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🎤落合博満氏 高校野球の7イニング制「大人の理論で決めるのはどうか」疑問呈す→「高校生の意見を最重要」サンモニで訴える
https://news.yahoo.co.jp/articles/c55a6e045f35cf88310ce6b6899db54c45a2ea2e
元中日監督の落合博満氏が21日、TBS系「サンデーモーニング」に出演。高校野球で導入が検討されている7イニング制について「大人の理論で決めるのはどうなのかな」と疑問を呈した。
「世界的な流れからすると7イニングは普及してる。ただね、日本の野球を根本に考えたときに、肝心要の高校生の意見が取り入れられてない」と指摘した落合氏。すでに導入されている球数制限についても「高校野球で俺はやめるんだ。壊れてもいいから球数制限やめてという意見は取り入れられていない」と評した。
それだけに「大人の論理で決めつけていくのはどうかな。仮に7イニングにした場合、5回コールドゲームが3回コールドゲームになったら、出場する選手は限られる」と選手たちの出場機会についても指摘。「議論するのはいいけど、高校生の意見を最重要として議論していただきたい」と訴えた。
共演した中畑清氏も同意見で「プロ野球は7イニングはない」ときっぱり。だが落合氏は「メジャーリーグで7イニングになったら右ならえになるかもしれない。日本の野球はそれでやってきてるだけ」と語っていた。
日本高野連は今月上旬に大阪市内で理事会を開いて7イニング制の導入について話し合ったが、結論は出ず。「7イニング制等高校野球の諸課題検討会議」から「2028年の採用が望ましい」などとする報告書を受けて議論したが、根幹に関わるルール変更には関係者の反対も強いことから、審議を継続することとが決まった。
検討会議は試合時間短縮が熱中症や障害予防、指導者らの長時間労働解消などに効果が期待されるとして選抜大会が第100回を迎える28年から「全ての公式戦で」、夏の選手権大会については「可及的速やかに」7イニング制とすることが望ましいとする提言をまとめた。
しかし、全国の加盟校や都道府県連盟、一般ファンを対象に実施した今夏のアンケートでは否定的な意見が目立った。「選手の出場機会が減る」などの理由で加盟校の7割が反対していることからも、さらに時間をかけて検討する必要があると判断した。
📣桑田真澄氏、高校野球7回制に「野球は9回が面白い」21年導入の球数制限に「意味がない」と指摘も
https://news.yahoo.co.jp/articles/049e487d098d43ae0b29b98c3497ce3b8511df19
今季まで巨人2軍監督を務め、来季からオイシックスの「チーフ・ベースボール・オフィサー」に就任する桑田真澄氏が21日、日本高野連が導入を検討する7回制について私見を語った。
暑さ対策の一環として議論が進む7回制について、「野球は9回が面白い。個人的には9回してほしい」。また、21年春から1週間で500球の球数制限が設けられたが「意味がないですよね。球数制限と登板間隔、両方をやって初めて学生の体を守れる」と語った。
この日はジャイアンツタウンスタジアムで行われた「デジタル野球教室」のスペシャルコーチを務めた。硬式野球クラブに所属する中学生で、抽選から選ばれた30人に対して「ラプソード」や「トラックマン」などNPB球団も使用する計測機器を活用しながら、助言を送った。
☝甲子園で快進撃、3年生卒部 津田学園野球部、門出祝う
https://news.yahoo.co.jp/articles/ed6f35cb8f61a659629e2605912c25bef6b36fb5
8月開催の全国高校野球選手権大会に三重県代表として出場した、津田学園高校硬式野球部3年生の卒部式が20日、桑名市野田の同校で開かれた。学校初の3回戦進出を果たしたこの夏の甲子園の快進撃を支えた最上級生たちの門出を保護者や後輩や指導者らが祝った。
