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✌太川陽介「バス旅」で交通文化賞受賞 国交省まで路線バス3時間半乗り継ぎ登場 蛭子能収に感謝
https://news.yahoo.co.jp/articles/852a89ba40528cfd51840057227b7b4d6a1f440c
太川陽介(67)が4日、都内の国土交通省で、第67回交通文化賞を受賞した。受賞理由は「路線バスでの旅番組出演を通じ公共交通の魅力や地域交通が抱える課題を広く社会に発信し公共交通への理解促進に寄与した」で、2007年(平19)10月から17年1月までテレビ東京系で放送された「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」で、漫画家の蛭子能収(78)と、国内の路線バスを乗り継ぎ3泊4日で目的地への到達を目指すガチンコ旅を展開したことが評価された。
この日、番組のファンだという水嶋智事務次官から「路線バスを乗り継いでこられた。そこまで徹底して」と明かされ、大臣応接室は沸いた。太川は「調布から3時間半で来ました。楽しいもんですよ。仕事じゃないから多少、ミスしてもいいですから」と笑顔で明かした。
受賞の感想を聞かれ「何でだろう? と思った。症状を見て、そういう風に思っていただけていたのかとうれしくて、ものすごく幸せ。蛭子さんとやった『バス旅』が、こんなふうになるとは夢に思わなかった」と語った。認知症の蛭子とは2年近く、会っていないと言うが、蛭子に伝えたいことは? と聞かれると「あなたのおかげじゃないよ、そのひと言ですかね。でも、あのキャラクターがあったから、あの番組は続いた」と感謝。「仕事として来てないし、ワガママ放題。番組が始まって、しばらく、嫌いと思ったけれど、良さが分かった。面白いなと…貴重な人です」と感謝した。そして「人生って、面白いな。こういう展開があるんだと。ものすごい幸運」と満面の笑みを浮かべた。
📝夏の高校野球鳥取大会、7月11日開幕 21チームが11日間の熱戦
https://news.yahoo.co.jp/articles/7fd9a9463b6afd8a11d9cdb394b3facbcc9d635a
第108回全国高校野球選手権鳥取大会の運営委員会が3日、鳥取市内であり、大会日程を正式に7月11日開幕、26日決勝と決めた。23校、21チームが11日間の熱戦を繰り広げる。
試合会場は鳥取市のヤマタスポーツパーク野球場。出場するのは単独20校と3校連合の1チームの計21チーム。倉吉西と倉吉農、境港総合が連合チームを組む。シード校は境、岩美、鳥取商、鳥取城北の4校。
組み合わせ抽選会は19日午後2時半から倉吉市の倉吉体育文化会館である。開会式は7月11日午前8時半から。
暑さ対策のため、試合を原則1日2試合に減らす。昨年、3試合目で熱中症になる選手が目立ったことを受けての変更で、午前10時と午後1時に開始(11日のみ午前10時半)。7月26日の決勝は午前10時開始を予定している。
📝京都勢の近畿大会 打の立命館宇治、投の龍谷大平安、粘る京都外大西
https://news.yahoo.co.jp/articles/befb309e970b66dec32b62aff204d7b1dcd62369
高校野球の春季近畿大会が、2014年以来12年ぶりに京都府で行われた。府大会を制した龍谷大平安、準優勝の立命館宇治、3位の京都外大西の3校が代表として出場し、近畿のほか5府県を勝ち抜いた強豪と対戦した。それぞれの持ち味が際立ち、課題もまた浮き彫りになった。
4強入りした立命館宇治は、打力に手応えを得た。履正社(大阪)と対戦した1回戦では、本塁打1本、二塁打5本を含む計16安打。序盤は劣勢を強いられながら、七回に8安打を集めて逆転した。2年生中心のチームの打線は、ひとたびつながり出すと、相手をのみ込む迫力がある。
その強みが抑え込まれた際の辛抱強さが問われた。智弁和歌山と対戦した準決勝では、7安打を放ちながら0―4で敗れた。エースの中尾理佑投手(2年)が七回まで1失点で粘ったものの、八回に突き放されて決勝進出は逃した。2試合でわずか1失策の守りに安定感はある。里井祥吾監督は夏に向けて「もう一踏ん張りできるチームになれば」と話す。
秋、春の府大会で12戦無敗の龍谷大平安は投手力で渡り合った。制球にたけた中元天翔投手(3年)と速球が魅力の川島謙心投手(3年)の二枚看板。強打で優勝した報徳学園(兵庫)と1回戦で当たり、3失点に抑えて試合を壊さなかった。課題を残したのは得点力。6安打を放ちながらも、単打や好機で併殺打に終わる場面も目立った。
京都外大西はバントを絡めた攻撃で流れをつくろうとした。天理(奈良)との試合では五回まで2安打と抑え込まれながら、六回には小技を絡めて得点し、食らいついた。八回に大量失点してコールド負けを喫したものの、接戦に持ち込む粘り強さには目を見張るものがあった。
3校が異なる色を見せ、課題を持ち帰った。7月4日に開幕する夏の全国選手権京都大会まで、あと1カ月。持ち味をさらに磨いて3校が軸になっていくのか、それとも彼らの戦いぶりに刺激を受けた他校が追い抜くか。注目される。
🎤元祖・甲子園のアイドルは中学でオール5 迷った進路、仲間と三沢へ
https://news.yahoo.co.jp/articles/d961e09e8cdb818f18a68f3def7906276172625a
