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宏鈴法師(管理人) MAIL URL

お知らせ

編集済
⚾今日の大阪大会試合結果(大阪シティ信用金庫スタジアム)
最終日決勝戦 箕面学園-履正社 10:08~12:51
          一二三四五六七八九十計HE
      履 正 社004342300 16242
      箕面学園000002000 265

履正社は3年ぶり6度目の優勝🏆

📝シード堅調 公立健闘 島根大会38校37チームの熱戦を振り返る
https://news.yahoo.co.jp/articles/a1296152835fd6e3e817d2a32e987ec2d4c7f41a

第108回全国高校野球選手権島根大会は、立正大淞南の3年ぶり4回目の優勝で幕を閉じた。38校37チームが熱戦を繰り広げた大会を振り返る。

今大会は、石見智翠館、開星、島根中央、立正大淞南のシード4校が順当に勝ち上がった。その中で第4シードの立正大淞南が抜け出たのは、エース左腕の川口元投手(3年)の成長によるところが大きい。

川口投手は、昨秋の県大会準々決勝で大社を3―0で完封したものの、8四死球と制球に苦しんだ。その試合を教訓に、試合のない冬場は球が抜けないよう握力の強化などに努めてきた。今大会は全5試合に登板し、四死球10にとどめた。変化球の精度も上がった。とくに今春の県大会後から磨いてきたチェンジアップ。第1シードの石見智翠館との準決勝で初めて多投し、強打の石見智翠館打線を零封した。柴垣太志捕手(3年)のリードのうまさも光った。

第3シードの島根中央は初優勝に一歩届かなかったが、準決勝では第2シードの開星を延長十回タイブレークの末に破った。決勝では立正大淞南にいったん勝ち越すなど見応えのある試合を見せた。

松江南、松江北、松江商の公立勢も健闘。昨夏準優勝の松江南は3回戦の八回、松江農林に逆転、松江北も益田翔陽を相手に同点で迎えた九回に勝ち越した。松江商は終盤に加点して安来を振り切り、それぞれ準々決勝に駒を進めた。

浜田と大社で春夏合わせて9回甲子園出場を果たした名将・新田均監督が率いる明誠の勝負も注目を集めた。初戦の2回戦で大社に1―3で敗れたものの、これからの成長を期待させる戦いぶりだった。

👣仲間にも監督にも打ち明けなかったこと 島根中央のエース塩崎投手
https://news.yahoo.co.jp/articles/ace05e2fda353b459ae2d348d2d0430f51ba64d5

(26日、第108回全国高校野球選手権島根大会決勝、立正大淞南5―3島根中央)

島根中央のエース塩崎孔耀投手(3年)は143球を投げ抜いて完投した。

九回1死で追いつかれても、「同点なら仲間が取り返してくれる」と冷静だった。しかし「あと(アウト)二つのところで球が浮いてしまった。自分の弱さです」。連続適時打で勝ち越しを許したが、和田誉司監督は「うちのエースは塩崎だけ。最後まで替える気はなかった」と信頼を寄せていた。

体調で苦労があった。中学時代に感染した新型コロナのために味覚障害を患い、体重が激減した。高校1年で再び感染し、その際も味覚障害に苦しんだ。でもチームメートや監督に心配をかけまいと打ち明けなかった。みんなと一緒の寮の食事が食べづらいとき、実家から届く食べものに支えられた。いまは味覚は回復している。「きょうは親と焼き肉を味わいたい」と笑顔を見せた。

主将としての責任も負ってきた。冬場、チームの雰囲気が緩んでいると感じた。一人ひとりと話し合い、意見に耳を傾けて全員をまとめた。
準々決勝をのぞく4試合で完投し、投球数は530にのぼった。大学でも野球を続け、投手として投げ続けるつもりだ。

👣触れば熱い「炭みたいな男」 下関国際エース、高川学園の壁破れず涙
https://news.yahoo.co.jp/articles/01107dc92871f8fdbc236ad4c5ca8b9c7b68e91b

