自ら健康に、水から健康に。合言葉は「はやめに、こまめに」
💢関西六大学リーグの龍谷大が活動停止 詳細は27日説明 リーグV通算29度の強豪
https://news.yahoo.co.jp/articles/6cf8a9e6aefbb9e4fb0637b697c8d92f2dce116c
関西六大学野球リーグの龍谷大は26日、事案が発生した硬式野球部について学内調査を行った結果、今月5日に学内規程に沿って指導を実施し、活動停止処分としたことを発表した。詳細は27日に説明するとした。
📝令和8年度秋季近畿地区高等学校野球滋賀県大会組み合わせ表
http://www.biwa.ne.jp/~shigafed/pdf/R08_at_koushikiyama.pdf
📝持丸修一 78歳名将の高校野球論
私の流され続けた半世紀 野球との出会い、指導者になった経緯を赤裸々に語る
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/392011
今夏の甲子園をテレビで眺めながら、ふと気づきました。40歳になる頃まで、私は夏の甲子園を見るのが嫌だったんです。自分のチームはとっくに県大会で敗退している。「早く大会が終わってくれ」「絶対に見るものか」と思いながらも、やはり試合の行方は気になります。複雑な胸中で観戦していました。それが今では、ずいぶんと気持ちの切り替えが上手になったものです。
そんな昔を振り返っているうちに、これだけコラムを重ねながら、そもそも私が高校野球に携わるようになった経緯を書いていなかったことを思い出しました。今回は、その話をさせてください。
物心が付いた頃から、野球は身近な存在でした。昔はほかに遊びらしい遊びもありませんから、近所の子たちと毎日のように神社の境内で球を追いかけていました。小学校高学年でソフトボールのチームに入ったのは、遊び仲間で幼なじみの斉藤に誘われたのがきっかけです。彼とはその後も深い縁が続くので、ここでは名前を出すことにします。一緒に進んだ藤代中でも、斉藤に連れられるように野球部へ入りました。当時の部員は、私と彼を含め、ほとんどが竜ケ崎一高へ進学。しかし、私は高校でも野球を続けるかどうか迷っていたんです。その時も、斉藤から熱心に誘われたように記憶しています。
私は流されやすいところがあるというか、結局、そのまま野球部に入りました。当時は茨城と千葉を合わせて、甲子園への出場枠はわずか1校。しかも、千葉の高校野球が全盛期を迎えていましたから、私たちは甲子園を目指せるような立場ではありませんでした。ところが、中学に続いて主将を務めた斉藤のリーダーシップに引っ張られ、まさかの甲子園出場を果たしたのです(1966年夏)。私は二塁手として聖地の土を踏んだものの、あまりにも思いがけない出来事だったからか、「やり遂げた」という達成感は大してなく、当時の印象もほとんど残っていないんですよ。
高校卒業後、斉藤は東京六大学へ、私は国学院大へ進みました。上京して過ごした大学時代、転機が訪れたのは3年の冬です。これといった夢や目標はなく、就職についてもぼんやりとしか考えていませんでした。まだ米国統治下にあった沖縄の新聞社の方とご縁があり、「沖縄で記者として働くのも楽しそうだな」と、うっすら思い描いていた程度です。そんな折、竜ケ崎一高の恩師である菅原監督から、「こっちを手伝ってくれないか」と声をかけられた。時代が時代ですから、監督の言うことは絶対です。引き受けるかどうか、迷う余地すらなかったような気がします。
菅原監督はいわゆる「職業監督」でした。一方、これから公立校で野球に携わるのなら、教員免許を持っていた方がいい--。周囲からそう助言され、大学4年になって慌てて必要な科目を履修し始めました。夕方になると渋谷のキャンパスから電車で竜ケ崎一高へ向かい、野球部の指導を手伝う。卒業後も1年間、聴講生として大学に通いながら、同じような生活を続けました。
そうして晴れて教員免許を取得し、茨城県の教員採用試験を経て竜ケ崎一高に赴任。引き続きコーチとして菅原監督を支え、27歳になる年に監督のバトンを渡されました。
自分から望んで、この道を歩もうとしたことは一度もありません。周囲に導かれ、流され続けて半世紀余り。いや、ソフトボールを始めた時から考えると……。数え切れないほどの思い出がありますが、振り返ってみると、うれしさや悔しさ以上に、「どうしてこうなったのだろう」という不思議さが一番大きいです。
一方、斉藤とはその後どうなったか? 別々の大学に進んでから今日に至るまで、しょっちゅう顔を合わせています。
📝広島“普通の公立校”が監督就任「わずか100日」で甲子園出場の衝撃…「県ベスト16が最高成績」だった中堅校を覚醒させた“異色の名将”とは何者か?
https://news.yahoo.co.jp/articles/34e1007c0347fae99a6f4344e5d20940972de162
熱戦が続く夏の甲子園。今大会で「最大のサプライズ」のひとつと言われるのが広島・市立福山の出場である。過去最高成績は県ベスト16、数年前には部員不足で連合チームだった「普通の公立校の野球部」は、なぜ大舞台に辿り着いたのか。4カ月前に就任したばかりの名伯楽の手腕に迫った。
甲子園出場となると、なにかと話題になる公立校のなかにも個性が映し出される。福岡代表の東筑は、初戦の相手が強豪・神村学園だったこともあり、甲子園に入ってからは勉強を控え野球に切り替えた選手が多かった。
「普通の公立校」が広島から甲子園へ
一方で、広島の市立福山はそうではないらしい。監督の小田浩が、選手たちの「いつも通り」をこのように教えてくれた。
「福山駅で壮行式をしていただいてから新幹線に乗って、席に座った途端、子供たちがバーッて参考書とかを開いて勉強していましたよ。宿舎でも全員が集まって勉強することはないんですけど、各自で毎日やっているんじゃないですかね」
そんな「普通の公立校」が全国に轟かせたビッグサプライズ。これまでの夏の最高成績は広島県ベスト16。小田はこの実績のないチームを、監督に就任してから4カ月足らずで頂点まで導いたのだ。
「ベンチャー企業が老舗の大手に挑むようなもんでしたからね。そんななかでここまで来てしまいました」
小田がただモノではないことは、彼の野球人生をたどっていくうちに理解できる。
まず、重要なことは小田が甲子園を熟知している、ということだ。高校は名門・広島商の出身。1982年にはセカンドとして全国準優勝を経験した。順天堂大学を経て89年に西条農の監督となると、2年後の91年夏に早くもチームを甲子園へと導いている。ただ、現役時代の広島商は6度の日本一と言わずもがなだが、西条農も小田が監督に就任する前年の88年にセンバツに出ていたように、すでに両者には甲子園という下地があった。それがない、まったくのゼロベースのチームを作り上げるうえでの原点となったのが、2005年に就任した総合技術での監督時代である。
開校直後の公立校に赴任…「3年後、どうなりたい?」
同年に開校したばかりのチームを任された小田が最初に着手したのは、現実を植え付けさせることだったという。野球部1期生に小田が「3年後、どうなりたい?」と問うた。
すると彼らは「甲子園に行きたい」と答えた。「周りの高校と自分たちを比べてどう思う?」と問い詰める。すると「正直、1回は勝ちたいです」と、選手たちは本音を打ち明けた。ここでようやく、小田が現実を説く。
「『1回は勝ちたい』と簡単に言うけど、100チームあったら上位半分に入るってことなんだよ。初戦の相手だって下から2番目の高校と当たるかもしれないし、トップ10の高校と対戦するかもしれない。そう考えたら、1回勝つって大変なことじゃない。でもね、そこを乗り越えたら、今度は25校に入れる。3つ勝てばベスト8だって見えてくるよね」
1勝の重みと勝利の積み重ねを丁寧に説明していく。「そうしていくと、子供たちの顔色が変わってきたんですよ」と、小田が20年以上も前の情景を、昨日のことのように語る。小田の指導法は、当時としては異色のものだった。
📝「もしも君たちが優勝したら…」広島“普通の公立校”がなぜ甲子園に? 前職は校長先生…4月に就任「異端の名将」が部員に伝えた“魔法の言葉”
https://news.yahoo.co.jp/articles/ade8915a720903af32ac086faeeaf2589b09bb93
「サプライズ出場」市立福山を率いる名将の転機
これまでの夏の最高成績は広島県ベスト16ながら、今夏、初の甲子園に辿り着いた市立福山。チームを率いる小田浩監督にとって転機になったのが、2005年に赴任した総合技術での経験だったという。
同年に開校したばかりの当時の総合技術のようなチームであれば、基礎を叩きこむなかでバントなどの確実性の高い小技を磨く、「弱者の兵法」を実践するケースが多い。
だが、小田は「課題を細かくつぶしていくのではなくて、スケール感をイメージしながら育成を進めた」と言う。例えばバント。3回失敗すればアウトになるため「1球で成功させる」が鉄則だ。小田の思考法は違う。
「ストライクがひとつ増えただけ、という認識です。むしろ『ピッチャーに1球でも多く投げさせた』『チャージをかけたピッチャーやファースト、サードを走らせた』と、プラスに考えさせるようにしたんです」
そこには小田の原体験も介在している。高校時代は“広商野球”と言われるほど、小技は広島商の専売特許だった。
普段の練習でも「100回成功しなければ終われない」といったように厳しいノルマを課せられていた。だが、それだけやっても試合で常に「成功率10割」を体現できるわけではない。それを小田は知っている。
「確率論を求めると、コストパフォーマンスが非常に悪いんです。なので『失敗できない』という、自分を追い込んでしまうようなマイナス要素を取り除かせたんです」
小田がチームに根付かせたスケール感は、就任3年目に発揮される。2007年の夏、総合技術は広島大会の決勝まで勝ち進み、エースの野村祐輔を擁した広陵に3-4と善戦。翌年も決勝でこの強豪相手に10-12と打撃戦を演じてみせた。そして、さらに3年後の11年のセンバツで、悲願の甲子園出場を達成したのである。
本来ならば小田の「甲子園への道」は、総合技術で区切りとなっていたはずだった。同年夏の県大会をもって監督を退任し、県内の高校で校長などの管理職業務に専念することにしたからだ。
校長職を歴任も…突然の監督就任要請
公立校の校長職を歴任していた小田の、監督としての運命が再び動き出したのが、昨年のことだった。実績のある小田に市立福山の監督就任を要請したのは福山市だったという。
「小田先生なら安心して任せられますし、市民も納得してくれるでしょうから、どうしても監督を引き受けていただきたいんです」
当時は竹原高の校長を務めていたこともあり逡巡したが、「人生100年時代。もう1回、野球を楽しもうか」と、最終的に腹をくくった。当時の市立福山は、19年の秋に連合チームとしての出場を余儀なくされるなど窮状もあった。広島商や広島新庄を指揮して甲子園出場経験もある迫田守昭が22年に同校の監督となり、選手たちには根本的な野球の基礎は出来上がっている。昨夏に迫田の体調不良に伴い後任となった長門功も、ベースをしっかりと引き継いでくれていた。あとは成功体験を与えるだけだった。
「それでも、夏は30年くらいで8勝しかできていなかった。私が監督になってすぐ練習試合で5連敗くらいしましたし、春の県大会なんか2回戦でコールド負けですからね。でも、私のなかでは焦りがなかったというか、総合技術の経験が生きていたんですね」
そう、それこそが小田が実践してきたスケール感の再現だった。ポジティブ思考のバントのように、エースの来山凌也からマイナス要素をそぎ落とす。
「誰だって100球中100球を狙ったコースに投げられないんだから。厳しいコースを狙ったけど『甘く入って打たれました』じゃなくて、真ん中に投げても打たれない投球術を身につけることを考えたほうがいい」
「もしも君たちが優勝したら…」
そして、総合技術時代に説いた「1勝の重み」を、市立福山ではこのような表現に変え、選手たちをその気にさせていくのだ。
「もしも夏に君たちが優勝したら、福山市も広島県もひっくり返るだろうね。でも、世間がびっくりしても俺は驚かないよ」
甲子園を知る監督に“魔法”をかけられたチームは、6月に入るころには試合で負けないようになった。そのなかには広島でベスト8やベスト4に入るチームも多く、甲子園出場経験のある高校にも勝てるようになった。キャプテンの渡辺雄介が、チームの変化をこのように実感する。
「とにかくメンタル面は変わりました。夏まで3カ月という短い期間で変えられるとすれば『考え方だ』と、監督からはずっと言われてきて。野球のプレーにしても予測とアプローチの仕方を『複数持つようにしよう』とか言ってもらえたので、行動パターンが増えて実行にも移せるようになりました」
キャプテンが先頭に立ち「福山市を驚かせてやろう」と合言葉を口に出し続けたチームは、本当に夏の広島をひっくり返した。勝利は、言霊がもたらした。
「俺は驚かないよ」と、小田は言った。市立福山の勝利は、まさに必然だったのである。
「普通の公立校」の躍進は続くか?
広島のみならず全国に衝撃を与えた「普通の公立校」は、甲子園の初戦で天理と対戦する。日本一3度を誇る名門である。人は「予選での勢いを甲子園でも」と、快進撃を望むだろう。だが、小田はここでも達観する。
「甘い舞台ではないことはよく知っていますんで。『初出場らしく、のびのびと』なんてモードでは戦いません。打ちのめされてもいいから力勝負に挑む。それが裏目に出て力を発揮できないのも覚悟の上です。リスクを取ってでも勝負をしなくてはいけない場所ですからね、甲子園は……というカツを入れるミーティングも、意図的にしてきました」
激戦広島で公立3校を甲子園へと導いた名将。魔法はすでに唱えてある。市立福山。すでに戦闘態勢に入っている。
📝日本一人口が減る県」で…普通の公立校が「部員47人」で“57年ぶり甲子園”のナゼ「髪型は覚悟の丸刈り」「練習から1球にこだわる」横手高の秘密とは
https://news.yahoo.co.jp/articles/8e8aec460a0f345618c3ed5abcb80a2045b769e0
熱戦続く夏の甲子園。地方大会から波乱の多かった今大会だが、秋田代表として57年ぶりの甲子園を決めたのが横手高校だ。人口減が社会問題化しつつある地域で、なぜ普通の公立校が多くの部員を擁し、躍進できたのか。その理由を聞いた。
秋田県の課題、人口減少。総務省が発表する人口動態調査によれば、今年1月1日時点での秋田県の人口減少率1.88は全国でワーストであり、人数にすると1年間で1万7069人が減った。近年「日本で最も人口が減り続けている地域」。それが秋田だ。
人口減が課題の県で…多くの部員が在籍
県内で2番目の約7万5000人が暮らす横手市も人口は減っているが、知り合いの市職員に聞くと「うちだけが過疎化なわけじゃないですからね」とくぎを刺されてしまった。
現在、横手市はJR横手駅周辺の再開発に着手し、賑わいを取り戻そうと努めている。そして今年7月には、バスケットボールコート4面もの広さを誇るIRISOアリーナ横手(横手市立体育館)が開館と、スポーツの文化も根付いているのだ。
横手高校も例外ではない。少子高齢化の現代において子供は減る一方。高校野球の加盟校も減少に歯止めがかからず、逆に連合チームが増える。皮肉な現状において、横手野球部は3人の女子マネージャーを含め47人もの部員が在籍する。
「人口が少なくなっているなかで『勉強も野球部でも頑張りたい』っていう地元の子が、うちを選んできてくれるんです」
監督の山信田善宣がしみじみ語る。 地元の公立進学校。野球部の生徒は国公立をはじめとする大学進学を目指す。なかには遠征に向かう途中でも勉強する選手もいるほど、文武両道を地で行く。そのことを示す決意表明が、丸刈りらしい。
「私自身、髪型は『こうでなきゃいけない』というのはないんですが、みんなが『野球も勉強もやりきる』って覚悟を、なにかの形として表現したいんでしょうね」
今年の春から授業1コマあたりの時間が5分短縮されたことで、30分は練習時間が増えた。山信田も「それだけあればやりたいことができるかな?」と、好意的に受け止める。とはいっても、19時までには全体練習を終えなければならず、野球をする環境として恵まれているわけではない。
時間、練習環境には制限…「1球」へのこだわり
限られた時間のなか、山信田は「1球」にこだわる。そのため、練習ではグラウンドを歩き回り、打球や打席のコースが見やすい場所に陣取っては、1球ごとに選手たちとコミュニケーションを図る。
実戦形式のシートバッティングがわかりやすい。バッターには、空振りを誘発する高めの釣り球や低めの変化球を振らない「見切り」を徹底させる。バットを「振るべきボール」と「振るべきではないボール」の線引きがズレれば、山信田からの指摘が飛ぶ。ピッチャーならば、投じたボールが「今のカウントでその球種は正解だったのか?」。守備であれば「この場面でのポジショニング、動きはどうだったか?」といった具合で監督が細かく投げかけ、選手に答えさせる。山信田が狙いを解説する。
「練習試合ならシーズン中は週末に必ずやりますから、そこで打席やピッチング、守備・走塁がどうだったか? そういう振り返りを常々やっています。結果というのは、その先にあると思っていますんで」
山信田が見据える「その先」が実を結んだのが、今年の夏だった。2026年の秋田は、例年になく荒れた。
<次回へつづく>
📝センスねぇな…」監督が“チーム打率2割3分8厘”を誇るワケは? 秋田“普通の公立校”が57年ぶり甲子園…指揮官は「今年だけが特別ではないんです」
https://news.yahoo.co.jp/articles/28a099939a5e5193a2b819995e775ff2d4b2c78b?page=1
2026年の秋田は、例年になく荒れた。春の優勝校で第1シードの秋田商、第2シードの鹿角、そして16回の甲子園出場を誇る私学の強豪・ノースアジア大明桜と、有力校が初戦で姿を消したのである。
大荒れの秋田大会…初戦で金足農を撃破
大荒れの幕開けとなった大会で、第6シードの横手は地に足ついた戦いを披露した。初戦の金足農戦から持ち味を発揮する。1点を追う4回、昨夏の甲子園でマウンドを経験した斎藤遼夢のボールを見極めたことで、暴投を誘うなど逆転に成功。タイムリーヒット0本ながら3-1と夏の初陣を飾った。この勝利は、山信田善宣監督も「日頃の成果を出せた」と評価するほどだった。
「ヒットが出ればいいですけど、出なくても点が取れるのが理想と言いますか。選手たちが打席の中でカウントからいろんなことを考えて、意図を持った選択をしてくれたことが、ああいう結果を生んだんだと思います」
秋田大会では全5試合に登板して4完投と、マウンドに君臨したエース・佐藤宙斗は紛れもないチームの殊勲者だ。ただ、真の支えとなったのは、金足農戦で見せたような「数字に見えない記録」の積み重ねだった。山信田がチーム打率2割3分8厘を誇る。
「フォアボールがヒットと同じ価値があるように、単純に目に見える数字だけが結果とイコールではないと言いますか。チームは本当に1球に集中してくれましたし、一戦必勝で戦ってくれたと思います」
横手は波乱含みの秋田を駆け上がり、実に57年ぶりの甲子園出場を決めた。1球の重要性を体現する野球で得た勝利。普段の練習から選手とのコミュニケーションを大切にしてきたからこその結果だった。山信田が言う。
「『やらされる練習から脱却しなきゃダメだよ』という話を常々してきています。子供たちの意向でメニューを組むこともあるんですけど、そのことによって練習の理解度が上がるといいますか。それは、ここに来る前の学校でもテーマにしていたんです」
甲子園までの道は、山信田が指揮を執ってきた公立校での経験なくしては語れない。これまで能代西(現・能代科学技術)、大曲農太田分校、湯沢で監督をしてきたが、いずれも部員数に恵まれている高校ではなかった。特に湯沢に赴任した初年度は、2学年で11人しかいなかったという。
「当時は『人数が増えれば勝てる』と思っていたんですけど、そこから実際に部員が増えても勝てなかったんです」
部員は増えたのに勝てない…なぜ?
どうすれば勝てるんだろう――監督として頭を悩ませていた2020年、山信田は秋田県の教育委員会が設置する、高校野球の強化担当の職に就くこととなった。
仕事柄、多くの高校野球の現場に足を運ぶ。グラウンドへ行くと、選手たちは明るい表情で挨拶し、はきはきと受け答えをしてくれる。ところが、チームの監督の前では「はい! はい!」と硬い表情で通り一辺倒の返事しかしない。そんな場面に出くわすことが少なくなかった。山信田が省みる。
「そういう光景を見て『自分が見ていたチームはどうだったのかな? 』と思いまして。子供たちは、指導者である私たちをどう見ているのか? 練習をどのように捉えて取り組んでくれているのか? そういったことを考えると、我々と選手との関係性というのは本当に大事なんだな、と痛感させられました」
22年に横手の監督として再び現場に復帰すると、山信田の指導者としての在り方にも変化が見えるようになった。わかりやすく言えば、それまでの「指示型」から「対話型」に変わったのである。練習中の選手との「答え合わせ」などのコミュニケーションがまさにそれである。
甲子園は驚かれるが…むしろ「もっと早く実現できた」
だからといって、今年の甲子園出場が必然だったと、山信田は思わない。むしろ「なんでもっと早く実現できなかったんだろう」と、嘆く自分がいるくらいだと苦笑する。
「私のなかでは、ここに来てから毎年、自信を持って夏に臨んできたんです。いい選手、いいスタッフに恵まれているのに、チームを勝たせてあげられなかった。『もう、センスねぇなぁ』って思っているくらいで。失敗だらけの指導者人生ですから。なので、今年だけが特別ではないんですよ」
失敗だらけの指導者人生。人は失敗するから学び、強くなる。少なくとも山信田は、それを実践できた。だから、勝てたのである。弱き者が、強き者へ挑む甲子園。山信田にふさわしい舞台ではないか。初戦の相手は敦賀気比。甲子園優勝を経験する、全国的な強豪である。
「相手は格上ですけど、指導者として簡単には負けられないので。考えられることはすべてやって、選手にかけられる言葉はすべてかけて。勝つための努力をしていきます」
秋田には、強敵に屈しない精神がある。あの夏がそうだった。2018年。格下と目されていた公立の農業高校が成し遂げた準優勝の記憶、日本中を巻き込んだ「金農旋風」――。
横手にも、その資質は十分にある。
https://news.yahoo.co.jp/articles/6cf8a9e6aefbb9e4fb0637b697c8d92f2dce116c
関西六大学野球リーグの龍谷大は26日、事案が発生した硬式野球部について学内調査を行った結果、今月5日に学内規程に沿って指導を実施し、活動停止処分としたことを発表した。詳細は27日に説明するとした。
📝令和8年度秋季近畿地区高等学校野球滋賀県大会組み合わせ表
http://www.biwa.ne.jp/~shigafed/pdf/R08_at_koushikiyama.pdf
📝持丸修一 78歳名将の高校野球論
私の流され続けた半世紀 野球との出会い、指導者になった経緯を赤裸々に語る
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/392011
今夏の甲子園をテレビで眺めながら、ふと気づきました。40歳になる頃まで、私は夏の甲子園を見るのが嫌だったんです。自分のチームはとっくに県大会で敗退している。「早く大会が終わってくれ」「絶対に見るものか」と思いながらも、やはり試合の行方は気になります。複雑な胸中で観戦していました。それが今では、ずいぶんと気持ちの切り替えが上手になったものです。
そんな昔を振り返っているうちに、これだけコラムを重ねながら、そもそも私が高校野球に携わるようになった経緯を書いていなかったことを思い出しました。今回は、その話をさせてください。
物心が付いた頃から、野球は身近な存在でした。昔はほかに遊びらしい遊びもありませんから、近所の子たちと毎日のように神社の境内で球を追いかけていました。小学校高学年でソフトボールのチームに入ったのは、遊び仲間で幼なじみの斉藤に誘われたのがきっかけです。彼とはその後も深い縁が続くので、ここでは名前を出すことにします。一緒に進んだ藤代中でも、斉藤に連れられるように野球部へ入りました。当時の部員は、私と彼を含め、ほとんどが竜ケ崎一高へ進学。しかし、私は高校でも野球を続けるかどうか迷っていたんです。その時も、斉藤から熱心に誘われたように記憶しています。
私は流されやすいところがあるというか、結局、そのまま野球部に入りました。当時は茨城と千葉を合わせて、甲子園への出場枠はわずか1校。しかも、千葉の高校野球が全盛期を迎えていましたから、私たちは甲子園を目指せるような立場ではありませんでした。ところが、中学に続いて主将を務めた斉藤のリーダーシップに引っ張られ、まさかの甲子園出場を果たしたのです(1966年夏)。私は二塁手として聖地の土を踏んだものの、あまりにも思いがけない出来事だったからか、「やり遂げた」という達成感は大してなく、当時の印象もほとんど残っていないんですよ。
高校卒業後、斉藤は東京六大学へ、私は国学院大へ進みました。上京して過ごした大学時代、転機が訪れたのは3年の冬です。これといった夢や目標はなく、就職についてもぼんやりとしか考えていませんでした。まだ米国統治下にあった沖縄の新聞社の方とご縁があり、「沖縄で記者として働くのも楽しそうだな」と、うっすら思い描いていた程度です。そんな折、竜ケ崎一高の恩師である菅原監督から、「こっちを手伝ってくれないか」と声をかけられた。時代が時代ですから、監督の言うことは絶対です。引き受けるかどうか、迷う余地すらなかったような気がします。
菅原監督はいわゆる「職業監督」でした。一方、これから公立校で野球に携わるのなら、教員免許を持っていた方がいい--。周囲からそう助言され、大学4年になって慌てて必要な科目を履修し始めました。夕方になると渋谷のキャンパスから電車で竜ケ崎一高へ向かい、野球部の指導を手伝う。卒業後も1年間、聴講生として大学に通いながら、同じような生活を続けました。
そうして晴れて教員免許を取得し、茨城県の教員採用試験を経て竜ケ崎一高に赴任。引き続きコーチとして菅原監督を支え、27歳になる年に監督のバトンを渡されました。
自分から望んで、この道を歩もうとしたことは一度もありません。周囲に導かれ、流され続けて半世紀余り。いや、ソフトボールを始めた時から考えると……。数え切れないほどの思い出がありますが、振り返ってみると、うれしさや悔しさ以上に、「どうしてこうなったのだろう」という不思議さが一番大きいです。
一方、斉藤とはその後どうなったか? 別々の大学に進んでから今日に至るまで、しょっちゅう顔を合わせています。
📝広島“普通の公立校”が監督就任「わずか100日」で甲子園出場の衝撃…「県ベスト16が最高成績」だった中堅校を覚醒させた“異色の名将”とは何者か?
https://news.yahoo.co.jp/articles/34e1007c0347fae99a6f4344e5d20940972de162
熱戦が続く夏の甲子園。今大会で「最大のサプライズ」のひとつと言われるのが広島・市立福山の出場である。過去最高成績は県ベスト16、数年前には部員不足で連合チームだった「普通の公立校の野球部」は、なぜ大舞台に辿り着いたのか。4カ月前に就任したばかりの名伯楽の手腕に迫った。
甲子園出場となると、なにかと話題になる公立校のなかにも個性が映し出される。福岡代表の東筑は、初戦の相手が強豪・神村学園だったこともあり、甲子園に入ってからは勉強を控え野球に切り替えた選手が多かった。
「普通の公立校」が広島から甲子園へ
一方で、広島の市立福山はそうではないらしい。監督の小田浩が、選手たちの「いつも通り」をこのように教えてくれた。
「福山駅で壮行式をしていただいてから新幹線に乗って、席に座った途端、子供たちがバーッて参考書とかを開いて勉強していましたよ。宿舎でも全員が集まって勉強することはないんですけど、各自で毎日やっているんじゃないですかね」
そんな「普通の公立校」が全国に轟かせたビッグサプライズ。これまでの夏の最高成績は広島県ベスト16。小田はこの実績のないチームを、監督に就任してから4カ月足らずで頂点まで導いたのだ。
「ベンチャー企業が老舗の大手に挑むようなもんでしたからね。そんななかでここまで来てしまいました」
小田がただモノではないことは、彼の野球人生をたどっていくうちに理解できる。
まず、重要なことは小田が甲子園を熟知している、ということだ。高校は名門・広島商の出身。1982年にはセカンドとして全国準優勝を経験した。順天堂大学を経て89年に西条農の監督となると、2年後の91年夏に早くもチームを甲子園へと導いている。ただ、現役時代の広島商は6度の日本一と言わずもがなだが、西条農も小田が監督に就任する前年の88年にセンバツに出ていたように、すでに両者には甲子園という下地があった。それがない、まったくのゼロベースのチームを作り上げるうえでの原点となったのが、2005年に就任した総合技術での監督時代である。
開校直後の公立校に赴任…「3年後、どうなりたい?」
同年に開校したばかりのチームを任された小田が最初に着手したのは、現実を植え付けさせることだったという。野球部1期生に小田が「3年後、どうなりたい?」と問うた。
すると彼らは「甲子園に行きたい」と答えた。「周りの高校と自分たちを比べてどう思う?」と問い詰める。すると「正直、1回は勝ちたいです」と、選手たちは本音を打ち明けた。ここでようやく、小田が現実を説く。
「『1回は勝ちたい』と簡単に言うけど、100チームあったら上位半分に入るってことなんだよ。初戦の相手だって下から2番目の高校と当たるかもしれないし、トップ10の高校と対戦するかもしれない。そう考えたら、1回勝つって大変なことじゃない。でもね、そこを乗り越えたら、今度は25校に入れる。3つ勝てばベスト8だって見えてくるよね」
1勝の重みと勝利の積み重ねを丁寧に説明していく。「そうしていくと、子供たちの顔色が変わってきたんですよ」と、小田が20年以上も前の情景を、昨日のことのように語る。小田の指導法は、当時としては異色のものだった。
📝「もしも君たちが優勝したら…」広島“普通の公立校”がなぜ甲子園に? 前職は校長先生…4月に就任「異端の名将」が部員に伝えた“魔法の言葉”
https://news.yahoo.co.jp/articles/ade8915a720903af32ac086faeeaf2589b09bb93
「サプライズ出場」市立福山を率いる名将の転機
これまでの夏の最高成績は広島県ベスト16ながら、今夏、初の甲子園に辿り着いた市立福山。チームを率いる小田浩監督にとって転機になったのが、2005年に赴任した総合技術での経験だったという。
同年に開校したばかりの当時の総合技術のようなチームであれば、基礎を叩きこむなかでバントなどの確実性の高い小技を磨く、「弱者の兵法」を実践するケースが多い。
だが、小田は「課題を細かくつぶしていくのではなくて、スケール感をイメージしながら育成を進めた」と言う。例えばバント。3回失敗すればアウトになるため「1球で成功させる」が鉄則だ。小田の思考法は違う。
「ストライクがひとつ増えただけ、という認識です。むしろ『ピッチャーに1球でも多く投げさせた』『チャージをかけたピッチャーやファースト、サードを走らせた』と、プラスに考えさせるようにしたんです」
そこには小田の原体験も介在している。高校時代は“広商野球”と言われるほど、小技は広島商の専売特許だった。
普段の練習でも「100回成功しなければ終われない」といったように厳しいノルマを課せられていた。だが、それだけやっても試合で常に「成功率10割」を体現できるわけではない。それを小田は知っている。
「確率論を求めると、コストパフォーマンスが非常に悪いんです。なので『失敗できない』という、自分を追い込んでしまうようなマイナス要素を取り除かせたんです」
小田がチームに根付かせたスケール感は、就任3年目に発揮される。2007年の夏、総合技術は広島大会の決勝まで勝ち進み、エースの野村祐輔を擁した広陵に3-4と善戦。翌年も決勝でこの強豪相手に10-12と打撃戦を演じてみせた。そして、さらに3年後の11年のセンバツで、悲願の甲子園出場を達成したのである。
本来ならば小田の「甲子園への道」は、総合技術で区切りとなっていたはずだった。同年夏の県大会をもって監督を退任し、県内の高校で校長などの管理職業務に専念することにしたからだ。
校長職を歴任も…突然の監督就任要請
公立校の校長職を歴任していた小田の、監督としての運命が再び動き出したのが、昨年のことだった。実績のある小田に市立福山の監督就任を要請したのは福山市だったという。
「小田先生なら安心して任せられますし、市民も納得してくれるでしょうから、どうしても監督を引き受けていただきたいんです」
当時は竹原高の校長を務めていたこともあり逡巡したが、「人生100年時代。もう1回、野球を楽しもうか」と、最終的に腹をくくった。当時の市立福山は、19年の秋に連合チームとしての出場を余儀なくされるなど窮状もあった。広島商や広島新庄を指揮して甲子園出場経験もある迫田守昭が22年に同校の監督となり、選手たちには根本的な野球の基礎は出来上がっている。昨夏に迫田の体調不良に伴い後任となった長門功も、ベースをしっかりと引き継いでくれていた。あとは成功体験を与えるだけだった。
「それでも、夏は30年くらいで8勝しかできていなかった。私が監督になってすぐ練習試合で5連敗くらいしましたし、春の県大会なんか2回戦でコールド負けですからね。でも、私のなかでは焦りがなかったというか、総合技術の経験が生きていたんですね」
そう、それこそが小田が実践してきたスケール感の再現だった。ポジティブ思考のバントのように、エースの来山凌也からマイナス要素をそぎ落とす。
「誰だって100球中100球を狙ったコースに投げられないんだから。厳しいコースを狙ったけど『甘く入って打たれました』じゃなくて、真ん中に投げても打たれない投球術を身につけることを考えたほうがいい」
「もしも君たちが優勝したら…」
そして、総合技術時代に説いた「1勝の重み」を、市立福山ではこのような表現に変え、選手たちをその気にさせていくのだ。
「もしも夏に君たちが優勝したら、福山市も広島県もひっくり返るだろうね。でも、世間がびっくりしても俺は驚かないよ」
甲子園を知る監督に“魔法”をかけられたチームは、6月に入るころには試合で負けないようになった。そのなかには広島でベスト8やベスト4に入るチームも多く、甲子園出場経験のある高校にも勝てるようになった。キャプテンの渡辺雄介が、チームの変化をこのように実感する。
「とにかくメンタル面は変わりました。夏まで3カ月という短い期間で変えられるとすれば『考え方だ』と、監督からはずっと言われてきて。野球のプレーにしても予測とアプローチの仕方を『複数持つようにしよう』とか言ってもらえたので、行動パターンが増えて実行にも移せるようになりました」
キャプテンが先頭に立ち「福山市を驚かせてやろう」と合言葉を口に出し続けたチームは、本当に夏の広島をひっくり返した。勝利は、言霊がもたらした。
「俺は驚かないよ」と、小田は言った。市立福山の勝利は、まさに必然だったのである。
「普通の公立校」の躍進は続くか?
広島のみならず全国に衝撃を与えた「普通の公立校」は、甲子園の初戦で天理と対戦する。日本一3度を誇る名門である。人は「予選での勢いを甲子園でも」と、快進撃を望むだろう。だが、小田はここでも達観する。
「甘い舞台ではないことはよく知っていますんで。『初出場らしく、のびのびと』なんてモードでは戦いません。打ちのめされてもいいから力勝負に挑む。それが裏目に出て力を発揮できないのも覚悟の上です。リスクを取ってでも勝負をしなくてはいけない場所ですからね、甲子園は……というカツを入れるミーティングも、意図的にしてきました」
激戦広島で公立3校を甲子園へと導いた名将。魔法はすでに唱えてある。市立福山。すでに戦闘態勢に入っている。
📝日本一人口が減る県」で…普通の公立校が「部員47人」で“57年ぶり甲子園”のナゼ「髪型は覚悟の丸刈り」「練習から1球にこだわる」横手高の秘密とは
https://news.yahoo.co.jp/articles/8e8aec460a0f345618c3ed5abcb80a2045b769e0
熱戦続く夏の甲子園。地方大会から波乱の多かった今大会だが、秋田代表として57年ぶりの甲子園を決めたのが横手高校だ。人口減が社会問題化しつつある地域で、なぜ普通の公立校が多くの部員を擁し、躍進できたのか。その理由を聞いた。
秋田県の課題、人口減少。総務省が発表する人口動態調査によれば、今年1月1日時点での秋田県の人口減少率1.88は全国でワーストであり、人数にすると1年間で1万7069人が減った。近年「日本で最も人口が減り続けている地域」。それが秋田だ。
人口減が課題の県で…多くの部員が在籍
県内で2番目の約7万5000人が暮らす横手市も人口は減っているが、知り合いの市職員に聞くと「うちだけが過疎化なわけじゃないですからね」とくぎを刺されてしまった。
現在、横手市はJR横手駅周辺の再開発に着手し、賑わいを取り戻そうと努めている。そして今年7月には、バスケットボールコート4面もの広さを誇るIRISOアリーナ横手(横手市立体育館)が開館と、スポーツの文化も根付いているのだ。
横手高校も例外ではない。少子高齢化の現代において子供は減る一方。高校野球の加盟校も減少に歯止めがかからず、逆に連合チームが増える。皮肉な現状において、横手野球部は3人の女子マネージャーを含め47人もの部員が在籍する。
「人口が少なくなっているなかで『勉強も野球部でも頑張りたい』っていう地元の子が、うちを選んできてくれるんです」
監督の山信田善宣がしみじみ語る。 地元の公立進学校。野球部の生徒は国公立をはじめとする大学進学を目指す。なかには遠征に向かう途中でも勉強する選手もいるほど、文武両道を地で行く。そのことを示す決意表明が、丸刈りらしい。
「私自身、髪型は『こうでなきゃいけない』というのはないんですが、みんなが『野球も勉強もやりきる』って覚悟を、なにかの形として表現したいんでしょうね」
今年の春から授業1コマあたりの時間が5分短縮されたことで、30分は練習時間が増えた。山信田も「それだけあればやりたいことができるかな?」と、好意的に受け止める。とはいっても、19時までには全体練習を終えなければならず、野球をする環境として恵まれているわけではない。
時間、練習環境には制限…「1球」へのこだわり
限られた時間のなか、山信田は「1球」にこだわる。そのため、練習ではグラウンドを歩き回り、打球や打席のコースが見やすい場所に陣取っては、1球ごとに選手たちとコミュニケーションを図る。
実戦形式のシートバッティングがわかりやすい。バッターには、空振りを誘発する高めの釣り球や低めの変化球を振らない「見切り」を徹底させる。バットを「振るべきボール」と「振るべきではないボール」の線引きがズレれば、山信田からの指摘が飛ぶ。ピッチャーならば、投じたボールが「今のカウントでその球種は正解だったのか?」。守備であれば「この場面でのポジショニング、動きはどうだったか?」といった具合で監督が細かく投げかけ、選手に答えさせる。山信田が狙いを解説する。
「練習試合ならシーズン中は週末に必ずやりますから、そこで打席やピッチング、守備・走塁がどうだったか? そういう振り返りを常々やっています。結果というのは、その先にあると思っていますんで」
山信田が見据える「その先」が実を結んだのが、今年の夏だった。2026年の秋田は、例年になく荒れた。
<次回へつづく>
📝センスねぇな…」監督が“チーム打率2割3分8厘”を誇るワケは? 秋田“普通の公立校”が57年ぶり甲子園…指揮官は「今年だけが特別ではないんです」
https://news.yahoo.co.jp/articles/28a099939a5e5193a2b819995e775ff2d4b2c78b?page=1
2026年の秋田は、例年になく荒れた。春の優勝校で第1シードの秋田商、第2シードの鹿角、そして16回の甲子園出場を誇る私学の強豪・ノースアジア大明桜と、有力校が初戦で姿を消したのである。
大荒れの秋田大会…初戦で金足農を撃破
大荒れの幕開けとなった大会で、第6シードの横手は地に足ついた戦いを披露した。初戦の金足農戦から持ち味を発揮する。1点を追う4回、昨夏の甲子園でマウンドを経験した斎藤遼夢のボールを見極めたことで、暴投を誘うなど逆転に成功。タイムリーヒット0本ながら3-1と夏の初陣を飾った。この勝利は、山信田善宣監督も「日頃の成果を出せた」と評価するほどだった。
「ヒットが出ればいいですけど、出なくても点が取れるのが理想と言いますか。選手たちが打席の中でカウントからいろんなことを考えて、意図を持った選択をしてくれたことが、ああいう結果を生んだんだと思います」
秋田大会では全5試合に登板して4完投と、マウンドに君臨したエース・佐藤宙斗は紛れもないチームの殊勲者だ。ただ、真の支えとなったのは、金足農戦で見せたような「数字に見えない記録」の積み重ねだった。山信田がチーム打率2割3分8厘を誇る。
「フォアボールがヒットと同じ価値があるように、単純に目に見える数字だけが結果とイコールではないと言いますか。チームは本当に1球に集中してくれましたし、一戦必勝で戦ってくれたと思います」
横手は波乱含みの秋田を駆け上がり、実に57年ぶりの甲子園出場を決めた。1球の重要性を体現する野球で得た勝利。普段の練習から選手とのコミュニケーションを大切にしてきたからこその結果だった。山信田が言う。
「『やらされる練習から脱却しなきゃダメだよ』という話を常々してきています。子供たちの意向でメニューを組むこともあるんですけど、そのことによって練習の理解度が上がるといいますか。それは、ここに来る前の学校でもテーマにしていたんです」
甲子園までの道は、山信田が指揮を執ってきた公立校での経験なくしては語れない。これまで能代西(現・能代科学技術)、大曲農太田分校、湯沢で監督をしてきたが、いずれも部員数に恵まれている高校ではなかった。特に湯沢に赴任した初年度は、2学年で11人しかいなかったという。
「当時は『人数が増えれば勝てる』と思っていたんですけど、そこから実際に部員が増えても勝てなかったんです」
部員は増えたのに勝てない…なぜ?
どうすれば勝てるんだろう――監督として頭を悩ませていた2020年、山信田は秋田県の教育委員会が設置する、高校野球の強化担当の職に就くこととなった。
仕事柄、多くの高校野球の現場に足を運ぶ。グラウンドへ行くと、選手たちは明るい表情で挨拶し、はきはきと受け答えをしてくれる。ところが、チームの監督の前では「はい! はい!」と硬い表情で通り一辺倒の返事しかしない。そんな場面に出くわすことが少なくなかった。山信田が省みる。
「そういう光景を見て『自分が見ていたチームはどうだったのかな? 』と思いまして。子供たちは、指導者である私たちをどう見ているのか? 練習をどのように捉えて取り組んでくれているのか? そういったことを考えると、我々と選手との関係性というのは本当に大事なんだな、と痛感させられました」
22年に横手の監督として再び現場に復帰すると、山信田の指導者としての在り方にも変化が見えるようになった。わかりやすく言えば、それまでの「指示型」から「対話型」に変わったのである。練習中の選手との「答え合わせ」などのコミュニケーションがまさにそれである。
甲子園は驚かれるが…むしろ「もっと早く実現できた」
だからといって、今年の甲子園出場が必然だったと、山信田は思わない。むしろ「なんでもっと早く実現できなかったんだろう」と、嘆く自分がいるくらいだと苦笑する。
「私のなかでは、ここに来てから毎年、自信を持って夏に臨んできたんです。いい選手、いいスタッフに恵まれているのに、チームを勝たせてあげられなかった。『もう、センスねぇなぁ』って思っているくらいで。失敗だらけの指導者人生ですから。なので、今年だけが特別ではないんですよ」
失敗だらけの指導者人生。人は失敗するから学び、強くなる。少なくとも山信田は、それを実践できた。だから、勝てたのである。弱き者が、強き者へ挑む甲子園。山信田にふさわしい舞台ではないか。初戦の相手は敦賀気比。甲子園優勝を経験する、全国的な強豪である。
「相手は格上ですけど、指導者として簡単には負けられないので。考えられることはすべてやって、選手にかけられる言葉はすべてかけて。勝つための努力をしていきます」
秋田には、強敵に屈しない精神がある。あの夏がそうだった。2018年。格下と目されていた公立の農業高校が成し遂げた準優勝の記憶、日本中を巻き込んだ「金農旋風」――。
横手にも、その資質は十分にある。
⚾今日の和歌山大会新人戦試合結果(6日目 3回戦 紀三井寺球場)
和歌山東14xー4県和歌山(6回)
📝第79回秋季東海地区高等学校野球三重県大会組み合わせ表
https://mie-kouyaren.com/wp-content/uploads/2026/08/9fe754743ed251e7a1917691b86766d2.pdf
まだ一部しか球場と開始時間決まってませんが、、、、、最終日の26日を狙いたいが、27日がさとやくスタジアム8時30分から4試合なんで現実的には準決勝の23日狙いになると思われます。
✌最速151キロ右腕、市和歌山・丹羽涼介が「プロ一本」に絞る 憧れの美容師への道は断念
https://news.yahoo.co.jp/articles/89e78007fb29572e5c957a71554b2975645c4ed8
“紀州の怪腕”市和歌山の最速151キロ右腕・丹羽涼介投手(3年)が進路を「プロ一本」に絞り込んだことが23日、関係者の取材で明らかになった。昨春のセンバツの横浜戦で“全国デビュー”。3回途中から登板し1失点で8奪三振。世代屈指の横浜・織田翔希と互角に投げ合ったことで脚光を浴びた。今春に「プロを目指すか美容師になるか迷っている」と“衝撃発言”でも注目を集めたが、決断を下した。
今春以降、調子を落としていた時期もあった。だが、今夏の和歌山大会準々決勝で智弁和歌山を相手に5回途中まで無安打で7回まで無失点に封じた。2失点完投で敗れはしたが、日本一チームを追い詰めた。最速は150キロをマーク。試合後は「プロ寄りで考えています」と、考えは傾きはじめていた。真剣に悩んだ末に、憧れでもあった美容師への思いは封じ込めた。その後、半田真一監督(46)にもプロ野球を目指す思いを伝えたという。
184センチの長身を生かした角度のある直球と、切れ味鋭いスライダーにフォークの精度も高い。NPB12球団のスカウトが熱視線を送っていた右腕の進路決断は、各球団の“ドラフト戦線”にも大きな影響を与えそうだ。
☝甲子園王者、1か月前あった“敗退危機” 追い詰めた公立校に衝撃「滅茶苦茶強かったのでは」
https://news.yahoo.co.jp/articles/ca546f3f7f30daca784953fe559512a8b4c6189f
智弁和歌山は県大会3回戦で田辺と大接戦…5投手の継投で1点差逆転勝ち
第108回全国高校野球選手権大会は22日に甲子園球場で決勝が行われ、智弁和歌山が健大高崎(群馬)を破り、5年ぶり4度目の優勝を飾った。だが、頂点に達するまでには苦闘もあった。田辺との和歌山大会3回戦では2度リードを奪われるなど、大接戦となった。1か月前に起きたこの激戦にファンも「魔境、和歌山」と驚きの声を上げた。
7月19日に行われた一戦は取りつ取られつのシーソーゲーム。先攻の智弁和歌山が初回に1点先制も、その裏に3点を奪われる。4回に4点を挙げたがその裏に2点、5回に1点失って再びリードを奪われた。7回と9回に1点ずつ加え、7-6で振り切ったものの、安打は同数の14。5投手の継投で準々決勝にコマを進めた。
この試合だけではなかった。市和歌山との準々決勝は2-0、耐久との決勝は4-3。僅差の試合をものにして、智弁和歌山は3年連続29度目の甲子園切符を掴んだ。今夏の和歌山大会に出場したのは39校36チーム。決して多くはないが、智弁和歌山の他にも和歌山中(現・桐蔭)、海草中(現・向陽)、箕島が夏の甲子園で優勝を飾っている“野球どころ”だ。田辺は春に3度、夏に1度甲子園に出場している。
ファンも和歌山県のレベルの高さに注目。「田辺高校って滅茶苦茶強かったのでは?」とXに投稿されると、「この夏一番興奮した試合」「ほんまそう! 14安打打たれてますからね」「和歌山県全体のレベルが上がってるんでしょうね」とコメントが寄せられていた。
📝“強打”だけではなかった智弁和歌山…37年前のスクイズ失敗と「あと1点」の歴史
https://news.yahoo.co.jp/articles/6caceaa55176298ac74ed9b1ee0298db63d2ecee
「強打」の看板とは対照的な攻撃が、智弁和歌山を5年ぶり4度目の夏制覇へ導いた。健大高崎との決勝、2-3と逆転された8回裏。智弁和歌山はこの回、3人続けてバントを絡める攻撃を仕掛けた。
無死一塁で楠本龍生は2球続けてバントがファウルになったが、ヒッティングに切り替えて中前安打。続く負傷明けの主将・松本虎太郎が代打で送りバントを決めると、川原一将は初球からスクイズ。ファウルになっても、もう一度。今度は決まり、同点に追いついた。その後、暴投で勝ち越し、そのまま4-3で逃げ切った。
豪快な打撃で相手をねじ伏せる。そんなイメージの強い智弁和歌山だが、その歴史を振り返ると、勝負どころで「あと1点」に泣いてきた過去があった。筆者の頭に浮かんだのは、37年前の夏だ。
1989年夏、千葉代表・成東との初戦。1-1で迎えた9回裏、智弁和歌山は1死満塁の絶好機をつくった。筆者は当時、塾の夏期講習で生中継を見られず、帰宅してから録画を再生した記憶がある。
甲子園初勝利が目前に迫ったところで、智弁和歌山は初球スクイズを選択。しかし、相手バッテリーに外され、スクイズは失敗に終わった。試合は延長11回にもつれ、最後は1-2で敗れた。
今では信じがたいが、当時の智弁和歌山は甲子園でなかなか勝てなかった。1985年春の初出場から5大会連続で初戦敗退。スコアは1-3、1-2、1-2、2-3、3-4。5試合すべて2点差以内で、2戦目以降は4試合連続の1点差負けだった。ようやく壁を破ったのが93年夏だ。甲子園初勝利を挙げると3回戦まで進出し、翌94年春には初の全国制覇97年夏には、現在の中谷仁監督が主将だったチームが初めて夏の頂点に立った。
そして中谷監督が3年生だった97年もまた、「強打」の印象だけでは語れないチームだった。3回戦の福岡工大付戦では中谷自身がスクイズを決めた。決勝の平安戦では大会屈指の左腕・川口知哉を相手に7犠打を記録。4回にはスクイズで追加点を奪い、6得点すべてに犠打が絡んだ。
打てるチームだからといって、打つだけではない。必要なら走者を送り、スクイズまで使って1点を奪う。夏初制覇を果たしたチームにも、そんな一面があった。
そしてそれから29年。かつて高嶋仁元監督の下で主将を務めた中谷は、今度は監督として日本一を懸けた舞台に立った。1点を追う8回に選んだのはスクイズ。一度は決まらなくても、もう一度。今度は同点に追いついた。もちろん、高嶋元監督と中谷監督の采配を単純に同じものとして語ることはできない。それでも智弁和歌山の歩みをたどれば、必要な1点をどう奪うかという問いは、時代をまたいで何度も現れてきた。
「強打の智弁和歌山」が日本一をたぐり寄せた8回の2得点に、タイムリーはなかった。強打だけでは勝ち切れない試合で、「あと1点」をどう奪うか。その答えの一つが、あの8回に凝縮されていたのだ。
📝甲子園予選「私立vs公立」で私学に猛烈逆風 県外出身8人でも“判官びいき”もやむなしか
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391964
「さすがに全国各地から選手を集めている公立校は耳にしませんけど、近隣の都道府県から選手が来ている学校は珍しくありません。正式な寮がなくても関係ない。学校周辺で下宿生活を送っていますから」
こう言うのは今回の甲子園に出場したある私立校の監督。公立校を下して甲子園に駒を進めたとはいえ、地方大会では猛烈な「判官びいき」を経験したという。
「球場の声援ですよ。地方大会の準決勝以降で対戦したときなんて、球場全体が『私立対公立』の構図になって猛烈な逆風が吹き荒れましたから。公立といえども室内練習場やナイター設備を備えるなど、私学顔負けの学校もありますけどね」
ちなみに今回の甲子園に出場した公立は49校中9校。このうち初戦を突破したのは2校で、いずれも1勝しただけで甲子園を後にした。そのうちのひとつである鳴門渦潮(徳島)は県立ながら兵庫出身が3人、京都出身が2人、奈良、福岡、香川出身が1人ずついる。ベンチ入り20人中8人が他の都道府県出身者とはいえ、県外からの生徒を積極的に受け入れる「全国募集」があればこそ。学校の活性化のみならず、地方創生を目指した制度だという。
かつては有望な中学生を3年時にこっそり県内の中学に転校させ、「地元出身者を集めた田舎の県立校」として甲子園で大暴れした学校も中にはあったが、そんな学校と違って制度自体を公表しているし“大義名分”もある。
大学や社会人顔負けの環境を整え、甲子園請負監督を雇い、他の野球学校との争奪戦を制してかき集めた素質ある選手を鍛えている私学に比べたら、どう考えても公立は分が悪い。それは今回の甲子園の結果を見ても明らかだ。「判官びいき」もやむを得ないという気もするのだ。
👣同志社の八田英二理事長が引責辞任へ…運営高校の女子生徒が辺野古沖事故で死亡
https://www.yomiuri.co.jp/national/20260824-GYT1T00400/
沖縄県名護市辺野古沖で3月、研修旅行中だった同志社国際高の女子生徒らが死亡した小型船転覆事故を巡り、同高を運営する学校法人同志社の八田英二理事長(77)が、事故の責任を取って理事長職を辞任する意向を示したことがわかった。同高の西田喜久夫校長は8月末に退任し、後任の校長が就任する見通し。
複数の法人関係者らによると、八田氏は21日に開かれた臨時理事会で辞任の意向を伝えた。事故の対応や安全対策、教職員の処分などにめどをつけた後、遅くとも今年度中に理事長から退くとみられる。
事故は3月16日に発生。小型船2隻が転覆し、同高2年の女子生徒と男性船長が死亡、14人が負傷した。八田氏は読売新聞の取材に対して「法人として責任があり、以前から辞任を熟考してきた」と話した。法人が運営する14校園の教学を統括する総長と、理事の職にはとどまるとした。
八田氏は1998~2013年に同志社大学長、11~13年に1期目の理事長を務めた。17年に理事長に再任され、総長も兼務している。15~21年には日本高野連会長も務めた。
☟なぜ?「どんな基準で選んだか伝わってこない」U-18代表に優勝の智弁和歌山から一人で織田翔希は選出も“BIG4”の高部陸、菰田陽生らプロ注目選手が漏れる異常事態?!
