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お知らせ

編集済
📝BCリーグが千葉県民球団「千葉スカイセイラーズ」の準加盟を承認 元ロッテ青野毅氏が監督
https://news.yahoo.co.jp/articles/c7258e686c7e2539922c4b228262fd7dc4ff4676

国内独立リーグの「ルートインBCリーグ」は2日、千葉県民球団の準加盟を承認したと発表した。

チーム名は「千葉スカイセイラーズ」で、22年冬に活動を開始した。今季は他の独立リーグ球団との交流試合などで活動を続けてきた。現在は元ロッテの青野毅氏(41)が監督を務める。

準加盟により、加盟球団との交流試合が可能になり、26年シーズン以降の正式加盟を目指すことになる。

☝1000人、野球に親しむ 2日間フェスタ 伊勢で初開催
https://news.yahoo.co.jp/articles/37e7dd0bcb0499b1de7243880a76c75c90544307

伊勢市楠部町のダイムスタジアム伊勢周辺で11月30、12月1日の両日、「第1回みえベースボールフェスタ」が行われた。2日間で、のべ1000人が来場し、交流試合や体験会を通して野球に親しんだ。

2020年12月発足の県野球協議会が今年初めて開催した。社会人野球、軟式野球、大学野球、高校野球など県内各種野球団体の代表者で構成され、11月23日には県高野連主管で三重県と愛知県の高校野球ピックアップチームの交流戦が津市で行われた。

伊勢市では社会人選抜と大学選抜の交流試合、中学生世代の軟式野球の北勢選抜と南勢選抜の交流試合、小学6年生から中学3年までの女子軟式野球オールスター戦など幅広い年代の交流戦が行われた。

また元プロ野球選手の桑原謙太朗さん(元阪神、津田学園高出身)、関啓扶さん(元中日、菰野高出身)を講師に招き、野球の初心者向けにルールを簡略化した「BTボール」の体験会があり、事前に応募した児童ら約50人が参加した。

BTボール体験会では、県内高校硬式野球部の生徒らがアシスタント役を務め、子どもたちを直接指導した。県野球協議会では子どもらの「野球離れ」を食い止めることも目標の1つに掲げており、市岡三年理事長は関係団体の協力に感謝した上で「次世代に野球を引き継ぐため、1年に1度こうした取り組みを続けていきたい」と話した。

📝大学生が社会人に7―3勝利 野球の選抜交流戦 三重
https://news.yahoo.co.jp/articles/8927a9855536e1c8277314357a1371e8b5773809

硬式野球の三重県大学選抜と県社会人選抜の交流戦が30日、伊勢市楠部町のダイムスタジアム伊勢で7イニング制で行われた。県野球協議会主催の「第1回みえベースボールフェスタ」の一環として今年初めて行われ、県大学選抜が7―3で制した。

県大学選抜は工藤岳(皇學館大)ら5投手、県社会人選抜は畑口侑輝(三重高虎BC)6投手が継投。両軍投手陣がやや制球に苦しむ中、二回に9番坂口絢星(鈴鹿大)の中前適時打、1番浅井颯茉(皇學館大)の左翼線適時二塁打などで一挙4点を先制した県大学選抜が優位に試合を進めた。

県社会人選抜は1―7で迎えた最終七回、1死一塁で4番伊藤雄紀(ホンダ鈴鹿)が中越えに本塁打を放って2点を返す意地を見せた。さらに5番長野勇斗(ホンダ鈴鹿)も右前打で出塁したが、後続が倒れた。

県大学選抜は県内5つの大学・高専、県社会人選抜は県内3つの企業・クラブチームから各20選手が参加した。県内では企業・クラブチームが1つのチームで試合に出る機会は珍しく、主将を務めた成瀬要外野手(三重高虎BC)は「この機会に社会人も垣根を越えた交流が深まれば良い」と話した。

💢学生の「盗撮事件」が続発する”闇深すぎる理由”…名門サッカー部にエリート校も、安易に盗撮に走る「ヤバい若者たち」
https://news.yahoo.co.jp/articles/b41c43008ccad254063a428d0307c5230ab3854e?page=1

東大合格者を輩出するエリート学校で「盗撮事件」

若者に盗撮が蔓延し、事件が多発している。しかも舞台は「学校」だ。

今年10月、富山県の県立高校で男子生徒による盗撮事件が発生。学校側は警察に被害届を提出している。再発予防策として、生徒に正しいスマートフォンの使い方を説明しているという。

東大合格者を輩出するエリート学校でありながら、甲子園にも出場経験がある神奈川県の名門高・桐蔭学園でも盗撮事件が起きた。今年5月、硬式野球部の2年生がスマートフォンを教室に設置し、女子生徒の着替えを盗撮した。神奈川県警はこの生徒を書類送検したそうだ。

