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⚾今日の熱闘甲子園試合結果(2回戦)
7日目第1試合 敦賀気比(福井)-横手(秋田) 8:02~10:30
一二三四五六七八九十計HE
敦賀気比105120010 10131
横 手000000000 043
7日目第2試合 智弁和歌山(和歌山)-社(兵庫) 13:32~15:16
一二三四五六七八九十計HE
和 智 弁011000000 280
社 000000100 152
7日目第3試合 享栄(愛知)-履正社(大阪) 15:48~18:12
一二三四五六七八九十計HE
履 正 社010100022 6111
享 栄100000001 282
7日目第4試合 三重(三重)-松商学園(長野) 18:43~20: 試合開始前点灯
一二三四五六七八九十計HE
松商学園000000012 3121
三 重20102000X 5120
⚾明日の熱闘甲子園組み合わせ(8日目 2回戦)
08:00~ 拓大 紅陵-佐 賀 商
☆ 13:30~ 花咲 徳栄-仙台 育英
16:00~ 神村 学園-佐野 日大
18:30~ 東海大甲府-健大 高崎
📝初球から振る姿勢、大切に 好機逃した社は焦り出たか 高嶋仁の目
https://news.yahoo.co.jp/articles/57ad7689938512ce2eb8de14596de974cd5ec083
(11日、第108回全国高校野球選手権大会2回戦 智弁和歌山2―1社)
智弁和歌山の初戦です。前半はいいところが出ました。1球目からどんどん振っていく姿勢は、私が監督だったころから変わっていません。
社の岩井秀耶投手は直球の球速が140キロ中盤と力がありました。智弁和歌山の打者は最初、振り遅れていましたが、それでも1球目からどんどん打ちにいくからタイミングが合う。二回、先取点につながった楠本龍生選手の右越え三塁打は、そんな当たりでした。
四回の攻撃は、4球で終わりました。あっさりしているように見えますが、これでええんです。私が監督のときは、「3球で攻撃が終わってもいい」と言っていました。「まずい、と思えば『待て』のサインは出すから」と。1球目から打ちにいけない、ということは準備ができていないということですからね。
ただ、三回の2点目以降はうまく変化球を交ぜてきた岩井投手を打ちあぐねました。これからもっと力のあるチームと対戦すると、序盤の得点だけではしんどいです。欲を言えば五、六回に1点を取って、終盤にだめ押しがほしかったです。
社もさすが兵庫を勝ち上がっただけに、いいチームでした。惜しかったのは七回です。1点をかえした後、1死三塁のカウント1ストライクからヒットエンドランを仕掛けましたが、智弁和歌山のバッテリーが大きくボールを外しました。打者は空振り。三塁走者は挟殺プレーでアウトになりました。
ここは、少し焦りが出たのかもしれません。例えばカウントを整えてから打球を転がせば、スクイズより高い確率で1点が入りました。追いついていたら、その後の展開もわかりませんでした。
☝智弁和歌山 競り勝って4年ぶり夏初戦突破 和気-長井の継投で反撃しのぐ 和歌山県勢甲子園240勝目
https://news.yahoo.co.jp/articles/5291106b9830ffd9727d74b554b460054bd114fe
3年連続出場の智弁和歌山が優勝した2021年以来の夏初戦突破を果たした。夏の甲子園通算44勝は単独8位で、7位の早実にあと1勝とせまった。和歌山県勢甲子園240勝目。
打線は二回、この回先頭の楠本が右越え三塁打。松本の二ゴロの間に1点を先制した。三回も先頭の長友が右翼線二塁打。1死三塁として井本の中犠飛で2点目を奪った。
先発の和気は6回2安打無失点の好投。73球を投げ6奪三振、1死球だった。七回からは2番手で長井が登板。いきなり2連続長短打で1点を返されたが、なおも1死三塁のピンチで相手のエンドランを外して三塁走者を挟殺。ピンチをしのいだ。
✌反撃ムード断つ「外し」のサイン 智弁和歌山・山田「データ通り」
https://news.yahoo.co.jp/articles/5ae33930f2b02bb24ab098bb4beb8f8ee0014a8e
ここですよね。智弁和歌山の捕手、山田凜虎がベンチに視線を送り、問いかけた。そうだな。中谷仁監督が目で返した。
七回に1点差に迫られ、なお1死三塁。カウントは1ストライクだった。次の投球、投手の長井心海にサインを送り、右打者の外角に大きく外した。
「本当にデータの通りにきた」。ヒットエンドランだった。バッターは空振り。飛び出した三塁走者を挟み込んでアウトにした。社の反撃ムードを鮮やかに断ち切った。
社との対戦が決まってから、山田は兵庫大会の映像を見た。「作戦系を仕掛けるカウントも研究していた」。初球ではなく、1ストライクや1ボールのときが多い。監督とも試合前にそのときが来たら外すと打ち合わせていた。
この日の試合展開も判断の材料になった。「両チームとも安打があまり出ていなかったので、ここは何としても1点を取りに来るだろうなというのは見えていた」
智弁和歌山は強打で名高い学校だ。原田夏希コーチは「(選手たちは)智弁に憧れてきているので、やっぱりバッティングが好きな子が多い」。だが、夏の甲子園では昨年まで2年連続で初戦敗退。中谷監督は「守備のほころびで負けている」と繰り返し訴えてきた。打撃好きな選手たちも、昨夏から守備練習に時間を割いてきた。
