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📝和歌山大会新人戦組み合わせ
https://www.whbf.jp/uploads/20260731154458_pfOh.pdf
8月15日開幕の新人戦ですが・・・夏のように二部制はせず通常通りの開催ですね。まだまだ熱いのですが、、、、、
とりあえず決勝戦が10時開始というのは良かった。
夏優勝した和智弁は23日が初戦で2戦目は24日。仮に甲子園で決勝進出となると、閉会式翌日に即9時から試合で大変ですね!1日延期されたらナカタニは塩部長に甲子園の采配を任せて紀三井寺でサングラスかけながら1・2年生を指揮するのでしょうか???
📝新人戦以降の試合観戦(入場料)等について
https://www.whbf.jp/uploads/20260730150507_154O.pdf
◆有料試合(対象)となる大会
県下高校野球新人戦
準々決勝戦・準決勝戦・決勝戦
秋季近畿地区高等学校野球大会 県一次予選ゾーン代表決定戦
秋季近畿地区高等学校野球大会 県二次予選全試合
【入場料金】 一般1000円 / 中・高校生500円(生徒証の提示必要) /小学生以下無料
障がいのある方は無料ですが、手帳等の提示が必要です。
当日、券売所で入場券に引き換えます。
「介助者必要」と明記されている場合はその介助者1名も無料です。
《 試合観戦について 》
1)ファウルボール(打球の行方)にはご注意ください。
2)ファウルボールによる車等の破損につきましては補償できません。 あらかじめ御了承願います。
3)ゴミは、各自で持ち帰ってください。
4)アルコール飲料の持ち込みはご遠慮願います。
5)撮影された動画をSNS(You Tube・インスタグラム)等にアップロード するのはお控えください。
以上
📝甲子園「マル得」情報
今夏の甲子園は九州・東海勢が大旋風を巻き起こす予感 専門誌元編集長がズバリ!
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391077
波乱の地方大会は、今春センバツを制した大阪桐蔭が4回戦で敗退したところから始まった。結局、近畿勢はセンバツに出場した全6校が決勝にすら勝ち上がれないまま姿を消した。近畿勢の春夏連続出場校ゼロは、1993年以来33年ぶりという異例の事態となった。高校野球雑誌「ホームラン」の元編集長・戸田道男氏がこう言う。
「大阪桐蔭だけじゃなく、センバツ準優勝の智弁学園などが地方大会で敗退した。今夏は智弁和歌山、履正社(大阪)、天理(奈良)といった強豪校は出るものの、春夏連続が一校もないという近畿勢のレベルは微妙。対照的なのは、好選手が多い九州勢です」
戸田氏が続ける。「まず日南学園(宮崎)の田中皐晴がいい。183センチ、87キロの大型左打者として九州屈指の大砲らしい迫力を見せる。投げては140キロ超えのエース右腕で、プロの評価を上げています。センバツで山梨学院の二刀流・菰田陽生に本塁打を打たれた長崎日大の右腕・古賀友樹も成長しています。山梨学院戦にしても、初回に5失点した後、残る8イニングを無失点で投げ切り、9回163球、10奪三振の力投でしたから。大分商の最速152キロ右腕・平田玲翔もプロ注目。東筑(福岡)の最速147キロのエース深町光生も好投手です。神村学園(鹿児島)と沖縄尚学は優勝候補。九州勢のスポーツ紙の評価は軒並みC判定ですが、今大会は九州旋風があると見ています」
東海勢もレベルが高いという。「中京大中京の監督として全国制覇の経験がある大藤敏行監督率いる享栄は、激戦区・愛知を制した。三重はセンバツで優勝した大阪桐蔭と1点差。地力があります。中京(岐阜)にはプロ注目の二刀流右腕・鈴木悠悟がいる。聖隷クリストファー(静岡)は『ビッグ4』の一角、エース左腕の高部陸を擁する。今年の東海4県はツブ揃いです」(戸田氏)
今夏は九州と東海旋風が吹き荒れる。
☟“試合の送迎”は当然で“大一番には有給休暇” 「高校球児の親」はどれほど大変なのか
https://news.yahoo.co.jp/articles/5d8349806eb696c083964d0f5dd802a75ee2ef40
第108回全国高校野球選手権大会の地方予選が各地で行われている。選手たちのハツラツとしたプレーや、健康、技術の上達を陰で支えているのは、いうまでもなく監督やコーチ、マネージャー、チームメイトだが、それ以外に忘れてはならないのが「親」の存在だ。
3人の野球少年の父親である佐賀県唐津市在住のksk氏(52)は、昨年は長男が県大会の決勝戦で、今年は次男が予選一回戦で敗退する「最後の夏」を見届けた。いかに野球が我が子、そして親にとって人生の感慨をもたらすか、についてksk氏に聞いた。関係者以外には窺い知れない世界だが、改めて話を伺うと、「球児の親」というものはかなり大変である。そんな視点も持ってこの夏の大会を観戦してみてはいかがだろうか。
高校球児の親も“戦い”
ksk氏の長男は2023年に県内屈指の強豪校に特待生として入学。昨年、県大会決勝の最後の打席で代打として登場し、ヒット性の当たりだったがアウトになり、同校は敗退した。また、次男は野球部はあるものの、強豪校とまでは呼ばれない高校のキャプテンとしてレギュラーを獲得し、今年、一回戦で9回にレフト前ヒットを打ち、最後の夏を終えた。
奇しくも次男の高校の対戦相手は昨年甲子園に進出したチームであり、つまり、2年連続で2兄弟がそのチームと戦うことになった。今回次男の試合を終えたksk氏の表情はスッキリとしており、達成感に満ち溢れていた。二人の子が野球人生からは卒業したわけだが、中学三年生の三男は来年から高校野球に挑戦することになる。
