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✌甲子園へチーム牽引 智弁和歌山・辻さんが日本学生野球協会から表彰
https://vk.sportsbull.jp/koshien/articles/AST1P431VT1PPXLB001M.html

智弁和歌山高校硬式野球部の辻旭陽さん(3年)が、日本学生野球協会の2024年度の表彰選手に選ばれた。和歌山市内で21日に伝達式があり、県高野連の西上嘉人会長から記念の盾が贈られた。
辻さんは昨夏、智弁和歌山主将としてチームを牽引し、2年ぶり27回目の夏の甲子園出場を勝ち取った。

大会では惜しくも初戦で敗れたが、開会式では選手宣誓を務めた。阪神甲子園球場開場100年を念頭に、「僕たちには夢があります。この先の100年も、甲子園が聖地であり続けること、そして僕たち球児の、憧れの地であり続けることです」と話し、観衆から大きな拍手を受けた。「大舞台で宣誓できた。自信につながった」

高校野球の生活については「主将を務めた1年間に思いがある。相手を思いやる気持ちを大切にすることができた。いろいろな経験ができたことに感謝したい」と振り返った。
卒業後は東海大学へ進学し、野球を続ける。「大学でもリーダーシップを発揮できる選手になりたい」と、将来の目標を語った。

🔥【届け!思いの丈(上)】東洋大姫路 出身の岡田監督により威厳を取り戻した「TOYO」
https://news.yahoo.co.jp/articles/d71163893b05921b3ec008f40ae12c0c583ce6a0

第97回選抜高校野球大会の出場32校を決める選考委員会が24日に開かれるのを前に、スポニチでは「届け!思いの丈」と題し、注目の出場候補校を3回にわたって紹介する。初回は昨秋の近畿大会を制して3年ぶり9度目の出場が確実視される東洋大姫路(兵庫)。履正社(大阪)を率いて19年夏の甲子園優勝に導いた岡田龍生監督(63)が、低迷していた母校を再建させるまでの道のりに迫る。

岡田監督は母校からの就任要請を「予想もしていなかった」と回想する。高校卒業後は母校との縁もなく、87年に25歳の若さで履正社監督に就任。当時部員11人しかいなかった無名校を全国屈指の強豪校へと押し上げた。

無我夢中で駆け抜けた監督業も60歳となる21年秋で退くと決めていた。一方、母校の東洋大姫路は「ユニホームを見れば、相手がおじけづいて点が入る」といわれた甲子園常連校の風格が消え、低迷期に入っていた。同校は再建を託すべく、岡田監督に就任を懇願。東洋大関係者との交渉の席が設けられた。

しかし、一度は就任要請を断った。年齢や単身赴任などを考慮すれば、ハードルの高すぎる依頼だった。それでも2度目の話し合いで熱く説得され「大学側の熱意が伝わった」と要請を受諾。「本気で取り組むと分かってもらうためには、施設を充実させるべきだ」との提案を学校側も受け入れ、トレーニング室が完備された総工費1億円超の室内練習場を新設するなどして改革へ歩み始めた。

22年4月の指導初日に「日本一を目指す」と選手に伝えた。名将の赴任を知った有力中学生は次々と同校進学を希望し、23年入学の現2年生に逸材がそろった。さらに最新器具の並ぶトレーニング室が屈強な選手の育成に一役買った。そして、最速147キロ右腕の阪下漣(2年)らを中心に昨秋の近畿大会を優勝。監督就任3年目で母校を聖地に戻すことを確実にした。

「ここまで順調に進むとはね…」。名将の想像すらもはるかに超える早さで、「TOYO」の威厳を取り戻した。 

☝「110年越しの大復活を」 宇治山田高校野球部の記念碑建立 三重
https://news.yahoo.co.jp/articles/d102c9bd4adf447ebf21d4f2295783fef74b08d2

1915年の第1回全国中学校優勝野球大会(現在の全国高校野球選手権大会)に前身の三重県第四尋常中学校(三重四中)が出場した県立宇治山田高校に21日、記念碑が建立された。この大会以降、春夏の全国大会に出場していない現役部員やOBらはこれを機に「110年越しの大復活を」と張り切っている。

