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⚾今日の熱闘甲子園試合結果(準々決勝)
13日目第1試合 天理(奈良)-三重(三重) 8:02~10:11
          一二三四五六七八九十計HE
      天  理010100032 7132
      三  重000000000 093

13日目第2試合 智弁和歌山(和歌山)-仙台育英(宮城) 10:43~13:31
          一二三四五六七八九十計HE
      和 智 弁511010300 11180
      仙台育英010000002 381

13日目第3試合 横浜(神奈川)-花巻東(岩手) 14:06~16:33
          一二三四五六七八九十計HE
      横  浜100220001 6140
      花 巻 東000000000 070

13日目第4試合 有明(熊本)-高崎健康福祉大高崎(群馬) 17:06~19:03 18:00点灯 6回表から
          一二三四五六七八九十計HE
      有  明0000000000051
      健大高崎0000000001x171

☝「天理に旬の風が吹いているよう」フォーム変更の変則左腕橋本154球完封、9年ぶり4強
https://news.yahoo.co.jp/articles/a7fcd2e601b30dd43507a941baec719824703fc9

天理7-0三重(18日、夏の甲子園大会準々決勝)

天理の背番号10が9年ぶりの4強に導いた。今大会初登板した橋本が154球を投げ切って完封。最後のアウトを取った瞬間、両手を突き上げた左腕は「うれしい気持ちでいっぱい」と満面の笑みを浮かべた。

仲間たちと守り切った。2-0の七回には2死一、二塁で中前に抜けそうなゴロを、二塁手の田畑が横っ飛びで好捕。九回1死二塁では遊撃の金本の好守にも助けられた。「バックが守ってくれるのを信じていた」。9安打され、三者凡退はなし。それでも最後まで本塁は踏ませなかった。

直球の最速はこの日記録した135キロ。変則タイプの左横手投げで、的を絞らせなかった。昨年春に藤原監督の勧めもあってフォームを変更。「やっぱり上から投げる方がかっこいい」と抵抗はあったが、プロ野球選手らサイドスローの映像を参考にして取り組んだ。「急に(ボールが)出てくる」というイメージを実現するように徹底し、自分のものにした。

指揮官は「びっくりしている。何か天理に旬の風が吹いているようだった」と左腕の力投に目を丸くした。2試合連続完投していたエース長尾は温存。続く戦いへ、自信を深める快勝となった。

👣三重・沖田監督「ベスト8で安心してしまったかも」 
https://news.yahoo.co.jp/articles/20fdef86f767e57dd4bbab9de6cf5ce9e36ba774

三重・沖田展男監督の試合後の主なコメントは次の通り。

<試合を振り返って>
もう完敗でした。生徒はよくやりましたけど。

<なかなかあと1本が出なかった>
左バッターが(相手先発の橋本桜佑投手を)どうも打ちづらそうにしていました。(ボールが)少し下から出てくるので、ちょっとだけボールの下にバットが入ってしまって、打線がつながらなかったですね。ジグザグ(打線)のデメリットというところも、ちょっと出たかなと思います。

<橋本投手への対策は選手にどう伝えていましたか>
タイミングがみんな遅れていたので、ちょっと早くしないといけないというのと、いつもより意識してボールの上を打たないといけないと伝えていました。ただ、なかなか難しかったです。

<守備の乱れもあった>
そうですね。今までが上出来みたいな感じでしたけど。(二塁手の)水野(央清選手)が手をけがしていたのがね……。小指(をけがしていた)っていうのが、打つ方でも気になるというか。けがをしていても出さないといけないチーム事情もありました。でも、選手たちはよくやりました。

<ベスト8の景色はどうだったか>
たくさんの人が応援に来てくれて、アルプスからすごい応援が届いていたんですけど。1点取ったら、また流れが違ったのかもしれませんが、なかなかいいピッチャーで、対応できなかったです。

