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⚾明日の中国大会岡山県勢組み合わせ(最終日 決勝戦 倉敷マスカットスタジアム)
11:00~ 倉 敷 商(岡山1位)ー創志 学園(岡山2位)
📝スーパーハズイプレゼンツ6/21(土) 公式戦のイベント情報を公開しました
https://hi-jumps.com/baseball/20250621game/
6/21(土) 守山市民球場にて行われるホーム公式戦(vs石川ミリオンスターズ戦)の イベント情報を公開しました!
✌「提出物、いつも1番」滋賀県高野連も認める先生 生徒にもひと工夫
https://news.yahoo.co.jp/articles/f27f54696698121a0c0508e77c8243a3647f66ad
提出物を出すのがいつも早い――。滋賀県高校野球連盟も認める先生が、県内の高校の硬式野球部にいる。どんな先生なのか。
記者は滋賀の高校野球を担当して3年目。毎年、夏の滋賀大会(県高野連、朝日新聞社主催)を前に、県高野連に加盟する53校にアンケートを行っている。5月、そのアンケートの回答が記者に届き始めて、ある学校の回答が毎年早いことに気がついた。
県高野連に対してもそうなのか。確認すると、担当者は「高野連への提出物や高野連が加盟校に依頼する調査があるが、なんでも早い。いつも1番に提出してくる」と明かした。その学校は、彦根総合高校。提出物は、部長の北村謙知さん(30)が担っている。
「性格です。提出せずに持っているのが嫌なんです」。北村さんはそう言って、苦笑する。だが、記者は、性格だけじゃないはずだ、と思って質問を重ねた。
北村さんは草津高校でプレー。大学卒業後、彦根総合高校の教諭になった。硬式野球部の部長を務めて7、8年。名将の宮崎裕也監督(63)らと生徒を指導する。練習試合の予定を組んだり、生徒を病院に連れて行ったり、練習ではノックを打ったり――と、部長はとにかく忙しい。「何か起きても対応できるように、先を見越して、提出物などはできるときにすぐにやるようにしています」
チームは2023年春に甲子園に初出場した。出場に際しては、多くの書類を提出しないといけなかった。「ギリギリに提出したり遅れたりしたら甲子園で迷惑をかけるから、余計に早く提出しました」と振り返る。
県高野連の理事を務めた経験もある。だから、提出物が遅れたら、受け取る側に迷惑がかかることも知っている。そしてなにより、がんばっている生徒たちに迷惑をかけてしまう。それが一番いけない――。提出物を出すのが早い裏側には、いろんな思いがある。
「提出物は早く出すように」。生徒たちにもそう言っている。提出物を早く出せば、気持ちに余裕ができて、いいアイデアが生まれる、と考えているからだ。そのために生徒を「120%」サポートする。担任を務める2年生の教室には、自作の提出物確認表を掲示。提出したものには生徒がシールを貼って「見える化」している。
このクラスの生徒で野球部員の北山駿さん(2年)は「提出物確認表を作ってくれた先生は初めてで、自分たちのために尽くしてくれる。心も熱いから、ついて行きたいって思えます」と話す。
先生たちの信頼も厚い。学年主任の山本浩之さん(36)は「提出物は(7クラスある)学年の中でも早い。先を考えて仕事をしているし、生徒のために目に見える形で工夫もしています」と語る。
「生徒のためであり、自分のためでもあります。指導者ですが、親の感覚で生徒に関わっています」と北村さんはいう。野球部の生徒が、スポーツ推薦を受ける大学に書類を提出するときには、郵便局まで付き添って見届けてきたという。
「周りを常に見て、目を走らせて、チームを運営するのが部長」という県高野連の先生に言われた言葉を肝に銘じている。部長は大変な仕事だが「生徒ががんばってくれるのが一番うれしい」。甲子園でプレーする生徒たちを再び見るが、北村さんの願いだ。
📝打者は全員スイッチヒッター、8年前からノーサイン野球…でも「21世紀枠の推薦校」に? 秋大会で大阪ベスト16進出「ナゾの公立高」の秘密を追う
https://news.yahoo.co.jp/articles/39ceeb307b87183b4850e1af249dfc6e4feb426c?page=1
高校野球の強豪校がひしめく激戦区・大阪。大阪桐蔭、履正社といった強豪私学が幅を利かせる一方で、健闘を見せる公立校もいくつもある。そのひとつ、大阪府立佐野高校は世にも珍しい「打者全員が両打ち」という驚きの戦法で、3年前の秋季府大会ベスト16という実績を残した。他にも監督がサインを出さない「ノーサイン野球」など変わったスタイルの同校。果たしてその秘密はどこにあるのだろうか。
「秋季大会の登録メンバー表をみたら、選手全員が左右両打になっていて、驚きました」大阪のある高校監督がこう言って笑った。
メンバー全員両打ち…その狙いは?
