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⚾明日の熱闘甲子園組み合わせ(6日目 1・2回戦)
    08:00~ 県岐 阜商-日大 山形
    10:30~  北 海 -東海大星翔
☆☆☆ 13:00~ 高川 学園-未来 富山
    15:30~ 豊橋 中央-日 大 三

💢広陵が出場辞退 野球部内の暴力事案による騒動の渦中に
https://news.yahoo.co.jp/articles/539a8c9e5ad430f323768c365e70ba8163abe68f

第107回全国高校野球選手権大会で、今年1月に起きた部員の暴力事案による騒動の渦中にある広陵(広島)が10日、出場辞退を発表した。

同校は1月に寄宿舎「清風寮」で2年生部員(当時)計4人が、1年生部員(当時)1人に対して、胸や頰をたたくなど暴力を伴う不適切な行為をしたと6日に発表。被害生徒は3月末で転校したとした。

日本高野連は5日に同事案について、3月に厳重注意の措置をしていたと発表。翌6日には、大会本部も「主催者としては、第107回全国高校野球選手権大会出場の判断に変更はありません」としていた。

だが7日の1回戦直後に日本高野連は、別の事案を訴える元部員からの情報提供があったと発表。学校側は「元部員の保護者からの要望を受け、第三者委員会を設置し、現在調査中」としており、高野連では第三者委員会の調査結果を受けた学校の報告を待って、対応を再検討していた。

✌「高校野球には派手すぎる」厳しい声も…甲子園“ド派手ユニフォーム”青藍泰斗、監督が明かす「生徒数が減少傾向で…」「学校名アピールしたい」
https://news.yahoo.co.jp/articles/41ab312fe6fc15e306922a0062ea8064fb104089

青藍泰斗高校の学校案内に野球部の写真が掲載されている。白色を基調にブルーのストライプが流れるユニフォーム。どこかで見たことがあるようなベーシックなデザインだ。胸に刺繍された「青藍泰斗」の文字はサイズ感もフォントも控えめだ。それが昨秋、ガラリと一新された。帽子にユニフォーム、ソックス、アンダーウェアの基調色はコバルトブルーで統一。スクールカラーを前面に打ち出した。さらに白色で抜かれたストライプの本数が、倍近く増えた。派手である。と同時に、見ているだけで爽風が吹き抜けるような清涼感も覚える。

青藍泰斗は栃木県佐野市にある私立校だ。校名が「葛生」時代の1990年に、1度だけ夏の甲子園に出場している。現在の部員数は3学年合わせて69人。OBに石川翔(中日ドラゴンズ/2017年ドラフト2位)、益子京右(DeNA/2018年ドラフト5位)らがいる。

今夏の栃木大会は劇的だった。決勝で、栃木の絶対王者・作新学院をタイブレークの末に4-3で破り、宿願だった甲子園出場を決めた。

対戦相手が決まった抽選会直後の取材の場で記者が監督に「ユニフォーム、かっこいいですね」と話しかけると、青年監督は照れ笑いを浮かべた。「ははは。ありがとうございます!」。8月14日に28歳になる青山尚緯は、今大会最年少監督でもある。

「じつは生徒数が減少傾向にありまして…」

――デザインは監督が? 

「ストライプを入れる・入れないとか大枠の部分はスタッフや選手たちと相談しながら決めました。色合いもいくつか候補を上げて、どっちがいいかな? と話し合って。ストライプの太さとか、細かいところは私が決めましたが。唯一無二のユニフォームがいいだろうということで」

――この代は1年生から主力を担ってきたんですよね。甲子園を狙って気を新たに、ユニフォームを一新したと。

「そうです、そうです。あと、青藍をもっとアピールしていきたいというのがあって。本当に言い方はあれですけど……話題性をもたせて。注目してもらいたいなというのもあったので。スクールカラーが青で名前も青藍泰斗なので。昨秋に変えました」

