自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
⚾明日の和歌山大会組み合わせ(初日 開会式)
11:00~ 開 会 式
📝持丸修一 77歳名将の高校野球論
千葉を「戦国」たらしめる“超過密日程”は今年の我が専大松戸に追い風になる手応えを感じています
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/374347
夏の千葉大会が、いよいよ10日(木)に開幕します。我が専大松戸は春季千葉大会で優勝し、Aシードを獲得。初陣は12日(土)の2回戦、秀明八千代-芝浦工大柏戦の勝者と対戦します。
仮に専大松戸が決勝まで駒を進めるとしたら、15日(火=3回戦)、19日(土=4回戦)、20日(日=5回戦)、23日(水=準々決勝)、24日(木=準決勝)、26日(土=決勝)という日程。なんと、決勝までの8日間で5試合、しかも連戦が2度もある。
出場校など条件の近い神奈川県、埼玉県と比べても、やはりハードです〈表〉。千葉県ならではの超過密日程に、毎年、苦笑いするしかありません。「戦国千葉」といわれるのは、このスケジュールも関係しているのでしょう。
ZOZOでやれるのなら受け入れる
もう少しマシにならないか、といった声も指導者の間で聞こえてきますが、私はというと、どうにもならないものだと受け入れることにしています。
知っての通り、準決勝、決勝の舞台となるZOZOマリンスタジアム(以下、ZOZO)はロッテの本拠地で、プロ野球との兼ね合いがあります。大会の開催時期についても、本業である学校の定期テストや、甲子園の抽選会などの都合が絡むため、簡単には動かせません。
「それなら、他の球場を使えばいいのでは?」と思う読者もいるかもしれませんが、千葉大会の決勝戦は毎年、スタンドがびっしり埋まるほど大人気。観客の数、駐車場のキャパシティー、動線の安全確保といった面を総合的に見ても、約3万人が入るZOZOよりもふさわしい球場はありません。
なにより、実際にプレーする選手たちにとって、プロが使う「最高の環境」で、これまで経験したことのないような大声援を受けながらプレーすることは、他の何にも代えられない人生の肥やしになります。「一生の思い出になった」という選手の声も耳にするだけに、ZOZOで試合をさせてもらえるのなら、たとえ過密日程であっても仕方がないと割り切ることができるのです。
さらに、この過密日程は、今年の専大松戸にとっては追い風になるという手応えを感じています。
現チームには、公式戦で計算できる投手が5人います。右の本格派、アンダー、サイド、左の技巧派など、タイプも球筋もまったく異なる5人です。欲を言えば、絶対的な柱がいれば理想でしたが、逆に5人全員を生かせる条件が整っているとも捉えられる。
連戦が続く中、ひとりのエースに頼るチームは、勝ち上がるほど厳しさは増す一方です。登板のたびに疲労は蓄積し、対戦相手のレベルも上がっていく。いくら力のある投手でも、球数制限もあり、最後までひとりで投げ抜くのはまず不可能です。
一方こちらは状況に応じてタイプの違う投手を使い分け、うまく噛み合わなければすぐに次のカードを切ることができる。1人あたりの負担を極力抑えつつ、常にフレッシュな投手をつぎ込んで試合を組み立てられるのが今年の専大松戸の強み。それは勝ち進むほどに真価を発揮するはずです。
まだまだチームに不安や課題が残りますが、戦いながらどれだけ修正できるか。それが甲子園切符を掴み取るカギになります。
📝「体重が急に10キロ近く落ちて…」京都の名門野球部主将を襲った“ある異変”…「疲れているのに眠れない」「極度の倦怠感」その“まさかの理由”
https://news.yahoo.co.jp/articles/d25225058c224e0f531a6e5493696da8fea3998d
