい反面、心配はありました。試合中盤に盗塁されて二塁へ送球した際、マウンドの辺りでバウンドし、二塁まで3回もバウンドしました。そこから記憶がありません。その試合では複数安打を放っていましたが、二塁送球の場面しか思い出せないくらいショックを受けました」
イップスの不安を払しょくするには練習しかない。そう考えた石岡監督は連日、送球練習を繰り返していた。1日400球を超える日もあった。ENEOS時代からイップス克服を目指して酷使した右肘は、限界に達していた。病院に行くと、右肘に2カ所の剥離骨折と尺骨神経麻痺が判明。リハビリ生活を余儀なくされた。
「ドアノブを回すだけでも痛み、私生活にも支障をきたすほどでした。でも、ENEOSや東海REXの関係者の方々のおかげで移籍させてもらったのに、痛いとは言えませんでした」
■現役引退後も送球ミスの夢 人一倍の苦労が指導者の財産
心身ともにボロボロになった石岡監督は東海REXで3年経ったシーズンオフ、現役引退を決めた。ENEOSを含めて計7年間の社会人野球について「何もできずに終わってしまいました。努力では、どうにもできないことがあると痛感しました。唯一の武器だった肩が不安材料となり、打力や走力で巻き返す器用さもありませんでした」と回想する。社会人では、野球をする苦しさだけが残った。
「いまだに自分が捕手をしていて、送球が上手くできない社会人時代の夢を見ます。イップスにならなかったら、どんな野球人生を歩んでいたのか見たかった部分もあります。現役引退後は草野球もしたくないほど、野球が嫌になりました」
東海REXを退社後は、縁あって指導者の道へ進んだ。2020年から母校の監督を務め、2023年と2025年のセンバツに出場を果たしている。
「私は指導者に向いているタイプではないかもしれませんが、今は選手の成長を見るのが楽しくてグラウンドに来ています」
野球センスのなさを自覚していながら、常葉菊川では日本一を成し遂げた。人一倍の努力で手にした成功体験もあれば、イップスの苦しみや挫折も味わった。決して平坦ではなかった選手時代の時間は、指導者としての武器となる。
⚾岩手さんへ
準硬式野球は全く分からないので、、、マスターズ甲子園以降の甲子園球場のスケジュールも全く分からないし・・・・・。
数日前、準硬式野球の名前を目にしても?????って感じでしたが、よく考えてみると第1回大会で雨天中止となり予備日を設定していなかった運営の学生たちにブーイングを浴びせられた記憶がよみがえりました!
もう懲りて1度きりかと思いきや今年で4回目なんですね・・・・。ちょっと調べたら3泊4日でスケジュール組んでいるようで、午後からも試合やるようですね。
2025 全日本大学準硬式野球東西対抗日本一決定戦 甲子園大会スケジュール(予定)
https://junkoh.jp/wp/wp-content/uploads/2025/09/r7_koshien_schecule_20250825.pdf
今回は天候に恵まれそうで、、、ところで神宮大会ですが結果を知り卒倒しかけましたね・・・・・。まさかそこまで差がつくとは!!これが兵庫県大会1回戦だったらどれだけ嬉しかったか。
兵庫のチームも今日の試合を録画して徹底分析して来年の春・夏に活かして欲しいところです。
大阪大会はいつも寂しいですね・・・。日生球場があった頃は大阪大会でも満員札止めということはなかったし、徹夜組なんて近畿大会でもない限りおらんでしょうし・・・。
大阪は学校数がやたら多い割には球場不足が深刻なんで。。。大阪・日生・藤井寺とプロ野球使用球場が相次いで閉鎖され、万博・住之江もたいがいですが、久宝寺も未だに毎年使っているし数年前までは寝屋川も使ってました。
本当にまともな球場というのは・・・舞洲・南港そして京セラドームくらいでしょうか???ドームは開会式と開幕戦の1試合しか使わないのが本当にもったいないですね。
久宝寺などはもっと数を減らして舞洲・南港を1日4試合で賄えばうまく運営できると思うのですが。
近畿大会では鳴り物応援もありですが、大阪大会は未だに認めないですね。東海大仰星が甲子園に出ていなければ未だにタテジマユニホームは厳禁だったかも?!
