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📝広島県令和7(2025)年度 事業計画予定
https://hiroshima-hbf1950.com/img/file320.pdf
昨夜の寝しな前にフト広島県高野連HPを見たら・・・なんと約1ヶ月ほど前に、来季の年間行事予定を発表されておりました!!
今年の中国大会は春は順番通り岡山・秋は高校野球雑誌が報じた通り山口と確定。
今日、5月31日2年前の秋、お世話になった岡山城近くのヤドを予約しておきました。
しかし、倉敷MS・倉敷市営と2球場に分散するようですね。
2年前から春の中国は1球場集中でなく、準々決勝を分散する方式になっていたので、、、、、
過去3回来場して全てナイター点灯し2回雨に祟られ1度は2時間30分近い中断を喰らった倉敷市営球場。
倉敷駅から歩いて行けることを確認しているので、またあの一本道を歩いて、前回行き損ねた新倉敷の『満天の湯』へ行けたらと!
しかしそうなると・・・来年秋は鳥取開催が内定しているようですが、順番通りだと春も鳥取となるので中国では珍しく春秋連続開催???
今年は2泊3日で山陰は鳥取遠征を企画しているので、春か秋の鳥取大会。できれば9月中旬で米子・倉吉開催を望みます!
📝数々の厳格ルールに批判も「恥じることはない」 レジェンドOBが語るPL学園の“本質”
https://news.yahoo.co.jp/articles/4422604c9ab3c03870b129d978de9fc9a3ce9de3
PL学園OBの宮本慎也氏「また野球部ができることを願っています」
宮本慎也氏【写真:荒川祐史】
母校へのもどかしさが伝わってきた。2017年限りで高野連を脱退し、休部状態が続くPL学園硬式野球部の卒部生たちによる懇親会が12日、大阪市内で開かれた。出席した元ヤクルトの宮本慎也氏は「また野球部ができることをもちろんみんな願っています。僕だけじゃなくて、今日来られなかった方もそう願っていると思う」と、1期生から最後の卒部生である62期生までの心情を代弁した。
同部は、当時高校生として在学中で、のちに監督やスカウトとして活躍する井元俊秀氏が声をあげて1956年に創部された。創部7年目の1962年に井元氏が指揮官として甲子園初出場へ導くと、山本泰監督体制だった1978年夏に初めて全国の頂点に立った。1980年代には桑田真澄氏と清原和博氏による「KKコンビ」ら時代の寵児たちを擁して黄金期を築き、活動を休止するまでに春3度、夏4度の甲子園優勝を成し遂げている。
宮本氏も高校2年生だった1987年夏に、負傷した強打者・深瀬猛氏に代わって準決勝と決勝に出場し、史上4校目の春夏連覇に貢献した。同校で暮らした日々を懐かしんだ懇親会のあと、宮本氏は「PL学園って良くも悪くもいろいろ言われるんですけども……。なんて言うんですかね……。僕にとってはいい野球部だった」と、言葉を選びながら本音を絞り出した。
昭和において全国の球児が憧れる高校の1つだった。一方で、同校の厳格な上下関係・ルールが問題視され、時代にそぐわなくなり、2000年以降に不祥事が幾度も表面化。そして2013年の上級生による下級生への部内暴力が引き金となり6か月の対外試合禁止、特待生の受け入れ停止、新入部員募集停止と進み、高野連脱退に至ってしまった。
「何事も時代に合わさないといけない」
宮本氏は「批判されている方の気持ちも分かっているつもりです」と語る。一方で、その時代の憧れになった当事者として「(PL学園硬式野球部は)結果も出ていますし、そこ(当時の部活動のあり方)は別に僕は恥じることないと思ってるんで」とも述べた。
ただ、「やっぱりね、何事も時代に合わさないといけないと思います。アマチュア、プロ関係なく指導者の立場になっているOBがほとんどで、みんなそれは分かっていると思います」と力を込めた。自ら少年時代を過ごし、誇りに思っている昭和風のしきたりを押し付けるのではなく、新しい時代で求められる指導をしないといけないと示した。
ヤクルト一筋で通算2133安打を放ち、ゴールデングラブ賞に10度輝いた宮本氏は昨年、母校のユニホームを着る機会があった。マスターズ甲子園地方予選に1試合出場。「体形が変わってるから、なんかもう一つでした」と苦笑いを浮かべる。