当初予定していた引退試合は雨で中止になったが、校内に会場を移して、記念品の贈呈や記念撮影などが行われた。2年生代表からは「先輩たちを超えるいい報告ができるよう頑張る」との力強い誓いの言葉もあった。
23人の3年生部員のうち21人が準硬式、軟式野球も含めて野球を続けるという。惠土湊暉前主将は「壁にぶつかってもチーム全員で乗り越えて甲子園に戻ってこれるよう頑張ってください。自分たちも新しい場所で挑戦を始めるが、どこにいっても野球部で学んだことを忘れず精いっぱい努力します」と誓った。
🎁「打つの難しい」「投げるの楽しい」山形南高野球部がこども野球教室
https://vk.sportsbull.jp/koshien/articles/ASTDN3QM6TDNUZHB009M.html
小さい子どもたちに野球の楽しさを感じてもらおうと、山形南高校野球部が20日、山形市のひまわりこども園で「出張こども野球教室」を開いた。日本高校野球連盟と日本野球機構の取り組みの一環で、県内では初めて。園児たちはボールを投げたり、打ったりして駆け回った。
1、2年生の野球部員10人と、園児24人が参加。園児たちは鳥やウサギなどの動きを採り入れた体操をした後、軟らかいボールを使って教わりながら、投げる、打つ、捕るを体験した。
年長組の大場雫月さんは「投げるのが楽しかった。(的当てで真ん中の)5番に4回当たった」。支柱に置いたボールの下を打ってしまうこともあった新内陽葵君は「ちょっと難しかったけど、楽しかった」と笑顔を見せた。
部員たちは、新聞紙で玉入れの「玉」や、プレゼントする紙の「金メダル」を手作りするなどして準備してきた。卒園生でもある2年の柴田剛志さんは「こういう機会があると野球への関心が高まる。思ったより大変だったけど、園児が楽しんでいるのを見て開いてよかったと思う」。
高野連とNPBは今年7月、全国で野球の普及・振興事業を連携して始めることで合意。部員が各地で指導役となり、未就学児にボール遊びの楽しさなどを教える活動「キッズファーストアクション」を始めている。教室は、高校野球人口の減少に歯止めをかけることや、地域貢献などが狙い。色摩貴幸監督は「良い交流ができた。改めて人を笑顔にするスポーツだと感じた。さらに魅力を発信していきたい」。今後も開く予定という。
⚾岩手さんへ
大阪桐蔭の中田翔は懐かしいですね・・・・・。彼が在籍していた05年~07年までは甲子園に出ても4強が最高で、あの当時は西谷監督が監督をしているうちは桐蔭の2度目の甲子園優勝はないと思ってましたが、、、、、皮肉にも彼が卒業した年の夏に優勝して一気に勝ち運がやってきましたね。あの頃を思えば、そこから2度も春夏連覇できるなんて想像もつかなかった!!
僕が高3時に創部4年目の桐蔭がセンバツ8強夏優勝と戦慄が走るほどの衝撃的な戦績でしたが、なにせそこから10年間甲子園に出れず長澤監督も退任してまだ若かった西谷監督が就任して結果でなかったし、02年夏に11年ぶりに甲子園出場した時は長澤監督が復帰していたし、04年春はオフ期の合同練習だったか?高野連から指導を受けて西谷監督と部長先生がベンチ入り外されて田中コーチが監督代理して2回戦でダルビッシュの東北に惜敗したし・・・・・。
僕が彼を最初に観たのはたしか05年夏の初戦・春日部共栄戦ですが、辻内投手が思いっきり緊張して本調子には程遠くKO。同じ3年生の平田選手の頑張りや中田がリリーフ登板で9-7の乱打戦を制して4強入りしたものの駒大苫小牧に延長で競り負けました。。。
広島だったら広陵か如水館あたりに行けばよかったのに・・・・もうあの当時から桐蔭は近畿圏外から選手を獲っていたんですね。最近は東日本にも触手を伸ばしているようだし、履正社が岡田監督の異動で全盛期は過ぎたようだし3番手以降もイマイチなんで、、、、、今年は甲子園に縁がなかったけど来春センバツ当確だし、しばらく桐蔭の天下はまだ続くのかなあ・・・。