この日は内外野で好守を連発し、なおかつ無失策。山田は笑みをこぼしながら「3年連続初戦負けで和歌山に帰ることはできないと思っていた」。守りで勝った自チームを誇った。
☟真夏の夜の激闘 九回2死にアクシデント 三重の二塁手・水野が足痙り担架で運ばれ交代に その後勝利も校歌歌えず「次は勝ってみんなのところに行けるように」
https://news.yahoo.co.jp/articles/06efcd853cde752b1ee2f7ac367a08b4a46a01f3
全国高校野球選手権・2回戦、松商学園3-5三重」(11日、甲子園球場)
真夏の夜の激闘で、九回2死からアクシデントが起こった。
4点を追う九回2死二、三塁で松商学園の1番山口が右中間を破る2点適時三塁打。必死の中継に走った三重の二塁・水野が足を攣って、立ち上がれなくなり、担架でベンチへ運ばれた。
試合後は首に氷を当て、車いすに乗ったまま取材エリアに現れ、「今はもう状態安定してるんで、たぶん大丈夫だと思います」と振り返った。
ベンチの裏で治療をしている時に勝利の報を聞いた。校歌を歌うことはできず「最後みんなのところ行きたかったんですけど、やっぱ無理だなと思って。次は勝ってみんなのところに行けるように頑張りたい」と語った。
沖田監督は「足が痙っただけですので、次の試合は大丈夫だと思います」と語った。
📝持丸修一 78歳名将の高校野球論
また今夏のようなチームを作りたい。気付けば彼らの「エンジョイ野球」が好きになっていた
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391473
たった1度の敗戦が、このタイミングで来てしまうとは……。我が専大松戸は昨秋から千葉県内無敗。選手たちも期待と自信を胸に夏の千葉大会に臨みましたが、決勝で拓大紅陵に1-3で敗れ、春夏連続甲子園には届きませんでした。
試合は初回に先制した1点を守る展開。塁には出るが、なかなか追加点が奪えない。こちらに流れを引き寄せられず、「嫌な予感」が頭の片隅にこびりついたまま、九回表を迎えました。
「1点ならあげてもいい。エースの門倉なら後続を抑えてくれる」と構えていました。ところが、逆転3ランを被弾。真っ先に思ったのは「打った打者がすごい」。敵ながらあっぱれな一打でした。最終回は食らい付いたものの、力及ばず……。
選手たちは本当によくやってくれました。悔いがあるとすれば、試合中に私自身が勝利を100%信じ切れなかったこと。嫌な予感にとらわれ、自分の判断に絶対の自信を持って臨めていなかったのではないか。今もふとした時にそんなことを考えてしまいます。今年は本当にいいチームでした。試合中はレギュラーも控えも関係なく、みんなでワイワイと意見を出し合う。
「次はこう攻めよう!」
「いやいや、こうしよう!」
私はこのような、「エンジョイ野球」のような雰囲気は好きではありませんでした。勝負の場なのだから、もっと緊張感を持って真剣にやりなさい、と。ところが、彼らと時間を共にするうちに、いつしか私自身も、そのやりとりを心から楽しんでいることに気付いたのです。この子たちなら何かやってくれるんじゃないかと、ベンチで見守りながら、いつもワクワクしていました。実際、何度も逆転勝利を届けてくれました。甲子園には届きませんでしたが、選手たちを褒めてあげたい。試合後のミーティングでは、こう伝えました。
「おまえたちはよくやった。高校野球だけでなく、人生でもこんなことはある。だから、もっと努力しなさい。この経験を、これからの人生に生かしなさい」
夏の甲子園が開幕し、今も3年生が「夏」を続けているチームがある一方で、我々は1、2年生の新チームでスタートを切りました。気持ちを切り替えるのは簡単ではありませんが、前へ進まなくてはいけない。1、2年生はこれからが本番。私だけが立ち止まっているわけにはいかないのです。また今夏のようなチームをつくりたい。それが新たな目標です。
たくさん応援していただき、本当にありがとうございました。引き続き、専大松戸をよろしくお願いします。
🎤2026年夏の甲子園 監督突撃インタビュー
八王子実践・河本ロバート監督「ライブや家族旅行も、事前に相談があれば休ませます」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391472
河本ロバート(八王子実践/西東京/40歳)
きょう9日に鳴門渦潮(徳島)と対戦する八王子実践は、春夏通じて初の甲子園。率いるロバート監督は同校OBで、亜大卒業後にドジャースとマイナー契約を結んだ経歴を持つ。徳島インディゴソックス退団後、2016年に母校のコーチとなり、19年に監督就任。専用グラウンドがなく、全体練習は実質2時間ほどという環境の中、自ら「営業」と表現する選手集めに奔走してきた。どうやって激戦区の西東京を勝ち抜くチームをつくったのか。
──本格的に選手勧誘を始めたのは、今の3年生の世代です。
「その1つ上の代から少しずつ動き始め、今の3年生から本格的に動き出しました。もともと総監督がいたため、私が前に出過ぎるのも違うのかな、と控えていたんです。その方が校内の役職に就いて野球部を離れたのがきっかけです。恩田コーチに『一緒にやってください』とお願いしたのも、そのタイミングです」
──環境面と実績面で選手勧誘には苦労しているのでは。
