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📣12月1日 津村別院朝の仏教講座 近江・多賀総監督登場
http://m.shinshuhouwa.info/article/index.php?id=100700
【朝の仏教講座】午前7時~8時20分(晨朝に引き続き40分間)
講 題:情けは人の為ならず
講 師:近江高校野球部前監督
多賀 章仁 氏
アクセス
・大阪メトロ御堂筋線「本町駅」下車
A階段・②番出口階段は現在閉鎖中です。
エレベーター、もしくは、⑥番出口をご利用ください。
・ご参拝の皆さまに終了後、法語印と軽食をお配りいたします。
今日は北御堂相愛コンサートのため、本町に2週間ぶりに顔を出しましたが、、、、、入道してすぐ、 北御堂だより を手に取り知りました!!
オフの日曜日は基本的にヒマですが、朝が早すぎるので・・・・・毎月1日の仏教講座は8月1日のみ顔を出してその後、堺・浜寺公園に足を運ぶようにしておりますが。。。。。
7時からは経文をひらすら唱和し、だいたい7時40分前後から始まります。入退場は自由なんで途中参加もOKと。8時20分頃に終了すると4Fロビーでパンと紙パックの飲料そして法語印が配られます!
願わくばユーチューブでも後日配信してくれたらうれしいですが、、、、、時間のある方は 浄土真宗本願寺派賢学寺の多賀住職のお話を聴きに行ってはいかがでしょうか???
💢広陵高校野球部の暴力事案 生徒2人を書類送検する方針 広島県警
https://news.yahoo.co.jp/articles/ef51e2ca6d63b6371069f9db3f6e1270dddf9779
広島県の広陵高校野球部で起きた暴力事案で、警察が3年生2人を書類送検する方針を固めたことが分かりました。
広陵高校の事案を巡ってはことし1月、硬式野球部の規則を破り寮でカップ麺を食べた1年生に対し当時2年生の複数の部員が暴行を加えたものです。
警察は部員に対し任意で事情を聞くなど捜査を進めていましたが、事案に関わった現在の3年生2人を、殴る蹴るなどの暴行を加えた疑いで、近く書類送検する方針を固めたことが捜査関係者への取材で分かりました。
関係者によると、被害生徒は全治2週間のケガをして3月末に転校し、6月に被害届を提出していました。
広陵高校は先月、この事案に対して第三者委員会を設置しており、事実関係などについて調査を進めています。
💢仙台育英サッカー部「構造的いじめ」何が起きていたのか?学校に質問状を送るも“見えない全容”
https://news.yahoo.co.jp/articles/1f1a8b47c824b7fa7899574bb7dd4ce7a6ae2581
全国大会を辞退した、仙台育英高校サッカー部の「いじめ」問題。仙台放送は、学校と複数の保護者に取材を続ける中で、学校が公表している内容と、保護者の認識には“ズレ”があることがわかってきました。仙台放送は学校に文書で質問しましたが、学校は「回答を控える」としています。仙台育英サッカー部で何が起きていたのか。取材内容をもとに整理します。
11月2日。仙台育英高校サッカー部は、全国高校サッカー選手権・宮城県大会で優勝し、2年ぶりに全国への切符をつかみました。
優勝後のインタビュー 城福敬監督(当時)「(選手たちは)本当によくやってくれたと思いますし、実は私も今年度をもって引退しようと思ってますので(最後に優勝できて)私は幸せ者だなと思っています」
しかし、この喜びの直後、チームの内側の深刻な問題が一気に表面化します。学校によりますと、いじめを受けていたのは3年生の部員。1年生だったおととし春ごろから、主に同じ学年の部員から、不適切な言動を受けていたとされています。学校は、県大会が行われていた10月、「いじめ重大事態」として調査を開始。11月12日、いじめの調査結果を公表しました。
「顧問団と生徒の人権意識が不十分だった」などとして、“構造的いじめ”と結論づけています。“構造的いじめ”とは、一体どういう状態なのでしょうか。聞き慣れない言葉ですが、学校が認定した行為は次のようなものです。
学校が認定した「構造的いじめ」
・部員同士で頭を丸刈りにするよう強要・同調圧力
・遅刻などに、重い罰則
・連帯責任の文化が定着