長崎西に関してはあるとすれば神宮枠よりも21世紀枠かなと・・・。僕は徳之島を推したいですが。九州6校の可能性も出てきましたね。
神宮枠は夏春連覇を狙う沖縄尚学が妥当な気もします。あるいは来春の開幕試合で横浜ー沖縄尚学というカードが組まれるかもしれませんね。
願わくば1回戦で神宮決勝の再現をして同じような展開で同等以上の点差で九州国際大付が頑張ってくれたら非常に嬉しいですね!
最終日第1試合 九州国際大付(九州)-神戸国際大付(近畿) 10:02~12:23
一二三四五六七八九十計HE
九国大付300004022 11130
神国大付100000000 141
九州国際大付は初優勝🏆
最終日第2試合 立命館大(関西②)-青山学院大(東都) 13:22~15:34
一二三四五六七八九十計HE
青 学 大000003100 460
立命館大000000000 020
青山学院大は2年連続度目の2度目の優勝🏆
📝令和7年度 地区別交流試合
https://www.okayama-hbf.com/information/article/268
11月16日(日)マスカット補助球場で地区別選抜交流試合が開かれました。
東部地区、西部地区、北部地区それぞれ各校の主力を中心に2年生で選抜チームを組み、総当たりで試合を行いました。試合結果と優秀選手は以下の通りです。
【試合結果】
東部選抜 4 - 4 西部選抜
東部選抜 10 - 4 北部選抜
西部選抜 9 - 2 北部選抜
【最優秀選手】
佐藤 直人(倉敷商業)
【優秀選手】
岸本 新大(岡山東商業)
奥 瑞稀 (津山)
☝九州国際大付の元プロ監督「いつか来ると…」 明治神宮大会初V
https://news.yahoo.co.jp/articles/899f1b3f2cbd375679fd385315c5572d81ab86d1
明治神宮野球大会最終日は19日、神宮球場で決勝があり、高校の部は九州国際大付(九州・福岡)が神戸国際大付(近畿・兵庫)に11―1で勝ち、初優勝した。
九州国際大付の楠城祐介監督(41)は福岡・小倉高から青山学院大、社会人野球のパナソニックを経てプロ野球の楽天とヤクルトで外野手としてプレーした。
父徹さんが監督を務めていた九州国際大付で2016年4月からコーチを勤め、23年8月に監督に就任。「素晴らしい選手に恵まれて、夢のような気持ちで采配していた」と感慨深く語った。
楠城監督の試合後の主なコメントは以下の通り。
◇九州国際大付・楠城祐介監督
<優勝に至るまでの出来事に思いをはせているようにも見えた>
それよりも「夢じゃないかな」という感じでした。特に(六回に)7点目を取った後に岩見(輝晟投手)とベンチで「夢みたいだな」と話していました。
ただ、彼が入った時に、いつかはこういう日が来る可能性があると信じて頑張ってきましたので、優勝インタビューの時には「現実なんだな」って感じていました。
<先発の岩見投手は九回2死まで投げて11奪三振、1失点と好投した>
素晴らしいの一言ですね。制球に苦しむことは多いのですが、今日は比較的安定していました。直球、スライダー、フォークと安定して投げてくれていたので、安心して見ていられました。
<何度か得点圏に走者を進めてピンチを背負ったが心配はなかったか>
そうですね。(岩見の)球威が勝っているのは、自分(監督)自身で見て分かっていました。大きな飛球とかもありましたが、やはり球威が勝ったということだと思います。
<打線は活発だった>
出来すぎです。自分はあまり(アドバイスなどを)することがなかったかなという感じでした。どの打順からも攻撃していけますし、足も絡めることができるので、そういう点ではすごく良い打線だと思います。
<来季に向けたチーム作りは>
神宮大会を通して四球やミスが多かったです。その中でも勝ち切れたことは一つ自信にし、足りなかった部分をしっかりと選手たちと修正して春を迎えたいです。
