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💢西日本短大付・西村慎太郎監督解任された 新庄監督と同級生 不服で労働裁判へ
https://news.yahoo.co.jp/articles/da686af775bca65c829503c8a48ff6beeca5a0a7

西日本短大付(福岡)の西村慎太郎監督(53)が14日、10月に野球部の監督を解任されたことが分かった。

解任理由は就業規則違反によるものとし、西村氏は「現時点で、話せることはないです」と具体的な内容を明かさなかった。現在は社会科教諭として教壇には立つも、野球部の指導からは離れている。ただ「監督解任」処分に不服があると主張。弁護士を立て、今後は労働裁判を行う意思を固めている。

西村氏は同校OBで日本ハム新庄剛志監督(53)と同級生の間柄にある。選手の「個性」を尊重する指導に徹し、24年夏、25年春、25年夏に県勢70年ぶりの3季連続甲子園出場に導いていた。

👣今夏甲子園出場の東大阪大柏原「柏原魂忘れずに…」生徒募集停止で東大阪大敬愛で創部し引き継ぐ
https://news.yahoo.co.jp/articles/124b8db95641212975097c24bbfeaef5eef6521b

今夏大阪代表として甲子園に出場した東大阪大柏原の野球部OB会・後援会総会が13日、大阪市内で行われ、将来的に同じ運営母体の東大阪大敬愛(大阪)で野球部を創部して引き継ぐと発表された。同校は先日、2027年度以降の生徒募集を停止すると発表。運営する村上学園の村上靖平理事長(74)が同会で「卒業生には申し訳ない。柏原のいい部分は敬愛で引き継いで、新しいものを作り上げようと考えている」と話した。

東大阪大柏原と東大阪大敬愛の両校に部員がいる間の公式戦への出場の形は検討中。ただ、東大阪大柏原に部員が残る間は現状通りに土井監督と西川豊史部長(37)の体制をとり、東大阪大敬愛は新たな指導者となる。

東大阪大柏原の閉校後は土井健太監督(36)に東大阪大敬愛の監督も託す意向。村上理事長は「柏原も今年14年ぶりに甲子園に出たところで、今日お集まりのみなさんも残念だと思うんですけど、うちの学園としては東大阪に敬愛高校がある。野球部は実績があるのでうまく敬愛に引き継いでいければと考えている。柏原のDNAを引き継いで、新たな敬愛として甲子園に行ければ」と期待を寄せた。

土井監督は東大阪大柏原の閉校後に東大阪大敬愛の監督を務める意向を示されたことに「そこにつながっていければやることは変わらない。今と同じ思いで、より思いを持ってやっていきたい」と背筋を正した。閉校前に再び甲子園出場への思いを持つ。28年夏が最後となる予定で、「今日のOB会で柏原への思いを感じた。まずは残りの3年でもう1度甲子園に戻って、柏原の名を刻めるように、現場の人間として前を見続けてやっていきたい。柏原魂は忘れずに続けていきたい」と決意を語った。

📝甲子園塾が全日程終了 小倉氏「選手と一緒になって練習して」軟式指導者にも門戸広がる
https://news.yahoo.co.jp/articles/217f3912f4587a904bb90881fb4b30b12d868bb9

日本高野連が若手指導者育成を目的として実施する甲子園塾が14日、大阪府摂津市内の練習場で行われ、今年の全日程を終えた。
2泊3日の研修会は今年で18年目を迎えた。原則、教員資格を取得して10年未満の指導者を対象とし、年度内に2度開催している。今回は軟式6人を含む33人の指導者が参加した。

最終日は、天候不良のため屋内練習場で実施。特別講師を務めた金足農(秋田)の中泉一豊監督や高校日本代表前監督の小倉全由氏らが、屋内でも実施可能な練習方法を若手指導者に惜しみなく伝授した。中泉監督は「甲子園という場所は、行くと決めないと届かない場所だと思う。また、高校野球の歴史なども僕自身も学ぶことができ、もっと学びたいと思える3日間になりました」と振り返った。

研修を終えた受講者33人に塾長の正木陽技術・振興委員長から修了証が授与された。正木氏は「日本高野連の思いや歴史を理解し、指導に生かしてほしい。僕の現役時代にも、このような学ぶ機会があれば、もっといい監督になれたのにな…と思います」とコメント。小倉氏は「若い時に学んでいれば、もっといい指導ができただろうな…と思うことが多かった。若い先生方には、選手と一緒になって練習してほしい。“すぐに学校に戻り、この雰囲気で指導したい”と言ってくれたことが嬉しかった」と振り返った。

比叡山(滋賀)軟式野球部で顧問を務める雲林院寿文さんは「日本高野連さんの取り組みにより軟式の知名度も上がり始めた。この火を消さないように精進したい」と振り返った。

☟千葉の高校野球選抜、台湾遠征の14日壮行試合は中止 悪天候予想で
https://news.yahoo.co.jp/articles/c7bf50c1699639456b608521c53d4828e0277f31

千葉県高校野球連盟は、14日に船橋市民球場で予定していた、台湾遠征に臨む高校生選抜チームの壮行試合を中止すると発表した。天候不良が予想されるためで、今後の試合予定はないという。

選抜チームは高校2年生17人で構成。24~30日に遠征して台湾の4校と対戦する。

📣本堂広場と方丈庭園を修復 京都・上京区の勝巖院、CFで支援呼びかけ 住職は元高校野球監督
https://news.yahoo.co.jp/articles/8f2631f7617dc00a0611e2a76adafde139e8d8a2

