自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
⚾今日の兵庫大会試合結果(5日目 2回戦)
明石トーカロ球場・・・市 尼 崎3-1県 伊 丹・彩星工科8-3星 陵
ウインク球場・・・・・淡路三原8-0雲 雀 丘(7回)・神国大付9x-8神港学園(10回タイブレーク)
⚾今日の三重大会試合結果(8日目 準々決勝)
津市営球場・・・・・・・・山 商8-1菰 野(8回)・津 西6-3昴 学 園
四日市市営霞ヶ浦球場・・・近大高専3xー2津田学園(10回タイブレーク)・三 重10x-0海 星(6回)
⚾明日の兵庫大会組み合わせ(6日目 3回戦)
明石トーカロ球場
10:00~ 須磨 学園- 高 砂
☆ 13:00~ 武庫荘総合-明 石 商
ウインク球場
10:00~ 東洋大姫路-尼 崎 工
☆ 13:00~ 社 - 洲 本
⚾明日の滋賀大会組み合わせ(7日目 準々決勝)
マイネットスタジアム皇子山
☆ 10:00~ 八 幡 商-光泉 カトリック
☆ 12:30~ 近 江 - 甲 西
HPLベースボールパーク
☆ 10:00~ 彦根 総合- 綾 羽
12:30~ 北 大 津-八日 市南
📝僕のタイブレーク球場観戦歴
① 15年 4月25日 佐藤薬品S 畝 傍 9-3奈良 大付(13回) 先攻勝利
② 15年 5月31日 倉敷 MS 創志 学園4-2松 江 商(13回) 先攻勝利
③ 18年 8月 6日 甲 子 園 佐久 長聖5-4旭 川 大(14回) 先攻勝利
④ 18年 8月12日 甲 子 園 済 美 13‐11 星 稜 (13回) 後攻勝利
⑤ 18年10月 3日 福井 県営 近 江 13‐12日 大 三(10回) 後攻勝利 (国体)
⑥ 18年10月13日 明石 トーカロ 報徳 学園3-2 社 (13回) 先攻勝利
⑦ 19年 5月 6日 皇 子 山 彦 根 東8-7 綾 羽 (13回) 後攻勝利
⑧ 19年10月26日 コカコーラ 矢 上 6-3 盈 進 (13回) 先攻勝利
⑨ 21年 7月23日 紀三 井寺 智弁和歌山3-2初芝 橋本(13回) 後攻勝利
⑩ 22年 3月20日 甲 子 園 近 江 6-2長崎 日大(13回) 先攻勝利
⑪ 22年 3月25日 甲 子 園 金光 大阪4-3木更津総合(13回) 後攻勝利
⑫ 22年 4月 9日 シティ 信金S 奈良学園大4-2神 戸 大(10回) 先攻勝利 (大学)
⑬ 22年10月 2日 ウイ ンク 社 4-2 育 英 (13回) 先攻勝利
⑭ 22年10月15日 倉敷 MS 周南公立大3-1環太平洋大(10回) 先攻勝利 (大学)
⑮ 22年10月15日 倉敷 MS 東 亜 大2-1吉備国際大(10回) 後攻勝利 (大学)
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⑯ 23年 3月28日 甲 子 園 報徳 学園5-4 東 邦 (10回) 後攻勝利
⑰ 23年 3月29日 甲 子 園 報徳 学園5-4仙台 育英(10回) 後攻勝利
⑱ 23年 4月16日 ダイムS伊勢 皇 學 館4ー3昴 学 園(10回) 後攻勝利
⑲ 23年 5月 1日 HMF神戸 関西国際大5-2天 理 大(10回) 先攻勝利 (大学)
⑳ 23年 5月13日 わかさ京都 京都 国際2-1龍谷大平安(10回) 後攻勝利
㉑ 23年 7月17日 浜 山 出 雲 工9-8 安 来 (10回) 後攻勝利
㉒ 23年 7月28日 紀三 井寺 市和 歌山5-4和歌 山北(11回) 後攻勝利
㉓ 23年 8月 6日 甲 子 園 土浦 日大8-3上 田 西(10回) 先攻勝利
㉔ 23年 8月13日 甲 子 園 山 陽 4-3大垣 日大(10回) 後攻勝利
㉕ 23年 8月16日 甲 子 園 慶 応 6-3 広 陵 (10回) 先攻勝利
㉖ 23年 8月26日 紀三 井寺 那 賀 6-2 桐 蔭 (10回) 先攻勝利
㉗ 23年 9月10日 G7スタジアム 彩星 工科4-3篠山 鳳鳴(10回) 後攻勝利
㉘ 23年10月15日 福井フェニックス 敦賀 気比11-5帝京 長岡(10回) 先攻勝利
㉙ 23年10月22日 シティ信金 京都 国際3-2 田 辺 (10回) 後攻勝利
㉚ 23年10月22日 シティ信金 京都外大西7-5彦根 総合(10回) 先攻勝利
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㉛ 24年 3月18日 甲 子 園 八学 光星5-3関 東 一(11回) 先攻勝利
㉜ 24年 3月18日 甲 子 園 熊本 国府2-1 近 江 (10回) 後攻勝利
㉝ 24年 3月22日 甲 子 園 報徳 学園3-2愛工大名電(10回) 後攻勝利
㉞ 24年 3月27日 甲 子 園 青森 山田6-5 広 陵 (10回) 後攻勝利
㉟ 24年 4月27日 紀三 井寺 市和 歌山6-3 田 辺 (10回) 先攻勝利
㊱ 24年 4月29日 ウイ ンク 須磨 翔風5-3神戸学院付(11回) 先攻勝利
㊲ 24年 5月 3日 HMF神戸 大阪体育大6-5甲 南 大(10回) 先攻勝利(大学)
㊳ 24年 5月 6日 マイネット皇子山 八 幡 商3-2比 叡 山(10回) 先攻勝利
㊴ 24年 5月19日 長 良 川 菰 野 6-5県岐 阜商(10回) 先攻勝利
㊵ 24年 7月22日 紀三 井寺 田 辺 9-8新宮/新翔(10回) 後攻勝利
㊶ 24年 8月 7日 甲 子 園 智弁 学園9-6岐阜 城北(11回) 先攻勝利
㊷ 24年 8月17日 甲 子 園 大 社 3-2早稲 田実(11回) 後攻勝利
㊸ 24年 9月 8日 高 砂 神 戸 一6-5 滝 川 (11回) 先攻勝利
㊹ 24年 9月28日 明石 トーカロ 東洋大姫路10-4神戸国際付(10回) 先攻勝利
㊺ 24年10月27日 浜 山 米子 松蔭4-3 盈 進 (11回) 後攻勝利
㊻ 24年11月 9日 甲賀 市民 河 南 3ー2 天 理 (11回) 後攻勝利(軟式)
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㊼ 25年 3月18日 甲 子 園 健大 高崎3-1明徳 義塾(10回) 先攻勝利
㊽ 25年 3月26日 甲 子 園 浦 和 実12-4聖光 学院(10回) 先攻勝利
㊾ 25年 4月26日 岡山 県営 福 山 大7-4川崎医療大(10回) 後攻勝利(大学)
㊿ 25年 4月27日 ウイ ンク 明 石 商5-4神戸学院付(10回) 先攻勝利
51 25年 5月11日 GOSANDO 履 正 社4-2関大 北陽(11回) 先攻勝利
52 25年 6月 1日 倉敷 MS 創志 学園2-1岡山 東商(10回) 先攻勝利
53 25年 7月 6日 わかさ京都 京都 文教9-8京都すばる(10回) 後攻勝利
54 25年 8月 6日 甲 子 園 開 星 6-5宮 崎 商(10回) 後攻勝利
55 25年 8月 7日 甲 子 園 津田 学園5-4 叡 明 (12回) 後攻勝利
56 25年 8月 9日 甲 子 園 佐 賀 北5-4青藍 泰斗(10回) 後攻勝利
57 25年 8月24日 紀三 井寺 向 陽 8-7 海 南 (10回) 後攻勝利
58 25年10月 6日 わかさ京都 龍谷大平安2-1 乙 訓 (11回) 後攻勝利
59 25年11月15日 ウイ ンク 天 理 2-1あべの翔学(10回) 先攻勝利(軟式)
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60 26年 3月19日 甲 子 園 八学 光星15-6 崇 徳 (10回) 先攻勝利
61 26年 3月25日 甲 子 園 智弁 学園2-1神村 学園(10回) 先攻勝利
62 26年 4月11日 ならっきー 奈 良 北3-2 奈 良 (10回) 先攻勝利
63 26年 5月31日 浜 山 創志 学園4-3 開 星 (10回) 後攻勝利
64 26年 7月25日 倉敷 MS 岡山学芸館3-2 山 陽 (10回) 後攻勝利
65 26年 8月09日 甲 子 園 鳴門 渦潮2-1八王子実践(10回) 後攻勝利
66 26年 9月12日 ベイ コム 滝 川 二4-3関西 学院(10回) 後攻勝利
67 26年 9月13日 G7スタジアム 雲雀丘学園2-1明 石 北(10回) 先攻勝利
68 26年 9月13日 G7スタジアム 西宮苦楽園4-3 津 名 (11回) 後攻勝利
69 26年 9月21日 ウイ ンク 神戸国際付9-8神港 学園(10回) 後攻勝利
☟第79回秋季東海地区高等学校野球三重県大会(9月21日の試合について)
https://mie-kouyaren.com/2026/09/21/%e7%ac%ac79%e5%9b%9e%e7%a7%8b%e5%ad%a3%e6%9d%b1%e6%b5%b7%e5%9c%b0%e5%8c%ba%e9%ab%98%e7%ad%89%e5%ad%a6%e6%a0%a1%e9%87%8e%e7%90%83%e4%b8%89%e9%87%8d%e7%9c%8c%e5%a4%a7%e4%bc%9a%ef%bc%889%e6%9c%8821/
【9月21日実施の準々決勝戦について】
以下の通り、県内2球場で実施します。
[四日市市営霞ヶ浦第一野球場]
・第1試合:津田学園 - 近大高専(10:00開始予定)
・第2試合:三 重 - 海 星(14:00開始予定)
*前売券入場時間 → 8:30
*当日券入場時間 → 9:00
[津球場公園内野球場]
・第1試合:宇治山田商 - 菰 野(11:00開始予定)
・第2試合:津 西 - 昴 学 園(14:30開始予定)
*前売券入場時間 → 9:30
*当日券入場時間 → 10:00
※津球場の試合は、グラウンド状況不良のため、当初の予定から開始時間が変更となっているため、ご注意ください。
さらに、試合開始時刻変更に伴い、前売券、当日券ともに入場時間も変更となっております。
📣令和8年度秋季近畿地区高等学校野球大会大阪府予選組合せ
http://www.ohbl.sakura.ne.jp/2-taikaikankei/kumiawase/26_03aki/26_aki_yagura_5kaisenikou.pdf
なんと9月27日の準々決勝がGOSANDO南港球場で9時から4試合組まれてますね!!天気が非常に心配ではありますが・・・・・。
👣神港学園 神戸国際大付と延長10回TB激闘の末サヨナラ負け 北原直也監督「気持ちの差」
https://news.yahoo.co.jp/articles/05311d9f017df19e3ba0735d577ff88c0cc93ca7
◇秋季高校野球 兵庫県大会2回戦 神港学園8―9神戸国際大付(2026年9月21日 ウインク姫路)
2010年以来17年ぶりの来春選抜出場を目指した神港学園は、神戸国際大付と延長10回タイブレークの激闘を演じたものの、あと一歩届かなかった。
打線は初回から果敢に4安打を集め、2点を先制。2―2の同点に追いつかれた直後の3回にも相手バッテリーミスなどにつけこんで4得点と、試合の主導権を握ったかに思われた。だが神戸国際大付打線の前には、4点差もセーフティーリードではなかった。
先発した背番号11右腕・桧山耀生(1年)は粘りの投球を展開したものの、2、3回にそれぞれ長打を含む各2安打を浴び、4回4安打4失点で降板。5回から登板した背番号1の本格派右腕・今津斗槙(2年)も6回に2点を失うと、続く7回先頭に本塁打を浴びて、同点に追いつかれた。そして8―7で迎えた10回に自らの暴投などで2点を失い、サヨナラ負けを喫した。
北原直也監督は惜敗を悔しがりつつ、「強い気持ちを持つ、というね。この場所(公式戦の勝負どころ)で出せるものを、ちゃんとつくらないと。練習、練習試合では出来ていたことが、ここで出来たのか?というのはある。(相手との差は)そこの部分ですね。最後、(相手は)代打で出てきて、あの場面で1球目を仕留めるという。その差やと思います」と課題も掲げた。充実の投手力、堅実な守備力に加えて、オフの間に精神力も鍛えあげ、来春以降の雪辱を期す。
☝宇治山田商のエース・二ノ宮光平が166球完投から中1日で好投 チームを準決勝に導く
https://news.yahoo.co.jp/articles/df64c8e19d98ea2d5ec6cc68778e1d3b83c9faef
◇21日 秋季高校野球三重県大会準々決勝 宇治山田商8―1菰野(津市営球場)=8回コールドゲーム
宇治山田商が菰野にコールドで大勝。タフネス左腕・二ノ宮光平投手(2年)が6イニング1失点で試合をつくり、東海大会まであと1勝に導いた。
19日の皇学館との3回戦では166球を投じ、12奪三振で完投。中1日での先発となったこの日は初回こそ三者凡退に抑えたものの、3回に菰野の小林に直球を引っ張られた。バットの先だったが、津市内で最大10メートル以上が観測された風に乗って左翼スタンドに運ばれた。
ただ4回に再び小林と対戦した際には「絶対に抑えようと思った」と一段とギアを上げた。直球を3球投じ、三邪飛に打ち取った。
次戦は再び中1日ということもあり、二ノ宮は野手か指名打者での出場となる可能性が高いが、「先発で行く気持ちでいます」と準備は怠らない。「どこと対戦したいというのはない。強いチームとやりたい」と一直線に大舞台を目指す。
明石トーカロ球場・・・市 尼 崎3-1県 伊 丹・彩星工科8-3星 陵
ウインク球場・・・・・淡路三原8-0雲 雀 丘(7回)・神国大付9x-8神港学園(10回タイブレーク)
⚾今日の三重大会試合結果(8日目 準々決勝)
津市営球場・・・・・・・・山 商8-1菰 野(8回)・津 西6-3昴 学 園
四日市市営霞ヶ浦球場・・・近大高専3xー2津田学園(10回タイブレーク)・三 重10x-0海 星(6回)
⚾明日の兵庫大会組み合わせ(6日目 3回戦)
明石トーカロ球場
10:00~ 須磨 学園- 高 砂
☆ 13:00~ 武庫荘総合-明 石 商
ウインク球場
10:00~ 東洋大姫路-尼 崎 工
☆ 13:00~ 社 - 洲 本
⚾明日の滋賀大会組み合わせ(7日目 準々決勝)
マイネットスタジアム皇子山
☆ 10:00~ 八 幡 商-光泉 カトリック
☆ 12:30~ 近 江 - 甲 西
HPLベースボールパーク
☆ 10:00~ 彦根 総合- 綾 羽
12:30~ 北 大 津-八日 市南
📝僕のタイブレーク球場観戦歴
① 15年 4月25日 佐藤薬品S 畝 傍 9-3奈良 大付(13回) 先攻勝利
② 15年 5月31日 倉敷 MS 創志 学園4-2松 江 商(13回) 先攻勝利
③ 18年 8月 6日 甲 子 園 佐久 長聖5-4旭 川 大(14回) 先攻勝利
④ 18年 8月12日 甲 子 園 済 美 13‐11 星 稜 (13回) 後攻勝利
⑤ 18年10月 3日 福井 県営 近 江 13‐12日 大 三(10回) 後攻勝利 (国体)
⑥ 18年10月13日 明石 トーカロ 報徳 学園3-2 社 (13回) 先攻勝利
⑦ 19年 5月 6日 皇 子 山 彦 根 東8-7 綾 羽 (13回) 後攻勝利
⑧ 19年10月26日 コカコーラ 矢 上 6-3 盈 進 (13回) 先攻勝利
⑨ 21年 7月23日 紀三 井寺 智弁和歌山3-2初芝 橋本(13回) 後攻勝利
⑩ 22年 3月20日 甲 子 園 近 江 6-2長崎 日大(13回) 先攻勝利
⑪ 22年 3月25日 甲 子 園 金光 大阪4-3木更津総合(13回) 後攻勝利
⑫ 22年 4月 9日 シティ 信金S 奈良学園大4-2神 戸 大(10回) 先攻勝利 (大学)
⑬ 22年10月 2日 ウイ ンク 社 4-2 育 英 (13回) 先攻勝利
⑭ 22年10月15日 倉敷 MS 周南公立大3-1環太平洋大(10回) 先攻勝利 (大学)
⑮ 22年10月15日 倉敷 MS 東 亜 大2-1吉備国際大(10回) 後攻勝利 (大学)
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⑯ 23年 3月28日 甲 子 園 報徳 学園5-4 東 邦 (10回) 後攻勝利
⑰ 23年 3月29日 甲 子 園 報徳 学園5-4仙台 育英(10回) 後攻勝利
⑱ 23年 4月16日 ダイムS伊勢 皇 學 館4ー3昴 学 園(10回) 後攻勝利
⑲ 23年 5月 1日 HMF神戸 関西国際大5-2天 理 大(10回) 先攻勝利 (大学)
⑳ 23年 5月13日 わかさ京都 京都 国際2-1龍谷大平安(10回) 後攻勝利
㉑ 23年 7月17日 浜 山 出 雲 工9-8 安 来 (10回) 後攻勝利
㉒ 23年 7月28日 紀三 井寺 市和 歌山5-4和歌 山北(11回) 後攻勝利
㉓ 23年 8月 6日 甲 子 園 土浦 日大8-3上 田 西(10回) 先攻勝利
㉔ 23年 8月13日 甲 子 園 山 陽 4-3大垣 日大(10回) 後攻勝利
㉕ 23年 8月16日 甲 子 園 慶 応 6-3 広 陵 (10回) 先攻勝利
㉖ 23年 8月26日 紀三 井寺 那 賀 6-2 桐 蔭 (10回) 先攻勝利
㉗ 23年 9月10日 G7スタジアム 彩星 工科4-3篠山 鳳鳴(10回) 後攻勝利
㉘ 23年10月15日 福井フェニックス 敦賀 気比11-5帝京 長岡(10回) 先攻勝利
㉙ 23年10月22日 シティ信金 京都 国際3-2 田 辺 (10回) 後攻勝利
㉚ 23年10月22日 シティ信金 京都外大西7-5彦根 総合(10回) 先攻勝利
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㉛ 24年 3月18日 甲 子 園 八学 光星5-3関 東 一(11回) 先攻勝利
㉜ 24年 3月18日 甲 子 園 熊本 国府2-1 近 江 (10回) 後攻勝利
㉝ 24年 3月22日 甲 子 園 報徳 学園3-2愛工大名電(10回) 後攻勝利
㉞ 24年 3月27日 甲 子 園 青森 山田6-5 広 陵 (10回) 後攻勝利
㉟ 24年 4月27日 紀三 井寺 市和 歌山6-3 田 辺 (10回) 先攻勝利
㊱ 24年 4月29日 ウイ ンク 須磨 翔風5-3神戸学院付(11回) 先攻勝利
㊲ 24年 5月 3日 HMF神戸 大阪体育大6-5甲 南 大(10回) 先攻勝利(大学)
㊳ 24年 5月 6日 マイネット皇子山 八 幡 商3-2比 叡 山(10回) 先攻勝利
㊴ 24年 5月19日 長 良 川 菰 野 6-5県岐 阜商(10回) 先攻勝利
㊵ 24年 7月22日 紀三 井寺 田 辺 9-8新宮/新翔(10回) 後攻勝利
㊶ 24年 8月 7日 甲 子 園 智弁 学園9-6岐阜 城北(11回) 先攻勝利
㊷ 24年 8月17日 甲 子 園 大 社 3-2早稲 田実(11回) 後攻勝利
㊸ 24年 9月 8日 高 砂 神 戸 一6-5 滝 川 (11回) 先攻勝利
㊹ 24年 9月28日 明石 トーカロ 東洋大姫路10-4神戸国際付(10回) 先攻勝利
㊺ 24年10月27日 浜 山 米子 松蔭4-3 盈 進 (11回) 後攻勝利
㊻ 24年11月 9日 甲賀 市民 河 南 3ー2 天 理 (11回) 後攻勝利(軟式)
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㊼ 25年 3月18日 甲 子 園 健大 高崎3-1明徳 義塾(10回) 先攻勝利
㊽ 25年 3月26日 甲 子 園 浦 和 実12-4聖光 学院(10回) 先攻勝利
㊾ 25年 4月26日 岡山 県営 福 山 大7-4川崎医療大(10回) 後攻勝利(大学)
㊿ 25年 4月27日 ウイ ンク 明 石 商5-4神戸学院付(10回) 先攻勝利
51 25年 5月11日 GOSANDO 履 正 社4-2関大 北陽(11回) 先攻勝利
52 25年 6月 1日 倉敷 MS 創志 学園2-1岡山 東商(10回) 先攻勝利
53 25年 7月 6日 わかさ京都 京都 文教9-8京都すばる(10回) 後攻勝利
54 25年 8月 6日 甲 子 園 開 星 6-5宮 崎 商(10回) 後攻勝利
55 25年 8月 7日 甲 子 園 津田 学園5-4 叡 明 (12回) 後攻勝利
56 25年 8月 9日 甲 子 園 佐 賀 北5-4青藍 泰斗(10回) 後攻勝利
57 25年 8月24日 紀三 井寺 向 陽 8-7 海 南 (10回) 後攻勝利
58 25年10月 6日 わかさ京都 龍谷大平安2-1 乙 訓 (11回) 後攻勝利
59 25年11月15日 ウイ ンク 天 理 2-1あべの翔学(10回) 先攻勝利(軟式)
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60 26年 3月19日 甲 子 園 八学 光星15-6 崇 徳 (10回) 先攻勝利
61 26年 3月25日 甲 子 園 智弁 学園2-1神村 学園(10回) 先攻勝利
62 26年 4月11日 ならっきー 奈 良 北3-2 奈 良 (10回) 先攻勝利
63 26年 5月31日 浜 山 創志 学園4-3 開 星 (10回) 後攻勝利
64 26年 7月25日 倉敷 MS 岡山学芸館3-2 山 陽 (10回) 後攻勝利
65 26年 8月09日 甲 子 園 鳴門 渦潮2-1八王子実践(10回) 後攻勝利
66 26年 9月12日 ベイ コム 滝 川 二4-3関西 学院(10回) 後攻勝利
67 26年 9月13日 G7スタジアム 雲雀丘学園2-1明 石 北(10回) 先攻勝利
68 26年 9月13日 G7スタジアム 西宮苦楽園4-3 津 名 (11回) 後攻勝利
69 26年 9月21日 ウイ ンク 神戸国際付9-8神港 学園(10回) 後攻勝利
☟第79回秋季東海地区高等学校野球三重県大会(9月21日の試合について)
https://mie-kouyaren.com/2026/09/21/%e7%ac%ac79%e5%9b%9e%e7%a7%8b%e5%ad%a3%e6%9d%b1%e6%b5%b7%e5%9c%b0%e5%8c%ba%e9%ab%98%e7%ad%89%e5%ad%a6%e6%a0%a1%e9%87%8e%e7%90%83%e4%b8%89%e9%87%8d%e7%9c%8c%e5%a4%a7%e4%bc%9a%ef%bc%889%e6%9c%8821/
【9月21日実施の準々決勝戦について】
以下の通り、県内2球場で実施します。
[四日市市営霞ヶ浦第一野球場]
・第1試合:津田学園 - 近大高専(10:00開始予定)
・第2試合:三 重 - 海 星(14:00開始予定)
*前売券入場時間 → 8:30
*当日券入場時間 → 9:00
[津球場公園内野球場]
・第1試合:宇治山田商 - 菰 野(11:00開始予定)
・第2試合:津 西 - 昴 学 園(14:30開始予定)
*前売券入場時間 → 9:30
*当日券入場時間 → 10:00
※津球場の試合は、グラウンド状況不良のため、当初の予定から開始時間が変更となっているため、ご注意ください。
さらに、試合開始時刻変更に伴い、前売券、当日券ともに入場時間も変更となっております。
📣令和8年度秋季近畿地区高等学校野球大会大阪府予選組合せ
http://www.ohbl.sakura.ne.jp/2-taikaikankei/kumiawase/26_03aki/26_aki_yagura_5kaisenikou.pdf
なんと9月27日の準々決勝がGOSANDO南港球場で9時から4試合組まれてますね!!天気が非常に心配ではありますが・・・・・。
👣神港学園 神戸国際大付と延長10回TB激闘の末サヨナラ負け 北原直也監督「気持ちの差」
https://news.yahoo.co.jp/articles/05311d9f017df19e3ba0735d577ff88c0cc93ca7
◇秋季高校野球 兵庫県大会2回戦 神港学園8―9神戸国際大付(2026年9月21日 ウインク姫路)
2010年以来17年ぶりの来春選抜出場を目指した神港学園は、神戸国際大付と延長10回タイブレークの激闘を演じたものの、あと一歩届かなかった。
打線は初回から果敢に4安打を集め、2点を先制。2―2の同点に追いつかれた直後の3回にも相手バッテリーミスなどにつけこんで4得点と、試合の主導権を握ったかに思われた。だが神戸国際大付打線の前には、4点差もセーフティーリードではなかった。
先発した背番号11右腕・桧山耀生(1年)は粘りの投球を展開したものの、2、3回にそれぞれ長打を含む各2安打を浴び、4回4安打4失点で降板。5回から登板した背番号1の本格派右腕・今津斗槙(2年)も6回に2点を失うと、続く7回先頭に本塁打を浴びて、同点に追いつかれた。そして8―7で迎えた10回に自らの暴投などで2点を失い、サヨナラ負けを喫した。
北原直也監督は惜敗を悔しがりつつ、「強い気持ちを持つ、というね。この場所(公式戦の勝負どころ)で出せるものを、ちゃんとつくらないと。練習、練習試合では出来ていたことが、ここで出来たのか?というのはある。(相手との差は)そこの部分ですね。最後、(相手は)代打で出てきて、あの場面で1球目を仕留めるという。その差やと思います」と課題も掲げた。充実の投手力、堅実な守備力に加えて、オフの間に精神力も鍛えあげ、来春以降の雪辱を期す。
☝宇治山田商のエース・二ノ宮光平が166球完投から中1日で好投 チームを準決勝に導く
https://news.yahoo.co.jp/articles/df64c8e19d98ea2d5ec6cc68778e1d3b83c9faef
◇21日 秋季高校野球三重県大会準々決勝 宇治山田商8―1菰野(津市営球場)=8回コールドゲーム
宇治山田商が菰野にコールドで大勝。タフネス左腕・二ノ宮光平投手(2年)が6イニング1失点で試合をつくり、東海大会まであと1勝に導いた。
19日の皇学館との3回戦では166球を投じ、12奪三振で完投。中1日での先発となったこの日は初回こそ三者凡退に抑えたものの、3回に菰野の小林に直球を引っ張られた。バットの先だったが、津市内で最大10メートル以上が観測された風に乗って左翼スタンドに運ばれた。
ただ4回に再び小林と対戦した際には「絶対に抑えようと思った」と一段とギアを上げた。直球を3球投じ、三邪飛に打ち取った。
次戦は再び中1日ということもあり、二ノ宮は野手か指名打者での出場となる可能性が高いが、「先発で行く気持ちでいます」と準備は怠らない。「どこと対戦したいというのはない。強いチームとやりたい」と一直線に大舞台を目指す。
⚾今日の和歌山大会一次予選試合結果(最終日 代表決定戦 紀三井寺球場)
那 賀6-0熊 野・和歌山東8-2高 野 山
那賀・和歌山東は二次予選進出決定!!
