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☝「派手やな」当初は戸惑いも… 津工が新ユニホームで団結し初戦突破
https://news.yahoo.co.jp/articles/6665f20c972f6ede0d36694e56720c3c487820cd
(7日、第107回全国高校野球選手権三重大会 津工2―1松阪工)
両校合わせても9安打の投手戦となった工業高校対決。新ユニホームを公式戦で初めて身にまとった津工が競り勝ち、3年ぶりの初戦突破を果たした。
「派手やな」「これ着るの?」。鮮やかすぎるスカイブルーに縦じま模様。6月に届いた新ユニホームを見た選手らは、明らかに戸惑っていた。
新チーム発足後、昨秋と今春は地区予選を勝ち上がったが、続く県大会ではいずれも初戦負け。「何かを変えなければ」。就任2年目の瓦井智大監督は白色だったユニホームの一新を提案し、「目立つことで積極性を」と芝生のもとで映える派手めのデザインを選んだ。「津工」だった胸文字は、筆記体で「Tsukogyo」とアレンジした。
この試合、一回と三回の守りで、捕手の張本祥吾主将(3年)が好送球で相手の盗塁を阻み、チームを盛り上げた。追いつかれた直後の八回の攻撃では、張本主将が敬遠された後、代打の西森聖弥選手(1年)が1球ごとに変わる監督のサインに反応し、勝ち越しとなるスクイズ(記録は犠打野選)を決めた。
「新ユニホームは、新しい野球を見せようという提案。プレーでも目立とうと、選手は変わりつつある」と瓦井監督。張本主将は「もう恥ずかしい気持ちは吹っ飛んだ。ユニホーム負けしないように、これからも接戦で守り勝つ津工の野球を見せたい」と決意を新たにしていた。
👣近江兄弟社・中田大貴 投手転向後初めての夏は涙の初戦敗退「力不足」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8fab336bab078a97293bb575473581a0ab09685a
<高校野球滋賀大会:比叡山8-2近江兄弟社>◇7日◇1回戦◇マイネットスタジアム皇子山
32年ぶりの甲子園出場を目指す近江兄弟社が1回戦で敗退した。
現チームになって内野手から投手へ転向し、初めての夏を迎えた主将の中田大貴投手(3年)は3回を8安打4失点。初回に3点を先制され、3回にも1点を追加された。
4回から2番手で登板した内田悠斗投手(3年)も6回に1失点しながら踏ん張ったが、3点ビハインドの8回に崩れ、4回1/3を5安打4失点と比叡山打線の勢いを止められなかった。
中田は3番打者としても6回裏、反撃の2得点を呼ぶ左前打を記録。8回途中からは再登板したが、勝利を呼び込めず。 試合後は「完全に自分の力不足。申し訳ない」と目に涙を浮かべた。
中田は大学で内野手として野球を続ける予定。「チームの中心となって引っ張る選手」を目指す。
👣異色ユーチューバー監督、公式戦初采配初勝利ならず 部員16人の上下が4年ぶり単独出場
https://news.yahoo.co.jp/articles/206891c446c61832d645dfec9f68dfff22146f4b
◆第107回全国高校野球選手権広島大会▽1回戦 向原・千代田・三次青陵・加計4-0上下(電光石火きんさいスタジアム三次)
広島は1回戦が行われ、上下(じょうげ)が4年ぶりに単独出場を果たした。24年2月に人気YouTubeチャンネル「遊人TV」を運営する瀬尾勇登氏(34)が監督に就任し、生徒数の減少で廃校危機にあった同校で奮闘。公式戦初采配初勝利とはならなかったが、部員16人で最後まで戦い抜いた。
