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⚾今日の熱闘甲子園試合結果(2回戦)
8日目第1試合 拓大紅陵(千葉)-佐賀商(佐賀) 8:02~9:52
一二三四五六七八九十計HE
拓大紅陵000100000 171
佐 賀 商000000000 042
8日目第2試合 花咲徳栄(埼玉)-仙台育英(宮城) 13:32~15:44
一二三四五六七八九十計HE
花咲徳栄000000000 050
仙台育英00000100X 180
8日目第3試合 神村学園(鹿児島)-佐野日大(栃木) 16:13~18:12 試合開始前点灯
一二三四五六七八九十計HE
佐野日大002000001 393
神村学園000100000 172
8日目第4試合 東海大甲府(山梨)-高崎健康福祉大高崎(群馬) 台風15号の接近による天候不良が予想されるため中止
一二三四五六七八九十計HE
⚾明日の熱闘甲子園組み合わせ(9日目 2回戦)
10:30~ 東海大甲府-健大 高崎
13:00~ 有 明 -長崎 日大
15:30~ 青森 山田-東日大昌平
☆ 18:00~ 大 分 商- 英 明
📣12日中止の第4試合「東海大甲府-健大高崎」は13日第1試合で開催
https://news.yahoo.co.jp/articles/0b92fe0ec7008abaf37e953d477e04f9bf000b5f
大会本部は12日、同日の第4試合を雨天順延し、翌13日午前10時半からの第1試合に組み込むと発表した。
13日午後に予定されていた3試合は開始をいずれも30分早めて対応する。
7日から行われていた「朝夕2部制」はこの日で終わりを迎え、13日以降は観客の入れ替えはなく、各日の入場券は1日を通して全試合を観戦できる。また、14日以降の日程に変更はない。
📝「選抜はごまかしの優勝でした」春の王者・大阪桐蔭の夏はなぜわずか3試合で終わったのか 西谷監督が見つめていた現実
https://news.yahoo.co.jp/articles/cc5d641e7e3bb732d0164a36fd887f10bafdf7f9
短すぎた大阪桐蔭の夏(前編)
「ほんまやったら、大阪桐蔭ってどこのブロックにおるはずやったん?」
7月24日、GOSANDO南港球場で行なわれた大阪大会準々決勝。ネット裏のスタンドで私の後ろに座っていた3人組の野球少年のうち、ひとりがこんな言葉を口にした。聞こえてくる会話から察するに、3人は他府県の高校でプレーする現役高校球児。中学時代のチームメイトを応援するため、関大北陽と金光大阪の一戦を観戦に訪れたようだった。
夏の大会は3300校あまりが参加する壮大なサバイバル。優勝校を除けば、すべてのチームが敗者となる。そんな過酷な戦いで、「ほんまやったら」と勝ち進むことを前提に語るのは、本来おかしなことなのかもしれない。それでも、そう口にしたくなる気持ちはわかった。
この時点まで大阪桐蔭は悠々と勝ち上がっていて、さらにここから激戦を勝ち抜き、甲子園春夏連覇に挑んでいくものだと信じていた。しかし大阪桐蔭はこの5日前、4回戦で大阪立命館にタイブレークの末、敗れた。
【記者も予想しなかった夏の終わり】
波乱を起こした大阪立命館の前身は、昭和の時代には各大会で上位進出を果たすことも珍しくなかった初芝。かつて「打倒PL」に燃えた実力校が、現代の王者・大阪桐蔭を倒す──。そんな大金星は、高校野球ならではの醍醐味を感じさせた。もっとも、今春の大阪大会でベスト8入りするなど力をつけていることは承知していた。それでも、この夏、大阪桐蔭を倒すイメージはまったくなかった。
多くのメディア関係者も同じように考えていたのだろう。波乱の結末となった19日の試合終了直後、三塁側奥の場外スペースで大阪桐蔭の監督・西谷浩一を囲んだ記者は10人にも満たなかった。大阪桐蔭が勝ち進むことを前提に、違う会場の取材へ向かった記者が大半だった。しかし、予想どおりとならないのが高校野球の世界。春夏連覇へ向けた大阪桐蔭の夏はここで終わった。ゲームセットから10分ほどが過ぎ、西谷の囲み取材が始まった。
── きわどい試合でしたが。
「みんな頑張ってくれたんですけど、うまく勝ちに導いてやれなかったです」
この「導いてやれなかった」は、チームが敗れた際、西谷が必ず口にする言葉だ。選手の責任を問うような発言は決してしない。それが、西谷が取材対応で貫いてきた揺るぎない信条なのだろう。
1点を追う延長10回、反則打球の判定によって"幻"となった同点スクイズについての質問にも、淡々と受け答えをしていた。しかし、その落ち着いた口調とは裏腹に、悔しさややるせなさは、言葉以上に表情からひしひしと伝わってきた。
── バントは意外といえば意外......。
「満塁であまり警戒されることもないですし、まず同点にしたほうが相手にプレッシャーをかけられるかなと。1球目を空振りしたのを見て、スクイズのほうが確率は高いかなと思いました」
── (反則打球となった判定は)微妙ではありましたが。
「それは、僕らではなんとも言えないので」
その後も西谷の口数が増えることはなく、囲み取材は早々に終わった。するとまもなく、年配の観戦者と思われる男性が、チームの戦いや采配への不満を苛立った口調で延々と叫び続けた。その声が響き渡り、ただでさえ重かった空気はいっそう張り詰めた。