■語る太田幸司(1)
1924年に阪神甲子園球場が誕生して100年余り。長い歴史の中で甲子園を沸かせたアイドルの第1号といえば、この人だろう。69年の第51回全国高校野球選手権大会決勝で延長18回引き分け再試合を投げ抜き、準優勝した三沢(青森)の太田幸司さん。
6月8日には地元青森県で春季東北地区大会が開幕。74歳のレジェンドに、自身の歴史を振り返りつつ、東北勢の活躍についても語ってもらった。
《青森・三沢が生んだ元祖「甲子園のアイドル」も74歳になった。今もプロ野球の解説を務め、硬式チームで中学生を指導する日々。野球を愛し、野球談議を始めると止まらない》
今春の選抜大会で八戸学院光星(青森)は8強入りか。青森の学校も強くなったよね。東北(宮城)に花巻東(岩手)も好チームだった。僕らの頃は東北6県で1校だけ。東北大会で優勝しなきゃ出られなかったからね。
2022年夏に仙台育英が東北勢として初めて全国制覇したけど、それまではやっぱり57年前のウチが記憶に残るというか奇跡というか。深紅の大優勝旗に近づいたチームだったのかな。
■強さの源流、基地で硬式野球
《甲子園に出てもほとんど初戦敗退。「野球後進県」だった1960年代の青森から突然、全国準優勝するようなチームが出てきた》
三沢ならではの事情もあるわね。米軍基地があるでしょ。基地にリトルリーグの硬式チームがいくつかあって、そこに市内の小学校の選抜チームも入って試合をしていた。だから僕らは軟式と硬式の両方をやっていた。
選抜チームでは後に三沢高校の主力になる同学年の八重沢憲一、桃井久男、菊池弘義らが活躍して東京の大会に出た。僕? そのころは外野手で目立たない存在だった。東京行きのメンバーに選ばれず、汽車に乗る仲間を見送って「がんばれよ」なんて言いながらさみしかったね。
昭和30年代当時、硬式球を握っていた子どもなんてあまりいなかったと思う。みんな高校に進んでも違和感なくやれたというのはあるね。三沢高でも、基地から高価な米国製の「ルイスビルスラッガー」のバットをもらって、試合の時に大事に使っていた。
《三沢一中に進んで投手に転向し、人生が変わる》
一中は強かったんですよ。僕らが小6のときに県大会で優勝して「おれもここでがんばるぞ」と思った。最初は外野手だったんだけど、1年の秋か2年だったかな。投手がケガでいなくなって、顧問の立崎庸夫先生が「太田はセンターから本塁にダイレクトでズドーンという球を投げていたよな。肩が強いんだから投手をやってみろ」と言ってくれた。
立崎先生、僕の担任で美術の先生だったんだけど、本当に人生を変えてくれたよね。制球が悪くて10球に1球ぐらいしかストライクが入らなかったけど「それでいい。一生懸命練習したらストライク入るようになるから」って励ましてくれた。「制球が悪いからダメ」と言われたら今の太田幸司はいないわけやから。
それで3年生になったら結構いけるなって。県大会でベスト4ぐらいまでいったのかな。大人のチームと練習試合をしても負けない。もしかしたら高校で甲子園に行けるかも、なんて思いました。
■オール5も どの高校に?教師も割れた
《進路は迷った。学校の成績も良く、オール5をとったことも》
近隣の進学校、八戸高に行こうかなと思っていた。だけど野球部の仲間たちは近所の三沢高に行くという。先生たちも意見が二分して、野球が好きな先生は「三沢へ行け」。勉強重視の先生は「八戸だ」と。
迷ったけど、親も体が弱かったので、遠くに通うより、仲間と好きな野球をやるかって。三沢高校に進学しました。
🎤高校野球唯一の女性監督 京都洛南・山村真那さん12年目で「いったん一区切り」の夏
https://news.yahoo.co.jp/articles/1ff22991811263b886b8a492531f26bec9a015b3
アマチュア野球界で見せるジェンダーレスの動きは現在どうなっているのか。今回のアマチュア野球特集は「広がる女性活躍」と題して全2回で紹介する。第1回は現在、高校野球でただ一人の女性監督、洛南(京都)の山村真那さん(36)をインタビュー。就任12年目の夏を迎えた今大会を節目に、監督業を退く決断をした経緯や女性指揮官という立場、部員たちへの思いを聞いた。
高校野球唯一の女性指揮官、洛南・山村真那監督は京都市の翔鸞小6年から神戸親和女子大卒業までソフトボールで活躍した。その経験を買われ、体育の非常勤講師で赴任した山城(京都)で同校監督に声をかけられ、野球部コーチに就任。その後赴任した洛南でもコーチを務め、前監督が退任した15年4月に後を継いだ。そして12年目の今夏、監督を退く決断をした。
-今夏限りで退任する
山村監督(以下山村) 現在部長として在籍している先生が、今年度常勤(講師)から教職員になったタイミングで。彼に去年打診してみたら「やってみたいです」と言ってくれて。「じゃあよろしく」って。(以前から)誰か監督をやりたい人が来たら譲ると言っていて。OBとかにも声かけていたんです。
-女性監督としてメディアにも取り上げられてきた
山村 「確かに珍しいよな…」ぐらい。別に私自身「女性だから、男性だから」って考えてやったことがなくて。もう自分は自分。
-生徒たちの受け止めは
山村 そんなに変わらないと思いますよ。でも選手たちは、その人の人となりを見てるなというのは分かります。どんな監督なんやろうっていう感じなんやと思います。