・指導者は罰則を認識しながら是正しなかった
こうした行為が重なり、厳しい規律がいじめを生む「構造」になっていた。つまり、「個人の問題」ではなく、部の体質として続いていた、「構造的いじめ」というのが学校の説明です。
学校は、出場が決まっていた全国大会を辞退し、年内の対外活動をすべて停止しました。さらに11月18日、監督とコーチ兼部長の2人が辞任届を提出し受理されました。
いじめを受けた生徒には直接、謝罪したということですが、そもそも何について謝罪したのか、具体的な内容は明らかにされていません。辞任の理由についても学校は「一身上の都合」と説明するにとどめています。こうした中、現役部員たちからも、学校に対して声が上がっていたことがわかりました。
11月10日付で、1・2年生の生徒たちが提出した要望書です。そこには「説明の透明性を求めます」といった声や、「対外試合再開の道筋を示してください」といった訴えが記述されています。
入学前の出来事で、3年生のいじめとは無関係だったとされる、1・2年生の不安と戸惑いが表れています。取材に応じた保護者からも、学校の対応をめぐり不満を訴える声が聞かれました。
3年生の保護者「まず構造的いじめの原因がなんだったのか。規律に対しての連帯責任への罰則というようなものが構造的いじめの根幹というふうに結論付けている。でも、その規律を作ったのは選手ではなく指導者だと思う。今回の裁定・ペナルティがあまりにも子供たちにとってばかり大きすぎると私は感じている」
2年生の保護者「1・2年生が入学する前の事案なのでその時は無関係だったと(学校が)言わないと、いかにも育英サッカー部全員が(いじめを)見ぬふりして、加担していたように捉えられてしまう。そこらへんは一言(学校が)発してもらわないと、彼ら(1・2年生)が第二の被害者になっている」
学校側の説明と保護者側の受け止めには、「ズレ」が生じています。
保護者側の主な疑問です。
・いじめの具体的な内容が十分に説明されていない
・情報共有や初期対応に問題があったのではないか
・聞き取り調査は公正だったのか
保護者の一部は、追加調査と説明の徹底を学校に求めていますが、学校側は「調査中」として詳細は伏せています。そこで仙台放送は、これまでの取材をもとに、正確な事実関係を確認するため、学校に「質問状」を送りました。
主な確認点は、
・指導者の初期対応が適切だったか
・いじめの相談内容がどう共有されていたのか
・聞き取り調査の進め方 などについてです。
しかし、学校の回答は、「特定の個人に関わるため、回答は控える」というものでした。そして、「学校の公式見解・説明は、ホームページに公表している通りです」としています。
学校は、外部講師による人権研修を年内に4回実施し、新しい監督・部長のもとで、部内ルールの見直しなど、再発防止策を進めることにしています。ただ、部活動の本格的な再開の時期は明らかにされていません。
全国の舞台を目前に、直面した問題。部員と保護者の心のケア、学校の説明責任は問われ続けています。
🎤元プロ野球審判員記者が球場で聞いた残念すぎる「ヤジ」 野球バカになっても「バカ」になるな
https://news.yahoo.co.jp/articles/5fc17b52a8de1e589d0c993bd28b882d2cb0c3af
私は「野球バカ」だったと思う。高校卒業後、独立リーグの審判員を経て、プロ野球(NPB)の審判員になった。幸運にも日本ハム・大谷(現ドジャース)、ソフトバンク・千賀(現メッツ)ら一流投手の球筋を見る機会にも恵まれた。野球場、宿舎を往復する日々。当時の頭の中は1日中、野球のことで埋め尽くされていた。
NPB審判員退職後は福岡の地方公務員として行政職に就き、20代中盤の3年間で、パソコンの操作方法、規則に則った業務手順など社会人のイロハを学んだ。20年にスポニチに転職し、その後はアマチュア野球担当記者一筋でニュース、ネタを求めて靴底を減らす日々を送っている。原稿作成、写真撮影、ときにはユーチューブ用に動画撮影&編集も行う。不自由なくこなせるのは「イロハ」を学んでいたおかげだと思う。
スポーツにおいて、「する」「みる」「支える」のどれもが欠かせない。これもスポーツ担当の部署にいた行政時代に学んだことの1つ。その鉄則は記者となったいまも大切にしている。それだけに、どうしても許せないことがあった。