https://news.yahoo.co.jp/articles/d47accb2b99f3b51657cbd16d5218d0a9ccfaa4b?page=1
第108回全国高校野球選手権大会の決勝が22日、甲子園で行われ逆転に次ぐ逆転の熱戦の末に智弁和歌山が健大高崎を4-3で下して5年ぶり4度目の優勝を果たした。試合後、9月7日から台湾・台北市で開催される「第14回BFA U18アジア野球選手権」に出場する侍ジャパンU-18日本代表18名が発表された。
横浜の156キロ右腕の織田翔希は選ばれたが、優勝した智弁和歌山からは一人だけ。またプロが注目している中ではBIG4と評価された聖隷クリストファーの150キロ左腕、高部陸、今大会に出場できなかった山梨学院の二刀流の菰田陽生らが漏れた。元ヤクルト編成部長でコーチとしてヤクルト、阪神、楽天で“名将”故・野村克也氏を支えた松井優典氏は「どんな基準で選んだかが伝わってこない」とメンバー選出に疑念を投じた。
「細かいミスの積み重ねが僅差のゲームの勝敗を分けた」
元ヤクルト編成部長で、コーチとしても、長年ノムさんの野球をサポートしてきた松井氏が智弁和歌山が頂点に立った決勝戦をそう総括した。
智弁和歌山は、1点を追う8回一死二、三塁から同点スクイズを決めたが、投手のグラブトスを健大高崎の大岩翔斗がポロ。このミスで打者走者を生かしたことで、さらに一死一、三塁とピンチを残したのだ。代わった石田将大は山下晃平をカウント1-2と追いこみ、外角スライダーで空振りを奪い、三振に仕留めたものの、その外角の低めのスライダーに大岩のミットが届かずに後逸。その間に智弁和歌山の走者が勝ち越しホームを踏んだ。
「大岩は上体だけでボールを追い足が動いていなかった。バットスイングに重なり対応が遅れたのかもしれない」と松井氏は分析した。
そして試合後に侍ジャパンU-18日本代表のメンバー18人が発表された。詳しくは表を参考にしてもらいたいが、投手8人、捕手3人、内野手5人、外野手2人。投手の中京大の鈴木悠悟と、花巻東の萬谷堅心が外野もできるため、外野手は2人に留まったとみられる。
投手では甲子園最速となる156キロを連発したドラフト1位での競合が予想される横浜の織田、その横浜に1回戦で敗れたものの“高校BIG4”の一人として評価されている沖縄尚学の150キロ左腕、末吉良丞、今大会に出場できなかったが、プロがドラフト上位候補として注目している151キロ左腕の高岡第一の前田侑大、センバツで存在感を示した智弁学園の149キロ左腕、杉本真滉も選ばれた。
また野手では、横浜の一塁、小野舜友、プロが守備力を評価、本人も「プロ1本」を表明している遊撃の池田聖摩、2年ながら選ばれた「4番・三塁」の川上慧のトリオ。今大会は出場できなかったが、プロが高評価している東海大熊本星翔の遊撃手、福島陽奈汰も名を連ねた。外野手では、走攻守が揃い、今大会で打率.444を残した大型外野手の梶山侑孜、決勝で8回に一度はゲームをひっくり返す2ランを放った健大高崎の石田雄星が入った。
だが一方で優勝した智弁和歌山からは、捕手の山田凜虎一人しか選ばれなかった。準決勝で織田から3ランを放ち、決勝でも8回に見送ればボールの変化球に抜群のバットコントロールで合わせ、逆転劇につなげるセンター前ヒットを放ち、大会打率.355を残した二塁手、楠本龍馬も、打率.611の「3番・ライト」の2年生、井本陽太も選から漏れた。またプロが注目している逸材の“落選”も目立った。松井氏が、今大会で選んだドラフト候補「ベスト10」のうち、7人が選ばれなかった。
「どんな基準で選んだのかが伝わってこない。もちろんプロの目から見る基準と台湾でのU18アジア野球選手権大会で勝ちにいく岡田監督(履正社から現在は東洋大姫路監督)の判断基準は違っていて当然。15人がU-18の代表合宿に呼ばれているメンバーなのでそこである程度固まっていたのかもしれない。もしかすると私たちの知らない怪我などがあるのかもしれないので、あくまでも推測の域は出ないが、ただ同じ左腕ならば、故障の影響からか成長の姿が見れなかった沖縄尚学の末吉よりも、完成度が高く先発だけでなくブルペンでも起用のできる聖隷クリストファーの高部を選ぶべきだろう。また二刀流の菰田も怪我が大丈夫なら代表に選ばれてしかるべき選手。勝利ということに基準を置くなら、足があり投手もできて相手の隙をついてディレードタッチアップや三盗を決めてムードメーカーにもなった花巻東の外野手の赤間史弥は入れるべきだったと思う」
松井氏は、特にBIG4のうちの高部と菰田の落選、そして外野の枠に限りがあったとはいえ、打率.357、4盗塁、出塁率.457の成績を残した花巻東の赤間、仙台育英の通算25本塁打を誇る外野手の田山纏のメンバー漏れに疑問を呈した。
センバツで手首を骨折した超大型二刀流の菰田は、山梨大会の1回戦で豪快な一発を放ったものの投手としては、2試合に1イニングずつを投げたただけで、準決勝では、菰田が延長戦に決勝点を奪われ甲子園切符を逃した。まだ万全な状態ではないのかもしれない。
また投手では、大分商の152キロ右腕で二刀流の平田玲翔、社の150キロ右腕の岩井秀耶、3試合で防御率1.71と抜群の安定感を示した有明の左腕、冨岡琥希らも選から漏れた。ただ一方で大砲タイプである花巻東の古城大翔、履正社の辻竜太郎ら大型内野手が選ばれなかったことに対しては松井氏は理解を示した。2人ともに父が元プロ野球選手のサラブレッドだ。
「古城も辻も、パワーとバットスイングスピードを含めて素材的には将来性を感じさせるが、対応力という点では物足りない。今流行のバレルゾーンを意識した打法から一皮むけていく成長は感じられなかった。彼らの一発に期待するよりも、全員で得点を奪い、勝ちにいく野球にシフトするのは当然の選択だったのかもしれない」
各チームの主将が6人も入った。
「U18アジア野球選手権大会」は9月7日から13日まで台湾の台北市で開催され、地元のチャイニーズ・タイペイ、韓国など、8か国によって争われる。まずグループ戦が行われ、日本はフィリピン、香港、スリランカと同組に入った。また8月29日に神宮球場で大学日本代表との壮行試合が行われる。
📝軍隊式はもう古い 智弁和歌山が示した「新しい高校野球」のかたち
https://news.yahoo.co.jp/articles/960fb1059f6302663098b61e1980b291da02d06b?page=1
智弁和歌山の優勝で幕を閉じた今大会は、今後の高校野球における指導を一変させるきっかけになるかもしれない。
智弁和歌山は今回、3年生部員を全員ベンチに入れ、記録員以外の全員をグラウンドでプレーさせた。部員数が少ないから可能だったとはいえ(総部員数40人、なんと半分の部員がベンチ入りだ!)、やはり「教育的配慮」がないとできなかったと思う。
私が注目したのは、仙台育英(宮城)戦で登板した背番号20番の朝来友翔(あさき・ゆうと)選手だ。190センチ97キロという堂々とした体躯で、中学時代からストレートのMAXは140キロ越え、「スーパー中学生」と呼ばれていた。ところが和歌山大会ではベンチ外。この夏、初めての投球が甲子園だった。
「とくにケガをしたというわけではないんですが、練習しても球速も制球力も身につかず、これまで思うようなピッチングができませんでした」(朝来選手)
一度野手に転向してバッティングで試合に出られるようにしようと考えたが、投手への未練が捨てきれなかった。
「それで中谷(仁)監督に『また投手をやりたいです』とお願いしたら、監督が笑いながら『俺には、お前が投げている姿しか想像出来ないんだよ』と受け入れてくれました」(朝来選手)
■「大切にされてると思いました」
登板は大量リードした8回裏。最初の打者に不運なヒットを許すと、次打者にはストレートの四球でお役御免の降板となった。ベンチに戻る際、笑顔の拍手で迎える中谷監督の姿があった。
「試合中は気づかなかったんですが、あとで録画を見直したら監督が拍手してくれてて……とても嬉しかった。大切にされてると思いました。みんなも『(投球内容について)オッケーオッケー』と声をかけてくれました。それから少しでも試合に貢献しようと、攻守交代のときのグラブ渡しとか、バットの整理とかしていました」(朝来選手)
190センチの巨漢がベンチの中をちょこまかと雑用に動き回っている姿を想像すると微笑ましく、「ああ、この子は本当に良い選手なんだな」と思わされる。
「朝来のベンチ入りと登板はチーム全体の誇り。3年生みんながグラウンドの土を踏めて良かったですよ」というのは、塩健一郎部長。
「うちはほんと、ファミリーなんですよ」
智弁和歌山で気になった選手がもうひとり、サードのランナーコーチをしていた背番号16の久米悠二朗選手(2年生)。一塁コーチの松本虎太郎主将とともに、好守交代時に自チームの野手が守りやすいようにグラウンドの土を手でならす姿がSNSで話題になった。
「君の姿、ネットで話題になっているよ。知ってる?」と久米選手に伝えると、「うっすら知ってます」と笑った。
「グラウンドをならすように監督から言われています。過去にイレギュラーヒットで決まった試合があって、やはりグラウンドコンディションも重要なことだから。手でならすのは監督から『イレギュラーしないように気持ち込めてやれ』と言われているから(笑)」(久米選手)
■グラウンドにかがんで地面をならす
グラウンドにかがんで地面をならす姿は、私にはかつて智弁和歌山のグラウンドでそうやってならしていた高嶋仁前監督の姿とかぶる。高嶋さんは授業の休憩時間など合間をみては、グラウンドをならしていた。
「こうやって私が整備しといたら、選手がきたらすぐ練習に入れるやないですか」
高校時代の中谷さんは、廊下の窓からふと高嶋さんのその姿を見て、「俺らはただこの人についていったらええんや」と決意を固めたという。智弁和歌山が野球ではまだ無名で、強豪校に練習試合を断られていた時代の話である。
一方の健大高崎(群馬)も、部屋割りは自分たちで決める、食事・入浴の順番は上級生・下級生関係なし、9時半までの門限までは外出自由という「自由すぎる寮生活」と話題になった。
毎年のように高校野球部の暴力事件がニュースになる。今年も名門校であった。だが軍隊のような規律、暴力をともなった「指導」で人は鍛えられるというのは、もはや過去の妄想でしかない。両校のようにグラウンドでは厳しい練習でも、いったん離れればお互いを尊重し合い、助け合うチームが決勝で好勝負を披露したことは、これからの野球指導について大きな示唆を与えてくれた。
和歌山東14xー4県和歌山(6回)
📝第79回秋季東海地区高等学校野球三重県大会組み合わせ表
https://mie-kouyaren.com/wp-content/uploads/2026/08/9fe754743ed251e7a1917691b86766d2.pdf
まだ一部しか球場と開始時間決まってませんが、、、、、最終日の26日を狙いたいが、27日がさとやくスタジアム8時30分から4試合なんで現実的には準決勝の23日狙いになると思われます。
✌最速151キロ右腕、市和歌山・丹羽涼介が「プロ一本」に絞る 憧れの美容師への道は断念
https://news.yahoo.co.jp/articles/89e78007fb29572e5c957a71554b2975645c4ed8
“紀州の怪腕”市和歌山の最速151キロ右腕・丹羽涼介投手(3年)が進路を「プロ一本」に絞り込んだことが23日、関係者の取材で明らかになった。昨春のセンバツの横浜戦で“全国デビュー”。3回途中から登板し1失点で8奪三振。世代屈指の横浜・織田翔希と互角に投げ合ったことで脚光を浴びた。今春に「プロを目指すか美容師になるか迷っている」と“衝撃発言”でも注目を集めたが、決断を下した。
今春以降、調子を落としていた時期もあった。だが、今夏の和歌山大会準々決勝で智弁和歌山を相手に5回途中まで無安打で7回まで無失点に封じた。2失点完投で敗れはしたが、日本一チームを追い詰めた。最速は150キロをマーク。試合後は「プロ寄りで考えています」と、考えは傾きはじめていた。真剣に悩んだ末に、憧れでもあった美容師への思いは封じ込めた。その後、半田真一監督(46)にもプロ野球を目指す思いを伝えたという。
184センチの長身を生かした角度のある直球と、切れ味鋭いスライダーにフォークの精度も高い。NPB12球団のスカウトが熱視線を送っていた右腕の進路決断は、各球団の“ドラフト戦線”にも大きな影響を与えそうだ。
☝甲子園王者、1か月前あった“敗退危機” 追い詰めた公立校に衝撃「滅茶苦茶強かったのでは」
https://news.yahoo.co.jp/articles/ca546f3f7f30daca784953fe559512a8b4c6189f
智弁和歌山は県大会3回戦で田辺と大接戦…5投手の継投で1点差逆転勝ち
第108回全国高校野球選手権大会は22日に甲子園球場で決勝が行われ、智弁和歌山が健大高崎(群馬)を破り、5年ぶり4度目の優勝を飾った。だが、頂点に達するまでには苦闘もあった。田辺との和歌山大会3回戦では2度リードを奪われるなど、大接戦となった。1か月前に起きたこの激戦にファンも「魔境、和歌山」と驚きの声を上げた。
7月19日に行われた一戦は取りつ取られつのシーソーゲーム。先攻の智弁和歌山が初回に1点先制も、その裏に3点を奪われる。4回に4点を挙げたがその裏に2点、5回に1点失って再びリードを奪われた。7回と9回に1点ずつ加え、7-6で振り切ったものの、安打は同数の14。5投手の継投で準々決勝にコマを進めた。
この試合だけではなかった。市和歌山との準々決勝は2-0、耐久との決勝は4-3。僅差の試合をものにして、智弁和歌山は3年連続29度目の甲子園切符を掴んだ。今夏の和歌山大会に出場したのは39校36チーム。決して多くはないが、智弁和歌山の他にも和歌山中(現・桐蔭)、海草中(現・向陽)、箕島が夏の甲子園で優勝を飾っている“野球どころ”だ。田辺は春に3度、夏に1度甲子園に出場している。
ファンも和歌山県のレベルの高さに注目。「田辺高校って滅茶苦茶強かったのでは?」とXに投稿されると、「この夏一番興奮した試合」「ほんまそう! 14安打打たれてますからね」「和歌山県全体のレベルが上がってるんでしょうね」とコメントが寄せられていた。
📝“強打”だけではなかった智弁和歌山…37年前のスクイズ失敗と「あと1点」の歴史
https://news.yahoo.co.jp/articles/6caceaa55176298ac74ed9b1ee0298db63d2ecee
「強打」の看板とは対照的な攻撃が、智弁和歌山を5年ぶり4度目の夏制覇へ導いた。健大高崎との決勝、2-3と逆転された8回裏。智弁和歌山はこの回、3人続けてバントを絡める攻撃を仕掛けた。
無死一塁で楠本龍生は2球続けてバントがファウルになったが、ヒッティングに切り替えて中前安打。続く負傷明けの主将・松本虎太郎が代打で送りバントを決めると、川原一将は初球からスクイズ。ファウルになっても、もう一度。今度は決まり、同点に追いついた。その後、暴投で勝ち越し、そのまま4-3で逃げ切った。
豪快な打撃で相手をねじ伏せる。そんなイメージの強い智弁和歌山だが、その歴史を振り返ると、勝負どころで「あと1点」に泣いてきた過去があった。筆者の頭に浮かんだのは、37年前の夏だ。
1989年夏、千葉代表・成東との初戦。1-1で迎えた9回裏、智弁和歌山は1死満塁の絶好機をつくった。筆者は当時、塾の夏期講習で生中継を見られず、帰宅してから録画を再生した記憶がある。
甲子園初勝利が目前に迫ったところで、智弁和歌山は初球スクイズを選択。しかし、相手バッテリーに外され、スクイズは失敗に終わった。試合は延長11回にもつれ、最後は1-2で敗れた。
今では信じがたいが、当時の智弁和歌山は甲子園でなかなか勝てなかった。1985年春の初出場から5大会連続で初戦敗退。スコアは1-3、1-2、1-2、2-3、3-4。5試合すべて2点差以内で、2戦目以降は4試合連続の1点差負けだった。ようやく壁を破ったのが93年夏だ。甲子園初勝利を挙げると3回戦まで進出し、翌94年春には初の全国制覇97年夏には、現在の中谷仁監督が主将だったチームが初めて夏の頂点に立った。
そして中谷監督が3年生だった97年もまた、「強打」の印象だけでは語れないチームだった。3回戦の福岡工大付戦では中谷自身がスクイズを決めた。決勝の平安戦では大会屈指の左腕・川口知哉を相手に7犠打を記録。4回にはスクイズで追加点を奪い、6得点すべてに犠打が絡んだ。
打てるチームだからといって、打つだけではない。必要なら走者を送り、スクイズまで使って1点を奪う。夏初制覇を果たしたチームにも、そんな一面があった。
そしてそれから29年。かつて高嶋仁元監督の下で主将を務めた中谷は、今度は監督として日本一を懸けた舞台に立った。1点を追う8回に選んだのはスクイズ。一度は決まらなくても、もう一度。今度は同点に追いついた。もちろん、高嶋元監督と中谷監督の采配を単純に同じものとして語ることはできない。それでも智弁和歌山の歩みをたどれば、必要な1点をどう奪うかという問いは、時代をまたいで何度も現れてきた。
「強打の智弁和歌山」が日本一をたぐり寄せた8回の2得点に、タイムリーはなかった。強打だけでは勝ち切れない試合で、「あと1点」をどう奪うか。その答えの一つが、あの8回に凝縮されていたのだ。
📝甲子園予選「私立vs公立」で私学に猛烈逆風 県外出身8人でも“判官びいき”もやむなしか
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391964
「さすがに全国各地から選手を集めている公立校は耳にしませんけど、近隣の都道府県から選手が来ている学校は珍しくありません。正式な寮がなくても関係ない。学校周辺で下宿生活を送っていますから」
こう言うのは今回の甲子園に出場したある私立校の監督。公立校を下して甲子園に駒を進めたとはいえ、地方大会では猛烈な「判官びいき」を経験したという。
「球場の声援ですよ。地方大会の準決勝以降で対戦したときなんて、球場全体が『私立対公立』の構図になって猛烈な逆風が吹き荒れましたから。公立といえども室内練習場やナイター設備を備えるなど、私学顔負けの学校もありますけどね」
ちなみに今回の甲子園に出場した公立は49校中9校。このうち初戦を突破したのは2校で、いずれも1勝しただけで甲子園を後にした。そのうちのひとつである鳴門渦潮(徳島)は県立ながら兵庫出身が3人、京都出身が2人、奈良、福岡、香川出身が1人ずついる。ベンチ入り20人中8人が他の都道府県出身者とはいえ、県外からの生徒を積極的に受け入れる「全国募集」があればこそ。学校の活性化のみならず、地方創生を目指した制度だという。
かつては有望な中学生を3年時にこっそり県内の中学に転校させ、「地元出身者を集めた田舎の県立校」として甲子園で大暴れした学校も中にはあったが、そんな学校と違って制度自体を公表しているし“大義名分”もある。
大学や社会人顔負けの環境を整え、甲子園請負監督を雇い、他の野球学校との争奪戦を制してかき集めた素質ある選手を鍛えている私学に比べたら、どう考えても公立は分が悪い。それは今回の甲子園の結果を見ても明らかだ。「判官びいき」もやむを得ないという気もするのだ。
👣同志社の八田英二理事長が引責辞任へ…運営高校の女子生徒が辺野古沖事故で死亡
https://www.yomiuri.co.jp/national/20260824-GYT1T00400/
沖縄県名護市辺野古沖で3月、研修旅行中だった同志社国際高の女子生徒らが死亡した小型船転覆事故を巡り、同高を運営する学校法人同志社の八田英二理事長(77)が、事故の責任を取って理事長職を辞任する意向を示したことがわかった。同高の西田喜久夫校長は8月末に退任し、後任の校長が就任する見通し。
複数の法人関係者らによると、八田氏は21日に開かれた臨時理事会で辞任の意向を伝えた。事故の対応や安全対策、教職員の処分などにめどをつけた後、遅くとも今年度中に理事長から退くとみられる。
事故は3月16日に発生。小型船2隻が転覆し、同高2年の女子生徒と男性船長が死亡、14人が負傷した。八田氏は読売新聞の取材に対して「法人として責任があり、以前から辞任を熟考してきた」と話した。法人が運営する14校園の教学を統括する総長と、理事の職にはとどまるとした。
八田氏は1998~2013年に同志社大学長、11~13年に1期目の理事長を務めた。17年に理事長に再任され、総長も兼務している。15~21年には日本高野連会長も務めた。
☟なぜ?「どんな基準で選んだか伝わってこない」U-18代表に優勝の智弁和歌山から一人で織田翔希は選出も“BIG4”の高部陸、菰田陽生らプロ注目選手が漏れる異常事態?!
https://news.yahoo.co.jp/articles/d47accb2b99f3b51657cbd16d5218d0a9ccfaa4b?page=1
第108回全国高校野球選手権大会の決勝が22日、甲子園で行われ逆転に次ぐ逆転の熱戦の末に智弁和歌山が健大高崎を4-3で下して5年ぶり4度目の優勝を果たした。試合後、9月7日から台湾・台北市で開催される「第14回BFA U18アジア野球選手権」に出場する侍ジャパンU-18日本代表18名が発表された。
横浜の156キロ右腕の織田翔希は選ばれたが、優勝した智弁和歌山からは一人だけ。またプロが注目している中ではBIG4と評価された聖隷クリストファーの150キロ左腕、高部陸、今大会に出場できなかった山梨学院の二刀流の菰田陽生らが漏れた。元ヤクルト編成部長でコーチとしてヤクルト、阪神、楽天で“名将”故・野村克也氏を支えた松井優典氏は「どんな基準で選んだかが伝わってこない」とメンバー選出に疑念を投じた。
「細かいミスの積み重ねが僅差のゲームの勝敗を分けた」
元ヤクルト編成部長で、コーチとしても、長年ノムさんの野球をサポートしてきた松井氏が智弁和歌山が頂点に立った決勝戦をそう総括した。
智弁和歌山は、1点を追う8回一死二、三塁から同点スクイズを決めたが、投手のグラブトスを健大高崎の大岩翔斗がポロ。このミスで打者走者を生かしたことで、さらに一死一、三塁とピンチを残したのだ。代わった石田将大は山下晃平をカウント1-2と追いこみ、外角スライダーで空振りを奪い、三振に仕留めたものの、その外角の低めのスライダーに大岩のミットが届かずに後逸。その間に智弁和歌山の走者が勝ち越しホームを踏んだ。
「大岩は上体だけでボールを追い足が動いていなかった。バットスイングに重なり対応が遅れたのかもしれない」と松井氏は分析した。
そして試合後に侍ジャパンU-18日本代表のメンバー18人が発表された。詳しくは表を参考にしてもらいたいが、投手8人、捕手3人、内野手5人、外野手2人。投手の中京大の鈴木悠悟と、花巻東の萬谷堅心が外野もできるため、外野手は2人に留まったとみられる。
投手では甲子園最速となる156キロを連発したドラフト1位での競合が予想される横浜の織田、その横浜に1回戦で敗れたものの“高校BIG4”の一人として評価されている沖縄尚学の150キロ左腕、末吉良丞、今大会に出場できなかったが、プロがドラフト上位候補として注目している151キロ左腕の高岡第一の前田侑大、センバツで存在感を示した智弁学園の149キロ左腕、杉本真滉も選ばれた。
また野手では、横浜の一塁、小野舜友、プロが守備力を評価、本人も「プロ1本」を表明している遊撃の池田聖摩、2年ながら選ばれた「4番・三塁」の川上慧のトリオ。今大会は出場できなかったが、プロが高評価している東海大熊本星翔の遊撃手、福島陽奈汰も名を連ねた。外野手では、走攻守が揃い、今大会で打率.444を残した大型外野手の梶山侑孜、決勝で8回に一度はゲームをひっくり返す2ランを放った健大高崎の石田雄星が入った。
だが一方で優勝した智弁和歌山からは、捕手の山田凜虎一人しか選ばれなかった。準決勝で織田から3ランを放ち、決勝でも8回に見送ればボールの変化球に抜群のバットコントロールで合わせ、逆転劇につなげるセンター前ヒットを放ち、大会打率.355を残した二塁手、楠本龍馬も、打率.611の「3番・ライト」の2年生、井本陽太も選から漏れた。またプロが注目している逸材の“落選”も目立った。松井氏が、今大会で選んだドラフト候補「ベスト10」のうち、7人が選ばれなかった。
「どんな基準で選んだのかが伝わってこない。もちろんプロの目から見る基準と台湾でのU18アジア野球選手権大会で勝ちにいく岡田監督(履正社から現在は東洋大姫路監督)の判断基準は違っていて当然。15人がU-18の代表合宿に呼ばれているメンバーなのでそこである程度固まっていたのかもしれない。もしかすると私たちの知らない怪我などがあるのかもしれないので、あくまでも推測の域は出ないが、ただ同じ左腕ならば、故障の影響からか成長の姿が見れなかった沖縄尚学の末吉よりも、完成度が高く先発だけでなくブルペンでも起用のできる聖隷クリストファーの高部を選ぶべきだろう。また二刀流の菰田も怪我が大丈夫なら代表に選ばれてしかるべき選手。勝利ということに基準を置くなら、足があり投手もできて相手の隙をついてディレードタッチアップや三盗を決めてムードメーカーにもなった花巻東の外野手の赤間史弥は入れるべきだったと思う」
松井氏は、特にBIG4のうちの高部と菰田の落選、そして外野の枠に限りがあったとはいえ、打率.357、4盗塁、出塁率.457の成績を残した花巻東の赤間、仙台育英の通算25本塁打を誇る外野手の田山纏のメンバー漏れに疑問を呈した。
センバツで手首を骨折した超大型二刀流の菰田は、山梨大会の1回戦で豪快な一発を放ったものの投手としては、2試合に1イニングずつを投げたただけで、準決勝では、菰田が延長戦に決勝点を奪われ甲子園切符を逃した。まだ万全な状態ではないのかもしれない。
また投手では、大分商の152キロ右腕で二刀流の平田玲翔、社の150キロ右腕の岩井秀耶、3試合で防御率1.71と抜群の安定感を示した有明の左腕、冨岡琥希らも選から漏れた。ただ一方で大砲タイプである花巻東の古城大翔、履正社の辻竜太郎ら大型内野手が選ばれなかったことに対しては松井氏は理解を示した。2人ともに父が元プロ野球選手のサラブレッドだ。
「古城も辻も、パワーとバットスイングスピードを含めて素材的には将来性を感じさせるが、対応力という点では物足りない。今流行のバレルゾーンを意識した打法から一皮むけていく成長は感じられなかった。彼らの一発に期待するよりも、全員で得点を奪い、勝ちにいく野球にシフトするのは当然の選択だったのかもしれない」
各チームの主将が6人も入った。
「U18アジア野球選手権大会」は9月7日から13日まで台湾の台北市で開催され、地元のチャイニーズ・タイペイ、韓国など、8か国によって争われる。まずグループ戦が行われ、日本はフィリピン、香港、スリランカと同組に入った。また8月29日に神宮球場で大学日本代表との壮行試合が行われる。
📝軍隊式はもう古い 智弁和歌山が示した「新しい高校野球」のかたち
https://news.yahoo.co.jp/articles/960fb1059f6302663098b61e1980b291da02d06b?page=1
智弁和歌山の優勝で幕を閉じた今大会は、今後の高校野球における指導を一変させるきっかけになるかもしれない。
智弁和歌山は今回、3年生部員を全員ベンチに入れ、記録員以外の全員をグラウンドでプレーさせた。部員数が少ないから可能だったとはいえ(総部員数40人、なんと半分の部員がベンチ入りだ!)、やはり「教育的配慮」がないとできなかったと思う。
私が注目したのは、仙台育英(宮城)戦で登板した背番号20番の朝来友翔(あさき・ゆうと)選手だ。190センチ97キロという堂々とした体躯で、中学時代からストレートのMAXは140キロ越え、「スーパー中学生」と呼ばれていた。ところが和歌山大会ではベンチ外。この夏、初めての投球が甲子園だった。
「とくにケガをしたというわけではないんですが、練習しても球速も制球力も身につかず、これまで思うようなピッチングができませんでした」(朝来選手)
一度野手に転向してバッティングで試合に出られるようにしようと考えたが、投手への未練が捨てきれなかった。
「それで中谷(仁)監督に『また投手をやりたいです』とお願いしたら、監督が笑いながら『俺には、お前が投げている姿しか想像出来ないんだよ』と受け入れてくれました」(朝来選手)
■「大切にされてると思いました」
登板は大量リードした8回裏。最初の打者に不運なヒットを許すと、次打者にはストレートの四球でお役御免の降板となった。ベンチに戻る際、笑顔の拍手で迎える中谷監督の姿があった。
「試合中は気づかなかったんですが、あとで録画を見直したら監督が拍手してくれてて……とても嬉しかった。大切にされてると思いました。みんなも『(投球内容について)オッケーオッケー』と声をかけてくれました。それから少しでも試合に貢献しようと、攻守交代のときのグラブ渡しとか、バットの整理とかしていました」(朝来選手)
190センチの巨漢がベンチの中をちょこまかと雑用に動き回っている姿を想像すると微笑ましく、「ああ、この子は本当に良い選手なんだな」と思わされる。
「朝来のベンチ入りと登板はチーム全体の誇り。3年生みんながグラウンドの土を踏めて良かったですよ」というのは、塩健一郎部長。
「うちはほんと、ファミリーなんですよ」
智弁和歌山で気になった選手がもうひとり、サードのランナーコーチをしていた背番号16の久米悠二朗選手(2年生)。一塁コーチの松本虎太郎主将とともに、好守交代時に自チームの野手が守りやすいようにグラウンドの土を手でならす姿がSNSで話題になった。
「君の姿、ネットで話題になっているよ。知ってる?」と久米選手に伝えると、「うっすら知ってます」と笑った。
「グラウンドをならすように監督から言われています。過去にイレギュラーヒットで決まった試合があって、やはりグラウンドコンディションも重要なことだから。手でならすのは監督から『イレギュラーしないように気持ち込めてやれ』と言われているから(笑)」(久米選手)
■グラウンドにかがんで地面をならす
グラウンドにかがんで地面をならす姿は、私にはかつて智弁和歌山のグラウンドでそうやってならしていた高嶋仁前監督の姿とかぶる。高嶋さんは授業の休憩時間など合間をみては、グラウンドをならしていた。
「こうやって私が整備しといたら、選手がきたらすぐ練習に入れるやないですか」
高校時代の中谷さんは、廊下の窓からふと高嶋さんのその姿を見て、「俺らはただこの人についていったらええんや」と決意を固めたという。智弁和歌山が野球ではまだ無名で、強豪校に練習試合を断られていた時代の話である。
一方の健大高崎(群馬)も、部屋割りは自分たちで決める、食事・入浴の順番は上級生・下級生関係なし、9時半までの門限までは外出自由という「自由すぎる寮生活」と話題になった。
毎年のように高校野球部の暴力事件がニュースになる。今年も名門校であった。だが軍隊のような規律、暴力をともなった「指導」で人は鍛えられるというのは、もはや過去の妄想でしかない。両校のようにグラウンドでは厳しい練習でも、いったん離れればお互いを尊重し合い、助け合うチームが決勝で好勝負を披露したことは、これからの野球指導について大きな示唆を与えてくれた。
⚾今日の和歌山大会新人戦試合結果(5日目 2・3回戦 紀三井寺球場)
桐 蔭9-4橋 本・市和歌山8-0熊 野(7回)・和歌山東5-2和 智 弁
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(6日目 3回戦 紀三井寺球場)
17:00~ 県和 歌山-和歌 山東
今日は、明石トーカロで軟式選手権の開会式と2試合観戦してきました!明石は屋根がないのでメチャクチャ熱かったですが。。。。。やはり9時から開会式して11時から2試合という運びがものすごく嬉しいですね!寶会長の後釜で京都外大西の校長先生のスピーチも間近で聴けたし、入場無料なんで何度も出入りして公園の蛇口ひねって水をペットボトルに補給と。
天理がずいぶん張り切ってブラスバンドにチアガールそして天理のユニホームを着た小中学生の大応援団も駆け付け、三浦学苑はトランペット二人ながら頑張ってましたね。
開幕戦の広島学院と松商学園は太鼓1つの応援でしたが、松商は硬式よろしく初戦敗退で勝てないですね。。。。。
①広島学院6-0松商学園 10:59~13:15
②天 理4-2三浦学苑 14:04~16:18
硬式の方は甲子園で13試合観戦しつつも近畿勢1つも観れなかったので、、、タコあしカフェで昼ご飯食べていたので第2試合は2回表からの観戦でしたが、キャッチャー三盗を防ぐべく投げたボールがレフト線に転々として先制を許し、同点に追いついた直後にタイムリーで突き放されるなど苦しい展開で7回裏相手のバント処理ミスなどで1死2・3塁のチャンスも3塁走者がウロチョロしすぎてあわやキャッチャーけん制死というヒヤヒヤもので、カウント1-2から何がしたかったのか???ウエストしたボールを捕手が捕ってからバッタースクイズよろしく飛びつき、2塁走者が大きく飛び出し挟殺プレーに・・・。しかし、球審が守備妨害を取りバッターアウトでもうアカンと思いきや2死から起死回生の連打が飛び出し4-2で鮮やかな逆転勝ちに感動しました!!
明石トーカロで前回7/4観戦時には雨で球場到着時に第3試合が中止と発表され、最後は泥田と化すグラウンドで強引に2試合消化し、海まで行く気力もなく昼ご飯~喫茶店でパフェ食べて直帰しましたが、今日は明石の海を見てマリンピア神戸で打ち上げして、明石海峡に沈む夕日も見れて大満足でした。
📝「もうひとつの甲子園」全国高校軟式野球選手権 明石で開幕
https://news.yahoo.co.jp/articles/bb9642fc610af510f3291122c98836e1ec5b617f
高校球児たちの「もうひとつの甲子園」、軟式野球の全国大会が24日、兵庫県明石市で開幕しました。
高校軟式野球の聖地、明石トーカロ球場で開幕した第71回全国高校軟式野球選手権大会。前回大会で史上初の4連覇を果たした東海代表、岐阜の中京や、地元・兵庫からは、36年ぶり11回目の出場となる兵庫工業など、全国16の代表校が堂々と入場行進しました。
開会式では、7月28日に発生した熊本地震の犠牲者を悼み、黙とうが捧げられました。選手宣誓は、広島学院の中嶋瑛太主将が務め「最後まで全力で戦い抜く」と誓いました。
広島学院 中嶋瑛太主将「災害で多くの困難に直面している方がいる中で、野球ができる環境を用意してくださる全ての方に感謝し、プレーで恩返しができるよう、最後まで全力で戦い抜くことを誓います」
大会は、休養日を含め8月29日までの6日間、明石トーカロ球場と姫路市のウインク球場で行われ、地元・兵庫工業は25日正午から、明石トーカロ球場で西東北代表、秋田の能代と対戦します。
💢甲子園Vの智弁和歌山 新チーム初戦敗退「残念な結果です」中谷監督
https://news.yahoo.co.jp/articles/71a53a70854448b0509e94f72bdf16c0b0f06604
<秋季和歌山県下新人戦:和歌山東5-2智弁和歌山>◇24日◇2回戦◇紀三井寺公園野球場
夏の甲子園を制した智弁和歌山が新チームでの初戦に挑むも、和歌山東に敗れた。
甲子園優勝からわずか2日後。1番長友悠成外野手(2年)や新主将の3番井本陽太外野手(2年)らは変わらずだが、投手含め先発10人中6人が1年生。甲子園でベンチ入りしていた選手もいたが、新しい名前が並んだ。中谷仁監督(47)は「どこまで誰ができるのか。練習試合もなかなかこのチームとしてはできてないところなので、打順も何がベストなのか。今日はこれがベストだと思って臨んだんですけど残念な結果です。本当に誰がレギュラーかも決まってない状況。まだセンバツに向けてチャンスはあるので、しっかりこれからチーム作りをしていきたい」と語った。
先発は1年生の北野琉生投手。先頭から連打と四球で無死満塁となると犠飛で先制を許す。2回にも味方失策が絡み1失点。4回2失点で降板した。1-2の5回からは今夏地方大会でも登板があった大串凌久投手(1年)がマウンドへ。この日最速145キロが出るなど5回は三者凡退で流れがくるかと思われたが、6回は制球が定まらず。先頭から3連続四球、左前打、四球で2点を与え降板。その後交代した米原佑真投手(2年)は遊ゴロの間の1点に抑え9回まで投げきるも、投手陣は5失点となった。
打線は甲子園でも全試合先発のリードオフマンとして活躍した長友が4安打するも、なかなかつながらず、2回と6回に1点ずつを取るのが精いっぱいだった。
新主将の井本は「ピッチャーであればストライク先行でいくとか、基本的なところができていなかった。野手では全然バッティングが前みたいなチームとはいかなかったんで、バッティングとピッチングの課題がすごく出た」と内容を振り返った。新主将就任に際し、1球に対しての集中力を大事にしたいと口にしていたが「流れでいってたなっていう部分があって、すごく1球1球に集中できてなかった。いけるやろうっていってしまいました」と反省。「負けの怖さも知ったんでとにかく勝ちにこだわってやっていきたい」と、日本一長かった夏からの黒星スタートに気を引き締め直した。
来春のセンバツにつながる秋季近畿大会の予選(1次・2次)に向けたシード権争いで、ベスト4に入れば1次予選が免除され、本大会となる2次予選からの出場だった。智弁和歌山は1次予選へ回ることになった。
☝市和歌山 丹羽の次は大砲候補の逸材現る!プロ注目・今城がけん引「高卒プロ目指せる選手に」
https://news.yahoo.co.jp/articles/930250c2d66bfd1c1aeb1914a1ede6c573dd9760
◇秋季和歌山大会新人戦3回戦 市和歌山8―0熊野(2026年8月24日 紀三井寺)
高校野球の秋季和歌山大会新人戦は24日に3回戦が行われ、市和歌山が熊野を8―0で下して準々決勝に進んだ。
プロ注目外野手の今城陽良(2年)が持ち前のフルスイングで魅せた。「3番・左翼」で先発出場し、4―0の5回無死一塁で右前打を放って一挙4得点に貢献。
「調子は上がっていないのですが、“自信を持って振ってこい”と声をかけてもらった。自分のスイングをしようと思っていました」と振り返った。
高校通算18本塁打を誇る県内屈指の強打者。「このチームを打撃で引っ張って甲子園に連れて行き、プロを目指したい。高卒プロを目指せる選手になれればいいなと思います」と青写真を描いた。
同校は前エースの丹羽涼介(3年)が本格派右腕としてプロ注目投手だった一方、新チームにも大砲候補のプロ注目選手が出現。半田真一監督は「技量としては抜けているものがある。新チームに入ってから責任感を感じているのか結果は残っていないが、そこを打ち破って自分でつかんでほしい。プロを目指せる素質はあると思うので、そこを目指しつつ自分の可能性を広げてほしい」と期待した。
📣高校野球(硬式)入場券、9月8日から販売/あおもり国スポ
https://news.yahoo.co.jp/articles/1fe694cc128b918c10a6b382574c6c830da04798
10月3~6日に青森県弘前市のはるか夢球場で開かれる第80回国民スポーツ大会「青の煌めきあおもり国スポ」の高校野球(硬式)競技で、入場券の販売と駐車券の申し込みが9月8日午前10時から始まる。いずれもインターネット上で受け付け、対面販売などは行わない。
入場券の購入はイープラスのウェブサイトか、全国のファミリーマート店頭のマルチコピー機から申し込む。発券はファミリーマート店頭のみで、電子チケットの取り扱いはない。
料金は内野指定席、外野自由席とも一般700円。高校生または18歳以下の場合は内野席350円、外野席無料。
出場校は、今夏の甲子園優勝校の智弁和歌山(和歌山)、準優勝の健大高崎(群馬)のほか、横浜(神奈川)、天理(奈良)、花巻東(岩手)、三重(三重)、有明(熊本)、開催地の青森山田が選出された。組み合わせ抽選会は9月7日に行われる予定。
📝「勝負をかけなきゃいけない時に...」動けなかった健大高崎、動いた智辯和歌山、明暗を分けた8回裏の攻防
https://news.yahoo.co.jp/articles/0560ea5fb667bf0a1727989034d9760856fe8a17?page=1
「その質問は控えさせてください」
決勝点となった8回裏の暴投について尋ねると、健大高崎(群馬)の捕手・大岩翔斗から、少し怒気を含んだ言葉が返ってきた。それほど悔しかったのだろう。あるいは、仲間を守ろうとしたのかもしれない。一方、投手の石田翔大は正直に話してくれた。
スクイズで同点に追いつかれ、なおも一死一、三塁。8番・山下晃平に対し、カウント1−2から投じたのはスライダーだった。山下は空振りして三振。しかし、大岩は捕球できず、三塁走者が生還した。
「サインミスです。ストレートのサインだったんですけど、スライダーを投げた。ピンチの場面で心を落ち着かせることができなかった。100パーセント自分のせいです」
そうなってしまった理由を尋ねると、石田翔はポツリと言った。
「明確な理由はわかんないですけど......。甲子園の魔物というか、そういうのもあって、そういうミスをしてしまった」
【逆転直後に生じた異変】
なぜなのか、自分でもわからない。それほど平常心ではなかった。だが、おかしかったのは石田翔だけではない。このイニングの健大高崎は、何かがおかしかった。
その直前、1点を追う8回表に石田雄星の2ランで逆転した。苦しい展開を強いられていた試合で、ひと振りによって一気に視界が開けた。「優勝」の二文字が、突然、現実味を帯びた瞬間だった。
そして8回裏。6回からリリーフし、2イニングをいずれも3人で抑えていた北田莉玖が、先頭の山田凜虎に死球を与えてしまった。得意のスローカーブだった。
「少しひっかけてしまって、リリースした時に当たってしまうとわかりました」
続く楠本龍生には2度バントをファウルさせて追い込んだ。しかし、カウント1−2から112キロのカーブをセンター前に落とされた。
「速いカーブです。あれは三振を取りにいったので。低めのボール球でもいいと思って投げたんですけど、ボールでも振ってきて、うまく打たれた」
北田は直球が130キロ前後で、本来は打たせて取るタイプだ。無死一塁から三振を狙いにいったのは、いつものスタイルとは少し違った。
「逆転してくれたので、自分が抑えて何とかチームにいい流れを持ってこようという気持ちでした。優勝は意識していません。相手チームの流れに少し呑まれてしまいました」
無死一、二塁となり、智辯和歌山は代打に主将の松本虎太郎を送った。送りバントが予想される場面で、松本は1球で決め、走者を二、三塁へ進めた。優勝インタビューで、中谷仁監督が「松本のバントで逆転まで見えた。魂のこもったすばらしいバント」と絶賛したプレーだ。
【勝負を分けたベンチの判断】
この場面を悔やんだのが、健大高崎で守備面の作戦を任されている生方啓介部長だった。
「バントシフトを敷こうと思ったんですけど......。そこがちょっと自分に勇気がなかったですね。準備はしていたんですけど」
一死二、三塁となり、中谷監督は7番・川原一将に初球からスクイズのサインを出した。97キロの低めのカーブをバントした打球はファウルとなり、捕手・大岩を直撃した。治療に時間を要したため、両チームの選手はいったんベンチへ引き揚げた。
「引きずっていたんですけど、一回ベンチに帰って、その時に監督から『もう一回やるぞ。失敗してもいいから自信持っていけ』と」(川原)
健大高崎ベンチも、もう一度スクイズを仕掛けてくることは頭にあった。
「どこかのタイミングで、もう一回あるのはわかっていました。警戒はしていました」(北田)
再開後の初球、川原はヒッティングの構えから見送ってボール。カウント1−1となり、迎えた3球目。109キロの低めのカーブをスクイズした打球は、投手と捕手の間へ転がった。北田は懸命にグラブトスしたが間に合わない。
「ピッチャーとキャッチャーの間の一番難しいところ。(捕手に任せるか)少し迷いました。判断ミスです」(北田)
最初のスクイズが、捕手に当たらないただのファウルだったら......。治療による中断がなかったら......。不運としか言いようのない面もあった。それでも、生方部長は自らの判断を悔やんだ。
「1−1になった時に動いたんですよね、中谷さんが。その前はこれ(打つ動作)だけだったんですけど。それで、(スクイズが)あるかなと。ただ、外して2ボール1ストライクになったら、ちょっとキツいな......と迷っていたら、スクイズだった。そこも判断ミスですね」
【常に後手になってしまった】
一方、そのスクイズの場面について、中谷監督はこう振り返っている。
「ああいう時はキャッチャーとベンチのアイコンタクトでサインが出ることも多いので、ベンチの動きをずっと見てたんですけど、スクイズはマークされていない気がしました。やっぱり(智辯和歌山は)強打のイメージをつけてもらってるので、勝負をかけました」
問題は、スクイズがあるかどうかではなかった。いつ来るのか。その気配を察し、警戒もしていた。それでも、健大高崎ベンチは動けなかった。生方部長はさらに悔やんだ。
「あの時点で(最速148キロの)石田翔に交代して、(バントのしにくい)速い球でいったほうがよかったかもしれないですよね。スクイズ警戒の場面でしたから。いろいろイメージしてやらないといけないことが......。遅かったですよね。常に後手になってしまった。そういう時は負けますよね。本当に情けない」
中谷監督は「勝負をかけました」と言った。そして、奇しくも生方部長も同じ言葉を口にした。
「勝負をかけなきゃいけない時に、かけられないと甲子園では勝てない。中谷さんは敦賀気比(福井)の時に勝負をかけたし。そこですよね」
生方部長が言う「敦賀気比の時」とは、同点で迎えたタイブレークとなった延長10回裏、無死一、二塁でリスクの高いブルドックシフトを敷き、見事にバントを封じた場面を指している。
【勝負をかける勇気】
思えば智辯和歌山は2対1と苦戦した初戦の社(兵庫)との試合でも、1点差に迫られた7回裏一死三塁で、相手のエンドランを読みウエストし、得点を許さなかった。もちろん、勝負をかければ必ず成功するわけではない。
石田翔へ継投していれば抑えられたのか。スクイズを外していれば失敗させられたのか。シフトを敷いていれば流れを断ち切れたのか。それは誰にもわからない。ただ、頭に浮かびながら、やらなかったことには悔いが残る。1点を追う苦しい展開から、8回表のひと振りで一転して優勢に立った健大高崎。あと2イニングを抑えれば頂点に立てる──。その瞬間、選手にもベンチにも、それまでとは違う何かが生まれたのかもしれない。そして8回裏、勝負をかけた智辯和歌山に対し、健大高崎は「勝負をかけるべき瞬間」を何度も感じながら、最後まで一歩を踏み出せなかった。
甲子園の決勝を分けたのは、暴投というひとつのミスだけではなかった。勝負をかけたか。それとも、かけられなかったか。そのわずかな差が、最後に深紅の優勝旗の行方を決めた。
📝高野連総括 選手の熱中症疑いは計16件 昨年の24件から減少 選手の意識も向上
https://news.yahoo.co.jp/articles/a7e30778d46d95103cf5919f1d8a2cea5f8ef8bc
大会本部は22日、選手の熱中症疑いは計16件で、昨年の24件から減少したと発表した。
「午前と午後の2部制の効果もある一方、選手の意識も上がっている」と説明した。
酷暑対策の2部制の実施日数は昨夏の6日間から10日間に拡大。熱中症リスクの最も高い時間帯を避けるため、第3~8日は午前1試合と午後3試合に分ける変則日程を採用した。
観客動員は累計80万2100人で、全席指定となった第104回以降で最多。昨年に比べ、7万7400人の増加で、観客を入れ替える2部制の日が増えたことを主な要因とした。
桐 蔭9-4橋 本・市和歌山8-0熊 野(7回)・和歌山東5-2和 智 弁
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(6日目 3回戦 紀三井寺球場)
17:00~ 県和 歌山-和歌 山東
今日は、明石トーカロで軟式選手権の開会式と2試合観戦してきました!明石は屋根がないのでメチャクチャ熱かったですが。。。。。やはり9時から開会式して11時から2試合という運びがものすごく嬉しいですね!寶会長の後釜で京都外大西の校長先生のスピーチも間近で聴けたし、入場無料なんで何度も出入りして公園の蛇口ひねって水をペットボトルに補給と。
天理がずいぶん張り切ってブラスバンドにチアガールそして天理のユニホームを着た小中学生の大応援団も駆け付け、三浦学苑はトランペット二人ながら頑張ってましたね。
開幕戦の広島学院と松商学園は太鼓1つの応援でしたが、松商は硬式よろしく初戦敗退で勝てないですね。。。。。
①広島学院6-0松商学園 10:59~13:15
②天 理4-2三浦学苑 14:04~16:18
硬式の方は甲子園で13試合観戦しつつも近畿勢1つも観れなかったので、、、タコあしカフェで昼ご飯食べていたので第2試合は2回表からの観戦でしたが、キャッチャー三盗を防ぐべく投げたボールがレフト線に転々として先制を許し、同点に追いついた直後にタイムリーで突き放されるなど苦しい展開で7回裏相手のバント処理ミスなどで1死2・3塁のチャンスも3塁走者がウロチョロしすぎてあわやキャッチャーけん制死というヒヤヒヤもので、カウント1-2から何がしたかったのか???ウエストしたボールを捕手が捕ってからバッタースクイズよろしく飛びつき、2塁走者が大きく飛び出し挟殺プレーに・・・。しかし、球審が守備妨害を取りバッターアウトでもうアカンと思いきや2死から起死回生の連打が飛び出し4-2で鮮やかな逆転勝ちに感動しました!!
