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⚾今日の和歌山大会試合結果(初日 1・2回戦)
紀三井寺球場・・・那  賀8-7近大新宮・和歌山工4-0田  辺・桐  蔭8-6有中南部・和 智 弁6-0箕  島
田辺SP球場・・・和歌山東7-1田 辺 工・耐  久7-6日高中津・初芝橋本4ー0高 野 山

⚾明日の和歌山大会組み合わせ(2日目 2回戦)
紀三井寺球場
    09:00~ 紀 北 工- 粉 河
    11:30~ 宮翔串連合-和歌山高専
  ☆ 14:00~  神 島 - 熊 野
 
田辺SP球場
    09:00~ 和歌 山商-県和 歌山
    11:30~  慶 風 - 星 林
  ☆ 14:00~ 紀 央 館ー 海 南

📣外野芝生席からシカ“乱入”数分間試合が中断 - 高校野球春季近畿大会奈良県予選会場のロートスタジアム奈良
https://news.yahoo.co.jp/articles/91dbac886601e86a0d8cdbe84f88711fe1333cea

ロートスタジアム奈良で橿原と高取国際が対戦中、右翼後方、外野芝生席からシカ2頭がグラウンドに“乱入”し、試合が中断した。

シカがグラウンドに入ったのは四回、高取国際の攻撃中で、数分間にわたり駆け回った。幸い大きなトラブルはなかったが、春の珍事にスタンドはどよめいた。

💢令和7年度春季近畿地区高等学校野球大会奈良県予選
帝塚山学園落雷事故の影響により、日程を一部変更します
http://www1.kcn.ne.jp/~nhsbbf/

4月12日(土曜日)
さとやくスタジアム
第3試合
帝塚山高校 ― 生駒高校

4月19日(土曜日)
ならっきー球場
第3試合15時

☝和歌山工の身長163センチのエース左腕・山田竜也が田辺に5安打完封勝利
https://news.yahoo.co.jp/articles/3fa07c82770e473eb070eb38158b783c4290e140

<高校野球春季和歌山県大会:和歌山工4-0田辺>◇12日◇2回戦◇和歌山市紀三井寺

和歌山工の身長163センチのエース左腕・山田竜也投手(3年)が田辺を完封し、3回戦に進んだ。

打線の援護もあり、5安打完封。冬場に下半身強化を図り、太ももにゴムチューブを巻いたり、ウエートトレに励んで3キロ増の65キロに到達。「球にキレが出て、変化球のコントロールが良くなった」とピンチにも動じなかった。

近鉄、オリックスなどでプレーした中本和希監督(43)は「(山田は)冬にしっかり走り込んだので、投げ切れたのでは」とねぎらった。

今春4強入りを果たせば、今夏の和歌山大会でシード権を獲得する。

📝センバツ準Vの智弁和歌山が箕島を破り初戦突破 エース渡辺颯人はベンチ外
https://news.yahoo.co.jp/articles/7cc493ea60c3dea188ee242c82ff02f1f5f2b1b7

◆春季和歌山大会 ▽2回戦 智弁和歌山6―0箕島(12日・紀三井寺公園野球場)

今春センバツ準優勝の智弁和歌山が、箕島を破り初戦を突破した。

最速152キロ右腕・宮口龍斗(3年)が先発し、6回3安打無失点、無四球、8奪三振と好投した。「コントロールを意識して、試合を作ることができたので良かった」と宮口。その後は、田中息吹(3年)、センバツはベンチ外の和気匠太(2年)が完封リレー。打線も12安打6得点とこれに応えた。

センバツ全5試合に先発したエース右腕・渡辺颯人(3年)は今大会ベンチ外。宮口が初めてエースナンバーを背負う。中谷仁監督は「この大会で背番号1をつけてどこまで宮口が成長できるか、田中が俺が1を付けるんだと発奮するのか、和気や朝来(友翔、2年)みたいな新戦力がグッと上がってくるのかっていうのは、チームが進化するには絶対的に必要なポイントになる。渡辺1人ではなく。思い切って、渡辺を外して戦うという意思表示です」と話した。

宮口は、昨秋は抑えとして6試合、計13イニングで防御率0・00をマーク。しかし、センバツでは横浜(神奈川)との決勝で2失点するなど、4試合で防御率4・15と思ったような結果が出せなかった。「1から全部、変えないといけない。正直、本当の1じゃないのは自覚しているので、夏はしっかり1を取れるようにやっていきたい」と右腕。最後の夏に向け、成長の春を過ごす。