-いまとなっては“洛南の監督と言えば”の存在に
山村 そうなってますかね。12年目ですからね。こんなにやるとは思ってなかった。
-高校野球の女性監督史、最長なのでは
山村 わたしのなかでは、わたしが今一番長いんやろなって自負しています。
-就任当初は苦労も
山村 最初の1、2年は本当に何もしてあげられなかった…。でも、子どもらは一生懸命やってるから、ノックしてって言われたら「ノックだけはいつでも打ってあげよう」という感じでした。
-野球とソフトボールは違う
山村 飛距離がやっぱり違いますね、男の子の球は。
-就任3年目から変化が
山村 わたしの中で変わったのは、当時の外部コーチに「本当に何も知識ないし、どうしたらいいか分かりません」って話したんです。そしたら「今、先生ができはることをやってあげたらいいだけじゃないですか。野球って監督が采配しますけど、ラグビーとかって選手が指示出すことも多いですよ。(京都屈指の進学校で)この子らは賢いんだから、自分たちでできるようになります。そういう新しい野球をやらはったらどうですか?」って言ってくれはって。「なるほど、そういう考え方ね」って。サインは統一しないといけないから出すことはありますけど、自分らで考えて動けたら最高やなって。だから基本、小言しか言わないようにしています。練習メニューも「自分たちで考えて」って。
-考えさせる意図は
山村 何がなんでも勝たすっていうイメージはあまり持ってなくって。もちろん勝たせてあげたいし、延長線上には公式戦で勝ってほしいなってもちろん思ってます。でも、この子らが一番活躍してほしいのは、社会に出た時なんですよね。その時にこうして自分らで考えて動くことがすごく大事だなと思っていて。だから、私自身が「監督ありがとうございました!」なんて、全然思ってほしくなくて。その代わり、3年生とか上級生に「先輩がいてくれてよかった」とか、先輩に感謝でいい。それに関係は私とじゃなくて、そこが一番つながっていくじゃないですか。卒業してもみんなで旅行に行ったりとかね。
-退任を伝えた時の部員の反応は
山村 もしかしたら私は野球部を完全に離れるかもしれへんし、まだずっと顧問として居続けるかもしれへんし、何年後かにまた監督に戻るかもしれへんし、全然先は分からへんねんけど…。でも、私の中ではいったん一区切りで、もう監督として過ごす夏の大会は、これが最後だと思ってるからよろしく。今まで秋は2~3回勝ったことあるけど、夏1勝しかしてないし、ぜひ2勝頼むわ」って言ったんです。そしたらその日のうちに、ホワイトボードに(夏2勝って)書いてくれたんですよ。可愛くないですか!?(笑い)「これはうれしいわ!」って。
-願いをかなえてもらう
山村 (今季は新たに)コーチが来てくれたから、技術とかもっと詳しく言ってくれたらよりハマるやろうなって。万々歳です、今回は。夏2勝のために、選手たちはめちゃくちゃ頑張ってくれると思うので、私も頑張ります!
監督就任後の通算は夏1勝、秋5勝で、最高成績は夏、秋の2回戦。今夏もノーシードのため、龍谷大平安、京都外大西、京都国際などの強豪校と早い段階でぶつかることも多い。組み合わせ抽選会は今月20日に行われる予定。1日でも長い夏を目指す。
◆山村真那(やまむら・まな)1990年(平2)3月2日生まれ、京都市出身。翔鸞小6年からソフトボールを始め、衣笠中、嵯峨野(京都)、神戸親和女子大でソフトボール部に所属。卒業後、2年間山城に勤務し、14年から洛南へ。15年4月に硬式野球部監督に就任した。好きな選手は広島大瀬良。165センチ。右投げ右打ち。体育科教諭。
○…日刊スポーツが全国47都道府県の高野連に取材したところ、高校の男子硬式野球部で采配を振るう女性監督は洛南(京都)の山村監督だけだった。山形でも女性監督が登録されている学校が1校あるが、部員が9人に満たず、連合チームとして出場する公式戦では男性監督が指揮を執っている。
2010年代後半には長岡農(新潟)の井上麻子さんや「東北初」の女性監督として注目された涌谷(宮城)の阿部奈央さんらがいたが、ともに現在は退任している。東京電機大高(東京)を指揮した市川麻紀子さんも昨夏を最後に監督職から退き、今夏は助監督と立場が変わって挑む。男子の高校野球界において、一時期盛り上がりを見せた女性監督登用の流れは下火の傾向にある一方で、栃木や和歌山、徳島などでは女性部長が活躍する学校も見られる。徳島では、春夏通算24度の甲子園出場を誇る鳴門の鳴川幸恵校長が、同県初となる女性の高野連会長に就任したことも話題となっている。
🔥「BIG4」と呼ばれた意地 好左腕が思い描く夏の甲子園での投球
https://news.yahoo.co.jp/articles/ef95ae9747df9b5c18d125edf150c1ed28476382
■夏に輝く 聖隷クリストファー・高部陸投手
「選抜に出ている選手がうらやましかった」
聖隷クリストファー(静岡)の高部陸(3年)は本心を隠さなかった。選抜大会は選手寮のテレビで観戦した。「同じ左投げで良い投手がいっぱいいた。少しでも学べるところがないかと思って見ていました」
昨夏、躍動感のある投げっぷりが注目を浴びた。細身ながら最速147キロを投じる本格派左腕として第107回全国高校野球選手権大会1回戦に先発し、明秀日立(茨城)を1失点に抑えて完投した。
