自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
🎤「県民は2強が勝つのを見に来ている気が」 熱血監督が感じる高い壁
https://news.yahoo.co.jp/articles/049429e2969edf93a2804d15d975de2fb079040d
高校野球の春季近畿大会は東洋大姫路(兵庫)の2季連続優勝で幕を閉じた。一方、開催地となった奈良県勢で出場した3校のうち、奈良大付が唯一、4強に勝ち進んだ。
奈良大付は準決勝で東洋大姫路に敗れたが、0―1と食い下がった。準々決勝で大阪桐蔭に9―2でコールド勝ちした相手の強力打線を、ソロ本塁打による1点に抑えた。
田中一訓監督は「やっぱり打たないとダメ」と指摘しつつ、「投手陣は新城(楓雅、2年)、上橋(れい、3年)、杉山(竜之輔、3年)と相手打線をよく封じてくれた。持てる力は出せた」と選手たちをねぎらった。
奈良では、長らく「2強体制」が続いている。過去50年、天理と智弁学園以外のチームが夏の奈良大会を制したのは4度しかない。
奈良大付も、夏の甲子園への出場は2018年の第100回記念大会が最初で最後の出場だ。その後、夏は天理に2度、智弁学園にも2度負けた。昨夏は決勝で智弁学園に4―5で敗戦。あと1歩のところで涙をのんだ。
2004年に就任した田中監督は「少年野球や中学生の子どもたちにとって、あこがれの天理、智弁学園なんです。奈良県民にとって、この2強はすごく大きな存在」と話す。
2強はいずれも、甲子園で優勝経験がある。奈良県内の大会では、球場全体で両校を応援する雰囲気を感じるという。
「県民のみなさんも、2強が勝つところを見に来ている気がする。そこを破るのが、本当に厳しい」
奈良大付の評判は、2強に続く〝3番手〟だ。田中監督は「うちには『家から通って野球がしたい』という子らが来てくれる。よく話を聞いてくれるし、良い子たちですよ」。
エースの杉山はかつて天理をめざしていたが、中学3年の体験入部の末に進学をあきらめた。それでも奈良大付で急成長し、最速は145キロに。右腕は「天理と智弁学園を倒して甲子園に行く」と燃えている。
丸刈りだったチーム内の髪形は、2年前の秋から自由になった。現在は丸刈りも短髪も入り交じっている。
監督は「もう髪形にこだわる時代ではない」。そして「この子は髪形が生活面に影響が出ている、この子は自由にしてもきっちりしていると、新しい人間性も見れるからおもしろいんですよ」と明かす。
練習中の口癖は「ユーモアを大切にしろ」「臨機応変にせなあかん」。試合中の不測の事態に対応するためだけでなく、次のステージを見据えた様々な感性を養ってほしいからだ。
「人情とか気持ちとかが好きなんです」。コロナ禍で大会が中止になった際は選手と一緒に涙を流した。「たくさん接して、たくさん成長する姿を見たい。勝つことよりそっちが大切だと思う」
今年こそ、高い壁を打ち破れるか。近畿大会の敗戦で落ち込む選手たちを横目に、田中監督は信頼の言葉を口にした。
「練習も良い雰囲気でできている。強い気持ちで最後に野球ができるように、残りの日々を頑張ってほしい」
☟打順を間違えるチョンボが巡り巡って大逆転 夏の高校野球・地方大会で本当に起こった「珍事件」
https://news.yahoo.co.jp/articles/00944772e5a41f646b2160589b60c387025d17eb?page=1
第107回全国高校野球選手権大会の地方大会が始まった。甲子園常連の強豪校から部員不足の数校が集まった連合チームまでさまざまなチームが一緒に予選を戦い合うなかで、本当に起きたまさかの珍事件を紹介する。
4月22日に西武ライオンズが今井達也、平良海馬の継投でノーヒットノーランならぬ“ノーヒットワンラン”を達成したが、1986年の神奈川大会でも、2回戦の鎌倉対横浜商工で、完投勝利によるノーヒットワンランが生まれている。
鎌倉のエース・市島徹は0対0の2回、先頭の4番・仁藤武司を打撃妨害で出塁させたあと、自らのけん制悪送球で、走者が三進。無死三塁で5番・川島常明にスクイズを決められ、1点を失った。だが、「先制されたので、逆に頑張って投げた」とスイッチが入り、外角への直球を武器に安打を1本も許さない。