https://news.yahoo.co.jp/articles/c55a6e045f35cf88310ce6b6899db54c45a2ea2e
元中日監督の落合博満氏が21日、TBS系「サンデーモーニング」に出演。高校野球で導入が検討されている7イニング制について「大人の理論で決めるのはどうなのかな」と疑問を呈した。
「世界的な流れからすると7イニングは普及してる。ただね、日本の野球を根本に考えたときに、肝心要の高校生の意見が取り入れられてない」と指摘した落合氏。すでに導入されている球数制限についても「高校野球で俺はやめるんだ。壊れてもいいから球数制限やめてという意見は取り入れられていない」と評した。
それだけに「大人の論理で決めつけていくのはどうかな。仮に7イニングにした場合、5回コールドゲームが3回コールドゲームになったら、出場する選手は限られる」と選手たちの出場機会についても指摘。「議論するのはいいけど、高校生の意見を最重要として議論していただきたい」と訴えた。
共演した中畑清氏も同意見で「プロ野球は7イニングはない」ときっぱり。だが落合氏は「メジャーリーグで7イニングになったら右ならえになるかもしれない。日本の野球はそれでやってきてるだけ」と語っていた。
日本高野連は今月上旬に大阪市内で理事会を開いて7イニング制の導入について話し合ったが、結論は出ず。「7イニング制等高校野球の諸課題検討会議」から「2028年の採用が望ましい」などとする報告書を受けて議論したが、根幹に関わるルール変更には関係者の反対も強いことから、審議を継続することとが決まった。
検討会議は試合時間短縮が熱中症や障害予防、指導者らの長時間労働解消などに効果が期待されるとして選抜大会が第100回を迎える28年から「全ての公式戦で」、夏の選手権大会については「可及的速やかに」7イニング制とすることが望ましいとする提言をまとめた。
しかし、全国の加盟校や都道府県連盟、一般ファンを対象に実施した今夏のアンケートでは否定的な意見が目立った。「選手の出場機会が減る」などの理由で加盟校の7割が反対していることからも、さらに時間をかけて検討する必要があると判断した。
📣桑田真澄氏、高校野球7回制に「野球は9回が面白い」21年導入の球数制限に「意味がない」と指摘も
https://news.yahoo.co.jp/articles/049e487d098d43ae0b29b98c3497ce3b8511df19
今季まで巨人2軍監督を務め、来季からオイシックスの「チーフ・ベースボール・オフィサー」に就任する桑田真澄氏が21日、日本高野連が導入を検討する7回制について私見を語った。
暑さ対策の一環として議論が進む7回制について、「野球は9回が面白い。個人的には9回してほしい」。また、21年春から1週間で500球の球数制限が設けられたが「意味がないですよね。球数制限と登板間隔、両方をやって初めて学生の体を守れる」と語った。
この日はジャイアンツタウンスタジアムで行われた「デジタル野球教室」のスペシャルコーチを務めた。硬式野球クラブに所属する中学生で、抽選から選ばれた30人に対して「ラプソード」や「トラックマン」などNPB球団も使用する計測機器を活用しながら、助言を送った。
☝甲子園で快進撃、3年生卒部 津田学園野球部、門出祝う
https://news.yahoo.co.jp/articles/ed6f35cb8f61a659629e2605912c25bef6b36fb5
8月開催の全国高校野球選手権大会に三重県代表として出場した、津田学園高校硬式野球部3年生の卒部式が20日、桑名市野田の同校で開かれた。学校初の3回戦進出を果たしたこの夏の甲子園の快進撃を支えた最上級生たちの門出を保護者や後輩や指導者らが祝った。