「いくら声をかけても、ほとんどの選手は強豪校へ行ってしまいます。でも、そこで諦めたら終わりです。寮がないので地元選手に絞り、何度も足を運びました。本当に営業ですよ。チームの雰囲気を知ってもらうために、体験会も開いています。この環境を承知で選んでくれた選手たちには、心から感謝しています」
──選手たちは「監督が同じ目線に立ってくれる」と話していた。
「野球だけでなく、高校生としての時間も大切にしてほしいと思っています。髪形は校則の範囲内なら自由ですし、ライブ鑑賞や家族旅行も、事前に相談してくれれば休ませることがあります。高校を卒業して親元を離れれば、家族と過ごす時間も少なくなりますから。ただし、大会直前に休むのは違いますし、嘘をつくのも駄目です。その線引きは、勧誘の段階から説明しています」
──けれども、今の3年生は10人も退部した。
「この代から本格的に勧誘をしていたとはいえ、全員がそうではありません。野球部がこれから変わろうとしている、そのことに入部してから気付いた選手もいたと思います。『この人数、このメンバーではレギュラーになれない。もういいです』と辞めた子もいました。『もっと楽しくできると思っていた』と言われたこともあります。野球が好きといっても、熱量はそれぞれ違う。自分が活躍できるから楽しい、という部分は誰にでもあると思うんです。全員に活躍の場をつくれれば一番ですが、環境が整っておらず、時間も限られている。できるだけ同じように練習させたいと思っても、どうしても練習量に差が出てしまう。そこは難しさを感じています」
──その限られた環境で、どのように激戦区・西東京を勝ち抜くチームをつくったのですか。
「まずは守り勝つしかないと考えました。私は投手出身ですから、投手がストライクとボールをしっかり投げ分け、打ち取った打球を内野が確実にアウトにする。捕手を含めたバッテリーを育て、ロースコアに持ち込むチームを目指しました。いい投手が育てば、それが次世代の投手集めにもなるという狙いもあります」
──投手力への手応えは。
「西東京大会は6試合で計13失点でしたが、日大鶴ケ丘戦の8失点は失策が絡み、完投した塚原の自責点はゼロでした。大会を通じた投手陣の自責点も2点ほどだったと思います。数字だけを見れば、投手陣の成績は甲子園出場校の中でもトップレベルではないでしょうか」
──甲子園出場によって、選手集めも変わるのでは。
「興味を持ってくれる選手は増えると思います。ただ、実際に施設を見れば、『この環境か』と二の足を踏むでしょう。甲子園は簡単な場所ではありませんし、今回だけで終わるのか、継続できるのかは分かりません。それでも、このチャンスをつかんだ以上、ここから先につなげていきたいと思っています」
📝2026年夏の甲子園 監督突撃インタビュー
中京大中京から享栄へ、大藤監督が明かす“異例の転身”の真相
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391503
大藤敏行(享栄/愛知/64歳)
きょう11日に履正社(大阪)と対戦する享栄を率いるのは、2009年夏に中京大中京(愛知)を甲子園優勝に導いた大藤監督だ。
全国制覇の翌10年も春夏連続で甲子園出場を果たしながら、その夏を最後に48歳で退任。以降は同校の顧問を務めながら、U18日本代表の指導や秋田県の高校野球強化事業に携わった。18年に県内のライバル校である享栄の監督に就任。長年しのぎを削ってきた「私学4強」間の異例の転身とあって、当時はさまざまな臆測が飛び交った。中京大中京の監督退任から享栄へ、その経緯を赤裸々に語った。
──中京大中京から、ライバルである享栄へ。
「インターネットでも『裏切り者』『中京大中京に恨みがあったのでは』なんて書かれていたようですが、事実はまったく違います(苦笑)」
──全国制覇の翌年も結果を出していたのに監督退任。いったいなぜ。
「その2年ほど前から決まっていたことなんです。学校側から、『監督就任から20年で一区切りつけ、今度は低迷する大学野球部を立て直してほしい』と。そこで、『私が声をかけた選手たちが引退するまでは、監督を続けさせてください』とお願いして、聞き入れてもらいました。その猶予期間に優勝させていただいたのです」
──ですが大学の監督ではなく、高校野球部の顧問になった。
「大学の練習にも足を運んだり、準備はしました。ただ、見ているうちに、やっぱり自分には『子守』が合っているな、と。それで大学の監督はお断りさせてもらったんです。『ならば、中京大中京の総監督でどうか』という打診も頂きましたが、後任の高橋源一郎監督は私の教え子なんです。私が総監督になってしまったら、高橋監督もやりにくいでしょう。それで顧問ということに」
──顧問の期間は、どのように過ごした?
「秋田県の高校野球強化事業や日本高野連の技術・振興委員、U18日本代表のコーチなどをやらせてもらいました。自分の生徒ではありませんから、頭ごなしに言うわけにはいかない。どう伝えれば真意が届くのか、能力もプライドも高い選手たちを短期間でどうひとつにまとめるのか、ずいぶん考えました。彼らは、言ってみれば“借り物”です。接しているうちに、『自分で育てた選手たちと戦いたい』という気持ちが少しずつ膨らんでいたように思います」
──そんな中、享栄からオファーが届いた。
「私が監督をしていた頃の(中京大中京の)校長先生が、享栄を運営する愛知享栄学園の理事になっていました。その方から声をかけていただいたんです」
──とはいえ、享栄はライバル。迷いは?