うつむき、涙する選手を見ると、瀬尾監督も目を潤ませた。「力を引き出してあげられなかった…。今は悔しい(気持ち)しかない」。0―4の9回2死、最後の打者が空振り三振に倒れた。0―49で5回コールド負けを喫した、21年夏以来の単独出場。スタメン8人が1年生でも最後まで食らいついた。異色のユーチューバーが率いる上下が、大きな一歩を踏み出した。
広島県が定める統廃合基準は「2年連続で新入生が20人未満か全校生徒が60人未満」。近年、入学者数が20人を下回ることもあった同校は、廃部はおろか、廃校の危機にあった。「上下をどうにかしてくれないか…」。広島・福山市生まれの瀬尾氏は元野球少年。当時の恩師に懇願され「育ちが上下なので、何かできればいいなと。やっぱり、野球が好きなので」と決意した。昨年2月に監督就任。1年かけて室内練習場を整備し、古民家を寮に改修した。
2番手で3回1安打無失点と好救援した林真明生(まあき、1年)は指揮官の活動を知り、京都から進学した。「ラプソードだったり施設がすごくて、自分のことを伸ばしてくれると思った」。今年入学した1年生は23人。うち13人が野球部員と学校存続にも貢献している。
自身は熱烈な広島ファンで、YouTubeチャンネル「遊人TV」は登録者数8万人超。監督として活動した当初から、最終目標を全国制覇に設定している。「めちゃくちゃバカにされて、批判もされる中で1年やってきて、選手が集まってくれて、風向きが少し変わってきた」。Youtuber監督の挑戦は始まったばかりだ。
📝ミカン色のタオル500枚掲げた応援、紀南・熊野青藍の快勝を後押し
https://news.yahoo.co.jp/articles/d28211aa5b5ddbeef96b1d8fbc881c9411ecaaf2
(6日、第107回全国高校野球選手権三重大会 紀南・熊野青藍18―0青山)
紀南・熊野青藍が2本のランニング本塁打を含む13安打で、18―0で青山にコールド勝ち。紀南と熊野青藍の紀南校舎がある御浜町特産のミカンの色に染まった大応援団が快勝を後押しした。
「感動をありがとう 夢はつづく」。そんな文言が書かれたオレンジ色のタオル約500枚が、試合前のスタンドで配られた。今年初めて三重大会の会場となったくまのスタジアムでの試合開催が決まり、紀南・熊野青藍の上東亮介監督が発案。「選手には知らせていないサプライズ」という。
初回からランニング本塁打を放った中山雄太(3年)、清水隆之介(1年)の両選手。ともに公式戦初本塁打で清水選手は「低めの直球に合わせたら、いい感じで右中間に飛んでくれた」。声援に乗せられるように本塁まで駆けた。エール交換などで応援を盛り上げたバドミントン部の川崎寿良さん(3年)は「地元球場での応援は楽しかった」と話した。
👣80歳の審判員、今夏で引退 「一生懸命な球児の姿、昔と変わらず」
https://news.yahoo.co.jp/articles/a183ca6a059b3977e1ce2d69ce56df8090437ccc
(7日、第107回全国高校野球選手権福岡大会1回戦 福岡農0―10城南=六回コールド)
五回表2死、右越えに打球を飛ばした福岡農の9番打者が、二塁ベースを蹴る。塁審が移動して空いた三塁に、球審の中村敏治さん(80)が全速力で駆け寄った。三塁上でのクロスプレー。判定にスタンドの注目が集まる。中村さんは右手を大きく振り上げ、「アウト!」。
審判を始めて60年の節目に今大会での引退を決めた。夏の福岡大会で毎年グラウンドに立ち、審判長も務めた。甲子園でもジャッジする機会に恵まれた審判人生だった。
この日は、1回戦の福岡農―城南の試合の球審を務めた。「目標に向かって一生懸命な球児の姿は、昔と何一つ変わらない」と目を細めた。
自身は久留米商で軟式野球の元球児。審判になったのは大学3年の時に知人に誘われたのがきっかけだった。その年の夏の福岡大会で早速、高校野球の審判となり、プロパンガス販売業の傍ら、審判を続けてきた。
