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📣なぜ野球は9回が最適か 7回制が生む“不平等”…甲子園出場監督が指摘「野球離れが進むかも」
https://news.yahoo.co.jp/articles/a3a0a5216b55f3925d843cb4e2733cbefe63321c

2028年春から導入検討の「7イニング制」、高松商業・長尾監督が語る野球の本質

野球は他の競技に比べて、勝敗が決まるまでに長い時間を要する。屋外スポーツであることから酷暑による体への影響も考慮し、高野連は2028年春の選抜大会から「7イニング制」を導入することを検討している。高松商業の長尾健司監督は「導入されれば新たなルールに則って指導するつもりだし、今までにない面白みがあるかもしれない」と話すも、どちらかと言えば「反対やな」と語る。高松商を甲子園に導いた長尾監督が、野球の本質と、9イニングを戦うべき理由を説いた。

検討されている「7イニング制」は、公式戦では2025年秋に滋賀県で開かれた「わたSHIGA輝く国スポ」で初めて実施された。従来の9イニング制と比べると30分から1時間ほど試合時間が短くなることから、出場選手からは疲労の蓄積が少ないというポジティブな意見もあったが、監督や指導者からは、競技の特性が変わってしまうこと、記録の継続性が失われることなどを理由に、ネガティブな反応が多かった。

大きな変化が起きる際には摩擦が生じやすい。新しい制度の欠点を突くのではなく、長尾監督は「野球が9イニングじゃないといけない理由、分かる?」と記者へ質問を投げかけ、100年以上続く「9イニング制」と、それによる教育的意義を説明しはじめた。

なぜ9イニングが最適なのか。長尾監督によると、野球とは得点数を競い、「打率.300に達すれば良い打者と言われ、そのための練習をしている」競技だという。「9イニングの場合、バッターが1試合にフル出場すれば、どんなに素晴らしい投手と対戦することになって抑えられたとしても、(27個のアウトを取られるまでに)1人3回は打席が回る。打率3割を打てるようになれたら(計算上は)ヒットが1本打てるってことやろ」と理由を示した。

「失敗を取り返す機会がなくなって、楽しくないと感じる子が増えるだろうね」
 
3割打者がフルイニング出場したら、1、2回目の打席でアウトになっても、3回目の打席で“成功する確率”が高い。野球には、サッカーやバスケなどと違って、対戦する2チームに力の差があっても平等に攻撃するチャンスが巡ってくる。これが試合終盤にドラマが生まれる根源でもある。

だが「7イニング制」では3打席が保障されなくなる。「どんどん出塁できれば1人3回打席に立てるけど、ヒットを打てずに抑えられ続けたチームは、上位打線以外のほとんどの打者が2回しか打席に立てなくなる。完全試合は滅多にないけど、(試合中に)失敗を取り返す機会がなくなって、楽しくないと感じる子が増えるだろうね」。

指導者も子どもの成長を感じづらくなり、充実感を失う可能性も考えられる。イニングが短くなることで「野球離れが進むかもしれない」と長尾監督。「審判が言う『ストライク!』って、日本語で『打て!』って意味。だからバッターは絶対に打たないかん。そのためには3打席回らないかんのよ」。バッティングは失敗する確率の方が高い。だからこそスタメン全員に、平等に“成功のチャンス”が与えられることを長尾監督は願っている。

📝<四高野球―いま・むかし―>/4止 科学的思考で再び前へ 甲子園見据え、ブレずに練習 
https://news.yahoo.co.jp/articles/feae787fac375192f453592cadeabbf7c50515da

文部科学省の「スーパーサイエンスハイスクール」にも指定され、進学実績がより目立つようになった四日市高校の野球部は2024年春、20人の新入部員を迎えた。例年の12~13人に比べて多いだけでなく、能力の高い選手が集まった。
制球力が持ち味の田中新投手と強打の捕手・得平達仁選手。さらに村瀬智哉二塁手と貞任宏槻遊撃手、そして伊藤遼祐中堅手と、センターラインに好選手がそろった。加藤敬三監督は「このメンバーを見た時『ひょっとしたら』と思った」と明かす。

十分な勉強時間を確保するため午後7時に完全下校、平日の練習時間は約2時間。しかもグラウンドは他の部活動と共用。チームは創意工夫と持ち前の科学的思考で「制約」を乗り越えようとしている。練習では毎日、各個が目標を立て、実行し、フィードバックすることの繰り返し。フリー打撃やノックをよそに、ティーバッティングを繰り返す選手がいればブルペンに入る投手、ストレッチに打ち込む選手もいる。自主性重視と自由度の高さが特徴だ。

