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📝“センバツ優勝”大阪桐蔭が府大会でまさかの敗戦…あの「岡田彰布の母校」が波乱の主役に?「中学では実績がない子がたくさん」でも王者撃破のウラ話
https://news.yahoo.co.jp/articles/975754bdc155e2b648310842b1d7c30f6ea8d80c

高校野球の春の大阪府大会。センバツで優勝した大阪桐蔭が準決勝で関大北陽に敗れる波乱があった。近年、大阪桐蔭・履正社の二強に水をあけられていた古豪が躍進を見せたのは、一体どんな理由があったのだろうか。

決勝で履正社に6-7で競り負け、40年ぶりの府大会制覇とはならなかった。だが試合後、三塁側ベンチ前には関大北陽ナインによる円陣ができていた。

「彼らには枕詞がついたんで。でも、そのプレッシャーに彼らは勝てなかったっていうところがね。そういう話をしました。決勝で負けましたけれど、夏に向けてこの経験は大きいですね。まぁ逆に言うと……この先は言わんときます」

苦笑いを浮かべた辻本忠監督は、試合直後こう口にした。センバツ優勝の大阪桐蔭が中心となると目されていた今春の大阪府大会。だが、大阪桐蔭が準決勝で対戦することになった関大北陽は、準々決勝までの5試合全てを無失点で勝ち上がっていた。

「(2年生エースの)西脇(舜翔)がよく投げてくれましたね。西脇以外の投手もこの春はしっかり粘り強く投げてくれたことがこの春の勝因です」

5回戦の東海大大阪仰星戦で先発した西脇は相手のミスからもぎ取った1点を守り切り、1-0で完封勝利を挙げていた。最速144キロの速球を誇るが、練習試合でも完投がなかった右腕が公式戦初完投どころか完封勝利を挙げた。背番号10の山本新太、11の加藤篤紀らも持ち味を発揮し、大阪桐蔭戦では9回のピンチから登板し、無失点と好投した背番号20の大鶴颯音らの存在も大きかった。

決勝で惜敗も…準決勝で大阪桐蔭を撃破
 
だが、そんな投手陣が決勝の最後の最後で崩れた。「決勝は8回9回に(合計)3点取られていますし、エラーを5個もしてしまっていますしね。ここですんなり勝って勘違いするよりも、宿題をいただいたというか、夏に向けて課題も出た大会だったと思います」

とは言え、前日の準決勝ではセンバツ優勝の大阪桐蔭を相手にエースの西脇が7回を5安打無失点と好投し、1-1のままタイブレークの延長戦にもつれ込み、最後はサヨナラ勝ちで王者を撃破したインパクトはあまりにも強い。大阪桐蔭との試合直後にも決勝と同じように関大北陽ナインはベンチ前で円陣を作っていた。その際、辻本監督は選手たちにこう告げていた。

「あの時は、まだ何も成し遂げていないよと(言いました)。大阪桐蔭に勝ったことはすごく評価はできますけれど(大阪桐蔭の投手陣の)1番手、2番手がベンチにいて、相手チームの監督さんも何も動いてこない中で、ただ勝たせてもらっただけ。もう、それだけの話なので。浮かれないようにと、そんな話はしました」

関大北陽高校。かつては北陽高校として春は8回、夏は6回の甲子園出場があり、70年センバツでは準優勝を果たした。23年に監督として阪神を38年ぶりの日本一に導き、現在は阪神球団のオーナー付顧問を務める岡田彰布氏の母校でもある。
辻本監督が4番打者だった94年に春夏連続で甲子園に出場し、当時の5番打者だった嘉勢敏弘(オリックス)ら、NPBへ逸材も送り込んでいる。

“二強”には苦杯つづきも…なぜ壁を破れた?
 
今でも大阪の高校野球をけん引する強豪のひとつに数えられている。だが、近年は府内の高校野球をリードする大阪桐蔭や履正社からは遅れを取る大会が続いた。
ではなぜ今回、“古豪”関大北陽はセンバツ王者の大阪桐蔭を撃破し、強豪・履正社とも接戦を演じることができたのだろうか? 