高校野球の監督と寺の住職という「二足のわらじ」を長年はき続けた男性がいる。4年前、監督を退き、コーチに就任。同時に軸足を寺へと移し始めた。ユニホーム姿から法衣姿に改め、荒廃した寺の庭園修復を目指し、クラウドファンディングでの費用集めに全力投球する。

男性は立田歓学さん(57)。京都工学院高硬式野球部のコーチとして選手を指導する傍ら、浄土宗の勝巖院で住職を務める。
小学生で野球と出会った立田さんは、北稜高に進み、創部間もない硬式野球部に所属した。高校1年のとき、立田さんの野球人生を決定付けた試合があった。1984年7月19日。北稜高は太陽が丘第1球場で、古豪・西京商(現西京高)と対戦した。

北稜高は三回、四回と得点を積み重ねて3点をリードしたが、終盤の九回表で同点に追いつかれた。直後の九回裏、北稜高は代打の部員がサヨナラ打を放つ劇的勝利を飾った。立田さんは「みんな泣いていた。涙を流して喜ぶうれしさを伝えたい」と強く思い、将来も高校野球に携わると誓った。

大学進学後は勉学に加え、浄土宗の住職になるための資格取得に励んだこともあり、バットを握らない日もあった。それでも卒業後、職員として配属された紫野高で監督に就任。同時期に祖父から勝巖院住職を受け継ぎ、野球部監督と住職の「二足のわらじ」生活が始まった。

1週間のうち多くの時間は野球部監督に費やし、合間に寺の法務を行った。午前中に檀家の法事を営み、午後から練習という日もしばしば。特に秋の彼岸の時期は、秋季京都府大会の日程に重なる。日程を調整し両立を図った。紫野高以降、塔南、伏見工、日吉ヶ丘の各高校の硬式野球部で監督を務めた。
校内練習だけでなく、近隣府県での練習試合にも出かけた。東海大仰星高との対戦では、元プロ野球巨人の上原浩治さんがいた。敦賀気比高との試合では米大リーグで活躍する吉田正尚選手がいたことを思い出として語る。

「野球は人間力。人間を高めないといけない」。立田さんは住職であることを生かし、法話の要素を交えながら、部員に接したこともあったという。

2021年に監督を後進に譲った。ユニホームより法衣を着る機会が増えたこともあり、寺の整備に注力することにした。
寺の本堂と方丈前に広がる庭園は約300平方メートル。2基ある石製五重塔のうち1基は住職就任時から倒れたままだった。
今年10月からクラウドファンディングを開始し、整備費用を募る。完成後を見据えて「新たな庭園は人間の力が宿るような場所にしたい」と期待を込めて語る。住職として新たな試練に立ち向かっている。

クラウドファンディングは来年1月14日まで京都新聞社が運営する「THE KYOTOクラウドファンディング」で受け付ける。

⚾岩手さんへ
神谷監督は長年沖縄の公立高校を率いていたようで、中部商・浦添商・美里工などを歴任されたはずです。もともと公立高校の学校の先生で、甲子園に出るまで30年近くかかったようでかなりの苦労人だったんでしょうね。
浦添商時代に夏の甲子園8強くらいまで上がった記憶があります。美里工でもセンバツ出場したはずだし、複数の高校を甲子園に導いた手腕が高く買われてエナジックスポーツが食指を延ばして短期間でセンバツ出場となったんでしょうね。

校名よろしくスポーツに特化したチームのようだし、実績のある監督が広告塔となって有望な中学生を囲い込めば短期間で強くなるのは自明の理でセンバツ1勝して『ポップコーンスマイル』が弾けましたが・・・・・。

個人的にはガチガチの管理野球がダイスキなんで和智弁と2回戦で対戦した折には負けたくなかったですが、ナカタニのがんじがらめのサイン徹底した管理野球がなんとか3時間近いゲームを9-4で制したものの、、、、、相手の無謀な走塁がなければもっと点差が詰まっていたかヘタすりゃ大逆転負けもありえそうな展開でしたね・・・。

甲子園請負人といえば・・・9月に篠山産を解任された長澤監督もそんな感じでしたね。もともと夙川学院のソフトボール部で実績を上げてアトランタ五輪のヘッドコーチを任され、なぜかしら共学化した神村学園に異動して高校野球界に転身して創部3年でセンバツ準優勝したまではいいが、その数年後に暴力事件で謹慎喰らって、環太平洋大学の監督に就任し、ベル学園が共学化され創志学園と校名変更して大学から高校に籍を移し創部丸1年オール新2年生でセンバツ出場を果たすも岡山では甲子園出場しても初戦敗退か1勝どまりで・・・・・。
70過ぎて門馬監督招聘が理由なのか?退任させられ、父親のふるさとである篠山市から声がかかりスポーツ振興課の課長だったか?兼務で篠山産の監督に就任しつつも2度目の暴力事件で解任と。。。

今も昔もは口で諭しても分からない子もいるので、鉄拳制裁で体で覚えさせるのが教育的指導!で手っ取り早かったですが、時代が許さないですか・・・・・。

僕は人生振り返って若い人たちと話しする機会はそう多くないのですが。。。。。「近頃の若い奴らは・・・ってよく言うけれど、自分の頃よりだいぶマシ!」という唄もありますが、だいぶどころか相当人間出来ている印象を受けますね!

最低限度年上に対しての言葉遣いは訓練されているし、イエスマンではなく自己主張はきっちりできるし、根がイイ子が多いのになあと思ってます。そのまま順調に育ってくれたら良いのですが、人間どこかで間違った方向に進むこともあるので・・・・・。最近は体育会系でいじめが多いことがクローズアップされてますが、世の中平和になって欲しいです。
2025/12/14(日) 22時21分46秒 No.2184 編集 削除