――なるほど。たしかに出場校の統一アンケートにある応援団の箇所で「チアダンスサークル7名で活動。部員募集に苦労しています」と記載されていました。

「野球部は部員数に困っているわけではないんですけど……学校全体の生徒数が減少傾向にありまして。年々、少しずつ減っているんです。だからユニフォームをきっかけに名前を覚えていただければ、と(笑)。少しでも学校名を発信できればうれしいです!」

――それで実際に今夏、作新学院を決勝で破った。甲子園で「カッコいい」と話題になってますし、大成功ですね。

「ありがとうございます! その意味でも、本当に縁起がいいユニフォームです」

――これまでの高校野球で見られなかったユニフォームなので異論もあったりするんですか? 

「ああ……8:2ぐらいです。2ぐらい、あります(笑)。派手すぎるとか、奇抜すぎるとか。どなたが言っているかはわからないんですけど、インターネット上のコメントとかなので。ごく一部で、あまりよく思ってないコメントも見たりします。でもほとんどの方の感想はポジティブです。かっこいいって言ってくださることのほうが多いですね」

下馬評では青藍泰斗を上位進出候補に挙げる声も少なくない。新ユニフォーム元年の今夏、聖地で“青藍旋風”を起こせるか。

💢甲子園取材の裏で「美談探しに疲弊」「球児からセクハラ」 記者5人が語る「聖地」の不都合な真実
https://news.yahoo.co.jp/articles/474a8a7e2d6318c5b09956dd6e5609e8e7f82bb5?page=1

真夏の太陽が照りつける甲子園。白球を追いかける高校球児のひたむきな姿、アルプススタンドの大歓声、そして試合後に流れる涙──。テレビや新聞が伝えるその光景は、野球ファンの心を打ち、夏の風物詩として扱われてきた。しかし、その輝かしい物語を紡ぐメディアの裏側では、一体何が起きているのか。

弁護士ドットコムのニュース編集部には、かつて甲子園取材の最前線にいた記者が5人いる。今回、テレビ、新聞、スポーツ紙と、それぞれ異なる立場から見た「もう一つの甲子園」について座談会を開いた。

●輝く聖地の裏側 「物語」を求めるメディアの狂騒

──早速ですが、みなさんの甲子園取材で最も印象的だった「現実」からお聞きしたいです。ちまたに溢れる感動的なイメージとは違う部分はありましたか?

記者B(元スポーツ紙):今になって思えば、僕にとって甲子園取材は、選手の体験をひたすら「消費」する「作業」でしたね。読まれるというより、キャップから求められるのは決まって、家族の死、友情、病気を乗り越えた、といったエピソード。それを短時間で集めるために、選手たちのパーソナルな面に土足で踏み込んでいく。紙面を埋めるために必死でしたが、今思うと、彼らの体験を食い物にしていただけではないかと感じます。

記者E(元新聞社):わかります!本社から「こんなネタあったら共有しろ」というシートが配られるんですよ。そこには、地震や豪雨など自然災害に見舞われた選手や学校、身内に不幸があった選手などの項目があって…。開幕前はまだしも、担当校が勝ち進むと本当にネタが尽きてくる。ベスト4まで行ったときは、正直『まじで勘弁して』って思ってました(笑)。勝つたびに、次は何を書けばいいんだと頭を抱えていました。

記者D(元新聞社):「いい話を書け」というプレッシャーは異常でした。上司から常に「逆境を乗り越えた的なエピソード」を求められ、精神的に追い詰められましたね。時間もないから、どうしても型にはまった記事になる。「天国で見守るおじいちゃんのために打ててよかった」とか…。本人がそこまで深く考えていなくても、物語になるように“盛って”書いてしまう。罪悪感はありました。

記者A(元テレビ局):テレビも同じですよ。特に30分の特番を組むなんてことになると、「3分ルール」が重くのしかかる。主催局以外の局は、同じ番組で使える甲子園の映像が、試合後のインタビューも含めてたったの3分なんです。これではドラマチックな物語なんて作れません。結局、学校に選手を集めてトーク形式にしたり、球場外のイメージ映像だったりで尺を稼ぐしかない。高校生の大会をここまでビジネスにするのか、という疑問は常にありましたね。