全国各地で甲子園に向けた地方大会の幕が上がり始めている。激戦区・京都でも連日、熱い戦いが繰り広げられている。その優勝候補の一角、立命館宇治高校の「4番・捕手」を務めるキャプテンは、昨年ある病に蝕まれ、一度は「野球ができなくなる」とまで言われていた。逆境を跳ね返して、最後の夏に臨む選手に話を聞いた。 6月下旬。夕陽に照らされたグラウンドに現れた伊藤央太は、昨秋に比べるとその練習着がパツパツになるほどどっしりとした体格になっていた。
主将で、4番。そして扇の要である捕手を務める。その精悍な顔つきは、一層たくましくなったように映る。里井祥吾監督が嬉しそうに伊藤の近況を口にする。
「この間、東洋大姫路と練習試合をしたんですけれど、岡田(龍生)監督に伊藤のことを“ええキャッチャーやね”って褒めていただいたんです。去年の3月のちょうど練習試合が解禁になった頃、ウチでは正捕手がケガをして伊藤が1人、連日マスクを被って試合に出ていたんです。
そうしたら対戦したチームの方から“あのキャッチャーの子、大丈夫? ”とか“あの子しかキャッチャーはいないの? ”とか言われたことがあって。体調に異変があったのはその時期で……。この1年間、大変な思いをしてきたと思います」
1年夏から「甲子園ベンチ入り」の有望株
168センチと決して上背がある訳ではないが、持ち前の勝負強い打撃は当時の1年生の中でも抜きん出ていた。
1年夏から府大会でベンチ入りを果たし、チームとして4年ぶりの出場となった夏の甲子園でもベンチ入り。試合に出場することはなかったが、夢にまで見た大舞台を高校入学わずか4カ月後に体感することができた。その直後の新チームでは背番号3を背負い、秋季大会では3番を打った。だが、冬を迎える頃から身体に異変を感じるようになった。
「ご飯をかなり食べていても体重が落ちていくようになったんです。その頃は体重が75キロあったんですけど、一時期は66キロまで落ちてしまって」
それでも連日の練習疲れで体重が落ちているだけだと思い、深刻には受け止めていなかった。食欲もあり、その他の健康面でも気になる点はなく、一時的なものだろうと思い込んでいた。
突然、伊藤を襲った身体の不調
だが、日を追うごとに違った症状も目立つようになった。
「練習で疲れているのに、寝ていても夜中に何度も起きることがありました。トイレにも何度も行きましたし……。それから、練習でもだんだん疲れやすくなっていって」
さらに深刻になったのは2年生になる直前、前述の里井監督が触れた3月だ。短い距離を走っただけでもすぐに動きが鈍くなるようになった。チームの窮地ではあったが、身体のキレもなく、極度の倦怠感などを訴えるようになった伊藤は、試合出場を控えるようになった。
そして、その異変は次第に、目に見えるほどになっていく。
📝医者から「野球はもうできなくなる」と言われ…京都の“名門野球部”主将を襲った難病 逆境から挑む最後の甲子園「普通の生活は当たり前じゃない」
https://news.yahoo.co.jp/articles/63c12cb9cdacc4a4e4009a1f057bb77f10923a27?page=1
全国各地で甲子園に向けた地方大会の幕が上がり始めている。激戦区・京都でも連日、熱い戦いが繰り広げられている。その優勝候補の一角、立命館宇治高校の「4番・捕手」を務めるキャプテンは、昨年ある病に蝕まれ、一度は「野球ができなくなる」とまで言われていた。逆境を跳ね返して、最後の夏に臨む選手に話を聞いた。全国各地で甲子園に向けた地方大会の幕が上がり始めている。激戦区・京都でも連日、熱い戦いが繰り広げられている。その優勝候補の一角、立命館宇治高校の「4番・捕手」を務めるキャプテンは、昨年ある病に蝕まれ、一度は「野球ができなくなる」とまで言われていた。逆境を跳ね返して、最後の夏に臨む選手に話を聞いた。
「4月になってからだったと思います。まだそこまで暑くない時期なのに、伊藤が教室で異様に汗をかいていたんです。もともと汗かきだったようですけど、汗の出方があまりにも異常だった。なので、病院で診てもらった方がいいということになったんです」
立命館宇治高野球部の里井祥吾監督は、チームの「扇の要」である捕手の伊藤央太(3年)に昨年現れた“異変”について、そんな風に振り返る。
数々の異変…病院で下った診断は?
