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⚾明日の神宮大会組み合わせ(初日 1回戦)
    08:00~         開 会 式
    08:30~ 聖光 学院(東 北)-東洋大姫路(近畿)
    11:00~ 東海大札幌(北海道)-大垣 日大(東 海)
    13:30~ 福 岡 大(九州3)-日 体 大(関東②)
    16:00~ 佛 教 大(関西②)-創 価 大(関東①)

☝岡山県高校野球界の発展へ 地区別の選抜チームで初の交流試合 監督らの提案がきっかけ
https://news.yahoo.co.jp/articles/af0a905440769805f0681dec3d3a4bdf712d1f05

岡山県の高校野球のレベルアップを目指して各地区の選抜チームによる交流試合が初めて行われました。きっかけは監督たちからの提案でした。

初めて企画された交流試合。出場したのは約50校から選ばれたキャプテンを中心とした2年生の選手です。

岡山県を東部・西部・北部の3つに分けて選抜チームをつくり、総当たり戦を行いました。高校同士の交流を活発にし、選手のレベルアップを図ることが狙いです。

今回の交流試合、きっかけは、各高校の監督が集まる「監督会」からの提案でした。

(東部選抜を指揮 岡山学芸館/佐藤貴博 監督)「野球の普及というところでもちろん甲子園に行くことも大事なんですけど、同じ岡山県内で交流っていうのは大切ですし、(選手にも)すごい刺激になっているみたい。学芸館はこんな練習しているんだとかこういうスイングしているんだとか」

1試合目で対戦したのは東部選抜と西部選抜です。東部のスタメンマスクを被ったのは夏ベスト16の西大寺から選ばれた、沼本高彬選手。2024年の夏に準優勝した、関西。そして夏と秋の王者、岡山学芸館という強豪校2校のピッチャーをリードしました。

(西大寺[東部]/沼本高彬 選手)「球がチームの人より速かったり変化球のキレがあったりでちょっと大変な部分もあったんですけど、しっかりピッチャーをリードできたかなと思います。チームに帰ったらライバルになってしまうんですけど、楽しみながらしっかり自分は技術を盗もうと思ってここに来たので良かったと思います」

試合は息詰まる投手戦に。西部は1点を追いかける8回、4番に座った倉敷翠松の亀鷹選手が同点の犠牲フライを打ち、1対1の引き分けで試合を終えました。

(倉敷翠松[西部]/亀鷹大亮 選手)「まず楽しかったっていうのが一番でいい経験になったと思います」

(関西[東部]/原田侑征 投手)「いつもライバルの人が後ろを守ってくれているというのは自分自身も投げやすかったですし、いい経験ができたのでそこを生かしてやっていきたいと思います」

(東部選抜を指揮 岡山学芸館/佐藤貴博 監督)「声を出し合っていくことでやっぱり野球をやって来た人間同士の会話になってきたというか、見ていてこっちもうれしくなるというか楽しい雰囲気になってきた。中国地方でそれぞれ選抜を作ってリーグ戦みたいな感じで11月くらい使って2年生中心にやれたら一番いいかなというところはイメージしながら、まだまだ先の話だと思いますけど、そういったところを目指してやっていきたい」

✌選手11人ながら秋の中国大会で8強 大田を21世紀枠の県推薦校に選出 来春のセンバツ高校野球 地元児童への指導などボランティア活動も評価
https://news.yahoo.co.jp/articles/686c7761b857bd8e7b08b4ca4963ede6c47d32be

島根県高野連はこのほど、来春にある第97回選抜高校野球大会の21世紀枠の県推薦校に大田を選んだと発表した。同校が県推薦校に選ばれたのは7年ぶり3度目。選手11人と少人数ながら今秋の中国地区大会で8強入りした成績面やボランティア活動などが評価された。

人数不足で実戦練習が不足するハンディを練習試合を重ねることでカバー。県秋季大会では、堅い守りを見せ5試合中3試合で零封勝ちして4強入り。24年ぶりに出場した秋季中国地区大会では、1回戦で境(鳥取1位)を破り8強入りを果たした。「大田市野球フェスティバル」など子どもを対象としたイベントなどで野球の普及とレベルアップに携わっている点も評価された。

21世紀枠の選抜出場校については、12月13日に中国地区の推薦校が1校発表され、来年1月24日の選考委員会で全国から2校が選出される。

📝甲子園春夏連覇…4番が明かすPL学園の“真実” 厳格な上下関係の裏にあった強さのワケ
https://news.yahoo.co.jp/articles/fee2f30d365d6987ddcc5672a474cb9ceaa1f5ae

4番で甲子園春夏連覇、元コーチの深瀬猛氏がPL学園OBチームの監督を務めた

1987年に甲子園春夏連覇を達成した大阪・PL学園硬式野球部。この快挙に春は4番打者、夏は5番打者として貢献した他、2008年から休部前年の2015年までコーチとして後進の育成に尽力した深瀬猛氏が、甲子園球場で9、10日に開催された「第21回マスターズ甲子園2024」にOBチームの監督として参加した。「勝つことも大事だけど、今回は全員で野球を楽しむことが最優先」とグラウンドで率先して明るく振る舞った。