⚾今日の兵庫大会試合結果(4日目 2回戦)
明石トーカロ球場・・・東洋姫路7xー0三田松聖(8回)・神戸弘陵12-0御 影(5回)
ウインク球場・・・・・尼 崎 工4-1小 野・苦 楽 園6-2龍 野 北
高砂球場・・・・・・・報徳学園7-0相 生 産(7回)・神院大付11-3加古川西(7回)
⚾明日の兵庫大会組み合わせ(4日目 2回戦)
明石トーカロ球場
10:00~ 市 尼 崎-県 伊 丹
13:00~ 星 陵 -彩星 工科
ウインク球場
☆☆ 10:00~ 神戸国際付-神港 学園
☆ 13:00~ 雲雀丘学園-淡路 三原
⚾明日の三重大会組み合わせ(8日目 準々決勝)
津市営球場
☆☆ 10:00~ 宇治山田商- 菰 野
14:00~ 津 西 -昴 学 園
四日市市営霞ヶ浦球場
☆ 10:00~ 津田 学園-近大 高専
☆☆☆ 14:00~ 三 重 - 海 星
💢大型映像装置の故障による使用停止について
https://www.kimiidera-park.com/%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B/#gsc.tab=0
現在、落雷の影響(雷サージ)により、施設内の大型映像装置に不具合が発生し、使用できない状態となっております。
現在、メーカーによる原因究明および復旧作業を進めておりますが、専門部品の調達や詳細な調査が必要なため、現時点では復旧の目途が立っておりません。
復旧の目途が立ち次第、改めて当ホームページにてお知らせいたします。
📝令和8年度 秋季近畿地区高等学校野球大会 県二次予選組み合わせ表
https://www.whbf.jp/uploads/20260920134600_eGJi.pdf
※加盟校が国民スポーツ大会へ出場する場合は、大会日程を変更することがあります。
※日程はやむを得ず変更する場合がありますので、ご了承ください。
※全試合有料試合とします。
📝山商など8強出そろう 秋の高校野球県大会 三重
https://news.yahoo.co.jp/articles/86bfb303e612cfb50d8e8d185177085f0bd9d8b6
第79回秋季東海地区高校野球県大会は19日、津球場公園内、四日市市営霞ケ浦第一、ドリームオーシャンスタジアム(県営松阪)、ダイムスタジアム伊勢の4球場で3回戦8試合が行われ、ベスト8が出そろった。
準々決勝の4試合は21日に津球場公園内、四日市市営霞ケ浦第一の2球場で行われる。組み合わせは宇治山田商―菰野▽津田学園―近大高専▽津西―昴学園▽三重―海星に決まった。
ベスト8進出の8校のうち、三重は津工打線に10安打を浴びながら14安打を放ち、16―6の七回コールド勝ちを収めた。
宇治山田商は皇學館を4―3で退け、先発左腕二ノ宮光平は9回4安打、12奪三振、3失点(自責点0)で完投した。
菰野は津商を2―1で下し、八回に1年生の6番平田琉輝也が左前に決勝適時打を放った。
津田学園は1―1で迎えた八回、敵失に足を絡めて一挙5得点して鈴鹿を6―1で振り切った。
海星は2―2で迎えた九回裏、9番濱井蘭虎の内野適時打で3―2のサヨナラ勝ち。
近大高専は三回に4点を奪うとその後も小刻みに加点し松阪商に7―2で勝利。
3時間を超える試合になった津西―明野は、津西が明野の追い上げをかわして13―7で勝利した。
☝元阪神の78歳老将・片岡監督が「甲子園最年長」へ第一歩踏み出す!大病乗り越え目指す64年ぶり聖地
https://news.yahoo.co.jp/articles/4001c65c0d561c65d09d8a94276d3b8b5b022523
「秋季高校野球広島大会・1回戦、呉港8-1広島工大高」(20日、鶴岡一人記念球場)
優勝候補の一角でもある古豪・呉港が、広島工大高を8-1で7回コールド勝ちした。阪神などで活躍した元プロの片岡新之介監督(78)は、2027年春のセンバツ出場を果たせば、大会時点で79歳4カ月。春夏を通じた甲子園史上最高齢監督となる。昨年夏には大腸がんの手術を受けたベテラン指揮官が、大病を乗り越え歴史的な挑戦への第一歩を踏み出した。
コールド発進にも片岡監督は表情を引き締めた。7回を投げて10奪三振、1失点のエース・大越友翔投手(2年)について「背番号1の重みを感じたのか、体も気持ちも少し重たかった」と振り返った。続けて「本人も分かっている。次に向けて自分で準備して、あとは試合で投げるだけ」と責めることなく奮起を促した。
目指すのは一人の力に頼らない野球だ。春から成長を続ける上杉翔真投手(2年)も控え、投手陣の層は厚みを増した。「一人だけで勝ち上がれるわけではない。全員が一番になるという思いを持つことが大切。初心を忘れず、気持ちを整えて次の試合に向かってほしい」と力を込めた。
今春に59年ぶりに広島大会を制した呉港にとって、甲子園は1963年に出場してから遠ざかっている。監督にとっても最高齢記録がかかる。専大松戸・持丸修一監督が今春に達成した77歳11カ月。春夏を通じた甲子園の最高齢記録は、大垣日大・阪口慶三監督が23年夏に記録した79歳3カ月だ。片岡監督が来春の聖地に立てば79歳4カ月となり、二つの記録を塗り替える。
昨夏の大会後には大腸がんの手術を受けた。甲子園最年長記録に「それは実現させたいですね」と歴史的な挑戦に意欲を示した。体調も「口が元気だから大丈夫。子どもたちと一緒に野球をやっていることが一番の薬です」と笑った。
西鉄、阪神、阪急で捕手として16年間プレーし、現役引退後は広島で17年間コーチを務めた。プロの世界で培った経験と勝負への執念は、78歳となった今も変わらない。「『内容が良かった』、『惜しかった』では終わりたくない。どんな形でも最後に勝っていればいい」。結果にこだわる言葉に、元プロ監督の意地がにじんだ。
ただ、視線は足元に向く。「まだスタートしたばかり。県内には力のあるチーム、私たちが挑戦しないといけないチームがたくさんある。一戦一戦、目の前の相手としっかり戦っていきたい」。大病を乗り越えた老将が、79歳での甲子園を見据え、一歩ずつ勝利を積み重ねていく。
📝東洋大姫路が“県勢52年ぶり”へ16強入り 岡田龍生監督「チームの出来はまだまだ半分」
https://news.yahoo.co.jp/articles/2b6b2ba1765a16a862e2a19c75331bb9a990d813
◇秋季高校野球 兵庫県大会2回戦 東洋大姫路7―0三田松聖(2026年9月20日 明石トーカロ)
3年連続の選抜切符を目指す東洋大姫路が、8回コールド勝利で16強入りを決めた。
先発・保井蒼空(1年)が7回2安打無失点と試合をつくった。「絶対に点をやらないことを心がけて投げました。低めに集めて、打たせて取ろうと思って、そこはできたと思います」。1年春から背番号18でベンチ入りし、今大会は背番号20を背負う1年生右腕。1メートル82、84キロの恵まれた体格から繰り出す最速136キロの直球にカーブ、スライダー、フォークなどを効果的に織り交ぜ、相手打線に凡打の山を築かせた。
打線も2、3、4、7回と効果的に加点。最後は6―0の8回1死満塁からスクイズで7点目を挙げ、コールド勝ちを決めた。この日はDHを含む先発メンバー10人中、6人が1年生。下級生主体のチームで、県内の実力校相手に完勝した。
U―18侍ジャパンの監督として「第14回BFA U18アジア選手権」で準優勝し、14日に帰国した岡田龍生監督が、チームに復帰して初戦。指揮官は完勝劇にも「(スタメンの1年生6人は)夏を経験をして“これか”というのはあります。保井も、もうちょっと球速が出ないと。チームの出来としては、まだまだですね。(100%の)半分いくか、いかないくらいですね」と手厳しい。その上で「ただ秋というのは、ガッと変わってくることがある。勝って1週間、勝って1週間を過ごすうちに力を付けてくる。そこに期待したいと思っています」と奮起を促した。
チームは目下、今春まで2年連続で選抜に出場中。3年連続となれば、兵庫県勢では73~75年の報徳学園以来7校目となる。52年ぶりの快挙へ向け、日進月歩の成長を期す。
📝神戸弘陵が継投ノーヒットノーランで快勝16強 充実投手陣で28年ぶり聖地へ前進
https://news.yahoo.co.jp/articles/b76207bbf4b22f68a33482b143419bb5403e1aae
◇秋季高校野球 兵庫県大会2回戦 神戸弘陵12―0御影(2026年9月20日 明石トーカロ)
1999年以来28年ぶり5度目の選抜出場を目指す神戸弘陵が、御影を5回コールドで圧倒し、16強入りを決めた。
打線が、初回から得点を積み重ねた。制球に苦しむ相手先発投手を攻略。初回から8、1、1、2と4イニング連続でスコアボードを埋め、試合の主導権を握り続けた。
投げては、充実の投手陣が5回ノーヒットノーラン継投だ。背番号1を背負う先発・舟橋虎汰朗(2年)が3回無安打無失点で立ち上がると、4回から登板した2番手の背番号11右腕・石野煌斗(2年)も1回無安打無失点。最後は背番号10の右腕・北川遼(2年)が、四球で出した走者を得点圏に背負ったものの、2奪三振で試合を締めた。
「舟橋に関しては頭を使った投球もできるので信頼しています。点差も開いたので(2番手以降の投手を)経験させることができて良かった」と村井雅之監督。この日は12得点したものの、基本的なチームカラーとしては守り勝つ野球を掲げており、「今年はバッテリーを中心にして、センターラインをまず固めたいというところからやってきました。そこには、ある程度の自信を持っています」とうなずいた。
99年以来28年ぶりとなる来春選抜切符へ前進。指揮官は「勝ったことは大きいですが、走塁にしても、打席での待ち方にしても、ちょっと反省点も多い。そのへんは、もう少しこだわってやっていきたい」と次戦へ向けて課題も掲げた。
📝「痛み止め注射6カ所に、さらしを巻いて」疲労困憊で大阪王者・PL学園を破り甲子園へ…浪商・牛島和彦が投げ抜いた方法「投手は自分だけだから」
https://news.yahoo.co.jp/articles/57472e7d80d88abd27419ce22cb0a008ccdb4c1f
春のセンバツで5試合48イニングを投げ切った牛島和彦の体への負担は相当なものがあった。
「準々決勝から決勝まで、3日間で500球以上投げましたからね。でも、センバツ決勝の翌々日、北野(大阪)との定期戦がありました。1日だけ休養日はあったんですけど、朝起きても動けないくらいでした。もちろん体力は簡単には回復しません。定期戦の日、『疲れているから投げられません』と言ったんですけど、『エースが投げないのはマズい』と言われ、『1イニングだけ』という約束でマウンドに上がりました」
今から50年近く前、疲労回復の方法を高校生が知るはずもなかった。
疲労困憊で練習試合に登板し……
「どうにか足を上げて、1イニングだけ投げました。でも、その試合で腰を痛めて、翌日から寝るのもしんどいくらいになってしまいました。若かったということもあって、『そのうちに治るやろう』と思っていたんですけど、全然ダメ。夏の大会も難しいかもという状況でした」
スポーツ医学の発達した現在であれば、その症状に合った治療もリハビリの方法も見つかるだろうが、当時は休むことしかできなかった。
「その日の具合を確かめながら体を動かす程度。そんな時期に宮崎県で招待試合があったんですよ。テレビ放送もあるから投げないといけない。『そんなの無理ですよ』と言っても、許してもらえないわけです。『せっかく招待してもらっているのに、牛島は投げませんと言うわけにはいかん』と」
ところが、ベストとは言えないコンディションでマウンドに上がった牛島は信じられないピッチングを見せた。
「どうしてかはわからないけど、ノーヒットノーランをしたんですよ。そうしたら、『あいつは投げられるのにサボってるだけだ』と言われてしまい……。そんなことはないんですよ。少しよくなってはいたけど、抑えられたのは本当にたまたま。そのあと、腰の状態はまた悪くなってしまいました」
前年秋の大阪府大会、近畿大会、そしてセンバツで酷使されたツケが回ったことは間違いない。公式戦に加えて、招待試合での登板によって、身長177センチ、体重は65キロもなかった細身のエースは苦境に立たされた。夏の甲子園の出場権のかかった大阪大会までもう時間はない。完全に治癒する前に投げたことで調整は難しくなった。
痛み止め注射とさらしで大阪大会へ
「そこから、一からやり直しですね。『大阪大会はもう無理かな……』と思っていたので、チームメイトには『無理やぞ、俺はもう投げられへんかも』と言っていました。試合前に痛み止めの注射を6カ所に打って、当時はコルセットがなかったから、さらしを巻いてマウンドに上がりました。そんな状態だから、体全体を使っては投げられない。『どんどん打ってくれ』と思いながら投げていました。初戦は2対0くらいで勝ったんですけど、10安打くらい打たれたはず。野手たちに『俺は腰痛いんやから、もっと点を取ってくれよ』と言ってましたね」
そんなコンディションでは、コントロール重視で打たせるピッチングをする以外に方法はなかった。
「だから、あの大会で8試合くらい投げて、フォアボールはほとんどなかった。思うように投げられないからストライク先行でいくしかない。とにかく、ピッチャーは自分だけだと思っていたので、できるだけ痛みが出ないように、疲労が残らないように。そうしたピッチングがプロ野球に入ってから役に立ったんですけどね」
コントロールと投球術を備えた牛島だからできた芸当だろう。
「痛み止めの注射を打ち、さらしで腰部を固定しながらマウンドに立ち続けるうちに、痛みがなくなっているのを感じました。『少し楽になってきたな』と思い始めた頃に連戦になって、さらしなしで投げることにしました」
準々決勝は泉南に7対0で7回コールド勝ち。準決勝で対戦した北陽には2対0で完封勝ち、牛島は14個の三振を奪っている。決勝戦の相手はPL学園。前年の夏の甲子園を制した強敵だ。
大阪王者・PL学園との決戦
1回表に浪商が5点を奪って試合を優位に進め、終盤に3点を加えて9対3で勝利した。三番の小早川毅彦に3安打、全部で10安打を許しながらも牛島は完投勝ち。五番に座った牛島は2打点をマークした。浪商としては、1969(昭和44)年以来、10年ぶりの夏の優勝だった。
「腰はだいぶんよくなっていたけど、決勝戦の頃は体がバリバリでした。PL学園には小早川をはじめすごいバッターばかり。『長打を打たれんかったらええやろ』と開き直ってとにかく低めに投げました」
50年近くが過ぎても、あの日の球場の雰囲気を忘れることはない。
「日生球場の雰囲気はよく覚えています。毎年、内野席にしか観客を入れないのに外野席を開放して、それでも超満員。札止めになったと聞きました。
PL学園の先発ピッチャーがバタバタしている間に5点取れたんで、気持ち的には少し楽に投げられました。近畿大会で勝ったことはありますけど、それは甲子園出場が確定したあとの試合。だから、この日の勝利は格別でした。強いPL学園に勝って甲子園出場を決めたわけやからね」
〈つづく〉
⚾SHIONOMISAKIさんへ
掲示板拝見しました!昨日はなんと津~四日市ハシゴ観戦されて、自宅に戻り返す刀で2日連続三重に来県されたんですね!!
津に9時開始の試合に間に合わすのは相当早く出かけないと・・・津駅からバス利用もできますが、津新町に引き返すのが妥当なところでしょうね。
運よくどちらも1点差ゲームで最後まで目が離せない熱戦だったようで何よりです。四日市は14億超の大金かけてリニューアル工事しただけに行く価値はあったかも。
7回表から点灯したのもポイント高いですね!僕も夏に運よくナイター観戦できましたが、コンパクトなナイターですがLED照明でしたね。
伊勢鉄道は全く知らないですが、ローカル列車もまた風情があって楽しいですね。近鉄は京都・奈良にも走っておるのであと1日どこかを堪能できますね。
P・S 明日のウインク姫路は屋根もあるし、天気もそこまで悪くないかと思いますが、、、、、23日の津は近畿と違って予報が芳しくないですね↓↓
今さら明日に津へ行くことも考えてないし、26日・27日そして週明けも雨予報なんでこの先かなり厳しくなってきましたね・・・・・。
前回の津は東海大会初日で球場到着時にはまだ薄日も射してましたが、すでに第2試合中止が決定しており午後は本降りの雨で移動に難儀しました。。。。。
同じような形になるのも怖いし、全試合雨天中止だったら目も当てられないですが、雨具用意して強行するしかないかなと・・・。幸い、観光には困らない立地なんでありがたいですが、万が一雨に泣かされたら来春は津を最優先に持っていきます!
那 賀6-0熊 野・和歌山東8-2高 野 山
那賀・和歌山東は二次予選進出決定!!
⚾今日の兵庫大会試合結果(4日目 2回戦)
明石トーカロ球場・・・東洋姫路7xー0三田松聖(8回)・神戸弘陵12-0御 影(5回)
ウインク球場・・・・・尼 崎 工4-1小 野・苦 楽 園6-2龍 野 北
高砂球場・・・・・・・報徳学園7-0相 生 産(7回)・神院大付11-3加古川西(7回)
⚾明日の兵庫大会組み合わせ(4日目 2回戦)
明石トーカロ球場
10:00~ 市 尼 崎-県 伊 丹
13:00~ 星 陵 -彩星 工科
ウインク球場
☆☆ 10:00~ 神戸国際付-神港 学園
☆ 13:00~ 雲雀丘学園-淡路 三原
⚾明日の三重大会組み合わせ(8日目 準々決勝)
津市営球場
☆☆ 10:00~ 宇治山田商- 菰 野
14:00~ 津 西 -昴 学 園
四日市市営霞ヶ浦球場
☆ 10:00~ 津田 学園-近大 高専
☆☆☆ 14:00~ 三 重 - 海 星
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現在、落雷の影響(雷サージ)により、施設内の大型映像装置に不具合が発生し、使用できない状態となっております。
現在、メーカーによる原因究明および復旧作業を進めておりますが、専門部品の調達や詳細な調査が必要なため、現時点では復旧の目途が立っておりません。
復旧の目途が立ち次第、改めて当ホームページにてお知らせいたします。
📝令和8年度 秋季近畿地区高等学校野球大会 県二次予選組み合わせ表
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※加盟校が国民スポーツ大会へ出場する場合は、大会日程を変更することがあります。
※日程はやむを得ず変更する場合がありますので、ご了承ください。
※全試合有料試合とします。
📝山商など8強出そろう 秋の高校野球県大会 三重
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第79回秋季東海地区高校野球県大会は19日、津球場公園内、四日市市営霞ケ浦第一、ドリームオーシャンスタジアム(県営松阪)、ダイムスタジアム伊勢の4球場で3回戦8試合が行われ、ベスト8が出そろった。
準々決勝の4試合は21日に津球場公園内、四日市市営霞ケ浦第一の2球場で行われる。組み合わせは宇治山田商―菰野▽津田学園―近大高専▽津西―昴学園▽三重―海星に決まった。
ベスト8進出の8校のうち、三重は津工打線に10安打を浴びながら14安打を放ち、16―6の七回コールド勝ちを収めた。
宇治山田商は皇學館を4―3で退け、先発左腕二ノ宮光平は9回4安打、12奪三振、3失点(自責点0)で完投した。
菰野は津商を2―1で下し、八回に1年生の6番平田琉輝也が左前に決勝適時打を放った。
津田学園は1―1で迎えた八回、敵失に足を絡めて一挙5得点して鈴鹿を6―1で振り切った。
海星は2―2で迎えた九回裏、9番濱井蘭虎の内野適時打で3―2のサヨナラ勝ち。
近大高専は三回に4点を奪うとその後も小刻みに加点し松阪商に7―2で勝利。
3時間を超える試合になった津西―明野は、津西が明野の追い上げをかわして13―7で勝利した。
☝元阪神の78歳老将・片岡監督が「甲子園最年長」へ第一歩踏み出す!大病乗り越え目指す64年ぶり聖地
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「秋季高校野球広島大会・1回戦、呉港8-1広島工大高」(20日、鶴岡一人記念球場)
優勝候補の一角でもある古豪・呉港が、広島工大高を8-1で7回コールド勝ちした。阪神などで活躍した元プロの片岡新之介監督(78)は、2027年春のセンバツ出場を果たせば、大会時点で79歳4カ月。春夏を通じた甲子園史上最高齢監督となる。昨年夏には大腸がんの手術を受けたベテラン指揮官が、大病を乗り越え歴史的な挑戦への第一歩を踏み出した。
コールド発進にも片岡監督は表情を引き締めた。7回を投げて10奪三振、1失点のエース・大越友翔投手(2年)について「背番号1の重みを感じたのか、体も気持ちも少し重たかった」と振り返った。続けて「本人も分かっている。次に向けて自分で準備して、あとは試合で投げるだけ」と責めることなく奮起を促した。
目指すのは一人の力に頼らない野球だ。春から成長を続ける上杉翔真投手(2年)も控え、投手陣の層は厚みを増した。「一人だけで勝ち上がれるわけではない。全員が一番になるという思いを持つことが大切。初心を忘れず、気持ちを整えて次の試合に向かってほしい」と力を込めた。
今春に59年ぶりに広島大会を制した呉港にとって、甲子園は1963年に出場してから遠ざかっている。監督にとっても最高齢記録がかかる。専大松戸・持丸修一監督が今春に達成した77歳11カ月。春夏を通じた甲子園の最高齢記録は、大垣日大・阪口慶三監督が23年夏に記録した79歳3カ月だ。片岡監督が来春の聖地に立てば79歳4カ月となり、二つの記録を塗り替える。
昨夏の大会後には大腸がんの手術を受けた。甲子園最年長記録に「それは実現させたいですね」と歴史的な挑戦に意欲を示した。体調も「口が元気だから大丈夫。子どもたちと一緒に野球をやっていることが一番の薬です」と笑った。
西鉄、阪神、阪急で捕手として16年間プレーし、現役引退後は広島で17年間コーチを務めた。プロの世界で培った経験と勝負への執念は、78歳となった今も変わらない。「『内容が良かった』、『惜しかった』では終わりたくない。どんな形でも最後に勝っていればいい」。結果にこだわる言葉に、元プロ監督の意地がにじんだ。
ただ、視線は足元に向く。「まだスタートしたばかり。県内には力のあるチーム、私たちが挑戦しないといけないチームがたくさんある。一戦一戦、目の前の相手としっかり戦っていきたい」。大病を乗り越えた老将が、79歳での甲子園を見据え、一歩ずつ勝利を積み重ねていく。
📝東洋大姫路が“県勢52年ぶり”へ16強入り 岡田龍生監督「チームの出来はまだまだ半分」
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◇秋季高校野球 兵庫県大会2回戦 東洋大姫路7―0三田松聖(2026年9月20日 明石トーカロ)
3年連続の選抜切符を目指す東洋大姫路が、8回コールド勝利で16強入りを決めた。
先発・保井蒼空(1年)が7回2安打無失点と試合をつくった。「絶対に点をやらないことを心がけて投げました。低めに集めて、打たせて取ろうと思って、そこはできたと思います」。1年春から背番号18でベンチ入りし、今大会は背番号20を背負う1年生右腕。1メートル82、84キロの恵まれた体格から繰り出す最速136キロの直球にカーブ、スライダー、フォークなどを効果的に織り交ぜ、相手打線に凡打の山を築かせた。
打線も2、3、4、7回と効果的に加点。最後は6―0の8回1死満塁からスクイズで7点目を挙げ、コールド勝ちを決めた。この日はDHを含む先発メンバー10人中、6人が1年生。下級生主体のチームで、県内の実力校相手に完勝した。
U―18侍ジャパンの監督として「第14回BFA U18アジア選手権」で準優勝し、14日に帰国した岡田龍生監督が、チームに復帰して初戦。指揮官は完勝劇にも「(スタメンの1年生6人は)夏を経験をして“これか”というのはあります。保井も、もうちょっと球速が出ないと。チームの出来としては、まだまだですね。(100%の)半分いくか、いかないくらいですね」と手厳しい。その上で「ただ秋というのは、ガッと変わってくることがある。勝って1週間、勝って1週間を過ごすうちに力を付けてくる。そこに期待したいと思っています」と奮起を促した。
チームは目下、今春まで2年連続で選抜に出場中。3年連続となれば、兵庫県勢では73~75年の報徳学園以来7校目となる。52年ぶりの快挙へ向け、日進月歩の成長を期す。
📝神戸弘陵が継投ノーヒットノーランで快勝16強 充実投手陣で28年ぶり聖地へ前進
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◇秋季高校野球 兵庫県大会2回戦 神戸弘陵12―0御影(2026年9月20日 明石トーカロ)
1999年以来28年ぶり5度目の選抜出場を目指す神戸弘陵が、御影を5回コールドで圧倒し、16強入りを決めた。
打線が、初回から得点を積み重ねた。制球に苦しむ相手先発投手を攻略。初回から8、1、1、2と4イニング連続でスコアボードを埋め、試合の主導権を握り続けた。
投げては、充実の投手陣が5回ノーヒットノーラン継投だ。背番号1を背負う先発・舟橋虎汰朗(2年)が3回無安打無失点で立ち上がると、4回から登板した2番手の背番号11右腕・石野煌斗(2年)も1回無安打無失点。最後は背番号10の右腕・北川遼(2年)が、四球で出した走者を得点圏に背負ったものの、2奪三振で試合を締めた。
「舟橋に関しては頭を使った投球もできるので信頼しています。点差も開いたので(2番手以降の投手を)経験させることができて良かった」と村井雅之監督。この日は12得点したものの、基本的なチームカラーとしては守り勝つ野球を掲げており、「今年はバッテリーを中心にして、センターラインをまず固めたいというところからやってきました。そこには、ある程度の自信を持っています」とうなずいた。
99年以来28年ぶりとなる来春選抜切符へ前進。指揮官は「勝ったことは大きいですが、走塁にしても、打席での待ち方にしても、ちょっと反省点も多い。そのへんは、もう少しこだわってやっていきたい」と次戦へ向けて課題も掲げた。
📝「痛み止め注射6カ所に、さらしを巻いて」疲労困憊で大阪王者・PL学園を破り甲子園へ…浪商・牛島和彦が投げ抜いた方法「投手は自分だけだから」
https://news.yahoo.co.jp/articles/57472e7d80d88abd27419ce22cb0a008ccdb4c1f
春のセンバツで5試合48イニングを投げ切った牛島和彦の体への負担は相当なものがあった。
「準々決勝から決勝まで、3日間で500球以上投げましたからね。でも、センバツ決勝の翌々日、北野(大阪)との定期戦がありました。1日だけ休養日はあったんですけど、朝起きても動けないくらいでした。もちろん体力は簡単には回復しません。定期戦の日、『疲れているから投げられません』と言ったんですけど、『エースが投げないのはマズい』と言われ、『1イニングだけ』という約束でマウンドに上がりました」
今から50年近く前、疲労回復の方法を高校生が知るはずもなかった。
疲労困憊で練習試合に登板し……
「どうにか足を上げて、1イニングだけ投げました。でも、その試合で腰を痛めて、翌日から寝るのもしんどいくらいになってしまいました。若かったということもあって、『そのうちに治るやろう』と思っていたんですけど、全然ダメ。夏の大会も難しいかもという状況でした」
スポーツ医学の発達した現在であれば、その症状に合った治療もリハビリの方法も見つかるだろうが、当時は休むことしかできなかった。
「その日の具合を確かめながら体を動かす程度。そんな時期に宮崎県で招待試合があったんですよ。テレビ放送もあるから投げないといけない。『そんなの無理ですよ』と言っても、許してもらえないわけです。『せっかく招待してもらっているのに、牛島は投げませんと言うわけにはいかん』と」
ところが、ベストとは言えないコンディションでマウンドに上がった牛島は信じられないピッチングを見せた。
「どうしてかはわからないけど、ノーヒットノーランをしたんですよ。そうしたら、『あいつは投げられるのにサボってるだけだ』と言われてしまい……。そんなことはないんですよ。少しよくなってはいたけど、抑えられたのは本当にたまたま。そのあと、腰の状態はまた悪くなってしまいました」
前年秋の大阪府大会、近畿大会、そしてセンバツで酷使されたツケが回ったことは間違いない。公式戦に加えて、招待試合での登板によって、身長177センチ、体重は65キロもなかった細身のエースは苦境に立たされた。夏の甲子園の出場権のかかった大阪大会までもう時間はない。完全に治癒する前に投げたことで調整は難しくなった。
痛み止め注射とさらしで大阪大会へ
「そこから、一からやり直しですね。『大阪大会はもう無理かな……』と思っていたので、チームメイトには『無理やぞ、俺はもう投げられへんかも』と言っていました。試合前に痛み止めの注射を6カ所に打って、当時はコルセットがなかったから、さらしを巻いてマウンドに上がりました。そんな状態だから、体全体を使っては投げられない。『どんどん打ってくれ』と思いながら投げていました。初戦は2対0くらいで勝ったんですけど、10安打くらい打たれたはず。野手たちに『俺は腰痛いんやから、もっと点を取ってくれよ』と言ってましたね」
そんなコンディションでは、コントロール重視で打たせるピッチングをする以外に方法はなかった。
「だから、あの大会で8試合くらい投げて、フォアボールはほとんどなかった。思うように投げられないからストライク先行でいくしかない。とにかく、ピッチャーは自分だけだと思っていたので、できるだけ痛みが出ないように、疲労が残らないように。そうしたピッチングがプロ野球に入ってから役に立ったんですけどね」
コントロールと投球術を備えた牛島だからできた芸当だろう。
「痛み止めの注射を打ち、さらしで腰部を固定しながらマウンドに立ち続けるうちに、痛みがなくなっているのを感じました。『少し楽になってきたな』と思い始めた頃に連戦になって、さらしなしで投げることにしました」
準々決勝は泉南に7対0で7回コールド勝ち。準決勝で対戦した北陽には2対0で完封勝ち、牛島は14個の三振を奪っている。決勝戦の相手はPL学園。前年の夏の甲子園を制した強敵だ。
大阪王者・PL学園との決戦
1回表に浪商が5点を奪って試合を優位に進め、終盤に3点を加えて9対3で勝利した。三番の小早川毅彦に3安打、全部で10安打を許しながらも牛島は完投勝ち。五番に座った牛島は2打点をマークした。浪商としては、1969(昭和44)年以来、10年ぶりの夏の優勝だった。
「腰はだいぶんよくなっていたけど、決勝戦の頃は体がバリバリでした。PL学園には小早川をはじめすごいバッターばかり。『長打を打たれんかったらええやろ』と開き直ってとにかく低めに投げました」
50年近くが過ぎても、あの日の球場の雰囲気を忘れることはない。
「日生球場の雰囲気はよく覚えています。毎年、内野席にしか観客を入れないのに外野席を開放して、それでも超満員。札止めになったと聞きました。
PL学園の先発ピッチャーがバタバタしている間に5点取れたんで、気持ち的には少し楽に投げられました。近畿大会で勝ったことはありますけど、それは甲子園出場が確定したあとの試合。だから、この日の勝利は格別でした。強いPL学園に勝って甲子園出場を決めたわけやからね」
〈つづく〉
⚾SHIONOMISAKIさんへ
掲示板拝見しました!昨日はなんと津~四日市ハシゴ観戦されて、自宅に戻り返す刀で2日連続三重に来県されたんですね!!
津に9時開始の試合に間に合わすのは相当早く出かけないと・・・津駅からバス利用もできますが、津新町に引き返すのが妥当なところでしょうね。
運よくどちらも1点差ゲームで最後まで目が離せない熱戦だったようで何よりです。四日市は14億超の大金かけてリニューアル工事しただけに行く価値はあったかも。
7回表から点灯したのもポイント高いですね!僕も夏に運よくナイター観戦できましたが、コンパクトなナイターですがLED照明でしたね。
伊勢鉄道は全く知らないですが、ローカル列車もまた風情があって楽しいですね。近鉄は京都・奈良にも走っておるのであと1日どこかを堪能できますね。
P・S 明日のウインク姫路は屋根もあるし、天気もそこまで悪くないかと思いますが、、、、、23日の津は近畿と違って予報が芳しくないですね↓↓
今さら明日に津へ行くことも考えてないし、26日・27日そして週明けも雨予報なんでこの先かなり厳しくなってきましたね・・・・・。
前回の津は東海大会初日で球場到着時にはまだ薄日も射してましたが、すでに第2試合中止が決定しており午後は本降りの雨で移動に難儀しました。。。。。
同じような形になるのも怖いし、全試合雨天中止だったら目も当てられないですが、雨具用意して強行するしかないかなと・・・。幸い、観光には困らない立地なんでありがたいですが、万が一雨に泣かされたら来春は津を最優先に持っていきます!
近鉄週末フリーパスがなかったら二日続けて三重県へ
行くことは検討しなかったと思います。あと1日分
きっぷ使えますが、早朝起床できるでしょうか(笑)
行くことは検討しなかったと思います。あと1日分
きっぷ使えますが、早朝起床できるでしょうか(笑)
⚾今日の和歌山大会一次予選試合結果(6日目 代表決定戦 紀三井寺球場)
和 智 弁10x-0粉 河・田 辺7-2和歌山商
智弁和歌山・田辺は二次予選進出決定!!