スポットライトが当たった2年生投手は、高部だけではない。沖縄尚学の末吉良丞、横浜(神奈川)の織田翔希、山梨学院の菰田陽生。この4選手は世代を引っ張る存在として「BIG4」と呼ばれたこともあった。
高部は埼玉出身。中学時代は全国大会に出場したことがあるが、高校は地元を離れ、一度も甲子園に出たことがないチームを選んだ。
「自分が初めての甲子園に連れて行きたかった。早く試合で投げて、どんどん活躍して、注目されていきたい」
その言葉通り、1年夏に公式戦デビューを果たす。昨夏の静岡大会は5試合で防御率0点台。チームは春夏通じて甲子園初出場を決めた。昨秋も東海大会まで勝ち進んだが、準決勝で三重に2―10でコールド負け。翌春の選抜大会は出場校に選ばれなかった。
「BIG4」のうち、今春の選抜出場を逃したのは高部だけだった。いつの間にかメディアが出す記事の見出しは「BIG3」に変わっていた。「悔しかった。全然、力が足りない」
この冬は体作りに専念した。夕食の前後でスパゲティや餅を食べて1日5食にして、体重は昨秋から6キロ増えて74キロに。球威はさらに増した。
選抜後の4月、U18日本代表候補の強化合宿に参加した。「成長するためにいろんな手をつくしたい」と、末吉にスライダーの投げ方や投球フォームについて質問した。貪欲な17歳は注目されるほど燃えるタイプだ。再び大舞台に立ち、かなえたい夢がある。
「甲子園を完全に支配するような投球を見せたい」
⚾SHIONOMISAKIさんへ
かつて横浜に在住されていたんですね!SHIONOMISAKIさんはたしか福岡だったか?九州にも一時期赴任されていたとか見たことがあったような気が・・・・・。
東京近郊の1都7県は全て都会の洗練されたイメージがあり、僕のような田舎者は相手にされない気もしますし、関東人とくに東京モンは男女問わず、『冷酷・冷血・冷徹』の3拍子揃ったクール三冠王みたいな人々の集まるところだと解釈しておりますが、息苦しくなかったでしょうか?????
ただ、西日本も大阪を中心に関西人はアホが多いし、近畿を離れて西へ行けば行くほど言葉がきついというか方言が荒々しいのでガラが悪いイメージはついて回りますね(笑)
そうなると僕が知るところでは『美し国 清楚な女(ひと)』のイメージが強い三重。そして話を聴くと、東北人と見紛う純朴な方言とおとなしいイメージで福井が、ベスト オブ 県民性のツートップになるのかなあ・・・。
SHIONOMISAKIさんはスポーツ観戦で全国津々浦々回ってはるので県民性にも精通されていると思いますがいかがでしょうか?どこの県にも良い人はおるし、悪い輩も少なからずいるとは思いますが。
さて、神奈川大会の概要が決まりましたか。愛知に後塵を拝したとはいえ全国屈指の参加校数を誇っていることには変わりないし、愛知や兵庫と違って大阪よろしく全校一斉入場行進するんでしょうね。
16時から開会式というのも悪くはないですが、願わくば開会式直後に2~3試合消化してくれたら非常に嬉しいところです。
もう20数年ほど前だったか?まだ紀三井寺にナイター照明がなかった頃、9時から開会式を行い10時過ぎから3試合やってましたが、第2試合がたしか延長14回までもつれ込み第3試合は薄暮の中、試合が進み終盤でセンターフライだったか?外野フライを見失いランニングホームランにしてしまいそれで同点となり9回か10回終了日没再試合を観戦しました!
ナイターのない球場では厳しいですが、開会式があれば最低でも2試合は観戦したいですね。京セラドームはいつの間にか開幕試合のみとなり、以前は南北ともに1試合ずつ開催して我が母校も2002年だったかな?登場して6-2で勝ちました!
決勝戦の午後2時開始は愛知も同じですが、どうやら熱さのピークが14時頃で試合終盤になるにつれて温度が下がり選手たちの負担は軽減されるらしいです。むしろ10時開始の方が試合終盤12時近くになると熱くて疲労がたまりやすくなるとか?
あとは開門を8時30分くらいにして、スタンドの場所取りしてもらって試合開始までどこかで休んでもらうという配慮もあるそうで!
選手にしても9時や10時開始だったら早朝に起床して学校集合~球場入りで朝に強い老人ならともかく、高校生は朝が弱い子が多いだろうし、、、14時開始だったら充分な睡眠をとってゆっくり球場入りして12時頃に昼ご飯食べて試合に挑めるので僕はそっちの方が良いかと。
ただ、悲しいかな49地区のほとんどが午前開催に切り替え、13時30分で定着していた徳島も10時に宗旨替えしたし、和歌山は9時開始と・・・・・。
1試合だけの為に4時起床で始発電車に乗って紀三井寺に行くのはしんどいので、バンテリンドームに行こうと前向きに検討中、、、2000円+手数料取られてもナゴヤドームは過去2回外周歩いただけんでいつか行きたかったし、当日券を買い求める大行列に並ぶのもしんどいし、最悪全席売り切れだったら目も当てられないので・・・・・。
試合開始40分前頃に入場できるんだったら、2000円の指定席狙いで頑張りたいと考えております。
P・S 今年から大分は入場料は前回大会まで一般(高校生以上)600円だったが、今回から1千円になる(高校生は学生証提示で無料)。選手の熱中症対策や物価高騰が理由。代わりに夏以外の県大会などの料金を500円に引き下げる対応を取ってきた。中学生以下、身体障害者手帳所持者は引き続き無料。とのことです。得なのか損なのか?イマイチ分かりづらいですが・・・夏を最小限にして、そのぶん春秋の観戦を増やせばいいのかな!?