病院での検査の結果、下った診断は「バセドウ病」だった。バセドウ病とは甲状腺の動きが活発になり、甲状腺ホルモンが異常に産生される難病として知られている。甲状腺ホルモンは全身の臓器に作用して新陳代謝を促すホルモンのため、その産生が異常増加することで動悸、体重減少や手の震え、過剰な発汗などの症状が出るとされている。そしてその病によって、伊藤は過酷な宣告を受けることになる。
「『野球はもうできなくなる』と言われました。ショックは大きかったです。でも、まずは病気を治すことに専念しようと思いました」
3カ月の間は激しい運動は厳禁。つまり、グラウンドに行くこともできなくなった。学校の体育の授業を受けることも禁じられたが、伊藤自身はこう前向きに捉えていた。
「自分はもともと身体が硬くて柔軟性がないと言われていたんです。激しい運動はできなくてもストレッチとか柔軟性を使うトレーニングをすることはできた。なので、それはそれで切り替えられました」
状態が上向く時を信じ、やれる範囲のことを地道に続けることだけを考えた。入院こそしなかったが、数週間に1度は病院で診察を受けながら、朝からいつも通りに登校。夏に向けて最もチームが活性する初夏の時期は、ひたすら学校と家を往復する日々を送った。
3カ月のブランクを経て…ようやくグラウンドへ
グラウンドにようやく出られるようになったのは、昨年8月だった。まずは軽いティー打撃やトレーニングなどで徐々に体を慣らし、少しずつ外の空気に触れることから始めた。対外試合は代打のみに絞るなど、出場機会をセーブしながら実戦感覚を取り戻していった。加えて伊藤は主将としてもチームをけん引する立場でもあった。療養によるブランクがあるにも関わらず、伊藤に主将を任せ続けた理由を里井監督はこう明かす。
「実は前に他の選手が主将をしていた時期もあったんです。伊藤は何かがずば抜けているというより、やっぱり人間性(が主将続行の理由)でした。伊藤は大人ともちゃんと会話ができるので、選手たちや僕らの間に立ってチームを見渡せるんです」
思ったことをいう時もそのタイミングが絶妙で、うまく調和を取りながらチームメイトに言葉を発することができる。
「同級生と下級生、分け隔てなくうまくコントロールできるので、キャプテンには適任だと思いました」
秋の京都大会を制覇も…センバツは逃す
チームは秋の府大会を制覇し、近畿大会に出場。その頃は「身体の状態はまだ8割くらいだった」(本人)という。近畿大会では初戦で奈良を4-1で破るも、準々決勝で市和歌山に0-10で6回コールド負けを喫し、センバツ出場への夢は断たれた。今春の府大会も早々に敗れ、今夏はノーシードから戦う。
「秋の時点で打撃がまだまだだと感じました。春もまだまだ部分を感じたので、自分としては確実に1本を出せるバッターになりたいです」
異変を感じはじめていた一昨冬は満足な練習ができなかったが、昨冬はロングティーを含め、スイングを強くすることをテーマに思う存分バットを振り込むことができたという。もちろん完全に病気が治ったわけではない。ただ最近、病院でこんな報告も受けた。
「(今年6月末の時点では)甲状腺の数値はまだ低い方ではないんですけど、『完治する可能性がある』と言っていただきました。自分はもう一生、この病気と付き合っていくんだろうと思っていたので、そう言っていただいたのは嬉しかったです。それでも薬は毎日飲み続けていかないといけないんですけど、それでも今は体調がかなり良くなりました」
現在は全力で走ることも許可され、ようやく何かを気にすることなく全力プレーができるようになった。夏に向け、4番打者としても期待が高いが、4番という言葉に本人ははにかんだ笑みを見せながらこう口にする。
「自分は4番でも長打を期待されるバッターではないんです。勝負どころでしっかり1本を出すことが目標です。1年生の夏からベンチには入っていましたが、フルで出場させてもらえる夏は今年が最初で最後。
ウチには複数の投手もいますが、ピッチャーを良くするのも悪くするのも自分にかかっていると思うので、自分が少しでも良い方向に持っていけるリードを徹底していきたいです」
野球ができることは「当たり前ではない」
灼熱の太陽の下で、いよいよ開幕する高校野球最後の夏。だが、伊藤にとって最後の夏は特別な夏でもある。
「病気になって、普通に生活することは当たり前じゃないと感じました。今、こうやって野球ができることに感謝しながらこの夏を過ごしていきたいです」
