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宏鈴法師(管理人) MAIL URL

お知らせ

編集済
⚾今日のセンバツ甲子園試合結果(1回戦)
3日目第1試合 東洋大姫路(兵庫)-花咲徳栄(埼玉) 9:03~10:55
          一二三四五六七八九十計HE
      花咲徳栄000000030 331
      東洋姫路000001010 292

3日目第2試合 日本文理(新潟)-高知農(高知) 11:31~13:25
          一二三四五六七八九十計HE
      日本文理020231000 892
      高 知 農000100000 163

3日目第3試合 専大松戸(千葉)-北照(北海道) 14:02~15:40
          一二三四五六七八九十計HE
      専大松戸000400000 491
      北  照000000000 040

⚾明日のセンバツ甲子園組み合わせ(4日目 1回戦)
    09:00~ 神戸国際付(兵 庫)-九州国際付(福 岡)
 ☆☆ 11:30~  近 江 (滋 賀)-大垣 日大(岐 阜)
    14:00~ 山梨 学院(山 梨)-長崎 日大(長 崎)

📝<センバツプレーバック・和歌山>向陽(2010年・21世紀枠) 伝統を力に、45年ぶり勝利 
https://news.yahoo.co.jp/articles/10c28c0235b3fd2f7fe59de2fd0c4f8c418f0cce

36年ぶりに21世紀枠で出場した向陽は旧制海草中時代の1939、40年に夏の全国連覇を達成した。特に39年夏には嶋清一投手が全5試合を完封。準決勝、決勝は無安打無得点試合まで記録した。嶋さんは学徒出陣で戦地へ向かい、45年3月にベトナム沖で戦死した。21世紀枠の選考では嶋投手の生涯から、生徒が平和について学んでいる点も評価された。

1回戦の相手となった開星(島根)は好投手と強打者を擁した強豪だったが、投手戦の均衡を破ったのは向陽だった。四回に四死球と暴投で2死一、三塁とし、大槻司選手が右前に運び先制。長田龍誠選手の打球も左前に落ちる二塁打となり、2点を先行した。味方打線はこの試合3安打だったが、確実に好機をものにした。開星は走者を再三出したが、右腕・藤田達也投手がスライダーを低めに集めて力投。1点差に迫られた九回1死三塁は連続三振に仕留めて、試合を終わらせた。

2―1で競り合いを制した藤田投手は「伝統を力に変えようと、嶋さんを思い浮かべながら投げた」。石谷俊文監督は「バッテリーが成長した。こんなに伸び伸びやるとは思わなかった」とたたえた。同校としては45年ぶりの甲子園勝利だった。

敗れた開星の監督が試合後に「21世紀枠に負けて末代の恥」と語り、発言の責任を取って辞任したことが話題になったが、「世間からの脚光も浴びてチームとしては勢いに乗ることができた」と振り返る選手もいた。2回戦で準優勝の日大三(東京)に敗れたが、全国屈指の強豪相手に1―3と大接戦を演じて世間を沸かせた。

👣「すごいサイン」百戦錬磨の東洋大姫路・岡田監督もうなった花咲徳栄の奇襲
https://news.yahoo.co.jp/articles/21a51cd1085ae2b82008adf487ad1a46bd48402a

<センバツ高校野球:花咲徳栄3-2東洋大姫路>◇21日◇1回戦◇甲子園

百戦錬磨の東洋大姫路・岡田龍生監督(64)も、8回の花咲徳栄の攻撃に意表を突かれた。1点リードを追いつかれ、なおも1死満塁。相手2番・鈴木の1ストライクからの2球目で、前進守備から内野を下げた。「(バットの)芯に当たる確率が高いから、前にいる方がヒットゾーンに飛ぶなと。それなら芯食って正面に行ってゲッツー取れる方が確率が高い」と読んだ。だが相手はランエンドヒットを仕掛け、遊ゴロの間に二塁走者もホームへ。この3点目が勝敗を分けた。

二塁走者の生還は「三塁コーチャーの判断がよかったのか。ちゅうちょしていたら回っていないでしょうから。あの辺の練習もされているのか。あそこでエンドランていうのは、ちょっと僕の中では選択肢がないんで」と想定外だった。

学校初の3季連続出場の今春。下山の好投に勝利で報いることができず。「あのエンドランはすごいサイン」とうなった一方で、ピンチを招いた守備のミスを悔やんだ。

▽東洋大姫路・下山(6回1死まで無安打無得点投球を続け、岡田監督から満点以上と評される)「甲子園ってこともあって気持ちも高ぶって、球はすごく良かった。(8回は味方が)エラーしても抑えるのが投手だと思うので、力を入れたんですけど」

👣【センバツ】21世紀枠が初戦25連敗 15年松山東の勝利が最後 最高成績4強2度も…近年は苦戦続く
https://news.yahoo.co.jp/articles/91cc3805cffc0be95ba4af0f89c0233ad7852d1f

