自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」

ようこそいらっしゃいました。監督(管理人)の宏鈴法師です。当掲示板は全国どこの話題でもOKですのでどうぞ野球談義・よもやま話をお楽しみ下さい!なお、ご意見ご要望はメールでお願いします。悪しからずご了承くださいませ。


紀州レンジャーズ チーム結成以来全成績 175勝187敗35分け 42雨天中止  4新型インフルエンザ発生&流行中止1降雨ノーゲーム(OBチーム1試合)
⚾今日の神宮大会試合結果(5日目 準決勝)
5日目第1試合 立命館大(関西②)-名城大(北東3) 10:02~12:34
          一二三四五六七八九十計HE
      名 城 大000000000 052
      立命館大00010000X 150

5日目第2試合 青山学院大(東都)-八戸学院大(東北3) 13:07~15:45
          一二三四五六七八九十計HE
      青 学 大031400000 8121
      八 学 大200000000 253

⚾明日の神宮大会組み合わせ(最終日 決勝戦)
    10:00~ 神戸国際付(近 畿)-九州国際付(九 州)
    13:00~ 立命 館大(関西②)-青山学院大(東 都)

💢全国高校サッカー選手権 宮城代表「調整中」のまま…出場取りやめも
https://news.yahoo.co.jp/articles/407093e9426b8d136614036ae31bc53d9fe6c350

出場校の不祥事が相次いで発覚したサッカーの第104回全国高校選手権(12月28日開幕)は17日、東京都内で組み合わせ抽選が行われ、いじめ問題で仙台育英が出場を辞退した宮城県の代表校が決まらないまま、トーナメント表が発表される異例の事態となった。宮城県代表は1回戦で那覇西(沖縄)との対戦が決まったが、関係者によると宮城県勢の出場取りやめも含め「検討中」という。

組み合わせが決まっても、前例なき事態の解決は見えてこない。県大会優勝の仙台育英は部内で構造的いじめがあったとして、今月11日に出場辞退を決めた。宮城県代表の取り扱いを巡っては抽選会までに方向性が示されるとみられていたが、この日も「調整中」のままだった。

代理出席でくじを引いた県高体連サッカー専門部の平賀玄太委員長は「関係各所と調整している段階。前例がないことなので全て調整しながら」と、全国高体連などで構成される実行委員会と協議を続けている状況を説明。代表校を選出しない可能性を問われても否定はせず「全てのことを含めて調整中」と繰り返した。

新たな問題が明るみに出たことで、現場にさらなる混乱を招いた。県大会で準優勝した聖和学園の複数のサッカー部員が、今夏に飲酒や喫煙で退部や休部、転校となっていたことが学校側への取材で判明。学校は県大会前に事実を把握し、該当部員を除いたメンバーで県大会に出場していた。

仙台育英の不祥事による出場辞退は大会史上初。大会規定には、不測の事態が起こった場合の代替校選出に関する事項は示されていなかったという。前代未聞の対応に追われる実行委員会が、近く最終結論を出すことになる。

📝明治神宮「1」枠はどの高校に!? 明治神宮大会高校の部「近畿王者VS九州王者」19日決勝 
https://news.yahoo.co.jp/articles/01e323b38dfac4a85b7801ff1afb5461c48b6dfc

第56回明治神宮大会は19日、神戸国際大付(近畿・兵庫)と九州国際大付(九州・福岡)の間で高校の部の決勝戦が行われる。どちらが勝っても初優勝となる。

近畿王者と九州王者の決勝は1978年の第9回大会以来、47年ぶり2回目。その際は柳川商(現柳川)が市神港(現神港橘)を破って優勝している。
近畿勢の優勝なら2022年の大阪桐蔭(大阪)以来3年ぶり。九州勢の優勝なら2013年の沖縄尚学(沖縄)以来13年ぶり。
注目は「神宮枠」と呼ばれる今大会優勝した地区に与えられる来春センバツの追加出場枠「1」のゆくえ。

近畿の一般選考枠は6で、秋季近畿大会で4強入りした神戸国際大付(兵庫)、智弁学園(奈良)、滋賀学園(滋賀)、大阪桐蔭(大阪)は濃厚。準々決勝で敗れた4校のうち、1点差の接戦で敗れた近江(滋賀)と東洋大姫路(兵庫)の戦いは評価が高い。
そこに神宮枠が1校増えると、近畿大会ベスト8の橿原学院(奈良)、天理(奈良)、地域性を優先するなら近畿大会1回戦で敗れはしたが、秋季和歌山大会で優勝した近大新宮(和歌山)、京都大会で優勝した龍谷大平安(京都)も選考対象になりそうだ。