野球ができなくなるかもしれないという絶望の淵から約1年経った今、笑顔でグラウンドに立つ自分がいる。6月だというのにもう真夏のような威勢をあげている太陽は、傾きかけた夕刻になっても、いつまでも伊藤を照らし続けていた。
伊藤の本気の夏はこれから――。太陽が、そう告げているようだった。
📝夏の暑さ対策、休憩時間増やし、ベンチに日よけ 高校野球長崎大会
https://news.yahoo.co.jp/articles/b78f9e10da085c6611b379d92b65275cd8c5d9e8
8日の高校野球長崎大会は1回戦6試合が3球場であった。五島・長崎鶴洋・西彼杵と佐世保西・佐世保商・平戸・上対馬の二つの連合チームが登場したが、ともにコールドで敗れた。長崎総大付は延長十回タイブレークで佐世保工に競り勝った。9日も1回戦6試合がある。
第107回全国高校野球選手権長崎大会では今大会から、厳しさを増す暑さへの対策として、選手や監督が入るベンチの前にタープ(布)が張られている。真夏の直射日光が差し込んで気温が上がるのを少しでも和らげるのが狙いだ。
従来は五回終了時のグラウンド整備の際、選手たちがしっかり水分を補給し、体を休める5~8分程度のクーリングタイムが設けられていたが、今大会からは三回と七回の終了時にも3分間の休み時間を設け、熱中症などの予防に配慮している。また、27日に予定されている決勝は昨年より1時間早い午前10時5分に始める。
🔥樹徳 井達監督長男が躍動 ジャイアントキリングへ「自分らはチャレンジャー」
https://news.yahoo.co.jp/articles/4081e2e4a5ef16361e4b34db6c7d9bf025bb6706
◇第107回全国高校野球選手権 群馬大会1回戦 樹徳6―1高崎経大付(2025年7月9日 上毛新聞敷島)
22年甲子園出場の樹徳が、昨夏同大会8強の高崎経大付に6―1で快勝した。
井達誠監督の長男・格朗(3年)は7回、3つの遊ゴロを堅実にさばいた。特に2死からは中堅寄りのゴロを軽快に処理するなど父譲りのグラブさばきを披露した。
打撃は4打数無安打ながら「きょうは守備の日だったかな。でも難しい当たりを捕れたのは自信になります」と笑った。
同校の遊撃手として91、92年甲子園に出場した父に、幼少期から鍛えられた。桐生・広沢中時は群馬県選抜入りも、父が指導する同校入学以降は「監督の息子だから試合に出ている」と周囲に言われないため、守備に磨きをかけた。
チームが順当に勝ち進めば準決勝で健大高崎と対戦。ノーシードから3年ぶりの甲子園へ、格朗は「毎年健大高崎だけ勝つのは悔しい。自分たちはチャレンジャーだし、一発勝負なので何があるか分かりません」と息巻いた。
📝守備の途中に給水タイム初実施、暑さ指数28以上など独自の熱中症対策/宮城大会
https://news.yahoo.co.jp/articles/9ce521240426b296b8024a983c73f68cd4cd8fa3
<全国高校野球選手権宮城大会:仙台東-小牛田農林>◇9日◇1回戦◇楽天モバイルパーク宮城
宮城県高校野球連盟では、今年から新たな熱中症対策を導入。気温30度を超えたこの日、対策の1つである暑さ指数が厳重警戒ランク(WBGT28)以上の際に、「15分を超えて、2つのアウトが取れない場合、守備側の給水時間を設ける」が実施された。
開幕試合は2回に仙台東打線が爆発。4-0の1死二、三塁の好機。この回8人目の打者、3番・森田健哉外野手(3年)の左前適時打で、さらに2点を追加。なおも1死二塁の場面で、熱中症対策の説明を含めた一時中断のアナウンスが流れた。その後、約1分間、選手や審判員の給水時間に充てられた。
WBGT 環境省のHPによれば、熱中症を予防することを目的として1954年(昭29)年にアメリカで提案された指標。人体と外気との熱のやりとりに着目した指標で、<1>湿度<2>日射・輻射など周辺の熱環境<3>気温の3つを取り入れた指標。
👧NGT48西川晴菜「高校時代の厳しい部活思い出した」開会式と開幕戦を観戦/新潟
https://news.yahoo.co.jp/articles/db86558080f571a131e693d5e1016a78200d0501
