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⚾今日の熱闘甲子園試合結果(3回戦)
12日目第1試合 佐野日大(栃木)-高崎健康福祉大高崎(群馬) 8:02~10:02
一二三四五六七八九十計HE
佐野日大010000000 140
健大高崎03000100X 4100
12日目第2試合 有明(熊本)-東日本国際大昌平(福島) 10:23~12:12
一二三四五六七八九十計HE
有 明000000040 470
昌 平10000000X 151
12日目第3試合 英明(香川)-花巻東(岩手) 12:45~14:37
一二三四五六七八九十計HE
英 明000000000 061
花 巻 東01100101X 470
12日目第4試合 霞ヶ浦(茨城)-横浜(神奈川) 15:16~17:05 16:39点灯 7回表から
一二三四五六七八九十計HE
横 浜000014000 5130
霞 ヶ 浦000110000 270
⚾今日の和歌山大会新人戦試合結果(2日目 2回戦)
紀三井寺球場・・・・日 高10-3新 宮(8回)・星 林3-2向 陽・橋 本5-3和歌山北
上富田球場・・・・・神 島6-4初芝橋本(10回タイブレーク)・紀 北 工4-3田 辺 工・和歌山工6-2紀 央 館
マツゲン有田球場・・粉 河3-0那 賀・桐 蔭11-10和歌山商
📝京滋大学野球令和8年度秋季リーグ戦 日程表
https://x.com/kbl_1part/status/2088551004887499246/photo/1
https://x.com/kbl_1part/status/2088551004887499246/photo/2
📝前 説・・・『チーム宏鈴』結成22年10か月
7月の1ヶ月間・・・のべ1160人の方々から閲覧履歴があり1918アクセスしていただき感謝申し上げます。
いつの間にかteacup.掲示板閉鎖によりwox掲示板に移行して4年が経過。。。
2003年『チーム宏鈴』開設当初は24時間で680人ほど閲覧者がいましたが、中には心無い書き込みをする輩もいて、teacup掲示板では荒らし対策として『管理人確認モード』で即時掲載を見合わせ続けましたが、今はずいぶん閲覧者も減ってきましたが、即時掲載モードに切り替えても大勢に影響はなくうまく移行できたかなと。
管理方針について再度述べておきますが、基本的には『高校野球の記事を半分以下ならよもやま話もOK』とします。ずっとこのまま平和な掲示板であり続けたいですが、過去の教訓を踏まえて荒らし対策は入念に考えております。
今後万が一、wox掲示板も閉鎖されたらアメブロのみでなにかしら発信できたらと思います。
さて、コロナ騒動で2年連続甲子園に足を運ぶ機会を失った夏の悲劇もありましたが、声出し応援解禁となったので・・・今大会は4日間甲子園通いました。
6日は当日券購入して16時から2試合をレフトスタンドで観戦。
9日は二部制午後の部3塁内野席で観戦。
13日は10時30分から4試合1塁内野席で観戦。
16日は8時から4試合ぶっ通しで3塁側内野席で観戦。
さて今後の観戦記ですが、以下の順番で公開します。
・R7年度春季近畿地区高校野球大会兵庫予選観戦記(残3話)
・【り ん🌟】美し国 清楚な女(ひと)春季東海大会in津【かれん👧】
・【り ん🌟】美し国 清楚な女(ひと)春季東海大会in伊勢【かれん👧】(2話)
・春季中国大会🔥岡山県勢VS中国4県王者🔥in倉敷(4話)
・わかさスタジアム京都に響く 💢林守の怒号💢 107回選手権京都大会 京都文教観戦記
・心をひとつに夢の先まで! 107回選手権大阪大会 大商学園観戦記(2話)
・真夏の敦賀~福井弾丸ツアー 心をひとつに夢の先まで! 107回選手権福井大会観戦記(4話)
・僕だけの聖地 心をひとつに夢の先まで! 107回選手権和歌山大会観戦記(4話)
・心をひとつに夢の先まで! 107回選手権岡山大会観戦記(2話)
・心をひとつに夢の先まで! 107回選手権大会観戦記(7話)
コロナ騒動のおかげで???1度はたまりまくっていた観戦記もだいぶん片付き周回遅れの難は逃れましたが、油断しているとすぐにたまっていくので、、、、、
みんなで飲もう! おいしい水。
wox掲示板でも 💙しつこく💚しぶとく💜泥臭く💛 「誰からも愛される」というよりも「誰かに慕われる」掲示板目指してアットホームな雰囲気でやっていきたいのでお願いします!!