九州の一般選考枠は「4」で、秋季九州大会でベスト4の九州国際大付(福岡)、長崎日大(長崎)、神村学園(鹿児島)、熊本工(熊本)は濃厚。1枠増えるなら準々決勝に進出した小林西(宮崎)、日本ウェルネス(沖縄)、長崎西(長崎)、沖縄尚学(沖縄)の4校が選考対象になる。
長崎西は21世紀枠にも推薦されていることが好条件になる可能性もある。地域性を優先する場合は秋季宮崎大会で優勝した小林西、大分大会を制した明豊、沖縄大会を制した沖縄尚学が優位で議論が進められそうだ。

🔥智弁和歌山の甲子園優勝メンバーが分かれて対決!神宮大会決勝は、立命館―青山学院「このままノーヒットで大会を終わらせたい」
https://news.yahoo.co.jp/articles/4ce5325fab2af9711c54f87013e73f2dc0f79ba0

第56回明治神宮野球大会(大学の部)は11月18日に準決勝2試合があり、立命館大学が名城大学に1-0で、青山学院大学が八戸学院大学に8-2で勝ち、決勝進出を果たした。両チームでは2021年の第103回全国高校野球選手権大会を制した智弁和歌山の選手たちがレギュラーを張っており、一緒に夏の甲子園優勝を飾ってから4年後、今度はお互いのチームに分かれて日本一の座を争う構図となった。

集大成のシーズンで花開いた立命館・角井翔一朗

立命館大の角井翔一朗(4年)は智弁和歌山時代、夏の甲子園全4試合に「3番・レフト」で先発出場した。青山学院大の中西聖輝(4年)と渡部海(3年)は、当時からバッテリーを組んでいた。ただ、神宮大会の決勝で顔を合わせるまでの道のりは対照的だ。

角井は大学で苦しんだ。大きな期待を受けて入学したが結果を残せず、2年目は出場はおろか、ベンチ入りもできない日々が続いた。
ようやくレギュラーの座をつかめたのは最後の秋シーズンだった。開幕からしばらくは代打での起用が続いたものの、「8番・ファースト」で先発した9月14日の近畿大学2回戦で関西学生リーグ自身初となる本塁打を放ってから、3戦連発。打順は「5番」に上がり、リーグ優勝を決めた同志社大学とのカードでも2試合連続で本塁打を放った。集大成のシーズンで最優秀選手にも選出された。

下級生の頃から活躍してきた中西聖輝・渡部海

一方、青山学院大に進んだ2人は、下級生の頃から活躍してきた。中西は最上級生に常廣羽也斗(現・広島東洋カープ)や下村海翔(現・阪神タイガース)がいた2年生の頃から、東都1部リーグのマウンドを経験。この時に春秋連覇を達成し、3年生になった翌年はエースとして春秋のリーグ戦、全日本大学野球選手権、明治神宮大会と「四冠」を達成した。レベルの高さから「戦国」とも呼ばれる東都1部では、2年の春から6連覇。中西自身は今年10月のプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから1位指名を受けた。

中西の1学年後輩にあたる渡部は入学以来、東都1部で優勝し続けていることになる。1年春の開幕戦からマスクをかぶり、常廣や下村、中西らの球を受けてきた。ルーキーシーズンで、いきなり新人賞とベストナイン(捕手)を獲得。2年の秋には最高殊勲選手賞にも輝き、早くも来秋のドラフト候補に名前が挙がっている。試合後、角井について尋ねると、日頃から連絡を取り合っていると明かし、「今シーズンも角井さんが結果を出しているのを見て、自分も負けないようにと思ってやってました。今大会、角井さんはまだヒットが出ていないので、このままノーヒットで大会を終わらせたいなと思います」と強気な発言もあった。

立命館大は初、青山学院大は3年連続の決勝進出。関西地区の代表決定戦で、後がない状況から勝ち上がってきた立命館か。普段からレベルの高いリーグでもまれ、ライバルたちの挑戦をはね返してきた青山学院か。19日午後1時に今季の大学野球最後の公式戦が始まる。

