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宏鈴法師(管理人) MAIL URL

お知らせ

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⚾今日の和歌山大会試合結果(2回戦)
4日目第1試合 田辺工-神島 9:02~11:39
          一二三四五六七八九十計HE
      田 辺 工0101200002671
      神  島0020000110475

4日目第2試合 和歌山東-南部龍神 12:22~13:46
          一二三四五六七八九十計HE
      南部龍神00000     031
      和歌山東13132x     10151

4日目第3試合 橋本-県和歌山 14:27~16:25
          一二三四五六七八九十計HE
      県和歌山200001000 371
      橋  本020000000 260

⚾明日の和歌山大会組み合わせ(5日目 2回戦)
  ☆ 09:00~  耐 久 -有貴串連合
 ☆☆ 11:30~  向 陽 -新宮/新翔
☆☆☆ 14:00~  田 辺 -市和 歌山

🎁テレビ和歌山 「めざせ甲子園 高校野球ハイライト」
https://vk.sportsbull.jp/koshien/video/abc/localbroadcast_movie/wakayama/koya106_localbroadcast_movie_wakayama_2024_2.html

7月13日大会3日目和歌山大会1回戦
初芝橋本 10−3 慶  風(7回コールド)
日  高  5−1 粉  河

【特集】
和歌山県高野連西上会長、高津理事長に聞く

💢まさかの事態で無念の没収試合も…夏の甲子園、地方大会「ギリギリの部員数」で戦った学校物語
https://news.yahoo.co.jp/articles/dfb00a6088b4e207e1f9f7fdb0142f6d6cdcfac7?page=1

夏の甲子園出場をかけた地方大会の熱戦もたけなわ。現在は部員が8人以下の学校同士による連合チームも認められているが、過去には部員9人ギリギリで大会に出場したチームが、試合中のアクシデントで人数不足になり、没収試合が適用されたケースもあった。

学校再編で閉校が決まり、部員9人で最後の夏にチャレンジしたチームが、没収試合という形で無念の幕切れを迎えたのが、2016年の和歌山大会だ。

センバツに3度出場し、1995年には同年夏の甲子園優勝校・帝京を1対0で下した輝かしい球歴を持つ伊都は、少子化と学区制廃止による生徒の減少から、15年から紀の川との統合校・伊都中央として再編され、16年度限りで閉校が決まった。

前年秋、3年生の引退後、残った7人の部員も一時は5人まで減ったが、森口幸太主将を中心に、必死に勧誘を続けた結果、新たに野球経験者が入部。「最後の夏、絶対に1勝して、支えてきた人に校歌を聴いてもらおう」を合言葉に、バスケット部からの助っ人1人も加えた全員3年生の9人ギリギリで県大会に出場した。

そして迎えた初戦(2回戦)の耐久戦、アクシデントが起きたのは、1対8とリードされた5回裏2死の守備中だった。ショートを守っていた柴田寿幸が突然足をつり、グラウンドに倒れ込んだ。熱中症の症状を起こしており、急きょ担架で運ばれた。

治療を受けている間、伊都の応援スタンドでは、生徒や父母が校歌を合唱し、歌い終えると、「頑張れ、柴田!」「戻って来い、柴田!」のエールを贈った。さらに耐久応援団からも「頑張れ、柴田!」の声援が沸き起こった。

だが、約20分後、「全身痙攣のような状態で、このまま試合に出場しつづけると生死に関わる」という理学療法士の判断をもとに、和歌山では戦後初の没収試合となり、規定により、伊都は0対9で敗れた。

試合終了後、整列して一礼する8人の選手たちには、スタンドから惜しみない拍手と「ようやった」「ありがとう」の声援が贈られた。

同校の養田晋一監督は「最後の大会というプレッシャーを支えきれなかった僕の責任。最後まで試合をさせてあげたかった」と悔やみながらも、「彼らが必死になってやっている姿は感動しました」と語っていた。

ベンチに控え選手が残っていたのに、負傷したのが守りの要のキーマンだったことから、断腸の思いの没収試合となったのが、94年の荒川商だ。

東東京大会1回戦、羽田工戦、部員11人で出場した荒川商は、3回2死二塁、中前安打で本塁を突いた二塁走者とクロスプレーになった際に、センターからの返球がそれ、捕手・木村武雄ののどを直撃した。