https://news.yahoo.co.jp/articles/852a89ba40528cfd51840057227b7b4d6a1f440c
太川陽介(67)が4日、都内の国土交通省で、第67回交通文化賞を受賞した。受賞理由は「路線バスでの旅番組出演を通じ公共交通の魅力や地域交通が抱える課題を広く社会に発信し公共交通への理解促進に寄与した」で、2007年(平19)10月から17年1月までテレビ東京系で放送された「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」で、漫画家の蛭子能収(78)と、国内の路線バスを乗り継ぎ3泊4日で目的地への到達を目指すガチンコ旅を展開したことが評価された。
この日、番組のファンだという水嶋智事務次官から「路線バスを乗り継いでこられた。そこまで徹底して」と明かされ、大臣応接室は沸いた。太川は「調布から3時間半で来ました。楽しいもんですよ。仕事じゃないから多少、ミスしてもいいですから」と笑顔で明かした。
受賞の感想を聞かれ「何でだろう? と思った。症状を見て、そういう風に思っていただけていたのかとうれしくて、ものすごく幸せ。蛭子さんとやった『バス旅』が、こんなふうになるとは夢に思わなかった」と語った。認知症の蛭子とは2年近く、会っていないと言うが、蛭子に伝えたいことは? と聞かれると「あなたのおかげじゃないよ、そのひと言ですかね。でも、あのキャラクターがあったから、あの番組は続いた」と感謝。「仕事として来てないし、ワガママ放題。番組が始まって、しばらく、嫌いと思ったけれど、良さが分かった。面白いなと…貴重な人です」と感謝した。そして「人生って、面白いな。こういう展開があるんだと。ものすごい幸運」と満面の笑みを浮かべた。
📝夏の高校野球鳥取大会、7月11日開幕 21チームが11日間の熱戦
https://news.yahoo.co.jp/articles/7fd9a9463b6afd8a11d9cdb394b3facbcc9d635a
第108回全国高校野球選手権鳥取大会の運営委員会が3日、鳥取市内であり、大会日程を正式に7月11日開幕、26日決勝と決めた。23校、21チームが11日間の熱戦を繰り広げる。
試合会場は鳥取市のヤマタスポーツパーク野球場。出場するのは単独20校と3校連合の1チームの計21チーム。倉吉西と倉吉農、境港総合が連合チームを組む。シード校は境、岩美、鳥取商、鳥取城北の4校。
組み合わせ抽選会は19日午後2時半から倉吉市の倉吉体育文化会館である。開会式は7月11日午前8時半から。
暑さ対策のため、試合を原則1日2試合に減らす。昨年、3試合目で熱中症になる選手が目立ったことを受けての変更で、午前10時と午後1時に開始(11日のみ午前10時半)。7月26日の決勝は午前10時開始を予定している。
📝京都勢の近畿大会 打の立命館宇治、投の龍谷大平安、粘る京都外大西
https://news.yahoo.co.jp/articles/befb309e970b66dec32b62aff204d7b1dcd62369
高校野球の春季近畿大会が、2014年以来12年ぶりに京都府で行われた。府大会を制した龍谷大平安、準優勝の立命館宇治、3位の京都外大西の3校が代表として出場し、近畿のほか5府県を勝ち抜いた強豪と対戦した。それぞれの持ち味が際立ち、課題もまた浮き彫りになった。
4強入りした立命館宇治は、打力に手応えを得た。履正社(大阪)と対戦した1回戦では、本塁打1本、二塁打5本を含む計16安打。序盤は劣勢を強いられながら、七回に8安打を集めて逆転した。2年生中心のチームの打線は、ひとたびつながり出すと、相手をのみ込む迫力がある。
その強みが抑え込まれた際の辛抱強さが問われた。智弁和歌山と対戦した準決勝では、7安打を放ちながら0―4で敗れた。エースの中尾理佑投手(2年)が七回まで1失点で粘ったものの、八回に突き放されて決勝進出は逃した。2試合でわずか1失策の守りに安定感はある。里井祥吾監督は夏に向けて「もう一踏ん張りできるチームになれば」と話す。
秋、春の府大会で12戦無敗の龍谷大平安は投手力で渡り合った。制球にたけた中元天翔投手(3年)と速球が魅力の川島謙心投手(3年)の二枚看板。強打で優勝した報徳学園(兵庫)と1回戦で当たり、3失点に抑えて試合を壊さなかった。課題を残したのは得点力。6安打を放ちながらも、単打や好機で併殺打に終わる場面も目立った。
京都外大西はバントを絡めた攻撃で流れをつくろうとした。天理(奈良)との試合では五回まで2安打と抑え込まれながら、六回には小技を絡めて得点し、食らいついた。八回に大量失点してコールド負けを喫したものの、接戦に持ち込む粘り強さには目を見張るものがあった。
3校が異なる色を見せ、課題を持ち帰った。7月4日に開幕する夏の全国選手権京都大会まで、あと1カ月。持ち味をさらに磨いて3校が軸になっていくのか、それとも彼らの戦いぶりに刺激を受けた他校が追い抜くか。注目される。
🎤元祖・甲子園のアイドルは中学でオール5 迷った進路、仲間と三沢へ
https://news.yahoo.co.jp/articles/d961e09e8cdb818f18a68f3def7906276172625a
■語る太田幸司(1)