そして、「PL学園に否定的な方もいっぱいいらっしゃいますけど、僕らはこの学校で野球ができて良かったなっていう風に思っているんです。周りに左右されずに復活の時には一致団結したいですね」と語った。
📝大阪桐蔭・森陽樹 佐々木朗希参考に飛躍期す1m90超大型右腕 狙う最速155キロ
https://news.yahoo.co.jp/articles/9eae25a38a4b789084934fa70ddf5663f4f0cadf
アマチュア野球の有力選手を調査する企画「スポニチ調査ファイル」の番外編。今秋ドラフト上位候補に挙がる大阪桐蔭(大阪)・森陽樹投手(2年)は「夏の日本一」と「高卒ドラ1」を目標に掲げ、高校ラストイヤーに臨む最速153キロ右腕。ほぼ同じ体格の佐々木朗希を参考にして自慢の直球にさらなる磨きをかけ、夏までに最速155キロ到達を目指す。
最速153キロを誇る森は1月5日、大阪府大東市のグラウンドで始動した。年始の決意を問われると「まずは夏の日本一を全員で獲りに行って、最終的には個人の目標として、ドラフト1位でプロ野球選手になることが目標です」と言葉に力をこめた。
1メートル90、92キロ。人よりもかなり高い目線の先に、日本の頂点と最高評価を見据える。そのためにやるべきことも分かっている。「まずは、基本となる体。まだまだ弱いと思うので、しっかり土台をつくって、もっと考え方とか取り組みの部分で成長できるように頑張っていきたいと思います」。すでにプロ顔負けの堂々たる体格を誇るが、本人は、まだ物足りないようだ。
最大の武器に磨きをかけることも、忘れない。遠投120メートルという強肩から生み出される剛球だ。「自分の持ち味はストレート。相手打者にどんどんストレートで投げて行って、押していくというのが自分の強みだと思います」と自己分析。すでに最速153キロを計測しているが、歩みを止めるつもりはない。
「まずは球速というのが一番、大事。球の速さというのは一番の武器だと思うので、速さをまず求めて行った中で、切れだったり、回転数の多さだったりを求めて行きたい。夏で言ったら155キロを目標にやっています」
夏までの「最速2キロアップ」に向け、オフ期間から走り込みやウエートトレーニングで下半身強化に努めている。その努力の積み重ねが球速の目標値だけでなく、憧れの投手の背中に近づくことにもなる。佐々木朗希だ。
「160キロを超えるような真っすぐと、変化球も切れがあって、身長も高くて、自分も身長も同じくらいで手足が長くて、タイプで言うと似ているかなと思うので、自分の目標にしている投手です」
目標の右腕は公称1メートル92、92キロ。確かに、ほぼ同体格だ。動画などを見る機会には「真っすぐの握りとかフォークとかの握りとかを見ています」と言う。ただし。フォームは、自身の形を貫く。「フォームはあまりイジりたくないので(佐々木を参考にはしていません)」。取り入れる部分と崩さない部分をきっちりと分け、さらなる進化を期す。
「もうこの高校に入った時からずっと“ドラフト1位で行く”と言っていたので。その目標を強く持っているので、その目標にブレずに、ずっとやってきている」
大志を抱き、宮崎から大阪にやってきた。夏の日本一とドラフト1位指名――。自慢の直球で並み居る敵を圧倒し、目標に向かって一直線に突き進む。
https://hiroshima-hbf1950.com/img/file320.pdf
昨夜の寝しな前にフト広島県高野連HPを見たら・・・なんと約1ヶ月ほど前に、来季の年間行事予定を発表されておりました!!
今年の中国大会は春は順番通り岡山・秋は高校野球雑誌が報じた通り山口と確定。
今日、5月31日2年前の秋、お世話になった岡山城近くのヤドを予約しておきました。
しかし、倉敷MS・倉敷市営と2球場に分散するようですね。
2年前から春の中国は1球場集中でなく、準々決勝を分散する方式になっていたので、、、、、
過去3回来場して全てナイター点灯し2回雨に祟られ1度は2時間30分近い中断を喰らった倉敷市営球場。
倉敷駅から歩いて行けることを確認しているので、またあの一本道を歩いて、前回行き損ねた新倉敷の『満天の湯』へ行けたらと!
しかしそうなると・・・来年秋は鳥取開催が内定しているようですが、順番通りだと春も鳥取となるので中国では珍しく春秋連続開催???
今年は2泊3日で山陰は鳥取遠征を企画しているので、春か秋の鳥取大会。できれば9月中旬で米子・倉吉開催を望みます!