📝10日間で熱中症疑いは昨年より10件減少 暑熱対策の2部制について大会本部が会見「チームの意識も高かった」 台風の影響で涼しい日も
https://news.yahoo.co.jp/articles/51e7c3997e61102a69bcb78dcb8ce0cb7b180b12
大会本部は今大会の2部制についての会見を行った。ここまで10日間の計33試合で選手の熱中症疑いは計9件。前年の第107回大会の第10日終了時では計19件あり、10件の減少だったとした。試合数は昨年は32(不戦勝を除く)だった。
大会関係者は「今年は台風の影響もあり涼しい日もあったので2部制の効果だけとはいえないかもしれない」としながら、一定の収穫を説明。選手の熱中症疑いの数が減少したことについて「チームの意識も高かった。クーリングタイムでアイススラリー(冷凍の飲み物)を飲むことが通常化していること、着替えをきちんとすることなども。選手も、足がつりそうなときは早めに理学療法士に伝えていた」と話した。
今大会は暑熱対策で2部制の時間帯での開催を10日間に拡大し、4試合を行う日は「朝の部」1試合、「午後の部」3試合とした。過去3大会で熱中症疑いの発生が最も多かった午前10時半~午後1時ごろの時間帯の試合を初戦で避けるためで、第1、2日は午後の部のみとし、第1日は午後4時から開会式を行い、同5時半から1試合のみ行った。第2日は、前日に開会式に参加した選手の疲労を考慮して午後4時から2試合を行った。
第3~8日は午前8時から1試合、午後1時半から3試合を、第9、10日は午後1時半からの3試合のみを行った(実際は雨天の影響で第8日第4試合を第9日の午前10時半からに変更)。
課題点について雨天中止時の日程調整の難しさを挙げたが、一方で、朝の第1試合と午後の第2試合の開始時間が定まっている点は、選手の体調管理や観客の待ち時間の減少にもつながったと評価した。
💢今大会初 高川学園のビデオ検証受け入れられず 審判副委員長「速やかではなかった」
https://news.yahoo.co.jp/articles/e43f0b5a78b043755863997be70c63006984675f
<全国高校野球選手権:天理6-3高川学園>◇15日◇3回戦◇甲子園
3季連続出場の高川学園(山口)は6回に4失点して一気の逆転を許し、天理に競り負け、初の8強を逃した。
6回裏の高川学園攻撃時の判定をめぐり、ビデオ検証要求が今大会初めて受け入れられなかった。ルールではプレー後に「速やかに球審に対してビデオ検証を求めることができる」とあるが、尾崎泰輔審判副委員長は、今回は「速やかではなかった」と説明。ただ、時間の基準はなく、審判団の判断による部分も大きいという。今回は天理の選手はすでにベンチ近くまで下がり、高川学園バッテリーも投球練習を始めようとしていた。「もうビデオ検証を受けられませんということで高川学園の監督さんにも納得していただいて、検証しなかったという背景です」とした。
👣佐野日大・中村盛汰主将「祖父なしではここまで…」6度全国優勝の名将・順司氏に感謝
https://news.yahoo.co.jp/articles/46d727b3404ccd7b7a3a0700b9395c91eb726735
<全国高校野球選手権:健大高崎4-1佐野日大>◇16日◇3回戦◇甲子園
因縁の相手の壁は越えられず、佐野日大・中村盛汰主将(3年)にとって、最後の夏が終わった。「9番一塁」でスタメン出場も2打席凡退に倒れ、4回の守備から交代後も最後までベンチで声を絶やさなかった。
監督としてPL学園を春夏6度の全国優勝に導いた名将・中村順司氏(80)を祖父にもち、父、兄も球児の野球一家で育った。自立を志し進学した同校で、主将として63人の部員を束ねた。「苦しいことの方が多かった」。それでも「お前がキャプテンじゃなきゃここまで来られなかった」。仲間にもらった言葉を胸に刻んだ。
今春センバツに出場するも完封負けで初戦敗退。その時、祖父と約束した「校歌を歌う」という約束をこの夏かなえた。「野球ができたのは家族の支えがあったから。本当に祖父なしではここまで来られなかったので、感謝しかない」。順司氏も「よく頑張ったと思います。2回も校歌を聞かせてくれました」と愛孫をねぎらった。
大学では野球を続けながら教員免許の取得を目指し、母校に指導者として帰る青写真も描く。「おじいさんにも喜んでもらえるように。麦倉監督のような、選手ひとりひとりに向き合える指導者になりたい」。未来を切り開いていく。
☟<2026年夏の甲子園3回戦・有明4―1東日本国際大昌平>有明の工、左手を骨折 試合前に負傷
https://news.yahoo.co.jp/articles/e560870c042a1be2515d2ad0c686887f7c1deb9a