(28日、第108回全国高校野球選手権山口大会決勝 下関国際3―5高川学園)

「後はお前がやるだけだ」。下関国際の坂原秀尚監督がこう言って先発のマウンドを託したのは、エースで主将の宮本匠投手(3年)だった。

相手は、今春の県決勝、昨秋の中国大会準決勝、昨夏の山口大会準決勝と公式戦で敗れ続けた高川学園。坂原監督は「チームで一番つらい思いを背負ってきた」主将の思いにかけた。
実は今春にひじのトラブルを抱え、1カ月投球練習ができなかった。それでも、宮本投手が最後まで投げきるのが「うちの野球」(坂原監督)。決勝まで先発を避け、大一番の舞台を用意するのがチーム全体の狙いだった。

宮本投手は初回、1点を献上したが、すぐに逆転。二、三、四回はいずれも打者3人で抑えた。気迫は前面に出さない。「(熱さを内に秘め)触ったら熱い、炭みたいな男」(坂原監督)の投球だった。
迎えた五回。1死から三塁打を打たれたところで、下関国際の堅い守備の歯車が狂った。打ち取った当たりが内野安打になり、自身や内野の失策も続き、4失点。六回以降は再び立て直したが、1点が遠かった。

大分県の中学から下関国際へ。中学時代は2番手で、同級生のエースは横浜高校に進んだ。だから、坂原監督とは「一緒に横浜を倒そう」が合言葉だった。
その甲子園には一歩届かなかった。「自分の力のなさが出た」と泣いた宮本投手。坂原監督は「下関国際としての戦い方、その爪痕を残した決勝戦だった。褒めてやりたい」とねぎらった。

📝平日の火曜日なのに…バンテリンドームはこの日も盛況、内野ほぼ満席 午前11時半には外野も半分近く埋まる
https://news.yahoo.co.jp/articles/d286813a8cea003d5a0cbe9ae71859b2a816ef63

◇28日 第108回全国高校野球選手権愛知大会決勝 愛工大名電―享栄(バンテリン)

愛知大会は27日の準決勝に続き、決勝もバンテリンドームナゴヤで開催されている。初日となった27日の準決勝の2試合には計1万6000人が入場。自由席は当初は予定していなかった3階席や外野席まで開放し、平日の開催ながら盛況だった。2日目のこの日も火曜日の開催ながら内野席はほぼ満席。試合開始の午前11時半には外野席も半分近くが埋まった。

同大会のドーム開催は2007年以来19年ぶり。今夏は今秋に愛知県内で開催されるアジア大会・アジアパラ大会の影響でバンテリンドームナゴヤを会場とすることにした。過去にはナゴヤドーム(当時)で05年の準決勝と決勝、06年の決勝、07年の5回戦と準々決勝が行われた。

🎤享栄・大藤監督、「盛田、市川、梅田、石嶌…あっ山田!」名将の気配りVインタビュー…登録メンバー外れた3年生5人の“支え”に感謝伝える
https://news.yahoo.co.jp/articles/4f1862f9b5b290c25a83e02f42ef712bd22a89de

◇28日 全国高校野球選手権愛知大会決勝 享栄4―1愛工大名電(バンテリン)

享栄が逆転勝ちで1995年以来31年ぶり9度目の夏の甲子園出場を決めた。中京大中京を2009年夏に全国制覇に導いた大藤敏行監督(64)が18年8月に就任。試合後の場内インタビューでは名将らしい気配りがあった。

大藤監督はインタビューで「ホッとしました。選手が粘り強く戦ってくれて、感謝します」と感激の面持ちで語った。さらに、登録メンバーを外れた3年生5人の支えを勝因の1つに挙げ、5人全員の名前をあえて紹介。「盛田、市川、梅田、石嶌…あっ山田!」。1人の名前を度忘れするお茶目なシーンもあったが、選手思いな大藤監督らしい配慮にスタンドからは大きな拍手がわき起こった。「そういう3年生が本当に練習から一生懸命やってくれるので、メンバーも手が抜けなかったと思います」と大観衆の前で感謝を伝えた。