思い返せば、昨年夏の決勝で敗れたあともまったく同じ光景を目にした。そして、声を張り上げていたのも同じ人物だった。大阪桐蔭の2年連続となる夏の敗戦を、思いがけない形であらためて実感することになった。帰り道、スマートフォンを開くと、大阪桐蔭の敗戦を伝える速報が次々と配信されていた。見出しには「王者敗れる」の文字が並んだ。ただ、彼らはあくまで春の王者であり、夏はまだ何も成し遂げていなかった。
【最強投手陣が描いた春夏連覇への青写真】
夏に向けて一歩ずつ階段を上っていた5月、西谷に話を聞く機会があった。日本一を成し遂げた選抜の話題になると、やや砕けた調子でこう語った。
「選抜はごまかしの優勝です。『(春夏連覇を達成した)2012年、2018年のチームと比べてどうですか?』と聞かれたりしますが、まだまだやることがいっぱいです」
西谷が言った「ごまかし」とは、選抜で多用したエンドランを自嘲気味に表現した言葉だったのだろう。春は結果を残したものの、西谷が本来目指していた野球ではなかったのかもしれない。
「できるなら、もっとどっしりした野球で点を取りたいですよ。でも、それでは点が入らない。だから3番にも4番にもエンドランをさせたり、バスターをさせたりして、なんとかつないで勝ったのが選抜でした。まだまだ力不足です。夏はもう少ししっかり打って点が取れるように、毎日、山にこもってやっています(笑)」
選抜後の春季大阪大会は、準決勝で関大北陽に敗れた。打線は迫力を欠き、西谷も「この春の戦いで、まだ力がないことをみんなわかったと思います」と、現状を冷静に受け止めていた。とはいえ、攻撃力や長打力は短期間で劇的に向上するものではない。それでも大阪桐蔭の春夏連覇に現実味を感じていたのは、歴代でも最強クラスと思えた投手陣の存在があったからだ。
選抜で想像以上の成長を見せ、一気に評価を高めた2年生左腕の川本晴大。選抜後著しく力を伸ばした小川蒼介。そして、選抜では右肩の違和感から本調子ではなかった吉岡貫介が本来の状態を取り戻し、そこに石原慶人も加わる。この顔ぶれから大量点を奪うチームは、そう簡単には現れないだろうと思っていた。なかでも、夏を戦ううえで最大のカギを握ると見ていたのが吉岡だった。ただその裏で、誰も予想しなかったアクシデントが起きていたことを、この時はまだ知らなかった。
【夏の命運を握ったエース吉岡貫介】
6月、富山での招待試合後、川本が左肩に違和感を訴えた。精密検査を重ねた結果、診断は左肩棘上筋の肉離れ。首脳陣は回復具合を慎重に見極めながら、最後まで選手登録の可能性を探り続けた。
しかし、大阪大会開幕5日前の6月30日、苦渋の末に登録抹消を決断。高野連へメンバー変更を申請した。甲子園出場を果たせば、あらためて登録メンバーを編成できる。大会終盤や甲子園での復帰も視野に入れながら、大阪大会は川本抜きで戦うことになった。
「根性というよりド根性です」
大会開幕直前、西谷が口にしたこの言葉は、川本の離脱を受けた指揮官の本音だったのだろう。川本を欠いたチームが夏を勝ち上がるためには、やはり吉岡の状態が最大のカギを握る。順調なら、プロ志望届を提出すればドラフト上位候補に挙がっても不思議ではない逸材。吉岡が本来の力を取り戻せるかどうかが、大阪桐蔭の命運を左右すると見ていた。
5回コールドで勝利した初戦の汎愛戦(7月15日)のあと、登板のなかった吉岡に話を聞いた。6月下旬の取材時よりも表情は明るく、状態のよさをうかがわせていた。
私のなかで、吉岡のベストピッチと言えば、2年秋の大阪大会準決勝の金光大阪戦である。2安打完封、14奪三振、無四球。球速はしばしば150キロを超え、鋭く曲がるスライダーに、金光大阪の打者たちもバットに当てるのが精いっぱいだった。だからその後、吉岡に状態を尋ねる時はいつも「金光戦と比べてどう?」と聞いてきた。
弱音を吐かない吉岡は、コンディションが万全ではなかった選抜の時でさえ、「近い感じです」「同じくらいです」と答えていた。ただ、その言葉は少し割り引いて受け止めていた。吉岡の表情を見れば、同じくらいではないことはすぐにわかったからだ。
しかし今回、また同じ質問をすると、吉岡はニヤリと笑って「あの時よりもいい感じです」と言った。本来なら、これ以上ない追い風となるはずだった。その一方で、吉岡が普通に好投するだけでは足りないとも思っていた。
【勝ち上がるための絶対条件】
近年の大阪桐蔭は接戦を落とすことが増え、以前のような他を寄せつけないな強さに陰りが見え始めていたからだ。その流れを変えるには、投手が圧倒的なピッチングをするしかない。事実、選抜では川本が圧倒的なピッチングを見せ、味方に安心感と自信を与えた。だが川本を欠く夏、チームを勝たせる投球を吉岡ができるかどうか。それこそが大阪桐蔭が勝ち上がるための絶対条件だった。
3回戦・北野戦を翌日に控えた7月17日、4回戦以降の組み合わせが決まった。Aブロックには履正社、関大北陽、近大付、金光大阪、大阪学院大などが集まった。一方、大阪桐蔭は東海大大阪仰星や大体大浪商らがいるBブロックに入った。「いい場所に入った」というのが率直な印象だった。
そして今後の勝ち上がり方と投手起用を思い描くと、吉岡の夏の初先発は7月19日の4回戦、大阪立命館戦になる可能性が高いと読み、午前10時開始の第1試合に合わせて、くら寿司スタジアム堺へ向かった。夏の命運を握る男が、満を持して初先発のマウンドへ上がった。
つづく>>
📝幻のスクイズ、そして言えなかった「春夏連覇」 大阪桐蔭の主将・黒川虎雅、コーチの肉声で追う敗戦の全貌
