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🎤「古豪復活へと導いた指導論」東洋大姫路岡田監督×大社石飛監督、日刊&朝日記者と座談会
https://news.yahoo.co.jp/articles/e30ab2b4440688c3bb9e38db5775ae47594e1694

履正社(大阪)の前監督で、母校・東洋大姫路(兵庫)を率いて3年目で秋季近畿大会を17年ぶりに制した岡田龍生監督(63)と昨夏の甲子園で旋風を巻き起こした大社・石飛文太監督(43)の対談が実現した。「古豪復活へと導いた指導論」をテーマに、取材を通じて高校野球に携わる朝日新聞社・大坂尚子記者と日刊スポーツ新聞社・古財稜明記者との4人で熱く語り合った。

■まずは体作りから

古財 10月に練習試合をされたと聞きしました。

岡田 ちょうど私が東洋大に行った時に、石飛監督が馬庭君を連れてこられてて、その時に練習試合の話になりましてね。

石飛 東洋大姫路さんは「もう夏前じゃないか」って仕上がりで。プレーの考え、意図を選手が理解しているのがすごく伝わってきて。公式戦のつもりで勝ちにいきましたけど、3-6で負けました(笑い)。

大坂 夏は「大社旋風」で盛り上がりましたね。

岡田 ちょうど1回戦が兵庫の報徳学園だったもんですから。記者の人に聞いても、大社さんの評価も非常に高くて「わかりませんよ」って話やったんで。左の馬庭君が安定しているのと、足の速い選手が数人いると聞いていたので、楽しみにしていました。

大坂 特に3回戦の早実戦が話題となりましたね。

岡田 お互いの攻撃側、守備側がいろいろ駆使して。和泉監督もイチかバチかの策で内野5人シフトを取られて。あの場面でどういう指示を出されてたんかなと。ちょうど明治神宮大会の横浜戦でもそういう場面もあったもんですから。

古財 早実戦ではバント対策で左翼手がマウンドの三塁側付近にいましたね。

石飛 めちゃくちゃ近かったですね。あの時は左翼手の位置に気づくのが遅れて。そもそも左翼手がいなければ打たせようと思ってたので。イチかバチかの策にうちが策で返すのは違うかなって。結果的に策にハマりましたけど(笑い)。

古財 去年の春から低反発バットが導入されました。明治神宮大会では相手の監督が「東洋大姫路の長打力が頭一つ抜けている」と驚いていました。

岡田 春なんか特にほんと飛ばないなっていう印象が強くて。センバツでほとんどの監督さんが「低く強い打球」と言われていて。僕も確かにそうは思うんですけど、木のバットだったら外野の頭越さないんかって言ったら、そんなこともないんですね。ある人は言うんですよ。「大学生が低反発使って打っても、きちんと打つ」と。履正社ではほとんどの子は木で打撃練習をしてたので、僕は飛ばないっていう印象はあんまりなかったです。“折れなくなった木”っていうイメージしかなくて。きちんと打てば外野の頭も越すって感覚だったんですよ。

大坂 東洋大姫路でも同じような感覚ですか?

岡田 就任した時の体力的なレベルの差がかなりあったんですよ。平均体重も履正社と東洋大姫路やったら10キロも差があって。筋肉量の10キロってすごい差なんですよね。スイングスピードも15~20キロの差もありましたから。これは飛ばんなと。だからまずは体作りから入っていきましたね。

古財 大社は夏の島根大会では6試合で29盗塁と16犠打でした。低反発バットの影響はありましたか?

石飛 結局自分のポテンシャルに頼って、フライで外野に取られることが結構あったので、「低い打球」っていうのはずっと言い続けてました。攻撃でも自滅をしないことをテーマに掲げて。そういう意味ではバントにこだわったわけじゃないですけど、だいぶこだわってますよね(笑い)。

大坂 バントといえば早実戦で「できるやつ手上げろ」って言って、手を挙げたのが安松選手。試合中にベンチでそういう話し合いは結構されるんですか?

石飛 しますね。練習試合の時でも「ここでどうするかな」っていう時に聞いたり、僕がわからない時もあって。選手がどう考えているのかを練習、練習試合から探って、その時にいろんなアプローチかけていくんですけど。「行け」「行くぞ」「頼む」「どうする?」みたいな。その時は「どうする?」が良かったのかなみたいな感じでした。

大坂 それは選手の性格に合わせて言葉の使い方を変えているのですか?