<今年のチームは春のセンバツも経験しました>
僕が、「目標は国スポ(国民スポーツ大会に出場すること)」と言ってしまったので、ベスト8まで行って安心してしまったところもあるかもしれないですけど、よくやったと思います。

<下級生も出場していました>
そういう部分も含めて、また来年につないでいけたらなと思います。

☝帽子の裏に仲間23人の名前 天理マネジャーが支える最後の夏「日本一のマネジャーに」
https://news.yahoo.co.jp/articles/becf42976e14cc9c9ed46e7a95fea822c1fdf4cc

天理(奈良)が三重(三重)を破り4強一番乗りを果たした。準決勝進出は9年ぶり6度目。奈良県勢は春夏甲子園通算160勝目。

「もう一度ベンチ入りしたい」。一塁側アルプスでは、天理のマネジャー、田渕みあびさん(3年)と鈴木優苺さん(3年)が声援を送った。
今夏は3人のマネジャーが交代で記録員としてベンチ入り。この日は、もう1人のマネジャー、溝渕千聖さん(3年)がベンチ入りした。初戦は鈴木さん、3回戦は田渕さんがベンチから戦況を見守った。

「甲子園は応援の迫力も熱気も全然違って、すごかったです」と鈴木さん。準決勝では鈴木さん、決勝では田渕さんがベンチ入りする予定だ。田渕さんは「もう一度ベンチ入りしたいし、日本一のマネジャーになれるよう精いっぱい応援したい」と力を込める。

帽子の裏には、それぞれが選んだ大切な言葉とともに、3年生20人とマネジャー3人がそれぞれの名前を書き込んだ。「今年の3年生はみんな元気で明るくて、とても仲が良いです」。長くても残り2試合。仲間と過ごせる残り少ない時間を、最後まで大切に選手を支える。

📝智弁和歌山にツキあり 初回から猛攻、結果的に大勝だが 高嶋仁の目
https://news.yahoo.co.jp/articles/bfc9815574ffef3ea1bc9f1306d4481e991b689b

(18日、第108回全国高校野球選手権大会準々決勝 智弁和歌山11―3仙台育英)

「運も実力のうち」とはよく言いますが、智弁和歌山はツキがありました。
攻めては打球が野手の間を抜けたり、守ってはイレギュラーバウンドした打球を捕ったり。一方、仙台育英はいいところがまったく出せませんでした。

智弁和歌山は一回から好機を得ました。1番・長友悠成選手(2年)が右越え三塁打で出て、相手バッテリーのミスで1点を先取。ここで1点で終わってしまうようだと、相手が乗ってきます。たたみかけて2、3点取りたいところでした。結局打者11人の攻撃で計5点。これで試合の流れをつかみました。

結果的に智弁和歌山の大勝でしたが、気になる点もあります。4番・山田凜虎選手(3年)の打撃です。六回1死満塁で打順が回ってきたときです。カウント1ボールから変化球を空振りした後、また変化球にタイミングが合わず、遊撃への併殺打に倒れました。

山田選手は、すべて直球のタイミングでスイングしていました。しかし、こんなピンチで相手バッテリーは素直に直球を投げてきません。
変化球でストライクを取りに来るのが常です。山田選手は捕手なのですから、自分ならどうするか、と考えて打席に立ってほしいです。

💢走者が2度アウトに…仙台育英vs智弁和歌山で『?マーク』が広がる珍プレー 選手と審判の“勘違い”重なる
https://news.yahoo.co.jp/articles/30e82daea31067e433a3f3be95ee238629d1df8b

珍しいプレーで中断した。智弁和歌山が6―0とリードして迎えた2回裏の守備。1死満塁で三塁線への強烈な打球を黒川梨太郎内野手が飛び付いて好捕。三塁ベースを踏んで一塁へ転送した。一塁は間に合わず、併殺崩れで1点が入った。

