自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
🎁大社旋風イメージの書 「無限大」に輪を広げて こーたさん、野球部に寄贈
https://news.yahoo.co.jp/articles/969b9eb88765c40e14a202458cd6898275ab658d
松江市在住の路上詩人で書家のこーたさん(41)が30日、昨年の夏の甲子園で躍進し「大社旋風」を巻き起こした、大社高校の野球部をイメージした作品を同校に寄贈した。
半紙の大きさで、題名は「無限の力」。野球部のイメージカラーの紫で力強く描いた「∞」(無限大)の中心に、金色で「繋」と書いた。甲子園に出場する前の島根大会から応援の輪が大きくなったことや、甲子園でナインに送られる声援が球場を席巻した様子をイメージしたという。
こーたさんは島根大会の前、松江市在住のシンガー・ソングライター門脇大樹さん(41)とともに、野球部の応援歌「手のひら」を作ったことから、同部と親交を深めた。ナインは甲子園でも試合前や試合中に円陣を組んで応援歌を歌い士気を高めたという。
この日、門脇さんとともに大社高校を訪れたこーたさんは、「大社高には夢をたくさんいただいた。つながりの輪がこれからもさらに広がってほしい」と期待を込めて話した。
石飛文太監督(43)は「かっこいい作品をいただきありがたい。選手たちには、これからも無限大の夢を追いかけてほしいし、自分も追いかけたい」と話した。同校は作品を飾る場所を検討する。
☝元プロ野球選手・梶谷隆幸さん 母校・開星高を訪問、ピッチングマシン贈る 「これからは何をして過ごすのか」との質問への答えは?
https://news.yahoo.co.jp/articles/154de01d1004197019542ee1634955bce0fc84d9
プロ野球のDeNA、巨人に在籍し、昨季引退した梶谷隆幸さん(36)=島根県松江市出身=が25日、母校の開星高校を訪れ、18年間の現役生活を終えた記念としてピッチングマシン1台を贈った。交流した中学高校の野球部員計53人は、通算980安打、盗塁王に輝いた偉大な先輩の言葉に刺激を受けた。
贈呈式で、梶谷さんは「中学生は全国に、高校生は夏の大会に向けて練習に力を入れてほしい」と呼びかけた。部員らからの質問に一つ一つ丁寧に答え、保護者からの「これからは何をして過ごすのか」との質問には「コーチ、解説者など野球に関する仕事は断った。基本的に野球以外のことをする。ビジネスなど自分一人で何かしたい。考えている途中だ」と答えた。
野々村直通監督(73)は、選手に対して「彼は野球だけでなく、自分に何ができるか考えられる。見習ってほしい」と伝えた。
同高校野球部主将の藤江来斗さん(17)は「中国大会で負けてからチームの雰囲気は高まっている。梶谷さんからのプレゼントで甲子園出場に向けての士気がより高まった」と引き締まった表情で語った。
📝センバツ2025 天理 3選手の父、親子2代の夢託す 「先輩」として送るエール /奈良
https://news.yahoo.co.jp/articles/37ac3d1752465a0286220ac4c0618480fb926c65
3年ぶり27回目のセンバツ出場を決めた天理は、今大会の出場校の中で2番目に出場回数が多い。125年の伝統を誇る同校では「親子2代で天理野球部」という選手も少なくない。かつて天理のユニホームを身にまとい甲子園を経験した保護者たちは、白球を追いかけた日々を懐かしみ、「後輩」にあたる息子たちへエールを送る。
冨田祥太郎内野手(2年)の父・信一郎さん(45)は第69回大会に遊撃手として出場し、同校初となるセンバツ優勝を果たした。「当時は出場することが目標で、センバツで勝とうなんて全然思っていなかった」と笑う。「最も緊張した」と語る1回戦は徳島商にサヨナラ勝ち。その後は「いつ負けてもいい」と思っていたが、「あれよあれよという間に勝ち進んでしまった」と話す。
大舞台での激闘を乗り越えてきた自身の経験から、祥太郎選手には秋の県予選の準決勝前に「ドシッと構えて、やってきたことを全部出し切れ」と電話で激励した。センバツ出場を決めた選手たちに「出場できるだけでもすごいこと。一戦一戦を楽しんで、思い出に残るように全力を出してほしい」とエールを送る。
下坊大陸投手(2年)の父・晃弘さん(56)は第58回大会に外野手として出場した。春は2回戦で敗退したものの、夏の大会では全国制覇を果たした。晃弘さんは甲子園という大舞台について「すごいところやな、と思った。本当に圧倒されてしまった」と語る。選手らには「場の空気に負けないように、リラックスして平常心で戦ってほしい」と話す。
赤埴幸輝内野手の父・智博さん(54)は第60回大会に三塁手として出場。「甲子園はその後の人生の励みになった」と振り返る。幸輝選手は智博さんが甲子園に出場したときの写真を見て、幼い頃から甲子園へのあこがれを強めたという。親子2代での出場に智博さんは「幸輝はずっと『甲子園に出たい』と言っていたので、親としても純粋にうれしい。おなかいっぱい楽しんでもらえれば」と笑顔を見せた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/969b9eb88765c40e14a202458cd6898275ab658d