「球児は文武両道だが、私は仕事と野球の両立。高校野球が好き、審判が好き。家族の理解と支えのおかげです」
毎年、球児の熱意に心打たれるという中村さん。試合中、負けているチームには「元気だそう!」と声をかける。この日の試合も大差の展開になったが、「まだいけるよ」と声をかけた。ボールパーソンが交換用の球の追加が遅れても、優しい笑顔で手招きをしていた。
「この歳で若い子たちと一緒に汗を流して野球ができる。こんなにうれしいことはない」
グラウンドでの軽い身のこなしは年齢を感じさせない。日々、足腰を鍛えるため1万歩の散歩をこなしている。タンパク質を重視した食事や十分な睡眠をとって、酷暑でも体調は万全だという。
「この暑さは異常だけど、なんとかなっている。かつての平和台球場の人工芝での試合はとても暑かったし、今と違って給水タイムもなく、延長戦も長かった」と振り返る。
今大会はまだ数試合、審判としてグラウンドに立つ。引退後も「顧問」の立場で、後進の育成に励むという。
「でも夏が来ると、またやりたくなっちゃうかもなあ。困ったもんですね」
まだまだ高校野球に情熱を注ぎ続ける。
👣海星野球部の井口一彦元監督 死去 1976年夏の甲子園サッシー旋風でベスト4
https://news.yahoo.co.jp/articles/d95a4878436a954adaec21d2bee7222da98c6d65
海星高校野球部の元監督で、1976年にチームを夏の甲子園ベスト4に導いた井口一彦さんが5日に亡くなりました。77歳でした。
井口一彦さんは1972年から2001年にかけて、通算22年、海星高校野球部の監督をつとめ、1976年には酒井圭一投手らを擁したチームを夏の甲子園ベスト4に導きました。
また、高校の監督退任後は、海星中学の野球部を創設し指導にあたっていました。学校によりますと井口さんは5日、長崎市内の病院で亡くなったということです。77歳でした。
通夜は7日午後7時から、告別式は8日午後2時から長崎市内の斎場で営まれます。
⚾SHIONOMISAKIさんへ
一度は断念された熊野遠征お疲れさまでした!!
僕は土曜日は前日の紀三井寺薄暮ナイター疲れをとるために静養し、日曜日はわかさS京都へ京都文教初観戦してきました。京都で初めてタオルもらいました!
僕は現時点においては体調は全く問題ないですが、夏風邪は厄介ですね・・・。極力自宅ではクーラー・扇風機を使わないように心がけておりますが、今日も熱かった・・・・・。
昨夜、SHIONOMISAKIさん掲示板見た感じではくまのスタジアムで2日間3試合を過ごされていたのかと思ってましたが、松阪とハシゴですか・・・運転走行距離520キロは凄いです。
結果的に3試合すべてコールドゲームで内容には大いに不満あったかもしれませんが、コールドの割には試合時間2時間前後で楽しめたのでは?と察します。
僕なんて昨日は第2試合で20-0という5回コールドゲームを見物してましたが、戦前よりある程度覚悟していたし最初は「なんとか7回まで・・・」と願いつつも3回途中で10点差ついた時点で気持ちが切れて『最多得点記録でも見れないかなあ』と思いつつ、第1試合でまさかまさかの3時間01分の熱戦で延長10回タイブレーク逆転サヨナラゲームを見てお腹いっぱいになったので!!
ところで、今日の三重大会は・・・いつの間にか津工が新ユニホームに変わり、97年夏の熊本代表・文徳高校を彷彿とさせるような青レンジャーで、、、、、
オイスカ浜松国際と東海大会で激突したら青VS紫で話題になるだろうなと。
僕が注目している公立高校の星・津東高校&かれんさんの母校・名張桔梗丘が統合された名張青峰ともに初戦突破。めでたしめでたし!!
