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宏鈴法師(管理人) MAIL URL

お知らせ

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⚾今日の熱闘甲子園試合結果(2回戦)
9日目第1試合 東海大甲府(山梨)-高崎健康福祉大高崎(群馬) 10:31~12:20
          一二三四五六七八九十計HE
      東海甲府000000000 070
      健大高崎00001000X 180

9日目第2試合 長崎日大(長崎)-有明(熊本) 12:50~14:36
          一二三四五六七八九十計HE
      長崎日大010000001 2100
      有  明02100000X 343

9日目第3試合 青森山田(青森)-東日本国際大昌平(福島) 15:15~17:06
          一二三四五六七八九十計HE
      青森山田000011000 272
      昌  平00015000X 681

9日目第4試合 英明(香川)-大分商(大分) 17:46~19:43 試合開始前点灯
          一二三四五六七八九十計HE
      英  明001001004 671
      大 分 商000000001 163

⚾明日の熱闘甲子園組み合わせ(10日目 3回戦)
 ☆☆ 13:30~ 花 巻 東-岡山学芸館
    16:00~ 鳴門 渦潮-霞 ヶ 浦
  ☆ 18:30~ 日南 学園- 横 浜

 今日は・・・・・うん。7月25日倉敷マスカット帰りの深夜に自宅近所のセブンイレブンで8/13(1塁内野席)8/16(3塁内野席)のチケットを購入していたのでこの夏3度目の甲子園へ行ってきました。

せやけど、、、13時30分から3試合という触れ込みゆえにお気に入りの3塁側でなく12時30分開門時から日陰になっているであろう1塁内野席を取ったのですが。。。。。
昨日の台風接近による日程変更でまさかまさかの4試合日に!!僕はてっきり8時から4試合を覚悟していたのですが・・・・・。

定刻通りならば大会5日目午後の部よろしく10時45分出発で12時30分開門に合わせられますが、16日は4時30分起床5時30分出発で7時開門に合わせるイメージでおりましたが、明日は久しぶりにゆっくり眠れると期待していたが・・・・・。

昨日の第3試合終了後にまさかの10時30分から4試合というアナウンスを聞き、ホッと一息。正直なところ7時45分出発9時30分開門15分ほど前にはコロワ甲子園で弁当買い出しも済ませられたので、来年以降ずっと10時30分から4試合を定着させてほしいと!!
朝はゆっくりできるし、いつもなら到底来店できない8時開店のコロワ地下食料品売り場で安い弁当&惣菜買えるし!オマケに確実にナイター観戦できるので!

ただ、唯一の難点は夜ご飯がいつになるか分からない。。。。。今日なんて17時30分には2食目食べてましたから!!

あと厄介だったのは・・・観たくもない?!健康福祉大の試合がスライドされてしまったのが↓↓
いつだったか?MBSラジオのベースボールパークでちゃらんぽらん富吉に『中京大中京』や『八王子学園八王子』と横並びに『高崎健康福祉大高崎』って長すぎるねん!とダメ出しされた健康福祉大ですが、、、、、

あくまでも僕の独断と偏見ですが、、、、関西の高校野球ファンに健康福祉大がダイスキという人は高校野球7イニング制導入賛成派と同じくらいの割合しかおらんのんとちゃうかなあと。
逆にアンチ福祉大派は7イニング制導入反対派に勝るとも劣らない星の数ほどいるのでは?と思いますがどないでしょうか。

・やたら走りまくって弱肩キャッチャーをいじめるし、高嶋先生時代の和智弁ファンや天理ファンなど走塁意識が皆無のファンは「あんまりチョロチョロすんな。こっちはなあ、ヒットシホン(4本)打たな点が入らへんねんど~」とひがまれる
・北海道から沖縄の石垣島まで逸材を乱獲
・野球部部費の年間予算が1億円もあるらしいのに、応援団の移動は地元バスと滋賀バスで走行距離を短縮させて経費節減に走る
・橋本監督時代の天理/下関国際/明徳義塾/敦賀気比その他モロモロお気に入りの学校から白星を稼ぐ