「最後の決め手は妻と娘」
「1年ほど悩みました。県外の学校なら、もっと早く決断できたかもしれません。親しい教え子5人にも相談しましたが、全員とも『もう一度、甲子園を目指してください』と背中を押してくれました。最後の決め手は妻と娘です。『裏切り者だとか、金で動いたとか、いろいろ言われるだろう。つらい思いをさせるかもしれない。それでもいいか』と聞いたら、『アンタが知らないだけで、もういろいろ言われてるんだから、やればいいじゃない』と言われまして(笑)。それで決心しました」
──中京大中京の学校側やOBとの間にしがらみもありそうですが。
「学校からは『100周年を迎えるので残ってほしい』と言われたのですが、私の新たな夢を理解してくれた。理事長からはネクタイをプレゼントされ、『頑張ってください』と送り出していただいた。私自身、高校3年、大学4年を中京で過ごし、計34年もお世話になりました。中京には今も感謝しかありません。学校が変わっても、教え子たちは変わらず応援してくれているのもありがたいです」
──享栄では初、自身16年ぶりの甲子園。
「誰からどんなことを言われようと、自分のやるべきことをやり、結果で示すしかない。そう思って、享栄の選手たちと一緒に頑張ってきました。甲子園が見えたチームはこれまでにも2度ほどありましたが、あと一歩で勝ち切れなかった。ようやくここまで来られたという思いです。初戦は名門・履正社さんですが、甲子園に出てこなければ、こういう相手とは戦えません。せっかくの舞台です。選手たちには最後まで全力を尽くし、いい顔で野球をしてほしい。うちの子たちは本当に元気がいいので、享栄らしい野球を見せてくれると思います」
☟初出場で「費用の面が…」 3000万円との情報も、応援団は0泊3日の弾丸も甲子園堪能
https://news.yahoo.co.jp/articles/ac26f9814da3fdfab7fe49f4608f165d5b4c64d4?page=1
今大会初のタイブレークの末にサヨナラ負け
初出場校にはさまざまな苦労がある。第108回全国高校野球選手権は大会第5日の9日、甲子園球場で1回戦4試合が行われ、第3試合は春夏通じて初出場の八王子実践(西東京)が鳴門渦潮(徳島)と対戦。9回2死から同点に追いつく粘りを見せ、今大会初のタイブレークに持ち込んだが、延長10回にサヨナラ負けを喫した。
ぎっしり埋め尽くされた三塁側のアルプススタンドが揺れる。0-1の9回2死一、二塁。代打で登場した金子侑樹投手(3年)はフルカウントからの外角直球を右前にはじき返した。スタートを切っていた二塁走者が生還。土壇場でスコアボードに歴史的な「1」が点灯すると、詰めかけた大応援団から拍手と大歓声が湧き起こった。
後続が倒れて勝ち越せなかったが、スタンドが沸き返るドラマは続く。その裏、先頭打者の一ゴロで塚原翔太投手(3年)がベースカバーに入ったが、ヘッドスライディングした打者走者の手が早いと判断されて一度はセーフと判定された。ここで河本ロバート監督がリクエスト。ビデオ検証の結果、判定が覆ると地鳴りのような拍手でナインを後押しした。
9回を無失点で切り抜けて今大会初のタイブレークに突入。1死二、三塁と好機を広げたが得点できず、その裏にサヨナラを許し、歴史的な勝利とはならなかった。それでも最後まで諦めない粘りで好ゲームを展開。河本監督は「力及ばず負けましたけど、同点に追いついた場面はしびれました。大きな声援はずっと聞こえていてありがたかったです」と後押ししてくれた応援に感謝した。
三塁側のアルプススタンドは満員。野球部OBも約360人が駆けつけた。在校生の約260人と関係者らはバス14台で前日8日の午後8時に東京を出発。車内泊を経て球場入りし、ナインに声援を送った。試合後には再びバスで帰京。ホテルには泊まらない0泊3日の超弾丸ツアーで学校創立100周年のメモリアルイヤーの初聖地を楽しんだ。
目標は3000万円? クラウドファンディングで資金集め
八王子実践にとって、初めての甲子園は未知の世界。英語教諭で野球部顧問の宮野拓己先生は「いろんな方に話を聞いて準備を進めましたけど、初めてのことなので苦労はしました」と説明。特に頭を悩ませているのが費用だ。宿泊費や移動費、バスのチャーター費など「いくらかかっているか、費用の面が見えていません」と漏らした。
「初出場で、ウチみたいに強豪ではない高校だと、部費を含めてプール金が一切ありません。費用はだいたい3000万円ぐらいはかかると言われているようですけど、どこから集めるのかを含めて見えていない部分があります。それが我々の課題です」
クラウドファンディングで資金を募っているが「手数料が結構かかります。18%も取られますので、現状だと金額が見えない。赤字なのか足りているのかが分からない状況です」という。思わぬところで出費がかさんでいる可能性もあるだけに、不安は隠せない。
コロナ禍以降、八王子実践は「吹奏楽部が応援に来ることがなくなった」という。毎年依頼はしているものの「顧問が1人だけで、例えば熱中症になると破綻してしまう。学校として態勢が不十分な状態が続いている」と嘆く。西東京大会は決勝戦以外、地声の応援でカバー。甲子園は姫路高のブラスバンド部の友情応援を受け、一丸となってナインを勇気づけた。
グラウンドの選手も、スタンドの応援団も、分からないことだらけで臨んだ初めての夢舞台。宮野先生は「分からないことばかりでも、それも勉強だとありがたく感じながらやっています」と前向きに取り組んできた。試合は野球ファンを満足させるような大熱戦。野球部の伝統も、資金調達のノウハウも、ここから積み上げていくしかない。
