自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」

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紀州レンジャーズ チーム結成以来全成績 175勝187敗35分け 42雨天中止  4新型インフルエンザ発生&流行中止1降雨ノーゲーム(OBチーム1試合)
☝津田学園・桑山晄太朗 投手専念で急成長を遂げた本格左腕
https://news.yahoo.co.jp/articles/2f060f0654a0ff905db42dac080c1b149405405a

第107回全国高校野球選手権大会の出場49校を決める地方大会は、すでに沖縄、北海道で開幕している。夏の醍醐味の一つは、現時点でドラフト戦線に名前が挙がっていない原石だとしても一躍、主役になり得ること。昨夏も無名左腕だった大社(島根)の馬庭優太(現東洋大)が甲子園8強に導く旋風を起こした。スポニチでは、西日本に潜む新星候補の好投手を紹介する。 

ひと冬で高校生は化ける――。その定説を今年証明したのは、津田学園(三重)の桑山晄太朗(3年)だった。「直球とスライダーに自信があります」。昨秋時点で142キロだった自己最速は、149キロまで急上昇。エースとして今春の東海大会準優勝に導き、全国屈指の本格派左腕への仲間入りを果たした。

昨秋までは一塁手も兼任する中軸打者で、野手練習にも入っていた。「自分が投手として独り立ちし、チームを背負う投手にならないといけない」。秋季大会後に指導者と相談し、投手専念を決断した。打者として飛距離を求める必要がなくなり、体づくりも投手仕様に変化。瞬発力の向上を掲げて減量に励み、体重は5キロ減の81キロと引き締まった土台を手に入れた。そして体の動きに切れが増し、球速が急上昇した。

中学時代に所属した愛知県愛西市の「藤華クラブ」には、OBに栗林良吏(広島)がいる。自身が中2だった21年冬、その先輩が東京五輪の金メダルを首にかけて練習場に現れた。間近で見学した投球練習ではフォークの落差に衝撃を受け、自身はスライダーを勝負球になるまで磨き続けた。

栗林の在籍当時からチーム方針は一貫して「全員、プロ野球選手を目指しなさい」。その教えを胸に刻み、大学進学を経てプロ入りをかなえようとしている。

「本気で甲子園を目指す」と地元の愛知を離れるも、聖地に立てないまま最後の夏を迎えた。「何としても、甲子園で校歌を歌います」。手に入れた剛速球には、旋風を起こせる力があると信じている。

🔥福知山成美・小沢快心 試行錯誤を繰り返し、総合力を高めた技巧派右腕
https://news.yahoo.co.jp/articles/0dfb97c6e5182789858405f58082e4f0769cecf0

強豪復活を予感させる好投手が京都にいる。06年夏、14年春の8強入りなど春夏通算7度の甲子園出場を誇る福知山成美に現れた、最速144キロ右腕の小沢快心(3年)だ。

2年生エースを務めた昨夏に16奪三振完封勝利を挙げるなど躍動し、NPBスカウトも、ひそかに動向を気にかける存在となった。「球の速さやスライダーなどに自信があります」。特長は変化球を自在に操れる手先の器用さ。得意球のスライダーは打者の手元で鋭く曲がり、チェンジアップはブレーキを利かせて落ちる。総合力の高さを生かし、19年春以来の甲子園出場に導こうとしている。

大阪出身ながら、寮生活を求めて京都の私立校に進学した。「正直、中学までは練習が嫌いで…」。指示に従うだけの練習に関心を持てずにいた中、自主性に重きを置く同校の練習方針を通して考え方が変わる。変化球の握り、体の鍛え方、故障予防――。自ら方法を考えて実践する楽しさを知り、試行錯誤を繰り返した。そして自己最速は入学時の134キロから10キロ伸びた。

2年秋、部内で行われた卒業後の進路希望調査で「プロ志望」の欄に力強く丸をつけた。大阪に住む両親にも「プロ野球選手になりたいです」と伝えた。

「中学まではプロなんて目指せない選手だった。だけど、この高校に来て目標が定まった。プロ志望届を出すかは分からないけれど、夏に結果を出して注目される投手になりたいです」。昨夏日本一に導いた京都国際の左腕・西村一毅(3年)らよりも輝き、「京都No・1投手」と呼ばれる夏にするつもりだ。

⚾岩手さんへ
現代の高校野球指導者は本当に難しいですね・・・・・。持丸監督は80歳近い後期高齢者なんでバリバリの昭和気質ゆえに茨城の公立高校を指導していた折には鉄拳制裁も辞さずというスタイルだったでしょうが、、、、、
小針監督も最初から2年生部員が骨折することを前提に素手で捕球するように指示したのではないと思いますが、、、、、半年間の謹慎処分は重すぎますね。おそらく他の指導者に対してのみせしめなんでしょうけど。。。

暴言云々もどこまで許されるのか線引きが難しいです。ノックのボールを後逸した選手に対して「アホ、ボケ、カス」でアウトになったらたいがいの指導者は謹慎処分が下るだろうし、甘やかしすぎてもただの球遊びになりかねないので・・・・・。

郁文館という高校は全く知りませんが、ワタミの経営者が校長とは・・・・・。佐々木監督はたしか木内監督の後釜が持丸監督で、持丸監督が甲子園初戦敗退を繰り返したので専大松戸に都落ちして、80歳の木内監督が復帰するも高齢で退任した後釜だったと。
2013年夏に前橋育英が優勝した折に、準々決勝で9回2死まで2-0と常総リードするもエースが突如、足をけいれんして降板し、連続エラーなどで追いつかれ挙句に延長サヨナラ負け。
2015年春に大阪桐蔭相手に終盤まで競り合うも結局、3-5で競り負け。あのとき、桐蔭が2塁にランナー出た際にショートが投球前やたら2塁走者の前に棒立ちしてサイン盗み警戒しまくっていたのを覚えてます。

その後、日本ハム~横浜の投手だった島田が初のOB監督を務めているはず。ちなみに佐々木監督は取手二高ー日体大に進んだらしいですが、入部したその日のあいさつで「PLの桑田からヒット2本打って優勝しました!!」と自己紹介して先輩に『オマエ生意気なんじゃあ~~~!!』とシバかれて3日で退部したらしいです。コロナ前の明石トーカロで狭間監督が僕の後ろの席で知人2人と談笑しているのを小耳に挟んでしまいました・・・。

P・S 本日発売の野球太郎という本に49地区の詳しい情報がありましたが、兵庫は「玉子ごはん」「たこおこわ」が美味しい。津はウナギの名産・・・その他モロモロのグルメ情報など満載でしたが、なぜかしら鹿児島は目の仇にしているのか???球場の悪口ばかりで・・・・・。

メイン球場に屋根がないから、雨や陽射しそして火山灰が凌げない・・・1年1度のプロ野球興業の為に2億円かけて記者席を新設したはいいが、お客さんのことを何も考えていない!!と。

それから、野球太郎・報知高校野球の大阪展望を本屋で立ち読みしましたが、運よく大商学園の初戦の相手交野高校の名前は書いておらず、優勝候補やダークホース的存在ではなさそうなんでとりあえずホッとしました!なんとか3年連続夏、初戦突破を果たしたいものです。
2025/06/25(水) 22時10分59秒 No.1847 編集 削除