📝来春センバツ「神宮枠」の行方は? 2年生の左右2枚看板で今夏甲子園Vの沖縄尚学が最有力候補に浮上か
https://news.yahoo.co.jp/articles/54067fb0a6dd9e3a3831fe97cdd44c2254804cc2
明治神宮野球大会・高校の部は九州国際大付が神戸国際大付を11―1で破り初優勝を果たした。これにより、明治神宮大会優勝校の地区に与えられる来春選抜大会の「神宮枠」が九州地区となり、九州からの出場校が1枠増える。
九州地区の一般選考枠は4。九州大会で優勝した九州国際大付、準優勝の長崎日大、ベスト4の神村学園と熊本工が有力候補だ。ここに「神宮枠」でさらに1枠追加されるとなると、同大会8強の沖縄尚学が浮上してくる。
優勝した今夏の甲子園に続く2季連続出場を狙っていた沖縄尚学は準々決勝で神村学園に1―4で敗退。来春の選抜大会出場の可能性は遠ざかったが、今回の九州国際大付の優勝により再び可能性が出てきた。昨夏の甲子園で活躍したU18高校日本代表入りした左腕の末吉良丞(2年)と年末の台湾との親善試合で九州選抜入りした右腕の新垣有絃(2年)がそろい実力は上位校と遜色ない。沖縄尚学を破った神村学園は準決勝で九州国際大付に4―5の接戦を演じており、来春の神宮枠の有力候補として挙げられてもおかしくない。
長崎日大に1―4で敗れた小林西、長崎県トップの進学校で47季ぶりの九州大会に出場し、準々決勝で九州国際大付に敗れた長崎西も候補に入りそうだが、実力や実績を考慮すると沖縄尚学がリードしているとみられる。
📝「やはり、何かが足りない」“2度目の指名漏れ”に納得も…15キロ増量で「大阪桐蔭で全国制覇」元エースが感じる伸びしろ「全てがまだまだ発展途上」
https://news.yahoo.co.jp/articles/692d7401094da8f58bae696cb172de5d998e798e
大阪桐蔭高時代にはセンバツで全国制覇も達成するなど、全国的に名を知られた存在だった川原嗣貴。だが3年前、高校3年時のドラフトでは指名されることはなかった。結果的に高校卒業後は社会人野球の強豪・Honda鈴鹿に入社。
社会人野球で出会った「新たな感覚」
そこでは高校時代には感じたことのなかった「新たな感覚」にも出会ったという。
「高校の時は投げた試合はほぼ勝ち続けてきていて、自分を客観的に見ることがほとんどなかったんです。もちろん試合の振り返りはしましたけど、負けた試合が少なかった分、反省した試合はあまりなかったと思います。でも、社会人になってからは2年目から先発で投げさせてもらうことが多い中で負ける試合もあって。そこで反省する機会があったのも自分の引き出しが増えたきっかけになりました。そういう経験は自分を成長させてくれたと思います」
社会人野球はリーグ戦形式の大会もあり、「負けても次へ」という試合もある。高校野球の公式戦は全てがトーナメントで、秋、春の3位決定戦を除けば負ければ大会はそこで終わりとなる。
負けても次へ……といかに切り替えられるか。特に東海地区は社会人野球のレベルは全国屈指だ。そんな世界に身を置いて3年目。高校時代に比べて体重は15キロ増え、球速は5キロ上がった。それ以上に成長したと自負できる要素がある。
「精神力ですかね。どんな場面でも動じない。味方がエラーをしても、したくてエラーをしている訳ではないですし、そこで一喜一憂していてもしょうがない。自分もミスをすることはありますし、ミスしてしまった先輩にも自分から声を掛ける。どんな状況でも冷静に前を見られるようにはなったと思います」
「全てにおいて、まだまだ発展途上」の本音
それでも結果的に今秋のドラフトで2度目の“指名見送り”になった。だが、それに関しても自己を冷静にこう分析していた。