⚾今日の兵庫大会試合結果(3日目 1・2回戦)
明石トーカロ球場・・・ 社 4-3須磨翔風・須磨学園2-1滝 川 二
ウインク球場・・・・・星 陵3-1赤 穂・明 石 商1-0小 野 工
G7スタジアム神戸・・市 尼 崎5-1飾 磨・武庫総合10xー3龍 野(7回)
ReFillスタジアム・・・彩星工科2-1姫 路 工・高 砂2x-1須 磨 東(10回タイブレーク)
ベイコム球場・・・・・県 伊 丹3-1高 砂 南・洲 本5-1篠 山 産
⚾今日の岡山大会試合結果(初日 1回戦)
倉敷MS・・・就 実7-2勝 山・岡山朝日8-6方谷学舎(10回タイブレーク)
エイコン・・・高 梁3-1岡 山 工・作陽学園7x-0美 作(7回)
⚾明日の和歌山大会一次予選組み合わせ(最終日 代表決定戦 紀三井寺球場)
09:00~ 那 賀 - 熊 野
☆ 11:30~ 和歌 山東-高 野 山
⚾明日の兵庫大会組み合わせ(4日目 2回戦)
明石トーカロ球場
☆ 10:00~ 三田 松聖-東洋大姫路
13:00~ 神戸 弘陵- 御 影
ウインク球場
10:00~ 尼 崎 工- 小 野
13:00~ 西宮苦楽園-龍 野 北
高砂球場
10:00~ 報徳 学園-相 生 産
☆ 13:00~ 加古 川西-神戸学院付
☝甲子園 喜怒哀楽 「九学」を全国区にした名将 坂井宏安の「楽」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568833
甲子園 喜怒哀楽 県岐阜商ベスト4に貢献 横山温大の「楽」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568821
☝甲子園 喜怒哀楽 高校3年夏の甲子園で65奪三振 辻内崇伸の「楽」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568803
📝先輩の“かわいがり”に「そんなら、一生懸命投げへんけど」反骨エース・牛島和彦が大阪の名門校に進んだワケは「V9巨人の大物に直々に誘われて」
https://news.yahoo.co.jp/articles/84638c1c2682d0ceabc3f49767f44dd64048da5d
1979年、甲子園春夏連覇を果たす箕島と名勝負を演じることになる浪商のエースが、牛島和彦だった。箕島との激突に至るまでの快進撃とは?
プロ野球で名を残す選手のなかには、高校時代からさまざまな伝説を持つ者が多い。高校野球の名門として知られた浪商(現・大体大浪商/大阪)のエース・牛島和彦もそのひとりだ。
上下関係が厳しい野球強豪校にあって、厳しい指導を受けたあと「そんなことするんなら、あんたらがおるうちは一生懸命に投げんからな」と先輩に向かってタンカを切ったというエピソードがある。牛島のヤンチャさを表すものだ。巧みな投球術と度胸を武器にプロ野球で通算53勝、126セーブを挙げた牛島にその問いを投げかけると、笑いながらこう言った。
「さすがに入学してすぐは言えませんでしたよ。3年生が抜けてから、ひとつ上の先輩に『一生懸命投げんけど、ええんかなあ……』とそっぽ向いてボソッとつぶやいただけ」
そのつぶやきで待遇改善がなされたかどうかは不明だが、主戦を任された牛島は自らの投球によって、1978(昭和53)年の2年生の春、3年生の春・夏と在学中に3度の甲子園出場を果たした。
牛島が浪商に進学することになったわけ
浪商野球部は1924(大正13)年、浪華商業学校野球部として創部された。1937(昭和12)年春のセンバツ(第14回全国選抜中等学校野球大会)で初優勝を飾り、1946年夏、1955年春、1961年夏に日本一にのぼりつめた。OBには、張本勲(東映フライヤーズなど)、尾崎行雄(東映フライヤーズ)、巨人のV9時代を支えた高田繁などが名を連ねている。
「僕は奈良県に近い大阪府で育ちました。中学時代は準硬式野球をしていて、浪商に誘われていたんですけど、その頃の浪商は弱くて『甲子園に行かれへんから嫌です』と断っていました。自分では天理(奈良)に入るつもりでした。強豪と言われるところに行けばしんどいのはわかっている。『それなら、甲子園に行けるところに』と考えました」
ところが、意外なところから横やりが入った。
「5歳上のいとこが(奈良の)郡山高校で野球をしていた関係で、そこの監督とも知り合いだったんですけど、『奈良には来るなよ』と言われていました。僕がいるとその高校が甲子園に行けなくなるから困ると(笑)」
まさかの“超大物”に勧誘されて
仕方なく、大阪の高校への進学を考えている時に、浪商の関係者から連絡がきた。
「ずっと『どうしても来てほしい』と誘われていて、『一度食事をしながら話をしよう』ということになりました。レストランに行ったら、巨人の高田さんが同席されて、『浪商に来てくれ』と言われたので『はい』と答えました」
高田は1961年夏の優勝メンバーのひとりだ。
「うちの父親が福岡県の出身で、もともとは西鉄ライオンズのファンでした。その次に好きだったのが巨人。そこのレギュラー選手の高田さんに直々に誘われて浪商への進学が決まりました」
しかし、その頃、名門は低迷期を迎えていた。
「僕が入学する頃、学校名が変わるとか、移転するとかいろいろな話があって、『もう一回、浪商の名前を世に知らしめよう』という機運があったようです。浪商の附属である大体大附属中学出身の香川伸行がキャッチャーで、山本昭良がショート。ピッチャーの僕を入れて、3年後に強いチームをつくろうという計画がありました」
期待された牛島と香川、山本の3人は高校入学前から頭角を現した。
「3月半ばくらいから練習参加が認められて、他校との練習試合でも投げました。レフトのフェンスまで93メートルほどあって、その向こうに4階建ての校舎があったんですけど、香川の打球はその上を越えていきましたからね。『こいつにどうやったら勝てるんやろう……』と思いました」
スーパースターだった“ドカベン”香川
香川は身長170センチで、体重は100キロほど。水島新司の野球漫画『ドカベン』の主人公・山田太郎に体格が似ていたために、“ドカベン”の愛称で野球ファンから人気を集めた。
「香川は中学生の時からスーパースターでした。体格の割に足も速かったし、肩もよかったですよ。入学してすぐの春の大阪府大会で強豪の北陽高校と対戦して、僕が2失点の完投、香川も山本もホームランを打って勝ちました」
当時の高校野球には厳しい上下関係があった。もちろん、名門の中の名門である浪商も例外ではなかった。
「でも、香川は附属中学出身やから、先輩からかわいがられていました。中学時代の野球の実績もすごくて、もし香川におかしなことをしたらその先輩が怒られるような存在。でも、僕はよそものだし、別の意味での“かわいがり”がありましたよ(笑)」
前述したエピソードは牛島の気の強さを表すものだが、それは生き残るための術でもあった。
「自分の力をつけないとそういうものから解放されない状況でした」
大阪の王者・PL学園
エース・牛島、キャッチャー・香川を擁する浪商は1977年秋の大阪府大会、近畿大会を勝ち上がり、1978年春のセンバツ出場を果たした。しかし、1回戦で高松商業(香川)と対戦して、0対3で敗れた。
浪商と同じく近畿代表として甲子園に出場したのが箕島(和歌山)だった。2年生エースの石井毅が好投を続け、黒沢尻工(岩手)を1対0、小倉(福岡)を4対1で下し順調に勝ち上がった。続くPL学園戦で石井が完封勝利(2対0)、福井商業(福井)に3対9で敗れたものの、ベスト4進出を果たした。
その当時、大阪で最強と言われたのがPL学園だった。1978年春のセンバツではベスト8進出、夏の甲子園では決勝で高知商業(高知)に逆転サヨナラ勝ちして全国制覇を果たした。エースは西田真次(のち真二に改名/広島東洋カープ)、キャッチャーは木戸克彦(阪神タイガース)だった。
「PL学園の同学年には、小早川毅彦(広島東洋カープなど)、山中潔(広島東洋カープなど)らがいました。とにかくPL学園が強くて、同じ大阪の彼らに勝たないと甲子園には行けない。だから、同じ近畿ではありましたけど、箕島を意識することはなかったですね」
1978年、夏の大阪大会で敗れた浪商は秋の大阪大会を勝ち上がり、近畿大会に駒を進めた。準々決勝で東洋大姫路(兵庫)を下してセンバツ出場権を手繰り寄せ、続く箕島戦は11対4で圧勝、決勝で尼崎北(兵庫)を倒して優勝を飾った。
これなら全国でも通用するんじゃないか
「あの大会、香川が骨折していて、代打でしか出場できなかったんです。『香川不在で勝てるのか』といろいろな人に言われたんですけど、逆にそれでみんながまとまりました。近畿大会で優勝できたことで、『香川がいなくても勝てた。香川が戻ってきたらものすごく強くなるぞ』と思えました」
牛島は4試合すべてで完投。香川に代わって四番を任された。
「打率5割くらい打ちまくったんですけど、五番の井戸義隆という選手が7割以上打ったせいで僕はあまり目立ちませんでした。近畿大会で、東洋大姫路にもPL学園にも、箕島にも勝ったから、全国でも通用するんじゃないかと思いました」
高校野球ファンに名門復活の予感を抱かせる浪商の快進撃だった。
〈つづく〉
📝「敬遠しろ」指示に「黙って見とけ!」伝説の箕島戦でセンバツ史上唯一の大記録を食らった“あのエース”は「えっ、僕だけなの? これから自慢しよう(笑)」
https://news.yahoo.co.jp/articles/dc2fb78e14b3c7d597e33383591ba0707f3a3f3f?page=1
3度も日本一になった浪商(大阪)だが、1969(昭和44)年春のセンバツでベスト4入りしたあと、甲子園の勝利から遠ざかっていた。牛島和彦が2年生で出場した1978年春のセンバツも、初戦で敗れていた。
「だから、(1979年のセンバツでは)僕たちはまず1勝しようというのが目標でした。1回戦で愛知(愛知)に6対1で勝ったけど、試合後、どうやって整列していいのかわからなかったんです(笑)。
2回戦で高知商業に3対2で勝ちました。自分の犠牲フライで点を取って、自分でも乗っていけた。逆転のピンチで味方のファインプレーが出てなんとか勝てたという試合でした」(牛島)
疲れで直球がへたって、フォークでも投げてるのか、と
準々決勝の川之江(愛媛)戦は降雨のなかで行われ、3対3のまま延長戦へ。浪商が13回にサヨナラ勝ちをおさめた。
「本当に、やっと勝てたという試合で、僕は200球以上を投げました。翌日の東洋大姫路との準決勝は疲労が溜まっていて、全然ダメでした。体がまったく言うことを聞いてくれないけど、控えのピッチャーに任せることはできません。僕がひとりで、最後まで投げるつもりでした。ストレートの最速は120キロの後半。キャッチャーの手前で落ちるので、『フォークボールでも投げてるのか』と思われたくらいでした」
現在は準々決勝の翌日と準決勝の翌日に休養日が設けられているが、20世紀の高校野球ではそんな日程は考えられなかった。エースが連投するのは当たり前。しかし、いくら鍛えていても、本来の力を発揮することはできなかった。
「今みたいに休養日があって、1日でも日程が空いていたら、少しは回復したかもしれません。3連投ではどうしようもない。でも僕の場合は、連投したことで、『どうすれば疲れないで投げることができるか』を覚えられた気がします。本当にしんどかったから、生き残るために、それを学びました。最後はもう、ヘロヘロで投げてましたけど(笑)。高校野球では7イニング制導入が議論されています。選手の体を考えればいいことに違いないけど、9イニングを戦ってこそ野球だと思います」
東洋大姫路を5対3で破って決勝に進出した浪商は箕島と激突することになった。牛島にとっては4連投目になる。前年秋の近畿大会では浪商が8回コールド勝ちをおさめたが、両校ともセンバツ出場を確実にしたあとの試合であったため、箕島のエース・石井毅は先発登板を回避している。
「敬遠しろ」「黙って見とけ!」
決勝までの4試合、40イニングをひとりで投げ切った牛島。準決勝でPL学園相手に延長10回にサヨナラ勝ちした箕島の石井にも疲れはあったものの、牛島の比ではなかった。
疲れの見える牛島に箕島打線が襲いかかり、5回終了時点で4対1とリードを奪っていた。しかし、そこから反撃した浪商が、7回表に6対5と試合をひっくり返した。
しかし7回裏、同点ホームランを放ったのが箕島の四番打者・北野敏史だった。1回にライト前ヒット、3回に三塁打、7回にホームランを放った北野は、二塁打を放てばサイクルヒット達成ということになる。8回裏、ツーアウト二塁。得点は6対7で浪商がリードを許していた。
「ベンチから伝令の選手が走ってきて『敬遠しろ』と言われました。でも僕は、サイクルヒットがかかっているのに、逃げたと思われたくなかった。『投げてんのは俺やろ。黙って見とけ』と伝令の選手に言いました。僕の言葉を伝令の選手がそのまま監督に伝えたみたいで(笑)」
絶対的な権限を持つ監督の意向に背いた牛島には、現実的な判断があった。
「とにかく、一球でもムダな球は投げたくなかったというのが本音でした」
高校野球で申告敬遠(申告故意四球)が導入されたのは2020(令和2)年だ。申告するだけでバッターは一塁に進むが、それまでは4球投げなければならなかった。
「疲れてはいるけど、テンションは上がったままですから、思わずカーッとなってそう言ってしまいました」
センバツ史上唯一のサイクルヒットに
北野に投じた2球目はセンター後方のフライになった。ジャンプしたセンターのグラブは届かず……北野は一塁、二塁を回っていく。中継プレーを経て三塁でタッチアウト。記録はツーベースとなり、センバツ史上初のサイクルヒット達成となった。それ以降、この大記録を打ち立てた者はひとりもいない。
「あれが三塁でセーフになっていたら三塁打で、サイクルヒットにはならなかった。だから、不思議な気持ちでしたね。落ち込むということはありませんでした。決勝でサイクルヒットを打たれたのは僕だけでしょう? えっ、センバツでは1回しかないんですか。ということは、センバツの100年の歴史の中で、サイクルヒットを打たれたのは僕だけ? 僕は100年にひとりのピッチャーということですね(笑)。これから自慢しよう」
決勝で敗れたものの、箕島はお互いを認め合うライバルだった。
「箕島とは何度も対戦して、お互い、どんなチームなのかがよくわかっていました。尾藤公監督は厳しくて、徹底して勝つための野球をやってきました。足を使ったり、プッシュバントをしてきたり、ヒットエンドランを絡めたり。少しでも弱みを見せれば攻め込まれてしまう。うちのチームもそうでしたから、負けはしましたけど、『いい決勝戦やったな』と心の底から思えます」
決勝まで行ってホッとした
優勝には届かなかったものの、牛島には達成感があった。
「センバツの決勝は疲労困憊で、優勝はできへんかったけど、長く低迷していた浪商を決勝まで勝ち上がらせたことでホッとした部分はありました。ずっと『3年の時には全国優勝を! 』と言われてきて、そこに近づけたから。試合後、敬遠の指示をスルーしたことを広瀬吉治監督に謝りました。『お前たちの力でここまで勝ってきたんだから、夏に頑張れ』と言われました。あの時、伝令に来た選手が少しでも表現を変えてくれたらよかったんですけど(笑)」
夏の甲子園がかかる大阪府大会まで100日ほど。エースの体に異変が生じていたことに本人は気づいていなかった。
〈つづく〉
☝八丈島で1人静養中で選手10人の八丈が逆転コールド勝ち 台風で23日次戦まで宿泊延長
https://news.yahoo.co.jp/articles/273d417dd02098f5e0b1a20d67b4099f8a083e7f
◆秋季高校野球東京都大会1次予選 ▽1回戦 八丈11―4六郷工科(19日・日本ウェルネス秋ケ瀬グラウンド)
都立校の八丈が秋3年ぶりの白星を挙げた。2点を追う8回に3連続押し出し四死球で逆転し、なお1死満塁から、1番・杉浦光(1年)が走者一掃の中越え三塁打。4番・西山光次朗(1年)も1イニング2本の左中間二塁打を放つなど、この回4安打7四死球で9得点し、コールド勝ちを決めた。
エース右腕の大沢和馬(2年)がインフルエンザのため、八丈島に残って静養中。ベンチ入り選手10人で挑み、守っても背番号6の右腕・勝田哲平(1年)が完投した。笹本義範監督(52)は「1点ずつ返していこうと。みんなが後ろにつないで、やってくれた。勝田も粘って、よく投げてくれた。1勝できたのは、この子たちの成果。これで、かなり成長すると思う」と目を細めた。
チームは18日に航空機で羽田に到着。初戦突破の後、台風25号の接近による雨天予想のため20日の代表決定戦は中止が決定。23日に延期されたため、ナインは都内の別の宿泊施設に移って備える。次に対戦する世田谷学園は、堀越OBで阪神・野村克則2軍バッテリーコーチと同期だった指揮官にとって、3年夏の西東京大会準決勝で敗れた相手だ。「めったに強豪とやることができない。がんばって9回まで食らいつきたい。彼ら(選手たち)には肌で感じてもらいたい」。5泊6日に延びた遠征で全力を尽くす。
⚾SHIONOMISAKIさんへ
まず最初に『近鉄週末フリーパス』情報ありがとうございます!!全然知らなかったです。。。。。
昨年5月に5000円だったか購入して有意義に活用しましたが、11月からは6000円に値上げしてスマホで扱うとなると、、、、、もう利用しないと思います↓↓
さて、今日から三重宿泊観戦ですか!なんとか台風の影響もほぼほぼ受けることなく帰って来れそうで何よりです。NHKデータ放送によると、僕が観戦した明石は最高気温32、3度。津は31、0度ということで、、、7割がたは曇空でしたが晴れたらめちゃくちゃ熱いし雲が広がっても蒸し暑いのでしんどかったですね。海の近くにあるのに風があまりなく旗が垂れ下がってましたし。
今日の兵庫大会もあわや延長タイブレークか???という接戦に持ち込み2試合とも1点差ゲームでしたが、試合終了15時35分と粘りましたね。兵庫は京都の次に淡白かつハイペースで試合がサクサク進むイメージですが。
津も調べたら理想通り??第1試合よりも第2試合の方が長かったようで17時14分まで粘ったんですね。ただ、伊勢では津西13-7明野が3時間08分の死闘だったようで、、、3回終了9-0からの明野の猛追だったようですが。夏にこの対戦を四日市で観戦して明野が津西に15-8 8回コールド・2時間52分の死闘を観戦しましたが、やはりノーガードの打ち合いですね!!
今日の空模様だったらあるいは試合終盤またナイター点灯だったかも!!
ただ、伊勢はバスの本数が少ないし、宇治山田駅まで徒歩30分程度かかるので、、、、、あんまり粘られても帰りの足に苦慮するので・・・・・。
まだ天気予断を許さないですが、春は松阪・夏は二部制の四日市でナイター観戦したので秋は津を熱望しております。台風一過で晴れてくれたらエエけど、23日準決勝。。。
P・S 津市営球場はコンクリートジャングルのイメージが強いですね。松阪や四日市は外野芝生席ありますが、津と伊勢は外野もコンクリートの石段でゴツゴツしてますから・・・。
さらにスタンド一周グルリ見渡してもビル群が目立ちますね!僕が初来場した2004年夏はまだネット裏の席もコンクリートむき出しで手書きのスコアボードでしたが、三重スリーアローズや幻の2021三重国体の兼ね合いで何度かリニューアルされて少しずつ改善されましたが・・・・・。
あのネット裏のスタンドだけ、なぜかしら壁が随所に行く手を阻み中段だと1塁側から3塁側まで直進できないのが・・・・・。誰が設計したのか知りませんが迷路でも作りたかったのかな???
ああいう構造のスタンドは日本全国探しても見当たらない気がしますね!
津新町駅から徒歩20分弱だし、近くに津城跡公園などもありアクセスは良いのですが・・・・・。屋根も未だにないし、夏は熱くてもう通えないと断念しております。今年の夏はレンタサイクル借りて四日市の二部制に挑みましたが、40度近い熱さで第2試合開始が16時にずれ込み18時52分終了と這う這うの体で帰ってきたので、、、夜ご飯はファミリーマートの冷やしラーメンを近鉄電車の車内で頬張っておったし、、、幸い車両に3人程度しかおらんかったので。
来夏は屋根のある伊勢がベストかな?!長い昼休み内宮参拝してまた戻って来れたら・・・バスの時間調整が難しいですが考えておきます!
和 智 弁10x-0粉 河・田 辺7-2和歌山商
智弁和歌山・田辺は二次予選進出決定!!
⚾今日の兵庫大会試合結果(3日目 1・2回戦)
明石トーカロ球場・・・ 社 4-3須磨翔風・須磨学園2-1滝 川 二
ウインク球場・・・・・星 陵3-1赤 穂・明 石 商1-0小 野 工
G7スタジアム神戸・・市 尼 崎5-1飾 磨・武庫総合10xー3龍 野(7回)
ReFillスタジアム・・・彩星工科2-1姫 路 工・高 砂2x-1須 磨 東(10回タイブレーク)
ベイコム球場・・・・・県 伊 丹3-1高 砂 南・洲 本5-1篠 山 産
⚾今日の岡山大会試合結果(初日 1回戦)
倉敷MS・・・就 実7-2勝 山・岡山朝日8-6方谷学舎(10回タイブレーク)
エイコン・・・高 梁3-1岡 山 工・作陽学園7x-0美 作(7回)
⚾明日の和歌山大会一次予選組み合わせ(最終日 代表決定戦 紀三井寺球場)
09:00~ 那 賀 - 熊 野
☆ 11:30~ 和歌 山東-高 野 山
⚾明日の兵庫大会組み合わせ(4日目 2回戦)
明石トーカロ球場
☆ 10:00~ 三田 松聖-東洋大姫路
13:00~ 神戸 弘陵- 御 影
ウインク球場
10:00~ 尼 崎 工- 小 野
13:00~ 西宮苦楽園-龍 野 北
高砂球場
10:00~ 報徳 学園-相 生 産
☆ 13:00~ 加古 川西-神戸学院付
☝甲子園 喜怒哀楽 「九学」を全国区にした名将 坂井宏安の「楽」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568833
甲子園 喜怒哀楽 県岐阜商ベスト4に貢献 横山温大の「楽」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568821
☝甲子園 喜怒哀楽 高校3年夏の甲子園で65奪三振 辻内崇伸の「楽」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568803
📝先輩の“かわいがり”に「そんなら、一生懸命投げへんけど」反骨エース・牛島和彦が大阪の名門校に進んだワケは「V9巨人の大物に直々に誘われて」
https://news.yahoo.co.jp/articles/84638c1c2682d0ceabc3f49767f44dd64048da5d
1979年、甲子園春夏連覇を果たす箕島と名勝負を演じることになる浪商のエースが、牛島和彦だった。箕島との激突に至るまでの快進撃とは?
プロ野球で名を残す選手のなかには、高校時代からさまざまな伝説を持つ者が多い。高校野球の名門として知られた浪商(現・大体大浪商/大阪)のエース・牛島和彦もそのひとりだ。
上下関係が厳しい野球強豪校にあって、厳しい指導を受けたあと「そんなことするんなら、あんたらがおるうちは一生懸命に投げんからな」と先輩に向かってタンカを切ったというエピソードがある。牛島のヤンチャさを表すものだ。巧みな投球術と度胸を武器にプロ野球で通算53勝、126セーブを挙げた牛島にその問いを投げかけると、笑いながらこう言った。
「さすがに入学してすぐは言えませんでしたよ。3年生が抜けてから、ひとつ上の先輩に『一生懸命投げんけど、ええんかなあ……』とそっぽ向いてボソッとつぶやいただけ」
そのつぶやきで待遇改善がなされたかどうかは不明だが、主戦を任された牛島は自らの投球によって、1978(昭和53)年の2年生の春、3年生の春・夏と在学中に3度の甲子園出場を果たした。
牛島が浪商に進学することになったわけ
浪商野球部は1924(大正13)年、浪華商業学校野球部として創部された。1937(昭和12)年春のセンバツ(第14回全国選抜中等学校野球大会)で初優勝を飾り、1946年夏、1955年春、1961年夏に日本一にのぼりつめた。OBには、張本勲(東映フライヤーズなど)、尾崎行雄(東映フライヤーズ)、巨人のV9時代を支えた高田繁などが名を連ねている。
「僕は奈良県に近い大阪府で育ちました。中学時代は準硬式野球をしていて、浪商に誘われていたんですけど、その頃の浪商は弱くて『甲子園に行かれへんから嫌です』と断っていました。自分では天理(奈良)に入るつもりでした。強豪と言われるところに行けばしんどいのはわかっている。『それなら、甲子園に行けるところに』と考えました」
ところが、意外なところから横やりが入った。
「5歳上のいとこが(奈良の)郡山高校で野球をしていた関係で、そこの監督とも知り合いだったんですけど、『奈良には来るなよ』と言われていました。僕がいるとその高校が甲子園に行けなくなるから困ると(笑)」
まさかの“超大物”に勧誘されて
仕方なく、大阪の高校への進学を考えている時に、浪商の関係者から連絡がきた。
「ずっと『どうしても来てほしい』と誘われていて、『一度食事をしながら話をしよう』ということになりました。レストランに行ったら、巨人の高田さんが同席されて、『浪商に来てくれ』と言われたので『はい』と答えました」
高田は1961年夏の優勝メンバーのひとりだ。
「うちの父親が福岡県の出身で、もともとは西鉄ライオンズのファンでした。その次に好きだったのが巨人。そこのレギュラー選手の高田さんに直々に誘われて浪商への進学が決まりました」
しかし、その頃、名門は低迷期を迎えていた。
「僕が入学する頃、学校名が変わるとか、移転するとかいろいろな話があって、『もう一回、浪商の名前を世に知らしめよう』という機運があったようです。浪商の附属である大体大附属中学出身の香川伸行がキャッチャーで、山本昭良がショート。ピッチャーの僕を入れて、3年後に強いチームをつくろうという計画がありました」
期待された牛島と香川、山本の3人は高校入学前から頭角を現した。
「3月半ばくらいから練習参加が認められて、他校との練習試合でも投げました。レフトのフェンスまで93メートルほどあって、その向こうに4階建ての校舎があったんですけど、香川の打球はその上を越えていきましたからね。『こいつにどうやったら勝てるんやろう……』と思いました」
スーパースターだった“ドカベン”香川
香川は身長170センチで、体重は100キロほど。水島新司の野球漫画『ドカベン』の主人公・山田太郎に体格が似ていたために、“ドカベン”の愛称で野球ファンから人気を集めた。
「香川は中学生の時からスーパースターでした。体格の割に足も速かったし、肩もよかったですよ。入学してすぐの春の大阪府大会で強豪の北陽高校と対戦して、僕が2失点の完投、香川も山本もホームランを打って勝ちました」
当時の高校野球には厳しい上下関係があった。もちろん、名門の中の名門である浪商も例外ではなかった。
「でも、香川は附属中学出身やから、先輩からかわいがられていました。中学時代の野球の実績もすごくて、もし香川におかしなことをしたらその先輩が怒られるような存在。でも、僕はよそものだし、別の意味での“かわいがり”がありましたよ(笑)」
前述したエピソードは牛島の気の強さを表すものだが、それは生き残るための術でもあった。
「自分の力をつけないとそういうものから解放されない状況でした」
大阪の王者・PL学園
エース・牛島、キャッチャー・香川を擁する浪商は1977年秋の大阪府大会、近畿大会を勝ち上がり、1978年春のセンバツ出場を果たした。しかし、1回戦で高松商業(香川)と対戦して、0対3で敗れた。
浪商と同じく近畿代表として甲子園に出場したのが箕島(和歌山)だった。2年生エースの石井毅が好投を続け、黒沢尻工(岩手)を1対0、小倉(福岡)を4対1で下し順調に勝ち上がった。続くPL学園戦で石井が完封勝利(2対0)、福井商業(福井)に3対9で敗れたものの、ベスト4進出を果たした。
その当時、大阪で最強と言われたのがPL学園だった。1978年春のセンバツではベスト8進出、夏の甲子園では決勝で高知商業(高知)に逆転サヨナラ勝ちして全国制覇を果たした。エースは西田真次(のち真二に改名/広島東洋カープ)、キャッチャーは木戸克彦(阪神タイガース)だった。
「PL学園の同学年には、小早川毅彦(広島東洋カープなど)、山中潔(広島東洋カープなど)らがいました。とにかくPL学園が強くて、同じ大阪の彼らに勝たないと甲子園には行けない。だから、同じ近畿ではありましたけど、箕島を意識することはなかったですね」
1978年、夏の大阪大会で敗れた浪商は秋の大阪大会を勝ち上がり、近畿大会に駒を進めた。準々決勝で東洋大姫路(兵庫)を下してセンバツ出場権を手繰り寄せ、続く箕島戦は11対4で圧勝、決勝で尼崎北(兵庫)を倒して優勝を飾った。
これなら全国でも通用するんじゃないか
「あの大会、香川が骨折していて、代打でしか出場できなかったんです。『香川不在で勝てるのか』といろいろな人に言われたんですけど、逆にそれでみんながまとまりました。近畿大会で優勝できたことで、『香川がいなくても勝てた。香川が戻ってきたらものすごく強くなるぞ』と思えました」
牛島は4試合すべてで完投。香川に代わって四番を任された。
「打率5割くらい打ちまくったんですけど、五番の井戸義隆という選手が7割以上打ったせいで僕はあまり目立ちませんでした。近畿大会で、東洋大姫路にもPL学園にも、箕島にも勝ったから、全国でも通用するんじゃないかと思いました」
高校野球ファンに名門復活の予感を抱かせる浪商の快進撃だった。
〈つづく〉
📝「敬遠しろ」指示に「黙って見とけ!」伝説の箕島戦でセンバツ史上唯一の大記録を食らった“あのエース”は「えっ、僕だけなの? これから自慢しよう(笑)」
https://news.yahoo.co.jp/articles/dc2fb78e14b3c7d597e33383591ba0707f3a3f3f?page=1
3度も日本一になった浪商(大阪)だが、1969(昭和44)年春のセンバツでベスト4入りしたあと、甲子園の勝利から遠ざかっていた。牛島和彦が2年生で出場した1978年春のセンバツも、初戦で敗れていた。
「だから、(1979年のセンバツでは)僕たちはまず1勝しようというのが目標でした。1回戦で愛知(愛知)に6対1で勝ったけど、試合後、どうやって整列していいのかわからなかったんです(笑)。
2回戦で高知商業に3対2で勝ちました。自分の犠牲フライで点を取って、自分でも乗っていけた。逆転のピンチで味方のファインプレーが出てなんとか勝てたという試合でした」(牛島)
疲れで直球がへたって、フォークでも投げてるのか、と
準々決勝の川之江(愛媛)戦は降雨のなかで行われ、3対3のまま延長戦へ。浪商が13回にサヨナラ勝ちをおさめた。
「本当に、やっと勝てたという試合で、僕は200球以上を投げました。翌日の東洋大姫路との準決勝は疲労が溜まっていて、全然ダメでした。体がまったく言うことを聞いてくれないけど、控えのピッチャーに任せることはできません。僕がひとりで、最後まで投げるつもりでした。ストレートの最速は120キロの後半。キャッチャーの手前で落ちるので、『フォークボールでも投げてるのか』と思われたくらいでした」
現在は準々決勝の翌日と準決勝の翌日に休養日が設けられているが、20世紀の高校野球ではそんな日程は考えられなかった。エースが連投するのは当たり前。しかし、いくら鍛えていても、本来の力を発揮することはできなかった。
「今みたいに休養日があって、1日でも日程が空いていたら、少しは回復したかもしれません。3連投ではどうしようもない。でも僕の場合は、連投したことで、『どうすれば疲れないで投げることができるか』を覚えられた気がします。本当にしんどかったから、生き残るために、それを学びました。最後はもう、ヘロヘロで投げてましたけど(笑)。高校野球では7イニング制導入が議論されています。選手の体を考えればいいことに違いないけど、9イニングを戦ってこそ野球だと思います」
東洋大姫路を5対3で破って決勝に進出した浪商は箕島と激突することになった。牛島にとっては4連投目になる。前年秋の近畿大会では浪商が8回コールド勝ちをおさめたが、両校ともセンバツ出場を確実にしたあとの試合であったため、箕島のエース・石井毅は先発登板を回避している。
「敬遠しろ」「黙って見とけ!」
決勝までの4試合、40イニングをひとりで投げ切った牛島。準決勝でPL学園相手に延長10回にサヨナラ勝ちした箕島の石井にも疲れはあったものの、牛島の比ではなかった。
疲れの見える牛島に箕島打線が襲いかかり、5回終了時点で4対1とリードを奪っていた。しかし、そこから反撃した浪商が、7回表に6対5と試合をひっくり返した。
しかし7回裏、同点ホームランを放ったのが箕島の四番打者・北野敏史だった。1回にライト前ヒット、3回に三塁打、7回にホームランを放った北野は、二塁打を放てばサイクルヒット達成ということになる。8回裏、ツーアウト二塁。得点は6対7で浪商がリードを許していた。
「ベンチから伝令の選手が走ってきて『敬遠しろ』と言われました。でも僕は、サイクルヒットがかかっているのに、逃げたと思われたくなかった。『投げてんのは俺やろ。黙って見とけ』と伝令の選手に言いました。僕の言葉を伝令の選手がそのまま監督に伝えたみたいで(笑)」
絶対的な権限を持つ監督の意向に背いた牛島には、現実的な判断があった。
「とにかく、一球でもムダな球は投げたくなかったというのが本音でした」
高校野球で申告敬遠(申告故意四球)が導入されたのは2020(令和2)年だ。申告するだけでバッターは一塁に進むが、それまでは4球投げなければならなかった。
「疲れてはいるけど、テンションは上がったままですから、思わずカーッとなってそう言ってしまいました」
センバツ史上唯一のサイクルヒットに
北野に投じた2球目はセンター後方のフライになった。ジャンプしたセンターのグラブは届かず……北野は一塁、二塁を回っていく。中継プレーを経て三塁でタッチアウト。記録はツーベースとなり、センバツ史上初のサイクルヒット達成となった。それ以降、この大記録を打ち立てた者はひとりもいない。
「あれが三塁でセーフになっていたら三塁打で、サイクルヒットにはならなかった。だから、不思議な気持ちでしたね。落ち込むということはありませんでした。決勝でサイクルヒットを打たれたのは僕だけでしょう? えっ、センバツでは1回しかないんですか。ということは、センバツの100年の歴史の中で、サイクルヒットを打たれたのは僕だけ? 僕は100年にひとりのピッチャーということですね(笑)。これから自慢しよう」
決勝で敗れたものの、箕島はお互いを認め合うライバルだった。
「箕島とは何度も対戦して、お互い、どんなチームなのかがよくわかっていました。尾藤公監督は厳しくて、徹底して勝つための野球をやってきました。足を使ったり、プッシュバントをしてきたり、ヒットエンドランを絡めたり。少しでも弱みを見せれば攻め込まれてしまう。うちのチームもそうでしたから、負けはしましたけど、『いい決勝戦やったな』と心の底から思えます」
決勝まで行ってホッとした
優勝には届かなかったものの、牛島には達成感があった。
「センバツの決勝は疲労困憊で、優勝はできへんかったけど、長く低迷していた浪商を決勝まで勝ち上がらせたことでホッとした部分はありました。ずっと『3年の時には全国優勝を! 』と言われてきて、そこに近づけたから。試合後、敬遠の指示をスルーしたことを広瀬吉治監督に謝りました。『お前たちの力でここまで勝ってきたんだから、夏に頑張れ』と言われました。あの時、伝令に来た選手が少しでも表現を変えてくれたらよかったんですけど(笑)」
夏の甲子園がかかる大阪府大会まで100日ほど。エースの体に異変が生じていたことに本人は気づいていなかった。
〈つづく〉
☝八丈島で1人静養中で選手10人の八丈が逆転コールド勝ち 台風で23日次戦まで宿泊延長
https://news.yahoo.co.jp/articles/273d417dd02098f5e0b1a20d67b4099f8a083e7f
◆秋季高校野球東京都大会1次予選 ▽1回戦 八丈11―4六郷工科(19日・日本ウェルネス秋ケ瀬グラウンド)
都立校の八丈が秋3年ぶりの白星を挙げた。2点を追う8回に3連続押し出し四死球で逆転し、なお1死満塁から、1番・杉浦光(1年)が走者一掃の中越え三塁打。4番・西山光次朗(1年)も1イニング2本の左中間二塁打を放つなど、この回4安打7四死球で9得点し、コールド勝ちを決めた。
エース右腕の大沢和馬(2年)がインフルエンザのため、八丈島に残って静養中。ベンチ入り選手10人で挑み、守っても背番号6の右腕・勝田哲平(1年)が完投した。笹本義範監督(52)は「1点ずつ返していこうと。みんなが後ろにつないで、やってくれた。勝田も粘って、よく投げてくれた。1勝できたのは、この子たちの成果。これで、かなり成長すると思う」と目を細めた。
チームは18日に航空機で羽田に到着。初戦突破の後、台風25号の接近による雨天予想のため20日の代表決定戦は中止が決定。23日に延期されたため、ナインは都内の別の宿泊施設に移って備える。次に対戦する世田谷学園は、堀越OBで阪神・野村克則2軍バッテリーコーチと同期だった指揮官にとって、3年夏の西東京大会準決勝で敗れた相手だ。「めったに強豪とやることができない。がんばって9回まで食らいつきたい。彼ら(選手たち)には肌で感じてもらいたい」。5泊6日に延びた遠征で全力を尽くす。
⚾SHIONOMISAKIさんへ
まず最初に『近鉄週末フリーパス』情報ありがとうございます!!全然知らなかったです。。。。。
昨年5月に5000円だったか購入して有意義に活用しましたが、11月からは6000円に値上げしてスマホで扱うとなると、、、、、もう利用しないと思います↓↓
さて、今日から三重宿泊観戦ですか!なんとか台風の影響もほぼほぼ受けることなく帰って来れそうで何よりです。NHKデータ放送によると、僕が観戦した明石は最高気温32、3度。津は31、0度ということで、、、7割がたは曇空でしたが晴れたらめちゃくちゃ熱いし雲が広がっても蒸し暑いのでしんどかったですね。海の近くにあるのに風があまりなく旗が垂れ下がってましたし。
今日の兵庫大会もあわや延長タイブレークか???という接戦に持ち込み2試合とも1点差ゲームでしたが、試合終了15時35分と粘りましたね。兵庫は京都の次に淡白かつハイペースで試合がサクサク進むイメージですが。
津も調べたら理想通り??第1試合よりも第2試合の方が長かったようで17時14分まで粘ったんですね。ただ、伊勢では津西13-7明野が3時間08分の死闘だったようで、、、3回終了9-0からの明野の猛追だったようですが。夏にこの対戦を四日市で観戦して明野が津西に15-8 8回コールド・2時間52分の死闘を観戦しましたが、やはりノーガードの打ち合いですね!!