試合は先発・上江滝が初回に先制を許したものの、打線が反撃した。愛工大名電の2年生左腕・口田に3回まで1人の走者も出せなかったが、4回に1番・藤井の四球から1死二塁とすると3番・森迫が右越えの適時二塁打で同点。さらに4番・坂本も適時右前打で続いて、一気にひっくり返した。5回にも2死二塁から藤井の右越え適時二塁打、6回は菅沼の適時左前打でリードを広げた。チームの全4安打は全て適時打と、勝負どころでの集中力が光った。

☟北海道代表の最大の敵は寒暖差!? 想定外の“冷夏”に球児も困惑「今年は涼しすぎる」…札幌日大と白樺学園が道庁表敬訪問
https://news.yahoo.co.jp/articles/d318c3af00da45012e284d318c28fde65f8b971b

第108回全国高校野球選手権大会に2年ぶり2度目の出場を決めた南北海道代表・札幌日大と、2年ぶり5度目の出場を決めた白樺学園の選手たちが28日、北海道庁を表敬訪問。鈴木直道知事から「現地は暑い。北海道は涼しいので、今まで練習してきた成果を発揮するには環境に慣れることが重要。本番で実力を発揮できるように体調管理に気をつけてほしい」とエールを受けた。

札幌日大、白樺学園ともに24年以来の大舞台に駒を進めた。夏の甲子園を知る2校だが、例年以上に“暑さ”という見えない敵との戦いが求められることになりそうだ。

今年、北海道内は冷夏が続いており、両校の学校所在地である北広島市、芽室町も過ごしやすい気温となっている。23~27日までの5日間で最高気温30度超えは、北広島はなく、芽室町でも1日のみ。25日には、芽室町の最高気温が17・3度にとどまった。

甲子園球場のある兵庫県は、連日の35度超え。北海道の涼しい環境で十分な練習を積めるメリットもあるが、関西入り後は10度以上にもなる寒暖差への順応が課題になりそうだ。白樺学園ではウォーミングアップ時にグラウンドコートを着て対策。2年前の甲子園出場時もベンチ入りしていた玉手瑛斗投手(3年)は「今年は涼しすぎる。2年前は大阪に入った瞬間から暑くて、初日のアップでバテてしまった。今年はもっと気温差があるので、しっかり対策をしていきたい」と話した。

📝甲子園優勝投手が“表舞台から消えた”…末吉良丞の“左肘重症説”は真実か? 比嘉公也監督が言った「投げるかはわかりません」沖縄尚学に現地で密着
https://news.yahoo.co.jp/articles/35681df8be10c30e701b4ba3a62ad3b3ccbf0362?page=1

昨夏の甲子園優勝投手・末吉良丞が今春以降、表舞台から姿を消した。左肘の故障は重症なのか、あるいは……。「この夏はバッティングを見てください」「投げるかどうかはわかりません」揺れ動く当事者たちの証言。現地で沖縄尚学の県大会に密着した。(全2回の1回目)

うだるような暑さのなか、初球から衝撃が走った。

「147」の数字がスコアボードに表示された瞬間、琉球の熱波に包まれるセルラースタジアムのスタンドから歓声が地鳴りのように響き渡る。たった一球で球場全体が飲み込まれていく。続くボールも「146」が表示され、ストレートはコンスタントに145km以上が計測される。

夏の沖縄大会決勝は沖縄尚学がリードして最終回を迎えていた。だが4対1からエナジックスポーツが2点を返し、なおも2死一、二塁で、長打が出ればサヨナラというシビれる場面。グラウンドにいる両軍、スタンドの観客のすべてが固唾を飲んで汗まみれになるなか、末吉良丞ひとりだけが、どこ吹く風という顔をしてマウンドに立っていた。