7日目第1試合 敦賀気比(福井)-横手(秋田) 8:02~10:30
一二三四五六七八九十計HE
敦賀気比105120010 10131
横 手000000000 043
7日目第2試合 智弁和歌山(和歌山)-社(兵庫) 13:32~15:16
一二三四五六七八九十計HE
和 智 弁011000000 280
社 000000100 152
7日目第3試合 享栄(愛知)-履正社(大阪) 15:48~18:12
一二三四五六七八九十計HE
履 正 社010100022 6111
享 栄100000001 282
7日目第4試合 三重(三重)-松商学園(長野) 18:43~20: 試合開始前点灯
一二三四五六七八九十計HE
松商学園000000012 3121
三 重20102000X 5120
⚾明日の熱闘甲子園組み合わせ(8日目 2回戦)
08:00~ 拓大 紅陵-佐 賀 商
☆ 13:30~ 花咲 徳栄-仙台 育英
16:00~ 神村 学園-佐野 日大
18:30~ 東海大甲府-健大 高崎
📝初球から振る姿勢、大切に 好機逃した社は焦り出たか 高嶋仁の目
https://news.yahoo.co.jp/articles/57ad7689938512ce2eb8de14596de974cd5ec083
(11日、第108回全国高校野球選手権大会2回戦 智弁和歌山2―1社)
智弁和歌山の初戦です。前半はいいところが出ました。1球目からどんどん振っていく姿勢は、私が監督だったころから変わっていません。
社の岩井秀耶投手は直球の球速が140キロ中盤と力がありました。智弁和歌山の打者は最初、振り遅れていましたが、それでも1球目からどんどん打ちにいくからタイミングが合う。二回、先取点につながった楠本龍生選手の右越え三塁打は、そんな当たりでした。
四回の攻撃は、4球で終わりました。あっさりしているように見えますが、これでええんです。私が監督のときは、「3球で攻撃が終わってもいい」と言っていました。「まずい、と思えば『待て』のサインは出すから」と。1球目から打ちにいけない、ということは準備ができていないということですからね。
ただ、三回の2点目以降はうまく変化球を交ぜてきた岩井投手を打ちあぐねました。これからもっと力のあるチームと対戦すると、序盤の得点だけではしんどいです。欲を言えば五、六回に1点を取って、終盤にだめ押しがほしかったです。
社もさすが兵庫を勝ち上がっただけに、いいチームでした。惜しかったのは七回です。1点をかえした後、1死三塁のカウント1ストライクからヒットエンドランを仕掛けましたが、智弁和歌山のバッテリーが大きくボールを外しました。打者は空振り。三塁走者は挟殺プレーでアウトになりました。
ここは、少し焦りが出たのかもしれません。例えばカウントを整えてから打球を転がせば、スクイズより高い確率で1点が入りました。追いついていたら、その後の展開もわかりませんでした。
☝智弁和歌山 競り勝って4年ぶり夏初戦突破 和気-長井の継投で反撃しのぐ 和歌山県勢甲子園240勝目
https://news.yahoo.co.jp/articles/5291106b9830ffd9727d74b554b460054bd114fe
3年連続出場の智弁和歌山が優勝した2021年以来の夏初戦突破を果たした。夏の甲子園通算44勝は単独8位で、7位の早実にあと1勝とせまった。和歌山県勢甲子園240勝目。
打線は二回、この回先頭の楠本が右越え三塁打。松本の二ゴロの間に1点を先制した。三回も先頭の長友が右翼線二塁打。1死三塁として井本の中犠飛で2点目を奪った。
先発の和気は6回2安打無失点の好投。73球を投げ6奪三振、1死球だった。七回からは2番手で長井が登板。いきなり2連続長短打で1点を返されたが、なおも1死三塁のピンチで相手のエンドランを外して三塁走者を挟殺。ピンチをしのいだ。
✌反撃ムード断つ「外し」のサイン 智弁和歌山・山田「データ通り」
https://news.yahoo.co.jp/articles/5ae33930f2b02bb24ab098bb4beb8f8ee0014a8e
ここですよね。智弁和歌山の捕手、山田凜虎がベンチに視線を送り、問いかけた。そうだな。中谷仁監督が目で返した。
七回に1点差に迫られ、なお1死三塁。カウントは1ストライクだった。次の投球、投手の長井心海にサインを送り、右打者の外角に大きく外した。
「本当にデータの通りにきた」。ヒットエンドランだった。バッターは空振り。飛び出した三塁走者を挟み込んでアウトにした。社の反撃ムードを鮮やかに断ち切った。
社との対戦が決まってから、山田は兵庫大会の映像を見た。「作戦系を仕掛けるカウントも研究していた」。初球ではなく、1ストライクや1ボールのときが多い。監督とも試合前にそのときが来たら外すと打ち合わせていた。
この日の試合展開も判断の材料になった。「両チームとも安打があまり出ていなかったので、ここは何としても1点を取りに来るだろうなというのは見えていた」
智弁和歌山は強打で名高い学校だ。原田夏希コーチは「(選手たちは)智弁に憧れてきているので、やっぱりバッティングが好きな子が多い」。だが、夏の甲子園では昨年まで2年連続で初戦敗退。中谷監督は「守備のほころびで負けている」と繰り返し訴えてきた。打撃好きな選手たちも、昨夏から守備練習に時間を割いてきた。