「全てにおいて、まだまだ発展途上です。マウンドでもそうですし、普段からの立ち振る舞いも。今年はドラフト解禁の年ですけれど、焦って今年(プロに)行く必要もないと思いました。自分としては結果をまだちゃんと残せていないので(今年は)どうかなというのが正直な気持ちでした。プロに行くならばチームに恩返ししていかないといけないです。まずはそこが一番だと思っています」
「来年こそプロに行くために…恩返しを」
ドラフト後、初の公式戦となった日本選手権大会。準々決勝のヤマハ戦で川原は先発マウンドを任されたが、初回から長打を浴びるなど相手打線につかまり、3回途中に7安打4失点で降板。チームも2-4で敗れ、準決勝進出はならなかった。要所で良いボールはあったものの、ここ一番の場面では精彩を欠き、今年最後の公式戦は苦い思いを残し終幕した。
やはり、何かが足りない――。そう痛感したマウンドだっただろう。だからこそ来年への思いは一層強くなる。
「精神面でもっと強いピッチャーになって、来年こそプロに行くためにチームに最高の恩返しをしたい。来年は1位で行ってやろうという気持ちです。やっぱり評価されてプロに行きたい。今はそんな思いしかないです」
そしてこう付け加えた。「大学に行くより社会人で野球をして本当に良かったと思っています。これだけのレベルの中で投げさせてもらって、自分を成長させてもらえたので」
来年は社会人4年目。つまり大学に進んだ同級生と共に評価されることになる。2度の苦い経験、そして今秋のマウンドが川原をどう変えるのか。進化した姿を披露することが、チームへの最大の恩返しとなる。
🎤“才能ゼロ”からセンバツ優勝 唯一の武器に異変で崩れ落ちたキャリア 「試合が怖い」
https://article.yahoo.co.jp/detail/c6b9ec676dfc1d298d7a36f7e76d7f65737571f8
■常葉大菊川・石岡諒哉監督 小学4年生で野球人生最初の挫折
華やかな経歴は、才能に恵まれたエリートと同義とは限らない。静岡県ゆかりの人たちが歩んできた人生をたどる特集「My Life」、第21回は常葉大菊川高校野球部の石岡諒哉監督。小学4年生で野球センスのなさを思い知らされ、社会人では努力で越えられない壁に直面した。今も夢に見るほどの苦しさから一度は野球が嫌になったが、選手の成長を間近に見られる指導者の喜びも実感している。
アマチュア野球界のど真ん中を歩いてきた。母校を指揮する石岡諒哉監督は、現役時代に常葉菊川(現:常葉大菊川)で正捕手として2007年にセンバツで優勝。卒業後は社会人野球の強豪・ENEOSに進んだ。その後は新日鉄住金東海REX(現:日本製紙東海REX)でプレーし、現役引退後は指導者の道を選んだ。浜松開誠館のコーチを経て、常葉大菊川では2020年に監督就任。チームを甲子園に2度導いている。野球経験者はもちろん、野球に詳しくない人でも分かる輝かしい経歴。だが、石岡監督は「エリートとは程遠い野球人生」と振り返る。
「運動神経が悪くて、小学生の時から自分には野球センスがないと分かっていました。小学4年生で最初の挫折を味わいましたから」
■「野球センスがないから仕方ない」 忘れられない父親の一言
石岡監督は自身の運動能力を「平均以下」と評価する。鉄棒では逆上がりができずに猛練習し、なわとびは二重跳びの習得にも苦労した。足も遅かったという。野球で最初の挫折を経験したのは小学4年生の時だった。父親からの一言が忘れられない。
「お前には野球センスがないから仕方ない」
石岡監督は小学1年生で野球を始めた。チームに同級生はおらず、2学年上の選手たちと一緒に練習していた。小学生の2歳差は大きい。石岡監督は周りよりも自分が上手くできないのは当然だと思っていた。ところが、その認識が一転する。
