REPLY FORM

以下のフォームから返信を行ってください
宏鈴法師(管理人) MAIL URL

お知らせ

編集済
📝矢上サヨナラ 決勝へ 8日、鳥取城北戦 山陰高校野球大会
https://news.yahoo.co.jp/articles/472360a2911d79511d4e0a2731ebfd7e773e2bdb

鳥取、島根両県の春の県大会上位2校が出場する第64回山陰高校野球大会が7日、松江市の松江市営野球場で開幕した。米子東(鳥取2位)と矢上(島根1位)、鳥取城北(鳥取1位)と大社(島根2位)が対戦し、矢上と鳥取城北が8日の決勝へ勝ち進んだ。決勝は同野球場で午前11時から始まる。

米子東―矢上。矢上は延長十回裏、無死満塁と好機を広げ、三塁走者の代走に三宅来武選手(2年)を送りだした。プレー再開。2球目だった。「ボールが捕手の後ろに流れたのを見て、すかさず走りました」。俊足を生かして本塁へスライディングし、サヨナラ勝ちを決めた。

中学2年生の時、広島市の陸上大会で100メートル走を制したこともあるというチーム一のスピードランナー。冬場に坂道ダッシュを重ねてスピードはさらに増した。

この日は今年初の公式戦出場。三塁走者として「最高のダッシュを切る」ことに集中したことが、瞬時の判断につながった。

これからも「自分の武器を生かしていきたい」。夏の島根大会に向けて準備を重ねていく。

                 ◇

米子東―矢上。米子東は4点を追う六回表、1死三塁の好機で5番の村上隆之助選手(3年)が打席に入った。レフトへ適時打を放ち、次打者の二塁打で三塁へ。暴投の間に本塁をつき、2点差。追い上げムードが高まった。

「練習をしていたイメージ通りのスタートが切れました。春の大会では結果が出せなかったので、山陰大会で悔しさを晴らしたかったんです」

八回にもレフトに適時打を放ち、同点に追いついた。延長となった十回。2死ながら満塁という場面で4番が打席に。「何とか自分のバットで」と念じていたが、打順は回ってこなかった。

「終盤の粘りがまだまだ。そこを克服して、夏を目指します」

                 ◇

鳥取城北―大社。3点を追う八回裏、大社は3連続安打で1死満塁とした。打席に入ったのは4番の西本翔選手(3年)。内角高めの直球を左翼線に運び、2点をかえした。「苦しい場面が続いていた。打てたんで、よかった」と振り返った。

相手投手に抑えられていたチームは勢いづき、後続の打者も適時打を放ち、同点に追いついた。

2点を許した直後の十回裏も2死一、二塁で打席が回ってきた。「まずは1人をかえそう」。ねらっていた外角の直球を左前にはじき返し、1点差に。大社らしい粘りのある野球を見せつけた。

自身はこの日、5打数4安打3打点の猛打賞。今春の県大会では打撃が振るわなかったというが、「感覚が戻ってきた」と手応えを感じていた。

📝矢上が鳥取城北を圧倒、初優勝 山陰高校野球
https://news.yahoo.co.jp/articles/b4810e6b04ba6060dc7813827ed3df6aab8ea721

第64回山陰高校野球大会は8日、松江市営野球場で決勝があり、矢上(島根1位)が14ー4で鳥取城北(鳥取1位)を下し、初優勝した。

矢上は三回、花田峻坪の左前打や岩野拓空の右中間三塁打など長短8安打を集中して10点を挙げ、試合を決めた。先発の和田蒼太は本塁打を浴びながらも4失点に抑えた。

🎤「強打智辯を作ったことは1回もない」 名将・髙嶋仁の“その気にさせる”指導術
https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/2025060600001-spnavi?p=1

元日本テレビアナウンサーで現在はフリーとして活動する上重聡さんが、高校野球の名将と対談するシリーズ。第2弾は智辯学園、智辯和歌山の両校で指揮を執った髙嶋仁さんをゲストに招いた。

今回は#1の模様をお届けしたい。両校を全国区の強豪校に仕立て上げた髙嶋さんの指導術とは? 知られざる監督就任までのエピソードや理想のチームづくりなどを交えて紹介しよう。

上重さんが智辯和歌山と対戦した時は…
 
話題は上重さんがPL学園在籍時の思い出からスタート。上重さんが2年生だった1997年秋、近畿大会1回戦で智辯和歌山と対戦。勝てばセンバツ出場に近づく大一番でPL学園が勝利を収めたのだが、髙嶋さんは「覚えていなかった」という。

それもそのはずで、同年夏の甲子園で智辯和歌山は優勝。新チームの立ち上げが遅れ、練習不足の中での激突だった。さらにエースピッチャーが腰痛で投げられず、代わりに投げた投手が打ち込まれた。当時の状況を説明した上で、髙嶋さんは上重さんに言う。