16日行われた第108回全国高校野球選手権3回戦で、有明の工修哉が試合前の練習で左手を負傷したため、既に発表されていた「5番・投手兼指名打者」から先発を回避した。素振りをしていた選手のバットが左手に当たったという。
工の左手甲は腫れ「指先が動かしづらい」と自己申告し、特別規則に基づきメンバー変更となった。大会本部は、大阪府内の病院で「左手甲の骨折(加療1~2カ月)」と診断されたと発表した。準々決勝はベンチ入りする予定。
工は試合後の取材に「斉藤も『任せて』と言ってくれた。チームも勝ってうれしい」と話していた。
💢【PL学園野球部「休部から10年」】外部からの受験者は「たった2人」に激減、学校存続の危機 母体教団も窮地で線香花火のように儚く消える運命なのか
https://news.yahoo.co.jp/articles/bb56de38ae808485a3a6f54cdab5c03fcd49e2c5?page=1
夏の甲子園で連日、熱闘が続いているが、そこから姿を消した名門校もある。春夏合わせて7度の全国制覇を誇った大阪のPL学園の硬式野球部が活動を休止してから、ちょうど10年が過ぎた。復活を願う高校野球ファンの声はあれど、その道は遥か遠いようだ。『永遠のPL学園』(小学館文庫)の著書があるノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。
大阪府富田林市の夜空に、今年も花火は打ち上がらなかった。毎年、パーフェクトリバティー教団(以下、PL教団)の2代教祖・御木徳近の生誕日にあたる8月1日に実施されてきたPL花火大会(正式名称は教祖祭PL花火芸術)は、2019年を最後に開催されていない。
最盛期には12万発とも、20万発ともいわれる花火を打ち上げ、全国から数百台の大型バスが教団の聖地に乗り入れていた。大阪阿部野橋駅から聖地へ向かう近鉄電車も臨時列車を走らせ、日本一と誉れ高かったのがPL花火大会である。
大阪の真夏の風物詩はなぜ実施されなくなったのか。表向きの理由はコロナ禍だったが、信者数の激減によって教団の運営が危機的状況を迎えていて、財政的に花火大会を開催することが困難というのが実状だろう。存続を切望されながら、活動を休止する――その構図は、2016年に活動を休止したPL学園高校の硬式野球部と同じだ。
3学年合わせて生徒39人
ちょうど10年前の7月15日。同校の硬式野球部は大阪大会の初戦・東大阪大柏原戦に敗れ、60年以上の歴史に終止符を打った。当時、高校には国公立コースと理文選修コースにおよそ60人の生徒がいた。しかし、PL中学からの内部進学者を除いた外部受験者の数が年々、減っていき、今年の受験者は最終的に国公立コースこそ併願で受けた生徒が2人いたものの、理文選修コースにいたってはゼロだった。
基本的に現在のPL学園は熱心な信者の子息に入学者を限定していて、硬式野球部があった時代のように「入信さえすれば入学を認める」というようなスタンスではない。PLに入学する強い意思のある中学生ならば、基本的に専願で受験するはずであり、国公立コースを受験した2人は滑り止めで受験した可能性が高いだろう。つまり、外部進学者は皆無の可能性があるのだ。
今年1月にあったPL学園OB会の懇親会で、OB会長の桑田真澄氏(オイシックス新潟CBO)は2025年度の生徒数について、高校が3学年あわせて39人、中学も3学年で35人と明かした。近年の中学の生徒数から推察するに、今年度(2026年度)の内部進学者が劇的に増えるとは考えにくい。現状は硬式野球部よりも昔からの信徒が入部していた軟式野球部を存続するだけでもやっとで、硬式野球部を復活することなど考えられない状況である。
打ち上げ花火ではなく線香花火
近鉄喜志駅を最寄り駅とするPL学園および富田林駅を最寄りとする教団本庁は、かつて教団の繁栄と共に人であふれ、硬式野球部が全国制覇を果たせばパレードが実施されたほどだ。しかし今は人の出入りがまるでなく、敷地内は廃墟と化した建物であふれている。敷地内はまるでバブルの時代から時間が止まったかのよう。
PL学園では昨年11月に、創立70周年を記念した式典が開催され、西田真二と木戸克彦という夏の甲子園で初優勝した時のバッテリーによるトークショーなどが開催された。出席者は会の最後に花火が用意されていると説明を受けており、往年の花火大会のフィナーレのような花火を期待し心を躍らせたという。ところが――参加者には手持ち花火が渡されて、式典はしめやかに終了したという。
1970年代後半から80年代にかけて、全国から集いしPL学園の球児たちは甲子園球場に特大の花火を打ち上げた。総勢82人のプロ野球選手を輩出してきた野球部だったが、2016年に活動を休止してちょうど10年が過ぎ、野球部の復活は絶望的な状況が続く。
考えてもみればPL学園とは1980年代に強烈な光を放ちながら、長い高校野球の歴史においては儚く消えた線香花火のような野球部だったのかもしれない。
📝甲子園「名将だと思う監督」3位はPL学園・中村順司 1位は「高校野球を変えた」攻めダルマ…勝ち方は三者三様【高校野球アンケート】