昨年12月に取材した際、フリー打撃はケージを外野ではなくバックネットに向けて四つ並べていた。ケージの後ろでは内野ノック。ベースの位置を意識せず、スローイングは抜きで捕球に専念している。高校野球経験のある筆者の目に「ダイヤモンド」を意識しない練習が新鮮に映った。

「あれだと球拾いの手間が省けるし、3基しかない照明灯で照らせる広さなので日が落ちても大丈夫。守備の送球は少し暖かくなってからですね」と加藤監督。こうした練習方法は選手たちが考案したものだという。

昨夏の三重大会は2回戦で強豪・海星と4―5の接戦を演じた。これが自信となり、多くのレギュラーが残った新チームは、秋季大会で近年甲子園を経験したいなべ総合や宇治山田商を連破。25年夏の代表校・津田学園に敗れた準決勝も終盤までリードしていた。学業と両立してつかんだ県4強。それが21世紀枠の候補になった理由だった。

センバツの選考委員会があった1月30日、四日市高校では、生徒が研究の成果を披露する「四高版科学の祭典」が開かれていた。
体育館では、得平選手が「バットの材質と打球速度の関係」について発表した。同じ条件下で5種類のバットを用いて打球速度を測定し、低反発バットの一つが最も打球速度が出やすいことを突き止めたという内容。実際にそのバットを使っているという。また、大村穣太郎選手(2年)は「初球の入り方の重要性」を研究。試合のスコアシートから記録を抽出するなどして「ボール球を見逃した時の出塁率が5割」に達するとの結果を得た。こうしたデータはチームで共有されている。

その日の午後。選考委員会の発表で「四日市」の名が呼ばれることはなかった。だが、隯海生主将は「選ばれる可能性があるというだけでモチベーションが上がり、励みになった。これからもブレずしっかり練習していきたい」と前を見据えた。その視線の先には夏の甲子園がある。=おわり

☝県岐商で甲子園4強の夏から約半年…横山温大が岐阜聖徳学園大で大学野球生活スタート 目標は首位打者のタイトル
https://news.yahoo.co.jp/articles/d8b9105f3724b9612b26703a87e4b0d10b4b9227

昨夏の甲子園を沸かせた県岐阜商の横山温大外野手(3年)が、進学先の岐阜聖徳学園大での大学野球生活をスタートさせた。生まれつき左手指の一部が欠損しているハンディを感じさせないプレーで、チームの16年ぶり甲子園4強に貢献したあの夏から約半年。「もっと上のレベルでやりたい」という目標に向かい、新天地でも野球に打ち込む。

東海地区大学野球連盟の岐阜県学生リーグに所属する岐阜聖徳学園大。岐阜県各務原市出身の横山は「岐阜県は住みやすくていい場所だし、地元の人に身近なところで活躍を見てほしい」と進路を決めた。14日から練習に合流し、ハイレベルな練習に食らいつく日々を送っている。

高校3年夏の岐阜大会で打率5割2分6厘を残し、甲子園でも5試合で5安打3打点の好打者。「打率を稼げる打者になりたい」と首位打者のタイトル獲得を目標に掲げる。甲子園でヒーローになってもおごることはなく、大学でも縁の下の力持ちに徹する。「自分がチャンスメークして、デカいバッターに返してもらえたら」。髪が伸び大人っぽいいでたちになっても、あどけない笑顔は変わらない。

高校1年の10月に「球速も伸びないし、思い切ってバッターで勝負しよう」と投手から野手に転向。2年秋から代打や代走で出場機会を得て、最後の夏にレギュラーまで上り詰めた。自ら道を切り開いて、大舞台で輝いた。甲子園に出たことで「社会人だったり、レベルの高いところでもっとやりたい気持ちが強くなった」と向上心も高まった。

岐阜聖徳学園大は元中日投手の近藤真市監督(57)の下、全国から好選手が集い、特に外野はチーム内競争が激しい。高校時代のようにコツコツと努力を重ね、居場所をつかみ取る。

📝人気先行で「組織票かな」 2軍調整中に球宴選出…「もう嫌」を変えた夏の甲子園
https://news.yahoo.co.jp/articles/77c2c3570a840b9eb3d684d9e40e119411a3614b?page=1