今は夏の甲子園としておなじみだが、第1回は大阪府豊中市の豊中グラウンドで開催。10校が出場し、三重四中は初戦の準々決勝で秋田中に1―9で敗れた。

昨年開かれた野球部OB会総会で「学校に記念になる物がない。形として残る物を」との意見が出され、建立の機運が高まった。費用は寄付で捻出。OBで現野球部部長の山本豊さん(59)が学校と設置場所などについて調整し、校門近くに決まった。

記念碑は高さ約70センチ、幅約90センチ、厚さ約15センチの御影石製。表に「全国中学校優勝野球大会(現甲子園大会) 出場記念碑」の文字が大会日程、建立の日付と共に彫り込まれている。

記念碑を前に山川徹OB会長(59)は「現役でも出場を知らない生徒がいる。記念碑があることで学校の歴史を知り、2度目の甲子園出場を目指してほしい」と話す。

野球部マネジャーの吉川夢菜さん(2年)は「みんなで2回目の甲子園出場を目指しており、全生徒に知ってもらえることで練習へのモチベーションも上がる」と笑顔。選手たちは「新しい歴史を作り、マネジャーに甲子園でノックを打ってもらう」と話し、練習に励む。

📝春のセンバツに燃える 広島商業高校 野球部 神宮大会で準優勝「やっとスタートライン」
https://news.yahoo.co.jp/articles/023ba8abb0b2f4114ad7b822abb51f07c784f555

高校野球です。春のセンバツ大会への出場が確実といわれている広島商業高校。鍛錬の冬を過ごすチームを取材してきました。

広島商業高校 野球部 荒谷忠勝 監督「日本一を目指すにふさわしいチームになるんだっていう気持ちで選手たちがやってくれればなと思っています」

甲子園で春夏合わせて7回の優勝を誇る強豪・広島商業高校野球部。去年の秋季中国大会で31年ぶりの優勝を果たし、春のセンバツ大会への出場を確実とすると、初出場となった神宮大会では準優勝と躍進。チームで戦う、“粘りの広商野球” を全国に知らしめることになりました。

広島商業高校 野球部 西村銀士 主将「広商は自分たちの野球をすれば勝てると思っているので、そこを貫き通せるようにやっていきたいと思っています」

広商野球を支えるのは、バッテリーを中心とした守備力です。特に秋から「背番号1」を背負う 大宗和響投手(2年)のMAX140キロのストレートは空振りの取れるキレと制球力をあわせ持ち、チームの中国大会優勝に貢献。神宮大会では準決勝で10回184球を投げ切り、エースとしての存在感を示しました。

また、同学年の左腕・徳永啓人投手もキレのある変化球で神宮大会初戦では8回無失点と好投。監督も誰が背番号1をつけるかわからないと、レベルの高い投手陣の中、全国の舞台を経て大きく成長した2人が春にどのような姿を見せてくれるのか、こちらも注目です。

広島商業高校 野球部 大宗和響 投手(2年)「頼ってもらえる存在でありたいというのは自分の中であって、これからセンバツ・夏の大会があるんですけど、正直、誰にも(背番号)1番は譲りたくないっていう気持ちはあります」

広島商業高校 野球部 徳永啓人 投手(2年)(1番はやっぱりエース番号なので、そこは大宗にも負けたくないっていう気持ちがあるので。ともに高め合っていきたいと思っています」

1988年(昭和63年)の甲子園優勝以来の全国大会決勝という舞台に立った広商野球部。しかし、あくまでスタートラインに立ったばかり…。目指すは春のセンバツ優勝、さらにその先にある夏の栄冠です。

大宗和響 投手「まずは春、全国制覇して、夏の全国制覇につなげたいと思います」

西村銀士 主将「課題を一つひとつつぶして春、全国優勝するために準備していきたいと思っています」

春のセンバツ高校野球大会の出場校の発表は、1月24日となっています。

📝定岡正二さんの鹿児島実、甲子園で原辰徳さんの東海大相模と名勝負…十五回裏213球目「最高のボール」
https://news.yahoo.co.jp/articles/0ffdfcd2aaadf6a890cf54fcc1aab94c63a9ccf2?page=1