https://news.yahoo.co.jp/articles/3c13eaf83c2c33168661b909e1da111012a0b57c?page=1
現在、熱戦が繰り広げられている「第108回全国高校野球選手権大会」。甲子園2026をもっと楽しむために、AERA編集部では開幕直前、高校野球にまつわるアンケートを実施した。この記事では、「名将だと思う監督は?」への回答を紹介する。
■高校野球を動かした三人
「あなたが名将だと思う監督は?」と聞かれたら、最初に誰を思い浮かべるだろうか。上位には、常勝軍団を築いた中村順司、公立校を春夏連覇へ導いた尾藤公、力で打ち勝つ野球を広めた蔦文也が並んだ。
■第3位 中村順司 PL学園(大阪)
PL学園を春夏6度の甲子園優勝に導いた中村順司さんが第3位に入った。中村さんは80年に母校・PL学園の監督に就任し、98年春のセンバツを最後に勇退。春10回、夏6回の計16回、甲子園に出場し、春夏各3回の計6回優勝、2回準優勝という成績を残した。甲子園通算58勝10敗、勝率8割5分3厘は歴代最高だ。
「PLが一番強かった時代の監督だから」(50代男性)
「名門PLをまとめ、常勝軍団にした監督」(50代男性)
PL学園が輩出したプロ野球選手には、清原和博、桑田真澄のKKコンビをはじめ、立浪和義、松井稼頭央、サブロー(大村三郎)、福留孝介らがいる。いずれも中村さんの教え子だ。
「桑田を育てたから」(50代女性)
今大会には、中村さんの孫で佐野日大(栃木)の主将を務める中村盛汰内野手(3年)が出場した。中村さんが見守った聖隷クリストファー(静岡)との初戦を、佐野日大は1―0で制した。かつて甲子園を席巻した名将が、今度はスタンドから孫の勝利を見届けた。
■第2位 尾藤公 箕島(和歌山)
第2位は、箕島の尾藤公さん(享年68)。公立校として唯一、春夏連覇を達成した箕島を率いた名将だ。尾藤さんは66年に母校・箕島の監督に就任。72年にいったん退任し、74年に復帰した後、95年まで指揮を執った。監督在任は通算27年間で、春8回、夏6回の計14回、甲子園に出場。70年春、77年春、79年春・夏の計4回、全国制覇を成し遂げた。
79年には史上3校目となる春夏連覇を達成。公立校による春夏連覇は、現在も箕島だけだ。今夏の大会に出場した公立校は9校で、初戦の成績は2勝7敗だった。公立校が全国の頂点に立つだけでなく、春夏を連覇する。その記録の重みは、時代を経るほど増している。連覇のかかった79年夏、3回戦の星稜(石川)戦で演じた延長18回の死闘は、「高校野球史上最高の試合」とも称される。
「星稜との延長18回の死闘を制したから」(60代男性)
「中継で見た限り、まさに高校野球そのものだった」(50代男性)
「尾藤采配が面白かった」(70代~男性)
「攻撃が多彩だった」(60代男性)
箕島は延長12回と16回に勝ち越されながら、そのたびに追い付いた。最後は延長18回、4―3でサヨナラ勝ち。追い詰められても、ベンチの尾藤さんは笑顔を絶やさなかった。
「ベンチでいつもニコニコしていたのを覚えている」(70代~男性)
「いつもニコニコ笑顔でしたね!!」(60代男性)
「尾藤スマイルは永遠」(50代男性)
息詰まる死闘と、監督の笑顔。その鮮やかな対比も、尾藤さんを忘れ難い名将にした。
■第1位 蔦文也 池田(徳島)
第1位は、「攻めダルマ」の異名で知られた池田の蔦文也さん(享年77)だ。蔦さんが率いた池田は、豪快な打撃から「やまびこ打線」と呼ばれた。金属バットの特性を生かした打撃重視の指導は、高校野球の戦い方に大きな影響を与えた。
「今の高校野球を変えた」(70代~男性)
「細かい野球からパワー野球へ、高校野球を変革した監督だと思う」(60代男性)
蔦さんは、芯を多少外しても筋力があれば打球を遠くへ飛ばせるという金属バットの特性に着目し、80年ごろから筋力トレーニングを積極的に導入。それまでの小技中心の野球とは異なる、力で相手を圧倒する打線を築いた。
「池田は公立校で、蔦さんは金属バットを生かした打撃のチームをつくり上げたから」(60代女性)
「“打て、打て、打て”という指導力、育成力、豪快さ」(70代~男性)
強打だけのチームではなかったという指摘もある。
「打線のイメージが強いが、投手も良かった。田舎の高校をあそこまで有名にしたのはすごい」(60代女性)
山あいの小さな町にある池田の名を全国へ広めたのは、勝利だけではない。蔦さん自身の豪快なキャラクターも、池田を誰もが知る存在にした。
「田舎の高校を有名にした」(70代~男性)
「あのころは、池田の蔦監督を皆が知っていた」(70代~男性)
蔦さんは監督として春夏通算14回、甲子園に出場。37勝を挙げ、優勝3回、準優勝2回という成績を残した。