今日の空模様だったらあるいは試合終盤またナイター点灯だったかも!!
ただ、伊勢はバスの本数が少ないし、宇治山田駅まで徒歩30分程度かかるので、、、、、あんまり粘られても帰りの足に苦慮するので・・・・・。
まだ天気予断を許さないですが、春は松阪・夏は二部制の四日市でナイター観戦したので秋は津を熱望しております。台風一過で晴れてくれたらエエけど、23日準決勝。。。
P・S 津市営球場はコンクリートジャングルのイメージが強いですね。松阪や四日市は外野芝生席ありますが、津と伊勢は外野もコンクリートの石段でゴツゴツしてますから・・・。
さらにスタンド一周グルリ見渡してもビル群が目立ちますね!僕が初来場した2004年夏はまだネット裏の席もコンクリートむき出しで手書きのスコアボードでしたが、三重スリーアローズや幻の2021三重国体の兼ね合いで何度かリニューアルされて少しずつ改善されましたが・・・・・。
あのネット裏のスタンドだけ、なぜかしら壁が随所に行く手を阻み中段だと1塁側から3塁側まで直進できないのが・・・・・。誰が設計したのか知りませんが迷路でも作りたかったのかな???
ああいう構造のスタンドは日本全国探しても見当たらない気がしますね!
津新町駅から徒歩20分弱だし、近くに津城跡公園などもありアクセスは良いのですが・・・・・。屋根も未だにないし、夏は熱くてもう通えないと断念しております。今年の夏はレンタサイクル借りて四日市の二部制に挑みましたが、40度近い熱さで第2試合開始が16時にずれ込み18時52分終了と這う這うの体で帰ってきたので、、、夜ご飯はファミリーマートの冷やしラーメンを近鉄電車の車内で頬張っておったし、、、幸い車両に3人程度しかおらんかったので。
来夏は屋根のある伊勢がベストかな?!長い昼休み内宮参拝してまた戻って来れたら・・・バスの時間調整が難しいですが考えておきます!
9.19は硬式野球、9.20は軟式野球が開催される予定
なんで近鉄の週末フリーパスで行きます。
観戦記は時間あればカキコしたいです。
近鉄週末フリーパスの紙の企画乗車券は10月で
販売終了します。リンク貼りましたのでご参考に。
https://files.microcms-assets.io/assets/f76cb3f097104533921f6d6262a336ee/e2877a8716e446df9335d7533d8d9e15/oshirase_260916-270331.pdf
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⚾明日の和歌山大会一次予選組み合わせ(6日目 代表決定戦 紀三井寺球場)
09:00~ 智弁和歌山- 粉 河
☆☆ 11:30~ 田 辺 -和歌 山商
⚾明日の兵庫大会組み合わせ(3日目 1・2回戦)
明石トーカロ球場
☆☆ 10:00~ 社 -須磨 翔風
☆☆ 13:00~ 須磨 学園-滝 川 二
ウインク球場
10:00~ 赤 穂 - 星 陵
13:00~ 小 野 工-明 石 商
G7スタジアム神戸
10:00~ 市 尼 崎- 飾 磨
13:00~ 龍 野 -武庫荘総合
ReFillスタジアム
☆ 10:00~ 彩星 工科-姫 路 工
13:00~ 高 砂 -須 磨 東
ベイコム球場
10:00~ 高 砂 南-県 伊 丹
13:00~ 洲 本 -篠 山 産
⚾明日の岡山大会組み合わせ(初日 1回戦)
倉敷MS
10:00~ 就 実 - 勝 山
12:30~ 方谷 学舎-岡山 朝日
エイコン球場
10:00~ 岡 山 工- 高 梁
12:30~ 美 作 -作陽 学園
✌甲子園 喜怒哀楽 「九学」を全国区にした名将 坂井宏安の「喜」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568845
✌甲子園 喜怒哀楽 県岐阜商ベスト4に貢献 横山温大の「喜」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568830
✌甲子園 喜怒哀楽 高校3年夏の甲子園で65奪三振 辻内崇伸の「喜」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568818
📝実力校ぞろいのBゾーン Cゾーンは鳥取城北が軸 19日開幕、秋季鳥取県高校野球大会
https://www.nnn.co.jp/articles/-/800825?gsign=yes
来春の選抜大会の選考資料となる秋季鳥取県高校野球大会兼第147回秋季中国地区大会県予選は19日、どらドラパーク米子市民球場で開幕し、19チームが熱戦を繰り広げる。上位4チームは中国大会(10月23~25日、31日、11月1日・どらドラパーク米子市民球場ほか)の出場権と来春の県大会のシード権を獲得する。新チームの船出となる大会を展望する。
【Aゾーン】
西部1位の米子東が中心。地区大会の全3試合で2桁得点を挙げた強力打線に加え、バッテリーを中心とした守りも高い。
米子松蔭は堅守を発揮し、5年連続の中国大会出場を狙う。
東部勢同士の対戦となった鳥取西―鳥取東は互いに手の内を知っており、拮抗した試合になりそうだ。
【Bゾーン】
実力校がそろい、激戦必至のゾーン。東部2位の鳥取商は経験値の高い辻を筆頭に、分厚い投手陣を擁する。
対する境は打線がいかに攻略するかが鍵。
西部2位の米子北は夏を経験したダブルエースの小柳、松影に力がある。
1年生主体の米子工は思い切ったプレーで旋風を起こしたい。
【Cゾーン】
鳥取城北が頭一つ抜けている。夏の甲子園を経験した選手が多く残り、投攻守に隙がない。打線は得点力が高く、守備も二遊間を軸に堅い。
米子西は総合力の高さで勝負する。
岩美は投打の中心となる2年生の活躍が不可欠だ。
連合チームは堅実な守備で粘り強く戦い、上位をうかがう。
【Dゾーン】
中部1位の倉吉北がリードする。夏4強の実力を発揮し、地区大会は全試合でコールド勝ちした。活発な打線にそつのない走塁を絡めて攻撃を仕掛ける。
倉吉東はエース村上を中心に、しっかりと守って勝機を見いだしたい。
鳥取育英は小技を使って打線をつなぎ、下克上を狙う。
森岡正博氏が米子松蔭新監督へ
秋季鳥取県高校野球大会に向けて米子松蔭の監督が交代し、森岡正博氏が初めて指揮を執る。
【略歴】鳥取市出身。米子商高(現米子松蔭高)卒。高校時代は捕手としてプレーした。卒業後は地元企業に就職。2015年10月から同校で外部指導者を務めており、17年夏と25年春の甲子園出場に貢献した。59歳。
【抱負】選手が思い切ってプレーできる環境づくりを心がけている。レギュラーも控え選手も全員が役割を全うし、一丸となって戦えるチームをつくりたい。一戦一球を大切にして日本一を目指す。
👣明桜・輿石重弘監督が退任 ロッテ山口&オリックス曽谷らが教え子…今月15日付でノースアジア大監督就任明桜・輿石重弘監督が退任 ロッテ山口&オリックス曽谷らが教え子…今月15日付でノースアジア大監督就任
https://news.yahoo.co.jp/articles/9572df8b8ca00cb54cb20399915d50080995a7ae
明桜(秋田)の輿石重弘監督(63)が退任し、今月15日付で系列のノースアジア大硬式野球部の監督に就任したことが17日、分かった。今後は明桜の総監督も兼務する。同校は通常の人事異動の一環であると明かし、「今年は、明桜高校硬式野球部監督としてちょうど10年の節目であり、教頭という教員の要でもあることから、学務に重きを置いていただくとともに、今後は、また違った目で野球の指導を行っていただく」と説明。後任は正式に決まり次第、発表される見通し。
山梨出身の輿石氏は、帝京三の監督などを歴任し、17年4月に明桜の監督に就任。同年夏にいきなり甲子園出場へ導いた。21年夏には同校31年ぶりとなる甲子園勝利を挙げたほか、23年夏にも出場を果たした。明桜での教え子には山口航輝(ロッテ)、曽谷龍平(オリックス)らがいる。また同校は、ノースアジア大監督就任の理由について「輿石監督の力量が買われて、任命されたもの」とした。
📝「金沢の町から人がいなくなった」“高校野球史上最高の試合”死闘の結末で何が起きたか…星稜の名将は「自分の器の小ささがよくわかりました」
https://news.yahoo.co.jp/articles/c36aa5d7fa3a6da25a334857b6b99509852e8b8e
1979(昭和54)年夏の甲子園で行われた星稜と箕島の一戦が「高校野球史上最高の試合」と言われるのは、「ドラマ」という言葉が陳腐に思えるほど、劇的なことが次々に起こったからだ。
16回の攻防がクライマックスだったと言っていいだろう。この回表、星稜はワンアウトから四番の川井直之がデッドボールで出塁。五番の堅田外司昭のヒットでチャンスを広げた。六番が倒れツーアウトとなったが、七番の山下靖がライト前に弾き返して3対2。またリードを奪うことに成功した。あとはこの1点を守るだけだ。
「最後のひとり」のファウルフライが……
箕島の打順は四番の北野敏史から。春のセンバツで史上初のサイクルヒットを放った強打者だが、この日は快音を響かせることができない。二塁ゴロに倒れてワンアウト。続く五番の上野敬三が三振し、箕島にはもうあとがなくなった。
六番・森川康弘の打球が一塁側のファウルグラウンドに上がった……。やっと決着がついたというざわめきがすぐに悲鳴に変わった。ファーストの加藤直樹が転倒し、捕り損ねたのだ。加藤は2025(令和7)年に甲子園歴史館で行われたトークイベントで「あの瞬間」をこう振り返っている。
「もう体力の限界に来ていました。フライが上がった瞬間に『捕れる』と思って追いかけたんですけど、気がついたら転んでいて……」
最後のバッターになるところを助けられた形になった森川がフルスイングした打球は、左中間スタンドに飛び込んだ。またも、3対3の振り出しに戻った。星稜・山下智茂監督は言う。
「16回表の山下のタイムリーヒットが出た瞬間に『もう勝った』と思いました。だけど、箕島のライトの守備がすごかったんですよ。ライト線に飛んだ打球を捕ってツーベースにさせなかった。こちらも研究しているけど、箕島もすごいなと思いましたね。
加藤が転がった瞬間は『まあ、仕方がない』と思いました。そのあとにホームランを打たれるとは思ってなかったから。バッターを打ち取ればいい。森川くんはライトヒッターだというデータがあったので、レフト方向にホームランを打たれてショックでした。箕島の底力を思い知らされましたね。同点に追いつかれたことで『加藤は大丈夫かな……』と思いました」
17回は両チームともに三者凡退。残るは18回だけだ。
泣いても笑っても最終回の攻防
18回表の攻撃、星稜は三番からの好打順だった。ワンアウトのあと、四番・川井がヒット。五番の堅田が打席にいる時、場内アナウンスが流れた。このまま決着がつかない場合は翌朝8時30分からプレーボールになるという事務連絡だった。
「それを聞いた瞬間、堅田の肩が落ちるのがわかりました。うちには堅田しかピッチャーはいない。明日再試合になったら負けるな……と思いました」
それでも堅田はヒット。ツーアウトから七番・山下がセンター前ヒットを放つも、ランナーはホームに帰れない。満塁のチャンスで代打が三振を奪われて、星稜の勝利はなくなった。18回裏、この日延べ60人以上のバッターと対峙してきた堅田は、足を引きずるようにしてマウンドに向かった。
「猛練習で鍛えてきたといっても、選手たちにもう体力はありません。ギリギリの状態で戦っていましたから。この回、堅田のボールは浮いていましたね」
先頭打者に続き、一死後にこの日ノーヒットの北野にもフォアボールを与えた。ワンアウト一、二塁から五番の上野の打球はショートの頭を越え、二塁走者がホームにヘッドスライディング。4時間近い激闘に幕が下ろされた。
「負けたか……というよりも、生徒がよく頑張ったと思いました。選手たちをほめてやりたい、抱きしめてやりたいというのが、試合後の僕の第一声でした」
エースと心中する気持だった
この試合のテレビ視聴率は29.4パーセントだった。
「あとで聞いたことですけど、その時間帯、金沢の町に人がいなかったらしいです。ちょうどお盆やったんですけど、盆踊りで集まった人たちも途中でやめてテレビを見に帰ったという」
これほどの極限の戦いに、もう作戦はなかった。
「堅田と心中する気持ちでした。18回裏に伝令を出して僕の指示を伝えようとしたんです。僕はいつも紙にメッセージを書いて、伝令に持たせる。この時は、『悔いのないように投げろよ』というメモを渡した。それを読めば、少しは落ち着いてくれるだろうと思って。ところが堅田はもう疲れ切ってしまって、それを読むことができなかったそうです。死力を振り絞って投げたということです」
両エースともに最後までマウンドを守り抜いた。石井の投球数は257、19安打を打たれたものの(すべてシングルヒット)、16三振を奪い、3点しか許さなかった。堅田の投球数は208。被安打は12(うち2本塁打)だった。
「うちのほうがヒット数は多かった。それでも負けたんだから、監督の差でしょうね」
星稜が攻め、箕島が追いつくという展開。最後の最後で勝利を手にしたセンバツ王者の指揮官には試合中、ずっと笑顔があった。エラーが出ても“尾藤スマイル”だった。
山下が尾藤スマイルから学んだこと
「あの試合、監督と監督との戦いでもありました。ベンチにいる尾藤(公)さんの表情が見えるんですけど、ピンチでも笑っていましたね。そのことに驚きました。普段の練習や練習試合ではそんなことはありません。笑顔なんかひとつもない。怒ってばっかりですよ。厳しさでは僕よりも全然上です。でも、甲子園では“尾藤スマイル”なんですよね。尾藤さんはミスを許すことができる、度量の大きな監督でした」
箕島に敗れ、尾藤の大きさを思い知らされた山下は自分を変えることを決意する。
「あの試合で、それを見て、自分の器の小ささがよくわかりました。どうして笑うことができるのか——それを考え、研究し続けました。自宅の玄関に大きな姿見を置いて、登校前に10分間、帰宅してから10分間、自分自身とにらめっこをしました。今日のネクタイはどうだろう? 明日は生徒にもらったネクタイで行こうと考えるようにもなりました」
さまざまな種類の本を読み、人の話をよく聞くようにもなった。
「それまでの自分では勝てないと思いいたりました。お医者さんが勉強会を開いてくれたり、経営者の集まりに呼んでもらったり。『これを読んでみたら』と勧められた本を読みました。そうすることで少しずつ成長できたと思います」
自分の成長を実感したことで、生徒との関わりにも変化が生まれた。
「自信がついてきて、自分の心がわかるようになりました。生徒はいつも監督の顔色を見ています。その生徒の表情から、心のなかを覗けるようになったんですね」
あの敗北は山下にとって新しいスタート。星稜が次のステップに上がるきっかけにもなったのだ。
〈つづく〉
📝「延長18回と5連続敬遠」の共通点…星稜・山下智茂監督が81歳の今も心に秘める教訓「もしあの試合に勝っていたら、天狗になってクビだったかも」
https://news.yahoo.co.jp/articles/7c1e00fb041223fe49a392ed3f36a21ea5de2427
1980(昭和55)年は春夏ともに甲子園出場を逃した星稜だったが、その後は甲子園常連校として誰もが認める存在になった。1981年春のセンバツから、5シーズン連続で甲子園まで勝ち上がった。山下智茂監督は当時をこう振り返る。
「(1979年夏の)延長18回を戦って、みなさんに『よくやった』と言ってもらいましたが、やっぱり負けたことは悔しかった。1、2年生はあの試合を経験したことで『次は頑張ろう』と思ったはずです。悔しければやり返すしかない。勝つ喜びを味わいたい。厳しい練習によくついてきてくれました」
それまでのスパルタ練習がさらに激しさを増した。
「目標が明確になりましたからね。日本一になろうと思ったら、箕島みたいなチームに勝たないといけない。それまではひたすら勝つことを目指していたけれど、“尾藤スマイル”を見たり、いろいろな人の話を聞くことで自分自身も変わりました」
しかし、甲子園にたどりついても、勝利が遠い。
育てる野球に変えるために
1989年1月7日に昭和天皇が崩御。元号が昭和から平成へと変わった。
「勝つ野球から(選手を)育てる野球にしようと考えました。練習の厳しさは同じですけど、グラウンド以外のことを変えましたね。たとえば、広島遠征の時には平和記念資料館を見学したり、海軍兵学校があった江田島まで移動して、自分たちと同じ10代の若者がどんな気持ちで戦争に行ったのか、平和を考えさせるようにしました」
野球とは直接的には関係ないように思えるが、そうすることで選手の取り組み方が変化していった。
「自分で考えることで、いろいろなことに気づくことができる。そうなると、野球のプレーも変わってきますよね。野球をする喜びも改めて感じるようになったようです」
星稜の躍進の原動力になる松井秀喜が入学したのが1990(平成2)年4月だ。その打棒の強烈さから“ゴジラ”の異名をつけられる松井は、1年生で四番を任された。初めて出場した1990年夏の甲子園は2回戦で敗退したが、翌年夏の甲子園で準決勝進出、1992年春のセンバツでベスト8入りを果たした。最後の夏は、2回戦で明徳義塾(高知)に敗れた。松井が5打席連続敬遠されたことが社会問題になった。
「8月16日は僕にとって特別なんですよ。箕島に延長18回で負けたのも、松井の5敬遠で負けたのもその日だから」
40代半ばを過ぎて、山下はこう考えるようになっていた。
「野球は人がするもの。やっぱり人間力を鍛えないと勝負には勝てない。心を磨かないと野球はうまくならないんです。そういうことに気づきました。
私生活が乱れていたらミスが起こるし、勝負に勝てない。星稜の野球も変化しましたし、それで教えることが楽しくなりました。昔は監督がガンガン怒っていたけど、僕が勉強して変わったことで生徒も変化していった。生徒をもっと喜ばせなきゃと思うようになりましたね」
もし“延長18回”に勝っていたら
箕島との延長18回の死闘で敗れたからこそ気づけたこと、そして変化の結果として星稜の甲子園での躍進があった。
「もしあの試合に勝っていたら、天狗になって監督をクビになったかもしれない。『勝負は勝ちゃええんや』と思い込んでいた可能性もあります。そういう意味で、自分を変えてくれた試合でした」
厳しさは以前と同じでも、選手へのアプローチが違った。
「厳しいのは厳しいですよ、そこは変わらず。指導者に大事なものは情熱と愛だと思うんです。それが前に出てきたような気がします」
あの日に生まれた星稜と箕島との絆。山下はのちに両校メンバーによって行われた交流戦で起こったあるシーンをよく覚えている。
「うちが2対1で勝っている場面で僕がマウンドに上がって、代打で尾藤(公)さんが出てきた。打球がピッチャーとファーストの間に上がったから、加藤(直樹)に任せたんですよ。落としそうになりながら、加藤がキャッチしました。試合のあとに尾藤さんがこう言ったんです。『今日は加藤くんに乾杯だ! 』と。加藤は泣きながら、ものすごく喜んでいました。『あの時のあれはエラーじゃない、転倒だ』と尾藤さんが言ってくれたことで、加藤は救われたと思います」
星稜と箕島との「高校野球史上最高の試合」から47年が経った。監督だった尾藤は2011年にこの世を去り、あの時の選手たちは60代半ばにさしかかった。
81歳の今も高校野球の指導を
山下は2005年9月に星稜の監督を勇退、野球部名誉監督に就任した。尾藤の後任として甲子園歴史館顧問をつとめながら、81歳になった今もまだ、高校野球の指導を行っている。
「昭和、平成、令和と3元号にわたって、高校野球の指導ができることを幸せに思います。一生懸命に野球をやってきてよかったなと。最後に、自分がお世話になった高校野球に恩返しがしたい」
現在は、母校である石川県立門前高校野球指導アドバイザーの肩書も持つ。
「能登半島の西部にある門前に住む知人から『町おこしをしてくれんか』と頼まれました。野球で勝つことも大事ですけど、町の人たちに喜んでもらえることがうれしい。『山ちゃん、よう頑張っとるな』と声をかけてもらいます。月曜日には幼稚園に行って、小さい子に野球を教えています」
80歳を過ぎても、高校生を相手にノックを打ち、バッティング練習ではピッチャーもつとめる。
「バッティングピッチャーをしないと生徒の調子がわからないんですよ。『ここは得意なコースだけど、ここが苦手だな』というのも。指導を始めて3年なんですけど、はじめはマイナスなことばかりを言っていました。『こうしちゃダメ、あそこがダメ』だと。去年の秋にそれじゃいかんと思い、言葉のかけ方を変えたんですよ。『ここを打ってみたら』『こうすればいいぞ』と言うようにしたら、1年生大会で準優勝しましてね。いい結果が出て驚きました」
指導者がかける言葉の強さを実感する日々だ。
「やっぱり言葉っていうのは大事なんだなと思います。プラスの言葉をかけることでいい結果が生まれる。たったひと言で生徒は変わるんですよ。特に能登の子は素朴です。純粋だから、アドバイスを素直に聞く。だから、めちゃくちゃ伸びるんですよ」
教壇から離れても、山下は根っからの教師だ。
「教師というのは、金は貯まらんですよ。だけど、僕にとって財とは人なんです。生徒があって指導ができるんだから、生徒を大事にしないといけない。特に補欠の子を大事にしないとチームは強くならないと思います。若い監督さんは補欠をほったらかしにするから、問題が起こる。
野球をする以前に大事なのは、あいさつ、しつけ、教育ですね。食べること、グラウンド以外の生活態度、言葉遣い。そういうことを教えていくうちに野球で勝てるようになります」
今も毎日鍛えていますよ
100年を超える歴史を持つ高校野球は時代とともに変化してきた。これからも変わっていくことだろう。
「高校野球のいいところは残しながら、変えるべきところを変える。歴史や伝統などは大事にしてほしい」
山下の朝は早い。高校生を指導するために、健康に気を配っている。
「朝4時45分に起床してランニングをします。寮にいる生徒がその時間に素振りをしたり、シャドウピッチングをしたりしているのを見ます。監督だった僕が元気でいないと、OBたちは顔を見に来てくれませんから。健康管理に気をつけながら、いつでも相談に乗れるようにしないと。毎日、スポーツジムに行って、ウエイトトレーニングやって、プールで鍛えていますよ」
80歳を過ぎても、若い時と考えることは同じだ。
「守備を鍛えるのはノックですからね。ノックも昔のようにはいきません(笑)。ミスした時には『ごめん、ごめん』と謝ります。いいノックを打ちたい。少しでも長く野球をやりたいと思っています」
「高校野球史上最高の試合」から47年。時間は過ぎても、名将の野球への思いは変わることがない。
09:00~ 智弁和歌山- 粉 河
☆☆ 11:30~ 田 辺 -和歌 山商
⚾明日の兵庫大会組み合わせ(3日目 1・2回戦)
明石トーカロ球場
☆☆ 10:00~ 社 -須磨 翔風
☆☆ 13:00~ 須磨 学園-滝 川 二
ウインク球場
10:00~ 赤 穂 - 星 陵
13:00~ 小 野 工-明 石 商
G7スタジアム神戸
10:00~ 市 尼 崎- 飾 磨
13:00~ 龍 野 -武庫荘総合
ReFillスタジアム
☆ 10:00~ 彩星 工科-姫 路 工
13:00~ 高 砂 -須 磨 東
ベイコム球場
10:00~ 高 砂 南-県 伊 丹
13:00~ 洲 本 -篠 山 産
⚾明日の岡山大会組み合わせ(初日 1回戦)
倉敷MS
10:00~ 就 実 - 勝 山
12:30~ 方谷 学舎-岡山 朝日
エイコン球場
10:00~ 岡 山 工- 高 梁
12:30~ 美 作 -作陽 学園
✌甲子園 喜怒哀楽 「九学」を全国区にした名将 坂井宏安の「喜」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568845
✌甲子園 喜怒哀楽 県岐阜商ベスト4に貢献 横山温大の「喜」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568830
✌甲子園 喜怒哀楽 高校3年夏の甲子園で65奪三振 辻内崇伸の「喜」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568818
📝実力校ぞろいのBゾーン Cゾーンは鳥取城北が軸 19日開幕、秋季鳥取県高校野球大会
https://www.nnn.co.jp/articles/-/800825?gsign=yes
来春の選抜大会の選考資料となる秋季鳥取県高校野球大会兼第147回秋季中国地区大会県予選は19日、どらドラパーク米子市民球場で開幕し、19チームが熱戦を繰り広げる。上位4チームは中国大会(10月23~25日、31日、11月1日・どらドラパーク米子市民球場ほか)の出場権と来春の県大会のシード権を獲得する。新チームの船出となる大会を展望する。
【Aゾーン】
西部1位の米子東が中心。地区大会の全3試合で2桁得点を挙げた強力打線に加え、バッテリーを中心とした守りも高い。
米子松蔭は堅守を発揮し、5年連続の中国大会出場を狙う。
東部勢同士の対戦となった鳥取西―鳥取東は互いに手の内を知っており、拮抗した試合になりそうだ。
【Bゾーン】
実力校がそろい、激戦必至のゾーン。東部2位の鳥取商は経験値の高い辻を筆頭に、分厚い投手陣を擁する。
対する境は打線がいかに攻略するかが鍵。
西部2位の米子北は夏を経験したダブルエースの小柳、松影に力がある。
1年生主体の米子工は思い切ったプレーで旋風を起こしたい。
【Cゾーン】
鳥取城北が頭一つ抜けている。夏の甲子園を経験した選手が多く残り、投攻守に隙がない。打線は得点力が高く、守備も二遊間を軸に堅い。
米子西は総合力の高さで勝負する。
岩美は投打の中心となる2年生の活躍が不可欠だ。
連合チームは堅実な守備で粘り強く戦い、上位をうかがう。
【Dゾーン】
中部1位の倉吉北がリードする。夏4強の実力を発揮し、地区大会は全試合でコールド勝ちした。活発な打線にそつのない走塁を絡めて攻撃を仕掛ける。
倉吉東はエース村上を中心に、しっかりと守って勝機を見いだしたい。
鳥取育英は小技を使って打線をつなぎ、下克上を狙う。
森岡正博氏が米子松蔭新監督へ
秋季鳥取県高校野球大会に向けて米子松蔭の監督が交代し、森岡正博氏が初めて指揮を執る。