比嘉監督の苦言「(末吉と新垣の)2人に頼りすぎ」
 
昨年夏の甲子園優勝投手の末吉が表舞台から消えたのは今年の4月だった。春のセンバツでは1回戦で帝京と当たり、力投むなしく接戦の末に3対4で敗れた。だが昨年秋以降不調だった末吉が、ある程度まで復調している姿を見せたことで関係者は胸をなでおろしていた。
その後、末吉は休む間もなく4月3日から5日に行われたU-18代表候補合宿に参加し、シートバッティングで8人の打者に対し4奪三振の快投を見せた。このまま完全復活に向かっていくのだと誰もが思った矢先のこと――沖縄に戻り練習でブルペンに入ったときだ。力を入れて投げた瞬間に左肘から聞いたことのない異音が響き、力が入らなくなってしまった。

4月12日、春季大会優勝校のエナジックとセンバツ出場校の沖縄尚学が夏の第1シードをかけて戦うチャレンジマッチが行われた。沖縄尚学は“第3の男”と呼ばれていた田場典斗が先発し、大城諄来、饒平名麻貴人、津嘉山廉、そして最後は新垣有絃が締めくくって3対1で勝利。スタンドには末吉が投げると期待して多くの観客が集まっていた。試合後、監督の比嘉公也は末吉に言及せず、いつもにもまして深いシワを眉間に作って話した。

「無駄なフォアボールが多すぎで、よく1失点で終わったっていう感じなので、“何のために練習してるの? ”とピッチャー陣にはミーティングしようかなと思います。(末吉と新垣の)2人に頼りすぎてる学年でもあり、いつ怪我で投げられなくなるかもしれない。現状、ピッチャー陣に怪我が多いので、実戦経験を積む意味でも投げさせられたのは良かったです」

6月の招待試合もベンチ外でグラウンド整備
 
4月18日から九州大会が始まった。「優勝を狙う」と宣言した比嘉は、背番号1の新垣を中心にローテーションを組み、決勝までコマを進めた。
決勝戦は同じ沖縄代表のエナジック。夏の沖縄県大会でも一番のライバルとなるチームだけに、全力で勝ちにいって苦手意識を持たせるのか、それとも手の内を見せずに戦うのか、思案のしどころでもあった。比嘉は後者を取った。饒平名から田場、大城と継投し、試合は1対5で敗れる。

結局九州大会では一度も末吉の登板はなく、県内外のファンや関係者の間で故障説がまことしやかに語られるようになった。結論から言うと、故障は事実だった。問題はどの程度、重症なのかだ。5月になっても練習試合で末吉が投げたという情報は一切入ってこない。

高校野球の5月、6月は夏に向けてチーム力を強化する期間であり、熾烈なベンチ入り争いの時期でもある。沖縄は離島の学校のスケジュール的な兼ね合いもあり、6月中旬に夏の大会が開幕する。ゆえにチームの仕上がりは他県に比べてかなり早い。4月上旬から1カ月半もの間、末吉は一切ボールを投げず、地道なトレーニングに没頭したという。

「柔軟はもちろん、指の中の筋肉であったり、肘のインナーを鍛えたりしていました。投げられない期間に筋肉が落ちないようにプライオボールとトランポリンを使って、腕にちょっとした刺激を入れていました」

グラウンドに出ると仲間たちの張りのある声が聞こえてくる。孤独感と無力感が募り、心が抉られていく。監督の比嘉からは「今は投げるな。我慢するのも野球だ」と声をかけられ、両親からも「今は無理するときじゃない」と繰り返し伝えられた。不安と焦燥を押さえつけながらリハビリを続け、5月末にようやくキャッチボールができるようになった。

夏の県大会前、沖縄県では高野連主催の招待試合が行われる。今年はセンバツ準優勝の智辯学園が招待され、6月6日、7日の2日間にわたって沖縄尚学、エナジック、興南、名護と対戦した。
6月6日の第1試合で智辯学園は沖縄尚学と対戦した。ベンチ入りメンバーに末吉の名前はなかった。智辯学園にとっても、末吉と対戦できると見込んでの遠征だったはずだ。取材をしながら、これは異常事態だと認識した。末吉は他のベンチ外メンバーと共に試合前と5回終了時にグラウンド整備を行い、スタンドで応援をしていた。