◆センバツ第3日▽1回戦 日本文理8―1高知農(21日・甲子園)

21世紀枠で選出され、春夏通じて初出場の高知農は、日本文理(新潟)に敗れ、甲子園初勝利はならなかった。後攻で0―4の4回1死一、三塁、6番・栗山典天(のあ)右翼手(3年)が、日本文理の先発右腕・染谷崇史(3年)から右前適時打を放ち、記念すべき同校の甲子園初得点。だが、その後さらに点差を広げられ、聖地初勝利は遠かった。エース右腕の山下蒼生(3年)は8点を失うも、133球を投げ抜いた。

これで21世紀枠での選出校は、長崎西に続いて敗退。一般枠での選出校相手の初戦で25連敗となった。2015年に松山東(愛媛)が二松学舎大付(東京)に勝利したのが最後となっている。
21世紀枠は2000年からセンバツ大会に導入された特別枠。秋季都道府県大会ベスト8以上(参加校数が128校以上の9都道府県はベスト16以上)で、部員不足や過疎などの困難な条件を克服したり、他校の模範になるなど、戦力以外の特色も加味して選ぶ。

都道府県連ごとに推薦された候補校をさらに9校に絞り、選考委員会で例年は2校が決まる。同枠出場校の最高成績は00年の宜野座(沖縄)、09年の利府(宮城)のベスト4。だが、近年は苦戦が続いている。

✌77歳11カ月4日の専大松戸・持丸監督「甲子園の校歌って本当にいいな」 穏やかな笑み センバツ最年長監督勝利記録
「選抜高校野球・1回戦、専大松戸4-0北照」(21日、甲子園球場)

77歳の持丸修一監督は「甲子園の校歌って本当にいいなって思いました」と穏やかな笑みを浮かべて勝利を喜んだ。

エースの門倉が119球を投げ4安打完封。「もうちょっと悪いかなと思ったが、思った以上に良くて、リリーフの用意は全然しませんでした」とたたえた。九回はピンチを迎えて伝令を送ったが「別に1点取られてもいいんで、アウトカウントを優先した方がいいんじゃないかっていうことで、一応タイムを取って伝えました」と説明。「本人らも分かってましてね。分かってる、分かってるって感じで」と頼もしい選手に目を細めた。

茨城県の竜ケ崎一、藤代、常総学院、千葉県の専大松戸を率いて甲子園に出場。「やっぱり人間的に良くなるも悪くなるも、結構甲子園のグラウンドっていうのは教えてくれますね」と大舞台に感謝した。

4月17日には78歳になる持丸監督。77歳11カ月4日でのこの日の勝利は、選抜での最年長監督勝利となったが「別にそれは全然感じてなくて。ただやってるだけで。やってる人がいれば、できそうな感じがしますけどね。みんなに頑張ってほしいですね」と謙遜。あらためて甲子園での勝利について「うれしいですよ、いつまでも甲子園の勝利は。でも九回が終わってからでないとそういう感覚は持てませんからね。最後の1球まで」とかみしめた。

🎤【馬淵史郎 我が道20】夏の甲子園初優勝 星稜・山下監督、松井秀喜から祝意
https://news.yahoo.co.jp/articles/f354c87910540a223dc5455c0843f33121e97f79

02年(平14)の夏の甲子園、3回戦で常総学院(茨城)に2本塁打で逆転勝ちしてから、もうミーティングはする必要がないと決めた。厳しい練習を経て、チームは強くなったという手応えはあった。「あとはお前らでやってみい」と森岡良介主将(元中日、ヤクルト、現楽天コーチ)らに試合を任せた。ずっと立ち続けていた甲子園のベンチでも、守備の間は座ることが多くなった。

明徳義塾にとって鬼門だったベスト8、ベスト4の壁も突破した。準々決勝では西村健太朗(元巨人、現巨人コーチ)がいた広陵(広島)に7―2で勝つと、準決勝では鎌倉健(元日本ハム)がエースだった川之江(愛媛)に10―1。練習試合で5点ビハインドの9回に6点を取ってサヨナラ勝ちしていた。選手たちも「普通にやれば勝てる」と自信を持っていたね。

監督として初めて甲子園の決勝に進んだ。8月21日の決戦の相手は智弁和歌山。高嶋仁監督とは何度も練習試合をしてきたが、甲子園で対戦するのは初めてだった。先発の田林正行くんも、準決勝で攻略した鎌倉と同じ右のサイドハンド。球筋もイメージできていた。

決勝前夜はいろいろ取材もあって、夜が遅くなった。選手には「ゆっくり寝とけ」と起床も遅らせた。でも自分は眠れなくてな。宿舎を出て、24時間営業の喫茶店で時間をつぶしたりしていた。朝も早めに集合場所の公園に行ったら、もう選手は集まっていた。ジョギングをしていた森岡が言った。「監督、今日は男にします」。感動するよな。大人が演出したんじゃなく、子供たちが自然にやってくれる。どんな結果になろうと、もう悔いはなかった。