とイロイロありますが、僕が試合開始前に『ブチ切れ・ガチ切れ・マジ切れ』したのはここで幾度も紹介した「どこのご当地アイドル連れて来たんや~~~!!!」騒動でしたね(笑)

結局、あの日の数日後に熱闘甲子園見てどうやら学校の生徒さんらしいということが判明したので誤解は解けたが。。。。。ただ、その話をここで記すのはやぶさかではないので、その旨直接伝える機会が甲子園であればそのエピソードをここで書こうと思って温めておりましたが。。。。。

先代のキャプテンわかな嬢&熱闘甲子園の主人公・松澤芽依嬢は1つ上の先輩たちが大学受験のために7月の県大会で部活動引退したため、2年8月からツートップを張っていたが、自分たちが3年生となった最後の夏の甲子園にも引退せずアルプスで踊っていたのはさもありなんと思っていた(笑)

ただ、昨夏甲子園は初戦敗退だったし「このまま卒業でけへん。夏も全国制覇するまで辞めへんでえ!」(という類のことを群馬弁でどういうのか知らないが)とあえて留年して『高校4年生』としてこの夏も着物と袴着て応援しとったら、後輩たちがあまりにもかわいそうやなあと気がかりではあった。。。ちょっと気になったので5mほど離れてチアガールの後ろを歩くご当地アイドル?!を見とったらご両人の姿はなかったので、、、、ホッと一息。

悲しいかな16日第1試合で佐野日大が挑戦するも勝てる相手ではないので、、、、、神村なら行けると思ったが。せやけど、キャプテンわかな嬢&サブリーダー松澤芽依嬢がどこかでこの夏2勝目を挙げたことを知ったら純粋に喜んでいたんだろうなあ・・・。
関西人の娘だったら、、、「なんでウチらの最後の夏は初戦敗退やのに卒業したら2つも勝てるねん💢」ってキレとるやろうなあ・・・。

ここが関西人と関東人の違いなんだろうなあ・・・。それでも僕は生まれ育った関西はダイスキですが(笑)

📝第71回全国高等学校軟式野球選手権大会組み合わせ表
https://www.jhbf.or.jp/nanshiki/2026/tournament.pdf

📣元中日・若松駿太氏 岐阜ダイヤモンドリバーズの監督就任!来季から独立「日本海リーグ」に参入予定
https://news.yahoo.co.jp/articles/4cda5a4695fa6d0c76fe966d798c6c4215e779d7

プロ野球独立リーグ「日本海リーグ」へ参入を予定している岐阜県民球団「岐阜ダイヤモンドリバーズ」は12日、27年シーズンから中日で活躍した若松駿太氏(31)が監督に就任することを公式インスタグラムで発表した。

「2027年シーズンより、若松駿太氏が監督に就任することが決定しました!球団が目指す『地域密着・デュアルキャリア』のチームづくりを、若松監督とともに進めていきます」と若松駿太氏の監督就任を発表。就任会見は9月20日に開催される。

若松氏は12年ドラフト7位で中日に入団。18年まで中日でプレー。その後はBCリーグの栃木ゴールデンブレーブス、福島レッドホープスと渡り歩き24年に現役を引退した。

▼若松駿太氏 このチームに懸ける想いと覚悟を胸に、地域の皆さまと力を合わせ、ここから新たな歴史を創っていきたいと思います。応援よろしくお願いいたします。
▼飯田祥多球団代表 若松監督の経験と人間性は、球団が掲げるデュアルキャリアや地域密着の理念を体現する存在です。ともに新たな歴史を築いてまいります。

🎤高校野球が衰退していく」“甲子園出場40回”明徳義塾・馬淵史郎監督が「令和の高校野球に苦言」のワケは? 「いい選手が集まらないと勝てない、では…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/9df30c3b18a81e6d60e5724539d531bf633db0db?page=2