●メディア格差と異常な取材環境

──「3分ルール」ですか。主催社とそれ以外のメディアで、そこまで明確な差があるとは驚きです。

記者E:格差は露骨ですよ。朝日と毎日は球場内に専用の記者室があるのに、他のスポーツ紙なんかは狭いスペースにすし詰め状態で、見ていてちょっと気の毒になるくらいでした。

記者B:一番うらやましい、いや、ズルいと思ったのは、幹事社の記者が選手と宿舎で一緒に過ごしたり、バス移動まで共にすることですね。「報道機関が取材対象とあまりに一体化しているのでは?」という気持ちと、「近くでじっくりネタ取りしやすくていいな」という汚い感情が半々ありました(苦笑)。

記者E:私も「朝日の記者は球児たちと宿舎が同じで、一緒に朝食食べたりしてるらしい」と聞いて、正直「主催者の特権」のように感じました。

記者D:取材環境自体も過酷です。地方大会だと1日3〜4試合を1人で担当する。試合中は活躍した選手の親御さんを探してスタンドを駆け回り、写真を撮るために一塁側、三塁側、バックネット裏と移動し続け、試合が終わった瞬間に監督や選手を囲み、次の試合が始まるまでに原稿を書き上げる。昼ごはんを食べる暇なんてまったくありませんでした。

記者A:テレビ局もワンクルー(記者1人、カメラ1人)が基本なので、常に時間との勝負。試合終了のサイレンが鳴り、両校の選手が礼をする、あの拍手の瞬間までは絶対に映像として押さえたい。でも、すぐに取材ブースに移動しないとインタビュー時間がなくなる。終了後すぐに移動できる新聞記者が本当にうらやましかった。

●「彼氏いるの?ヤってる?」女性記者が受けたハラスメント

──過酷な労働環境に加えて、記者がハラスメントを受けるといった話も聞いたことがあります。

記者C(元新聞社):思い出したくもないですが…。密着取材を続けるうちに、記者に慣れてきた高校生たちから「彼氏いるんですか?ヤってますか?」とか「合コン行くんですか?ワンナイトとかありました?」とか、平気でセクハラ発言をされました。聖地とか教育の場とか言われている裏で、こんなことが起きているのかと。

一同:うわぁ…。

記者C:さらに呆れたのは、同僚の男性記者たちです。取材先の甲子園に近い宿舎から「これから風俗行ってくるわ」と堂々と出ていく。高校生たちがプレーする野球の取材に来て、夜はそれか、と。そもそも、スポーツ紙や運動部は男性記者が圧倒的に多く、取材でも自然と彼らが優先されているような空気を感じました。

記者A:他のテレビ局をみても、甲子園の担当には若い女性アナウンサーが起用されることが多かったように思います。「そのほうが監督や選手に喜ばれるから」という計算もあったのではないでしょうか(笑)。僕が担当したときも、監督から「〇〇アナ(女性アナ)が良かったなぁ」なんて軽口を叩かれましたから。

記者B:うちの紙面では、もっと直接的でしたね。「かわいい女子」を探すコーナーがあって、観客席やチア、吹奏楽部にいる子に声をかけるんです。大会期間中に「だいたい何人」というノルマも課せられていました。

●消費される球児 歪んだシステムの末端で

──選手だけでなく、記者自身も追い詰められるのですね。

記者D:全国紙では、地方支局に配属された新人記者が高校野球担当になるのが"お約束"です。僕もそうでしたが、中にはCさんのように、野球のルールすら知らないまま現場に放り出される記者もいる。