7回まで7残塁とあと一打が出なかった味方打線も0対1の8回1死一塁から3連打で逆転すると、8番の捕手・荻山新一が左中間にダメ押しの三塁打を放ち、中継が乱れる間に荻山も5点目のホームを踏んだ。
市島は終わってみれば9回を無安打1失点の力投で、ノーヒットワンランの珍事に。内訳は三振8、内野ゴロ12、内野飛球3、外野飛球2、死球、犠打、打撃妨害各1だった。
183センチの長身エースは5対1の快勝後、「ノーヒットのことは途中から気がついていましたが、打線が点を取れないなら、どこまで無安打を続けられるか、やってやろうと思った。無安打に抑えられてうれしい」と顔をほころばせた。
市島は高校卒業後、早稲田大に進学。90年春のリーグ戦でエースとして優勝に貢献したことを覚えているファンも多いはずだ。
うっかり打順を間違えるチョンボが回りまわって、あっと驚く大逆転勝ちを呼んだのが、99年の愛知大会1回戦、小牧南対昭和だ。
2対6とリードされ、敗色濃厚の小牧南は9回に1死二塁と最後の粘りを見せる。ところが、次打者は8番・舟橋武仁なのに、3番手のリリーフで途中出場したことから、早とちりしたのか、9番・加納暁が打順を飛ばして打席に入ってしまう。加納は右前タイムリーを放ち、3対6となった。
勢いに乗った小牧南は、もう1点を返し、なおもエラーなどで1死満塁のチャンスに、4番・吉岡裕介がフルカウントから左越えに逆転満塁サヨナラホームラン。8対6の劇的勝利を収めた。この間、ネット裏のスコアラーが打順の間違いに気づいたが、あっという間に試合が終わったため、なす術がなかった。
もし、加納の次打者・小林光の投球前に昭和側がアピールしていれば、打順を飛ばされた舟橋がルール上アウトになり、加納の安打も取り消されていた。だが、小林に投球した時点でアピール権が消失し、そのまま試合が成立してしまった。
試合後、昭和・坂本仙弘監督は「1番バッターのときに気がついたが、アピールしようとは特に思わなかった」とポツリ漏らしたが、そんなときに限ってまさかの大逆転負けに泣く羽目になるのだから、“野球の神様”もなかなか意地悪だ。
スリーアウトチェンジになったのに、球審の勘違いで攻撃が続行されことから、5回コールドで試合終了後にやり直しの珍事となったのが、2002年の愛媛大会1回戦、済美平成対北宇和だ。
大会初日の第2試合、北宇和は犠打を絡めて得点を重ねる堅実な試合運びで4回までに4点をリードした。5回にも4安打を集中して8対0。なおも2死二、三塁で次打者が内野フライに倒れ、スリーアウトになった。
直後、北宇和ナインは守備につこうとベンチから出ようとしたが、なぜか球審は次打者に打席に入るよう指示するではないか。
「おかしいな」と思いながらも審判には逆らえず、そのまま攻撃続行。“3死二、三塁”で打席に入った次打者は左中間に2点タイムリー二塁打を放ち、10対0。5回コールドでゲームセットとなった。
ところが、勝った北宇和の校歌斉唱の最中に、遅まきながら審判団が誤りに気づき、タイムリー二塁打を取り消して、8対0の6回から試合再開というまさかの展開に……。今度は北宇和ナインがコールド負けを宣告されたようなショックを受け、捕手の芝俊二主将も「気持ちを切り替えるのに苦労した」と戸惑うばかりだった。
これに対し、3年生は2人だけ、6人の1年生が先発出場した大会初出場の済美平成も、主将・宇都宮悠馬の三塁打と二塁打などで8、9回に3点を返して意地を見せたが、北宇和は9対3の7回に1点を挙げ、10対3で今度は正真正銘のコールドゲームが成立した。
ちなみに同日の第1試合では、小松対松山北でも、球審がボールカウントを勘違いして、四球になったことに気づかず、5つ目のボールで“五球”ならぬ四球を宣告するミスも起きていた。
2試合続けて審判のうっかりミスが相次ぐ結果に、開会式で「高校生らしい緊張感のあるゲームを」と挨拶した県高野連の中矢信行審判長も「反省しなくてはいけない」と沈痛な表情だった。
⚾SHIONOMISAKIさんへ
わかさS京都~守山と連日の観戦お疲れさまでした!!