「ピッチャーの牽制球にしてもね、4つ目的があるんです」馬淵史郎が力説する。
「ランナーのリードを小さくさせること。間を取ること。相手の出方を見ること。ランナーをベース上で刺すこと。そういうことを覚えるだけでも、すごく勉強になるんですよ」

明徳義塾の監督となって36年。甲子園に出場した回数は春夏合計40回。これは歴代の監督で1位である。通算55勝は4位。まさに稀代の名将である。
昨年で古希を迎えた馬淵が、今もなお高校野球の最前線で戦う理由は単純明快だ。野球が面白いから。これに尽きるという。

「男が一生かけてやってもいいようなスポーツだと、僕は思いますけどね。ちょっとしたことをちょっと改良するだけで大きく変わったりするんですよ。僕は野球ほど面白いスポーツはないんじゃないかと思っています」

馬淵が同校の監督に就任した1990年といえば、元号が昭和から平成となって間もない時期。当時はまだ“スポ根”と呼ばれる精神論が色濃く残っていた。それが、時代が令和となり、合理的で主体性が強くなるといったように選手の気質も変わってきた。

変わったのは…「人ではなく時代」
 
移り行く時代のなかで変化は生まれたのか? と尋ねてみる。馬淵は視線を正面に据えながら、うん、うんと頷き、真っすぐ答えた。

「やっぱり十人十色でね。いろんないいところもありゃ、悪いところもあるんです。いいところはどんどん伸ばしゃあええしね、悪いところは『ここは矯正せなあかんで』と、ちゃんと指摘すればええしね。

人間の持って生まれた性格っていうのは、親からもらったDNAですから、なかなか変わらんのですよ。昔の時代やったらですよ、『お前、親からどんな教育されてんねん』と言えましたけどね。こんなん、今の時代に言ったら大事になりますからね」

はっはっは、と笑う。変わったのは人ではなく時代。馬淵らしい視点である。そこに野球があり、人がいる。馬淵は甲子園での囲み取材やインタビューで、毎回と言っていいほど言葉を紡ぐ「誇り」がある。今年の夏もそこに想いを馳せた。

「うちに入ってくるんは、大体がOBの子供とかそこからの紹介なんですよ」

今年のメンバーで有名なところで言えば、筧遥真だ。父の裕次郎は明徳義塾が初の日本一となった2002年に、キャッチャーのレギュラーとしてチームを支えた。彼のように主力だったOBばかりではない。むしろ、ベンチメンバーに入れなかったような選手が、息子や兄弟を母校に送り出すのだという。馬淵が喜んでいた姿を思い出す。

「親が控え選手やったら、普通は『やめとけ』言いますよ。それなのに、息子も兄弟もみんな明徳に来てくれる。これはね、めちゃくちゃうれしいことですよ」

だからこそ、馬淵は70を超えても野球に情熱を注げるのである。それは、親や兄が培った明徳義塾の遺伝子を託され、さらに成長させる、監督としての責務でもある。

「高校野球が衰退」馬淵監督が“苦言”のワケは?
 
近年、過熱する、強豪校による“スカウト合戦”を、馬淵は快く思っていない。

「いい選手が集まったときは強い。そうじゃないときは勝てない、というようなことをしていてはね、高校野球が衰退していくんじゃないかと思います」

そんな危惧があるからこそ、馬淵は明徳義塾の選手たちに不変の野球を叩きこむのだ。

「明徳を選んで入ってきてくれた選手を伸ばしていくのは、やりがいがあります。コツコツ、コツコツといろんなことを教えていったらね、野球の面白さもわかってくるし。体の小さい子でもね、キャッチボールからしっかり教えていけばね、『自分は小さくても、足が遅くても、肩が強くなくても、頭を使って高校野球をやればここまでできるんだ』ってなってくれると思うんですよ」