明石トーカロで前回7/4観戦時には雨で球場到着時に第3試合が中止と発表され、最後は泥田と化すグラウンドで強引に2試合消化し、海まで行く気力もなく昼ご飯~喫茶店でパフェ食べて直帰しましたが、今日は明石の海を見てマリンピア神戸で打ち上げして、明石海峡に沈む夕日も見れて大満足でした。
📝「もうひとつの甲子園」全国高校軟式野球選手権 明石で開幕
https://news.yahoo.co.jp/articles/bb9642fc610af510f3291122c98836e1ec5b617f
高校球児たちの「もうひとつの甲子園」、軟式野球の全国大会が24日、兵庫県明石市で開幕しました。
高校軟式野球の聖地、明石トーカロ球場で開幕した第71回全国高校軟式野球選手権大会。前回大会で史上初の4連覇を果たした東海代表、岐阜の中京や、地元・兵庫からは、36年ぶり11回目の出場となる兵庫工業など、全国16の代表校が堂々と入場行進しました。
開会式では、7月28日に発生した熊本地震の犠牲者を悼み、黙とうが捧げられました。選手宣誓は、広島学院の中嶋瑛太主将が務め「最後まで全力で戦い抜く」と誓いました。
広島学院 中嶋瑛太主将「災害で多くの困難に直面している方がいる中で、野球ができる環境を用意してくださる全ての方に感謝し、プレーで恩返しができるよう、最後まで全力で戦い抜くことを誓います」
大会は、休養日を含め8月29日までの6日間、明石トーカロ球場と姫路市のウインク球場で行われ、地元・兵庫工業は25日正午から、明石トーカロ球場で西東北代表、秋田の能代と対戦します。
💢甲子園Vの智弁和歌山 新チーム初戦敗退「残念な結果です」中谷監督
https://news.yahoo.co.jp/articles/71a53a70854448b0509e94f72bdf16c0b0f06604
<秋季和歌山県下新人戦:和歌山東5-2智弁和歌山>◇24日◇2回戦◇紀三井寺公園野球場
夏の甲子園を制した智弁和歌山が新チームでの初戦に挑むも、和歌山東に敗れた。
甲子園優勝からわずか2日後。1番長友悠成外野手(2年)や新主将の3番井本陽太外野手(2年)らは変わらずだが、投手含め先発10人中6人が1年生。甲子園でベンチ入りしていた選手もいたが、新しい名前が並んだ。中谷仁監督(47)は「どこまで誰ができるのか。練習試合もなかなかこのチームとしてはできてないところなので、打順も何がベストなのか。今日はこれがベストだと思って臨んだんですけど残念な結果です。本当に誰がレギュラーかも決まってない状況。まだセンバツに向けてチャンスはあるので、しっかりこれからチーム作りをしていきたい」と語った。
先発は1年生の北野琉生投手。先頭から連打と四球で無死満塁となると犠飛で先制を許す。2回にも味方失策が絡み1失点。4回2失点で降板した。1-2の5回からは今夏地方大会でも登板があった大串凌久投手(1年)がマウンドへ。この日最速145キロが出るなど5回は三者凡退で流れがくるかと思われたが、6回は制球が定まらず。先頭から3連続四球、左前打、四球で2点を与え降板。その後交代した米原佑真投手(2年)は遊ゴロの間の1点に抑え9回まで投げきるも、投手陣は5失点となった。
打線は甲子園でも全試合先発のリードオフマンとして活躍した長友が4安打するも、なかなかつながらず、2回と6回に1点ずつを取るのが精いっぱいだった。
新主将の井本は「ピッチャーであればストライク先行でいくとか、基本的なところができていなかった。野手では全然バッティングが前みたいなチームとはいかなかったんで、バッティングとピッチングの課題がすごく出た」と内容を振り返った。新主将就任に際し、1球に対しての集中力を大事にしたいと口にしていたが「流れでいってたなっていう部分があって、すごく1球1球に集中できてなかった。いけるやろうっていってしまいました」と反省。「負けの怖さも知ったんでとにかく勝ちにこだわってやっていきたい」と、日本一長かった夏からの黒星スタートに気を引き締め直した。
来春のセンバツにつながる秋季近畿大会の予選(1次・2次)に向けたシード権争いで、ベスト4に入れば1次予選が免除され、本大会となる2次予選からの出場だった。智弁和歌山は1次予選へ回ることになった。
☝市和歌山 丹羽の次は大砲候補の逸材現る!プロ注目・今城がけん引「高卒プロ目指せる選手に」
https://news.yahoo.co.jp/articles/930250c2d66bfd1c1aeb1914a1ede6c573dd9760
◇秋季和歌山大会新人戦3回戦 市和歌山8―0熊野(2026年8月24日 紀三井寺)
高校野球の秋季和歌山大会新人戦は24日に3回戦が行われ、市和歌山が熊野を8―0で下して準々決勝に進んだ。
プロ注目外野手の今城陽良(2年)が持ち前のフルスイングで魅せた。「3番・左翼」で先発出場し、4―0の5回無死一塁で右前打を放って一挙4得点に貢献。
「調子は上がっていないのですが、“自信を持って振ってこい”と声をかけてもらった。自分のスイングをしようと思っていました」と振り返った。
高校通算18本塁打を誇る県内屈指の強打者。「このチームを打撃で引っ張って甲子園に連れて行き、プロを目指したい。高卒プロを目指せる選手になれればいいなと思います」と青写真を描いた。
同校は前エースの丹羽涼介(3年)が本格派右腕としてプロ注目投手だった一方、新チームにも大砲候補のプロ注目選手が出現。半田真一監督は「技量としては抜けているものがある。新チームに入ってから責任感を感じているのか結果は残っていないが、そこを打ち破って自分でつかんでほしい。プロを目指せる素質はあると思うので、そこを目指しつつ自分の可能性を広げてほしい」と期待した。
📣高校野球(硬式)入場券、9月8日から販売/あおもり国スポ
https://news.yahoo.co.jp/articles/1fe694cc128b918c10a6b382574c6c830da04798
10月3~6日に青森県弘前市のはるか夢球場で開かれる第80回国民スポーツ大会「青の煌めきあおもり国スポ」の高校野球(硬式)競技で、入場券の販売と駐車券の申し込みが9月8日午前10時から始まる。いずれもインターネット上で受け付け、対面販売などは行わない。
入場券の購入はイープラスのウェブサイトか、全国のファミリーマート店頭のマルチコピー機から申し込む。発券はファミリーマート店頭のみで、電子チケットの取り扱いはない。
料金は内野指定席、外野自由席とも一般700円。高校生または18歳以下の場合は内野席350円、外野席無料。
出場校は、今夏の甲子園優勝校の智弁和歌山(和歌山)、準優勝の健大高崎(群馬)のほか、横浜(神奈川)、天理(奈良)、花巻東(岩手)、三重(三重)、有明(熊本)、開催地の青森山田が選出された。組み合わせ抽選会は9月7日に行われる予定。
📝「勝負をかけなきゃいけない時に...」動けなかった健大高崎、動いた智辯和歌山、明暗を分けた8回裏の攻防
https://news.yahoo.co.jp/articles/0560ea5fb667bf0a1727989034d9760856fe8a17?page=1
「その質問は控えさせてください」
決勝点となった8回裏の暴投について尋ねると、健大高崎(群馬)の捕手・大岩翔斗から、少し怒気を含んだ言葉が返ってきた。それほど悔しかったのだろう。あるいは、仲間を守ろうとしたのかもしれない。一方、投手の石田翔大は正直に話してくれた。
スクイズで同点に追いつかれ、なおも一死一、三塁。8番・山下晃平に対し、カウント1−2から投じたのはスライダーだった。山下は空振りして三振。しかし、大岩は捕球できず、三塁走者が生還した。
「サインミスです。ストレートのサインだったんですけど、スライダーを投げた。ピンチの場面で心を落ち着かせることができなかった。100パーセント自分のせいです」
そうなってしまった理由を尋ねると、石田翔はポツリと言った。
「明確な理由はわかんないですけど......。甲子園の魔物というか、そういうのもあって、そういうミスをしてしまった」
【逆転直後に生じた異変】
なぜなのか、自分でもわからない。それほど平常心ではなかった。だが、おかしかったのは石田翔だけではない。このイニングの健大高崎は、何かがおかしかった。
その直前、1点を追う8回表に石田雄星の2ランで逆転した。苦しい展開を強いられていた試合で、ひと振りによって一気に視界が開けた。「優勝」の二文字が、突然、現実味を帯びた瞬間だった。
そして8回裏。6回からリリーフし、2イニングをいずれも3人で抑えていた北田莉玖が、先頭の山田凜虎に死球を与えてしまった。得意のスローカーブだった。
「少しひっかけてしまって、リリースした時に当たってしまうとわかりました」
続く楠本龍生には2度バントをファウルさせて追い込んだ。しかし、カウント1−2から112キロのカーブをセンター前に落とされた。
「速いカーブです。あれは三振を取りにいったので。低めのボール球でもいいと思って投げたんですけど、ボールでも振ってきて、うまく打たれた」
北田は直球が130キロ前後で、本来は打たせて取るタイプだ。無死一塁から三振を狙いにいったのは、いつものスタイルとは少し違った。
「逆転してくれたので、自分が抑えて何とかチームにいい流れを持ってこようという気持ちでした。優勝は意識していません。相手チームの流れに少し呑まれてしまいました」
無死一、二塁となり、智辯和歌山は代打に主将の松本虎太郎を送った。送りバントが予想される場面で、松本は1球で決め、走者を二、三塁へ進めた。優勝インタビューで、中谷仁監督が「松本のバントで逆転まで見えた。魂のこもったすばらしいバント」と絶賛したプレーだ。
【勝負を分けたベンチの判断】
この場面を悔やんだのが、健大高崎で守備面の作戦を任されている生方啓介部長だった。
「バントシフトを敷こうと思ったんですけど......。そこがちょっと自分に勇気がなかったですね。準備はしていたんですけど」
一死二、三塁となり、中谷監督は7番・川原一将に初球からスクイズのサインを出した。97キロの低めのカーブをバントした打球はファウルとなり、捕手・大岩を直撃した。治療に時間を要したため、両チームの選手はいったんベンチへ引き揚げた。
「引きずっていたんですけど、一回ベンチに帰って、その時に監督から『もう一回やるぞ。失敗してもいいから自信持っていけ』と」(川原)
健大高崎ベンチも、もう一度スクイズを仕掛けてくることは頭にあった。
「どこかのタイミングで、もう一回あるのはわかっていました。警戒はしていました」(北田)
再開後の初球、川原はヒッティングの構えから見送ってボール。カウント1−1となり、迎えた3球目。109キロの低めのカーブをスクイズした打球は、投手と捕手の間へ転がった。北田は懸命にグラブトスしたが間に合わない。
「ピッチャーとキャッチャーの間の一番難しいところ。(捕手に任せるか)少し迷いました。判断ミスです」(北田)
最初のスクイズが、捕手に当たらないただのファウルだったら......。治療による中断がなかったら......。不運としか言いようのない面もあった。それでも、生方部長は自らの判断を悔やんだ。
「1−1になった時に動いたんですよね、中谷さんが。その前はこれ(打つ動作)だけだったんですけど。それで、(スクイズが)あるかなと。ただ、外して2ボール1ストライクになったら、ちょっとキツいな......と迷っていたら、スクイズだった。そこも判断ミスですね」
【常に後手になってしまった】
一方、そのスクイズの場面について、中谷監督はこう振り返っている。
「ああいう時はキャッチャーとベンチのアイコンタクトでサインが出ることも多いので、ベンチの動きをずっと見てたんですけど、スクイズはマークされていない気がしました。やっぱり(智辯和歌山は)強打のイメージをつけてもらってるので、勝負をかけました」
問題は、スクイズがあるかどうかではなかった。いつ来るのか。その気配を察し、警戒もしていた。それでも、健大高崎ベンチは動けなかった。生方部長はさらに悔やんだ。
「あの時点で(最速148キロの)石田翔に交代して、(バントのしにくい)速い球でいったほうがよかったかもしれないですよね。スクイズ警戒の場面でしたから。いろいろイメージしてやらないといけないことが......。遅かったですよね。常に後手になってしまった。そういう時は負けますよね。本当に情けない」
中谷監督は「勝負をかけました」と言った。そして、奇しくも生方部長も同じ言葉を口にした。
「勝負をかけなきゃいけない時に、かけられないと甲子園では勝てない。中谷さんは敦賀気比(福井)の時に勝負をかけたし。そこですよね」
生方部長が言う「敦賀気比の時」とは、同点で迎えたタイブレークとなった延長10回裏、無死一、二塁でリスクの高いブルドックシフトを敷き、見事にバントを封じた場面を指している。
【勝負をかける勇気】
思えば智辯和歌山は2対1と苦戦した初戦の社(兵庫)との試合でも、1点差に迫られた7回裏一死三塁で、相手のエンドランを読みウエストし、得点を許さなかった。もちろん、勝負をかければ必ず成功するわけではない。
石田翔へ継投していれば抑えられたのか。スクイズを外していれば失敗させられたのか。シフトを敷いていれば流れを断ち切れたのか。それは誰にもわからない。ただ、頭に浮かびながら、やらなかったことには悔いが残る。1点を追う苦しい展開から、8回表のひと振りで一転して優勢に立った健大高崎。あと2イニングを抑えれば頂点に立てる──。その瞬間、選手にもベンチにも、それまでとは違う何かが生まれたのかもしれない。そして8回裏、勝負をかけた智辯和歌山に対し、健大高崎は「勝負をかけるべき瞬間」を何度も感じながら、最後まで一歩を踏み出せなかった。
甲子園の決勝を分けたのは、暴投というひとつのミスだけではなかった。勝負をかけたか。それとも、かけられなかったか。そのわずかな差が、最後に深紅の優勝旗の行方を決めた。
📝高野連総括 選手の熱中症疑いは計16件 昨年の24件から減少 選手の意識も向上
https://news.yahoo.co.jp/articles/a7e30778d46d95103cf5919f1d8a2cea5f8ef8bc
大会本部は22日、選手の熱中症疑いは計16件で、昨年の24件から減少したと発表した。
「午前と午後の2部制の効果もある一方、選手の意識も上がっている」と説明した。
酷暑対策の2部制の実施日数は昨夏の6日間から10日間に拡大。熱中症リスクの最も高い時間帯を避けるため、第3~8日は午前1試合と午後3試合に分ける変則日程を採用した。
観客動員は累計80万2100人で、全席指定となった第104回以降で最多。昨年に比べ、7万7400人の増加で、観客を入れ替える2部制の日が増えたことを主な要因とした。
4/27 春季兵庫大会3回戦 ウインク球場 明石商-神戸学院大付 9:59~12:34
一二三四五六七八九十計HE
明 石 商0220000001575 仁井田、横山-木根
神院大付1000120000442 曽我、桒村-松下
第一試合
三田学園11
姫 路 工7
第1試合がまさかの乱打戦となり、第2試合が13時30分開始にずれ込んだ・・・・。1年ほど前にナイター照明塔が設置されたのでいくら試合が遅くなっても影響はないのだが、、、、、
昨秋明石トーカロでこの対戦は2回戦で早くも激突し終始、明石商がリードを広げて試合を優位に進めていたが9回まさかの大逆転劇があり8-9で苦杯をなめただけに狭間監督はこの試合にかける思いは強いと思う。
先発投手は明石商がエース・仁井田。神戸学院大付は背番号11の曽我が先発だが、ここは基本的に継投策で試合を作るので岩上監督の采配がみものだ。
昨秋と先攻・後攻が入れ替わり明石商が先攻となった。グラウンドにたっぷりと水が撒かれてプレーボール。
明石商は録音応援が県高野連から封印されたので太鼓1つの応援が主流となっている。幸先よく四球と送りバントで先制のチャンスを作ったが、3・4番が凡退し無得点。
軟式から硬式に移行して香川西で5回甲子園に出場した岩上監督を招聘し秋季近畿大会2度出場と短期間で力をつけている神戸学院大付は今日もブラスバンドを多数動員して気合の入った応援を発揮している。
試合は1回表明石商が内野安打で先頭の岩崎が出塁すると2番・貝口がバントで送り1死2塁とするも後続倒れて無得点。その裏、神戸学院大付は同じように四球と送りバントで1死2塁と形を作り、3番・岡本が3球三振したものの、4番・瀬合のショートゴロ正面の打球をショート・山内まさかの後逸というらしくないタイムリーエラーで先取点献上。。。さらにレフト前ヒットでピンチ拡大したが、6番・山下がセカンドゴロに倒れ1点で食い止めた。
早くも自慢の守備が崩壊して劣勢に立たされた明石商だが、2回1死から下位打線が奮起し6~8番の3連続長短打で1-1同点としなおも1死2・3塁。エース・仁井田が打席に入っているし、狭間監督はスクイズがダイスキなでどこで仕掛けてくるのか?を見計らっていた。
早速初球からスクイズの構えでボール球ゆえにバットを引いた。これを見て神戸学院サイドからタイムを要求され警戒は深まる。2球目ストライクを見逃し、1-1からボール球を挟んでの4球目にやはりスクイズを仕掛けまんまと成功し2-1とすかさず逆転に成功!得点マーチが🎵笑点のテーマ 改め 🎵パラダイス銀河にいつの間にか変更されてしまったが、明石商サイドはベンチもスタンドもお祭り騒ぎだった。
その裏、先頭打者が内野安打でまた出塁し、定石通り送りバントのサインが出たが2塁封殺・・・。9番・広川真がサードゴロゲッツー崩れで1塁に残ったが、無謀にも盗塁を仕掛け失敗。
3回表明石商は2死ランナーなしから4番・大澤が2球で追い込まれながらも四球を選び、サードゴロエラーと死球で満塁のチャンスをもらい、ここで7番・山内が2打席連続ヒットを放ち2者生還で昨秋同様序盤から主導権を握った。それでも岩上監督は2年生サウスポーに試合を預け辛抱の続投で育成重視なんだろうか?
その裏、1番・広川智がショート内野安打を放ち毎回先頭打者出塁するも3点ビハインドということもあり、無策で凡打の積み重ねを喫し4-1と明石商が主導権を握り序盤が終わった。
4回表ようやく神戸学院大付の曽我投手がペースをつかめたのか?連続三振などで初の三者凡退を作り一方的になりがちな試合を修正するきっかけを作った。しかしその裏同じように3人で攻撃を終え毎回走者を出し続けてきた序盤からようやく試合が落ち着き膠着状態に入りつつあったのかもしれない・・・。
5回表岩上監督はまだエースを温存し、2番手に10番・桒村をリリーフさせた。明石商の3番からの攻撃を味方の好守もあり2球でツーアウトを奪ったが、5番・横山がレフトへツーベースを放ち、5番・田渕もセンター前ヒットで続き1・3塁と攻めたが、7番・山内スライダーで三振を喫しなんとか切り抜けた。
その裏、神戸学院は先頭の桒村投手が四球を選ぶと3点ビハインドにもかかわらずあえて送りバントしたが、横山投手のエラーを誘いオールセーフで無死1・3塁。ここで1番・広川智の打席で何か仕掛けるかと思いきや3球全て見逃して三振・・・。2番・野畑初球打ちはおあつらえ向きのセカンドゴロゲッツーコースだったがセカンド・岩崎これを弾きまさかのエラーで2点差に詰め寄られてしまった・・・。しかし、仁井田投手がエースの意地を見せて3・4番をファーストゴロとセカンドライナーに抑えて2点リードで折り返した。
前年秋も明石商が終始リードを奪い圧勝と思われたが、後半猛追して最後に大逆転して9-8と乱打戦をモノにした神戸学院大付だけに序盤の3点ビハインドは苦にならなかったのかもしれない。あえて無死1塁から送りバントを試みて相手のエラーに乗じて2-4と差を詰めてこれで後半分からなくなってきた。
神戸学院は5回から継投したが、明石商はエース・仁井田で押し切るのか?あるいは多彩な投手陣をガンガンつぎ込んで逃げ切り体制に入るのか???
6回表明石商はあっさりと3人で攻撃を終え流れが変わりつつあった。その裏、神戸学院は先頭の5番・松本が8球粘ってライト前ヒットを放ちすぐさま盗塁を決めて無死2塁。さらにセカンドゴロと四球で1死3塁とチャンス拡大し、8番・桒村投手が狭間監督のお株を奪う初球セーフティ―スクイズを決め1点差。さらに相手投手の悪送球も絡んでオールセーフ。この守備の乱れを見て狭間監督はエース仁井田をベンチに下げてライトの横山がリリーフ登板。しかし、同じようにセーフティーバントで揺さぶられエラーがつき1死満塁とされ1番・広川智がセンター犠飛を放ちついに4-4同点とされてしまった・・・・・。その後の2死1.2塁のピンチはスライダーで三振を奪ったが明石商にとっては3点差を追いつかれ昨秋の悪夢が脳裏をよぎる展開となってしまった・・・。
3点差追いつかれて先攻の明石商は当然焦りも出ると思われる。7回2番からの好打順があっさりと三者凡退で終わってしまい厳しい。。。その裏、リリーフした横山投手が3番からの攻撃を同じく三者凡退に抑え延長タイブレークかあるいはサヨナラ負けか・・・最後までもつれる予感が。
8回表1死から6番・田渕がレフト前ヒットを放つと狭間監督はすかさず代走・山本を送り勝負を賭けるかと思ったがおとなしく送りバントで2死2塁。デッドボールで走者が溜まり代打・橋本のバットに期待が集まるも無念のセカンドゴロで無得点。それでも横山投手が8回も3人で退けいよいよ最終回。
9回1番からの攻撃でここで勝ち越さないとサヨナラ負けもよぎる中、銭湯が四球をもぎとり狭間監督らしく送りバントでコツコツ攻めようとするが2番・貝口まさかのバント3球続けてファールで三振。。。3番・山西が初球センターフライでもはやこれまでと思ったが、2死1塁でけん制悪送球で2塁進塁!4番・大澤がレフトオーバーの勝ち越しタイムリーと夢を乗せる打球を放つもレフト岡本が後ろ向きにダイビングキャッチの超ファインプレーで5点目を許さず9回裏へ。。。
横山投手は神ピッチを続けサヨナラ負けの不安を一掃する3イニング連続三者凡退に抑え延長タイブレークに突入!!
10回表明石商は5番からの攻撃できっちり送りバントを決め1死2・3塁。ここで狭間監督のダイスキなスクイズを敢行すると思いきや、1-1から強攻してライト犠飛で勝ち越し。願わくばもう1点あるいはそれ以上欲しいところで、2死2塁から初球セーフティーバントをかますもファール・・・。しかし1-2からデッドボールをもらいチャンス拡大もライトフライで一抹の不安を残して10回裏の守備に着いた。
神戸学院は3番からの攻撃だったが、1点差ということもあり岩上監督はバントで1死2・3塁と同じように形を作った。4番・瀬合はノーヒットだったが構わず強攻して1-1からファーストファールフライ。5番・松本もショートゴロに倒れあっけなく終わり明石商が昨秋のリベンジを果たし5-4で振り切った。
この対戦は最後までもつれる試合が連続し夏以降も楽しみな勝負となる。序盤は明石商がリードして神戸学院が中盤以降猛追して最後まで分からない展開となりスリリングだったが、狭間監督の勝利への執念とリリーフした横山投手のピッチングが相手を上回った格好となった。
試合時間2時間25分。試合終了15時54分と2試合連続ロングゲームで大満足して姫路をあとにした。
ここから中1日。もう1回姫路に足を運びあの神村学園~創志学園を甲子園常連校に引き上げた長澤監督率いる篠山産がセンバツ1勝した東洋大姫路にどう対峙するかを楽しみにしていた。
ただ、のちに夏の大会終了後選手の頭をはたいたなどとして2年間謹慎を喰らうので僕が長澤監督の采配を見るラストゲームとなってしまった、、、それは次回の講釈で。
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 犠飛 四球 死球 三振 失点 自責
明 石 商 仁井田 5 1/3 27 97 4 3 0 3 0 3 4 2
明 石 商 横 山 2 1/3 15 52 0 2 1 0 0 4 0 0
神院大付 曽 我 4 19 74 4 2 0 3 0 2 4 2
神院大付 桒 村 6 32 75 3 2 1 1 2 2 1 0
(完)
🌟次回予告🌟
R7年度春季近畿地区高校野球大会兵庫予選観戦記③ 信じろ仲間 燃やせ篠高魂 篠山産観戦記
4/29 春季兵庫大会3回戦 ウインク球場 篠山産-東洋大姫路
一二三四五六七八九十計HE
明 石 商0220000001575 仁井田、横山-木根
神院大付1000120000442 曽我、桒村-松下
第一試合
三田学園11
姫 路 工7
第1試合がまさかの乱打戦となり、第2試合が13時30分開始にずれ込んだ・・・・。1年ほど前にナイター照明塔が設置されたのでいくら試合が遅くなっても影響はないのだが、、、、、
昨秋明石トーカロでこの対戦は2回戦で早くも激突し終始、明石商がリードを広げて試合を優位に進めていたが9回まさかの大逆転劇があり8-9で苦杯をなめただけに狭間監督はこの試合にかける思いは強いと思う。
先発投手は明石商がエース・仁井田。神戸学院大付は背番号11の曽我が先発だが、ここは基本的に継投策で試合を作るので岩上監督の采配がみものだ。
昨秋と先攻・後攻が入れ替わり明石商が先攻となった。グラウンドにたっぷりと水が撒かれてプレーボール。
明石商は録音応援が県高野連から封印されたので太鼓1つの応援が主流となっている。幸先よく四球と送りバントで先制のチャンスを作ったが、3・4番が凡退し無得点。
軟式から硬式に移行して香川西で5回甲子園に出場した岩上監督を招聘し秋季近畿大会2度出場と短期間で力をつけている神戸学院大付は今日もブラスバンドを多数動員して気合の入った応援を発揮している。
試合は1回表明石商が内野安打で先頭の岩崎が出塁すると2番・貝口がバントで送り1死2塁とするも後続倒れて無得点。その裏、神戸学院大付は同じように四球と送りバントで1死2塁と形を作り、3番・岡本が3球三振したものの、4番・瀬合のショートゴロ正面の打球をショート・山内まさかの後逸というらしくないタイムリーエラーで先取点献上。。。さらにレフト前ヒットでピンチ拡大したが、6番・山下がセカンドゴロに倒れ1点で食い止めた。
早くも自慢の守備が崩壊して劣勢に立たされた明石商だが、2回1死から下位打線が奮起し6~8番の3連続長短打で1-1同点としなおも1死2・3塁。エース・仁井田が打席に入っているし、狭間監督はスクイズがダイスキなでどこで仕掛けてくるのか?を見計らっていた。
早速初球からスクイズの構えでボール球ゆえにバットを引いた。これを見て神戸学院サイドからタイムを要求され警戒は深まる。2球目ストライクを見逃し、1-1からボール球を挟んでの4球目にやはりスクイズを仕掛けまんまと成功し2-1とすかさず逆転に成功!得点マーチが🎵笑点のテーマ 改め 🎵パラダイス銀河にいつの間にか変更されてしまったが、明石商サイドはベンチもスタンドもお祭り騒ぎだった。
その裏、先頭打者が内野安打でまた出塁し、定石通り送りバントのサインが出たが2塁封殺・・・。9番・広川真がサードゴロゲッツー崩れで1塁に残ったが、無謀にも盗塁を仕掛け失敗。
3回表明石商は2死ランナーなしから4番・大澤が2球で追い込まれながらも四球を選び、サードゴロエラーと死球で満塁のチャンスをもらい、ここで7番・山内が2打席連続ヒットを放ち2者生還で昨秋同様序盤から主導権を握った。それでも岩上監督は2年生サウスポーに試合を預け辛抱の続投で育成重視なんだろうか?
その裏、1番・広川智がショート内野安打を放ち毎回先頭打者出塁するも3点ビハインドということもあり、無策で凡打の積み重ねを喫し4-1と明石商が主導権を握り序盤が終わった。
4回表ようやく神戸学院大付の曽我投手がペースをつかめたのか?連続三振などで初の三者凡退を作り一方的になりがちな試合を修正するきっかけを作った。しかしその裏同じように3人で攻撃を終え毎回走者を出し続けてきた序盤からようやく試合が落ち着き膠着状態に入りつつあったのかもしれない・・・。
5回表岩上監督はまだエースを温存し、2番手に10番・桒村をリリーフさせた。明石商の3番からの攻撃を味方の好守もあり2球でツーアウトを奪ったが、5番・横山がレフトへツーベースを放ち、5番・田渕もセンター前ヒットで続き1・3塁と攻めたが、7番・山内スライダーで三振を喫しなんとか切り抜けた。
その裏、神戸学院は先頭の桒村投手が四球を選ぶと3点ビハインドにもかかわらずあえて送りバントしたが、横山投手のエラーを誘いオールセーフで無死1・3塁。ここで1番・広川智の打席で何か仕掛けるかと思いきや3球全て見逃して三振・・・。2番・野畑初球打ちはおあつらえ向きのセカンドゴロゲッツーコースだったがセカンド・岩崎これを弾きまさかのエラーで2点差に詰め寄られてしまった・・・。しかし、仁井田投手がエースの意地を見せて3・4番をファーストゴロとセカンドライナーに抑えて2点リードで折り返した。
前年秋も明石商が終始リードを奪い圧勝と思われたが、後半猛追して最後に大逆転して9-8と乱打戦をモノにした神戸学院大付だけに序盤の3点ビハインドは苦にならなかったのかもしれない。あえて無死1塁から送りバントを試みて相手のエラーに乗じて2-4と差を詰めてこれで後半分からなくなってきた。
神戸学院は5回から継投したが、明石商はエース・仁井田で押し切るのか?あるいは多彩な投手陣をガンガンつぎ込んで逃げ切り体制に入るのか???
6回表明石商はあっさりと3人で攻撃を終え流れが変わりつつあった。その裏、神戸学院は先頭の5番・松本が8球粘ってライト前ヒットを放ちすぐさま盗塁を決めて無死2塁。さらにセカンドゴロと四球で1死3塁とチャンス拡大し、8番・桒村投手が狭間監督のお株を奪う初球セーフティ―スクイズを決め1点差。さらに相手投手の悪送球も絡んでオールセーフ。この守備の乱れを見て狭間監督はエース仁井田をベンチに下げてライトの横山がリリーフ登板。しかし、同じようにセーフティーバントで揺さぶられエラーがつき1死満塁とされ1番・広川智がセンター犠飛を放ちついに4-4同点とされてしまった・・・・・。その後の2死1.2塁のピンチはスライダーで三振を奪ったが明石商にとっては3点差を追いつかれ昨秋の悪夢が脳裏をよぎる展開となってしまった・・・。
3点差追いつかれて先攻の明石商は当然焦りも出ると思われる。7回2番からの好打順があっさりと三者凡退で終わってしまい厳しい。。。その裏、リリーフした横山投手が3番からの攻撃を同じく三者凡退に抑え延長タイブレークかあるいはサヨナラ負けか・・・最後までもつれる予感が。
8回表1死から6番・田渕がレフト前ヒットを放つと狭間監督はすかさず代走・山本を送り勝負を賭けるかと思ったがおとなしく送りバントで2死2塁。デッドボールで走者が溜まり代打・橋本のバットに期待が集まるも無念のセカンドゴロで無得点。それでも横山投手が8回も3人で退けいよいよ最終回。
9回1番からの攻撃でここで勝ち越さないとサヨナラ負けもよぎる中、銭湯が四球をもぎとり狭間監督らしく送りバントでコツコツ攻めようとするが2番・貝口まさかのバント3球続けてファールで三振。。。3番・山西が初球センターフライでもはやこれまでと思ったが、2死1塁でけん制悪送球で2塁進塁!4番・大澤がレフトオーバーの勝ち越しタイムリーと夢を乗せる打球を放つもレフト岡本が後ろ向きにダイビングキャッチの超ファインプレーで5点目を許さず9回裏へ。。。
横山投手は神ピッチを続けサヨナラ負けの不安を一掃する3イニング連続三者凡退に抑え延長タイブレークに突入!!
10回表明石商は5番からの攻撃できっちり送りバントを決め1死2・3塁。ここで狭間監督のダイスキなスクイズを敢行すると思いきや、1-1から強攻してライト犠飛で勝ち越し。願わくばもう1点あるいはそれ以上欲しいところで、2死2塁から初球セーフティーバントをかますもファール・・・。しかし1-2からデッドボールをもらいチャンス拡大もライトフライで一抹の不安を残して10回裏の守備に着いた。
神戸学院は3番からの攻撃だったが、1点差ということもあり岩上監督はバントで1死2・3塁と同じように形を作った。4番・瀬合はノーヒットだったが構わず強攻して1-1からファーストファールフライ。5番・松本もショートゴロに倒れあっけなく終わり明石商が昨秋のリベンジを果たし5-4で振り切った。
この対戦は最後までもつれる試合が連続し夏以降も楽しみな勝負となる。序盤は明石商がリードして神戸学院が中盤以降猛追して最後まで分からない展開となりスリリングだったが、狭間監督の勝利への執念とリリーフした横山投手のピッチングが相手を上回った格好となった。
試合時間2時間25分。試合終了15時54分と2試合連続ロングゲームで大満足して姫路をあとにした。
ここから中1日。もう1回姫路に足を運びあの神村学園~創志学園を甲子園常連校に引き上げた長澤監督率いる篠山産がセンバツ1勝した東洋大姫路にどう対峙するかを楽しみにしていた。
ただ、のちに夏の大会終了後選手の頭をはたいたなどとして2年間謹慎を喰らうので僕が長澤監督の采配を見るラストゲームとなってしまった、、、それは次回の講釈で。
チーム名 選手名 投球回 打者 投球数 安打 犠打 犠飛 四球 死球 三振 失点 自責
明 石 商 仁井田 5 1/3 27 97 4 3 0 3 0 3 4 2
明 石 商 横 山 2 1/3 15 52 0 2 1 0 0 4 0 0
神院大付 曽 我 4 19 74 4 2 0 3 0 2 4 2
神院大付 桒 村 6 32 75 3 2 1 1 2 2 1 0
(完)
🌟次回予告🌟
R7年度春季近畿地区高校野球大会兵庫予選観戦記③ 信じろ仲間 燃やせ篠高魂 篠山産観戦記
4/29 春季兵庫大会3回戦 ウインク球場 篠山産-東洋大姫路
⚾今日の和歌山大会新人戦試合結果(4日目 2・3回戦)
紀三井寺球場・・・・・・神 島7-2紀 北 工・和歌山工2-1粉 河(10回タイブレーク)
サンナンタンランド球場・田 辺11x-1海 南(6回)・日 高4-3星 林
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(5日目 3回戦 紀三井寺球場)
09:00~ 橋 本 - 桐 蔭
☆ 11:30~ 熊 野 -市和 歌山
☆☆ 14:00~ 智弁和歌山-和歌 山東
✌智弁和歌山 効果十二分だったV校歌斉唱のリハーサル「今日もテニスコートが見えました!」
https://news.yahoo.co.jp/articles/a320631dcb7cbe57543f9eb34ec9e3a5fa211b24
〝91回目〟の優勝でした――。第108回全国高校野球選手権大会の第15日(22日)の決勝戦は智弁和歌山が健大高崎(群馬)に4―3で競り勝ち、5年ぶり4度目の優勝を飾った。
1点リードで迎えた8回、和気(3年)が一死二塁から2番手・石田(3年)に2ランを浴びて逆転を許した。しかし、打線が直後に一死二、三塁のチャンスをつくると、川原(3年)のスクイズで同点。さらに相手投手の暴投に乗じて勝ち越しに成功した。中谷監督は「選手たちの勝ちたいという思い、スタンドの応援、その一体感が結果だと思います。県大会から苦しい試合の連続。智弁ファミリーみんなで勝ち取った優勝だと思います」と頰を緩めた。
栄光の裏には、入念な〝リハーサル〟があった。選手の1人は「校歌を歌うために頑張ったと言っても過言ではないです」と明かす。選手たちは今年1月から3月までの3か月間、毎日練習前にホームベース付近に整列し、校歌を合唱。その後、喜びを爆発させる様子まで再現しながら外野に走り出し、スタンド方向に向かって脱帽し、一礼。遠くから部長が笑顔で拍手を送る。甲子園優勝の瞬間をイメージし、アルプス席の応援団へあいさつするまでの一連の流れを90日間、本番さながらに予行練習していたという。
何度も練習し、思い描いた瞬間がついに実現。「あの時の景色が重なって、今日も(学校の)テニスコートが見えました!」と、同校グラウンドの風景が脳裏に浮かんだと興奮気味に語る。
〝勝利のイメトレ〟はこの日、現実となった。「今日の校歌が一番気持ちよかったです」(同)。夢の大舞台で、智弁和歌山ナインは晴れやかな表情で校歌を歌い上げ、スタンドには拍手を送る大観衆が、確かにいた。
📝智弁和歌山、強固な守備陣支えたのは巨人・中山礼都、中日・高橋宏斗と同級生の原田夏希コーチ「高校生がその気になれば、どこまでも行けるのではないか」コロナ禍で逃した聖地の舞台で指導者として優勝
https://news.yahoo.co.jp/articles/fa0d17da339aeeb567e69d4fd4307d55ca89f806
智弁和歌山が健大高崎(群馬)を下し、5年ぶり4度目の優勝を飾った。チームを支えた原田夏希コーチ(24)も夢をかなえた一人。主に内野守備の指導を担い、和歌山大会から計10試合で7失策という強固な守備陣を築き上げた。中京大中京(愛知)では、巨人・中山礼都外野手(24)、中日・高橋宏斗投手(24)と同学年。20年春夏の甲子園が新型コロナウイルスの影響で中止になったことで幼少期からの目標を失ったが、指導者として実現した。
ナインと同じように日焼けした肌で、原田コーチは目を潤ませた。就任2年目で“夢”を実現。「高校生がその気になれば、どこまでも行けるのではないかと感じさせてもらいました」と、教え子たちに惜しみない拍手を送った。
甲子園に魅了され、小2でグラブを手に取った。「ずっと甲子園で優勝したいと思って野球をしていた」と、09年夏の頂点に立った中京大中京に憧れて入学。不遇の世代になった。優勝候補だった20年センバツがコロナ禍で中止。19年秋の明治神宮大会を制していたチームは「無力感や虚無感」に耐え、「無敗のまま終わろう」と立ち上がった。同時に自身も心に決めた。
「指導者として甲子園で優勝。もともと考えていたけど、明確になりました」
系列の中京大に進むこともできたが「一番レベルが高い野球を」と受験を決意した。東都大学リーグで、体育科の教員免許も取得可能な国学院大へ。将来を意識し、最初から学生コーチとして入部した。監督と100人近い部員の間に入る工夫や上級生への指示など「本当に難しかった」と振り返る。「4年間の経験が生きて、高校生と向き合えています」と全国制覇の一員になった。
指導の軸を問われ「難しいですね。本当に一人一人、全然違うので」と言葉に詰まる。寮では、住み込みで寝食を共にする。「(悩んでいる選手は)表情を見たら分かる。ふと近くに座っていると、話しかけてきたり。大変だと言われますが、全然そんな感覚はなくて。選手と日本一を目指す生活の一部。本当に楽しいです」。内野守備の全権を任される立役者は、夏の聖地で最後までノックバットを振った。
☟9回制だから生まれた甲子園決勝の“ドラマ” 7回制導入の機運も…看過できない酷暑問題と空気感
https://news.yahoo.co.jp/articles/b13e0d3813e58a739224bb97a43f2c38e1dbd6a9?page=1
現場の指導者から反対の声上がるも…国際大会は7回制の流れ
第108回全国高校野球選手権大会は22日、甲子園球場で決勝が行われ、智弁和歌山が4-3で健大高崎(群馬)に競り勝ち、5年ぶり4度目の優勝を飾った。高校野球の7イニング制採用をめぐり賛否両論が激しく交わされている中、皮肉にも決勝戦は8回に大きく動いた。
決勝は、1-2とリードされていた健大高崎が8回、1死二塁で主将の石田雄星外野手(3年)が右翼席へ起死回生の2ランを放って逆転。しかし、智弁和歌山もその裏、1死二、三塁のチャンスをつくると、川原一将内野手(3年)がスクイズを決め同点に追いついた。さらに、続く山下晃平外野手(3年)が空振り三振した球が暴投となり、決勝点が転がり込んだのだった。
一進一退の攻防に、満員札止めの観客4万4700人が詰めかけたスタンドは、何度もどよめき、沸き返った。仮に7回制であれば、智弁和歌山がすんなり2-1で勝利を収め、8回の“ドラマ”はなかったことになる。
日本高野連の井本亘事務局長は「この全国大会をご覧になった方がどう思われたかも大切ですが、一方で、7月の都道府県大会の暑さはもっと過酷なこともあります」と指摘。「今大会の結果も踏まえて、議論を重ねていきたいと思います」と慎重な姿勢を示した。
7イニング制は、深刻化する夏の猛暑対策として議論されるようになり、選手、観客、応援生徒の健康リスクを軽減するため、早急な導入を求める声もある。日本高野連が設けた検討会議は、2028年春の選抜大会をめどに、全ての公式戦で7イニング制を導入することが望ましいとする報告書をまとめた。
ただ、野球の根幹ともいえる9イニング制のルールを変えることには反発も大きく、現場の指導者からも反対の声が上がっている。一方で「WBSC U-18野球ワールドカップ」、「BFA U18アジア野球選手権」など、高校生世代の侍ジャパンU-18代表が出場する多くの国際試合で、7回制が採用されている実態もある。
クーリングタイム、2部制、DH制…激変する高校野球
また、今大会は新たにビデオ検証が導入された。検証を求める権利は9イニングで1回。検証で判定が変わった場合は、その後もう1度だけ検証を求めることができる。2回続けて判定が変わったとしても、3回目は要求できないルールだ。高野連によると、今大会中に17件のビデオ検証が行われ、判定が覆ったのは6件。判定通りとなった11件のうち、2件は確証なし(明白な映像がなかったため、当初の判定通り)。残る9件は確証ありだった。
井本事務局長は「導入の目的は、より正しい判定を選手、チームにお返しすることにありました。観客のみなさんに、より納得してもらう意味でも、一定の成果はあったと感じています」とうなずいた。
大会15日間の観客動員は合計80万2100人で、昨年より7万7400人増加。井本事務局長は「決勝戦がエキサイティングな、手に汗握る展開となったこともあって、閉会式には外野席のお客さんが数多く残ってくださっていて、最後まで選手に拍手を送っていただいたことが、グラウンドレベルから見ていて凄く印象的でした」と述懐した。
主に酷暑対策としてクーリングタイム、試合開始時間を午前と午後に分ける“2部制”を導入し、今春からはDH(指名打者)制にも踏み切った高校野球の状況は、近年激変している。その中で、反対の声も大きい7回制の議論はどう決着するのだろうか。
🎥ビデオ検証 全48試合で17件 判定覆ったのは6件、所要時間は約2分
https://news.yahoo.co.jp/articles/cbe8d462f75b65bd76f2638c8d578acc9d341a07
今大会から採用されたビデオ検証は全48試合中17件の要求があり、判定が覆ったケースが6件、残りの11件が判定通りや、確証がないための判定通りだった。大会総括を担う担当者は「納得をしてもらって、次に進んでもらう意味では一定の成果があったと感じています」と受け止めた。
東日本国際大昌平(福島)-白樺学園(北北海道)戦の1回戦では、新制度によるドラマも生まれた。東日本国際大昌平が攻撃の9回2死一、二塁では1度けん制でアウトとなった二塁走者が、ビデオ検証の結果、判定が初めて覆ってセーフになった。その後の攻撃で、当該の二塁走者が決勝のホームを踏んで劇的な勝利。江井康胤監督(55)は「あそこは勝負どころ。アウトになってチェンジになるのと、もう1回チャンスがくるのとでは大きな違い」と判定が覆った時の効果の大きさを実感した。
検証時間はいずれも約2分で、スムーズに運用された。一方で、3回戦の高川学園(山口)-天理(奈良)戦では高川学園の申し出が遅く、受け入れられなかったこともあった。ビデオ検証の要求を行うチームにとっても、素早い決断が迫られた。
📝「9回のドラマ」に賭ける青春――9イング制か7イニング制か…甲子園103人に聞いた球児たちの本音
https://news.yahoo.co.jp/articles/2c02234b1c198e99c07450015cd3d247531f6c90
夏の甲子園大会の期間中、出場校の野球部員たちに率直な意見を聞いて回った。テーマは9イニング制維持か、7イニング制への移行か。学校名と名前も出さないことを条件に、アルプス席を中心に16校、103人(うち女子マネジャー9人)から聞いた。
結果は全員が「9イニング」だった。理由として圧倒的多数の56人が挙げたのが8、9回に起きる“逆転のドラマ”だ。
「県大会で9回2死から追いついた。7回で終わっていたらここに来られていない」(3年内野手)
「今大会でも有明が9回に逆転したり、ドラマがあった。だから野球はおもしろい」(3年捕手)など熱く訴えられた。
2番目に多い14人が主張したのは熱中症対策のクーリングタイム導入など周囲の変化で、「暑さを乗り越えるために普段から練習している」(3年外野手)といった意識向上など9イニングを戦うための対応が進んでいるという内容だった。
7イニング制は中学までに経験しており、「短い」という主張が10人。「野球は9回」という当然派も10人いた。これと同じく10人が主張したのは出場機会の確保だった。
「9回なら全部アウトで終わっても各打者に3度は打席が回る。7回だと3度ないかもしれない」(1年投手)
「7回だとエースが投げきって終わってしまう」(1年投手)など切実だった。
他にも「試合の入り、組み立て、作戦など別競技になってしまう」(2年投手)
「9回の歴史の重みがなくなる」(3年外野手)
「論外。(大阪桐蔭)西谷監督の言われている通りです」(3年投手)
「野球は3の倍数で成り立っている」(2年内野手)などさまざまな7イニング制反対の声があった。
生成AIやネットを使えばもっと多くの意見を集めることができるかもしれないが、一人一人の声を聞いて実感したのはまだ9イニング制を変えてはいけないということ。高校球児は「9回のドラマ」に青春をかけている。
☟《数秒の握手の何が問題なのか》甲子園・智辯和歌山と仙台育英の監督握手を引き剥がす、大会本部に聞いた「制止の意図」
https://news.yahoo.co.jp/articles/80e5bc366253d182016431d90117f87bd50c0b45
高野連の対応に賛否
3年間、白球を追いかけ続けた両校の野球部員たち。最後に微笑むのはどちらか。決戦に注目が集まる中、13日に行われた準々決勝のある一幕がネット上で物議を醸している。
「初の女子部員・星よつはマネージャーが話題になった仙台育英高校と、智辯和歌山の試合後のシーンです。試合は智辯和歌山が初回に5点を奪い、勢いそのままに11対3で勝利を収めました。
試合後、先に球場を後にしようとした智辯和歌山の中谷仁監督と仙台育英の須江航監督が握手をしたのですが、高校野球連盟(以下、高野連)のスタッフと思われる男性が間に入り、すぐに剥がそうとする様子が中継で映ったのです。この対応が物議を醸しています」(スポーツ紙記者)
該当のシーンに対し、ネット上では、
《高野連は昔から偉そうです。一体何様なんでしょう?》
《この映像観てガッカリしました。 高野連役員も総入れ替えした方がいい。》
《ほんと、そのとおり、わずか2.3秒程度のこと 数秒急がせてなんの支障もない》
と、“ほんの数秒”の握手の何が問題なのか、という意見が上がる一方で、
《これを批判してる奴が何様?だろ》
《管理、進行する側からすればその数秒レベルが重要なのでは?》
《何でもかんでも高野連批判は好きじゃない。これだけの観客数を維持しながら、 1日4試合を同一会場で滞りなく行えるアマチュア団体はないよ》
など、高野連の対応に一定の理解を示す声も見られた。
高野連に聞いた「握手制止」の意図
前出のスポーツ紙記者は高野連の批判について、次のように分析する。
「昨年、問題になった広島県広陵高校の暴行事件について、高野連は当初、厳重注意と一部選手の公式戦出場停止に留めており、その凄惨ないじめの内容から“処分が甘すぎる”という指摘が寄せられました。ネット上でも多くの関心が寄せられ、“加害生徒の特定”を行う人も見られることに。広陵高校はこうした事態を受けて、大会の途中で辞退しています。
辞退ともなれば、ほかの高校が甲子園の地へ足を運べたということになりますし、高野連の最初の対応次第では、事態の泥沼化を避けられたかもしれません。この時は、“事なかれ主義”の旧態依然とした体制が指摘されていました。今回の“数秒の握手すら許さない厳格さ”との落差に、ファンの潜在的な“高野連への不信感”が刺激された側面もあるかもしれません」(前出・スポーツ紙記者)
健闘を称え、握手を交わそうとする監督同士をなぜ止めなければいけなかったのか。高野連に問い合わせると、大会本部から次のように回答があった。
「試合終了後は、グラウンドですぐに次のチームの試合前ノックが始まるため、危険防止の観点から速やかな退場を促しております。過去にノック中の送球が、3塁側から退場しているチームの指導者に直撃する事故が発生したことがきっかけです。
現在は、次試合の練習補助員の協力を得て、退場時の防御、カバーをお願いする対策を講じています。取材終了後には、通路や控室で両チームの監督や選手らが互いの健闘をたたえ合い、握手したり言葉を交わしたりすることがあります。こうした交流は従来から行われています」(第108回全国高等学校野球選手権大会・大会本部)
過去の事故防止という明確な意図があった中で、現場での急な制止は視聴者に“冷淡な対応”として映ってしまったようだ。
⚾SHIONOMISAKIさんへ
昨日、甲子園の選手権終わったばかりですが、ずいぶん先取りされてますね。
県高野連HPなどで観たら、東海は四日市&津・中国はどら焼きドラマチックパーク米子&ヤマタSP球場ですね。
僕は今年 福井~島根~岐阜と宿泊観戦したので来年というよりも再来年の激増を見越してここで打ち止めにしており、わかさS京都でおとなしく皆勤しようと・・・・・。
例年、9月に開催される「たかさご万灯祭」ですが、今年はなぜかしら11月21日・22日で1時間繰り上げて17時~20時とか・・・・・。昨年、鳥取遠征とかち合って行けなかったので楽しみにしてましたが。。。。。https://mantousait.wixsite.com/takasago
11月21日は徳島・むつみスタジアムで徳島・香川交流試合が組まれておるので、、、、22日天気が良ければなんとか・・・。
P・S 今大会は戦前、近畿勢6校は相当な大苦戦を強いられると覚悟しておりましたが。。。。。特に京都と滋賀。大阪は準決勝終了の時点でハナから諦めてました。
運よく???和智弁と社が初戦でぶつかり、近畿初戦全滅は回避できホッと一息。天理も昨年思いっきり期待を裏切られ藤原監督甲子園3戦全敗ではきついとハラハラしつつも4番の大活躍で4強入りと!