こちらはJR和歌山~紀三井寺レンタサイクル往復約20kmの自転車走破から中1日・・・とにかく野球とサイクリングがダイスキな性分で、今日はスコア付けすることもなく、なんの思い入れもないチームの対戦で気楽に眺めておりました。
僕はSHIONOMISAKIさんのことを当掲示板とご自身が管理されている掲示板でしか知らないので、観客席を双眼鏡でグルリ見渡してもいったいどこで観戦されていたのか分からずじまいでしたが・・・・・。
腰痛予防のためにコルセットを巻いておりますが、誰も分からないだろうし、51歳という年齢からくる貫禄も全くないので、実年齢よりも若く見えるかもしれないですね・・・。
とりあえず、現時点においては白髪もあまりないし、薄毛に悩むこともないし、紀州Rの帽子を脱いでも40代に見えてしまうかもしれません。。。
年下の子にタメ口訊かれることも数え切れないほどあるし・・・。
ところでSHIONOMISAKIさんは朝が早いですね!!
今日は10時開門ですが、高校野球でも夜明け前から券売所前で待機する男性は多数おられますが・・・・・。
10時半頃だったらまだ阪急京都線でしたね!8時15分起床・9時15分出発と決めており、行きは洛西口ー桂川ルートで乗り換え、京都駅で途中下車して「まい泉のとんかつ弁当」仕入れて11時45分過ぎに守山駅到着で自転車借りてライトポール付近に自転車置いて12時20分過ぎに到着で、どこで観ようか悩みつつ・・・最前列から2番目の真ん中ががら空きだったので荷物置いて最上段で記念撮影と!
滋賀の球場は相対的にネット裏はあまり陽射しが入ってこないですね!!紀三井寺だったら最前列なんて夏は10時頃からモロに直射日光浴びますが、今日の守山は16時までおりましたがずっと日陰でした。
試合中よりもむしろヒーローインタビューが終わり時計回りでライトポール際まで歩いている16時過ぎの方が非常に熱かった!!
しかし、今年は風がきつい日が非常に多く一昨日の紀三井寺よりもきつかった気が!!琵琶湖に近いこともありますが、守山駅下車した時にずいぶん湿度が低いなと。
3回表終了後にかき氷買いに退出していたら2本目のホームランが出たようで・・・・・。あのバッター1人に石川はやられましたね。
5点目の監督の二盗・三盗おまけにトリッキーな動きに触発され、無用なキャッチャー3塁けん制球がレフト側に逸れ痛恨の失点が・・・・・。
石川は4回バント攻めで無死満塁のチャンスも1点どまりが痛かったですね。3回まで毎回エラーの滋賀のミスにつけこめなかったし、松井投手のタテの変化球に空振りが多かった。
あと試合時間は2時間41分と早かったですね。5回終了の長すぎるインターバルやピッチャーゴロが足に当たり負傷退場などありつつも・・・。
久しぶりに金髪の 宮部 咲哉マイクパフォーマンスも聴けました!!
5年前も彼はスタジアムDJを務めてましたが、彼よりも相方の古賀 文沙による観衆へのタメ口が腹立ってしゃーなかったことを未だに根に持ってますね!!
黙ってたら結構美人なんやけどなあ・・・と。地元のラジオ局でもDJしていたはずですが、宮部 咲哉はガソリンスタンドのアルバイトに普段精を出していると暴露されていた記憶が。
「大和なでしこは、礼儀正しく清楚でなければならない」というのが僕の信条でして、、、、、
三重球団広報だったかれんさんは選手以上に目立ち、誰からも愛されていたし、僕のようなケンカ別れした球団のファンに対しても分け隔てなく応対してくれて野球談議に花を咲かせていただきました。
当掲示板の先代監督とは22年前の秋に皇子山で1度だけお逢いしましたが、愛らしい女学生で三重を象徴するような天照大神みたいな人やなあと・・・・・。
だいたい全く面識のない1回り年上の異性に対して、全幅の信頼を置いてくれてイロイロな話を水面下でさせてもらえたし、掲示板のイロハを教えてもらい、観戦記の執筆依頼をされてそれが大ヒットして中軸の1つとなったし、先見の明があったなあと。
あの出逢いがなけりゃあ、僕が足しげく三重に通う理由もないし、三重スリーアローズの試合観戦することもまずなかっただろうし(かれんさんの存在は気にしつつも、生来の人間嫌いなんで自分から若い娘さんに話しかけるなんて絶対できなかっただろうから・・・・・)今年の春も2泊3日で東海大会&養老観光なんて考えもしなかっただろうから。。。橿原の近畿大会&倉敷の中国大会でまとめていたかと。
オマケに今春は群馬のご当地アイドル!?を15年ぶりに『チーム宏鈴』スカウトしてきたので、、、いろんな系譜を思い出しました。
試合の方は僕は大満足して守山駅へ戻りましたが、SHIONOMISAKIさんの総評は激辛ですね(笑)
たしかに木製バットの野球なんで、盗塁をしかけるケースが目立ちましたね。紀州Rも打てないので足攻が多かった!