「小学4年生から野球を始める子どもが多く、チームに同級生が増えました。自分の方が何年も前から野球をやっているのに、始めたばかりの同級生の方が上手いんです。ショックでしたね。ただ、父親の言葉があったから、その後に努力できたと思っています」
■強肩を武器にセンバツ優勝 社会人の名門ENEOS入社
石岡監督は、同級生に運動能力やセンスの差を見せつけられた。自分の方が経験は圧倒的に長いのに、打力も守備力も走力も負けてしまう。父親の言葉で厳しい現実を知り、「周りに勝つには人一倍努力するしかない」と悟った。
センスには恵まれていなかったかもしれない。だが、石岡監督には「努力を続ける才能」があった。父親が自宅に手作りしたネットに向かって、毎日ティー打撃を繰り返した。そして、他の選手より突出した能力もあった。それは、「肩の強さ」だった。
「理由は分かりませんが、投げることだけは最初から得意でした。肩の強さがあったから、社会人まで野球を続けられたと思っています」
強肩を武器に、石岡監督は捕手として存在感を示した。常葉菊川でも扇の要として自慢の肩で何度もチームのピンチを救い、センバツで優勝を果たした。
全国制覇を果たした石岡監督は、大学や社会人チームからも注目される選手となった。その1つが、社会人野球の頂点を決める都市対抗野球で最多12回の優勝を誇るENEOS。高校に続いて、社会人でも日本一に貢献する決意で入社した。しかし、これが苦しみの始まりとなった。
「社会人1年目から送球する際に違和感がありました。2年目になると状態は悪化し、思ったように投げられなくなりました。イップスでした」
■イップス発症 4年目のシーズンオフに“戦力外”
イップスは今までできていた動作が思い通りできなくなる現象で、精神面や心理面に要因があると言われている。プロ野球選手でも、イップスになる選手は少なくない。石岡監督のプレーに狂いが生じた原因は明確ではない。ただ、高校から格段にレベルが上がった社会人野球で、より精度の高い送球を求められる重圧が影響した可能性もある。
キャッチボールではイップスは表れなかった。だが、ノックになると送球は乱れ、試合になると一層状態が悪くなる。相手走者に二塁へ盗塁された際、送球がセンターの定位置まですっぽ抜けたりすることもあった。
当時は今ほど、イップスが一般的ではなかった。石岡監督は「どうすれば治るのか分かりませんでした。練習で改善が見られると試合で使ってもらいましたが、試合に出るのが怖かったです」と明かす。
ENEOS入社4年目のシーズンオフ、チームから来シーズンの構想から外れていると告げられた。チームの戦力になれていない以上、覚悟はしていた。もう野球を辞めるしかないのか。それとも、環境を変えれば状況は変わるのか。石岡監督は悩んだ末、東海REXへの移籍を決めた。
■移籍後も治らないイップス 過度な練習で右肘が限界
移籍1年目、練習では送球が安定していた。東海地区を中心に社会人チームが優勝を争うJABA静岡大会では、スタメン出場のチャンスを得た。しかし、悪夢に襲われる。石岡監督が記憶をたどる。
「地元の静岡で開催される大会でスタメン起用されてうれしい反面、心配はありました。試合中盤に盗塁されて二塁へ送球した際、マウンドの辺りでバウンドし、二塁まで3回もバウンドしました。そこから記憶がありません。その試合では複数安打を放っていましたが、二塁送球の場面しか思い出せないくらいショックを受けました」
イップスの不安を払しょくするには練習しかない。そう考えた石岡監督は連日、送球練習を繰り返していた。1日400球を超える日もあった。ENEOS時代からイップス克服を目指して酷使した右肘は、限界に達していた。病院に行くと、右肘に2カ所の剥離骨折と尺骨神経麻痺が判明。リハビリ生活を余儀なくされた。
「ドアノブを回すだけでも痛み、私生活にも支障をきたすほどでした。でも、ENEOSや東海REXの関係者の方々のおかげで移籍させてもらったのに、痛いとは言えませんでした」