漫画の世界の話ではない。大阪府立佐野高校の選手はみんなスイッチヒッターなのだ。2016年ごろから始めたと藤井朋樹元監督が振り返る。
「ただ、うちの生徒はプロで活躍された松井稼頭央選手や西岡剛選手のようなスイッチヒッターではありません」
ヒットはもちろん、長打を打てるバッターは「1人だけ」だという。
「目的は相手ピッチャーをどう崩すか、ということ。ピッチャーの球筋を見て、より攻略することの工夫をする。打つということに重きを置いてない。ランナーと協力して成り立つスイッチヒッターです」
各々の努力としては右と左の打席で球筋は違って見えるが、イメージを一致させることだ。プラス捕手の位置からのイメージも加わったらなお、ボールとバットのコンタクトのチャンスは広がる。
「3つの映像のイメージを立体的に一致させてね、と。となると打席を入れ替えて3球ぐらい振ってみようかなとなるんです。最初は当たらないんですが、だんだん、打てるようになって、反対打席に入るのも苦にならない。ツーストライクまで粘るとか、ワンストライクで右左を変えるとか、考えだす」
自分なりのスイッチヒッターの形ができて試合でもトライする。ゲームを見ていて面白いのが、1球目とその後の打席を各自によって変える選手が複数いることだった。藤井さんは何の指示もしていない。
「相手ピッチャー、バッテリーが戸惑ってくれれば、それでいい」
佐野高のある日のミーティングを拝見した。視聴覚室での座学だった。プロジェクターに映し出されていたのはユーチューブの映像で、センバツの沖縄のエナジックスポーツ高校の試合だった。
「このランナーとバッター、変化球がくるのをイメージしてアイコンタクトでエンドランをかけているよね」藤井さんが映像を止めながら問いかけたり、解説を加える。
エナジックスポーツはノーサイン野球でセンバツ1勝を挙げて注目された。そう、佐野高もノーサイン野球をモットーにする。発端はエナジックスポーツより遡ること数年、「2017年ぐらいからノーサイン野球をやっています」と藤井さんは胸を張った。
ノーサイン野球…そのきっかけは?
高知大学時代、神宮の全国大会をかけた地域大会で東亜大学と対戦することがあった。そこの中野泰造元監督がノーサイン野球で日本一になっていて興味を持ったのが始まりだ。
教員になって佐野高に赴任、ある時の練習試合で、スクイズのサインを出したがバッターがサインを見落とし、空振りしてしまう。
「サイン、わかってもらってないじゃんって。サインを出すのは指導者のエゴじゃないか。もう、出すのをやめようと」
ランナーは自由にいつ走ってもいい、バッターはいつ打ってもいいよと思うようになったのは25歳から28歳の第1期佐野高の監督時代からだ。異動した八尾翠翔高では前監督を引きついでサインを出したが、5年後、佐野に帰ってきて、また原点に返ろうと決意する。
「サインを出すと子供たちの能力が下がっちゃうのではという思いもあった。自然発生的にノーサインにして100回大会あたりから本格的に取り組みました」
府立佐野高校は大阪府の南部、泉州地域の泉佐野市にある創立120周年を超える伝統校だ。南海本線泉佐野駅から徒歩で15分ほど。正門の石碑とモダンレトロな校舎に趣がある。
現在は3年生7クラス、2年と1年が6クラスずつで全校生徒900人弱が通う。普通科と国際文化科があるが、他の府立にもれず、今年度は国際文化で定員数割れがあった。大阪府全域から通えるが堺より北から通う生徒は数えるほどで地元感が色濃い。
「広島生まれ」藤井元監督の原点
藤井さんは広島の生まれだ。高校は公立に合格したが辞退して広島電機大附属高校(現広島国際学院)に入学した。進学校を辞退しての私立選択で、周囲を騒がせた生徒だったようだ。高校野球部では下関国際の坂原秀尚監督の3年違いの後輩にあたり広島商、広陵を倒したくて高校を選んだという。3年春には県3位にもなった。
広島大に行きたかったが学力が足りず高知大に。高校野球の監督をやりたくて採用試験に受かったのが大阪府だった。その頃は教員の採用がどの都道府県も極端に少なかった時代で、広島は200分の1でやむなく20人の採用があった大阪を受験すると、見事に合格する。
「大学も就職も第1志望はかなってない。生きていけるところを探すという、はいつくばって、しがみついて生きてきた」そういって、本人は謙遜する。
佐野高校に赴任したのが2004年。大阪はまったく、未知の土地だった。赴任直前の3月末に校長からの電話で「佐野高校はどこにあるんですか」と聞いたほどだ。
当時の野球部は卒業したOB大学生が監督をしていた。そこに熱意のある若造が来たのでやらしてみようと藤井さんが新チームから監督に収まる。25歳だった。
<次回へつづく>
📝「教えすぎると、子供たちが迷うんで…」打者は全員両打ち&ノーサイン野球で“大阪府大会ベスト16”進出…ナゾの府立高を育てた監督の正体は?
https://number.bunshun.jp/articles/-/865902?utm_source=news.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&utm_campaign=relatedLink
2004年に大阪府立佐野高校に赴任した藤井朋樹さん。赴任当初、部員は1、2年生で22人。バックネットもなく、ベースも固定されていなかった。雨が降ったら4日ぐらい水が浮いていた。まずは環境整備から始まった。
「夏休みに朝6時に集合して、グラウンドのはじからふるいにかけて小石を拾った。あと2時間がんばれとかいって……常軌を逸していますよね」
ボールは10球しかなかったという。ノックをして戻ってくるとボールは擦り切れていた。テープを巻いたり、縫って使った。
私立野球部出身の藤井さんにとって、長時間練習は当たり前。
「夜間照明がなかったので、他の部が帰ってから21時まで体育館で練習しました。自分は帰宅してもすることがないので、子供たちと長い時間おるほうがいいなと。今から思えばとんでもないですね」
設備は不良、勧誘もなし…いかにして強豪に?