明日は4時起床で始発電車に乗って松阪行き・・・どうやら早朝5時6時頃に小雨がありそうですが、、、8時37分に松阪駅到着の頃には止んで昼から晴れ予報なんで傘なしで遠征したいと。
週間天気見ていると、あるいは来週は戻り梅雨で大幅に日程変更の予感がして大いなる不安をもってますが・・・。
とりあえず、明日の松阪そして土曜日の母校の初戦観戦はなんとかクリアしてこのまま10月末あたりまで猛暑を突っ走って欲しいと。
P・S 中部台交差点のうどん屋さんは1度も来店したことないですね・・・・・。
基本的に春・秋は松阪駅弁だし、夏はその右奥にある「うなぎ の たちの」ファミリーマートの向かいで3回ほど食べたことがあり、明日も来店予定と。
素直に今日出かけていたら雨の心配なく、津工の青ユニホーム見れましたが、第2試合神村伊賀が7回コールド勝ちだったので・・・・・。
願わくば17時56分のバスで下山したいので17時40分までには終了して欲しいですが。。。。。
https://news.yahoo.co.jp/articles/6665f20c972f6ede0d36694e56720c3c487820cd
(7日、第107回全国高校野球選手権三重大会 津工2―1松阪工)
両校合わせても9安打の投手戦となった工業高校対決。新ユニホームを公式戦で初めて身にまとった津工が競り勝ち、3年ぶりの初戦突破を果たした。
「派手やな」「これ着るの?」。鮮やかすぎるスカイブルーに縦じま模様。6月に届いた新ユニホームを見た選手らは、明らかに戸惑っていた。
新チーム発足後、昨秋と今春は地区予選を勝ち上がったが、続く県大会ではいずれも初戦負け。「何かを変えなければ」。就任2年目の瓦井智大監督は白色だったユニホームの一新を提案し、「目立つことで積極性を」と芝生のもとで映える派手めのデザインを選んだ。「津工」だった胸文字は、筆記体で「Tsukogyo」とアレンジした。
この試合、一回と三回の守りで、捕手の張本祥吾主将(3年)が好送球で相手の盗塁を阻み、チームを盛り上げた。追いつかれた直後の八回の攻撃では、張本主将が敬遠された後、代打の西森聖弥選手(1年)が1球ごとに変わる監督のサインに反応し、勝ち越しとなるスクイズ(記録は犠打野選)を決めた。
「新ユニホームは、新しい野球を見せようという提案。プレーでも目立とうと、選手は変わりつつある」と瓦井監督。張本主将は「もう恥ずかしい気持ちは吹っ飛んだ。ユニホーム負けしないように、これからも接戦で守り勝つ津工の野球を見せたい」と決意を新たにしていた。
👣近江兄弟社・中田大貴 投手転向後初めての夏は涙の初戦敗退「力不足」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8fab336bab078a97293bb575473581a0ab09685a
<高校野球滋賀大会:比叡山8-2近江兄弟社>◇7日◇1回戦◇マイネットスタジアム皇子山
32年ぶりの甲子園出場を目指す近江兄弟社が1回戦で敗退した。
現チームになって内野手から投手へ転向し、初めての夏を迎えた主将の中田大貴投手(3年)は3回を8安打4失点。初回に3点を先制され、3回にも1点を追加された。
4回から2番手で登板した内田悠斗投手(3年)も6回に1失点しながら踏ん張ったが、3点ビハインドの8回に崩れ、4回1/3を5安打4失点と比叡山打線の勢いを止められなかった。
中田は3番打者としても6回裏、反撃の2得点を呼ぶ左前打を記録。8回途中からは再登板したが、勝利を呼び込めず。 試合後は「完全に自分の力不足。申し訳ない」と目に涙を浮かべた。
中田は大学で内野手として野球を続ける予定。「チームの中心となって引っ張る選手」を目指す。
👣異色ユーチューバー監督、公式戦初采配初勝利ならず 部員16人の上下が4年ぶり単独出場
https://news.yahoo.co.jp/articles/206891c446c61832d645dfec9f68dfff22146f4b
◆第107回全国高校野球選手権広島大会▽1回戦 向原・千代田・三次青陵・加計4-0上下(電光石火きんさいスタジアム三次)
広島は1回戦が行われ、上下(じょうげ)が4年ぶりに単独出場を果たした。24年2月に人気YouTubeチャンネル「遊人TV」を運営する瀬尾勇登氏(34)が監督に就任し、生徒数の減少で廃校危機にあった同校で奮闘。公式戦初采配初勝利とはならなかったが、部員16人で最後まで戦い抜いた。