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/hs_other/2026/07/30/post_76/?utm_medium=referral&utm_source=news.yahoo.co.jp&utm_campaign=%2Fclm%2Fbaseball%2Fhs_other%2F2026%2F07%2F30%2Fpost_75%2F
短すぎた大阪桐蔭の夏(後編)
大阪大会4回戦の大阪立命館戦。この日の吉岡貫介の投球が、大阪桐蔭の夏の行方を占う──。そんな思いを持って注目したが、先頭打者にストレートの四球を与えると、送りバントを挟んで3者連続四球。まさかの押し出しで先制点を献上した。
【コーチが漏らしたエース異変のサイン】
この日は偶然、ネット裏で大阪桐蔭のコーチである石田寿也、橋本翔太郎らと並んで試合を見た。立ち上がりから、その場には重苦しい空気が流れた。すると、橋本がポツリとこう漏らした。
「ブルペンではよかったんですけどね......。(吉岡)貫介にしたら、先攻のほうがよかったんかなぁ」
くら寿司スタジアム堺は、ブルペンの傾斜が実際のマウンドよりきついことで知られている。吉岡も試合前は傾斜を使わずに投げるなど調整していたが、立ち上がりから制球を乱した。
一方、現役時代に投手だった石田は、「上体が残りすぎかな。もうちょっと体重を前に乗せていけば......」と口にしたが、スピードはコンスタントに140キロ台後半をマーク。しかも、腕を目いっぱい振っているようには見えないなかで、これだけの球速が出ていた。あとは、そのボールをいかに操れるかだけだった。
6番打者を空振り三振に仕留め、続く7番打者もあっさりと追い込み、ようやく感覚をつかんだかと思った3球目。ボールは外へ抜けるような軌道で、捕手・藤田大翔の横を抜けてバックネットへ。三塁走者が生還し、大阪桐蔭にとってはあまりにももったいない2点目を失った。結局、最後のアウトも三振で奪ったものの、初回だけで35球。チームメイトに安心感や自信を与える投球とはならなかった。
ただボールの質は、右肩の違和感を抱えながら投げていた選抜の時とは比べものにならないほど格段に上がっていた。4回にこの日初めての安打を許したものの危なげなく後続を断つ。吉岡の投球は完全に落ち着いた。
【エースの149キロが呼び込んだ反撃】
初回に2点を失ったとはいえ、それほど重くは感じていなかった。初戦、2戦目はともにコールド勝ち。2試合で31安打29得点という数字は参考程度とはいえ、春以降の課題だった打線にもようやく復調の兆しが見え始めていたからだ。
だが、この日は違った。2、3、4回と得点圏に走者を進めながら、あと1本が出なかった。相手の長身右腕が投じるクセ球を攻略できず、5回までわずか2安打。2点ビハインドのまま、試合は前半を終えた。夏特有の張り詰めた空気が漂い始めるなか、橋本が「このチームは練習試合でも後半に強いんです」と言った。
6回表、二死二塁のピンチを迎え、石田が吉岡へ送る声にも自然と力がこもった。
「体重を乗せて、もっと前に、もっと腕も振って......ギア上げろ!」
直後の1球は、この日一番と思える外角ストレート。打者は手も足も出ず、見逃し三振。スピードガンの表示は149キロ。この1球で流れは変わる。そう確信したくなるようなストレートだった。
この時点で吉岡の球数は102球に達し、この回で交代となった。当然、ベンチとしてはこの試合を勝ち切り、次戦以降に吉岡の力をフルに生かしたいという思いがあったはずだ。実際、2回以降の吉岡の投球は、大いに期待を抱かせる内容だった。エースのベストピッチを受け、迎えた6回裏の攻撃。先頭の2番・中西佳虎が俊足を生かしたセーフティーバントで出塁。その後、一死二塁となり、打席には4番・藤田大翔。再び石田がつぶやく。
「ここで3年前の全国大会、えっぐい場外ホームラン打ったやろ。それも、わかさスタジアムとここで2試合連発や。あの時のバッティングを思い出せよ」
中学時代から誰よりも選手を見続けてきた石田だからこその檄だった。藤田の父は大阪桐蔭野球部時代に石田と同級生で、主将を務めた人物。その元チームメイトの息子へ、石田はもう一度、力をこめて声を送った。
「ここで一本いってくれ!」
しかし、藤田の打球は投手の足元を抜けたもののセカンドゴロ。またしても走者を残したまま、好機を逃してしまうのか......。その重苦しい流れを断ち切ったのが、5番・谷渕瑛仁だった。
選抜では4番に座り、豪快な一発を放っただけでなく、試合を決めるバスターエンドランも成功させるなど、「新時代の4番」を感じさせる働きを見せた。しかし春の大阪大会では、「野球人生で一番というくらいバッティングがわからなくなって......」と不振に苦しんだ。それでも夏を前に、「自分のバットで勝ちたいです」と決意をこめて語っていた。
「2対0と2対1じゃ全然違う。4番、5番で点を取れんかったら、相手も乗ってくる。まず1点や」
橋本の言葉が途切れた直後、セカンドベース寄りへ弾んだ打球が、二塁手の横を抜けてセンター前へ転がる。待望の1点が入った。
【快投でつないだ逆転への望み】