1924年に阪神甲子園球場が誕生して100年余り。長い歴史の中で甲子園を沸かせたアイドルの第1号といえば、この人だろう。69年の第51回全国高校野球選手権大会決勝で延長18回引き分け再試合を投げ抜き、準優勝した三沢(青森)の太田幸司さん。
6月8日には地元青森県で春季東北地区大会が開幕。74歳のレジェンドに、自身の歴史を振り返りつつ、東北勢の活躍についても語ってもらった。
《青森・三沢が生んだ元祖「甲子園のアイドル」も74歳になった。今もプロ野球の解説を務め、硬式チームで中学生を指導する日々。野球を愛し、野球談議を始めると止まらない》
今春の選抜大会で八戸学院光星(青森)は8強入りか。青森の学校も強くなったよね。東北(宮城)に花巻東(岩手)も好チームだった。僕らの頃は東北6県で1校だけ。東北大会で優勝しなきゃ出られなかったからね。
2022年夏に仙台育英が東北勢として初めて全国制覇したけど、それまではやっぱり57年前のウチが記憶に残るというか奇跡というか。深紅の大優勝旗に近づいたチームだったのかな。
■強さの源流、基地で硬式野球
《甲子園に出てもほとんど初戦敗退。「野球後進県」だった1960年代の青森から突然、全国準優勝するようなチームが出てきた》
三沢ならではの事情もあるわね。米軍基地があるでしょ。基地にリトルリーグの硬式チームがいくつかあって、そこに市内の小学校の選抜チームも入って試合をしていた。だから僕らは軟式と硬式の両方をやっていた。
選抜チームでは後に三沢高校の主力になる同学年の八重沢憲一、桃井久男、菊池弘義らが活躍して東京の大会に出た。僕? そのころは外野手で目立たない存在だった。東京行きのメンバーに選ばれず、汽車に乗る仲間を見送って「がんばれよ」なんて言いながらさみしかったね。
昭和30年代当時、硬式球を握っていた子どもなんてあまりいなかったと思う。みんな高校に進んでも違和感なくやれたというのはあるね。三沢高でも、基地から高価な米国製の「ルイスビルスラッガー」のバットをもらって、試合の時に大事に使っていた。
《三沢一中に進んで投手に転向し、人生が変わる》
一中は強かったんですよ。僕らが小6のときに県大会で優勝して「おれもここでがんばるぞ」と思った。最初は外野手だったんだけど、1年の秋か2年だったかな。投手がケガでいなくなって、顧問の立崎庸夫先生が「太田はセンターから本塁にダイレクトでズドーンという球を投げていたよな。肩が強いんだから投手をやってみろ」と言ってくれた。
立崎先生、僕の担任で美術の先生だったんだけど、本当に人生を変えてくれたよね。制球が悪くて10球に1球ぐらいしかストライクが入らなかったけど「それでいい。一生懸命練習したらストライク入るようになるから」って励ましてくれた。「制球が悪いからダメ」と言われたら今の太田幸司はいないわけやから。
それで3年生になったら結構いけるなって。県大会でベスト4ぐらいまでいったのかな。大人のチームと練習試合をしても負けない。もしかしたら高校で甲子園に行けるかも、なんて思いました。
■オール5も どの高校に?教師も割れた
《進路は迷った。学校の成績も良く、オール5をとったことも》
近隣の進学校、八戸高に行こうかなと思っていた。だけど野球部の仲間たちは近所の三沢高に行くという。先生たちも意見が二分して、野球が好きな先生は「三沢へ行け」。勉強重視の先生は「八戸だ」と。
迷ったけど、親も体が弱かったので、遠くに通うより、仲間と好きな野球をやるかって。三沢高校に進学しました。
🎤高校野球唯一の女性監督 京都洛南・山村真那さん12年目で「いったん一区切り」の夏
https://news.yahoo.co.jp/articles/1ff22991811263b886b8a492531f26bec9a015b3
アマチュア野球界で見せるジェンダーレスの動きは現在どうなっているのか。今回のアマチュア野球特集は「広がる女性活躍」と題して全2回で紹介する。第1回は現在、高校野球でただ一人の女性監督、洛南(京都)の山村真那さん(36)をインタビュー。就任12年目の夏を迎えた今大会を節目に、監督業を退く決断をした経緯や女性指揮官という立場、部員たちへの思いを聞いた。
高校野球唯一の女性指揮官、洛南・山村真那監督は京都市の翔鸞小6年から神戸親和女子大卒業までソフトボールで活躍した。その経験を買われ、体育の非常勤講師で赴任した山城(京都)で同校監督に声をかけられ、野球部コーチに就任。その後赴任した洛南でもコーチを務め、前監督が退任した15年4月に後を継いだ。そして12年目の今夏、監督を退く決断をした。
-今夏限りで退任する
山村監督(以下山村) 現在部長として在籍している先生が、今年度常勤(講師)から教職員になったタイミングで。彼に去年打診してみたら「やってみたいです」と言ってくれて。「じゃあよろしく」って。(以前から)誰か監督をやりたい人が来たら譲ると言っていて。OBとかにも声かけていたんです。
-女性監督としてメディアにも取り上げられてきた
山村 「確かに珍しいよな…」ぐらい。別に私自身「女性だから、男性だから」って考えてやったことがなくて。もう自分は自分。
-生徒たちの受け止めは
山村 そんなに変わらないと思いますよ。でも選手たちは、その人の人となりを見てるなというのは分かります。どんな監督なんやろうっていう感じなんやと思います。
-いまとなっては“洛南の監督と言えば”の存在に
山村 そうなってますかね。12年目ですからね。こんなにやるとは思ってなかった。