ksk氏は日々「息子達に感謝」「感動した!」などの気持ちを表明しているが、果たして我が子が野球に没頭している中、それをサポートするというのはどのようなことなのか。しかも同氏の場合、3人である。長男が小学3年生で野球を始めてから、三男が3年後の高校3年生で終えるまで、実に15年間を3兄弟の野球のサポートに時間を注ぎ込むこととなる。
それこそ、リトルリーグとボーイズリーグを経て、高校野球に至るまで、常に練習や試合の送り迎えをする。試合観戦は当然のこと、勝ったら保護者で祝勝会を開き、様々な会議にも出るし、用具も揃えなくてはいけない。時には選手と保護者を自宅に招いてBBQをしたりもする。息子の大一番の時は、職場に頼んで有給休暇を取ることも。
寮費を含め毎月10万円ほどを彼のために支払う生活
ksk氏の長男は小学3年から少年野球を始め、小学6年生時には唐津でも名前の知られたホームランバッターとなった。中学ではボーイズリーグに鳴り物入りで入るも、ケガの影響でなかなか実力を出せない状態だった。ksk氏は長男から「バッティング動画を撮ってほしい」と懇願され、練習時と試合時はフォームが撮れる位置をキープして動画を撮っては二人で見返してスイングの矯正をするようになった。
チームの指導者は個々の選手に任せるタイプであり、指導を押し付けなかったため、ksk氏が長男のアドバイザー的な存在になっていく。とはいっても、その頃小学5年生の三男がリトルリーグの中心選手になっており、同氏はチームスコアラーに就任していた。そのため、常に三男の試合に行かざるを得なかった。普段から仕事があるのに加え、三男の野球にどっぷりとハマり、長男への助言もするという実に忙しい生活を送っていたのである。そんな状況にあったものの、長男は県内有数の強豪私立校のスカウトの目に留まり、「Sランク」に次ぐ「Aランク」として、高校に進学。いわゆる「特待生」である。学校からの補助はあったものの、寮費を含め、毎月10万円ほどを彼のために支払う生活が始まった。
オレは監督から全く好かれてない
ところが、ここからが人間臭い話になってくる。長男は才能はあったものの、監督との関係が良くなかった。プロ野球でいうところの「一軍」である「Aチーム」ではなく、二軍扱いの「Bチーム」に所属させられた。そこで打率・打点ともに見事な成績をあげていたのだが、Aチームには上がれない。保護者からは「なぜ彼がAチームに行かないのだ!」といった声もあったという。ksk氏はこう語る。
「長男は人間的に他に同調されないタイプ。また指導者に対しても納得がいかないならNO! と言うタイプです。実際『オレは監督から全く好かれてない!』と常に言ってました。本来、レギュラーになっても良かったと思いますが、最後は代打で出られて良かったです。四球の可能性がありましたが、野球人生最後と決めていたのでしっかり振れ、安打性の打球を打てて良かった、相手の内野手の守備が見事だったと言ってました」
このように同氏は振り返るが、保護者の役割はどのようなものか。ksk氏は送り迎え等はするものの、公的な役割としては、3男のボーイズチームの「副会長」である。一方、妻は次男の高校の「会計係」をしつつ、3男の「道具係」「車担当」「会計担当」を担っており、ksk氏は「はっきり言って俺より嫁のほうが何倍も大変だったと思います」と語っている。
ここからは次男の最後の夏を終えた同氏の感慨を紹介する。正直、高校野球に関わらぬ者からすれば「ここまで野球に捧げる中年人生があるのか!」と思うのだが、それだけ野球は親にとっても重要なものであると理解できた。さらに、三兄弟の性格の違いにいかに向き合うか? といった点についても苦労したことが窺える。
達成感より多幸感
長男は野球経験者である私の意見を欲しがったので一緒に試行錯誤し、前にも述べたように、バッティングフォームの動画を撮影したりし、改善を図りました。次男はあまり求めなかったですが夏の大会を控えた終盤はバッティングフォームの動画を撮ってと言いました。
三男はプライドが高く私のアドバイスはあまり聞かなかったです。でも打撃の調子が悪くなると急に聞いてきたりしました。所属するチームの指導者が一人一人言うことが違っていて混乱していたようです。私が言うことも違っていたため、一時はパニックでバットが振れなくもなりました。三兄弟にとって、生活の9割は野球のことだったと思います。そこに親である私も関わったということです。
長男は中学では生徒会長を務めるなど、親分的な要素は小さい時からあったものの、中学・高校と進むにあたり野球とは、そして世の中とは理不尽でできていると気づいたのではないでしょうか。いくら能力があっても監督に嫌われたら活躍することは困難です。高校野球を経験するということは、理不尽を知り、その中でも辞めずに努力する、諦めないことを学ぶということ。とにかく忍耐力、適応力、会話力などが桁違いにアップすると思います。声を出し、話さないと絶対野球は出来ません。個人プレーなどもってのほかです。
長男のそうしたキツい状況を見ていただけに、県大会決勝、最後のバッターとして代打で登場し、ゲームセットになった瞬間は達成感よりも多幸感だったと記憶しています。寮でのトラブル、監督への不信感などもあり、いつ辞めるか不安でしたが、最後までやり切った。本当に立派になったと思いました。
球児と親の関係
今年の次男についてはとにかく達成感ですね。キャプテンとしてチームの意識を上げて夏、燃え尽きた。言うことは全くないです。あっぱれでした。こうして色々振り返ってきましたが、今年は親の野球人生で一番濃密な一年でした。三男は唐津ボーイズでキャプテン、次男も高校でキャプテン。私自身、ボーイズの活動も全力でしました。今思うと、中途半端な気持ちで活動したらダメですよね。子供が頑張るなら親も頑張る。実際私は7年間多忙な唐津ボーイズに在籍しましたが一番頑張った今年が一番感動したし、涙も出て、名残惜しい気すらあります。