NGT48の西川晴菜(22)が9日、コラム執筆のため、ハードオフエコスタジアム新潟で行われた高校野球新潟大会の開会式と開幕戦を観戦した。
大阪出身で生粋の野球好き。子どものころは父に連れられて大阪や奈良など近畿地区の地方大会によく足を運んだという。ただ、開会式を直接見たのは今回が初めて。「『栄冠は君に輝く』の合唱を生で聴けて新鮮」と話した。入場行進については「みんなきれいに足がそろっていた。高校時代に厳しい部活をしていたころを思い出しました」と、強豪の登美丘高ダンス部に所属していた当時の自分と重ね合わせた。
開幕カードの新潟青陵-加茂暁星戦はスコアブックの記入にも挑戦した。「点が入ると分からなくなる」と苦戦も、「両チームのあきらめずに戦う姿に感動した」と笑顔で感想を話した。
11:00~ 開 会 式
📝持丸修一 77歳名将の高校野球論
千葉を「戦国」たらしめる“超過密日程”は今年の我が専大松戸に追い風になる手応えを感じています
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/374347
夏の千葉大会が、いよいよ10日(木)に開幕します。我が専大松戸は春季千葉大会で優勝し、Aシードを獲得。初陣は12日(土)の2回戦、秀明八千代-芝浦工大柏戦の勝者と対戦します。
仮に専大松戸が決勝まで駒を進めるとしたら、15日(火=3回戦)、19日(土=4回戦)、20日(日=5回戦)、23日(水=準々決勝)、24日(木=準決勝)、26日(土=決勝)という日程。なんと、決勝までの8日間で5試合、しかも連戦が2度もある。
出場校など条件の近い神奈川県、埼玉県と比べても、やはりハードです〈表〉。千葉県ならではの超過密日程に、毎年、苦笑いするしかありません。「戦国千葉」といわれるのは、このスケジュールも関係しているのでしょう。
ZOZOでやれるのなら受け入れる
もう少しマシにならないか、といった声も指導者の間で聞こえてきますが、私はというと、どうにもならないものだと受け入れることにしています。
知っての通り、準決勝、決勝の舞台となるZOZOマリンスタジアム(以下、ZOZO)はロッテの本拠地で、プロ野球との兼ね合いがあります。大会の開催時期についても、本業である学校の定期テストや、甲子園の抽選会などの都合が絡むため、簡単には動かせません。
「それなら、他の球場を使えばいいのでは?」と思う読者もいるかもしれませんが、千葉大会の決勝戦は毎年、スタンドがびっしり埋まるほど大人気。観客の数、駐車場のキャパシティー、動線の安全確保といった面を総合的に見ても、約3万人が入るZOZOよりもふさわしい球場はありません。
なにより、実際にプレーする選手たちにとって、プロが使う「最高の環境」で、これまで経験したことのないような大声援を受けながらプレーすることは、他の何にも代えられない人生の肥やしになります。「一生の思い出になった」という選手の声も耳にするだけに、ZOZOで試合をさせてもらえるのなら、たとえ過密日程であっても仕方がないと割り切ることができるのです。
さらに、この過密日程は、今年の専大松戸にとっては追い風になるという手応えを感じています。
現チームには、公式戦で計算できる投手が5人います。右の本格派、アンダー、サイド、左の技巧派など、タイプも球筋もまったく異なる5人です。欲を言えば、絶対的な柱がいれば理想でしたが、逆に5人全員を生かせる条件が整っているとも捉えられる。
連戦が続く中、ひとりのエースに頼るチームは、勝ち上がるほど厳しさは増す一方です。登板のたびに疲労は蓄積し、対戦相手のレベルも上がっていく。いくら力のある投手でも、球数制限もあり、最後までひとりで投げ抜くのはまず不可能です。
一方こちらは状況に応じてタイプの違う投手を使い分け、うまく噛み合わなければすぐに次のカードを切ることができる。1人あたりの負担を極力抑えつつ、常にフレッシュな投手をつぎ込んで試合を組み立てられるのが今年の専大松戸の強み。それは勝ち進むほどに真価を発揮するはずです。
まだまだチームに不安や課題が残りますが、戦いながらどれだけ修正できるか。それが甲子園切符を掴み取るカギになります。
📝「体重が急に10キロ近く落ちて…」京都の名門野球部主将を襲った“ある異変”…「疲れているのに眠れない」「極度の倦怠感」その“まさかの理由”
https://news.yahoo.co.jp/articles/d25225058c224e0f531a6e5493696da8fea3998d