7月末のWBS和歌山ボックス火曜日を8/1ラジコで聴いた折に、、、、、長野から来たニューフェイス関 陽菜子アナが和歌山大会前に中谷監督を取材する機会があり率直に「最近、夏の甲子園で勝てていませんねえ!」と毒蜂の一刺しを放ったらしく、すかさずナカタニが『厳しいこと言うねえ・・・』と苦笑いしたようです。
堺の街を歩いていた僕は思わずズッコケそうになりましたが・・・・・・。(童顔の容姿に似合わず)長野の女の子は相手が自分より倍ほど年が離れていてもズケズケとモノを言うのか!?いや、京都の大学に通っていたそうなんで、そこでイケズな京女に洗脳されて和歌山に流れてきたのかも???
紀三井寺球場で昨夏見た感じだと、ちょっと好奇心旺盛そうな小柄な女の子だけどニュース原稿読む折にはよく声が震えているので緊張感がかなり強い人なのかなと思ってましたが、、、、笑い声が「ヘッヘッヘッヘッ」と独特な感じなんで清楚系ではないと思っていたけど、魔性系に近いのかなあ。
僕は準決勝の組み合わせが決まった時に「和智弁と天理が準決勝でぶつかればどちらか決勝進出で形にはなるんだが、、、、横浜は絶対に避けなアカン。しかし、天理が横浜に勝てるイメージは湧かないが、今の和智弁なら織田温存しているうちに2~3点先行すればそのまま逃げ切れるかも?第1試合で和智弁が勝てば近畿対決。そうでなければ関東同士の決勝になってしまい10-0に近いスコアで横浜の優勝かあ・・・」と予想してましたが、大外れでした↓↓
天理がまさかの0-1で不覚を取ってしまいイヤな予感しかなかったですね・・・・・。和智弁は22年夏に国学院栃木に3-5。24年夏に霞ヶ浦に4-5(11回タイブレーク)でいずれも初戦敗退と北関東のチームに連敗していたので、群馬のチームとはやりたくなかったですが・・・・・。下馬評では圧倒的有利だったと思いますが、序盤3回で5点差くらいつけないとなにかしらのポカで勝てる試合を落としてしまうのでは???と危惧しておりました。
幸い、後攻を取れたのでサヨナラ負けの可能性も無くなりホッとしておりましたが、2点先行してから3点目が取れず2-1と詰め寄られこのまま逃げ切るしか勝ち目がないと観念していたら、8回表衝撃的な逆転2ランを喰らい完全に心が折られてしまいましたが・・・・・。
8回裏スコアブックの選手交代を記入しているスキになぜかしら先頭打者が1塁に歩いて、、、、、あとでユーチューブ見たらスローボールを必死に打席の左に寄って避けることもなく死球を認められたと。厳しい球審だったらボール判定されても文句も言えないが・・・。
次打者がよほど打ちたかったのか?バントファール2つかまして、しゃーなしに打たせてセンター前ポテンヒットが大きかった。1死2塁ならそこからの打開策がなかったような気が。
バントで1死2・3塁として僕は全然頭になかった初球スクイズを敢行し、相手キャッチャーの股間を破壊し試合再開後1球様子を見てカウント1-1からもう1回スクイズかまして相手の野選を誘い追いついて最後は1死1・3塁で三振だったが暴投で決勝点。なぜかしら三振した打者が猛然と1塁へ全力疾走するトリッキーな動きは、準々決勝の仙台育英戦で無死か1死満塁でサード左の痛烈なゴロを飛び込んでキャッチし3塁封殺1塁送球はセーフながら封殺された2塁走者が猛然とホーム突入を狙い、球審や捕手などが完全に混乱し挟殺プレーに持ち込んだプレーを模倣したのだろうか???
9回2死からヒットを打たれてイヤな感じでしたが、1年生の9番打者に代走を出していたので手駒がなく思い出代打が登場し、スライダー空振り三振でゲームセットと。
健康福祉大は2年前の夏も2回戦の智弁学園戦で1-2の9回2死1塁で思い出代打起用してチェンジアップで空振り三振でゲームセットしたので同じような終わり方だったと。
これで野球王国・和歌山には夏9度目の優勝で深紅の大旗が5年ぶりに帰ってきたと。来年で10回目になるんだなあと早くも思いを馳せました(笑)
健康福祉大は3年連続夏出場して智弁学園・京都国際・智弁和歌山と3年連続近畿勢に屈してクニに帰ったと。アッチの人たちにしたら近畿がメチャクチャ嫌いになったんだろうなあと。。。特に智弁系列は。赤い色観たら虫唾が走るかも?!
紀三井寺球場・・・・・・神 島7-2紀 北 工・和歌山工2-1粉 河(10回タイブレーク)
サンナンタンランド球場・田 辺11x-1海 南(6回)・日 高4-3星 林
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(5日目 3回戦 紀三井寺球場)
09:00~ 橋 本 - 桐 蔭
☆ 11:30~ 熊 野 -市和 歌山
☆☆ 14:00~ 智弁和歌山-和歌 山東
✌智弁和歌山 効果十二分だったV校歌斉唱のリハーサル「今日もテニスコートが見えました!」
https://news.yahoo.co.jp/articles/a320631dcb7cbe57543f9eb34ec9e3a5fa211b24
〝91回目〟の優勝でした――。第108回全国高校野球選手権大会の第15日(22日)の決勝戦は智弁和歌山が健大高崎(群馬)に4―3で競り勝ち、5年ぶり4度目の優勝を飾った。
1点リードで迎えた8回、和気(3年)が一死二塁から2番手・石田(3年)に2ランを浴びて逆転を許した。しかし、打線が直後に一死二、三塁のチャンスをつくると、川原(3年)のスクイズで同点。さらに相手投手の暴投に乗じて勝ち越しに成功した。中谷監督は「選手たちの勝ちたいという思い、スタンドの応援、その一体感が結果だと思います。県大会から苦しい試合の連続。智弁ファミリーみんなで勝ち取った優勝だと思います」と頰を緩めた。
栄光の裏には、入念な〝リハーサル〟があった。選手の1人は「校歌を歌うために頑張ったと言っても過言ではないです」と明かす。選手たちは今年1月から3月までの3か月間、毎日練習前にホームベース付近に整列し、校歌を合唱。その後、喜びを爆発させる様子まで再現しながら外野に走り出し、スタンド方向に向かって脱帽し、一礼。遠くから部長が笑顔で拍手を送る。甲子園優勝の瞬間をイメージし、アルプス席の応援団へあいさつするまでの一連の流れを90日間、本番さながらに予行練習していたという。
何度も練習し、思い描いた瞬間がついに実現。「あの時の景色が重なって、今日も(学校の)テニスコートが見えました!」と、同校グラウンドの風景が脳裏に浮かんだと興奮気味に語る。
〝勝利のイメトレ〟はこの日、現実となった。「今日の校歌が一番気持ちよかったです」(同)。夢の大舞台で、智弁和歌山ナインは晴れやかな表情で校歌を歌い上げ、スタンドには拍手を送る大観衆が、確かにいた。
📝智弁和歌山、強固な守備陣支えたのは巨人・中山礼都、中日・高橋宏斗と同級生の原田夏希コーチ「高校生がその気になれば、どこまでも行けるのではないか」コロナ禍で逃した聖地の舞台で指導者として優勝
https://news.yahoo.co.jp/articles/fa0d17da339aeeb567e69d4fd4307d55ca89f806
智弁和歌山が健大高崎(群馬)を下し、5年ぶり4度目の優勝を飾った。チームを支えた原田夏希コーチ(24)も夢をかなえた一人。主に内野守備の指導を担い、和歌山大会から計10試合で7失策という強固な守備陣を築き上げた。中京大中京(愛知)では、巨人・中山礼都外野手(24)、中日・高橋宏斗投手(24)と同学年。20年春夏の甲子園が新型コロナウイルスの影響で中止になったことで幼少期からの目標を失ったが、指導者として実現した。
ナインと同じように日焼けした肌で、原田コーチは目を潤ませた。就任2年目で“夢”を実現。「高校生がその気になれば、どこまでも行けるのではないかと感じさせてもらいました」と、教え子たちに惜しみない拍手を送った。
甲子園に魅了され、小2でグラブを手に取った。「ずっと甲子園で優勝したいと思って野球をしていた」と、09年夏の頂点に立った中京大中京に憧れて入学。不遇の世代になった。優勝候補だった20年センバツがコロナ禍で中止。19年秋の明治神宮大会を制していたチームは「無力感や虚無感」に耐え、「無敗のまま終わろう」と立ち上がった。同時に自身も心に決めた。
「指導者として甲子園で優勝。もともと考えていたけど、明確になりました」
系列の中京大に進むこともできたが「一番レベルが高い野球を」と受験を決意した。東都大学リーグで、体育科の教員免許も取得可能な国学院大へ。将来を意識し、最初から学生コーチとして入部した。監督と100人近い部員の間に入る工夫や上級生への指示など「本当に難しかった」と振り返る。「4年間の経験が生きて、高校生と向き合えています」と全国制覇の一員になった。
指導の軸を問われ「難しいですね。本当に一人一人、全然違うので」と言葉に詰まる。寮では、住み込みで寝食を共にする。「(悩んでいる選手は)表情を見たら分かる。ふと近くに座っていると、話しかけてきたり。大変だと言われますが、全然そんな感覚はなくて。選手と日本一を目指す生活の一部。本当に楽しいです」。内野守備の全権を任される立役者は、夏の聖地で最後までノックバットを振った。
☟9回制だから生まれた甲子園決勝の“ドラマ” 7回制導入の機運も…看過できない酷暑問題と空気感
https://news.yahoo.co.jp/articles/b13e0d3813e58a739224bb97a43f2c38e1dbd6a9?page=1
現場の指導者から反対の声上がるも…国際大会は7回制の流れ
第108回全国高校野球選手権大会は22日、甲子園球場で決勝が行われ、智弁和歌山が4-3で健大高崎(群馬)に競り勝ち、5年ぶり4度目の優勝を飾った。高校野球の7イニング制採用をめぐり賛否両論が激しく交わされている中、皮肉にも決勝戦は8回に大きく動いた。
決勝は、1-2とリードされていた健大高崎が8回、1死二塁で主将の石田雄星外野手(3年)が右翼席へ起死回生の2ランを放って逆転。しかし、智弁和歌山もその裏、1死二、三塁のチャンスをつくると、川原一将内野手(3年)がスクイズを決め同点に追いついた。さらに、続く山下晃平外野手(3年)が空振り三振した球が暴投となり、決勝点が転がり込んだのだった。
一進一退の攻防に、満員札止めの観客4万4700人が詰めかけたスタンドは、何度もどよめき、沸き返った。仮に7回制であれば、智弁和歌山がすんなり2-1で勝利を収め、8回の“ドラマ”はなかったことになる。
日本高野連の井本亘事務局長は「この全国大会をご覧になった方がどう思われたかも大切ですが、一方で、7月の都道府県大会の暑さはもっと過酷なこともあります」と指摘。「今大会の結果も踏まえて、議論を重ねていきたいと思います」と慎重な姿勢を示した。
7イニング制は、深刻化する夏の猛暑対策として議論されるようになり、選手、観客、応援生徒の健康リスクを軽減するため、早急な導入を求める声もある。日本高野連が設けた検討会議は、2028年春の選抜大会をめどに、全ての公式戦で7イニング制を導入することが望ましいとする報告書をまとめた。
ただ、野球の根幹ともいえる9イニング制のルールを変えることには反発も大きく、現場の指導者からも反対の声が上がっている。一方で「WBSC U-18野球ワールドカップ」、「BFA U18アジア野球選手権」など、高校生世代の侍ジャパンU-18代表が出場する多くの国際試合で、7回制が採用されている実態もある。
クーリングタイム、2部制、DH制…激変する高校野球
また、今大会は新たにビデオ検証が導入された。検証を求める権利は9イニングで1回。検証で判定が変わった場合は、その後もう1度だけ検証を求めることができる。2回続けて判定が変わったとしても、3回目は要求できないルールだ。高野連によると、今大会中に17件のビデオ検証が行われ、判定が覆ったのは6件。判定通りとなった11件のうち、2件は確証なし(明白な映像がなかったため、当初の判定通り)。残る9件は確証ありだった。
井本事務局長は「導入の目的は、より正しい判定を選手、チームにお返しすることにありました。観客のみなさんに、より納得してもらう意味でも、一定の成果はあったと感じています」とうなずいた。
大会15日間の観客動員は合計80万2100人で、昨年より7万7400人増加。井本事務局長は「決勝戦がエキサイティングな、手に汗握る展開となったこともあって、閉会式には外野席のお客さんが数多く残ってくださっていて、最後まで選手に拍手を送っていただいたことが、グラウンドレベルから見ていて凄く印象的でした」と述懐した。
主に酷暑対策としてクーリングタイム、試合開始時間を午前と午後に分ける“2部制”を導入し、今春からはDH(指名打者)制にも踏み切った高校野球の状況は、近年激変している。その中で、反対の声も大きい7回制の議論はどう決着するのだろうか。
🎥ビデオ検証 全48試合で17件 判定覆ったのは6件、所要時間は約2分
https://news.yahoo.co.jp/articles/cbe8d462f75b65bd76f2638c8d578acc9d341a07
今大会から採用されたビデオ検証は全48試合中17件の要求があり、判定が覆ったケースが6件、残りの11件が判定通りや、確証がないための判定通りだった。大会総括を担う担当者は「納得をしてもらって、次に進んでもらう意味では一定の成果があったと感じています」と受け止めた。
東日本国際大昌平(福島)-白樺学園(北北海道)戦の1回戦では、新制度によるドラマも生まれた。東日本国際大昌平が攻撃の9回2死一、二塁では1度けん制でアウトとなった二塁走者が、ビデオ検証の結果、判定が初めて覆ってセーフになった。その後の攻撃で、当該の二塁走者が決勝のホームを踏んで劇的な勝利。江井康胤監督(55)は「あそこは勝負どころ。アウトになってチェンジになるのと、もう1回チャンスがくるのとでは大きな違い」と判定が覆った時の効果の大きさを実感した。
検証時間はいずれも約2分で、スムーズに運用された。一方で、3回戦の高川学園(山口)-天理(奈良)戦では高川学園の申し出が遅く、受け入れられなかったこともあった。ビデオ検証の要求を行うチームにとっても、素早い決断が迫られた。
📝「9回のドラマ」に賭ける青春――9イング制か7イニング制か…甲子園103人に聞いた球児たちの本音
https://news.yahoo.co.jp/articles/2c02234b1c198e99c07450015cd3d247531f6c90
夏の甲子園大会の期間中、出場校の野球部員たちに率直な意見を聞いて回った。テーマは9イニング制維持か、7イニング制への移行か。学校名と名前も出さないことを条件に、アルプス席を中心に16校、103人(うち女子マネジャー9人)から聞いた。
結果は全員が「9イニング」だった。理由として圧倒的多数の56人が挙げたのが8、9回に起きる“逆転のドラマ”だ。
「県大会で9回2死から追いついた。7回で終わっていたらここに来られていない」(3年内野手)
「今大会でも有明が9回に逆転したり、ドラマがあった。だから野球はおもしろい」(3年捕手)など熱く訴えられた。
2番目に多い14人が主張したのは熱中症対策のクーリングタイム導入など周囲の変化で、「暑さを乗り越えるために普段から練習している」(3年外野手)といった意識向上など9イニングを戦うための対応が進んでいるという内容だった。
7イニング制は中学までに経験しており、「短い」という主張が10人。「野球は9回」という当然派も10人いた。これと同じく10人が主張したのは出場機会の確保だった。
「9回なら全部アウトで終わっても各打者に3度は打席が回る。7回だと3度ないかもしれない」(1年投手)
「7回だとエースが投げきって終わってしまう」(1年投手)など切実だった。
他にも「試合の入り、組み立て、作戦など別競技になってしまう」(2年投手)
「9回の歴史の重みがなくなる」(3年外野手)
「論外。(大阪桐蔭)西谷監督の言われている通りです」(3年投手)
「野球は3の倍数で成り立っている」(2年内野手)などさまざまな7イニング制反対の声があった。
生成AIやネットを使えばもっと多くの意見を集めることができるかもしれないが、一人一人の声を聞いて実感したのはまだ9イニング制を変えてはいけないということ。高校球児は「9回のドラマ」に青春をかけている。
☟《数秒の握手の何が問題なのか》甲子園・智辯和歌山と仙台育英の監督握手を引き剥がす、大会本部に聞いた「制止の意図」
https://news.yahoo.co.jp/articles/80e5bc366253d182016431d90117f87bd50c0b45
高野連の対応に賛否
3年間、白球を追いかけ続けた両校の野球部員たち。最後に微笑むのはどちらか。決戦に注目が集まる中、13日に行われた準々決勝のある一幕がネット上で物議を醸している。
「初の女子部員・星よつはマネージャーが話題になった仙台育英高校と、智辯和歌山の試合後のシーンです。試合は智辯和歌山が初回に5点を奪い、勢いそのままに11対3で勝利を収めました。
試合後、先に球場を後にしようとした智辯和歌山の中谷仁監督と仙台育英の須江航監督が握手をしたのですが、高校野球連盟(以下、高野連)のスタッフと思われる男性が間に入り、すぐに剥がそうとする様子が中継で映ったのです。この対応が物議を醸しています」(スポーツ紙記者)
該当のシーンに対し、ネット上では、
《高野連は昔から偉そうです。一体何様なんでしょう?》
《この映像観てガッカリしました。 高野連役員も総入れ替えした方がいい。》
《ほんと、そのとおり、わずか2.3秒程度のこと 数秒急がせてなんの支障もない》
と、“ほんの数秒”の握手の何が問題なのか、という意見が上がる一方で、
《これを批判してる奴が何様?だろ》
《管理、進行する側からすればその数秒レベルが重要なのでは?》
《何でもかんでも高野連批判は好きじゃない。これだけの観客数を維持しながら、 1日4試合を同一会場で滞りなく行えるアマチュア団体はないよ》
など、高野連の対応に一定の理解を示す声も見られた。
高野連に聞いた「握手制止」の意図
前出のスポーツ紙記者は高野連の批判について、次のように分析する。
「昨年、問題になった広島県広陵高校の暴行事件について、高野連は当初、厳重注意と一部選手の公式戦出場停止に留めており、その凄惨ないじめの内容から“処分が甘すぎる”という指摘が寄せられました。ネット上でも多くの関心が寄せられ、“加害生徒の特定”を行う人も見られることに。広陵高校はこうした事態を受けて、大会の途中で辞退しています。
辞退ともなれば、ほかの高校が甲子園の地へ足を運べたということになりますし、高野連の最初の対応次第では、事態の泥沼化を避けられたかもしれません。この時は、“事なかれ主義”の旧態依然とした体制が指摘されていました。今回の“数秒の握手すら許さない厳格さ”との落差に、ファンの潜在的な“高野連への不信感”が刺激された側面もあるかもしれません」(前出・スポーツ紙記者)
健闘を称え、握手を交わそうとする監督同士をなぜ止めなければいけなかったのか。高野連に問い合わせると、大会本部から次のように回答があった。
「試合終了後は、グラウンドですぐに次のチームの試合前ノックが始まるため、危険防止の観点から速やかな退場を促しております。過去にノック中の送球が、3塁側から退場しているチームの指導者に直撃する事故が発生したことがきっかけです。
現在は、次試合の練習補助員の協力を得て、退場時の防御、カバーをお願いする対策を講じています。取材終了後には、通路や控室で両チームの監督や選手らが互いの健闘をたたえ合い、握手したり言葉を交わしたりすることがあります。こうした交流は従来から行われています」(第108回全国高等学校野球選手権大会・大会本部)
過去の事故防止という明確な意図があった中で、現場での急な制止は視聴者に“冷淡な対応”として映ってしまったようだ。
⚾SHIONOMISAKIさんへ
昨日、甲子園の選手権終わったばかりですが、ずいぶん先取りされてますね。
県高野連HPなどで観たら、東海は四日市&津・中国はどら焼きドラマチックパーク米子&ヤマタSP球場ですね。
僕は今年 福井~島根~岐阜と宿泊観戦したので来年というよりも再来年の激増を見越してここで打ち止めにしており、わかさS京都でおとなしく皆勤しようと・・・・・。
例年、9月に開催される「たかさご万灯祭」ですが、今年はなぜかしら11月21日・22日で1時間繰り上げて17時~20時とか・・・・・。昨年、鳥取遠征とかち合って行けなかったので楽しみにしてましたが。。。。。https://mantousait.wixsite.com/takasago
11月21日は徳島・むつみスタジアムで徳島・香川交流試合が組まれておるので、、、、22日天気が良ければなんとか・・・。
P・S 今大会は戦前、近畿勢6校は相当な大苦戦を強いられると覚悟しておりましたが。。。。。特に京都と滋賀。大阪は準決勝終了の時点でハナから諦めてました。
運よく???和智弁と社が初戦でぶつかり、近畿初戦全滅は回避できホッと一息。天理も昨年思いっきり期待を裏切られ藤原監督甲子園3戦全敗ではきついとハラハラしつつも4番の大活躍で4強入りと!
7月末のWBS和歌山ボックス火曜日を8/1ラジコで聴いた折に、、、、、長野から来たニューフェイス関 陽菜子アナが和歌山大会前に中谷監督を取材する機会があり率直に「最近、夏の甲子園で勝てていませんねえ!」と毒蜂の一刺しを放ったらしく、すかさずナカタニが『厳しいこと言うねえ・・・』と苦笑いしたようです。
堺の街を歩いていた僕は思わずズッコケそうになりましたが・・・・・・。(童顔の容姿に似合わず)長野の女の子は相手が自分より倍ほど年が離れていてもズケズケとモノを言うのか!?いや、京都の大学に通っていたそうなんで、そこでイケズな京女に洗脳されて和歌山に流れてきたのかも???
紀三井寺球場で昨夏見た感じだと、ちょっと好奇心旺盛そうな小柄な女の子だけどニュース原稿読む折にはよく声が震えているので緊張感がかなり強い人なのかなと思ってましたが、、、、笑い声が「ヘッヘッヘッヘッ」と独特な感じなんで清楚系ではないと思っていたけど、魔性系に近いのかなあ。
僕は準決勝の組み合わせが決まった時に「和智弁と天理が準決勝でぶつかればどちらか決勝進出で形にはなるんだが、、、、横浜は絶対に避けなアカン。しかし、天理が横浜に勝てるイメージは湧かないが、今の和智弁なら織田温存しているうちに2~3点先行すればそのまま逃げ切れるかも?第1試合で和智弁が勝てば近畿対決。そうでなければ関東同士の決勝になってしまい10-0に近いスコアで横浜の優勝かあ・・・」と予想してましたが、大外れでした↓↓
天理がまさかの0-1で不覚を取ってしまいイヤな予感しかなかったですね・・・・・。和智弁は22年夏に国学院栃木に3-5。24年夏に霞ヶ浦に4-5(11回タイブレーク)でいずれも初戦敗退と北関東のチームに連敗していたので、群馬のチームとはやりたくなかったですが・・・・・。下馬評では圧倒的有利だったと思いますが、序盤3回で5点差くらいつけないとなにかしらのポカで勝てる試合を落としてしまうのでは???と危惧しておりました。
幸い、後攻を取れたのでサヨナラ負けの可能性も無くなりホッとしておりましたが、2点先行してから3点目が取れず2-1と詰め寄られこのまま逃げ切るしか勝ち目がないと観念していたら、8回表衝撃的な逆転2ランを喰らい完全に心が折られてしまいましたが・・・・・。
8回裏スコアブックの選手交代を記入しているスキになぜかしら先頭打者が1塁に歩いて、、、、、あとでユーチューブ見たらスローボールを必死に打席の左に寄って避けることもなく死球を認められたと。厳しい球審だったらボール判定されても文句も言えないが・・・。
次打者がよほど打ちたかったのか?バントファール2つかまして、しゃーなしに打たせてセンター前ポテンヒットが大きかった。1死2塁ならそこからの打開策がなかったような気が。
バントで1死2・3塁として僕は全然頭になかった初球スクイズを敢行し、相手キャッチャーの股間を破壊し試合再開後1球様子を見てカウント1-1からもう1回スクイズかまして相手の野選を誘い追いついて最後は1死1・3塁で三振だったが暴投で決勝点。なぜかしら三振した打者が猛然と1塁へ全力疾走するトリッキーな動きは、準々決勝の仙台育英戦で無死か1死満塁でサード左の痛烈なゴロを飛び込んでキャッチし3塁封殺1塁送球はセーフながら封殺された2塁走者が猛然とホーム突入を狙い、球審や捕手などが完全に混乱し挟殺プレーに持ち込んだプレーを模倣したのだろうか???
9回2死からヒットを打たれてイヤな感じでしたが、1年生の9番打者に代走を出していたので手駒がなく思い出代打が登場し、スライダー空振り三振でゲームセットと。
健康福祉大は2年前の夏も2回戦の智弁学園戦で1-2の9回2死1塁で思い出代打起用してチェンジアップで空振り三振でゲームセットしたので同じような終わり方だったと。
これで野球王国・和歌山には夏9度目の優勝で深紅の大旗が5年ぶりに帰ってきたと。来年で10回目になるんだなあと早くも思いを馳せました(笑)
健康福祉大は3年連続夏出場して智弁学園・京都国際・智弁和歌山と3年連続近畿勢に屈してクニに帰ったと。アッチの人たちにしたら近畿がメチャクチャ嫌いになったんだろうなあと。。。特に智弁系列は。赤い色観たら虫唾が走るかも?!
私の知る限りですが・・・
東海地区の三重開催
中国地区の鳥取開催
四国地区の香川開催
以上3地区について検討しています。
開催場所が間違いか変更あれば再検討しますが。
東海地区の三重開催
中国地区の鳥取開催
四国地区の香川開催
以上3地区について検討しています。
開催場所が間違いか変更あれば再検討しますが。
⚾今日の熱闘甲子園試合結果(決勝戦)
最終日決勝戦 智弁和歌山(和歌山)-高崎健康福祉大高崎(群馬) 10:02~12:06
一二三四五六七八九十計HE
健大高崎000010020 382
和 智 弁02000002X 491
智弁和歌山は5年ぶり4度目の優勝🏆
⚾今日の和歌山大会試合結果(3日目 2・3回戦)
マツゲン有田球場・・・・県和歌山7xー6串本古座・近大新宮6-1耐 久
サンナンタンランド球場・熊 野8-2南 部・市和歌山5-2高 野 山
⚾明日の和歌山大会組み合わせ(4日目 2・3回戦)
紀三井寺球場
10:00~ 神 島 -紀 北 工
12:30~ 和歌 山工- 粉 河
サンナンタンランド球場
☆ 10:00~ 田 辺 - 海 南
☆☆ 12:30~ 日 高 - 星 林
📝健大高崎のペースだった決勝、ポイントは八回裏の攻撃 高嶋仁の目
https://news.yahoo.co.jp/articles/82b2da79f149f80864a83d0e312efedffc76450f
(22日、全国高校野球選手権大会決勝 智弁和歌山4―3健大高崎)
どっちに転ぶかわからない決勝でした。両チームとも立派な戦いでした。智弁和歌山打線は序盤からバットが振れていましたが、試合自体はどちらかといえば、接戦を勝ち抜いてきた健大高崎のペースだったと思います。
智弁和歌山は逆転された直後、八回裏の攻撃がポイントでした。山田凜虎選手が死球で出て、楠本龍生選手が低めの球をうまくバットに当てました。これで無死一、二塁にできたことが大きかったです。犠打で走者を進めて、1死二、三塁。ここは私が監督でもスクイズでした。負けている方は、追いつかないといけない。スクイズで同点にして、次の打者で勝負、です。同点にすると、打者も気が楽になりますから。
この夏の智弁和歌山は、和歌山大会から苦しい試合が続きました。甲子園に来てからはそのぶん、のびのびやれていたと思います。特に、初戦の社とのしんどい試合を乗り切ってからは、投打ともに状態が上がってきました。中谷仁監督になってから、夏の甲子園は2度目の優勝です。継投で、うまく勝てていると思います。彼は捕手出身なので、うまく投手を切り替えることができるのだと思います。
大会全体を振り返ると、バントと送球のミスが目立ちました。キャッチボールとバントは高校野球の基本です。打つ、打たないは相手投手との相性もありますからね。
低反発バットになって、バットの芯でとらえる技術がより重要になってきました。投手の球種も増えています。多彩な球種を打とうと思うと、ひっぱり回していたら打てません。やはり、中堅から逆方向をねらうしかない。すると、必然的に本塁打は減ります。バントやヒットエンドランが、より大事になってきます。
🎤智弁和歌山前監督の高嶋仁氏「どっちにころぶかわからない試合でした。両チームとも立派な戦い」
https://news.yahoo.co.jp/articles/56f4460f79b29705c109277c13206d09bcea08a6
智弁和歌山(和歌山)は22日、第108回全国高校野球選手権決勝(甲子園)で健大高崎(群馬)と対戦。終盤8回の逆転劇で5年ぶり4度目となる夏制覇を成し遂げた。夏4度目はPL学園(大阪)に並ぶ歴代5位タイ。春夏通算5度目は、東海大相模(神奈川)、東邦(愛知)に並び7位タイとなった。
前監督の高嶋仁氏(80)は決勝を振り返って「どっちにころぶかわからない試合でした。両チームとも立派な戦いでした。どちらかといえば、接戦を勝ち抜いてきた健大高崎のペースだったと思います。智弁和歌山は八回、大事なところで出た走者を楠本選手がうまくつなぎました。無死一、二塁にできたことが勝因だったと思います」とコメント。
今夏の智弁和歌山の試合を振り返って「和歌山大会から苦しい試合が続きました。甲子園に来てからはその分、伸び伸びやれていたと思います。特に、初戦の社とのしんどい試合を乗り切ってからは、投打ともに状態が上がってきました」と評した。
中谷仁監督に交代してから2度目の夏制覇となり「うまいこといっていると思います。特に投手は継投で勝てています。彼は捕手出身ですから、うまく投手を切り替えることができるのだと思います」と称えた。
✌智弁和歌山・川原一将、一度スクイズ失敗したカーブを膝ついて転がし同点…激闘の中で培った粘り強さで頂点へ
https://news.yahoo.co.jp/articles/014abf20bdcfd08f2d98c5c85a9960f42f40c020?page=1
智弁和歌山は1点を追う八回、川原のスクイズなどで2得点して逆転。救援の久葉が九回を抑えて逃げ切った。健大高崎は八回に石田雄の2ランで一時は逆転したが、リードを守り切れなかった。
「失敗してもいいから自信を持っていけ、もう一度いくぞ」
八回に逆転され、相手が思い描いていたような展開でも、智弁和歌山の中谷監督は「勝機がある」と考えていた。「後攻だから、早く追い付けば」――。紙一重の戦いをくぐり抜けた経験も、1点をもぎ取る執念もチームにはあった。その裏、先頭の4番山田が死球で出塁。楠本は低めの球をすくい上げる巧打でつないだ。代打の主将・松本は初球で犠打を決め、一死二、三塁となった。
7番川原に初球、指揮官はスクイズのサインを出した。しかし、カーブでタイミングを外され、ファウル。打球が相手捕手に当たり、治療のため試合が中断している間、中谷監督は川原に声をかけた。「失敗してもいいから、自信を持っていけ。もう一度いくぞ」
どのタイミングで「もう一度」を出すか。2球目、指揮官は相手バッテリーが警戒を緩めたと感じ取った。3球目、川原は「またカーブ。何が何でも決めるつもりだった」。膝をつきながらうまく球を転がし、同点。そして次打者への暴投で決勝点を手にした。
準々決勝で18安打を放ち、準決勝では横浜(神奈川)のエース織田を攻略したが、和歌山大会でコールド勝ちは1試合しかない。甲子園の初戦は適時打が出ず、3回戦は延長戦にもつれ込む激戦だった。
ナインの多くは、5年前の全国制覇を見て「強打の智弁和歌山」に憧れ、入部した。川原は言う。「スター選手もいないし、打線も力強くない。それでも僕らなりの戦いでここまで来られた」。激闘の中で培った粘り強さで、頂点にたどり着いた。
☝智弁和歌山の元主将が投稿した“退部者がほぼいない理由”に反響「共感します」
https://news.yahoo.co.jp/articles/adf1fe5616adcdba34f14aff55ef7e2c255d73d0
夏の甲子園大会は、智弁和歌山(和歌山)が健大高崎(群馬)との熱戦を制し、歴代6位タイとなる4回目の優勝を飾った。
100人規模の部員数を抱える甲子園常連校が多い中、智弁和歌山は毎年40人前後。全国屈指の練習量をこなすが、ほとんどの部員が3年間完走する。
智弁和歌山で2004年度の主将を務めた森本紘平さんがX(旧ツイッター)に投稿した「智弁和歌山野球部 退部者がほぼいない理由」で、実体験をもとに解説している。
2年春のセンバツでベスト8、同夏の甲子園出場を経験した森本氏は、退部者がほぼ出ない理由に以下を挙げた。
「部内での甲子園の会話の解像度が高いため、夢に手が届く感覚を持てる」
「部員が少なく、全員が同じように練習できるため、疎外感がない」
「理不尽な上下関係がなく、野球だけが厳しい状態であるため余計な心労がない」
「大半の雑用を監督がやるため、頑張らないわけにはいかない」「3年生は全員メンバー入りできるため希望がある」
「常軌を逸する厳しい練習は、すぐにすべらない話になり、笑いに変換できる」
「野球の技術だけではなく、心の強さも見て選手をとっている」
森本氏は「あくまで個人の感想」と断っているが、この投稿に対し、Xでは
「理不尽な上下関係がないのはすごい」
「監督が自ら行動で見せるのは素晴らしい」
「非常に共感します」
「寮母さん親のように親身に接してくれる」
「少数精鋭!」
「モチベ上がりそう」
と共感の声が寄せられた。
🎤智弁和歌山・中谷監督「相手ベンチずっと見て…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/e02cf2ed8466770135a789d07928809e74d74fae
試合後の智弁和歌山・中谷仁監督の主な談話は以下の通り。
◇「後悔ばかりですけど…」
<八回に川原一将が同点のスクイズ>
2球目を打ったときに、「あ、マークしてないな」と。ああいう時はベンチからサインが出ることも多いので、(相手の)ベンチの動きをずっと見てたんですけど、スクイズはマークされてない気がしました。やっぱり強打のイメージがあるので。勝負をかけました。
後攻だったので、追いつきさえすれば勝機はあると想像していたので、とにかく追いつきたかった。去年の代から小技をやってきたことが生きました。
<八回に逆転本塁打を打たれた後の声かけは>
「想定内、想定内。こういう試合をいくつも乗り越えてきたぞ」と。伝令では同点オッケーと言ってたんですけど、想定より1個上でした。健大高崎の石田(雄星)くんは本当に素晴らしい選手で存在感がありました。ホームランはバッテリーのミスかもしれないけど、みんなでカバーし合えました。
<継投のタイミングは>
六、七回を和気(匠太)、八、九回を久葉(亮太)でいこうと思っていましたけど、和気の抑え方が素晴らしかったので(八回も)代えられませんでした。結果論では後悔ばかりですけど、選手がカバーしてくれました。
<山田凜虎捕手の成長は>
和歌山大会から2ランクくらい成長してくれた。やっぱり甲子園はすごいところやなと思います。
<優勝のターニングポイントは>
和歌山大会3回戦の田辺戦と準々決勝の市立和歌山戦は本当に苦しくて、不安と向き合いながらの試合でした。爆発力があるチームですけど出ばなをくじかれて、いつ爆発するんだろうという気配を持ちながらも、苦しい状態で勝ち進めた。守備で我慢してゲームを落としませんでした。
甲子園でも社(兵庫)や敦賀気比(福井)にいいピッチングをされて爆発できませんでしたけど、(敦賀気比戦の)タイブレークで爆発して点が入って、僕の中で「これ次くるな」という予感がありました。横浜(神奈川)もその勢いのまま入って完璧なゲームができたので、「今日は絶対打てない」と(笑い)。
このチームは大きな山を越えるとホッとしてしまうところがある。なのでこういうゲームは想定内でした。いい波がハマってくれたという感じですね。
<5年前の優勝との違いは>
あの時の子たちにもこういう大観衆でやらせてあげたかった。(コロナ禍で)無観客だったので、喜びは変わらないけど、彼らも大観衆の中で同じ思いをさせてやりたかったという感覚が出てきました。
☟決勝は8回にドラマ…閉幕後に高野連が7回制議論に言及「暑さは地方大会の方が過酷で…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/08ff281a3e1a194494cc076b2516208cc666851a
大会閉幕後、大会本部が大会を総括。終盤戦の逆転劇があったことに触れて、7回制導入に関する質問が出た。この質問に対して日本高野連の井本亘事務局長は「全国大会の結果をご覧になった方がどう思われるかというのはあるかと思いますが、地方大会の方が(暑さ対策が)過酷ではある。今回の結果、今後も議論を重ねていった上で、どうしていくかはこれからになります。次に向かって何かを考えていかないといけないと思います」と言及した。
☟決勝は8回にドラマ…閉幕後に高野連が7回制議論に言及「暑さは地方大会の方が過酷で…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/08ff281a3e1a194494cc076b2516208cc666851a
大会閉幕後、大会本部が大会を総括。終盤戦の逆転劇があったことに触れて、7回制導入に関する質問が出た。この質問に対して日本高野連の井本亘事務局長は「全国大会の結果をご覧になった方がどう思われるかというのはあるかと思いますが、地方大会の方が(暑さ対策が)過酷ではある。今回の結果、今後も議論を重ねていった上で、どうしていくかはこれからになります。次に向かって何かを考えていかないといけないと思います」と言及した。
✌甲子園ベンチ「不思議な感覚」 三重・奥谷さん、スコア記録などでチーム貢献
https://news.yahoo.co.jp/articles/c064e42387eff5424fbf9105f9c495b10ed4dcd7
このメンバーとは最後「この時間楽しみたい」
マネジャーにとっても夢の舞台だった──。ベスト8という成績で全国高校野球選手権を終えた、三重県代表の三重高校野球部(沖田展男監督)。ベンチにはナインとともに喜び、涙を流したマネジャーの姿があった。2回戦と準々決勝でベンチ入りし、スコアラーを務めた3年の奥谷莉帆さん(津市)だ。「甲子園で過ごした時間はかけがえのない、一生忘れられない日々になりました」と話す奥谷さんが、〝夢の舞台〟を振り返った。
小学校時代にソフトボールを、中学校時代には軟式野球に打ち込み、外野手としてプレーした。選手生活を終えた後、「今度は支える側に」と考え、新たに「マネジャーとして甲子園でスコアを書きたい」という夢を描き、甲子園出場経験豊富な三重高に入学した。
入学直後、すぐに入部。「選手が一番野球をやりやすい環境をつくる」ことを第一に、飲み物の準備や寮生活を送る選手の背番号の縫い付けなど、気付いたことは何でもやった。目立つ仕事でなくても、選手たちの戦いを陰から支える役割に「責任と誇り」を持って取り組んだ。
選手経験を生かし、1年時から練習試合でスコアを記録。2年時の秋季からは公式戦でもスコアラーを務めた。スコアは試合後にチームで共有し、ミーティングで活用した。結果をただ記録するだけではなく、選手のプレーを把握して伝えるなど、チームの強化にもつなげた。
今夏の県大会決勝戦後、沖田監督から「甲子園初戦の記録員は奥谷」と告げられた。初戦となった2回戦の松商学園(長野)戦では、甲子園のグラウンド内にいることが「不思議な感覚だった」。それでも「このメンバーでの野球が最後になるかもしれない。この時間を楽しもう」と気持ちを引き締め、いつも通りスコアを記録した。
チームは準々決勝まで進み8強入り。奥谷さんは2回戦に続き、準々決勝でもベンチ入りした。
甲子園で特に心に残っているのは、2、3回戦の勝利後、選手たちのユニホームを手洗いする時間だった。「選手がつかんだ勝利の証に触れているんだと感じた」と、一人ひとりのプレーを思い出した。勝利の裏側にある選手の努力に触れ〝一緒に〟汗を流した。その時間は、何物にも代え難い思い出になったという。
「支える側」という形で大きな夢をかなえた奥谷さん。卒業後は看護師を目指して大学へ進学する。
📝元ホークス川越透さん監督に 県立氷上高野球部「応援してもらえるチームに」 実習助手で授業にも携わる
https://news.yahoo.co.jp/articles/718033a32445634ee749ded50f3b759f261c0116?page=1
元プロ野球・福岡ダイエーホークスの捕手、川越透さん(59)が兵庫県丹波市の氷上高校野球部の監督に就任し、今夏から指揮を執っている。3年生が引退した同部は、1、2年生合わせて14人と少人数。自身の豊富な知識と経験を伝えつつ、川越監督は「この子たちは真っ白なキャンバス」と表現し、型にはめずに個性を伸ばすアドバイスを送り、それぞれの成長を促している。実習助手の肩書で授業の準備を手伝い、生徒と共に学校生活を送っており、「この子たちが氷上高校野球部の新しい歴史をつくる。今まで以上に地域から応援してもらえるようなチームになっていければ」と期待を寄せている。
神戸市出身で、兵庫商業高校(現・神港橘高校)の卒業生。高校通算25本塁打を誇る。同校卒業後、大阪ガスや軟式野球チームを経て、1987年、南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の入団テストに合格。王貞治監督らのもとで現役時代を過ごし、2001年の35歳まで選手を続けた。引退後はホークスの2軍バッテリーコーチ、大阪経済大学のコーチ、女子プロ野球チーム「兵庫スイングスマイリーズ」の監督を務めた。
丹波市との縁はなく、「豊岡市に遊びに行く時に通ったくらい。氷上高校は女子バレー部の印象が強い」と話す。今春、指導者の人材を探していた旧知の原智徳部長(49)からメールがあり、「相談に乗ってほしいというつもりだったみたいだけれど、僕は『(氷上高校に)来てほしい』という意味だと受け取った」と笑う。
当時、京都市内の一般企業に勤めていたが、原点と振り返る高校野球に携わりたい思いは強く、とんとん拍子で4月から実習助手としての採用が決まった。主に介護福祉を学ぶ授業の準備に関わり、「自分も授業を受けているよう」とほほ笑む。
同部の練習を見て、部員の素直さに感心している。「レベルは低くない」と言うように、7月の夏の甲子園県予選では、同部は初戦敗退したものの0―1の惜敗を演じた。
1点を奪う野球を標榜する。80―90年代に黄金期を迎えた西武ライオンズの野球を例に挙げ、「ノーヒットでも1点を奪う野球ができた。何より選手が勝負どころを知っていた。この感性を生徒に植え付けたい。これはプロ選手だからできることではなく、高校生にだってできるはず。状況を理解することが大事」と語る。
副主将を務める中島鉄宰さん(1年)は「無料で教えてもらえるなんてもったいない」と笑い、同じく副主将の前田英汰さん(同)は「細かく教えていただけるし、いろんな選手に声をかけてくれる」と話す。
川越監督は「目標はあくまで甲子園出場。目標が低いと、成長が止まってしまう」と語る。「まずは県内公立高校に追いつきたい。社、明石商業、市立尼崎に肩を並べられたら、私学と戦えるチームになる」と闘志を燃やしている。
「王監督から勝利への執着学んだ」
練習試合で選手に指示を出す川越監督=兵庫県丹波市柏原町東奥で
元福岡ダイエーホークスの捕手だった川越透監督に、選手時代を振り返ってもらった。社会人野球チームの大阪ガスを退職後、南海ホークスの入団テストを受けた。120人が受け、運よく私だけ受かった。内定をもらった後、球団事務所に行って、その場で契約書にサインした。ドラフト外入団だ。だから、私がその年の入団第1号。翌年、ホークスは福岡に移転した。
ホークスは1995年シーズンから王貞治監督が就任したもののチームは弱く、ファンに生卵を投げつけられる事件があった。日生球場での試合後、ファンが暴動を起こし、バスは殴られる、機動隊は来るという、ひどい状態だった。最終戦は発煙筒も投げられた。でも、ファンが怒るのは一生懸命、応援してくれているからだ。
ホークスにはトレードで、西武ライオンズから秋山幸二選手、工藤公康投手がやって来た。二人の背中を見て練習をやった。秋山さんはキャンプ中、練習場から帰らない。そうなると若手は帰れない。そうやって練習を重ね、強くなっていった。
工藤さんは当初、自分よりも早く練習を終える若手を見て、「こいつらは俺を抜く気はないのか」とつぶやいていた。そこからチームが変わった。
王監督は紳士だが、ユニホームを着ている時は闘将だ。ある時、チームに負けが込み、ミーティングがあった。王監督は最初、冷静に話し始めたが、急に顔つきが変わり、「俺は勝ちたいんだ。君たちはプロだろう。こんな試合をして恥ずかしくないのか」とすごんだ。勝たなければ意味がない。勝つことの執着を教えてもらった。
一番印象に残っている対戦は、オリックスブルーウェーブのイチロー選手との対戦だ。なぜならマウンドの工藤さんに頭をはたかれたからだ(笑)。
当時、工藤さんはイチロー選手には分が悪く、どう攻めるか判断を迫られた。自分はイチロー選手とはファーム(2軍)で何度も対戦していたから、追い込んでから内角のスライダーを決め球にし、空振りを取る作戦にした。