そしてこれは絶対に言えることなので強調したい。親が中途半端だと、子供は成長しないし、活躍もできません。シングルマザーのご家庭もありましたが子供は必ず親の頑張りを見ています。
ここからは「どの高校を選ぶか?」という話をしたいと思います。次男は長男が小学3年生になった年に一緒に2年生から少年野球を始めました。長男が6年生・次男が5年生の時はチームは6年生が多く、その中でも次男はセカンド、サードで活躍しました。しかし、長男が中学に入ると次男の年の6年生はわずか2人で一気に弱小チームになります。
キャプテンを務め、毎回負けて泣いていたのを思い出します。中学に入り、唐津ボーイズに入り順調に成長していたが肘を故障。また、長男みたいに体格に恵まれずケガもあり、唐津ボーイズ時代は全くと言っていいほど良い記憶はないです。
やりきったよ、ありがとう
高校の進路を決める際、「みんなが(唐津では強豪の)唐津商業、唐津工業にいくので俺も!」と次男は言いました。子供の希望は優先しなければいけないとは思いましたが、私はこう彼に言いました。
「お前は中学の時、唐津ボーイズで良かったと思う? 今までお前をみてきたけど、辛かったやろ? お前は野球を全く楽しんでない。強豪に行くのはいいが、今は体は小さいが必ず大きくなるし、必ず爆発的な成長をする時期がある。その成長する時期に強豪校にいてもレギュラーのサポート、球拾いをする姿が容易に想像できる。強いチームはある程度完成された選手を使う、いくらお前にセンスがあってもケガでろくに野球を経験してないお前を監督が使うはずがない。ならばケガの痛みからやっと解放されたんだから、まずは弱いチームでも野球をできる環境に入り楽しみ、成長するべきだ」
このように説得しました。この内容は一字も間違ってないぐらい覚えています。そんなこともあり、決して強いとは言えない高校に進学しました。まあ、弱いだけあって練習後も居残り練習(バッティング練習、筋トレ)する先輩、同級生はゼロ。しかし、次男がこれらを始めたら、1人、また1人と増えていき居残り練習が当たり前の環境にまで変化し、今年の大会に至っています。
さらに、次男は学校の筋トレでは足りないとジムへ通いだしました。小さくガリガリだったが努力の甲斐があり体重も増え、筋力アップに成功。練習試合ではあるものの、ホームランも打てました。
今回の佐賀県大会一回戦が終わって2日後の私の気持ちは「やりきったよ、ありがとう!」でしかありません。あの高校に行かせて本当に良かった。涙涙。兄弟3人の中で一番の苦労人だと思います。
お金じゃ買えない最高の贅沢
親は一体どのように我が子の野球に関わるか。少年野球は親抜きには成立しないと思います。会長、副会長、審判部長、審判員、会計、道具車会計、球場抑え係、送迎、マイクロバスの運転などなど、とにかく多忙です。長男が中学3年、次男が中学2年、三男が小学5年の時は、唐津ボーイズにあまり行けず、保護者との距離ができてしまいましたね……。それでますます足が遠のく悪循環。でも、本当に忙しいんですよ。妻とも「貴方があっち行って、私はこっち!」と喧嘩ばかり。
一番の多忙は去年でしたね。長男が高校3年生で佐賀市におり、次男は高校2年で唐津、三男は唐津ボーイズ2年です。唐津ボーイズは毎週練習試合があり、長崎、佐賀、諫早、武雄など遠征だらけ。妻とは毎回喧嘩、「長男が最後の夏なのになぜ彼を優先しないんだ!」みたいな話になる。でも、私は唐津ボーイズの審判などの仕事が毎回あったのです。
それだけ野球少年の親は大変ですが、先日行われた三男の中学野球の選手権大会予選で彼が活躍する姿を見て魂が震えました。エースとして2回戦、5回までノーヒットノーラン。3回戦の6回、ワンアウトまで0点に抑える圧巻のピッチング。しかし後続のピッチャーが打たれ、全国大会の夢は絶たれました。
あんな精神状態・興奮状態は生まれてきて初めての体験でした。敗退した時も一瞬気を失うほどでした。こんなに感動を体験できる親はなかなかいないと思います。今でもあの興奮がよみがえります。この感動は親も一生懸命にやったからこそ体験できる境地だと思います。お金じゃ買えない最高の贅沢だと思います。
📝“PL学園”が山口に誕生…? PL野球部OBたちが集結、強化していた「練習時間すごく短くなった」山口県鴻城に伝授された“超名門の練習内容”
https://news.yahoo.co.jp/articles/29a2beb4343c75debb12aa5d71986e135c7ab212
なぜPL学園の黄金期を支えた「伝説のコーチ」清水孝悦は今、山口の私立校で野球を指導しているのか。大阪は藤井寺市の出身で、山口県に取り立てて縁のなかった清水だが、大学時代の後輩が山口県鴻城の上層部と面識があった。甲子園から遠ざかる野球部を強化しようと清水に白羽の矢が立ったが、二つ返事で引き受けたわけではない。
というのも清水は、地元の藤井寺市内で、寿司店の「ふじ清」を経営。父の代から続く家業であり、山口に移住しての指導は難しい。昼夜問わず心血を注いで選手と向き合ったPL時代と同じような指導ができないなら、と迷った。しかし、2023年の秋に、挨拶に訪れた監督の田村と顔を合わせ、考えが変わった。
「『一度ご挨拶させてください』と、わざわざ来てくれてね。それで顔を見た瞬間、『ええ子なんやろな』と思ったんです。ただ、気がよすぎて、勝負事でも優しさが出てしまうんやろなとも思った。指導に悩んでいるのが伝わってきて、力になりたいなと。自分にできる“高校野球への最後の恩返し”じゃないですけどね」
大阪で寿司店経営…山口へ指導に