【略歴】鳥取市出身。米子商高(現米子松蔭高)卒。高校時代は捕手としてプレーした。卒業後は地元企業に就職。2015年10月から同校で外部指導者を務めており、17年夏と25年春の甲子園出場に貢献した。59歳。
【抱負】選手が思い切ってプレーできる環境づくりを心がけている。レギュラーも控え選手も全員が役割を全うし、一丸となって戦えるチームをつくりたい。一戦一球を大切にして日本一を目指す。
👣明桜・輿石重弘監督が退任 ロッテ山口&オリックス曽谷らが教え子…今月15日付でノースアジア大監督就任明桜・輿石重弘監督が退任 ロッテ山口&オリックス曽谷らが教え子…今月15日付でノースアジア大監督就任
https://news.yahoo.co.jp/articles/9572df8b8ca00cb54cb20399915d50080995a7ae
明桜(秋田)の輿石重弘監督(63)が退任し、今月15日付で系列のノースアジア大硬式野球部の監督に就任したことが17日、分かった。今後は明桜の総監督も兼務する。同校は通常の人事異動の一環であると明かし、「今年は、明桜高校硬式野球部監督としてちょうど10年の節目であり、教頭という教員の要でもあることから、学務に重きを置いていただくとともに、今後は、また違った目で野球の指導を行っていただく」と説明。後任は正式に決まり次第、発表される見通し。
山梨出身の輿石氏は、帝京三の監督などを歴任し、17年4月に明桜の監督に就任。同年夏にいきなり甲子園出場へ導いた。21年夏には同校31年ぶりとなる甲子園勝利を挙げたほか、23年夏にも出場を果たした。明桜での教え子には山口航輝(ロッテ)、曽谷龍平(オリックス)らがいる。また同校は、ノースアジア大監督就任の理由について「輿石監督の力量が買われて、任命されたもの」とした。
📝「金沢の町から人がいなくなった」“高校野球史上最高の試合”死闘の結末で何が起きたか…星稜の名将は「自分の器の小ささがよくわかりました」
https://news.yahoo.co.jp/articles/c36aa5d7fa3a6da25a334857b6b99509852e8b8e
1979(昭和54)年夏の甲子園で行われた星稜と箕島の一戦が「高校野球史上最高の試合」と言われるのは、「ドラマ」という言葉が陳腐に思えるほど、劇的なことが次々に起こったからだ。
16回の攻防がクライマックスだったと言っていいだろう。この回表、星稜はワンアウトから四番の川井直之がデッドボールで出塁。五番の堅田外司昭のヒットでチャンスを広げた。六番が倒れツーアウトとなったが、七番の山下靖がライト前に弾き返して3対2。またリードを奪うことに成功した。あとはこの1点を守るだけだ。
「最後のひとり」のファウルフライが……
箕島の打順は四番の北野敏史から。春のセンバツで史上初のサイクルヒットを放った強打者だが、この日は快音を響かせることができない。二塁ゴロに倒れてワンアウト。続く五番の上野敬三が三振し、箕島にはもうあとがなくなった。
六番・森川康弘の打球が一塁側のファウルグラウンドに上がった……。やっと決着がついたというざわめきがすぐに悲鳴に変わった。ファーストの加藤直樹が転倒し、捕り損ねたのだ。加藤は2025(令和7)年に甲子園歴史館で行われたトークイベントで「あの瞬間」をこう振り返っている。
「もう体力の限界に来ていました。フライが上がった瞬間に『捕れる』と思って追いかけたんですけど、気がついたら転んでいて……」
最後のバッターになるところを助けられた形になった森川がフルスイングした打球は、左中間スタンドに飛び込んだ。またも、3対3の振り出しに戻った。星稜・山下智茂監督は言う。
「16回表の山下のタイムリーヒットが出た瞬間に『もう勝った』と思いました。だけど、箕島のライトの守備がすごかったんですよ。ライト線に飛んだ打球を捕ってツーベースにさせなかった。こちらも研究しているけど、箕島もすごいなと思いましたね。
加藤が転がった瞬間は『まあ、仕方がない』と思いました。そのあとにホームランを打たれるとは思ってなかったから。バッターを打ち取ればいい。森川くんはライトヒッターだというデータがあったので、レフト方向にホームランを打たれてショックでした。箕島の底力を思い知らされましたね。同点に追いつかれたことで『加藤は大丈夫かな……』と思いました」
17回は両チームともに三者凡退。残るは18回だけだ。
泣いても笑っても最終回の攻防
18回表の攻撃、星稜は三番からの好打順だった。ワンアウトのあと、四番・川井がヒット。五番の堅田が打席にいる時、場内アナウンスが流れた。このまま決着がつかない場合は翌朝8時30分からプレーボールになるという事務連絡だった。
「それを聞いた瞬間、堅田の肩が落ちるのがわかりました。うちには堅田しかピッチャーはいない。明日再試合になったら負けるな……と思いました」
それでも堅田はヒット。ツーアウトから七番・山下がセンター前ヒットを放つも、ランナーはホームに帰れない。満塁のチャンスで代打が三振を奪われて、星稜の勝利はなくなった。18回裏、この日延べ60人以上のバッターと対峙してきた堅田は、足を引きずるようにしてマウンドに向かった。
「猛練習で鍛えてきたといっても、選手たちにもう体力はありません。ギリギリの状態で戦っていましたから。この回、堅田のボールは浮いていましたね」
先頭打者に続き、一死後にこの日ノーヒットの北野にもフォアボールを与えた。ワンアウト一、二塁から五番の上野の打球はショートの頭を越え、二塁走者がホームにヘッドスライディング。4時間近い激闘に幕が下ろされた。
「負けたか……というよりも、生徒がよく頑張ったと思いました。選手たちをほめてやりたい、抱きしめてやりたいというのが、試合後の僕の第一声でした」
エースと心中する気持だった
この試合のテレビ視聴率は29.4パーセントだった。
「あとで聞いたことですけど、その時間帯、金沢の町に人がいなかったらしいです。ちょうどお盆やったんですけど、盆踊りで集まった人たちも途中でやめてテレビを見に帰ったという」
これほどの極限の戦いに、もう作戦はなかった。
「堅田と心中する気持ちでした。18回裏に伝令を出して僕の指示を伝えようとしたんです。僕はいつも紙にメッセージを書いて、伝令に持たせる。この時は、『悔いのないように投げろよ』というメモを渡した。それを読めば、少しは落ち着いてくれるだろうと思って。ところが堅田はもう疲れ切ってしまって、それを読むことができなかったそうです。死力を振り絞って投げたということです」
両エースともに最後までマウンドを守り抜いた。石井の投球数は257、19安打を打たれたものの(すべてシングルヒット)、16三振を奪い、3点しか許さなかった。堅田の投球数は208。被安打は12(うち2本塁打)だった。
「うちのほうがヒット数は多かった。それでも負けたんだから、監督の差でしょうね」
星稜が攻め、箕島が追いつくという展開。最後の最後で勝利を手にしたセンバツ王者の指揮官には試合中、ずっと笑顔があった。エラーが出ても“尾藤スマイル”だった。
山下が尾藤スマイルから学んだこと
「あの試合、監督と監督との戦いでもありました。ベンチにいる尾藤(公)さんの表情が見えるんですけど、ピンチでも笑っていましたね。そのことに驚きました。普段の練習や練習試合ではそんなことはありません。笑顔なんかひとつもない。怒ってばっかりですよ。厳しさでは僕よりも全然上です。でも、甲子園では“尾藤スマイル”なんですよね。尾藤さんはミスを許すことができる、度量の大きな監督でした」
箕島に敗れ、尾藤の大きさを思い知らされた山下は自分を変えることを決意する。
「あの試合で、それを見て、自分の器の小ささがよくわかりました。どうして笑うことができるのか——それを考え、研究し続けました。自宅の玄関に大きな姿見を置いて、登校前に10分間、帰宅してから10分間、自分自身とにらめっこをしました。今日のネクタイはどうだろう? 明日は生徒にもらったネクタイで行こうと考えるようにもなりました」
さまざまな種類の本を読み、人の話をよく聞くようにもなった。
「それまでの自分では勝てないと思いいたりました。お医者さんが勉強会を開いてくれたり、経営者の集まりに呼んでもらったり。『これを読んでみたら』と勧められた本を読みました。そうすることで少しずつ成長できたと思います」
自分の成長を実感したことで、生徒との関わりにも変化が生まれた。
「自信がついてきて、自分の心がわかるようになりました。生徒はいつも監督の顔色を見ています。その生徒の表情から、心のなかを覗けるようになったんですね」
あの敗北は山下にとって新しいスタート。星稜が次のステップに上がるきっかけにもなったのだ。
〈つづく〉
📝「延長18回と5連続敬遠」の共通点…星稜・山下智茂監督が81歳の今も心に秘める教訓「もしあの試合に勝っていたら、天狗になってクビだったかも」
https://news.yahoo.co.jp/articles/7c1e00fb041223fe49a392ed3f36a21ea5de2427
1980(昭和55)年は春夏ともに甲子園出場を逃した星稜だったが、その後は甲子園常連校として誰もが認める存在になった。1981年春のセンバツから、5シーズン連続で甲子園まで勝ち上がった。山下智茂監督は当時をこう振り返る。
「(1979年夏の)延長18回を戦って、みなさんに『よくやった』と言ってもらいましたが、やっぱり負けたことは悔しかった。1、2年生はあの試合を経験したことで『次は頑張ろう』と思ったはずです。悔しければやり返すしかない。勝つ喜びを味わいたい。厳しい練習によくついてきてくれました」
それまでのスパルタ練習がさらに激しさを増した。
「目標が明確になりましたからね。日本一になろうと思ったら、箕島みたいなチームに勝たないといけない。それまではひたすら勝つことを目指していたけれど、“尾藤スマイル”を見たり、いろいろな人の話を聞くことで自分自身も変わりました」
しかし、甲子園にたどりついても、勝利が遠い。
育てる野球に変えるために
1989年1月7日に昭和天皇が崩御。元号が昭和から平成へと変わった。
「勝つ野球から(選手を)育てる野球にしようと考えました。練習の厳しさは同じですけど、グラウンド以外のことを変えましたね。たとえば、広島遠征の時には平和記念資料館を見学したり、海軍兵学校があった江田島まで移動して、自分たちと同じ10代の若者がどんな気持ちで戦争に行ったのか、平和を考えさせるようにしました」
野球とは直接的には関係ないように思えるが、そうすることで選手の取り組み方が変化していった。
「自分で考えることで、いろいろなことに気づくことができる。そうなると、野球のプレーも変わってきますよね。野球をする喜びも改めて感じるようになったようです」
星稜の躍進の原動力になる松井秀喜が入学したのが1990(平成2)年4月だ。その打棒の強烈さから“ゴジラ”の異名をつけられる松井は、1年生で四番を任された。初めて出場した1990年夏の甲子園は2回戦で敗退したが、翌年夏の甲子園で準決勝進出、1992年春のセンバツでベスト8入りを果たした。最後の夏は、2回戦で明徳義塾(高知)に敗れた。松井が5打席連続敬遠されたことが社会問題になった。
「8月16日は僕にとって特別なんですよ。箕島に延長18回で負けたのも、松井の5敬遠で負けたのもその日だから」
40代半ばを過ぎて、山下はこう考えるようになっていた。
「野球は人がするもの。やっぱり人間力を鍛えないと勝負には勝てない。心を磨かないと野球はうまくならないんです。そういうことに気づきました。
私生活が乱れていたらミスが起こるし、勝負に勝てない。星稜の野球も変化しましたし、それで教えることが楽しくなりました。昔は監督がガンガン怒っていたけど、僕が勉強して変わったことで生徒も変化していった。生徒をもっと喜ばせなきゃと思うようになりましたね」
もし“延長18回”に勝っていたら
箕島との延長18回の死闘で敗れたからこそ気づけたこと、そして変化の結果として星稜の甲子園での躍進があった。
「もしあの試合に勝っていたら、天狗になって監督をクビになったかもしれない。『勝負は勝ちゃええんや』と思い込んでいた可能性もあります。そういう意味で、自分を変えてくれた試合でした」
厳しさは以前と同じでも、選手へのアプローチが違った。
「厳しいのは厳しいですよ、そこは変わらず。指導者に大事なものは情熱と愛だと思うんです。それが前に出てきたような気がします」
あの日に生まれた星稜と箕島との絆。山下はのちに両校メンバーによって行われた交流戦で起こったあるシーンをよく覚えている。
「うちが2対1で勝っている場面で僕がマウンドに上がって、代打で尾藤(公)さんが出てきた。打球がピッチャーとファーストの間に上がったから、加藤(直樹)に任せたんですよ。落としそうになりながら、加藤がキャッチしました。試合のあとに尾藤さんがこう言ったんです。『今日は加藤くんに乾杯だ! 』と。加藤は泣きながら、ものすごく喜んでいました。『あの時のあれはエラーじゃない、転倒だ』と尾藤さんが言ってくれたことで、加藤は救われたと思います」
星稜と箕島との「高校野球史上最高の試合」から47年が経った。監督だった尾藤は2011年にこの世を去り、あの時の選手たちは60代半ばにさしかかった。
81歳の今も高校野球の指導を
山下は2005年9月に星稜の監督を勇退、野球部名誉監督に就任した。尾藤の後任として甲子園歴史館顧問をつとめながら、81歳になった今もまだ、高校野球の指導を行っている。
「昭和、平成、令和と3元号にわたって、高校野球の指導ができることを幸せに思います。一生懸命に野球をやってきてよかったなと。最後に、自分がお世話になった高校野球に恩返しがしたい」
現在は、母校である石川県立門前高校野球指導アドバイザーの肩書も持つ。
「能登半島の西部にある門前に住む知人から『町おこしをしてくれんか』と頼まれました。野球で勝つことも大事ですけど、町の人たちに喜んでもらえることがうれしい。『山ちゃん、よう頑張っとるな』と声をかけてもらいます。月曜日には幼稚園に行って、小さい子に野球を教えています」
80歳を過ぎても、高校生を相手にノックを打ち、バッティング練習ではピッチャーもつとめる。
「バッティングピッチャーをしないと生徒の調子がわからないんですよ。『ここは得意なコースだけど、ここが苦手だな』というのも。指導を始めて3年なんですけど、はじめはマイナスなことばかりを言っていました。『こうしちゃダメ、あそこがダメ』だと。去年の秋にそれじゃいかんと思い、言葉のかけ方を変えたんですよ。『ここを打ってみたら』『こうすればいいぞ』と言うようにしたら、1年生大会で準優勝しましてね。いい結果が出て驚きました」
指導者がかける言葉の強さを実感する日々だ。
「やっぱり言葉っていうのは大事なんだなと思います。プラスの言葉をかけることでいい結果が生まれる。たったひと言で生徒は変わるんですよ。特に能登の子は素朴です。純粋だから、アドバイスを素直に聞く。だから、めちゃくちゃ伸びるんですよ」
教壇から離れても、山下は根っからの教師だ。
「教師というのは、金は貯まらんですよ。だけど、僕にとって財とは人なんです。生徒があって指導ができるんだから、生徒を大事にしないといけない。特に補欠の子を大事にしないとチームは強くならないと思います。若い監督さんは補欠をほったらかしにするから、問題が起こる。
野球をする以前に大事なのは、あいさつ、しつけ、教育ですね。食べること、グラウンド以外の生活態度、言葉遣い。そういうことを教えていくうちに野球で勝てるようになります」
今も毎日鍛えていますよ
100年を超える歴史を持つ高校野球は時代とともに変化してきた。これからも変わっていくことだろう。
「高校野球のいいところは残しながら、変えるべきところを変える。歴史や伝統などは大事にしてほしい」
山下の朝は早い。高校生を指導するために、健康に気を配っている。
「朝4時45分に起床してランニングをします。寮にいる生徒がその時間に素振りをしたり、シャドウピッチングをしたりしているのを見ます。監督だった僕が元気でいないと、OBたちは顔を見に来てくれませんから。健康管理に気をつけながら、いつでも相談に乗れるようにしないと。毎日、スポーツジムに行って、ウエイトトレーニングやって、プールで鍛えていますよ」
80歳を過ぎても、若い時と考えることは同じだ。
「守備を鍛えるのはノックですからね。ノックも昔のようにはいきません(笑)。ミスした時には『ごめん、ごめん』と謝ります。いいノックを打ちたい。少しでも長く野球をやりたいと思っています」
「高校野球史上最高の試合」から47年。時間は過ぎても、名将の野球への思いは変わることがない。
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https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568842
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https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568827
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https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568812
📣「トラックと観客席近く、選手の息づかい感じて…」2028年・国民スポーツ大会に向けて長野県が松本市に整備、新「陸上競技場」公開…1万5000人余りの観客収容…空港と競技場両方を見渡せる大屋上
https://news.yahoo.co.jp/articles/3b40469678bd95802cee01a138922d94abd38495
2028年の国民スポーツ大会に向けて県が松本市に整備した新しい陸上競技場が報道関係者に公開されました。新しい競技場は国内・国際大会の公認を得た9レーンの全天候トラックを備え、1万5000人余りの観客を収容できます。国民スポーツ大会に向けて松本平広域公園の競技場を建て替えたもので総工費は177億円。陸上競技専用で、トラックと観客席は3メートルほどの近さです。
(県建設部都市・まちづくり課・三宅隆徳さん)「一番の特徴は、トラックと観客席が近く、選手の息づかいを感じていただけること」
また、空港と競技場両方を見渡せる大屋上や、フィニッシュの瞬間を見届けるアルプススタンドなど開放的な造りとなっています。
さらに、冬の間もトレーニングができるようにと、全国でも珍しいという棒高跳びの屋内練習場や、130メートルの屋内トラックが設けられています。
陸上競技場は9月26日のオープニングイベントで一般公開されます。
📝「部員8人で甲子園? とバカにされて」山下智茂が名門・星稜を築きあげるまで「生徒にトイレへ呼び出されて、スパルタの仕返しかと覚悟したら…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/3cb0cbaf528e8c18b8977118bb8525e27a436cb7
1979年夏、箕島と「高校野球史上最高の試合」を戦うことになる星稜。その舞台への道のりは楽なものではなかった。当時の監督、山下智茂に話を聞いた。
箕島高校(和歌山)野球部の栄光の歴史は尾藤公監督によって始まったと、1979(昭和54)年に春夏連覇を果たしたエース・石井毅は言った。同様に、星稜高校(石川)野球部の礎を築いたのが山下智茂だということに異論を唱える者はいない。
1945年2月、石川県生まれの山下は門前高校から駒澤大学に進んだものの、野球部のレギュラーは遠かった。大学卒業後、金沢市にある星稜の社会科教諭になり、野球部監督も任された。
部員8人で甲子園なんて…とバカにされて
しかし、野球部専用のグラウンドもなく、部員はわずか8人だけ。当時は公立高校の受験に失敗して星稜に入る生徒も多かった。
「星稜には、裕福な家で育った頭のいい子が多いんですけど、校門に入る時にうつむいている生徒が多かった。自信がなかったんでしょうね。だから、胸を張れるようにしないといかんと思いました。それで、『3年で甲子園に行く』と全校生徒の前で宣言しました」
ところが、生徒たちからは山下が期待したような反応はなかった。
「部員8人でそんなことができるわけない……とバカにされましたよ」
野球という競技は9人が揃わなければ試合ができない。生徒たちの冷淡な反応も仕方がないところだろう。夢を語るにしても荒唐無稽すぎると思われたのかもしれない。しかし、山下は有言実行の男だった。
監督に就任したのが1968年4月。2年後には北陸大会で準優勝するチームをつくりあげた。甲子園に初めて出場したのは1972年夏。宣言よりも1年遅かったが、見事、甲子園に星稜の名を刻んだ。
「まだ弱いチームだったので、僕は超スパルタでガンガンやったんです。一生懸命に練習に打ち込む姿をほかの生徒たちも見てくれていたんでしょうね。雪の季節に朝からグラウンドの雪かきをしていると、ヤンチャな生徒たちがスコップを持ってきて手伝ってくれました。女子生徒たちはトイレや教室の掃除を自主的にしてくれるようになりました。学校全体が明るくなりましたね」
実はその1年前の夏にも甲子園出場のチャンスがあった。石川大会の準々決勝で金沢錦丘、準決勝で金沢市工を下して福井代表との決定戦に臨んだ星稜は、準決勝で福井商業に大勝したものの、決勝で美方に1対3で敗れた。
生徒たちにスパルタの仕返しをされるかと思いきや
「あの当時は、石川県と福井県で戦って、1校しか甲子園には出られなかった。決勝で負けたあと、生徒たちが『トイレに来てください』と言うわけですよ。当時、僕はスパルタ指導をしとったもんですから、『これは仕返しをされるかな』と思って覚悟したんですけど、みんなに胴上げをされました」
甲子園には届かなかったが、星稜にとって大きな大きな一歩だった。
「あの時の感動は忘れられんですね。もっと頑張ろうと思いました」
山下は尾藤の2学年下だ。1968年に甲子園初出場を決めた尾藤より少し遅れて同じ全国のステージに立ったが、1970年春のセンバツを制し日本一監督となった尾藤の背中はまだ見えない。
「箕島野球の強さを支えていたのはやっぱり練習量じゃないですか。あの時代、甲子園に出てくるチームはどこもスパルタでしたけど、箕島の練習を見たら本当にすごかった。選手はみんなユニフォームを泥だらけにして監督に向かっていく。監督と勝負をしていたんでしょうね。そうして強い精神力ができあがっていったんだと思います」
1972年夏の甲子園で、星稜は1回戦で北見工業(北北海道)を下して全国初勝利をあげた。1976年夏に2度目の甲子園出場を果たし、2年生エースの小松辰雄の好投でベスト4まで勝ち上がる(準決勝で桜美林〈西東京〉に敗退)。しかし、そのあとは甲子園に出場しながらも3大会連続で初戦敗退が続いた。
「1979年も、春には川之江(愛媛)に負けました。夏の目標は日本一になった箕島を倒すことでした。だから、それまで以上のスパルタ練習をやりました。箕島に勝てないと思ったから」
センバツで1回戦負けしたチームが日本一になるためには練習しかない。
「谷村誠一郎(現星稜野球部部長)という生徒が当時マネージャーをやっていて、保護者会の会長はそのお父さんで、北陸電力に勤める人。『このままでは勝てんから、選手たちがボイコットするくらい厳しい練習をします』と事前に話をしました。『センバツに出たから夏はもういい』という気持ちでは困る。その荒療治がうまくいって、チームがいい方向に進んでいきましたね」
甲子園に行きたい、から甲子園で勝ちたい、に
サウスポーの堅田外司昭は1年生からマウンドに上がるエース。ほかにも実力を備えた選手が揃っていた。春になって、のちに中日ドラゴンズなどで活躍する音重鎮が新入生としてチームに加わった。
「将来的に伸びるだろうという力のある子は、1年生の時から試合で起用しました」
その頃には、山下が掲げる目標は大きくなっていた。
「甲子園に出る前は甲子園に行きたいという気持ちでしたけど、そのあとは甲子園で勝つチームをつくりたいと思うようになるんですよ。もっと上を目指したい、甲子園で優勝したいと」
箕島が春のセンバツで優勝する前から、山下は箕島をターゲットとして考えていた。
「石井(毅)くんが1年生の時に招待試合をしたことがあるんです。尾藤さんは『いいピッチャーを投げさせるから』と言っていました。まだ彼がアンダースローになる前。その試合はノックアウトしたんですけど、2年生になって本当にいいピッチャーになった。やっぱり、尾藤さんには選手を見る目、先見の明がありますね。だから、正月にうちの生徒に宣言したんですよ、『今年は打倒・箕島、打倒・石井で行くぞ』と」
夏の石川大会の準決勝で金沢商、決勝で輪島を下して甲子園出場権を得た。
キャプテンが「箕島とやりたい」と
組み合わせ抽選会の前、キャプテンとの会話を山下はよく覚えている。
「弱いところを引っ張ってこいと言ったんだけど、(キャプテンの)山下靖は箕島とやりたいと言う。僕は『それは決勝でいいから』と。どうせ抽選だから当たるはずないと思ったら、(1試合)勝ち上がったら箕島と対戦する組み合わせになりました」
初戦となる2回戦で宇治(京都)を下せば、札幌商業(南北海道)と箕島の勝者と戦うことになる。
「石川県だけじゃなくて、雪国の子って、性格がおとなしいんですよ。でも、甲子園に来て『箕島とやりたい』と言えるようになったかと思って、ものすごくうれしくなりました」
8月12日に行われた宇治との2回戦。堅田が宇治打線を抑えて完封勝利。13日に登場した箕島は札幌商業に7対3で勝利を挙げた。
星稜の選手たちが切望した箕島戦は8月16日、第4試合で行われることになった。
〈つづく〉
📝「野球観、人生観を変えてくれた」箕島との“延長18回”を星稜・山下智茂監督はどう戦ったか…サヨナラ危機で出た奇跡のプレーに「私もびっくり」
https://news.yahoo.co.jp/articles/449826be7052fd09b740607e831c984b7814c7e0
1979(昭和54)年8月、星稜の監督として指揮をとった山下智茂は34歳だった。
「僕の野球観、人生観を変えてくれたのがあの延長18回でした。いいゲーム、ライバルとの出会いによって、人間は大きく成長していきますからね」
星稜の先発はエースの堅田外司昭、箕島はもちろん石井毅だった。
アンダースローの石井の攻略法とは?