試合を中断して応急処置を行い、何とかスリーアウトまで漕ぎつけたが、その後、容態が悪化。4回の攻撃中、木村は唾も飲み込めないほど痛みが激しくなり、救急車で病院に搬送された。

この時点でベンチに2人の控え選手が残っていたので、交代すれば、試合続行は可能だった。だが、前年秋は部員わずか2人で、都大会も出場辞退するなど、野球をほとんど経験していない部員が多数を占めるとあって、守備の要である捕手の穴を埋めるのは、あまりにも荷が重過ぎた。

「(控えの)2人は技術的に未熟で、試合に出るのは危険。さらにけが人を出すわけにいかない」という高山昭彦監督の判断で試合続行を断念。荒川商はこの回に2点を返し、スコアは2対34だったが、夏の都大会初の没収試合で0対9の敗戦となった。

この結果、羽田工も大量34得点を記録しながら、本塁打を含む24安打のすべてが幻と消えた。

チームの大黒柱が試合中に両足をつり、交代可能な控え選手もいない。そんなあわや没収試合の危機を回避したばかりでなく、試合にも勝利したのが、19年の都大島だ。

東東京大会2回戦の明大中野戦、大島は5回までに3対0とリードしたが、変則フォームから140キロの速球を投げるエース兼主将の荒田奏斗が打席中に両足をつり、チームメイトに抱えられながら退場するアクシデントに見舞われた。

部員わずか7人の大島は、春の大会でも部員を派遣協力(部員5人以上のチームが他校からの借り受けを含め10人まで登録できるルール)してくれた文京からの3人を加え、10人で試合に臨んでいたが、3回に一塁手を交代していたため、この時点でベンチに控え選手は残っていなかった。

天野一道監督も「荒田がダメなら棄権だなと思いました。ほかの選手は試合で投げていないし、ストライクが入らない」と最悪の事態も覚悟した。

だが、荒田は「自分が行く。後ろに(投手が)いないので、投げ切るつもりでした」と大黒柱の責任感から、約6分の応急治療を受けると、再び打席に立った。

マウンドでは両足をつった状態で思うように投げられず、6回に四死球で無死一、二塁、7回に2死二、三塁、8回に2死二塁と毎回のようにピンチを招くが、バックの好守にも助けられ、151球を一人で投げ抜き、終わってみれば、5対0の5安打完封勝利。ウイニングボールの右飛をガッチリ掴んだ福田悠太郎は、文京からの助っ人であり、混成チームながら抜群のチームワークで見事初戦を突破した。

☟高校野球ベースコーチ「セーフ」のジェスチャーしないで 富山で徹底
ttps://news.yahoo.co.jp/articles/e2cb5bc36df91c5712c03cf634f7358446e36782

第106回全国高校野球選手権富山大会は13日から試合が始まる。今大会で県高野連は、打者や走者が塁に駆け込んだり、滑り込んだりした際、ベースコーチが「セーフ」のジェスチャーや発声をしないよう求めている。マナーアップの一環として徹底するという。

ベースコーチが大きな身ぶりでアピールする光景はかつて、プロ・アマ問わず、よく見られた。一方で「判定は審判に任すべきだ」という意識が浸透し、最近はあまり目にしなくなっている。ただ、完全になくなったわけではない。

今回禁止を呼びかけるきっかけになったのは、春季の県大会や北信越地区大会で、ベースコーチのジェスチャーが複数のチームで見られたことから。県高野連の西田秀幸審判長は「判定は、コーチがするものではない。ジェスチャーで判定が左右されることはなく、むしろ、滑稽に見える」と話す。そのうえで「指示されているわけではなく、どのチームも過去の流れで何となくやっている。もうやめるべき時だと思う」と述べた。

こうした行為の禁止は、富山大会に向けた責任教師・監督会議や、抽選会でも各チーム主将に説明された。4月にあった日本高野連審判規則委員会でも「重点指導事項」のマナーとして挙げられている。兵庫県高野連も「高校野球のマナーとルールを学ぼう」の中で取り上げ、「正規の判定者がいるのに、別の判定者がいるような状況を作り出してはいけません」などと説明している。