全国各地で甲子園に向けた地方大会の幕が上がり始めている。激戦区・京都でも連日、熱い戦いが繰り広げられている。その優勝候補の一角、立命館宇治高校の「4番・捕手」を務めるキャプテンは、昨年ある病に蝕まれ、一度は「野球ができなくなる」とまで言われていた。逆境を跳ね返して、最後の夏に臨む選手に話を聞いた。 6月下旬。夕陽に照らされたグラウンドに現れた伊藤央太は、昨秋に比べるとその練習着がパツパツになるほどどっしりとした体格になっていた。
主将で、4番。そして扇の要である捕手を務める。その精悍な顔つきは、一層たくましくなったように映る。里井祥吾監督が嬉しそうに伊藤の近況を口にする。
「この間、東洋大姫路と練習試合をしたんですけれど、岡田(龍生)監督に伊藤のことを“ええキャッチャーやね”って褒めていただいたんです。去年の3月のちょうど練習試合が解禁になった頃、ウチでは正捕手がケガをして伊藤が1人、連日マスクを被って試合に出ていたんです。
そうしたら対戦したチームの方から“あのキャッチャーの子、大丈夫? ”とか“あの子しかキャッチャーはいないの? ”とか言われたことがあって。体調に異変があったのはその時期で……。この1年間、大変な思いをしてきたと思います」
1年夏から「甲子園ベンチ入り」の有望株
168センチと決して上背がある訳ではないが、持ち前の勝負強い打撃は当時の1年生の中でも抜きん出ていた。
1年夏から府大会でベンチ入りを果たし、チームとして4年ぶりの出場となった夏の甲子園でもベンチ入り。試合に出場することはなかったが、夢にまで見た大舞台を高校入学わずか4カ月後に体感することができた。その直後の新チームでは背番号3を背負い、秋季大会では3番を打った。だが、冬を迎える頃から身体に異変を感じるようになった。
「ご飯をかなり食べていても体重が落ちていくようになったんです。その頃は体重が75キロあったんですけど、一時期は66キロまで落ちてしまって」
それでも連日の練習疲れで体重が落ちているだけだと思い、深刻には受け止めていなかった。食欲もあり、その他の健康面でも気になる点はなく、一時的なものだろうと思い込んでいた。
突然、伊藤を襲った身体の不調
だが、日を追うごとに違った症状も目立つようになった。
「練習で疲れているのに、寝ていても夜中に何度も起きることがありました。トイレにも何度も行きましたし……。それから、練習でもだんだん疲れやすくなっていって」
さらに深刻になったのは2年生になる直前、前述の里井監督が触れた3月だ。短い距離を走っただけでもすぐに動きが鈍くなるようになった。チームの窮地ではあったが、身体のキレもなく、極度の倦怠感などを訴えるようになった伊藤は、試合出場を控えるようになった。
そして、その異変は次第に、目に見えるほどになっていく。
📝医者から「野球はもうできなくなる」と言われ…京都の“名門野球部”主将を襲った難病 逆境から挑む最後の甲子園「普通の生活は当たり前じゃない」
https://news.yahoo.co.jp/articles/63c12cb9cdacc4a4e4009a1f057bb77f10923a27?page=1
全国各地で甲子園に向けた地方大会の幕が上がり始めている。激戦区・京都でも連日、熱い戦いが繰り広げられている。その優勝候補の一角、立命館宇治高校の「4番・捕手」を務めるキャプテンは、昨年ある病に蝕まれ、一度は「野球ができなくなる」とまで言われていた。逆境を跳ね返して、最後の夏に臨む選手に話を聞いた。全国各地で甲子園に向けた地方大会の幕が上がり始めている。激戦区・京都でも連日、熱い戦いが繰り広げられている。その優勝候補の一角、立命館宇治高校の「4番・捕手」を務めるキャプテンは、昨年ある病に蝕まれ、一度は「野球ができなくなる」とまで言われていた。逆境を跳ね返して、最後の夏に臨む選手に話を聞いた。
「4月になってからだったと思います。まだそこまで暑くない時期なのに、伊藤が教室で異様に汗をかいていたんです。もともと汗かきだったようですけど、汗の出方があまりにも異常だった。なので、病院で診てもらった方がいいということになったんです」
立命館宇治高野球部の里井祥吾監督は、チームの「扇の要」である捕手の伊藤央太(3年)に昨年現れた“異変”について、そんな風に振り返る。
数々の異変…病院で下った診断は?