この直後に?マークがグラウンドに広がるプレーがあった。転送された球を受けた山田凛虎捕手(3年)が、三塁で封殺されてベンチに戻ろうとしていて走者にタッチしようと近づいた。走者も反射的に逃げ、三塁方向へ駆け出した。

走者は三塁手前でタッチされた。すでにアウトになっているのに、ここで三塁塁審から再びアウトのポーズをされた。微妙な間が漂い、仙台育英・須江航監督(43)は塁上に残った走者に「(塁から)出るなよ、出るな!」と大声で指示していた。一端待ったがかかり、審判団が状況を確認。審判から場内アナウンスがあった。

「1死満塁から三ゴロ。三塁手は三塁ベースを踏み、二塁走者はアウト、その際、一塁転送されたが打者走者はセーフ。その際、得点は1。2死走者一、二塁から試合を再開します」
守備側の智弁和歌山の選手と審判の勘違いが重なり、珍しい状況を招いた。

✌智弁和歌山アルプス席を彩るチア 大きく重いポンポンを両手に応援
https://news.yahoo.co.jp/articles/ab187dbcad590199253cc39f38b59cf10e540e16

智弁和歌山の三塁側アルプス席には、おなじみの「C」の文字が浮かび上がった。

盛り上がる応援席をより色鮮やかに彩るのが、チアリーダーが持つ智弁和歌山オリジナルのオレンジ色のポンポンだ。智弁和歌山のポンポンは、ひも状の細いビニールが束になっていて、くるくる回すと丸く大きく広がり、存在感が増す。

今年のチアは13人と例年に比べて少ないが、「人数が少ない分、ポンポンを大きく見せるよう意識している」とリーダーの熊代彩乃さん(2年)は話す。
重さもひときわだ。ポンポン一つは、水が満タンに入った500ミリリットルのペットボトル1本と同じ重さだという。練習では重さに慣れるため、ペットボトルを両手に持って踊っている。
甲子園の応援に憧れて今年チアに入ったという瀧口由宇さん(1年)は「もっと軽いと思っていたら、意外と重かった。(初めは)重すぎてひじがもたなかった」と話す。

この日、チームは序盤から流れに乗り、準決勝に駒を進めた。夏の頂点まであと2戦。熊代さんは「選手が連れてきてくれた甲子園。しんどい場面も選手たちを支えたい」と語る。
伝統のポンポンを両手に、最後まで応援を盛り上げるつもりだ。

👣手甲骨折の有明・工修哉が伝令で登場
https://news.yahoo.co.jp/articles/e8fb6f6a7eb506e9398e975df1a5e52e2b5d0f6a

全国高校野球選手権大会は第13日の18日、阪神甲子園球場で準々決勝があり、春夏通じて初出場の有明(熊本)が健大高崎(群馬)と対戦した。

16日の3回戦の試合前練習で味方選手の素振りが当たって左手甲を骨折した工修哉選手(3年)が、九回1死一、二塁のピンチで、伝令としてグラウンドに登場した。
工選手は骨折した左手にテーピングなどをした姿でマウンドへ行き、選手にベンチからの指示を伝えた。その後2死満塁となったが、斉藤遼汰郎投手(3年)が見逃し三振を奪い、ピンチを脱した。

📝「ウチを選んでくれるのは『Bランク』の選手たち」 八幡商が15年ぶり甲子園をつかんだ"名門復活"の舞台裏
https://news.yahoo.co.jp/articles/c8e3a801168f27ab50dd29fd2952e45d143e9365?page=1

今夏の甲子園(全国高校野球選手権大会)は公立校が9校出場しているが、そのうち4校は商業高校である。
高岡商(富山/4年ぶり23回目)八幡商(滋賀/15年ぶり8回目)佐賀商(佐賀/8年ぶり17回目)大分商(大分/13年ぶり16回目)