「左肘靭帯損傷の疑い」比嘉監督は“疑い”を強調した
 
試合後、末吉の状態について比嘉を直撃した。

「本人は『投げられる』とは言っていますが、将来がありますので……。たぶん間に合うとは思うんですけど、様子を見ながらですね。表現は難しいですけど、目先にこだわらずに怪我をさせちゃいけないと思うので、しっかり将来を視野に入れながら考えていきます。彼も後悔はしたくないとは思うので、病院やいろんな方としっかり相談しながらやっていきます」

珍しく歯切れが悪く、慎重に言葉を選んで答えている印象を受けた。地元の記者が「九州大会のときに左肘靭帯損傷の疑いという話でしたが」とぶつけると、比嘉は意を決したように口を開く。

「そうですね、たぶん僕が今肘を診断しても“疑い”って出ると思うんです。左肘靭帯損傷の疑いという診断だからといって、大怪我ではないかなと思いますね」

比嘉はあくまでも“疑い”だと強調した。そのため広義的にも捉えられるが、左肘靭帯損傷と公言したからには単なる肘の違和感では済まない。問題は損傷がどの程度なのか、だ。仮に断裂ならば夏には到底間に合うはずもない。靭帯が少し伸びた程度なら保存療法で治癒することもあるが、夏の大会まで2週間のところでベンチから外れた事実は、症状が決して軽くはないことを想像させた。

比嘉の発言はもちろんオフレコではなく、数人の現地メディアの前で話したことだ。筆者は夏の県大会には間に合わないだろうと考えた。いやむしろ、間に合ったとしても、末吉の未来を守るためにも投げさせないでほしいとさえ思った。その後、末吉は背番号10で県大会のメンバーに登録された。九州大会に続き、背番号1は新垣が背負うことになった。

末吉が故障した原因は、2年夏から3年春までに蓄積された疲労と無関係ではないだろう。プロ野球でさえも半年のシーズンが終われば2カ月間の完全オフに入るのに、17歳の少年が夏の県大会、甲子園、U-18ワールドカップ、秋季大会、秋季九州大会、センバツ、そしてU-18代表候補合宿と、息つく暇もなくずっと緊張状態だったのだ。
試合で投げ込んだ球数そのものは酷使というほどではなかったかもしれない。だが、実戦に次ぐ実戦の緊張が絶え間なく続くなかで、成長途上にある高校生が心身ともにどれだけ疲弊するのかが考慮されていなかったのではないか。試合での投球数だけでなく、高強度の試合で投げるためにブルペンで肩を作る頻度も鑑みれば、実際の負荷は相当なものだったはずだ。

行政までもが「地元のスター」を求めていた沖縄でのU-18ワールドカップを取材した身からすると、末吉の故障は起こるべくして起こった事象のように思えてならなかった。だとすれば監督の比嘉にも責任の一端はある。もちろん無責任に物語を消費する我々メディアも、大人として負い目を感じるべきだろう。少なくともこの時点まで、筆者は本気で義憤に駆られていた。

「この夏はバッティングを見てください」
 
6月13日、全国でもっとも早く夏の沖縄県大会が開幕した。第1シードの沖縄尚学は23日に沖縄水産と対戦した。同日は沖縄戦の“慰霊の日”。約20万人の戦没者を追悼し、平和を誓うための県の公休日だ。沖縄で一番特別な日であり、沖縄尚学の初戦ということもあって黒のかりゆしウェアを着込んだ多数の地元メディアが球場に駆け付けた。灼熱の太陽の下、厳粛な雰囲気が漂うなかスターティングメンバーが発表され、スタンドはざわめいた。