うつむき、涙する選手を見ると、瀬尾監督も目を潤ませた。「力を引き出してあげられなかった…。今は悔しい(気持ち)しかない」。0―4の9回2死、最後の打者が空振り三振に倒れた。0―49で5回コールド負けを喫した、21年夏以来の単独出場。スタメン8人が1年生でも最後まで食らいついた。異色のユーチューバーが率いる上下が、大きな一歩を踏み出した。
広島県が定める統廃合基準は「2年連続で新入生が20人未満か全校生徒が60人未満」。近年、入学者数が20人を下回ることもあった同校は、廃部はおろか、廃校の危機にあった。「上下をどうにかしてくれないか…」。広島・福山市生まれの瀬尾氏は元野球少年。当時の恩師に懇願され「育ちが上下なので、何かできればいいなと。やっぱり、野球が好きなので」と決意した。昨年2月に監督就任。1年かけて室内練習場を整備し、古民家を寮に改修した。
2番手で3回1安打無失点と好救援した林真明生(まあき、1年)は指揮官の活動を知り、京都から進学した。「ラプソードだったり施設がすごくて、自分のことを伸ばしてくれると思った」。今年入学した1年生は23人。うち13人が野球部員と学校存続にも貢献している。
自身は熱烈な広島ファンで、YouTubeチャンネル「遊人TV」は登録者数8万人超。監督として活動した当初から、最終目標を全国制覇に設定している。「めちゃくちゃバカにされて、批判もされる中で1年やってきて、選手が集まってくれて、風向きが少し変わってきた」。Youtuber監督の挑戦は始まったばかりだ。
📝ミカン色のタオル500枚掲げた応援、紀南・熊野青藍の快勝を後押し
https://news.yahoo.co.jp/articles/d28211aa5b5ddbeef96b1d8fbc881c9411ecaaf2
(6日、第107回全国高校野球選手権三重大会 紀南・熊野青藍18―0青山)
紀南・熊野青藍が2本のランニング本塁打を含む13安打で、18―0で青山にコールド勝ち。紀南と熊野青藍の紀南校舎がある御浜町特産のミカンの色に染まった大応援団が快勝を後押しした。
「感動をありがとう 夢はつづく」。そんな文言が書かれたオレンジ色のタオル約500枚が、試合前のスタンドで配られた。今年初めて三重大会の会場となったくまのスタジアムでの試合開催が決まり、紀南・熊野青藍の上東亮介監督が発案。「選手には知らせていないサプライズ」という。
初回からランニング本塁打を放った中山雄太(3年)、清水隆之介(1年)の両選手。ともに公式戦初本塁打で清水選手は「低めの直球に合わせたら、いい感じで右中間に飛んでくれた」。声援に乗せられるように本塁まで駆けた。エール交換などで応援を盛り上げたバドミントン部の川崎寿良さん(3年)は「地元球場での応援は楽しかった」と話した。
👣80歳の審判員、今夏で引退 「一生懸命な球児の姿、昔と変わらず」
https://news.yahoo.co.jp/articles/a183ca6a059b3977e1ce2d69ce56df8090437ccc
(7日、第107回全国高校野球選手権福岡大会1回戦 福岡農0―10城南=六回コールド)
五回表2死、右越えに打球を飛ばした福岡農の9番打者が、二塁ベースを蹴る。塁審が移動して空いた三塁に、球審の中村敏治さん(80)が全速力で駆け寄った。三塁上でのクロスプレー。判定にスタンドの注目が集まる。中村さんは右手を大きく振り上げ、「アウト!」。
審判を始めて60年の節目に今大会での引退を決めた。夏の福岡大会で毎年グラウンドに立ち、審判長も務めた。甲子園でもジャッジする機会に恵まれた審判人生だった。
この日は、1回戦の福岡農―城南の試合の球審を務めた。「目標に向かって一生懸命な球児の姿は、昔と何一つ変わらない」と目を細めた。
自身は久留米商で軟式野球の元球児。審判になったのは大学3年の時に知人に誘われたのがきっかけだった。その年の夏の福岡大会で早速、高校野球の審判となり、プロパンガス販売業の傍ら、審判を続けてきた。
「球児は文武両道だが、私は仕事と野球の両立。高校野球が好き、審判が好き。家族の理解と支えのおかげです」
毎年、球児の熱意に心打たれるという中村さん。試合中、負けているチームには「元気だそう!」と声をかける。この日の試合も大差の展開になったが、「まだいけるよ」と声をかけた。ボールパーソンが交換用の球の追加が遅れても、優しい笑顔で手招きをしていた。