思い通りに追い込み、内角のスライダーのサインを出したものの、無意識のうちに外角にミットを構えてしまった。幸い三振に打ち取れたが、工藤さんにマウンドに呼ばれ、「お前、逆だろう」と頭をはたかれた(笑)。
1999年の日本シリーズに出場させてもらったことも強烈に覚えている。あの雰囲気は言葉では言い表せられない。自分に視線が集中した。テスト入団で入った自分が、日本シリーズの打席に立てていることが不思議だった。本当に恵まれていると思った。
👣健大高崎の小原快晴 9回代打で登場も好機広げられず最後の打者に「ふがいないです」
https://news.yahoo.co.jp/articles/9fcb8d94af397e065975867978fa49f2d7e8e677
健大高崎の9回最後の打者となった小原快晴捕手(3年)は代打で出ての空振り三振に「しっかりつないでこいと言われていました。ふがいないですね」と肩を落とした。
1点を追う9回2死一塁の場面で代打として送り出された。最後は変化球にバットが当たらず。大岩がスタメンマスクを被っているため、チームではブルペンで投手の球を受ける役割を担っており「裏方として投手に自信をつけさせて肩をつくって送り出すのが自分の役割。最後まで全うできた」とうなずいた。
試合ではバッテリーミスで失点し、逆転を許した。サイン違いのボールを大岩が後逸する投手の暴投で決勝点が入った形となったが、普段のバッテリーミーティングでも中心的な役割をこなしていたライバルについて「最後、大岩がとれなくて逆転されましたけど、大岩がやってしまったなら仕方ないと割り切っています」とねぎらった。
代打で立った甲子園決勝の舞台については「あの場面で1本打てなかったのが自分の弱さ。これ以上の場面は今後ないと思いますが、今日のこの経験をいかしてこれからも生活していきたい」と決意を込めた。
最終日決勝戦 智弁和歌山(和歌山)-高崎健康福祉大高崎(群馬) 10:02~12:06
一二三四五六七八九十計HE
健大高崎000010020 382
和 智 弁02000002X 491
智弁和歌山は5年ぶり4度目の優勝🏆
⚾今日の和歌山大会試合結果(3日目 2・3回戦)
マツゲン有田球場・・・・県和歌山7xー6串本古座・近大新宮6-1耐 久
サンナンタンランド球場・熊 野8-2南 部・市和歌山5-2高 野 山
⚾明日の和歌山大会組み合わせ(4日目 2・3回戦)
紀三井寺球場
10:00~ 神 島 -紀 北 工
12:30~ 和歌 山工- 粉 河
サンナンタンランド球場
☆ 10:00~ 田 辺 - 海 南
☆☆ 12:30~ 日 高 - 星 林
📝健大高崎のペースだった決勝、ポイントは八回裏の攻撃 高嶋仁の目
https://news.yahoo.co.jp/articles/82b2da79f149f80864a83d0e312efedffc76450f
(22日、全国高校野球選手権大会決勝 智弁和歌山4―3健大高崎)
どっちに転ぶかわからない決勝でした。両チームとも立派な戦いでした。智弁和歌山打線は序盤からバットが振れていましたが、試合自体はどちらかといえば、接戦を勝ち抜いてきた健大高崎のペースだったと思います。
智弁和歌山は逆転された直後、八回裏の攻撃がポイントでした。山田凜虎選手が死球で出て、楠本龍生選手が低めの球をうまくバットに当てました。これで無死一、二塁にできたことが大きかったです。犠打で走者を進めて、1死二、三塁。ここは私が監督でもスクイズでした。負けている方は、追いつかないといけない。スクイズで同点にして、次の打者で勝負、です。同点にすると、打者も気が楽になりますから。
この夏の智弁和歌山は、和歌山大会から苦しい試合が続きました。甲子園に来てからはそのぶん、のびのびやれていたと思います。特に、初戦の社とのしんどい試合を乗り切ってからは、投打ともに状態が上がってきました。中谷仁監督になってから、夏の甲子園は2度目の優勝です。継投で、うまく勝てていると思います。彼は捕手出身なので、うまく投手を切り替えることができるのだと思います。
大会全体を振り返ると、バントと送球のミスが目立ちました。キャッチボールとバントは高校野球の基本です。打つ、打たないは相手投手との相性もありますからね。
低反発バットになって、バットの芯でとらえる技術がより重要になってきました。投手の球種も増えています。多彩な球種を打とうと思うと、ひっぱり回していたら打てません。やはり、中堅から逆方向をねらうしかない。すると、必然的に本塁打は減ります。バントやヒットエンドランが、より大事になってきます。
🎤智弁和歌山前監督の高嶋仁氏「どっちにころぶかわからない試合でした。両チームとも立派な戦い」
https://news.yahoo.co.jp/articles/56f4460f79b29705c109277c13206d09bcea08a6
智弁和歌山(和歌山)は22日、第108回全国高校野球選手権決勝(甲子園)で健大高崎(群馬)と対戦。終盤8回の逆転劇で5年ぶり4度目となる夏制覇を成し遂げた。夏4度目はPL学園(大阪)に並ぶ歴代5位タイ。春夏通算5度目は、東海大相模(神奈川)、東邦(愛知)に並び7位タイとなった。
前監督の高嶋仁氏(80)は決勝を振り返って「どっちにころぶかわからない試合でした。両チームとも立派な戦いでした。どちらかといえば、接戦を勝ち抜いてきた健大高崎のペースだったと思います。智弁和歌山は八回、大事なところで出た走者を楠本選手がうまくつなぎました。無死一、二塁にできたことが勝因だったと思います」とコメント。
今夏の智弁和歌山の試合を振り返って「和歌山大会から苦しい試合が続きました。甲子園に来てからはその分、伸び伸びやれていたと思います。特に、初戦の社とのしんどい試合を乗り切ってからは、投打ともに状態が上がってきました」と評した。
中谷仁監督に交代してから2度目の夏制覇となり「うまいこといっていると思います。特に投手は継投で勝てています。彼は捕手出身ですから、うまく投手を切り替えることができるのだと思います」と称えた。
✌智弁和歌山・川原一将、一度スクイズ失敗したカーブを膝ついて転がし同点…激闘の中で培った粘り強さで頂点へ
https://news.yahoo.co.jp/articles/014abf20bdcfd08f2d98c5c85a9960f42f40c020?page=1
智弁和歌山は1点を追う八回、川原のスクイズなどで2得点して逆転。救援の久葉が九回を抑えて逃げ切った。健大高崎は八回に石田雄の2ランで一時は逆転したが、リードを守り切れなかった。
「失敗してもいいから自信を持っていけ、もう一度いくぞ」
八回に逆転され、相手が思い描いていたような展開でも、智弁和歌山の中谷監督は「勝機がある」と考えていた。「後攻だから、早く追い付けば」――。紙一重の戦いをくぐり抜けた経験も、1点をもぎ取る執念もチームにはあった。その裏、先頭の4番山田が死球で出塁。楠本は低めの球をすくい上げる巧打でつないだ。代打の主将・松本は初球で犠打を決め、一死二、三塁となった。
7番川原に初球、指揮官はスクイズのサインを出した。しかし、カーブでタイミングを外され、ファウル。打球が相手捕手に当たり、治療のため試合が中断している間、中谷監督は川原に声をかけた。「失敗してもいいから、自信を持っていけ。もう一度いくぞ」
どのタイミングで「もう一度」を出すか。2球目、指揮官は相手バッテリーが警戒を緩めたと感じ取った。3球目、川原は「またカーブ。何が何でも決めるつもりだった」。膝をつきながらうまく球を転がし、同点。そして次打者への暴投で決勝点を手にした。
準々決勝で18安打を放ち、準決勝では横浜(神奈川)のエース織田を攻略したが、和歌山大会でコールド勝ちは1試合しかない。甲子園の初戦は適時打が出ず、3回戦は延長戦にもつれ込む激戦だった。
ナインの多くは、5年前の全国制覇を見て「強打の智弁和歌山」に憧れ、入部した。川原は言う。「スター選手もいないし、打線も力強くない。それでも僕らなりの戦いでここまで来られた」。激闘の中で培った粘り強さで、頂点にたどり着いた。
☝智弁和歌山の元主将が投稿した“退部者がほぼいない理由”に反響「共感します」
https://news.yahoo.co.jp/articles/adf1fe5616adcdba34f14aff55ef7e2c255d73d0
夏の甲子園大会は、智弁和歌山(和歌山)が健大高崎(群馬)との熱戦を制し、歴代6位タイとなる4回目の優勝を飾った。
100人規模の部員数を抱える甲子園常連校が多い中、智弁和歌山は毎年40人前後。全国屈指の練習量をこなすが、ほとんどの部員が3年間完走する。
智弁和歌山で2004年度の主将を務めた森本紘平さんがX(旧ツイッター)に投稿した「智弁和歌山野球部 退部者がほぼいない理由」で、実体験をもとに解説している。
2年春のセンバツでベスト8、同夏の甲子園出場を経験した森本氏は、退部者がほぼ出ない理由に以下を挙げた。
「部内での甲子園の会話の解像度が高いため、夢に手が届く感覚を持てる」
「部員が少なく、全員が同じように練習できるため、疎外感がない」
「理不尽な上下関係がなく、野球だけが厳しい状態であるため余計な心労がない」
「大半の雑用を監督がやるため、頑張らないわけにはいかない」「3年生は全員メンバー入りできるため希望がある」
「常軌を逸する厳しい練習は、すぐにすべらない話になり、笑いに変換できる」
「野球の技術だけではなく、心の強さも見て選手をとっている」
森本氏は「あくまで個人の感想」と断っているが、この投稿に対し、Xでは
「理不尽な上下関係がないのはすごい」
「監督が自ら行動で見せるのは素晴らしい」
「非常に共感します」
「寮母さん親のように親身に接してくれる」
「少数精鋭!」
「モチベ上がりそう」
と共感の声が寄せられた。
🎤智弁和歌山・中谷監督「相手ベンチずっと見て…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/e02cf2ed8466770135a789d07928809e74d74fae
試合後の智弁和歌山・中谷仁監督の主な談話は以下の通り。
◇「後悔ばかりですけど…」
<八回に川原一将が同点のスクイズ>
2球目を打ったときに、「あ、マークしてないな」と。ああいう時はベンチからサインが出ることも多いので、(相手の)ベンチの動きをずっと見てたんですけど、スクイズはマークされてない気がしました。やっぱり強打のイメージがあるので。勝負をかけました。
後攻だったので、追いつきさえすれば勝機はあると想像していたので、とにかく追いつきたかった。去年の代から小技をやってきたことが生きました。
<八回に逆転本塁打を打たれた後の声かけは>
「想定内、想定内。こういう試合をいくつも乗り越えてきたぞ」と。伝令では同点オッケーと言ってたんですけど、想定より1個上でした。健大高崎の石田(雄星)くんは本当に素晴らしい選手で存在感がありました。ホームランはバッテリーのミスかもしれないけど、みんなでカバーし合えました。
<継投のタイミングは>
六、七回を和気(匠太)、八、九回を久葉(亮太)でいこうと思っていましたけど、和気の抑え方が素晴らしかったので(八回も)代えられませんでした。結果論では後悔ばかりですけど、選手がカバーしてくれました。
<山田凜虎捕手の成長は>
和歌山大会から2ランクくらい成長してくれた。やっぱり甲子園はすごいところやなと思います。
<優勝のターニングポイントは>
和歌山大会3回戦の田辺戦と準々決勝の市立和歌山戦は本当に苦しくて、不安と向き合いながらの試合でした。爆発力があるチームですけど出ばなをくじかれて、いつ爆発するんだろうという気配を持ちながらも、苦しい状態で勝ち進めた。守備で我慢してゲームを落としませんでした。
甲子園でも社(兵庫)や敦賀気比(福井)にいいピッチングをされて爆発できませんでしたけど、(敦賀気比戦の)タイブレークで爆発して点が入って、僕の中で「これ次くるな」という予感がありました。横浜(神奈川)もその勢いのまま入って完璧なゲームができたので、「今日は絶対打てない」と(笑い)。
このチームは大きな山を越えるとホッとしてしまうところがある。なのでこういうゲームは想定内でした。いい波がハマってくれたという感じですね。
<5年前の優勝との違いは>
あの時の子たちにもこういう大観衆でやらせてあげたかった。(コロナ禍で)無観客だったので、喜びは変わらないけど、彼らも大観衆の中で同じ思いをさせてやりたかったという感覚が出てきました。
☟決勝は8回にドラマ…閉幕後に高野連が7回制議論に言及「暑さは地方大会の方が過酷で…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/08ff281a3e1a194494cc076b2516208cc666851a
大会閉幕後、大会本部が大会を総括。終盤戦の逆転劇があったことに触れて、7回制導入に関する質問が出た。この質問に対して日本高野連の井本亘事務局長は「全国大会の結果をご覧になった方がどう思われるかというのはあるかと思いますが、地方大会の方が(暑さ対策が)過酷ではある。今回の結果、今後も議論を重ねていった上で、どうしていくかはこれからになります。次に向かって何かを考えていかないといけないと思います」と言及した。
☟決勝は8回にドラマ…閉幕後に高野連が7回制議論に言及「暑さは地方大会の方が過酷で…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/08ff281a3e1a194494cc076b2516208cc666851a
大会閉幕後、大会本部が大会を総括。終盤戦の逆転劇があったことに触れて、7回制導入に関する質問が出た。この質問に対して日本高野連の井本亘事務局長は「全国大会の結果をご覧になった方がどう思われるかというのはあるかと思いますが、地方大会の方が(暑さ対策が)過酷ではある。今回の結果、今後も議論を重ねていった上で、どうしていくかはこれからになります。次に向かって何かを考えていかないといけないと思います」と言及した。
✌甲子園ベンチ「不思議な感覚」 三重・奥谷さん、スコア記録などでチーム貢献
https://news.yahoo.co.jp/articles/c064e42387eff5424fbf9105f9c495b10ed4dcd7
このメンバーとは最後「この時間楽しみたい」
マネジャーにとっても夢の舞台だった──。ベスト8という成績で全国高校野球選手権を終えた、三重県代表の三重高校野球部(沖田展男監督)。ベンチにはナインとともに喜び、涙を流したマネジャーの姿があった。2回戦と準々決勝でベンチ入りし、スコアラーを務めた3年の奥谷莉帆さん(津市)だ。「甲子園で過ごした時間はかけがえのない、一生忘れられない日々になりました」と話す奥谷さんが、〝夢の舞台〟を振り返った。
小学校時代にソフトボールを、中学校時代には軟式野球に打ち込み、外野手としてプレーした。選手生活を終えた後、「今度は支える側に」と考え、新たに「マネジャーとして甲子園でスコアを書きたい」という夢を描き、甲子園出場経験豊富な三重高に入学した。
入学直後、すぐに入部。「選手が一番野球をやりやすい環境をつくる」ことを第一に、飲み物の準備や寮生活を送る選手の背番号の縫い付けなど、気付いたことは何でもやった。目立つ仕事でなくても、選手たちの戦いを陰から支える役割に「責任と誇り」を持って取り組んだ。
選手経験を生かし、1年時から練習試合でスコアを記録。2年時の秋季からは公式戦でもスコアラーを務めた。スコアは試合後にチームで共有し、ミーティングで活用した。結果をただ記録するだけではなく、選手のプレーを把握して伝えるなど、チームの強化にもつなげた。
今夏の県大会決勝戦後、沖田監督から「甲子園初戦の記録員は奥谷」と告げられた。初戦となった2回戦の松商学園(長野)戦では、甲子園のグラウンド内にいることが「不思議な感覚だった」。それでも「このメンバーでの野球が最後になるかもしれない。この時間を楽しもう」と気持ちを引き締め、いつも通りスコアを記録した。
チームは準々決勝まで進み8強入り。奥谷さんは2回戦に続き、準々決勝でもベンチ入りした。
甲子園で特に心に残っているのは、2、3回戦の勝利後、選手たちのユニホームを手洗いする時間だった。「選手がつかんだ勝利の証に触れているんだと感じた」と、一人ひとりのプレーを思い出した。勝利の裏側にある選手の努力に触れ〝一緒に〟汗を流した。その時間は、何物にも代え難い思い出になったという。
「支える側」という形で大きな夢をかなえた奥谷さん。卒業後は看護師を目指して大学へ進学する。
📝元ホークス川越透さん監督に 県立氷上高野球部「応援してもらえるチームに」 実習助手で授業にも携わる
https://news.yahoo.co.jp/articles/718033a32445634ee749ded50f3b759f261c0116?page=1
元プロ野球・福岡ダイエーホークスの捕手、川越透さん(59)が兵庫県丹波市の氷上高校野球部の監督に就任し、今夏から指揮を執っている。3年生が引退した同部は、1、2年生合わせて14人と少人数。自身の豊富な知識と経験を伝えつつ、川越監督は「この子たちは真っ白なキャンバス」と表現し、型にはめずに個性を伸ばすアドバイスを送り、それぞれの成長を促している。実習助手の肩書で授業の準備を手伝い、生徒と共に学校生活を送っており、「この子たちが氷上高校野球部の新しい歴史をつくる。今まで以上に地域から応援してもらえるようなチームになっていければ」と期待を寄せている。
神戸市出身で、兵庫商業高校(現・神港橘高校)の卒業生。高校通算25本塁打を誇る。同校卒業後、大阪ガスや軟式野球チームを経て、1987年、南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の入団テストに合格。王貞治監督らのもとで現役時代を過ごし、2001年の35歳まで選手を続けた。引退後はホークスの2軍バッテリーコーチ、大阪経済大学のコーチ、女子プロ野球チーム「兵庫スイングスマイリーズ」の監督を務めた。
丹波市との縁はなく、「豊岡市に遊びに行く時に通ったくらい。氷上高校は女子バレー部の印象が強い」と話す。今春、指導者の人材を探していた旧知の原智徳部長(49)からメールがあり、「相談に乗ってほしいというつもりだったみたいだけれど、僕は『(氷上高校に)来てほしい』という意味だと受け取った」と笑う。
当時、京都市内の一般企業に勤めていたが、原点と振り返る高校野球に携わりたい思いは強く、とんとん拍子で4月から実習助手としての採用が決まった。主に介護福祉を学ぶ授業の準備に関わり、「自分も授業を受けているよう」とほほ笑む。
同部の練習を見て、部員の素直さに感心している。「レベルは低くない」と言うように、7月の夏の甲子園県予選では、同部は初戦敗退したものの0―1の惜敗を演じた。
1点を奪う野球を標榜する。80―90年代に黄金期を迎えた西武ライオンズの野球を例に挙げ、「ノーヒットでも1点を奪う野球ができた。何より選手が勝負どころを知っていた。この感性を生徒に植え付けたい。これはプロ選手だからできることではなく、高校生にだってできるはず。状況を理解することが大事」と語る。
副主将を務める中島鉄宰さん(1年)は「無料で教えてもらえるなんてもったいない」と笑い、同じく副主将の前田英汰さん(同)は「細かく教えていただけるし、いろんな選手に声をかけてくれる」と話す。
川越監督は「目標はあくまで甲子園出場。目標が低いと、成長が止まってしまう」と語る。「まずは県内公立高校に追いつきたい。社、明石商業、市立尼崎に肩を並べられたら、私学と戦えるチームになる」と闘志を燃やしている。
「王監督から勝利への執着学んだ」
練習試合で選手に指示を出す川越監督=兵庫県丹波市柏原町東奥で
元福岡ダイエーホークスの捕手だった川越透監督に、選手時代を振り返ってもらった。社会人野球チームの大阪ガスを退職後、南海ホークスの入団テストを受けた。120人が受け、運よく私だけ受かった。内定をもらった後、球団事務所に行って、その場で契約書にサインした。ドラフト外入団だ。だから、私がその年の入団第1号。翌年、ホークスは福岡に移転した。
ホークスは1995年シーズンから王貞治監督が就任したもののチームは弱く、ファンに生卵を投げつけられる事件があった。日生球場での試合後、ファンが暴動を起こし、バスは殴られる、機動隊は来るという、ひどい状態だった。最終戦は発煙筒も投げられた。でも、ファンが怒るのは一生懸命、応援してくれているからだ。
ホークスにはトレードで、西武ライオンズから秋山幸二選手、工藤公康投手がやって来た。二人の背中を見て練習をやった。秋山さんはキャンプ中、練習場から帰らない。そうなると若手は帰れない。そうやって練習を重ね、強くなっていった。
工藤さんは当初、自分よりも早く練習を終える若手を見て、「こいつらは俺を抜く気はないのか」とつぶやいていた。そこからチームが変わった。
王監督は紳士だが、ユニホームを着ている時は闘将だ。ある時、チームに負けが込み、ミーティングがあった。王監督は最初、冷静に話し始めたが、急に顔つきが変わり、「俺は勝ちたいんだ。君たちはプロだろう。こんな試合をして恥ずかしくないのか」とすごんだ。勝たなければ意味がない。勝つことの執着を教えてもらった。
一番印象に残っている対戦は、オリックスブルーウェーブのイチロー選手との対戦だ。なぜならマウンドの工藤さんに頭をはたかれたからだ(笑)。
当時、工藤さんはイチロー選手には分が悪く、どう攻めるか判断を迫られた。自分はイチロー選手とはファーム(2軍)で何度も対戦していたから、追い込んでから内角のスライダーを決め球にし、空振りを取る作戦にした。
思い通りに追い込み、内角のスライダーのサインを出したものの、無意識のうちに外角にミットを構えてしまった。幸い三振に打ち取れたが、工藤さんにマウンドに呼ばれ、「お前、逆だろう」と頭をはたかれた(笑)。
1999年の日本シリーズに出場させてもらったことも強烈に覚えている。あの雰囲気は言葉では言い表せられない。自分に視線が集中した。テスト入団で入った自分が、日本シリーズの打席に立てていることが不思議だった。本当に恵まれていると思った。
👣健大高崎の小原快晴 9回代打で登場も好機広げられず最後の打者に「ふがいないです」
https://news.yahoo.co.jp/articles/9fcb8d94af397e065975867978fa49f2d7e8e677
健大高崎の9回最後の打者となった小原快晴捕手(3年)は代打で出ての空振り三振に「しっかりつないでこいと言われていました。ふがいないですね」と肩を落とした。
1点を追う9回2死一塁の場面で代打として送り出された。最後は変化球にバットが当たらず。大岩がスタメンマスクを被っているため、チームではブルペンで投手の球を受ける役割を担っており「裏方として投手に自信をつけさせて肩をつくって送り出すのが自分の役割。最後まで全うできた」とうなずいた。
試合ではバッテリーミスで失点し、逆転を許した。サイン違いのボールを大岩が後逸する投手の暴投で決勝点が入った形となったが、普段のバッテリーミーティングでも中心的な役割をこなしていたライバルについて「最後、大岩がとれなくて逆転されましたけど、大岩がやってしまったなら仕方ないと割り切っています」とねぎらった。
代打で立った甲子園決勝の舞台については「あの場面で1本打てなかったのが自分の弱さ。これ以上の場面は今後ないと思いますが、今日のこの経験をいかしてこれからも生活していきたい」と決意を込めた。
⚾明日の熱闘甲子園組み合わせ(最終日 決勝戦)
☆ 10:00~ 智弁和歌山-健大 高崎
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(3日目 2・3回戦)
マツゲン有田球場
09:00~ 串本 古座-県和 歌山
11:30~ 近大 新宮- 耐 久
サンナンタンランド球場
10:00~ 熊 野 - 南 部
☆ 12:30~ 市和 歌山-高 野 山
📝令和8年度秋季近畿地区高等学校野球大会奈良県予選 組み合わせ抽選表
http://www1.kcn.ne.jp/~nhsbbf/and/2026aki-kumiawse.pdf
9/27 さとやくスタジアムで8時30分から4試合組まれているのが嬉しいですね!
🔥明石へ続くゼロ行進 軟式高校野球の天理、無失点で4年連続全国出場
https://news.yahoo.co.jp/articles/1a8d5c672d186b889065f1ffcd3ba475b0b63993
8月24日から兵庫県の明石トーカロ球場などで開かれる第71回全国高校軟式野球選手権に天理(奈良)が近畿地区代表として出場する。4年連続20回目の代表をつかんだ今夏は、奈良大会初戦から近畿大会決勝まで4試合37回連続無失点。中心となったエースの金子琉奏主将(3年)は、ゼロ行進を「全国の決勝まで続ける」と意気込む。
5日に京都府宇治市の太陽が丘球場であった近畿大会決勝。1―0で迎えた延長タイブレークの十回裏、2死二、三塁で金子は打者を一ゴロに打ち取った。全速で一塁カバーに走り、ベースを踏んで完封を決め、そのまま歓喜の輪へ走っていった。
校歌を歌おうと並んだ途端、ひざから地面に崩れ落ちた。「ほっとして気が抜けた」。142球、全力を使い切った。天理市出身。小学4年で野球を始めたときから内野手で、昨夏の全国大会も背番号「6」でベンチに入った。送球の安定感を買われ、新チームでは投手陣に加わった。打撃も力があり、打順は2番で指名打者(DH)。先発投手が降板後もDHで出場を続けられるいわゆる「大谷ルール」をフル活用した。
近畿大会では制球力をいかしてテンポ良く投げ込み、2試合13回で被安打は単打4本。四死球はひとつだけだった。
「守備からリズムを作って攻撃につなげる野球を全国でもやりぬきたい」と金子。目指すは10年ぶりの全国制覇だ。
📝横浜156キロ腕・織田翔希の異変「いける!」「バントのサインはなし」「お前はいい所で打てる」“元ドラ1監督”と智弁和歌山打線が語る攻略の真相
https://news.yahoo.co.jp/articles/5632065048da2515ceac0298697b6dc0cc72fa45?page=1
選手に道筋を示し、あとは信じてじっと待つ。その指揮官の思いに、選手たちは結果で応えた。智弁和歌山が下馬評を覆し、優勝候補の筆頭に挙げられていた横浜に7-1で完勝した。
智弁和歌山の勝因は、世代ナンバーワンとも評される横浜・織田翔希投手の攻略にある。
「いける!」試合直後から感じていた異変
今大会で最速となる156キロを何度もマークした右腕に対しても、臆することはなかった。1点を追う3回に3連打で同点に追いつくと、なおも無死二、三塁で5番・楠本龍生選手がライトへ勝ち越し3ランを放った。カウント2ボールからの3球目。152キロの速球を捉えると、打った瞬間に本塁打を確信してバットを静かに置き、ゆっくりと一塁へ走り出した。
「2ボールだったのでストレート一本に張っていました。覚悟ができた打席だったと思います」
続く打者は凡退したが、7番・川原一将選手がショート強襲の安打を放つ。智弁和歌山は織田に対して打者16人で8本の安打を浴びせ、2回1/3でノックアウトした。智弁和歌山は試合開始直後から、織田攻略の手応えを得ていた。同時に〈異変〉も感じていた。
初回は2死から、3番・井本陽太選手と4番・山田凜虎選手が連打。結果的に無得点に終わったが、ベンチからは「いける!」と声が上がっていた。
ストレートが一番難しいのに比率が
中谷仁監督の心の中も、選手たちと同じだった。
「織田投手を打ち崩せると信じて練習してきたので、周りの方々よりも僕らはいけると思っていました」
織田から得点を奪えるという自信には根拠があった。智弁和歌山は試合前日、打撃マシンの球速を170キロに設定して練習した。150キロを超える織田の速球を想定し、スピードに目を慣らした。そして、これまで磨いてきたスイングの速さと強さで、織田の速球を打ち返すイメージを膨らませた。初回に織田が投じた球数は25球で、変化球は半分以上の13球を占めた。12球の速球のうち、智弁和歌山の打者が空振りしたのは1球しかなかった。各打者はバットに当てにいくわけではなく、力強くスイングしながら、織田の速球に1巡目から反応できていた。
智弁和歌山OBでかつて阪神にドラフト1位指名され、巨人と楽天にも在籍した経歴を持つ中谷監督はこう語る。
「織田投手はストレートが一番打つのが難しい球なのに比率が低く、もしかしたらコンディションが良くないのかなと気になりました。チームとしてストレートへの準備をしてきましたが、変化球が多かったので、高めの変化球はどんどん狙っていくぞと選手たちに伝えました」
ほとんどバントをさせずに戦ってきた
智弁和歌山打線は早いカウントからスイングし、織田の投球にタイミングを合わせていく。その積極性は、横浜バッテリーにプレッシャーをかける効果もあった。
織田の速球は本来の伸びや球威に欠け、バッテリーは変化球主体で組み立ててくる。中谷監督は傾向と方向性をチーム全体で共有し、あとは選手たちに任せた。その信頼感が表れたのが、3回の攻撃だった。1点リードを許している無死一塁の場面で、3番・井本にバントのサインを出さなかった。さらに、井本の安打で一、二塁とチャンスを広げた状況でも、4番・山田のバットにすべてを託した。中谷監督は試合後、こう話した。
「打順など色んな兼ね合いで迷う場面ではありました。ただ、バントで送ってアウトを相手に与えるのではなく、とにかく攻めの気持ちで向かっていきました。この1年間、2、3、4番には、ほとんどバントをさせずに戦ってきました。いつも通りの攻め方で得点してくれると信じていました。追い込まれる前にどんどん勝負していくと、選手たちが腹を決めてやってくれた結果です」
お前はいいところで打てるから
この試合前まで3試合で計11打数2安打、0打点と当たりが出ていなかった山田に対しても、指揮官の信頼は揺らがなかった。その気持ちに、山田は同点に追いつく二塁打で応えた。
「監督から『お前はいい所で打てるから』とずっと声をかけてもらい、『思い切っていってこい』と送り出してもらいました。監督が信じてくれているので、自分が結果を出すだけだと思っていました」
3点を追加した7回の攻撃でも、中谷監督は無死一、二塁で山田にバントのサインは出さなかった。山田は三振に倒れたが、続く楠本がタイムリーを放ち、貴重な追加点を奪った。この日は、3ランを含む4打点の活躍。今大会はセカンドの守備で注目されている楠本だが、中谷監督は「守備を取り上げてもらっていますが、楠本はバットがいい選手。ここ一番で打ってくれると信じていました」と称えた。
サインを出すことだけが采配ではない
サインを出すことだけが采配ではない。時には動かず、選手に任せることも指揮官の役割と言える。それが結果的に、選手の力を最大限に引き出す方法にもなる。準備を整え、勝利の道筋を示した中谷監督。その期待に応えた智弁和歌山の選手たち。互いの信頼関係が、世代ナンバーワン投手の攻略につながった。
📝智弁和歌山高が5年ぶりの甲子園決勝進出を果たした理由
https://news.yahoo.co.jp/articles/7a059c3b384607541dbf5508d0f6c3fd0c0ee003?page=1
「本当の優しさとは、裏を返せば、厳しさ」
智弁和歌山高が5年ぶりの決勝進出を決めた。優勝候補・横浜高との準決勝を7対1で勝利。昨春のセンバツ決勝では4対11と敗退した相手に、雪辱を果たしたのだった。なぜ、智弁和歌山高は高い壁を乗り越えることができたのか。新チームとなった昨秋は和歌山県大会準々決勝(対近大新宮高)で敗退。長い冬を経て這い上がってきたが、夏へ向けたターニングポイントとなる日があった。
4月21日。1年生は智弁和歌山の生徒としての基礎を学ぶ1泊2日の錬成会(辯天宗の大阪本部がある大阪府茨木市内で実施)のため、不在だった。「指導」とは、タイミングがすべて。2018年秋から母校を指揮する中谷仁監督は「ここしかない」と判断した。
指揮官として8回目の夏を控え、2、3年生に向けてカツを入れたのである。当たり前のことが、当たり前にできていない。中谷監督が強く指摘したのは、人としての基本であるあいさつ。いつもお世話になっている寮の方への礼儀が欠けていたという。主将・松本虎太郎(3年)が代表して注意を受けた。一塁側ベンチで約30分の全体ミーティングを終えると、ウォーミングアップに入ったが、主将・松本はそのまま残った。中谷監督はさらに30分、チームリーダーとしてあるべき姿を諭した。しかし、問題はそこだけではなかった。
中谷監督は、主将・松本の行動に対して、周りの3年生が見過ごしているのが許せなかったのだ。原田夏希コーチが補足した。「本当の優しさとは、裏を返せば、厳しさ」。寝食をともにする仲。言いにくいことでも、指摘し合える関係性でなければ、それは上っ面の付き合いに過ぎない。チームとして「日本一」を目指すには、程遠い集団だった。中谷監督の指導に、松本は大粒の涙を流した。自身の不甲斐なさから出た、素直な感情であったのだ。
「自分が変わる。本当に変わらないといけないのを教えてくれた。夏までにもう、時間がないよ、と。真摯に受け止めてやるしかない」
部員40人が結束
チームメートも反応した。右腕エース・和気匠太(3年)は明かす。
「キャプテンの松本もいろいろ悩んでいる部分もある中で、それを自分たちが、ちょっと後ろから見ていたというところがあった。それではチームは強くならないので、彼には思うことがあればちゃんと言わなきゃいけないところはあるだろうし、彼のできないことは自分たちで補っていくっていうのがチームだと思う。監督は虎太郎に怒っていたんですけど、自分たちに向けて言っていたこと。そこが本質であったと思っています」
不動の正捕手・山田凜虎(3年)は言う。
「指導者からグラウンド以外のことを指摘されているうちは、野球のチームとしては良くない状態です。高校生として授業をしっかり受け、安定した寮生活を送れてこそ、それが野球につながっていく。あらためて気づかされる日でした」
主将・松本はこの日、すぐに動いた。練習後、智翔寮に戻り、就寝前の点呼で呼びかけた。学校法人智弁学園・藤田清司理事長が学校行事のあるたびに発信し、野球部としても大切にしている「チーム勝利の五カ条」を思い返した。全体練習前の合掌の際に、部員全員で唱和するという取り組みを始めた。また、野球部として大事にしている5つの方針も確認するようにした。翌日から早速、取り入れている。
「しゃべることによって、皆がその目標に対して一点集中できる」
・高い目標を持つ事
・コツコツ努力する
・団結力
・感謝の心を持つ事
・あきらめない
原点回帰。4月21日を経て、チームは明らかに変わった。翌22日の夕方には錬成会を終えた1年生がチームに戻ってきた。先輩が模範となり、後輩をけん引する。紆余曲折を経て、伝統はつながれた。部員40人が一つになり「日本一」という目標に向かってまい進してきた。
塩健一郎部長は言う。「3年生は毎年、人生をかけて最後の夏を戦うんです。中谷も言っていると思うんですけど、僕らも同じ熱量で向き合っていきたい」
中谷監督、塩部長、原田コーチが愛情を持って、生徒と接してきた。夏までの日々を大事に過ごし、5年ぶり4度目の全国制覇まであと1勝となった。チームが生まれ変わった4月22日からちょうど4カ月。進むべき方向性は明確である。智弁和歌山高は8月22日、健大高崎高との決勝で2026年夏の集大成を迎える。
📝甲子園決勝、智弁和歌山の困惑する事実が話題「はぁ!?ってなった」 直近2戦以外は「特に…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/f7f7dc2f8c94de9886273ce6329d3d42a33d18d8
智弁和歌山の戦いぶりが話題
第108回全国高校野球選手権は22日、智弁和歌山(和歌山)と健大高崎(群馬)が決勝戦を行う。智弁和歌山は準々決勝で仙台育英(宮城)に11-3と大勝。準決勝では優勝候補筆頭だった横浜(神奈川)に7-1で完勝し突破してきたが、ここまでの道のりには思わぬ展開もあった。
2回戦から登場した智弁和歌山は、好投手・岩井秀耶(3年)を擁する社(兵庫)を接戦の末撃破すると、続く3回戦では敦賀気比(福井)とのタイブレークの熱戦を制した。準々決勝、準決勝はともに完勝で、勝ち進むにつれて調子が上がっている。
しかし、和歌山県大会では苦戦が続いていた。3回戦では田辺相手に1点リードを許し終盤へ。7回に追いつき、9回に山下晃平(3年)の一発で勝ち越した。準々決勝の市和歌山戦は7回まで0-0の投手戦。8回に勝ち越して逃げ切った。決勝の耐久戦も8回に同点に追いつかれながらも、その裏しぶとく勝ち越し、聖地への切符をつかんでいた。
準々決勝、準決勝以外の智弁和歌山の戦いぶりはX上の高校野球ファンの間で話題に。
「和歌山大会が魔境すぎる」
「和歌山県は50年前から野球王国だから」
「特に田辺戦はやばかった」
「ホントにこれ思う…」
「これを知っているから、仙台育英をボコしたって聞いて『はぁ!?』ってなった」
などと、困惑する声も多く上がっていた。決勝は22日午前10時にプレーボールとなる。
🎤高知・明徳義塾の老将「高校野球が面白くなくなってきておる」過熱するスカウティングと変わる視点
https://news.yahoo.co.jp/articles/1213718da42b483aa3dab55ebe6d2983ca28c148?page=1
過熱するスカウティングに警鐘
今夏の甲子園の開幕前、報道陣の取材に応じた馬淵監督。古希を迎えた老将は、舌鋒鋭く令和の高校野球を斬った
高知・明徳義塾の監督である馬淵史郎(70)が試合後に発する言葉はいつも、僧侶の説法のようだ。
とりわけ甲子園を去る時は「敗軍の将、兵を語らず」ではなくむしろ兵を語り尽くし、勝敗の分岐点を解説して厳しくも温かい視線を球児に送る。そして「帰って練習します」の言葉を残し、可能な限りその日のうちに高知に戻ってゆく。この夏、初戦の日南学園(宮崎)に9回サヨナラで敗れた老将はいつもよりさらに雄弁だった。
「悔しいけどね……このチームは(甲子園は)無理かなと思って、諦(あきら)めかけた時期もあったんですよ。150km/hを投げるピッチャーもいなければ、長打力もない。それでもバントを絡めて、″ザ・高校野球″をやれば甲子園までは来られるということを証明できたと思いますけどね」
明徳義塾はカツオ漁の盛んな須崎市の谷あいに位置し、選手は脱走もままならない土地で寄宿生活を送る。携帯電話は今もって禁止であり、「明徳野球道場」の看板が掲げられたグラウンドを訪れれば昭和にタイムスリップしたかのよう。馬淵自身、昭和62(’87)年より明徳でコーチを務め、平成に入ってすぐに監督に就任。’02年夏には全国制覇を達し、甲子園通算勝利数は歴代4位の55勝だ。
三つの元号を駆け抜けてきた名伯楽を筆者は一度、怒らせたことがある。’19年春のこと。当時、付属中の有望選手がそのまま高校に進学せず、他府県の強豪校に進学することが相次いだ。人里離れた地で、団体生活と野球漬けの日々を送ることを現代の球児は敬遠するのではないか——つまり、馬淵の野球は時代錯誤ではないかと問うたのだ。すると怒気混じりに「そうは思わん」と否定し、プロ野球選手の輩出実績を強調しながら、過熱する高校野球のスカウティング(選手勧誘)に警鐘を鳴らした。
「素材の良い選手を集めたところが甲子園で勝つ。高校野球が面白くなくなってきておる」
馬淵の言葉は、現在の高校野球を予見していたかのようだ。3年前の夏、筆者は中学硬式野球で日本一の呼び声が高かった東海中央ボーイズを訪ねた。主力の小野舜友と江坂佳史は横浜(神奈川)に進学して下級生ながら昨春のセンバツ日本一に貢献し、智辯和歌山に進んだ捕手の山田凜虎(りとら)もそのセンバツで決勝を争い、世代を代表する選手に成長している。つまり、有望中学生の進学先が数年後の勢力図を占い、スカウティングの勝者が甲子園を制するのが令和の高校野球だ。再び、日南学園戦後の馬淵の説法である。
「このままでは高校野球が衰退する。身体が小さくても、足が遅くても、キャッチボールから丁寧に教えて頭を使えば高校野球まではできるということを常に言っているんです。入学してくれた選手でなんとかするのが監督の役目。ただ、わしももう70や。(110回の記念大会である)2年後には引退します」
そんな捨て台詞を吐いた馬淵だが、15年程前には60歳、10年前には65歳での引退を公言していた。老将は死なず、今後も肌は真っ黒に日焼けしたままだろう。
4人部屋より2人部屋
昭和の時代には当たり前だった「練習中の水分摂取禁止」や「ウサギ跳び」も非常識となって久しく、投げ込みによる地肩作りや徹底した走り込みによる下半身強化に疑問を抱く野球人も多い。
だが、そうした根性論に拠った指導者はいまだ存在する。たとえば横浜の監督である村田浩明(40)は春季神奈川大会準決勝・桐光学園戦でエースの織田翔希を186球で完投するまで降板させなかった。8対6という僅差とはいえ、200球に迫る球数を投げさせるのは酷使ではないか。それでも横浜高校というブランドに惹かれる球児は跡を絶たず、全国の有望選手が同校の門を叩く。
令和の時代の中学生は、甲子園への行きやすさだけでなく、自分が一番成長できる環境であるかどうかで、進学先を選択する。グラウンドの広さや室内練習場の有無、トレーニング器具の充実度に加え、寮が何人部屋であるかも重要な要素だ。こうした施設面で中学生に人気なのが、群馬の健大高崎である。
今夏の甲子園、3回戦・佐野日大(栃木)戦に先発したのは1年生の大橋叡刀だった。軟式野球部に属した東京の駿台学園中学時代に30校以上から勧誘があったという、ミライモンスターである。
「ジャパンのメンバーも入学すると聞いていて、レベルの高いなかで成長したいと思っていました。トレーニング設備もそうですが、風呂が広かったことも、寮が2人部屋だったことも大きかった。迷っていた学校は綺麗な寮だけど、4人部屋だったんです……。個別練習が長いところも、自分のなかでは惹かれました」
たしかに健大のグラウンドに足を運ぶと、ブルペンやサブグラウンドを含め選手が敷地内の各所に散らばり、個人練習に励む印象は強い。整頓されたロッカールームに加え、サウナや酸素カプセル、水素カプセルなども完備されている。また、投手の大橋にとって、監督の青栁博文(54)や部長の生方啓介(45)ら指導者が投手陣の球数の管理を徹底している点も決め手となった。
「投げる日、投げない日を指示してくださりつつ、調整は自分たちに任せてもらっています。走り込みも長距離を延々と走るというよりかは、中距離を繰り返すようなランメニューがメインになります」
昨年のドラフトで同校からオリックスに3位入団した佐藤龍月(りゅうが)は、2年夏に左ヒジの故障によりトミー・ジョン手術に踏み切った。生方部長は言う。
「佐藤の経験から、故障予防には気を遣っています。毎週月曜日に週末の試合のローテーションを組み、投手陣はそれに向けて調整をしていく。試合では監督が表を作って球数を管理しています。肩肘の張りがあれば1週間ピッチングを止めたり、あえて投げ込む日や、フォーム固めを徹底する日を作ったりしています」
☟2026年夏の甲子園は「不作」を通り越して“凶作”…プロスカウトが指摘する異変の原因
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391863
「この夏は不作を通り越して『凶作』ですよ」こう言うのはパ・リーグのスカウト。
甲子園のネット裏にはプロ12球団に加えて米メジャー球団のスカウトたちもいる。18日に登場した織田(横浜)のような飛び抜けた実力をもった選手はともかく、今後も追い掛けたいと思う選手があまりにも少ないと、このスカウトはこう続ける。
「原因は低反発バットじゃないですか? 以前はドラフト候補ひとりの力で勝ち上がるチームも珍しくなかった。甲子園に来れば、自分の担当区域外からも面白い選手を発見できました。ところが、低反発バットになって、一発で試合をひっくり返しにくくなった。飛び抜けたスラッガーがひとりいるくらいでは、地区大会で勝ち上がり、甲子園に来るのが難しくなったのです。飛び抜けたエースがひとりいても、味方の援護点が入りにくいわけです。いま、甲子園まで出てくるのは、走塁や小技、守備など組織力があって総合力の高いチームです」
低反発バットが本格導入された2024年夏の甲子園は、本塁打がわずか7本。1974年の金属バット導入以降で最少だった。昨25年も10本と24年に次いで少なく、今年も18日終了時点で6本にとどまっている。高校球界に逸材がいないわけではない。が、聖地にたどり着く以前に力尽きているということだ。
☆ 10:00~ 智弁和歌山-健大 高崎
⚾明日の和歌山大会新人戦組み合わせ(3日目 2・3回戦)
マツゲン有田球場
09:00~ 串本 古座-県和 歌山
11:30~ 近大 新宮- 耐 久
サンナンタンランド球場
10:00~ 熊 野 - 南 部
☆ 12:30~ 市和 歌山-高 野 山
📝令和8年度秋季近畿地区高等学校野球大会奈良県予選 組み合わせ抽選表
http://www1.kcn.ne.jp/~nhsbbf/and/2026aki-kumiawse.pdf
9/27 さとやくスタジアムで8時30分から4試合組まれているのが嬉しいですね!