松江市在住の路上詩人で書家のこーたさん(41)が30日、昨年の夏の甲子園で躍進し「大社旋風」を巻き起こした、大社高校の野球部をイメージした作品を同校に寄贈した。
半紙の大きさで、題名は「無限の力」。野球部のイメージカラーの紫で力強く描いた「∞」(無限大)の中心に、金色で「繋」と書いた。甲子園に出場する前の島根大会から応援の輪が大きくなったことや、甲子園でナインに送られる声援が球場を席巻した様子をイメージしたという。
こーたさんは島根大会の前、松江市在住のシンガー・ソングライター門脇大樹さん(41)とともに、野球部の応援歌「手のひら」を作ったことから、同部と親交を深めた。ナインは甲子園でも試合前や試合中に円陣を組んで応援歌を歌い士気を高めたという。
この日、門脇さんとともに大社高校を訪れたこーたさんは、「大社高には夢をたくさんいただいた。つながりの輪がこれからもさらに広がってほしい」と期待を込めて話した。
石飛文太監督(43)は「かっこいい作品をいただきありがたい。選手たちには、これからも無限大の夢を追いかけてほしいし、自分も追いかけたい」と話した。同校は作品を飾る場所を検討する。
☝元プロ野球選手・梶谷隆幸さん 母校・開星高を訪問、ピッチングマシン贈る 「これからは何をして過ごすのか」との質問への答えは?
https://news.yahoo.co.jp/articles/154de01d1004197019542ee1634955bce0fc84d9
プロ野球のDeNA、巨人に在籍し、昨季引退した梶谷隆幸さん(36)=島根県松江市出身=が25日、母校の開星高校を訪れ、18年間の現役生活を終えた記念としてピッチングマシン1台を贈った。交流した中学高校の野球部員計53人は、通算980安打、盗塁王に輝いた偉大な先輩の言葉に刺激を受けた。
贈呈式で、梶谷さんは「中学生は全国に、高校生は夏の大会に向けて練習に力を入れてほしい」と呼びかけた。部員らからの質問に一つ一つ丁寧に答え、保護者からの「これからは何をして過ごすのか」との質問には「コーチ、解説者など野球に関する仕事は断った。基本的に野球以外のことをする。ビジネスなど自分一人で何かしたい。考えている途中だ」と答えた。
野々村直通監督(73)は、選手に対して「彼は野球だけでなく、自分に何ができるか考えられる。見習ってほしい」と伝えた。
同高校野球部主将の藤江来斗さん(17)は「中国大会で負けてからチームの雰囲気は高まっている。梶谷さんからのプレゼントで甲子園出場に向けての士気がより高まった」と引き締まった表情で語った。
📝センバツ2025 天理 3選手の父、親子2代の夢託す 「先輩」として送るエール /奈良
https://news.yahoo.co.jp/articles/37ac3d1752465a0286220ac4c0618480fb926c65
3年ぶり27回目のセンバツ出場を決めた天理は、今大会の出場校の中で2番目に出場回数が多い。125年の伝統を誇る同校では「親子2代で天理野球部」という選手も少なくない。かつて天理のユニホームを身にまとい甲子園を経験した保護者たちは、白球を追いかけた日々を懐かしみ、「後輩」にあたる息子たちへエールを送る。
冨田祥太郎内野手(2年)の父・信一郎さん(45)は第69回大会に遊撃手として出場し、同校初となるセンバツ優勝を果たした。「当時は出場することが目標で、センバツで勝とうなんて全然思っていなかった」と笑う。「最も緊張した」と語る1回戦は徳島商にサヨナラ勝ち。その後は「いつ負けてもいい」と思っていたが、「あれよあれよという間に勝ち進んでしまった」と話す。
大舞台での激闘を乗り越えてきた自身の経験から、祥太郎選手には秋の県予選の準決勝前に「ドシッと構えて、やってきたことを全部出し切れ」と電話で激励した。センバツ出場を決めた選手たちに「出場できるだけでもすごいこと。一戦一戦を楽しんで、思い出に残るように全力を出してほしい」とエールを送る。
下坊大陸投手(2年)の父・晃弘さん(56)は第58回大会に外野手として出場した。春は2回戦で敗退したものの、夏の大会では全国制覇を果たした。晃弘さんは甲子園という大舞台について「すごいところやな、と思った。本当に圧倒されてしまった」と語る。選手らには「場の空気に負けないように、リラックスして平常心で戦ってほしい」と話す。
赤埴幸輝内野手の父・智博さん(54)は第60回大会に三塁手として出場。「甲子園はその後の人生の励みになった」と振り返る。幸輝選手は智博さんが甲子園に出場したときの写真を見て、幼い頃から甲子園へのあこがれを強めたという。親子2代での出場に智博さんは「幸輝はずっと『甲子園に出たい』と言っていたので、親としても純粋にうれしい。おなかいっぱい楽しんでもらえれば」と笑顔を見せた。