ある大学野球リーグを取材した時のこと。審判員が下した判定でチーム側と見解が分かれる事態があった。不利益を被ったチームの監督が審判員に見解を求めてプレーが中断していた際、当該チームの応援スタンドにいた控え選手が「おい!審判!」と叫んだ。驚くことに周囲の選手も「ヤジ」を咎めず、逆に審判員を責め立てる雰囲気だった。
がっかりした。元審判員だからではない。スポーツを行うためには「支える」人の協力が不可欠だ。行政時代はスポーツ担当部署で、TVで全国放送される女子駅伝大会の運営を担当していた。普段は交通量の多い一般道を走るコース。警察の協力とともに、多くのボランティアが選手の安全を守るためのサポートを担った。TVには華やかな選手の活躍が映し出されるが、その裏に「支える」人がいてこそスポーツは成り立つ、と仕事を通じて実感した。
学生野球の審判員はプロではない。「本業」に折り合いをつけながら選手のためにグラウンドに立っている人が多い。プライベートの時間を削ってまで支えてくれる人がいるからこそ、選手はプレーできる。その人たちに向かって、声を荒げるとは「野球バカ」ではなく、「バカ」そのものだ。
学生野球の選手でプロ野球に進めるのは、ほんの一握り。だからこそ、野球を通じてスポーツにおいて、人生において大事なことを学ぶ時間にしてほしいと願う。(記者コラム 柳内 遼平)
🎤桐蔭学園高校野球部元監督 土屋恵三郎さんが講演 生徒の自主性重んじる指導などについて語る
https://article.yahoo.co.jp/detail/48cc3d913541917c35d2379fa8f6b10e749f11aa
かつて桐蔭学園高校の野球部監督を務め、元読売巨人軍監督の高橋由伸さんらの指導に当たった土屋恵三郎さんを講師に招いた講演会が11月16日、霧が丘にある霧の里の体育館で開催された。来場者ら約140人を前に、土屋さんは、子どもたちの自主性を重んじる教育の大切さなどを伝えた。
講演会は「霧が丘学園校区学校家庭地域連携事業」として、同事業実行委員会が主催。実行委員長を務める、市立霧が丘義務教育学校の根岸淳校長によると、同委員会は防犯、防災、教育のいずれかをテーマにした講演会を年1回開いているという。今回、霧が丘連合自治会の塚田順一会長が、土屋さんの自伝『白球に夢をかけて』に感銘を受け、講師として招くことを提案。土屋さんが快諾したことで講演が実現した。
土屋さんは1953年、川崎市生まれ。桐蔭学園の4番捕手として71年夏、全国高等学校野球選手権大会で初出場、初優勝を果たした。法政大学進学後は大学日本代表に選ばれている。また、82年からは母校・桐蔭学園の野球部の監督を務め、部員たちを計10回(夏5回、春5回)甲子園出場に導いた。2015年からは星槎国際高校湘南の野球部監督を務めている。
講演会当日、地域の少年野球チームの児童や学校関係者ら大勢を前に、土屋さんは「監督人生40年〜選手たちが教えてくれたこと〜」と題して講演。スクリーンに自身や教え子たちの写真などを投影し、多くの人に支えられてきた自らの半生を紹介した。桐蔭学園での監督時代、雨の中、野球部員17人が自宅を訪れ、指導方針について勇気を持って直談判したことをきっかけに、選手の自主性を一層重んじる指導に変えたという自身の経験も伝えた土屋さん。「笑顔を忘れず、楽しく人生を過ごしてほしい」と来場者たちに呼び掛けた。
根岸校長は「子どもたちの状況を見て指導方針を変える所に懐の深さを感じた。変える勇気や柔軟性の大切さを教えてもらった」、塚田会長は「多くの人が集まり、皆喜んでくれた。開催して良かった」と語った。
http://m.shinshuhouwa.info/article/index.php?id=100700
【朝の仏教講座】午前7時~8時20分(晨朝に引き続き40分間)
講 題:情けは人の為ならず
講 師:近江高校野球部前監督
多賀 章仁 氏
アクセス
・大阪メトロ御堂筋線「本町駅」下車
A階段・②番出口階段は現在閉鎖中です。
エレベーター、もしくは、⑥番出口をご利用ください。
・ご参拝の皆さまに終了後、法語印と軽食をお配りいたします。
今日は北御堂相愛コンサートのため、本町に2週間ぶりに顔を出しましたが、、、、、入道してすぐ、 北御堂だより を手に取り知りました!!