🔥明石へ続くゼロ行進 軟式高校野球の天理、無失点で4年連続全国出場
https://news.yahoo.co.jp/articles/1a8d5c672d186b889065f1ffcd3ba475b0b63993
8月24日から兵庫県の明石トーカロ球場などで開かれる第71回全国高校軟式野球選手権に天理(奈良)が近畿地区代表として出場する。4年連続20回目の代表をつかんだ今夏は、奈良大会初戦から近畿大会決勝まで4試合37回連続無失点。中心となったエースの金子琉奏主将(3年)は、ゼロ行進を「全国の決勝まで続ける」と意気込む。
5日に京都府宇治市の太陽が丘球場であった近畿大会決勝。1―0で迎えた延長タイブレークの十回裏、2死二、三塁で金子は打者を一ゴロに打ち取った。全速で一塁カバーに走り、ベースを踏んで完封を決め、そのまま歓喜の輪へ走っていった。
校歌を歌おうと並んだ途端、ひざから地面に崩れ落ちた。「ほっとして気が抜けた」。142球、全力を使い切った。天理市出身。小学4年で野球を始めたときから内野手で、昨夏の全国大会も背番号「6」でベンチに入った。送球の安定感を買われ、新チームでは投手陣に加わった。打撃も力があり、打順は2番で指名打者(DH)。先発投手が降板後もDHで出場を続けられるいわゆる「大谷ルール」をフル活用した。
近畿大会では制球力をいかしてテンポ良く投げ込み、2試合13回で被安打は単打4本。四死球はひとつだけだった。
「守備からリズムを作って攻撃につなげる野球を全国でもやりぬきたい」と金子。目指すは10年ぶりの全国制覇だ。
📝横浜156キロ腕・織田翔希の異変「いける!」「バントのサインはなし」「お前はいい所で打てる」“元ドラ1監督”と智弁和歌山打線が語る攻略の真相
https://news.yahoo.co.jp/articles/5632065048da2515ceac0298697b6dc0cc72fa45?page=1
選手に道筋を示し、あとは信じてじっと待つ。その指揮官の思いに、選手たちは結果で応えた。智弁和歌山が下馬評を覆し、優勝候補の筆頭に挙げられていた横浜に7-1で完勝した。
智弁和歌山の勝因は、世代ナンバーワンとも評される横浜・織田翔希投手の攻略にある。
「いける!」試合直後から感じていた異変
今大会で最速となる156キロを何度もマークした右腕に対しても、臆することはなかった。1点を追う3回に3連打で同点に追いつくと、なおも無死二、三塁で5番・楠本龍生選手がライトへ勝ち越し3ランを放った。カウント2ボールからの3球目。152キロの速球を捉えると、打った瞬間に本塁打を確信してバットを静かに置き、ゆっくりと一塁へ走り出した。
「2ボールだったのでストレート一本に張っていました。覚悟ができた打席だったと思います」
続く打者は凡退したが、7番・川原一将選手がショート強襲の安打を放つ。智弁和歌山は織田に対して打者16人で8本の安打を浴びせ、2回1/3でノックアウトした。智弁和歌山は試合開始直後から、織田攻略の手応えを得ていた。同時に〈異変〉も感じていた。
初回は2死から、3番・井本陽太選手と4番・山田凜虎選手が連打。結果的に無得点に終わったが、ベンチからは「いける!」と声が上がっていた。
ストレートが一番難しいのに比率が
中谷仁監督の心の中も、選手たちと同じだった。
「織田投手を打ち崩せると信じて練習してきたので、周りの方々よりも僕らはいけると思っていました」
織田から得点を奪えるという自信には根拠があった。智弁和歌山は試合前日、打撃マシンの球速を170キロに設定して練習した。150キロを超える織田の速球を想定し、スピードに目を慣らした。そして、これまで磨いてきたスイングの速さと強さで、織田の速球を打ち返すイメージを膨らませた。初回に織田が投じた球数は25球で、変化球は半分以上の13球を占めた。12球の速球のうち、智弁和歌山の打者が空振りしたのは1球しかなかった。各打者はバットに当てにいくわけではなく、力強くスイングしながら、織田の速球に1巡目から反応できていた。
智弁和歌山OBでかつて阪神にドラフト1位指名され、巨人と楽天にも在籍した経歴を持つ中谷監督はこう語る。
「織田投手はストレートが一番打つのが難しい球なのに比率が低く、もしかしたらコンディションが良くないのかなと気になりました。チームとしてストレートへの準備をしてきましたが、変化球が多かったので、高めの変化球はどんどん狙っていくぞと選手たちに伝えました」
ほとんどバントをさせずに戦ってきた
智弁和歌山打線は早いカウントからスイングし、織田の投球にタイミングを合わせていく。その積極性は、横浜バッテリーにプレッシャーをかける効果もあった。
織田の速球は本来の伸びや球威に欠け、バッテリーは変化球主体で組み立ててくる。中谷監督は傾向と方向性をチーム全体で共有し、あとは選手たちに任せた。その信頼感が表れたのが、3回の攻撃だった。1点リードを許している無死一塁の場面で、3番・井本にバントのサインを出さなかった。さらに、井本の安打で一、二塁とチャンスを広げた状況でも、4番・山田のバットにすべてを託した。中谷監督は試合後、こう話した。
「打順など色んな兼ね合いで迷う場面ではありました。ただ、バントで送ってアウトを相手に与えるのではなく、とにかく攻めの気持ちで向かっていきました。この1年間、2、3、4番には、ほとんどバントをさせずに戦ってきました。いつも通りの攻め方で得点してくれると信じていました。追い込まれる前にどんどん勝負していくと、選手たちが腹を決めてやってくれた結果です」
お前はいいところで打てるから
この試合前まで3試合で計11打数2安打、0打点と当たりが出ていなかった山田に対しても、指揮官の信頼は揺らがなかった。その気持ちに、山田は同点に追いつく二塁打で応えた。
「監督から『お前はいい所で打てるから』とずっと声をかけてもらい、『思い切っていってこい』と送り出してもらいました。監督が信じてくれているので、自分が結果を出すだけだと思っていました」
3点を追加した7回の攻撃でも、中谷監督は無死一、二塁で山田にバントのサインは出さなかった。山田は三振に倒れたが、続く楠本がタイムリーを放ち、貴重な追加点を奪った。この日は、3ランを含む4打点の活躍。今大会はセカンドの守備で注目されている楠本だが、中谷監督は「守備を取り上げてもらっていますが、楠本はバットがいい選手。ここ一番で打ってくれると信じていました」と称えた。
サインを出すことだけが采配ではない
サインを出すことだけが采配ではない。時には動かず、選手に任せることも指揮官の役割と言える。それが結果的に、選手の力を最大限に引き出す方法にもなる。準備を整え、勝利の道筋を示した中谷監督。その期待に応えた智弁和歌山の選手たち。互いの信頼関係が、世代ナンバーワン投手の攻略につながった。
📝智弁和歌山高が5年ぶりの甲子園決勝進出を果たした理由
https://news.yahoo.co.jp/articles/7a059c3b384607541dbf5508d0f6c3fd0c0ee003?page=1
「本当の優しさとは、裏を返せば、厳しさ」
智弁和歌山高が5年ぶりの決勝進出を決めた。優勝候補・横浜高との準決勝を7対1で勝利。昨春のセンバツ決勝では4対11と敗退した相手に、雪辱を果たしたのだった。なぜ、智弁和歌山高は高い壁を乗り越えることができたのか。新チームとなった昨秋は和歌山県大会準々決勝(対近大新宮高)で敗退。長い冬を経て這い上がってきたが、夏へ向けたターニングポイントとなる日があった。
4月21日。1年生は智弁和歌山の生徒としての基礎を学ぶ1泊2日の錬成会(辯天宗の大阪本部がある大阪府茨木市内で実施)のため、不在だった。「指導」とは、タイミングがすべて。2018年秋から母校を指揮する中谷仁監督は「ここしかない」と判断した。
指揮官として8回目の夏を控え、2、3年生に向けてカツを入れたのである。当たり前のことが、当たり前にできていない。中谷監督が強く指摘したのは、人としての基本であるあいさつ。いつもお世話になっている寮の方への礼儀が欠けていたという。主将・松本虎太郎(3年)が代表して注意を受けた。一塁側ベンチで約30分の全体ミーティングを終えると、ウォーミングアップに入ったが、主将・松本はそのまま残った。中谷監督はさらに30分、チームリーダーとしてあるべき姿を諭した。しかし、問題はそこだけではなかった。
中谷監督は、主将・松本の行動に対して、周りの3年生が見過ごしているのが許せなかったのだ。原田夏希コーチが補足した。「本当の優しさとは、裏を返せば、厳しさ」。寝食をともにする仲。言いにくいことでも、指摘し合える関係性でなければ、それは上っ面の付き合いに過ぎない。チームとして「日本一」を目指すには、程遠い集団だった。中谷監督の指導に、松本は大粒の涙を流した。自身の不甲斐なさから出た、素直な感情であったのだ。
「自分が変わる。本当に変わらないといけないのを教えてくれた。夏までにもう、時間がないよ、と。真摯に受け止めてやるしかない」
部員40人が結束
チームメートも反応した。右腕エース・和気匠太(3年)は明かす。
「キャプテンの松本もいろいろ悩んでいる部分もある中で、それを自分たちが、ちょっと後ろから見ていたというところがあった。それではチームは強くならないので、彼には思うことがあればちゃんと言わなきゃいけないところはあるだろうし、彼のできないことは自分たちで補っていくっていうのがチームだと思う。監督は虎太郎に怒っていたんですけど、自分たちに向けて言っていたこと。そこが本質であったと思っています」
不動の正捕手・山田凜虎(3年)は言う。
「指導者からグラウンド以外のことを指摘されているうちは、野球のチームとしては良くない状態です。高校生として授業をしっかり受け、安定した寮生活を送れてこそ、それが野球につながっていく。あらためて気づかされる日でした」
主将・松本はこの日、すぐに動いた。練習後、智翔寮に戻り、就寝前の点呼で呼びかけた。学校法人智弁学園・藤田清司理事長が学校行事のあるたびに発信し、野球部としても大切にしている「チーム勝利の五カ条」を思い返した。全体練習前の合掌の際に、部員全員で唱和するという取り組みを始めた。また、野球部として大事にしている5つの方針も確認するようにした。翌日から早速、取り入れている。
「しゃべることによって、皆がその目標に対して一点集中できる」
・高い目標を持つ事
・コツコツ努力する
・団結力
・感謝の心を持つ事
・あきらめない
原点回帰。4月21日を経て、チームは明らかに変わった。翌22日の夕方には錬成会を終えた1年生がチームに戻ってきた。先輩が模範となり、後輩をけん引する。紆余曲折を経て、伝統はつながれた。部員40人が一つになり「日本一」という目標に向かってまい進してきた。
塩健一郎部長は言う。「3年生は毎年、人生をかけて最後の夏を戦うんです。中谷も言っていると思うんですけど、僕らも同じ熱量で向き合っていきたい」
中谷監督、塩部長、原田コーチが愛情を持って、生徒と接してきた。夏までの日々を大事に過ごし、5年ぶり4度目の全国制覇まであと1勝となった。チームが生まれ変わった4月22日からちょうど4カ月。進むべき方向性は明確である。智弁和歌山高は8月22日、健大高崎高との決勝で2026年夏の集大成を迎える。
📝甲子園決勝、智弁和歌山の困惑する事実が話題「はぁ!?ってなった」 直近2戦以外は「特に…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/f7f7dc2f8c94de9886273ce6329d3d42a33d18d8
智弁和歌山の戦いぶりが話題
第108回全国高校野球選手権は22日、智弁和歌山(和歌山)と健大高崎(群馬)が決勝戦を行う。智弁和歌山は準々決勝で仙台育英(宮城)に11-3と大勝。準決勝では優勝候補筆頭だった横浜(神奈川)に7-1で完勝し突破してきたが、ここまでの道のりには思わぬ展開もあった。
2回戦から登場した智弁和歌山は、好投手・岩井秀耶(3年)を擁する社(兵庫)を接戦の末撃破すると、続く3回戦では敦賀気比(福井)とのタイブレークの熱戦を制した。準々決勝、準決勝はともに完勝で、勝ち進むにつれて調子が上がっている。
しかし、和歌山県大会では苦戦が続いていた。3回戦では田辺相手に1点リードを許し終盤へ。7回に追いつき、9回に山下晃平(3年)の一発で勝ち越した。準々決勝の市和歌山戦は7回まで0-0の投手戦。8回に勝ち越して逃げ切った。決勝の耐久戦も8回に同点に追いつかれながらも、その裏しぶとく勝ち越し、聖地への切符をつかんでいた。
準々決勝、準決勝以外の智弁和歌山の戦いぶりはX上の高校野球ファンの間で話題に。
「和歌山大会が魔境すぎる」
「和歌山県は50年前から野球王国だから」
「特に田辺戦はやばかった」
「ホントにこれ思う…」
「これを知っているから、仙台育英をボコしたって聞いて『はぁ!?』ってなった」
などと、困惑する声も多く上がっていた。決勝は22日午前10時にプレーボールとなる。
🎤高知・明徳義塾の老将「高校野球が面白くなくなってきておる」過熱するスカウティングと変わる視点
https://news.yahoo.co.jp/articles/1213718da42b483aa3dab55ebe6d2983ca28c148?page=1
過熱するスカウティングに警鐘
今夏の甲子園の開幕前、報道陣の取材に応じた馬淵監督。古希を迎えた老将は、舌鋒鋭く令和の高校野球を斬った
高知・明徳義塾の監督である馬淵史郎(70)が試合後に発する言葉はいつも、僧侶の説法のようだ。
とりわけ甲子園を去る時は「敗軍の将、兵を語らず」ではなくむしろ兵を語り尽くし、勝敗の分岐点を解説して厳しくも温かい視線を球児に送る。そして「帰って練習します」の言葉を残し、可能な限りその日のうちに高知に戻ってゆく。この夏、初戦の日南学園(宮崎)に9回サヨナラで敗れた老将はいつもよりさらに雄弁だった。
「悔しいけどね……このチームは(甲子園は)無理かなと思って、諦(あきら)めかけた時期もあったんですよ。150km/hを投げるピッチャーもいなければ、長打力もない。それでもバントを絡めて、″ザ・高校野球″をやれば甲子園までは来られるということを証明できたと思いますけどね」
明徳義塾はカツオ漁の盛んな須崎市の谷あいに位置し、選手は脱走もままならない土地で寄宿生活を送る。携帯電話は今もって禁止であり、「明徳野球道場」の看板が掲げられたグラウンドを訪れれば昭和にタイムスリップしたかのよう。馬淵自身、昭和62(’87)年より明徳でコーチを務め、平成に入ってすぐに監督に就任。’02年夏には全国制覇を達し、甲子園通算勝利数は歴代4位の55勝だ。
三つの元号を駆け抜けてきた名伯楽を筆者は一度、怒らせたことがある。’19年春のこと。当時、付属中の有望選手がそのまま高校に進学せず、他府県の強豪校に進学することが相次いだ。人里離れた地で、団体生活と野球漬けの日々を送ることを現代の球児は敬遠するのではないか——つまり、馬淵の野球は時代錯誤ではないかと問うたのだ。すると怒気混じりに「そうは思わん」と否定し、プロ野球選手の輩出実績を強調しながら、過熱する高校野球のスカウティング(選手勧誘)に警鐘を鳴らした。
「素材の良い選手を集めたところが甲子園で勝つ。高校野球が面白くなくなってきておる」
馬淵の言葉は、現在の高校野球を予見していたかのようだ。3年前の夏、筆者は中学硬式野球で日本一の呼び声が高かった東海中央ボーイズを訪ねた。主力の小野舜友と江坂佳史は横浜(神奈川)に進学して下級生ながら昨春のセンバツ日本一に貢献し、智辯和歌山に進んだ捕手の山田凜虎(りとら)もそのセンバツで決勝を争い、世代を代表する選手に成長している。つまり、有望中学生の進学先が数年後の勢力図を占い、スカウティングの勝者が甲子園を制するのが令和の高校野球だ。再び、日南学園戦後の馬淵の説法である。
「このままでは高校野球が衰退する。身体が小さくても、足が遅くても、キャッチボールから丁寧に教えて頭を使えば高校野球まではできるということを常に言っているんです。入学してくれた選手でなんとかするのが監督の役目。ただ、わしももう70や。(110回の記念大会である)2年後には引退します」
そんな捨て台詞を吐いた馬淵だが、15年程前には60歳、10年前には65歳での引退を公言していた。老将は死なず、今後も肌は真っ黒に日焼けしたままだろう。
4人部屋より2人部屋
昭和の時代には当たり前だった「練習中の水分摂取禁止」や「ウサギ跳び」も非常識となって久しく、投げ込みによる地肩作りや徹底した走り込みによる下半身強化に疑問を抱く野球人も多い。
だが、そうした根性論に拠った指導者はいまだ存在する。たとえば横浜の監督である村田浩明(40)は春季神奈川大会準決勝・桐光学園戦でエースの織田翔希を186球で完投するまで降板させなかった。8対6という僅差とはいえ、200球に迫る球数を投げさせるのは酷使ではないか。それでも横浜高校というブランドに惹かれる球児は跡を絶たず、全国の有望選手が同校の門を叩く。
令和の時代の中学生は、甲子園への行きやすさだけでなく、自分が一番成長できる環境であるかどうかで、進学先を選択する。グラウンドの広さや室内練習場の有無、トレーニング器具の充実度に加え、寮が何人部屋であるかも重要な要素だ。こうした施設面で中学生に人気なのが、群馬の健大高崎である。
今夏の甲子園、3回戦・佐野日大(栃木)戦に先発したのは1年生の大橋叡刀だった。軟式野球部に属した東京の駿台学園中学時代に30校以上から勧誘があったという、ミライモンスターである。
「ジャパンのメンバーも入学すると聞いていて、レベルの高いなかで成長したいと思っていました。トレーニング設備もそうですが、風呂が広かったことも、寮が2人部屋だったことも大きかった。迷っていた学校は綺麗な寮だけど、4人部屋だったんです……。個別練習が長いところも、自分のなかでは惹かれました」
たしかに健大のグラウンドに足を運ぶと、ブルペンやサブグラウンドを含め選手が敷地内の各所に散らばり、個人練習に励む印象は強い。整頓されたロッカールームに加え、サウナや酸素カプセル、水素カプセルなども完備されている。また、投手の大橋にとって、監督の青栁博文(54)や部長の生方啓介(45)ら指導者が投手陣の球数の管理を徹底している点も決め手となった。
「投げる日、投げない日を指示してくださりつつ、調整は自分たちに任せてもらっています。走り込みも長距離を延々と走るというよりかは、中距離を繰り返すようなランメニューがメインになります」
昨年のドラフトで同校からオリックスに3位入団した佐藤龍月(りゅうが)は、2年夏に左ヒジの故障によりトミー・ジョン手術に踏み切った。生方部長は言う。
「佐藤の経験から、故障予防には気を遣っています。毎週月曜日に週末の試合のローテーションを組み、投手陣はそれに向けて調整をしていく。試合では監督が表を作って球数を管理しています。肩肘の張りがあれば1週間ピッチングを止めたり、あえて投げ込む日や、フォーム固めを徹底する日を作ったりしています」
☟2026年夏の甲子園は「不作」を通り越して“凶作”…プロスカウトが指摘する異変の原因
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391863
「この夏は不作を通り越して『凶作』ですよ」こう言うのはパ・リーグのスカウト。
甲子園のネット裏にはプロ12球団に加えて米メジャー球団のスカウトたちもいる。18日に登場した織田(横浜)のような飛び抜けた実力をもった選手はともかく、今後も追い掛けたいと思う選手があまりにも少ないと、このスカウトはこう続ける。
「原因は低反発バットじゃないですか? 以前はドラフト候補ひとりの力で勝ち上がるチームも珍しくなかった。甲子園に来れば、自分の担当区域外からも面白い選手を発見できました。ところが、低反発バットになって、一発で試合をひっくり返しにくくなった。飛び抜けたスラッガーがひとりいるくらいでは、地区大会で勝ち上がり、甲子園に来るのが難しくなったのです。飛び抜けたエースがひとりいても、味方の援護点が入りにくいわけです。いま、甲子園まで出てくるのは、走塁や小技、守備など組織力があって総合力の高いチームです」
低反発バットが本格導入された2024年夏の甲子園は、本塁打がわずか7本。1974年の金属バット導入以降で最少だった。昨25年も10本と24年に次いで少なく、今年も18日終了時点で6本にとどまっている。高校球界に逸材がいないわけではない。が、聖地にたどり着く以前に力尽きているということだ。
⚾今日の熱闘甲子園試合結果(準決勝)
14日目第1試合 智弁和歌山(和歌山)-横浜(神奈川) 8:02~10:09
一二三四五六七八九十計HE
横 浜100000000 160
和 智 弁00400030X 7142
14日目第2試合 天理(奈良)-高崎健康福祉大高崎(群馬) 10:42~12:53
一二三四五六七八九十計HE
天 理000000000 041
健大高崎10000000X 171
💢令和8年度 県下高校野球新人戦 日程変更のお知らせ
https://www.whbf.jp/uploads/20260818162123_eJdn.pdf
現在開催中の令和8年度県下高校野球新人戦の試合日程を、下記の通り変更しましたのでお知らせします。
記
8月23日(日)紀三井寺公園野球場
第1試合 10:00 神 島 ― 紀 北 工
第2試合 12:30 和歌 山工 ― 粉 河
8月24日(月)紀三井寺公園野球場
第1試合 9:00 橋 本 ― 桐 蔭
第2試合 11:30 熊野・南部 ― 市和 歌山・高 野 山
第3試合 14:00 智辯和歌山 ― 和歌 山東
8月25日(火)紀三井寺公園野球場
第1試合 13:00 串本 古座・県和歌山 ―智辯・和東
☟令和8年度県下高校野球新人戦における試合開始時刻変更について
https://www.whbf.jp/uploads/20260819173318_Jnut.pdf
8月25日の試合開始時刻を下記の通り一部変更しましたのでお知らせします。
8月25日(火)紀三井寺公園野球場
第1試合 17:00 串本古座・県和歌山- 智辯・和東
📝もし先発が織田でなければ… 対策が奏功した智弁和歌山 高嶋仁の目
https://news.yahoo.co.jp/articles/32795c5f48be88d1ae58eb35349a38ddbf5b349a
(20日、第108回全国高校野球選手権大会準決勝 智弁和歌山7―1横浜)
智弁和歌山の打線が、横浜の織田翔希投手を攻略しました。前日の休養日は、織田投手対策として速球を打ち込んだそうです。それも奏功したのでしょう。序盤から、たとえ凡打でも芯でとらえ、かつ中堅から逆方向への打球が多かったです。中堅から逆方向への打球を意識すると、必然的に球をよく見るようになります。すると、ボール球に手を出さなくなる。
三回、楠本龍生選手(3年)の3ランは完璧でした。織田投手の投球を見極め、カウント2ボールとしてから152キロ直球をとらえました。
一方、横浜打線は準々決勝までとは打って変わって、無理なスイングが目立ちました。外の変化球に我慢できず、バットが出てしまう。きっちりいった智弁和歌山が14本、強引だった横浜が5本。安打数が、その証左です。
絶対的なエースを擁するチームにも、投手起用の難しさはあります。横浜は勝つために織田投手を先発させたのですが、智弁和歌山にしてみれば対策してきたから、かえってやりやすい面もある。
もし、横浜の先発が左腕の小林鉄三郎投手だったなら、織田投手とはタイプがまったく異なるだけに、また違った試合展開になったでしょう。試合後半にリリーフで出てくる全力投球の織田投手を、智弁和歌山打線は果たして打てたかどうか。野球は「たら」「れば」ばかり。これも勝負のあやです。
☝智弁和歌山の甲子園成績が“法則”通りの不思議「なんやこれ」「両極端すぎる」
https://news.yahoo.co.jp/articles/18540176a7039c0ffbbe7929ac508b8b6d4b5ca7
智弁和歌山(和歌山)の2021年以降の甲子園成績が“法則”通りと話題になった。
夏の甲子園準決勝で、智弁和歌山は優勝候補筆頭の横浜(神奈川)を撃破。決勝に駒を進めた。22日の決勝で夏4回目の優勝をかけ、健大高崎(群馬)と対戦する。
実は2021年以降、決勝進出と初戦敗退を繰り返している。そして初戦を見事突破した今大会は“法則”通りに決勝進出を決めた。
2021年夏→優勝
2022年夏→初戦敗退
2023年春→初戦敗退
2024年夏→初戦敗退
2025年春→準優勝
2025年夏→初戦敗退
2026年夏→決勝進出
ネットでは「優勝→初戦敗退→予選初戦敗退→初戦敗退→初戦敗退→決勝進出なんやこれ」「コロナ禍以降は、甲子園出場したら、決勝進出or初戦敗退のどちらかで、両極端すぎる」「決勝戦進出か初戦敗退という極端な成績過ぎる」と話題になった。
👣天理・藤原監督「完ぺきに近い形で抑えられた。防戦一方だった」36年ぶり決勝進出ならず
https://news.yahoo.co.jp/articles/1b3355feb1165505adda240fd5d4dd88edf55a91
◇第108回全国高校野球選手権第14日 準決勝 天理0―1健大高崎(2026年8月20日 甲子園)
天理(奈良)は20日、準決勝で健大高崎(群馬)に0―1で敗れ、優勝した1990年以来36年ぶり3度目の決勝進出はならなかった。
ここまで2完投のエース長尾亮大(3年)が先発のマウンドに上がり、初回に1失点したものの、2回以降はスライダー、チェンジアップを決め球にスコアボードに「0」を並べて反撃を待った。
打線は初回2死二塁から4番・金本相有(3年)が見逃し三振。2回以降は、二塁を踏めない展開が続き、7回も先頭の田畑龍二(3年)が右前打で出塁したが、後続が凡退した。それでも土壇場の9回に2死満塁とし一打逆転の好機をつくったが、最後は関村偉千陽(3年)が空振り三振に倒れた。
試合後、藤原忠理監督は「健大高崎の投手陣に完ぺきに近い形で抑え込まれてしまった。防戦一方だった。特に先発の佐藤投手はベース盤の上で強さがあって食い込まれてしまった。コンパクトにいこうと指示を出したんだけれども修正しきれませんでした」と振り返った。そして、「その中で辛抱強く守ることができた。長尾はやはりエースですね。代え時かなと思った時も何度かあったけれども顔つきがしっかりしていたので任せました。本当によく頑張った」と、1失点完投の長尾を称えた。
チームについても「よくここまで成長してくれた」とナイン全員をねぎらい、この日が自身の61歳の誕生日だったことには「誕生日まで甲子園にいさせてくれた。選手からの最高の贈り物でした」と最後は笑顔で選手に感謝していた。
📣三重、有明など国スポ出場の8校決まる、補欠2校も
https://news.yahoo.co.jp/articles/c879f8320aa398ae659cc3d53cfbb67d3f4c1781
日本高野連は20日、甲子園球場内で国スポ(青森)選考委員会を開き、高校野球競技硬式の部(10月3日から4日間、弘前市運動公園・はるか夢球場)に出場する8校と2校の補欠校を決めた。
【出場校】花巻東(岩手)、健大高崎(群馬)、横浜(神奈川)、三重、天理(奈良)、智弁和歌山、有明(熊本)、青森山田
【補欠校】仙台育英(宮城)、英明(香川)
☟愛知県が有望選手の“草刈り場”に…甲子園8強に計16人、止まらない“県外流出”の謎解き
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391801
いまどき、他の都道府県への「野球留学」は当たり前だ。中でも甲子園に出ることによって学校の知名度や志願者数をアップさせたい私学は、グラウンドや寮や室内練習場などの環境を整え、実績ある有名監督を招聘、素質ある中学生を全国から集めることにやっきになっている。そんな昨今、中学生の草刈り場になっている都道府県のひとつが愛知県だという。
18日の夏の甲子園の準々決勝に駒を進めた8校のうち横浜(神奈川)と三重(三重)が4人、仙台育英(宮城)と健大高崎(群馬)が3人、花巻東(岩手)と智弁和歌山(和歌山)が1人、愛知の中学出身者がベンチ入りしている。愛知出身者がひとりもいないのは天理(奈良)と有明(熊本)だけだ。
愛知県内には今回、夏の甲子園に出場した享栄をはじめ中京大中京や愛工大名電などの野球名門校がある。それでも有望選手が県外へ流出するのはなぜか。ある出場校の監督が言う。
「愛知は野球人口が多い割に、県内の高校が甲子園で勝ち切れていません。夏の甲子園で愛知の高校が決勝まで進んだのは2009年の中京大中京が最後です。トップ選手の目標は甲子園に出ることではなく甲子園で勝つこと。それだけに現実的に全国制覇を狙える学校を選ぶのでしょう」
2024年のU-15ワールドカップで世界一になった日本代表20人の進学先を見ると、大阪桐蔭に4人、仙台育英に3人、横浜に2人。この3校だけで9人を占めた。ただひとり中学2年生で代表に選出された愛知出身の丹羽裕聖も仙台育英に進学。1年生ながら今回の甲子園では、ここまで全4試合にスタメン出場している。
こうした構図は愛知に限った話ではない。逸材が流出した都道府県は甲子園でさらに勝ちにくくなり、その影響を受ける後輩たちもまた外へ──。負の連鎖が生じて、甲子園で勝つ都道府県と、そうでないところの格差は広がるばかりのようなのだ。
📝「今の時代では足りないと思い知らされた」日大三高・小倉全由前監督が徹底した部員数制限、体罰排除…それでも見えなかった“現代の死角”
https://news.yahoo.co.jp/articles/86d2a387222cfbe111e3ef9bbe76b6e069f40a9a
目が届かなかった“死角”
――昨年夏の広陵高校もそうでしたけど、小倉さんは以前から「強豪校で不祥事が起こりがちなのは、部員が多過ぎて、指導者の目が届かないからだ」と指摘していました。
小倉 強豪私立となると100名を超えるところも珍しくないですからね。そこへいくと、日大三高は各学年20人くらい、3学年合わせても60人前後なんです。自分は1学年15人がベストだと思っているんです。ただ、どうしても毎年、入りたいという選手がいるものだから20人くらいにはなってしまっていたんですけど。それ以上多くなると、よっぽどしっかり管理体制を整えない限り、指導者の目が行き届かなくなる。学校経営の事情で部員をたくさん獲らなきゃいけないという高校もあって、簡単に部員数を制限できないという「大人の都合」もわかりますけど、選手を預かる責任の重さを考えたら組織の肥大化はやっぱりリスクだと思います。ただね、今回はその1学年20人という枠組みで運営していても、スマホの死角にまでは目が届かなかった。組織を小さくすれば万全かというと、今の時代はそれだけでも足りないのだと思い知らされました。
――小倉さんは、2012年に起きた大阪・桜宮高校バスケットボール部での体罰自殺事件を機に、生徒に手を上げる指導を完全にやめられましたよね。
小倉 ハッとしたんです。あんなこと、絶対にあっちゃいけない、と。自分も若い頃は、手に負えない選手がいたら「俺は監督でも何でもねえ。一人の男としてお前とタイマン張ってやるから、かかってこい!」なんて、本気でやっていた人間なので。だけど、桜宮のニュースを聞いたとき、本当に怖くなったんです。指導者が「期待しているから」「こいつのためだから」と厳しく当たっても、受け取る側によっては死を選んでしまうことがある。よかれと思ってしたことが絶望を与えることになってしまい、最悪の結果になる。互いにとって、こんな不幸はないじゃないですか。
――手を上げるのをやめてから、指導方法はどう変わっていったのでしょうか。
小倉 口で厳しく叱ることはあったんです。ただ、叱った選手のことを、そのあと、ずっと目で追うようになりましたね。怖くてね。落ち込んだまま裏山の方に入って行って、何かあったらどうしよう、とか。あと、叱った日は、その日のうちに自分の部屋に呼ぶようにしていました。それで、プリンとか甘いものを食べさせながら「俺が今日怒った意味、わかるか?」って、ちゃんと説明するようにしたんです。そうすると、大抵の子は部屋を出ていくときに明るい表情になる。今の選手たちは怒られ慣れてないんだろうな、叱られるとこちらが思っている以上にグサッときている。その日のうちに笑い合っておかないと、僕の方が怖くて夜眠れなかったんですよ。
冬の合宿が嫌になってきた
――近年は、練習量を課すこと自体に恐怖を覚えるようになったとも言っていましたよね。
小倉 温暖化の影響で、ランニング中に倒れて亡くなったとかいう事故のニュースが耳に入るようになったじゃないですか。だから、練習で選手を追い込むのが怖くなってしまいました。「まだまだ」というよりも、「ここらへんでいいか」になってしまう。ある程度、やり切らせないと選手たちが達成感を得られないのはわかっているんですけど、それで命に関わるようなことになったら元も子もないじゃないですか。特に冬の強化合宿(朝5時から夜までの練習が2週間続く)は年々、やるのが嫌になっていきましたね。朝5時、全員が揃うまで、心臓がバクバクしてるんですよ。部屋で冷たくなってたらどうしよう、って本気で心配になっちゃう。だから最後の方は選手に頼んでいました。「お前ら、朝だけはちゃんと起きてきてくれ。寝坊されると、俺の心臓が止まりそうになるから」って。
――冬の強化合宿は日大三の名物ですから、そう簡単になくすことはできないですもんね。
小倉 だから、いろいろ対策を立てるようになりました。栄養学の先生に「味噌汁は魔法のスープだ」って教わってからは、朝一番に紙コップに入れた温かい味噌汁を全員に配って、飲ませる。あと、起きてすぐ走るのって、心臓の負担がものすごく大きいらしいんです。なので、まずは雨天練習場でしっかりウォーミングアップをさせて、水分も十分に取らせてからグラウンドに出すようにしました。若い頃は、歳を重ねた監督に対して「理屈っぽいことばっかり言って……」と反発を覚えることも多かったんです。でも、自分がその歳になったら、同じようなことをしていましたね。引き出しが増えていくにつれ、先手先手を打って、事故を防がなきゃって思う。なにせ、選手の命がかかっているわけですから。
「お父さん、偉くなっちゃだめだよ」
――小倉さんは自分から選手たちの方へ降りていくことができる指導者ですよね。
小倉 自分は選手たちに全部言うんですよ。自分の弱さとか失敗も。それは、ぜんぜん恥ずかしくない。監督時代、自分がお客さんを見送るために寮の表に出たとき、5人の部員がトンボを持ったまま整備をサボっていたんです。そうしたら、自分の姿を見た途端、わーっと散って逃げたんです。自分はそのとき、激怒しましてね。「同じ屋根の下に暮らしているのに俺の姿を見ただけで逃げるようなやつらと一緒に野球はできねえ。合宿所を出ていけ!」って。だけど、1週間くらい経ったら、こっちが我慢できなくなっちゃってね。選手と口がきけないのって、指導者も辛いんですよ。あいつらと話がしたくてしたくてさ、結局、自分から「もういいから、帰ってこい」って言っちゃいましたね。
――帰ってきた選手たちには何と?
小倉「俺がグラウンド整備をサボったくらいで怒ったことがあるか?」って。「そうじゃない。俺の姿を見て散っていくお前らの姿が嫌だったんだ。俺とお前らの関係は、その程度のものなのか」と伝えました。自分は23歳のとき(1981年)に関東一高の監督になって、85年、86年、87年と3年連続で甲子園に行って、87年の春は準優勝までしちゃったでしょう。あのときは偉そうにしてたと思いますよ。車を運転しているときも前に割り込まれたりしたら「この野郎!」みたいにやってましたもん。「甲子園なんて楽勝だよ」みたいなことも言ってたみたいで、うちの母さん(妻)によく言われてました。「お父さん、偉くなっちゃだめだよ」って。でも成績が振るわなくなった途端、1988年に監督をクビになった。4年間、野球から離れていた時期があるんですけど、あれがいい薬になったんでしょうね。現役時代、たいした実績もないからプライドなんてものもない。だから悪いと思ったら選手にもすぐ謝れるし、折れることもできるんですよ。
《続く》
📝「とにかく展開が早い」名将・小倉全由元監督が体感した「7イニング制」…“10対0で9回制支持”でも心が揺れる理由
https://news.yahoo.co.jp/articles/958666c0d5727a28b97d0ef774ccc8d1fe432fdf
「3人の小倉」がいる
――今、高校球界は「7イニング制」を導入するか否かで揺れています。小倉さんは、その検討会議のメンバーになっているわけですよね。
小倉 一昨年、去年と、U18の日本代表監督として、7イニング制の野球を経験したからでしょうね。ただね、ある新聞を見たら、検討会議のメンバーとして僕の名前だけがドーンと載っていたんです。正直、勘弁してくれよ……って思いましたよ。あれだと世間から自分が7回制導入の急先鋒として、大賛成しているように見えてしまうじゃないですか。
――やはり7回制には反対ですか?
小倉 自分の中には「3人の小倉」がいるんですよ。現役監督だったときの小倉、検討会議のメンバーとしての小倉、日本代表で7回制を経験した小倉。それぞれの立場によって、ちょっとずつ意見が違うというか。
――日本代表で実際に7回制を経験して、どうでしたか?
小倉 とにかく展開が早い。4回で負けていると、かなり焦ってきます。もう終盤の感覚。野球も変わってくるでしょうね。とにかく、いいバッターから順番に並べていかないと。あと、最近の強豪私学は、いいピッチャーを2枚、3枚と揃えている場合が多いじゃないですか。そういうところに2回、2回、3回ってピッチャーをつながれたりしたら、1安打とか2安打で、あっという間に0点で終わっちゃうんじゃないかな。
――3人の小倉のうち、現役監督だったときの小倉はどういう考えなのですか。
小倉 野球をやったことがない人たちからすると、「あの暑さの中、何で9回までやらなきゃいけないの?」って思うらしいんです。8回、9回にドラマがあるんだと言うと、7イニング制にしたら6回、7回のドラマはなくなってしまうんですか? と。確かにそうなんですけど……、でも、野球をやってる自分たちからしたら、野球はやっぱり9回なんですよ。大阪桐蔭の西谷(浩一)監督は「日本国憲法を変えるようなものだ」と言っていたじゃないですか。その気持ちはすごくわかるんです。
「本当に怖いのは……」
――年々地球の温暖化が進み、高野連としても早く何か手を打たなきゃという思いがあるのもわかるんですよね。
小倉 検討会議のメンバーの中にはお医者さんもいて、選手の健康は当然ですけど、「本当に怖いのはグラウンドの選手たちよりも、スタンドで応援している吹奏楽の部員や一般生徒たちなんです」って言うわけです。選手らはそれなりに暑さに慣れているでしょうけど、スタンドの生徒たちは慣れてないじゃないですか。しかも、選手たちのようにベンチで休んでいる時間もない。ずっと、炎天下の中にいる。万が一、甲子園のスタンドで誰かが倒れて、命を落とすようなことになったら、甲子園そのものが開催できなくなってしまうかもしれない。主催者側はとにかく甲子園で大会を続けようとしてくれていて、今、そこまで追い詰められ、苦渋の決断をしようとしている。その気持ちも今なら確かにわかるんです。
――「野球は9回」という現場のこだわりと、「命を守る」という運営側の防衛策。この断絶をどう埋めればいいのでしょうか。
小倉 指導者たちは、もっと裏方の人たちの苦労を考えてあげてもいいのかなという気はしますね。自分も現役監督のときはそうでしたけど、西東京大会の抽選会で自分たちがどこに入るか決まってからは、もう、そこをどうやって勝ち抜くかしか考えられなくなる。でも、自分たちがそうやって野球のことだけに集中できるのって、裏方さんたちの尽力があってこそなんですよ。甲子園もそうです。今の若い監督たちは甲子園にいかにやりやすい環境を整えてもらっているか、わかってないんじゃないのかな。今はバスが甲子園についたら、そこから本部の人が室内練習場に連れて行ってくれて、涼しいところで着替えて、練習もできる。そして時間になったら、試合の準備をしてくださいって、いちいち面倒をみてくれる。昔は球場から離れたグラウンドで練習しなければならず、時間になったら甲子園に移動していた。遅れちゃいけないから、とにかく慌ただしくてね。ほんと、今は何もかもやりやすくなりましたよ。
高校野球の責任
――7回制の問題は時間をかけてじっくり話し合って欲しいと思いつつ、気候の変化はそう都合よく待ってくれるわけではないですからね。
小倉 今年はスーパーエルニーニョっていうんですか、夏の甲子園は暑くなりそうですよね。NHKの全国放送で選手が熱中症で倒れて担架で運ばれる姿なんかが映し出されたら、それはもう高校のスポーツじゃないだろうという感じもしてしまいますからね。ある高野連の関係者が話していたことがあるんです。1995年1月、阪神・淡路大震災が起きたとき、世間から「こんな時に野球をやっていいのか」と激しい批判を浴びながらも、春の選抜大会を開催しました。NHKも全国中継してくれた。あれは「自分たちの力でできたんじゃなくて、世の中の人たちにやらせてもらったんだ」と。それくらい高校野球は日本の国民に愛されてきた。だからこそ、こういう地球規模の問題が起きているとき、高校野球は率先し、世の中に何かを示すべき責任があると言うんです。
――先ほど、「3人の小倉がいる」という話がありました。あらためて、うかがわせてください。現役監督の立場を知っている者からするとやっぱり9回制維持ですか。
小倉 やっぱり、9回ですね。そこは「10対0」で9回制を支持したい。
――検討会議でいろいろな立場の人の話を聞いてきた立場からすると?
小倉 そうなると、だんだん7回制に寄ってくるんですよ。五分五分ぐらいかな。
――代表監督として7回制を経験した立場からは?
小倉 6、7回は盛り上がりましたからね。7回制だからといって、野球がつまらなくなると言い切ることはできないと思うんです。なので、やっぱり五分五分ですね。
――ユニフォームを脱いだ今、小倉さんは九十九里の実家でどのような日々を過ごされているのですか?
小倉 三高の試合があれば観に行くこともあるけれど、それ以外は庭の手入ればっかりですよ。芝を刈ったり、植木をきれいにしたり。趣味らしい趣味なんてないから、隣の家の植木までボランティアでやってあげたりしてね。こう見えて、けっこう忙しいんだよ。
いろいろ難しい時代になりましたけど、自分が願うのはひとつだけ。選手たちが大好きな野球を真っ直ぐに楽しめる世の中であって欲しい。ネットの闇に足をすくわれることもなく、猛暑で身の安全を脅かされることもなく。
14日目第1試合 智弁和歌山(和歌山)-横浜(神奈川) 8:02~10:09
一二三四五六七八九十計HE
横 浜100000000 160
和 智 弁00400030X 7142
14日目第2試合 天理(奈良)-高崎健康福祉大高崎(群馬) 10:42~12:53
一二三四五六七八九十計HE
天 理000000000 041
健大高崎10000000X 171
💢令和8年度 県下高校野球新人戦 日程変更のお知らせ
https://www.whbf.jp/uploads/20260818162123_eJdn.pdf
現在開催中の令和8年度県下高校野球新人戦の試合日程を、下記の通り変更しましたのでお知らせします。
記
8月23日(日)紀三井寺公園野球場
第1試合 10:00 神 島 ― 紀 北 工
第2試合 12:30 和歌 山工 ― 粉 河
8月24日(月)紀三井寺公園野球場
第1試合 9:00 橋 本 ― 桐 蔭
第2試合 11:30 熊野・南部 ― 市和 歌山・高 野 山
第3試合 14:00 智辯和歌山 ― 和歌 山東
8月25日(火)紀三井寺公園野球場
第1試合 13:00 串本 古座・県和歌山 ―智辯・和東
☟令和8年度県下高校野球新人戦における試合開始時刻変更について
https://www.whbf.jp/uploads/20260819173318_Jnut.pdf
8月25日の試合開始時刻を下記の通り一部変更しましたのでお知らせします。
8月25日(火)紀三井寺公園野球場
第1試合 17:00 串本古座・県和歌山- 智辯・和東
📝もし先発が織田でなければ… 対策が奏功した智弁和歌山 高嶋仁の目
https://news.yahoo.co.jp/articles/32795c5f48be88d1ae58eb35349a38ddbf5b349a
(20日、第108回全国高校野球選手権大会準決勝 智弁和歌山7―1横浜)
智弁和歌山の打線が、横浜の織田翔希投手を攻略しました。前日の休養日は、織田投手対策として速球を打ち込んだそうです。それも奏功したのでしょう。序盤から、たとえ凡打でも芯でとらえ、かつ中堅から逆方向への打球が多かったです。中堅から逆方向への打球を意識すると、必然的に球をよく見るようになります。すると、ボール球に手を出さなくなる。
三回、楠本龍生選手(3年)の3ランは完璧でした。織田投手の投球を見極め、カウント2ボールとしてから152キロ直球をとらえました。
一方、横浜打線は準々決勝までとは打って変わって、無理なスイングが目立ちました。外の変化球に我慢できず、バットが出てしまう。きっちりいった智弁和歌山が14本、強引だった横浜が5本。安打数が、その証左です。
絶対的なエースを擁するチームにも、投手起用の難しさはあります。横浜は勝つために織田投手を先発させたのですが、智弁和歌山にしてみれば対策してきたから、かえってやりやすい面もある。
もし、横浜の先発が左腕の小林鉄三郎投手だったなら、織田投手とはタイプがまったく異なるだけに、また違った試合展開になったでしょう。試合後半にリリーフで出てくる全力投球の織田投手を、智弁和歌山打線は果たして打てたかどうか。野球は「たら」「れば」ばかり。これも勝負のあやです。
☝智弁和歌山の甲子園成績が“法則”通りの不思議「なんやこれ」「両極端すぎる」
https://news.yahoo.co.jp/articles/18540176a7039c0ffbbe7929ac508b8b6d4b5ca7
智弁和歌山(和歌山)の2021年以降の甲子園成績が“法則”通りと話題になった。
夏の甲子園準決勝で、智弁和歌山は優勝候補筆頭の横浜(神奈川)を撃破。決勝に駒を進めた。22日の決勝で夏4回目の優勝をかけ、健大高崎(群馬)と対戦する。
実は2021年以降、決勝進出と初戦敗退を繰り返している。そして初戦を見事突破した今大会は“法則”通りに決勝進出を決めた。
2021年夏→優勝
2022年夏→初戦敗退
2023年春→初戦敗退
2024年夏→初戦敗退
2025年春→準優勝
2025年夏→初戦敗退
2026年夏→決勝進出
ネットでは「優勝→初戦敗退→予選初戦敗退→初戦敗退→初戦敗退→決勝進出なんやこれ」「コロナ禍以降は、甲子園出場したら、決勝進出or初戦敗退のどちらかで、両極端すぎる」「決勝戦進出か初戦敗退という極端な成績過ぎる」と話題になった。
👣天理・藤原監督「完ぺきに近い形で抑えられた。防戦一方だった」36年ぶり決勝進出ならず
https://news.yahoo.co.jp/articles/1b3355feb1165505adda240fd5d4dd88edf55a91
◇第108回全国高校野球選手権第14日 準決勝 天理0―1健大高崎(2026年8月20日 甲子園)
天理(奈良)は20日、準決勝で健大高崎(群馬)に0―1で敗れ、優勝した1990年以来36年ぶり3度目の決勝進出はならなかった。
ここまで2完投のエース長尾亮大(3年)が先発のマウンドに上がり、初回に1失点したものの、2回以降はスライダー、チェンジアップを決め球にスコアボードに「0」を並べて反撃を待った。
打線は初回2死二塁から4番・金本相有(3年)が見逃し三振。2回以降は、二塁を踏めない展開が続き、7回も先頭の田畑龍二(3年)が右前打で出塁したが、後続が凡退した。それでも土壇場の9回に2死満塁とし一打逆転の好機をつくったが、最後は関村偉千陽(3年)が空振り三振に倒れた。
試合後、藤原忠理監督は「健大高崎の投手陣に完ぺきに近い形で抑え込まれてしまった。防戦一方だった。特に先発の佐藤投手はベース盤の上で強さがあって食い込まれてしまった。コンパクトにいこうと指示を出したんだけれども修正しきれませんでした」と振り返った。そして、「その中で辛抱強く守ることができた。長尾はやはりエースですね。代え時かなと思った時も何度かあったけれども顔つきがしっかりしていたので任せました。本当によく頑張った」と、1失点完投の長尾を称えた。
チームについても「よくここまで成長してくれた」とナイン全員をねぎらい、この日が自身の61歳の誕生日だったことには「誕生日まで甲子園にいさせてくれた。選手からの最高の贈り物でした」と最後は笑顔で選手に感謝していた。
📣三重、有明など国スポ出場の8校決まる、補欠2校も
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日本高野連は20日、甲子園球場内で国スポ(青森)選考委員会を開き、高校野球競技硬式の部(10月3日から4日間、弘前市運動公園・はるか夢球場)に出場する8校と2校の補欠校を決めた。
【出場校】花巻東(岩手)、健大高崎(群馬)、横浜(神奈川)、三重、天理(奈良)、智弁和歌山、有明(熊本)、青森山田
【補欠校】仙台育英(宮城)、英明(香川)
☟愛知県が有望選手の“草刈り場”に…甲子園8強に計16人、止まらない“県外流出”の謎解き
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/391801
いまどき、他の都道府県への「野球留学」は当たり前だ。中でも甲子園に出ることによって学校の知名度や志願者数をアップさせたい私学は、グラウンドや寮や室内練習場などの環境を整え、実績ある有名監督を招聘、素質ある中学生を全国から集めることにやっきになっている。そんな昨今、中学生の草刈り場になっている都道府県のひとつが愛知県だという。
18日の夏の甲子園の準々決勝に駒を進めた8校のうち横浜(神奈川)と三重(三重)が4人、仙台育英(宮城)と健大高崎(群馬)が3人、花巻東(岩手)と智弁和歌山(和歌山)が1人、愛知の中学出身者がベンチ入りしている。愛知出身者がひとりもいないのは天理(奈良)と有明(熊本)だけだ。
愛知県内には今回、夏の甲子園に出場した享栄をはじめ中京大中京や愛工大名電などの野球名門校がある。それでも有望選手が県外へ流出するのはなぜか。ある出場校の監督が言う。
「愛知は野球人口が多い割に、県内の高校が甲子園で勝ち切れていません。夏の甲子園で愛知の高校が決勝まで進んだのは2009年の中京大中京が最後です。トップ選手の目標は甲子園に出ることではなく甲子園で勝つこと。それだけに現実的に全国制覇を狙える学校を選ぶのでしょう」
2024年のU-15ワールドカップで世界一になった日本代表20人の進学先を見ると、大阪桐蔭に4人、仙台育英に3人、横浜に2人。この3校だけで9人を占めた。ただひとり中学2年生で代表に選出された愛知出身の丹羽裕聖も仙台育英に進学。1年生ながら今回の甲子園では、ここまで全4試合にスタメン出場している。
こうした構図は愛知に限った話ではない。逸材が流出した都道府県は甲子園でさらに勝ちにくくなり、その影響を受ける後輩たちもまた外へ──。負の連鎖が生じて、甲子園で勝つ都道府県と、そうでないところの格差は広がるばかりのようなのだ。
📝「今の時代では足りないと思い知らされた」日大三高・小倉全由前監督が徹底した部員数制限、体罰排除…それでも見えなかった“現代の死角”
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目が届かなかった“死角”
――昨年夏の広陵高校もそうでしたけど、小倉さんは以前から「強豪校で不祥事が起こりがちなのは、部員が多過ぎて、指導者の目が届かないからだ」と指摘していました。
小倉 強豪私立となると100名を超えるところも珍しくないですからね。そこへいくと、日大三高は各学年20人くらい、3学年合わせても60人前後なんです。自分は1学年15人がベストだと思っているんです。ただ、どうしても毎年、入りたいという選手がいるものだから20人くらいにはなってしまっていたんですけど。それ以上多くなると、よっぽどしっかり管理体制を整えない限り、指導者の目が行き届かなくなる。学校経営の事情で部員をたくさん獲らなきゃいけないという高校もあって、簡単に部員数を制限できないという「大人の都合」もわかりますけど、選手を預かる責任の重さを考えたら組織の肥大化はやっぱりリスクだと思います。ただね、今回はその1学年20人という枠組みで運営していても、スマホの死角にまでは目が届かなかった。組織を小さくすれば万全かというと、今の時代はそれだけでも足りないのだと思い知らされました。
――小倉さんは、2012年に起きた大阪・桜宮高校バスケットボール部での体罰自殺事件を機に、生徒に手を上げる指導を完全にやめられましたよね。
小倉 ハッとしたんです。あんなこと、絶対にあっちゃいけない、と。自分も若い頃は、手に負えない選手がいたら「俺は監督でも何でもねえ。一人の男としてお前とタイマン張ってやるから、かかってこい!」なんて、本気でやっていた人間なので。だけど、桜宮のニュースを聞いたとき、本当に怖くなったんです。指導者が「期待しているから」「こいつのためだから」と厳しく当たっても、受け取る側によっては死を選んでしまうことがある。よかれと思ってしたことが絶望を与えることになってしまい、最悪の結果になる。互いにとって、こんな不幸はないじゃないですか。
――手を上げるのをやめてから、指導方法はどう変わっていったのでしょうか。
小倉 口で厳しく叱ることはあったんです。ただ、叱った選手のことを、そのあと、ずっと目で追うようになりましたね。怖くてね。落ち込んだまま裏山の方に入って行って、何かあったらどうしよう、とか。あと、叱った日は、その日のうちに自分の部屋に呼ぶようにしていました。それで、プリンとか甘いものを食べさせながら「俺が今日怒った意味、わかるか?」って、ちゃんと説明するようにしたんです。そうすると、大抵の子は部屋を出ていくときに明るい表情になる。今の選手たちは怒られ慣れてないんだろうな、叱られるとこちらが思っている以上にグサッときている。その日のうちに笑い合っておかないと、僕の方が怖くて夜眠れなかったんですよ。
冬の合宿が嫌になってきた
――近年は、練習量を課すこと自体に恐怖を覚えるようになったとも言っていましたよね。
小倉 温暖化の影響で、ランニング中に倒れて亡くなったとかいう事故のニュースが耳に入るようになったじゃないですか。だから、練習で選手を追い込むのが怖くなってしまいました。「まだまだ」というよりも、「ここらへんでいいか」になってしまう。ある程度、やり切らせないと選手たちが達成感を得られないのはわかっているんですけど、それで命に関わるようなことになったら元も子もないじゃないですか。特に冬の強化合宿(朝5時から夜までの練習が2週間続く)は年々、やるのが嫌になっていきましたね。朝5時、全員が揃うまで、心臓がバクバクしてるんですよ。部屋で冷たくなってたらどうしよう、って本気で心配になっちゃう。だから最後の方は選手に頼んでいました。「お前ら、朝だけはちゃんと起きてきてくれ。寝坊されると、俺の心臓が止まりそうになるから」って。
――冬の強化合宿は日大三の名物ですから、そう簡単になくすことはできないですもんね。
小倉 だから、いろいろ対策を立てるようになりました。栄養学の先生に「味噌汁は魔法のスープだ」って教わってからは、朝一番に紙コップに入れた温かい味噌汁を全員に配って、飲ませる。あと、起きてすぐ走るのって、心臓の負担がものすごく大きいらしいんです。なので、まずは雨天練習場でしっかりウォーミングアップをさせて、水分も十分に取らせてからグラウンドに出すようにしました。若い頃は、歳を重ねた監督に対して「理屈っぽいことばっかり言って……」と反発を覚えることも多かったんです。でも、自分がその歳になったら、同じようなことをしていましたね。引き出しが増えていくにつれ、先手先手を打って、事故を防がなきゃって思う。なにせ、選手の命がかかっているわけですから。
「お父さん、偉くなっちゃだめだよ」
――小倉さんは自分から選手たちの方へ降りていくことができる指導者ですよね。
小倉 自分は選手たちに全部言うんですよ。自分の弱さとか失敗も。それは、ぜんぜん恥ずかしくない。監督時代、自分がお客さんを見送るために寮の表に出たとき、5人の部員がトンボを持ったまま整備をサボっていたんです。そうしたら、自分の姿を見た途端、わーっと散って逃げたんです。自分はそのとき、激怒しましてね。「同じ屋根の下に暮らしているのに俺の姿を見ただけで逃げるようなやつらと一緒に野球はできねえ。合宿所を出ていけ!」って。だけど、1週間くらい経ったら、こっちが我慢できなくなっちゃってね。選手と口がきけないのって、指導者も辛いんですよ。あいつらと話がしたくてしたくてさ、結局、自分から「もういいから、帰ってこい」って言っちゃいましたね。
――帰ってきた選手たちには何と?