この年が明けた時点で「打倒・箕島」「打倒・石井」を掲げた山下は、石井攻略法を温めていた。
「アンダースローのボールをどうやって打つかということを研究しました。バッターボックスの前寄り、ベースに近づいて立って、デッドボール覚悟で打ちにいく。石井くんはアンダースローだけど、ボールに勢いがある。だから、流そうとしたらファウルになるんです」
当時の動画を確認すると、石井のストレートの球速表示は120キロ程度だが、実際は違ったという。
「いやいや、145キロくらいは出ていたんじゃないですか。だから、セカンドの頭を狙ったら振り遅れてファウルになる。キレがあって、バッターの近くでピュッと伸びてきました」
先手を取ったのは星稜だった。4回表に五番・堅田のレフト前ヒットで1点を先取。その裏、箕島は六番・森川康弘のライト前ヒットで同点に追いつき、1対1のままで9回が終わった。
延長戦に突入する時、甲子園球場の照明が点灯し、ナイトゲームになった。両校の選手たちはのちに「照明が点いてワクワクした」と口を揃えた。
「甲子園ではどんなことがあっても対応できるように、いろいろな準備をしました。たとえば雨が降っても試合が続くことがありますよね。当時、金沢に照明設備はあまりなかったんだけど、そういうところを借りて練習したこともあります。しっかりとした準備をして生徒を戦わせるというのは、指導者の役割だと思うんです。あの日、3万人以上のお客さんが入っていて、照明に照らされた甲子園球場はものすごくきれいで、最高の気持ちでした」
堅田は失点した4回以外、箕島打線にチャンスをつくらせない。しかし星稜打線も9回までに7安打を放ちながら9三振を奪われ、石井を打ち崩すことができなかった。
実力伯仲のまま試合は延長戦へ
本来、9回でゲームセットとなるはずなのに、終わりの気配は見えなかった。
「石井くんも堅田もコントロールがいいし、テンポよく投げ込んでいく。少しも長いと感じなかったですね」
延長に入ってからは先攻の星稜が攻めては、箕島が追いつく展開となった。
「箕島の守備がうまいんですよ。三遊間を抜けたと思ったらそこにショートがいる。データも分析され、かなり研究されていたと思います」
10回、11回と石井からヒットを打ちながら得点できなかった星稜にチャンスが巡ってきたのが12回だった。ワンアウトから六番・音重鎮がヒットで出塁、七番のキャプテン・山下靖がフォアボールを選んで一、二塁。八番の石黒豊の打球を箕島のセカンド・上野山善久がエラーして、待望の1点が入った。なおも、ランナーは一、三塁にいる。もう1点加えれば勝利が近づいてくる。
山下が選手に送ったサインはスクイズだった。しかし、九番の若狭徹がそれを見落とし、ランナーはタッチアウト。その後、若狭が三振に打ち取られて追加点は奪えなかった。
あとひとりで勝利の場面で、まさかの……
それでも膠着状態の試合で、相手のミスによる1点を加えた星稜は絶対的に有利だ。あと3つのアウトを取れば王者を倒すことができる。堅田は疲れも見せず、テンポのいいピッチングを続ける。12回裏、八番、九番を打ち取り「あとひとり」となった。そこで迎えたのが強打のキャッチャー、嶋田宗彦だった。試合を振り返る時、山下が最も印象に残る場面に挙げたのが嶋田のこの打席だ。
「1点を取って、ツーアウトになった時点で『もう勝ったな』と思いました。試合後のインタビューのコメントを考えていたくらいです。それがダメでしたね。のちのち(箕島監督の)尾藤(公)さんと話したら『俺もそうだった』と言っていました」
しかし、試合はまだ終わっていなかった。嶋田は打席に入る前に「ホームランを打ってきます」と尾藤に宣言し、言葉通りに同点ホームランをかっ飛ばしたのだ。
12回表のピンチの場面、スクイズを防ぎ、三振を奪ったあと、キャッチャーの嶋田はボールを地面に叩きつけるようにしてマウンドに投げ返したと石井が証言する。失点したことに対する悔しさや苛立ち、嶋田の負けん気の強さがその動きに表れていた。
「それは知りませんでした。でも、気持ちの強い選手でしたからね。そうじゃなかったら、追い込まれた場面で宣言通りにホームランを打つことなんかできないでしょう。本当にすごかったですね」
あれほどの逆境で実力を発揮することが今の高校生にできるかどうか。昭和の野球で培われた反発力、メンタルの強さが打たせたホームランだったように思える。
「センバツ優勝チームだし、『星稜に負けるものか』という気持ちがあったんでしょうね」
サヨナラ負けの大ピンチに出たミラクルプレー
14回裏、今度は星稜が追い込まれた。ライト前ヒットを放った箕島六番の森川が送りバントで二塁に進み、ディレードスチールで三塁を奪う。ずっと攻め込んでいた星稜にとって、サヨナラ負けの大ピンチ。ここで「まさか」のプレーを見せたのが、サードの若狭だった。ユニフォームを汚しながら立ち上がりベースを離れた森川に、ボールを隠し持っていた若狭がタッチ。“隠し玉”でピンチを免れたのだ。
「いつも“隠し玉”の練習はしていました。長打を打った選手が油断して、ボールから目を離すことがあるから。内野手が脇の下にボールを隠して『持ってないよ』という仕草をすれば相手を欺くことができる。そんなことを冗談めかして言ったこともありました」
あの緊迫した場面で飛び出した“隠し玉”に選手も監督も、球場の観客も驚かされた。
「スキがあれば狙えとは言っていたものの、あの場面でできる若狭がすごかった。塁審が『アウト! 』と言ってから、『あいつ、やりよったな』と思いました」
内心では山下も「本当にびっくり」
古い動画を確認すると、ベンチに座る山下は拍手をしながら「うん、うん」とうなずいているが、内心では驚いていたという。
「練習で成功しても、甲子園で、ましてやあの場面でうまくいくことはなかなかないですよね。本当にびっくりしました」
2年生の若狭はその日、その回まで5打席連続三振を喫していた。ここしかないという場面で飛び出したファインプレーだった。
〈つづく〉
⚾SHIONOMISAKIさんへ
先日は、北海道道南遠征お疲れさまでした。こっちは普通に半袖シャツで身動きが取れますが、あっちの方は上っ張りがもういるのかもしれないですね・・・・・。
そして、東京レジスターズは初耳です!一生見ることのないチームだと思いますが、思い切って首都圏に独立リーグ設立したんですね。。。
初代カンドクも最初は盛り上がりましたが、目の肥えた関西のファンがわざわざ地方球場に足を何度も運ぶことなく廃れてしましましたが、、、向こうは巨人・ヤクルトがいるし、社会人・大学・後攻なども強豪ぞろいでわざわざ独立リーグを観戦に行く東京モンがいるかどうか?????
山梨球団がどうなったのかは分かりませんが、またBCリーグは10球団を超える数になりそうですね。僕は来年、チャンスがあれば岐阜球団を観たいと思ってますが・・・・・。
さて、秋季三重大会ですがたぶんご承知の通り9/19までは ①9:00~ ②15:00~となっております。約4時間のインターバルで入れ替え制もあるらしく、第1試合終了後は一旦全員強制退場させられ再度14時開門の折に朝に購入したチケット提示して再入場できるとか・・・・・。夏の紀三井寺でははっきり確認していませんが、そのまま荷物置いてどこかに消えたり、そのまんまスタンドで待機していた客もいたはずだが・・・・・。
もう大丈夫と思いますが、僕が四日市に足を運んだ折は球場着いたら貼り紙あり「第2試合は16時開始に変更となりました。開門予定は15時です」とかまされ2つとも8回コールドながら18時52分終了だったかなあ・・・急いで近鉄四日市駐輪場までケッタ(三重弁で自転車のこと)漕いで帰りました・・・・・。日曜以外は20時返却ですが、鈍行で帰りたかったので。近鉄電車は運賃高いし!
とりあえず、津市営球場の周辺には津新町駅からの商店街を中心に飲食店が充実しており、松菱百貨店もあるし、津城跡公園・その隣の図書館・津観音・四天王寺・津なぎさまち港など観光や散歩コースもあるので適当に時間は潰せるかと。
21日・23日・26日は ①10:00~ ②14:00~となりますね。僕は準決勝観戦予定なんで、第1試合終了後に津は『ぎょうざ と うなぎ』が名物なんで久しぶりにうなぎ食べに、松菱の北側にある『つたや』で食べられたらと。まさかの第1試合3時間ゲームとかなったら、近所のファミリーマートで弁当に切り替えかも、、、、、
なんとか台風が関東方面に逸れそうなんでとりあえずホッと一息。あとは27日の雨予報が気がかりですが、春に続いて秋も奈良大会4試合観戦できたら。コールド多発地区なんでまた2試合あるいはそれ以上7回で終わるかもしれませんが、、、日没が早くなるのでナイター点灯に期待します!
⚾岩手さんへ
朝から晩まで快晴とは羨ましいですね・・・。今日もこっちは午前中晴れでしたが昼過ぎには曇り空に変わり、9月に入り1日中晴天の日はあったかどうか・・・・・。それでも、半袖で充分過ごせる蒸し暑さだし、晴れたら本当に熱いので街を歩いていると冷房の効いたコンビニに意味もなく立ち寄ってしまいますね(笑)
ずっと2週間天気予報やゴゴスマを中心に毎日天気予報は見ておりますが、9月に入りとにかく雨マークが多すぎるので・・・・・。なんとかギリギリ回避できたり、雨の中傘を差しながらスコア付けして凌いでいるといった感じですね。屋根のないG7スタジアムで20分ほどの通り雨は辛かった・・・・・。午前中は晴れて熱かったし、厳しい観戦環境ではありますね。
とりあえず、明後日の明石トーカロは問題なさそう。屋根がないので熱さに気を付けたいところですね。23日の津は雨が降りやすい地域なんで警戒はしております。先日、したためた観戦記では雨の3時間ゲームで第2試合は到着前に中止発表されてしまったし、、、、、、津は約1年4ヶ月ぶりの来場になりますね。そこまでブランクがあるような気がしないですが。
春は松阪 夏は二部制の四日市 そして秋は津に行けたら満足です。伊勢は明倫商店街が焼けてしまったし、昨秋愛知との交流試合で出かけたのでまた来年になるかな?屋根があるので二部制の夏も対応できそうですが帰りの足が一番のネックですね・・・・・。遅くなれば往復近鉄特急に乗らなアカンし、夜ご飯は夏と同様近鉄電車の車内でファミリーマートの冷やしうどんすすって時間短縮を図り最終電車とのシビアな戦いとなるので。。。。。
P・S 最近はYouTubeがあるので、生観戦できない人も少しは楽しめるかも?!と思いますが、僕は自分が観戦していない球場の兵庫大会の試合でも軽くしか見てないので・・・。ブラスバンドが来ているかどうかを確かめるくらいかな?
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568842
💢甲子園 喜怒哀楽 県岐阜商ベスト4に貢献 横山温大の「怒」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568827
💢甲子園 喜怒哀楽 高校3年夏の甲子園で65奪三振 辻内崇伸の「怒」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568812
📣「トラックと観客席近く、選手の息づかい感じて…」2028年・国民スポーツ大会に向けて長野県が松本市に整備、新「陸上競技場」公開…1万5000人余りの観客収容…空港と競技場両方を見渡せる大屋上
https://news.yahoo.co.jp/articles/3b40469678bd95802cee01a138922d94abd38495
2028年の国民スポーツ大会に向けて県が松本市に整備した新しい陸上競技場が報道関係者に公開されました。新しい競技場は国内・国際大会の公認を得た9レーンの全天候トラックを備え、1万5000人余りの観客を収容できます。国民スポーツ大会に向けて松本平広域公園の競技場を建て替えたもので総工費は177億円。陸上競技専用で、トラックと観客席は3メートルほどの近さです。
(県建設部都市・まちづくり課・三宅隆徳さん)「一番の特徴は、トラックと観客席が近く、選手の息づかいを感じていただけること」
また、空港と競技場両方を見渡せる大屋上や、フィニッシュの瞬間を見届けるアルプススタンドなど開放的な造りとなっています。
さらに、冬の間もトレーニングができるようにと、全国でも珍しいという棒高跳びの屋内練習場や、130メートルの屋内トラックが設けられています。
陸上競技場は9月26日のオープニングイベントで一般公開されます。
📝「部員8人で甲子園? とバカにされて」山下智茂が名門・星稜を築きあげるまで「生徒にトイレへ呼び出されて、スパルタの仕返しかと覚悟したら…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/3cb0cbaf528e8c18b8977118bb8525e27a436cb7
1979年夏、箕島と「高校野球史上最高の試合」を戦うことになる星稜。その舞台への道のりは楽なものではなかった。当時の監督、山下智茂に話を聞いた。
箕島高校(和歌山)野球部の栄光の歴史は尾藤公監督によって始まったと、1979(昭和54)年に春夏連覇を果たしたエース・石井毅は言った。同様に、星稜高校(石川)野球部の礎を築いたのが山下智茂だということに異論を唱える者はいない。
1945年2月、石川県生まれの山下は門前高校から駒澤大学に進んだものの、野球部のレギュラーは遠かった。大学卒業後、金沢市にある星稜の社会科教諭になり、野球部監督も任された。
部員8人で甲子園なんて…とバカにされて
しかし、野球部専用のグラウンドもなく、部員はわずか8人だけ。当時は公立高校の受験に失敗して星稜に入る生徒も多かった。
「星稜には、裕福な家で育った頭のいい子が多いんですけど、校門に入る時にうつむいている生徒が多かった。自信がなかったんでしょうね。だから、胸を張れるようにしないといかんと思いました。それで、『3年で甲子園に行く』と全校生徒の前で宣言しました」
ところが、生徒たちからは山下が期待したような反応はなかった。
「部員8人でそんなことができるわけない……とバカにされましたよ」
野球という競技は9人が揃わなければ試合ができない。生徒たちの冷淡な反応も仕方がないところだろう。夢を語るにしても荒唐無稽すぎると思われたのかもしれない。しかし、山下は有言実行の男だった。
監督に就任したのが1968年4月。2年後には北陸大会で準優勝するチームをつくりあげた。甲子園に初めて出場したのは1972年夏。宣言よりも1年遅かったが、見事、甲子園に星稜の名を刻んだ。
「まだ弱いチームだったので、僕は超スパルタでガンガンやったんです。一生懸命に練習に打ち込む姿をほかの生徒たちも見てくれていたんでしょうね。雪の季節に朝からグラウンドの雪かきをしていると、ヤンチャな生徒たちがスコップを持ってきて手伝ってくれました。女子生徒たちはトイレや教室の掃除を自主的にしてくれるようになりました。学校全体が明るくなりましたね」
実はその1年前の夏にも甲子園出場のチャンスがあった。石川大会の準々決勝で金沢錦丘、準決勝で金沢市工を下して福井代表との決定戦に臨んだ星稜は、準決勝で福井商業に大勝したものの、決勝で美方に1対3で敗れた。
生徒たちにスパルタの仕返しをされるかと思いきや
「あの当時は、石川県と福井県で戦って、1校しか甲子園には出られなかった。決勝で負けたあと、生徒たちが『トイレに来てください』と言うわけですよ。当時、僕はスパルタ指導をしとったもんですから、『これは仕返しをされるかな』と思って覚悟したんですけど、みんなに胴上げをされました」
甲子園には届かなかったが、星稜にとって大きな大きな一歩だった。
「あの時の感動は忘れられんですね。もっと頑張ろうと思いました」
山下は尾藤の2学年下だ。1968年に甲子園初出場を決めた尾藤より少し遅れて同じ全国のステージに立ったが、1970年春のセンバツを制し日本一監督となった尾藤の背中はまだ見えない。
「箕島野球の強さを支えていたのはやっぱり練習量じゃないですか。あの時代、甲子園に出てくるチームはどこもスパルタでしたけど、箕島の練習を見たら本当にすごかった。選手はみんなユニフォームを泥だらけにして監督に向かっていく。監督と勝負をしていたんでしょうね。そうして強い精神力ができあがっていったんだと思います」
1972年夏の甲子園で、星稜は1回戦で北見工業(北北海道)を下して全国初勝利をあげた。1976年夏に2度目の甲子園出場を果たし、2年生エースの小松辰雄の好投でベスト4まで勝ち上がる(準決勝で桜美林〈西東京〉に敗退)。しかし、そのあとは甲子園に出場しながらも3大会連続で初戦敗退が続いた。
「1979年も、春には川之江(愛媛)に負けました。夏の目標は日本一になった箕島を倒すことでした。だから、それまで以上のスパルタ練習をやりました。箕島に勝てないと思ったから」
センバツで1回戦負けしたチームが日本一になるためには練習しかない。
「谷村誠一郎(現星稜野球部部長)という生徒が当時マネージャーをやっていて、保護者会の会長はそのお父さんで、北陸電力に勤める人。『このままでは勝てんから、選手たちがボイコットするくらい厳しい練習をします』と事前に話をしました。『センバツに出たから夏はもういい』という気持ちでは困る。その荒療治がうまくいって、チームがいい方向に進んでいきましたね」
甲子園に行きたい、から甲子園で勝ちたい、に
サウスポーの堅田外司昭は1年生からマウンドに上がるエース。ほかにも実力を備えた選手が揃っていた。春になって、のちに中日ドラゴンズなどで活躍する音重鎮が新入生としてチームに加わった。
「将来的に伸びるだろうという力のある子は、1年生の時から試合で起用しました」
その頃には、山下が掲げる目標は大きくなっていた。
「甲子園に出る前は甲子園に行きたいという気持ちでしたけど、そのあとは甲子園で勝つチームをつくりたいと思うようになるんですよ。もっと上を目指したい、甲子園で優勝したいと」
箕島が春のセンバツで優勝する前から、山下は箕島をターゲットとして考えていた。
「石井(毅)くんが1年生の時に招待試合をしたことがあるんです。尾藤さんは『いいピッチャーを投げさせるから』と言っていました。まだ彼がアンダースローになる前。その試合はノックアウトしたんですけど、2年生になって本当にいいピッチャーになった。やっぱり、尾藤さんには選手を見る目、先見の明がありますね。だから、正月にうちの生徒に宣言したんですよ、『今年は打倒・箕島、打倒・石井で行くぞ』と」
夏の石川大会の準決勝で金沢商、決勝で輪島を下して甲子園出場権を得た。
キャプテンが「箕島とやりたい」と
組み合わせ抽選会の前、キャプテンとの会話を山下はよく覚えている。
「弱いところを引っ張ってこいと言ったんだけど、(キャプテンの)山下靖は箕島とやりたいと言う。僕は『それは決勝でいいから』と。どうせ抽選だから当たるはずないと思ったら、(1試合)勝ち上がったら箕島と対戦する組み合わせになりました」
初戦となる2回戦で宇治(京都)を下せば、札幌商業(南北海道)と箕島の勝者と戦うことになる。
「石川県だけじゃなくて、雪国の子って、性格がおとなしいんですよ。でも、甲子園に来て『箕島とやりたい』と言えるようになったかと思って、ものすごくうれしくなりました」
8月12日に行われた宇治との2回戦。堅田が宇治打線を抑えて完封勝利。13日に登場した箕島は札幌商業に7対3で勝利を挙げた。
星稜の選手たちが切望した箕島戦は8月16日、第4試合で行われることになった。
〈つづく〉
📝「野球観、人生観を変えてくれた」箕島との“延長18回”を星稜・山下智茂監督はどう戦ったか…サヨナラ危機で出た奇跡のプレーに「私もびっくり」
https://news.yahoo.co.jp/articles/449826be7052fd09b740607e831c984b7814c7e0
1979(昭和54)年8月、星稜の監督として指揮をとった山下智茂は34歳だった。
「僕の野球観、人生観を変えてくれたのがあの延長18回でした。いいゲーム、ライバルとの出会いによって、人間は大きく成長していきますからね」
星稜の先発はエースの堅田外司昭、箕島はもちろん石井毅だった。
アンダースローの石井の攻略法とは?
この年が明けた時点で「打倒・箕島」「打倒・石井」を掲げた山下は、石井攻略法を温めていた。
「アンダースローのボールをどうやって打つかということを研究しました。バッターボックスの前寄り、ベースに近づいて立って、デッドボール覚悟で打ちにいく。石井くんはアンダースローだけど、ボールに勢いがある。だから、流そうとしたらファウルになるんです」
当時の動画を確認すると、石井のストレートの球速表示は120キロ程度だが、実際は違ったという。
「いやいや、145キロくらいは出ていたんじゃないですか。だから、セカンドの頭を狙ったら振り遅れてファウルになる。キレがあって、バッターの近くでピュッと伸びてきました」
先手を取ったのは星稜だった。4回表に五番・堅田のレフト前ヒットで1点を先取。その裏、箕島は六番・森川康弘のライト前ヒットで同点に追いつき、1対1のままで9回が終わった。
延長戦に突入する時、甲子園球場の照明が点灯し、ナイトゲームになった。両校の選手たちはのちに「照明が点いてワクワクした」と口を揃えた。
「甲子園ではどんなことがあっても対応できるように、いろいろな準備をしました。たとえば雨が降っても試合が続くことがありますよね。当時、金沢に照明設備はあまりなかったんだけど、そういうところを借りて練習したこともあります。しっかりとした準備をして生徒を戦わせるというのは、指導者の役割だと思うんです。あの日、3万人以上のお客さんが入っていて、照明に照らされた甲子園球場はものすごくきれいで、最高の気持ちでした」
堅田は失点した4回以外、箕島打線にチャンスをつくらせない。しかし星稜打線も9回までに7安打を放ちながら9三振を奪われ、石井を打ち崩すことができなかった。
実力伯仲のまま試合は延長戦へ
本来、9回でゲームセットとなるはずなのに、終わりの気配は見えなかった。
「石井くんも堅田もコントロールがいいし、テンポよく投げ込んでいく。少しも長いと感じなかったですね」
延長に入ってからは先攻の星稜が攻めては、箕島が追いつく展開となった。
「箕島の守備がうまいんですよ。三遊間を抜けたと思ったらそこにショートがいる。データも分析され、かなり研究されていたと思います」
10回、11回と石井からヒットを打ちながら得点できなかった星稜にチャンスが巡ってきたのが12回だった。ワンアウトから六番・音重鎮がヒットで出塁、七番のキャプテン・山下靖がフォアボールを選んで一、二塁。八番の石黒豊の打球を箕島のセカンド・上野山善久がエラーして、待望の1点が入った。なおも、ランナーは一、三塁にいる。もう1点加えれば勝利が近づいてくる。
山下が選手に送ったサインはスクイズだった。しかし、九番の若狭徹がそれを見落とし、ランナーはタッチアウト。その後、若狭が三振に打ち取られて追加点は奪えなかった。
あとひとりで勝利の場面で、まさかの……
それでも膠着状態の試合で、相手のミスによる1点を加えた星稜は絶対的に有利だ。あと3つのアウトを取れば王者を倒すことができる。堅田は疲れも見せず、テンポのいいピッチングを続ける。12回裏、八番、九番を打ち取り「あとひとり」となった。そこで迎えたのが強打のキャッチャー、嶋田宗彦だった。試合を振り返る時、山下が最も印象に残る場面に挙げたのが嶋田のこの打席だ。
「1点を取って、ツーアウトになった時点で『もう勝ったな』と思いました。試合後のインタビューのコメントを考えていたくらいです。それがダメでしたね。のちのち(箕島監督の)尾藤(公)さんと話したら『俺もそうだった』と言っていました」
しかし、試合はまだ終わっていなかった。嶋田は打席に入る前に「ホームランを打ってきます」と尾藤に宣言し、言葉通りに同点ホームランをかっ飛ばしたのだ。
12回表のピンチの場面、スクイズを防ぎ、三振を奪ったあと、キャッチャーの嶋田はボールを地面に叩きつけるようにしてマウンドに投げ返したと石井が証言する。失点したことに対する悔しさや苛立ち、嶋田の負けん気の強さがその動きに表れていた。
「それは知りませんでした。でも、気持ちの強い選手でしたからね。そうじゃなかったら、追い込まれた場面で宣言通りにホームランを打つことなんかできないでしょう。本当にすごかったですね」
あれほどの逆境で実力を発揮することが今の高校生にできるかどうか。昭和の野球で培われた反発力、メンタルの強さが打たせたホームランだったように思える。
「センバツ優勝チームだし、『星稜に負けるものか』という気持ちがあったんでしょうね」
サヨナラ負けの大ピンチに出たミラクルプレー
14回裏、今度は星稜が追い込まれた。ライト前ヒットを放った箕島六番の森川が送りバントで二塁に進み、ディレードスチールで三塁を奪う。ずっと攻め込んでいた星稜にとって、サヨナラ負けの大ピンチ。ここで「まさか」のプレーを見せたのが、サードの若狭だった。ユニフォームを汚しながら立ち上がりベースを離れた森川に、ボールを隠し持っていた若狭がタッチ。“隠し玉”でピンチを免れたのだ。
「いつも“隠し玉”の練習はしていました。長打を打った選手が油断して、ボールから目を離すことがあるから。内野手が脇の下にボールを隠して『持ってないよ』という仕草をすれば相手を欺くことができる。そんなことを冗談めかして言ったこともありました」
あの緊迫した場面で飛び出した“隠し玉”に選手も監督も、球場の観客も驚かされた。
「スキがあれば狙えとは言っていたものの、あの場面でできる若狭がすごかった。塁審が『アウト! 』と言ってから、『あいつ、やりよったな』と思いました」
内心では山下も「本当にびっくり」
古い動画を確認すると、ベンチに座る山下は拍手をしながら「うん、うん」とうなずいているが、内心では驚いていたという。
「練習で成功しても、甲子園で、ましてやあの場面でうまくいくことはなかなかないですよね。本当にびっくりしました」
2年生の若狭はその日、その回まで5打席連続三振を喫していた。ここしかないという場面で飛び出したファインプレーだった。
〈つづく〉
⚾SHIONOMISAKIさんへ
先日は、北海道道南遠征お疲れさまでした。こっちは普通に半袖シャツで身動きが取れますが、あっちの方は上っ張りがもういるのかもしれないですね・・・・・。
そして、東京レジスターズは初耳です!一生見ることのないチームだと思いますが、思い切って首都圏に独立リーグ設立したんですね。。。
初代カンドクも最初は盛り上がりましたが、目の肥えた関西のファンがわざわざ地方球場に足を何度も運ぶことなく廃れてしましましたが、、、向こうは巨人・ヤクルトがいるし、社会人・大学・後攻なども強豪ぞろいでわざわざ独立リーグを観戦に行く東京モンがいるかどうか?????
山梨球団がどうなったのかは分かりませんが、またBCリーグは10球団を超える数になりそうですね。僕は来年、チャンスがあれば岐阜球団を観たいと思ってますが・・・・・。
さて、秋季三重大会ですがたぶんご承知の通り9/19までは ①9:00~ ②15:00~となっております。約4時間のインターバルで入れ替え制もあるらしく、第1試合終了後は一旦全員強制退場させられ再度14時開門の折に朝に購入したチケット提示して再入場できるとか・・・・・。夏の紀三井寺でははっきり確認していませんが、そのまま荷物置いてどこかに消えたり、そのまんまスタンドで待機していた客もいたはずだが・・・・・。
もう大丈夫と思いますが、僕が四日市に足を運んだ折は球場着いたら貼り紙あり「第2試合は16時開始に変更となりました。開門予定は15時です」とかまされ2つとも8回コールドながら18時52分終了だったかなあ・・・急いで近鉄四日市駐輪場までケッタ(三重弁で自転車のこと)漕いで帰りました・・・・・。日曜以外は20時返却ですが、鈍行で帰りたかったので。近鉄電車は運賃高いし!
とりあえず、津市営球場の周辺には津新町駅からの商店街を中心に飲食店が充実しており、松菱百貨店もあるし、津城跡公園・その隣の図書館・津観音・四天王寺・津なぎさまち港など観光や散歩コースもあるので適当に時間は潰せるかと。
21日・23日・26日は ①10:00~ ②14:00~となりますね。僕は準決勝観戦予定なんで、第1試合終了後に津は『ぎょうざ と うなぎ』が名物なんで久しぶりにうなぎ食べに、松菱の北側にある『つたや』で食べられたらと。まさかの第1試合3時間ゲームとかなったら、近所のファミリーマートで弁当に切り替えかも、、、、、
なんとか台風が関東方面に逸れそうなんでとりあえずホッと一息。あとは27日の雨予報が気がかりですが、春に続いて秋も奈良大会4試合観戦できたら。コールド多発地区なんでまた2試合あるいはそれ以上7回で終わるかもしれませんが、、、日没が早くなるのでナイター点灯に期待します!
⚾岩手さんへ
朝から晩まで快晴とは羨ましいですね・・・。今日もこっちは午前中晴れでしたが昼過ぎには曇り空に変わり、9月に入り1日中晴天の日はあったかどうか・・・・・。それでも、半袖で充分過ごせる蒸し暑さだし、晴れたら本当に熱いので街を歩いていると冷房の効いたコンビニに意味もなく立ち寄ってしまいますね(笑)
ずっと2週間天気予報やゴゴスマを中心に毎日天気予報は見ておりますが、9月に入りとにかく雨マークが多すぎるので・・・・・。なんとかギリギリ回避できたり、雨の中傘を差しながらスコア付けして凌いでいるといった感じですね。屋根のないG7スタジアムで20分ほどの通り雨は辛かった・・・・・。午前中は晴れて熱かったし、厳しい観戦環境ではありますね。
とりあえず、明後日の明石トーカロは問題なさそう。屋根がないので熱さに気を付けたいところですね。23日の津は雨が降りやすい地域なんで警戒はしております。先日、したためた観戦記では雨の3時間ゲームで第2試合は到着前に中止発表されてしまったし、、、、、、津は約1年4ヶ月ぶりの来場になりますね。そこまでブランクがあるような気がしないですが。
春は松阪 夏は二部制の四日市 そして秋は津に行けたら満足です。伊勢は明倫商店街が焼けてしまったし、昨秋愛知との交流試合で出かけたのでまた来年になるかな?屋根があるので二部制の夏も対応できそうですが帰りの足が一番のネックですね・・・・・。遅くなれば往復近鉄特急に乗らなアカンし、夜ご飯は夏と同様近鉄電車の車内でファミリーマートの冷やしうどんすすって時間短縮を図り最終電車とのシビアな戦いとなるので。。。。。
P・S 最近はYouTubeがあるので、生観戦できない人も少しは楽しめるかも?!と思いますが、僕は自分が観戦していない球場の兵庫大会の試合でも軽くしか見てないので・・・。ブラスバンドが来ているかどうかを確かめるくらいかな?
何日振りかな?
🌄から日の入りまで太陽が出ていたのは、たまに晴れていても10~15分位☔が降り出す事がたたありましから、おかげで何度かびしょ濡れなりました。
管理人さんの今後の予定を拝見しました。
天候だけですね、不安要素は体調管理は申し分ないと思いますから!
9月中は2,3日置き位だね!
いつもながらうらやましいかぎりです。
🌄から日の入りまで太陽が出ていたのは、たまに晴れていても10~15分位☔が降り出す事がたたありましから、おかげで何度かびしょ濡れなりました。
管理人さんの今後の予定を拝見しました。
天候だけですね、不安要素は体調管理は申し分ないと思いますから!
9月中は2,3日置き位だね!
いつもながらうらやましいかぎりです。
第3話 エース・桑山先発完投でいざ三重決戦へ
5/24 春季東海大会 2日目第2試合 ダイムスタジアム伊勢 津田学園(三重①)-豊川(愛知①) 13:04~15:45
一二三四五六七八九十計HE
豊 川000010020 342 平野、中西、田原-近藤
津 田10100004X 650 桑山-伊藤
第一試合
三 重8
岐 城 北5
第1試合で三重が勝ち、続く第2試合で津田学園が勝つとめでたく地元で三重対決が行われるのだが・・・・・。
津田学園は二日前の開幕戦で雨の中、中京相手に大苦戦を強いられながらも3時間ゲームを制し、エース・桑山も終盤投げて逆転勝ちに大きく貢献した。
豊川は初戦雨で流したが、昨日17-7でコールド勝ちして伊勢に乗り込んできた。やはり近年は強力打線を看板に勝ち上がってくるだけに手ごわい。
佐川監督はここでエース・桑山を先発に抜擢。夏に向けて三重県にはいない強打のチーム相手にどこまで通用するかを試したいところだろうか?豊川は背番号10の平野が先発。
津田学園は口ラッパの応援だったが、豊川は遠路はるばる太鼓1つ持っての応援だった。
グラウンドは全面人工芝にリニューアルされ、外野席はコンクリートの打ちっぱなしでザブトンと弁当・水筒もって外野席で昼ご飯。スタンドを反時計回り一周して40分ほどのインターバルを経てプレーボール。試合開始は予定よりも32分遅れの13時04分だが終了はいつになるのか?????
試合は豊川が先攻でプレーボール。桑山投手は豊川の強力打線を三者凡退で抑える完璧なピッチング。その裏、津田学園は1死後に2番・古田がセカンド内野安打で出塁。相手の先発・平野投手は初回から146kmの剛速球を投げ込んできただけに手ごわそうだ。3番・田北7球粘ってショートゴロゲッツー崩れ。しかし4番・恵土がフルカウントからセンター前ヒットを放ち1・3塁として5番・石井の初球まさかのワイルドピッチでラッキーな先取点が転がり込んできた!