田村は少し会話しただけでもわかるほど、折り目正しく、腰の低い人柄だ。選手の面倒見もよく、県内で悪いウワサを聞いた覚えのない人物である。しかし、いい人が勝つとは限らないのが高校野球であり、勝負事だ。清水の元を訪ねた2023年の夏も、3回戦で公立進学校に退けられていた。指導者として、今後どうしていくべきか。悩みが募っていた時期だった。
そのとき清水は、今江敏晃(元・ロッテ)らがいた2001年を最後に母校の指導から離れ、高校野球の現場から20年以上遠ざかっていた。それでも、KKら後輩や多くの教え子に慕われた、清水生来の兄貴肌が、再び現場へと向かわせた。現在は平日の2、3日間、大阪から山口に向かい、選手たちと向き合う。当初は、自身の不在時の練習内容などを修正することも少なくなかったが、就任から2年が経ち、「あまりこっちから言う必要がなくなってきている」という。
あのPL戦士もスタッフだった…
指導方針の浸透は、“もう一人のPLを知る男”の存在を抜きには語れない。昨春から部長を務める田中一徳だ。PL時代は俊足巧打のスイッチヒッターとして下級生時代から主力を張った。2年夏の甲子園準々決勝、横浜戦では松坂大輔から4安打を放っている。PLからドラフト1位でプロ入りし、引退後は高校、大学で指導経験を積み、教員免許を取得。直近では鹿児島の中高一貫校で教壇に立った。
総監督就任直前の清水が、「一徳に、どうやったら足が速くなるか聞こうと思って」電話をかけたことがきっかけとなり、ともに指導現場に立ちたいと山口にやってきた。小柄ながら眼光鋭くグラウンドを見つめ、気の抜けたプレーや全力疾走を怠った選手にはゲキを飛ばし、右打ちでノックを放つ。田中の思いは一貫している。
「清水総監督が1週間後に見て、ダメだなと思われないように。現状維持でなく、右肩上がりにするのが自分の仕事です」
なぜPL学園は強かったのか?
甲子園通算96勝30敗。PLの圧倒的な勝率を目にすると、思わず“魔法”のような練習があるように錯覚してしまう。だが、山口県鴻城の練習を見ていると、内容は実にシンプルだ。様々な状況を想定した投内連携をみっちりやっているのは印象的だったが、打撃練習、ノックを含め、一般的な強豪なら必ずやっているものでもある。強さの源流はどこにあったのか。指導者としてPLの野球に触れる日々を送る田村が、この2年間で感じたものを言語化する。
「清水総監督と田中先生から感じるのは、“本質”を大切にされているということ。キャッチボール、バッティング、ノック……。これはどこの学校もやっていると思うんですけど、“なんとなく”やっているところもあると思います。そうでなく、『何のためにキャッチボールをするのか』『何のために走っているのか』と理解した上で取り組む。そこを大切にされています」
田村は、ウォーミングアップの一つであるショートダッシュを例に挙げた。
「アップの100メートルダッシュ、見ていただきましたよね。あれは目標タイムを設定して走るんですけど、無茶苦茶なタイムではないんです。ちゃんと走れば、誰でもクリアできるようなタイム。なんでその設定で走るのかというと、正しいフォームで走って体幹を鍛えるため。これをギリギリのタイム設定にしてしまうと、崩れたフォームでがむしゃらに走るようになる。あえて苦しいことをやるのも大切ではあるんですが、それだと体幹を鍛える目的から外れてしまうんですね。以前はそれがわからず、選手がキツそうにしていたらいい練習になっていると認識する、指導者の自己満足の練習になっていました」
「練習時間はすごく短くなりました」
PLは強豪の中でも全体練習が短く、その後の自主練習が意識高く行われていた……。OBの多くがそう語り、プロで活躍できた理由にも挙げられる特徴である。練習の“本質”を理解しようと努めることで、山口県鴻城の練習時間も変化した。
「練習時間はすごく短くなりました。なぜこの練習をやるのか、と考えたときに必要のないメニューがあったので。それに、『朝から晩まで猛練習をするぞ』となると、選手たちは体力を温存しようと、練習に強弱をつけてしまう。それなら、時間や本数をしぼって、一つ一つに全力で取り組ませた方がいい。あえて量を課すこともあるんですけど、全体の時間は短くなりました」
日々選手に向き合う2人の指導ぶりは、清水も認めるところだ。
「田村監督が一生懸命なのは最初からわかっとったけど、『指導者の自分が』というところがあった。自分の指示で動かしたい。けど、それが上手くつながらない歯がゆさで悩んでいたというかね。監督はドシっとするところが必要やし、やっぱり『一番は子どもやで』と。子どもたちにいい思いをさすために、どう考えさせるかに目が向くようになりましたね。一徳は現役時代もそうやったけど、結果にこだわれる。そのために自分が嫌われ役になるのもいとわないところがある。心強いし、そこは現役時代から変わらんですね。ただ、体形が変わってピンとこらんところがあるんで、『痩せー』とは言うとりますけど……」
現在の指導体制となり、昨夏は県8強。昨秋は4強に食い込んで、46年ぶりに中国大会出場。今春も2季連続で4強入りした。本質を捉えた指導の成果は着々と表れている。ところで、PLと言えば、半ば伝説となっている「寮生活」がある。度々OBがメディアで苛烈さを語り、その度に話題になる。では、山口県鴻城の野球部専用寮の実態は――。
〈つづく〉
https://www.whbf.jp/uploads/20260731154458_pfOh.pdf
8月15日開幕の新人戦ですが・・・夏のように二部制はせず通常通りの開催ですね。まだまだ熱いのですが、、、、、
とりあえず決勝戦が10時開始というのは良かった。
夏優勝した和智弁は23日が初戦で2戦目は24日。仮に甲子園で決勝進出となると、閉会式翌日に即9時から試合で大変ですね!1日延期されたらナカタニは塩部長に甲子園の采配を任せて紀三井寺でサングラスかけながら1・2年生を指揮するのでしょうか???