そして7回表から、大阪桐蔭は小川蒼介をマウンドへ送り出す。春の大阪大会では1試合17奪三振、秋田での招待試合ではノーヒットノーランも達成した。選抜以降も安定して好調を維持してきた左腕だ。小川は9回までの3イニングを1安打5奪三振。力のあるストレートとマウンド上の佇まいには、どこか川本晴大を思わせるものがあった。その小川の好投に応えるように、7回裏、ついに追いつく。「新チームでは1番から3番を打っていてもおかしくない」と橋本が期待する2年生の8番・宮﨑球児、9番・中島齊志、1番・仲原慶二の3人が仕事をした。
一死から宮﨑が出ると、打席には中島。再び橋本が「ここでエンドランいきたいなぁ。外野も下がってるし、一、三塁をつくれるかも」と言った。その声に合わせるように宮?がスタートすると、中島の打球はライト前で弾んだ。
「よっしゃ! 桐蔭野球、来た〜!」
一死一、三塁となり、1番・仲原。ここで中島が二盗に成功。一死二、三塁から、仲原が放った打球はピッチャーのグラブを弾き同点。
ついに試合を振り出しに戻した大阪桐蔭だったが、その後のチャンスは生かせず同点止まり。その後、8回、9回にも得点圏にランナーを進めたが、あと1本が出ない。流れを引き寄せ切れないまま、試合は延長10回のタイブレークへ突入した。
9回までの小川の投球を見れば、大阪立命館が得点する姿は想像できなかった。しかし、無死一、二塁から始まるタイブレークは別物である。
「よし、頑張ろう、頑張ろう。しっかりやってきた、やってきた」
橋本が選手たちに言い聞かせるようにつぶやくと、続けて力強く言った。
「こういう試合に勝っていかな、上には上がっていかれへんからね」
しかし、したたかな大阪立命館は先頭・西原遼太が三塁線へ絶妙なセーフティーバントを決め、いきなり無死満塁の好機をつくる。9回まで快投を続けた小川でも、タイブレークは別物だった。一死も奪えないまま暴投で勝ち越しを許し、さらに四球。石田は「ちょっとバランス崩してるなあ......」と不安な表情を浮かべた。
それでも小川は無死満塁から2者連続空振り三振。最後は遊ゴロに打ち取り、追加点を阻止した。1点こそ失ったが、無死満塁の絶体絶命のピンチを切り抜け、再び流れは大阪桐蔭へ傾いたかと思われたが......。
【幻となった同点スクイズ】
10回裏、無死一、二塁から藤田がきっちりバントを決め、一死二、三塁。打席には、6回にタイムリーを放っている谷渕。
「内野ゴロでええぞ。ゴロでええ」
橋本が谷渕に語りかけるようにつぶやいたが、その直後、相手ベンチから伝令が飛び出し、申告敬遠。一死満塁となり、打席には7回の守りから入っていた大津昴偉留。
初球、緩い変化球に空振り。2球目はストレートが外れボール。そして運命の3球目。西谷監督は「1球目を空振りしたのを見て、スクイズのほうが点の入る確率が高いと思った」と試合後に語ったように、ここで勝負に出た。相手左腕の変化球に、大津の体がふわりと浮く。当てた打球は、ゆっくりと投手の前へ転がった。
「よっしゃ!」
橋本が拳を突き上げる。同点となり、次の打者はキャプテンの黒川虎雅。「さあ、サヨナラ!」と思った次の瞬間だった。球審がホームベース前へ勢いよく飛び出し、両腕を顔の前で何度も交差させる。続いて一塁へ向き直り、拳を強く握り締めながら叫んだ。
「アウト! アウト!! アウトッ!!!」
一塁側の大阪立命館ベンチから大歓声が上がる。対照的に、大阪桐蔭ベンチは一瞬、何が起きたのかわからないという表情を浮かべていた。そして球審は、場内へ向けて判定の説明を始めた。
「バッターの足が完全にはみ出して打撃をしましたので、打者をアウトとします」
反則打球で大津はアウト。同点スクイズは幻となり、走者はそれぞれの塁へ戻された。石田も橋本も一瞬、言葉を失った。誰も予想しなかった出来事が、この場面で起きてしまった。
それでも、まだ二死満塁で黒川。小柄な体で、大阪桐蔭を引っ張ってきたキャプテンだ。ここで1本出れば......そんな劇的な結末をどこかで信じていた。しかし、最後まで1本が出なかった。黒川の打球はワンバウンドで投手の正面へ。投手が落ち着いて一塁へ送球し、ゲームセット。大本命・大阪桐蔭の戦いは、4回戦で幕を閉じた。
【言えなかった「春夏連覇」】
試合後、球場の外で西谷と選手たちの取材が終わると、キャプテン・黒川による保護者たちへのあいさつが待っていた。かねて西谷が冗談交じりに「僕の言いたいことを全部言ってくれるので、監督いらずです」と言っていたほど、黒川は言葉で仲間を引っ張ってきた。最後も黒川らしく、一人ひとりへの感謝を丁寧に口にしていく。だがその途中、「スタンドで応援してくれた仲間だったり、父兄の皆さん、先生方に春夏連覇をしたいという言葉を言いたかったのですけど......」と言うと、言葉に詰まった。
その言葉を聞きながら、6月に黒川と交わした会話を思い出していた。ある雑誌の企画で、選抜優勝校の主将に「夏へ向けた目標」を色紙に書いてもらうことになり、てっきり"春夏連覇"と書くと思っていた。しかし、黒川が書いたのは"粘り強く"の4文字。理由を尋ねると、黒川はこう答えた。
「もちろん『春夏連覇』と言いたい気持ちはあります。でも西谷先生から、『春は春、夏は夏で、それぞれ日本一がある』と言われました。だから、まずは選抜のことを忘れて、夏の日本一を全力で取りにいく。その結果、大阪代表になれた時に、初めて堂々と『春夏連覇』を口にしたい。そう思っています」
しかし、大阪桐蔭史上3度目となる春夏連覇への挑戦を高らかに口にする前に、あまりにも早いゲームセットが待っていた。吉岡は本来の投球を取り戻し、小川も最後まで粘り強く腕を振った。苦しみ続けた打線にも、ようやく光が差し始めていた。歯車はたしかにかみ合いかけていた。だからこそ、この敗戦はあまりにも重かった。