実際に富山大会でジェスチャーがあった時はどうするのか。気づいた審判が「次から、やめましょう」と声をかけるという。

📝直線距離1.4キロのライバル校が延長戦 試合後は友人にエール
https://vk.sportsbull.jp/koshien/articles/ASS7G2PNNS7GPXLB001M.html

(14日、第106回全国高校野球選手権和歌山大会2回戦 田辺工6―4神島)

七回2死。神島・吉田大和選手(2年)が打席に立った。目の前には、田辺工・樫本旬夏捕手(2年)が座っている。それまでの2打席は凡退していたが、この打席では初球を引っ張り左前に運んだ。

樫本捕手と同じ東陽中出身。休日には遊びに行く間柄だが、「試合の中では相手が誰かなんて考えない」。そのまま積極的に二塁を狙ったが、アウトになってしまった。

田辺市内にある両校は、JRきのくに線をはさみ、直線で約1・4キロ。練習試合も多く組まれ、春以降は2勝2敗の五分。互いを知り尽くしている。試合後に声を掛け合うこともある。

ライバル校らしく、この日はもつれて延長戦に。ただ自身は、得点には絡めなかった。

「悔しいけれど、樫本にはがんばってもらいたい」。試合後、勝者の友人にエールを送っていた。

💢城南菱創―福知山成美、雨で継続試合に 両校無得点の投手戦
https://news.yahoo.co.jp/articles/9cc08e1e92116ccc098b521507dc9ae226c989cf

(14日、第106回全国高校野球選手権京都大会3回戦 城南菱創―福知山成美)

あやべ・日東精工スタジアムの第2試合、城南菱創―福知山成美は五回表、0―0のまま雨が激しくなり、継続試合となった。雨中の投手戦の決着は15日に持ち越された。

城南菱創の辻川璃人さん(1年)は相手打線について「どこに投げても打たれる気がした」という。それでも直球で押して0点に抑えた。

「変化球が決まらなかったのが反省点といえば反省点。気持ちの面と体調管理を十分にして継続試合に臨みたい」

福知山成美の小沢快心さん(2年)は「ストライクゾーンに投げてどんどん打たせていこうと投げた」と振り返る。

継続試合については「途中からと考えず、一回と考えて投げたい。相手の振ってくれる球とか苦手な場所が分かったので、そこに投げて0点を刻みたい」と話した。

☝大体大浪商が五回コールドで好発進 創部100年にOB張本勲氏「『あっぱれ』と言わせろよ」
https://news.yahoo.co.jp/articles/93761e21fd1555b388814abdede4e4b8c1105687

第106回全国高校野球選手権大会大阪大会 (14日、大体大浪商10×-0桃山学院=五回コールド、シティ信金)初戦に臨んだ大体大浪商が五回コールドで桃山学院に勝ち、3回戦に駒を進めた。硬式野球部の創部100周年を迎えた超名門が順調に滑り出した。

打線は10安打を放ち、守っては無失点の五回コールド勝ち。浪商出身の中村好治監督(70)は夏初戦を戦い終え、感慨深げに語った。

「気持ちが結構入りますね。やっぱり選手と一緒。70歳を超えても新鮮です」

二回までは初戦特有の硬さから得点できなかったが、三回に打者一巡、14人の猛攻で一挙8点を奪った。四回にも1点追加し、五回1死三塁から隅野海祐外野手(3年)の右翼への適時打で10点目を奪い、コールド勝ちを決めた。

指揮官は「今までの2強(大阪桐蔭、履正社)から(優勝を争う)いろんなチームが出てきた。うちもその中の一つになるかなという手応えはある」とうなずいた。

日章学園(宮崎)の監督として同校初の甲子園に導き、その後は三重中京大の監督を経て三重の監督として2014年夏の甲子園準優勝も経験。愛知啓成の指揮をとったのち、昨秋に監督として52年ぶりに母校に帰還した。

昭和30年代~50年代にかけて大阪きっての強豪として甲子園出場は春夏通算36度、優勝は計4度果たした名門。甲子園は春は2002年、夏は牛島和彦、香川伸行のバッテリーで準優勝した1979年以来遠ざかっている。