当初予定していた引退試合は雨で中止になったが、校内に会場を移して、記念品の贈呈や記念撮影などが行われた。2年生代表からは「先輩たちを超えるいい報告ができるよう頑張る」との力強い誓いの言葉もあった。
23人の3年生部員のうち21人が準硬式、軟式野球も含めて野球を続けるという。惠土湊暉前主将は「壁にぶつかってもチーム全員で乗り越えて甲子園に戻ってこれるよう頑張ってください。自分たちも新しい場所で挑戦を始めるが、どこにいっても野球部で学んだことを忘れず精いっぱい努力します」と誓った。
🎁「打つの難しい」「投げるの楽しい」山形南高野球部がこども野球教室
https://vk.sportsbull.jp/koshien/articles/ASTDN3QM6TDNUZHB009M.html
小さい子どもたちに野球の楽しさを感じてもらおうと、山形南高校野球部が20日、山形市のひまわりこども園で「出張こども野球教室」を開いた。日本高校野球連盟と日本野球機構の取り組みの一環で、県内では初めて。園児たちはボールを投げたり、打ったりして駆け回った。
1、2年生の野球部員10人と、園児24人が参加。園児たちは鳥やウサギなどの動きを採り入れた体操をした後、軟らかいボールを使って教わりながら、投げる、打つ、捕るを体験した。
年長組の大場雫月さんは「投げるのが楽しかった。(的当てで真ん中の)5番に4回当たった」。支柱に置いたボールの下を打ってしまうこともあった新内陽葵君は「ちょっと難しかったけど、楽しかった」と笑顔を見せた。
部員たちは、新聞紙で玉入れの「玉」や、プレゼントする紙の「金メダル」を手作りするなどして準備してきた。卒園生でもある2年の柴田剛志さんは「こういう機会があると野球への関心が高まる。思ったより大変だったけど、園児が楽しんでいるのを見て開いてよかったと思う」。
高野連とNPBは今年7月、全国で野球の普及・振興事業を連携して始めることで合意。部員が各地で指導役となり、未就学児にボール遊びの楽しさなどを教える活動「キッズファーストアクション」を始めている。教室は、高校野球人口の減少に歯止めをかけることや、地域貢献などが狙い。色摩貴幸監督は「良い交流ができた。改めて人を笑顔にするスポーツだと感じた。さらに魅力を発信していきたい」。今後も開く予定という。
⚾岩手さんへ
大阪桐蔭の中田翔は懐かしいですね・・・・・。彼が在籍していた05年~07年までは甲子園に出ても4強が最高で、あの当時は西谷監督が監督をしているうちは桐蔭の2度目の甲子園優勝はないと思ってましたが、、、、、皮肉にも彼が卒業した年の夏に優勝して一気に勝ち運がやってきましたね。あの頃を思えば、そこから2度も春夏連覇できるなんて想像もつかなかった!!
僕が高3時に創部4年目の桐蔭がセンバツ8強夏優勝と戦慄が走るほどの衝撃的な戦績でしたが、なにせそこから10年間甲子園に出れず長澤監督も退任してまだ若かった西谷監督が就任して結果でなかったし、02年夏に11年ぶりに甲子園出場した時は長澤監督が復帰していたし、04年春はオフ期の合同練習だったか?高野連から指導を受けて西谷監督と部長先生がベンチ入り外されて田中コーチが監督代理して2回戦でダルビッシュの東北に惜敗したし・・・・・。
僕が彼を最初に観たのはたしか05年夏の初戦・春日部共栄戦ですが、辻内投手が思いっきり緊張して本調子には程遠くKO。同じ3年生の平田選手の頑張りや中田がリリーフ登板で9-7の乱打戦を制して4強入りしたものの駒大苫小牧に延長で競り負けました。。。
広島だったら広陵か如水館あたりに行けばよかったのに・・・・もうあの当時から桐蔭は近畿圏外から選手を獲っていたんですね。最近は東日本にも触手を伸ばしているようだし、履正社が岡田監督の異動で全盛期は過ぎたようだし3番手以降もイマイチなんで、、、、、今年は甲子園に縁がなかったけど来春センバツ当確だし、しばらく桐蔭の天下はまだ続くのかなあ・・・。