かつて高校球界で栄華を極めた商業高校も、近年は全国的に苦戦が続いていた。しかし、今夏は上記の4校だけでなく、地方大会で準優勝した商業高校も5校(前橋商・群馬/明石商・兵庫/倉敷商・岡山/広島商・広島/高松商・香川)あった。商業高校は復活の機運があるのか。今大会、15年ぶりに甲子園に帰ってきた八幡商のケースから紐解いてみたい。

【商業高校は誤解されている】

「入ってくる選手の質は、はっきり言って15年前とは全然違いますね」そう語るのは、小川健太監督。柔和な童顔ながら今年で45歳、八幡商のOBでもある。かつては野洲の部長として、2012年夏の滋賀大会準優勝を経験した。

「いわゆる『Sランク』『Aランク』というレベルの選手は施設の整った私学や、寮生活を求めて県外の高校に進んでしまいます。ウチを選んでくれるのは『Bランク』の選手たちですね」

春の選抜で3回のベスト8進出実績がある八幡商。15年前に出場した夏の甲子園では、9回表に逆転満塁本塁打で名門・帝京(東東京)を破る伝説的な試合を演じた。そんな伝統校も、選手勧誘に苦戦する時期が続いていた。チームを預かる小川監督は、苦笑交じりにこう漏らす。

「皆さん、昔の八幡商の感覚でいらっしゃるので、結果が出ないと『何してんねん』というお叱りの声もいただきます。プレッシャーは常に感じます」

そもそも、なぜ商業高校に生徒が集まりにくくなっているのか。社会的に大学への進学志向が高まったこと、普通科高校へのニーズの拡大などの要因が考えられる。だが、小川監督は「商業高校は誤解されています」と強く訴える。

「商業高校イコール就職のイメージがありますが、進学する生徒も多いです。指定校推薦が充実している商業高校だって多いですよ。資格試験で取得した実績を生かして、小論文と面接で受験できる大学もあります。中学校を回って募集活動する時は、その点を強調しています」

堅守が光るレギュラー遊撃手の山口琉希(2年)は、「文武両道」に惹かれて八幡商への受験を決めている。

「ただ野球が強いだけではなく、勉強もしっかりできる高校に行きたかったんです。八幡商なら進学に有利だし、就職の求人もたくさんくると聞いて魅力に感じました。県外の高校からの誘いもあったんですけど、地元の八幡商に行こうと決めました」

センターラインを固める小林大佑(2年)も「進路の幅が広がる」と商業高校の魅力を語る。簿記2級を取得し、現在は1級の検定に向けて勉強中だという。

「父が八幡商の野球部OBで、いろいろと学校について教えてもらいました。父の時代よりいい選手は集まらなくなっていますが、今の自分が甲子園を目指すにはいい学校だと思いました」

小林は身長165センチ、体重60キロの小兵である。近江や滋賀学園といった県内トップクラスの強豪から声がかかる存在ではなかった。小林は「チャレンジャーという感覚です」と語る。

【明徳義塾中から八幡商へ来た理由】

チームの主砲である辻井煌大(3年)は、かなり特殊な経歴だ。中学時代は明徳義塾中(高知)でプレー。しかし、高校はそのまま明徳義塾に進学しなかった。

「高校で通用する自信がなかったんです。そんな時に『地元で甲子園を目指せるところがあるよ』と八幡商の存在を教えてもらいました」

明徳義塾中では寮生活を送り、八幡商では自宅から通学している。辻井はそれぞれのよさがあったと振り返る。

「親元を離れて寮生活を送ったことで、仲間たちと密なチームワークを築けました。今は自宅から通っていますけど、近所の人や市内の人から温かい声をかけてもらって、『支えてもらっているな』と実感できます。この人たちのために野球をやろうと、原動力になっています」

名門から声がかからなかった選手たちが、どのようにして甲子園出場を勝ち取ったのか。キーワードは「守備」である。堅い守備で失点を防ぎ、粘り強く勝機を探る。昔ながらのスタイルだが、小川監督は「勝てる野球になってきた」と手応えを深める。