📝数々の厳格ルールに批判も「恥じることはない」 レジェンドOBが語るPL学園の“本質”
https://news.yahoo.co.jp/articles/4422604c9ab3c03870b129d978de9fc9a3ce9de3
PL学園OBの宮本慎也氏「また野球部ができることを願っています」
宮本慎也氏【写真:荒川祐史】
母校へのもどかしさが伝わってきた。2017年限りで高野連を脱退し、休部状態が続くPL学園硬式野球部の卒部生たちによる懇親会が12日、大阪市内で開かれた。出席した元ヤクルトの宮本慎也氏は「また野球部ができることをもちろんみんな願っています。僕だけじゃなくて、今日来られなかった方もそう願っていると思う」と、1期生から最後の卒部生である62期生までの心情を代弁した。
同部は、当時高校生として在学中で、のちに監督やスカウトとして活躍する井元俊秀氏が声をあげて1956年に創部された。創部7年目の1962年に井元氏が指揮官として甲子園初出場へ導くと、山本泰監督体制だった1978年夏に初めて全国の頂点に立った。1980年代には桑田真澄氏と清原和博氏による「KKコンビ」ら時代の寵児たちを擁して黄金期を築き、活動を休止するまでに春3度、夏4度の甲子園優勝を成し遂げている。
宮本氏も高校2年生だった1987年夏に、負傷した強打者・深瀬猛氏に代わって準決勝と決勝に出場し、史上4校目の春夏連覇に貢献した。同校で暮らした日々を懐かしんだ懇親会のあと、宮本氏は「PL学園って良くも悪くもいろいろ言われるんですけども……。なんて言うんですかね……。僕にとってはいい野球部だった」と、言葉を選びながら本音を絞り出した。
昭和において全国の球児が憧れる高校の1つだった。一方で、同校の厳格な上下関係・ルールが問題視され、時代にそぐわなくなり、2000年以降に不祥事が幾度も表面化。そして2013年の上級生による下級生への部内暴力が引き金となり6か月の対外試合禁止、特待生の受け入れ停止、新入部員募集停止と進み、高野連脱退に至ってしまった。
「何事も時代に合わさないといけない」
宮本氏は「批判されている方の気持ちも分かっているつもりです」と語る。一方で、その時代の憧れになった当事者として「(PL学園硬式野球部は)結果も出ていますし、そこ(当時の部活動のあり方)は別に僕は恥じることないと思ってるんで」とも述べた。
ただ、「やっぱりね、何事も時代に合わさないといけないと思います。アマチュア、プロ関係なく指導者の立場になっているOBがほとんどで、みんなそれは分かっていると思います」と力を込めた。自ら少年時代を過ごし、誇りに思っている昭和風のしきたりを押し付けるのではなく、新しい時代で求められる指導をしないといけないと示した。
ヤクルト一筋で通算2133安打を放ち、ゴールデングラブ賞に10度輝いた宮本氏は昨年、母校のユニホームを着る機会があった。マスターズ甲子園地方予選に1試合出場。「体形が変わってるから、なんかもう一つでした」と苦笑いを浮かべる。
そして、「PL学園に否定的な方もいっぱいいらっしゃいますけど、僕らはこの学校で野球ができて良かったなっていう風に思っているんです。周りに左右されずに復活の時には一致団結したいですね」と語った。
📝大阪桐蔭・森陽樹 佐々木朗希参考に飛躍期す1m90超大型右腕 狙う最速155キロ
https://news.yahoo.co.jp/articles/9eae25a38a4b789084934fa70ddf5663f4f0cadf
アマチュア野球の有力選手を調査する企画「スポニチ調査ファイル」の番外編。今秋ドラフト上位候補に挙がる大阪桐蔭(大阪)・森陽樹投手(2年)は「夏の日本一」と「高卒ドラ1」を目標に掲げ、高校ラストイヤーに臨む最速153キロ右腕。ほぼ同じ体格の佐々木朗希を参考にして自慢の直球にさらなる磨きをかけ、夏までに最速155キロ到達を目指す。
最速153キロを誇る森は1月5日、大阪府大東市のグラウンドで始動した。年始の決意を問われると「まずは夏の日本一を全員で獲りに行って、最終的には個人の目標として、ドラフト1位でプロ野球選手になることが目標です」と言葉に力をこめた。
1メートル90、92キロ。人よりもかなり高い目線の先に、日本の頂点と最高評価を見据える。そのためにやるべきことも分かっている。「まずは、基本となる体。まだまだ弱いと思うので、しっかり土台をつくって、もっと考え方とか取り組みの部分で成長できるように頑張っていきたいと思います」。すでにプロ顔負けの堂々たる体格を誇るが、本人は、まだ物足りないようだ。
最大の武器に磨きをかけることも、忘れない。遠投120メートルという強肩から生み出される剛球だ。「自分の持ち味はストレート。相手打者にどんどんストレートで投げて行って、押していくというのが自分の強みだと思います」と自己分析。すでに最速153キロを計測しているが、歩みを止めるつもりはない。
「まずは球速というのが一番、大事。球の速さというのは一番の武器だと思うので、速さをまず求めて行った中で、切れだったり、回転数の多さだったりを求めて行きたい。夏で言ったら155キロを目標にやっています」
夏までの「最速2キロアップ」に向け、オフ期間から走り込みやウエートトレーニングで下半身強化に努めている。その努力の積み重ねが球速の目標値だけでなく、憧れの投手の背中に近づくことにもなる。佐々木朗希だ。
「160キロを超えるような真っすぐと、変化球も切れがあって、身長も高くて、自分も身長も同じくらいで手足が長くて、タイプで言うと似ているかなと思うので、自分の目標にしている投手です」
目標の右腕は公称1メートル92、92キロ。確かに、ほぼ同体格だ。動画などを見る機会には「真っすぐの握りとかフォークとかの握りとかを見ています」と言う。ただし。フォームは、自身の形を貫く。「フォームはあまりイジりたくないので(佐々木を参考にはしていません)」。取り入れる部分と崩さない部分をきっちりと分け、さらなる進化を期す。
「もうこの高校に入った時からずっと“ドラフト1位で行く”と言っていたので。その目標を強く持っているので、その目標にブレずに、ずっとやってきている」
大志を抱き、宮崎から大阪にやってきた。夏の日本一とドラフト1位指名――。自慢の直球で並み居る敵を圧倒し、目標に向かって一直線に突き進む。