最大のライバル・履正社が甲子園への切符をつかむ一方、大阪桐蔭は新主将・小吹玲央のもと、新チームとして歩み始めた。何が足りなかったのか──。その答えを探し続ける日々が、また始まる。
8日目第1試合 拓大紅陵(千葉)-佐賀商(佐賀) 8:02~9:52
一二三四五六七八九十計HE
拓大紅陵000100000 171
佐 賀 商000000000 042
8日目第2試合 花咲徳栄(埼玉)-仙台育英(宮城) 13:32~15:44
一二三四五六七八九十計HE
花咲徳栄000000000 050
仙台育英00000100X 180
8日目第3試合 神村学園(鹿児島)-佐野日大(栃木) 16:13~18:12 試合開始前点灯
一二三四五六七八九十計HE
佐野日大002000001 393
神村学園000100000 172
8日目第4試合 東海大甲府(山梨)-高崎健康福祉大高崎(群馬) 台風15号の接近による天候不良が予想されるため中止
一二三四五六七八九十計HE
⚾明日の熱闘甲子園組み合わせ(9日目 2回戦)
10:30~ 東海大甲府-健大 高崎
13:00~ 有 明 -長崎 日大
15:30~ 青森 山田-東日大昌平
☆ 18:00~ 大 分 商- 英 明
📣12日中止の第4試合「東海大甲府-健大高崎」は13日第1試合で開催
https://news.yahoo.co.jp/articles/0b92fe0ec7008abaf37e953d477e04f9bf000b5f
大会本部は12日、同日の第4試合を雨天順延し、翌13日午前10時半からの第1試合に組み込むと発表した。
13日午後に予定されていた3試合は開始をいずれも30分早めて対応する。
7日から行われていた「朝夕2部制」はこの日で終わりを迎え、13日以降は観客の入れ替えはなく、各日の入場券は1日を通して全試合を観戦できる。また、14日以降の日程に変更はない。
📝「選抜はごまかしの優勝でした」春の王者・大阪桐蔭の夏はなぜわずか3試合で終わったのか 西谷監督が見つめていた現実
https://news.yahoo.co.jp/articles/cc5d641e7e3bb732d0164a36fd887f10bafdf7f9
短すぎた大阪桐蔭の夏(前編)
「ほんまやったら、大阪桐蔭ってどこのブロックにおるはずやったん?」
7月24日、GOSANDO南港球場で行なわれた大阪大会準々決勝。ネット裏のスタンドで私の後ろに座っていた3人組の野球少年のうち、ひとりがこんな言葉を口にした。聞こえてくる会話から察するに、3人は他府県の高校でプレーする現役高校球児。中学時代のチームメイトを応援するため、関大北陽と金光大阪の一戦を観戦に訪れたようだった。
夏の大会は3300校あまりが参加する壮大なサバイバル。優勝校を除けば、すべてのチームが敗者となる。そんな過酷な戦いで、「ほんまやったら」と勝ち進むことを前提に語るのは、本来おかしなことなのかもしれない。それでも、そう口にしたくなる気持ちはわかった。
この時点まで大阪桐蔭は悠々と勝ち上がっていて、さらにここから激戦を勝ち抜き、甲子園春夏連覇に挑んでいくものだと信じていた。しかし大阪桐蔭はこの5日前、4回戦で大阪立命館にタイブレークの末、敗れた。
【記者も予想しなかった夏の終わり】
波乱を起こした大阪立命館の前身は、昭和の時代には各大会で上位進出を果たすことも珍しくなかった初芝。かつて「打倒PL」に燃えた実力校が、現代の王者・大阪桐蔭を倒す──。そんな大金星は、高校野球ならではの醍醐味を感じさせた。もっとも、今春の大阪大会でベスト8入りするなど力をつけていることは承知していた。それでも、この夏、大阪桐蔭を倒すイメージはまったくなかった。
多くのメディア関係者も同じように考えていたのだろう。波乱の結末となった19日の試合終了直後、三塁側奥の場外スペースで大阪桐蔭の監督・西谷浩一を囲んだ記者は10人にも満たなかった。大阪桐蔭が勝ち進むことを前提に、違う会場の取材へ向かった記者が大半だった。しかし、予想どおりとならないのが高校野球の世界。春夏連覇へ向けた大阪桐蔭の夏はここで終わった。ゲームセットから10分ほどが過ぎ、西谷の囲み取材が始まった。
── きわどい試合でしたが。
「みんな頑張ってくれたんですけど、うまく勝ちに導いてやれなかったです」
この「導いてやれなかった」は、チームが敗れた際、西谷が必ず口にする言葉だ。選手の責任を問うような発言は決してしない。それが、西谷が取材対応で貫いてきた揺るぎない信条なのだろう。
1点を追う延長10回、反則打球の判定によって"幻"となった同点スクイズについての質問にも、淡々と受け答えをしていた。しかし、その落ち着いた口調とは裏腹に、悔しさややるせなさは、言葉以上に表情からひしひしと伝わってきた。
── バントは意外といえば意外......。
「満塁であまり警戒されることもないですし、まず同点にしたほうが相手にプレッシャーをかけられるかなと。1球目を空振りしたのを見て、スクイズのほうが確率は高いかなと思いました」
── (反則打球となった判定は)微妙ではありましたが。
「それは、僕らではなんとも言えないので」
その後も西谷の口数が増えることはなく、囲み取材は早々に終わった。するとまもなく、年配の観戦者と思われる男性が、チームの戦いや采配への不満を苛立った口調で延々と叫び続けた。その声が響き渡り、ただでさえ重かった空気はいっそう張り詰めた。