■現役引退後も送球ミスの夢 人一倍の苦労が指導者の財産
心身ともにボロボロになった石岡監督は東海REXで3年経ったシーズンオフ、現役引退を決めた。ENEOSを含めて計7年間の社会人野球について「何もできずに終わってしまいました。努力では、どうにもできないことがあると痛感しました。唯一の武器だった肩が不安材料となり、打力や走力で巻き返す器用さもありませんでした」と回想する。社会人では、野球をする苦しさだけが残った。
「いまだに自分が捕手をしていて、送球が上手くできない社会人時代の夢を見ます。イップスにならなかったら、どんな野球人生を歩んでいたのか見たかった部分もあります。現役引退後は草野球もしたくないほど、野球が嫌になりました」
東海REXを退社後は、縁あって指導者の道へ進んだ。2020年から母校の監督を務め、2023年と2025年のセンバツに出場を果たしている。
「私は指導者に向いているタイプではないかもしれませんが、今は選手の成長を見るのが楽しくてグラウンドに来ています」
野球センスのなさを自覚していながら、常葉菊川では日本一を成し遂げた。人一倍の努力で手にした成功体験もあれば、イップスの苦しみや挫折も味わった。決して平坦ではなかった選手時代の時間は、指導者としての武器となる。
⚾岩手さんへ
準硬式野球は全く分からないので、、、マスターズ甲子園以降の甲子園球場のスケジュールも全く分からないし・・・・・。
数日前、準硬式野球の名前を目にしても?????って感じでしたが、よく考えてみると第1回大会で雨天中止となり予備日を設定していなかった運営の学生たちにブーイングを浴びせられた記憶がよみがえりました!
もう懲りて1度きりかと思いきや今年で4回目なんですね・・・・。ちょっと調べたら3泊4日でスケジュール組んでいるようで、午後からも試合やるようですね。
2025 全日本大学準硬式野球東西対抗日本一決定戦 甲子園大会スケジュール(予定)
https://junkoh.jp/wp/wp-content/uploads/2025/09/r7_koshien_schecule_20250825.pdf
今回は天候に恵まれそうで、、、ところで神宮大会ですが結果を知り卒倒しかけましたね・・・・・。まさかそこまで差がつくとは!!これが兵庫県大会1回戦だったらどれだけ嬉しかったか。
兵庫のチームも今日の試合を録画して徹底分析して来年の春・夏に活かして欲しいところです。
大阪大会はいつも寂しいですね・・・。日生球場があった頃は大阪大会でも満員札止めということはなかったし、徹夜組なんて近畿大会でもない限りおらんでしょうし・・・。
大阪は学校数がやたら多い割には球場不足が深刻なんで。。。大阪・日生・藤井寺とプロ野球使用球場が相次いで閉鎖され、万博・住之江もたいがいですが、久宝寺も未だに毎年使っているし数年前までは寝屋川も使ってました。
本当にまともな球場というのは・・・舞洲・南港そして京セラドームくらいでしょうか???ドームは開会式と開幕戦の1試合しか使わないのが本当にもったいないですね。
久宝寺などはもっと数を減らして舞洲・南港を1日4試合で賄えばうまく運営できると思うのですが。
近畿大会では鳴り物応援もありですが、大阪大会は未だに認めないですね。東海大仰星が甲子園に出ていなければ未だにタテジマユニホームは厳禁だったかも?!
長崎西に関してはあるとすれば神宮枠よりも21世紀枠かなと・・・。僕は徳之島を推したいですが。九州6校の可能性も出てきましたね。
神宮枠は夏春連覇を狙う沖縄尚学が妥当な気もします。あるいは来春の開幕試合で横浜ー沖縄尚学というカードが組まれるかもしれませんね。
願わくば1回戦で神宮決勝の再現をして同じような展開で同等以上の点差で九州国際大付が頑張ってくれたら非常に嬉しいですね!