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👣三重県立高校4校 2027年度入試から募集停止へ 2030年に閉校
https://news.yahoo.co.jp/articles/f6f8efd478f6660514ad1b62f8dfd345f4415d59

三重県教育委員会は、石薬師高校など県立高校4校に関し、現在の中学1年生が対象となる2027年度実施の入学試験から新たな生徒の募集を停止すると発表しました。
三重県教育委員会では、1学年3学級以下の県立高校がある6つの地域に有識者などで構成される「活性化協議会」を設置し、県立高校での学びや配置の在り方などについて話し合いを進めていました。

23日、三重県教育委員会は、県立高校における教育の充実や規模の適正化などを理由に、石薬師高校・あけぼの学園高校・南伊勢高校度会校舎・志摩高校の4校に関し、現在の中学1年生が対象となる2027年度実施の入学試験から募集を停止し、2030年の3月に閉校にすることを発表しました。

三重県教育委員会の福永和伸教育長は「多様な進路の選択肢を地域の中に残していくためで、今後の生徒減に対応するにはこれが妥当だと判断した」と話しています。

📝大阪桐蔭・中野大虎は社会人野球へ 前主将兼エースが関東強豪チームで指名目指す
https://news.yahoo.co.jp/articles/7f08ba92e477d089eb7091ae5636508754c63d80

今秋ドラフト会議で指名漏れした大阪桐蔭・中野大虎投手(3年)が来春から関東の強豪社会人チームに進むことが23日、分かった。

中野は2年春に甲子園初登板。同年夏の興南戦では、同校2年生右腕では初となる聖地での完封勝利をマークした。森陽樹投手(現オリックス・ドラフト2位)とのWエースで挑んだ今夏の大阪大会は惜しくも準優勝だったが、高校野球日本代表に選出された今秋のU18W杯では大会最高勝率賞に輝き、準優勝に尽力した。

今秋、ドラフト会議で名前を呼ばれず、進路の再考の末、社会人での野球継続を決断。新天地で力を発揮しようと、放課後は同時期に京セラドーム大阪で行われた社会人野球日本選手権にも家族と通った。

大阪・和泉市出身。祖父は元阪神の私設応援団団長だった大の阪神ファン一家に育てられ、「大虎(だいと)」と命名された。リーダーシップに優れた中野は、環境の整ったチームで社業と野球を両立させ、人間力を養いながら高卒社会人では最短3年後のドラフト指名を目指す。

📣年間1100万円で決定 野球の“聖地”に新たな愛称 県民は歓迎と戸惑い交錯
https://article.yahoo.co.jp/detail/59ed76ab6660956c7b1504a962e8d360349be5ac

■静岡市の草薙球場 新愛称が「しずスタ」に決定

野球の“聖地”の愛称が決まった。静岡県は県営草薙球場のネーミングライツを静岡鉄道が取得したと発表した。県が運営するスポーツ施設では初の取り組みで、新たな愛称は「しずてつスタジアム草薙」に決まった。

静岡県は今年8月15日から10月15日まで、静岡市にある草薙球場のネーミングライツパートナーを募集していた。応募のあった2社を審査した結果、静岡市に本社を置く鉄道事業者「静岡鉄道」が選定されて契約を結んだ。県が管理する公共土木施設としては、初のネーミングライツ導入となる。
愛称は「しずてつスタジアム草薙」、略称は「しずスタ」に決まった。ネーミングライツの契約期間は2026年4月からの5年間で、金額は年間1100万円。県は資金を施設の管理や運営に充てる。

草薙球場は静岡鉄道の前身となる静岡電気鉄道が近くにあった野球場を1930年に移設して開設され、1939年に県に寄付された深い縁がある。1934年には日米野球の舞台となり、沢村栄治とベーブ・ルースらが名勝負を繰り広げた。野球ファンからは“聖地”として知られている。

■「最適な企業」、「違和感ある」 県民は命名権に賛否

ネーミングライツで新しい愛称が決定し、県民からは歓迎や戸惑いの声が上がっている。静岡鉄道は馴染みのある企業とあって、「地域に根付いている会社に決まって良かった。球場の最寄りは静鉄の駅で、県に寄付した経緯を考えても最適だと思う」、「草薙の名前が残っているし、妥当なネーミングで安心した。球場の維持管理には費用がかかるので、ネーミングライツは悪くない」など、好意的な意見が上がる。

一方、草薙球場の名称が定着しているため、「契約期間の5年間で、しずスタが浸透するかは疑問。典型的な地方球場なので、スタジアムという愛称にも違和感がある」、「しずスタと見ると、静岡スタジアムの略称だと思ってしまう。宣伝効果はあまり高くなさそう」、「草薙球場のままがよかった。複雑な心境」といった声もあった。