🎤金村義明がセンバツで見た"スゴすぎる槇原寛己"「甲子園の大観衆が静まり返った」
https://news.yahoo.co.jp/articles/060d866100f0fbc0ba317b459d8165b98e1e0e5c?page=1

かつて近鉄バファローズで"いてまえ打線"の中心選手として活躍した金村義明さんが、お笑い芸人・ますだおかだの岡田圭右さんを相手に、貧しいなかでも野球をあきらめなかった少年時代や、応援し続けてくれた母への思い、そして忘れられない高校3年生で初出場した春のセンバツについて振り返った。

【憧れの報徳学園入学への険しい道のり】

岡田圭右(以下、岡田) 少年時代の野球の思い出は?

金村義明(以下、金村) 少年野球のチームはあったけど、お金がかかるから入れてもらえなかった。父親が「お前は働け」と。だから僕は、近所の子どもを集めて、3軒となりのおっちゃんに「試合の時だけ監督として来てくれ」と頼んで、チームを作ったんです。練習は僕が野球雑誌をボロボロになるまで読んで(研究して)、同級生にノックをしていました。

岡田 近所で野球チームに入ってへんヤツを集めて、急造のチームを作ったんですか。

金村 そう。冬はサッカーチームに変身する(笑)。冬は「俺は釜本邦茂や」言うて、「とにかく俺にボールを回せ」言うてました。

岡田 報徳学園(兵庫)への進学はいつから考えていたんですか?

金村 小学生でお母ちゃんの内職の手伝いをしている時に、テレビで報徳学園がセンバツ優勝したのを見て憧れました。

岡田 テレビでたまたま見た報徳学園に憧れて、お父ちゃんは「お前は働け」と言うけど、お母ちゃんは「報徳に行って野球しなさい」と言ってくれたんですよね。

金村 報徳学園は私学だから(お父さんは)入れてくれないだろうと思って、内職しているお母ちゃんの耳元で「お父ちゃんと離婚せえ」言うて(笑)。「俺がプロ野球に行って、(選手たちが住んでいる)高台に家を建てるから」って言っていました。親父は、ダンプカーの持ち込みの運転手やから、夜勤で朝に帰ってくる生活で、友達がひとりもおらんかって、ただ新聞だけを見るような人だった。小学生の時は、報徳学園の練習を見たあとに、(阪急の)西宮球場に行くねん。第2球場はタダで入れるから。

岡田 小学生の頃はそういうルーティンがあったんですね。

金村 当時は、(球場内に)ファンブックが置いてあって、そこに選手の自宅住所とか、電話番号とか、乗っている車とかが全部書いてある。だからそれを見て、高台の高級住宅街に行って、インターホン押して、ワーッと逃げて......それで足腰を鍛えてた(笑)。当時の阪急の1番福本豊、2番大熊忠義、3番加藤秀司、4番長池徳士って順番に家を回ったけど、(5番の)スペンサーの家だけは行っていないな。

岡田 誰が打順どおりに家を回れと言った!(笑)

金村 そのなかで一番大きい家が4番の長池さんでした。

岡田 金村少年はそんなふうに小学校時代を過ごしていたんですね。中学校は?

金村「中学から報徳学園に行かしてくれ」って親に頼んで、行かせてもらいました。今考えると、ようあんなこと言うたなと思います。

岡田 当然、私立は学費が高いですよね。

金村 兄貴も中学から報徳学園に入れてもらってたんです。クラブチームで、キャッチャーで4番で有名だったから。

岡田 お兄さんは推薦か何かで?

金村 違う。受験勉強をして入りました。それに輪をかけて「俺も入れてくれ」って。でも、お父ちゃんには1週間泣いて頼んでも「あかん」、土下座しても「あかん」って言われて。その姿をけなげに思ったお母ちゃんが清掃の仕事にも行ってくれて(仕事を増やしてくれた)。お父ちゃんにも「うるさいから頼む。この子は勉強もできるから」と言ってくれて、「もう勝手にせえ」と。

報徳学園中学に入ってからは、成長痛とかいろいろあるなかでも、毎日壁当てをしたり、トラックのタイヤに竹バットで打ちつけたり、自転車のチューブでインナーマッスル鍛えたり......あのチューブの筋トレは俺が考えたんやで(笑)。そんなふうに練習していました。

【厳しすぎた初出場のセンバツ】

岡田 金村さんのイメージは4番でエース、天才肌という感じでしたけど、実はそういう陰の努力があって、その根源にはお母ちゃんへの親孝行があったんですね。そして、いよいよ報徳学園の高校時代はどうでしたか?