太田幸司氏は高卒1年目から2軍調整続くも注目された

三沢高時代に甲子園を沸かせた元近鉄の太田幸司氏(野球評論家)がプロで“きっかけ”をつかんだのは高卒3年目の1972年だ。2年目オフからフォームをスリークオーター気味にして、真っ直ぐ、カーブだけでなくシュート、スライダーも駆使するスタイルへの“改造”に着手。その成果が徐々に出始めた。舞台は甲子園、相手は巨人の王貞治内野手と長嶋茂雄内野手で「松坂じゃないけど、自信が確信に変わった」試合もあったという。

甲子園のアイドル球児という看板を背負って1969年ドラフト1位で近鉄入りした太田氏の成績は1年目25登板で1勝、2年目14登板で0勝。2年目はシーズン中に投球フォームもバラバラの絶不調に陥り、一時は引退も考えるほどに落ち込んだが、ある寺の住職に「甲子園で投げていた太田幸司を捨ててみなさい」などと言われて、気持ちを切り替えてフォーム改造などに取り組みはじめた。3年目はいわば再スタートの年だった。

すぐさま結果を出せたわけではない。新しい形を自分のモノにするまでには時間がかかった。1972年シーズンは、開幕9戦目の4月22日の南海戦(日生)で初登板。1-7の8回に3番手でマウンドに上がったが、門田博光外野手に一発を浴びるなど、1回4失点。その後は2軍調整が続いた。それでも人気は相変わらず絶大だった。「そんな中でオールスターのファン投票があって、また1位でしたからねぇ」。

これで入団以来、3年連続で球宴にファン投票選出。人気先行と言われることに抵抗を感じながらも選ばれてしまうのだから、どうしようもない。「何か組織票でもあるのかなって思ったくらいでした」と苦笑するが、この3年目は、これまでとちょっと違った。まずは球宴前の前半最終戦の7月20日の西鉄戦(平和台)に先発のチャンスを得て、2失点で初完投勝利。1年目の1970年4月19日のロッテ戦(藤井寺)以来のプロ2勝目をマークしたことが大きかった。

「オールスターに0勝じゃなくて1勝で行けた。それも最初の(プロ)1勝目はおこぼれみたいな(味方の)サヨナラホームランで勝ったけど、(プロ2勝目は)自分の力で、スライダーやシュート、自分の新しいピッチングスタイルで勝てたということで、何とか行けるかな、みたいな自信めいたものを持ってオールスターに行けたのでね」。2年目オフから取り組んできたことへの手応えをついに感じたのだ。

球宴で長嶋茂雄に“禁断”のシュート攻勢
 
3度目の球宴、太田氏の出番は7月25日の第3戦だった。舞台は思い出いっぱいの甲子園、そこで全パの阪急・西本幸雄監督から先発に起用された。相手の全セ先発は阪神・江夏豊投手だったが、臆することなく腕を振った。そこには球宴特有のお祭り感覚はない。新しいスタイルがセ・リーグのスター選手たちに通じるか。その思いで勝負に挑んだ。結果は3回1失点で敗戦投手になったが「あれがまた、僕の野球人生の大きな転機になりました」と話す。

忘れられないのは3回の投球だ。無死から四球と失策の走者を置いて、阪神・池田祥浩外野手に右前適時打を許し、その後だった。このピンチで3番・王、4番・長嶋のON砲を打ち取った。「ノーアウト一、二塁だったかな。王さんを外スラで泳がせてショートフライ。で、長嶋さんはシュートでセカンドゴロゲッツー。天下の長嶋さんに普通、オールスターでシュートは投げないよ。ぶつけたらえらいことだからね。でも、あの時の僕はそんなことを言っていられなかった」。

それは太田氏にとって最高の結果だった。「マスターしたてのスライダーとシュート、これは使えると思った。あれで新しい太田幸司のピッチングというのが、松坂じゃないけど、自信が確信に変わった」。これより27年後の1999年5月16日に西武・松坂大輔投手はオリックス・イチロー外野手と西武ドームで初対戦し、3打数3三振1四球に抑えて「自信が確信に変わってきました」とコメントしたが、その“名言”を例にするほどの感触だったということだ。

「このスタイルで行けるというオールスターだった。それまでは『もうオールスターに出るのは嫌だよ』って言っていたんだけどね。あの時、場所が甲子園だったというのも何か因縁めいていてねぇ……。僕のある意味、プロのピッチャーとして、野球人として新しくスタートしたのが、あのオールスターだったかなと思いますね」