📝新人戦以降の試合観戦(入場料)等について
https://www.whbf.jp/uploads/20260730150507_154O.pdf
◆有料試合(対象)となる大会
県下高校野球新人戦
準々決勝戦・準決勝戦・決勝戦
秋季近畿地区高等学校野球大会 県一次予選ゾーン代表決定戦
秋季近畿地区高等学校野球大会 県二次予選全試合
【入場料金】 一般1000円 / 中・高校生500円(生徒証の提示必要) /小学生以下無料
障がいのある方は無料ですが、手帳等の提示が必要です。
当日、券売所で入場券に引き換えます。
「介助者必要」と明記されている場合はその介助者1名も無料です。
《 試合観戦について 》
1)ファウルボール(打球の行方)にはご注意ください。
2)ファウルボールによる車等の破損につきましては補償できません。 あらかじめ御了承願います。
3)ゴミは、各自で持ち帰ってください。
4)アルコール飲料の持ち込みはご遠慮願います。
5)撮影された動画をSNS(You Tube・インスタグラム)等にアップロード するのはお控えください。
以上
📝甲子園「マル得」情報
今夏の甲子園は九州・東海勢が大旋風を巻き起こす予感 専門誌元編集長がズバリ!
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391077
波乱の地方大会は、今春センバツを制した大阪桐蔭が4回戦で敗退したところから始まった。結局、近畿勢はセンバツに出場した全6校が決勝にすら勝ち上がれないまま姿を消した。近畿勢の春夏連続出場校ゼロは、1993年以来33年ぶりという異例の事態となった。高校野球雑誌「ホームラン」の元編集長・戸田道男氏がこう言う。
「大阪桐蔭だけじゃなく、センバツ準優勝の智弁学園などが地方大会で敗退した。今夏は智弁和歌山、履正社(大阪)、天理(奈良)といった強豪校は出るものの、春夏連続が一校もないという近畿勢のレベルは微妙。対照的なのは、好選手が多い九州勢です」
戸田氏が続ける。「まず日南学園(宮崎)の田中皐晴がいい。183センチ、87キロの大型左打者として九州屈指の大砲らしい迫力を見せる。投げては140キロ超えのエース右腕で、プロの評価を上げています。センバツで山梨学院の二刀流・菰田陽生に本塁打を打たれた長崎日大の右腕・古賀友樹も成長しています。山梨学院戦にしても、初回に5失点した後、残る8イニングを無失点で投げ切り、9回163球、10奪三振の力投でしたから。大分商の最速152キロ右腕・平田玲翔もプロ注目。東筑(福岡)の最速147キロのエース深町光生も好投手です。神村学園(鹿児島)と沖縄尚学は優勝候補。九州勢のスポーツ紙の評価は軒並みC判定ですが、今大会は九州旋風があると見ています」
東海勢もレベルが高いという。「中京大中京の監督として全国制覇の経験がある大藤敏行監督率いる享栄は、激戦区・愛知を制した。三重はセンバツで優勝した大阪桐蔭と1点差。地力があります。中京(岐阜)にはプロ注目の二刀流右腕・鈴木悠悟がいる。聖隷クリストファー(静岡)は『ビッグ4』の一角、エース左腕の高部陸を擁する。今年の東海4県はツブ揃いです」(戸田氏)
今夏は九州と東海旋風が吹き荒れる。
☟“試合の送迎”は当然で“大一番には有給休暇” 「高校球児の親」はどれほど大変なのか
https://news.yahoo.co.jp/articles/5d8349806eb696c083964d0f5dd802a75ee2ef40
第108回全国高校野球選手権大会の地方予選が各地で行われている。選手たちのハツラツとしたプレーや、健康、技術の上達を陰で支えているのは、いうまでもなく監督やコーチ、マネージャー、チームメイトだが、それ以外に忘れてはならないのが「親」の存在だ。
3人の野球少年の父親である佐賀県唐津市在住のksk氏(52)は、昨年は長男が県大会の決勝戦で、今年は次男が予選一回戦で敗退する「最後の夏」を見届けた。いかに野球が我が子、そして親にとって人生の感慨をもたらすか、についてksk氏に聞いた。関係者以外には窺い知れない世界だが、改めて話を伺うと、「球児の親」というものはかなり大変である。そんな視点も持ってこの夏の大会を観戦してみてはいかがだろうか。
高校球児の親も“戦い”
ksk氏の長男は2023年に県内屈指の強豪校に特待生として入学。昨年、県大会決勝の最後の打席で代打として登場し、ヒット性の当たりだったがアウトになり、同校は敗退した。また、次男は野球部はあるものの、強豪校とまでは呼ばれない高校のキャプテンとしてレギュラーを獲得し、今年、一回戦で9回にレフト前ヒットを打ち、最後の夏を終えた。
奇しくも次男の高校の対戦相手は昨年甲子園に進出したチームであり、つまり、2年連続で2兄弟がそのチームと戦うことになった。今回次男の試合を終えたksk氏の表情はスッキリとしており、達成感に満ち溢れていた。二人の子が野球人生からは卒業したわけだが、中学三年生の三男は来年から高校野球に挑戦することになる。
ksk氏は日々「息子達に感謝」「感動した!」などの気持ちを表明しているが、果たして我が子が野球に没頭している中、それをサポートするというのはどのようなことなのか。しかも同氏の場合、3人である。長男が小学3年生で野球を始めてから、三男が3年後の高校3年生で終えるまで、実に15年間を3兄弟の野球のサポートに時間を注ぎ込むこととなる。