小倉「俺がグラウンド整備をサボったくらいで怒ったことがあるか?」って。「そうじゃない。俺の姿を見て散っていくお前らの姿が嫌だったんだ。俺とお前らの関係は、その程度のものなのか」と伝えました。自分は23歳のとき(1981年)に関東一高の監督になって、85年、86年、87年と3年連続で甲子園に行って、87年の春は準優勝までしちゃったでしょう。あのときは偉そうにしてたと思いますよ。車を運転しているときも前に割り込まれたりしたら「この野郎!」みたいにやってましたもん。「甲子園なんて楽勝だよ」みたいなことも言ってたみたいで、うちの母さん(妻)によく言われてました。「お父さん、偉くなっちゃだめだよ」って。でも成績が振るわなくなった途端、1988年に監督をクビになった。4年間、野球から離れていた時期があるんですけど、あれがいい薬になったんでしょうね。現役時代、たいした実績もないからプライドなんてものもない。だから悪いと思ったら選手にもすぐ謝れるし、折れることもできるんですよ。
《続く》
📝「とにかく展開が早い」名将・小倉全由元監督が体感した「7イニング制」…“10対0で9回制支持”でも心が揺れる理由
https://news.yahoo.co.jp/articles/958666c0d5727a28b97d0ef774ccc8d1fe432fdf
「3人の小倉」がいる
――今、高校球界は「7イニング制」を導入するか否かで揺れています。小倉さんは、その検討会議のメンバーになっているわけですよね。
小倉 一昨年、去年と、U18の日本代表監督として、7イニング制の野球を経験したからでしょうね。ただね、ある新聞を見たら、検討会議のメンバーとして僕の名前だけがドーンと載っていたんです。正直、勘弁してくれよ……って思いましたよ。あれだと世間から自分が7回制導入の急先鋒として、大賛成しているように見えてしまうじゃないですか。
――やはり7回制には反対ですか?
小倉 自分の中には「3人の小倉」がいるんですよ。現役監督だったときの小倉、検討会議のメンバーとしての小倉、日本代表で7回制を経験した小倉。それぞれの立場によって、ちょっとずつ意見が違うというか。
――日本代表で実際に7回制を経験して、どうでしたか?
小倉 とにかく展開が早い。4回で負けていると、かなり焦ってきます。もう終盤の感覚。野球も変わってくるでしょうね。とにかく、いいバッターから順番に並べていかないと。あと、最近の強豪私学は、いいピッチャーを2枚、3枚と揃えている場合が多いじゃないですか。そういうところに2回、2回、3回ってピッチャーをつながれたりしたら、1安打とか2安打で、あっという間に0点で終わっちゃうんじゃないかな。
――3人の小倉のうち、現役監督だったときの小倉はどういう考えなのですか。
小倉 野球をやったことがない人たちからすると、「あの暑さの中、何で9回までやらなきゃいけないの?」って思うらしいんです。8回、9回にドラマがあるんだと言うと、7イニング制にしたら6回、7回のドラマはなくなってしまうんですか? と。確かにそうなんですけど……、でも、野球をやってる自分たちからしたら、野球はやっぱり9回なんですよ。大阪桐蔭の西谷(浩一)監督は「日本国憲法を変えるようなものだ」と言っていたじゃないですか。その気持ちはすごくわかるんです。
「本当に怖いのは……」
――年々地球の温暖化が進み、高野連としても早く何か手を打たなきゃという思いがあるのもわかるんですよね。
小倉 検討会議のメンバーの中にはお医者さんもいて、選手の健康は当然ですけど、「本当に怖いのはグラウンドの選手たちよりも、スタンドで応援している吹奏楽の部員や一般生徒たちなんです」って言うわけです。選手らはそれなりに暑さに慣れているでしょうけど、スタンドの生徒たちは慣れてないじゃないですか。しかも、選手たちのようにベンチで休んでいる時間もない。ずっと、炎天下の中にいる。万が一、甲子園のスタンドで誰かが倒れて、命を落とすようなことになったら、甲子園そのものが開催できなくなってしまうかもしれない。主催者側はとにかく甲子園で大会を続けようとしてくれていて、今、そこまで追い詰められ、苦渋の決断をしようとしている。その気持ちも今なら確かにわかるんです。
――「野球は9回」という現場のこだわりと、「命を守る」という運営側の防衛策。この断絶をどう埋めればいいのでしょうか。
小倉 指導者たちは、もっと裏方の人たちの苦労を考えてあげてもいいのかなという気はしますね。自分も現役監督のときはそうでしたけど、西東京大会の抽選会で自分たちがどこに入るか決まってからは、もう、そこをどうやって勝ち抜くかしか考えられなくなる。でも、自分たちがそうやって野球のことだけに集中できるのって、裏方さんたちの尽力があってこそなんですよ。甲子園もそうです。今の若い監督たちは甲子園にいかにやりやすい環境を整えてもらっているか、わかってないんじゃないのかな。今はバスが甲子園についたら、そこから本部の人が室内練習場に連れて行ってくれて、涼しいところで着替えて、練習もできる。そして時間になったら、試合の準備をしてくださいって、いちいち面倒をみてくれる。昔は球場から離れたグラウンドで練習しなければならず、時間になったら甲子園に移動していた。遅れちゃいけないから、とにかく慌ただしくてね。ほんと、今は何もかもやりやすくなりましたよ。
高校野球の責任
――7回制の問題は時間をかけてじっくり話し合って欲しいと思いつつ、気候の変化はそう都合よく待ってくれるわけではないですからね。
小倉 今年はスーパーエルニーニョっていうんですか、夏の甲子園は暑くなりそうですよね。NHKの全国放送で選手が熱中症で倒れて担架で運ばれる姿なんかが映し出されたら、それはもう高校のスポーツじゃないだろうという感じもしてしまいますからね。ある高野連の関係者が話していたことがあるんです。1995年1月、阪神・淡路大震災が起きたとき、世間から「こんな時に野球をやっていいのか」と激しい批判を浴びながらも、春の選抜大会を開催しました。NHKも全国中継してくれた。あれは「自分たちの力でできたんじゃなくて、世の中の人たちにやらせてもらったんだ」と。それくらい高校野球は日本の国民に愛されてきた。だからこそ、こういう地球規模の問題が起きているとき、高校野球は率先し、世の中に何かを示すべき責任があると言うんです。
――先ほど、「3人の小倉がいる」という話がありました。あらためて、うかがわせてください。現役監督の立場を知っている者からするとやっぱり9回制維持ですか。
小倉 やっぱり、9回ですね。そこは「10対0」で9回制を支持したい。
――検討会議でいろいろな立場の人の話を聞いてきた立場からすると?
小倉 そうなると、だんだん7回制に寄ってくるんですよ。五分五分ぐらいかな。
――代表監督として7回制を経験した立場からは?
小倉 6、7回は盛り上がりましたからね。7回制だからといって、野球がつまらなくなると言い切ることはできないと思うんです。なので、やっぱり五分五分ですね。
――ユニフォームを脱いだ今、小倉さんは九十九里の実家でどのような日々を過ごされているのですか?
小倉 三高の試合があれば観に行くこともあるけれど、それ以外は庭の手入ればっかりですよ。芝を刈ったり、植木をきれいにしたり。趣味らしい趣味なんてないから、隣の家の植木までボランティアでやってあげたりしてね。こう見えて、けっこう忙しいんだよ。
いろいろ難しい時代になりましたけど、自分が願うのはひとつだけ。選手たちが大好きな野球を真っ直ぐに楽しめる世の中であって欲しい。ネットの闇に足をすくわれることもなく、猛暑で身の安全を脅かされることもなく。
⚾明日の熱闘甲子園組み合わせ(14日目 準決勝)
☆☆☆ 08:00~ 智弁和歌山- 横 浜
☆ 10:30~ 天 理 -健大 高崎
👣岐阜放送の67歳男性アナが大腸がんで死去、生前最後の仕事は今夏高校野球ラジオ
https://news.yahoo.co.jp/articles/93ce69f12052cad0b18fd2d6857a4a4a5074a64a
岐阜放送のアナウンサー、ラジオパーソナリティーとしても活躍した伊藤伸久さんが17日夜、大腸がんにより67歳で死去した。出演していた「ぎふチャンラジオ」の公式Xが発表した。
番組公式Xは18日夜「ご報告 今日の番組内でもご報告しましたが、番組パーソナリティーである伊藤伸久さんが8月17日夜に亡くなられました。心からお悔やみ申し上げます」と発表し、伊藤さんの写真を複数枚アップした。
伊藤さんは岐阜県各務原市出身。明大卒業後の81年、岐阜放送に入社。7月28日の高校野球岐阜大会決勝のラジオ中継が生前最後の仕事となった。
🎤頭一つ抜けた横浜 それでも智弁和歌山打線は脅威 中村順司PL学園元監督が準決勝占う
https://news.yahoo.co.jp/articles/44788c79b0efb8cbea4836da5653c3d1bf0b2930
これは面白い準決勝になりそうだな…。仙台育英(宮城)の好投手を攻略した智弁和歌山の打力を見て、そんな思いがわいてきた。
4強はいずれも甲子園で優勝経験を持ち、攻守にすぐれた好チーム。その中でも横浜(神奈川)は、頭一つ抜けた存在と見ている。力で勝っているのは、やはり横浜。得失点差23も4強でトップ。亡くなられた渡辺元智元監督に優勝をご報告できるように、と選手たちの士気もいっそう高まっていると思う。
大黒柱の織田君は、186センチの長身から投げ下ろす直球に角度があり、微妙な変化で低めに落ちてくる球もある。ワンバウンドするような球でも、打者は空振りしてしまう。速球は甲子園でも156キロをマークし、非常に攻略しづらい投手だ。ただ智弁和歌山は、和歌山大会で市和歌山の丹羽涼介君、甲子園でも社(兵庫)の岩井秀耶君ら好投手を倒してきた。どの打者を見ても、高校野球で最も理想的な、スキのない、いい構え方をしている。他のチームと比べても別格。並み居る好投手を攻略したのは、この構えから繰り出されるコンパクトなスイングがあればこそ。先発メンバーの半数以上が左打者で、織田君ら横浜投手陣をどう攻めるかが見ものだ。
天理(奈良)は勝ち進むたびに、試合展開が理想的な内容になっている。準々決勝では、好投手をそろえた三重を先制、中押し、ダメ押しと圧倒。4番の金本君の先制弾で、一気にチームが勢いづいた。そういう選手がチームにいるのは、本当に心強いとm思う。長尾君、橋本君ら投手陣も好投を続けている。
対する健大高崎(群馬)は、有明(熊本)との緊迫した準々決勝を勝ちきった。有明の機動力を封じた守りが大きかった。初回に永田君に二盗、三盗を許したが、2回は栄井君の二盗を阻止。5回、6回も二塁走者をけん制でアウトにしたバッテリーの守りを見ても、よく鍛えられているなと思った。
健大高崎といえば、機動力を生かした戦いぶりで全国区になったチーム。足攻を得意にしてきただけに、相手の足攻に対する備えを鍛え上げてきているのだろう。バッテリーの高い守備力が、有明の大きな武器を止めた。
関東の強豪と近畿の名門の対決で、熱戦が期待できる組み合わせになった。個人の話をすれば、佐野日大(栃木)の頑張りで、孫(中村盛汰主将=3年)が校歌を歌う姿を2度も見ることができた。思い出に残る夏の、最後の3試合を楽しみにしたい。
👧まるでドラマ たった一人だったチアリーダーが目指した聖地のアルプススタンド
https://news.yahoo.co.jp/articles/fe439b2ebc221fb8ad40d83f3eb7b3effc56ed78
三重のアルプススタンドには、たった一人で苦境を乗り越えた女性がいた。バトントワリング部・平田菜々部長(3年)。同校のチアリーダーは同部が務めるのが恒例だが、昨年9月に3年生が引退すると、部員は平田さんだけになった。親からも心配され、「すごく心細かった」。不安な日々を乗り越えられた原動力は「甲子園で応援したい」という思いだった。
思いが通じ、同校は春夏連続の甲子園出場を果たした。今春センバツでは助っ人を加えた3人での応援だったが、その姿に憧れた下級生らが入部。この夏は部員10人で聖地に戻ってきた。「本当にうれしい! やめなくてよかった。夢の舞台です」。青空の下で笑顔が光った。
チームは惜しくもベスト8で敗れたが、「ここまで連れてきてくれた選手にありがとうを伝えたい」と感謝。将来はアスリートを支える仕事に就くことを夢見ている。「応援で支えることができたことは、絶対に将来のためになった」。甲子園が、夢を諦めない大切さを教えてくれた。
🔥天理・藤原忠理監督61歳バースデー勝利へ「ピッチャー全員使ってでも勝ち取りたい」
https://news.yahoo.co.jp/articles/18fdd60b646d372051e869c9b4010f8f4ee6ce6c
天理(奈良)は、90年優勝以来36年ぶりの決勝進出を目指す。藤原忠理監督はキーマンに「やっぱり金本。彼が変えてくれると信じてますね」と準々決勝でも先制弾で勢いをつけた頼もしい4番主将・金本相有内野手(3年)に引き続き期待する。勝てば指揮官にとって自身61歳となるバースデー星となる。「ピッチャー全員使ってでも次の1勝は勝ち取りたい」と一戦必勝で臨む。
📝「聖光はレベルが高くて行けない」からのスタートも…「高校で球速15キロアップ」福島の絶対王者を封じた「ソフトボール出身」“背番号17”の正体
https://news.yahoo.co.jp/articles/3455979f2f48da2831094eb40ac06f8833574925?page=1
「福島の王者」相手に…2安打完投
東日本国際大昌平の背番号「17」照沼佑崇は、福島大会の準決勝で聖光学院を封じ込めた。この試合で自己最速を更新した148キロのストレートという持ち味に依存せず、スライダー、フォークと変化球を織り交ぜながら丁寧に打たせて取るスタイルが奏功した。王者を相手に許したヒットはわずかに2本。94球での完投劇。相手監督である斎藤智也が脱帽するのもわかる。それだけ照沼のピッチングは冴えていた。福島の絶対王者を封じた立役者が誇る。
「『歴史を変えるぞ』とみんなで話し合って臨んだ試合で、自分勝手なピッチングをしてしまっては聖光さんに勝てないと思っていました。なので、欲を出さず、しっかり変化球をコントロールしながら、速い球を活かせたのがよかったのかなって思います」
最速148キロの剛腕でありながら、照沼はこれまで無名の存在だった。球歴を紐解いても取り立てて目立った実績もない。
白球との出会いは…まさかのソフトボール!?
いわき市で育った少年の白球との出会いは、野球ではなくソフトボールだった。地元の泉スポーツ少年団でキャリアをスタートさせ、中学では地元硬式チームのいわきシニアに入団するも、右ひじを故障し半年で退団。泉中の軟式野球部でプレーした。エリートではない、昔ながらの球歴をたどる少年は、福島で野球する者の多くがそうであるように最初は「聖光学院で野球をしたい」と、ささやかな願望があった。しかし、100人以上もの部員がしのぎを削る強豪で成り上がる姿が想像できなかったという。
「やっぱり、聖光さんはレベルが高くて行けないだろうってなって。そこから『他の高校に行って倒したい』という気持ちになって、地元の昌平に行くことになりました」
高校に入学当時の照沼の最速は132キロだった。そこから、初めてベンチ入りした1年生の秋に136キロ、2年生の秋には140キロと、段階的に球速を上げられていった背景に、計画的なウエートトレーニングがあった。体幹をはじめとするインナーマッスルや下半身を中心に、定期的に鍛える部位を変えていく。筋肉の成長はすぐに実感を得られないが、照沼は焦らずに自分と向き合った。
「ウエートって成果が出るのが2カ月くらいなんで、そこを目指して一つずつ目的意識を持って鍛えていきましたね」
ストレートの速さや体の大きさといった、目に見える形での成長は感じられていく。だが、ピッチングの成熟は程遠かった。照沼には「ダメだった自分」を刻む試合がある。2年秋の県大会である。日大東北との初戦で2番手としてマウンドに上がったが、リードを守り切れず5回2/3を投げ7失点。敗因の一端を招いてしまった。当時のピッチングについて、照沼は自戒するようにこう振り返っている。
「気負ってしまったのが一番なんですけど、ストレートを打たれて点を取られてしまっても、そこに頼ってしまった自分がいました」
敗戦を糧にシーズンオフの期間も継続的にウエートトレーニングに励み、3年の4月には球速が147キロまでアップした。変化球は空振りが奪えるほど切れ味が鋭いわけではなかったが、持ち味のストレートを活かす術として有効活用できるようになった。
身長は173センチと小柄ながら、体重は77キロと重厚感のある体を手に入れた右腕は、コントロールにも安定感が生まれた。左足を上げてから踏み出すまでの並進運動の際、力むのではなくスムーズな重心移動を心掛ける。春の実戦を通じてフォームを形作っていけたことが、夏に生きたのである。これら照沼の歩みが結実した試合こそが、聖光学院戦だったのだ。
2回に自己最速の148キロもマーク
2回に自己最速を更新する148キロをマークしたことからもわかるように、2点を取られた4回まではストレート主体だった。その生命線を「狙われている」と察知した5回以降は変化球中心のピッチングに切り替え、聖光学院の手練れたちに的を絞らせなかった。春の東北をも制した打線を相手に、わずか94球で抑えられたのも、秋にはなかったマネジメント能力が備わったからでもあった。
「ピッチャーの自分だけが守っているわけじゃないんで。野手のみんなが『うしろには俺たちがいるぞ』って言ってくれているし、そこを頼れて投げられたのが一番だと思います」
チームで勝ち取った“金星”。グラウンドで仲間たちにもみくちゃにされながら、照沼は涙を流していた。中1日で臨んだ学法石川との決勝戦。準決勝の疲労が残っていたこともあり、先発ながら3回2失点で降板となった。照沼は「悪いなりにもっと抑えられる方法があった」と悔やんだが、その一方で「見えざる要素」とも戦っていることにも気づいていた。
「自分に対する周りの基準が高くなったというか、『求められているんじゃないか? 』みたいなものは感じるようになりましたね」
もう、照沼はノーマークの存在ではない。聖光学院を抑え、甲子園に出る「最速148キロ右腕」――そのように全国から注視されるピッチャーになりつつあるのだ。
甲子園ではエースナンバーを背に…
夏の好投を評価され、東日本国際大昌平にとって初となる甲子園で背番号「1」を託されたエースは、怖気ずくことなく言ってのける。
「期待もされるし、警戒もされると思いますけど、そのなかで上を行けるピッチングをできるように、しっかり調整したいですね」
8月8日、大会4日目の白樺学園との第2試合。名門・聖光学院を退けた噂の右腕が、全国の舞台でベールを脱ぐ。
☟甲子園の誹謗中傷対策に潜む矛盾。「怪物」「○○王子」と高校生を“スター化”する大人たちの責任
https://news.yahoo.co.jp/articles/669099446ce2549f9dbe4c654590eaa11eadde34
8月22日に閉幕する全国高等学校野球選手権大会では、日本高校野球連盟と朝日新聞社により、インターネット上の誹謗中傷を把握するモニタリングが初めて実施された。対象はXやヤフーニュースのコメント欄。投稿が確認された場合、プラットフォームへの削除要請が行われた。
ジャーナリストの森田浩之氏は、選手への誹謗中傷対策は必要だとしたうえで、甲子園を巨大な人気コンテンツに仕立て、高校生をスターとして消費してきた主催者やメディア側にも責任があるとみる。
10代の高校生にプロ並みの注目
甲子園で続いた熱戦の裏側で、もう一つの戦いが繰り広げられていた。舞台はグラウンドではなく、SNSだ。
今大会では、選手や審判に対するネット上の誹謗中傷について、投稿の削除要請などの対策が実施されている。すでに今春のセンバツで、一足早く本格的なモニタリングを導入。AIを活用したシステムでネットを24時間監視したところ、13日間の大会期間中に問題のある投稿が1096件見つかり、そのうち713件について削除を要請した。出場校や選手を「ザコ」「カス」などとする「侮辱型」が7割以上を占めたという。
いまやSNSでの誹謗中傷は、ほとんどのスポーツで問題になっている。だが高校野球には、ほかの競技とは少し違う問題がある。甲子園でプレーするのは、まだ10代の高校生だ。それなのに、プロ選手にも負けない注目を浴びる。テレビは選手の表情をアップで映し、新聞は彼らの一言一言を伝える。「怪物」「○○王子」といった呼び名が生まれ、家族や生い立ちまでが物語になる。甲子園が巨大な人気イベントになったのは、メディアが高校生をただの部活動の選手としてではなく、ドラマの主人公として見せてきたからだ。
問われる“高校生のスター化”
ここに、甲子園が長年抱えてきた矛盾がある。日本高野連は高校野球を、学校教育の一環と位置づけている。選手はあくまで生徒であり、勝利や興行を第一とするプロとは違うという。ところが大会が始まれば、試合は全国中継され、物語がつくられ、スターが製造され、全国的な注目を集める。テレビと新聞だけの時代には、この矛盾はさほど表面化しなかった。だがSNSの普及によって、観客までが選手を評価し、物語る側に回った。
もちろん、「ザコ」「カス」などと書き込むことは決して正当化されない。さらにここで押さえておきたいのは、甲子園を人気コンテンツに仕立て上げたのは主催者とメディアだということだ。高校生への過剰な注目を生産するシステムをつくっておきながら、その結果としてネット上に噴き出した悪意だけを取り除こうというのでは、問題の半分しか見ていない。
甲子園が高校生をスターにする装置であり続ける以上、SNSでの誹謗中傷をその装置の外側で起きた問題と片付けることはできない。高校生を誹謗中傷から守りたいのなら、まず大人の側が、彼らをどこまでスターとして消費していいのかを考えるべき時だ。
📝「イジメとかは絶対に許さない」と言い続けた日大三高・前監督が突きつけられた時代の変化と”知識不足”「自分がちゃんと指導できていたら…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/fc52a4f8d139c1594bc043aeff770077e63c29a1?page=1
昨年、夏の甲子園準優勝を果たすも、今年2月、野球部員が女子生徒に不適切な動画を送らせたとして書類送検されるという不祥事に揺れた日大三高。対外試合禁止処分を受けたあと、今年はノーシードで西東京大会に臨んだものの、準決勝で敗退した。1997年から同部を率いた小倉全由氏は、3年前に監督を退き、事件に関わった生徒を直接は指導してはいないが、深い落胆と責任を感じているという。不祥事をどのように受け止めているのか。保護者説明会でも謝罪したという小倉氏に話を聞いた。
「イジメとかは絶対に許さない」
――日大三高は2025年8月に全国準優勝を遂げたあと、翌年2月に野球部内の不祥事(わいせつ動画拡散問題)が発覚しました。小倉さんは2023年に監督を退任されていますが、すぐに学校へ足を運ばれたそうですね。
小倉 ニュースを見て、「とんでもないことが起きてしまった」と思い駆けつけました。長くこの部に関わってきた者として、被害に遭われた方がいるという事実を重く受け止めています。
――監督の三木(有造)さんはどんな様子だったのですか?
小倉 職員室へ行ったら、自分の席で小さくなって座っていました。目の周りに真っ黒なクマを作って。なかなか眠れなかったんでしょうね。周りの先生方も、どう声をかけていいかわかんない感じで。授業で教室へ行っても、針のむしろだったそうです。生徒たちが、みんな嫌な目で自分のことを見ているみたいで。中には「元気だしてくださいよ」って言ってくれる生徒もいたみたいですけど。
――小倉さん自身、3年前に監督を退いているとはいえ、この事件のことを聞いたときは相当ショックだったのではないですか。
小倉 「うちの選手に限って……」って思いがいちばん強かったですね。自分は監督時代から「イジメとかは絶対に許さない、大嫌いだ」ってずっと言い続けてきたんです。他校の暴力事件とかが新聞に載るたびに、朝のミーティングで部員たちに見せて「まだこんなバカなことをやってる学校があるぞ」って言っていましたし。三木に監督を譲ってからも、その精神は引き継がれていたと思います。だけど、今回の事件は、そういうこととはまた違った。責任逃れをするつもりはさらさらないんですけど、自分たちが時代の変化についていけてなかったんだろうなということを痛感しましたね。
――「時代の変化」とは、具体的にどういうことですか。
小倉 携帯の使い方ですよね。高校生が携帯を持っていたら、どんなことをしたくなるのか、どんなことができるのかという想像力が足りていませんでした。言い訳がましく聞こえるかもしれませんが、自分のイメージの中にある性の問題とは次元が違いました。昔、よく言っていたんですよ。「お前らが部屋で隠れてエロ本を見てるのはわかってる。それはいいんだよ、男なんだから。でもな、学校に行くときにそれをベッドの上に出しっぱなしで行ったら俺は絶対に許さない」って。それは、集団生活のマナーじゃないですか。自分も、布団の下のエロ本を探し出してまで、叱りつけるようなことはしませんでした。でも、今回の事件は、もはやそういう時代ではないということを突きつけられた感じがします。子供たちを守るためには、こちら側が知識を持たないとダメなんですね。ただ「おまえらを信用しているからな」という言葉だけじゃ何の防御にもならない。
携帯電話は禁止していた
――ネット社会は、いとも簡単に犯罪に結びついてしまう気がしますよね。
小倉 画面の向こうから無限に情報が流れ込んでくるわけですからね。しかも、それをボタンひとつで、世界中に拡散できる。あまりに手軽なものだから、子どもたちも実はそれが法律に触れる犯罪で人生がひっくり返るような大ごとになるかなんてわかっていない。もちろん、自分たちもその実態や怖さを把握できていなかった。
――日大三高の野球部は、携帯電話は禁止していなかったわけですね。
小倉 いや、禁止していたんですよ。だけど、学校が授業用に全員にタブレット端末を支給しているんです。夜、自室でそれを開けば、なんでもできちゃうわけです。そこまでの制限はしていなかった。そこは学校が悪いわけじゃなくて、こちら側のミスです。自分が監督のときも隠れて携帯を持ってるやつはいたんです。そのときにスマホの怖さについて自分がちゃんと指導できていたら、こんなことにはならなかったと思うんです。
「これは家庭の問題でもある」
――事件が発覚した後、保護者説明会が開かれ、小倉さんも頭を下げたと聞きました。
小倉 自分が悪かったと、保護者の前で謝罪しました。責められることは覚悟していました。でもね、会が終わったら、お母さんたちが「私たちが頭を下げなきゃいけないことでもあるんです」って涙を流しながら言ってくれてね。
――保護者の方々は自分たちにも責任はあるんだ、と。
小倉 保護者会の幹部の方が、皆の前で言ってくれたらしいんです。「野球部に預けたからといって、学校側に全部問題があるわけではない。これは家庭の問題でもある」って。その言葉を聞いて、三木は楽になったそうです。日大三高は、ほんと、温かい親御さんたちに恵まれていると思うんです。それだけにこんなことになってしまって申し訳ないという思いが強いですよね。
おふくろの教え
――何かが起きたとき、保護者も指導者も互いに「こちらにも責任はある」と思える関係性を築いておくことは難しいんでしょうけど大事ですよね。
小倉 自分は最初の保護者会で、必ずする話があったんです。自分は20歳のときに父親を交通事故で亡くしているんです。センターラインを越えて走ってきた若い運転手の車と正面衝突して。お通夜の日に、その親が線香を上げに来たもんだから、自分ら男の3人兄弟なんですけど、みんなで「せがれ呼んでこい!」って。自分も相当、乱暴なセリフを言っちゃったんです。そうしたら、おふくろが怒ってね。「線上げに来てくれた人になんてことを言うんだ。もし反対の立場だったら、私が線香を上げに行かなきゃならなかったんだよ」って。そう言われたら、自分も兄貴たちも何も言えなくなっちゃって。自分はそういう母親に育ててもらったことを誇りに思っていると話すんです。人を許す心を教えてもらったんだ、と。だから、先輩後輩で嫌なことがあったりしたときも、やられた方の保護者は一方的に相手を責めるんじゃなくて、少しでもいいから、うちの子どもにも悪いところがあったんじゃないかって考えてみませんか、って。「うちの子どもも悪かったんです」と言えれば、問題はそうそう起きないと思うんですよ。そうやって、みんなで一緒になって子どもたちを育てていきましょうよって言っていたんです。
日常生活からの見直し
――ただ、今回の事件は、その範疇を超えてしまった、という印象があります。
小倉 警察の方に「ネットのこういう問題はエスカレートすると、子どもを追い込んでしまう。だから、絶対にあっちゃいけないんです」と言われました。ネットがからむと、もう学校の生活指導だけで何とかできるものではなくなってしまう。事件に関わった部員は処分を受け、部としても3カ月間の対外試合禁止処分を受けました。ただ、被害に遭われた方が受けた苦痛を思えば、私たちの側が簡単に区切りをつけてよいことではないと思っています。三木からは、合宿所に教頭先生にも泊まってもらうなど、日常生活から見直していると聞いています。今回のことを深く反省し、二度と同じようなことを起こさないために何が必要なのか、我々も考え続けていかなければいけません。
《続く》
☆☆☆ 08:00~ 智弁和歌山- 横 浜
☆ 10:30~ 天 理 -健大 高崎
👣岐阜放送の67歳男性アナが大腸がんで死去、生前最後の仕事は今夏高校野球ラジオ
https://news.yahoo.co.jp/articles/93ce69f12052cad0b18fd2d6857a4a4a5074a64a
岐阜放送のアナウンサー、ラジオパーソナリティーとしても活躍した伊藤伸久さんが17日夜、大腸がんにより67歳で死去した。出演していた「ぎふチャンラジオ」の公式Xが発表した。
番組公式Xは18日夜「ご報告 今日の番組内でもご報告しましたが、番組パーソナリティーである伊藤伸久さんが8月17日夜に亡くなられました。心からお悔やみ申し上げます」と発表し、伊藤さんの写真を複数枚アップした。
伊藤さんは岐阜県各務原市出身。明大卒業後の81年、岐阜放送に入社。7月28日の高校野球岐阜大会決勝のラジオ中継が生前最後の仕事となった。
🎤頭一つ抜けた横浜 それでも智弁和歌山打線は脅威 中村順司PL学園元監督が準決勝占う
https://news.yahoo.co.jp/articles/44788c79b0efb8cbea4836da5653c3d1bf0b2930
これは面白い準決勝になりそうだな…。仙台育英(宮城)の好投手を攻略した智弁和歌山の打力を見て、そんな思いがわいてきた。
4強はいずれも甲子園で優勝経験を持ち、攻守にすぐれた好チーム。その中でも横浜(神奈川)は、頭一つ抜けた存在と見ている。力で勝っているのは、やはり横浜。得失点差23も4強でトップ。亡くなられた渡辺元智元監督に優勝をご報告できるように、と選手たちの士気もいっそう高まっていると思う。
大黒柱の織田君は、186センチの長身から投げ下ろす直球に角度があり、微妙な変化で低めに落ちてくる球もある。ワンバウンドするような球でも、打者は空振りしてしまう。速球は甲子園でも156キロをマークし、非常に攻略しづらい投手だ。ただ智弁和歌山は、和歌山大会で市和歌山の丹羽涼介君、甲子園でも社(兵庫)の岩井秀耶君ら好投手を倒してきた。どの打者を見ても、高校野球で最も理想的な、スキのない、いい構え方をしている。他のチームと比べても別格。並み居る好投手を攻略したのは、この構えから繰り出されるコンパクトなスイングがあればこそ。先発メンバーの半数以上が左打者で、織田君ら横浜投手陣をどう攻めるかが見ものだ。
天理(奈良)は勝ち進むたびに、試合展開が理想的な内容になっている。準々決勝では、好投手をそろえた三重を先制、中押し、ダメ押しと圧倒。4番の金本君の先制弾で、一気にチームが勢いづいた。そういう選手がチームにいるのは、本当に心強いとm思う。長尾君、橋本君ら投手陣も好投を続けている。
対する健大高崎(群馬)は、有明(熊本)との緊迫した準々決勝を勝ちきった。有明の機動力を封じた守りが大きかった。初回に永田君に二盗、三盗を許したが、2回は栄井君の二盗を阻止。5回、6回も二塁走者をけん制でアウトにしたバッテリーの守りを見ても、よく鍛えられているなと思った。
健大高崎といえば、機動力を生かした戦いぶりで全国区になったチーム。足攻を得意にしてきただけに、相手の足攻に対する備えを鍛え上げてきているのだろう。バッテリーの高い守備力が、有明の大きな武器を止めた。
関東の強豪と近畿の名門の対決で、熱戦が期待できる組み合わせになった。個人の話をすれば、佐野日大(栃木)の頑張りで、孫(中村盛汰主将=3年)が校歌を歌う姿を2度も見ることができた。思い出に残る夏の、最後の3試合を楽しみにしたい。
👧まるでドラマ たった一人だったチアリーダーが目指した聖地のアルプススタンド
https://news.yahoo.co.jp/articles/fe439b2ebc221fb8ad40d83f3eb7b3effc56ed78
三重のアルプススタンドには、たった一人で苦境を乗り越えた女性がいた。バトントワリング部・平田菜々部長(3年)。同校のチアリーダーは同部が務めるのが恒例だが、昨年9月に3年生が引退すると、部員は平田さんだけになった。親からも心配され、「すごく心細かった」。不安な日々を乗り越えられた原動力は「甲子園で応援したい」という思いだった。
思いが通じ、同校は春夏連続の甲子園出場を果たした。今春センバツでは助っ人を加えた3人での応援だったが、その姿に憧れた下級生らが入部。この夏は部員10人で聖地に戻ってきた。「本当にうれしい! やめなくてよかった。夢の舞台です」。青空の下で笑顔が光った。
チームは惜しくもベスト8で敗れたが、「ここまで連れてきてくれた選手にありがとうを伝えたい」と感謝。将来はアスリートを支える仕事に就くことを夢見ている。「応援で支えることができたことは、絶対に将来のためになった」。甲子園が、夢を諦めない大切さを教えてくれた。
🔥天理・藤原忠理監督61歳バースデー勝利へ「ピッチャー全員使ってでも勝ち取りたい」
https://news.yahoo.co.jp/articles/18fdd60b646d372051e869c9b4010f8f4ee6ce6c
天理(奈良)は、90年優勝以来36年ぶりの決勝進出を目指す。藤原忠理監督はキーマンに「やっぱり金本。彼が変えてくれると信じてますね」と準々決勝でも先制弾で勢いをつけた頼もしい4番主将・金本相有内野手(3年)に引き続き期待する。勝てば指揮官にとって自身61歳となるバースデー星となる。「ピッチャー全員使ってでも次の1勝は勝ち取りたい」と一戦必勝で臨む。
📝「聖光はレベルが高くて行けない」からのスタートも…「高校で球速15キロアップ」福島の絶対王者を封じた「ソフトボール出身」“背番号17”の正体
https://news.yahoo.co.jp/articles/3455979f2f48da2831094eb40ac06f8833574925?page=1
「福島の王者」相手に…2安打完投
東日本国際大昌平の背番号「17」照沼佑崇は、福島大会の準決勝で聖光学院を封じ込めた。この試合で自己最速を更新した148キロのストレートという持ち味に依存せず、スライダー、フォークと変化球を織り交ぜながら丁寧に打たせて取るスタイルが奏功した。王者を相手に許したヒットはわずかに2本。94球での完投劇。相手監督である斎藤智也が脱帽するのもわかる。それだけ照沼のピッチングは冴えていた。福島の絶対王者を封じた立役者が誇る。
「『歴史を変えるぞ』とみんなで話し合って臨んだ試合で、自分勝手なピッチングをしてしまっては聖光さんに勝てないと思っていました。なので、欲を出さず、しっかり変化球をコントロールしながら、速い球を活かせたのがよかったのかなって思います」
最速148キロの剛腕でありながら、照沼はこれまで無名の存在だった。球歴を紐解いても取り立てて目立った実績もない。
白球との出会いは…まさかのソフトボール!?
いわき市で育った少年の白球との出会いは、野球ではなくソフトボールだった。地元の泉スポーツ少年団でキャリアをスタートさせ、中学では地元硬式チームのいわきシニアに入団するも、右ひじを故障し半年で退団。泉中の軟式野球部でプレーした。エリートではない、昔ながらの球歴をたどる少年は、福島で野球する者の多くがそうであるように最初は「聖光学院で野球をしたい」と、ささやかな願望があった。しかし、100人以上もの部員がしのぎを削る強豪で成り上がる姿が想像できなかったという。
「やっぱり、聖光さんはレベルが高くて行けないだろうってなって。そこから『他の高校に行って倒したい』という気持ちになって、地元の昌平に行くことになりました」
高校に入学当時の照沼の最速は132キロだった。そこから、初めてベンチ入りした1年生の秋に136キロ、2年生の秋には140キロと、段階的に球速を上げられていった背景に、計画的なウエートトレーニングがあった。体幹をはじめとするインナーマッスルや下半身を中心に、定期的に鍛える部位を変えていく。筋肉の成長はすぐに実感を得られないが、照沼は焦らずに自分と向き合った。
「ウエートって成果が出るのが2カ月くらいなんで、そこを目指して一つずつ目的意識を持って鍛えていきましたね」
ストレートの速さや体の大きさといった、目に見える形での成長は感じられていく。だが、ピッチングの成熟は程遠かった。照沼には「ダメだった自分」を刻む試合がある。2年秋の県大会である。日大東北との初戦で2番手としてマウンドに上がったが、リードを守り切れず5回2/3を投げ7失点。敗因の一端を招いてしまった。当時のピッチングについて、照沼は自戒するようにこう振り返っている。
「気負ってしまったのが一番なんですけど、ストレートを打たれて点を取られてしまっても、そこに頼ってしまった自分がいました」
敗戦を糧にシーズンオフの期間も継続的にウエートトレーニングに励み、3年の4月には球速が147キロまでアップした。変化球は空振りが奪えるほど切れ味が鋭いわけではなかったが、持ち味のストレートを活かす術として有効活用できるようになった。
身長は173センチと小柄ながら、体重は77キロと重厚感のある体を手に入れた右腕は、コントロールにも安定感が生まれた。左足を上げてから踏み出すまでの並進運動の際、力むのではなくスムーズな重心移動を心掛ける。春の実戦を通じてフォームを形作っていけたことが、夏に生きたのである。これら照沼の歩みが結実した試合こそが、聖光学院戦だったのだ。
2回に自己最速の148キロもマーク
2回に自己最速を更新する148キロをマークしたことからもわかるように、2点を取られた4回まではストレート主体だった。その生命線を「狙われている」と察知した5回以降は変化球中心のピッチングに切り替え、聖光学院の手練れたちに的を絞らせなかった。春の東北をも制した打線を相手に、わずか94球で抑えられたのも、秋にはなかったマネジメント能力が備わったからでもあった。
「ピッチャーの自分だけが守っているわけじゃないんで。野手のみんなが『うしろには俺たちがいるぞ』って言ってくれているし、そこを頼れて投げられたのが一番だと思います」
チームで勝ち取った“金星”。グラウンドで仲間たちにもみくちゃにされながら、照沼は涙を流していた。中1日で臨んだ学法石川との決勝戦。準決勝の疲労が残っていたこともあり、先発ながら3回2失点で降板となった。照沼は「悪いなりにもっと抑えられる方法があった」と悔やんだが、その一方で「見えざる要素」とも戦っていることにも気づいていた。
「自分に対する周りの基準が高くなったというか、『求められているんじゃないか? 』みたいなものは感じるようになりましたね」
もう、照沼はノーマークの存在ではない。聖光学院を抑え、甲子園に出る「最速148キロ右腕」――そのように全国から注視されるピッチャーになりつつあるのだ。
甲子園ではエースナンバーを背に…
夏の好投を評価され、東日本国際大昌平にとって初となる甲子園で背番号「1」を託されたエースは、怖気ずくことなく言ってのける。
「期待もされるし、警戒もされると思いますけど、そのなかで上を行けるピッチングをできるように、しっかり調整したいですね」
8月8日、大会4日目の白樺学園との第2試合。名門・聖光学院を退けた噂の右腕が、全国の舞台でベールを脱ぐ。
☟甲子園の誹謗中傷対策に潜む矛盾。「怪物」「○○王子」と高校生を“スター化”する大人たちの責任
https://news.yahoo.co.jp/articles/669099446ce2549f9dbe4c654590eaa11eadde34
8月22日に閉幕する全国高等学校野球選手権大会では、日本高校野球連盟と朝日新聞社により、インターネット上の誹謗中傷を把握するモニタリングが初めて実施された。対象はXやヤフーニュースのコメント欄。投稿が確認された場合、プラットフォームへの削除要請が行われた。
ジャーナリストの森田浩之氏は、選手への誹謗中傷対策は必要だとしたうえで、甲子園を巨大な人気コンテンツに仕立て、高校生をスターとして消費してきた主催者やメディア側にも責任があるとみる。
10代の高校生にプロ並みの注目
甲子園で続いた熱戦の裏側で、もう一つの戦いが繰り広げられていた。舞台はグラウンドではなく、SNSだ。
今大会では、選手や審判に対するネット上の誹謗中傷について、投稿の削除要請などの対策が実施されている。すでに今春のセンバツで、一足早く本格的なモニタリングを導入。AIを活用したシステムでネットを24時間監視したところ、13日間の大会期間中に問題のある投稿が1096件見つかり、そのうち713件について削除を要請した。出場校や選手を「ザコ」「カス」などとする「侮辱型」が7割以上を占めたという。
いまやSNSでの誹謗中傷は、ほとんどのスポーツで問題になっている。だが高校野球には、ほかの競技とは少し違う問題がある。甲子園でプレーするのは、まだ10代の高校生だ。それなのに、プロ選手にも負けない注目を浴びる。テレビは選手の表情をアップで映し、新聞は彼らの一言一言を伝える。「怪物」「○○王子」といった呼び名が生まれ、家族や生い立ちまでが物語になる。甲子園が巨大な人気イベントになったのは、メディアが高校生をただの部活動の選手としてではなく、ドラマの主人公として見せてきたからだ。
問われる“高校生のスター化”
ここに、甲子園が長年抱えてきた矛盾がある。日本高野連は高校野球を、学校教育の一環と位置づけている。選手はあくまで生徒であり、勝利や興行を第一とするプロとは違うという。ところが大会が始まれば、試合は全国中継され、物語がつくられ、スターが製造され、全国的な注目を集める。テレビと新聞だけの時代には、この矛盾はさほど表面化しなかった。だがSNSの普及によって、観客までが選手を評価し、物語る側に回った。
もちろん、「ザコ」「カス」などと書き込むことは決して正当化されない。さらにここで押さえておきたいのは、甲子園を人気コンテンツに仕立て上げたのは主催者とメディアだということだ。高校生への過剰な注目を生産するシステムをつくっておきながら、その結果としてネット上に噴き出した悪意だけを取り除こうというのでは、問題の半分しか見ていない。
甲子園が高校生をスターにする装置であり続ける以上、SNSでの誹謗中傷をその装置の外側で起きた問題と片付けることはできない。高校生を誹謗中傷から守りたいのなら、まず大人の側が、彼らをどこまでスターとして消費していいのかを考えるべき時だ。
📝「イジメとかは絶対に許さない」と言い続けた日大三高・前監督が突きつけられた時代の変化と”知識不足”「自分がちゃんと指導できていたら…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/fc52a4f8d139c1594bc043aeff770077e63c29a1?page=1
昨年、夏の甲子園準優勝を果たすも、今年2月、野球部員が女子生徒に不適切な動画を送らせたとして書類送検されるという不祥事に揺れた日大三高。対外試合禁止処分を受けたあと、今年はノーシードで西東京大会に臨んだものの、準決勝で敗退した。1997年から同部を率いた小倉全由氏は、3年前に監督を退き、事件に関わった生徒を直接は指導してはいないが、深い落胆と責任を感じているという。不祥事をどのように受け止めているのか。保護者説明会でも謝罪したという小倉氏に話を聞いた。
「イジメとかは絶対に許さない」
――日大三高は2025年8月に全国準優勝を遂げたあと、翌年2月に野球部内の不祥事(わいせつ動画拡散問題)が発覚しました。小倉さんは2023年に監督を退任されていますが、すぐに学校へ足を運ばれたそうですね。
小倉 ニュースを見て、「とんでもないことが起きてしまった」と思い駆けつけました。長くこの部に関わってきた者として、被害に遭われた方がいるという事実を重く受け止めています。
――監督の三木(有造)さんはどんな様子だったのですか?