4位には同票で、渡辺元智(横浜)、西谷浩一(大阪桐蔭)、須江航(仙台育英)の3人が並んだ。今大会で初戦、花咲徳栄(埼玉)を1―0で破った仙台育英の須江監督には、次のような声が寄せられた。
「人柄が素晴らしい」(30代男性)
「アンケートの選択肢にあった監督は、すべて名将です。そのなかでも、須江監督の優勝インタビューが素晴らしく、印象に残っています」(60代男性)
「どんな選手でも勝ちに導く采配は、シンプルだが的確」(30代男性)
中村さんは常勝軍団を築き、尾藤さんは笑顔で死闘を制し、蔦さんは打撃で高校野球を変えた。勝利への道筋は三者三様だった。異なる哲学を結果へ結び付けたからこそ、3人は名将として長く記憶されている。
12日目第1試合 佐野日大(栃木)-高崎健康福祉大高崎(群馬) 8:02~10:02
一二三四五六七八九十計HE
佐野日大010000000 140
健大高崎03000100X 4100
12日目第2試合 有明(熊本)-東日本国際大昌平(福島) 10:23~12:12
一二三四五六七八九十計HE
有 明000000040 470
昌 平10000000X 151
12日目第3試合 英明(香川)-花巻東(岩手) 12:45~14:37
一二三四五六七八九十計HE
英 明000000000 061
花 巻 東01100101X 470
12日目第4試合 霞ヶ浦(茨城)-横浜(神奈川) 15:16~17:05 16:39点灯 7回表から
一二三四五六七八九十計HE
横 浜000014000 5130
霞 ヶ 浦000110000 270
⚾今日の和歌山大会新人戦試合結果(2日目 2回戦)
紀三井寺球場・・・・日 高10-3新 宮(8回)・星 林3-2向 陽・橋 本5-3和歌山北
上富田球場・・・・・神 島6-4初芝橋本(10回タイブレーク)・紀 北 工4-3田 辺 工・和歌山工6-2紀 央 館
マツゲン有田球場・・粉 河3-0那 賀・桐 蔭11-10和歌山商
📝京滋大学野球令和8年度秋季リーグ戦 日程表
https://x.com/kbl_1part/status/2088551004887499246/photo/1
https://x.com/kbl_1part/status/2088551004887499246/photo/2
📝前 説・・・『チーム宏鈴』結成22年10か月
7月の1ヶ月間・・・のべ1160人の方々から閲覧履歴があり1918アクセスしていただき感謝申し上げます。
いつの間にかteacup.掲示板閉鎖によりwox掲示板に移行して4年が経過。。。
2003年『チーム宏鈴』開設当初は24時間で680人ほど閲覧者がいましたが、中には心無い書き込みをする輩もいて、teacup掲示板では荒らし対策として『管理人確認モード』で即時掲載を見合わせ続けましたが、今はずいぶん閲覧者も減ってきましたが、即時掲載モードに切り替えても大勢に影響はなくうまく移行できたかなと。
管理方針について再度述べておきますが、基本的には『高校野球の記事を半分以下ならよもやま話もOK』とします。ずっとこのまま平和な掲示板であり続けたいですが、過去の教訓を踏まえて荒らし対策は入念に考えております。
今後万が一、wox掲示板も閉鎖されたらアメブロのみでなにかしら発信できたらと思います。
さて、コロナ騒動で2年連続甲子園に足を運ぶ機会を失った夏の悲劇もありましたが、声出し応援解禁となったので・・・今大会は4日間甲子園通いました。
6日は当日券購入して16時から2試合をレフトスタンドで観戦。
9日は二部制午後の部3塁内野席で観戦。
13日は10時30分から4試合1塁内野席で観戦。
16日は8時から4試合ぶっ通しで3塁側内野席で観戦。
さて今後の観戦記ですが、以下の順番で公開します。
・R7年度春季近畿地区高校野球大会兵庫予選観戦記(残3話)
・【り ん🌟】美し国 清楚な女(ひと)春季東海大会in津【かれん👧】
・【り ん🌟】美し国 清楚な女(ひと)春季東海大会in伊勢【かれん👧】(2話)
・春季中国大会🔥岡山県勢VS中国4県王者🔥in倉敷(4話)
・わかさスタジアム京都に響く 💢林守の怒号💢 107回選手権京都大会 京都文教観戦記
・心をひとつに夢の先まで! 107回選手権大阪大会 大商学園観戦記(2話)
・真夏の敦賀~福井弾丸ツアー 心をひとつに夢の先まで! 107回選手権福井大会観戦記(4話)
・僕だけの聖地 心をひとつに夢の先まで! 107回選手権和歌山大会観戦記(4話)
・心をひとつに夢の先まで! 107回選手権岡山大会観戦記(2話)
・心をひとつに夢の先まで! 107回選手権大会観戦記(7話)
コロナ騒動のおかげで???1度はたまりまくっていた観戦記もだいぶん片付き周回遅れの難は逃れましたが、油断しているとすぐにたまっていくので、、、、、
みんなで飲もう! おいしい水。
wox掲示板でも 💙しつこく💚しぶとく💜泥臭く💛 「誰からも愛される」というよりも「誰かに慕われる」掲示板目指してアットホームな雰囲気でやっていきたいのでお願いします!!