思い返せば、昨年夏の決勝で敗れたあともまったく同じ光景を目にした。そして、声を張り上げていたのも同じ人物だった。大阪桐蔭の2年連続となる夏の敗戦を、思いがけない形であらためて実感することになった。帰り道、スマートフォンを開くと、大阪桐蔭の敗戦を伝える速報が次々と配信されていた。見出しには「王者敗れる」の文字が並んだ。ただ、彼らはあくまで春の王者であり、夏はまだ何も成し遂げていなかった。
【最強投手陣が描いた春夏連覇への青写真】
夏に向けて一歩ずつ階段を上っていた5月、西谷に話を聞く機会があった。日本一を成し遂げた選抜の話題になると、やや砕けた調子でこう語った。
「選抜はごまかしの優勝です。『(春夏連覇を達成した)2012年、2018年のチームと比べてどうですか?』と聞かれたりしますが、まだまだやることがいっぱいです」
西谷が言った「ごまかし」とは、選抜で多用したエンドランを自嘲気味に表現した言葉だったのだろう。春は結果を残したものの、西谷が本来目指していた野球ではなかったのかもしれない。
「できるなら、もっとどっしりした野球で点を取りたいですよ。でも、それでは点が入らない。だから3番にも4番にもエンドランをさせたり、バスターをさせたりして、なんとかつないで勝ったのが選抜でした。まだまだ力不足です。夏はもう少ししっかり打って点が取れるように、毎日、山にこもってやっています(笑)」
選抜後の春季大阪大会は、準決勝で関大北陽に敗れた。打線は迫力を欠き、西谷も「この春の戦いで、まだ力がないことをみんなわかったと思います」と、現状を冷静に受け止めていた。とはいえ、攻撃力や長打力は短期間で劇的に向上するものではない。それでも大阪桐蔭の春夏連覇に現実味を感じていたのは、歴代でも最強クラスと思えた投手陣の存在があったからだ。
選抜で想像以上の成長を見せ、一気に評価を高めた2年生左腕の川本晴大。選抜後著しく力を伸ばした小川蒼介。そして、選抜では右肩の違和感から本調子ではなかった吉岡貫介が本来の状態を取り戻し、そこに石原慶人も加わる。この顔ぶれから大量点を奪うチームは、そう簡単には現れないだろうと思っていた。なかでも、夏を戦ううえで最大のカギを握ると見ていたのが吉岡だった。ただその裏で、誰も予想しなかったアクシデントが起きていたことを、この時はまだ知らなかった。
【夏の命運を握ったエース吉岡貫介】
6月、富山での招待試合後、川本が左肩に違和感を訴えた。精密検査を重ねた結果、診断は左肩棘上筋の肉離れ。首脳陣は回復具合を慎重に見極めながら、最後まで選手登録の可能性を探り続けた。
しかし、大阪大会開幕5日前の6月30日、苦渋の末に登録抹消を決断。高野連へメンバー変更を申請した。甲子園出場を果たせば、あらためて登録メンバーを編成できる。大会終盤や甲子園での復帰も視野に入れながら、大阪大会は川本抜きで戦うことになった。
「根性というよりド根性です」
大会開幕直前、西谷が口にしたこの言葉は、川本の離脱を受けた指揮官の本音だったのだろう。川本を欠いたチームが夏を勝ち上がるためには、やはり吉岡の状態が最大のカギを握る。順調なら、プロ志望届を提出すればドラフト上位候補に挙がっても不思議ではない逸材。吉岡が本来の力を取り戻せるかどうかが、大阪桐蔭の命運を左右すると見ていた。
5回コールドで勝利した初戦の汎愛戦(7月15日)のあと、登板のなかった吉岡に話を聞いた。6月下旬の取材時よりも表情は明るく、状態のよさをうかがわせていた。
私のなかで、吉岡のベストピッチと言えば、2年秋の大阪大会準決勝の金光大阪戦である。2安打完封、14奪三振、無四球。球速はしばしば150キロを超え、鋭く曲がるスライダーに、金光大阪の打者たちもバットに当てるのが精いっぱいだった。だからその後、吉岡に状態を尋ねる時はいつも「金光戦と比べてどう?」と聞いてきた。
弱音を吐かない吉岡は、コンディションが万全ではなかった選抜の時でさえ、「近い感じです」「同じくらいです」と答えていた。ただ、その言葉は少し割り引いて受け止めていた。吉岡の表情を見れば、同じくらいではないことはすぐにわかったからだ。
しかし今回、また同じ質問をすると、吉岡はニヤリと笑って「あの時よりもいい感じです」と言った。本来なら、これ以上ない追い風となるはずだった。その一方で、吉岡が普通に好投するだけでは足りないとも思っていた。
【勝ち上がるための絶対条件】
近年の大阪桐蔭は接戦を落とすことが増え、以前のような他を寄せつけないな強さに陰りが見え始めていたからだ。その流れを変えるには、投手が圧倒的なピッチングをするしかない。事実、選抜では川本が圧倒的なピッチングを見せ、味方に安心感と自信を与えた。だが川本を欠く夏、チームを勝たせる投球を吉岡ができるかどうか。それこそが大阪桐蔭が勝ち上がるための絶対条件だった。
3回戦・北野戦を翌日に控えた7月17日、4回戦以降の組み合わせが決まった。Aブロックには履正社、関大北陽、近大付、金光大阪、大阪学院大などが集まった。一方、大阪桐蔭は東海大大阪仰星や大体大浪商らがいるBブロックに入った。「いい場所に入った」というのが率直な印象だった。
そして今後の勝ち上がり方と投手起用を思い描くと、吉岡の夏の初先発は7月19日の4回戦、大阪立命館戦になる可能性が高いと読み、午前10時開始の第1試合に合わせて、くら寿司スタジアム堺へ向かった。夏の命運を握る男が、満を持して初先発のマウンドへ上がった。
つづく>>