プロ野球・読売巨人軍の投手として1970~80年代に活躍した定岡正二さん(68)。突然のトレードを告げられて28歳の若さで引退した後は、タレントとしてお茶の間の人気者になった。「次のステージでも頑張れたのは野球のおかげ」と、今も野球の裾野を広げる活動に情熱を注いでいる。

「声を出して仲間を応援していたことを思い出すね」

鹿児島実高では、2年の夏に甲子園初出場を果たすも初戦で敗れた。代打での出場にとどまり、「先輩に連れてきてもらったから」と、甲子園の土は持って帰らなかった。

先輩たちの引退後、久保克之監督(86)から突然、ピッチャーに指名された。当時は投球マシンがなく、野手が交代で打撃投手を務めていた。その姿を見た久保さんが、「フォームも球筋もいい」と直感で決めたという。

ショートを守っていたが投手への憧れはあった。「『待ってました』という気持ちだったかも。シャイな性格で自分からは言い出せなかった」と笑う。

その性格を監督も見抜いており、投げ込みや走り込みに加え、度胸をつけさせようと「大勢の前で声を出したり、歌を歌ったりする」といった独特の練習メニューもこなした。

1974年、主戦として迎えた3年の夏。県大会を制し、再び甲子園の舞台に立った。初戦の佼成学園(東京)、続く高岡商(富山)戦をいずれも1―0の完封で勝利するとチームは勢いづいた。

準々決勝の相手は、優勝候補の東海大相模(神奈川)。優勝経験を誇る名将・原貢監督(故人)と、その息子で後に巨人の4番打者となる原辰徳さん(66)の親子鷹で世間の話題をさらっていた。「小舟が戦艦へ挑んでいくような状況だった」。それでも、不思議と負けるイメージはなかった。

試合は、初回に原さんの適時打で2点を先制されるも、すぐに自らの同点打を含む3点を挙げて逆転。その後は両校ともスコアボードに「0」が並んだ。

勝利目前の九回裏に同点に追いつかれ、延長戦に。十四回に1点を勝ち越したが、再び追いつかれる白熱の展開だった。バッテリーを組んだ尾堂栄一さん(67)は「このまま永遠に野球をやっていたいと思わせてくれるような試合だった」と懐かしむ。

再び1点をリードして迎えた十五回裏。二死まで追い込んで投じた213球目は外角低めのミットに吸い込まれた。見逃し三振。「高校野球の中で最高のボール」。この激戦は、今も名勝負として語り継がれている。

あれだけの投球ができたのは、甲子園が成長させてくれたおかげだと思っている。仲間と一緒に、歓声を体いっぱいに浴びた。「人生で一番の喜びだね」

⚾岩手さんへ
我が家ではサンケイスポーツは土日のみ購読しているので、紙面の記事は読んでいないですね。。。

永田監督は「まったく予想がつかない」が口ぐせのように神戸新聞での大会展望コメントされてました。
甲子園にはかなりの頻度で出場していたので、激戦・兵庫を勝ち抜くすべはあったかと思いますが、格下相手に初戦敗退も目立っていたので、、、、、

北原監督のお父さんは神港学園勇退した後に流通科学大学の監督を数年務められましたが、昨秋の兵庫大会決勝戦でひょっこりサンテレビの解説されてました!
昨秋の兵庫大会で明石トーカ春野近畿コーナーで電子タバコ加えているのを目撃しました。
しかし、息子さんに禅譲してから春の近畿大会に1度だけ出場しただけなんで戦績が寂しいですね・・・・・。

ところで、プロ野球も7回制だと非常に寂しいですね・・・。
クーリングタイムはセンバツでもやって欲しいのはありますね!5回終了後にトイレが混雑するし、必然的に試合が延びるので4試合日だと40分間球場に逗留できるし、通路に逃げたり紀三井寺だったらアルプスまで足を運んでペットボトルをお布施してもらいます!!

夏の場合は熱中症や足を攣るなどプレー中断は多くなりますね!しかし、甲子園大会直後の新人戦や秋の大会でも9月中はまだまだ残暑厳しすぎますが、その頃にはクーリングタイム廃止などこれも過酷だと思いますね!
2025/01/22(水) 22時09分49秒 No.1554 編集 削除