オフの日曜日は基本的にヒマですが、朝が早すぎるので・・・・・毎月1日の仏教講座は8月1日のみ顔を出してその後、堺・浜寺公園に足を運ぶようにしておりますが。。。。。
7時からは経文をひらすら唱和し、だいたい7時40分前後から始まります。入退場は自由なんで途中参加もOKと。8時20分頃に終了すると4Fロビーでパンと紙パックの飲料そして法語印が配られます!
願わくばユーチューブでも後日配信してくれたらうれしいですが、、、、、時間のある方は 浄土真宗本願寺派賢学寺の多賀住職のお話を聴きに行ってはいかがでしょうか???
💢広陵高校野球部の暴力事案 生徒2人を書類送検する方針 広島県警
https://news.yahoo.co.jp/articles/ef51e2ca6d63b6371069f9db3f6e1270dddf9779
広島県の広陵高校野球部で起きた暴力事案で、警察が3年生2人を書類送検する方針を固めたことが分かりました。
広陵高校の事案を巡ってはことし1月、硬式野球部の規則を破り寮でカップ麺を食べた1年生に対し当時2年生の複数の部員が暴行を加えたものです。
警察は部員に対し任意で事情を聞くなど捜査を進めていましたが、事案に関わった現在の3年生2人を、殴る蹴るなどの暴行を加えた疑いで、近く書類送検する方針を固めたことが捜査関係者への取材で分かりました。
関係者によると、被害生徒は全治2週間のケガをして3月末に転校し、6月に被害届を提出していました。
広陵高校は先月、この事案に対して第三者委員会を設置しており、事実関係などについて調査を進めています。
💢仙台育英サッカー部「構造的いじめ」何が起きていたのか?学校に質問状を送るも“見えない全容”
https://news.yahoo.co.jp/articles/1f1a8b47c824b7fa7899574bb7dd4ce7a6ae2581
全国大会を辞退した、仙台育英高校サッカー部の「いじめ」問題。仙台放送は、学校と複数の保護者に取材を続ける中で、学校が公表している内容と、保護者の認識には“ズレ”があることがわかってきました。仙台放送は学校に文書で質問しましたが、学校は「回答を控える」としています。仙台育英サッカー部で何が起きていたのか。取材内容をもとに整理します。
11月2日。仙台育英高校サッカー部は、全国高校サッカー選手権・宮城県大会で優勝し、2年ぶりに全国への切符をつかみました。
優勝後のインタビュー 城福敬監督(当時)「(選手たちは)本当によくやってくれたと思いますし、実は私も今年度をもって引退しようと思ってますので(最後に優勝できて)私は幸せ者だなと思っています」
しかし、この喜びの直後、チームの内側の深刻な問題が一気に表面化します。学校によりますと、いじめを受けていたのは3年生の部員。1年生だったおととし春ごろから、主に同じ学年の部員から、不適切な言動を受けていたとされています。学校は、県大会が行われていた10月、「いじめ重大事態」として調査を開始。11月12日、いじめの調査結果を公表しました。
「顧問団と生徒の人権意識が不十分だった」などとして、“構造的いじめ”と結論づけています。“構造的いじめ”とは、一体どういう状態なのでしょうか。聞き慣れない言葉ですが、学校が認定した行為は次のようなものです。
学校が認定した「構造的いじめ」
・部員同士で頭を丸刈りにするよう強要・同調圧力
・遅刻などに、重い罰則
・連帯責任の文化が定着
・指導者は罰則を認識しながら是正しなかった
こうした行為が重なり、厳しい規律がいじめを生む「構造」になっていた。つまり、「個人の問題」ではなく、部の体質として続いていた、「構造的いじめ」というのが学校の説明です。
学校は、出場が決まっていた全国大会を辞退し、年内の対外活動をすべて停止しました。さらに11月18日、監督とコーチ兼部長の2人が辞任届を提出し受理されました。