小倉 職員室へ行ったら、自分の席で小さくなって座っていました。目の周りに真っ黒なクマを作って。なかなか眠れなかったんでしょうね。周りの先生方も、どう声をかけていいかわかんない感じで。授業で教室へ行っても、針のむしろだったそうです。生徒たちが、みんな嫌な目で自分のことを見ているみたいで。中には「元気だしてくださいよ」って言ってくれる生徒もいたみたいですけど。
――小倉さん自身、3年前に監督を退いているとはいえ、この事件のことを聞いたときは相当ショックだったのではないですか。
小倉 「うちの選手に限って……」って思いがいちばん強かったですね。自分は監督時代から「イジメとかは絶対に許さない、大嫌いだ」ってずっと言い続けてきたんです。他校の暴力事件とかが新聞に載るたびに、朝のミーティングで部員たちに見せて「まだこんなバカなことをやってる学校があるぞ」って言っていましたし。三木に監督を譲ってからも、その精神は引き継がれていたと思います。だけど、今回の事件は、そういうこととはまた違った。責任逃れをするつもりはさらさらないんですけど、自分たちが時代の変化についていけてなかったんだろうなということを痛感しましたね。
――「時代の変化」とは、具体的にどういうことですか。
小倉 携帯の使い方ですよね。高校生が携帯を持っていたら、どんなことをしたくなるのか、どんなことができるのかという想像力が足りていませんでした。言い訳がましく聞こえるかもしれませんが、自分のイメージの中にある性の問題とは次元が違いました。昔、よく言っていたんですよ。「お前らが部屋で隠れてエロ本を見てるのはわかってる。それはいいんだよ、男なんだから。でもな、学校に行くときにそれをベッドの上に出しっぱなしで行ったら俺は絶対に許さない」って。それは、集団生活のマナーじゃないですか。自分も、布団の下のエロ本を探し出してまで、叱りつけるようなことはしませんでした。でも、今回の事件は、もはやそういう時代ではないということを突きつけられた感じがします。子供たちを守るためには、こちら側が知識を持たないとダメなんですね。ただ「おまえらを信用しているからな」という言葉だけじゃ何の防御にもならない。
携帯電話は禁止していた
――ネット社会は、いとも簡単に犯罪に結びついてしまう気がしますよね。
小倉 画面の向こうから無限に情報が流れ込んでくるわけですからね。しかも、それをボタンひとつで、世界中に拡散できる。あまりに手軽なものだから、子どもたちも実はそれが法律に触れる犯罪で人生がひっくり返るような大ごとになるかなんてわかっていない。もちろん、自分たちもその実態や怖さを把握できていなかった。
――日大三高の野球部は、携帯電話は禁止していなかったわけですね。
小倉 いや、禁止していたんですよ。だけど、学校が授業用に全員にタブレット端末を支給しているんです。夜、自室でそれを開けば、なんでもできちゃうわけです。そこまでの制限はしていなかった。そこは学校が悪いわけじゃなくて、こちら側のミスです。自分が監督のときも隠れて携帯を持ってるやつはいたんです。そのときにスマホの怖さについて自分がちゃんと指導できていたら、こんなことにはならなかったと思うんです。
「これは家庭の問題でもある」
――事件が発覚した後、保護者説明会が開かれ、小倉さんも頭を下げたと聞きました。
小倉 自分が悪かったと、保護者の前で謝罪しました。責められることは覚悟していました。でもね、会が終わったら、お母さんたちが「私たちが頭を下げなきゃいけないことでもあるんです」って涙を流しながら言ってくれてね。
――保護者の方々は自分たちにも責任はあるんだ、と。
小倉 保護者会の幹部の方が、皆の前で言ってくれたらしいんです。「野球部に預けたからといって、学校側に全部問題があるわけではない。これは家庭の問題でもある」って。その言葉を聞いて、三木は楽になったそうです。日大三高は、ほんと、温かい親御さんたちに恵まれていると思うんです。それだけにこんなことになってしまって申し訳ないという思いが強いですよね。
おふくろの教え
――何かが起きたとき、保護者も指導者も互いに「こちらにも責任はある」と思える関係性を築いておくことは難しいんでしょうけど大事ですよね。
小倉 自分は最初の保護者会で、必ずする話があったんです。自分は20歳のときに父親を交通事故で亡くしているんです。センターラインを越えて走ってきた若い運転手の車と正面衝突して。お通夜の日に、その親が線香を上げに来たもんだから、自分ら男の3人兄弟なんですけど、みんなで「せがれ呼んでこい!」って。自分も相当、乱暴なセリフを言っちゃったんです。そうしたら、おふくろが怒ってね。「線上げに来てくれた人になんてことを言うんだ。もし反対の立場だったら、私が線香を上げに行かなきゃならなかったんだよ」って。そう言われたら、自分も兄貴たちも何も言えなくなっちゃって。自分はそういう母親に育ててもらったことを誇りに思っていると話すんです。人を許す心を教えてもらったんだ、と。だから、先輩後輩で嫌なことがあったりしたときも、やられた方の保護者は一方的に相手を責めるんじゃなくて、少しでもいいから、うちの子どもにも悪いところがあったんじゃないかって考えてみませんか、って。「うちの子どもも悪かったんです」と言えれば、問題はそうそう起きないと思うんですよ。そうやって、みんなで一緒になって子どもたちを育てていきましょうよって言っていたんです。
日常生活からの見直し
――ただ、今回の事件は、その範疇を超えてしまった、という印象があります。
小倉 警察の方に「ネットのこういう問題はエスカレートすると、子どもを追い込んでしまう。だから、絶対にあっちゃいけないんです」と言われました。ネットがからむと、もう学校の生活指導だけで何とかできるものではなくなってしまう。事件に関わった部員は処分を受け、部としても3カ月間の対外試合禁止処分を受けました。ただ、被害に遭われた方が受けた苦痛を思えば、私たちの側が簡単に区切りをつけてよいことではないと思っています。三木からは、合宿所に教頭先生にも泊まってもらうなど、日常生活から見直していると聞いています。今回のことを深く反省し、二度と同じようなことを起こさないために何が必要なのか、我々も考え続けていかなければいけません。
《続く》
⚾今日の熱闘甲子園試合結果(準々決勝)
13日目第1試合 天理(奈良)-三重(三重) 8:02~10:11
一二三四五六七八九十計HE
天 理010100032 7132
三 重000000000 093
13日目第2試合 智弁和歌山(和歌山)-仙台育英(宮城) 10:43~13:31
一二三四五六七八九十計HE
和 智 弁511010300 11180
仙台育英010000002 381
13日目第3試合 横浜(神奈川)-花巻東(岩手) 14:06~16:33
一二三四五六七八九十計HE
横 浜100220001 6140
花 巻 東000000000 070
13日目第4試合 有明(熊本)-高崎健康福祉大高崎(群馬) 17:06~19:03 18:00点灯 6回表から
一二三四五六七八九十計HE
有 明0000000000051
健大高崎0000000001x171
☝「天理に旬の風が吹いているよう」フォーム変更の変則左腕橋本154球完封、9年ぶり4強
https://news.yahoo.co.jp/articles/a7fcd2e601b30dd43507a941baec719824703fc9
天理7-0三重(18日、夏の甲子園大会準々決勝)
天理の背番号10が9年ぶりの4強に導いた。今大会初登板した橋本が154球を投げ切って完封。最後のアウトを取った瞬間、両手を突き上げた左腕は「うれしい気持ちでいっぱい」と満面の笑みを浮かべた。
仲間たちと守り切った。2-0の七回には2死一、二塁で中前に抜けそうなゴロを、二塁手の田畑が横っ飛びで好捕。九回1死二塁では遊撃の金本の好守にも助けられた。「バックが守ってくれるのを信じていた」。9安打され、三者凡退はなし。それでも最後まで本塁は踏ませなかった。
直球の最速はこの日記録した135キロ。変則タイプの左横手投げで、的を絞らせなかった。昨年春に藤原監督の勧めもあってフォームを変更。「やっぱり上から投げる方がかっこいい」と抵抗はあったが、プロ野球選手らサイドスローの映像を参考にして取り組んだ。「急に(ボールが)出てくる」というイメージを実現するように徹底し、自分のものにした。
指揮官は「びっくりしている。何か天理に旬の風が吹いているようだった」と左腕の力投に目を丸くした。2試合連続完投していたエース長尾は温存。続く戦いへ、自信を深める快勝となった。
👣三重・沖田監督「ベスト8で安心してしまったかも」
https://news.yahoo.co.jp/articles/20fdef86f767e57dd4bbab9de6cf5ce9e36ba774
三重・沖田展男監督の試合後の主なコメントは次の通り。
<試合を振り返って>
もう完敗でした。生徒はよくやりましたけど。
<なかなかあと1本が出なかった>
左バッターが(相手先発の橋本桜佑投手を)どうも打ちづらそうにしていました。(ボールが)少し下から出てくるので、ちょっとだけボールの下にバットが入ってしまって、打線がつながらなかったですね。ジグザグ(打線)のデメリットというところも、ちょっと出たかなと思います。
<橋本投手への対策は選手にどう伝えていましたか>
タイミングがみんな遅れていたので、ちょっと早くしないといけないというのと、いつもより意識してボールの上を打たないといけないと伝えていました。ただ、なかなか難しかったです。
<守備の乱れもあった>
そうですね。今までが上出来みたいな感じでしたけど。(二塁手の)水野(央清選手)が手をけがしていたのがね……。小指(をけがしていた)っていうのが、打つ方でも気になるというか。けがをしていても出さないといけないチーム事情もありました。でも、選手たちはよくやりました。
<ベスト8の景色はどうだったか>
たくさんの人が応援に来てくれて、アルプスからすごい応援が届いていたんですけど。1点取ったら、また流れが違ったのかもしれませんが、なかなかいいピッチャーで、対応できなかったです。
<今年のチームは春のセンバツも経験しました>
僕が、「目標は国スポ(国民スポーツ大会に出場すること)」と言ってしまったので、ベスト8まで行って安心してしまったところもあるかもしれないですけど、よくやったと思います。
<下級生も出場していました>
そういう部分も含めて、また来年につないでいけたらなと思います。
☝帽子の裏に仲間23人の名前 天理マネジャーが支える最後の夏「日本一のマネジャーに」
https://news.yahoo.co.jp/articles/becf42976e14cc9c9ed46e7a95fea822c1fdf4cc
天理(奈良)が三重(三重)を破り4強一番乗りを果たした。準決勝進出は9年ぶり6度目。奈良県勢は春夏甲子園通算160勝目。
「もう一度ベンチ入りしたい」。一塁側アルプスでは、天理のマネジャー、田渕みあびさん(3年)と鈴木優苺さん(3年)が声援を送った。
今夏は3人のマネジャーが交代で記録員としてベンチ入り。この日は、もう1人のマネジャー、溝渕千聖さん(3年)がベンチ入りした。初戦は鈴木さん、3回戦は田渕さんがベンチから戦況を見守った。
「甲子園は応援の迫力も熱気も全然違って、すごかったです」と鈴木さん。準決勝では鈴木さん、決勝では田渕さんがベンチ入りする予定だ。田渕さんは「もう一度ベンチ入りしたいし、日本一のマネジャーになれるよう精いっぱい応援したい」と力を込める。
帽子の裏には、それぞれが選んだ大切な言葉とともに、3年生20人とマネジャー3人がそれぞれの名前を書き込んだ。「今年の3年生はみんな元気で明るくて、とても仲が良いです」。長くても残り2試合。仲間と過ごせる残り少ない時間を、最後まで大切に選手を支える。
📝智弁和歌山にツキあり 初回から猛攻、結果的に大勝だが 高嶋仁の目
https://news.yahoo.co.jp/articles/bfc9815574ffef3ea1bc9f1306d4481e991b689b
(18日、第108回全国高校野球選手権大会準々決勝 智弁和歌山11―3仙台育英)
「運も実力のうち」とはよく言いますが、智弁和歌山はツキがありました。
攻めては打球が野手の間を抜けたり、守ってはイレギュラーバウンドした打球を捕ったり。一方、仙台育英はいいところがまったく出せませんでした。
智弁和歌山は一回から好機を得ました。1番・長友悠成選手(2年)が右越え三塁打で出て、相手バッテリーのミスで1点を先取。ここで1点で終わってしまうようだと、相手が乗ってきます。たたみかけて2、3点取りたいところでした。結局打者11人の攻撃で計5点。これで試合の流れをつかみました。
結果的に智弁和歌山の大勝でしたが、気になる点もあります。4番・山田凜虎選手(3年)の打撃です。六回1死満塁で打順が回ってきたときです。カウント1ボールから変化球を空振りした後、また変化球にタイミングが合わず、遊撃への併殺打に倒れました。
山田選手は、すべて直球のタイミングでスイングしていました。しかし、こんなピンチで相手バッテリーは素直に直球を投げてきません。
変化球でストライクを取りに来るのが常です。山田選手は捕手なのですから、自分ならどうするか、と考えて打席に立ってほしいです。
💢走者が2度アウトに…仙台育英vs智弁和歌山で『?マーク』が広がる珍プレー 選手と審判の“勘違い”重なる
https://news.yahoo.co.jp/articles/30e82daea31067e433a3f3be95ee238629d1df8b
珍しいプレーで中断した。智弁和歌山が6―0とリードして迎えた2回裏の守備。1死満塁で三塁線への強烈な打球を黒川梨太郎内野手が飛び付いて好捕。三塁ベースを踏んで一塁へ転送した。一塁は間に合わず、併殺崩れで1点が入った。
この直後に?マークがグラウンドに広がるプレーがあった。転送された球を受けた山田凛虎捕手(3年)が、三塁で封殺されてベンチに戻ろうとしていて走者にタッチしようと近づいた。走者も反射的に逃げ、三塁方向へ駆け出した。
走者は三塁手前でタッチされた。すでにアウトになっているのに、ここで三塁塁審から再びアウトのポーズをされた。微妙な間が漂い、仙台育英・須江航監督(43)は塁上に残った走者に「(塁から)出るなよ、出るな!」と大声で指示していた。一端待ったがかかり、審判団が状況を確認。審判から場内アナウンスがあった。
「1死満塁から三ゴロ。三塁手は三塁ベースを踏み、二塁走者はアウト、その際、一塁転送されたが打者走者はセーフ。その際、得点は1。2死走者一、二塁から試合を再開します」
守備側の智弁和歌山の選手と審判の勘違いが重なり、珍しい状況を招いた。
✌智弁和歌山アルプス席を彩るチア 大きく重いポンポンを両手に応援
https://news.yahoo.co.jp/articles/ab187dbcad590199253cc39f38b59cf10e540e16
智弁和歌山の三塁側アルプス席には、おなじみの「C」の文字が浮かび上がった。
盛り上がる応援席をより色鮮やかに彩るのが、チアリーダーが持つ智弁和歌山オリジナルのオレンジ色のポンポンだ。智弁和歌山のポンポンは、ひも状の細いビニールが束になっていて、くるくる回すと丸く大きく広がり、存在感が増す。
今年のチアは13人と例年に比べて少ないが、「人数が少ない分、ポンポンを大きく見せるよう意識している」とリーダーの熊代彩乃さん(2年)は話す。
重さもひときわだ。ポンポン一つは、水が満タンに入った500ミリリットルのペットボトル1本と同じ重さだという。練習では重さに慣れるため、ペットボトルを両手に持って踊っている。
甲子園の応援に憧れて今年チアに入ったという瀧口由宇さん(1年)は「もっと軽いと思っていたら、意外と重かった。(初めは)重すぎてひじがもたなかった」と話す。
この日、チームは序盤から流れに乗り、準決勝に駒を進めた。夏の頂点まであと2戦。熊代さんは「選手が連れてきてくれた甲子園。しんどい場面も選手たちを支えたい」と語る。
伝統のポンポンを両手に、最後まで応援を盛り上げるつもりだ。
👣手甲骨折の有明・工修哉が伝令で登場
https://news.yahoo.co.jp/articles/e8fb6f6a7eb506e9398e975df1a5e52e2b5d0f6a
全国高校野球選手権大会は第13日の18日、阪神甲子園球場で準々決勝があり、春夏通じて初出場の有明(熊本)が健大高崎(群馬)と対戦した。
16日の3回戦の試合前練習で味方選手の素振りが当たって左手甲を骨折した工修哉選手(3年)が、九回1死一、二塁のピンチで、伝令としてグラウンドに登場した。
工選手は骨折した左手にテーピングなどをした姿でマウンドへ行き、選手にベンチからの指示を伝えた。その後2死満塁となったが、斉藤遼汰郎投手(3年)が見逃し三振を奪い、ピンチを脱した。
📝「ウチを選んでくれるのは『Bランク』の選手たち」 八幡商が15年ぶり甲子園をつかんだ"名門復活"の舞台裏
https://news.yahoo.co.jp/articles/c8e3a801168f27ab50dd29fd2952e45d143e9365?page=1
今夏の甲子園(全国高校野球選手権大会)は公立校が9校出場しているが、そのうち4校は商業高校である。
高岡商(富山/4年ぶり23回目)八幡商(滋賀/15年ぶり8回目)佐賀商(佐賀/8年ぶり17回目)大分商(大分/13年ぶり16回目)
かつて高校球界で栄華を極めた商業高校も、近年は全国的に苦戦が続いていた。しかし、今夏は上記の4校だけでなく、地方大会で準優勝した商業高校も5校(前橋商・群馬/明石商・兵庫/倉敷商・岡山/広島商・広島/高松商・香川)あった。商業高校は復活の機運があるのか。今大会、15年ぶりに甲子園に帰ってきた八幡商のケースから紐解いてみたい。
【商業高校は誤解されている】
「入ってくる選手の質は、はっきり言って15年前とは全然違いますね」そう語るのは、小川健太監督。柔和な童顔ながら今年で45歳、八幡商のOBでもある。かつては野洲の部長として、2012年夏の滋賀大会準優勝を経験した。
「いわゆる『Sランク』『Aランク』というレベルの選手は施設の整った私学や、寮生活を求めて県外の高校に進んでしまいます。ウチを選んでくれるのは『Bランク』の選手たちですね」
春の選抜で3回のベスト8進出実績がある八幡商。15年前に出場した夏の甲子園では、9回表に逆転満塁本塁打で名門・帝京(東東京)を破る伝説的な試合を演じた。そんな伝統校も、選手勧誘に苦戦する時期が続いていた。チームを預かる小川監督は、苦笑交じりにこう漏らす。
「皆さん、昔の八幡商の感覚でいらっしゃるので、結果が出ないと『何してんねん』というお叱りの声もいただきます。プレッシャーは常に感じます」
そもそも、なぜ商業高校に生徒が集まりにくくなっているのか。社会的に大学への進学志向が高まったこと、普通科高校へのニーズの拡大などの要因が考えられる。だが、小川監督は「商業高校は誤解されています」と強く訴える。
「商業高校イコール就職のイメージがありますが、進学する生徒も多いです。指定校推薦が充実している商業高校だって多いですよ。資格試験で取得した実績を生かして、小論文と面接で受験できる大学もあります。中学校を回って募集活動する時は、その点を強調しています」
堅守が光るレギュラー遊撃手の山口琉希(2年)は、「文武両道」に惹かれて八幡商への受験を決めている。
「ただ野球が強いだけではなく、勉強もしっかりできる高校に行きたかったんです。八幡商なら進学に有利だし、就職の求人もたくさんくると聞いて魅力に感じました。県外の高校からの誘いもあったんですけど、地元の八幡商に行こうと決めました」
センターラインを固める小林大佑(2年)も「進路の幅が広がる」と商業高校の魅力を語る。簿記2級を取得し、現在は1級の検定に向けて勉強中だという。
「父が八幡商の野球部OBで、いろいろと学校について教えてもらいました。父の時代よりいい選手は集まらなくなっていますが、今の自分が甲子園を目指すにはいい学校だと思いました」
小林は身長165センチ、体重60キロの小兵である。近江や滋賀学園といった県内トップクラスの強豪から声がかかる存在ではなかった。小林は「チャレンジャーという感覚です」と語る。
【明徳義塾中から八幡商へ来た理由】
チームの主砲である辻井煌大(3年)は、かなり特殊な経歴だ。中学時代は明徳義塾中(高知)でプレー。しかし、高校はそのまま明徳義塾に進学しなかった。
「高校で通用する自信がなかったんです。そんな時に『地元で甲子園を目指せるところがあるよ』と八幡商の存在を教えてもらいました」
明徳義塾中では寮生活を送り、八幡商では自宅から通学している。辻井はそれぞれのよさがあったと振り返る。
「親元を離れて寮生活を送ったことで、仲間たちと密なチームワークを築けました。今は自宅から通っていますけど、近所の人や市内の人から温かい声をかけてもらって、『支えてもらっているな』と実感できます。この人たちのために野球をやろうと、原動力になっています」
名門から声がかからなかった選手たちが、どのようにして甲子園出場を勝ち取ったのか。キーワードは「守備」である。堅い守備で失点を防ぎ、粘り強く勝機を探る。昔ながらのスタイルだが、小川監督は「勝てる野球になってきた」と手応えを深める。
「選手たちは自分たちの能力をしっかり分析して、『できることは何か?』を整理しています。高校野球での勝ち方を理解して、実行してくれました」
戦い方を学んだチームがある。2024年夏に全国制覇を果たした京都国際だ。小川監督は「低反発バットでの勝ち方を気づかせてもらった」と明かす。
「5〜6回は練習試合をさせてもらいました。投手が抑えて、守備でしっかりと守って、足を絡めて点を取る。京都国際さんから学ばせてもらいました」
投手陣を支えたのは、田上晴也(3年)、久保田渓五(2年)、高木大世(3年)の3投手。とくに田上は最速145キロを計測し、卒業後は強豪大学に進学予定の本格派右腕だ。現在は身長183センチ、体重80キロと立派な体躯を誇る田上だが、大津市立日吉中の軟式野球部に所属した中学時代は、身長が170センチにも満たなかった。それでも、小川監督は田上をスカウトしている。
「お兄ちゃん(航/青森大)も大きかったし、お父さんも大きいから、彼もきっと大きくなるだろうと予測しました。体重も高校で20キロ以上増えているんじゃないですか」
もうひとりの中心格である2年生左腕の久保田も、中学時代は彦根市立稲枝中の軟式野球部でプレーした。田上、久保田とも軟式出身の、まさにたたき上げの投手陣である。滋賀大会では、昨夏の代表校である綾羽を準々決勝で破って勢いに乗った。準決勝では滋賀短大付に3対2で競り勝ち、決勝は彦根総合を6対2で破った。
【八幡商が踏み出した新たな一歩】
15年ぶりの甲子園。8月7日の健大高崎(群馬)との試合前、小川監督はこんな思いを語っている。
「昨日も練習していて、町の方からたくさんの声をいただきました。子どもたちも応援されている雰囲気を感じていると思います。今日は地元からたくさんの応援が来ると思うので、力に換えてもらいたいですね」
試合は先発した久保田がチェンジアップを駆使して、4回1失点と好投。中盤まで接戦が続いたが、5回裏に落とし穴が待っていた。エースの田上がリリーフのマウンドに上がると、制球が定まらずに一挙6失点の乱調。田上は「立ち上がりの課題を改善できなかった」と肩を落とした。それでも、6回以降は「ストレートを張られていたので配球を変えた」と立ち直り、田上は無失点に封じる。8回二死からは3番手の高木がマウンドに上がり、甲子園出場の原動力になった3投手が揃い踏みを果たした。
試合は1対7で完敗。それでも、小川監督は「ここからですね」と前を向いた。主将の桑原太暉は、後輩たちに望みを託した。
「2年生はベンチ入りメンバーも多く、能力の高い選手も多いですから。また強い八幡商を取り戻してもらいたいです」
地域に応援される、守りの野球を掲げる商業高校。そう聞くと、まるで昭和にタイムスリップしたかのようだが、アップデートは確実に進んでいる。
「強い八幡商」が今後も定着すれば、滋賀の高校野球界はますます盛り上がるはずだ。
📝“県下で86連勝中”福島の絶対王者・聖光学院はなぜ敗れたのか…「許したヒットはわずか2本」伏兵チームの「背番号17」ナゾの右腕は何者だった?
https://news.yahoo.co.jp/articles/1e2344089b2a27ea217bc585308660e857f2b18a
いよいよ今年も夏の甲子園が開幕した。各地の地方大会では優勝候補が敗れる波乱が続出。福島でも5連覇を狙った強豪・聖光学院が準決勝で涙をのんだ。県下の絶対王者を封じ込めたのは、まさかの「背番号17」。伏兵が起用した“ナゾの剛腕”の正体は何者だったのか。
グラウンドに慟哭の海が広がっていた。選手たちは打ちひしがれ、誰かの手を借りなければ立ち上がることができない者もいた。
2026年。聖光学院は甲子園で戦うことなく夏を終えた。春は4年ぶりに東北大会を制した。仙台育英との決勝で見せた驚異的な粘り。その源たるチームの渇望は、本気で日本一を目指し、初の甲子園ベスト4となった22年の世代に近い生き様があった。監督の斎藤智也の愛情を思い出す。
「俺に愛着を抱かせるチームになったよね。野球の技術以上にチームとして成熟してきた。こいつらは負けさせたくないって思えるんだ」
「優勝候補の大本命」がなぜ…?
コロナ禍の間、“準公式”と位置付けられた支部予選も含め、夏の連覇が「13」で途絶えた21年の夏以降、福島県内では負け知らずの83連勝で夏を迎えた。優勝候補の大本命だったが、東日本国際大昌平との準決勝では「聖光学院らしさ」をなかなか発揮できずにいた。
相手のミスにつけ込み、4回までに2点を挙げたところまではよかった。不穏な空気が流れ始めたのが直後の5回だ。多彩な変化球と抜群の制球力を誇る先発の松本叶我に対し、相手ベンチの「低めを見逃して三振はいい。その代わり浮いた球を確実に仕留めよう」という作戦により4連打を浴び、1点差に詰め寄られた。
「あそこでちょっと力んでしまって……」。松本が悔やむように、その後、押し出しとワイルドピッチで逆転を許してしまったのである。
2対3。20回もの甲子園出場の歴史が物語るように、ビハインドを跳ね返した試合など夏は何度もあった。だからこそ斎藤はベンチで、泰然自若と「こういう試合を跳ね返せないと、お前たちが目指す日本一には到底、届かないよ」とはっぱをかけられたし、試合終盤に差し掛かっても選手たちには笑みがあるくらいの落ち着きがあった。しかし、スコアは動かず試合は終わった。選手たちのすすり泣く声、嗚咽が入り混じった空間で、監督の斎藤はいつもと同じように「負けたときこそしっかりと話す」と、毅然と取材に応じ、静かに口を開いた。
「なんとか生徒らの意地を引き出してあげたかったけど、できなかったね。これまでも夏はいろんなピッチャーを攻略してきたけど、今日は攻略できなかった。うちが気負っていたわけじゃなくて、あれだけ最後まで崩れず、思った通りにボールを操れたのは大したもんだ。それくらい素晴らしかった、照沼君は」
“絶対王者”を封じ込めた「背番号17」の正体は?
聖光学院の県内連勝記録を“86”で止め、引導を渡したのは――東日本国際大昌平の背番号「17」照沼佑崇だった。
<次回へつづく>
⚾SHIONOMISAKIさんへ
今日は大方の予想を裏切り最初からワンサイドゲームが多発しまくって外野など日向で観戦されたファンはせっかく昨日10時からチケット争奪戦に勝利してスタンド入りできたのにガッカリされたと思われますが・・・・・。
TV観戦していても第2・第3試合は満員でしたが、第4試合は空席が目立っていたような・・・・・。
正直第4試合も、もっとワンサイドになりかねないと危惧しておりましたが、、、、、意外と斉藤投手が3回戦に続き孤軍奮闘しておりましたが、10回までが限界だったかな???
願わくば申告敬遠して満塁策して欲しかったですが。。。。。
幸か不幸か抽選で近畿の直接対決を避けられ5年前の智弁対決以来の和歌山VS奈良の決勝も可能性としてはありますが、、、、、天理が横浜に勝てるイメージは全くないですが、仙台育英を粉砕した和智弁打線がエース温存の横浜に序盤から圧倒して先行逃げ切りで勝てたら現実味を帯びるかも。逆に和智弁が負けたら関東対決の決勝戦となり10-0に近いようなスコアで横浜が昨春以来の全国制覇かなと思いますね!
13日目第1試合 天理(奈良)-三重(三重) 8:02~10:11
一二三四五六七八九十計HE
天 理010100032 7132
三 重000000000 093
13日目第2試合 智弁和歌山(和歌山)-仙台育英(宮城) 10:43~13:31
一二三四五六七八九十計HE
和 智 弁511010300 11180
仙台育英010000002 381
13日目第3試合 横浜(神奈川)-花巻東(岩手) 14:06~16:33
一二三四五六七八九十計HE
横 浜100220001 6140
花 巻 東000000000 070
13日目第4試合 有明(熊本)-高崎健康福祉大高崎(群馬) 17:06~19:03 18:00点灯 6回表から
一二三四五六七八九十計HE
有 明0000000000051
健大高崎0000000001x171
☝「天理に旬の風が吹いているよう」フォーム変更の変則左腕橋本154球完封、9年ぶり4強
https://news.yahoo.co.jp/articles/a7fcd2e601b30dd43507a941baec719824703fc9
天理7-0三重(18日、夏の甲子園大会準々決勝)
天理の背番号10が9年ぶりの4強に導いた。今大会初登板した橋本が154球を投げ切って完封。最後のアウトを取った瞬間、両手を突き上げた左腕は「うれしい気持ちでいっぱい」と満面の笑みを浮かべた。
仲間たちと守り切った。2-0の七回には2死一、二塁で中前に抜けそうなゴロを、二塁手の田畑が横っ飛びで好捕。九回1死二塁では遊撃の金本の好守にも助けられた。「バックが守ってくれるのを信じていた」。9安打され、三者凡退はなし。それでも最後まで本塁は踏ませなかった。
直球の最速はこの日記録した135キロ。変則タイプの左横手投げで、的を絞らせなかった。昨年春に藤原監督の勧めもあってフォームを変更。「やっぱり上から投げる方がかっこいい」と抵抗はあったが、プロ野球選手らサイドスローの映像を参考にして取り組んだ。「急に(ボールが)出てくる」というイメージを実現するように徹底し、自分のものにした。
指揮官は「びっくりしている。何か天理に旬の風が吹いているようだった」と左腕の力投に目を丸くした。2試合連続完投していたエース長尾は温存。続く戦いへ、自信を深める快勝となった。
👣三重・沖田監督「ベスト8で安心してしまったかも」
https://news.yahoo.co.jp/articles/20fdef86f767e57dd4bbab9de6cf5ce9e36ba774
三重・沖田展男監督の試合後の主なコメントは次の通り。
<試合を振り返って>
もう完敗でした。生徒はよくやりましたけど。
<なかなかあと1本が出なかった>
左バッターが(相手先発の橋本桜佑投手を)どうも打ちづらそうにしていました。(ボールが)少し下から出てくるので、ちょっとだけボールの下にバットが入ってしまって、打線がつながらなかったですね。ジグザグ(打線)のデメリットというところも、ちょっと出たかなと思います。
<橋本投手への対策は選手にどう伝えていましたか>
タイミングがみんな遅れていたので、ちょっと早くしないといけないというのと、いつもより意識してボールの上を打たないといけないと伝えていました。ただ、なかなか難しかったです。
<守備の乱れもあった>
そうですね。今までが上出来みたいな感じでしたけど。(二塁手の)水野(央清選手)が手をけがしていたのがね……。小指(をけがしていた)っていうのが、打つ方でも気になるというか。けがをしていても出さないといけないチーム事情もありました。でも、選手たちはよくやりました。
<ベスト8の景色はどうだったか>
たくさんの人が応援に来てくれて、アルプスからすごい応援が届いていたんですけど。1点取ったら、また流れが違ったのかもしれませんが、なかなかいいピッチャーで、対応できなかったです。
<今年のチームは春のセンバツも経験しました>
僕が、「目標は国スポ(国民スポーツ大会に出場すること)」と言ってしまったので、ベスト8まで行って安心してしまったところもあるかもしれないですけど、よくやったと思います。
<下級生も出場していました>
そういう部分も含めて、また来年につないでいけたらなと思います。
☝帽子の裏に仲間23人の名前 天理マネジャーが支える最後の夏「日本一のマネジャーに」
https://news.yahoo.co.jp/articles/becf42976e14cc9c9ed46e7a95fea822c1fdf4cc
天理(奈良)が三重(三重)を破り4強一番乗りを果たした。準決勝進出は9年ぶり6度目。奈良県勢は春夏甲子園通算160勝目。
「もう一度ベンチ入りしたい」。一塁側アルプスでは、天理のマネジャー、田渕みあびさん(3年)と鈴木優苺さん(3年)が声援を送った。
今夏は3人のマネジャーが交代で記録員としてベンチ入り。この日は、もう1人のマネジャー、溝渕千聖さん(3年)がベンチ入りした。初戦は鈴木さん、3回戦は田渕さんがベンチから戦況を見守った。
「甲子園は応援の迫力も熱気も全然違って、すごかったです」と鈴木さん。準決勝では鈴木さん、決勝では田渕さんがベンチ入りする予定だ。田渕さんは「もう一度ベンチ入りしたいし、日本一のマネジャーになれるよう精いっぱい応援したい」と力を込める。
帽子の裏には、それぞれが選んだ大切な言葉とともに、3年生20人とマネジャー3人がそれぞれの名前を書き込んだ。「今年の3年生はみんな元気で明るくて、とても仲が良いです」。長くても残り2試合。仲間と過ごせる残り少ない時間を、最後まで大切に選手を支える。
📝智弁和歌山にツキあり 初回から猛攻、結果的に大勝だが 高嶋仁の目
https://news.yahoo.co.jp/articles/bfc9815574ffef3ea1bc9f1306d4481e991b689b
(18日、第108回全国高校野球選手権大会準々決勝 智弁和歌山11―3仙台育英)
「運も実力のうち」とはよく言いますが、智弁和歌山はツキがありました。
攻めては打球が野手の間を抜けたり、守ってはイレギュラーバウンドした打球を捕ったり。一方、仙台育英はいいところがまったく出せませんでした。
智弁和歌山は一回から好機を得ました。1番・長友悠成選手(2年)が右越え三塁打で出て、相手バッテリーのミスで1点を先取。ここで1点で終わってしまうようだと、相手が乗ってきます。たたみかけて2、3点取りたいところでした。結局打者11人の攻撃で計5点。これで試合の流れをつかみました。
結果的に智弁和歌山の大勝でしたが、気になる点もあります。4番・山田凜虎選手(3年)の打撃です。六回1死満塁で打順が回ってきたときです。カウント1ボールから変化球を空振りした後、また変化球にタイミングが合わず、遊撃への併殺打に倒れました。
山田選手は、すべて直球のタイミングでスイングしていました。しかし、こんなピンチで相手バッテリーは素直に直球を投げてきません。
変化球でストライクを取りに来るのが常です。山田選手は捕手なのですから、自分ならどうするか、と考えて打席に立ってほしいです。
💢走者が2度アウトに…仙台育英vs智弁和歌山で『?マーク』が広がる珍プレー 選手と審判の“勘違い”重なる
https://news.yahoo.co.jp/articles/30e82daea31067e433a3f3be95ee238629d1df8b
珍しいプレーで中断した。智弁和歌山が6―0とリードして迎えた2回裏の守備。1死満塁で三塁線への強烈な打球を黒川梨太郎内野手が飛び付いて好捕。三塁ベースを踏んで一塁へ転送した。一塁は間に合わず、併殺崩れで1点が入った。
この直後に?マークがグラウンドに広がるプレーがあった。転送された球を受けた山田凛虎捕手(3年)が、三塁で封殺されてベンチに戻ろうとしていて走者にタッチしようと近づいた。走者も反射的に逃げ、三塁方向へ駆け出した。
走者は三塁手前でタッチされた。すでにアウトになっているのに、ここで三塁塁審から再びアウトのポーズをされた。微妙な間が漂い、仙台育英・須江航監督(43)は塁上に残った走者に「(塁から)出るなよ、出るな!」と大声で指示していた。一端待ったがかかり、審判団が状況を確認。審判から場内アナウンスがあった。
「1死満塁から三ゴロ。三塁手は三塁ベースを踏み、二塁走者はアウト、その際、一塁転送されたが打者走者はセーフ。その際、得点は1。2死走者一、二塁から試合を再開します」
守備側の智弁和歌山の選手と審判の勘違いが重なり、珍しい状況を招いた。
✌智弁和歌山アルプス席を彩るチア 大きく重いポンポンを両手に応援
https://news.yahoo.co.jp/articles/ab187dbcad590199253cc39f38b59cf10e540e16
智弁和歌山の三塁側アルプス席には、おなじみの「C」の文字が浮かび上がった。
盛り上がる応援席をより色鮮やかに彩るのが、チアリーダーが持つ智弁和歌山オリジナルのオレンジ色のポンポンだ。智弁和歌山のポンポンは、ひも状の細いビニールが束になっていて、くるくる回すと丸く大きく広がり、存在感が増す。
今年のチアは13人と例年に比べて少ないが、「人数が少ない分、ポンポンを大きく見せるよう意識している」とリーダーの熊代彩乃さん(2年)は話す。
重さもひときわだ。ポンポン一つは、水が満タンに入った500ミリリットルのペットボトル1本と同じ重さだという。練習では重さに慣れるため、ペットボトルを両手に持って踊っている。
甲子園の応援に憧れて今年チアに入ったという瀧口由宇さん(1年)は「もっと軽いと思っていたら、意外と重かった。(初めは)重すぎてひじがもたなかった」と話す。
この日、チームは序盤から流れに乗り、準決勝に駒を進めた。夏の頂点まであと2戦。熊代さんは「選手が連れてきてくれた甲子園。しんどい場面も選手たちを支えたい」と語る。
伝統のポンポンを両手に、最後まで応援を盛り上げるつもりだ。
👣手甲骨折の有明・工修哉が伝令で登場
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全国高校野球選手権大会は第13日の18日、阪神甲子園球場で準々決勝があり、春夏通じて初出場の有明(熊本)が健大高崎(群馬)と対戦した。
16日の3回戦の試合前練習で味方選手の素振りが当たって左手甲を骨折した工修哉選手(3年)が、九回1死一、二塁のピンチで、伝令としてグラウンドに登場した。
工選手は骨折した左手にテーピングなどをした姿でマウンドへ行き、選手にベンチからの指示を伝えた。その後2死満塁となったが、斉藤遼汰郎投手(3年)が見逃し三振を奪い、ピンチを脱した。
📝「ウチを選んでくれるのは『Bランク』の選手たち」 八幡商が15年ぶり甲子園をつかんだ"名門復活"の舞台裏
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今夏の甲子園(全国高校野球選手権大会)は公立校が9校出場しているが、そのうち4校は商業高校である。
高岡商(富山/4年ぶり23回目)八幡商(滋賀/15年ぶり8回目)佐賀商(佐賀/8年ぶり17回目)大分商(大分/13年ぶり16回目)
かつて高校球界で栄華を極めた商業高校も、近年は全国的に苦戦が続いていた。しかし、今夏は上記の4校だけでなく、地方大会で準優勝した商業高校も5校(前橋商・群馬/明石商・兵庫/倉敷商・岡山/広島商・広島/高松商・香川)あった。商業高校は復活の機運があるのか。今大会、15年ぶりに甲子園に帰ってきた八幡商のケースから紐解いてみたい。
【商業高校は誤解されている】
「入ってくる選手の質は、はっきり言って15年前とは全然違いますね」そう語るのは、小川健太監督。柔和な童顔ながら今年で45歳、八幡商のOBでもある。かつては野洲の部長として、2012年夏の滋賀大会準優勝を経験した。
「いわゆる『Sランク』『Aランク』というレベルの選手は施設の整った私学や、寮生活を求めて県外の高校に進んでしまいます。ウチを選んでくれるのは『Bランク』の選手たちですね」
春の選抜で3回のベスト8進出実績がある八幡商。15年前に出場した夏の甲子園では、9回表に逆転満塁本塁打で名門・帝京(東東京)を破る伝説的な試合を演じた。そんな伝統校も、選手勧誘に苦戦する時期が続いていた。チームを預かる小川監督は、苦笑交じりにこう漏らす。
「皆さん、昔の八幡商の感覚でいらっしゃるので、結果が出ないと『何してんねん』というお叱りの声もいただきます。プレッシャーは常に感じます」
そもそも、なぜ商業高校に生徒が集まりにくくなっているのか。社会的に大学への進学志向が高まったこと、普通科高校へのニーズの拡大などの要因が考えられる。だが、小川監督は「商業高校は誤解されています」と強く訴える。
「商業高校イコール就職のイメージがありますが、進学する生徒も多いです。指定校推薦が充実している商業高校だって多いですよ。資格試験で取得した実績を生かして、小論文と面接で受験できる大学もあります。中学校を回って募集活動する時は、その点を強調しています」
堅守が光るレギュラー遊撃手の山口琉希(2年)は、「文武両道」に惹かれて八幡商への受験を決めている。
「ただ野球が強いだけではなく、勉強もしっかりできる高校に行きたかったんです。八幡商なら進学に有利だし、就職の求人もたくさんくると聞いて魅力に感じました。県外の高校からの誘いもあったんですけど、地元の八幡商に行こうと決めました」
センターラインを固める小林大佑(2年)も「進路の幅が広がる」と商業高校の魅力を語る。簿記2級を取得し、現在は1級の検定に向けて勉強中だという。
「父が八幡商の野球部OBで、いろいろと学校について教えてもらいました。父の時代よりいい選手は集まらなくなっていますが、今の自分が甲子園を目指すにはいい学校だと思いました」
小林は身長165センチ、体重60キロの小兵である。近江や滋賀学園といった県内トップクラスの強豪から声がかかる存在ではなかった。小林は「チャレンジャーという感覚です」と語る。
【明徳義塾中から八幡商へ来た理由】
チームの主砲である辻井煌大(3年)は、かなり特殊な経歴だ。中学時代は明徳義塾中(高知)でプレー。しかし、高校はそのまま明徳義塾に進学しなかった。
「高校で通用する自信がなかったんです。そんな時に『地元で甲子園を目指せるところがあるよ』と八幡商の存在を教えてもらいました」
明徳義塾中では寮生活を送り、八幡商では自宅から通学している。辻井はそれぞれのよさがあったと振り返る。
「親元を離れて寮生活を送ったことで、仲間たちと密なチームワークを築けました。今は自宅から通っていますけど、近所の人や市内の人から温かい声をかけてもらって、『支えてもらっているな』と実感できます。この人たちのために野球をやろうと、原動力になっています」
名門から声がかからなかった選手たちが、どのようにして甲子園出場を勝ち取ったのか。キーワードは「守備」である。堅い守備で失点を防ぎ、粘り強く勝機を探る。昔ながらのスタイルだが、小川監督は「勝てる野球になってきた」と手応えを深める。
「選手たちは自分たちの能力をしっかり分析して、『できることは何か?』を整理しています。高校野球での勝ち方を理解して、実行してくれました」
戦い方を学んだチームがある。2024年夏に全国制覇を果たした京都国際だ。小川監督は「低反発バットでの勝ち方を気づかせてもらった」と明かす。
「5〜6回は練習試合をさせてもらいました。投手が抑えて、守備でしっかりと守って、足を絡めて点を取る。京都国際さんから学ばせてもらいました」
投手陣を支えたのは、田上晴也(3年)、久保田渓五(2年)、高木大世(3年)の3投手。とくに田上は最速145キロを計測し、卒業後は強豪大学に進学予定の本格派右腕だ。現在は身長183センチ、体重80キロと立派な体躯を誇る田上だが、大津市立日吉中の軟式野球部に所属した中学時代は、身長が170センチにも満たなかった。それでも、小川監督は田上をスカウトしている。
「お兄ちゃん(航/青森大)も大きかったし、お父さんも大きいから、彼もきっと大きくなるだろうと予測しました。体重も高校で20キロ以上増えているんじゃないですか」
もうひとりの中心格である2年生左腕の久保田も、中学時代は彦根市立稲枝中の軟式野球部でプレーした。田上、久保田とも軟式出身の、まさにたたき上げの投手陣である。滋賀大会では、昨夏の代表校である綾羽を準々決勝で破って勢いに乗った。準決勝では滋賀短大付に3対2で競り勝ち、決勝は彦根総合を6対2で破った。
【八幡商が踏み出した新たな一歩】
15年ぶりの甲子園。8月7日の健大高崎(群馬)との試合前、小川監督はこんな思いを語っている。
「昨日も練習していて、町の方からたくさんの声をいただきました。子どもたちも応援されている雰囲気を感じていると思います。今日は地元からたくさんの応援が来ると思うので、力に換えてもらいたいですね」
試合は先発した久保田がチェンジアップを駆使して、4回1失点と好投。中盤まで接戦が続いたが、5回裏に落とし穴が待っていた。エースの田上がリリーフのマウンドに上がると、制球が定まらずに一挙6失点の乱調。田上は「立ち上がりの課題を改善できなかった」と肩を落とした。それでも、6回以降は「ストレートを張られていたので配球を変えた」と立ち直り、田上は無失点に封じる。8回二死からは3番手の高木がマウンドに上がり、甲子園出場の原動力になった3投手が揃い踏みを果たした。
試合は1対7で完敗。それでも、小川監督は「ここからですね」と前を向いた。主将の桑原太暉は、後輩たちに望みを託した。
「2年生はベンチ入りメンバーも多く、能力の高い選手も多いですから。また強い八幡商を取り戻してもらいたいです」
地域に応援される、守りの野球を掲げる商業高校。そう聞くと、まるで昭和にタイムスリップしたかのようだが、アップデートは確実に進んでいる。
「強い八幡商」が今後も定着すれば、滋賀の高校野球界はますます盛り上がるはずだ。
📝“県下で86連勝中”福島の絶対王者・聖光学院はなぜ敗れたのか…「許したヒットはわずか2本」伏兵チームの「背番号17」ナゾの右腕は何者だった?
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いよいよ今年も夏の甲子園が開幕した。各地の地方大会では優勝候補が敗れる波乱が続出。福島でも5連覇を狙った強豪・聖光学院が準決勝で涙をのんだ。県下の絶対王者を封じ込めたのは、まさかの「背番号17」。伏兵が起用した“ナゾの剛腕”の正体は何者だったのか。
グラウンドに慟哭の海が広がっていた。選手たちは打ちひしがれ、誰かの手を借りなければ立ち上がることができない者もいた。
2026年。聖光学院は甲子園で戦うことなく夏を終えた。春は4年ぶりに東北大会を制した。仙台育英との決勝で見せた驚異的な粘り。その源たるチームの渇望は、本気で日本一を目指し、初の甲子園ベスト4となった22年の世代に近い生き様があった。監督の斎藤智也の愛情を思い出す。
「俺に愛着を抱かせるチームになったよね。野球の技術以上にチームとして成熟してきた。こいつらは負けさせたくないって思えるんだ」
「優勝候補の大本命」がなぜ…?
コロナ禍の間、“準公式”と位置付けられた支部予選も含め、夏の連覇が「13」で途絶えた21年の夏以降、福島県内では負け知らずの83連勝で夏を迎えた。優勝候補の大本命だったが、東日本国際大昌平との準決勝では「聖光学院らしさ」をなかなか発揮できずにいた。
相手のミスにつけ込み、4回までに2点を挙げたところまではよかった。不穏な空気が流れ始めたのが直後の5回だ。多彩な変化球と抜群の制球力を誇る先発の松本叶我に対し、相手ベンチの「低めを見逃して三振はいい。その代わり浮いた球を確実に仕留めよう」という作戦により4連打を浴び、1点差に詰め寄られた。
「あそこでちょっと力んでしまって……」。松本が悔やむように、その後、押し出しとワイルドピッチで逆転を許してしまったのである。
2対3。20回もの甲子園出場の歴史が物語るように、ビハインドを跳ね返した試合など夏は何度もあった。だからこそ斎藤はベンチで、泰然自若と「こういう試合を跳ね返せないと、お前たちが目指す日本一には到底、届かないよ」とはっぱをかけられたし、試合終盤に差し掛かっても選手たちには笑みがあるくらいの落ち着きがあった。しかし、スコアは動かず試合は終わった。選手たちのすすり泣く声、嗚咽が入り混じった空間で、監督の斎藤はいつもと同じように「負けたときこそしっかりと話す」と、毅然と取材に応じ、静かに口を開いた。
「なんとか生徒らの意地を引き出してあげたかったけど、できなかったね。これまでも夏はいろんなピッチャーを攻略してきたけど、今日は攻略できなかった。うちが気負っていたわけじゃなくて、あれだけ最後まで崩れず、思った通りにボールを操れたのは大したもんだ。それくらい素晴らしかった、照沼君は」
“絶対王者”を封じ込めた「背番号17」の正体は?
聖光学院の県内連勝記録を“86”で止め、引導を渡したのは――東日本国際大昌平の背番号「17」照沼佑崇だった。
<次回へつづく>
⚾SHIONOMISAKIさんへ
今日は大方の予想を裏切り最初からワンサイドゲームが多発しまくって外野など日向で観戦されたファンはせっかく昨日10時からチケット争奪戦に勝利してスタンド入りできたのにガッカリされたと思われますが・・・・・。
TV観戦していても第2・第3試合は満員でしたが、第4試合は空席が目立っていたような・・・・・。
正直第4試合も、もっとワンサイドになりかねないと危惧しておりましたが、、、、、意外と斉藤投手が3回戦に続き孤軍奮闘しておりましたが、10回までが限界だったかな???
願わくば申告敬遠して満塁策して欲しかったですが。。。。。
幸か不幸か抽選で近畿の直接対決を避けられ5年前の智弁対決以来の和歌山VS奈良の決勝も可能性としてはありますが、、、、、天理が横浜に勝てるイメージは全くないですが、仙台育英を粉砕した和智弁打線がエース温存の横浜に序盤から圧倒して先行逃げ切りで勝てたら現実味を帯びるかも。逆に和智弁が負けたら関東対決の決勝戦となり10-0に近いようなスコアで横浜が昨春以来の全国制覇かなと思いますね!