あとやたらに1塁へのヘッドスライディングが目立ち気迫あふれる走塁も見受けられました。
来年は有料開催・・・たしか石川&富山は2000円徴収してたはず。
守山は外野席は出入り自由の構造なんでタダ見は可能と思われますが・・・・・。
僕は8月3日彦根で富山戦も観戦します!!彦根は22年4月2日のオセアン日本海リーグを最後にご無沙汰なんで。
あの時は11時から2試合で伊吹山は冠雪しており試合終了19時23分でメチャクチャ寒かった!!!
滋賀は皇子山を中心にその他の球場はなかなか行かないので。湖東はもう遠すぎて1度きりで充分。今津は紀州Rが初黒星喫した(対OBC高島)場所だし、甲賀は昨秋軟式観戦したから・・・。近江八幡は駅リンくん終了が痛いですね!
P・S 今日の守山は4358人来たらしいです・・・。僕の目にはとてもそんな風には見えなかったですが、、、、一昨日の紀三井寺の25人はその通りですが!
雨天中止の日も1203人来たらしいし、守山には幽霊でもいるのかな???
しかし、独立リーグは本当にしぶといですね。カンドクがあの体たらくだったのに2代目カンドクがなんだかんだでまだ存続しているし、和歌山・滋賀は1度は消滅したものの生まれ変わってますね。
願わくば京都にも新球団が欲しいし、福井も復活してくれたら。三重はもう、、、なければないで結構です!
https://news.yahoo.co.jp/articles/049429e2969edf93a2804d15d975de2fb079040d
高校野球の春季近畿大会は東洋大姫路(兵庫)の2季連続優勝で幕を閉じた。一方、開催地となった奈良県勢で出場した3校のうち、奈良大付が唯一、4強に勝ち進んだ。
奈良大付は準決勝で東洋大姫路に敗れたが、0―1と食い下がった。準々決勝で大阪桐蔭に9―2でコールド勝ちした相手の強力打線を、ソロ本塁打による1点に抑えた。
田中一訓監督は「やっぱり打たないとダメ」と指摘しつつ、「投手陣は新城(楓雅、2年)、上橋(れい、3年)、杉山(竜之輔、3年)と相手打線をよく封じてくれた。持てる力は出せた」と選手たちをねぎらった。
奈良では、長らく「2強体制」が続いている。過去50年、天理と智弁学園以外のチームが夏の奈良大会を制したのは4度しかない。
奈良大付も、夏の甲子園への出場は2018年の第100回記念大会が最初で最後の出場だ。その後、夏は天理に2度、智弁学園にも2度負けた。昨夏は決勝で智弁学園に4―5で敗戦。あと1歩のところで涙をのんだ。
2004年に就任した田中監督は「少年野球や中学生の子どもたちにとって、あこがれの天理、智弁学園なんです。奈良県民にとって、この2強はすごく大きな存在」と話す。
2強はいずれも、甲子園で優勝経験がある。奈良県内の大会では、球場全体で両校を応援する雰囲気を感じるという。
「県民のみなさんも、2強が勝つところを見に来ている気がする。そこを破るのが、本当に厳しい」
奈良大付の評判は、2強に続く〝3番手〟だ。田中監督は「うちには『家から通って野球がしたい』という子らが来てくれる。よく話を聞いてくれるし、良い子たちですよ」。
エースの杉山はかつて天理をめざしていたが、中学3年の体験入部の末に進学をあきらめた。それでも奈良大付で急成長し、最速は145キロに。右腕は「天理と智弁学園を倒して甲子園に行く」と燃えている。
丸刈りだったチーム内の髪形は、2年前の秋から自由になった。現在は丸刈りも短髪も入り交じっている。
監督は「もう髪形にこだわる時代ではない」。そして「この子は髪形が生活面に影響が出ている、この子は自由にしてもきっちりしていると、新しい人間性も見れるからおもしろいんですよ」と明かす。
練習中の口癖は「ユーモアを大切にしろ」「臨機応変にせなあかん」。試合中の不測の事態に対応するためだけでなく、次のステージを見据えた様々な感性を養ってほしいからだ。