いじめを受けた生徒には直接、謝罪したということですが、そもそも何について謝罪したのか、具体的な内容は明らかにされていません。辞任の理由についても学校は「一身上の都合」と説明するにとどめています。こうした中、現役部員たちからも、学校に対して声が上がっていたことがわかりました。
11月10日付で、1・2年生の生徒たちが提出した要望書です。そこには「説明の透明性を求めます」といった声や、「対外試合再開の道筋を示してください」といった訴えが記述されています。
入学前の出来事で、3年生のいじめとは無関係だったとされる、1・2年生の不安と戸惑いが表れています。取材に応じた保護者からも、学校の対応をめぐり不満を訴える声が聞かれました。
3年生の保護者「まず構造的いじめの原因がなんだったのか。規律に対しての連帯責任への罰則というようなものが構造的いじめの根幹というふうに結論付けている。でも、その規律を作ったのは選手ではなく指導者だと思う。今回の裁定・ペナルティがあまりにも子供たちにとってばかり大きすぎると私は感じている」
2年生の保護者「1・2年生が入学する前の事案なのでその時は無関係だったと(学校が)言わないと、いかにも育英サッカー部全員が(いじめを)見ぬふりして、加担していたように捉えられてしまう。そこらへんは一言(学校が)発してもらわないと、彼ら(1・2年生)が第二の被害者になっている」
学校側の説明と保護者側の受け止めには、「ズレ」が生じています。
保護者側の主な疑問です。
・いじめの具体的な内容が十分に説明されていない
・情報共有や初期対応に問題があったのではないか
・聞き取り調査は公正だったのか
保護者の一部は、追加調査と説明の徹底を学校に求めていますが、学校側は「調査中」として詳細は伏せています。そこで仙台放送は、これまでの取材をもとに、正確な事実関係を確認するため、学校に「質問状」を送りました。
主な確認点は、
・指導者の初期対応が適切だったか
・いじめの相談内容がどう共有されていたのか
・聞き取り調査の進め方 などについてです。
しかし、学校の回答は、「特定の個人に関わるため、回答は控える」というものでした。そして、「学校の公式見解・説明は、ホームページに公表している通りです」としています。
学校は、外部講師による人権研修を年内に4回実施し、新しい監督・部長のもとで、部内ルールの見直しなど、再発防止策を進めることにしています。ただ、部活動の本格的な再開の時期は明らかにされていません。
全国の舞台を目前に、直面した問題。部員と保護者の心のケア、学校の説明責任は問われ続けています。
🎤元プロ野球審判員記者が球場で聞いた残念すぎる「ヤジ」 野球バカになっても「バカ」になるな
https://news.yahoo.co.jp/articles/5fc17b52a8de1e589d0c993bd28b882d2cb0c3af
私は「野球バカ」だったと思う。高校卒業後、独立リーグの審判員を経て、プロ野球(NPB)の審判員になった。幸運にも日本ハム・大谷(現ドジャース)、ソフトバンク・千賀(現メッツ)ら一流投手の球筋を見る機会にも恵まれた。野球場、宿舎を往復する日々。当時の頭の中は1日中、野球のことで埋め尽くされていた。
NPB審判員退職後は福岡の地方公務員として行政職に就き、20代中盤の3年間で、パソコンの操作方法、規則に則った業務手順など社会人のイロハを学んだ。20年にスポニチに転職し、その後はアマチュア野球担当記者一筋でニュース、ネタを求めて靴底を減らす日々を送っている。原稿作成、写真撮影、ときにはユーチューブ用に動画撮影&編集も行う。不自由なくこなせるのは「イロハ」を学んでいたおかげだと思う。