病院での検査の結果、下った診断は「バセドウ病」だった。バセドウ病とは甲状腺の動きが活発になり、甲状腺ホルモンが異常に産生される難病として知られている。甲状腺ホルモンは全身の臓器に作用して新陳代謝を促すホルモンのため、その産生が異常増加することで動悸、体重減少や手の震え、過剰な発汗などの症状が出るとされている。そしてその病によって、伊藤は過酷な宣告を受けることになる。
「『野球はもうできなくなる』と言われました。ショックは大きかったです。でも、まずは病気を治すことに専念しようと思いました」
3カ月の間は激しい運動は厳禁。つまり、グラウンドに行くこともできなくなった。学校の体育の授業を受けることも禁じられたが、伊藤自身はこう前向きに捉えていた。
「自分はもともと身体が硬くて柔軟性がないと言われていたんです。激しい運動はできなくてもストレッチとか柔軟性を使うトレーニングをすることはできた。なので、それはそれで切り替えられました」
状態が上向く時を信じ、やれる範囲のことを地道に続けることだけを考えた。入院こそしなかったが、数週間に1度は病院で診察を受けながら、朝からいつも通りに登校。夏に向けて最もチームが活性する初夏の時期は、ひたすら学校と家を往復する日々を送った。
3カ月のブランクを経て…ようやくグラウンドへ
グラウンドにようやく出られるようになったのは、昨年8月だった。まずは軽いティー打撃やトレーニングなどで徐々に体を慣らし、少しずつ外の空気に触れることから始めた。対外試合は代打のみに絞るなど、出場機会をセーブしながら実戦感覚を取り戻していった。加えて伊藤は主将としてもチームをけん引する立場でもあった。療養によるブランクがあるにも関わらず、伊藤に主将を任せ続けた理由を里井監督はこう明かす。
「実は前に他の選手が主将をしていた時期もあったんです。伊藤は何かがずば抜けているというより、やっぱり人間性(が主将続行の理由)でした。伊藤は大人ともちゃんと会話ができるので、選手たちや僕らの間に立ってチームを見渡せるんです」
思ったことをいう時もそのタイミングが絶妙で、うまく調和を取りながらチームメイトに言葉を発することができる。
「同級生と下級生、分け隔てなくうまくコントロールできるので、キャプテンには適任だと思いました」
秋の京都大会を制覇も…センバツは逃す
チームは秋の府大会を制覇し、近畿大会に出場。その頃は「身体の状態はまだ8割くらいだった」(本人)という。近畿大会では初戦で奈良を4-1で破るも、準々決勝で市和歌山に0-10で6回コールド負けを喫し、センバツ出場への夢は断たれた。今春の府大会も早々に敗れ、今夏はノーシードから戦う。
「秋の時点で打撃がまだまだだと感じました。春もまだまだ部分を感じたので、自分としては確実に1本を出せるバッターになりたいです」
異変を感じはじめていた一昨冬は満足な練習ができなかったが、昨冬はロングティーを含め、スイングを強くすることをテーマに思う存分バットを振り込むことができたという。もちろん完全に病気が治ったわけではない。ただ最近、病院でこんな報告も受けた。
「(今年6月末の時点では)甲状腺の数値はまだ低い方ではないんですけど、『完治する可能性がある』と言っていただきました。自分はもう一生、この病気と付き合っていくんだろうと思っていたので、そう言っていただいたのは嬉しかったです。それでも薬は毎日飲み続けていかないといけないんですけど、それでも今は体調がかなり良くなりました」
現在は全力で走ることも許可され、ようやく何かを気にすることなく全力プレーができるようになった。夏に向け、4番打者としても期待が高いが、4番という言葉に本人ははにかんだ笑みを見せながらこう口にする。
「自分は4番でも長打を期待されるバッターではないんです。勝負どころでしっかり1本を出すことが目標です。1年生の夏からベンチには入っていましたが、フルで出場させてもらえる夏は今年が最初で最後。
ウチには複数の投手もいますが、ピッチャーを良くするのも悪くするのも自分にかかっていると思うので、自分が少しでも良い方向に持っていけるリードを徹底していきたいです」
野球ができることは「当たり前ではない」
灼熱の太陽の下で、いよいよ開幕する高校野球最後の夏。だが、伊藤にとって最後の夏は特別な夏でもある。
「病気になって、普通に生活することは当たり前じゃないと感じました。今、こうやって野球ができることに感謝しながらこの夏を過ごしていきたいです」
野球ができなくなるかもしれないという絶望の淵から約1年経った今、笑顔でグラウンドに立つ自分がいる。6月だというのにもう真夏のような威勢をあげている太陽は、傾きかけた夕刻になっても、いつまでも伊藤を照らし続けていた。
伊藤の本気の夏はこれから――。太陽が、そう告げているようだった。