「選手たちは自分たちの能力をしっかり分析して、『できることは何か?』を整理しています。高校野球での勝ち方を理解して、実行してくれました」

戦い方を学んだチームがある。2024年夏に全国制覇を果たした京都国際だ。小川監督は「低反発バットでの勝ち方を気づかせてもらった」と明かす。

「5〜6回は練習試合をさせてもらいました。投手が抑えて、守備でしっかりと守って、足を絡めて点を取る。京都国際さんから学ばせてもらいました」

投手陣を支えたのは、田上晴也(3年)、久保田渓五(2年)、高木大世(3年)の3投手。とくに田上は最速145キロを計測し、卒業後は強豪大学に進学予定の本格派右腕だ。現在は身長183センチ、体重80キロと立派な体躯を誇る田上だが、大津市立日吉中の軟式野球部に所属した中学時代は、身長が170センチにも満たなかった。それでも、小川監督は田上をスカウトしている。

「お兄ちゃん(航/青森大)も大きかったし、お父さんも大きいから、彼もきっと大きくなるだろうと予測しました。体重も高校で20キロ以上増えているんじゃないですか」

もうひとりの中心格である2年生左腕の久保田も、中学時代は彦根市立稲枝中の軟式野球部でプレーした。田上、久保田とも軟式出身の、まさにたたき上げの投手陣である。滋賀大会では、昨夏の代表校である綾羽を準々決勝で破って勢いに乗った。準決勝では滋賀短大付に3対2で競り勝ち、決勝は彦根総合を6対2で破った。

【八幡商が踏み出した新たな一歩】

15年ぶりの甲子園。8月7日の健大高崎(群馬)との試合前、小川監督はこんな思いを語っている。

「昨日も練習していて、町の方からたくさんの声をいただきました。子どもたちも応援されている雰囲気を感じていると思います。今日は地元からたくさんの応援が来ると思うので、力に換えてもらいたいですね」

試合は先発した久保田がチェンジアップを駆使して、4回1失点と好投。中盤まで接戦が続いたが、5回裏に落とし穴が待っていた。エースの田上がリリーフのマウンドに上がると、制球が定まらずに一挙6失点の乱調。田上は「立ち上がりの課題を改善できなかった」と肩を落とした。それでも、6回以降は「ストレートを張られていたので配球を変えた」と立ち直り、田上は無失点に封じる。8回二死からは3番手の高木がマウンドに上がり、甲子園出場の原動力になった3投手が揃い踏みを果たした。

試合は1対7で完敗。それでも、小川監督は「ここからですね」と前を向いた。主将の桑原太暉は、後輩たちに望みを託した。

「2年生はベンチ入りメンバーも多く、能力の高い選手も多いですから。また強い八幡商を取り戻してもらいたいです」

地域に応援される、守りの野球を掲げる商業高校。そう聞くと、まるで昭和にタイムスリップしたかのようだが、アップデートは確実に進んでいる。

「強い八幡商」が今後も定着すれば、滋賀の高校野球界はますます盛り上がるはずだ。

📝“県下で86連勝中”福島の絶対王者・聖光学院はなぜ敗れたのか…「許したヒットはわずか2本」伏兵チームの「背番号17」ナゾの右腕は何者だった?
https://news.yahoo.co.jp/articles/1e2344089b2a27ea217bc585308660e857f2b18a

いよいよ今年も夏の甲子園が開幕した。各地の地方大会では優勝候補が敗れる波乱が続出。福島でも5連覇を狙った強豪・聖光学院が準決勝で涙をのんだ。県下の絶対王者を封じ込めたのは、まさかの「背番号17」。伏兵が起用した“ナゾの剛腕”の正体は何者だったのか。

グラウンドに慟哭の海が広がっていた。選手たちは打ちひしがれ、誰かの手を借りなければ立ち上がることができない者もいた。

2026年。聖光学院は甲子園で戦うことなく夏を終えた。春は4年ぶりに東北大会を制した。仙台育英との決勝で見せた驚異的な粘り。その源たるチームの渇望は、本気で日本一を目指し、初の甲子園ベスト4となった22年の世代に近い生き様があった。監督の斎藤智也の愛情を思い出す。

「俺に愛着を抱かせるチームになったよね。野球の技術以上にチームとして成熟してきた。こいつらは負けさせたくないって思えるんだ」

「優勝候補の大本命」がなぜ…?
 