「人情とか気持ちとかが好きなんです」。コロナ禍で大会が中止になった際は選手と一緒に涙を流した。「たくさん接して、たくさん成長する姿を見たい。勝つことよりそっちが大切だと思う」
今年こそ、高い壁を打ち破れるか。近畿大会の敗戦で落ち込む選手たちを横目に、田中監督は信頼の言葉を口にした。
「練習も良い雰囲気でできている。強い気持ちで最後に野球ができるように、残りの日々を頑張ってほしい」
☟打順を間違えるチョンボが巡り巡って大逆転 夏の高校野球・地方大会で本当に起こった「珍事件」
https://news.yahoo.co.jp/articles/00944772e5a41f646b2160589b60c387025d17eb?page=1
第107回全国高校野球選手権大会の地方大会が始まった。甲子園常連の強豪校から部員不足の数校が集まった連合チームまでさまざまなチームが一緒に予選を戦い合うなかで、本当に起きたまさかの珍事件を紹介する。
4月22日に西武ライオンズが今井達也、平良海馬の継投でノーヒットノーランならぬ“ノーヒットワンラン”を達成したが、1986年の神奈川大会でも、2回戦の鎌倉対横浜商工で、完投勝利によるノーヒットワンランが生まれている。
鎌倉のエース・市島徹は0対0の2回、先頭の4番・仁藤武司を打撃妨害で出塁させたあと、自らのけん制悪送球で、走者が三進。無死三塁で5番・川島常明にスクイズを決められ、1点を失った。だが、「先制されたので、逆に頑張って投げた」とスイッチが入り、外角への直球を武器に安打を1本も許さない。
7回まで7残塁とあと一打が出なかった味方打線も0対1の8回1死一塁から3連打で逆転すると、8番の捕手・荻山新一が左中間にダメ押しの三塁打を放ち、中継が乱れる間に荻山も5点目のホームを踏んだ。
市島は終わってみれば9回を無安打1失点の力投で、ノーヒットワンランの珍事に。内訳は三振8、内野ゴロ12、内野飛球3、外野飛球2、死球、犠打、打撃妨害各1だった。
183センチの長身エースは5対1の快勝後、「ノーヒットのことは途中から気がついていましたが、打線が点を取れないなら、どこまで無安打を続けられるか、やってやろうと思った。無安打に抑えられてうれしい」と顔をほころばせた。
市島は高校卒業後、早稲田大に進学。90年春のリーグ戦でエースとして優勝に貢献したことを覚えているファンも多いはずだ。
うっかり打順を間違えるチョンボが回りまわって、あっと驚く大逆転勝ちを呼んだのが、99年の愛知大会1回戦、小牧南対昭和だ。
2対6とリードされ、敗色濃厚の小牧南は9回に1死二塁と最後の粘りを見せる。ところが、次打者は8番・舟橋武仁なのに、3番手のリリーフで途中出場したことから、早とちりしたのか、9番・加納暁が打順を飛ばして打席に入ってしまう。加納は右前タイムリーを放ち、3対6となった。
勢いに乗った小牧南は、もう1点を返し、なおもエラーなどで1死満塁のチャンスに、4番・吉岡裕介がフルカウントから左越えに逆転満塁サヨナラホームラン。8対6の劇的勝利を収めた。この間、ネット裏のスコアラーが打順の間違いに気づいたが、あっという間に試合が終わったため、なす術がなかった。
もし、加納の次打者・小林光の投球前に昭和側がアピールしていれば、打順を飛ばされた舟橋がルール上アウトになり、加納の安打も取り消されていた。だが、小林に投球した時点でアピール権が消失し、そのまま試合が成立してしまった。
試合後、昭和・坂本仙弘監督は「1番バッターのときに気がついたが、アピールしようとは特に思わなかった」とポツリ漏らしたが、そんなときに限ってまさかの大逆転負けに泣く羽目になるのだから、“野球の神様”もなかなか意地悪だ。