同校OBで巨人などで歴代最多の通算3085安打をマークした張本勲氏(84)も中村監督を激励。「『あっぱれ』と言わせろよ。『喝』と言わせるな」とハッパをかけ、部員に10俵を超える米やヒレやサーロインの牛肉を大量差し入れしてサポートした。

奥野諦河主将(3年)は「非常においしかったです」と感謝し「甲子園から遠ざかっているので、この100周年という記念の年に甲子園に出ることが、OBや周りの方への一番の恩返し。それを絶対に達成する気持ちを持っています」と力を込めた。

👣関西学院・背番号1でイギリス生まれのウィリアムが先発「忘れられない最高の夏」
https://news.yahoo.co.jp/articles/66a94bd3b27a7cef56f432729725c0b849be0e74

<高校野球兵庫大会:明石商6-2関西学院>◇14日◇3回戦◇明石トーカロ

関西学院先発で背番号1のトーマス・ウィリアム投手(3年)は涙ぐみながらも笑顔だ。

「応援に勇気を与えるようなピッチングをしよう」という心境で臨んだ。イギリス生まれで父はイギリス人、母は日本人。中学から野球を始め、関西学院-明石商の試合を見て関西学院を志望。3回1/3を5失点も試合後は「やりきった。こんなに多くの応援が来てくれて、忘れられない最高の夏になった」と仲間に感謝した。

✌校名を変えた「名古屋たちばな」、春の王者を破る 監督「挑戦者の気持ちで思い切っていけた。選手たちのおかげ」
https://news.yahoo.co.jp/articles/4b3efee5f966c782c92afaace4d983076fab51e9

◇14日 全国高校野球選手権愛知大会3回戦 名古屋たちばな2―1享栄(岡崎レッドダイヤモンドスタジアム)

今春、愛産大工から校名を変えた名古屋たちばながシード校の享栄を撃破。春は名古屋地区予選でコールド負けした相手に雪辱を果たした。

三浦、中島、丹下の3投手の継投で享栄打線を5安打に封じ、1点リードを守り切った。

享栄・大藤監督の中京大中京時代の教え子である鈴木監督は「練習試合ではやられっぱなしで、挑戦者の気持ちで思い切っていけた。選手たちのおかげ」と喜びをかみしめた。

👣ナインぼうぜん…春の愛知王者・享栄、14年ぶり夏の初戦敗退 高校野球
https://news.yahoo.co.jp/articles/8e7ecea10fc2784e909ce3ed81240f71ca9dbe4c

愛知ではシード校が登場し、今春の県大会を制した享栄は初戦で敗退した。

春の王者がいきなり散った。昨夏4回戦で勝った名古屋たちばな(当時は愛産大工)に雪辱され、2010年以来14年ぶりの初戦敗退となった。1点差の緊迫した試合をものにできず、ナインはぼうぜん。一塁ベンチからはおえつが響いた。

大藤敏行監督(62)にとって、相手の鈴木将吾監督は中京大中京時代の教え子。「夏の初戦は厳しい戦いになると予想はしていたが…」と言葉少なに語った。

00年春を最後に甲子園から遠ざかる享栄。今春の県大会は5試合でわずか3失点と堅守が光り、8年ぶりに頂点に立った。この日も先発した2年生エース左腕・小山が5イニングを5安打1失点、2番手の3年生右腕・浜上が4イニングを2安打1失点と好投。堅守は健在だったが、打線が応えられなかった。

1回1死一、三塁で西久保颯内野手(3年)の適時打で1点を先制した後、好機をつくっても一本が出なかった。7回に逆転されても反撃できないまま、終わってみれば5安打に抑え込まれた。「春はバットが低反発に変わってどこも打てなかったが、夏もそうはいかない」と大藤監督。打力不足を敗因とした。

4番に座った西久保は4打数3安打、1打点と気を吐いた。ただ、4回2死一、二塁の場面で、二塁走者だった西久保は左前打で本塁を狙ったが、タッチアウトになった。「あの場面でホームにかえれていたら」と悔やんでも悔やみきれない。それでももう、夏は帰ってこない。「享栄の4番で打てたことに自信を持って上を目指して頑張りたい」。強豪校の誇りを胸に、3年生たちは次のステージへ向かう。
2024/07/14(日) 21時17分31秒 No.1277 編集 削除