それこそ、リトルリーグとボーイズリーグを経て、高校野球に至るまで、常に練習や試合の送り迎えをする。試合観戦は当然のこと、勝ったら保護者で祝勝会を開き、様々な会議にも出るし、用具も揃えなくてはいけない。時には選手と保護者を自宅に招いてBBQをしたりもする。息子の大一番の時は、職場に頼んで有給休暇を取ることも。
寮費を含め毎月10万円ほどを彼のために支払う生活
ksk氏の長男は小学3年から少年野球を始め、小学6年生時には唐津でも名前の知られたホームランバッターとなった。中学ではボーイズリーグに鳴り物入りで入るも、ケガの影響でなかなか実力を出せない状態だった。ksk氏は長男から「バッティング動画を撮ってほしい」と懇願され、練習時と試合時はフォームが撮れる位置をキープして動画を撮っては二人で見返してスイングの矯正をするようになった。
チームの指導者は個々の選手に任せるタイプであり、指導を押し付けなかったため、ksk氏が長男のアドバイザー的な存在になっていく。とはいっても、その頃小学5年生の三男がリトルリーグの中心選手になっており、同氏はチームスコアラーに就任していた。そのため、常に三男の試合に行かざるを得なかった。普段から仕事があるのに加え、三男の野球にどっぷりとハマり、長男への助言もするという実に忙しい生活を送っていたのである。そんな状況にあったものの、長男は県内有数の強豪私立校のスカウトの目に留まり、「Sランク」に次ぐ「Aランク」として、高校に進学。いわゆる「特待生」である。学校からの補助はあったものの、寮費を含め、毎月10万円ほどを彼のために支払う生活が始まった。
オレは監督から全く好かれてない
ところが、ここからが人間臭い話になってくる。長男は才能はあったものの、監督との関係が良くなかった。プロ野球でいうところの「一軍」である「Aチーム」ではなく、二軍扱いの「Bチーム」に所属させられた。そこで打率・打点ともに見事な成績をあげていたのだが、Aチームには上がれない。保護者からは「なぜ彼がAチームに行かないのだ!」といった声もあったという。ksk氏はこう語る。
「長男は人間的に他に同調されないタイプ。また指導者に対しても納得がいかないならNO! と言うタイプです。実際『オレは監督から全く好かれてない!』と常に言ってました。本来、レギュラーになっても良かったと思いますが、最後は代打で出られて良かったです。四球の可能性がありましたが、野球人生最後と決めていたのでしっかり振れ、安打性の打球を打てて良かった、相手の内野手の守備が見事だったと言ってました」
このように同氏は振り返るが、保護者の役割はどのようなものか。ksk氏は送り迎え等はするものの、公的な役割としては、3男のボーイズチームの「副会長」である。一方、妻は次男の高校の「会計係」をしつつ、3男の「道具係」「車担当」「会計担当」を担っており、ksk氏は「はっきり言って俺より嫁のほうが何倍も大変だったと思います」と語っている。
ここからは次男の最後の夏を終えた同氏の感慨を紹介する。正直、高校野球に関わらぬ者からすれば「ここまで野球に捧げる中年人生があるのか!」と思うのだが、それだけ野球は親にとっても重要なものであると理解できた。さらに、三兄弟の性格の違いにいかに向き合うか? といった点についても苦労したことが窺える。
達成感より多幸感
長男は野球経験者である私の意見を欲しがったので一緒に試行錯誤し、前にも述べたように、バッティングフォームの動画を撮影したりし、改善を図りました。次男はあまり求めなかったですが夏の大会を控えた終盤はバッティングフォームの動画を撮ってと言いました。
三男はプライドが高く私のアドバイスはあまり聞かなかったです。でも打撃の調子が悪くなると急に聞いてきたりしました。所属するチームの指導者が一人一人言うことが違っていて混乱していたようです。私が言うことも違っていたため、一時はパニックでバットが振れなくもなりました。三兄弟にとって、生活の9割は野球のことだったと思います。そこに親である私も関わったということです。
長男は中学では生徒会長を務めるなど、親分的な要素は小さい時からあったものの、中学・高校と進むにあたり野球とは、そして世の中とは理不尽でできていると気づいたのではないでしょうか。いくら能力があっても監督に嫌われたら活躍することは困難です。高校野球を経験するということは、理不尽を知り、その中でも辞めずに努力する、諦めないことを学ぶということ。とにかく忍耐力、適応力、会話力などが桁違いにアップすると思います。声を出し、話さないと絶対野球は出来ません。個人プレーなどもってのほかです。
長男のそうしたキツい状況を見ていただけに、県大会決勝、最後のバッターとして代打で登場し、ゲームセットになった瞬間は達成感よりも多幸感だったと記憶しています。寮でのトラブル、監督への不信感などもあり、いつ辞めるか不安でしたが、最後までやり切った。本当に立派になったと思いました。
球児と親の関係
今年の次男についてはとにかく達成感ですね。キャプテンとしてチームの意識を上げて夏、燃え尽きた。言うことは全くないです。あっぱれでした。こうして色々振り返ってきましたが、今年は親の野球人生で一番濃密な一年でした。三男は唐津ボーイズでキャプテン、次男も高校でキャプテン。私自身、ボーイズの活動も全力でしました。今思うと、中途半端な気持ちで活動したらダメですよね。子供が頑張るなら親も頑張る。実際私は7年間多忙な唐津ボーイズに在籍しましたが一番頑張った今年が一番感動したし、涙も出て、名残惜しい気すらあります。