「普通の状態だったらPL学園に勝ってると思う(笑)」

いきなりの先制パンチである。このような感じで、髙嶋さんはユーモアを交えながら監督生活を語っていった。

選手を「絞っていた」

改めて髙嶋さんの経歴をたどると、1972年に智辯学園の監督に就任し、80年に智辯和歌山へ転任。2018年に勇退するまで、3度の優勝含む春夏合計38回の甲子園出場を果たした。

何と言っても強烈だったのは2000年の夏の大会。チーム通算11本塁打&100安打、1試合4本塁打(PL学園戦で!)の大会記録を樹立。真っ赤な「C」の人文字とともに「猛打の智辯」の印象を高校野球ファンに与えた。これらの実績について感想を聞かれると、髙嶋さんは苦笑いを浮かべる。

「戦績とかを目標にやってきたわけじゃないので、別にどうってことない」

これだけの数字を残せたのは選手のおかげとしつつ、本人としては「選手を絞っていた(鍛えていた)」のだという。それはPL学園や大阪桐蔭などといった他の名門校と事情が異なるから。

智辯和歌山野球部に与えられた条件は「特待生なし」「寮なし」「1学年10名(うち県外2名)」というもの。進学校であるがゆえに、スカウティングの際もまずは勉強ができることが最優先。その次に身体の大きさ、大学進学希望かどうかを見るのだという。

「上手、下手はどうでもいい。入ってからなんとかします!」

まさに髙嶋さんの腕の見せ所だったのだ。

指導者を志した理由

そもそも、髙嶋さんはなぜ高校野球の指導者を志したのか。原点は長崎・海星で過ごした高校時代にある。

「高校2年生で甲子園に出た時にめちゃくちゃ感動したんですよ。歩きながら足が震えたのを今でも覚えています。その時に『今度甲子園に帰ってくる時は指導者として帰ってくる』と決めたんです。この感動を野球を志す後輩に味わわせてあげたい。これは指導者しかない! と」

その後日本体育大を経て、智辯学園野球部との縁ができ、コーチを務めてから1972年に監督就任となる。当時は県大会1回戦、2回戦での敗退が当たり前だった智辯学園。奈良の絶対王者・天理に勝つにはどうするべきか。答えは明確だった。

「天理は4時間練習している。わかった、こっちは倍の8時間やる」

時に深夜まで練習をして鍛え上げ、時に選手がついてこない事態にも陥りつつ、就任から1年で県大会決勝に進出。5年後には甲子園出場を果たした。

エリートではない選手が“絞られて”成長、結果を出していく様に髙嶋さんは「高校生ってすごいな」と思ったそう。ただ、「やっぱり指導者がいいんですわ(笑)」とオチも忘れない。

ハートと体力で勝つ

智辯学園では春夏合計3度の甲子園出場。その経験を買われ、1980年に兄弟校の智辯和歌山に転任となった髙嶋さん。再び一からチームを作ることに抵抗はなかったが、またも「目の上のタンコブ」が現れる。前年に春夏連覇を達成した箕島だ。箕島を超えない限りは甲子園は出られない。再び挑戦が始まった。

「箕島を倒して甲子園に出るのは10年かかりました。ただ、甲子園自体には丸5年で行けました」

ここで上重さんが一つ疑問をぶつける。「教育や教える中で『その気にさせる』『やる気にさせる』というのがポイントだと思うのですが、どうですか?」

髙嶋さんはこう答える。「奈良の時も和歌山でもそうですけど、技術がなかったら『ハート』と『体力』で勝たないかんのですよ。箕島が200回やるならウチは2000回やる。これで有利に立てるわけですから。選手は走っている時に愚痴りますよね。クソッタレって。僕からしたら『やっとこいつらその気になったな』と思うな」

高校球児がその気になる瞬間のパワーは計り知れない。そこから起こす奇跡は人の心を動かす。髙嶋さんにも経験があるようで「これが高校野球の怖いところ!」と強調していた。詳細はぜひ本編で確かめてほしい。

甲子園にピークを持っていく体力づくり

髙嶋さんの理想のチーム作りとはどんなものか。上重さんは多くの読者・視聴者の声を代弁するように「強打智辯というイメージがある」と話していたが……。

「強打智辯を作ったことは1回もありません。(多くの記録を樹立した2000年についても)その年は和歌山大会でホームランが1本も出ていません。不思議じゃないです。当たり前ですよ」