石飛 「よっしゃ行け!」って言ったら、大体打てないので。采配とか、技術指導ができないので、できるとしたら人を見るところかなって。それでちょっとやってみたらうまくいくことが多くなったんで、「じゃあもうこれで行こう」って感じになりましたね。

■1対1で話する

古財 岡田監督は選手とのコミュニケーションは普段どうされてますか?

岡田 できるだけ取るようにしてますね。僕は選手を全員集めてミーティングする時も99%は聞いてないと思っています。だからその時は連絡事項ぐらいで。1対1で話をする方がこちらの意図も伝わるし、相手の話も聞けるので、そういう時間をつくることはここ10年くらい、履正社の時からそうでしたね。それが19年の夏に優勝できた1つの要因とちゃうかなと。先ほど石飛監督が言われてたのは、すごく今参考になりました。「頼むぞ」っていう言葉をかけた方がいい子もおれば、逆にすごく責任感が大きくなりすぎて力む場合もあるし。今の子どもらにはすごくマッチした指導かなと思いますね。

■土砂降りノック

古財 大社は「昭和Day」という練習を取り入れてましたね。

石飛 土砂降りの雨の中でずっとノックをやり続けただけなんですけど。大体、根性、魂、執念っていうチームなんですよ。甲子園から32年も遠ざかっていて、「じゃあ甲子園を知ってるのは誰だ」みたいな話になって。OBの外部コーチが2人いるんですけど、その方が32年前のエースと1学年下の方で。当時「雨中ノック」をやっていたみたいで。それをみんな楽しそうにやっているなと思ったら、キャプテンからグラブを渡されて、僕も一緒に飛び込んだみたいな。「そういうことじゃないんだよ」って言いましたけど(笑い)。何がなんでも甲子園行かんといけないと思って。

古財 そこで精神的な部分が鍛えられたんですね。

石飛 鍛えられますかね(笑い)。ただ、彼らは甲子園でそういうのが「ここ一番のスクイズに生きました」とか言ってるので。「よかった、昭和Dayやっといて」って(笑い)。

大坂 結構選手との距離は近い方ですよね。

石飛 近いと思います。でも甲子園に行かれるような監督さんはそういう関係性ではないと思うんで。普通は監督は泥水に飛び込まないので(笑い)。

大坂 岡田監督はそういうご経験ありますか?

岡田 生徒らにうさぎ跳びとか手押し車とかおんぶとか、僕らのやっていた時の練習の「1日体験会をやってみるか」って言ったら「いや、それはいいです」って言われましてね(笑い)。だから一番僕が困ったのは、高校の時に自分で考えて何かに取り組むことは一切学習したことがなくて、これが今思えば一番伸びなかった大きな原因かなと思って。自分で考えてさせることがすごく大事っていうのに気づいて、それは大切にしていますね。

古財 履正社でも主体性を重要視されていたのですか?

岡田 19年の春に星稜の奥川君(現ヤクルト)に17個三振取られて完敗して。春は3安打で0点、その後の定期戦では4安打で1点取ったんですね。春と定期戦の経験をもとに「どうやって打てるかいうのを考えて、毎日の打撃ケージに入る、毎日のシート打撃に入りなさい」という話はしたんですよ。そのために「あれしろ、この球打て」っていうことは一切言わなかったんですよ。それで夏は11安打してるんですね。そういう積み重ねが大事かなと思って。この間は1年生の子に休憩してる時に「次ご飯の後何時から練習?」って聞いたら黙るんですよ。「じゃあどうやって動き出そうとしてたんや」と聞いたら「周りが動いたら動こうと思ってました」って。それはもう根本的に考え方間違ってるわって。そういう子が今多くて。あいさつも周りがしたらしようかとか。

古財 石飛監督は選手たちの主体性の部分で何か感じる部分はありますか?

石飛 よく主体性があるって言われるんですけど、実際甲子園で僕がサイン出してないところで勝手に走ったり、僕も予期せぬことが起きたりとか。主体性を育んだつもりはないんですけど。僕も今5年目なんですけど、最初は厳しかったので、本当1から10まで全部言ってしまったりとか、僕が理想とする強度、雰囲気とか到達点に必ず毎日いかそうとしてて、いかなかったらしっくりこないし、それが指導者としてダメだと思って。22年夏に初戦で負けた時は、理想に近づけるのはもうちょっと無理だなと感じまして…。

古財 どんな感じで指導方針が変わったんですか?