スリーアウトチェンジになったのに、球審の勘違いで攻撃が続行されことから、5回コールドで試合終了後にやり直しの珍事となったのが、2002年の愛媛大会1回戦、済美平成対北宇和だ。
大会初日の第2試合、北宇和は犠打を絡めて得点を重ねる堅実な試合運びで4回までに4点をリードした。5回にも4安打を集中して8対0。なおも2死二、三塁で次打者が内野フライに倒れ、スリーアウトになった。
直後、北宇和ナインは守備につこうとベンチから出ようとしたが、なぜか球審は次打者に打席に入るよう指示するではないか。
「おかしいな」と思いながらも審判には逆らえず、そのまま攻撃続行。“3死二、三塁”で打席に入った次打者は左中間に2点タイムリー二塁打を放ち、10対0。5回コールドでゲームセットとなった。
ところが、勝った北宇和の校歌斉唱の最中に、遅まきながら審判団が誤りに気づき、タイムリー二塁打を取り消して、8対0の6回から試合再開というまさかの展開に……。今度は北宇和ナインがコールド負けを宣告されたようなショックを受け、捕手の芝俊二主将も「気持ちを切り替えるのに苦労した」と戸惑うばかりだった。
これに対し、3年生は2人だけ、6人の1年生が先発出場した大会初出場の済美平成も、主将・宇都宮悠馬の三塁打と二塁打などで8、9回に3点を返して意地を見せたが、北宇和は9対3の7回に1点を挙げ、10対3で今度は正真正銘のコールドゲームが成立した。
ちなみに同日の第1試合では、小松対松山北でも、球審がボールカウントを勘違いして、四球になったことに気づかず、5つ目のボールで“五球”ならぬ四球を宣告するミスも起きていた。
2試合続けて審判のうっかりミスが相次ぐ結果に、開会式で「高校生らしい緊張感のあるゲームを」と挨拶した県高野連の中矢信行審判長も「反省しなくてはいけない」と沈痛な表情だった。
⚾SHIONOMISAKIさんへ
わかさS京都~守山と連日の観戦お疲れさまでした!!
こちらはJR和歌山~紀三井寺レンタサイクル往復約20kmの自転車走破から中1日・・・とにかく野球とサイクリングがダイスキな性分で、今日はスコア付けすることもなく、なんの思い入れもないチームの対戦で気楽に眺めておりました。
僕はSHIONOMISAKIさんのことを当掲示板とご自身が管理されている掲示板でしか知らないので、観客席を双眼鏡でグルリ見渡してもいったいどこで観戦されていたのか分からずじまいでしたが・・・・・。
腰痛予防のためにコルセットを巻いておりますが、誰も分からないだろうし、51歳という年齢からくる貫禄も全くないので、実年齢よりも若く見えるかもしれないですね・・・。
とりあえず、現時点においては白髪もあまりないし、薄毛に悩むこともないし、紀州Rの帽子を脱いでも40代に見えてしまうかもしれません。。。
年下の子にタメ口訊かれることも数え切れないほどあるし・・・。
ところでSHIONOMISAKIさんは朝が早いですね!!
今日は10時開門ですが、高校野球でも夜明け前から券売所前で待機する男性は多数おられますが・・・・・。
10時半頃だったらまだ阪急京都線でしたね!8時15分起床・9時15分出発と決めており、行きは洛西口ー桂川ルートで乗り換え、京都駅で途中下車して「まい泉のとんかつ弁当」仕入れて11時45分過ぎに守山駅到着で自転車借りてライトポール付近に自転車置いて12時20分過ぎに到着で、どこで観ようか悩みつつ・・・最前列から2番目の真ん中ががら空きだったので荷物置いて最上段で記念撮影と!
滋賀の球場は相対的にネット裏はあまり陽射しが入ってこないですね!!紀三井寺だったら最前列なんて夏は10時頃からモロに直射日光浴びますが、今日の守山は16時までおりましたがずっと日陰でした。
試合中よりもむしろヒーローインタビューが終わり時計回りでライトポール際まで歩いている16時過ぎの方が非常に熱かった!!