同校は甲子園春夏通算7度の優勝を誇り、1983~1985年には桑田真澄と清原和博の「KKコンビ」を擁して優勝2度、準優勝2度の黄金時代を築いた強豪。しかし、度重なる不祥事で対外試合禁止などの処分を受け、2016年に休部、2017年に高野連を脱退した。

同校には、大相撲から取り入れた若手育成方法として“付き人”制度があった。1年生が夏までは3年生、秋からは2年生の食事を用意したりユニホームを洗濯したり、身の回りの世話をしながら野球をする上で大切な考え方や方針などを教わる。今も角界に残る制度だが、同校では解釈が歪み、これが寮内の行き過ぎた上下関係へと変わっていった。

PL学園硬式野球部といえば、そんな上級生と下級生の関係性に着目されがちだ。しかし、2学年上の清原と同部屋で生活し、1年夏まで桑田の付き人だった深瀬氏は当時をこう振り返る。

「桑田さんの付き人だった時は厳しいとか辛いとかはなかったです。桑田さんはフルーチェが好きだったから、凍らせた牛乳に原液をかけて部屋に2皿持って行くの。1つは桑田さんので、1つは自分の。そしたら『深瀬も食べていいよ』って言ってくれるから。いざ食べようとしたら、桑田さんと同部屋のタツ(立浪和義)が勝手に食べてしまっていつも無くなっていましたけどね」

2学年上の清原和博と同部屋、桑田真澄の付き人として貴重な体験
 
上下関係のあり方は、どの先輩の付き人になるかによってさまざまで、一時的ではあるが世代によっては緩和されたこともある。一方で、感謝の心、道具を大切にすること、プレー中は自己感情を律することなど、野球に対する姿勢は年代を問わず一貫性があると感じた。それを深瀬氏に伝えると、一息ついてから「それが本当に強くなれた理由だと思うよ」と頷いた。

「野球とは関係ないものを、野球に結びつけることが大事だったんだろうと思います。PL学園には『処世訓』というものがあって、野球部も日頃から教わるんだけど、例えば『自他を祝福せよ』という教えは、他者のおかげで自分があるから感謝を忘れてはならないということ。それが野球部ではガッツポーズ禁止に繋がっていました。監督から『処世訓』に限らず日常における考え方、生き方、マナーと野球を結びつけて教えられて、選手もそう考えられていたことが、あれほど強くなれた理由だったと思います」

入学時点でポテンシャルが高い球児が集まっていることも強さの一因だったが、それだけで勝ち続けることはできない。努力の積み重ねが結果に現れる。なぜ野球をしているのか明解な理由があり、社会に出るために身につけておくことに直結していることが選手の腑に落ちることで継続的に取り組むことができたのだ。

昭和の時代には珍しく練習メニューや量を自ら考えて監督に直談判する桑田や、バットを抱いて眠る清原の姿などから、さまざまなことを見て学んだ深瀬氏。「OBチームが活動することで取材してもらって、当時応援してくれた人みんながPL学園を思い出すきっかけになったらと思っています」と、マスターズ甲子園での一戦に願いを込めた。鳴門渦潮OBに9-8で勝利し、試合後にはスタンドや球場外周で昔を懐かしむファンと積極的に言葉を交わしていた。

📝母校は「日本一の上下関係」 恐怖から拒否反応…元中日戦士の心を溶かした“OBチーム”
https://news.yahoo.co.jp/articles/ed0e3531d8dc6490046cf68af385f2f9caf4d938

マスターズ甲子園に出場したPL学園OBで元中日の辻田摂氏…当初は参加をためらった

PL学園のクリーンアップとして1995年に春夏連続で甲子園に出場し、米マイナーなどを経て2000年ドラフト8位で中日に入団した辻田摂氏は、1軍出場がないまま在籍2年で戦力外通告を受けた。同じポジションの山崎武司氏や、PL学園の先輩である立浪和義氏らが「バケモノに見えました」と言う。その後は大和高田クラブを経て、現在の職場であるミキハウスで36歳の時に現役引退。軟式野球を楽しんでいたところ、同級生からPL学園OBチームへの“誘い”の電話があった。だが、辻田氏は返答をためらったという。

選抜大会3度、選手権4度の優勝を誇るPL学園硬式野球部は2017年に大阪府高野連から脱退、休部した。廃部危機にある中、復活を願いOBによるチームが結成されたのは2019年。友人からの誘いは母校のユニホームを着て再び一緒に野球をし、全国の高校野球OBとOGが出身校別に同窓会チームを結成して出場する「マスターズ甲子園」を目指そうというものだった。辻田氏は笑いながら当時の心境を語る。