もちろん公立なので中学生の勧誘などできない。中学部活卒の普通の高校生は“量こそ正義”についてきてくれた。その成果が出たのが2007年夏だった。優勝候補の一角と言われた浪商に1回戦で勝つのだ。その年以降、3年連続でベスト32まで進出した。そして定期異動で2008年4月に八尾翠翔に移り、6年後の14年にまた佐野に戻ってきた。
原点に返ったナチュラルノーサインベースボールが年々、進化して2022年の秋、快進撃を見せる。2勝して府立の難敵汎愛にも勝ってベスト16に進んだ。5回戦は私学の強豪に敗れたが、21世紀枠の大阪府推薦校に選ばれた。センバツ出場はならなかったが、府立高のノーサイン野球の存在が近隣で知られるようになった。
いつでも「スイッチ」するわけではない
今シーズンに入って、ある日の練習試合を観戦した。藤井さんはベンチの最後列から直立腕組みをして戦況を見つめる。攻撃回で選手を集める。
「相手ピッチャーはストライク率が高いから最初からスイングしていこう、空振りでもいいから。お、振ってくるやんって意識するから。そこで何が起こるかやで」
「ランナー2人でダブルスチールやって、動かれる恐怖を相手にさせなきゃいけんよ。アクションすることを、勇気をもってできるかやぞ。ランナーが助けてくれる、バッターが助けてくれることをアイコンタクトしてな」
言葉の指示は普段の練習内容をグラウンドでどれだけ出せるか、ということへの叱咤だ。この日は打席をスイッチしない選手が多かった。
「今日は揺さぶっても効果がない、レベルの高いピッチャーでした。勝ちにつながらないなら、スイッチは選択しないという子供らの判断でしょう」
身長165センチのエースの右田は最速125キロほど。それでも緩急を使って強豪校と渡り合える術を持っている、と藤井さんは言う。
「春季大会の4回戦で大阪桐蔭と当たるんです。向こうはなんで金光大阪を抑えたんやろ(2024年の秋季大会で勝利)と思っている。そこの相手の心の隙に入って行って、さらに惑わせられれば(※春季大会は3回戦敗退で、大阪桐蔭との対戦は実現せず)」
力づくではない。柔よく剛を制す。意表を突く大技小技や目に見えない心理戦で揺さぶる。サインに従った方が選手は楽なはずだ。ただ、それでは指示待ち人間で終わりかねない。ノーサイン野球は選手自身が頭を使う。瞬間的な判断が必要な場合もある。端から見ると高度な野球に見える。
「毎日、訓練しているんでそうでもないんです。こいつはバントをする確率が高いとか各々の傾向も彼らの頭には入っている。根本は相手が嫌がることを軸に展開するんで、意外にシンプルなんですよ。教えられるのは7割ぐらいじゃないですか。子供たちが迷うんでね、教えすぎると。こういうタイプのピッチャーの場合はこのカウントで動く、という嗅覚が働きだすと及第点に近づく」
藤井さんは「反応してね」という言葉を大きな声で再三、投げかけた。藤井さんは監督をしているがそれは手段であって、監督をしたいわけではないという。
「みんなと勝ちたいだけです。生徒と保護者と、彼らの関わってきた中学の関係者やみんなと」
サインを出す、出さないも重要ではない、と気づいたという。
チームには「まったくの野球初心者」も
21世紀枠の推薦校に選ばれた翌々年、今の2年生は大量17人が入ったが、まったくの野球初心者が3人いる。最初はボールを捕れなくて、「顔に当たるんちゃうか」と思ったという。打席では空振りしてバットをキャッチャーに放り投げたこともあった。それがなんとか練習試合で、代打なら出られるようになってきた。
「彼らを戦力にして行くのがむちゃくちゃ面白くて。高校野球のそういうところが好きなんです」
自分で考えて導き出した答えを周りとの共同作業で積み上げていく。大学でも社会に出ても、自立して行動する、ということに役立つだろう。
「そう思っていますが彼ら次第。目の前の状況を見て、問われていることとか、必要なことを判断して決める。ランナーと協力する、次の打者にフォローをしてもらう。野球はそれがいいじゃんって、いってやっています」
新チームをスタートするときに「ノーサイン野球をやるんか?」と最初に尋ねる。選手の答えはもちろん一択だ。ノーサイン野球をやりたくて佐野高に来ている。
この春からは…地元・広島の高校へ
ところが、藤井さんはこの4月から広島に帰ることになった。採用試験を受けなおし県立高校の教諭に着任し、将来は広島から甲子園を目指す新しい夢を追いかけることになったのだ。新学期から部長として部を率いているのが、これまで藤井さんを支えてきた29歳の名郷根亮教諭だ。監督は新チームになるまでおかない予定だそうだ。
「彼らは監督がいなくても部を運営していける能力が備わっています。その唯一無二の野球を引き継いで磨いていきます。夏に一つでも多く勝ちたい」名郷根部長は藤井さんにいい報告をしたい、という。
藤井さんは佐野高最後の練習試合での円陣でこう言った。「自分が自分がということよりチームのために、というのを軸にやってください。みんなはできる力があるので。助けてくれる仲間がおるから。マネジャーも部長も保護者もOBも、チームでやっていけば大丈夫だから。頑張って、わかった?(よし、と選手の返事)一緒に野球をやってくれて、佐野高を選んでくれてありがとうございました。応援しています」
涙もなく、爽やかだった。
⚾岩手さんへ
岡山に出かけている間に6月になってしまいましたね・・・・・。なかなか月またぎで他県に宿泊する機会がなかったもんで、、、、、
まだ近畿は梅雨入りしてませんが、振り返ると雨に振り回された5月でしたね。
それが功を奏して、4年ぶりに南港で野球観戦する機会にも恵まれましたが、17日に守山で2代目滋賀球団の独立リーグの試合流されたり、紀三井寺ナイター故障で17時からの薄暮ナイターが12時に繰り上がり観戦見送り↓↓
さらには先週、屋根のない津で6回から雨が降りだし傘を差しながらのスコア付けは厳しかった。球場入りした時点で第2試合中止が早くも発表されていたし、そういう時に限って3時間ゲームの付き合いと。
ただ、三重は観光を兼ねて2泊3日に設定して1日中止でも元は取れる計算をしていたし、逆に岡山が雨天中止に追い込まれたら延泊せなアカンかったし、土曜日は福山(広島)日曜日は備中高梁を観光すべく行程表作ってましたが、杞憂に終わって良かった!