また、11月29日には全国高校サッカー選手権に出場する山梨学院のサッカー部員らが、修学旅行先で盗撮行為に関わったと報じられた。

さらに、大規模な盗撮グループが摘発される事態も発生している。11月、京都府警は盗撮グループ7人を性的姿態撮影処罰法違反容疑などで送検。彼らは全国の女子高校生らの盗撮を繰り返していた。

実はこのグループは全部で28人いて、メンバーの中には中学生や高校生ら未成年者が多くいたという。彼らはSNSのグループチャットで映像や情報のやりとりを繰り返していて、チャット画面には1000人以上の盗撮画像が貼り付けられていた。

チャットには「生パンの子を発見」「生しか勝たん」「撮られる奴がマヌケ」ほかにも「盗撮したくてうずうずしてきた」「学校始まったら毎日できるから」などの書き込みがあり、盗撮の舞台が学校であったことは間違いない。さらにはメンバーが撮影した盗撮画像を賞賛する書き込みもあり、盗撮メンバーたちは歪んだ承認欲求をむき出しにしていた。「盗撮が生きがい」とまで語る容疑者もいたそうだ。

盗撮する人間は、被写体の普段と違う姿態を撮影することに喜びを覚える特徴がある。そして、性質が悪いことに「みんなが喜ぶ」と勘違いしてしまう。学校での盗撮ならば、ほかの生徒たちに盗撮した”成果”を自慢して見せてしまうというわけだ。なかには喜ぶ生徒もいるため、加害生徒の盗撮行為もエスカレートすることがある。

上記の盗撮グループの事件が悪質なのは、学内をこえて中学生~20代の若者たちでグループを組んでいたことだ。互いに写真を取り合って賞賛し合い、撮影の仕方や盗撮スポットの情報交換を行っていた。その様子をちょっと想像しただけで薄気味悪い。

校内盗撮が増えた背景

長年、盗撮事件を取材する筆者が知るなかで、学校内での盗撮の最も大きな事件は10年ほど前に起きた「X(ビデオタイトル)盗撮事件」と呼ばれるものだ。女子生徒が盗撮カメラを持って、女子生徒の着替えを盗撮。これの日常的に行って、撮りためた大量の映像を販売していた事件だ。

女子生徒たちの着替え、階段を歩く様子、修学旅行の風呂など学校生活のありとあらゆる場面を盗撮したもので、ビデオパッケージとして大量に売られた。裏ビデオ店員によると、「X盗撮ビデオ」は記録的に売れたようだ。撮影された女子生徒たちはまさか同性のクラスメイトが盗撮しているとは想像もしなかっただろう。

こうした事件もあったので、校内盗撮自体は決していまに始まったことではない。最近増えた印象があるのは、学校側が「公表」するか否かと筆者は感じている。

実は、昔の校内盗撮は、学校が隠ぺいすることが多かった。注意で終わり、という雑な対応をした学校もあったのだ。
だが昨今は、盗撮事件が昔よりも重大になり「学校で対処できなくなった」という見方が正しいかもしれない。文科省が去年2月に学校内で起きた犯罪について、積極的に通報するよう通知していることも背景にあるだろう。

筆者がこれまで取材してきたケースを見る限り、盗撮した生徒の多くは発覚した時点で退学処分となっている。被害者のことを考えれば、加害生徒には全く同情する余地などないのだが、盗撮した生徒たちも退学を覚悟の上で盗撮しているわけではないような気がする。だからこそ、グループチャットで「生しか勝たん」などと無邪気に喜んでいるのだと思う。

事件が発覚し加害者が退学処分となるケースを見ると、筆者は「学校でもう少しレクチャーできなかったのかな」といつも感じる。スマートフォンの正しい使い方を説明するのは、事件の前にやるべきだと思うのだ。盗撮の悪質性や被害者の感情について、さらに盗撮した場合、学校は加害生徒にどんな処分をするか。学校側が予防的なアクションを行っていたのなら、校内盗撮の件数が少しは減っていたかもしれない。

背景に「フリマサイト」の存在が

学校や保護者のなかには、例えば東大に年間何人も入るエリート高校で、そんなレクチャーは不要だと考える人がいるだろう。しかし盗撮事件は年齢や社会的地位に関係なく起きていて、近年増え続けている犯罪だということは知っておいて欲しい。また盗撮事件が起きてしまえば学校や組織のレピュテーションリスク(信用低下)はとてつもない。だからこそ予防的措置が必要なのだ。

もちろん、学校側の責任だけではない。いま、若者たちが安易に盗撮に手を染める背景には、ネット上で盗撮画像や情報が簡単に手に入ることが一因にある。ネット上には盗撮サイトが氾濫しており、なかでも盗撮動画を簡単に売買できる「フリマサイト」が悪質なのだ。