📝幻のスクイズ、そして言えなかった「春夏連覇」 大阪桐蔭の主将・黒川虎雅、コーチの肉声で追う敗戦の全貌
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短すぎた大阪桐蔭の夏(後編)
大阪大会4回戦の大阪立命館戦。この日の吉岡貫介の投球が、大阪桐蔭の夏の行方を占う──。そんな思いを持って注目したが、先頭打者にストレートの四球を与えると、送りバントを挟んで3者連続四球。まさかの押し出しで先制点を献上した。
【コーチが漏らしたエース異変のサイン】
この日は偶然、ネット裏で大阪桐蔭のコーチである石田寿也、橋本翔太郎らと並んで試合を見た。立ち上がりから、その場には重苦しい空気が流れた。すると、橋本がポツリとこう漏らした。
「ブルペンではよかったんですけどね......。(吉岡)貫介にしたら、先攻のほうがよかったんかなぁ」
くら寿司スタジアム堺は、ブルペンの傾斜が実際のマウンドよりきついことで知られている。吉岡も試合前は傾斜を使わずに投げるなど調整していたが、立ち上がりから制球を乱した。
一方、現役時代に投手だった石田は、「上体が残りすぎかな。もうちょっと体重を前に乗せていけば......」と口にしたが、スピードはコンスタントに140キロ台後半をマーク。しかも、腕を目いっぱい振っているようには見えないなかで、これだけの球速が出ていた。あとは、そのボールをいかに操れるかだけだった。
6番打者を空振り三振に仕留め、続く7番打者もあっさりと追い込み、ようやく感覚をつかんだかと思った3球目。ボールは外へ抜けるような軌道で、捕手・藤田大翔の横を抜けてバックネットへ。三塁走者が生還し、大阪桐蔭にとってはあまりにももったいない2点目を失った。結局、最後のアウトも三振で奪ったものの、初回だけで35球。チームメイトに安心感や自信を与える投球とはならなかった。
ただボールの質は、右肩の違和感を抱えながら投げていた選抜の時とは比べものにならないほど格段に上がっていた。4回にこの日初めての安打を許したものの危なげなく後続を断つ。吉岡の投球は完全に落ち着いた。
【エースの149キロが呼び込んだ反撃】
初回に2点を失ったとはいえ、それほど重くは感じていなかった。初戦、2戦目はともにコールド勝ち。2試合で31安打29得点という数字は参考程度とはいえ、春以降の課題だった打線にもようやく復調の兆しが見え始めていたからだ。
だが、この日は違った。2、3、4回と得点圏に走者を進めながら、あと1本が出なかった。相手の長身右腕が投じるクセ球を攻略できず、5回までわずか2安打。2点ビハインドのまま、試合は前半を終えた。夏特有の張り詰めた空気が漂い始めるなか、橋本が「このチームは練習試合でも後半に強いんです」と言った。
6回表、二死二塁のピンチを迎え、石田が吉岡へ送る声にも自然と力がこもった。
「体重を乗せて、もっと前に、もっと腕も振って......ギア上げろ!」
直後の1球は、この日一番と思える外角ストレート。打者は手も足も出ず、見逃し三振。スピードガンの表示は149キロ。この1球で流れは変わる。そう確信したくなるようなストレートだった。
この時点で吉岡の球数は102球に達し、この回で交代となった。当然、ベンチとしてはこの試合を勝ち切り、次戦以降に吉岡の力をフルに生かしたいという思いがあったはずだ。実際、2回以降の吉岡の投球は、大いに期待を抱かせる内容だった。エースのベストピッチを受け、迎えた6回裏の攻撃。先頭の2番・中西佳虎が俊足を生かしたセーフティーバントで出塁。その後、一死二塁となり、打席には4番・藤田大翔。再び石田がつぶやく。
「ここで3年前の全国大会、えっぐい場外ホームラン打ったやろ。それも、わかさスタジアムとここで2試合連発や。あの時のバッティングを思い出せよ」
中学時代から誰よりも選手を見続けてきた石田だからこその檄だった。藤田の父は大阪桐蔭野球部時代に石田と同級生で、主将を務めた人物。その元チームメイトの息子へ、石田はもう一度、力をこめて声を送った。
「ここで一本いってくれ!」
しかし、藤田の打球は投手の足元を抜けたもののセカンドゴロ。またしても走者を残したまま、好機を逃してしまうのか......。その重苦しい流れを断ち切ったのが、5番・谷渕瑛仁だった。
選抜では4番に座り、豪快な一発を放っただけでなく、試合を決めるバスターエンドランも成功させるなど、「新時代の4番」を感じさせる働きを見せた。しかし春の大阪大会では、「野球人生で一番というくらいバッティングがわからなくなって......」と不振に苦しんだ。それでも夏を前に、「自分のバットで勝ちたいです」と決意をこめて語っていた。
「2対0と2対1じゃ全然違う。4番、5番で点を取れんかったら、相手も乗ってくる。まず1点や」
橋本の言葉が途切れた直後、セカンドベース寄りへ弾んだ打球が、二塁手の横を抜けてセンター前へ転がる。待望の1点が入った。
【快投でつないだ逆転への望み】
そして7回表から、大阪桐蔭は小川蒼介をマウンドへ送り出す。春の大阪大会では1試合17奪三振、秋田での招待試合ではノーヒットノーランも達成した。選抜以降も安定して好調を維持してきた左腕だ。小川は9回までの3イニングを1安打5奪三振。力のあるストレートとマウンド上の佇まいには、どこか川本晴大を思わせるものがあった。その小川の好投に応えるように、7回裏、ついに追いつく。「新チームでは1番から3番を打っていてもおかしくない」と橋本が期待する2年生の8番・宮﨑球児、9番・中島齊志、1番・仲原慶二の3人が仕事をした。