東海大会は中京こそブラスバンドに学ラン女子まで来てましたが、太鼓1つの応援や保護者が見てるだけのアルプスで岩手さんにとっては大リーグのような静かに野球に集中できる好みの環境だったかなと。
倉敷市営では創志学園・岡山東商が夏の大会ばりに大応援団を率いてましたね!!特に創志なんて岡山や中国だったら天理よろしくめったにブラスバンドなんて来ないはずが、、、、、長澤監督が故郷の篠山に帰り、三顧の礼で門馬監督を相模から引き抜いてきたので応援で相手を圧倒してきましたね。
マスカットでは見かけなかったですが、倉敷市営では僕が思うところのアルプススタンド奇抜な応援団・西の横綱である『創志学園のチアボーイ』4名もチアガールの後方でオレンジのポンポン振ってノリノリのダンスを披露してました!!
調べてみたら『チアボーイ』は今に始まったことではなく、コロナ前から存在していたようですね。2018年ダンス部の動画に両端2名男の子がいます。
https://www.youtube.com/watch?v=nuTs56h1_Vo
もともとベル女子高が共学に変わったので・・・・・。しかし、今でもチアボーイはなかなか受け入れられず、岡山城近くのヤドでほとんど寝付けなかったですね・・・・・(笑)。
あとは沖縄県民でもいるのか?指笛がたまに響いておりました。
そして、京都共栄は福知山にあるらしいですが、最近は成美に変わって台頭してきましたね。春日丘の神前監督そして西脇工の木谷監督と甲子園出場監督を引っ張てきますね!
帽子とストッキングが赤でグレーのユニホームとずいぶん派手な印象ですが、近畿大会初出場しましたね。
結局、奈良大付にコールド負けでした。3年前の春も西城陽がひょっこり出てきましたが、和智弁に5回コールド負けでそれ以来大舞台には出てきていないし、春ブレークして夏も勝つのは難しいですね。
⚾shionomisakiさんへ
遅まきながら軟式の近畿大会組み合わせ決まりましたね。和歌山が6/1決勝だったのでそれを待っての発表だったと思われます。
去年は春が堺で秋は甲賀&今津でしたが、今年はウインク姫路固定ですね。
僕はこの時期ヒマになるのでここ数年1度くらいは春の軟式に顔を出しております。特に思い入れのあるチームもないし、まだ梅雨入り前の今週末できたら大会初日に姫路駅でレンタサイクル借りて観光がてら行こうかと。
一昨日・昨日と姫路を通過し、昨夜は姫路で途中下車してマクドナルドで夕食取ってから帰宅だったので今年はずいぶん姫路駅に縁がありますが・・・。
三重では初日の雨で予定が狂い、3時間ゲーム見た後に意味もなく駅と逆方向の「津なぎさまち港」まで歩き、道中三重スリーアローズ球団事務所ビルを通り過ぎました。今では英会話教室学校に模様替えしているようですが、駅から結構距離があるし、20~21歳当時のかれんさんが毎日遠路はるばる名張から津まで出勤されていたのはご苦労様でしたと。
それでも軌道修正して、1試合捨ててまで養老鉄道の旅にこだわり、岐阜モーニング(モーニングで茶わん蒸し食べたのは記憶がない!)を堪能し、大垣城や多度大社を散策でき、名張の湯・外宮も行けたし近鉄週末フリーきっぷの元は取れたかと。
岡山では普段は歩かない岡山駅&倉敷駅周辺を散策でき、倉敷市営球場から逆方向に歩きコメダ経由で西阿知駅へ行き新倉敷駅から徒歩10分の満天の湯に2年前の秋できなかった湯治を達成しました。
しかし、三重ではまさかの雨での日程変更で岡山では『創志学園のチアボーイ』を見てしまったので、ヤドでうなされ???通算3日間ほとんど寝れなかったですね(笑)
以前、チアボーイの話題をした折にはshionomisakiさんは寛大な目で見ておられるようなコメントをされ感心したのを覚えております。
今年は『僕が思うところのアルプススタンド奇抜な応援団』東西両横綱(群馬のご当地アイドル!? ・ 創志学園のチアボーイ)を球場で遭遇したことになりました。基本的に試合中はスコアつけているのでなかなかアルプススタンドには目が届かないですが、第3の横綱を発掘できたら当掲示板で紹介します。
11:00~ 倉 敷 商(岡山1位)ー創志 学園(岡山2位)
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6/21(土) 守山市民球場にて行われるホーム公式戦(vs石川ミリオンスターズ戦)の イベント情報を公開しました!