今年の夏が、まさにそんなチームだった。ベンチ入り20人のうち、身長160センチ台の選手が半数近くの9人もいた。守備、走塁、バントと野球の基本を注入された小粒なチームは、馬淵が標榜する「THE高校野球」を体現して甲子園をつかんだ。

日南学園との初戦は、6回までリードしながら7回にミスが絡んで同点とされ、9回にサヨナラ負けを喫した。監督は「甲子園はちょっとしたミスで流れが変わる。そう感じた試合でしたね」と冷静に戦局を話していたが、チームに対してはしっかりと評価した。

「一時は『ちょっと、甲子園は無理かな』と諦めかけた時期もあったんですけどね。それでも、子供たちは『一生懸命にやればここまでやれる』ってことを証明したと思います」

馬淵の40回目の甲子園が終わった。熱量は今も高く保つことは「野球は一番面白い」という言からもわかる。だが、饒舌に話しては報道陣をくぎ付けにする馬淵が、そこから話題を急旋回させたのである。

「だから、気力と体力が続く限り、学校側は『やってくれ』って言ってくれるんですけど、70を過ぎてもやってるとなったら、もうそろそろ、ちょっとね、笑われるような気がして。後進も育ってきているし、あと2年くらいやってね、バトンタッチしたいと思います。もう、何年もやる気はありません」

突然の“引退予告”に報道陣が前のめりになる。2年後と言えば、センバツは100回の節目を迎え、夏も110回の記念大会となる。馬淵自身も「今の1年には有望なのがいるんでね、『3年になったら全国制覇を狙うぞ』とは言っているんですけど」と、花道として想定はしているようだ。

引退後は…「日本一周の温泉巡り」!?
 
そして話題は、“引退後”まで飛躍する。

「日本一周の温泉巡りをしたいですね。ほんで、いろんなところの高校野球を見て回りたい。何も言わず球場に行ってね、外野からちらっと試合を見るようなね」

これが、馬淵という男の生き様である。

📝気温40度時代に「夏の甲子園」を続けていいのか…選手が足をつり、プロでも試合中止になる“異常事態”
https://news.yahoo.co.jp/articles/1362c219ec90de7936d23b3c4a3f348b5f04bf91?page=1

ここ数年、筆者は夏の甲子園の予選である各地の地方大会を見に行っている。主眼は試合の経過ではあるが、それとともに高校野球選手や観客は、年々厳しくなる「暑さ」の中、どんな対応をしているのかをチェックしているのだ。今年、痛感したのは「夏は毎年同じではない」ということだ。

■応援席では必死の暑さ対策

気象庁のデータによると、昨年は6月中旬には最高気温が摂氏35度を超える「猛暑日」が全国で頻出、地方大会が始まる6月後半には、全国の球場は厳しい暑さに見舞われた。その暑さが7月に入っても続いたのだ。しかし今夏は、6月には猛暑日を記録した地方はほとんどなかった。7月に入っても猛暑日は少なかった。

筆者は、7月11日に行われた奈良県大会の開幕戦を観戦したが、この時点では日差しは厳しかったものの風は涼しくて「耐えられない暑さ」ではなかった。今年はこのままいくのか、と思ったがそれから数日後の大阪府大会は、強烈な暑さで、観客は直射日光を避けて内野席上段の小さな屋根の下に集まっていた。
それからまた数日後の福岡県大会は、耐え難いような暑さになっていた。準決勝で、のちに甲子園出場を決めた東筑高と九州国際大付属の試合だったが、九州国際大付属の応援席では、教員が応援する生徒たちに噴霧器で水を振りかけていた。また氷水で濡らしたタオルが配られるなど、必死の暑さ対策をしていた。

今夏と昨年の「全国の猛暑日観測地点数の推移」をグラフにするとこうなる。気象庁のデータを基に作成した。昨年は6月中から猛暑日が急速に増え、7月に入ると一度落ち込んだのちに再び上昇した。しかし今年は7月初旬まで猛暑日を記録した地方はほとんどなく、そこから急激に気温が上がっていったのだ。