一死から宮﨑が出ると、打席には中島。再び橋本が「ここでエンドランいきたいなぁ。外野も下がってるし、一、三塁をつくれるかも」と言った。その声に合わせるように宮?がスタートすると、中島の打球はライト前で弾んだ。
「よっしゃ! 桐蔭野球、来た〜!」
一死一、三塁となり、1番・仲原。ここで中島が二盗に成功。一死二、三塁から、仲原が放った打球はピッチャーのグラブを弾き同点。
ついに試合を振り出しに戻した大阪桐蔭だったが、その後のチャンスは生かせず同点止まり。その後、8回、9回にも得点圏にランナーを進めたが、あと1本が出ない。流れを引き寄せ切れないまま、試合は延長10回のタイブレークへ突入した。
9回までの小川の投球を見れば、大阪立命館が得点する姿は想像できなかった。しかし、無死一、二塁から始まるタイブレークは別物である。
「よし、頑張ろう、頑張ろう。しっかりやってきた、やってきた」
橋本が選手たちに言い聞かせるようにつぶやくと、続けて力強く言った。
「こういう試合に勝っていかな、上には上がっていかれへんからね」
しかし、したたかな大阪立命館は先頭・西原遼太が三塁線へ絶妙なセーフティーバントを決め、いきなり無死満塁の好機をつくる。9回まで快投を続けた小川でも、タイブレークは別物だった。一死も奪えないまま暴投で勝ち越しを許し、さらに四球。石田は「ちょっとバランス崩してるなあ......」と不安な表情を浮かべた。
それでも小川は無死満塁から2者連続空振り三振。最後は遊ゴロに打ち取り、追加点を阻止した。1点こそ失ったが、無死満塁の絶体絶命のピンチを切り抜け、再び流れは大阪桐蔭へ傾いたかと思われたが......。
【幻となった同点スクイズ】
10回裏、無死一、二塁から藤田がきっちりバントを決め、一死二、三塁。打席には、6回にタイムリーを放っている谷渕。
「内野ゴロでええぞ。ゴロでええ」
橋本が谷渕に語りかけるようにつぶやいたが、その直後、相手ベンチから伝令が飛び出し、申告敬遠。一死満塁となり、打席には7回の守りから入っていた大津昴偉留。
初球、緩い変化球に空振り。2球目はストレートが外れボール。そして運命の3球目。西谷監督は「1球目を空振りしたのを見て、スクイズのほうが点の入る確率が高いと思った」と試合後に語ったように、ここで勝負に出た。相手左腕の変化球に、大津の体がふわりと浮く。当てた打球は、ゆっくりと投手の前へ転がった。
「よっしゃ!」
橋本が拳を突き上げる。同点となり、次の打者はキャプテンの黒川虎雅。「さあ、サヨナラ!」と思った次の瞬間だった。球審がホームベース前へ勢いよく飛び出し、両腕を顔の前で何度も交差させる。続いて一塁へ向き直り、拳を強く握り締めながら叫んだ。
「アウト! アウト!! アウトッ!!!」
一塁側の大阪立命館ベンチから大歓声が上がる。対照的に、大阪桐蔭ベンチは一瞬、何が起きたのかわからないという表情を浮かべていた。そして球審は、場内へ向けて判定の説明を始めた。
「バッターの足が完全にはみ出して打撃をしましたので、打者をアウトとします」
反則打球で大津はアウト。同点スクイズは幻となり、走者はそれぞれの塁へ戻された。石田も橋本も一瞬、言葉を失った。誰も予想しなかった出来事が、この場面で起きてしまった。
それでも、まだ二死満塁で黒川。小柄な体で、大阪桐蔭を引っ張ってきたキャプテンだ。ここで1本出れば......そんな劇的な結末をどこかで信じていた。しかし、最後まで1本が出なかった。黒川の打球はワンバウンドで投手の正面へ。投手が落ち着いて一塁へ送球し、ゲームセット。大本命・大阪桐蔭の戦いは、4回戦で幕を閉じた。
【言えなかった「春夏連覇」】
試合後、球場の外で西谷と選手たちの取材が終わると、キャプテン・黒川による保護者たちへのあいさつが待っていた。かねて西谷が冗談交じりに「僕の言いたいことを全部言ってくれるので、監督いらずです」と言っていたほど、黒川は言葉で仲間を引っ張ってきた。最後も黒川らしく、一人ひとりへの感謝を丁寧に口にしていく。だがその途中、「スタンドで応援してくれた仲間だったり、父兄の皆さん、先生方に春夏連覇をしたいという言葉を言いたかったのですけど......」と言うと、言葉に詰まった。
その言葉を聞きながら、6月に黒川と交わした会話を思い出していた。ある雑誌の企画で、選抜優勝校の主将に「夏へ向けた目標」を色紙に書いてもらうことになり、てっきり"春夏連覇"と書くと思っていた。しかし、黒川が書いたのは"粘り強く"の4文字。理由を尋ねると、黒川はこう答えた。
「もちろん『春夏連覇』と言いたい気持ちはあります。でも西谷先生から、『春は春、夏は夏で、それぞれ日本一がある』と言われました。だから、まずは選抜のことを忘れて、夏の日本一を全力で取りにいく。その結果、大阪代表になれた時に、初めて堂々と『春夏連覇』を口にしたい。そう思っています」
しかし、大阪桐蔭史上3度目となる春夏連覇への挑戦を高らかに口にする前に、あまりにも早いゲームセットが待っていた。吉岡は本来の投球を取り戻し、小川も最後まで粘り強く腕を振った。苦しみ続けた打線にも、ようやく光が差し始めていた。歯車はたしかにかみ合いかけていた。だからこそ、この敗戦はあまりにも重かった。
最大のライバル・履正社が甲子園への切符をつかむ一方、大阪桐蔭は新主将・小吹玲央のもと、新チームとして歩み始めた。何が足りなかったのか──。その答えを探し続ける日々が、また始まる。