先取点を許した豊川はこれで火が点いたのか?1死後5番・北田がセンター前ヒット。6番・中神はスライダーに三振を喫したものの7番・林朔はレフト前ヒットで2死1・2塁。8番・近藤は追い込まれてからしぶとく粘ってファール連発し、9球目快心の打球を放つもファーストライナー・・・。しかし、平野投手は力任せの剛速球だけではなくフォームなど変化球を織り交ぜ津田学園の下位打線を翻弄し三者凡退に抑え流れをつかみかけた。
3回表豊川はメイデンのマネをしたのか?執拗に走者がいない場面で初球セーフティーバントの構えや実際にバントして揺さぶりをかけるも何もさせてもらえず三者凡退。
その裏、津田学園は9番・伊藤のセンター前ヒットに四球でチャンスを作り、手堅く送って1死2・3塁でクリーンアップトリオを迎え、3番・田北フルカウントからセカンドゴロを放ちスクイズと同じ形で渋く2点目。しかし、なおも続く2死3塁のチャンスは4番・恵土外角146kmの剛速球に手が出ず見逃しの三振・・・。初戦は中京相手に終盤まで苦しんだ津田だが今日は2点リードで序盤を終えた。
4回表豊川はクリーンアップトリオの登場だが、3・4番に2年生コンビはフライアウトに倒れ、5番・北田はフルカウントからスライダーに三振で三者凡退。その裏、津田学園も平野投手の前に三者凡退に抑えられこの分だとコールドの心配はないだろうと!
5回表反撃の機会を伺う豊川はまず先頭打者に代打・八木を起用しいきなり初球バントをかますもファール・・・。カウント2-2からまさかの振り逃げで出塁。ここはバントでも不思議ではないが、長谷川監督は強攻を命じキャッチャーフライ。1死1塁から8番・近藤は3球目・5球目にエンドランを仕掛けるもいずれもファールで7球粘って空振り三振も盗塁成功で2死2塁。
9番・平野投手をそのまま打席に立たせて初球まさかの三盗。そしてカウント2-1からまさかのパスボールでノーヒットながら1点を返した!そして5球目ファールを打った直後に佐川監督がタイムを要求。微妙な間合いに???と感じたが、警戒しすぎたのか四球。2死1塁ながら初球まさかのバントの構えを見せた1番・林優だが1-1からサードフライ。
1点差に迫られた津田は2死から1番・田中が左中間ツーベースを放ち中押しのチャンスをつかむも2番・古田サードフライで整備に入った。
前半を終えて2-1と津田学園が1点リードだが、エース・桑山が先発して投げ続けているだけに安心感はある。暴投と内野ゴロの間に2点をもぎとり逃げ切り体制に入ったが、5回のパスボールによる1失点が余計だったか・・・。1点差なら何かの拍子にスキができて追いつかれる可能性もあるし、豊川は強力打線が看板なんで100球を超えてくる終盤に少しだけ不安がなくもない。早く追加点を奪って安心したいところだが、相手の背番号10・平野投手はエース格なのか?安定感はあるので牙城を崩すのは至難の業だ。
しかし、5回終了2-1というロースコアながら東海大会らしく1時間26分を消化している・・・津田学園はよほど3時間ペースのロングゲームがダイスキなんだろうか???
6回表豊川は2番からの好打順。1死後3番・上江洲が粘って四球をもぎ取り4番・長谷川が一発放り込むとあっという間に3-2逆転だが、意識しすぎたのか?初球ライトフライ。両翼91、2mの津と違って伊勢は97、5mあるのでなかなか一発を打つのは難しい。ならばと1塁走者盗塁を決めて一打同点のチャンスを作るも5番・北田ショートゴロで同点ならず。
その裏、津田学園も3番からの攻撃で活路を見出したかったが相手野手の好守もあり3人で攻撃を終え1点差のまま終盤に突入。
1点を追う豊川は7回またもや先頭打者がバントの構えを見せるトリッキーな動きを見せ、フルカウントからデッドボールをもらった。7番・林朔2ボールとなり、1球待って四球狙いもあり得たが、素直にバントで送って1死2塁。8番・近藤は2-2からエンドランを仕掛けファール。そして6球目も連続エンドランを仕掛けたがまさかのセカンドライナーダブルプレー・・・・・。
できればもう1点取って楽な展開にしたい津田はその裏2死から8番・桑山投手自ら左中間へツーベースを放つも9番・伊藤ショートフライで4回以降ホームが遠かった・・・。
そして8回表豊川は先頭の平野投手に代打・木村を起用して勝負手を打ってきた。期待に応えて木村はレフト前ヒット。当然バントの場面で初球からしてきたがサードの野選で無死1・2塁と願っておないチャンス到来!2番・裏も当然バントのサインは出ていたが、2球連続ファールで追い込まれしゃーなしに打たせて空振り三振。しかし3番・上江洲が1ストライクから打った瞬間それと分かるレフトへの特大ホームランを放ち4-2となるはずだったが、、、、、逆転3ランを放ち舞い上がってしまったのか?ゆっくり走ればいいものを猛然と塁上を駆け抜けなんと1塁走者を追い越してしまった・・・・・・・。信じられないボーンヘッドでホームランは取り消しとなり2者生還は求められたもののバッターランナーアウトで3-2と。
さらには代打の関係で投手交代を余儀なくされ2番手でエース・中西が満を持して登板したが、、、、、1番からの攻撃でいきなりストレートの四球・・・・そして2番・古田のキャッチャー前送りバントがエラーを誘い同じように無死1・2塁。佐川監督もバントのサインを出し続けたが、こちらも2球ファールで追い込まれしゃーなしに打たせたらなんとボール球の連続で無死満塁!!!
長谷川監督は辛抱たまらずエースをベンチに下げ3番手・田原を送り込んだが無死満塁の大ピンチでリリーフを告げられても・・・。カウント1-1から痛恨のワイルドピッチで労せず同点に追いついた津田学園。さらにここから連続四球で押し出して勝ち越し!6番・正木はショートゴロ正面でホームゲッツーかと思われたが、ショート・林朔これを後ろに弾く2点タイムリーエラーで6-3となってしまった・・・・・。まだまだコールドには点差があるので遠慮なく攻めたかったが、送りバントがファーストフライとなり、下位打線も打ち取られ6-3で最終回へ。
9回も桑山投手はマウンドに上がり、先頭にショート内野安打を許したものの、6番・八木快心の打球もピッチャー正面のゴロでダブルプレーなど結局3人で攻撃を終え桑山投手9回152球3失点の熱投で三重高校との決勝戦が実現した。
試合時間2時間41分。試合終了は15時45分と長い長い3日間の旅が終わりを告げた。初日の雨さえなければ、この日はゆっくり後泊で岐阜・養老鉄道の旅を楽しむところだったが、入れ替えざるを得なかった。朝から桑名のヤドを出て伊勢まで足を伸ばしロングゲーム2つ見て宝塚まで大移動と長い長い3日間。。。
津田学園は2試合連続観戦する運びとなり、評判高い桑山投手を2度見ることができたし結局夏も優勝して3回戦進出したわけで強さを見せつけた。
豊川も幻のホームランがあり強打の片りんは見せつけたが、投手交代でバタバタしてしまい競り負けてしまった・・・。もう1年早くDH制が導入されていたら試合の行方は変わっていたのかもしれない。
三重と岐阜の空気をたっぷり吸って、まだそのほとぼりが冷めないうちに中四日で今度は倉敷の中國大会へ。悲しいかな2023年から春季中国も秋同様2球場に分割して開催されてしまったので1日4試合観ることができず前年だった。しかし、めったに足を運ばない倉敷市営球場に行ける運びとなり、さすがに今回は過去3度観戦してすべて点灯試合という幸運に恵まれたが、春の長い日照時間で海星だったのでナイターには縁が無かったものの、ブラスバンドの応援を堪能できた。それは次回の講釈で。
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 本塁打 犠打 犠飛 四球 死球 三振 暴投 失点 自責
豊 川 平 野 7 27 111 5 0 1 0 1 0 6 0 2 2
豊 川 中 西 0/3 3 13 0 0 1 0 2 0 0 0 3 1
豊 川 田 原 1 6 18 0 0 0 1 2 0 0 0 1 0
津田学園 桑 山 9 34 152 5 1 2 0 2 1 7 1 3 1
(完)
🌟新シリーズのお知らせ🌟
春季中国大会🔥岡山県勢VS中国4県王者🔥in倉敷
5/31 春季中国大会 初日開幕試合 倉敷市営球場 創志学園(岡山②)-南陽工(山口)
5/24 春季東海大会 2日目第2試合 ダイムスタジアム伊勢 津田学園(三重①)-豊川(愛知①) 13:04~15:45
一二三四五六七八九十計HE
豊 川000010020 342 平野、中西、田原-近藤
津 田10100004X 650 桑山-伊藤
第一試合
三 重8
岐 城 北5
第1試合で三重が勝ち、続く第2試合で津田学園が勝つとめでたく地元で三重対決が行われるのだが・・・・・。
津田学園は二日前の開幕戦で雨の中、中京相手に大苦戦を強いられながらも3時間ゲームを制し、エース・桑山も終盤投げて逆転勝ちに大きく貢献した。
豊川は初戦雨で流したが、昨日17-7でコールド勝ちして伊勢に乗り込んできた。やはり近年は強力打線を看板に勝ち上がってくるだけに手ごわい。
佐川監督はここでエース・桑山を先発に抜擢。夏に向けて三重県にはいない強打のチーム相手にどこまで通用するかを試したいところだろうか?豊川は背番号10の平野が先発。
津田学園は口ラッパの応援だったが、豊川は遠路はるばる太鼓1つ持っての応援だった。
グラウンドは全面人工芝にリニューアルされ、外野席はコンクリートの打ちっぱなしでザブトンと弁当・水筒もって外野席で昼ご飯。スタンドを反時計回り一周して40分ほどのインターバルを経てプレーボール。試合開始は予定よりも32分遅れの13時04分だが終了はいつになるのか?????
試合は豊川が先攻でプレーボール。桑山投手は豊川の強力打線を三者凡退で抑える完璧なピッチング。その裏、津田学園は1死後に2番・古田がセカンド内野安打で出塁。相手の先発・平野投手は初回から146kmの剛速球を投げ込んできただけに手ごわそうだ。3番・田北7球粘ってショートゴロゲッツー崩れ。しかし4番・恵土がフルカウントからセンター前ヒットを放ち1・3塁として5番・石井の初球まさかのワイルドピッチでラッキーな先取点が転がり込んできた!
先取点を許した豊川はこれで火が点いたのか?1死後5番・北田がセンター前ヒット。6番・中神はスライダーに三振を喫したものの7番・林朔はレフト前ヒットで2死1・2塁。8番・近藤は追い込まれてからしぶとく粘ってファール連発し、9球目快心の打球を放つもファーストライナー・・・。しかし、平野投手は力任せの剛速球だけではなくフォームなど変化球を織り交ぜ津田学園の下位打線を翻弄し三者凡退に抑え流れをつかみかけた。
3回表豊川はメイデンのマネをしたのか?執拗に走者がいない場面で初球セーフティーバントの構えや実際にバントして揺さぶりをかけるも何もさせてもらえず三者凡退。
その裏、津田学園は9番・伊藤のセンター前ヒットに四球でチャンスを作り、手堅く送って1死2・3塁でクリーンアップトリオを迎え、3番・田北フルカウントからセカンドゴロを放ちスクイズと同じ形で渋く2点目。しかし、なおも続く2死3塁のチャンスは4番・恵土外角146kmの剛速球に手が出ず見逃しの三振・・・。初戦は中京相手に終盤まで苦しんだ津田だが今日は2点リードで序盤を終えた。
4回表豊川はクリーンアップトリオの登場だが、3・4番に2年生コンビはフライアウトに倒れ、5番・北田はフルカウントからスライダーに三振で三者凡退。その裏、津田学園も平野投手の前に三者凡退に抑えられこの分だとコールドの心配はないだろうと!
5回表反撃の機会を伺う豊川はまず先頭打者に代打・八木を起用しいきなり初球バントをかますもファール・・・。カウント2-2からまさかの振り逃げで出塁。ここはバントでも不思議ではないが、長谷川監督は強攻を命じキャッチャーフライ。1死1塁から8番・近藤は3球目・5球目にエンドランを仕掛けるもいずれもファールで7球粘って空振り三振も盗塁成功で2死2塁。
9番・平野投手をそのまま打席に立たせて初球まさかの三盗。そしてカウント2-1からまさかのパスボールでノーヒットながら1点を返した!そして5球目ファールを打った直後に佐川監督がタイムを要求。微妙な間合いに???と感じたが、警戒しすぎたのか四球。2死1塁ながら初球まさかのバントの構えを見せた1番・林優だが1-1からサードフライ。
1点差に迫られた津田は2死から1番・田中が左中間ツーベースを放ち中押しのチャンスをつかむも2番・古田サードフライで整備に入った。
前半を終えて2-1と津田学園が1点リードだが、エース・桑山が先発して投げ続けているだけに安心感はある。暴投と内野ゴロの間に2点をもぎとり逃げ切り体制に入ったが、5回のパスボールによる1失点が余計だったか・・・。1点差なら何かの拍子にスキができて追いつかれる可能性もあるし、豊川は強力打線が看板なんで100球を超えてくる終盤に少しだけ不安がなくもない。早く追加点を奪って安心したいところだが、相手の背番号10・平野投手はエース格なのか?安定感はあるので牙城を崩すのは至難の業だ。
しかし、5回終了2-1というロースコアながら東海大会らしく1時間26分を消化している・・・津田学園はよほど3時間ペースのロングゲームがダイスキなんだろうか???
6回表豊川は2番からの好打順。1死後3番・上江洲が粘って四球をもぎ取り4番・長谷川が一発放り込むとあっという間に3-2逆転だが、意識しすぎたのか?初球ライトフライ。両翼91、2mの津と違って伊勢は97、5mあるのでなかなか一発を打つのは難しい。ならばと1塁走者盗塁を決めて一打同点のチャンスを作るも5番・北田ショートゴロで同点ならず。
その裏、津田学園も3番からの攻撃で活路を見出したかったが相手野手の好守もあり3人で攻撃を終え1点差のまま終盤に突入。
1点を追う豊川は7回またもや先頭打者がバントの構えを見せるトリッキーな動きを見せ、フルカウントからデッドボールをもらった。7番・林朔2ボールとなり、1球待って四球狙いもあり得たが、素直にバントで送って1死2塁。8番・近藤は2-2からエンドランを仕掛けファール。そして6球目も連続エンドランを仕掛けたがまさかのセカンドライナーダブルプレー・・・・・。
できればもう1点取って楽な展開にしたい津田はその裏2死から8番・桑山投手自ら左中間へツーベースを放つも9番・伊藤ショートフライで4回以降ホームが遠かった・・・。
そして8回表豊川は先頭の平野投手に代打・木村を起用して勝負手を打ってきた。期待に応えて木村はレフト前ヒット。当然バントの場面で初球からしてきたがサードの野選で無死1・2塁と願っておないチャンス到来!2番・裏も当然バントのサインは出ていたが、2球連続ファールで追い込まれしゃーなしに打たせて空振り三振。しかし3番・上江洲が1ストライクから打った瞬間それと分かるレフトへの特大ホームランを放ち4-2となるはずだったが、、、、、逆転3ランを放ち舞い上がってしまったのか?ゆっくり走ればいいものを猛然と塁上を駆け抜けなんと1塁走者を追い越してしまった・・・・・・・。信じられないボーンヘッドでホームランは取り消しとなり2者生還は求められたもののバッターランナーアウトで3-2と。
さらには代打の関係で投手交代を余儀なくされ2番手でエース・中西が満を持して登板したが、、、、、1番からの攻撃でいきなりストレートの四球・・・・そして2番・古田のキャッチャー前送りバントがエラーを誘い同じように無死1・2塁。佐川監督もバントのサインを出し続けたが、こちらも2球ファールで追い込まれしゃーなしに打たせたらなんとボール球の連続で無死満塁!!!
長谷川監督は辛抱たまらずエースをベンチに下げ3番手・田原を送り込んだが無死満塁の大ピンチでリリーフを告げられても・・・。カウント1-1から痛恨のワイルドピッチで労せず同点に追いついた津田学園。さらにここから連続四球で押し出して勝ち越し!6番・正木はショートゴロ正面でホームゲッツーかと思われたが、ショート・林朔これを後ろに弾く2点タイムリーエラーで6-3となってしまった・・・・・。まだまだコールドには点差があるので遠慮なく攻めたかったが、送りバントがファーストフライとなり、下位打線も打ち取られ6-3で最終回へ。
9回も桑山投手はマウンドに上がり、先頭にショート内野安打を許したものの、6番・八木快心の打球もピッチャー正面のゴロでダブルプレーなど結局3人で攻撃を終え桑山投手9回152球3失点の熱投で三重高校との決勝戦が実現した。
試合時間2時間41分。試合終了は15時45分と長い長い3日間の旅が終わりを告げた。初日の雨さえなければ、この日はゆっくり後泊で岐阜・養老鉄道の旅を楽しむところだったが、入れ替えざるを得なかった。朝から桑名のヤドを出て伊勢まで足を伸ばしロングゲーム2つ見て宝塚まで大移動と長い長い3日間。。。
津田学園は2試合連続観戦する運びとなり、評判高い桑山投手を2度見ることができたし結局夏も優勝して3回戦進出したわけで強さを見せつけた。
豊川も幻のホームランがあり強打の片りんは見せつけたが、投手交代でバタバタしてしまい競り負けてしまった・・・。もう1年早くDH制が導入されていたら試合の行方は変わっていたのかもしれない。
三重と岐阜の空気をたっぷり吸って、まだそのほとぼりが冷めないうちに中四日で今度は倉敷の中國大会へ。悲しいかな2023年から春季中国も秋同様2球場に分割して開催されてしまったので1日4試合観ることができず前年だった。しかし、めったに足を運ばない倉敷市営球場に行ける運びとなり、さすがに今回は過去3度観戦してすべて点灯試合という幸運に恵まれたが、春の長い日照時間で海星だったのでナイターには縁が無かったものの、ブラスバンドの応援を堪能できた。それは次回の講釈で。
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 本塁打 犠打 犠飛 四球 死球 三振 暴投 失点 自責
豊 川 平 野 7 27 111 5 0 1 0 1 0 6 0 2 2
豊 川 中 西 0/3 3 13 0 0 1 0 2 0 0 0 3 1
豊 川 田 原 1 6 18 0 0 0 1 2 0 0 0 1 0
津田学園 桑 山 9 34 152 5 1 2 0 2 1 7 1 3 1
(完)
🌟新シリーズのお知らせ🌟
春季中国大会🔥岡山県勢VS中国4県王者🔥in倉敷
5/31 春季中国大会 初日開幕試合 倉敷市営球場 創志学園(岡山②)-南陽工(山口)
📝前 説・・・『チーム宏鈴』結成22年11ヶ月
8月の1ヶ月間・・・のべ人の方々から閲覧履歴があり1469アクセスしていただき感謝申し上げます。
さて夏の甲子園は4年連続有観客開催で声出し応援もOKで台風接近で一部日程が狂い予定より1試合多い、4日間13試合をスタンドで観戦(2試合は外野席)し、史上最強と思われた2025に“劣るとも勝らない”猛暑で疲労困憊ながらも熱中症を回避でき何よりでした。
選手権大会閉会式後の8月下旬は紀三井寺の2代目カンドク薄暮ナイター~明石トーカロの軟式高校野球走り夏の疲れはここの観戦記よろしくたまっていく一方。そして9/5舞洲の大阪シティ信用金庫スタジアムで西九条からレンタサイクル借りて近畿学生野球3試合観戦。秋季兵庫大会が12日開幕し、初日はベイコム(尼崎記念)2日目の13日はG7スタジアム(神戸サブ)に足を運びました。
来年よりも再来年に数多く行くであろう宿泊観戦を見越して今秋の宿泊観戦は見送りで年内はオール日帰り観戦。
それでは現時点での今後の予定を発表・・・・
19日 明石 トーカロ 兵庫大会2回戦 夏Vの社と夏4強の須磨学園の新チーム目当て
21日 ウイ ンク 兵庫大会3回戦 約5か月ぶりに姫路に足を運んで播州の風を感じたい
23日 津 市 営 三重大会準決勝 二部制の三重大会。中抜けして昼ご飯は津うなぎを食べたい
26日 トーカロかウインク 兵庫大会準 々 まだ球場・時間は後日決定ゆえにトーナメント見て吟味する
27日 さとやくS 奈良大会準 々 春に続いて8時30分から準々決勝4試合観戦を楽しみに
10月 3日 マイネット皇子山 滋賀大会最終日 滋賀国体以来1年ぶりに琵琶湖を見たい
4日 紀三 井寺 和歌山大会二次予選最終日 今年最後の僕だけの聖地巡礼
10日 あ や べ 近畿大会出場決定戦 初の試みとなる企画。3位校4校の対戦で今まで縁が無かった日東精工スタジアムに初見参
17日~11/1 わかさ京都 近畿大会観戦 春は1回戦しか近畿大会観れなかったので、4年ぶりに全試合観戦予定
ざっとこんな感じで考えておりますが、天候に左右されるので、まだまだ流動的ですが願わくば、11/1無事に西京極で閉会式を見物して「壬生温泉 はなの湯」で湯治して冬に備えられたらと・・・・・。
みんなで飲もう! おいしい水。
💙しつこく💚しぶとく💜泥臭く💛 「誰からも愛される」というよりも「誰かに慕われる」掲示板目指してアットホームな雰囲気でやっていきたいのでお願いします!!
📝(9/16 2回戦詳細試合結果)第79回秋季東海地区高等学校野球三重県大会
https://mie-kouyaren.com/wp-content/uploads/2026/09/464fd4b7259c03cde683b9d2ac5b6b6e.pdf
📝令和8年度 秋季岡山県高等学校野球大会組合せ表
https://www.okayama-hbf.com/uploads/202609/20260916_967365756aaa7d3614fcd.pdf
9月19日(土)から10月10日(土)まで秋季岡山県高等学校野球大会がマスカットスタジアム・美咲エイコンスタジアムを会場に行われます。
🎤甲子園 喜怒哀楽 高校3年夏の甲子園で65奪三振 辻内崇伸の「哀」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568806
🎤甲子園 喜怒哀楽 「九学」を全国区にした名将 坂井宏安の「哀」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568836
🎤甲子園 喜怒哀楽 県岐阜商ベスト4に貢献 横山温大の「哀」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568824
📝甲子園Vの智弁和歌山の軌跡紹介 スポーツ伝承館で「優勝展」始まる
https://news.yahoo.co.jp/articles/658b8bc849699b9ea6e74069ea3f130c9e335062
和歌山市本町2丁目のフォルテワジマ3階「わかやまスポーツ伝承館」で15日、「智弁和歌山優勝展」が始まった。第108回全国高校野球選手権大会で5年ぶりの優勝を果たした智弁和歌山の活躍ぶりを紹介している。
甲子園では、初戦の社(兵庫)から決勝の健大高崎(群馬)までの計5試合を戦った。各試合の象徴的な場面の写真パネルと共に試合内容の経過が添えられており、優勝までの軌跡をたどることができる。
江川哲二館長(63)は「智弁和歌山の功績をたたえつつ、高校野球の魅力が伝われば」と話した。ほかにも選手のプレーやアルプススタンドの様子の写真パネルも展示。実物の優勝盾や優勝メダル、ヘルメットなども間近で見られる。
この日、午前11時ごろに訪れた市内在住の高校野球ファンという50代男性は、展示品をスマートフォンで撮影していた。「和歌山の高校が甲子園で優勝してくれたことがうれしい」と話した。
10月18日まで。午前10時~午後7時(最終入館は午後6時半)、入場無料。問い合わせは同館(073・423・2215)。
📝29歳で名門・東邦の監督に 選手のひと言で気づいた「自分の野球を示す」大切さ【東邦・山田祐輔監督】
https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/2026090600004-spnavi
100年を超える歴史を持つ高校野球。今春からピッチャーの代わりにバッターが打席に立つDH(指名打者)制が導入された。現在の9イニング制を7イニング制に変更することも検討されている。高校野球はどう変わるべきなのか?――若くして監督を任され、チームを甲子園に導いた指導者に、今後のあるべき姿、指導法について聞く。
自
信がなかった母校での指導
東邦(愛知)を1989年春のセンバツで日本一に導いたのは阪口慶三監督。2019年には、森田泰弘監督がセンバツ制覇を果たした。2020年4月から、この名門の指揮官を任されたのは、29歳だった山田祐輔監督だ。
「コーチとして東邦に戻ってきた時から『いずれは監督に』とは言われていましたので、覚悟は決めていました」
山田は東邦の主将として2008年夏の甲子園に出場し、ホームランを放っている。卒業後に立教大学に進み、レギュラーとして活躍。一般企業で3年間勤務したのち、2016年にコーチとして母校に戻ってきた。
「当時、大阪勤務だったので、甲子園にも応援に行きました。藤嶋健人(中日ドラゴンズ)が1年生の時ですね。『やっぱり野球はいいな』と感じました。トレーナーや森田監督から勧誘を受け、東邦に戻ることに決めました」
学校職員として勤務しながらコーチをつとめた。2年かけて教員免許を取得したのちに教員になった。
「コーチになった時、指導することに自信がなかったんですよね。野球の世界から3年も離れていましたから。『(現役時代はキャッチャーだったことから)キャッチャーとバッティングの指導は自由にやっていい』と言われたんですけど、自分がやるのと人に教えるのは全然違うので」
山田がサンプルにしたのが東京六大学で対戦した選手たちだ。2学年上には斎藤佑樹(早稲田大学→北海道日本ハムファイターズ)、1学年上には野村祐輔(明治大学→広島東洋カープ)ら、ドラフト1位で指名を受けるスター選手がたくさんいた。
「東京六大学は本当にレベルが高く、プロでも活躍する選手たちがたくさんいました。伊藤隼太さん(慶應義塾大学→阪神タイガース)は、所属チームは違いましたけど、中学校の先輩です。あの時代の六大学でプレーできたことが今の指導にもつながっています」
「監督が何をしたいのかがわからなかった」
指導者としての経験が乏しく、イチから教えることができなかったと山田は言う。
「だから、この生徒は伊藤さんに打ち方が似ているからここを変えよう――そういう修正しかできなかったですね」
コーチ1年生として、ゆっくりと歩み始めた。
「指導者としてはまだまだ。『今、できることは何か』と考えた時に、自分がやるべきことは、監督の目が行き届かないところをしっかり見ることだと思いました。会社勤めをして、挨拶をはじめとした礼儀、準備の大切さを学んだことが活きました」
それから4年で監督に就任した29歳。センバツで5度の優勝を誇る名門を率いる重責は、あまりに大きかった。
「東邦の監督として、勝つことは使命だと思っています。ただ、選手とどう向き合うか、選手と一緒にどうやって戦っていくかを考えていました」
監督就任1年目、その年の3年生の言葉が今も心に残っている。
「吉納翼(早稲田大学→東北楽天ゴールデンイーグルス)がいた学年なんですけど、夏の大会が終わったあと、ある選手に『監督が何をしたいのかがわからなかった』と言われました。グサッと刺さって、何も言えませんでした。監督としてのキャリアがなくても、『こういう野球をやる!』というものを示さないといけない。そこから自分の意見や方針を打ち出しました」
そして山田は「応援されるチームになる」という目標を掲げた。
選手のミスには寛容
2022年秋、東邦は愛知県大会を勝ち上がり、東海大会を制し、翌春のセンバツに出場した。
「もっと早ければよかったんでしょうけど、監督になって3年目で甲子園に出ることができてほっとしました」
東海王者としてセンバツに臨んだ東邦は1回戦で鳥取城北(鳥取)に6-3で勝利。2回戦では高松商業(香川)に競り勝ち、3回戦で報徳学園(兵庫)に延長10回、タイブレークで敗れた。山田は監督として初めて出場した甲子園で2勝を挙げた。
「初戦はどうしても(体が)硬くなるので、内容よりも力を出してくれればと思って、選手たちに『エラー3つまではOK』と言いました。積極的にいこうと、みんなで決めました」
甲子園で「エラーは3つまでOK」と言う監督は珍しい。
「ピッチャーが打ち取った打球を、いかにアウトにするかが課題。基本に忠実に、アウトにできる打球を確実にアウトにする。頑張った結果のミスはいい。だからエラーは3つまで想定内です。バッティングに関しても、きれいな当たりでなくても“しょぼいヒット”でいいんです」
山田が選手たちのミスに寛容なのは、自身の体験があるからだろう。
「もともとイップスを持っていました。大学に入ってからもよくなって、3年生でレギュラーとして使ってもらったんですけど、4年になってイップスがキツくなって……」
イップスとは、思うように体が動かせなくなる症状のことを指す。野球の場合、送球の場面であらわれることが多い。故障からくることもあるし、プレッシャーが影響することもある。
「イップスの影響もあったし、後輩にいいキャッチャーがいたこともあって、試合に出る機会が減りました。自主練習にも熱が入りませんでした。リーグ戦の最後の試合で打席に立たせてもらったんですけど、ピッチャーが投げるボールは見えていたけど打てなかった。それを今でも後悔しています」
打てなかったことに対してではなく、あきらめたことに対する後悔だった。
これまでの東邦とは少し違う路線
野球エリートが集まる強豪だから、実力があってもレギュラー争いから脱落する選手が出てくる。70人もいる部員を同じ方向に向かせるのは監督だけではできない。その難しさを、山田自身は選手時代から経験していた。
「下級生の時から、キャプテンを任されることはわかっていたので、監督の思いを仲間たちに伝える役割をしていました。練習はキツいし長い。だから『抜けるところは抜こうぜ』という選手もいます。でも、『監督を信じてやってみよう』と言っていました」
キャプテンとして監督の意向を汲んで、時には嫌われ役も買って出た自負もある。
「森田さんはものすごく厳しかったんですけど、高校時代、私は毎週のように食事につれていってもらい、いろいろな話を聞くことができました。もちろん『怖い』とも思っていましたけど、グラウンドの外では普通に面白いおじさんだったので(笑)。監督との距離が近かった分、頑張ることができました」
コーチになってから恩師を支える立場になり、監督として一本立ちをした。愛工大名電、中京大中京、享栄など強豪がひしめく愛知の高校野球。東邦はこれまで猛練習で甲子園への道を切り開いてきた。「鬼の阪口」の異名を取った阪口が礎を築き、後任の森田がその流れを汲んだ。しかし、山田は少し違う路線を進んでいるように見える。
東邦高校、立教大学でレギュラーとして活躍し、一般企業での勤務を経て野球指導者となった36歳の青年監督は今、何を思っているのだろうか?