金村 関西の(中学の)エースで4番ばっかりが集まっていて、1年生(部員)だけで140~150人。今も全体で150人ぐらいいて、4軍まであんねんけど、僕らの時は(練習が)厳しいから卒業する時は20人ぐらいまで減んねん。野球部をやめてラグビー部に行ったり、サッカー部に行ったり。

岡田 そこで金村さんは頭角を現したんですね。

金村 でも、最初は背番号をもらえないやん。最初の番号は18番だったかな。「あいつより俺のほうがうまいのに」って思っていても、監督は裕福な家庭の子が好きでな(笑)。

岡田 ちょっと待て待て。余計なこと言わんでええねん(笑)。

金村 母親にも「お前が中途半端やから裕福な家庭の子に負けるんや」って怒られて(笑)。烈火のごとく「どんな思いでお前を学校入れたと思っているんだ! 3倍努力せい!」って言われて、そこから"ひとり巨人の星"で頑張って、エースナンバーの1番をもらいました。
それでやっと甲子園に近づいたと思ったのに、(3年の)センバツは近畿大会でPL学園に負けたんです。それでも、ぎりぎり選ばれて出場が決まった。みんなは監督の胴上げをしていたけど、僕は自転車でお母ちゃんのところに行って「甲子園決まった」って言うて、「これでスカウトの目に留まる」って思った。

岡田 夢が現実になって、当然お母さんも甲子園に観に来たんですよね?

金村 毎試合来ていました。地元が近いしね。1回戦の相手は愛知県代表の大府高校で(エースは)槇原寛己(元巨人)や。でも、公立高校だし、「知多半島ってどこ?」って感じだった(笑)。

岡田 今みたいに情報はたくさんないしね。

金村 そう、ほんまに。当時はみんなソリコミを入れてたんやけど、僕だけ青ゾリになるのが嫌で、気合いを入れて、毛抜きで抜いて。甲子園での入場行進の予行練習の時に、「大府高校って、どんな高校や」って(相手のところまで)かましに行って「槙原呼べ!」とか言って(笑)。

岡田 むちゃくちゃやな。

金村 そんな感じで気合いが入っていたんやけど......。試合開始のサイレンが鳴って槙原が投げたら、甲子園の大観衆がシーンと静まり返ったんです。忘れもせえへん。

岡田 槙原選手が、どれだけすごいかって情報も全然なかった?

金村 事前に情報雑誌を見たら、「ピッチャー槙原はスゴい」って書いてあったんやけど、大府高校の打線評価は「B」って書いてあるし、「俺のほうがスゴいやん」ぐらいにしか思ってなかった。自信過剰のうぬぼれ屋やから。だから、(実際の槙原の)投球を見てびっくりした。それでも「槙原に負けん」と思って、力まかせに1回からストレートだけをバンバン投げたら、2回で5点取られた。B評価打線に(笑)。槙原にもライト線に打たれて。入場の予行練習では「おーい、槙原」とか言っていたのに、しゅーんとなって(笑)。

岡田 お母ちゃん、泣くで、ほんまに(笑)。

金村 甲子園始まって以来の報徳学園初戦敗退。監督には「お前のひとり相撲で負けた」「野球やめろ」とまで言われて。でも、バッティングはよかったんや。たまたまバットを短く持って、目をつぶって振ったら槙原から3本ヒットを打てた。ホームラン、2塁打、ヒットの3打点。1回戦で負けて泣いてたんやけど、ある雑誌に「今大会最高打者」って書かれていて、「よし、バッターや!」って(笑)。

岡田 立ち直るのが早いなあ(笑)。センバツのあと、夏の甲子園はどう迎えましたか?