📝夏の暑さ対策、休憩時間増やし、ベンチに日よけ 高校野球長崎大会
https://news.yahoo.co.jp/articles/b78f9e10da085c6611b379d92b65275cd8c5d9e8
8日の高校野球長崎大会は1回戦6試合が3球場であった。五島・長崎鶴洋・西彼杵と佐世保西・佐世保商・平戸・上対馬の二つの連合チームが登場したが、ともにコールドで敗れた。長崎総大付は延長十回タイブレークで佐世保工に競り勝った。9日も1回戦6試合がある。
第107回全国高校野球選手権長崎大会では今大会から、厳しさを増す暑さへの対策として、選手や監督が入るベンチの前にタープ(布)が張られている。真夏の直射日光が差し込んで気温が上がるのを少しでも和らげるのが狙いだ。
従来は五回終了時のグラウンド整備の際、選手たちがしっかり水分を補給し、体を休める5~8分程度のクーリングタイムが設けられていたが、今大会からは三回と七回の終了時にも3分間の休み時間を設け、熱中症などの予防に配慮している。また、27日に予定されている決勝は昨年より1時間早い午前10時5分に始める。
🔥樹徳 井達監督長男が躍動 ジャイアントキリングへ「自分らはチャレンジャー」
https://news.yahoo.co.jp/articles/4081e2e4a5ef16361e4b34db6c7d9bf025bb6706
◇第107回全国高校野球選手権 群馬大会1回戦 樹徳6―1高崎経大付(2025年7月9日 上毛新聞敷島)
22年甲子園出場の樹徳が、昨夏同大会8強の高崎経大付に6―1で快勝した。
井達誠監督の長男・格朗(3年)は7回、3つの遊ゴロを堅実にさばいた。特に2死からは中堅寄りのゴロを軽快に処理するなど父譲りのグラブさばきを披露した。
打撃は4打数無安打ながら「きょうは守備の日だったかな。でも難しい当たりを捕れたのは自信になります」と笑った。
同校の遊撃手として91、92年甲子園に出場した父に、幼少期から鍛えられた。桐生・広沢中時は群馬県選抜入りも、父が指導する同校入学以降は「監督の息子だから試合に出ている」と周囲に言われないため、守備に磨きをかけた。
チームが順当に勝ち進めば準決勝で健大高崎と対戦。ノーシードから3年ぶりの甲子園へ、格朗は「毎年健大高崎だけ勝つのは悔しい。自分たちはチャレンジャーだし、一発勝負なので何があるか分かりません」と息巻いた。
📝守備の途中に給水タイム初実施、暑さ指数28以上など独自の熱中症対策/宮城大会
https://news.yahoo.co.jp/articles/9ce521240426b296b8024a983c73f68cd4cd8fa3
<全国高校野球選手権宮城大会:仙台東-小牛田農林>◇9日◇1回戦◇楽天モバイルパーク宮城
宮城県高校野球連盟では、今年から新たな熱中症対策を導入。気温30度を超えたこの日、対策の1つである暑さ指数が厳重警戒ランク(WBGT28)以上の際に、「15分を超えて、2つのアウトが取れない場合、守備側の給水時間を設ける」が実施された。
開幕試合は2回に仙台東打線が爆発。4-0の1死二、三塁の好機。この回8人目の打者、3番・森田健哉外野手(3年)の左前適時打で、さらに2点を追加。なおも1死二塁の場面で、熱中症対策の説明を含めた一時中断のアナウンスが流れた。その後、約1分間、選手や審判員の給水時間に充てられた。
WBGT 環境省のHPによれば、熱中症を予防することを目的として1954年(昭29)年にアメリカで提案された指標。人体と外気との熱のやりとりに着目した指標で、<1>湿度<2>日射・輻射など周辺の熱環境<3>気温の3つを取り入れた指標。
👧NGT48西川晴菜「高校時代の厳しい部活思い出した」開会式と開幕戦を観戦/新潟
https://news.yahoo.co.jp/articles/db86558080f571a131e693d5e1016a78200d0501
NGT48の西川晴菜(22)が9日、コラム執筆のため、ハードオフエコスタジアム新潟で行われた高校野球新潟大会の開会式と開幕戦を観戦した。
大阪出身で生粋の野球好き。子どものころは父に連れられて大阪や奈良など近畿地区の地方大会によく足を運んだという。ただ、開会式を直接見たのは今回が初めて。「『栄冠は君に輝く』の合唱を生で聴けて新鮮」と話した。入場行進については「みんなきれいに足がそろっていた。高校時代に厳しい部活をしていたころを思い出しました」と、強豪の登美丘高ダンス部に所属していた当時の自分と重ね合わせた。
開幕カードの新潟青陵-加茂暁星戦はスコアブックの記入にも挑戦した。「点が入ると分からなくなる」と苦戦も、「両チームのあきらめずに戦う姿に感動した」と笑顔で感想を話した。