📝「7イニング制には反対」名門率いる30代監督が考える、これからの高校野球【東邦・山田祐輔監督】
https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/2026090700011-spnavi
選手との信頼関係を築く難しさ
監督に就任したあと、選手に「何をしたいのかがわからない」と言われた山田は、「応援されるチームになる」という目標を掲げ、わずか3年で甲子園出場を果たした。監督として甲子園初勝利を挙げたあと、こう語っている。
「スタンドでたくさんの方に応援していただけました。気持ちいいですね。応援してくださる方に楽しんでいただけるように、と思っています。素晴らしい応援の中で、選手は力を発揮してくれました」
しかし、その後は聖地から遠ざかっている。甲子園出場を期待される名門にとって、3年のブランクは大きい。
「センバツに出たときは、石川瑛貴(中日の石川昂弥の弟/現・東海大)というキャプテンがいて、みんなをまとめてくれました。言いにくいこともしっかり指摘できるキャプテンでした。中心選手との信頼関係ができれば強いチームになると思うんですけど、それが難しくて……」
学校から練習場まではバスで移動しなければならない。教職員であるコーチたちが校務のため、練習に参加できないこともある。
「自分の考えをチーム全体に浸透させるのに時間がかかっていました。思うように選手を引き上げることができなくて……」
山田は、選手との信頼関係を築く難しさを感じている。
答えが見つからない「タイブレーク制」の対応
2018年、延長戦でのタイブレーク制が採用された。投手の投球数制限(1週間で500球以内)が導入されたのが2020年、低反発の新基準バットが導入されたのは2024年3月。2026年度のシーズンインからDH制が採用された。100年以上の歴史を誇る高校野球は少しずつ、確実に形を変えている。
「DHに関しては、思ったよりも抵抗感なく使えています。守備に難があって、なかなか出番のなかった選手にもチャンスを与えることができます。ピッチャーが打席に立たないことは、体力的に楽だと思います」
延長戦でのタイブレーク制が導入されて8年が経つ。山田は2023年春のセンバツ、3回戦で報徳学園にタイブレークで敗れた経験がある。
「もうタイブレークに違和感はありませんが、気持ちとしては嫌ですね。考えることがめちゃくちゃ増えました。僅差で7、8回を迎えた時点でいろいろなシミュレーションをすることになります。打順の巡りがどうか、バント要員を残しておこうとか」
2025年夏、豊橋中央と対戦した愛知大会決勝では苦杯をなめた。
「3対3で延長に入って、10回表を0点で抑えて、その裏に犠牲バントに失敗して無得点。11回表に3点を奪われ、2点を取り返したんですけど、5対6で負けました。負けたあと、9回までにもっとやるべきことがあったんじゃないかと思いました」
1対3とリードされた9回裏に2点を取って同点に追いついた東邦だったが、押し切ることができなかった。
「そのとき、ヘッドスライディングをした選手がケガをしてしまいました。治療してもらっている間に、代走を出して盗塁を仕掛ければ、アウトになっても次の回は三番打者から攻撃を始めることができたのに……終わって冷静になればわかるんですけど、そのときには手を打つことができませんでした」
タイブレーク制は、ノーアウト一、二塁からのスタートとなる。バントでランナーを送ってワンアウト二、三塁になれば得点のチャンスができる。しかし、緊迫した場面でバントを決めることがどれだけ難しいことか。
「いろいろな仮説を立てたんですけど、なかなか『これだ!』というものがありません。試合の流れ、打順の巡りなどさまざまな要素があるので」
タイブレーク制の導入直後はバントを選択する監督が多かったが、フライになったり、ランナーがアウトになったりするケースもある。この夏の甲子園の3回戦で智辯和歌山(和歌山)が見せた“ブルドッグ”(前進守備のサインプレー)など特殊な守備隊形も増え、バントではなく、強攻策を選択する監督も増えた。定石が通用しにくい場面こそ、監督の腕の見せどころだということもできる。
「厳しい場面を想定したバント練習はもちろんやります。負けたら甲子園に行けないという、地方大会のほうがプレッシャーはかかるのかもしれませんね」
「7イニング制」には反対
昨年12月、「7イニング制等高校野球の諸課題検討会議」の最終報告書が高野連理事会に報告された。報告書では「速やかに全ての公式戦で7イニング制を採用すべきである」とされたが、高野連は現在も導入の是非について議論を続けている。
「意見を言わせていただけるならば反対です。監督として戦ってみて、8回、9回の重みを感じています。やはり、『野球は9回』という考え方がありますね。生徒には9イニング制で野球をやらせてあげたいです」
強豪私立に比べて戦力的に劣る、ある公立校の監督からは「うちにもワンチャンあるので、7イニング制に賛成」という声も出ている。
「タイブレーク制もそうですけど、そういう意見が出ることも理解できますが、誰のため、何のための7イニング制なのか、疑問が残ります」
ここ数年、気温上昇の影響で、選手たちの健康被害が懸念される。夏の甲子園大会に限らず、地方大会でもさまざまな暑さ対策がなされ、効果を上げていることは間違いない。
南北海道大会、北北海道大会の準決勝と決勝は、北海道日本ハムファイターズの本拠地であるエスコンフィールドHOKKAIDOで行われている。愛知大会の決勝の舞台は、中日ドラゴンズの本拠地、バンテリンドームだ。西東京大会、東東京大会の準決勝、決勝が東京ドームで開催されたこともある。
「私は高校時代にプレーしていますし、監督としても指揮をとらせていただいたので甲子園球場の素晴らしさはよくわかっています。でも、7イニング制にする前に、もっといろいろな意見を戦わせるべきではないでしょうか」
現在は49校が出場し、全48試合が“聖地”と言われる甲子園球場で行われている。たとえば、1、2回戦はドーム球場で開催し、ベスト16以降の15試合を甲子園で行うことを検討してみてもいいだろう。
これからの高校野球の「最適解」を探す時間はまだある。
大事にしている選手とのコミュニケーション
山田がコーチになったのが25歳、監督になったのは29歳のときだった。1年1年、選手たちとの年齢差、ギャップは大きくなる。
「やはり、コミュニケーションを取ることが大事だと考えています。たくさん話をしますし、厳しいことを言ったあとにはしっかりフォローするようにしています。でも、こちらの言葉が響かないことが増えているような気がします」
“昭和の高校野球”では、厳しい指導が珍しくなかった。東邦も猛練習で知られた。しかし令和の今、暴力や言葉の圧力で選手を従わせることなど許されない。
「大事なのは、生徒ひとりひとりと信頼関係を築けるかどうか。部員は70人いるので、監督ひとりで全員を指導することは難しい。監督以外にコーチも部長もいますから、誰かの言葉が響いてくれればいい。生徒に関することをスタッフで共有して、指導に当たれればいいと考えています」
今年から、山田の教え子がコーチとしてチームに加わった。
「ものすごく頑張ってくれているので、その効果が秋に出るんじゃないかと思っています」
⚾岩手さんへ
今日は意外と小雨が17時前まで降り続き、難儀しながらも昆陽池サイクリング強行しましたが・・・。大阪は最高気温23、2度とラジオで聴きましたが普通に半袖ポロシャツでちょうどよい感じでしたね。気温はともかく湿度がかなり高いはずなんで体感はまだ夏かなあ・・・。
今年は一番熱かったのが7月で8月以降は雨が多かったので、、、、、ただ9月でもごくたまに晴れると熱いですよ!最新の天気予報見たら2週間連続雨予報が一転して全部晴に変わっておるし30度前後の日はまだまだ続きそうですが、熱中症の危険のピークは過ぎたと思いますね。
さて、三重大会ですが今日の松阪の天気は知りませんが13時開始でなんとか試合こなしたようで・・・。松阪商はまだ地元なんでいいですが、桑名工の選手たちは3日連続遠路はるばる松阪まで試合があると思いながら朝早く起きてコンディション整えてどこかで中止の報を受けてまた桑名に帰ると・・・・・。
とりあえず予備日全部使って軌道に乗せたので、今の予報通りだったら26日に日程終了できるかと。
しかし兵庫はシルバーウイーク5日間全部試合をぶち込んでいるけれど、奈良は2週間空きを作って27日に準々決勝8時30分から4試合とこれが働き方改革でしょうか?
ゲリラ豪雨は怖いですね。四日市駅前の地下駐車場も水没したし、千葉・富山・石川・福井あたりが激しかったらしいですね。一昨日と昨日は姫路周辺が1時間110mmの豪雨が襲ったとか!?
同じ兵庫県でもこっちはそこまで降らなかったし甲子園もナイターやってましたね。
アジア大会は全く興味ないのでTV観戦しないし、結果も興味ないですがアレのおかげでこの夏愛知大会20年ぶりにナゴヤドームで試合できたし、悲願のスタンド入りも果たせたのでちょっとは感謝せなアカンのでしょうね・・・・・。
大阪桐蔭吹奏学部は、、、あまり好きにはなれないですね。顧問の先生がイキっている?!ので。
8月の1ヶ月間・・・のべ人の方々から閲覧履歴があり1469アクセスしていただき感謝申し上げます。
さて夏の甲子園は4年連続有観客開催で声出し応援もOKで台風接近で一部日程が狂い予定より1試合多い、4日間13試合をスタンドで観戦(2試合は外野席)し、史上最強と思われた2025に“劣るとも勝らない”猛暑で疲労困憊ながらも熱中症を回避でき何よりでした。
選手権大会閉会式後の8月下旬は紀三井寺の2代目カンドク薄暮ナイター~明石トーカロの軟式高校野球走り夏の疲れはここの観戦記よろしくたまっていく一方。そして9/5舞洲の大阪シティ信用金庫スタジアムで西九条からレンタサイクル借りて近畿学生野球3試合観戦。秋季兵庫大会が12日開幕し、初日はベイコム(尼崎記念)2日目の13日はG7スタジアム(神戸サブ)に足を運びました。
来年よりも再来年に数多く行くであろう宿泊観戦を見越して今秋の宿泊観戦は見送りで年内はオール日帰り観戦。
それでは現時点での今後の予定を発表・・・・
19日 明石 トーカロ 兵庫大会2回戦 夏Vの社と夏4強の須磨学園の新チーム目当て
21日 ウイ ンク 兵庫大会3回戦 約5か月ぶりに姫路に足を運んで播州の風を感じたい
23日 津 市 営 三重大会準決勝 二部制の三重大会。中抜けして昼ご飯は津うなぎを食べたい
26日 トーカロかウインク 兵庫大会準 々 まだ球場・時間は後日決定ゆえにトーナメント見て吟味する
27日 さとやくS 奈良大会準 々 春に続いて8時30分から準々決勝4試合観戦を楽しみに
10月 3日 マイネット皇子山 滋賀大会最終日 滋賀国体以来1年ぶりに琵琶湖を見たい
4日 紀三 井寺 和歌山大会二次予選最終日 今年最後の僕だけの聖地巡礼
10日 あ や べ 近畿大会出場決定戦 初の試みとなる企画。3位校4校の対戦で今まで縁が無かった日東精工スタジアムに初見参
17日~11/1 わかさ京都 近畿大会観戦 春は1回戦しか近畿大会観れなかったので、4年ぶりに全試合観戦予定
ざっとこんな感じで考えておりますが、天候に左右されるので、まだまだ流動的ですが願わくば、11/1無事に西京極で閉会式を見物して「壬生温泉 はなの湯」で湯治して冬に備えられたらと・・・・・。
みんなで飲もう! おいしい水。
💙しつこく💚しぶとく💜泥臭く💛 「誰からも愛される」というよりも「誰かに慕われる」掲示板目指してアットホームな雰囲気でやっていきたいのでお願いします!!
📝(9/16 2回戦詳細試合結果)第79回秋季東海地区高等学校野球三重県大会
https://mie-kouyaren.com/wp-content/uploads/2026/09/464fd4b7259c03cde683b9d2ac5b6b6e.pdf
📝令和8年度 秋季岡山県高等学校野球大会組合せ表
https://www.okayama-hbf.com/uploads/202609/20260916_967365756aaa7d3614fcd.pdf
9月19日(土)から10月10日(土)まで秋季岡山県高等学校野球大会がマスカットスタジアム・美咲エイコンスタジアムを会場に行われます。
🎤甲子園 喜怒哀楽 高校3年夏の甲子園で65奪三振 辻内崇伸の「哀」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568806
🎤甲子園 喜怒哀楽 「九学」を全国区にした名将 坂井宏安の「哀」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568836
🎤甲子園 喜怒哀楽 県岐阜商ベスト4に貢献 横山温大の「哀」
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/27568824
📝甲子園Vの智弁和歌山の軌跡紹介 スポーツ伝承館で「優勝展」始まる
https://news.yahoo.co.jp/articles/658b8bc849699b9ea6e74069ea3f130c9e335062
和歌山市本町2丁目のフォルテワジマ3階「わかやまスポーツ伝承館」で15日、「智弁和歌山優勝展」が始まった。第108回全国高校野球選手権大会で5年ぶりの優勝を果たした智弁和歌山の活躍ぶりを紹介している。
甲子園では、初戦の社(兵庫)から決勝の健大高崎(群馬)までの計5試合を戦った。各試合の象徴的な場面の写真パネルと共に試合内容の経過が添えられており、優勝までの軌跡をたどることができる。
江川哲二館長(63)は「智弁和歌山の功績をたたえつつ、高校野球の魅力が伝われば」と話した。ほかにも選手のプレーやアルプススタンドの様子の写真パネルも展示。実物の優勝盾や優勝メダル、ヘルメットなども間近で見られる。
この日、午前11時ごろに訪れた市内在住の高校野球ファンという50代男性は、展示品をスマートフォンで撮影していた。「和歌山の高校が甲子園で優勝してくれたことがうれしい」と話した。
10月18日まで。午前10時~午後7時(最終入館は午後6時半)、入場無料。問い合わせは同館(073・423・2215)。
📝29歳で名門・東邦の監督に 選手のひと言で気づいた「自分の野球を示す」大切さ【東邦・山田祐輔監督】
https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/2026090600004-spnavi
100年を超える歴史を持つ高校野球。今春からピッチャーの代わりにバッターが打席に立つDH(指名打者)制が導入された。現在の9イニング制を7イニング制に変更することも検討されている。高校野球はどう変わるべきなのか?――若くして監督を任され、チームを甲子園に導いた指導者に、今後のあるべき姿、指導法について聞く。
自
信がなかった母校での指導
東邦(愛知)を1989年春のセンバツで日本一に導いたのは阪口慶三監督。2019年には、森田泰弘監督がセンバツ制覇を果たした。2020年4月から、この名門の指揮官を任されたのは、29歳だった山田祐輔監督だ。
「コーチとして東邦に戻ってきた時から『いずれは監督に』とは言われていましたので、覚悟は決めていました」
山田は東邦の主将として2008年夏の甲子園に出場し、ホームランを放っている。卒業後に立教大学に進み、レギュラーとして活躍。一般企業で3年間勤務したのち、2016年にコーチとして母校に戻ってきた。
「当時、大阪勤務だったので、甲子園にも応援に行きました。藤嶋健人(中日ドラゴンズ)が1年生の時ですね。『やっぱり野球はいいな』と感じました。トレーナーや森田監督から勧誘を受け、東邦に戻ることに決めました」
学校職員として勤務しながらコーチをつとめた。2年かけて教員免許を取得したのちに教員になった。
「コーチになった時、指導することに自信がなかったんですよね。野球の世界から3年も離れていましたから。『(現役時代はキャッチャーだったことから)キャッチャーとバッティングの指導は自由にやっていい』と言われたんですけど、自分がやるのと人に教えるのは全然違うので」
山田がサンプルにしたのが東京六大学で対戦した選手たちだ。2学年上には斎藤佑樹(早稲田大学→北海道日本ハムファイターズ)、1学年上には野村祐輔(明治大学→広島東洋カープ)ら、ドラフト1位で指名を受けるスター選手がたくさんいた。
「東京六大学は本当にレベルが高く、プロでも活躍する選手たちがたくさんいました。伊藤隼太さん(慶應義塾大学→阪神タイガース)は、所属チームは違いましたけど、中学校の先輩です。あの時代の六大学でプレーできたことが今の指導にもつながっています」
「監督が何をしたいのかがわからなかった」
指導者としての経験が乏しく、イチから教えることができなかったと山田は言う。
「だから、この生徒は伊藤さんに打ち方が似ているからここを変えよう――そういう修正しかできなかったですね」
コーチ1年生として、ゆっくりと歩み始めた。
「指導者としてはまだまだ。『今、できることは何か』と考えた時に、自分がやるべきことは、監督の目が行き届かないところをしっかり見ることだと思いました。会社勤めをして、挨拶をはじめとした礼儀、準備の大切さを学んだことが活きました」
それから4年で監督に就任した29歳。センバツで5度の優勝を誇る名門を率いる重責は、あまりに大きかった。
「東邦の監督として、勝つことは使命だと思っています。ただ、選手とどう向き合うか、選手と一緒にどうやって戦っていくかを考えていました」
監督就任1年目、その年の3年生の言葉が今も心に残っている。
「吉納翼(早稲田大学→東北楽天ゴールデンイーグルス)がいた学年なんですけど、夏の大会が終わったあと、ある選手に『監督が何をしたいのかがわからなかった』と言われました。グサッと刺さって、何も言えませんでした。監督としてのキャリアがなくても、『こういう野球をやる!』というものを示さないといけない。そこから自分の意見や方針を打ち出しました」
そして山田は「応援されるチームになる」という目標を掲げた。
選手のミスには寛容
2022年秋、東邦は愛知県大会を勝ち上がり、東海大会を制し、翌春のセンバツに出場した。
「もっと早ければよかったんでしょうけど、監督になって3年目で甲子園に出ることができてほっとしました」
東海王者としてセンバツに臨んだ東邦は1回戦で鳥取城北(鳥取)に6-3で勝利。2回戦では高松商業(香川)に競り勝ち、3回戦で報徳学園(兵庫)に延長10回、タイブレークで敗れた。山田は監督として初めて出場した甲子園で2勝を挙げた。
「初戦はどうしても(体が)硬くなるので、内容よりも力を出してくれればと思って、選手たちに『エラー3つまではOK』と言いました。積極的にいこうと、みんなで決めました」
甲子園で「エラーは3つまでOK」と言う監督は珍しい。
「ピッチャーが打ち取った打球を、いかにアウトにするかが課題。基本に忠実に、アウトにできる打球を確実にアウトにする。頑張った結果のミスはいい。だからエラーは3つまで想定内です。バッティングに関しても、きれいな当たりでなくても“しょぼいヒット”でいいんです」
山田が選手たちのミスに寛容なのは、自身の体験があるからだろう。
「もともとイップスを持っていました。大学に入ってからもよくなって、3年生でレギュラーとして使ってもらったんですけど、4年になってイップスがキツくなって……」
イップスとは、思うように体が動かせなくなる症状のことを指す。野球の場合、送球の場面であらわれることが多い。故障からくることもあるし、プレッシャーが影響することもある。
「イップスの影響もあったし、後輩にいいキャッチャーがいたこともあって、試合に出る機会が減りました。自主練習にも熱が入りませんでした。リーグ戦の最後の試合で打席に立たせてもらったんですけど、ピッチャーが投げるボールは見えていたけど打てなかった。それを今でも後悔しています」
打てなかったことに対してではなく、あきらめたことに対する後悔だった。
これまでの東邦とは少し違う路線
野球エリートが集まる強豪だから、実力があってもレギュラー争いから脱落する選手が出てくる。70人もいる部員を同じ方向に向かせるのは監督だけではできない。その難しさを、山田自身は選手時代から経験していた。
「下級生の時から、キャプテンを任されることはわかっていたので、監督の思いを仲間たちに伝える役割をしていました。練習はキツいし長い。だから『抜けるところは抜こうぜ』という選手もいます。でも、『監督を信じてやってみよう』と言っていました」
キャプテンとして監督の意向を汲んで、時には嫌われ役も買って出た自負もある。
「森田さんはものすごく厳しかったんですけど、高校時代、私は毎週のように食事につれていってもらい、いろいろな話を聞くことができました。もちろん『怖い』とも思っていましたけど、グラウンドの外では普通に面白いおじさんだったので(笑)。監督との距離が近かった分、頑張ることができました」
コーチになってから恩師を支える立場になり、監督として一本立ちをした。愛工大名電、中京大中京、享栄など強豪がひしめく愛知の高校野球。東邦はこれまで猛練習で甲子園への道を切り開いてきた。「鬼の阪口」の異名を取った阪口が礎を築き、後任の森田がその流れを汲んだ。しかし、山田は少し違う路線を進んでいるように見える。
東邦高校、立教大学でレギュラーとして活躍し、一般企業での勤務を経て野球指導者となった36歳の青年監督は今、何を思っているのだろうか?
📝「7イニング制には反対」名門率いる30代監督が考える、これからの高校野球【東邦・山田祐輔監督】
https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/2026090700011-spnavi
選手との信頼関係を築く難しさ
監督に就任したあと、選手に「何をしたいのかがわからない」と言われた山田は、「応援されるチームになる」という目標を掲げ、わずか3年で甲子園出場を果たした。監督として甲子園初勝利を挙げたあと、こう語っている。
「スタンドでたくさんの方に応援していただけました。気持ちいいですね。応援してくださる方に楽しんでいただけるように、と思っています。素晴らしい応援の中で、選手は力を発揮してくれました」
しかし、その後は聖地から遠ざかっている。甲子園出場を期待される名門にとって、3年のブランクは大きい。
「センバツに出たときは、石川瑛貴(中日の石川昂弥の弟/現・東海大)というキャプテンがいて、みんなをまとめてくれました。言いにくいこともしっかり指摘できるキャプテンでした。中心選手との信頼関係ができれば強いチームになると思うんですけど、それが難しくて……」
学校から練習場まではバスで移動しなければならない。教職員であるコーチたちが校務のため、練習に参加できないこともある。
「自分の考えをチーム全体に浸透させるのに時間がかかっていました。思うように選手を引き上げることができなくて……」
山田は、選手との信頼関係を築く難しさを感じている。
答えが見つからない「タイブレーク制」の対応
2018年、延長戦でのタイブレーク制が採用された。投手の投球数制限(1週間で500球以内)が導入されたのが2020年、低反発の新基準バットが導入されたのは2024年3月。2026年度のシーズンインからDH制が採用された。100年以上の歴史を誇る高校野球は少しずつ、確実に形を変えている。
「DHに関しては、思ったよりも抵抗感なく使えています。守備に難があって、なかなか出番のなかった選手にもチャンスを与えることができます。ピッチャーが打席に立たないことは、体力的に楽だと思います」
延長戦でのタイブレーク制が導入されて8年が経つ。山田は2023年春のセンバツ、3回戦で報徳学園にタイブレークで敗れた経験がある。
「もうタイブレークに違和感はありませんが、気持ちとしては嫌ですね。考えることがめちゃくちゃ増えました。僅差で7、8回を迎えた時点でいろいろなシミュレーションをすることになります。打順の巡りがどうか、バント要員を残しておこうとか」
2025年夏、豊橋中央と対戦した愛知大会決勝では苦杯をなめた。
「3対3で延長に入って、10回表を0点で抑えて、その裏に犠牲バントに失敗して無得点。11回表に3点を奪われ、2点を取り返したんですけど、5対6で負けました。負けたあと、9回までにもっとやるべきことがあったんじゃないかと思いました」
1対3とリードされた9回裏に2点を取って同点に追いついた東邦だったが、押し切ることができなかった。
「そのとき、ヘッドスライディングをした選手がケガをしてしまいました。治療してもらっている間に、代走を出して盗塁を仕掛ければ、アウトになっても次の回は三番打者から攻撃を始めることができたのに……終わって冷静になればわかるんですけど、そのときには手を打つことができませんでした」
タイブレーク制は、ノーアウト一、二塁からのスタートとなる。バントでランナーを送ってワンアウト二、三塁になれば得点のチャンスができる。しかし、緊迫した場面でバントを決めることがどれだけ難しいことか。
「いろいろな仮説を立てたんですけど、なかなか『これだ!』というものがありません。試合の流れ、打順の巡りなどさまざまな要素があるので」
タイブレーク制の導入直後はバントを選択する監督が多かったが、フライになったり、ランナーがアウトになったりするケースもある。この夏の甲子園の3回戦で智辯和歌山(和歌山)が見せた“ブルドッグ”(前進守備のサインプレー)など特殊な守備隊形も増え、バントではなく、強攻策を選択する監督も増えた。定石が通用しにくい場面こそ、監督の腕の見せどころだということもできる。
「厳しい場面を想定したバント練習はもちろんやります。負けたら甲子園に行けないという、地方大会のほうがプレッシャーはかかるのかもしれませんね」
「7イニング制」には反対
昨年12月、「7イニング制等高校野球の諸課題検討会議」の最終報告書が高野連理事会に報告された。報告書では「速やかに全ての公式戦で7イニング制を採用すべきである」とされたが、高野連は現在も導入の是非について議論を続けている。
「意見を言わせていただけるならば反対です。監督として戦ってみて、8回、9回の重みを感じています。やはり、『野球は9回』という考え方がありますね。生徒には9イニング制で野球をやらせてあげたいです」
強豪私立に比べて戦力的に劣る、ある公立校の監督からは「うちにもワンチャンあるので、7イニング制に賛成」という声も出ている。
「タイブレーク制もそうですけど、そういう意見が出ることも理解できますが、誰のため、何のための7イニング制なのか、疑問が残ります」
ここ数年、気温上昇の影響で、選手たちの健康被害が懸念される。夏の甲子園大会に限らず、地方大会でもさまざまな暑さ対策がなされ、効果を上げていることは間違いない。
南北海道大会、北北海道大会の準決勝と決勝は、北海道日本ハムファイターズの本拠地であるエスコンフィールドHOKKAIDOで行われている。愛知大会の決勝の舞台は、中日ドラゴンズの本拠地、バンテリンドームだ。西東京大会、東東京大会の準決勝、決勝が東京ドームで開催されたこともある。
「私は高校時代にプレーしていますし、監督としても指揮をとらせていただいたので甲子園球場の素晴らしさはよくわかっています。でも、7イニング制にする前に、もっといろいろな意見を戦わせるべきではないでしょうか」
現在は49校が出場し、全48試合が“聖地”と言われる甲子園球場で行われている。たとえば、1、2回戦はドーム球場で開催し、ベスト16以降の15試合を甲子園で行うことを検討してみてもいいだろう。
これからの高校野球の「最適解」を探す時間はまだある。
大事にしている選手とのコミュニケーション
山田がコーチになったのが25歳、監督になったのは29歳のときだった。1年1年、選手たちとの年齢差、ギャップは大きくなる。
「やはり、コミュニケーションを取ることが大事だと考えています。たくさん話をしますし、厳しいことを言ったあとにはしっかりフォローするようにしています。でも、こちらの言葉が響かないことが増えているような気がします」
“昭和の高校野球”では、厳しい指導が珍しくなかった。東邦も猛練習で知られた。しかし令和の今、暴力や言葉の圧力で選手を従わせることなど許されない。
「大事なのは、生徒ひとりひとりと信頼関係を築けるかどうか。部員は70人いるので、監督ひとりで全員を指導することは難しい。監督以外にコーチも部長もいますから、誰かの言葉が響いてくれればいい。生徒に関することをスタッフで共有して、指導に当たれればいいと考えています」
今年から、山田の教え子がコーチとしてチームに加わった。
「ものすごく頑張ってくれているので、その効果が秋に出るんじゃないかと思っています」
⚾岩手さんへ
今日は意外と小雨が17時前まで降り続き、難儀しながらも昆陽池サイクリング強行しましたが・・・。大阪は最高気温23、2度とラジオで聴きましたが普通に半袖ポロシャツでちょうどよい感じでしたね。気温はともかく湿度がかなり高いはずなんで体感はまだ夏かなあ・・・。
今年は一番熱かったのが7月で8月以降は雨が多かったので、、、、、ただ9月でもごくたまに晴れると熱いですよ!最新の天気予報見たら2週間連続雨予報が一転して全部晴に変わっておるし30度前後の日はまだまだ続きそうですが、熱中症の危険のピークは過ぎたと思いますね。
さて、三重大会ですが今日の松阪の天気は知りませんが13時開始でなんとか試合こなしたようで・・・。松阪商はまだ地元なんでいいですが、桑名工の選手たちは3日連続遠路はるばる松阪まで試合があると思いながら朝早く起きてコンディション整えてどこかで中止の報を受けてまた桑名に帰ると・・・・・。
とりあえず予備日全部使って軌道に乗せたので、今の予報通りだったら26日に日程終了できるかと。
しかし兵庫はシルバーウイーク5日間全部試合をぶち込んでいるけれど、奈良は2週間空きを作って27日に準々決勝8時30分から4試合とこれが働き方改革でしょうか?
ゲリラ豪雨は怖いですね。四日市駅前の地下駐車場も水没したし、千葉・富山・石川・福井あたりが激しかったらしいですね。一昨日と昨日は姫路周辺が1時間110mmの豪雨が襲ったとか!?
同じ兵庫県でもこっちはそこまで降らなかったし甲子園もナイターやってましたね。
アジア大会は全く興味ないのでTV観戦しないし、結果も興味ないですがアレのおかげでこの夏愛知大会20年ぶりにナゴヤドームで試合できたし、悲願のスタンド入りも果たせたのでちょっとは感謝せなアカンのでしょうね・・・・・。
大阪桐蔭吹奏学部は、、、あまり好きにはなれないですね。顧問の先生がイキっている?!ので。
今年は、去年より暑い日が続く傾向とか言っていたのにね!
西日本はまだ〃30度以上あるのかな?東日本の方は☔が降る日ばかりですが、四国、九州のダムの一部はカラカラとかうまくいかないね。
今日もニュースで見ましたが、掛川でゲリラ的雷雨発生している映像見ました。
愛知県内も、そうすると三重県内もかな?
3日続けて雨天中止なのかな?せっかくの2部制もね!
試合がサッパリ消化出来ず運営側は恨み節?シルバーウィークで試合消化した所も、熱帯低気圧が明日には台風になりそうで、週末から月曜あたりに東海か関東に上陸かも?☔☔☔☔なので雨天中止ばかりかもね!
アジア大会に水分補給!
読売テレビなのかな?大阪桐蔭吹奏学部の事やっていました。
西日本はまだ〃30度以上あるのかな?東日本の方は☔が降る日ばかりですが、四国、九州のダムの一部はカラカラとかうまくいかないね。
今日もニュースで見ましたが、掛川でゲリラ的雷雨発生している映像見ました。
愛知県内も、そうすると三重県内もかな?
3日続けて雨天中止なのかな?せっかくの2部制もね!
試合がサッパリ消化出来ず運営側は恨み節?シルバーウィークで試合消化した所も、熱帯低気圧が明日には台風になりそうで、週末から月曜あたりに東海か関東に上陸かも?☔☔☔☔なので雨天中止ばかりかもね!
アジア大会に水分補給!
読売テレビなのかな?大阪桐蔭吹奏学部の事やっていました。