               <次回へつづく>

📝「できなかったことには理由がある」春大会で“センバツ王者”大阪桐蔭を撃破…あの“岡田彰布も出身”古豪が復活のワケは?「勝負事は逃げたら負け」
https://news.yahoo.co.jp/articles/aa6be3cace001a5c7d5190e2b3b6e59a6537906b

関大北陽の辻本忠監督にとって、大阪桐蔭、履正社は越えるべき壁。それは監督に就任した14年秋からずっと言い続けてきた。

「大阪桐蔭も履正社も越えるべき壁である中、自分たちがずっと目指していく、大きな目標でもあります。そこを越えることによって彼らの野球人生にも大きな影響が出てくるでしょうし。そういう目標って大事だと思うんです」

実は辻本監督が就任して公式戦で大阪桐蔭に勝ったのはこの春が初めてではない。ちょうど10年前の2016年。夏の府大会3回戦で対戦し、接戦の末、2-1で大阪桐蔭を撃破している。当時を辻本監督はこう回顧する。

「あの年も春の府大会の準決勝で大阪桐蔭と対戦しているんです。試合はウチが負けたんですけれど(1-5)、確かホームランを2本打たれたんですよね。あの時もウチはエースを投げさせていたんですが、その経験があって夏に対戦した時に向こうの打者のイメージをしやすいところもあったと思いますね」

王者・大阪桐蔭との接戦の歴史
 
当時の大阪桐蔭も日本ハムに進んだエース左腕の高山優希ら超高校級の戦力が揃っていた。だが、当時のエースが大阪桐蔭打線を4安打1失点に封じた。
さらに21年夏の府大会準決勝でも大阪桐蔭を最後まで追い詰める戦いを繰り広げている。終盤に関大北陽が試合を一時はひっくり返し、大阪桐蔭が9回に追いついて延長タイブレークに持ち込んだが、10―12というスコアがいかにも激しい試合だったことを物語っている。それでもやはり大阪桐蔭、そして今春の決勝で敗れた履正社は分厚い壁と指揮官は言う。

「今まで勝てた試合もありましたけれど、負けた試合の方が多いですからね。監督として勝てなかった悔しさが積み重なって今がありますから。でも試合をするのは選手。負けた試合にしても、どう捉えてどう今後に生かしていくかが大事です。さらにそういう中でどんな学校生活を送っていくかも大事だと思っています」

野球部は寮ナシ…部員は自宅から通学
 
関大北陽野球部は1926年に創部され、今年でちょうど100周年となる。学校は大阪市東淀川区にあり、阪急京都線沿いにある校舎と全国クラスの強豪のサッカー部が練習する綺麗な人工芝のグラウンドが車窓からもすぐに目に留まる。

野球部のグラウンドは学校から自転車で10分ほどの距離の場所にあり、東海道新幹線の高架の真隣に位置する。野球部の寮はなく、全員が自宅通学している。そのため、在籍する選手はほとんどが大阪府内、もしくは通学圏内の兵庫県南東部出身だ。部員は硬式チームの出身が多くを占めているが、中学時代にレギュラーだった選手ばかりではない。

「硬式チームでも出場機会に恵まれなかった選手や、2番手、3番手だった子がウチはほとんど。〇〇代表とか、U15クラスの選手はウチには来てくれませんから」

やや自嘲気味にこう話す辻本監督は、99年に大学を卒業直後にコーチとなり、監督になるまでの15年間、コーチとしても長らくチームを支えてきた。コーチ時代から含めると30年間近く母校の指導に携わってきたことになる。その長い指導歴を経て、辻本監督が選手らと向き合う中で大事にしてきたことがある。

「まず、自分に妥協をしないこと。目標をちゃんと設定すること。嫌なことから逃げないこと。この3つは大事じゃないかって思いますね」

昨秋の府大会では4回戦で府内屈指の進学校・生野に4-5で屈した。生野のエース右腕の松本真を前にあと1本が出ず敗れたが、辻本監督はある危機感を覚えていた。

「今の子たちは自分たちで積み重ねるという体験ができていない。何が必要か分かっていても、それを口に出せば責任が生まれる。だから人任せにしてしまう子が多い。しかもちょっと結果を残せばすぐに満足してしまいます。自分が達成したことにはもちろん理由はありますけれど、できなかったことにも理由はあります。じゃあ、できなかったことはどう頑張ればできるようになるのか。できる理由を探すことでできない理由も見えてくるかも知れませんが、そういうことはしっかり積み重ねて知っていかないといけないと思うんです」

普段の練習では、その時の状況を見ながら指揮官が練習メニューを組んでいた。だが、大人が指示する練習だけでは成長は見込めない。指揮官はさらに続けた。

「『今日はこれをやろう、じゃあ頑張りなさい』とこちらが言っても、最近は頑張ることを諦める子もいるんです。それでは成長はできない。だから秋の大会が終わってから選手たちで練習メニューを考えるようになりましたね」

主将の丸山聖が主体となり、何をやるべきかを考えながら練習の骨組みを考えるようになった。冬場の練習は基礎的な反復練習が多いが、選手らで目標を立てて何が必要かを考えて汗を流すようになった。それから3月の練習試合、春の府大会とチームの雰囲気は見違えるように変わったという。