🔥「やるからには『神宮』に!」甲子園5度出場 70歳“古希の名伯楽”が初めて挑む『大学野球』 自らバットを握りノック打ち「お前らのじいちゃん以上かもわからないが…」 選手たちは「心強い!」
https://news.yahoo.co.jp/articles/0fa13ef200f5f1a08132d9b974dee4bb5a356fc1?page=1

高校野球の監督として、甲子園に5回出場した名伯楽・山下繁昌 監督。
古希を迎えて大学の指導者に転身、再び日本一を目指す思いとは―。

■指導歴40年超の“名伯楽”が70歳にして初挑戦する『大学野球』

北東北大学リーグ2部に所属する八戸工業大学野球部。
真新しい「青いユニホーム」に袖を通すのが、3月に就任した山下繁昌 監督(70)です。

70歳で大学野球は初挑戦。1週間後に春のリーグ戦の開幕が控えるなか、40年以上の指導歴を誇る“名伯楽”でも、シーズン開幕は胸が高ぶります。

八戸工業大 山下繁昌 監督「一年一年ですね。来年できるかどうかも分からないし、この年だからワクワクはないですが、やってやろうかなっていうね」

「北東北大学リーグ」は春と秋の2季制で1972年に創部した野球部は、1部で戦う時期もありましたが、18年の秋からは2部に低迷しています。山下監督が就任直後から45人の選手に繰り返すのは「常に上を目指すこと」です。

■練習では自らバットを握り指導「高校野球との違いは良い対話ができる」

練習前に選手たちに話す 八戸工業大 山下繁昌 監督「年はとってるけどな、お前らのじいちゃん以上かもわからないけれども、フレッシュな気持ちで1部目指してがんばっていきたいなと思っています」

練習では自らバットを握り、精力的に選手の指導にあたります。

ノックを打つ 八戸工業大 山下繁昌 監督「ボールを取るときに、取るだけじゃなくて投げられる体勢で入ってこないと!はい!いこー!」

八戸工業大 山下繁昌 監督「今までやってきた高校野球との違いは、良い対話ができる。ノックをやっていても、会話のような感じでできるのがすごく楽しい」

Q.体力的にはどうですか?
「もういいおじいちゃんなので、(選手に)ついていくのがやっとです」

■甲子園には5度出場 “名伯楽”が新天地で伝える“走る野球”

監督不在だった八戸工業大で戦術以上に取り組む走塁の『土台作り』

1978年に八戸工大一高校の監督に就任すると、5年後の夏の選手権を皮切りに甲子園出場は春夏合わせて5回。1987年の選抜では2勝して、県勢31年ぶりのベスト8に導くなど高校野球で一時代を築きました。

八戸工大一高校監督時代 山下繁昌 監督(1987年の取材当時)「走ることを中心に、野球のできる体を十分作ってから3月を迎えたい」

当時から重視するのは、『確実性』と『アグレッシブさ』を兼ね備えた野球です。

新井宇輝 アナウンサー「これまで培ってきた“走る野球”を、新天地でも伝えています!」

「盗塁」や「バスターエンドラン」など、足を絡めた攻撃や守備の際に打球を追う出足まで徹底して取り組むのは、戦術以上に『土台作り』です。

八戸工業大は、昨年度まで監督がいない状態で、試合後には采配を巡って選手同士で激突することもありました。山下監督の就任で、選手たちはより「野球」そのものに集中できる環境が整いました。

■「『神宮』に行きたいというのは当然ある」

古希の“名伯楽”が再び目指すのは“新たな聖地”

八戸工業大 田端陸玖 主将「山下先生がサインを出してくださったり、指示してくださると心強いですし、選手たちだけでは見られない部分もあったので、選手たちはやりやすい。心強いと思う」

就任会見で「全国大会出場」を掲げた山下監督。選手とともに1部昇格。そして、その先を目指します。

八戸工業大 山下繁昌 監督「早く1部に上がる。定着できる力を身に着けてあげたいし、そういうチームになりたいと思う。やるからには『神宮』とか、高校生であれば『甲子園』と同じですよね。『神宮』に行きたいというのは当然ある」