📝「必要以上に劣等感を抱いてしまって…」甲子園で“全国制覇→準優勝”の名門が秋大会敗退で「3季続けて全国不出場」の異例…監督が語ったホンネは?
https://news.yahoo.co.jp/articles/2904a0bc9af1f67670ce02fc592b7bd2a4e8116a

2022年夏の甲子園で東北初の全国制覇を達成し、翌年も慶應高との決勝戦の末、準優勝に輝いた宮城の仙台育英高。須江航監督のクレバーな野球観とともに、一躍、令和の高校野球を引っ張る旗手となった。その名門がいま、監督就任以来初となる3季連続で甲子園を逃すなど、まさかの苦境にあえいでいる。果たしてチームに今、一体何が起こっているのだろうか。

秋の大会へ向かう道程は間違っていなかったと、須江航は思っている。今年の夏。仙台育英は宮城大会の決勝で敗れた。チームを率いる須江はいつも、試合に負けると敗因を徹底検証する。

ベンチ入りメンバーの人選。試合で起用した選手や交代のタイミングといった根本的な要素からスキルやフィジカルの習熟度を数値化、公式戦に臨むまでの練習への取り組みに競争意識、個々の時間の管理や道具の整理、グラウンド整備……。これらを細部に至るまでチェック項目を設けて選手へのヒアリングを重ねる。「どこに隙があったのか?」と掘り下げ、次への勝利へと繋げてきた。

一昨年の全国制覇→昨年の準優勝を「一旦、封印」
 
新チームの始動にあたって、須江がチームに号令を掛ける。

「本当のゼロからスタートしようよ」

これは2022年夏の全国制覇、翌23年夏の甲子園準優勝の栄冠を一旦、封印することにもなるのだが、変革はすぐには訪れない。

「今までだってこれで勝ってきたんだから、そこまで厳しくやらなくても別によくない?」

日本一となった先輩を知る選手のなかには、懐疑的で二の足を踏む者も当然いた。

「そういう意識だから勝てないんですよ!」

涙ながらに声を荒げる1年生ショートの今野琉成のように、次第に骨のある選手も増えていく。監督が「思考力と言語力に長け、背中で取り組みを見せられる秀逸なリーダータイプ」と評価する、下級生時代から主力であるキャプテンの佐々木義恭と副キャプテンの土屋璃空が、まとまり切れないチームを束ねていく。

これまでの「それぞれ課題に向き合いながら練習する」といった慣例以上に、理屈抜きで量をこなすことにも注力するなど、新たなメンタリティを熟成していった。

内面と波長を合わせるかのように、外面のチーム力も養っていった。佐々木や土屋をはじめ、野手は前世代からの経験者がそれなりに顔を揃えるが、ピッチャーが懸案事項だった。それも、チームの精神が成長するにつれ、夏にメンバーから漏れた悔しさを糧に這い上がったエース左腕の吉川陽大に加え、1年生左腕の井須大史が台頭。

秋を迎える頃には、「どこと対戦しても、しっかり野球ができれば必ず結果がついてくる」と監督も手応えを抱けるだけのチームに仕上がった。須江が約2カ月の歩みをしみじみ紡ぐ。

「甲子園優勝と準優勝という、強烈な成功体験があるなかで、これまで安定的に滾々と積み上げてきたチームの伝統とかを全部見つめ直して改善するとか、より良いものを作り上げていく作業というのは、とてつもないエネルギーを使うわけです。それでも、僕も選手も毎日、頭を悩ませながら、葛藤しながらも意見をぶつけ合ってきましたし、練習も本当によくやりました。期間はたった2カ月かもしれないですけど、1年分くらいやったような充実感を覚えたくらいなんです」

監督がチームの成長を誇るように、仙台育英は秋の宮城大会を1点も許さず制した。だが、「優勝候補」と評された東北大会では、弘前学院聖愛との初戦を4-0でものにするも、準々決勝の聖光学院戦で2-3と敗北した。

ロジカルな須江監督が「精神論」を語った真意
 
須江は弁が立つ監督である。負けた試合こそ潔く、相手チームを称えながら自分たちの反省や課題を、報道陣にわかりやすく説明してくれるほどである。

聖光学院戦後、それまでと異なる須江がいた。いつもなら抽象的な言葉を避けるようにロジカルに対応してきた監督が、「心」や「魂」といった表現を多用していたのである。
そこに違和感があったと正直に伝えると、須江が今度は論理的に説明を展開した。

「一周したってことですね。中学野球を教えていた最初の頃というのは、それこそ気合いや根性を前面に出して指導をしていました。それで勝てなくて、試合のデータや選手の数値化を重視するようになって全国優勝できた経験があったので、仙台育英の監督になってもそれを継続して。