記者C:本当に辛かったです。野球部のマネジャーだった同期に頭を下げて、プロ野球観戦に付き合ってルールを教えてもらったり、スコアの付け方を習ったり…。もちろん、それらの費用は自腹です。なぜ、こんな思いをしてまで野球を取材しなきゃいけないのか。他のスポーツにも素晴らしい大会はたくさんあるのに、野球だけが異常に手厚く報じられる現状には、ずっと疑問を感じています。

記者D:取材の難しさもあります。高校球児って、まだ表現が幼い子が多いんです。質問しても「気持ちで打ちました」みたいな、ふんわりした答えしか返ってこない。そこからどう具体的な話を引き出すか、半ば強引に"物語"を組み立てる技術を訓練させられているような感覚でした。

記者E:強豪校のプロ注目選手とかは、もうメディア対応に慣れすぎてて愛想がなかったり(笑)。逆に距離を詰められなくて困りました。だから自分でアンケートシートを作って配ったりもしたんですが、まあ、あんまり書いてくれませんでしたね。

●書けなかった「不祥事の芽」 報道と教育の狭間で

──最後に、今の高校野球報道に対して思うことをお聞かせください。

記者D:担当校を取材する中で、主力選手が突然試合に出なくなったことがありました。他の選手に話を聞くと、どうも何か不祥事を"やらかした"らしい、と。でも、学校側は何も言わないし、裏付けがまったく取れずに何も書けなかったんです。最近、強豪校での暴力事案などが表に出るようになりましたが、あのとき書けなかった一件も、そうした問題の氷山の一角だったのかもしれない、と思います。

記者B:メディアが学校や連盟と一体化しすぎている側面は、間違いなくありますよね。それが結果的に、不都合な真実への"忖度"や"見て見ぬふり"につながっているのかもしれません。

記者C:そもそも論として、やはり「なぜ野球だけがここまで特別なのか」という問いに立ち返るべきです。この過剰な報道合戦が、選手を追い詰め、記者を疲弊させ、時に歪んだヒーロー像や感動ポルノを生み出している。一度立ち止まって、高校スポーツ報道のあり方そのものを見直す時期に来ているのではないでしょうか。

記者A:高校野球は「ビジネス」の色が濃すぎると感じます。インターハイや国体など他競技の全国大会では入場料を取らないのに、高校野球は地方大会ですら入場料をとりますし、地元で開かれた国体でも高校野球だけが有料でした。甲子園に関して言えば、主催は大手新聞社。こうしたお金の流れが、報道のあり方を歪ませているのではないかと感じます。

──華やかな甲子園のイメージとはかけ離れた、過酷で、時に矛盾を抱えた取材現場の実態が浮き彫りになりました。高校野球という巨大なコンテンツとどう向き合うべきか、メディア自身のあり方が問われているのかもしれません。

📝「大社高校、今年は出てないのか…」島根“ほぼ出雲市出身の公立校”が早稲田実業に番狂わせ→ベスト8…旋風から1年、大社の今は? 現地記者が密着
https://news.yahoo.co.jp/articles/8847444210f612f5e8c80243ed8cc7ba6d7991d3?page=1

昨夏の甲子園でベスト8入りを果たした公立校・大社。現地記者が見た「大社旋風“その後の1年”」

今年の甲子園出場校にあの高校の名前はない。1年前の甲子園で主役に躍り出た、島根代表の大社である。

最強世代だった昨年…旋風の振り返り
 
32年ぶりの復活出場を成し遂げた古豪は、初戦でセンバツ準優勝の報徳学園を、2回戦では長崎の甲子園常連校・創成館を下した。そして、3回戦では東の名門・早稲田実との延長11回に及ぶ死闘を制して93年ぶりの8強に食い込んだ。

ベンチ入り選手のほとんどが学校のある出雲市内出身の公立校が次々と強豪を撃破していく――明快で劇的な快進撃は見る者を魅了し、いつしか「大社旋風」の呼び名が定着した。8月下旬まで甲子園の戦いが続いたことで、新チームの始動が遅れ、秋の島根大会は初戦敗退。監督の石飛文太はそこからチームを再構築し、春は県準優勝にまで押し上げた。