そしてこれは絶対に言えることなので強調したい。親が中途半端だと、子供は成長しないし、活躍もできません。シングルマザーのご家庭もありましたが子供は必ず親の頑張りを見ています。
ここからは「どの高校を選ぶか?」という話をしたいと思います。次男は長男が小学3年生になった年に一緒に2年生から少年野球を始めました。長男が6年生・次男が5年生の時はチームは6年生が多く、その中でも次男はセカンド、サードで活躍しました。しかし、長男が中学に入ると次男の年の6年生はわずか2人で一気に弱小チームになります。
キャプテンを務め、毎回負けて泣いていたのを思い出します。中学に入り、唐津ボーイズに入り順調に成長していたが肘を故障。また、長男みたいに体格に恵まれずケガもあり、唐津ボーイズ時代は全くと言っていいほど良い記憶はないです。
やりきったよ、ありがとう
高校の進路を決める際、「みんなが(唐津では強豪の)唐津商業、唐津工業にいくので俺も!」と次男は言いました。子供の希望は優先しなければいけないとは思いましたが、私はこう彼に言いました。
「お前は中学の時、唐津ボーイズで良かったと思う? 今までお前をみてきたけど、辛かったやろ? お前は野球を全く楽しんでない。強豪に行くのはいいが、今は体は小さいが必ず大きくなるし、必ず爆発的な成長をする時期がある。その成長する時期に強豪校にいてもレギュラーのサポート、球拾いをする姿が容易に想像できる。強いチームはある程度完成された選手を使う、いくらお前にセンスがあってもケガでろくに野球を経験してないお前を監督が使うはずがない。ならばケガの痛みからやっと解放されたんだから、まずは弱いチームでも野球をできる環境に入り楽しみ、成長するべきだ」
このように説得しました。この内容は一字も間違ってないぐらい覚えています。そんなこともあり、決して強いとは言えない高校に進学しました。まあ、弱いだけあって練習後も居残り練習(バッティング練習、筋トレ)する先輩、同級生はゼロ。しかし、次男がこれらを始めたら、1人、また1人と増えていき居残り練習が当たり前の環境にまで変化し、今年の大会に至っています。
さらに、次男は学校の筋トレでは足りないとジムへ通いだしました。小さくガリガリだったが努力の甲斐があり体重も増え、筋力アップに成功。練習試合ではあるものの、ホームランも打てました。
今回の佐賀県大会一回戦が終わって2日後の私の気持ちは「やりきったよ、ありがとう!」でしかありません。あの高校に行かせて本当に良かった。涙涙。兄弟3人の中で一番の苦労人だと思います。
お金じゃ買えない最高の贅沢
親は一体どのように我が子の野球に関わるか。少年野球は親抜きには成立しないと思います。会長、副会長、審判部長、審判員、会計、道具車会計、球場抑え係、送迎、マイクロバスの運転などなど、とにかく多忙です。長男が中学3年、次男が中学2年、三男が小学5年の時は、唐津ボーイズにあまり行けず、保護者との距離ができてしまいましたね……。それでますます足が遠のく悪循環。でも、本当に忙しいんですよ。妻とも「貴方があっち行って、私はこっち!」と喧嘩ばかり。
一番の多忙は去年でしたね。長男が高校3年生で佐賀市におり、次男は高校2年で唐津、三男は唐津ボーイズ2年です。唐津ボーイズは毎週練習試合があり、長崎、佐賀、諫早、武雄など遠征だらけ。妻とは毎回喧嘩、「長男が最後の夏なのになぜ彼を優先しないんだ!」みたいな話になる。でも、私は唐津ボーイズの審判などの仕事が毎回あったのです。
それだけ野球少年の親は大変ですが、先日行われた三男の中学野球の選手権大会予選で彼が活躍する姿を見て魂が震えました。エースとして2回戦、5回までノーヒットノーラン。3回戦の6回、ワンアウトまで0点に抑える圧巻のピッチング。しかし後続のピッチャーが打たれ、全国大会の夢は絶たれました。
あんな精神状態・興奮状態は生まれてきて初めての体験でした。敗退した時も一瞬気を失うほどでした。こんなに感動を体験できる親はなかなかいないと思います。今でもあの興奮がよみがえります。この感動は親も一生懸命にやったからこそ体験できる境地だと思います。お金じゃ買えない最高の贅沢だと思います。
📝“PL学園”が山口に誕生…? PL野球部OBたちが集結、強化していた「練習時間すごく短くなった」山口県鴻城に伝授された“超名門の練習内容”
https://news.yahoo.co.jp/articles/29a2beb4343c75debb12aa5d71986e135c7ab212
なぜPL学園の黄金期を支えた「伝説のコーチ」清水孝悦は今、山口の私立校で野球を指導しているのか。大阪は藤井寺市の出身で、山口県に取り立てて縁のなかった清水だが、大学時代の後輩が山口県鴻城の上層部と面識があった。甲子園から遠ざかる野球部を強化しようと清水に白羽の矢が立ったが、二つ返事で引き受けたわけではない。
というのも清水は、地元の藤井寺市内で、寿司店の「ふじ清」を経営。父の代から続く家業であり、山口に移住しての指導は難しい。昼夜問わず心血を注いで選手と向き合ったPL時代と同じような指導ができないなら、と迷った。しかし、2023年の秋に、挨拶に訪れた監督の田村と顔を合わせ、考えが変わった。
「『一度ご挨拶させてください』と、わざわざ来てくれてね。それで顔を見た瞬間、『ええ子なんやろな』と思ったんです。ただ、気がよすぎて、勝負事でも優しさが出てしまうんやろなとも思った。指導に悩んでいるのが伝わってきて、力になりたいなと。自分にできる“高校野球への最後の恩返し”じゃないですけどね」