「この歳で若い子たちと一緒に汗を流して野球ができる。こんなにうれしいことはない」
グラウンドでの軽い身のこなしは年齢を感じさせない。日々、足腰を鍛えるため1万歩の散歩をこなしている。タンパク質を重視した食事や十分な睡眠をとって、酷暑でも体調は万全だという。
「この暑さは異常だけど、なんとかなっている。かつての平和台球場の人工芝での試合はとても暑かったし、今と違って給水タイムもなく、延長戦も長かった」と振り返る。
今大会はまだ数試合、審判としてグラウンドに立つ。引退後も「顧問」の立場で、後進の育成に励むという。
「でも夏が来ると、またやりたくなっちゃうかもなあ。困ったもんですね」
まだまだ高校野球に情熱を注ぎ続ける。
👣海星野球部の井口一彦元監督 死去 1976年夏の甲子園サッシー旋風でベスト4
https://news.yahoo.co.jp/articles/d95a4878436a954adaec21d2bee7222da98c6d65
海星高校野球部の元監督で、1976年にチームを夏の甲子園ベスト4に導いた井口一彦さんが5日に亡くなりました。77歳でした。
井口一彦さんは1972年から2001年にかけて、通算22年、海星高校野球部の監督をつとめ、1976年には酒井圭一投手らを擁したチームを夏の甲子園ベスト4に導きました。
また、高校の監督退任後は、海星中学の野球部を創設し指導にあたっていました。学校によりますと井口さんは5日、長崎市内の病院で亡くなったということです。77歳でした。
通夜は7日午後7時から、告別式は8日午後2時から長崎市内の斎場で営まれます。
⚾SHIONOMISAKIさんへ
一度は断念された熊野遠征お疲れさまでした!!
僕は土曜日は前日の紀三井寺薄暮ナイター疲れをとるために静養し、日曜日はわかさS京都へ京都文教初観戦してきました。京都で初めてタオルもらいました!
僕は現時点においては体調は全く問題ないですが、夏風邪は厄介ですね・・・。極力自宅ではクーラー・扇風機を使わないように心がけておりますが、今日も熱かった・・・・・。
昨夜、SHIONOMISAKIさん掲示板見た感じではくまのスタジアムで2日間3試合を過ごされていたのかと思ってましたが、松阪とハシゴですか・・・運転走行距離520キロは凄いです。
結果的に3試合すべてコールドゲームで内容には大いに不満あったかもしれませんが、コールドの割には試合時間2時間前後で楽しめたのでは?と察します。
僕なんて昨日は第2試合で20-0という5回コールドゲームを見物してましたが、戦前よりある程度覚悟していたし最初は「なんとか7回まで・・・」と願いつつも3回途中で10点差ついた時点で気持ちが切れて『最多得点記録でも見れないかなあ』と思いつつ、第1試合でまさかまさかの3時間01分の熱戦で延長10回タイブレーク逆転サヨナラゲームを見てお腹いっぱいになったので!!
ところで、今日の三重大会は・・・いつの間にか津工が新ユニホームに変わり、97年夏の熊本代表・文徳高校を彷彿とさせるような青レンジャーで、、、、、
オイスカ浜松国際と東海大会で激突したら青VS紫で話題になるだろうなと。
僕が注目している公立高校の星・津東高校&かれんさんの母校・名張桔梗丘が統合された名張青峰ともに初戦突破。めでたしめでたし!!
明日は4時起床で始発電車に乗って松阪行き・・・どうやら早朝5時6時頃に小雨がありそうですが、、、8時37分に松阪駅到着の頃には止んで昼から晴れ予報なんで傘なしで遠征したいと。
週間天気見ていると、あるいは来週は戻り梅雨で大幅に日程変更の予感がして大いなる不安をもってますが・・・。
とりあえず、明日の松阪そして土曜日の母校の初戦観戦はなんとかクリアしてこのまま10月末あたりまで猛暑を突っ走って欲しいと。
P・S 中部台交差点のうどん屋さんは1度も来店したことないですね・・・・・。
基本的に春・秋は松阪駅弁だし、夏はその右奥にある「うなぎ の たちの」ファミリーマートの向かいで3回ほど食べたことがあり、明日も来店予定と。
素直に今日出かけていたら雨の心配なく、津工の青ユニホーム見れましたが、第2試合神村伊賀が7回コールド勝ちだったので・・・・・。
願わくば17時56分のバスで下山したいので17時40分までには終了して欲しいですが。。。。。