この日は内外野で好守を連発し、なおかつ無失策。山田は笑みをこぼしながら「3年連続初戦負けで和歌山に帰ることはできないと思っていた」。守りで勝った自チームを誇った。
☟真夏の夜の激闘 九回2死にアクシデント 三重の二塁手・水野が足痙り担架で運ばれ交代に その後勝利も校歌歌えず「次は勝ってみんなのところに行けるように」
https://news.yahoo.co.jp/articles/06efcd853cde752b1ee2f7ac367a08b4a46a01f3
全国高校野球選手権・2回戦、松商学園3-5三重」(11日、甲子園球場)
真夏の夜の激闘で、九回2死からアクシデントが起こった。
4点を追う九回2死二、三塁で松商学園の1番山口が右中間を破る2点適時三塁打。必死の中継に走った三重の二塁・水野が足を攣って、立ち上がれなくなり、担架でベンチへ運ばれた。
試合後は首に氷を当て、車いすに乗ったまま取材エリアに現れ、「今はもう状態安定してるんで、たぶん大丈夫だと思います」と振り返った。
ベンチの裏で治療をしている時に勝利の報を聞いた。校歌を歌うことはできず「最後みんなのところ行きたかったんですけど、やっぱ無理だなと思って。次は勝ってみんなのところに行けるように頑張りたい」と語った。
沖田監督は「足が痙っただけですので、次の試合は大丈夫だと思います」と語った。
📝持丸修一 78歳名将の高校野球論
また今夏のようなチームを作りたい。気付けば彼らの「エンジョイ野球」が好きになっていた
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391473
たった1度の敗戦が、このタイミングで来てしまうとは……。我が専大松戸は昨秋から千葉県内無敗。選手たちも期待と自信を胸に夏の千葉大会に臨みましたが、決勝で拓大紅陵に1-3で敗れ、春夏連続甲子園には届きませんでした。
試合は初回に先制した1点を守る展開。塁には出るが、なかなか追加点が奪えない。こちらに流れを引き寄せられず、「嫌な予感」が頭の片隅にこびりついたまま、九回表を迎えました。
「1点ならあげてもいい。エースの門倉なら後続を抑えてくれる」と構えていました。ところが、逆転3ランを被弾。真っ先に思ったのは「打った打者がすごい」。敵ながらあっぱれな一打でした。最終回は食らい付いたものの、力及ばず……。
選手たちは本当によくやってくれました。悔いがあるとすれば、試合中に私自身が勝利を100%信じ切れなかったこと。嫌な予感にとらわれ、自分の判断に絶対の自信を持って臨めていなかったのではないか。今もふとした時にそんなことを考えてしまいます。今年は本当にいいチームでした。試合中はレギュラーも控えも関係なく、みんなでワイワイと意見を出し合う。
「次はこう攻めよう!」
「いやいや、こうしよう!」
私はこのような、「エンジョイ野球」のような雰囲気は好きではありませんでした。勝負の場なのだから、もっと緊張感を持って真剣にやりなさい、と。ところが、彼らと時間を共にするうちに、いつしか私自身も、そのやりとりを心から楽しんでいることに気付いたのです。この子たちなら何かやってくれるんじゃないかと、ベンチで見守りながら、いつもワクワクしていました。実際、何度も逆転勝利を届けてくれました。甲子園には届きませんでしたが、選手たちを褒めてあげたい。試合後のミーティングでは、こう伝えました。
「おまえたちはよくやった。高校野球だけでなく、人生でもこんなことはある。だから、もっと努力しなさい。この経験を、これからの人生に生かしなさい」
夏の甲子園が開幕し、今も3年生が「夏」を続けているチームがある一方で、我々は1、2年生の新チームでスタートを切りました。気持ちを切り替えるのは簡単ではありませんが、前へ進まなくてはいけない。1、2年生はこれからが本番。私だけが立ち止まっているわけにはいかないのです。また今夏のようなチームをつくりたい。それが新たな目標です。
たくさん応援していただき、本当にありがとうございました。引き続き、専大松戸をよろしくお願いします。
🎤2026年夏の甲子園 監督突撃インタビュー
八王子実践・河本ロバート監督「ライブや家族旅行も、事前に相談があれば休ませます」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391472
河本ロバート(八王子実践/西東京/40歳)
きょう9日に鳴門渦潮(徳島)と対戦する八王子実践は、春夏通じて初の甲子園。率いるロバート監督は同校OBで、亜大卒業後にドジャースとマイナー契約を結んだ経歴を持つ。徳島インディゴソックス退団後、2016年に母校のコーチとなり、19年に監督就任。専用グラウンドがなく、全体練習は実質2時間ほどという環境の中、自ら「営業」と表現する選手集めに奔走してきた。どうやって激戦区の西東京を勝ち抜くチームをつくったのか。
──本格的に選手勧誘を始めたのは、今の3年生の世代です。
「その1つ上の代から少しずつ動き始め、今の3年生から本格的に動き出しました。もともと総監督がいたため、私が前に出過ぎるのも違うのかな、と控えていたんです。その方が校内の役職に就いて野球部を離れたのがきっかけです。恩田コーチに『一緒にやってください』とお願いしたのも、そのタイミングです」
──環境面と実績面で選手勧誘には苦労しているのでは。