■「暑熱順化」ができないまま迎えた酷暑

人間は高温の環境にい続けると、次第に体が順応する。これを「暑熱順化」という。暑熱順化が進むと、深部体温の上昇が抑えられるなど、暑さによる体への負担が軽減される。暑熱順化には一般に1〜2週間程度かかるとされる。

「例年、地方大会が始まる6月下旬から、気温が上がってきますから、選手たちは試合に出て、練習もする中で『暑熱順化』が進むので、地方大会後半の7月中旬には、猛暑でも元気にプレーできるようになるんです」

甲子園常連校の監督はこう話していた。しかし今年は、突如として気温が跳ね上がったために、暑さに適応できなかった選手も多かったのではないか。そのうえ、気温は非常に高い水準に達した。気象庁は今年から、最高気温40度以上の日を「酷暑日」と定めたが、7月下旬には酷暑日を記録する地点が相次ぎ、各地で観測史上最高気温を更新した。7月28日に大地震に見舞われた熊本県でも、熊本市で8月3日に40.3度を記録し、観測史上最高気温を更新している。被災地での生活が誠に気がかりではある。

今夏の地方大会では、大阪府の大阪桐蔭、奈良県の智辯学園など「甲子園常連校」が敗れる番狂わせが多かった。智辯学園の左腕エース杉本真滉は奈良大会3回戦で足がつって途中降板したが、暑熱順化ができているはずの強豪校の選手でも、急激でしかも超高温の今夏に適応できなかった選手がいたのではないか。
さらに今年は高温の地域が「まだら」になった。東日本、西日本は7月上旬に梅雨が明けたが、北陸、東北地方は梅雨明けが8月4日になった。筆者は、7月末に新潟でフレッシュオールスター、富山でオールスター戦を観戦したが、北陸地方は日中でも最高気温が30度前後。朝は肌寒いくらいだった。

こうした地域の高校野球選手はまだ今夏の「猛暑、酷暑」の洗礼を受けていない。「暑熱順化」が十分にできていない可能性が高い。彼らが高温が続く兵庫県の甲子園に来て、十分に適応できるのかどうかも気がかりなところだ。

■「高校野球大会」の存続問題に波及しかねない

気象庁の発表では、甲子園のある兵庫県を含む近畿地方で、平均気温が平年より高い確率を70%としている。日本高野連は、暑さ対策として昨年から開会式を夕方にして、朝と夕方に試合をする「二部制」の日程を昨年より多くするなど暑さ対策を強化している。しかし、日本の夏の高温は、こうした日本高野連の尽力を上回る勢いだ。

高校野球では、気温が上昇すると試合時間は長くなる傾向にある。審判が選手の状態を観察し、攻守交代をせかさず、必要とあればベンチでの休憩時間や給水タイムをとるなどの配慮をするためだ。審判自身の健康も気がかりだが、かつては「2時間」と言われた試合時間も長引くようになっている。

「7回制」の議論はまだ決着していないが、日本の酷暑のさらなる進行は、そもそもこの季節に空調が利かない屋外球場で野球をすべきか、というさらなる根本的な議論に発展するかもしれない。そうなれば、日本高野連主催の「高校野球大会」の存続問題に波及する可能性もある。

■プロ野球でも前代未聞の「ノーゲーム」が発生

超高温の夏は、高校野球だけでなくプロ野球にも深刻な影響をもたらしている。7月22日、ロッテ浦和球場で行われたファーム・リーグのロッテ対オリックス戦では、気温が38度を超える猛暑の中、複数の選手が熱中症の症状を訴えて4回途中でノーゲームとなった。前代未聞のことだが、この事態を受けてNPBは8月3日、ファームの試合で猛暑や高温になった場合には、主催球団の判断で試合開始時刻を変更したり、試合を中止したりすることが可能という新たなルールを急遽決定した。