県営球場のネーミングライツは全国的に広がっている。静岡県は「最低募集金額1000万円」、「契約期間は2026年4月から5年間」、「愛称に草薙を含む」などの条件を設け、草薙球場のパートナーを募集していた。

✌甲子園 渾身の「猪木顔」
https://news.yahoo.co.jp/articles/2e0fe18b286a5a2e43fda4905c873e8423440053

マウンドは雨でぬかるみ、スタンドからは、なじみのない応援歌が聞こえてくる。2点を追う五回二死一、二塁のピンチ。豊橋中央高の高橋大喜地投手(18)は、チームに「負ける雰囲気」が漂うのを感じていた。心が熱く高ぶると出てしまう、いつものルーチン。甲子園では封印すると決めていたが、抑えられない。チームメートたちが真っ先に気づき、ベンチが沸き立つ。この試合唯一となった「猪木顔」で投じた渾身の直球は、相手打者を詰まらせ、二飛に仕留めた。チームは息を吹き返し、六回に同点に追いつく粘りを見せた。強豪・日大三高を相手に2―3。夢の舞台は初戦敗退となったが、確かな爪痕を残した。
 
直前の愛知大会では、準々決勝から決勝まで1人で投げ抜き、豊橋中央を甲子園初出場に導いた。要所でプロレスラーのアントニオ猪木さんの顔まねを決める投球スタイルで、「猪木顔のエース」と注目された。だが、「実力を見てほしい」というもどかしさもあった。
甲子園での初戦を前に、萩本将光監督(43)は言った。「これだけ有名になったら甲子園でも注目される。すごい投球をして、お前の実力だけ見てもらえ」
「猪木顔の封印」は2人で決めたはずだったが、萩本監督は「顔の角度ですぐに分かった」と、したり顔で五回の場面を振り返った。
     
豊橋市出身。大学まで野球に打ち込んだ父・勝由さん(50)の影響で小学1年から野球を始めた。父は猪木さんを「人生の師」と仰ぐ。著書「猪木イズム」を読まされ、プロレスの試合の動画を見せられた。実家のすし屋で常連客に父が披露する「猪木顔」も日常風景だった。
 
勝由さんは語る。自身が愛工大名電中学の野球部員だった頃、猪木さんは人質解放のために湾岸戦争時のイラクを訪問した。「何やってんだこの人」とあきれる一方、その突き抜けた行動力に憧れた。一見無鉄砲に思える行動が、確かに世界を変えている事実に心を揺さぶられた。
父の薫陶を受けた高橋投手が猪木さんのものまねを始めるのも、時間の問題だった。中学で同級生の前でふざけて披露したのが最初。
「元気ですかー。元気があれば何でもできる」。同年代に猪木さんを知る人は少ない。先生しか笑わなかったが、「自分が楽しければそれで良かった」。
     
甲子園を夢見て入学した豊橋中央は投手層が厚く、最初は野手に回った。
 
1年秋の県大会準決勝、相手は名門・愛工大名電。2年生エースの前に、豊橋中央打線は手も足も出ない。自分に打席が回ってきた時、萩本監督から声をかけられた。「気合入れてけよ」。とっさにあごを突き出し、顔を傾けて相手投手をにらみつけた。
 
公式戦で見せた初の猪木顔。なぜ、そうしたかはわからない。理屈じゃなかった。結果は、鋭い変化球にあえなく三振。試合後、応援に来ていた父に言われた。「ナイス猪木。この悔しさを忘れるな」
以降、監督が「気合を入れろ」と言うたびに猪木顔をするようになった。最初は何も考えず繰り返していたが、監督が「今が大事だ」と考える局面がわかるようになってきた。
「ここぞ」という時に自然とあごを突き出し、心を整える。気持ちに余裕があることを確認したら、いつもの投球をするだけ。ムラのあった感情をコントロールするすべを身につけた。
     
甲子園での激闘を終えて豊橋に戻ると、地元の人たちが温かく迎えてくれた。マクドナルドで友人と談笑していると、見知らぬ中学生に「自分も頑張ります」と言われた。敗戦直後は悔しいとしか思えなかったが、「誰かに勇気を与えられたのかも」と前向きな気持ちになれた。
 
ドラフト会議があった10月23日は高校の体育館に集まった。小学4年から同じチームでバッテリーを組んできた松井蓮太朗捕手が、読売巨人軍に育成3位で指名される場面に立ち会った。「同じプロの舞台でいつか蓮太朗と対戦したい」。幼なじみに刺激を受け、新たなステージに向けて闘魂を燃やしていた。
2025/12/24(水) 22時14分09秒 No.2201 編集 削除