高校野球では、しばしば“勝負の年”などの言葉が使われる。様々な要因が絡み合って好選手が集い、好結果が期待できる世代が出現することがある。その意味で、昨年の大社は勝負の年だった。甲子園3勝の最大の原動力となった、勝気な好左腕の馬庭優太(現・東洋大)。石飛が「一番、勝つために適しているキャプテン」と評した、主将で正捕手の石原勇翔(現・大阪体育大)。遊撃手として内野を束ね、打席での状況判断にも長けた藤江龍之介(現・大阪経済大)。甲子園で快足を披露し、石飛が掲げた「日本一速い」の金看板を実証してみせた、リードオフマンで中堅手の藤原佑(現・徳島インディゴソックス)。バッテリー、内外野にそれぞれ役者がそろい、かつ下級生時代から公式戦経験を積み上げて、中心選手へと成長した。甲子園に出場する以前から「毎年が勝負」と繰り返していた石飛だが、並々ならぬ思いでチームを仕上げてきたのは明白で、島根県内でも「この代に懸けているようだ」と、しばしばささやかれていた。

レギュラーほぼ入れ替え…今年は?
 
勝負の年と言われ、それに違わぬ、いや、それ以上の見事な結果を残したのが前チームだった。それに対し、2025年のチームで昨年から主力を張っていたのは、二塁手の安井貫太のみ。早稲田実との3回戦で代打出場し、三塁線への「神バント」を決めた安松大希ら、甲子園で起用された選手は数名いたものの、レギュラーは総入れ替えに等しかった。戦力ダウンは明らかで、県内の高校野球関係者からも「夏連覇は難しいだろう」と目されていた。

ただ、いつの時代も有望な中学球児の心をつかむのは、甲子園出場という事実である。昨年の躍進を見て、大社に憧れを抱いた選手は多いはずで、事実、昨夏の甲子園後には、ある広島の有力私立校の監督が、「ウチにほぼ決まっていた地元の選手が、『大社に行きたい』と言い出して大変だったんですよ」とぼやいてもいた。

「連覇は難しくとも、次なる『勝負の年』で、また甲子園に出場すればいいじゃないか」。多くの人々がそう思っていただろうし、誤解を恐れずに言えば、大社の一部OBからもそれに近い空気を感じたこともあった。だが、石飛は違った。

連覇を狙った石飛監督…結果は?
 
選手として、コーチとして、そして監督として。石飛は甲子園出場を逃し続けた32年間の多くを当事者の立場で過ごした。大社のOBであり、現在チームを預かる立場として、多くの選手、指導者が涙した32年間を「苦痛な時間」と称する。

勝てないことで生まれた現場とOB会の軋轢、校内での野球部の立ち位置など、歴代の現場の指導者や選手をがんじがらめにしていた、一つひとつの課題を2020年秋の監督就任以降に解消し、「選手たちが純粋に目の前の試合を戦える」(石飛)環境を整えた。さながら、いくつもの糸が複雑に絡み合ってできた塊を、結び目を探しながら、一本一本ほどいていく作業である。

石飛にとって、今夏の甲子園出場をみすみす逃すことは、せっかくほどいた32年分の糸に、次の32年につながりかねない結び目を付けるのと同義だった。だが、連覇を期して臨んだ夏は、険しい道のりだった。

今夏も劇的な試合あった
 
大社は春に準優勝したことで第2シードを獲得した。が、今夏の島根大会はノーシードの有力校が複数存在し、県内の高校野球関係者の間でも「組み合わせ次第で、大会の動向がガラッと変わる」とささやかれた。そして、組み合わせ抽選の結果、大社のゾーンは、ノーシードながら優勝を狙えると目された浜田、石見智翠館という実力校が入り込む“最激戦区”に。それでも、前年の旋風を思わせる好勝負を演じていく。3回戦で浜田と激突。最速150キロの本格派右腕・山田玲を擁する難敵だ。