金村 バッターでいこうと思ってからは、バッティング練習ばかりしてました。槙原だけじゃなくて、各校スゴいピッチャーがいたから、もう無理だなと思って。

📝大阪桐蔭で全国制覇&日本代表で最優秀投手→まさかのドラフト“2度目の指名漏れ”の衝撃 涙の元エースの現在地「もうひと皮剥けないと…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/22f8369a662562567cdcc86ab2ab0a3299268f0a

今年も多くのドラマを生んだプロ野球ドラフト会議。指名された顔ぶれに注目が集まる一方で、毎年必ず話題となるのが惜しくも“指名漏れ”となった選手たちだ。かつて大阪の超名門校で全国制覇を果たしたエースも2度目の苦難に直面した。果たしてその胸中はどんなものだったのだろうか。

「今年も(自分の指名は)ないな」
 
10月23日のドラフト会議。控室で中継を見守っていた川原嗣貴(Honda鈴鹿)は、4巡目を過ぎたあたりから自分の行く末を感じ取っていた。

「今年も(自分の指名は)ないなって思いました。まぁ、今年は世間ではドラフト候補って言われていましたけれど、自分は社会人になってプロに行けるような結果を残していないですし」

その悪い予感は、結果的に的中することになる。川原の名前は、最後まで呼ばれることはなかった。高校野球の超名門・大阪桐蔭高を卒業後、Honda鈴鹿に入社し今年で3年目になる。ドラフト解禁年となり、ドラフト会議が近づくと新聞記事などで川原の名を何度か目にしていたが、川原は冷静に自己を見つめていた。

「今までの成績ではプロに行くのは厳しい。もうひと皮剥けないとないなと思いました。それは自分が一番分かっていますし、周りからもそういう声がたくさんありました。耳が痛くなるほど何度も同じことを言われましたし、厳しい言葉もありました。それも自分の責任だとしっかり受け止めて、それを糧にするしかない。そう思ってずっとやってきたんですけど……」

高校時代から川原の名は知れ渡っていた。189センチの恵まれた体格を生かし、140キロ台後半の速球をコンスタントに投げ込む。2年夏の甲子園で全国デビューを飾り、2年秋の明治神宮大会では2試合に登板し優勝に貢献。翌年の3年春のセンバツでは松尾汐恩(DeNA)とのバッテリーで優勝を果たした。1年下にいた前田悠伍(ソフトバンク)との両輪で、3年夏の甲子園では8強入り。その後はU18日本代表にも選出され、最優秀投手、救援投手としてベストナインも獲得している。

高3時のドラフトは「指名漏れ」…涙を流す場面も
 
輝かしい実績を引っ提げプロ志望届を提出したが、DeNAから1位指名を受けた松尾と共にプロ入りはならず。ドラフト後は大粒の涙を流す川原の姿があった。当時を本人はこう回顧する。

「あの時は、支配下ではなくてもどこかで自分の名前は呼ばれると思っていました。それだけにショックが大きかったです。落ち込んだこともありましたけど、ズルズル引きずっても仕方がない。(社会人入りが決まって)すぐに切り替えることはできました」

Honda鈴鹿入社後、1年目から日本選手権予選のマウンドを任されるほど高卒新人ながら大きな期待も背負ってきた。2年目になると先発陣の一角を担い、着実に経験を積み上げてきた。一方で、そこで高校時代の自分との「ある違い」にも気づいたという。

              (つづく)

⚾岩手さんへ
PLに限らず府内の高校は大阪大会では鳴り物禁止なんで、演奏を披露する機会は近畿大会と甲子園しかないですね・・・・・。僕は92年から日生球場を中心によく大阪大会でPLの試合観戦しておりましたが、口ラッパの応援は寂しいものがありました。。。
ただ、あのブラスバンドが92年夏の4回戦万博球場で思いっきり後押ししていたらセンバツ8強入りのチームに我が母校はコールド負けていてたかも?!(派手な応援がなかったお陰で2-1と大金星を拾えた気もします!)

ユーチューブのことはよく分かりませんが、毎日配信されている方が多いのでたしかに期間限定かもしれないですね・・・・・。

三重高野連前売り券値上げの件ですが、これは来年以降も続くと思われます。ただ、当日券は700円で変わらない(システム手数料400円とあるので)と思います。
県大会レベルだったら、従来通り球場の入場券売り場で販売するであろうと・・・。
ただ、あくまでも推測の域でしかないので詳しいことは
TEL:059-271-7689 携帯090-5614-3250まで。

P・S 11月21日9時試合開始の『第4回全日本大学準硬式野球東西対抗戦』in甲子園の記事見ました!
たしか初回は雨で数時間粘ったものの天候の回復が見込めず中止となり予備日もないので、運営の学生さんが号泣した大会のはず。今回は天気良さそうですが、無観客試合なのか有観客試合なのかが分からないですね。
2025/11/18(火) 22時00分44秒 No.2139 編集 削除