「今だから言えますけど、絶対に嫌でした。記憶が高校3年で止まっているんです。みなさんPL学園のことを『日本一の上下関係』とか『全国で一番厳しい』って思っているでしょ? 本当にそのイメージ通りの野球部だったんです。だから僕、本当に先輩が怖くてOB会に1回も行ったことがなかったんですよ」

当時42歳だった辻田氏は、電話を切ってから1か月悩んだ。そのまま一歩も踏み出さずにいるのか。考え抜いて出した答えは「しばかれてもいいから行こう」。週5日のランニング、週1日のバッティングセンター通いで感覚を取り戻し、「1本だけでいいから硬式球でヒットが打てたら」と小さな目標を立てて、チームに合流した。

懐かしい硬式球の感覚、公立校に敗れて蘇ったプライド

「恐る恐る2021年の大阪府予選初戦に行ったんです。そしたらみんな優しくなっていました。もういい歳なのにまだ厳しかったらおかしいですもんね。逆に、春夏連覇や素晴らしい成績を残した先輩方と試合ができるって、なかなかないことですし、楽しいことと思えました。その日はいきなり4番で使ってもらってヒット3本。硬式の懐かしい感覚に欲が出て、次はホームランを打ちたくなって2回戦も参加しました」

辻田氏以外の同校OBに話を聞くと、年代によって厳格な上下関係などの慣習を変えようとしたこともあったが、新チームになると元通りになってしまっていたという。1人や、1学年の決心だけでは変えられないほど根深いルールだったのだ。だが、当時は高校生だった球児たちが大人になり、OBチームは同じことを繰り返さないと決めている。昔を懐かしみながら、先輩・後輩に関係なく冗談を言い、野球を楽しんでいる。

チーム合流後、辻田氏は2回戦で本塁打を記録するも、3回戦で天王寺に敗退。「全体練習していると思うくらいまとまりがあるチームでした。次の年は生野に決勝で負けたんです。どっちも公立で、勉強ができる学校だし、僕が高校生だった頃はもうそんなに強くなかったと思うんです。そのときなら負けてなかったであろうチームに負けて……。こんな感覚になったことがないというか、もう、甲子園しか見えなくなったんですよ」と、意欲を掻き立てられた。

今年6月には辻田氏が発起人となり、全体練習を実施。その成果もあって、甲子園球場で9、10日に開催された「マスターズ甲子園」本大会に5年ぶり2度目の出場を果たした。10日に行われた鳴門渦潮OBとの一戦は、9-8で逆転勝ち。ヒゲを剃って初心に戻り、右中間を割る痛烈な三塁打を放った辻田氏は「1人1打席と決まっていた中でヒットが打てて、チームも勝てて本当によかったです。体が動く限りはまたPL学園のユニホームを着て、甲子園を目指します」と満足そうに話した。

厳格な上下関係が“トラウマ”になり、母校と疎遠になっているOBの背中も押す。「昔怖かった先輩も丸くなっています。心配はいりません。僕もすごく怖かったけど、来て良かったと思っています。監督とお酒を飲んだりいろんな先輩と話せたりして楽しいです」と語る。伝説の強豪校のユニホームを着た辻田氏は、甲子園に来た時も、去る時も、ずっと笑顔だった。

⚾岩手さんへ
静岡も確かにワイドショーで物議を醸してましたね・・・。
対岸の火事だったので、細かいことまで見ていなかったですがずいぶん個性のあるアクの強い知事だったようで、他県の知事からも煙たがらえていたようで・・・・・。

リニア新幹線が必要か不要かは僕にはわかりませんが、東京-大阪間が開通すれば、なんと途中に亀山駅がストップするとか!?
東海道五十三次の一角だし、関宿ー亀山は何度か散策しており9月上旬に行ったばかりですが・・・・・。

和歌山は野球王国ですが、プロ野球監督もずいぶん輩出しているとは知りませんでした・・・・・。
小久保の星林の現役時代も知らないし、箕島の吉井投手の甲子園での活躍も分からないですね・・・。

埼玉栄の事故はどうしようもないですね・・・。僕は車やバイクなど免許はないし、乗り物に興味はありませんが18歳になれば免許取得できる年齢になりますが、早く車を運転したいという欲求に勝てなかったんでしょうね。

21世紀枠の推薦辞退はどうしようもないですね。。。県高野連を裏切るような行為だし、2度とお呼びがかからない可能性が、、、、、

僕の21世紀枠願望としては・・・紀央館・大田あたりになりますね!
和歌山も島根もずいぶん21世紀枠に縁があったし、これ以上の救済は顰蹙を買うかもしれませんが、大田は部員11人で中国大会出場し境に7回コールド勝ちしました。
松江まで地元のファンが多数駆けつけ声援送ってましたね。

大社と同じくらいの古豪だし、アルプスをすべて埋め尽くすだけの力はあると思います。
紀央館はかつての御坊商工だし、このチャンスを逃すと甲子園には縁がない歳月がずいぶん続きそうなんで・・・・・。
2024/11/19(火) 22時18分21秒 No.1445 編集 削除