「選手は前を向いて強くなっていきますし、勝負ごとは逃げたら負け。今回、大阪桐蔭といい勝負ができたのも逃げなかったからだと思います」

なかなか破れなかった「準決勝の壁」
 
ここ数年、関大北陽は府内で勝ち上がっても準決勝止まりになる大会が多かった。だが、18年の春季大阪大会以来の決勝戦進出は、甲子園に直結しない大会とはいえ今までに見えなかった景色を見られたのは間違いなく財産になった。

「ウチは中学から実績のない子がたくさんいますので、こういうお客さんがスタンドに入った中、相手の応援もある中で試合が夏前にできたのはすごく大きいですね。ただ、決勝は(5回までに6-3とリードし)勝ったと思ったら負けてしまった試合だったので、この春経験した1球の甘さが夏にどう繋がっていくかでしょうね」

甲子園は07年に出場したセンバツ、さらに夏は99年を最後に半世紀以上甲子園から遠ざかっている。この春の結果により周囲からの期待も膨らむが、夏はまず“二強”を倒さなければ聖地への道は開けない。だが、辻本監督はその状況をむしろポジティブに捉えている。

「大阪桐蔭や履正社と試合をするのは楽しいです。この春は準決勝、決勝でその2校と試合をさせてもらえましたが、夏は全然違う戦い方になりますからね」

それでも辻本監督の表情は明るい。ちなみに大阪桐蔭の西谷浩一監督は「大好きな監督」と言って、こう続けた。

「試合中は、(大阪桐蔭の)西谷先生(監督)の動きをずっと見ています。ベンチでは見えるところで、こんな風に動いているのかって、本当によく見ていますよ。西谷先生のすごいところは徹底力。大阪桐蔭という名前を聞くだけでピリッとしますが、ああいう規律があって動きもキビキビしていて意識も高いし、上を目指す選手たちはああいう風に動いているんやなと。それはすごく思います」

激戦地・大阪…夏の争いの結果やいかに
 
分厚い壁があるからこそ、モチベーションも上がる。そしてレベルアップに繋がる。
二強だけではない。古豪、伝統校、そして公立校などの新興勢力も入り混じる激戦地・大阪。春の自信を胸に関大北陽の進化した夏の姿も楽しみのひとつになった。今夏の大阪も過去に負けないヒートアップした戦いが繰り広げられそうだ。

⚾岩手さんへ
昴学園は全国唯一の公立高校ながら全寮制の学校らしいです。白山高校もたいがい田舎でしたが、昴学園はもっと秘境の僻地にあるようで、、、、、クマとか出て来なければ良いのですが・・・。
遠目から背中越しにユニホーム観たら東海大相模と勘違いしそうで、なんとなく豊岡総合に似ているきらいもあります。

今春、たまたま2回戦で昴学園を観戦する機会がありましたが、2-1で際どい接戦をなんとかモノにしたという印象で正直優勝して東海大会初出場するなんて全く予想できなかったですね・・・・・。初戦は県岐阜商との対戦で、岐阜2位とはいえ昨夏甲子園4強入りメンバーの投手陣が全員残っているはずなんで苦戦は必至ですね。。。
どうも天気予報を見ると、今年も5位決定戦の開催は絶望的な状況だし、わざわざ地元の方々が小牧遠征でバスをチャーターするらしいですが、何日雨で延期されるか分からないし前途多難ですね。

しかし、東監督は数年前に部員への暴力で有期の謹慎処分を喰らったはずですが、シレっと復帰しましたね。。。昨夏、あれだけ騒動を起こして顰蹙買って辞任した広陵の中井監督も水面下で動いているらしいし、ほとぼり冷めたらいつの間にかまた親子でベンチ入りしているかも!?

それから愛知と三重は前売り券販売がダイスキですね。。。。。徹夜組などいるのかは分かりませんが、1秒でも早くスタンドに入りたいファン心理をくすぐる特典なんでしょうか???
当日券よりも400円高く+手数料165円だったかな?なんで実際は1100円ではないので、、、、、当日券もありと記載してくれたらいいですが、昨秋のピックアップ交流試合では前売りのみかもしれないと危惧して僕はコンビニ決済してしまいましたが・・・・・。

しかし、前売りで購入しても雨天中止になったらメリットもないし、甲子園レベルでの大混雑するなら別としても県や地区レベルでは当日券手売りでよいかと。ただ、窓口は増やして欲しいですね!
たいがい近畿は2~3か所しか窓口ないので列ができるときもありますから・・・・・。

明石は陸上競技場も含めて老朽化問題があり、一時は閉鎖も検討されましたが、なんとか改装して寿命が延びました。ウインク姫路のように1度解体して作り直して欲しいところですが、スコアボードの改修に内野席総入れ替えして耐震工事も終えて、今はトイレなどの改修をしているのでしょうか?
春の大会は使用せず6月末まで工事しつつも春の地区大会や軟式県大会は使用していますね。
2026/05/14(木) 22時23分04秒 No.2419 編集 削除