📝10日間で熱中症疑いは昨年より10件減少 暑熱対策の2部制について大会本部が会見「チームの意識も高かった」 台風の影響で涼しい日も
https://news.yahoo.co.jp/articles/51e7c3997e61102a69bcb78dcb8ce0cb7b180b12
大会本部は今大会の2部制についての会見を行った。ここまで10日間の計33試合で選手の熱中症疑いは計9件。前年の第107回大会の第10日終了時では計19件あり、10件の減少だったとした。試合数は昨年は32(不戦勝を除く)だった。
大会関係者は「今年は台風の影響もあり涼しい日もあったので2部制の効果だけとはいえないかもしれない」としながら、一定の収穫を説明。選手の熱中症疑いの数が減少したことについて「チームの意識も高かった。クーリングタイムでアイススラリー(冷凍の飲み物)を飲むことが通常化していること、着替えをきちんとすることなども。選手も、足がつりそうなときは早めに理学療法士に伝えていた」と話した。
今大会は暑熱対策で2部制の時間帯での開催を10日間に拡大し、4試合を行う日は「朝の部」1試合、「午後の部」3試合とした。過去3大会で熱中症疑いの発生が最も多かった午前10時半~午後1時ごろの時間帯の試合を初戦で避けるためで、第1、2日は午後の部のみとし、第1日は午後4時から開会式を行い、同5時半から1試合のみ行った。第2日は、前日に開会式に参加した選手の疲労を考慮して午後4時から2試合を行った。
第3~8日は午前8時から1試合、午後1時半から3試合を、第9、10日は午後1時半からの3試合のみを行った(実際は雨天の影響で第8日第4試合を第9日の午前10時半からに変更)。
課題点について雨天中止時の日程調整の難しさを挙げたが、一方で、朝の第1試合と午後の第2試合の開始時間が定まっている点は、選手の体調管理や観客の待ち時間の減少にもつながったと評価した。
💢今大会初 高川学園のビデオ検証受け入れられず 審判副委員長「速やかではなかった」
https://news.yahoo.co.jp/articles/e43f0b5a78b043755863997be70c63006984675f
<全国高校野球選手権:天理6-3高川学園>◇15日◇3回戦◇甲子園
3季連続出場の高川学園(山口)は6回に4失点して一気の逆転を許し、天理に競り負け、初の8強を逃した。
6回裏の高川学園攻撃時の判定をめぐり、ビデオ検証要求が今大会初めて受け入れられなかった。ルールではプレー後に「速やかに球審に対してビデオ検証を求めることができる」とあるが、尾崎泰輔審判副委員長は、今回は「速やかではなかった」と説明。ただ、時間の基準はなく、審判団の判断による部分も大きいという。今回は天理の選手はすでにベンチ近くまで下がり、高川学園バッテリーも投球練習を始めようとしていた。「もうビデオ検証を受けられませんということで高川学園の監督さんにも納得していただいて、検証しなかったという背景です」とした。
👣佐野日大・中村盛汰主将「祖父なしではここまで…」6度全国優勝の名将・順司氏に感謝
https://news.yahoo.co.jp/articles/46d727b3404ccd7b7a3a0700b9395c91eb726735
<全国高校野球選手権:健大高崎4-1佐野日大>◇16日◇3回戦◇甲子園
因縁の相手の壁は越えられず、佐野日大・中村盛汰主将(3年)にとって、最後の夏が終わった。「9番一塁」でスタメン出場も2打席凡退に倒れ、4回の守備から交代後も最後までベンチで声を絶やさなかった。
監督としてPL学園を春夏6度の全国優勝に導いた名将・中村順司氏(80)を祖父にもち、父、兄も球児の野球一家で育った。自立を志し進学した同校で、主将として63人の部員を束ねた。「苦しいことの方が多かった」。それでも「お前がキャプテンじゃなきゃここまで来られなかった」。仲間にもらった言葉を胸に刻んだ。
今春センバツに出場するも完封負けで初戦敗退。その時、祖父と約束した「校歌を歌う」という約束をこの夏かなえた。「野球ができたのは家族の支えがあったから。本当に祖父なしではここまで来られなかったので、感謝しかない」。順司氏も「よく頑張ったと思います。2回も校歌を聞かせてくれました」と愛孫をねぎらった。
大学では野球を続けながら教員免許の取得を目指し、母校に指導者として帰る青写真も描く。「おじいさんにも喜んでもらえるように。麦倉監督のような、選手ひとりひとりに向き合える指導者になりたい」。未来を切り開いていく。
☟<2026年夏の甲子園3回戦・有明4―1東日本国際大昌平>有明の工、左手を骨折 試合前に負傷
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16日行われた第108回全国高校野球選手権3回戦で、有明の工修哉が試合前の練習で左手を負傷したため、既に発表されていた「5番・投手兼指名打者」から先発を回避した。素振りをしていた選手のバットが左手に当たったという。