大学進学が濃厚ながらも、最終確認をしようと視察に訪れたプロ球団のスカウトのスピードガンで150キロをたたき出すなど、この日も山田の直球は走っていた。だが、タイブレークに突入した延長10回、大社は、相手のバッテリーミスで無死二、三塁とした直後、主将である安井貫太がスクイズを決め、3-2でサヨナラ勝ちを収めた。試合後、石飛がゲームプランを明かした。

「(終盤まで)0-0でいくと思っていました。0-0でタイブレークに入ったら、最初からランナーがいるから、そこで1点取ればいいと。山田君を打てなくても0-0でいけばウチのペース。相手も相手で自分たちのペースと思うかもしれないけど、ウチの野球をやればいいんじゃないかって」

「ウチの野球」。すなわち「大社の野球」。石飛が描いていた勝利への道筋を聞くと同時に、昨夏が終わって間もないころに聞いた「大社の野球」についての話がよみがえった。

「大社の野球」とは?
 
夏の甲子園の戦いの振り返りを聞いている最中、石飛から「大社の伝統と聞いて、何かイメージできます?」と逆質問を受けた。私が答えに窮するやいなや、石飛が言葉を続けた。

「すぐは出てこないですよね。でも、これが『広商(広島商)の伝統』や『広商の野球』だったら、皆さんすぐに答えられると思うんですよ。バントを駆使した手堅い攻撃、緻密な走塁とか。でも、『大社の野球』ってイメージないじゃないですか」

大社野球部は1901年に創部され、120年を超える歴史を持つ伝統校だ。しかしながら、石飛の言うように、脈々と受け継がれてきた確固たる「大社の野球」があるかといえば、すぐには思い浮かばなかった。私が見てきた中でも、投手力を前面に出した時期もあれば、打撃に比重を置いた時期もあり、その時代、時代の指導者の色が反映されていたように思う。その中にあって、石飛が掲げたのが「1点にこだわる野球」だった。

                         〈つづく〉

⚾岩手さんへ
そうですか・・・ニュースで見ましたか。僕は夏の大会期間中なんで、試合観戦最優先で今年は2部制6日間(実質5日間)で中休みがあるとはいえ、早朝4時30分起床で自宅を出て熱さでダウンしつつ、夕方の部を夜までTV観戦したかと思えば、7時起床で午前の部2試合をTV観戦して忙しなく昼ご飯食べて13時45分出発でナイター2試合観戦して深夜の帰宅で疲労が重なりロクにニュースなんて見ていなかったので、何か騒がしいなくらいにしか思ってなかったですが・・・・・。

今にして思えば、旭川志峯を全力応援しておいた方が・・・・・14日4試合観戦するつもりでチケット買いましたが、1つ減りましたから↓↓

ちなみに僕は2日目・3日目・5日目と甲子園行きましたが、いずれもレフトスタンドにいたので他人の空似です!!

しかし、昨日は21時30分過ぎに早々に全試合中止発表されましたが、朝起きると・・・そんなに雨降っていなかったので午前の部2試合はできたと思うのですが。。。。それよりも明日の方がもっと雨量が多いはずだし、現時点で中止発表がないのは?????もう山形からバス数台甲子園に向けて走っているんでしょうね!
茨城でも14時間かかるとは驚きですが・・・・・。

津田学園は一応、同校初の甲子園1大会2勝達成!!2021夏の智弁和歌山や2022春の大阪桐蔭も理由は違えど不戦勝を挟んで4勝で全国制覇したので追い風が吹きましたね。綾羽高校勢いがあって侮れないですが、実現すれば03年の近江ー宇治山田商以来かな?滋賀VS三重の夏の対戦は。

関東一~紀州Rの選手は誰か全く分からないですね・・・。6年間で150人以上在籍していたと思いますが、、、、、
2025/08/10(日) 22時11分25秒 No.1942 編集 削除