少し前まで、一軍の公式戦でも「午後4時プレーボール」という試合があったが、今は、屋外球場での7月、8月の公式戦はほぼすべてがナイトゲームになっている。しかしファームの本拠地球場の中には、ナゴヤ球場(中日)、浦和球場(ロッテ)、戸田球場(ヤクルト)と、夜間照明設備がない球場がある。こうした球団の主催試合は、酷暑の季節でもデーゲームになる。

プロ野球選手は年中、長時間にわたる練習をしているし、トレーナーは選手に対して「暑熱順化」を促すトレーニングを科している。高校生よりも「夏に強い」選手が多いと思われるが、それでも「想定外の暑さ」には、抗しえないのだ。

中日ドラゴンズは今季、ファーム公式戦の一部を一軍の本拠地、バンテリンドームで開催している。筆者が観戦した8月6日のロッテ戦は、当日夜に一軍の試合が組まれていることもあり、午前10時20分プレーボールとなった。筆者は早速観に行ったが、内野席だけが開放された観客席はそこそこお客が入ったものの静まり返っていて、大応援団でにぎわう一軍の試合とは別物という風情だった。
しかし一軍の本拠地球場にも屋根がないヤクルトやロッテは、選手や観客に気を配りつつ屋外での試合を続けざるを得ない場面もある。当然ながら、デーゲームよりもナイトゲームのほうが、照明費用など試合の経費はかかる。高温の夏は、球団経営を圧迫しつつある。

夏の高温化は日本だけではない。韓国でも各地で異常高温が続いている。このため韓国プロ野球(KBO)では、8月4日にソウルと光州で予定されていた2試合が中止となった。ヨーロッパやアメリカでは高温のため山火事が多発したり、熱中症の死者が数多く出ているが、今年の「暑さ」が、地球規模で異常な状態であることを物語っている。

■ドーム球場、北海道開催、日程前倒しなど選択肢を広げる時期に

この「猛暑、酷暑」は、今年限りのものとは考えにくい。地球温暖化に歯止めがかかっていない現状では、来年以降も同様の猛暑が起きる可能性は高い。それだけではなく、長期的には気温がさらに高くなることが予想されている。

日本野球も、今年や来年だけでなく、その先を見据えた対応を考える段階に来ているのではないか。プロ野球では、7月、8月の屋外デーゲームを減らし、ドーム球場での開催やナイトゲームへの移行をさらに進めることが考えられる。二軍球場に照明施設がない球団なら、一軍球場を使用する方法もある。ドーム球場を持つ球団では、一軍、二軍が同日に試合をする「親子ゲーム」を増やすことも選択肢になるだろう。それでも難しい場合には、他球団の本拠地球場を借りる方法も考えられる。

はるかに経済規模が小さい高校野球についても、夏の甲子園のあり方を今まで以上に柔軟に考える必要がありそうだ。プロ野球の協力を得てドーム球場を利用する方法もあれば、北海道で全国大会を開くという選択肢もある。北海道も温暖化が進み、地域によっては猛暑日も観測されているが、それでも甲子園周辺より気温が低い地域は多い。開催地そのものを含め、幅広く検討してもよいのではないか。
さらに、夏の甲子園の予選である都道府県大会も、6月末〜7月という現在のスケジュールを見直す余地がある。たとえば春の甲子園後に開催される「春季大会」を夏の甲子園の予選と位置づけ、5月中に代表校を決める方法も一案だろう。

前述したように、日本高野連、都道府県高野連は「営利団体」ではない。ドーム球場など他球場を使用したり、北海道など他地域で大会を開催したりするには、新たな財源の確保が必要になる。今年7月に刊行した『高野連』でも言及したが、高校野球を今後も続けていくためには、日本高野連、地方高野連の「ビジネスモデル」についても改めて考える必要があるのではないか。ビジネス感覚のある経営者をトップに据えることや、NPBとの連携、さらにはNetflixなど巨大メディアとの提携も含め、これまでとは違った改革の可能性を探る時期にきているのだと思う。
2026/08/13(木) 22時20分31秒 No.2570 編集 削除