スポーツにおいて、「する」「みる」「支える」のどれもが欠かせない。これもスポーツ担当の部署にいた行政時代に学んだことの1つ。その鉄則は記者となったいまも大切にしている。それだけに、どうしても許せないことがあった。
ある大学野球リーグを取材した時のこと。審判員が下した判定でチーム側と見解が分かれる事態があった。不利益を被ったチームの監督が審判員に見解を求めてプレーが中断していた際、当該チームの応援スタンドにいた控え選手が「おい!審判!」と叫んだ。驚くことに周囲の選手も「ヤジ」を咎めず、逆に審判員を責め立てる雰囲気だった。
がっかりした。元審判員だからではない。スポーツを行うためには「支える」人の協力が不可欠だ。行政時代はスポーツ担当部署で、TVで全国放送される女子駅伝大会の運営を担当していた。普段は交通量の多い一般道を走るコース。警察の協力とともに、多くのボランティアが選手の安全を守るためのサポートを担った。TVには華やかな選手の活躍が映し出されるが、その裏に「支える」人がいてこそスポーツは成り立つ、と仕事を通じて実感した。
学生野球の審判員はプロではない。「本業」に折り合いをつけながら選手のためにグラウンドに立っている人が多い。プライベートの時間を削ってまで支えてくれる人がいるからこそ、選手はプレーできる。その人たちに向かって、声を荒げるとは「野球バカ」ではなく、「バカ」そのものだ。
学生野球の選手でプロ野球に進めるのは、ほんの一握り。だからこそ、野球を通じてスポーツにおいて、人生において大事なことを学ぶ時間にしてほしいと願う。(記者コラム 柳内 遼平)
🎤桐蔭学園高校野球部元監督 土屋恵三郎さんが講演 生徒の自主性重んじる指導などについて語る
https://article.yahoo.co.jp/detail/48cc3d913541917c35d2379fa8f6b10e749f11aa
かつて桐蔭学園高校の野球部監督を務め、元読売巨人軍監督の高橋由伸さんらの指導に当たった土屋恵三郎さんを講師に招いた講演会が11月16日、霧が丘にある霧の里の体育館で開催された。来場者ら約140人を前に、土屋さんは、子どもたちの自主性を重んじる教育の大切さなどを伝えた。
講演会は「霧が丘学園校区学校家庭地域連携事業」として、同事業実行委員会が主催。実行委員長を務める、市立霧が丘義務教育学校の根岸淳校長によると、同委員会は防犯、防災、教育のいずれかをテーマにした講演会を年1回開いているという。今回、霧が丘連合自治会の塚田順一会長が、土屋さんの自伝『白球に夢をかけて』に感銘を受け、講師として招くことを提案。土屋さんが快諾したことで講演が実現した。
土屋さんは1953年、川崎市生まれ。桐蔭学園の4番捕手として71年夏、全国高等学校野球選手権大会で初出場、初優勝を果たした。法政大学進学後は大学日本代表に選ばれている。また、82年からは母校・桐蔭学園の野球部の監督を務め、部員たちを計10回(夏5回、春5回)甲子園出場に導いた。2015年からは星槎国際高校湘南の野球部監督を務めている。
講演会当日、地域の少年野球チームの児童や学校関係者ら大勢を前に、土屋さんは「監督人生40年〜選手たちが教えてくれたこと〜」と題して講演。スクリーンに自身や教え子たちの写真などを投影し、多くの人に支えられてきた自らの半生を紹介した。桐蔭学園での監督時代、雨の中、野球部員17人が自宅を訪れ、指導方針について勇気を持って直談判したことをきっかけに、選手の自主性を一層重んじる指導に変えたという自身の経験も伝えた土屋さん。「笑顔を忘れず、楽しく人生を過ごしてほしい」と来場者たちに呼び掛けた。
根岸校長は「子どもたちの状況を見て指導方針を変える所に懐の深さを感じた。変える勇気や柔軟性の大切さを教えてもらった」、塚田会長は「多くの人が集まり、皆喜んでくれた。開催して良かった」と語った。