それを今回、もう一度、見つめ直したということなんですよ。チームをゼロから作り直すということは、根底にあるものと向き合わなければ前に進めませんからね」

須江は野球を“見える化”したことで、高校野球に一石を投じた。ピッチャーはストレートの速さや各球種の変化量などからタイプ別に分け、登板は完全ローテーションで分業制を敷いた。野手に関しても出塁率や長打力を基にして選手の特性を細分化し、その時点でチームに必要なピースを的確にはめ込んでいった。競争力が増し、選手層が分厚くなったチームは、22年夏に東北勢として初の日本一の悲願を達成すると、翌年の夏にも甲子園準優勝と、実力が本物であることを高校野球界に印象付けた。

この「強烈な成功体験」はしかし、皮肉なことにチームの足かせとなってしまう。歯車のズレが生じ始めたのは、甲子園準優勝後に行われた秋の宮城大会である。準々決勝の東陵戦で1-2と不覚を取り、翌春のセンバツ出場が絶たれ、4季連続での甲子園出場を逃した。

甲子園で2年連続決勝…ちらついた「過去チームの幻影」
 
当時こそ「監督の自分が、選手のパフォーマンスを最大限に発揮させる人選ができませんでした」と自戒していたが、今にして思えば、ここが発端だったとわかる。

「前の2年間と比べて劇的にレベルが下がるチームかと言ったら、そんなことはなかったんです。それが、あの負けから選手たちが必要以上に劣等感を抱いてしまって。先輩たちと自分たちは関係ないのに、『比較されている』という被害妄想に陥ってしまったというか、過去のチームの亡霊みたいなものに憑かれていったような状態になっていましたね」

確かに2年連続で甲子園の決勝まで進んで以降の仙台育英は、少しちぐはぐだった。今までのチームならば、ピッチャーを中心とした強固なディフェンス力が最大のストロングポイントだったはずが、23年の秋からチーム育成のふり幅を攻撃にシフトした。そのことにより、今年春の東北大会の弘前学院聖愛戦で4つのエラーを喫して敗れるなど、守備の脆さを露呈してしまっていた。

「守りの仙台育英をもう一度、作ります」

須江はこの試合後に宣言し、夏には最速154キロ右腕のエース・山口廉王や安定感のある佐々木広太郎ら、3年生を中心とした盤石な投手陣を形成できた。だが、監督が「秋から苦しい期間を経て成長してくれた」と評価していたチームは、夏の宮城大会決勝で聖和学園に屈した。それは、「選手にとって形容しがたい負けだった」という。

「今年の3年生というのは、1年生で優勝、2年生で準優勝を見せられた特殊な世代だったじゃないですか。『先輩たちとは違うんだ』と証明するために、まずは自分たちの代で甲子園に出る必要があって、本当に苦労しながら野球に取り組んできて。それでも甲子園に届かなかった。その悔しさというのは、これまでとはレベルが違うわけです」

捲土重来を期した秋も、ゼロから築き上げたチームは敗れ、来春のセンバツ出場も絶望的となった。須江が18年に仙台育英の監督となってから、3季連続で甲子園を逃すことになる現実は初めてのことである。声のトーンを下げ、須江が心情を漏らす。

「なんか、ずっともやもやしていたというか、どうにもこうにもうまくいかなかった……。なんて表現したらいいのかな? 1年間、別の空間にいたような気がしています」

これは本音であっても弱音ではない。須江は、敗北という苦みを芳醇で味わい深いチームへと熟成させられる指導者だ。

「今年の秋から、仙台育英の“第3期”が始まった」
 
宮城大会4連覇を懸けた21年の夏に敗れ、敗因をくまなく検証して臨んだ新チームの秋も、投手陣を整備しきれずセンバツ出場を逃した。そんなチームが22年の夏に全国制覇を成し遂げたように、今度も仙台育英は新たな力を携え、また甲子園に帰ってくるだろう。

「今年の秋から、仙台育英の“第3期”が始まったと思っているんです」須江が自信を覗かせるように、今度は声を張る。

「僕が仙台育英の監督になって、ただただ目の前の勝利に向かってチームを作ってきたのが“第1期”。22年に優勝してから今年の夏までが“第2期”と位置付けているんです。ありがたいことに、第3期のスタートとなる今年の選手たちは、先輩たちの負けの悔しさというものをしっかりと理解してくれていますから。これからスキル、フィジカル、メンタリティをうまく運営してくれるでしょうね」

東北に厳しい冬が訪れる。葉を全て地面に落とし、風雪にさらされながら、春に新芽を吹かせるために耐え凌ぐ木立は、実に逞しい。

第3期を迎えた仙台育英はきっと、そんなチームになる。

            <後編へつづく>
2024/12/02(月) 22時36分24秒 No.1471 編集 削除