自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」

ようこそいらっしゃいました。監督(管理人)の宏鈴法師です。当掲示板は全国どこの話題でもOKですのでどうぞ野球談義・よもやま話をお楽しみ下さい!なお、ご意見ご要望はメールでお願いします。悪しからずご了承くださいませ。


紀州レンジャーズ チーム結成以来全成績 175勝187敗35分け 42雨天中止  4新型インフルエンザ発生&流行中止1降雨ノーゲーム(OBチーム1試合)
⚾岩手さんへ
興国は私学7強の一角でどうしても今は亡き村井 保雄先生が目に浮かびます。
1990年夏、僕が高校2年生だった時に3回戦で母校と激突し5-1で勝利したことが本当に嬉しかったですね!

もう、あの当時の興国は甲子園から遠ざかり長期低迷時代に入っていたかと思いますが、、、、、
村井先生は小柄で試合前1塁側スタンド上段で前列の背もたれイスに足上げてずいぶん貫禄がありましたね!

どういう経緯か?喜多が和智弁を退職して興国に赴任して復活の兆しが出てきましたね。
ただ、悲しいかなあまりにも学校数が多すぎて常に3位を狙えるところにいるかというと・・・・・。

ここ数年の大阪3番手のチームはとにかく打てないし、近畿に出てもあまり勝てるイメージが湧かないですね・・・。
金光だけは近畿に出たら2つ以上勝ち上がってきますが!

桐蔭は全国から選手が集まっている割には、、、100回大会がピークで徐々に下降線をたどってきている感が否めないですね。西谷監督がいる限りは全盛期が続くものと錯覚しておりました。

思ったよりも打てないし、焦りからか守備が破綻して勝てる試合を落とすケースがあり、92年~01年まで約10年間ブランクがあった時期と同じような粗さが復活してきたかも?

近江は92年夏から頻繁に見る機会がありましたが・・・かつては『滋賀野球』独特のひ弱さがあり、近畿や甲子園で1回戦ボーイの常連でしたが、、、多賀監督があそこまで甲子園で勝利数を積み重ねるイメージが全くなかったです。

2001年に3本の矢で夏準優勝してから安定してきました。
2003年のチームも春2勝夏1勝でしたが、かなり強かったですよ!!

その後しばらくまた苦しい時期もありましたが、2018年には和智弁を初戦で下して8強入りするなど、ここらへんから全国的に強豪に認知されてきましたね。
平凡な応援だったブラスバンドもこの時期から洋楽を取り入れて若い女性ファンも急増してきたし!!

山田くんは兄が大阪桐蔭に進学したようですが、地元に残ってくれてありがたかったですね。
野球留学全盛ですが、やはり地域の子供たちがそのまま高校進学して活躍したらありがたいですね。

エースと心中はトーナメントの性質上止むを得ないと思います。温存して負けたらOBやファンからずいぶん厳しく糾弾される恐れもあるので・・・・・。
2番手以降の投手がおればいいのですが、、、夏の大社も準々決勝の神村戦で馬庭投手先発回避で負けましたが、これはもう仕方ないと割り切れますが私学の強豪は大変だと思います。

投手を中心に守り勝つ野球はトーナメントを勝つ上では重要になりますね。ただ、僕のような素人は高嶋先生がいた頃の和智弁よろしく乱打戦がスキなんで・・・・・。
兵庫は全体的に投高打低なんで、、、自分の采配だけで勝ちに行く監督が非常に多いきらいもありますよ。

大鉄は分かりませんが、浪商は中村監督が母校再建に向けて奮闘されているので興国よりも先に甲子園に復活する可能性は高いと思います。
2024/11/27(水) 22時25分45秒 No.1463 編集 削除