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提出物を出すのがいつも早い――。滋賀県高校野球連盟も認める先生が、県内の高校の硬式野球部にいる。どんな先生なのか。
記者は滋賀の高校野球を担当して3年目。毎年、夏の滋賀大会(県高野連、朝日新聞社主催)を前に、県高野連に加盟する53校にアンケートを行っている。5月、そのアンケートの回答が記者に届き始めて、ある学校の回答が毎年早いことに気がついた。
県高野連に対してもそうなのか。確認すると、担当者は「高野連への提出物や高野連が加盟校に依頼する調査があるが、なんでも早い。いつも1番に提出してくる」と明かした。その学校は、彦根総合高校。提出物は、部長の北村謙知さん(30)が担っている。
「性格です。提出せずに持っているのが嫌なんです」。北村さんはそう言って、苦笑する。だが、記者は、性格だけじゃないはずだ、と思って質問を重ねた。
北村さんは草津高校でプレー。大学卒業後、彦根総合高校の教諭になった。硬式野球部の部長を務めて7、8年。名将の宮崎裕也監督(63)らと生徒を指導する。練習試合の予定を組んだり、生徒を病院に連れて行ったり、練習ではノックを打ったり――と、部長はとにかく忙しい。「何か起きても対応できるように、先を見越して、提出物などはできるときにすぐにやるようにしています」
チームは2023年春に甲子園に初出場した。出場に際しては、多くの書類を提出しないといけなかった。「ギリギリに提出したり遅れたりしたら甲子園で迷惑をかけるから、余計に早く提出しました」と振り返る。
県高野連の理事を務めた経験もある。だから、提出物が遅れたら、受け取る側に迷惑がかかることも知っている。そしてなにより、がんばっている生徒たちに迷惑をかけてしまう。それが一番いけない――。提出物を出すのが早い裏側には、いろんな思いがある。
「提出物は早く出すように」。生徒たちにもそう言っている。提出物を早く出せば、気持ちに余裕ができて、いいアイデアが生まれる、と考えているからだ。そのために生徒を「120%」サポートする。担任を務める2年生の教室には、自作の提出物確認表を掲示。提出したものには生徒がシールを貼って「見える化」している。
このクラスの生徒で野球部員の北山駿さん(2年)は「提出物確認表を作ってくれた先生は初めてで、自分たちのために尽くしてくれる。心も熱いから、ついて行きたいって思えます」と話す。
先生たちの信頼も厚い。学年主任の山本浩之さん(36)は「提出物は(7クラスある)学年の中でも早い。先を考えて仕事をしているし、生徒のために目に見える形で工夫もしています」と語る。
「生徒のためであり、自分のためでもあります。指導者ですが、親の感覚で生徒に関わっています」と北村さんはいう。野球部の生徒が、スポーツ推薦を受ける大学に書類を提出するときには、郵便局まで付き添って見届けてきたという。
「周りを常に見て、目を走らせて、チームを運営するのが部長」という県高野連の先生に言われた言葉を肝に銘じている。部長は大変な仕事だが「生徒ががんばってくれるのが一番うれしい」。甲子園でプレーする生徒たちを再び見るが、北村さんの願いだ。
📝打者は全員スイッチヒッター、8年前からノーサイン野球…でも「21世紀枠の推薦校」に? 秋大会で大阪ベスト16進出「ナゾの公立高」の秘密を追う
https://news.yahoo.co.jp/articles/39ceeb307b87183b4850e1af249dfc6e4feb426c?page=1
高校野球の強豪校がひしめく激戦区・大阪。大阪桐蔭、履正社といった強豪私学が幅を利かせる一方で、健闘を見せる公立校もいくつもある。そのひとつ、大阪府立佐野高校は世にも珍しい「打者全員が両打ち」という驚きの戦法で、3年前の秋季府大会ベスト16という実績を残した。他にも監督がサインを出さない「ノーサイン野球」など変わったスタイルの同校。果たしてその秘密はどこにあるのだろうか。
「秋季大会の登録メンバー表をみたら、選手全員が左右両打になっていて、驚きました」大阪のある高校監督がこう言って笑った。
メンバー全員両打ち…その狙いは?