3年目の太田氏は後半戦初登板となった8月10日の西鉄戦(平和台)に先発で7回2/3、4失点で勝利投手。その後は白星をつかめず、16登板(8先発)2勝1敗、防御率3.90に終わったものの、引退をも考えた1年前の2年目オフと違って、3年目オフは気持ちも完全に前向きだった。「次の年から6勝、10勝、12勝かな。(2年目オフに)辞めなくてよかったですよ」。きっかけはプロ3年目のON封じ。また“夏の甲子園”でレベルアップへの道を切り開いた。

📝高校野球で素朴な疑問「普通の公立校は…仙台育英に勝てる?」《昨夏は県ベスト4》宮城トップ級進学校に聞く“番狂わせの起こし方”「量より質に逃げない」
https://news.yahoo.co.jp/articles/7693085d3d74c126dfa4c89286dd3d6698908d2e

2025年の夏の宮城大会で39年ぶりにベスト4に進出した仙台一高。県内ではトップ級の進学校として名高い同校だが、コロナ禍の中行われた2020年の独自大会以来、5年ぶりのベスト4に進出した。そんな仙台一高の前に、準決勝で立ちはだかったのが強豪・仙台育英だった。

実は2020年の独自大会でも仙台一高は準決勝で仙台育英と対戦している。会場も2025年と同じ石巻市民球場。結果は2020年が1対7、2025年が1対8の7回コールドと、どちらも点差をつけられて敗れている。両年ともに県ベスト4という結果を残した一方で、跳ね返された超強豪の壁。5年越しに直面したこの結果について、選手たちはどう考えているのだろうか? 2年生で唯一スタメンだった島貫晃輔は、仙台育英の印象をこう振り返る。

「もちろん力の差はありましたし、試合に後悔はありません。ただ、『もしこうしていたら……』とか考える余地のあるプレーはいくつもあったんじゃないかと思います」

王者・仙台育英の印象…「“正しい努力”を積めば」
 
代打で出場し、ヒットを放った2年生の田原口慈も振り返る。

「仙台育英は強かったです。でも、絶対に勝てない相手だと思ってしまったら本当に勝てない。ここから全員が“正しい努力”を積めば勝負できるはずだと信じています」

コールドでの敗戦を経験したうえでなお、選手たちは前向きだった。仙台育英は、強い。それでも勝てる可能性はゼロではないと思うことができているという。ではその仙台育英との差はどこにあるのか。勝利には何が足りないのか。

「仙台育英さんに負けたその日に新チームでミーティングをしました。ゲームを振り返ってみると、ヒット数はたいして変わらないんです。でも、相手のヒットは苦しい時の長打であったり、連打であったり、チャンスでの一本だったり……やはり勝負強いなと感じました」そう振り返ったのは夏に途中出場した千葉悠成だった。

冬の課題は「とにかく数を振る」…最後は“地力”の意外
 
千葉の言う通り、両チームのヒット数は仙台一高が7本、仙台育英が9本と決して負けてはいない。むしろ6回までは仙台一高がヒット数で仙台育英を上回っていた。一方で、仙台一高は7本のヒットすべてが単打だった。仙台育英は9本中4本が長打、そのうち2本がホームランと、長打力の差が顕著に現れていた。選手たちに冬の練習で意識しているテーマを聞いても、「とにかく数を振る」という回答が多かった。どれほど策を練ろうと、最後の勝負所でモノを言うのは地力でしかない。そのリソースをどこに割くのかを、夏の大会での敗戦を通じて選手たちは感じ取ったということだろう。新チームでは4番を務める田原口はこう続ける。

「この冬はチーム全体として『量を重ねる』ことをテーマとしています。それは投手も野手も関係ないです。自分たちが今までの方法では結果を残せなかったので練習方法の根底から変える必要がありました。量を重ねてパワーをつけています」

では、指揮官の千葉厚監督は、仙台育英をはじめとした強豪私学と勝負するための「ポイント」をどのように考えているのだろうか? 千葉監督は選手たちよりもより戦略的な面から答えを返してくれた。