-高校野球の女性監督史、最長なのでは
山村 わたしのなかでは、わたしが今一番長いんやろなって自負しています。
-就任当初は苦労も
山村 最初の1、2年は本当に何もしてあげられなかった…。でも、子どもらは一生懸命やってるから、ノックしてって言われたら「ノックだけはいつでも打ってあげよう」という感じでした。
-野球とソフトボールは違う
山村 飛距離がやっぱり違いますね、男の子の球は。
-就任3年目から変化が
山村 わたしの中で変わったのは、当時の外部コーチに「本当に何も知識ないし、どうしたらいいか分かりません」って話したんです。そしたら「今、先生ができはることをやってあげたらいいだけじゃないですか。野球って監督が采配しますけど、ラグビーとかって選手が指示出すことも多いですよ。(京都屈指の進学校で)この子らは賢いんだから、自分たちでできるようになります。そういう新しい野球をやらはったらどうですか?」って言ってくれはって。「なるほど、そういう考え方ね」って。サインは統一しないといけないから出すことはありますけど、自分らで考えて動けたら最高やなって。だから基本、小言しか言わないようにしています。練習メニューも「自分たちで考えて」って。
-考えさせる意図は
山村 何がなんでも勝たすっていうイメージはあまり持ってなくって。もちろん勝たせてあげたいし、延長線上には公式戦で勝ってほしいなってもちろん思ってます。でも、この子らが一番活躍してほしいのは、社会に出た時なんですよね。その時にこうして自分らで考えて動くことがすごく大事だなと思っていて。だから、私自身が「監督ありがとうございました!」なんて、全然思ってほしくなくて。その代わり、3年生とか上級生に「先輩がいてくれてよかった」とか、先輩に感謝でいい。それに関係は私とじゃなくて、そこが一番つながっていくじゃないですか。卒業してもみんなで旅行に行ったりとかね。
-退任を伝えた時の部員の反応は
山村 もしかしたら私は野球部を完全に離れるかもしれへんし、まだずっと顧問として居続けるかもしれへんし、何年後かにまた監督に戻るかもしれへんし、全然先は分からへんねんけど…。でも、私の中ではいったん一区切りで、もう監督として過ごす夏の大会は、これが最後だと思ってるからよろしく。今まで秋は2~3回勝ったことあるけど、夏1勝しかしてないし、ぜひ2勝頼むわ」って言ったんです。そしたらその日のうちに、ホワイトボードに(夏2勝って)書いてくれたんですよ。可愛くないですか!?(笑い)「これはうれしいわ!」って。
-願いをかなえてもらう
山村 (今季は新たに)コーチが来てくれたから、技術とかもっと詳しく言ってくれたらよりハマるやろうなって。万々歳です、今回は。夏2勝のために、選手たちはめちゃくちゃ頑張ってくれると思うので、私も頑張ります!
監督就任後の通算は夏1勝、秋5勝で、最高成績は夏、秋の2回戦。今夏もノーシードのため、龍谷大平安、京都外大西、京都国際などの強豪校と早い段階でぶつかることも多い。組み合わせ抽選会は今月20日に行われる予定。1日でも長い夏を目指す。
◆山村真那(やまむら・まな)1990年(平2)3月2日生まれ、京都市出身。翔鸞小6年からソフトボールを始め、衣笠中、嵯峨野(京都)、神戸親和女子大でソフトボール部に所属。卒業後、2年間山城に勤務し、14年から洛南へ。15年4月に硬式野球部監督に就任した。好きな選手は広島大瀬良。165センチ。右投げ右打ち。体育科教諭。
○…日刊スポーツが全国47都道府県の高野連に取材したところ、高校の男子硬式野球部で采配を振るう女性監督は洛南(京都)の山村監督だけだった。山形でも女性監督が登録されている学校が1校あるが、部員が9人に満たず、連合チームとして出場する公式戦では男性監督が指揮を執っている。
2010年代後半には長岡農(新潟)の井上麻子さんや「東北初」の女性監督として注目された涌谷(宮城)の阿部奈央さんらがいたが、ともに現在は退任している。東京電機大高(東京)を指揮した市川麻紀子さんも昨夏を最後に監督職から退き、今夏は助監督と立場が変わって挑む。男子の高校野球界において、一時期盛り上がりを見せた女性監督登用の流れは下火の傾向にある一方で、栃木や和歌山、徳島などでは女性部長が活躍する学校も見られる。徳島では、春夏通算24度の甲子園出場を誇る鳴門の鳴川幸恵校長が、同県初となる女性の高野連会長に就任したことも話題となっている。
🔥「BIG4」と呼ばれた意地 好左腕が思い描く夏の甲子園での投球
https://news.yahoo.co.jp/articles/ef95ae9747df9b5c18d125edf150c1ed28476382
■夏に輝く 聖隷クリストファー・高部陸投手
「選抜に出ている選手がうらやましかった」
聖隷クリストファー(静岡)の高部陸(3年)は本心を隠さなかった。選抜大会は選手寮のテレビで観戦した。「同じ左投げで良い投手がいっぱいいた。少しでも学べるところがないかと思って見ていました」
昨夏、躍動感のある投げっぷりが注目を浴びた。細身ながら最速147キロを投じる本格派左腕として第107回全国高校野球選手権大会1回戦に先発し、明秀日立(茨城)を1失点に抑えて完投した。
スポットライトが当たった2年生投手は、高部だけではない。沖縄尚学の末吉良丞、横浜(神奈川)の織田翔希、山梨学院の菰田陽生。この4選手は世代を引っ張る存在として「BIG4」と呼ばれたこともあった。