しかし、今年は風がきつい日が非常に多く一昨日の紀三井寺よりもきつかった気が!!琵琶湖に近いこともありますが、守山駅下車した時にずいぶん湿度が低いなと。
3回表終了後にかき氷買いに退出していたら2本目のホームランが出たようで・・・・・。あのバッター1人に石川はやられましたね。
5点目の監督の二盗・三盗おまけにトリッキーな動きに触発され、無用なキャッチャー3塁けん制球がレフト側に逸れ痛恨の失点が・・・・・。
石川は4回バント攻めで無死満塁のチャンスも1点どまりが痛かったですね。3回まで毎回エラーの滋賀のミスにつけこめなかったし、松井投手のタテの変化球に空振りが多かった。
あと試合時間は2時間41分と早かったですね。5回終了の長すぎるインターバルやピッチャーゴロが足に当たり負傷退場などありつつも・・・。
久しぶりに金髪の 宮部 咲哉マイクパフォーマンスも聴けました!!
5年前も彼はスタジアムDJを務めてましたが、彼よりも相方の古賀 文沙による観衆へのタメ口が腹立ってしゃーなかったことを未だに根に持ってますね!!
黙ってたら結構美人なんやけどなあ・・・と。地元のラジオ局でもDJしていたはずですが、宮部 咲哉はガソリンスタンドのアルバイトに普段精を出していると暴露されていた記憶が。
「大和なでしこは、礼儀正しく清楚でなければならない」というのが僕の信条でして、、、、、
三重球団広報だったかれんさんは選手以上に目立ち、誰からも愛されていたし、僕のようなケンカ別れした球団のファンに対しても分け隔てなく応対してくれて野球談議に花を咲かせていただきました。
当掲示板の先代監督とは22年前の秋に皇子山で1度だけお逢いしましたが、愛らしい女学生で三重を象徴するような天照大神みたいな人やなあと・・・・・。
だいたい全く面識のない1回り年上の異性に対して、全幅の信頼を置いてくれてイロイロな話を水面下でさせてもらえたし、掲示板のイロハを教えてもらい、観戦記の執筆依頼をされてそれが大ヒットして中軸の1つとなったし、先見の明があったなあと。
あの出逢いがなけりゃあ、僕が足しげく三重に通う理由もないし、三重スリーアローズの試合観戦することもまずなかっただろうし(かれんさんの存在は気にしつつも、生来の人間嫌いなんで自分から若い娘さんに話しかけるなんて絶対できなかっただろうから・・・・・)今年の春も2泊3日で東海大会&養老観光なんて考えもしなかっただろうから。。。橿原の近畿大会&倉敷の中国大会でまとめていたかと。
オマケに今春は群馬のご当地アイドル!?を15年ぶりに『チーム宏鈴』スカウトしてきたので、、、いろんな系譜を思い出しました。
試合の方は僕は大満足して守山駅へ戻りましたが、SHIONOMISAKIさんの総評は激辛ですね(笑)
たしかに木製バットの野球なんで、盗塁をしかけるケースが目立ちましたね。紀州Rも打てないので足攻が多かった!
あとやたらに1塁へのヘッドスライディングが目立ち気迫あふれる走塁も見受けられました。
来年は有料開催・・・たしか石川&富山は2000円徴収してたはず。
守山は外野席は出入り自由の構造なんでタダ見は可能と思われますが・・・・・。
僕は8月3日彦根で富山戦も観戦します!!彦根は22年4月2日のオセアン日本海リーグを最後にご無沙汰なんで。
あの時は11時から2試合で伊吹山は冠雪しており試合終了19時23分でメチャクチャ寒かった!!!
滋賀は皇子山を中心にその他の球場はなかなか行かないので。湖東はもう遠すぎて1度きりで充分。今津は紀州Rが初黒星喫した(対OBC高島)場所だし、甲賀は昨秋軟式観戦したから・・・。近江八幡は駅リンくん終了が痛いですね!
P・S 今日の守山は4358人来たらしいです・・・。僕の目にはとてもそんな風には見えなかったですが、、、、一昨日の紀三井寺の25人はその通りですが!
雨天中止の日も1203人来たらしいし、守山には幽霊でもいるのかな???
しかし、独立リーグは本当にしぶといですね。カンドクがあの体たらくだったのに2代目カンドクがなんだかんだでまだ存続しているし、和歌山・滋賀は1度は消滅したものの生まれ変わってますね。
願わくば京都にも新球団が欲しいし、福井も復活してくれたら。三重はもう、、、なければないで結構です!