工の左手甲は腫れ「指先が動かしづらい」と自己申告し、特別規則に基づきメンバー変更となった。大会本部は、大阪府内の病院で「左手甲の骨折(加療1~2カ月)」と診断されたと発表した。準々決勝はベンチ入りする予定。
工は試合後の取材に「斉藤も『任せて』と言ってくれた。チームも勝ってうれしい」と話していた。
💢【PL学園野球部「休部から10年」】外部からの受験者は「たった2人」に激減、学校存続の危機 母体教団も窮地で線香花火のように儚く消える運命なのか
https://news.yahoo.co.jp/articles/bb56de38ae808485a3a6f54cdab5c03fcd49e2c5?page=1
夏の甲子園で連日、熱闘が続いているが、そこから姿を消した名門校もある。春夏合わせて7度の全国制覇を誇った大阪のPL学園の硬式野球部が活動を休止してから、ちょうど10年が過ぎた。復活を願う高校野球ファンの声はあれど、その道は遥か遠いようだ。『永遠のPL学園』(小学館文庫)の著書があるノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。
大阪府富田林市の夜空に、今年も花火は打ち上がらなかった。毎年、パーフェクトリバティー教団(以下、PL教団)の2代教祖・御木徳近の生誕日にあたる8月1日に実施されてきたPL花火大会(正式名称は教祖祭PL花火芸術)は、2019年を最後に開催されていない。
最盛期には12万発とも、20万発ともいわれる花火を打ち上げ、全国から数百台の大型バスが教団の聖地に乗り入れていた。大阪阿部野橋駅から聖地へ向かう近鉄電車も臨時列車を走らせ、日本一と誉れ高かったのがPL花火大会である。
大阪の真夏の風物詩はなぜ実施されなくなったのか。表向きの理由はコロナ禍だったが、信者数の激減によって教団の運営が危機的状況を迎えていて、財政的に花火大会を開催することが困難というのが実状だろう。存続を切望されながら、活動を休止する――その構図は、2016年に活動を休止したPL学園高校の硬式野球部と同じだ。
3学年合わせて生徒39人
ちょうど10年前の7月15日。同校の硬式野球部は大阪大会の初戦・東大阪大柏原戦に敗れ、60年以上の歴史に終止符を打った。当時、高校には国公立コースと理文選修コースにおよそ60人の生徒がいた。しかし、PL中学からの内部進学者を除いた外部受験者の数が年々、減っていき、今年の受験者は最終的に国公立コースこそ併願で受けた生徒が2人いたものの、理文選修コースにいたってはゼロだった。
基本的に現在のPL学園は熱心な信者の子息に入学者を限定していて、硬式野球部があった時代のように「入信さえすれば入学を認める」というようなスタンスではない。PLに入学する強い意思のある中学生ならば、基本的に専願で受験するはずであり、国公立コースを受験した2人は滑り止めで受験した可能性が高いだろう。つまり、外部進学者は皆無の可能性があるのだ。
今年1月にあったPL学園OB会の懇親会で、OB会長の桑田真澄氏(オイシックス新潟CBO)は2025年度の生徒数について、高校が3学年あわせて39人、中学も3学年で35人と明かした。近年の中学の生徒数から推察するに、今年度(2026年度)の内部進学者が劇的に増えるとは考えにくい。現状は硬式野球部よりも昔からの信徒が入部していた軟式野球部を存続するだけでもやっとで、硬式野球部を復活することなど考えられない状況である。
打ち上げ花火ではなく線香花火
近鉄喜志駅を最寄り駅とするPL学園および富田林駅を最寄りとする教団本庁は、かつて教団の繁栄と共に人であふれ、硬式野球部が全国制覇を果たせばパレードが実施されたほどだ。しかし今は人の出入りがまるでなく、敷地内は廃墟と化した建物であふれている。敷地内はまるでバブルの時代から時間が止まったかのよう。
PL学園では昨年11月に、創立70周年を記念した式典が開催され、西田真二と木戸克彦という夏の甲子園で初優勝した時のバッテリーによるトークショーなどが開催された。出席者は会の最後に花火が用意されていると説明を受けており、往年の花火大会のフィナーレのような花火を期待し心を躍らせたという。ところが――参加者には手持ち花火が渡されて、式典はしめやかに終了したという。
1970年代後半から80年代にかけて、全国から集いしPL学園の球児たちは甲子園球場に特大の花火を打ち上げた。総勢82人のプロ野球選手を輩出してきた野球部だったが、2016年に活動を休止してちょうど10年が過ぎ、野球部の復活は絶望的な状況が続く。
考えてもみればPL学園とは1980年代に強烈な光を放ちながら、長い高校野球の歴史においては儚く消えた線香花火のような野球部だったのかもしれない。
📝甲子園「名将だと思う監督」3位はPL学園・中村順司 1位は「高校野球を変えた」攻めダルマ…勝ち方は三者三様【高校野球アンケート】
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現在、熱戦が繰り広げられている「第108回全国高校野球選手権大会」。甲子園2026をもっと楽しむために、AERA編集部では開幕直前、高校野球にまつわるアンケートを実施した。この記事では、「名将だと思う監督は?」への回答を紹介する。