高部は埼玉出身。中学時代は全国大会に出場したことがあるが、高校は地元を離れ、一度も甲子園に出たことがないチームを選んだ。
「自分が初めての甲子園に連れて行きたかった。早く試合で投げて、どんどん活躍して、注目されていきたい」
その言葉通り、1年夏に公式戦デビューを果たす。昨夏の静岡大会は5試合で防御率0点台。チームは春夏通じて甲子園初出場を決めた。昨秋も東海大会まで勝ち進んだが、準決勝で三重に2―10でコールド負け。翌春の選抜大会は出場校に選ばれなかった。
「BIG4」のうち、今春の選抜出場を逃したのは高部だけだった。いつの間にかメディアが出す記事の見出しは「BIG3」に変わっていた。「悔しかった。全然、力が足りない」
この冬は体作りに専念した。夕食の前後でスパゲティや餅を食べて1日5食にして、体重は昨秋から6キロ増えて74キロに。球威はさらに増した。
選抜後の4月、U18日本代表候補の強化合宿に参加した。「成長するためにいろんな手をつくしたい」と、末吉にスライダーの投げ方や投球フォームについて質問した。貪欲な17歳は注目されるほど燃えるタイプだ。再び大舞台に立ち、かなえたい夢がある。
「甲子園を完全に支配するような投球を見せたい」
⚾SHIONOMISAKIさんへ
かつて横浜に在住されていたんですね!SHIONOMISAKIさんはたしか福岡だったか?九州にも一時期赴任されていたとか見たことがあったような気が・・・・・。
東京近郊の1都7県は全て都会の洗練されたイメージがあり、僕のような田舎者は相手にされない気もしますし、関東人とくに東京モンは男女問わず、『冷酷・冷血・冷徹』の3拍子揃ったクール三冠王みたいな人々の集まるところだと解釈しておりますが、息苦しくなかったでしょうか?????
ただ、西日本も大阪を中心に関西人はアホが多いし、近畿を離れて西へ行けば行くほど言葉がきついというか方言が荒々しいのでガラが悪いイメージはついて回りますね(笑)
そうなると僕が知るところでは『美し国 清楚な女(ひと)』のイメージが強い三重。そして話を聴くと、東北人と見紛う純朴な方言とおとなしいイメージで福井が、ベスト オブ 県民性のツートップになるのかなあ・・・。
SHIONOMISAKIさんはスポーツ観戦で全国津々浦々回ってはるので県民性にも精通されていると思いますがいかがでしょうか?どこの県にも良い人はおるし、悪い輩も少なからずいるとは思いますが。
さて、神奈川大会の概要が決まりましたか。愛知に後塵を拝したとはいえ全国屈指の参加校数を誇っていることには変わりないし、愛知や兵庫と違って大阪よろしく全校一斉入場行進するんでしょうね。
16時から開会式というのも悪くはないですが、願わくば開会式直後に2~3試合消化してくれたら非常に嬉しいところです。
もう20数年ほど前だったか?まだ紀三井寺にナイター照明がなかった頃、9時から開会式を行い10時過ぎから3試合やってましたが、第2試合がたしか延長14回までもつれ込み第3試合は薄暮の中、試合が進み終盤でセンターフライだったか?外野フライを見失いランニングホームランにしてしまいそれで同点となり9回か10回終了日没再試合を観戦しました!
ナイターのない球場では厳しいですが、開会式があれば最低でも2試合は観戦したいですね。京セラドームはいつの間にか開幕試合のみとなり、以前は南北ともに1試合ずつ開催して我が母校も2002年だったかな?登場して6-2で勝ちました!
決勝戦の午後2時開始は愛知も同じですが、どうやら熱さのピークが14時頃で試合終盤になるにつれて温度が下がり選手たちの負担は軽減されるらしいです。むしろ10時開始の方が試合終盤12時近くになると熱くて疲労がたまりやすくなるとか?
あとは開門を8時30分くらいにして、スタンドの場所取りしてもらって試合開始までどこかで休んでもらうという配慮もあるそうで!
選手にしても9時や10時開始だったら早朝に起床して学校集合~球場入りで朝に強い老人ならともかく、高校生は朝が弱い子が多いだろうし、、、14時開始だったら充分な睡眠をとってゆっくり球場入りして12時頃に昼ご飯食べて試合に挑めるので僕はそっちの方が良いかと。
ただ、悲しいかな49地区のほとんどが午前開催に切り替え、13時30分で定着していた徳島も10時に宗旨替えしたし、和歌山は9時開始と・・・・・。
1試合だけの為に4時起床で始発電車に乗って紀三井寺に行くのはしんどいので、バンテリンドームに行こうと前向きに検討中、、、2000円+手数料取られてもナゴヤドームは過去2回外周歩いただけんでいつか行きたかったし、当日券を買い求める大行列に並ぶのもしんどいし、最悪全席売り切れだったら目も当てられないので・・・・・。
試合開始40分前頃に入場できるんだったら、2000円の指定席狙いで頑張りたいと考えております。
P・S 今年から大分は入場料は前回大会まで一般(高校生以上)600円だったが、今回から1千円になる(高校生は学生証提示で無料)。選手の熱中症対策や物価高騰が理由。代わりに夏以外の県大会などの料金を500円に引き下げる対応を取ってきた。中学生以下、身体障害者手帳所持者は引き続き無料。とのことです。得なのか損なのか?イマイチ分かりづらいですが・・・夏を最小限にして、そのぶん春秋の観戦を増やせばいいのかな!?