漫画の世界の話ではない。大阪府立佐野高校の選手はみんなスイッチヒッターなのだ。2016年ごろから始めたと藤井朋樹元監督が振り返る。
「ただ、うちの生徒はプロで活躍された松井稼頭央選手や西岡剛選手のようなスイッチヒッターではありません」
ヒットはもちろん、長打を打てるバッターは「1人だけ」だという。
「目的は相手ピッチャーをどう崩すか、ということ。ピッチャーの球筋を見て、より攻略することの工夫をする。打つということに重きを置いてない。ランナーと協力して成り立つスイッチヒッターです」
各々の努力としては右と左の打席で球筋は違って見えるが、イメージを一致させることだ。プラス捕手の位置からのイメージも加わったらなお、ボールとバットのコンタクトのチャンスは広がる。
「3つの映像のイメージを立体的に一致させてね、と。となると打席を入れ替えて3球ぐらい振ってみようかなとなるんです。最初は当たらないんですが、だんだん、打てるようになって、反対打席に入るのも苦にならない。ツーストライクまで粘るとか、ワンストライクで右左を変えるとか、考えだす」
自分なりのスイッチヒッターの形ができて試合でもトライする。ゲームを見ていて面白いのが、1球目とその後の打席を各自によって変える選手が複数いることだった。藤井さんは何の指示もしていない。
「相手ピッチャー、バッテリーが戸惑ってくれれば、それでいい」
佐野高のある日のミーティングを拝見した。視聴覚室での座学だった。プロジェクターに映し出されていたのはユーチューブの映像で、センバツの沖縄のエナジックスポーツ高校の試合だった。
「このランナーとバッター、変化球がくるのをイメージしてアイコンタクトでエンドランをかけているよね」藤井さんが映像を止めながら問いかけたり、解説を加える。
エナジックスポーツはノーサイン野球でセンバツ1勝を挙げて注目された。そう、佐野高もノーサイン野球をモットーにする。発端はエナジックスポーツより遡ること数年、「2017年ぐらいからノーサイン野球をやっています」と藤井さんは胸を張った。
ノーサイン野球…そのきっかけは?
高知大学時代、神宮の全国大会をかけた地域大会で東亜大学と対戦することがあった。そこの中野泰造元監督がノーサイン野球で日本一になっていて興味を持ったのが始まりだ。
教員になって佐野高に赴任、ある時の練習試合で、スクイズのサインを出したがバッターがサインを見落とし、空振りしてしまう。
「サイン、わかってもらってないじゃんって。サインを出すのは指導者のエゴじゃないか。もう、出すのをやめようと」
ランナーは自由にいつ走ってもいい、バッターはいつ打ってもいいよと思うようになったのは25歳から28歳の第1期佐野高の監督時代からだ。異動した八尾翠翔高では前監督を引きついでサインを出したが、5年後、佐野に帰ってきて、また原点に返ろうと決意する。
「サインを出すと子供たちの能力が下がっちゃうのではという思いもあった。自然発生的にノーサインにして100回大会あたりから本格的に取り組みました」
府立佐野高校は大阪府の南部、泉州地域の泉佐野市にある創立120周年を超える伝統校だ。南海本線泉佐野駅から徒歩で15分ほど。正門の石碑とモダンレトロな校舎に趣がある。
現在は3年生7クラス、2年と1年が6クラスずつで全校生徒900人弱が通う。普通科と国際文化科があるが、他の府立にもれず、今年度は国際文化で定員数割れがあった。大阪府全域から通えるが堺より北から通う生徒は数えるほどで地元感が色濃い。
「広島生まれ」藤井元監督の原点
藤井さんは広島の生まれだ。高校は公立に合格したが辞退して広島電機大附属高校(現広島国際学院)に入学した。進学校を辞退しての私立選択で、周囲を騒がせた生徒だったようだ。高校野球部では下関国際の坂原秀尚監督の3年違いの後輩にあたり広島商、広陵を倒したくて高校を選んだという。3年春には県3位にもなった。
広島大に行きたかったが学力が足りず高知大に。高校野球の監督をやりたくて採用試験に受かったのが大阪府だった。その頃は教員の採用がどの都道府県も極端に少なかった時代で、広島は200分の1でやむなく20人の採用があった大阪を受験すると、見事に合格する。
「大学も就職も第1志望はかなってない。生きていけるところを探すという、はいつくばって、しがみついて生きてきた」そういって、本人は謙遜する。
佐野高校に赴任したのが2004年。大阪はまったく、未知の土地だった。赴任直前の3月末に校長からの電話で「佐野高校はどこにあるんですか」と聞いたほどだ。
当時の野球部は卒業したOB大学生が監督をしていた。そこに熱意のある若造が来たのでやらしてみようと藤井さんが新チームから監督に収まる。25歳だった。
<次回へつづく>
📝「教えすぎると、子供たちが迷うんで…」打者は全員両打ち&ノーサイン野球で“大阪府大会ベスト16”進出…ナゾの府立高を育てた監督の正体は?
https://number.bunshun.jp/articles/-/865902?utm_source=news.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&utm_campaign=relatedLink
2004年に大阪府立佐野高校に赴任した藤井朋樹さん。赴任当初、部員は1、2年生で22人。バックネットもなく、ベースも固定されていなかった。雨が降ったら4日ぐらい水が浮いていた。まずは環境整備から始まった。
「夏休みに朝6時に集合して、グラウンドのはじからふるいにかけて小石を拾った。あと2時間がんばれとかいって……常軌を逸していますよね」
ボールは10球しかなかったという。ノックをして戻ってくるとボールは擦り切れていた。テープを巻いたり、縫って使った。
私立野球部出身の藤井さんにとって、長時間練習は当たり前。
「夜間照明がなかったので、他の部が帰ってから21時まで体育館で練習しました。自分は帰宅してもすることがないので、子供たちと長い時間おるほうがいいなと。今から思えばとんでもないですね」
設備は不良、勧誘もなし…いかにして強豪に?