末吉の名が「7番・DH」でボードに刻まれたのだ。ベンチ入りこそしたものの、出場は難しいのではと思われた末吉がバッターとしてスタメン。もともとチーム1のパワーの持ち主なだけに、「投げること」以外に問題がないのであればDHでの起用も頷ける。

先発は、昨年春のセンバツを経験している背番号11のサウスポー久高大瑚。このときは130km台前半の速球と変化球を織り交ぜながら、緩急で打ち取るタイプというイメージを持っていた。
序盤、沖縄尚学は打ちあぐねるが、終わってみれば5対0の完勝。まずは順当に初戦を突破した。試合後、末吉はこう話した。

「出してもらっているからには絶対に1本ヒットを打ちたい気持ちがあったので、3年間の集大成である最後の夏の大会でしっかりヒットを打てたことは良かったと思います」

ピッチングについて聞くと「いやまあ、投げない期間が長くなって、自分の野球観も改善されたというか……。これだけいいピッチャーがいるので、焦ることなく一つひとつ自分の課題をクリアしていって、試合で万全の状態で投げられるように持っていきたいと思います」と返答した。

怪我の状態については「部分損傷、部分断裂……。“疑い”ですけど」と、ほんの一瞬だけ目が泳いだ。頭の回転が速く、冷静沈着な末吉の目が泳ぐのは珍しい。瞬時に思った。この夏の登板は難しいのではないか、と。最後に末吉が笑顔で言った。

「この夏はバッティングを見てください」

どこか吹っ切れた表情だった。監督の比嘉にも聞いた。

「怪我とか痛みとか意識しすぎると結局その先はないと思うので、多少はちょっと痛みに強くならないといけないんじゃないかなとは思いますね。これは無理に投げさせるのとは違う話なので。7月以降に投げるかどうかはわかりません」

怪我が発覚した時点で「7月までは投げられない」と語っていた比嘉は、なおも明言を避けた。顔つきは厳しいままで、やはり深刻な状態だと推測せざるを得なかった。

「たぶん投げられるんですけど、どうですかね」
 
7月4日、3回戦の読谷戦。DHとして4番に入った末吉の4打数2安打2打点の活躍もあって、9対0で快勝。先発の久高は、ストレート、スライダー、カーブのコンビネーションで読谷打線を寄せ付けず、7回1安打、12奪三振と完璧なピッチングを披露した。試合後、末吉は再び囲み取材で現状を語ってくれた。

「いつマウンドに立つかどうかは比嘉先生が決めることなのでわからないんですけど、できれば次の試合からどうにか調整していけるように、とは思ってます。ピッチング自体は本調子ではないんですけど、 140kmは超えるぐらいまでは投げられています。靭帯の痛みはなく、その周りの筋肉の張りが強くなっている感じなので」

打撃で結果を残したこともあってか饒舌に語りながらも、ピッチングについては慎重に言葉を選び、自分に言い聞かせるように話しているのがわかる。それでも自信をうかがわせる末吉の表情から、わずかに希望の光が見えた。比嘉にも再び末吉のピッチャー起用の有無を尋ねた。

「まあ、ブルペンでは投げていますし、たぶん投げられるんですけど、どうですかね。来週明けにシートバッティングして、その球筋を見て判断しようかなと思ってます」

報道陣用に含みを持たせた“かわし”の発言にもとれる。表情から真意を読み解くのは難しい。末吉の登板があるのかどうか、いよいよわからなくなった。

              <続く>

📝熊本代表の有明、予定通り出場 高校野球
https://news.yahoo.co.jp/articles/55bf433db44d0e97349a64c369ffbd066e3c8c23

熊本県で震度7を観測した地震で、全国高校野球選手権(8月5日開幕、甲子園球場)に春夏を通じて初めて出場する熊本代表の有明の中野賢哉野球部長は28日、予定通り出場すると明らかにした。

「揺れはあったが、(学校に)大きな被害はない」とした。29日に予定していた県庁への表敬訪問は中止し、30日に出発する。 
2026/07/28(火) 22時16分04秒 No.2553 編集 削除