■高校野球を動かした三人
「あなたが名将だと思う監督は?」と聞かれたら、最初に誰を思い浮かべるだろうか。上位には、常勝軍団を築いた中村順司、公立校を春夏連覇へ導いた尾藤公、力で打ち勝つ野球を広めた蔦文也が並んだ。
■第3位 中村順司 PL学園(大阪)
PL学園を春夏6度の甲子園優勝に導いた中村順司さんが第3位に入った。中村さんは80年に母校・PL学園の監督に就任し、98年春のセンバツを最後に勇退。春10回、夏6回の計16回、甲子園に出場し、春夏各3回の計6回優勝、2回準優勝という成績を残した。甲子園通算58勝10敗、勝率8割5分3厘は歴代最高だ。
「PLが一番強かった時代の監督だから」(50代男性)
「名門PLをまとめ、常勝軍団にした監督」(50代男性)
PL学園が輩出したプロ野球選手には、清原和博、桑田真澄のKKコンビをはじめ、立浪和義、松井稼頭央、サブロー(大村三郎)、福留孝介らがいる。いずれも中村さんの教え子だ。
「桑田を育てたから」(50代女性)
今大会には、中村さんの孫で佐野日大(栃木)の主将を務める中村盛汰内野手(3年)が出場した。中村さんが見守った聖隷クリストファー(静岡)との初戦を、佐野日大は1―0で制した。かつて甲子園を席巻した名将が、今度はスタンドから孫の勝利を見届けた。
■第2位 尾藤公 箕島(和歌山)
第2位は、箕島の尾藤公さん(享年68)。公立校として唯一、春夏連覇を達成した箕島を率いた名将だ。尾藤さんは66年に母校・箕島の監督に就任。72年にいったん退任し、74年に復帰した後、95年まで指揮を執った。監督在任は通算27年間で、春8回、夏6回の計14回、甲子園に出場。70年春、77年春、79年春・夏の計4回、全国制覇を成し遂げた。
79年には史上3校目となる春夏連覇を達成。公立校による春夏連覇は、現在も箕島だけだ。今夏の大会に出場した公立校は9校で、初戦の成績は2勝7敗だった。公立校が全国の頂点に立つだけでなく、春夏を連覇する。その記録の重みは、時代を経るほど増している。連覇のかかった79年夏、3回戦の星稜(石川)戦で演じた延長18回の死闘は、「高校野球史上最高の試合」とも称される。
「星稜との延長18回の死闘を制したから」(60代男性)
「中継で見た限り、まさに高校野球そのものだった」(50代男性)
「尾藤采配が面白かった」(70代~男性)
「攻撃が多彩だった」(60代男性)
箕島は延長12回と16回に勝ち越されながら、そのたびに追い付いた。最後は延長18回、4―3でサヨナラ勝ち。追い詰められても、ベンチの尾藤さんは笑顔を絶やさなかった。
「ベンチでいつもニコニコしていたのを覚えている」(70代~男性)
「いつもニコニコ笑顔でしたね!!」(60代男性)
「尾藤スマイルは永遠」(50代男性)
息詰まる死闘と、監督の笑顔。その鮮やかな対比も、尾藤さんを忘れ難い名将にした。
■第1位 蔦文也 池田(徳島)
第1位は、「攻めダルマ」の異名で知られた池田の蔦文也さん(享年77)だ。蔦さんが率いた池田は、豪快な打撃から「やまびこ打線」と呼ばれた。金属バットの特性を生かした打撃重視の指導は、高校野球の戦い方に大きな影響を与えた。
「今の高校野球を変えた」(70代~男性)
「細かい野球からパワー野球へ、高校野球を変革した監督だと思う」(60代男性)
蔦さんは、芯を多少外しても筋力があれば打球を遠くへ飛ばせるという金属バットの特性に着目し、80年ごろから筋力トレーニングを積極的に導入。それまでの小技中心の野球とは異なる、力で相手を圧倒する打線を築いた。
「池田は公立校で、蔦さんは金属バットを生かした打撃のチームをつくり上げたから」(60代女性)
「“打て、打て、打て”という指導力、育成力、豪快さ」(70代~男性)
強打だけのチームではなかったという指摘もある。
「打線のイメージが強いが、投手も良かった。田舎の高校をあそこまで有名にしたのはすごい」(60代女性)
山あいの小さな町にある池田の名を全国へ広めたのは、勝利だけではない。蔦さん自身の豪快なキャラクターも、池田を誰もが知る存在にした。
「田舎の高校を有名にした」(70代~男性)
「あのころは、池田の蔦監督を皆が知っていた」(70代~男性)
蔦さんは監督として春夏通算14回、甲子園に出場。37勝を挙げ、優勝3回、準優勝2回という成績を残した。
4位には同票で、渡辺元智(横浜)、西谷浩一(大阪桐蔭)、須江航(仙台育英)の3人が並んだ。今大会で初戦、花咲徳栄(埼玉)を1―0で破った仙台育英の須江監督には、次のような声が寄せられた。
「人柄が素晴らしい」(30代男性)
「アンケートの選択肢にあった監督は、すべて名将です。そのなかでも、須江監督の優勝インタビューが素晴らしく、印象に残っています」(60代男性)
「どんな選手でも勝ちに導く采配は、シンプルだが的確」(30代男性)
中村さんは常勝軍団を築き、尾藤さんは笑顔で死闘を制し、蔦さんは打撃で高校野球を変えた。勝利への道筋は三者三様だった。異なる哲学を結果へ結び付けたからこそ、3人は名将として長く記憶されている。