大阪で寿司店経営…山口へ指導に
田村は少し会話しただけでもわかるほど、折り目正しく、腰の低い人柄だ。選手の面倒見もよく、県内で悪いウワサを聞いた覚えのない人物である。しかし、いい人が勝つとは限らないのが高校野球であり、勝負事だ。清水の元を訪ねた2023年の夏も、3回戦で公立進学校に退けられていた。指導者として、今後どうしていくべきか。悩みが募っていた時期だった。
そのとき清水は、今江敏晃(元・ロッテ)らがいた2001年を最後に母校の指導から離れ、高校野球の現場から20年以上遠ざかっていた。それでも、KKら後輩や多くの教え子に慕われた、清水生来の兄貴肌が、再び現場へと向かわせた。現在は平日の2、3日間、大阪から山口に向かい、選手たちと向き合う。当初は、自身の不在時の練習内容などを修正することも少なくなかったが、就任から2年が経ち、「あまりこっちから言う必要がなくなってきている」という。
あのPL戦士もスタッフだった…
指導方針の浸透は、“もう一人のPLを知る男”の存在を抜きには語れない。昨春から部長を務める田中一徳だ。PL時代は俊足巧打のスイッチヒッターとして下級生時代から主力を張った。2年夏の甲子園準々決勝、横浜戦では松坂大輔から4安打を放っている。PLからドラフト1位でプロ入りし、引退後は高校、大学で指導経験を積み、教員免許を取得。直近では鹿児島の中高一貫校で教壇に立った。
総監督就任直前の清水が、「一徳に、どうやったら足が速くなるか聞こうと思って」電話をかけたことがきっかけとなり、ともに指導現場に立ちたいと山口にやってきた。小柄ながら眼光鋭くグラウンドを見つめ、気の抜けたプレーや全力疾走を怠った選手にはゲキを飛ばし、右打ちでノックを放つ。田中の思いは一貫している。
「清水総監督が1週間後に見て、ダメだなと思われないように。現状維持でなく、右肩上がりにするのが自分の仕事です」
なぜPL学園は強かったのか?
甲子園通算96勝30敗。PLの圧倒的な勝率を目にすると、思わず“魔法”のような練習があるように錯覚してしまう。だが、山口県鴻城の練習を見ていると、内容は実にシンプルだ。様々な状況を想定した投内連携をみっちりやっているのは印象的だったが、打撃練習、ノックを含め、一般的な強豪なら必ずやっているものでもある。強さの源流はどこにあったのか。指導者としてPLの野球に触れる日々を送る田村が、この2年間で感じたものを言語化する。
「清水総監督と田中先生から感じるのは、“本質”を大切にされているということ。キャッチボール、バッティング、ノック……。これはどこの学校もやっていると思うんですけど、“なんとなく”やっているところもあると思います。そうでなく、『何のためにキャッチボールをするのか』『何のために走っているのか』と理解した上で取り組む。そこを大切にされています」
田村は、ウォーミングアップの一つであるショートダッシュを例に挙げた。
「アップの100メートルダッシュ、見ていただきましたよね。あれは目標タイムを設定して走るんですけど、無茶苦茶なタイムではないんです。ちゃんと走れば、誰でもクリアできるようなタイム。なんでその設定で走るのかというと、正しいフォームで走って体幹を鍛えるため。これをギリギリのタイム設定にしてしまうと、崩れたフォームでがむしゃらに走るようになる。あえて苦しいことをやるのも大切ではあるんですが、それだと体幹を鍛える目的から外れてしまうんですね。以前はそれがわからず、選手がキツそうにしていたらいい練習になっていると認識する、指導者の自己満足の練習になっていました」
「練習時間はすごく短くなりました」
PLは強豪の中でも全体練習が短く、その後の自主練習が意識高く行われていた……。OBの多くがそう語り、プロで活躍できた理由にも挙げられる特徴である。練習の“本質”を理解しようと努めることで、山口県鴻城の練習時間も変化した。
「練習時間はすごく短くなりました。なぜこの練習をやるのか、と考えたときに必要のないメニューがあったので。それに、『朝から晩まで猛練習をするぞ』となると、選手たちは体力を温存しようと、練習に強弱をつけてしまう。それなら、時間や本数をしぼって、一つ一つに全力で取り組ませた方がいい。あえて量を課すこともあるんですけど、全体の時間は短くなりました」
日々選手に向き合う2人の指導ぶりは、清水も認めるところだ。
「田村監督が一生懸命なのは最初からわかっとったけど、『指導者の自分が』というところがあった。自分の指示で動かしたい。けど、それが上手くつながらない歯がゆさで悩んでいたというかね。監督はドシっとするところが必要やし、やっぱり『一番は子どもやで』と。子どもたちにいい思いをさすために、どう考えさせるかに目が向くようになりましたね。一徳は現役時代もそうやったけど、結果にこだわれる。そのために自分が嫌われ役になるのもいとわないところがある。心強いし、そこは現役時代から変わらんですね。ただ、体形が変わってピンとこらんところがあるんで、『痩せー』とは言うとりますけど……」
現在の指導体制となり、昨夏は県8強。昨秋は4強に食い込んで、46年ぶりに中国大会出場。今春も2季連続で4強入りした。本質を捉えた指導の成果は着々と表れている。ところで、PLと言えば、半ば伝説となっている「寮生活」がある。度々OBがメディアで苛烈さを語り、その度に話題になる。では、山口県鴻城の野球部専用寮の実態は――。
〈つづく〉