石飛 最初は妥協から入ったんです。「もう言わんとこ。怒らんとこ。ちょっと1時間待ってみよう」みたいな。我慢の1年間を過ごして、妥協してたチームが3年生10人の時で、23年の春の県大会で優勝しちゃって。じゃあちょっと妥協しすぎんようにしようと思って、次の代はちょっとプラスっていうか、そういうのを積み重ねていったから去年の夏のベスト8につながったのかなって。まだよくわからないんですけど。

岡田 僕はよく子どもらに「やってる感あるか?」って聞くんですよ。「やらされてる感でやってても、うまくならんで」って。大社さんは「やってる感」が生まれている、そういう雰囲気で野球されてたんじゃないかな。「もう先生ゆっくりしといてください」みたいになればもうそれは究極。それぐらいの主体性を持ってやれたら、むちゃくちゃ強いチームになると思いますね。なかなか難しいですけどね(笑い)。

■甲子園行くぞ!

古財 最後に25年の目標を教えてください!

石飛 甲子園で2勝が107年ぶりで、ベスト8が93年ぶりで。この「何年ぶり」っていうのをもうやめたいですね(笑い)。去年のチームがベスト8なので、生徒たちは「次はベスト4」と言ってましたけど。ただ目的地が果てしなさすぎるので、ちょっと地に足つけて。大社にとっては125年目ですけど、この子らにとっては大事な1年なんで。「来年も」とかじゃなくて「このチームで何がなんでも甲子園行くぞ!」というふうな話はしました。

岡田 夏は11年から出てませんし、甲子園ではもう13年勝ってないので。まずセンバツに選んでいただいたら、なんとか甲子園で母校の校歌を歌えたらなと。今まで春夏で20回の出場はありますけども、これだけ間が空いたらリセットされて、初出場みたいな状況になってるので。何とかまた僕らの時代のようなレベルが安定して続けられるようなチーム、サイクルを作って、常勝軍団を目指したい。それのまず第1歩にしたいと思っています。

📝石川の高校野球をリードした名将3人が座談会
https://news.yahoo.co.jp/articles/9dc2ee59ce981a68c7a67c1b940c2ae0b2bc3ae5

長年、石川県の高校野球をリードしてきた3人の名将がステージに上がり当時の思い、そして未来を語り合うイベントが19日に開かれました。

かほく市で開かれたプレミアム座談会「明日への架け橋」に登壇したのは、元星稜監督の山下智茂さん、元遊学館監督の山本雅弘さん、元金沢、元鵬学園監督の浅井純哉さんの3人です。

甲子園出場をかけ、ライバルとして戦ってきた名将たちが、ステージの上で当時の思いを語りました。甲子園出場25回の星稜・山下さんも正直な気持ちを告白します。そして3人は、野球人口の減少に直面する今の指導者に向けて「野球が楽しめる環境を作ってほしい」とアドバイスを送りました。

📝青森山田・橋場前主将 県高野連から表彰「この上ない経験を積めた1年」
https://news.yahoo.co.jp/articles/1fa9e1ce1b8ab4b9ef3240e39c11ad7d333d61ce

2024年、夏の甲子園でキャプテンとして活躍した青森山田の橋場公祐さんが青森県高野連から表彰を受けました。
表彰式では県高野連の津島節会長から青森山田高校の橋場公祐さんに賞状が手渡されました。

県高野連は毎年、優秀な成績を残した選手1人を選出しています。橋場さんは2024年の夏の甲子園で、青森山田高校のキャプテンとして創部初のベスト4に導いたことや、学業成績などが評価されました。

【青森山田高校 橋場公祐前主将】「春のセンバツでは選手宣誓させてもらって、夏はベスト4、国スポでは旗手も務めさせていただいて、この上ない経験を積ませてもらった1年間だと思います」

青森山田は橋場さんに続き、後輩の活躍にも期待がかかっています。

24日に春のセンバツの出場校が決まります。東北地区の出場枠は3枠です。青森山田は秋の東北大会で準優勝していますから、3季連続の甲子園出場が濃厚となっています。
センバツ出場校は24日の午後3時半ごろから発表されます。
2025/01/20(月) 22時23分27秒 No.1549 編集 削除