「いくら声をかけても、ほとんどの選手は強豪校へ行ってしまいます。でも、そこで諦めたら終わりです。寮がないので地元選手に絞り、何度も足を運びました。本当に営業ですよ。チームの雰囲気を知ってもらうために、体験会も開いています。この環境を承知で選んでくれた選手たちには、心から感謝しています」
──選手たちは「監督が同じ目線に立ってくれる」と話していた。
「野球だけでなく、高校生としての時間も大切にしてほしいと思っています。髪形は校則の範囲内なら自由ですし、ライブ鑑賞や家族旅行も、事前に相談してくれれば休ませることがあります。高校を卒業して親元を離れれば、家族と過ごす時間も少なくなりますから。ただし、大会直前に休むのは違いますし、嘘をつくのも駄目です。その線引きは、勧誘の段階から説明しています」
──けれども、今の3年生は10人も退部した。
「この代から本格的に勧誘をしていたとはいえ、全員がそうではありません。野球部がこれから変わろうとしている、そのことに入部してから気付いた選手もいたと思います。『この人数、このメンバーではレギュラーになれない。もういいです』と辞めた子もいました。『もっと楽しくできると思っていた』と言われたこともあります。野球が好きといっても、熱量はそれぞれ違う。自分が活躍できるから楽しい、という部分は誰にでもあると思うんです。全員に活躍の場をつくれれば一番ですが、環境が整っておらず、時間も限られている。できるだけ同じように練習させたいと思っても、どうしても練習量に差が出てしまう。そこは難しさを感じています」
──その限られた環境で、どのように激戦区・西東京を勝ち抜くチームをつくったのですか。
「まずは守り勝つしかないと考えました。私は投手出身ですから、投手がストライクとボールをしっかり投げ分け、打ち取った打球を内野が確実にアウトにする。捕手を含めたバッテリーを育て、ロースコアに持ち込むチームを目指しました。いい投手が育てば、それが次世代の投手集めにもなるという狙いもあります」
──投手力への手応えは。
「西東京大会は6試合で計13失点でしたが、日大鶴ケ丘戦の8失点は失策が絡み、完投した塚原の自責点はゼロでした。大会を通じた投手陣の自責点も2点ほどだったと思います。数字だけを見れば、投手陣の成績は甲子園出場校の中でもトップレベルではないでしょうか」
──甲子園出場によって、選手集めも変わるのでは。
「興味を持ってくれる選手は増えると思います。ただ、実際に施設を見れば、『この環境か』と二の足を踏むでしょう。甲子園は簡単な場所ではありませんし、今回だけで終わるのか、継続できるのかは分かりません。それでも、このチャンスをつかんだ以上、ここから先につなげていきたいと思っています」
📝2026年夏の甲子園 監督突撃インタビュー
中京大中京から享栄へ、大藤監督が明かす“異例の転身”の真相
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391503
大藤敏行(享栄/愛知/64歳)
きょう11日に履正社(大阪)と対戦する享栄を率いるのは、2009年夏に中京大中京(愛知)を甲子園優勝に導いた大藤監督だ。
全国制覇の翌10年も春夏連続で甲子園出場を果たしながら、その夏を最後に48歳で退任。以降は同校の顧問を務めながら、U18日本代表の指導や秋田県の高校野球強化事業に携わった。18年に県内のライバル校である享栄の監督に就任。長年しのぎを削ってきた「私学4強」間の異例の転身とあって、当時はさまざまな臆測が飛び交った。中京大中京の監督退任から享栄へ、その経緯を赤裸々に語った。
──中京大中京から、ライバルである享栄へ。
「インターネットでも『裏切り者』『中京大中京に恨みがあったのでは』なんて書かれていたようですが、事実はまったく違います(苦笑)」
──全国制覇の翌年も結果を出していたのに監督退任。いったいなぜ。
「その2年ほど前から決まっていたことなんです。学校側から、『監督就任から20年で一区切りつけ、今度は低迷する大学野球部を立て直してほしい』と。そこで、『私が声をかけた選手たちが引退するまでは、監督を続けさせてください』とお願いして、聞き入れてもらいました。その猶予期間に優勝させていただいたのです」
──ですが大学の監督ではなく、高校野球部の顧問になった。
「大学の練習にも足を運んだり、準備はしました。ただ、見ているうちに、やっぱり自分には『子守』が合っているな、と。それで大学の監督はお断りさせてもらったんです。『ならば、中京大中京の総監督でどうか』という打診も頂きましたが、後任の高橋源一郎監督は私の教え子なんです。私が総監督になってしまったら、高橋監督もやりにくいでしょう。それで顧問ということに」
──顧問の期間は、どのように過ごした?
「秋田県の高校野球強化事業や日本高野連の技術・振興委員、U18日本代表のコーチなどをやらせてもらいました。自分の生徒ではありませんから、頭ごなしに言うわけにはいかない。どう伝えれば真意が届くのか、能力もプライドも高い選手たちを短期間でどうひとつにまとめるのか、ずいぶん考えました。彼らは、言ってみれば“借り物”です。接しているうちに、『自分で育てた選手たちと戦いたい』という気持ちが少しずつ膨らんでいたように思います」
──そんな中、享栄からオファーが届いた。
「私が監督をしていた頃の(中京大中京の)校長先生が、享栄を運営する愛知享栄学園の理事になっていました。その方から声をかけていただいたんです」
──とはいえ、享栄はライバル。迷いは?