もちろん公立なので中学生の勧誘などできない。中学部活卒の普通の高校生は“量こそ正義”についてきてくれた。その成果が出たのが2007年夏だった。優勝候補の一角と言われた浪商に1回戦で勝つのだ。その年以降、3年連続でベスト32まで進出した。そして定期異動で2008年4月に八尾翠翔に移り、6年後の14年にまた佐野に戻ってきた。
原点に返ったナチュラルノーサインベースボールが年々、進化して2022年の秋、快進撃を見せる。2勝して府立の難敵汎愛にも勝ってベスト16に進んだ。5回戦は私学の強豪に敗れたが、21世紀枠の大阪府推薦校に選ばれた。センバツ出場はならなかったが、府立高のノーサイン野球の存在が近隣で知られるようになった。
いつでも「スイッチ」するわけではない
今シーズンに入って、ある日の練習試合を観戦した。藤井さんはベンチの最後列から直立腕組みをして戦況を見つめる。攻撃回で選手を集める。
「相手ピッチャーはストライク率が高いから最初からスイングしていこう、空振りでもいいから。お、振ってくるやんって意識するから。そこで何が起こるかやで」
「ランナー2人でダブルスチールやって、動かれる恐怖を相手にさせなきゃいけんよ。アクションすることを、勇気をもってできるかやぞ。ランナーが助けてくれる、バッターが助けてくれることをアイコンタクトしてな」
言葉の指示は普段の練習内容をグラウンドでどれだけ出せるか、ということへの叱咤だ。この日は打席をスイッチしない選手が多かった。
「今日は揺さぶっても効果がない、レベルの高いピッチャーでした。勝ちにつながらないなら、スイッチは選択しないという子供らの判断でしょう」
身長165センチのエースの右田は最速125キロほど。それでも緩急を使って強豪校と渡り合える術を持っている、と藤井さんは言う。
「春季大会の4回戦で大阪桐蔭と当たるんです。向こうはなんで金光大阪を抑えたんやろ(2024年の秋季大会で勝利)と思っている。そこの相手の心の隙に入って行って、さらに惑わせられれば(※春季大会は3回戦敗退で、大阪桐蔭との対戦は実現せず)」
力づくではない。柔よく剛を制す。意表を突く大技小技や目に見えない心理戦で揺さぶる。サインに従った方が選手は楽なはずだ。ただ、それでは指示待ち人間で終わりかねない。ノーサイン野球は選手自身が頭を使う。瞬間的な判断が必要な場合もある。端から見ると高度な野球に見える。
「毎日、訓練しているんでそうでもないんです。こいつはバントをする確率が高いとか各々の傾向も彼らの頭には入っている。根本は相手が嫌がることを軸に展開するんで、意外にシンプルなんですよ。教えられるのは7割ぐらいじゃないですか。子供たちが迷うんでね、教えすぎると。こういうタイプのピッチャーの場合はこのカウントで動く、という嗅覚が働きだすと及第点に近づく」
藤井さんは「反応してね」という言葉を大きな声で再三、投げかけた。藤井さんは監督をしているがそれは手段であって、監督をしたいわけではないという。
「みんなと勝ちたいだけです。生徒と保護者と、彼らの関わってきた中学の関係者やみんなと」
サインを出す、出さないも重要ではない、と気づいたという。
チームには「まったくの野球初心者」も
21世紀枠の推薦校に選ばれた翌々年、今の2年生は大量17人が入ったが、まったくの野球初心者が3人いる。最初はボールを捕れなくて、「顔に当たるんちゃうか」と思ったという。打席では空振りしてバットをキャッチャーに放り投げたこともあった。それがなんとか練習試合で、代打なら出られるようになってきた。
「彼らを戦力にして行くのがむちゃくちゃ面白くて。高校野球のそういうところが好きなんです」
自分で考えて導き出した答えを周りとの共同作業で積み上げていく。大学でも社会に出ても、自立して行動する、ということに役立つだろう。
「そう思っていますが彼ら次第。目の前の状況を見て、問われていることとか、必要なことを判断して決める。ランナーと協力する、次の打者にフォローをしてもらう。野球はそれがいいじゃんって、いってやっています」
新チームをスタートするときに「ノーサイン野球をやるんか?」と最初に尋ねる。選手の答えはもちろん一択だ。ノーサイン野球をやりたくて佐野高に来ている。
この春からは…地元・広島の高校へ
ところが、藤井さんはこの4月から広島に帰ることになった。採用試験を受けなおし県立高校の教諭に着任し、将来は広島から甲子園を目指す新しい夢を追いかけることになったのだ。新学期から部長として部を率いているのが、これまで藤井さんを支えてきた29歳の名郷根亮教諭だ。監督は新チームになるまでおかない予定だそうだ。
「彼らは監督がいなくても部を運営していける能力が備わっています。その唯一無二の野球を引き継いで磨いていきます。夏に一つでも多く勝ちたい」名郷根部長は藤井さんにいい報告をしたい、という。
藤井さんは佐野高最後の練習試合での円陣でこう言った。「自分が自分がということよりチームのために、というのを軸にやってください。みんなはできる力があるので。助けてくれる仲間がおるから。マネジャーも部長も保護者もOBも、チームでやっていけば大丈夫だから。頑張って、わかった?(よし、と選手の返事)一緒に野球をやってくれて、佐野高を選んでくれてありがとうございました。応援しています」
涙もなく、爽やかだった。
⚾岩手さんへ
岡山に出かけている間に6月になってしまいましたね・・・・・。なかなか月またぎで他県に宿泊する機会がなかったもんで、、、、、
まだ近畿は梅雨入りしてませんが、振り返ると雨に振り回された5月でしたね。
それが功を奏して、4年ぶりに南港で野球観戦する機会にも恵まれましたが、17日に守山で2代目滋賀球団の独立リーグの試合流されたり、紀三井寺ナイター故障で17時からの薄暮ナイターが12時に繰り上がり観戦見送り↓↓
さらには先週、屋根のない津で6回から雨が降りだし傘を差しながらのスコア付けは厳しかった。球場入りした時点で第2試合中止が早くも発表されていたし、そういう時に限って3時間ゲームの付き合いと。
ただ、三重は観光を兼ねて2泊3日に設定して1日中止でも元は取れる計算をしていたし、逆に岡山が雨天中止に追い込まれたら延泊せなアカンかったし、土曜日は福山(広島)日曜日は備中高梁を観光すべく行程表作ってましたが、杞憂に終わって良かった!