コロナ禍の間、“準公式”と位置付けられた支部予選も含め、夏の連覇が「13」で途絶えた21年の夏以降、福島県内では負け知らずの83連勝で夏を迎えた。優勝候補の大本命だったが、東日本国際大昌平との準決勝では「聖光学院らしさ」をなかなか発揮できずにいた。

相手のミスにつけ込み、4回までに2点を挙げたところまではよかった。不穏な空気が流れ始めたのが直後の5回だ。多彩な変化球と抜群の制球力を誇る先発の松本叶我に対し、相手ベンチの「低めを見逃して三振はいい。その代わり浮いた球を確実に仕留めよう」という作戦により4連打を浴び、1点差に詰め寄られた。

「あそこでちょっと力んでしまって……」。松本が悔やむように、その後、押し出しとワイルドピッチで逆転を許してしまったのである。

2対3。20回もの甲子園出場の歴史が物語るように、ビハインドを跳ね返した試合など夏は何度もあった。だからこそ斎藤はベンチで、泰然自若と「こういう試合を跳ね返せないと、お前たちが目指す日本一には到底、届かないよ」とはっぱをかけられたし、試合終盤に差し掛かっても選手たちには笑みがあるくらいの落ち着きがあった。しかし、スコアは動かず試合は終わった。選手たちのすすり泣く声、嗚咽が入り混じった空間で、監督の斎藤はいつもと同じように「負けたときこそしっかりと話す」と、毅然と取材に応じ、静かに口を開いた。

「なんとか生徒らの意地を引き出してあげたかったけど、できなかったね。これまでも夏はいろんなピッチャーを攻略してきたけど、今日は攻略できなかった。うちが気負っていたわけじゃなくて、あれだけ最後まで崩れず、思った通りにボールを操れたのは大したもんだ。それくらい素晴らしかった、照沼君は」

“絶対王者”を封じ込めた「背番号17」の正体は?
 
聖光学院の県内連勝記録を“86”で止め、引導を渡したのは――東日本国際大昌平の背番号「17」照沼佑崇だった。

               <次回へつづく>

⚾SHIONOMISAKIさんへ
今日は大方の予想を裏切り最初からワンサイドゲームが多発しまくって外野など日向で観戦されたファンはせっかく昨日10時からチケット争奪戦に勝利してスタンド入りできたのにガッカリされたと思われますが・・・・・。

TV観戦していても第2・第3試合は満員でしたが、第4試合は空席が目立っていたような・・・・・。
正直第4試合も、もっとワンサイドになりかねないと危惧しておりましたが、、、、、意外と斉藤投手が3回戦に続き孤軍奮闘しておりましたが、10回までが限界だったかな???
願わくば申告敬遠して満塁策して欲しかったですが。。。。。

幸か不幸か抽選で近畿の直接対決を避けられ5年前の智弁対決以来の和歌山VS奈良の決勝も可能性としてはありますが、、、、、天理が横浜に勝てるイメージは全くないですが、仙台育英を粉砕した和智弁打線がエース温存の横浜に序盤から圧倒して先行逃げ切りで勝てたら現実味を帯びるかも。逆に和智弁が負けたら関東対決の決勝戦となり10-0に近いようなスコアで横浜が昨春以来の全国制覇かなと思いますね!
2026/08/18(火) 22時28分22秒 No.2577 編集 削除