「もし勝つ確率を上げるとするならば――序盤の体力が削られていないところで強いチームと当たることだと思います」

全国から選手が集う仙台育英をはじめ選手層が厚い強豪私学チームと比べると、公立校である仙台一高は大会終盤にどうしても疲労が出てきてしまう。2025年の夏は、エースの藤田拓実が3回戦と準々決勝の2試合連続で完投していた。特に準々決勝は延長10回を完投しており、そこから中2日での準決勝、仙台育英戦だった。だからこそ、千葉監督は「番狂わせを起こすのであれば序盤」だと考えている。その点では「シードであることが必ずしも有利に働くとは限らない」とまでいう。そのため、夏のシードを決める春の大会をどう戦うかも重要であると語る。戦術的な面としては「ロースコアの展開に持ち込まないと勝つのは難しい」と千葉監督は語る。

「選手たちが口にしているように、打力の差は埋めないといけないですから、練習ではどんどん振らせます。でも、波が少ないのは、やっぱり守備と走塁なんですよ。これをより高めていく作業をした方が、たぶん公式戦向きになると思うんですよね」

その考えの裏には、強豪私学の分厚い投手層の存在がある。仙台育英が好例だが、140キロ、150キロを投げる投手が複数人いるチームを相手にすれば、チャンスを作っても危なくなればすぐに継投されてしまう。実際に昨夏も、仙台育英の先発・梶井湊斗を攻め立てて2回、3回と連続でチャンスを作ったが、すぐ別の投手に代えられてしまい1点しか奪えなかった。

「勝つ確率を上げるという考えは難しくて、負けない確率を上げていく。どうしたら負けないかということを、とことん突き詰める。だから10対9のゲームは作ろうと思っていなくて。勝てるとしたら1対0のゲームです」

とはいえ長打力をあげつつ、守備力も高めていく……というのは当然ながら難しい。単純に膨大な練習量が必要になってくるからだ。

重要なのは「“量より質”に逃げない」こと?
 
だからこそ千葉監督は「“量より質”に逃げないで欲しい」と主張する。

「勉強も結局、取り組んだ時間が大事なんですよね。野球も同じで、量の中に質を求めていく」

仙台一高は1日の授業が終わるのは15時40分になる。その後、仙台市中心部の校舎から、およそ7キロ離れた沿岸部にある専用グラウンドまで移動しなければならないため練習開始は16時30分、練習時間は2時間30分と限られている。この限られた練習時間で、いかに量をこなすかの工夫は、学生コーチをはじめとした部員自らが考えている。田原口が語った冬季練習のテーマに象徴されるように、その考えは監督から直接言われなくても選手たちへと浸透している。もうひとつ千葉監督が「番狂わせに必要」と語ったのが、試合に臨む心構えだ。選手たちに対し、「大学生になったつもりで野球をやりなさい」と伝えているという。

「やっぱり相手を上に見ちゃったら、絶対に勝てない。相手へのリスペクトは持つけれど、試合をする前から勝てないと思ってしまったら絶対に勝てない。実際の実力はともかくとして、そうやって思えるメンタルが重要で」

そのためには部員の精神的な成熟度合いを上げる。そうすれば強豪校を相手にしても、名前で負けないようになる。地域の小中学生を対象とした野球教室などの行事は、そういった面でも効果的なのだという。一方で、仙台育英をはじめとした強豪私学の存在は、同時に目指すべき目標にもなる。

「仙台育英は日本一にもなっていますし、それ以外にも実力のある高校が近くで刺激をくれるのはありがたいですね。そこを目標に頑張らなきゃいけないという目印があって、我々はすごく張り合いがあると感謝しています」

また、強豪私学に勝つことだけが目標ではない、とも千葉監督は強調する。

「我々の目標はあくまで甲子園に行って、勝つことですから。どんなルートであれ、そこに近づくことが重要なのかなと思っています」

実際に21世紀枠の東北代表となった2023年の秋季大会では、王者・仙台育英が東陵に敗れ、その東陵に3位決定戦で勝利して東北大会に進出している。目標はあくまでも甲子園だからこそ、仙台育英に勝つことに固執しているわけではないのだ。こうした合理的な考え方は、公立の進学校ならではなのかもしれない。

野球部員から東大合格者も…「文武両道」の秘密は?
 
こうしたストイックな野球部生活を送る一方で、仙台一高の硬式野球部からは東大・京大をはじめとして、全国の難関大学に多くの合格者を輩出している。文武両道を標榜する高校にあっても、実際の野球部員が受験の面でも結果を残しているケースはそう多くはない。では仙台一高はなぜ、野球と勉強の両面で結果を残すことができているのだろうか? 

             <次回へつづく>
2026/02/26(木) 22時32分14秒 No.2313 編集 削除