「最後の決め手は妻と娘」
「1年ほど悩みました。県外の学校なら、もっと早く決断できたかもしれません。親しい教え子5人にも相談しましたが、全員とも『もう一度、甲子園を目指してください』と背中を押してくれました。最後の決め手は妻と娘です。『裏切り者だとか、金で動いたとか、いろいろ言われるだろう。つらい思いをさせるかもしれない。それでもいいか』と聞いたら、『アンタが知らないだけで、もういろいろ言われてるんだから、やればいいじゃない』と言われまして(笑)。それで決心しました」
──中京大中京の学校側やOBとの間にしがらみもありそうですが。
「学校からは『100周年を迎えるので残ってほしい』と言われたのですが、私の新たな夢を理解してくれた。理事長からはネクタイをプレゼントされ、『頑張ってください』と送り出していただいた。私自身、高校3年、大学4年を中京で過ごし、計34年もお世話になりました。中京には今も感謝しかありません。学校が変わっても、教え子たちは変わらず応援してくれているのもありがたいです」
──享栄では初、自身16年ぶりの甲子園。
「誰からどんなことを言われようと、自分のやるべきことをやり、結果で示すしかない。そう思って、享栄の選手たちと一緒に頑張ってきました。甲子園が見えたチームはこれまでにも2度ほどありましたが、あと一歩で勝ち切れなかった。ようやくここまで来られたという思いです。初戦は名門・履正社さんですが、甲子園に出てこなければ、こういう相手とは戦えません。せっかくの舞台です。選手たちには最後まで全力を尽くし、いい顔で野球をしてほしい。うちの子たちは本当に元気がいいので、享栄らしい野球を見せてくれると思います」
☟初出場で「費用の面が…」 3000万円との情報も、応援団は0泊3日の弾丸も甲子園堪能
https://news.yahoo.co.jp/articles/ac26f9814da3fdfab7fe49f4608f165d5b4c64d4?page=1
今大会初のタイブレークの末にサヨナラ負け
初出場校にはさまざまな苦労がある。第108回全国高校野球選手権は大会第5日の9日、甲子園球場で1回戦4試合が行われ、第3試合は春夏通じて初出場の八王子実践(西東京)が鳴門渦潮(徳島)と対戦。9回2死から同点に追いつく粘りを見せ、今大会初のタイブレークに持ち込んだが、延長10回にサヨナラ負けを喫した。
ぎっしり埋め尽くされた三塁側のアルプススタンドが揺れる。0-1の9回2死一、二塁。代打で登場した金子侑樹投手(3年)はフルカウントからの外角直球を右前にはじき返した。スタートを切っていた二塁走者が生還。土壇場でスコアボードに歴史的な「1」が点灯すると、詰めかけた大応援団から拍手と大歓声が湧き起こった。
後続が倒れて勝ち越せなかったが、スタンドが沸き返るドラマは続く。その裏、先頭打者の一ゴロで塚原翔太投手(3年)がベースカバーに入ったが、ヘッドスライディングした打者走者の手が早いと判断されて一度はセーフと判定された。ここで河本ロバート監督がリクエスト。ビデオ検証の結果、判定が覆ると地鳴りのような拍手でナインを後押しした。
9回を無失点で切り抜けて今大会初のタイブレークに突入。1死二、三塁と好機を広げたが得点できず、その裏にサヨナラを許し、歴史的な勝利とはならなかった。それでも最後まで諦めない粘りで好ゲームを展開。河本監督は「力及ばず負けましたけど、同点に追いついた場面はしびれました。大きな声援はずっと聞こえていてありがたかったです」と後押ししてくれた応援に感謝した。
三塁側のアルプススタンドは満員。野球部OBも約360人が駆けつけた。在校生の約260人と関係者らはバス14台で前日8日の午後8時に東京を出発。車内泊を経て球場入りし、ナインに声援を送った。試合後には再びバスで帰京。ホテルには泊まらない0泊3日の超弾丸ツアーで学校創立100周年のメモリアルイヤーの初聖地を楽しんだ。
目標は3000万円? クラウドファンディングで資金集め
八王子実践にとって、初めての甲子園は未知の世界。英語教諭で野球部顧問の宮野拓己先生は「いろんな方に話を聞いて準備を進めましたけど、初めてのことなので苦労はしました」と説明。特に頭を悩ませているのが費用だ。宿泊費や移動費、バスのチャーター費など「いくらかかっているか、費用の面が見えていません」と漏らした。
「初出場で、ウチみたいに強豪ではない高校だと、部費を含めてプール金が一切ありません。費用はだいたい3000万円ぐらいはかかると言われているようですけど、どこから集めるのかを含めて見えていない部分があります。それが我々の課題です」
クラウドファンディングで資金を募っているが「手数料が結構かかります。18%も取られますので、現状だと金額が見えない。赤字なのか足りているのかが分からない状況です」という。思わぬところで出費がかさんでいる可能性もあるだけに、不安は隠せない。
コロナ禍以降、八王子実践は「吹奏楽部が応援に来ることがなくなった」という。毎年依頼はしているものの「顧問が1人だけで、例えば熱中症になると破綻してしまう。学校として態勢が不十分な状態が続いている」と嘆く。西東京大会は決勝戦以外、地声の応援でカバー。甲子園は姫路高のブラスバンド部の友情応援を受け、一丸となってナインを勇気づけた。
グラウンドの選手も、スタンドの応援団も、分からないことだらけで臨んだ初めての夢舞台。宮野先生は「分からないことばかりでも、それも勉強だとありがたく感じながらやっています」と前向きに取り組んできた。試合は野球ファンを満足させるような大熱戦。野球部の伝統も、資金調達のノウハウも、ここから積み上げていくしかない。