東海大会は中京こそブラスバンドに学ラン女子まで来てましたが、太鼓1つの応援や保護者が見てるだけのアルプスで岩手さんにとっては大リーグのような静かに野球に集中できる好みの環境だったかなと。
倉敷市営では創志学園・岡山東商が夏の大会ばりに大応援団を率いてましたね!!特に創志なんて岡山や中国だったら天理よろしくめったにブラスバンドなんて来ないはずが、、、、、長澤監督が故郷の篠山に帰り、三顧の礼で門馬監督を相模から引き抜いてきたので応援で相手を圧倒してきましたね。
マスカットでは見かけなかったですが、倉敷市営では僕が思うところのアルプススタンド奇抜な応援団・西の横綱である『創志学園のチアボーイ』4名もチアガールの後方でオレンジのポンポン振ってノリノリのダンスを披露してました!!
調べてみたら『チアボーイ』は今に始まったことではなく、コロナ前から存在していたようですね。2018年ダンス部の動画に両端2名男の子がいます。
https://www.youtube.com/watch?v=nuTs56h1_Vo
もともとベル女子高が共学に変わったので・・・・・。しかし、今でもチアボーイはなかなか受け入れられず、岡山城近くのヤドでほとんど寝付けなかったですね・・・・・(笑)。
あとは沖縄県民でもいるのか?指笛がたまに響いておりました。
そして、京都共栄は福知山にあるらしいですが、最近は成美に変わって台頭してきましたね。春日丘の神前監督そして西脇工の木谷監督と甲子園出場監督を引っ張てきますね!
帽子とストッキングが赤でグレーのユニホームとずいぶん派手な印象ですが、近畿大会初出場しましたね。
結局、奈良大付にコールド負けでした。3年前の春も西城陽がひょっこり出てきましたが、和智弁に5回コールド負けでそれ以来大舞台には出てきていないし、春ブレークして夏も勝つのは難しいですね。
⚾shionomisakiさんへ
遅まきながら軟式の近畿大会組み合わせ決まりましたね。和歌山が6/1決勝だったのでそれを待っての発表だったと思われます。
去年は春が堺で秋は甲賀&今津でしたが、今年はウインク姫路固定ですね。
僕はこの時期ヒマになるのでここ数年1度くらいは春の軟式に顔を出しております。特に思い入れのあるチームもないし、まだ梅雨入り前の今週末できたら大会初日に姫路駅でレンタサイクル借りて観光がてら行こうかと。
一昨日・昨日と姫路を通過し、昨夜は姫路で途中下車してマクドナルドで夕食取ってから帰宅だったので今年はずいぶん姫路駅に縁がありますが・・・。
三重では初日の雨で予定が狂い、3時間ゲーム見た後に意味もなく駅と逆方向の「津なぎさまち港」まで歩き、道中三重スリーアローズ球団事務所ビルを通り過ぎました。今では英会話教室学校に模様替えしているようですが、駅から結構距離があるし、20~21歳当時のかれんさんが毎日遠路はるばる名張から津まで出勤されていたのはご苦労様でしたと。
それでも軌道修正して、1試合捨ててまで養老鉄道の旅にこだわり、岐阜モーニング(モーニングで茶わん蒸し食べたのは記憶がない!)を堪能し、大垣城や多度大社を散策でき、名張の湯・外宮も行けたし近鉄週末フリーきっぷの元は取れたかと。
岡山では普段は歩かない岡山駅&倉敷駅周辺を散策でき、倉敷市営球場から逆方向に歩きコメダ経由で西阿知駅へ行き新倉敷駅から徒歩10分の満天の湯に2年前の秋できなかった湯治を達成しました。
しかし、三重ではまさかの雨での日程変更で岡山では『創志学園のチアボーイ』を見てしまったので、ヤドでうなされ???通算3日間ほとんど寝れなかったですね(笑)
以前、チアボーイの話題をした折にはshionomisakiさんは寛大な目で見ておられるようなコメントをされ感心したのを覚えております。
今年は『僕が思うところのアルプススタンド奇抜な応援団』東西両横綱(群馬のご当地アイドル!? ・ 創志学園のチアボーイ)を球場で遭遇したことになりました。基本的に試合中はスコアつけているのでなかなかアルプススタンドには目が届かないですが、第3の横綱を発掘できたら当掲示板で紹介します。