古希を迎えた“名伯楽”は、グラウンドで選手と向き合い続け、再び“新たな聖地”を目指して走り出しました。

⚾岩手さんへ
お待たせしました。MYバースデーに続き、本年2度目の僕だけの聖地・礼賛して参りました。

4時起床・4時50分出発・小林駅5時08分の始発電車に乗って・・・帰って来たのは深夜0時の時報を小林駅のホームで。0時15分頃日付変わって無事帰宅して、雨雲から逃げ切り成功!!バ―スデーの折は逃げれずに歩いて帰りました、、、

今回はどうしても、紀三井寺駅と和歌山駅の間にある宮前駅近くの『中華そば研究所・マルケン』で和歌山ラーメンが食べたかったので、、、、、

前回の昨秋4試合の折はその手前の『〇豊』で中華そば食べたから。

春の紀三井寺4試合といえば・・・
2022年 4試合中3試合が雨天中止(球場着いたら、すでに第3・第4試合中止決定で結局第2試合も悪天候予想で中止)
2023年 第3試合途中で降りだした雨の影響で第4試合中止
2024年 ようやく天候に恵まれたはいいが、2試合コールドゲームで第4試合終了17時05分

とかなり口の中に苦さが残る思いでしかないのですが、、、

組み合わせ見る限り、第3・第4試合はコールドもあり得ると警戒しておりました!
いつもながら、第1試合5分早めのプレーボールで小走りで駅から3km移動した僕にとっては息を突く間もなくサイレン聞きましたが・・・。

普段は5分程度の5回終了の整備が8分程度ノンビリしてましたね(クーリングタイムではないし、昨夏は10分間やってました)
あとはインターバルが40分程度置かれて助かりました。

15時過ぎから徐々に雲のアシストを受けて17時30分点灯(3回裏から)されホッと一息。
朝から走っていたし、前から2番目の席に座っており日差しを浴びていたので汗はかかないけれど、若干熱かったですね!

DHに関しては特に考えていないのでどっちでもいい派です(強制的に投手の打席をなくすわけではないし、あえてDH使わずに投手を4番に据えるチームもあるだろうから)

『50歳最後のエエ思い出のところのローマ字の長いの!』

これに関しては、ほとんど画像ですね。一部、動画もあるので音量調整してもらえたらと。

アメブロの写真ですが・・・
https://ameblo.jp/hirorinhoushi/entry-12893275272.html

何を貼ったのか忘れていたので、確認したら・・・僕のアップ画像は51回目のバースデーに紀伊風土記の丘で無数の埴輪をバックに撮りました。
もう一つは、津市営球場で松井 かれん嬢のマイクパフォーマンス姿を貼ってますね!

たまたま初代掲示板監督と同じ三重県出身のお嬢さんというだけで、先代の妹分(3学年下)という立ち位置にしてしまい、お話しさせていただきました。
三重球団職員という立場上、喧嘩別れした球団のファンと関わるのは非常に難しいと思われましたが、分け隔てなく接していただき、三重球団退職後2回も当掲示板に遊びに来てくれたので「やっぱり三重はエエなあと!」

仮に先代が香川・石川あたりの微妙に届かない行動範囲内の出身者だったら、今のように足しげく三重に通うこともなく、三重球団の試合観戦する機会もなく、かれんさんと逢うことなどなかっただろうし・・・そっち(香川・石川)方面に足を運んでいたのかなと・・・。
野球の神様のサジ加減1つで運命が変わりますね。

とりあえず、センバツのときは無事に取材も終え、現時点ではどこからも苦情は来ていないし、不審者扱いされなかったので良かったのではないかと。
先代やかれんさんには面と向かって「一生の思い出ができました!」とは言えなかったけど、その思い出を胸に冥途の土産で墓場まで持って行けますね!

今回(熱闘甲子園の登場人物に初めてお話しできたこと)は・・・お世辞でも「一生の思い出ができました!」と言えばよかったのかもしれないけれど、、、
やはり三重と群馬の差がモロに出ており、おそらく来年の今頃は僕が忘れているんじゃないかな・・・ということで「明日の誕生日を前にエエ思い出ができました!」と伝えさせていただきました。

あと、自称・広末涼子問題ですが・・・あの日は、大和郡山に日帰り旅行しており、ラジオで一報聞いた時は、てっきり中年女性が自分が美人と勘違いして勝手に偽名を名乗ったのかと思いきやまさか本人とは・・・・・。

最近はTVでも見なかったし名前も聞かなかったですが、、、44歳でも若い頃とあまり変わらない感じでしたね。
2025/04/13(日) 0時28分17秒 No.1711 編集 削除