とても意外な答えが聞かれたが、なぜだろうか。理由の一端を教えてくれた。

「夏の大会から帰ってきたら練習します? 普通はしませんよね。ウチは大会終わって帰ってきたら2時間練習するんです。試合から帰ってきたら疲れてる? いやいや、疲れるような体力づくりをしていたら勝てないですよ。それだけやって平気なヤツじゃないと。和歌山で6試合、甲子園で6試合、12連勝する体力づくりをしないと」

最初から甲子園にピークを持っていくような体をつくっているというわけだ。和歌山大会の初戦で敗れる年が見られたのも、その時のコンディションが最悪の状態だったのだ。

また、全体練習で打撃に使うのは1時間程度。残り3〜4時間は守備練習に費やすという。髙嶋さんは「智辯の野球は守りの野球」と言う。同時に「勝ちたいから打てる。それだけのこと」とも。とはいえ、どんな打撃練習をすればあれだけの破壊力が生まれるのかは気になるところ。今回は打撃練習の一部を明かしてくれた。

「スカウトに聞くんです。今年のナンバーワンは誰や? 最速は?145キロ。変化球は?140キロ。ならばウチは150キロの速度で打撃練習をする。常に日本一のピッチャーを想定して練習するんです」

打倒天理の奈良時代、打倒箕島の和歌山初期とアプローチは同じ。頂点を見据えてそれを倒すことを想定している。駒大苫小牧時代の田中将大(巨人)がいた時代は160キロのボールを打ち込んでいたそうだ。さらに最大6箇所で打撃練習を行っていたため、選手1人あたりのスイング量がかなり多かったという。「打撃のチームではない」と言いつつも、それは結局「ハート」と「体力」で土台を培っていたのだ。

☝センバツ1回6失点が「原点」 東洋大姫路を37年ぶり近畿制覇に導いた木下鷹大の成長
https://news.yahoo.co.jp/articles/49ddba3a20ecf3c764e5a1e6114e19d28029001f

高校野球の春季近畿大会は東洋大姫路(兵庫)が37年ぶり4度目の優勝を果たした。昨秋もプロ注目の右腕、阪下漣を擁して近畿王者となったが、その阪下を故障で欠いた春の戦いを支えたのは、秋は故障でベンチ外だったが、春は背番号1をつけた木下鷹大。「まだまだ阪下には及ばないが、自分の投球をするだけ」と前だけを見据える。

八回コールド勝ちした大阪桐蔭との1回戦は先発し、8安打を浴びながら、要所を締めて2失点で〝完投〟。奈良大付との準決勝はリリーフ登板で無失点。決勝では今春の選抜大会で準優勝した智弁和歌山を9安打完封。最速は150キロに及ばないものの、得意のインコース攻めがさえた。

木下の成長の原点は今春の選抜大会にある。壱岐(長崎)との1回戦、先発した阪下が右肘の異常で1イニングで降板。その後を受け、8回無失点の好投を見せた。しかし、広島商との2回戦に悪夢が待っていた。先発を任されたが、二回に5長短打を浴びて6失点し、敗戦投手となった。エラーも絡んだが「勢いにのまれた。粘れなかった」と悔しそうに振り返る。内角へのボールを使えず、カウントを不利にして打たれるパターンだった。

捕手の桑原大礼とも話し合い、とくに左打者の内角を攻める投球を磨いた。近畿大会決勝の一回、1死満塁のピンチを迎えたが、左打者を二ゴロ併殺打に打ち取った。「ランナーを出しても抑えられる自信があったので粘れた。左打者へのインコースは思い切り投げることができている」と成長を実感する。4月にU-18(18歳以下)日本代表候補の強化合宿に参加したこともプラスになっている。

岡田龍生監督は「昨秋は阪下、左の末永晄大が、よく報道されていたが、(現在は)木下が実質エース」とした上で「大阪桐蔭や智弁和歌山といったトップレベルの打線と対戦して、木下にはいい勉強になったはず」と目を細める。

右肘故障の阪下はキャッチボールをするまで回復。夏に向けたリハビリを進めているが、岡田監督は「あてにしてダメな場合もある。今の戦力でどうかと考えている」。木下のほか、近畿大会準決勝で8回無失点の投球を披露した西垣虎太郎らを前面に押し出す構想もあると強調する。いずれにしてもベンチメンバーに入るには投手も野手も競争に勝たねばならない。主将の渡辺拓雲は「競っていくことがチームの成長につながる」と強調する。

夏の甲子園大会を懸けた戦いが始まる。兵庫は報徳学園、神戸国際大付のほか、公立勢の明石商、社といった強豪がひしめく。木下は「夏は『打倒・東洋』で向かってくる。背番号1にはプレッシャーを感じるが、ゼロに抑えてチームに貢献したい」と意気込む。「エースの代役」ではなく「真のエース」になる決意をにじませた。
2025/06/08(日) 22時15分16秒 No.1814 編集 削除