1点リードした4回の守備が分岐点になった。1死二、三塁。相手5番にカウント1―2となったところで高嶋監督が3バントスクイズを仕掛けた。全く頭にはなかった。それでも田辺佑介―筧裕次郎(元オリックス)のバッテリーは冷静やった。しっかり外して、三振ゲッツー。「バッテリーの呼吸で外すんや」と言ってきたことをやってくれた。その裏に田辺、山口秀人の本塁打も飛び出し、7―2で初優勝を果たした。
 
監督としては一生、優勝できないんじゃないかと思ったこともあった。選手たちが男にしてくれた。男として生まれてきて良かった。明日死んでもいい。そう思ったら、涙が止まらなかった。宿舎では優勝旗に頬ずりして、一晩だけ抱いて寝た。

あの時、92年(平4)の星稜戦での「松井5敬遠」から10年。「帰れ」コールを浴びた甲子園で拍手を受けることができた。長かった。優勝の翌朝8時半に星稜の山下智茂監督から「おめでとう。先にやられたな」と電話を頂いた。松井秀喜からも関係者を通じて「おめでとうございます」のメッセージが届いていた。10年目の悲願達成だった。

🎤2026年春のセンバツ 監督突撃インタビュー
元プロ野球選手の九州国際大付・楠城祐介監督に聞いた「給料」「世襲の損得」「指導法」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/385530

楠城祐介監督(九州国際大/42歳)

22日に神戸国際大付(兵庫)と戦うのが、監督交代後、初の甲子園出場となった九州国際大付(福岡)だ。前監督は西武や楽天で長年スカウトや編成担当として活躍した楠城徹氏(75)。2023年に退任し、元プロ野球選手でもある息子の楠城祐介監督に後を譲った。そんな楠城監督を直撃した。

──楠城監督は08年ドラフト5位で楽天に入団し、ヤクルトに移籍して13年までプロでプレー。指導する上で、プロと高校生との違いは感じますか?

「高校生というかアマチュアとプロとの一番の違いは、基礎練習の反復です。これはプロの方が圧倒的に多い。メディアではプロ野球選手の華やかな部分が多く紹介されますが、実際は地道な反復練習をひたすらこなすのがプロ。僕は実績はありませんが、いろいろと見聞きはしている。そこを今の子たちに伝えることが、僕にできる一番のことと思っています。特に今の時代はSNSや動画で、情報があふれ過ぎている。それを見ただけでうまくなる、と思っている子も多いんです。僕の小学生の息子も野球をやっていますが、『今日は練習したか? 素振りしたか?』と聞くと、『YouTube見たよ』と、動画を見て勉強した……そんな感じなんですね。でも、反復練習の大事さは僕が口を酸っぱくして言っているので、部員は理解しています」

──監督就任の経緯を教えてください。父親の楠城前監督が学校に推薦したのですか?

「それもあったでしょうけど、父が70歳を越えた時に学校から監督の打診があったんです。僕は16年に『コーチが足りないから来てくれ』と父に言われ、3年間だけの約束でコーチになったんですけどね(笑)。だから学校側の『そろそろ若い指導者に』という打診にも、最初はノーと言いました。その後は何度も話し合い、父からも『ぜひともやってくれ』と言われたので……」

──結果として世襲であることに非難はありましたか?

「直接言われることはあまりないですけどね。仲のいい人は冗談で言ってきたりしますが……。日本は世襲を嫌がる風潮なので、そこもわかります。ただ、僕もずっと父と比べられ、プロに入ってからも、常に父の名前がついて回りました。はじめの頃は相当悩みましたよ。でも、いろいろと考えるうちに『父の息子であることに悪い部分もあれば良い部分だってある』と思うようになりました。どんな立場でも良い悪いは半々だと」

──恩恵も?

「僕が高校野球の監督をする上で、一番大事にしているのが卒業生の進路です。そこは父が長年、スカウトで培ってきた人脈、つながりがあり、そこは僕も恩恵を受けられる。『ああ、楠城さんの息子か』と可愛がってもらえることもある。卒業生の進路という点では大きいですね」

──現在、楠城前監督は何をされているのですか?

「野球部顧問として残ってもらっています。普段は中学生を見て回ったり、試合や練習でアドバイスをもらうこともあります」

──現在は事務職員。給料はどうですか?

「給料まで聞くんですか?(苦笑) 父や(前々監督の)若生さんはいわゆる職業監督でしたけど、僕は正規の事務職員ですから、普通の私学の事務職員と同等の額しかもらってませんよ」 
2026/03/21(土) 22時12分40秒 No.2342 編集 削除